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仕事をするときに、空手の道着を着ることにした。なぜか、道着を着ると、気持ちが引き締まる。気分だけの問題だが、仕事への取り組み方が違ってくるような気がする。 道着は、てきぱき動くと、シャキッ、シャキッという衣擦れの音がする。体を動かそうという気にもなるから、運動不足を補えるかもしれない。 完読したラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊について、もう少し。 ラブレーは、16世紀フランスの作家。当時のフランスは、既成の教会勢力と、改革派の勢力が、ぶつかりあい、宗教的には、きわめて不安定な時代だった。 ラブレー自身は、修道院に勤めたり、医者をしたりして暮らしていたが、『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』を発表するごとに、発禁処分になり、いつ裁判にかけられるかわからないので、逃避生活が続いた。 『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』は、フランスに伝わる巨人伝説をもとに、ラブレーが想像の翼を広げたもので、民話的猥雑な笑いの要素がふんだんに盛り込まれている。 言葉遊びや駄洒落が頻繁にでてくるので、翻訳は不可能といわれていた。 下手をすれば、ただのお下劣な話になってしまう。 その不可能といわれた翻訳を成し遂げたのは、訳者渡辺一夫の努力のたまものである。 和訳をそのまま読んでも、意味不明の個所がたくさんあるため、岩波文庫版には、1冊の半分が注釈と解説にあてられている。 渡辺先生は、ありとあらゆる海外の注釈本を参照しながら、注釈をつけたようだ。 なかには、宮武外骨や南方熊楠まで、引用されているのには驚いた。これらは、主に、猥談に関する項目で引用されている。 この注釈だけでも、じっくり味わうことができる。 『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』では、ラブレーの辛辣な社会風刺がいたるところに顔をだすのだが、それがパリ大学神学部に再度にわたり摘発される。 そのため、ラブレーは、毎巻、風刺が目立たないように、物語をさらに猥雑に、さらに空想的に味付けする まさに、そここそが、本書の魅力、読みどころとなっているのである。 ラブレー作品の、特徴のひとつとして、派手な糞尿譚がある。ウンコ、ショウベン、ゲロの類の話がふんだんにでてくるのだ。 それが、この物語を、さらに滑稽な味にしたてている。 この訳書が、ただの下品な話になってしまわなかったのは、渡辺氏の筆力であろう。 だから、ラブレーを味わいつつも、半分以上は、渡辺氏の手業を味わっているのと同じだ。 この次には、ラブレーが影響を受けた、エラスムス『痴愚神礼讃』(岩波文庫)を読むことにした。
April 30, 2004
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最近、開発した、仕事のやる気をだす方法。イヤホーンで、気に入った曲を聴く。 今までは、難聴になるといけないので避けていたが、イヤホーンのボリュームを少し大きくして聴く。 私の場合は、音楽が、脳を活性化させる。逆に、音楽が美しく感じないときは、何をやってもだめなときだ。仕事はあきらめて、ごろごろする。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波書店)全5冊読了! 全巻、本の半分は注釈と解説が占めている。確かに、本文だけ読んでも、意味のわからない部分が非常に多い。注釈を読まないと、何が面白いのかわからない場面や駄洒落がたくさんあるのだ。 といって、いちいち注釈を見ながら読んでいたのでは進まないから、1章ごとに、本文を全部読んでは、注釈をまとめて読むことにした。 翻訳不可能といわれたラブレーの作品が日本語で読めるようになったのは、ひとえに、訳者渡辺一夫の功績である。 読むのに骨は折れたが、渡辺先生の努力のたまものに接することができて、満足である。
April 29, 2004
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今の家に引っ越してきてから、かれこれ1年になる。引っ越しのきっかけとなったのは、隣家との騒音トラブルだった。 こちらに一方的に迷惑をかけ、まったく誠意のなかった隣人。こちらは手間暇かけて、簡易裁判所まで行って争った。 それでも、だめだった。 もう、いいや、と思って、猛然と隣家にテロ攻撃(て程のものでもないが)をしかけた。 警察沙汰にはならなかった。しかし、妻も私も引っ越しを決意した。これ以上、害吉にかかわっていられない。最低、最悪の隣人だった。 引っ越しを決めて、翌日には、この家が見つかった。引っ越しの最短記録である。 引っ越して1年。 あまり変化のないライター生活にも、変化の兆しが訪れている。 とりあえず、今の仕事の形態は5月で終わらすことにした。いま抱えている仕事が3本あるが、それを5月いっぱいに終わらせる。 今年がどんな年になるか、少し、楽しみでもある。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中5冊目突入。
April 28, 2004
