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さて、久しぶりの下請けをやっている。「テープ欲しい人ー?」って言ってるから、[内容が]面白そうなんでもらったんだけど、下請けは久しぶりなんだよね。初めての仕事は見通しが立たないから、ドキドキする。仕様を確認する前に始めたので、かなり素起こしに近いやり方で起こしていたら結構苦痛。早々にギブアップして、慌てて仕上げ方の確認をとったら、なーんだ、普段どおりでいいんじゃん。やったー。こんなふうに自由にやらせてもらえる仕事は幸せです。
2006年01月31日
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大縄飛びの区大会本番と飲み会打ち合わせ一つ。青少年指導員が、「なかなか普段運動できないから、こういうのがあるのはいいことでしょ? 来年も来てね」という方向に話を持っていこうとするから、「いいえ、運動は普段からしてます」って言ってやった。本日の録音は、「大縄飛びの本番だから行けない」と(仲間内には)断ったのだが、「起こすだけならやるけど?」と言ったら、「お待ちしてまーす」ということになった。案の定特急仕事になったので、普通は録音者が起こすのだけど、今回だけはみんなで分担することになった。マスター録音はMDなので、ICレコーダーにラインでつないでダビングしつつ、飲む打ち合わせ。帰るころにはすっかり音源も確保できた。このあいだもオフ会に出たら、もれなくテープがついてきたし、出ていくと仕事ももらえるということかいな。
2006年01月28日
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チームでやっている仕事の完成原稿が戻ってきたので、自分がつくったものと照らし合わせて校正原稿を作成する。あまりの赤の多さにどんよりしてしまった。まあいいか。ここから頑張ろう。お金の話をするときにネックになるのが、自分の原稿の価値がわからないという問題だ。いままで、時給相場からの試算と、経費をペイできるようにという見方とで最低賃金的な考え方を述べてみたが、もう一つ、業界内の原稿の相対的な善し悪しという問題が残っている。「あの人の原稿が1万なら、こっちだって1万ぐらいとってもいいんじゃない?」という基準である。自分の原稿の相対的な価値を判断するには、三つの作業をするといい。1 「自分の原稿」をチェックしてもらうこと2 「人の原稿」をチェックすること3 「赤入れ原稿」を第三者にチェックしてもらうこと3をやっている人は少ないと思うが、実はこの方法をやっているチームに入っている。担当者が最初の原稿を作成する。それを他の3~4人のメンバーがチェックする。一つの原稿に対して3~4人の校正が入り、その結果も全員にオープンにするということをしているのだ。単純なミスタイプや誤字のようなものは誰でも見つけられるが、それ以外の赤入れする箇所は、人によって違う。それは誰が原稿を作成しても、誰がチェック側に入っても、必ずそうなる。これが笑っちゃうぐらい見事に違う箇所をチェックしてくるんだな。テープ起こしというものは、話し手と起こし手がつくり出すオーダーメイドの作品だから、違う人が見れば、「ちょっと違う造形のほうがいい」ということが必ず起こるようになっているらしい。とはいえ、自分のチェックのあと他の人が別な箇所をチェックするということは、それだけ自分にチェック漏れがあったということだ。それがメンバー全員に見られてしまう。厳しいチームだと思う。人の原稿に赤入れしたからといって、赤入れしたほうが実力が上だなどとゆめゆめ考えてはいけない。世の中には、立派なことを言う人もいるし、逆に辻褄の合わないことを言う人もいるが、原稿を見ないでその人の評価をしてはいけない。原稿がすべてなのだ。「一生懸命やっています」とか「徹夜して頑張りました」とか「プロとしてお客様に満足いただける原稿を提供します」とか、そんなのなんのあてにもならない。場合によっちゃあ、「ちょっと考え方が理解できない」とか「性格に癖がある」(← 失礼)というような人でも、素晴らしい原稿をつくることもあるのだ。いや、あるんだって、ほんとに。駄目な原稿ではなくて、いい原稿をたくさん見たいよね。「すごいなー。これを目指したいなー」っていう原稿を見ないで、「自分の原稿だったら、○万円とれる」なんて言ったって、全然駄目なのよ。自分の立ち位置すら把握できてないんだもん。自分は今どこに立っているのか、どこに歩いていこうとしているのか、それが大事かな。お金の話はこれで終わり。少しはお役に立てたでしょうか。それとも結局???だったでしょうか。結構楽しく書けましたが、しばらくはトーンダウンして、おとなしめ路線を目指します。
2006年01月27日
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今日は同業者が10人ほど集まったので、一日中外出。お金の話のラストを書きたいのですが、明日以降にしましょう。よく考えると今日のメンバーは、もともとテープ起こしをやっていない人もいるし、既にテープ起こしをやっていない人もいるし、個人事業主もいるし、会社勤めもいるし、仕事の一部としてテープ起こしをやる機会があるという人もいるし、録音と録音の間にちょっと立ち寄った人もいるし、いろいろです。特記事項としては、ニッコリ笑って、「はい。仕事したい人?」とごっそりテープを持ってきた人がいたことですね。「納期は?」「1月いっぱい……」「1月って、もう終わりだよ」ということであっさり納期が延びたので、少しいただいてきました。ありがたや~。
