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本当はもっと早くにこちらのNGOの人たちと連絡を取って日程調整すべきだったのだが、それがうまくいかず、結局昨日に引き続き、今日も贅沢な休暇を過ごしている。昨夜は、ホテルに程近い、フランス植民地時代の邸宅を改造したレストランでX氏と少し贅沢な、しかし堅苦しくない食事を楽しみ、部屋に帰ってきてからは、お互いにオイルを使ってマッサージしあい、そのまま激しいセックスをした。X氏は私にマッサージをしてくれている途中から我慢できなくなり、結局そこで一回、その後私が彼にマッサージをした後に一回して、くたくたになった。しかも、朝起きてからも一回したので、わずか10時間ぐらいの間に3回したことになる。まったく私たちは気が狂っている。今日もX氏は仕事に行き、私はその後自分の部屋に戻り、しばらく昼寝をした後、ホテルのプールで泳ぎ、プールサイドで本を読んで午後を過ごした。昨日から読み始めた本だったのだが、今日で読み終わってしまった。こんなに優雅に時間を過ごせるなら、もっと本を持ってくるんだった。そういえば、今回たまたま持ってきた専門書を書いた人が、実はX氏の知っている人だった。数十年も前、X氏がまだ20代で若手として活動を始めた頃、とある国際会議で知り合ったという。私はX氏がどんなことをやってきたのか、あまりよく分かっていなかったのだが、実は私が理解していたよりもずっとずっと“大物”だったようだ。彼は政治的なことが嫌いで、そういうことを避けてきたために、いわゆる有名人ではないものの、狭い分野に限ってみれば、彼は本当に地道で確実な仕事をしてきており、高い評価を受けている。こうやって、一つ一つ彼のことを知るたびに、それはどれも私にとってとても心地よく、そして尊敬もしくは共感できることばかりであることに驚く。こうしてみると、どうして私が彼に惹かれたのか、理性のレベルでも説明できるのだが、一方で彼にとっては、なぜ私がよかったのかがやっぱりよく分からない。もともと日本だけでなくアジア全般に対して理解が深い彼にとっては、日本人というのは単に一般的に流布している日本人のイメージをはるかに超えたイメージがあり、私自身の中に、とても日本人的なものと、そうではなく私個人の考え方や行動規範を見つけ、私がどういう人間なのかを分析することに、ものすごい興味を持っているようにみえる。それは例えば、宗教を持たないといいつつも、どちらかといえばキリスト教的死後の世界ではなく、仏教的輪廻の考え方のほうを無意識に受け入れているとか、オトナになった今でさえ日本のアニメーションを面白いと思うのはどうしてなのかとか、外国語全般に興味を持っているのはなんでなのかとか、ナイフとフォークの使い方がアメリカ式ではなくてイギリス式なのはなんでなのかとか、私が全然意識していないところまで、事細かにみていて議論に持ち込む。まるで、どうして自分がいきなり私を好きになってしまったのかという理由を一生懸命探しているかのようだ。いや、もしかしたら、こういう分析は単なる彼の習性なのかもしれないが。もうまもなくX氏が仕事を終えてホテルに戻ってくる。そしてまた濃密な夜を過ごすことになるんだろう。しかし、どんなに激しくセックスしていても、お互いを熱いまなざしで見詰め合っていても、なぜか私の心の奥には別の私がいて、経過を見守り、私に問いかける。あなたはこれから先、どうしていきたいの?と。
2008.07.29
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今、猛烈に暑いハノイにいる。24日に成田を発ち、深夜に香港に到着。翌々日にハノイに来た。今、3日目だ。X氏とはさほど久しぶりという感じもせず、まるで半年前に会ったのが昨日のように話し、笑い、セックスに明け暮れている。セックスといえば、香港に到着した夜、お互いに貪るようにセックスしたのだが、久しぶりのセックスに身体が慣れておらず(というよりもX氏のモノが大きすぎるので)なんと血が出てしまった。しかも、その出血が3日間続き、かなり痛い。今日からX氏は仕事なので、昼間は私一人なのだが、昨日まではずっと一緒に過ごした。話題は、彼とステップファーザーのことや、仕事のこと、俳句のことなど尽きることがないのだが、彼が一番話したがっていたのが、どうして私たちはここまできてしまったのか、ということだった。一体私がいつからX氏のことを気にするようになったのか、そして単に仕事上の関係を超えて、こういうふうになったのはどういうきっかけだったのか、また、単にセックスの関係だけではなくて、真剣に愛するようになったのはなぜなのか、など、お互いの間に起こったことに対して、それぞれがそのときどう思ったのかを話した。また、もし私たちが一緒に暮らしたと仮定したならば、一体どういう側面で意見が衝突するするんだろうか、ということを話した。考えれば考えるほど、意見が衝突することなんてないように思えるのだけれど、そう思うと、そういう仮定のもとにこんな話をしている状況が悲しく思えた。今日はあまりに暑いせいか、なんだか体調が悪い。これから少し昼寝でもするか…。