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去年末、私が学生時代に所属していた大学演劇部の公演を観にいった。 私が演劇部で活動していたころには、まだ生まれたか生まれていなかった後輩たちの舞台だ。 どんな舞台やら、と思っていたら、驚いた。私がいたころとは比べものにならないくらい、脚本も面白く、役者もうまくなっていたのだ。 我々のころは、オリジナル作を上演するようなことも少なく、別役実や安部公房などが人気があった。 隔世の感がある。 先輩面するのはやめて、カンパだけして帰った。 そんなことで、今日は知り合いの台本作家さんに教えてもらった谷地恵美子『明日の王様』集英社・全10冊。 『ガラスの仮面』は、役者が主人公だが、こちらは、脚本家・演出家が主人公。 ふつうのダサい女子大生だった小竹谷有(こさや・ゆう)が劇団に入り、実力派脚本・演出家になっていく話だ。ド素人が、どんどんのし上がっていく、少女漫画の王道をいく作品である。 この手の漫画につきもののご都合主義は避けられないものの、脚本・演出という、役者より地味な題材を、うまくこなしている。 10巻一気読み。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中4冊目読破。
April 27, 2004
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病にかかることはけっして悪いことではないと思う。病にならなければ気づかないこともあるからだ。 私は30代までは、医者とも病気とも無縁な生活を続けてきた。自分の健康を誇っていた。ところが40代になって、次々とボロがではじめた。 現在は、月1回の病院通いだ。 しかし、今は、病気になってよかったと思っている。病と闘うことで、自分が「生きる」ということと正面から向かい合うことができるからだ。 それにしても、と思う。正岡子規の『病しょう六尺』(岩波文庫)のことである。 子規は、病の床にありながら死の直前まで4冊の随筆集を残している。しかも、これらは、新聞に毎日連載していたものだ。 しかも、しかも、その病状たるや、「絶叫。号泣。ますます絶叫する、ますます号泣する。その苦(くるしみ)その痛(いたみ)何とも形容することは出来ない」というほどのものだった。 だが、子規は、この六尺の病の床にあって、書を読み、画を楽しみ、口述筆記を続ける。 書くことへの執念は、どんな病の苦しみでも、克服する強さを与えてくれるのだろうか。 及ばぬとは思うが見習いたい。 最後の筆記の2日後、子規は瞑目した。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中4冊目途中。
April 26, 2004
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タヴィアーニ兄弟監督の映画『カオス・シチリア物語』のラストシーンは、忘れがたい映画シーンのうちの一つである。 よく晴れた日、青く澄んだ海めがけて、少女が手を広げ、砂丘から駆け下りるシーンだ。 ただ、それだけのシーンなのだが、その爽快感たるや言葉にしがたい。 だれにでも、子どものころ、丘の上から両手を広げて風を切って駆け下りた経験があるのではなかろうか。あの風を切る感覚を思い出させてくれたのだ。 そのような風を思い起こさせてくれたのが、中井紀夫『山の上の交響楽』(ハヤカワ文庫)所収の「見果てぬ風」だった。 この短編集に収められている作品は、すべて奇想に満ちている。 全部演奏するのに何千年もかかる交響曲を200年間演奏し続ける表題作。 電信柱に住みかをつくり、電線を移動する人たちの生活を書いた「電線世界」など、意表をつく短編ばかりだ。 そのうちの一つ「見果てぬ風」。 主人公テンズリの生まれてきたのは、両端が高い絶壁に囲まれた細長い世界だった。 実はこの世界、ちょうど、蚊取り線香のようなうずまき形をした世界なのである。蚊取り線香には、はじめと終わりがあるが、だれもうずまき世界のはじめと終わりの部分には行ったことがなかった。 テンズリは、このうずまき世界の果てを目指して冒険をする。一生をかけて。 そして、ようやくたどり着いた世界の果てに、その風は吹いていた。 世界の果てに吹いている風……。私がいつも旅に求めているのはそれかもしれない。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中4冊目途中。
April 25, 2004
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私たちは、日常、地獄のような風景を見ることはほとんどない。だが、一世代前の人たちだったら、戦争による地獄の光景を見てきたことだろう。戦場、空襲、虐殺……、これらの光景は、現代の日本人には無縁だ。 横山秀夫の『クライマーズ・ハイ』(文芸春秋)を読みながら思い出していたのは飯塚訓(さとし)『墜落遺体』(講談社+アルファ文庫)だった。 これは、1985年に起きた日航ジャンボ機墜落の現場で、遺体の身元確認の責任者であった飯塚氏による実録だ。 あのときも、いくつかの写真週刊誌が、墜落現場の悲惨な写真を掲載して話題になったと思う。 しかし、本当の地獄は、身元の確認をするために、全遺体が運び込まれた体育館のなかだった。 おりしも真夏。酷暑のなかで、遺体の修復にあたる人たちと、遺体確認をする遺族たちの修羅場が繰り広げられた。 詳しく書くにも及ぶまい。 初期には、遺体の取り扱いについて遺族からの苦情が多かったが、日本赤十字社の看護婦たちの心のこもった処置で、以後苦情は少なくなったという。 現場スタッフのプロ根性が胸を打つ。 この本で印象的だったのは、この仕事にかかわった人の多くが、「人生観が変わった」と述べていることだ。 航空機事故のような大事故は、いわば究極の人間ドラマだろう。そのドラマを目の前にしたとき、確かに人生観が変わるほどの衝撃を得るに違いない。 そして、読者でさえ、この本で人生観が変わるような読書体験をする。 死と正しく向き合ったことのない人間が、荒廃した世の中を生むのだと思う。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中4冊目突入。
April 24, 2004