2006年01月26日
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昨日は、人件費から妥当な報酬というものを考えてみました。「コンビニのバイトよりも高度な仕事をしているのに、700円とはけしからん」というおしかりの言葉は出てきませんでしたね~。今日は、経費から考えてみます。テープ起こし1本1本にはあまり経費はかかりません。身一つで稼ぐ商売です。文字通り、両手片足両目両耳と、全身を使っていますね。意外に腹筋や背筋も使います。腰痛持ちさんには、ちょっとつらい商売です。テープ起こしをやる上で用意するものはそう多くはありませんが、それでもそれなりにあります。パソコン、プリンター、各種アプリケーションソフト、インターネット環境などパソコン関係。ヘッドホン、テレコ、ICレコーダー、ダビング用のケーブルなどの音源処理関係。辞書や実用書などの参考文献。プリンターのインク、OA用紙、FD、CD-ROMなどの消耗品。これらは1本のテープ起こしで毎回買うものではありませんが、一度買ったら一生使えるというわけではありませんね。経費として、毎年20万程度はかかるものと考えたほうがいいと思います。定期的な受注があるとして、年間100時間のテープを起こすとします。そうすると、1分当たりの経費は約33円です。定期的に仕事が来ない場合は、自分の人件費はおろか、経費分がペイできないという事態も起こります。
2006年01月25日
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「お金なんか相対的な価値しかないんだ」と言ってしまうと先に続かないので、別な考え方をしてみます。仕事の価値を時給換算してみるんです。いま、アルバイトの時給はだいたい700円だとします。例えばコンビニの店員さんよりテープ起こしは難しい商売でしょうか? そう思うなら、「せめて時給700円は確保しないとわりに合わない」というところを自分の基準にするのです。わりに合わなかったらテープ起こしはやめて、コンビニでバイトするほうを選べばいいからです。テープ起こしの時給は700円が妥当だと思っているわけではないですよ。これは「最低でも」というラインの話です。1時間テープを、Aさんは10時間で完成させるとすると、これの報酬は7000円が最低ラインになります。Bさんは15時間かかるとします。そうすると、「10500円はいただかないと」ということになります。この話はなんとなくおかしいですね。仕事を仕上げるスピードと原稿の質とは関係がありません。たぶん関係はあるんでしょうけれど、仕事が早いからっていい原稿とは限らないということは確かです。AさんとBさんが、同じ質の原稿を作成することもあるわけです。お客さんは何にお金を出すんでしょうか。原稿の価値に対して支払いをすると思いませんか? では、同じ価値の原稿の価格が、こんなに違っていいのでしょうか。報酬の基準として時給的な感覚を持つことは、自分の目安としてはわかりやすい考え方なのですが、それに囚われすぎてしまうと、お客さんを置き去りにした考え方になってしまいます。録音状態が悪いものや専門的な内容の場合は、テープ起こしの作業時間は増えます。倍になることもあります。先ほどの例で言うと、1時間テープを仕上げるのに20時間かかるケースはあります。図書館に行くこともありますし、関連著書を読むこともあります。そういう手間まで考えると、20時間では収まらないことなどいくらでもあります。時給的な感覚でいると、「働いた分に見合う報酬が欲しい」と思うのは当然ですね。聞こえないテープや難しいテープは、「もうちょっとお金をいただかないと、わりが合わない」ということになります。聞こえないものや難しいものは時間がかかるのは、お客さんにとってはどうでもいいことです。お客さんはいい原稿が欲しいだけなんです。。録音状態が悪いものや専門的な内容のものに割増料金を付加している業者に対して、お客さんはこう思うかもしれません。「それだけこちらもお金を出すんだから、聞こえない音もしっかり聞き取って、難しい言葉も全部理解して、素晴らしい原稿に仕上げてくれるんだろうな。プロってすごいな」多くの場合、録音の質が悪いときにできる原稿というのは、「お客さんがご自分で起こされるよりはだいぶ拾った」というものであり、「完成原稿としてきちんとしたレベル」にはほど遠いです。だって、音自体が入ってないんだもん、そんなの当たり前ですよね。専門用語にしても、どこまで調べたら完璧だというレベルは、テープ起こし者とお客さんとの間で認識が違うのが普通でしょう。「録音状態が悪いテープ、専門的な内容のテープは割り増しをいただきます」としている業者さんは、「どんなに音が悪くても、どんなに難しい内容でも、うちでは完璧な原稿に仕上げますので、ぜひ安心してこちらにお任せください」と宣伝しているわけです。こういう宣伝ができる業者さんって、すごいですね。
