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自分の命があと残りわずかだと知ったら、何を書くだろう。 40歳を過ぎてから、何度か、こんな問いが浮かんだ。 すでに、体のあちこちがぼろぼろで、同年代のライターの急死もあいついでいる。 決して、空想的な問いではなかった。 『日本中世の村落』(岩波文庫)を書いた清水三男にとって、同書がその答えだった。 大戦中、いずれ出征すれば、帰れるという保証はない。そこで清水が残そうとしたのが同書である。 事実、清水は、この本を書いてから5年後に、シベリアの捕虜収容所で人生を終えた。 本の内容は、荘園制と、中世の村落のありさまをできるだけ忠実に描き出したものである。 一般の人にはまったく関係がないテーマ、というわけではないだろう。 ここに描かれている村落の人々の血は、自分にも直結している。だから、自分というものを知るためのひとつの資料なのである。 最近、歴史の本を読むときには、そう思いながら読んでいる。…………●ミドル英二さんのメルマガ、間もなく発刊されます。 登録がまだの方、お急ぎくださいませ。本を書こう。他では聞けないプロ達のマル秘ノウハウ」ビジネス書やノウハウ本を書いてみたいという方、必読。中堅のライターや編集者を取材し、出版企画を売り込む秘訣、売れる本を書くノウハウ等を語ってもらうトークマガジンです。リアルな出版事情、裏話も満載。 ライターを目指す人はもちろん、目指さない人も、業界の裏側がわかって楽しめます。 登録は下記から。http://www.mag2.com/m/0000124136.htm
January 31, 2004
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今日で、日記を付けはじめてから1月たつ。 日記をはじめてよかったこと。 すばらしい皆さんとお会いできたこと。 毎日、仕事以外の本が読めるようになったこと。 今後とも、よろしくおつきあいのほど、お願いいたします。 で、今日の朝の読書は、『摘録 鸚鵡籠中記』(岩波文庫)。 朝日重章という尾張藩士が聞き書きした日記だという。 よくまあ、喧嘩や火事や殺人や自殺があることあること。 妹を釜で煮殺す女房。 馬に睾丸の皮を食われた男。 人を驚かそうと首吊りのまねをして、ほんとに首吊りになってしまった男。 家人が帰ってきて逃げ出せなくなった空き巣が、あわててそばにあった白粉を顔に塗って飛び出し、家人を気絶させて逃げた話。 こうして、並べられた事件を見ていると、現代がとくに事件が多いとは思えなくなってくる。 また、いまも昔も、大衆がワイドショーネタに興味を持つのは変わっていないこともわかる。…… ミドル英二さんのメルマガ、もうすぐ発刊です。本を書こう。他では聞けないプロ達のマル秘ノウハウ」ビジネス書やノウハウ本を書いてみたいという方、必読。中堅のライターや編集者を取材し、出版企画を売り込む秘訣、売れる本を書くノウハウ等を語ってもらうトークマガジンです。リアルな出版事情、裏話も満載。 ライターを目指す人はもちろん、目指さない人も、業界の裏側がわかって楽しめます。 是非、登録お願いします。登録は下記から。http://www.mag2.com/m/0000124136.htm…… ついでながら、私のメルマガもよろしくお願いします。 ほ~、と驚く、おもしろ科学ネタが満載です。 めったに見られない誤植(笑)もありますよ。http://www.mag2.com/m/0000121593.htm よろしく。
January 30, 2004
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ところで、いつか「校正恐るべし」と書いたが、自分のメルマガで、世にもまれな誤植があった。これは、やろうと思ってもできないわ。永久保存版だ。 興味のある方は、下記ページへ行って、ぜひ登録してね。http://www.mag2.com/m/0000121593.htm …………… きのうの茂木健一郎『意識とはなにか』(ちくま新書)の続きだが、きのうの自分と今日の自分はなぜ同じと感じられるか、という興味ある問題にも触れている。 小学校の入学式で見たお日様と、今日見ているお日様は同じように見える。 しかし、小学生の自分と今の自分は、物体としてみればおそらくまったく違う細胞からできている。 それなのにお日様が同じに見えるのは、私たちの意識の働きとして「クオリア」というものがあるからだという。 クオリアとは、直訳すると「質感」という意味らしいが、脳科学では「あるもの」を「あるもの」と感じる能力のことだ。 つまり、「りんご」は、いつ見ても赤くて丸い「りんご」に見えること。 この「クオリア」のおかげで、世界はきのうの世界と同じに見え、きのうの自分と今日の自分は同じに思える。 ところが、一方で、意識とは、絶えず変化し、生成されているのだという。 自分の意識は、ひとつながりのもののように思えるが、実は、刻々と新しく生成されているものだというのだ。 つまり、意識は、常に新しい事態に直面している、というようなことだろうか。 意識は、このように、絶えず変化しているのだが、きのうのお日様も今日のお日様も同じに見える「クオリア」のおかげで、自分はいつも自分だと感じられるらしい。 うーん。わかったようなわからないような……。
January 29, 2004
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最近は脳科学の発達により、どのようなときに、脳がどのように働いているかがわかりはじめてきた。 しかし、いくら脳のことがわかったからといって、では、私たちの「意識」とは何かというと、まだ、現在の科学では答えがだせない。 自分が生きていて、世界がこのように見え、このように音が聞こえ、このように考えている。 思えば不思議なことだ。 たとえば、人間の脳と同じように複雑な回路をもつコンピュータをつくったら、そのコンピュータは人間のような意識をもつことができるのか。 そのようなことは、現在の科学ではわからない、ということを、茂木健一郎『意識とはなにか』で知った。 何かを見ている人が、それをどのように見ているのか、いくら脳の働きを調べてみても、第三者が知ることはできない。 自分がなぜ生きていて、このような意識をもつことができるのはなぜなのか。 死とはいったいなんなのか。 それは、科学の最新で最終のテーマのようだ。