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ときどき、内田百けん(門構えに月)さんの『御馳走帖』『大貧帳』(中公文庫)などを読むと、仕事がなかったころのことを思い出す。 仕事もないし、金もないから、製本所のバイトによく行った。 12時間、ほとんど立ちっぱなしの作業。それでも日払いが魅力で通った。そう、明日食う金にも事欠いていたのである。 それに、いちおう出版業界の一角で仕事をしているという自負心がもてた。 12時間の、肉体労働のあと、現金六千なんぼがもらえる。 とてもこの金で、さあ仕事のあとの一杯やりにいこー、と飲みになどいく気分になれない。金の重みが違うのだ。 缶ビールを2本買って、家で妻と飲む。 風呂もついていない安アパートだった。 あのころを思い出すと、今の生活が、とても贅沢に思えてくる。 仕事にいろいろ注文つけるのも贅沢だ。 新たな気持ちで、仕事に取りかかれるのである。 今日は午前中アップの仕事があり、午後はずっと外出。読書の時間はなさそうだ。
April 23, 2004
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ある日のテレビ局の会議。D「今日は何か面白いニュースはあるか」R「先月、カリフォルニアで、××病という病気がはやったそうです」D「どんな病気だ」R「いままで元気だった人が急に熱をだし、倒れてしまう病気のようです」D「何が原因かわかっているのか」R「どうやら、耳から××虫という虫が体内に入り込んだのが原因のようです」D「××虫か、初めて聞く名前で新鮮みがあるな。それで、この病気で誰か死んだりしているのか」R「いまのところ、そうした情報はありません」D「なんだ、死んでないのか。1人でも死んでればすぐネタにできるんだけどな」R「だれか死んでいないかどうか、もう少し調べてみます」D「そうしてくれ。できたら5~6人死んでてくれるといいな。それから、この病気は日本では起きないの」R「××虫なら日本にもいるそうですから、可能性はあります」D「おお、日本で起きてればいいなあ。視聴者の身近な恐怖になるからな。できれば、日本で誰か死んでてくれればいちばんいい」R「はい、日本で誰か死んでいないか調べてみます」 お前ら、地獄に堕ちるぞ! (この会議の内容は、まったく架空のものです) ラブレー『ガルガンチュワ物語・パンタグリュエル物語』全5冊中3冊目読破。
April 22, 2004
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夕餉の団らんでテレビを見ているとき、妻が「あれ、すごいね」などと感心していると、つい「あんなのヤラセに決まってるだろ」と、言ってしまうことがある。 すまん、すまん、せっかく楽しんでいるところを邪魔しちゃって。でも、あまりに見え見えで。最近は、妻もヤラセのときはわかるようになっている。 私は、素人参加番組で、素人が必死で受けねらいをする番組が大嫌いである。たとえば、中学生が学校で何か主張するとか、素人がビデオ投稿するような番組だ。しかも、これらの番組は、表向きはお笑い番組ではない場合もある。 素人がテレビにでて面白いのは、素人ゆえに一生懸命で、それなのに戸惑ったり、あわてたり、トンチンカンなことをしてしまうから面白いのだ。 それなのに、この手の番組は、素人が最初から受けをねらい、無垢の素人のフリをして、下手なギャグで笑わせようとしている。 こんなもの、最初からねらいでやっていると思うと、面白くもなんともない。視聴者を欺く行為である。 もし、これがプロのお笑い芸人だったら、ブーイングだろう。 素人が受けをねらってはいけないというのではない。素人という隠れ蓑を着ながら、下手な芸を見せていい気になっているのがなんとも不快なのだ。 もっとも、責任の大半は、テレビ制作者にあるのだが。 ついでにいうと、新聞の投書欄で、明らかに市民(笑)活動家である連中が、素人のフリをして投稿するのはもっと許し難い(笑)。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』全5冊中3冊目途中。
April 21, 2004
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いい映画や芝居は、だいたい最初の10分くらい見ればわかる。20分たっても面白くなければ、観るのをやめる。 本も同じで、三分の一くらい読んで面白くなければ(あるいは役に立ちそうもなかったら)、読むのをやめて捨てる。 立花隆さんが、『「知」のソフトウェア』(講談社現代新書)に書いていたのだが、せっかく買ったのだからもったいないと思って、つまらない本を最後まで読むのは、金を損したうえに、時間まで損する。まったくその通りだと思う。 駄本は、最後まで読んでも駄本なのだ。 本日は、これまで読んだなかで、忘れ得ぬ、ラストシーンがあった本を3つ。 もっと、あると思うけど、とりあえず、今思いついただけ。1 『豊饒(ほうじょう)の海』三島由紀夫(新潮社) 全4冊の三島由紀夫最後の作品。三島は、この小説の最後の一行を書き込んで、自決におもむいたという。生まれ変わりをテーマにして、4冊全部が違う主人公(生まれ変わりとしてみると同じ魂)になっている。 最後の巻『天人五衰』のラストは衝撃的だった。きれいに並べられたご馳走を、最後にひっくり返されたような気がした(うまいたとえではないけど)。 「今まで、読んできた物語はなんだったの?」 今でも、夏の暑い盛りになると、この本のラストを思い出す。2 『どちらかが彼女を殺した』東野圭吾(講談社) 最後まで読んでも、犯人が書いていないのが衝撃的。 妹を殺された主人公が、自力で犯人を見つけ復讐しようとする。容疑者は2人に絞られるが、はたしてどちらが犯人か。 読者は、犯人を知らされないまま放りだされる。 しかし、もう一度、ページをさかのぼっていくと、その1行が見つかるのだ。見つけたときのうれしさは格別。3 『氷の涯(はて)』夢野久作(ちくま文庫「夢野久作全集」ほか) 無実の罪におとしいれられ、逃避行を続ける主人公たちは、ついにロシアの果て浦塩にまで追いつめられる。もう逃げられないと覚悟を決めた上村に、ニーナはある提案をする。その提案に興奮したふたりはさっそくソリとウイスキーの準備を始める。「ルスキー島をまわったら一直線に沖の方に向って馬を鞭打つのだ。そうしてウイスキーを飲み飲みどこまでも沖へ出るのだ。 そうすると、月のいい晩だったら氷がだんだんと真珠のような色から、虹のような色に変化して、眼がチクチクと痛くなって来る。それでも構わずグングン沖へ出て行くと、今度は氷がだんだん真黒く見えて来るが、それから先は、ドウなっているか誰も知らないのだそうだ。」 世界の果てのような場所に引きつけられる私にとって、このラストのシーンは忘れられない。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中3冊目突入。
