2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全2件 (2件中 1-2件目)
1
子供の死の理解について、マリア・ネギーの研究では、第一段階・・5歳くらいまでの就学前の子供は死が最終のものであるとは認めない。死は生が減少したものととらえている。第二段階・・5~9歳。この段階は死を主に男性に擬人化する。死が確実にやって来ることに対しては不確かである。第三段階・・9~10歳以上。死は生の最後であり避けられず普遍的であることを分かっている。 精神医学者エリザベス・キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」の研究では、死にゆく過程の五段階としてまとめられている。第一段階・・<否認>まさか自分がもう死ぬとは信じられない。嘘だ、藪医者だと思う。第二段階・・<怒り>自分は品行方正に生きてきた。どうして自分はガンにならなければ ならない。第三段階・・<取引>今日をもって好きな酒を止めます。神様、ガンを直してください。第四段階・・<抑鬱>もう、疲れた。何も考えたくない。誰とも話したくない。第五段階・・<受容>人間は誰でもいつかは死ぬ。靜に運命を受け入れよう。この死の受け入れまでの五段階プロセスは有名になっている。さらに、彼女は「死後の真実」の中で、次の「死の三段階」を上げている。第一段階・・人の肉体の死はチョウ(肉体)がマユ(魂)から出て行くようなもの。第二段階・・臨死体験の状態。精神的エネルギーで幽体離脱し、自分の体から去った場所で何が起こっているかを知覚する。新しい感覚を身につけ、この魂は時空間のないところに存在している。現実界で強く印象に残っている場面をすべて通過し、光に包まれた最終地点にたどり着く。 第三段階・・生前は、いつ何を思っていたのかこと細かにわかり、今までの言動をすべて思い出す新たな認識力を持つ。完全で無条件な愛の世界であり、神と一つになる。 18の博士号を持ち、世界で最も末期患者の援助に心血を注いだ研究者が、自身最後にたどり着いた研究は、ここであった。彼女はすべての命に対する完全な愛と畏敬の念に包まれ、それが宇宙に広がっていことを感じたという。
2008年10月17日
コメント(18)
最近、立て続けに具体的な「死」と接した。尊敬する菊地實川越市会議員と、約12年間共に暮らした愛猫の死である。生者必滅は分かりきったことだが、生きることで得られてきた経験や、知識や、思いや、関係の総体を、個体の死ですべて失うことへの思いを、私たちはどう受け詰めたらよいのか。古人たちはどう感じ、またどう考えてきているのか。 吉本を手がかりに、今回は命と死を取り上げてみた。古代人にとって誕生と死は、現代の私たちが考えているのとは、少々違っていた。 個人は死を体験できない。死と対自的になれても、知識としての死であり、仮構の死であり、あくまで他者の死であり自己体験できない死である。それは見聞としての死であり、生も同様である。生まれることができ、子供を産むことができても、自己意識において誕生という生を体験できない。生まれることは誕生した身体にとっては、正確に言えば自らが生まれたのではなく、この世に産まされたのであって、自己自身が自ら産まれることはできない。 死も同様で、自殺はできても、死ねば死にきりで死の自己体験は語られることのない個人体験であり、体験とはあくまでも生きているものにとっての側にある。 「私たちは、自己意識としてかんがえるかぎり、<生れ>もしなかったし、<死に>もしなかった。」(吉本:死について)とは、まさにそのような意味である。 死は媒介的な認識としてしか存在しない。死のとらえ方はさまざまではあるが、日本的な死のとらえ方は、死を予感、宿命や恐怖として捉えられても、死そのものを対象とした死生観を思想化し得なかったといえる。死は自然に仮託され、あるいは哀惜、哀れといった情緒的なイメージとして捉え、あるいは宗教としての死は捉えられても、死は体験できない。