January 28, 2004
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一時期、珍しい岩石標本を収集していたことがあった。とくに、瑪瑙の薄切りにしたものはコースターとして使った。 岩石が好きになったのは、小学校のときに母に買ってもらった岩石標本がきっかけだ。ほかの自然物に比べると、何か高貴な感じがした。 ローマのプリニウスが『博物誌』のいちばん最後の巻に「石・宝石」を持ってきたのもわかるような気がする。 明治の文豪、幸田露伴の『芋の葉』という随筆集に「菊石の話」という話が載っていた。 菊つくりを趣味とする岐阜の白木さんという人が所有していた山から、菊の花にそっくりな紋様の石が採れたのだという。 手元にあった、ロジェ・カイヨワの『石が書く』には、この石は載っていなかった。 それで、白木さんの一句。「一念の石に咲きけり菊の花」 石にまつわる不思議な話は多い。それについてもおいおい書いていきたい。
January 27, 2004
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音楽や演劇の派手なパフォーマンスに比べて、物書きの仕事は、実に地味なものだ。何より、孤独でひっそりした仕事である。一冊の本を書き上げても、何か劇的な事態が起こるわけでもなく、当の本ができあがってくるころには、すでに別の仕事に入っている。 何故、このような地味でむくわれない仕事を続けるのか……。 というような甘えた気分を吹き飛ばしてくれたのが、井波律子『中国文章家列伝』(岩波新書)である。 逆境を乗り越え、貧窮に苦しみながらも、書くことへの執念を失わなかった10人の文人像が描かれている。 宦官となって生き恥をさらしながらも大冊『史記』を書き上げた司馬遷、乱世の濁流に飲み込まれながらも書くことをやめなかった顔之推、などなど。 一筋縄ではいかない文人たちの生き方から、ああ、自分などまだまだ、と思わされたのだった。 書く、という行為は、きっとそうとうな執念を持たなければ続けられないものなのだろう。 この日記は、いつまで続けることができるだろうか……。
January 26, 2004
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最近、生まれ年を尋ねると、西暦で答える人も多くなった。 私は西暦で答えられてもいまひとつピンとこない。それで、「っていうと昭和で何年?」と聞くのだが、「私、年号なんてつかわないから」という。 一人の人間の生死によって年号が決められるのはおかしい、というのだ。 それなら、西暦だって、たった1人の人間の誕生年によって決められているのだからもっとおかしいと思うのだが。 年号にしろ、西暦にしろ、便宜的に使っているだけで、とくに意味などない。天皇制云々に関係なく、私は年号で生まれ年を聞いた方がわかりやすいというだけだ。もちろん、ふだんは西暦を使うことのほうが圧倒的に多い。 藪内清『歴史はいつ始まったか』(中公新書)によれば、西暦(キリスト紀元)のほかに、イスラム圏では「ヘジラ紀元」、仏教圏では「仏滅紀元」などが現代でも使われている。 しかも、イスラム諸国では、世界の主流を占める「グレゴリウス暦(太陽暦)」ではなく、「イスラム暦(太陰暦)」が使われているのだ。断食月のラマダーンもイスラム暦での月の呼び名だ。 西暦しか認めないというのなら、これらの文化に対する差別ともいえるだろう。 暦法や年号に異常にこだわるのは、時間のご不自由な人としかいいようがない。
January 25, 2004
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突然、科学の話で恐縮だが、19世紀末、まだアインシュタインの相対性理論が生まれる前は、宇宙は「エーテル」という物質で満たされていると科学者たちは考えていた。 もちろん、エーテルなんてものがないことは今ではわかっている。ま、ひとつのトンデモ学説だったに過ぎない。 しかし、当時としては最新学説だった「エーテル」を、自説にうまく取り込んで、『仁学』(岩波文庫)という本を書いたのが、清朝末の譚嗣同(たんしどう)である。 社会変革の活動家であった譚嗣同は、孔子、キリスト教、仏教の知識と、エーテル説を調合し、変革の書『仁学』を書き上げた。 最近、最新の科学知識と、東洋思想と、通俗道徳感を混ぜ合わせたような、人生論の本がよく売れているようだが、その先駆けとなった本でもあろうか(もちろん『仁学』には遠く及ばないが)。 書名はあげないが、「波動」とか「気」とか「量子論」などという言葉をよく使う本がそうだ。 笑止なことに、この『仁学』の訳者も、解説で、気功師がだす「気」が科学的に証明されたようなことを言っている。ぷっ、かわいい。 そんなことはともかく、譚嗣同は、この本のなかで、見習うべき国として日本をあげている。「(日清戦争で)日本が勝利したのは、西洋諸国の仁義のためのいくさをよく見ならって、公法をかたく守り、君にだけねらいをつけて民に敵対せず、それで余計な殺しは避けたからだった」 なんでもかんでも「日本が悪かった」派の連中にこそ読んでもらいたい本だ。
January 24, 2004