April 20, 2004
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きのうに続き、また女と男にまつわる話。 評論家の呉智英さんが『知の収穫』という本のなかで、奥浩哉の漫画『変』について書いている。 漫画のストーリーをざっと説明すると、Hをすることで男が女になってしまう奇病があり、その病気を治すには(元通り男に戻るには)、だれかとHして、病気をうつすしかない。 このホントに変な病気を巡る騒動が描いてある。 主人公の高校生は、そういうわけで、ある朝突然、体が女になってしまった。級友たちが急に自分をいやらしい目つきでみるようになる。男に戻るには、だれかとHしなければならないのだが、それがとても抵抗あるのだ。 体が女になっても、頭の中は男のままだからである。体が女になったからといって、男にはやられたくないのだ。 呉氏は、もし、これが逆だったらどうか、という。 つまり、女が、突然男になったばあいだ。 その場合は、わりと抵抗なくやっていけるのではないか? うーん、どうなのだろう。そんな気もするし、性同一性障害などにも、関係ある問題かもしれない。 性やジェンダーを考えるうえで、何かヒントになる気はたしかにする。 ラブレー『ガルガンチュワ物語・パンタグリュエル物語』(岩波書店)全5冊中2冊目読破。
April 19, 2004
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週刊新潮には、例の植草教授の記事も載っていた。 それで、考えたのだが、女性の心理についてである。自分が欲情の対象となるのは、どんな感じなのだろうか。やはり、いやらしいっ! と思うだけなのだろうか。 いえ、男というのは、あまり自分があからさまな欲情の対象となることはないわけで、女性のほうはわりと日常的にあるわけですよね。それってどんな感じなんだろう。 よく、あの子、エッチな体してる、というようなことをいう男がいるが、それは、お前の目のほうがエッチなのだろう。だけど、女性が街中を歩くと、つねにそういう視線を受ける可能性がある。 さぞ、うっとうしいだろうな、と思う。 でも、ほんとのところどんな感じなのだろう。要するに、セクハラや痴漢までいかないけど、視姦される、とでもいうか、そういう時の感じって。 こんなことを考えたのは、実は、私は、何度か欲情の対象になったらしいからなのです。<告白> 一度目は学生のころ、電車のなかで痴漢にあった。もっともそのときは髪を伸ばしていたので(そのころは反体制派のシンボルだった)、女の子と間違えられたのかもしれないのだが。 二度目のときも髪を伸ばしていたが(いちおう反体制派だったので)、今度は女の子と間違えられるはずはなかった。 酒場で、知らないおじさんが話しかけてきて、話が合った。一緒に飲んでいたら、いい店があるという。 それで、ついていってみたら、ある建物に入っていった。 だけど、そこ、どう見てもホテルなんだよな。どこがいい店なんだろう? 何がなんだかわからないうちに部屋の一室に入っていこうとするから、そこでおかしいと気がついた。 危なかったでごわす。もう少しで初体験を男に捧げてしまうところでした。 で、どうやら、自分はそのおじさんの欲情の対象になったのらしいのだが、正直いって、全然ピンとこないんだな。 もちろん、うれしくもなかったけれど、欲情されたこと自体にはそれほど嫌悪感もなかった。 きっと、その辺は、女の人とは違うのだろうなあ……と考えたのでありました。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中2冊目途中。
April 18, 2004
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売り切れ店続出だという週間じゃなくて、週刊新潮(誤字のご指摘感謝)は、偶然手に入れていた。本屋さんには申し訳ないが、スーパーに置いてあったのを、買い物ついでについカゴのなかに入れてしまったのだ。イラクの人質事件に関する記事も、そのときの立ち読みで知った。解放直後の3人の映像と照らし合わせてみるとなかなか興味深かった。 もっとも、人質の3人も家族の人たちもだいたい想像通りの人たちなのを確認できたに過ぎなかった。 人質の3人にはとても共感できないが、叩くべきは、彼らではなくて、事件に便乗した、市民(笑)団体や偏向マスコミのほうだろう。 今後、彼らの感覚がいかに一般国民とかけはなれているか、ますます明らかになっていくに違いない。 新潮が売り切れになっている事態こそ、そのあらわれだと思う。…………… それにしても、プロの校正マンとはすごいものだ。こちらがどんなに気をつけていても、でてくるでてくる誤植がボロボロ。 あのまま印刷されていたら大恥をかくところだった。ありがとうございます。 でも、たまにムカつくこともあるんだよね。いつかも、赤字の横に「これ、日本語?」。 そりゃ、たしかにあの文章はひどかったよ。ひどかったけど、これ、マジでケンカ売ってますか? ものにも書きようってものがあるでしょ。 まあ、おかげさまで、誤植の少ない本ができそうです。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中2冊目突入。
April 17, 2004