あるいは、他者の死を媒介としてしか死を語ることはできないという知識を持たなかったことが、アジア的であり、日本的なのである。 「死が恐ろしいのは、関係の意識が人間に存在するからです。・・・それが、じぶんの生存と他人の死との関係としてあらわれるか、じぶんの死と他人の生存との関係としてかんがえるためである。それは他人の死を目撃するとか、じぶんの死にたいする他人の嘆きを妄想するとかいうこととかかわりない。人間のじぶん自身の生存とじぶん自身の死との関係が、じぶんと他との関係としてあらわれるほかないからである。」(吉本:カールマルクス) たとえば、記憶に鮮明なところでは「三島由紀夫の死」があるが、これは自殺であり、公的な幻想を生み出し、死に意味を込めようとしたが、その衝撃は思想的ではなかった。 死を生からの離脱と考え、死後の世界に、あるいは生の流転をも考え出されていることで、死を越える死の意味づけもある。この感性的な恐怖は、生を受けたものの時空間の狭さから来ていた。 中世の仏僧たちの死生観は、自分の死を確認するのは不可能であるがため、修行で生の意識の継続から死への移行を、仮構の死後の世界の実体化でやろうと試みた。これは方法も死の恐怖を根拠とし、死を越えようとしている。信仰さえあれば、その死の苦痛を乗り越えられるというう訳だ。いま、私たちは、宗教から離れた死を考えるべき時が来ている。 「死は、個人に対する類の冷酷な勝利のようにみえ、またそれらの統一に矛盾するようにみえる。しかし特定の個人とは、たんに一つの限定された類的存在に過ぎず、そのようなものとして死ぬべきものである。」(マルクス) 死を考えるということは同時に生を考えることであり、人間が類として地球上に生存していることを、どう捉えるかということでもある。マルクスにとっては人間は自然から疎外され、他者である個人からも疎外されている。 死について、吉本は「死の位相学」としてまとめている。死を思想として扱い、ここまで考えつくした本は、今まで日本には存在していない。西欧では死をテーマに思想家や哲学者たちは30代頃から考え尽くすが、日本にはその土壌がなかった。さまざまな死への迷信や宗教や思想の幻想を排除して何が残るか。 まず、E・C・ロスの「死ぬ瞬間」を取り上げる。死についする意識の過程を抽出したもので、死を宣告された患者のインタビューをまとめ、五段階の法則性をにまとめている。その第一段階 自分はそんなことはないという、死の否定がやってくる。 第二段階 一種の怒りや、憤りがくる。 第三段階 延命や取引にいたる。あと何年か生きさせてくれたらどんなことでもす るといったような、具体的な取引になったりする。 第四段階 憂鬱、抑圧、悲嘆といった心の状態がやってくる。 その1 いろいろやり残しがあるのに、なぜ死ななければならないのか といった憂鬱。すべての慰めなどの言葉が役に立たなくなる抑鬱の段階 になる。 第五段階 最後に受け入れにいたる。そしてただひたすら眠りたいと願い、また、 受け入れの言葉をしゃべる段階となる。ここまで来ると24時間以内に 亡くなるといわれている。 このような、死にいたる直前の心の動きの抽出がある一方で、ミシェル・フーコーの「臨床医学の誕生」を取り上げ、身体の死を「分布の死」として評価している。 これはフーコーの「死の過程」で人の死は肉体的には粘膜→臓器→筋肉と「死の進行形」が進む。しかし、死は体全体に一挙に来るのではなく、肉体の中で時間的にも場所的にも分散して、一転が死んでもまだ他で生きている場所はある。脳は停止しても心臓が動いていたり、心臓が停止しても髪の毛が伸びてきていたりということもあるという。時空間的に分散して死は分布する。フーコーは実際にはさらに詳しく述べている。死は覚悟でも、偶然の事実生でもなく、また点でも線でもない。はたして死の理想はあるのか。筆者は死の向こう側から再び生を見るという視点を取ることで、死の恐怖を最小にして、無意識の死を臨んでいるような気がする。
2008年10月07日
コメント(6)
全2件 (2件中 1-2件目)
1