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仕事に行きづまったとき、くじけそうになったとき、手にとりたくなる本がある。 私にとっての、そのようなときの本は美内すずえ『ガラスの仮面』(白泉社)だ(恥ずかしながら)。 かつて、この漫画を仕事の途中で読み始め、買った巻を夜中に全部読み終わり、朝になって本屋が開くのを待ちきれない思いで待っていたことがある。 テーマとなっている演劇は、かつて私も片足を突っ込んだことのある世界であり、感情移入もしやすかった。 落ち込んだときにいつも手にとるのは、文庫版13巻目。芸能界を追放されてどん底まで落ちたマヤが、自分の力ではい上がろうと、劇場のオーディションを受けるシーン。劇場のロビーで一人制作主任を待ちながら、マヤがつぶやくのだ。「ダメでもともと… いままで何度この言葉にはげまされてきたかしれやしない… ~ 自分の運命の扉を開くことができるのは自分のこの手だけ…!」 この辺で胸が熱くなってしまう。 そして、私も、自分の手を見つめながら、自分にこう言い聞かす。「ダメでもともと! この手だけ!」
January 23, 2004
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ふだん読む本は、仕事の関係上、ほとんどが実用書だ。私は、実用書で食べさせてもらっているので、実用書というものには特別な愛着がある。 たまには実用書以外の本も読みたいときがあるが、やはり仕事のほうが優先してしまうのだ。 そこで、自分でノルマをつくり、1日何十分かでも仕事に関係のない本を読むことにしようと思った。 それが、楽天日記をはじめることになった動機である。 だから、この日記には実用書はほとんど出てこない。それは、実用書が嫌いだからではなく、ふだん、あまりにも親密に付き合いすぎているからなのだ。 さて、おそらく実用書に近いくらいこれまで親しんでいるのが、三島由紀夫の『葉隠入門』だ。もちろん、山本常朝自身の『葉隠』(岩波文庫)も持っているが、仕事の合間に読むのにはこちらのほうがちょうどいい。 たとえば、「七呼吸のあいだに判断せよ(古人の詞に、七息私案と云うことあり)」 何かを判断するときに時間がたてばなまくらになってしまう。こだわりなく、さわやかに、凛とした気持ちになれば、七呼吸の間に判断がつくものだ。 おー、実用的! 原稿で迷ったとき、さっそく実行してみます。 また、たとえば、「仕事に関しては、大高慢で、死に狂いするくらいがいい(武士たる者は、武勇に大高慢をなし、死狂ひの覚悟が肝要なり)」 はい、心がけます。 でも、一番気に入っているのは、「人間一生、まことにわずかの事なり」 だから、好きなことをやって暮らすべきなり。夢の間の世の中にいやなことばかりして苦しい目にあうのは愚かなこと。若い人には悪く解釈される恐れがあるので言わないが、これが秘伝である。私は寝ることが好きだ。だから、これからは、家で寝てくらそうと思っている……。 だそうだ。 では、お言葉に甘えまして……、といかないのがつらいところだなあ。
January 22, 2004
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いつか、あるテレビ番組で、立花隆氏が、一冊の本を朗読しはじめた。だが、その声は途中で途切れた。 泣いている。あの立花氏が、本を読みながら泣いているのだ。 立花隆氏を号泣させた一冊が、吉田満『戦艦大和ノ最期』(講談社文芸文庫)である。 大和乗務員の数少ない生存者、吉田満氏が記した大和最期の闘いの記録だ。 大戦末期、空からの特攻隊があったことはよく知られているが、大和も「海上特攻隊」として、帰るあてのない玉砕戦で散ったことはあまり知られていないようだ。 大和の乗組員3000人余り。すべて自分が死ぬことがわかっていて出発したのである。 彼らの苦悶は、本書のこの1行が代表しているだろう。「~俺の死、俺の生命、また日本全体の敗北、それを更に一般的な、普遍的な、何か価値というようなものに結びつけたいのだ これら一切のことは、一体何のためにあるのだ(原文カタカナ)」 迫りくる死に備えて、自分の死、自分が生きていた意味、それを知りたい。その切実な思いが伝わってきて胸に迫る。 吉田氏は沈着に、傾きつつある戦艦の最後の闘いを記していく。文語体、カタカナの本文はけっして読みやすくない。吉田氏は、文語体を使った理由として、「死生の体験の重みと余情とが、日常的に乗り難い」 と書かれているが、生死の境をくぐってきた人の言葉として重みがある。 今日、私たちが平和に暮らしているのは、別に私たちの力によってではない。彼らのような犠牲の上になりたっていることを忘れてはならないだろう。 死を眼前にして、乗員のひとり臼淵大尉は、自分を納得させるかのように、こうつぶやく。「進歩ノナイ者は決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」 立花氏を号泣させた一節である。
January 21, 2004
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子どものころに、少しでも名作といわれるものを読んできてよかったと思うことがある。 名作といっても、子供向きにダイジェスト版にしたものはダメだ。読んだつもりになって一生読み直そうとはしないから。 大人になってから読み返してみて、つくづく子どものころには何もわかっていなかったのだと思う。 それで、自分も成長したのだと、ひそかな満足感を得ることができるのだ。 夏目漱石の『それから』を読み返してみた。中学生のときから、これまで何度かこの本を読み返している。 漱石のなかでも、なぜ、『それから』を選んだのかわからないが、今思えば、割といい選択をしたのではないかと思っている。 私の知人にも、『それから』を愛読している人が何人かいる。映画化もされている。 この小説、けっこう問題作なのである。 一言で言ってしまえば、社会不適応者の不倫物語なのだが、そのテーマが現代にも十分通じているのだ。 友人の奥さんを奪ってしまう。今でも十分ありうる。職に就かないでフリーターをしている。現代そのものだ。 しかし、これを中学生が読んでもわからないはずだ。 特に、終盤の急展開で、これほど緊迫した場面が続いているのには、今回はじめて気がついた。 一度読んだ本を読み返すと、得したような気分になる。 それから、『それから』を読むたびに、視覚的なイメージが頭に焼きつく。 それが、冒頭の「大きな爼板(まないた)下駄」と、最終部の「赤い蝙蝠傘」である。
January 20, 2004