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やっと出張校正から帰る。 やったー! これで、1冊は完全に手離れした。なんだかんだと1年近くかかった本なので、感慨もひとしお。 今日、あらためて、通して読むと、まあまあの出来のような気がした。本屋に並ぶのは、来月の半ばからだ。売れるといいなあ。 読書の時間はなかったけれど、なんともいえない充実感。 今夜は、妻と祝杯だ!…………… いま、出かけようとしたら、東京犬さんの日記で、横山光輝さんが亡くなったことを知った。 実は、横山さんも、私は取材したことがあるのだ。まさか、きのうのリストに、こんなに早くもう一人加わるとは思ってもいなかった。 『鉄人28号』は、私の幼年期の思い出に残る傑作だし、近年進められていた歴史物も、いくつか読んでみてとても面白かった。 横山さんの家でごちそうになったクリームソーダの味も忘れがたい思い出である。 ご冥福をお祈りします。…………… 今日は朝から出張校正だ。その前に、原稿も1本あげなければならない。 でも、これで、ようやく1冊は片づく。うれしい。まあ、できるだけ誤植のない本にしよう。 続きは、帰ってから書くことにします。
April 16, 2004
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鷺沢さんは実は自殺だったという。まだ35歳。自殺と聞いただけで心が痛む。 私は自分で自殺しようとは一度も考えたことはないが、一度だけ危ないところまでいっていた(と思う)。だから、少しだけ、自殺する人の気持ちはわかる。自殺で亡くした友人もいる。自殺と聞くと人ごととは思えないのだ。 つらかったのだろう……。 もう一度、彼女の小説を読み直してみる気になった。…………… 東京犬さんの日記で、鷺沢萠さんが亡くなったことを知った。私もかつて、取材の申し込みをしたことがあった。日程が会わなくて流れたけれど。清楚な印象がある人だった。 思えば、私がこれまで取材した人のなかにも亡くなられた方が大勢いる。 山田風太郎さん、澁澤龍彦さん、寺山修司さん、埴谷雄高さん、日影丈吉さん、鷲巣繁男さん、林家彦六さん、星新一さん……。 皆、思い出深い方たちだ。 澁澤さんの家を初めて訪ねたときの舞い上がった気分、取材の主旨にそって前もって準備をされていた寺山さん(ミドル英二さんが書いていた寺山さんがのぞきをしたアパートは、昔私の住んでいた家の近くだった)、「人間は生きているだけで罪なのです」と言われていたとき、台所から魚を焼く匂いが漂ってきた埴谷さんの家、鷲巣さんにごちそうになった寿司の味……。 いまも大事な思い出だ。 編集者という立場を利用して、会いたい人に片端から取材していったのだった。 時期でいえば、私はまだ、半人前のころ。今思えば、ずいぶん、馬鹿な質問もしたのだろうと、冷や汗がでてくる。 若いときのこわいもの知らずで、ずいぶん無茶もしたものだ。いまは、昔より神経を使いすぎるくらいである。 あのころの自分が、いまは少しうらやましい。 ラブレー『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中1冊目読破。
April 15, 2004
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長編小説を読んでいる間は、毎日その作品の紹介をしているわけにもいかない。 過去に読んだ本を材料にして、書くしかないだろう。 それで、今日は、いままでに読んで泣けた小説のベスト5。とりあえず、頭に浮かんだものをあげてみることにした。●泣ける小説ベスト51「湖畔」久生十蘭 十蘭の小説は、ひとつも駄作がないが、これくらい完成した作品も珍しい。人生をウソで固めてきた酷薄な男が、妻の死で自分を取り戻し、森をさまよう。泣き所はそこから。2「たんぽぽ娘」ロバート・F・ヤング(創元推理文庫『年間SF傑作選2』所収) 初老を迎えた男が出会う運命の少女。そして、彼はある日妻の秘密を知る。あふれだす妻への思い。忘れがたい小品だ。3「秘密」東野圭吾 男の妻と娘が交通事故に。妻が体をはって守った娘だけが生き返った。なぜか女性には人気がない本。泣くのは男ばかりである。やはり、その「秘密」を知ったときにはこらえきれずに泣けた。4「五重塔」幸田露伴 だれでも知っている作品だが、ちゃんと読んだ人はどれくらいいるだろうか。親方の横やりで、五重塔つくりをあきらめようとした主人公のもとに子どもが駆け寄ってくる。お父が、五重塔つくるんだよね。単純だけど、泣ける名シーン。5「スキップ」北村薫 高校生だった少女が、ある日、突然中年に。とまどう主人公。ようやくいちばんの親友に会えたとき、それまで泣かなかった彼女が初めて号泣する。もらい泣き。 このほか、「アルジャーノンに花束を」などもありますが、あまりに有名なためにはずした。ほかにももっとあるはずだが、思いだしたらまた書くことにしよう。 ラブレー『ガルガンチュワ物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊中1冊目。
April 14, 2004
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長編連続読破計画だが、幸い、『失われた時を求めて』や『大菩薩峠』のような大大長編はすでに読み終わっている。 その代わり、『カラマアゾフの兄弟』や『夜明け前』のように、再読したいものもある。きりがない。 しかし、少しでも気力のあるうちに読んでおかなければ死ぬまで読めないだろう。 老後は、『鏡花全集』(岩波書店)を読む楽しみも待っているのだ。 とはいえ、片づけなければならないは、山ほどある。そのうちの1冊は、今週でようやく手離れする。それでも、まだ、ほとんど手つかずの仕事が2本もある。 頭が痛い。 とりあえず、今日からラブレー『ガルガンチュワ物語・パンタグリュエル物語』(岩波文庫)全5冊を読むことにした。訳は渡辺一夫名人だ。 しょっぱなから元気の出そうな本である。
April 13, 2004