2006年01月24日
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少し周囲で騒ぎになっていた話は、報酬の話である。誰もが気になる話題であると同時に、かなりタブーの話題でもある。「自分は、この仕事に対してこれだけ報酬があるが、本当はもっと高いのが妥当なのではないか」と思ってしまうことはあるかもしれない。そして「もらいすぎなのではないか」と心配する向きは少ない。私が直接知っている時間単価は、一番高いものと一番安いものでは10倍もの差がある。といっても、ピンの仕事とキリの仕事では求められるものは全然違うわけだが、それにしても「同じテープ起こし」と考えてしまうと、その差は大き過ぎるかもしれない。それが原稿の質というところとは少し離れた、受注構造の問題、平たく言うと、下請け制度による末端価格の暴落ということにも一つの原因があると、だいたい業界内の人はみーんな思っているので、鬱憤もたまるというわけだ。本来、「自分の原稿には○○円の価値がある」ということがどーんと言えれば、こういう問題は起きない。しかし、原稿の価値というのはたぶん相対的なものでしかない。貨幣というものがそもそも相対的な価値しか持っていないのだから、ものの価格なんてみんなあやふやな根拠によるものだ。しかも、テープ起こしは「物」よりも「サービス」に近いから、製造コストの考え方が合わない。仕方がないから、相場観みたいなもので何とかごまかす。「あっちの原稿のほうが誤字が多い」「こっちの原稿はテンやマルの位置が変な感じで読みにくい」それで、「あっちは○万円だった」「こっちは○千円だった」じゃ、この原稿は○万円が妥当……かなあ?自分の原稿の値踏みは難しい。二つの原稿のどちらが優秀かを判断するのはできても、その二つの原稿と自分の原稿のどちらが上かとなると、急に判断が鈍ることは多いかもしれない。
2006年01月23日
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●大縄飛びの区大会のための練習地域住民の体力維持向上のために体育指導員が企画する各種のスポーツイベントは、ニュースポーツと呼ばれるお年寄りでもできるものが多いのだが、大縄飛びはだめだよ。ジャンプするという動作は、日常にはないのだ、マサイ族でなければ。体は定期的に動かしているはずの私が、一週間も直らない筋肉痛になったのはたぶん生まれて初めてだ。大縄跳びなんか嫌いだ!●レキシモン再び嫌いな苦手なレキシモンにやっと手を延ばす。若干シャー音が大きいので、イコライザー経由で久しぶりに聞いている。イコライザーを通したほうがよく聞こえる音は久しぶり。正確には「よく聞こえる」ではなくて、「聞いていて疲れない」程度か。だから、88年だか89年製のポンコツグライコは捨てられない。ちなみに、年末に下請けに出した仕事は音が悪かったのだけど、イコライザーソフトを通して聞いていない。あれは、通してもあまり改善しない音。魔法の耳は持っていない。雑音の向こうの音を推理して聞く。「△#×□を買うお金があったら、こっちへ金を回せ」が聞こえない。いったい何を買ったんだろうか? 自治体のサイトで過去半年ぐらいに大きな買い物をしたというニュースがあるかどうか探す。動物園の希少動物か? 企業の工場跡地を買い取ったか? 大きな箱物でもつくったか?正解は船。これは、地元でないとたぶん聞こえない。というか、思いつかない。レキシモンの苦手意識はストレートに体にくるので、嘔吐感の中での起こし作業だ。遅々として進まないし、ちょっと鬱々としてくる。●メールとかいろいろ騒ぎはまだ完全には鎮火せず、各所でくすぶっており、メールとかいろいろ、少し量が多い。
2006年01月22日
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続きです。いったい何をMLで吠えたのかということですが、若干加工して一つだけ再掲します。ここだけ切り取ると話がつながらないんですけど、ご容赦を。----タイトル:人間にしかできないこと[「音声認識ソフトにできない仕事とは、機械の嫌がる話のへたくそな講演なのか」という話を受けて]本文:あっ、そっちもあるけど、あんまりやりたくないねえ(笑)。私が考えているのは専門性の高いものです。知的に水準の高いものよ。ブログにちょうどそういう論点で書いたものがあるんですけど、中盤に書き起こしの文を少し引用してあります。例えばこういうものです。あれはさ、ソフトには絶対できないのよ。分業も厳しいね。もともと民俗学者は「テープ起こしなんか外注しても、自分の満足するものは納品されない」って思ってるのよ、実情ではね。「あの人だったらやってくれる」ってことになってごらん?50時間、100時間が一人に対して発注されるんだよね。これは絶対短納期にはならないし、報酬も100円とか70円とかの世界とは、ちょっと桁が違うんですよ。まあもちろん1本の納品までの時間は膨大になっちゃうこともあるので、時給換算するとわりにあわないものもあるかもしれないけど、私はこういうほうが好き。(民俗学はやったことないけどね)テープ起こしの個人事業主は、おおざっぱにいえば自分の人件費しか経費がないじゃん?企業は、直接テープ起こしに携わらない人をたくさん雇っているでしょう。それを含めて経費になるからね、そこをカットできる分、私たちが価格破壊の一端を担ってしまってきたというわけですね。そこから無理に下請け発注費を出せば、べらぼうに低くせざるを得ないんだよね。----そんなMLをちょっとのぞいてみたい方はこちら。