2008.07.28
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いよいよ明後日出国というこの時期になって、週に2日程度働いているNPOの事務局長が身体を壊し、大変なことになっている。とにかく仕事を一段落させないと、海外逃亡できん。。。それでさっきまで家に持ち帰った仕事をやって、なんとか終わらせた。眠い。昨夜、ほとんど眠れなかったので、極度の睡眠不足だ。なぜか夫も全く眠れなかったということで、二人して今日はぐったり。不思議なものだ。食べたものが悪かったんだろうか。明後日にはいよいよX氏と、およそ5ヶ月振りに会うわけだが、会うのが少し怖いという気持ちもある。前回、ベトナムとタイに行ったときの旅行があまりにも素晴らしかったものだから、あのときの旅行と比較したら、どんな旅行も見劣りしてしまうのではないかと思うからだ。一方で、あのときよりも、ずっとやりとりを重ねてきているから、もっと落ち着いた、穏やかな旅行を楽しめるのではないかとも期待しているが、いずれにせよ、あまりに今回の旅行が楽しいものになってしまうのなら、それはそれで、また離れがたくなってしまうから、それも少し怖い。
2008.07.22
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来週の海外出張を前に、忙しい日々が続く。2週間日本を空けるので、必要な会議とかをまとめて入れてしまったからだ。早くこの状態から脱したいが、父のことが心配で、実のところ海外出張がさほど楽しみでもない。しかも、今回行く香港とベトナムはこの時期、湿度が85%~90%で気温も35℃前後と猛烈に蒸し暑いとX氏がわざわざ教えてきてくれたので、それも憂鬱な原因の一つ。そんな暑かったら、外にも出られない。多分私はX氏が仕事をしている間じゅうずっと、ホテルの部屋でごろごろしているんだろう。(X氏は「今回はプールのついているホテルを予約したから、泳いだら?」と言っているが 私は水泳が嫌いなのだ)今回は、香港はほんのわずかな時間しか滞在しない予定で、しかも仕事関係の人と会う予定があるので、あまり遊ぶ時間はない。だけど、夜にはジャズを聴きに行く予定にしていて、ディナーとジャズクラブの選択は私にまかされている。私は香港に行くのは今回が初めてなので、昨日ガイドブックを買ってきて、ようやくあれこれ見始めた。香港、レストラン多すぎ…。こんなの選べるわけがない。大体、私はそんなに食事に凝るほうでもなく、ロマンティックなほうでもないから、安くておいしければ、そのへんの定食屋で十分だと考えてしまう。あらかじめ予約したりするよりは、むしろそのときの気分で一緒に店を選んでふらっと入る、というほうが好みだ。だけど、この香港のディナーというのは久しぶりに会う初めてのディナーになるので、X氏がとても楽しみにしているから、どうでもいいとあしらうわけにもいかない。X氏は食の好みがはっきりしていて、シーフードは一切食べない。香港でシーフードを食べないとなったら、相当限られちゃうだろう。一方で、X氏は「これまでに食べた日本食は一度にちょっとずつしか出てこないし、野菜ばっかりで満足しなかったけれど、日本で一度食べた街角のヌードルはこれまでの人生で3本の指に入るほど、おいしいものだった。多分その中間(ものすごい高級会席料理とヌードルの間)には、たくさんおいしいものがあるんだろうから、そういう日本食を食べてみたい」と言っていたから、香港の日本資本のホテルのレストランでカツ丼を食べる、というのもいいか?さて、X氏とは相変わらず毎日欠かさずメールのやりとりが続いている。最近のX氏は、私が旅行にどんな洋服を持っていくのか、そして成田で会うときに何を着ていくのか、ということがものすごく気になっているらしい。洋服フェチなのか、それとも洋服を脱がすところをリアルに想像したいから洋服に興味があるのか、それとも私の洋服の趣味を知りたいのか、どれなんだ?と聞くと、旅行のことをリアルに想像したいからだ、との返事。だけど、以前にも「シルキーなブラウスで、ぴちぴちのホットパンツで…」と事細かにリクエストしてきたことを考えると、相当洋服フェチなのではないかと想像している。
