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わたしには、家の中は色彩の洪水のように見え、物も人もすごいスピードで流れているように動いており、はっきりと輪郭をつかむとができないほどだった自閉症だったわたしへドナ・ウィリアムズ著河野万里子訳新潮文庫
2007年12月20日
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あ、今日は偶然だけど女の人ばかりだったんだ、と思う。友人のブログで「女子大」というのに反応して気がついた。駒込にある「栄養」単科大学に話を聞きにいった。ちょうど調理実習をしていて、たくさんの学生たちが白衣を着込んでいる。みな女性ばかり。必要なのはバランスなのだという話。食育などというのは、国の医療費負担がもう限界にきているからだ、とか。午後には横浜の山の手に。元町通りから坂をあがる。その学校の同窓会室でしばらく作業。その部屋ではどうやら聖書研究会のようなものが開かれているらしく、仕切りの向こうからは途切れ途切れに声がもれてくる。そのうちに賛美歌の合唱がはじまった。暖房のよくきいた部屋、冬の昼下がり、そうして賛美歌。いったいここはいつの時代のどこなのだろう。年配の女性たちの笑い声がゆらゆら揺れて届いてくる。そうしてなんだか眠くなる。
2007年12月18日
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上野英信さんについての話を聞いていて、ああ、ずいぶんといろんなことを忘れてしまったと思った。風邪でも引きたいよ、などとバカなことを言っていたら、子どもが高い熱を出したのだ。なんだかどきっとする。代官山の路地を歩きながら、都会の住宅街というのは、ひしめき合うようにして住宅が建っていて、その隙間を埋めていく涙ぐましいばかりの創意工夫に胸打たれる。さらには住宅の構造のままにブティックやらアクセサリーや美容室やギャラリーが、さらに知恵をしぼったディスプレイをほどこしてあったりで、これにもなんだか小さく感動してしまうのだ。こんな店を持ちたかったんだよね、というような、けして大きな資本ではなくて、ささやかな夢であろうが実現しようとしてきた人たちがいるんだ、それはちょっとは励まされることではないか、とか。中国の兵士は横たわる日本兵士から銃をもぎ取ろうとしたが、死んでしまったその兵士はしっかりと銃を握っていた。その節くれ立った指をひとつひとつ引きはがしながら、なんだ、こいつは俺たちと同じように鍬やら鋤を握っていたんだな、と思った。それからしばらく沈黙した。俺たちはいったいなんのためにこうして戦っているのだっけ。イスラエルにいる知人からメールが来ていて、沖縄の空の写真が貼ってあるのだ。雲がまるで「神の手」のようにみえるということで、この写真を何人かに転送すれば幸福になれるとか。不幸にも幸福にもなりたくないので、転送しないことにする。ここに貼り込むことも考えたけれど、まあ、それは後でするかもしれない。
2007年12月17日
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朝鮮民主主義共和国への帰国事業について書かれた本を読んでいたら気が滅入った。現在と過去を旅するように書かれたこの本は深い余韻を残す。感情を垂れ流すことのないように注意も払っている。というか、感情を垂れ流すことが、どれほどの意味もないことをいやというほど知っているのだ。それほど事実は重いのだけれど。アナーキストをきどってみてもなあ。でも考えてしまうよ、「国」というのはどこまで行ってもやっかいだ。私は権力を持っていない。そう言ってみる。けれどもある人たちにとってみれば、私すらその権力の一部であるだろう。最近、二ヶ月ほど前に取材した女子高生たちのことをよく考える。彼女たちは自分たちの無力をよく知っている。世界を見つめている。そうしてだからこそ無力感にとらわれる。ある女の子は語り初めに微かに唇がへし曲がる。それから少し笑う。おじさんである私は、そこからどれだけ離れているのかと思う。同時に彼女たちと同じくらいの年頃になにを感じていたのだったかを。はっきり言ってどれほども離れていないのだ。かと言って安易に共感してみせるわけにもいかないではないか。いったいこの歳になるまで、なにをしてきたのかと、放った問いはそのままゆっくりと自分に帰ってくる。甲板からみえたその地、かっこつきの祖国は、どのようなものとしてひとりひとりの眼前に現れたのか。
2007年12月11日
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にいさん、マッサージどう? キモチイイよ、○○○円、安いよて、声をかけられる。都会の繁華街ならいざ知らず、地元のさびれた駅前通りだ。しかも深夜0時40分。さびれた駅前通りと言ったけれど、商店の半分はとっくに店をたたんでしまった。こういう言い方は失礼かもしれないけれど、通りは商店街の遺跡のような様相を呈している。赤提灯も一件くらい。古くからあるパチンコ屋さんが一軒。マッサージはどう? はほとんど民家のような引き戸が突然開いて、女性が声をかけてきた。道の向かい側だったから、いくつくらいの人なのか、どこの国の人なのかもわからない。終電一本前の電車を降りた人たちはそれなりにいたけれど、旧市街につながるこの通りにはもう人影もほとんどない。冷え込みは厳しくて、自分の足音が乾いた音をたてている。なんだか起きていること全体がうら寂しい。それでいくらだったのだろう。○○○円て言っていたけれど、ここは聞き取れなかった部分だ。ほんとは300円て聞こえたのだけれど、そんなはずはないしね。Aさん、そんなふうでした。私はそんな街に住んでいます。ようやく仕事の山を越し、そうは言っても寝かせてしまっている仕事はいい加減回さなければならず、雑用は減ることがなく、まあ、そんな中、ようやく「北朝鮮のエクソダス」を読み始めているところです。翻訳ですけれど、テッサ・モーリス・スズキという人の歴史を語るこの語り口に私は安心します。このような語り口で、私も「今」を語ってみたいと思います。虚空に手を差しのばし、私は「それ」を掴みたいと思います。そのことをあきらめたくないと思います。
2007年12月03日
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