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私が地方議会の議事録を作成していたのは2001年くらいなのですが、そのときは既に「権限移譲」の字を使えと教えられました。こういう行政用語はたくさんあって、しかも自治体ごとに微妙に違っていたので、手作りの「〇〇市用語集」というのが作られていて、それと照らし合わせて作っていました。ちょうど「障害者→障がい者」の変更をどこどこの市が採用したというニュースが出ていた時代で、「子供→子ども」とか人権に配慮した表記も多く、「権限委譲→権限移譲」というのも、ふーん、なんとなくわかる、とあまり深く考えずに受け止めていました。最近、地方分権改革関係の仕事をしているのですが、第1期の地方分権推進委員会(1995年~2001年)が出した勧告やその頃の資料を見ていたら、90年代は「委譲」の字を使っているんです。でも、第2期の地方分権改革推進委員会(2007年~2009年)では「移譲」になっている。それでクライアントに、「2000年くらいに『委譲』から『移譲』に変えようという出来事が何かありましたか」と聞いてみました。この時期、地方分権が現実的に進む中で、より自律性の高い(立法権を持つ)地方分権を目指して、用語の変更が行なわれたようですね。「権限の委譲(delegation of power)」ではなく、「権限の移譲(devolution of power)」だと。英語概念の翻訳語として、新しい熟語を当てたということでしょう。立法権を持つ地方団体のことを地方公共団体、地方自治体ではなく、「地方政府(local government)」と表現すると雰囲気が伝わりますが、「地方政府」という言い方は普及していませんね。「権限移譲」は比較政治学の岩崎美紀子さんが提唱されたそうですが、これについては総務省(まだ自治省の時代か?)が乗っかった。「これからは"移譲" でいきます」と言えば、全国の自治体はあっと言う間に「権限移譲」で統一される。 私はその直後にこの仕事を始めたみたいですね。「移譲」の表記はすっかり徹底されていたので、とっても中央集権的な香りがしますけれども。
2016年10月31日
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昨日のエントリーで、「しょうがない」というフレーズが出てきましたが、ちょっとだけ「しようがない」と書こうかどうか迷いました。「しょうがない」は「仕様がない」ですが、「しようがない」と発音する人はもういませんよね。要するに、口語では「しょうがない」、書き言葉は「しようがない」です。最新の『記者ハンドブック 第13版』では、〔注〕「しょうがない・しようがない」はどちらも使える。となっています。でも、「しようがない」と書いたら、「わっ、こいつ間違ってる」と思う人が多いですよね、きっと。逆に、「すいません」と書いたら、「普通"すみません"って書くだろう」と思う人が多いでしょう。 【口語】 ─ 【書き言葉】 すいません ─ すみません あんまり ─ あまり みんな ─ 皆 やっぱり ─ やはり いろんな ─ いろいろな するんです ─ するのです けど ─ けれども なんか ─ なにか こういうのを発音のまま書くか、書き言葉に修正するかというのはたいていはルールがなく、書き手に委ねられています。ですから原稿を分割したり、下請けに出したりして複数人で作業したものを最後に一つの原稿にしようとすると、こういうところは基本的に揃っていません。見事にずれるので、最後の修正には結構時間がかかります。テープ起こし会社のすごいところは、ワーカーのここの感覚が統一されていて、原稿が端正だということですね。この長所を短所側から言うと、「統一感がわざとらしい」です。テープ起こし会社の表記ルールを優先すると、「実際にしゃべっている言葉は少し違うんだろうなあ」ということがにじみ出てくる文章になる。フリーランスのありがたいところは、自分の感覚で一回一回、口語にするか書き言葉にするかを選べることです。私は同じ原稿の中でもわざと不統一にしています。「語尾に生命が宿る」というかね、こういうところにその人らしさがにじみ出ると思うんですよ。自分のインタビュー原稿を読んで、「自分はこうはしゃべっていないなあ」という違和感を持つとしたら、こういうところなんじゃないかと思うんです。だから、「あたかもしゃべったように」、でも「読者が読んでわかりやすい文章」というところを探しながら、一つ一つ選択していきます。こういうのはテープ起こし会社の人に見せたら、「一つの原稿で"しょうがない"と"しようがない"が混在しているのはおかしい」と注意されるわけです。これも短所側から言うと、「他人と原稿の雰囲気が揃わない」になります。もっと言うと、「自分の過去の原稿と雰囲気が揃わない」こともあります。シリーズものの場合は要注意です。
2016年10月30日
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「仕方ない」と「致し方ない」は、どちらも「しょうがない」という意味です。「仕方ない」→「する方法がない」「致し方ない」→「致す方法がない」「致す」という謙譲語を使っている分、「致し方ない」のほうが丁寧な言い方ですね。「する」は漢字で書けば「為る」。じゃ、「為方(しかた)ない」なんじゃないの?と思ったのですが、こう書くと「為方(せんかた)ない」と読めてしまいます。「詮方(せんかた)ない」という言い方もあってややこしいですね。もしくは、現代は「為る」なんて漢字で書かないから、「し方ない」のほうがベターではないかと思うのですが、漢字と仮名の交ぜ書きになる。これだと文章の中では埋もれて、読みにくいことこの上ない。「仕」は当て字のようですが、慣例化して定着したようですね。お能の「仕手」も「為手」でもよさそうだけど、「仕手」で定着していますものね。この「漢字で書いてあるほうが正しそう」という感覚は日本人はものすごく強いようで、だから当て字がたくさんあるんでしょうか。「ご存じ」が「ご存知」に取って代わられる日も遠くないと思います。いずれにしろ、「いた仕方ない」は間違いです。「いた」って何だよ?って思いますよね。(笑)同じ意味、ほぼ同じ言い回しですから、同じ漢字を使いたい気持ちはわかるので、間違えるのも「致し方ない」ですけど。
2016年10月29日
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