2008.07.18
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昨日、二週間ぶりに病院にいる父に会いに行った。前回会ったときには、固有名詞が出てこないにせよ、表情は豊かで、そしてまだ多弁だった。しかし昨日会った父は、表情もなく、そして言葉もほとんど失っていた。私のことは認識していて、看護士さんに「わしの…」と紹介し、(「娘」という言葉がでてこない)院内を歩いては、あちこちのソファで腰掛けて話をした。歩き方も、小刻みになっており、かなり脳機能が低下しているようだった。しかし、私が「私の話していることは分かる?」と聞くと、力強くうなづき、自分ののどを指差して「これが…」と言うので、「言葉が出てこないだけなんだよね」と言うと、またうなづく。そこで、「お父さんは今、言葉が出てこなくてとても辛いんだよね。 でも、脳が怪我をしているから言葉が出てこないだけで、 ちゃんとリハビリすれば、絶対に良くなるから。 みんな大丈夫だと思ってるから、安心してね。絶対に良くなるから」と言うと、それまでぼんやりしていた表情の父が急に変わり、「俺もそう思ってるんだ」と、それまでにはない力強い声で、こういった。この言葉が、昨日唯一父が発した、完全な文(主語と述語を備えた文)だった。そして先日私の論文が掲載された専門雑誌を見せ、「この論文を面白いと思ってくれた人が連絡をくれて、 今度ある会議で話をしてくれないかと言われたんだよ。 一つ仕事をすると、それが次につながって、今は楽しく仕事をしているから お父さんも安心してね。おかあさんも喜んでくれるかなと思って、 この雑誌を持ってきたんだけどね」と言うと、父は急に顔をくしゃっとさせ、涙をこぼした。「喜んでくれているの?」と聞くと、うん、うんとうなづく。それを見て、私もつい泣いてしまった。そうやってしばらく過ごした後、父はおもむろに窓際に行き、窓の外のバス停を指差し、私を指差す。バスの時間は大丈夫なのか?と聞きたいらしい。それで「あと15分ぐらいでバスが来るから、もうちょっとしたら行く」と言うと、先にとことこ歩き出し、エレベーターホールまで私を見送ってくれた。父は、言葉がほとんど出てこなくなってしまったが、空間認識はしっかりしているし、人の顔も覚えている。そして、何よりも、私のことを案じるという父親としての感情は持っていた。帰りがけ、実家により、母に父が泣いたことを話すと、気丈で弱音を絶対に吐かない母が、声を上げて泣いた。まもなく父は今の病院を退院し、言語のリハビリを専門に行う病院へ移る。今度は個室ではないので、いやがるかもしれないが、そのときには自宅で母が介護すると言う。父は多分、母と二人きりだとすっかり子供に戻ってしまうため、気を張ることもないから、この2週間で急激に言葉を失ってしまったのかもしれないと思う。これまではあまり疲れさせてはいけない、あまり刺激してはいけない、と思っていたが、これからはもっと写真を持っていったりして、できるだけ会いに行こうと思っている。
2008.07.14
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昨日は仕事を休み、今週末締切の仕事を夜半すぎまでやっていたら、すっかり疲れ果て、今日も仕事を休むことにした。(こういうとき、自由業は気楽だ)睡眠不足を補おうと、さっきまで寝ていたが、不安な夢をいくつもみてしまった。・夫が「他に気になる人ができた」と言い出した夢・紫のニットスーツを着た綺麗な女性の後にトイレに入ろうとし、 ドアの外で待ってたら、いつのまにか寝てしまった。気付くとトイレが空いていたので 入ると、便器に野球のバットが突っ込んであった。ちょうどそのとき、トイレの壁の 上から変な男が侵入しようとしてきたので、バットで追い払おうとした夢こんなに不安になったのは久しぶりだった。
2008.07.08
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↓で書いた香水が、もう届いた!本物だった。3分の1の値段で。あとは一桁多く引き落とされていないか確認するだけ。
2008.07.04