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これまで唯一海外旅行に行ったのはエジプトだ。このとき、ギザのピラミッド近くにある石切場を見せてもらった。 あの、大きな石をどうやって切り出すのか。 石の「目」にそって、いくつも小さな穴を開け、そこに木の棒を差し込んで水をかける。棒が水を吸い込んで膨張し、石は「目」に沿ってぱきんと、きれいに割れる。 植島啓司『聖地の想像力』(集英社新書)によれば、このような石切場が、エルサレムのような聖地になったという。 そして、聖地は絶対場所を動かないのだそうだ。エルサレムは、ユダヤ、キリスト、イスラムのほかに、100以上の宗教の聖地だった形跡があるという。 宗教にとって、いちばん大事なのは、神と特定の場所との結びつきだということだ。日本の神社などを考えてみても、なんとなく納得できそうな気がする。 それで、神話とは、物語であるとともに地理学でもある、という著者の話もなるほどと思わせる。 日本の高野山、熊野、吉野、天川なども、いまは交通機関がなくて行き来に不便だが、実は古道を使えば、意外と近いのだそうだ。 つまり、これらの聖地には、現在では見えないネットワークがあったということだ。キリスト教の聖地も同じらしい。 もうひとつ面白かったのは、聖地とは「夢見の場所」であったということ。ふーん。 著者はグラハム・ハンコックのインチキ本などを信じている節があるのだが、新しい発見はたくさんさせてもらった。
January 19, 2004
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ある時、突然訪ねてきた中学の友人が、「あのさ、進化論て、やっぱり間違ってるんだよな」と、興奮の面もちで話し始めた。進化論とは、ダーウィンの進化論のことである。 キリスト教系の新興宗教に入信したのだった。 また、ある時、某カルチャーセンターで講師のまねごとをしていた時に、生徒のひとり(中年のおじさんだけど)が、「人間て、アダムとイブから生まれてきたんじゃないらしいですね!」 と、驚きを隠せない様子でたたみかけてきた。 熱心なキリスト教信者だった。 アメリカでは、いまでも、州によって、ときどき、進化論を教える、教えないでもめている。 このような話を聞くとき、日本人の多くは、不思議な感慨を抱くのではなかろうか。 この人たち、ほんとうに聖書の内容そのものを、頭から信じきっているのか? 岩波・新日本古典文学大系の明治編に『キリスト者評論集』がある。 明治期のキリスト者が、文学者たちにも大きな影響を与えていることは伊藤整『日本文壇史』で知った。 本書には、何人かのキリスト者が選ばれているが、今日はそのうち、植村正久の「日本の基督教文学」を読んだ。 植村正久は、多くの文学者とも親交があり、自らも積極的に評論活動をした。 東京大学の教師たちのなかに「極端なる無神主義進化論を唱ふる」者がいたことも書いている。 このころの日本では、進化論信者と反進化論者が両立していたようだ。 また、当時は、まだ聖書も賛美歌も、ちゃんとした日本語訳がなかった。 なにしろ、「耶蘇我れを愛す 左様聖書まをす」 というような賛美歌しかなかったのだ。 このような状況のなかで、先覚たちがいかに聖書、賛美歌の日本語訳に奮戦したか、よくわかるでまをす。 植村たちの高揚感が伝わってきて、キリシタンでもないのに胸を熱くするものがある。 だけど、こんなこと、今じゃ絶対書けないな。キリスト教の教化がいかにすばらしいかを説いた部分だが。「……ハワイと云ふ。人肉を食へる野蛮人の住居するところなりしが、……」
January 18, 2004
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寺山修司率いる「天井桟敷」の『奴婢訓』を国際貿易センターまで観にいったのは、まだ20代のはじめのころだった。 衝撃だった。 いっぱしの演劇青年のつもりだった私は、天井桟敷に入団しようかと思ったくらいだった。 当時の演劇誌には、天井桟敷の入団案内が必ず載っていて、「小人、せむし、大女大歓迎」みたいなことが書いてあった。 私の手元には、いつか古本屋で100円で手に入れたスウィフトの『奴婢訓』(岩波文庫)がある。 怪作である。寺山らしい、と思った。 しかし、この本で真に驚くべきは、併載されている、「貧家の子女がその両親並びに祖国にとっての重荷となることを防止し、且社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案」 のほうである。 スウィフトが、この檄文がごとき風刺文を書いた当時、彼が住んでいたアイルランドは貧窮を極めていた。 スウィフトは、その救済のため、いくつかの政策案を提案するが、受け入れられなかった。 そこで、書かれたのが、この強烈な一編だった。 何しろ、「私案」というのは、貧民の赤ん坊を売って食材にしようというのだ。 わずか10頁余りのこの小編に戦慄した。 私は、一生風刺文などというものを書く気にならないだろう。 あのとき、奇才スウィフトと鬼才寺山修司が激突した舞台を観ることができたのは、思えば幸運だったとしかいいようがない。
January 17, 2004