2006年01月21日
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同業者MLで久しぶりに書き込みをしました。二日間で13回かな。けっこう多いですね。自分はテープ起こし業界では普通に名前が売れていると思っていたのだけど、出ていかなきゃ忘れられるのねえ。「名前が売れてる」ったって、すごく狭い世界での話だけど。少し前に、テープ起こし業界には1000人規模のわりと大きなMLがあったのだけど、そこの発言回数はたぶん上位3位に入るのね。だから、そこに入っていて、ログを読んでいる人には知られていたというだけですけれど。そこももう過去のMLになったということね。既に「あんた誰?」状態でした。ここのアクセス数も今日は多かったのですけど、それはつまり今まで読まれていなかったってことよね。ブログの宣伝になっちゃったわね。だいたい書きたいことは書いたのですっきりしていますが、なんとなく気になって、ここの過去日記をつらつらと読んでみたら、MLに書いたこととつじつまが合わないことはなくてほっとした。というか、同じことしか書いてなさすぎ。金太郎飴みたいでうんざりした。ブログを定期的に更新するのって、それなりのエネルギーが要るのだけれど、自分の主義主張がこうも確固たるものに(えへへ、現時点での話ですが)なっているのにはちょっと驚いた。MLに書くに当たって、改めて考えをまとめたことなんて、何もなかったものね。その話は面白いテーマだったので、少し別な角度から続きが書けるといいけど、ゆっくり書いていきます。……たぶん。
2006年01月20日
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下請け発注に関してはいろいろと舌足らずなところがあるんですが、16日のコメント欄にまきこさんが書いてくださったおかげで、書ききれなかった思いを引き出してもらえました。よかったら、16日のコメント欄を読んでね。 なんちゅう楽した日記だ……。
2006年01月19日
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『記憶すること・記録すること-聞き書き論ノート』香月洋一郎著 吉川弘文館民俗学者のフィールドワークについての体験的な著書である。民俗学のフィールドワークで発生したテープ起こしの経験はないので、どこへ行って、どんなことを誰に、どんな手法で聞くのかという知識が全くなかったのだが、いやはやこのフィールドワークは壮絶だ。ターゲットの地域や職業が決まるとそこへ行き、何人にも聞き取りを行いながら、素晴らしい語り手を探すところから始まる。「一人の伝承者を探し当てるのにひと月ぐらいかかっているんですね。……(中略)……つまり語り手というのは、だれもかれも語り手ではないのでございますね。おそらくむらの中でほんとの語り手というのは、一人あればいいほうだと思います」(p57)そして、いったん奇跡のような語り手に巡り会ったら、その後の聞き取りに対する執念がすごい。なんたって、その土地に住んでしまったことさえあるのだ。「往復九〇分の録音テープに記録した話の量だけで五〇本を越すが、実際に話をうかがった量はその倍ではきかない」(p79)「私の手元には一〇〇本を越す録音テープと、テープレコーダーを用いなかった時の聞き書きのノートが五冊ほどのこされた」(p81)テープ起こし者としては、録音を回していない時間の多さが気になるところだが、寝食を共にし、そこの生活になじむ中で真の言葉を聞き出していく手法をとる人にとっては、「録音」自体が邪魔になると言うのである。「その話がじつにすばらしいんで、聞いた時にこちらが胸がドキドキするくらいみごとな情景を話してくれたんです。それで、これはすばらしいというので今の話をもういっぺんやってくれってテープ出しちゃったんですよ。もうダメなんです(笑)。筋書しか話さなくなっちゃった」(p48)さらに、録音したものをテープ起こしすることに対しても極めて懐疑的。芸人さんへの聞き書きでは、次のように語る。「言葉も文もぐちゃぐちゃであり、三度朱を入れてやっと読めるものになった。しかし彼の芸は今のほうがはるかに心に沁みるものになっていた。文章におこすと、それはすっぽりと抜けていた。すっかり冷えてしまった焼印の跡だけが枯れてそこに残っているように。芸が文字を抜けがらにして紙面から昇華していったのだろう」(p143)少し長いが、実際に起こしたと思われる文を次に引用する。これは海人(あま)さんの話。「海から出よる時にアワビば見つけることがようあるとですよ。やっぱ欲(を押さえきらん)であと返すんです。そいでイキをツメル(切る)んですよ。あがる時は(意識が)わからんごとなって、出てきたときは船の縁ばつかむらしかばって、また手はなして沈もって(沈んで)いくらしかもんですな。私も(そうやって沈みよって)つかまえられたことがある。