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残りの人生、多くても、20年そこそこだろう。それまでに、読破しておきたい長編小説がいくつもある。 楽天を始める前は、死ぬまでにいつかは、と漠然と考えるだけだったが、今は、射程がはっきり見えてきた。 今、これから読むのだ。 すでに、『石光真清の手記』(中公文庫)全4冊、ゲーテ『詩と真実』(岩波文庫)全4冊、ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊は、読破した。 まだ、手持ちでは、『ドン・キホーテ』(岩波文庫)全6冊、『西遊記』(岩波文庫)全10冊、『紅楼夢』(岩波文庫)全12冊、『千一夜物語』(ちくま文庫)全10冊、『トリストラム・シャンディ』(岩波文庫)全3冊、『イタリア紀行』(岩波文庫)全3冊、などなどがひかえている。 これまでのペースで考えると、今年中には、楽々クリアできそうだ。 ところで、今日は再校戻し。朝一で届けなければならない。あと4時間のうちに、片づけなければ。 ではでは。
April 12, 2004
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イラク人質事件は解決するもよう。水面下ではそうとうの交渉があったのだろう。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全五冊読了。 何度も、舞台化されているのがわかるような気がする。物語自体は、非常に大衆向けの感動大作だ。 ただ、通俗小説と一線を画しているのは、ユゴーの倫理的思想の筋が通っていて、時代背景、状況などが詳細に記されているからだろう。 ただのこそ泥から、市長になるまでの出世譚。コゼットとの救出と成長。コゼットとマリユスのロマンス。ジャンバルジャンの献身的行為と祝福された死。最後にどっと泣かされる。 物語の面白要素をこれでもかと盛り込んだ贅沢な作品だ。 とりあえず、長編を読み終わった充実感にひたる。 長距離戦を乗り切った気分。これだけは、読み終わってみないと味わえない。 さて、次は、『ドン・キホーテ』全6冊にするか、『ガルガンチュア物語・パンタグリュエル物語』全5冊にするか、ゆっくり決めよう。
April 11, 2004
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今回起きたイラクの人質事件の報道に疑問がある。 まず、朝日新聞は、朝日新聞社の仕事をしていたカメラマンを、フリーカメラマンとだけ呼んでいるが、彼が人質になってしまったことに対して、責任はないのだろうか。 確かに自社の社員でもない。朝日新聞が直接派遣したのではない。朝日新聞にとっては、彼が勝手に行ったのであろう。しかし、朝日新聞社に写真を売り込むためイラクに行っていたカメラマンに対して、朝日新聞社はまったく責任はないのだろうか。 8日に、朝日新聞は、この件に関して、記者会見を開いたようだが、その後も、フリーカメラマンが自社関連の人物であったことを積極的に報道しようとはしていない。http://www.excite.co.jp/News/society/20040408220900/20040409M40.089.html 私がわざわざ、このようなことを書くのは、朝日新聞は以前も、私の知っていたフリーライターを、危険な地域に行かせたことを知っているからである。 いや、行かせたというと語弊があるかもしれない。たぶん、彼女が勝手に行ったことになっているのだろう。 そのフリーライターによれば、最初、その地域が危険になっていることを何も知らせず、コンタクトをとってきたという。ただし、これが朝日社員直接なのか、第三者が仲介していたのかはわからない。 それでも、彼女は、その国まで取材に行った。朝日の派遣記者としてではなく、ただのフリージャーナリストとして。 少なくとも、朝日新聞が、今回の被害者を、ただのフリーカメラマンとしてだけ扱うのは、無責任であると思う。それを積極的に報じないのも欺瞞である。 しかし、ともかくは、人質となっている人たちの、無事を祈りたい。 それにしても、今回の人質の方たち、一人は朝日関連のカメラマン、一人は『週間金曜日』の投稿者、一人は市民(笑)団体相手の講演活動家。なんとも朝日寄りな方たち……。少なくとも、一般市民とはほど遠い人たちのようだ。http://www.kinyobi.co.jp/pages/vol466/mokujihttp://tolio.oops.jp/archives/000241.html 今日は珍しく、時事ネタを書いてしまった。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中5冊目途中。
April 10, 2004
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もしかすると、いまの仕事スタイルが少し変わることになるかもしれない。 まだ、未定なのだが、そうなると、フリーの立場に、少しだけ制限がかかることになるだろう。それが、プラスになるのかマイナスになるのかはいまのところわからない。 とりあえず、いまある仕事を早く片づけなくては。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中5冊目突入。 長い物語も、ようやく終盤を迎えつつある。 やはり読んでみないとわからない。小学校か中学校の教科書で、ジャンバルジャンと牧師さんのほのぼのエピソードしか知らなかったので、意外な展開に驚いている。 心温まるただの人情物語ではなくて、革命を背景にした、大叙事詩でもあるのだ。 これだから、教科書に作品が載るのも、良し悪しだなあ。ほんの断片だけ読まれて、全部読んだような気になってしまうから。 おそらく、教科書に掲載されていた作品を、成人してから読み直すことは、ほとんどないのではなかろうか。 もし、私が作家になれたとしても、自分の作品は教科書に載せたくない。ま、ほとんど、いらぬ心配だけど。
April 9, 2004