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作家のなかで、夢について書くのがうまいと思うのは、島尾敏雄、内田百閒、安部公房など。 漫画家では、蛭子能収、そして、つげ義春である。 およそ、人の夢の話を聞かされるのはたいくつなものだ。このまえ読んだ『人さまざま』でも、「無駄口」という項目に「昨夜見た夢について、長ながと話してきかせる」とあった。 ところが、先に挙げた作家・漫画家の描く夢は、少しも退屈しない。 なかでも、『新版つげ義春とぼく』に掲載されている、つげ義春の「夢日記」は面白い。面白いというより、変、といったほうがいいかもしれない。 自身のイラスト付きで、いやに細かく描写された夢の風景は、たしかに、いつか自分も同じような夢を見たと思わせるような説得力がある。 「部屋で正座していると、左足の膝の少し上あたりにイボのようなものがある。つまんでみるとプツリと千切れる。何だかわからない。爪をたててもう一度つまんでみると、細いヒモのようにズルズルと蛇の尾が出てきた」 このような夢を以前、ほんとうに見たような気がしてくるのだ。そして、何より、夢日記とはいいながら、これは、つげ義春の描く漫画の世界そのものだ。 『新版つげ義春とぼく』には、この「夢日記」のほかに旅日記、回想記、イラスト集が入っている。 しかし、どこを読んでも、それは、つげ義春の体験なのか、夢なのか、それとも読んでいる自分が見た夢なのか、定かではなくなってくる。 こうして、知らないうちに、つげ義春ワールドにみごとにはまってしまうのである。※大事なことを忘れていました。 私の恩師であるミドル英二さんがメルマガを発行します。「本を書こう。他では聞けないプロ達のマル秘ノウハウ」ビジネス書やノウハウ本を書いてみたいという方、必読。中堅のライターや編集者を取材し、出版企画を売り込む秘訣、売れる本を書くノウハウ等を語ってもらうトークマガジンです。リアルな出版事情、裏話も満載。 ライターを目指す人はもちろん、目指さない人も、業界の裏側がわかって楽しめます。 是非、登録お願いします。http://www.mag2.com/m/0000124136.htm
January 16, 2004
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ことの始まりは、私がかかわっていたあるテレビ番組で、「ドッペルゲンガー」という現象を調査していたときのことだ。 ドッペルゲンガーとは、目の前に、自分と同じ姿の、もう一人の自分をみてしまう不思議な現象で、これを見ると死ぬという言い伝えがあった。 このドッペルゲンガーを芥川龍之介が見た、というネット情報があった。 情報源を調べてみると、これもあるテレビ番組だった。どこかの大学の先生が、芥川が何かの対談で、帝劇でドッペルゲンガーを見たと語っている、というのだ。 すでにネット上では、芥川がドッペルゲンガーを見た、という情報が常識であるかのように流れていた。 そこで、この話の裏をとるべく、岩波版『芥川龍之介全集』で、芥川の対談すべてに目を通してみた。 結果、芥川がドッペルゲンガーを自分で見たと語っている部分はなかった。 その代わり、外国ではドッペルゲンガーというのがあるそうだ、と語っている部分はあった(注1)。 さらに、このとき一緒に仕事をしていたKさんから、芥川が『歯車』のなかで、帝劇でドッペルゲンガーが起こったことを書いていることがわかった(注2)。 これで真相が判明した。あの大学の先生は、芥川の対談と『歯車』の内容をごっちゃにしてしゃべっていたのだ。 故意かどうかは不明だ。 間違った情報でも、またたくまに、コピー増殖されていくネットの怖さを改めて感じたのだった。 蛇足だが、次の『歯車』の一節は、芥川が偏頭痛持ちだったことを証明する文だという。 偏頭痛には、いろいろな前兆現象が起こる場合があり、これは、視覚的な前兆現象であるという。「~僕はそこを歩いているうちにふと松林を思い出した。のみならず僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?--と云うのは絶えずまわっている半透明の歯車だった。僕はこう云う経験を前にも何度か持ち合わせていた。歯車は次第に数を殖やし、半ば僕の視野を塞(ふさ)いでしまう、が、それも長いことではな、暫くの後には消え失せる代わりに今度は頭痛を感じはじめる。」※注1「馬場 誰でしたか狂人になって居るときに自分と同じ姿を部屋に見たといふ話がありますね。 畑 ゲーテにありますね、同じ姿を見たのは。 芥川 西洋でも自分と同じ顔を見ると後で死にますね。 芥川 独逸人の話ですが、スルクの町の宝石屋なんだが、その男が町の角を歩いて居ってその角を曲がると向ふから曲がって来た人にぶつかった。顔を見合わせたらそれが自分だったといふ話をしたさうです。その男が材木の山を持って居るのだが、翌日になつてその材木を伐出して居るのを見て居る時に、材木が自分の方へ倒れて死んださうです。そんな話を集めた本がありますよ。」(1924(大正13)年7月1日及び5月1日発行の『新小説』第29年第4号、第5号『怪談会』)※注2「しかし亜米利加の映画俳優になったKの夫人は、第二の僕を帝劇の廊下に見かけていた。(中略)それからもう故人になった隻脚の翻訳家もやはり銀座のある煙草屋に第二の僕をみかけていた。」(『歯車』)
January 15, 2004
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文章について、「自分の見たまま、感じたままを、自分の言葉で書け」というような人を、私は信用しない。 そして、このような言いぐさが欺瞞であることを豊田正子『綴方教室』(岩波文庫)は証明している。 『綴方教室』は、きのうの『文章読本さん江』に書かれていたので興味を感じ読んでみた(ある年代以上の人は、柳亭痴楽のつづりかた教室を思い浮かべるかもしれない)。 この本は、戦前の小学校の作文教育で、すぐれた成果をあげた豊田正子の作文と、その先生の指導記録から構成されている。 そして、この指導教師である大木顕一郎が掲げている作文指導方針こそ「自分で物を見、自分で判断し、自分の言葉で心から物をいう」なのである。 たしか、澁澤龍彦さんも、『綴方教室』のことをどこかで書いていて、当時の作文指導に対する嫌悪感を書いていたと思う。 文章とは、中身のない頭から絞り出すようにして書くものなのだ。 この本を読むとわかるのだが、指導教師である大木は、豊田に細かいアドバイスを与え、何度も作文を書き直させる。そして、豊田の作文はみるみる上達していくのだ。 さて、斎藤美奈子さんも書いていたが、これのどこが、「自分で物を見、自分で判断し」なのだ。 教師の目で見、教師が判断して手を入れさせているではないか。 そればかりか、指導教師たちは、『綴方教室』を出版する際、豊田の文を改竄までしているのだ。 以下が、改竄した文章の一部だ。「~きた人たちに、「おぢちゃん、………」ということです」 かっこ内は、豊田の弟が来客に何かを尋ねているのだが、………は、教師が勝手に伏せ字にしたのだ。まあ、伏せ字にするかな、ふつうは。 岩波文庫でこんな単語が印刷されているのは、この本くらいのものだろう。 ………にどんな言葉が入っているかは、岩波文庫版26頁で確認していただくとするが、これだけでなく、いたるところ教師による改竄が行われていた。 豊田正子の作文は、たしかに素直でいい文章だ。しかし、その裏には、豊田と教師の、栄光と理想と挫折というドラマが隠されていて、興味がつきない。