(気がついて)『やー大丈夫やったい』『うんにゃ沈もりかけたん、つかまえたっちゃ』。 海の上に出たら船の人が上から『オイオイオイオイ』おらぶですもん、そいで気がつく。船の上に(海人を)そぼくりあげて、胸さすって飲んじょる潮ば吐かせて。(気がついて)『もうさすらんでよか』ちうたら『ならまいっぺん行ってこい』ち(だって)。海おそろしなって行こうごとなかですばってまた入って。それで一人前になっていくとですよ」(p123)テクニカルなことでは、方言や漁師の専門用語(テクニカルターム)が含まれているのがわかる。それを適宜補っているところが興味深い。この手の言葉は、辞書的に「『ツメル』は『切る』の意」ということではなく、どういう場面でどういうニュアンスで使われる言葉なのか、その精神(スピリット)を感じ取っていく作業が事前にあるのだ。「具象的な語が集まり煮詰められて生まれたひとつ上の次元の言葉が通常の専門用語だとすれば、ここでの専門用語とは漁民の諸動作の中をつらぬいて核のように存在する、ある共通概念ということになろう」(p113)そして何より、海の男(たぶん男性だと思う)の心意気や、漁のあとの興奮が文字から伝わってくる、この臨場感。それだけ重たいものを内包した録音テープがどこかに出され、量が多いので当然分業になり、複数人の下請けに回されて、複数人の手によって部分的に起こされたものが納品される。それで研究者が納得するような原稿のレベルにならないのは当然だろう。「テープ起こしの外注は簡単」というのは、手段としては簡単だと言っているだけで、原稿の質の話ではない。そうなると、満足するようなテープ起こしをするためには、この研究者と同レベルの研究をするしかないのだが、それはもちろん「外注」とは言わないね。(笑)「研究者としては素人だが、テープ起こしとしてはプロの人に任せるとよい原稿になる」のか?それを「ある」と信じて一歩踏み出すところが、今年の目標かなあ~。
2006年01月18日
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でもですね(ってところから入ってどうする? 読んでてわからんだろ)、下請け発注体験は、楽しかったです。前からうすうす勘づいていましたが、私はお節介で教えたがりですね。よくも悪くも親分肌。結局私がどういう作業をしたか、ちょっとお話しします。****募集した段階で、実は音源が届いていなかったので、音を聞いて、単価を設定し直しました。今日は同業者のMLで単価についての話題が出ていますが、「一律100円」とかあまり機械的なことはしたくないと思っています。****皆さん、早めに納品していただきました。おかげで、こちらもいろいろと作業できたかな。まず音を聞きながら、ざっと赤原稿の作成。このときはワードの変更履歴を使って、赤原稿として作成していきます。聞き取りの訂正、語順の入れ替えや表現の訂正などを一通り直していきます。ワードの変更履歴は結構くせ者で、「一回削除して、また追加して、やっばり削除して」という推敲が、やり方によっては全部残ってしまいます。推敲が一発に見えるようにするにはちょっとテクニックが必要で、そのため、きれいな赤原稿を作成しつつ完成原稿をつくるところまではしません。(というか、私にはできません)ただ、赤入れ原稿をつくると、ぱっと見の赤入れの量や原稿の傾向がわかるので、この段階で「粗い赤入れ」ということでいったんフィードバックしました。特に「素起こし」という条件は入れていませんでしたが、上がってきた原稿は素起こしに近いものが多く(そうでもない人もいました)、ばっさり切った張ったをしている赤入れを見て、皆さん驚いたかな。どうだったでしょう。私自身は、人から真っ赤な原稿を返してもらうことにほとんど抵抗がありません。「このぐらいの内容(録音状態や話題の難易度や発言者の滑舌)だと、この程度赤が入って戻ってくるかなあ」という見当がつくことが多いです。それに、原稿を見ながら後からチェックする人や、その話題を継続して起こしている人のほうが聞こえるのは当然という部分はあります。それなりに赤くして返却しましたが、これで「私のほうが聞き取りが上だ」とか「私のほうが能力が高い」とは思いませんね。そこは違う話です。****再度の聞き直しや原稿の読み直しをし、最終原稿を完成させ、それをもう一度フィードバックしました。メールに長々とコメントしたものまで添えてしまって、ほんとにまあ、なんて私ってお節介なんだろうとか、こういう作業が好きなんだろうとか、そんなことをつくづく感じます。****こんな感じです。下請けに出すのが嫌いだというのは、「好きだから封印している」というのも実は自覚しています。
2006年01月16日