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この年齢になっても、未経験のことというのは案外多いものだ。私にとって、香水を自分で買うというのは、これまでの人生で一度も経験がなかった。常に誰かが海外土産などでくれていたから、自分で買う機会がなかったのだ。必需品でもないし。ところが、つい最近、ものすごく気になる香水を見つけた。フェラガモの「インカントシャイン」だ。(今、キーボードを打ったら「印鑑と社員」と出てきて、笑えた)だけど、金欠の今、香水なんぞにお金を使うわけにはいかない。うーん、でも、この香りを嗅ぐだけで幸せな気持ちになる。どうしようー。と思い、今ネットでみてみると、なんと楽天で半額以下で売ってるじゃないか。生まれて初めて自分で香水を買う、ということをこれまた生まれて初めて楽天で買ってみた。普段はネットで買うことはほとんどしないのだけど、これはあまりに安い。そんなわけで、今とてもうきうきしている。早くこないかなー。
2008.07.02
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あー、今日も疲れた。不愉快な議論をいくつかやってすっかり疲弊。ここで不愉快になる必要はないだろう、ってところで、相手がわざわざこちらを不愉快にするような言い方をするから、ついかっとなってしまう。まあ、なんとかうまくこなし、結果的にはOK。それでも、肩や首のあたりにいや~なものがまとわりついているような気分が抜けず、すぐに帰宅してお風呂に入ったら、さっぱりした。昨日、Bさんと久しぶりに話してからというもの、Bさんと私の関係っていうのは、一体なんなんだろうなと考えている。Bさんは私より3歳上なので、今41歳だ。帰国子女で英語が堪能、そして学生時代はテニスのインストラクターをバイトでやっていた。大学卒業後は、金融系の会社を転々とし、今は外資系の金融機関で働いている。学生時代、会社を経営していたために留年するはめになったようなのだが、その経験からか、もしくは家庭の影響かは分からないが、彼は男女の性別役割分業意識というものを、ものすごく強く持っている。男は外で働き、女性は子供を産み、家庭を守る。女性が外で働いても、男性の補佐をするのが自然だ。だから、今の彼は、家庭を顧みず、とにかく仕事をしまくっている、らしい。そんなBさんがどうして私と仲良くなったのかと思い出そうとするが、最初に距離が近づいていったそのプロセスを、全然覚えていない。一つ覚えているのは、仲良くなってわりとすぐのときに、どうしてBさんが私に興味を持ったのかという話になり、「あの語学のクラスでもサークルでも、おまえが周囲から浮いていたから」と言っていたのだけは、よく覚えている。自分と同類だと思ったんだろう。私たちは5月ぐらいから、ゲームセンターに行ったり、ビリヤードをしたり、ジャズクラブに行ったり、カラオケをしたり、遊園地に行ったり、野球を観に行ったり、映画を観たり、ご飯を食べたりした。それから、あまりにも運動をしない私をみかねたのか、突然テニスのスコートを買ってきて、私にくれた。もちろん、くれただけじゃおさまらなくて、無理やりテニスコートに引きずり出され、ほとんど体育会系並みの特訓をさせられた。これには辟易して、それ以後、二度とやらなかったけれど。そんなこんなで2ヶ月ぐらいだった頃に、クラスの飲み会があって、Bさんは「話が合わないから行かない」と欠席したのだが、「クラスの飲み会が終わったら、二人で飲みなおそう」と誘われ、結局その日に初めてエッチした。それ以降、相変わらず週に2~3回は一緒に遊び、週に一度ぐらいはエッチする、という関係がしばらく続いた。私はそのとき、Bさんのことをもちろん好きだったけれども、Bさんの彼女になりたいとは思わなかったし、Bさんが当時付き合っていた彼女に嫉妬したことも一度もなかった。独占欲というものが全くなかった。そのときの感情を今思い出すと、今私がX氏に対して持っている感情ととても近いのかもしれないと思う。唯一違うのは、X氏とは「好きだ」「愛している」という言葉を与え合うが、Bさんとの間には一切そういう言葉がなかったこと。Bさんからそういう言葉がなかったということで、当時の私は(Bさんは私のことを遊びだと思ってるんだろうな)と判断したのだと思う。一緒にいて楽しければ、それだけで満足だった。今、私がBさんとまた会ってみたいと思うのは、青春時代のある部分を共有した人だからだと思っている。それはBさんにとっても同じなのではないだろうか。自分が少し疲れたとき、かつてもっと自由だった若いときを一緒に過ごした友人と再度会って、当時の気持ちに戻ってみたい、という思い。もしくは、利害関係が全くない相手と気楽にしゃべりたいという思い。もしBさんに会ったら、なんで数年に一度はお互いに会いたくなるのか聞いてみたいものだ。うざがられそうだけど。