January 14, 2004
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●文章読本界の御三家。 谷崎潤一郎『文章読本』 三島由紀夫『文章読本』 清水幾太郎『論文の書き方』●文章読本界の新御三家 本多勝一『日本語の作文技術』 丸谷才一『文章読本』 井上ひさし『自家製 文章読本』 斎藤美奈子が『文章読本さん江』(筑摩書房)で、挙げている文章読本における巨匠たちである。 正直言って、このほとんどを読んだことがある。そして、なぜか気恥ずかしいが、かなり影響を受けている。 「文章は短く」「やたらと『が』で文章をつなぐな」など、日ごろ強迫観念のようにしみついた文章禁忌は、これらの本から得たものだということに改めて気がついた。 本書は、この2~3年読んだ本のうち、もっとも面白かった本のひとつである。 そして、文章読本を読むよりも、文章の勉強になった。 著者はあの手この手を使って、古今の文章読本のたぐいを愉快に解体してみせる。 その手並みや見事。「文章読本の挨拶文比べ」に爆笑し、「文章読本を読むほど自分の文章読本を書きたくなるメカニズム」に得心した。 次の文は明治期の小学生向け書簡文例集の一例。 「大酔ノ上貴殿へ失礼致シ申シ訳ナキ次第…(こないだは大酔っ払いをこいて、貴殿に失礼をしてしまい…」 小学生に酔っぱらいの挨拶文を教えてどうする! 自ら、文章読本を殊勝に読んでいる時期があった、と著者がいっているように、売文業者なら、一度は文章読本の呪縛にかかったことがあるのではあるまいか(この文章長すぎた)。 この本を読んで、改めて、昔読んだ御三家や新御三家の文章読本を読み返したくなった。 今度は文章の勉強のためではなく、斎藤流の読み方で文章読本の「面白さ」を味わうために。
January 13, 2004
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いつも読みかけては中断しているのが、セルバンテスの『ドン・キホーテ』である。 今ではすっかり雑貨店の名前として有名になってしまったこの作品は、正編、続編あわせて6巻(岩波文庫)あり、なかなか読みでがある。 名のみ知られて読まれざる名作のひとつだ。いつかは読破したいと思っている。 このセルバンテスに「ガラスの学士」という短編(岩波文庫『セルバンテス短編集』所収)がある。 主人公は自分の体がガラスになったと思いこんでいる学士。 ところがこの狂人は、なぜか人気があり、いつも取り巻きがついている。 そして、取り巻きのあらゆる質問に、気の利いたピリカラ毒舌で答えてみせるのである。 現代でいえば、ビートたけしのような人なのだ(少し違うかなあ)。 思うに、ビートたけしから「狂」の部分を取り去ってしまったらただの人になってしまうだろう。 ときおりのぞかせる、たけしさんの生真面目な一面からは、正気なたけしの片鱗がうかがえる。 ビートたけしは、やはり「狂」の人でなければならない。 『論語』子路篇には、「中行を得てこれに与(くみ)せずんば、必ずや狂狷(きょうけん)か」の言葉がある。 付き合うなら中庸の人がいいが、それが見つからなければ次善の策として「狂」の人と付き合うのがいい、というのである。 ここでいう「狂」の人とは、進取の精神で、とりつかれたように前に進もうとするが、手足がついていかない者のことだという(呉智英『現代人の論語』)。 つまり、もの狂おしく、常に前に突き進もうと必死になっている者の姿が思い浮かぶ。 私にとっての、ビートたけしとは、このような人だ。 全然、話がそれてしまった。 セルバンテス「ガラスの学士」の主人公も、狂気が治ったとたん、ただの人になり、それでもついてくる取り巻きから逃れようと戦士への道を選ぶのである。 それにしても、体がガラスになってしまうという着想、やはりセルバンテスはただ者ではない。
January 12, 2004
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新年会に忘年会に新入社員歓迎会。宴会になると必ずいるのが、突然脱ぎ出す男たち。女性社員をキャーキャーいわせて喜んでいるのだ。 彼女たちは別に男の裸を見て恥ずかしがっているわけではない。こんな男が上司や同僚なのを嘆いているだけだ。たわけ者どもめが。 私にも会社員の時代があったけれど、絶対こんな愚かなまねはしなかった。と思う、たぶん、覚えてないけど。 そんなことはさておき、こういう連中が屈折してくると、次には公道で、女性が歩いている前に突然飛びだしたりする。自分のコートの前をはだけ、女性を驚かせて喜んでいるのだ。 彼女が驚いているのは、男のものを見たからではない。こんなアホがそのへんをぶらついていることに対してだ。嘆かわしい。 こうした愚か者が、古代ギリシアにもいたのだということを、テオプラストスの『人さまざま』(岩波文庫)で知った。 この本は、アリストテレスの弟子テオプラストスが、「恥知らず」「けち」「お節介」などのいろいろな人物像を、例をあげて、面白おかしく描写している。 古代ギリシャ人も現代の日本人も、たいして変わりはないものだ。 例の人物は「いやがらせ」という項目に入っていて、「淑女に出逢うと、自分の外衣をまくしあげて、隠しどころを見せびらかす」露骨で不作法な男として描かれている。一種のセクハラですな。 今も昔も、男というのは変な生き物である。 どうでもいいが、この本の翻訳者の名前は森進一となっていた。ちょっと気になる。 この本で、あと面白かったのは、「頓馬(とんま)」の項で、「自分の恋人が病気で熱を出しているときに、彼女の前でセレナーデ(恋の唄)をうたう」男だ。 ちょっとしたギャグになっている。