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なんだか着々と納品していて、私じゃないみたいだ。自分で自分を褒めてあげたい。はははは ← 力なく笑う。「実はテープ反転の未録音時間が30分もあって」と、一度納品したものの再依頼がきた。「じゃ、その前後の部分とあわせて、一つの文書として再納品しますね」ってことにした。録音されていなかった部分は、ビデオで来た。業者が撮ったビデオだったから結構よく撮れているし、30分だからいいかと思って、ラインをつなげないで、テレビの前にテレコを置いて、そのまま録音してしまった。途中ガキンチョが帰ってきて、「シーッ」とか言ったり、電話の音が入ってしまったりして、こういうのって、むか~しよくあったよねえ。← あんた、いつの時代の人だよ?最後に、前回納品した部分も含めて、全体を通してビデオで見直し。今日は朝からビデオ鑑賞(ハート)。バカ案の定、前回の部分でへっぽこ間違いを発見。そうだよね、私が間違いのない原稿を仕上げられるはずがないんだ。ドヨ~ンほかにも「読みにくいなあ」というところを手直ししたし、聞き取り不能箇所も(話がつながったおかげで)埋められた。おかげで前回よりもましな原稿に仕上がりました。なんか、とても満足したような、こんなことじゃいけないような……。とにかくこれで年越しの仕事は、一つを除いて終わった。
2006年01月13日
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Chick狐狸庵さんからコメントをいただきましたが、「下請け」という普通の言葉を使うと、他業種の方からも「うちの業界では……」という、同じ土俵の話が聞けるのがいいところですね。昨日のメールにも、自動車産業の例にありましたが、自動車産業の産業構造はすごいですからね。日本は、お手本にできる産業構造がたくさんありますね。「他業種と比べる」という発想はとても大事だと思います。テープ起こしを工業製品と考えて、品質保証や安定供給などを考えるのは必要な視点かもしれません。ある部分では、そういうことを導入しないといけないと思います。「ヘルプ」という業界のスラングを使うことで、視点が固定されてしまう怖さはあります。----ところで、私はテープ起こしは工業製品じゃないと思っているのね。同じ録音は絶対ないし、同じ録音から同じ文章も生まれない。同じテープ起こしなんて存在しない。芸術的であるかどうかは別にして、「一点物」「オーダーメイド」の商品という意味では、芸術と同じ考え方をしてもいい部分はあると思う。じゃあね、画家が下絵の部分を下請けに出す? しないでしょう?そう考えれば、テープ起こしを下請けに出す抵抗感がわかってもらえるかもしれない。普段私が下請けは「禁じ手だ」と言うのは、そういう理由からだし、昨日いただいたメールの、「下請けに出すことは非常に難しいと思っています」という文も、その辺を前提にした発言だと解釈している。そういうふうに考えている私が下請けを出すことになったとき、管理主義的になれるかというと、なりたくないわけね。同じ会議を複数人に分割したし、前回の原稿と釣り合わせる必要もあったけれど、「それぞれ好きに原稿を上げてきてくれれば、それでいい」と思ったのよ。短いですけど、ちょっと締め切りが……。つづく。
2006年01月12日
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読者の方から、 下請けに出すことは非常に難しいと思っています。 自動車メーカーなども、下請けは厳選しているし、 あるいは育成しているとも聞きます。というメールをいただきました。ご本人の了解をいただいて、転載しました。ありがとうございます。原稿というものは、書く人によって個性が出るものだと思います。話されている内容が理解できるか、内容に共感するか、話し方が好きかということで、のる、のらないがまずあります。「ええっと」や「あのー」や、言い間違い、重複の削除があり、反対に句読点やカギ括弧などのテープ起こしの段階で付加する情報もあり、同じ話を起こしても、同じ原稿などできないのです。「だいたい同じでしょ。そんな重箱の隅をつつくみたいな話して……」と、普通の人は思うでしょう。そうそう、私たちの戦場は、重箱の隅なんです。下請けに出した仕事を、自分で手直しせずにそのまま納品する、本当の意味でエージェントをしている業者もありますが、普通「ヘルプ」と言われて出される仕事は、発注元が聞き直しや原稿チェックをして納品原稿に仕上げていきます。下請けは知らない人に出されることが多く、相手の実力がわからないからですが、だいたい仕上がった仕事を、自分の個性のある原稿に手直しするためでもあります。つまり、手直しが楽な原稿が欲しいわけです。大もとのクライアントが喜ぶ原稿と、下請けを出した発注元が欲しい原稿は違うのです。前置きが長いですね。だからね、いわゆるヘルプ市場は、だいたいが素起こしか最低限の倒置の修正などにとどまることが多いです。「あんまりいじらないでー。聞こえたままでいいのよー」ってことね。それから、フォントサイズや英数字の半角・全角の指定、表記辞書の指定など、見た目の統一感も細かく設定されることが多いです。「ヘルプ」という上下関係があいまいな言葉を好みつつ、内実は徹底した管理主義になってしまうんですね。長くなりそうなので、ここでいったん切ります。そしてつづく。
2006年01月11日
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ものすごーく雑に考えているんですが、畳の部屋(20畳か30畳ぐらい?)公民館のような格安施設が半日借りられたら、「来れたら来てね」オフができますね~。そういう場所の心当たりのある方はいませんか?