2008.07.02
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夜7時すぎ、NPOでの仕事を終えて駅に向かって歩き始めたとき、携帯が鳴った。「Bです」と、私がよく覚えているあの独特の話し方でBさんの声が聞こえてきた。Bさんと話したのは、多分2年半ぐらい前が最後だ。夕食を一緒に食べようと約束していたのに、私がすっかりそれを忘れて仕事を入れてしまい、謝りの電話を入れたのが最後だったはずだ。それ以来、どちらからも連絡をしなかったので、つい2年半が経ってしまった。「Bさん!生きてるかと心配してましたよー!」と笑って言うと、「いかにもおまえらしい反応で、ある意味予想通りだ」とBさんも笑っていた。「今どうしてるんですか?」と仕事について聞いたつもりだったが、「今はANAホテルで夕日を見てる。ものすごい綺麗だぞー」となんだか優雅なことを言っている。どうやら、Bさんはつい最近転職をし、他の人の電話番号を調べているときに私の番号が目に入り、連絡しようと思い立って電話をくれたとのことだった。「おまえからも全然連絡なかったから、どうしてるのかと思ってさ」「いやー、Bさん、めちゃめちゃお忙しいから、電話はさすがにしづらいですよ」と言うと「俺は電話をもらいたくない人には番号を教えないから、霧子はかけてきてよ」。近いうちに会いたいね、という話を漠然として電話を切った。Bさんとはもう20年近い付き合いになる。私が大学生になったばかりのとき、同じ語学のクラスにいたのがBさんだった。とはいえ、Bさんは3年間留年していたので、歳も学年も上で、大学に入ったばかりの一年生のクラスのなかでは完全に浮いていた。ある日、私が試験対策に入った勉強系サークルの部室に行ってみると、そのBさんが部室の一番奥に座っていた。私たちはなんとなく気が合って、語学のクラスがある日には、授業のあとには必ずといっていいほど、一緒に遊びに行くようになった。この頃のことは、以前別の日記に書いたことがあるので、詳しくは書かないが、私にとって、Bさんは憧れの人だったのだ。だけど、Bさんにはずっと付き合っていた彼女がいたし、なんとなく「付き合う」というのがピンとこなくて、私とBさんはものすごい仲が良かったにも関わらず、一度も「好き」とかの言葉を言い合うこともなく、しかし、いろんなことを話し、そしてセックスもするという不思議な関係だった。関係が終わったのは、Bさんがその彼女と結婚したからだ。その奥さんとの間には、今3人の子供がいる。私は当時、Bさんにとっては、単なる「遊び相手」なのだろうと思っていた。彼女とは全然違うタイプみたいだから、ものめずらしいのだろうと思ったのと、なぜかBさんは私のことを本気で好きになるはずはないと思ったのだ。私のほうからみても、Bさんはあまりにもソツがなさすぎ、そしてプラグマティックなので最初から「私には手が届かない人」というふうに思っていた。でも、なぜか今日、Bさんから電話をもらった後、急に忘れていた色々なことを思い出したら、Bさんも私も、一時はお互いに好きだったんだ、と突然分かったのだった。20年も経って分かったところで、もうどうでもいいといえばどうでもいいのだけど。なんでそんなことを思ったのかと言えば、Bさんと一緒に新宿を歩いているとき、私が店先に飾ってあったポロシャツを見て、「あー、今こういうのを買いたいと思ってたんだ」と言うと「じゃあ、買ってやるよ。俺も買う」と言って、色違いのおそろいで自分の分と私の分を買ってくれたことがあったのだ。あのときは、(この人は金離れがいいなあ)ぐらいにしか思わなかったし、そのポロシャツだって、たまたま同じのを気に入ったんだ、ぐらいに思っていたが、今思い返せば、わざわざお揃いで買わないし、その後わざわざ合わせて着ることもないだろう。(…なんで私は気付かなかったのか)それに、好きでなければ「声が聞きたかった」なんて夜に電話なんてしないだろう。それに、結婚式の前夜、それも深夜に当時は一人暮らしをしていた私のマンションに車でやってきて「おまえにはちゃんと会っておきたかったんだ」なんて言うだろうか?…いや、やっぱりこれに関してはBさんが何を考えてそういったのか、今でも分からない。とにかく。なんだかんだ言いつつ、数年ぐらい音信不通になっても、なぜかBさんとは今でもつながっている。そしてBさんとは会ったり話したりすれば、必ずお互いに大学生に戻ってしまうのだ。久しぶりにBさんに会いたいが、気持ちが揺らぐのが怖い。
2008.07.01
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