January 11, 2004
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毎度、誤植が多くて自分でも嫌になる。でも、いまはまだいい。打ち間違えたとか、変換ミスだとか言い訳できるから。 手書き原稿のころはこうはいかなかった。自分の手で書いているんだもの、言い訳はできない。無学がすぐバレてしまうのだ。 倉阪鬼一郎の『活字狂想曲』(幻冬舎文庫)は、怪奇小説作家である著者が、印刷所で校正の仕事をしていたころの実録である。 「クアララルンプール」と「ラ」の字が1つ多いので「トルツメ」と赤字を入れたところ、「クアトルツメラルンプール」と打たれてきたこと。 「百メーター走るごとに」の「メーター」を「メートル」に直す指定をしたら「百メー走るごとに」になってしまったこと(業界の方ならおわかりですね)など、抱腹絶倒のエピソードが満載だ。(おっと、今、あやうく「倉阪」を「倉坂」と誤植しそうになった)
January 10, 2004
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映画『ソフィーの選択』では、母親がナチスの将校に選択を迫られる。2人いる子のどちらか1人は助ける。助けたいのは、どっち? 極上のラーメンと至上のチャーハン、選ぶのはどっち、というような生やさしい問題ではない。 子どもたちの目の前で、どちらか1人を選ばなければ、3人とも助からないのだ。 まさに究極の選択である。 これと似た話が、鎌倉時代の説話を集めた『沙石集(しゃせきしゅう)』(岩波文庫)にある。 こちらも母1人に子2人の話だが、設定は少し違う。 ある日2人の子どもが出かけている間に、母が隣人にはずかしめを受ける。それを知った子どもたちは隣人を殺害してしまった。 逮捕された兄弟は、互いに相手をかばい、自分1人の犯行だといって譲らない。母は母で、実行犯は自分であると主張する。 さて、お上の決定は、母は助ける、子どものうち1人を誅すというものだった。助けたいのは、どっち? しかし、母親は意外とあっさり兄のほうを助ける。理由は、兄は継子で、弟は実子だったからだ。前夫から、兄をわが子のように育ててくれ、と頼まれたからだという。 その母の心根が認められて、3人とも助かる、という話。 さて、2つの究極の選択、あなたの好みは、どっち?
January 9, 2004
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伊藤整の『日本文壇史』(講談社文芸文庫)を、2~3年前から少しずつ読んでいる。大文豪だと思っていた作家たちの意外に青臭くてカッコ悪い青春群像を知るにつれ、彼らが身近な存在になってくる。 この『日本文壇史』の1巻目第五章には、明治初期、日刊新聞が普及し始めたころのマスコミの状況が書かれている。 明治10年、西郷隆盛の「西南の役」が起こる。各紙は戦況を競って報じた。しかし、「朝野新聞」の社長成島柳北(なるしまりゅうほく)だけはあまり戦況を伝えなかったので、「流血記事の好きな一般読者には喜ばれなかった」と、伊藤は記している。 庶民が三面記事的血みどろスプラッターものが大好きなのは、今に始まったことではないのだ。 それを証拠づけるように、このころ、猟奇事件などをカラー図版で伝える「新聞錦絵」が大流行した。今でいえば、ゴシップ週刊誌や『フライデー』のようなものだろう。 「冷たくなった男の鼻をそぐ」女の話や、離縁された男が「妻を串刺す」話が、極彩色の錦絵でリアルに描かれている。 「新聞錦絵」に関しては、高橋克彦の『新聞錦絵の世界』(角川文庫)に詳しい。
January 8, 2004
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森鴎外の『じいさんばあさん』という掌編は、夫のちょっとした過ちのために37年間生き別れた夫婦が、老境に入って再会し、仲むつまじく暮らすという話だ。 例によって、鴎外は簡潔な抑えのきいた筆で、淡々と話を進めるのだが、それがかえって胸に迫ってくる。 だが、この『じいさんばあさん』をしのぐ実話が、現代にもあったことを知った。 それが、蜂谷弥三郎『クラウディア最後の手紙』(メディアファクトリー)だ。 蜂谷氏は、大戦末期、あらぬ疑いをかけられてソ連に抑留され、結婚したばかりの妻と引き離された。 夫婦が再会するのはなんと50年後の1997年。実は、蜂谷氏は、妻に再会するために、もう一人の大切な人との別れを選択しなければならなかった……。 言語を絶する壮絶な愛と別れの物語である(ちょっと月並みな締めだったか)。 つけたりながら、この本を読んだあと、目が腫れてしまって、人に会うことができませんでした
January 7, 2004
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聖書によれば、アダムとイブは神によってつくりだされた、すべての人類の祖先である。 しかし、よく考えてみればおかしくないか? たしかにアダムとイブは子どもをつくれたろう。しかし、その子どもたちはどうやって子どもをつくるのだ? もし子どもをつくるとしたら、親と子供? 兄弟姉妹? その組み合わせ以外にない! それって「近○相○」じゃないの?! これは、以前から疑問になっていた聖書の矛盾点なのだが、やはり、それを書いた本はあった。 それが『百科全書』の編集者として知られるディドロの『ブーガンヴィル航海記補遺』(岩波文庫)である。 これは、ブーガンヴィルという軍人が書いた『世界周航記』という本の批評で、タヒチ人と従軍牧師のやりとりが面白く描かれている。 特に性習俗に関して、自分の国では近親相姦など認めていないと主張する牧師に対し、タヒチ人は、アダムとイブの話を引き合いにだし、冒頭のような矛盾を突いている。 昔から、同じような矛盾を感じた人は多かったのだろうが、あまり本に書かれているのは見かけない。 もしかして、これは聖書の最大のタブー?!