2006年01月10日
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「下請け発注2」を書く前に、「ヘルプ」という言葉について一応書いておこうかと思うんだけど。以前メルマガにも書いて、だいたい同じことなんだけど、忘れた頃にまた書くのもいいかもしれないと思ってね。テープ起こしという仕事は、地味できつくて一見簡単で、季節変動が激しくて、簡単に切り出せる。短時間労働者や季節労働者にも事欠かない。まあ、なんて外注に適した仕事なんでしょ。そんなわけで、私も今回下請けに出したけれど、出すこと自体は非常に簡単なのね。昨今インターネットとパソコンの普及で、私と同様な、個人のテープ起こし事業者は山のようにいる。その人が稼働調整用に下請けを使うスタイルは、普通になっている。それぞれが独立した事業者で、継続した仕事をやってもらう雇用関係がなく、一つ一つの仕事に対して契約が完結している。そういうのは、私は「下請け」だと思うのだけど、なぜか「ヘルプ」と呼ぶ人が結構いる。つまり、 テープ起こしの個人事業主が、テープ起こしの個人事業主に対して 仕事の下請けを依頼することを「ヘルプ」と言うんだな。多分最初は、発注する側が、「急な依頼が来てしまってピンチなの。誰かヘルプをお願いしたいんだけど」てなノリで始まった言葉なんだと思う。一般的な外来語としての「ヘルプ」もそんな使い方だよね。そこで使用方法のコンセンサスを得て、広まったのかな。「受発注」とか「契約」とか「下請け」とかという零細企業チックな言葉よりも、「ヘルプ」はゆる~い感じがする。「発注者」と「受注者」には、ビジネス上の上下関係がある。でも、「ヘルプしてほしい」となると、むしろ能力のある人に手伝ってほしいわけで、上下関係があいまいになる。そのニュアンスがきっと好まれたんだろう。----ところで、この「ヘルプ」という語、目くじら立てて、使い方が変じゃないかと言うには訳がある。一般的な「ヘルプ」だと、「(能力のある人に)手伝ってほしい」という意味だ。運動万能な人が、いろんなクラブの助っ人に入るってなイメージ。ところが、個人事業主の下請けを担う人は、新規参入者だったり、固定のクライアントがいなかったりということが多いわけで、経験値が低い人がヘルプに回りがちな現実がある。そこから、「ヘルプを受けるのは初心者」「初心者はヘルプから」という業界内の構造が生まれてくる。 ヘルプで勉強させていただいています。 まだヘルプしかやったことがありません。こういった発言は、その流れから来ている。しかしまあ、そりゃあ「ヘルプ」になってないだろ。そんなわけで、私は「ヘルプ」という言葉はかなり慎重に使っている。----通信教育などを受講したあと、いきなり開業するのはやはり変です。速記事務所やテープ起こし会社の多くは、在宅スタッフを募集しています。そういうところにまず入って、修業してください。テープ起こし会社のスタッフの試験に落ちる人は、開業するレベルになっていません。そこをショートカットして、個人からのいわゆる「ヘルプ」だけで修行しようとしても、遠回りで非効率なだけです。SOHOに憧れるなら、アフィリエイトとか雑貨販売とかデイトレーディングとか、別なことをやったほうがいい。営業したり、請求書を書いたり、確定申告したりするのは格好よく見えるけれど、そこが目的ではない。「原稿」で商売するのだ。……ああ、また暴言になってしまった。そしてつづく。
2006年01月10日
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フランス語の逐語通訳もの。エルビアフ → エル・ビアール込みの手 → コミュノテミシクスルス → エレーヌ・シクスーヘリス・メラー → ヒリス・ミラー通訳の日本語部分を起こすのだから、フランス語は関係ないと言えば関係ないのだけれど、フランス語はアイウエオ表記では表現できません。「込みの手」なんて単語の切れ目から間違ってるもんな。囲碁用語か?仮名表記が特定できないと、ネット検索がうまく機能しない。「こみ」やら「こみのて」で検索しても、一生正解に到達しないのよ。文脈から「もしやコミュニティに近い言葉じゃないか?」と連想して、やっとたどり着く。今年最初の図書館通い。雪がちらほら。寒いよ~。「ヒリス」も英語読みなら「ヒルズ」なんだけど、雑誌『現代思想』の表記に従った。まさか『現代思想』(という雑誌があることを、今回初めて知った)のバックナンバーのために図書館に行くことになろうとは。----別件で霞ヶ関関係の参考文献も借りる予定だったけれど、3冊ほど貸し出し中。今まで参考文献が手に入らないことってあまりなかったので、ちょっと困った。今って卒論時期?(卒論書いたことがないので知らないんだけど)政治分野の本はすぐに手に入らないことがあるのね。覚えておこう。