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おとといの仕事がハードだったせいか、きのうはほとんど仕事にならず。 4つも仕事が同時進行している。みんな緊急な仕事ばかりだ。とりあえず、さし迫った仕事から片づけていくしかない。 勝負パンツ、じゃないけど、こんなとき、私には勝負ペン、というものがある。 もう、20年以上使っているシャープペンシルで、当時でも100円くらいしかしなかった安物だ。 でも、このシャーペンは、長年苦労を一緒に乗り越えてきて、すっかり手になじんでいる。 私は、仕事では唯一、シャーペンを集めるのが趣味で、安物ばかり何種類も持っている。だが、このシャーペンだけは特別だ。 ここぞ、というときは、このシャーペンを握りしめて気合いを入れる。 頼りにしてまっせ。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中4冊目読破。 これほど、忙しいのに、読書時間だけは無理にとることにした。長編を読むときは、強制的に自分に読ませるしかない。
April 8, 2004
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今日の一言。 「エスカレーター、駆け上がるなら、階段使え」 たしか、新聞の投書がきっかけだったと思う。欧米では、急いでいる人のために、立っている人は左に寄り、エスカレーターの右側をあけておく、というものだった。 その投書があってから、間もなく、誰がはじめるともなくいまの形式になったのだと思う。 だが、笑止なことに、先日、ハワイから来たあるアイドルが、日本ではなぜ、エスカレーターを昇っていくのか、危なくてこわいといっていた。 まったくだ。昇る元気があるのなら、階段を使え。 私は、体のために、極力階段を使うことにしている。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中4冊目途中。 長編だと、毎日読書日記を書くのはむずかしい。
April 7, 2004
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最近は、外に出ることが多い。今日は、午後から3つも打ち合わせがある。 外出して得することは、電車の中吊りを見られること。 私は、いま新聞をとっていない。余分な金がないからだ。だから、電車の中吊りは、世間の話題を知ることができる貴重な情報源である。 前は3カ月ごとに5つの新聞を交代にとっていた。新聞勧誘員の持ってきた洗剤が溜まった。 その前はA新聞を10年以上もとっていた。私にとって信頼できる唯一の新聞だった。だが、ある時、あまりに馬鹿な新聞であることに気づき、胸クソが悪くなって、3カ月方式にしたのだ。 5つの新聞をとっていてわかったこと。世間ではA新聞とM新聞が左寄り、Y新聞とS新聞が右寄り、といわれているが、そうではなかった。 Y新聞とS新聞はふつう(もしくはやや右)、M新聞は少し左寄り、A新聞だけが超左寄りなのだ。 よく、こんな新聞を10年以上もまじめに読んできたものだ。戦後左寄り教育の呪縛がいかに強かったかということだろう。 私は、以前、「新聞投書欄におけるバカの見本」という企画を出版社に持っていったことがあるが、「バカはまずいよ、バカは」と、すぐ却下された。 なんとバカな! だが、このとき、新聞投書欄というのは、A新聞の投書欄を念頭においていたのだった。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中4冊目途中。 コゼットとマリユスが、やっと言葉を交わすことができた。
April 6, 2004
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誰でも一度くらいは想像したことがないだろうか。もし、自分以外の人間がだれもいなくなって、自分一人だけ地球に取り残されたとしたら……。 スタンリー・クレイマー監督『渚にて』。1959年公開の映画である。 核戦争が起こって、地球の北半球は全滅し、南半球も迫りくる死の灰を前に、破滅の日を待っている。 グレゴリー・ペック演じる原子力潜水艦の船長タワーズは、サンフランシスコを偵察に行き、人影一つない街を目撃する。 北半球が全滅したのなら、日本も全滅しているはずだが、映画には、なぜか唯一の被爆国、日本のにの字もでてこない。 映画のなかの原爆症の説明は、もちろん広島、長崎の被爆者から得られたデータだろう。 もうっ、西欧人たら! だが、なぜか、私は、この映画にでてくる、廃墟のような場所が好きである。 旅行するなら地の果てのような場所に行きたい。 地の果てに吹いている風にあたりたい。 作詞家・松山猛と元フォークル・加藤和彦は、この映画を観て、「不思議な日」という佳曲を生みだした。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中4冊目突入。 年頃になったコゼットに恋心が忍び寄ってくる。
April 5, 2004
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黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』では、いちばんの黒幕と思われていた悪党の、さらに上に悪党がいた、というところで終わる。 映画では、本当の悪党はなかなか捕まらない。 だから、私は最後に悪党皆殺しという『昭和残侠伝』シリーズなどが好きなのだ。 今日では、悪党というのもおこがましいような下劣なチンピラどもがのさばっている。「文春」問題で、かようなゴロツキどもが調子に乗らなければいいのだが、と思う。 人殺しや暴行魔が、プライバシー問題を逆手にとって、何千万円もの慰謝料を要求する。世も末だ。 私は、こうした悪党どもをのさばらせないためにも、言論の自由は保障されなければならないものと考える。 そもそも、いくつかの新聞やテレビのニュース番組など、一部マスコミでは、言論の自由とは、自分たちに都合のいい言論の自由でしかないようだ。 