January 6, 2004
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トマス・モアの『ユートピア』(岩波文庫)では、男女は見合いするときに全裸になって、相手にすべてを見せるのが習慣づけられている。 これは、結婚する前に、相手の体に不満な点がないかどうか確認するためであるという。 これだけを見ると、ユートピアとは、性に寛容な場所であるようかのように思える。 しかし、実は、結婚前の性交は禁止、不倫など論外、もし、この掟を一度でも破ったら二度と結婚は許されないのである。 ユートピアとは、私たちが思い描いているようなものとは少し違うということが思い知らされる。
January 5, 2004
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こんな仰天ニュースがてんこ盛りなのが岩波文庫の『幕末百話』だ。 明治の半ば、新聞記者の篠田鉱造が、古老の話を聞いて新聞に連載した実話集である。 幕末といえば、日本はかつてなかったほどの大動乱期。ふつうの歴史書では知り得ない三面記事的な実話の山から、当時の世相が生き生きと浮かび上がってくる。 この『幕末百話』のトップで紹介されているのが、生涯に81人を斬ったという、人斬り岡部の話だ。 この男、銭湯によく行くのだが、いつも湯銭を払わない。たまりかねた銭湯のおかみが、払うよう要求したところ、岡部はそれを逆恨みして仕返ししようとする。 で、岡部が思いついたのは、刑場から死体を掘り出し、その手首だけ切り取って、銭湯の湯に投げ込むというものだった。 案の定、銭湯では大騒ぎになり、一時さびれてしまったという。 それにしても、81人も斬った人間の発想はよくわからない。
January 4, 2004
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こんなキツイことをいっているのは、もちろん、あの孔子様だ。 ちょうど、今の私はこの年代に当てはまっている。孔子様から「お前のことだよ、お前の」といわれているような気がする。 確かに、四十、五十といえば、働き盛りの円熟期だ。この年代で名前が通っていないなら、もう一生ダメということだろう(もちろん、そうでない人もいますよ)。 幸いなことに、まだ、猶予期間はだいぶ残っている。この言葉を胸に、今年も刻苦勉励いたします。 出典は『論語』子罕(しかん)篇。「子曰わく、後生畏(おそ)るべし。焉(いずく)んぞ来者の今に如かざるを知らんや。四十五十にして聞こゆること無くんば、斯(こ)れ亦(ま)た畏るるに足らざるのみ」(岩波文庫版『論語』)
January 3, 2004
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昨日に引き続き『徒然草』からの引用だ。第百四十九段から。 鼻から入って脳を食ってしまう恐ろしい虫のことが書いてある。なんでも、「鹿茸(ろくじょう)」という薬に、鼻をつけて匂いをかぐと、小さい虫が鼻から入り、脳を食ってしまうというのだ。 こんなトンデモない話を、何気なく書いているところがなんともいえず面白い。「鹿茸を鼻にあてて嗅ぐべからず、小さき虫ありて、鼻より入りて、脳を食(は)むといへり」 「鹿茸」とは、「夏至の頃、鹿の角が落ちると、そのあとからすぐ生える新しい角をいう。「袋角(ふくろづの)」ともいい、取って乾燥させて、強壮剤その他の薬用に供する。」(新潮日本古典集成『徒然草』より) とのことだ。 この話は澁澤龍彦さんの本で知り、それ以来、『徒然草』は愛読書になった。
January 2, 2004
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『徒然草』を、ただの堅苦しい人生訓ばかりでてくる本だと思ったら大間違いだ。面白い話の宝庫なのである。 たとえば、第四十段の話はこうだ。 因幡の国(今の鳥取県)の、ある娘はたいへん美人なので、多くの男が求婚した。しかし、親はどうしても許さなかった。 なぜか? この娘は米、麦などの穀類を食べず、栗しか食べなかったからだ。「かかる異様の者、人に見ゆべきにあらず(このような変わり者は嫁ぐべきではない)」 前代未聞の理由である。 『徒然草』を読むときのひとつの楽しみは、このように変な話を探すことだ。
January 1, 2004
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