2006年01月06日
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珍しく年越しの仕事が多かった(当社比)上に、「会議の時間が長引いたら依頼したいんですが」というペンディングを2本抱えてしまった。「長引いたら」というところがミソで、来た時点でそれなりに長いことが確定している。だいたい3時間以上になったらということだったが、年末にあと3時間か6時間くるかどうかというのは、かなり迷惑なペンディングだった。電話がかかってきた瞬間に、「えー、長引いちゃったんですか?」って迷惑そうな声を出しちゃったよ。1本目の依頼が確定した段階で早々とギブアップして、2年ぶりに下請けに出すことにした。なにせ納期長い・守秘義務ゆるい・日常会話(専門用語が少ない)と三拍子そろって、安心して外に出せる仕事なんかあまりないのだ。(その間私は、守秘義務のきつい仕事を終えて、違うテープを返送したりしていたわけだ)一番最初に、日に10人くればよいというmixi日記に、「お手伝いできる人いませんか?」と、雑談の振りして書いたけど、身内からは反応なし。次に、20人規模のワークシェアリング目的のMLに募集を出して、まだ反応なし。それから80人規模、500人規模の同業者MLに順に募集を出して、やっと応募あり。うう、年末はみんな忙しいんだな。できれば知り合いにお願いしたいのでこういうやり方をしたのだけれど、この次は全くオープンの掲示板にまで出せば、きっと誰かが見つかるだろうとは思っていた。だって、いつ何時、誰の募集でも、募集って打ち切られていくのよね。超短納期でみんなが尻込みするようなものは「10分単位」とかという裏技チックな募集もあって、どこかの誰かに仕事が流れていく。大きいMLに募集を出した段階で、全然知らない人とお仕事することを覚悟して、それならそれで新しい出会いがあったらいいわねーとお待ちしていたら、私よりずっとキャリアのある方からも応募があって、ありがたかった。どうも、どこかに募集を出せば簡単に作業者が見つかるという構造が好かなくてね。この業界、エージェントになるほうが簡単なのだ。正月早々かなりの暴言だな~。これ以上暴走しないうちに、いったん休止。そして、つづく。
2006年01月06日
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謹賀新年昨年は、「できるかな~」と思いつつ書き始めたブログに始まり、ブログに終わった年となりました。今年はもうちょいマシなブログを書くよう精進いたします。と、ご挨拶しておいて、年末年始の分を少しさかのぼって書きます。いろいろとございましたので……。おほほほほほほほほほ
2006年01月05日
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厳密に言うと、3日の早朝に見た夢なので、初夢とは言い難いのですけれど、なにせ具体的かつ冷や汗の出る喜ばしい夢なものですから……。----新年早々メールが届きました。Wordの添付書類が三つ。送付元は、チームでお世話になっている同業者。この方はお子さんが高校生とか大学生なので、資料整理などをお子さんにアルバイトに出すことがあるんですよ。親子ともども、きちんと仕事をなさる方です。夢ですから実像と違います。大目にみてください。メールの文面は、「子供に仕事をさせたら、遅くて話にならないから、ちょっと手伝ってほしい」という仕事の依頼でした。(Wordになってる時点で、起こしは終わってるじゃん)という、夢ならではの辻褄の合わないところもありますが、半分できていたのかもしれない。それともあれは、音声ファイルだったのかな? 1本目の録音時間は26分でした。「え゛っ、3本」と、焦って予定を考えている夢でした。----今年はいっぱい仕事をやれってことかなあ~?
2006年01月03日
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