ときには、自分の意見に反する言論を平気で弾圧する。たとえば……。 桜井よし子さんや上坂冬子さんの講演会は、市民(笑)運動家と称する連中により、何度か妨害されているが、それを平気で見逃している。 公共のテレビニュースで、特定の書籍を名指しで攻撃する。 自分たちに都合のわるい言論は、守られるべき自由をもっていないかのようである。 私は、戦後民主主義とは、世にも醜いイデオロギーであると思っているが、言論の自由だけは断固守るべきと考えている。 ただし、たとえば、犯罪被害者などに関するプライバシーには配慮が必要だと思う。これは言論の自由とはまた違う話だ。仁(おもいやり)の問題である。 犯罪被害者の名前や写真を、とくに女性の場合は、必要以上に公表しないようにするべきだ。 犯罪者のプライバシーがあれだけ厳重に守られているのなら、できるはずである。やろうとしていないだけだ。 これらは、ある特定のイデオロギーを持つ弁護士、法律家、市民(笑)活動家などがもたらしたゆがみだろう。 ああ、かたい話になった。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中3冊読破。 テネルディエは、絵に描いたような悪党である。この小説は善悪がはっきりしていて、娯楽的要素もふんだんにもっている。
April 4, 2004
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きのうは渋谷で、亡き友人の七回忌を、親しかった人間だけで営んだ。 一人の人生は、ある時点で止まってしまったけれど、残りの人間の時はいまも進んでいる。不思議なことだ。 会場にしたのは、焼酎の専門店で、何百種類の焼酎の銘柄をそろえていた。どれを選んでいいのかわからないので、鹿児島・芋焼酎の古酒を飲んだ。 これがうまいのなんのって。酒を飲んで陶然とするとは、このようなことだろう。 彼には、もう味わうことができないが、酒好きだった彼のこと、許してくれるだろう。 次に、渋谷駅線路際の、新宿ゴールデン街のような趣の、古い飲屋街(名前がついていると思ったが思い出せない)に繰りだす。 どの店もかなり混んでいたので、いちばんすいていた、おばあちゃんママさんの店に入る。 たぶん、この道のベテランなのだろう。耳が遠いのかテレビの音がやたらに大きかったが。 一時、渋谷にいることも忘れて、戦後焼け跡の面影を残した、この店で故人をしのぶ。 人というのは、他人の知らない面をひとつやふたつ持っているものだ。何人かで故人の話をすると、自分の知らなかった一面を知ったりする。 自分が思っている自分と、人から見た自分のギャップに驚いたりすることもある。 人間の性向は、それほと固定したものではないのだろう。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中3冊目途中。 マリユスとコゼットは、どこで接点をもつのだろうか。……………焼酎一口メモ 好みはあると思うが、慣れてくると芋焼酎がいちばんうまいようだ。こってりと芳醇な香りがあり(慣れれば)、口のなかでさわやかに広がっていく。 それから、名前に「古酒」とついた焼酎はみな香りが強く、うまかった。 よく、焼酎は、二日酔いをしないというが、飲み過ぎれば同じではないだろうか。
April 3, 2004
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きのうは、妻と近くの公園で花見。神田川沿いの桜並木がすばらしかった。久しぶりに写真を撮った。 今日は、きのうと違ってじめついた天気。6年前のあの日もこんな薄暗い1日だった。 その日、仕事中の私のもとに、ひとりの友人が行方不明になったと連絡があった。しかも、遺書らしきものを残して。 彼とは、1月前に一緒に飲んだばかりだった。そのような気配はまったくなかった。エイプリルフールの冗談かと思った。 翌日、彼は発見された。最後に飲んだ日に、私の乗ったタクシーを見送ってたたずんでいた彼の姿が思い浮かんだ。 さよならくらい言いたかった。 今年で七回忌。 親しかった人間が、どんんどん過去の人になっていくのは、やりきれないものがある。 彼と最後に交わした言葉はなんだっただろう? 医師はたまに、自殺を考えるようなことはないかと聞く。私は笑って否定する。 悲しい物語は、もうたくさんだ。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中3冊目突入。 革命を夢見る青年マリユス登場。
April 2, 2004
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私の祖父は、あるとき、間違いで獄舎に入れられた経験をもっていた。その体験はかなり悲惨なもののようだった。 私は監獄に入った経験はないが、一度だけ、留置所に泊まっていくか?と刑事に聞かれたことはある。もちろん、丁重にお断りした。いま思えば一度くらい経験してみてもよかったかもしれない。 ああ、それから、学生の時に自治会館にバリケードをつくって立てこもったことがあった。警察に連行されても絶対黙秘を続けること、という文書が回覧されて、覚悟を決めたこともあった。 でも、そんな心配はなかったのだ。ショボすぎて、機動隊が出動するまでもなかったのだから。 獄中記のたぐいは、いまでもよく読まれる本のジャンルのひとつだ。最近では、漫画家の花輪和一氏の『刑務所の中』(青林工芸舎)が面白いそうだが、まだ読んでいない。花輪ファンの私としては、ぜひ読んでおきたい一冊だ。 サド、ジャン・ジュネなどの作家は、監獄体験を糧として創作に打ち込んだようにも思える。 ユゴー『レ・ミゼラブル』(新潮文庫)全5冊中2冊目読破。 脱獄囚ジャンバルジャンは、再度、教会(修道院)によって救われる。しかし、そこは、牢獄とも対をなす、囚われの場所だった。 物語はこれから、孤児コゼットの話に重きをおいて進みそうだ。
April 1, 2004
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