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こうして、つい昨日まで閑古鳥が鳴いていた桜川解久のシークレット探偵事務所にも仕事が舞い込んで、閑古鳥の鳴き声はやんだ。下田に言づてを頼んでいいか迷ったが、仲村は、やはり野原すみれに頼むことにした。探偵事務所も営利であるからには、着手金もないでは、身動きは取れない。 警察の捜査費には、一般捜査費と捜査諸雑費があり、一般捜査費とは、協力者に情報提供謝礼等を交付するなどの場合に、捜査員が都度所属長に捜査費の交付を申請し、所属長の決裁を受けたのち執行するものとされる。太平洋戦前戦中、特高警察がスパイに支払った機密費の名残だというものもいる。国の費用の中には、この「機密費」が今も存在している。 捜査諸雑費とは、捜査員が日常の捜査活動、情報収集や聞き込み、張り込み等において使用する少額の経費について、あらかじめ一定の現金を各捜査員に交付し、必要の都度、捜査員の判断で、柔軟かつ機動的に捜査費が執行できるよう、平成一三年度から導入したもの。捜査費の予算額は、ある県警の場合、令和四年度は一五〇〇万円とされている。警視庁は当然のことながらもっと多い。 一般捜査費とは、協力者に情報提供謝礼等を交付するなどの場合に、捜査員が都度所属長に捜査費の交付を申請し、所属長の決裁を受けたのち執行するものとされている。(高知県警察のHPより。)誤解を生む説明になるかもしれないが、刑事や捜査員がポケットマネー的に使えるのが捜査諸雑費、申請して交付されるのが一般捜査費と言える。 先日の新宿、青空横丁の居酒屋での会食費は、「捜査諸雑費」で処理が可能なのだが、仲村教授と山座一課長の私費で支払った。 仲村は、このことの趣旨を野原すみれに説明したうえで、資料を託してシークレット探偵事務所へ向かわせた。各種の領収証は電子データでとる様に付け加えた。聡明な野原すみれは適役だった。 警視庁の捜査会議室。山座順次捜査一課長は、担当の女性刑事、科野百合と若い新入りの刑事たちを前に、事件の要点を書き込んだホワイトボードを見ながら説明した。山座一課長は、この事件の担当を、あえて若い科野百合に任せることにした。 いくつかの未解決事件を抱えている山座一課長は、今回の事件が、殺人事件ではなく、未遂事件に落ち着いたことで、楽観視していた。被害者の回復を待てば事件は解明できる。渋谷の業務ビルの屋上に他殺体が放置された殺人事件を、何としても解明しなければならなかったが、手がかりはないに等しかった。 科野百合は、インターポール、国際刑事警察機構ICPOへ転身する夢があり、山座は彼女の技量と能力を見込んで、教育投資をする方針でいた。近年INTAPOLと連携する事件が増えてきた。犯罪捜査も国際化してきた。ホワイトボードには、次のように書かれている。 ・事件発生日時:二〇二三年五月一日(月)午後二時・被害者:住所 横浜市鶴見区 年齢二一歳 職業 アイドルグループ(ブリリアント・スターズ所属)・場所:竹下通りわき道(通称エリーゼの小径)のアクセサリー・ショップ(デヴィル)前・zimmerの謎・目撃者数名:tel、snsあり。・事件時刻:午後四時半、肺に達した散弾銃と思われる弾丸による失血にもかかわらず一命を留めた。・所持品に逸失なし。被害者のスマホは履歴を解析中。Youtubeの使用歴あり。財布の所持金は、三万円ほど。クレジットカード、交通系のカードが一枚。・母親の身元確認済 科野百合は、現場検証と鑑識、傷の所見から得られた捜査資料を読み上げた。のち、質疑応答へ移った。そのポイントを示すと、以下のようだ。捜査は一〇名ほどの人数に絞った。Q:解剖の結果、弾丸の角度はどうでしたか? 水平でしたかそれとも上下左右角度はありましたか? A:全部で三発が胸を中心に命中、被害者の右上方からの角度のようです。角度は被害者の胸を水平に、上方向四五度との結果が示されています。Q:被害者がメーンストリートから歩いてきたとすると、歩いて行こうとする方向の高い位置から、散弾銃が発射されたことになりますか?A:そう推測されます。科野百合は、ホワイトボードに、YUARIが倒れていた路上と周辺の建物を表す図を書いて説明した。Q:メーンストリートから歩いてきた場合と、戻る場合とでは銃弾の発射位置が違いますね。 質問者はいいところを突いた。A:今後の現場検証によって明らかにしたいと思います。 科野百合は山座一課長を見た。山座は大きく相槌を打った。
2025.03.21
桜川解久が経営する探偵事務所は、西教大学からさほど遠くない商店街の裏通りにあった。この商店街が、「青山通り」であることは、たいていの日本人なら知っている。通りに面した、古い商業ビルの一角に「シークレット探偵事務所」の看板を掛けていた。取ってつけたような名前の事務所だが、ちゃんと免許を取って開業している事務所だ。 この桜川解久なる人物については、追って説明していくことになるが、ここでは風変わりな若者とだけ記しておこう。年のころは三〇前後、髪の毛はぼさぼさ、いたって正気なのだが、年中、和服姿に袴を身に着けている。こう言えばこの男、古き小説家「横溝正史」に入れ込んで、とんだ時代錯誤症に陥っている、文明不適応症候群を病んでいる若者とだけ説明しておこう。この若者もまた、西教大学出身なのだ。下田健は同じ大学の後輩にあたる。今日は、下田健の先輩でミステリーファンの野原すみれが事務所に来ている。「コロナ禍は、暇で死にそうだった」 桜川解久は頭を搔きながら言った。「なんで、私を呼んでくれなかったのよ」 すみれは不満たっぷりに言った。「だって、先生は、大事なお嬢様をあんな汚い居酒屋に呼ぶなんて、そんな非常識じゃないよ」 下田健は、にやにやしながら言った。実際、野原すみれは、世田谷区で会社経営をしている実業家の娘で、母親は大学の保護者懇談会で、ゼミ担当の仲村に厳しく指導するよう懇願している。野原すみれは、それが気に入らなかった。「馬鹿にしないでよ、坊や。私はあんたと違って、立派な成人なんですから」「はいはい、お姉さま」 下田は真顔になって、桜川を見た。「すみれさん。実は、昨日、仲村先生と警視庁から調査依頼を受けたんだ」「まあ、私がいると邪魔だったのね」 野原すみれは、下田を睨んだ。「下田の言ったことは本当です。先生は、すみれさんにも伝えてくれ、だけど絶対に度を超すようなことはしないでくれと、しっかりくぎを刺されました」 桜川は、営業の顔になって言った。「まあ、そうだったの。じゃ、許してあげる。それで、どういう依頼なの?」「別に契約書や覚書もないし、着手金もあるわけじゃない。ただ、事務所に閑古鳥が鳴いていて、寂しいだろうから、あまり無理をしない範囲で情報を集めてくれと言うんだ」「まあ、あなたも親のすねをかじって、事務所を持たせてもらってるのだから、仕事がないよりあったほうがいいわね。協力させていただきますわ」 すみれは、大人びたことを言った。「初仕事は、銃で撃たれたアイドルの身辺調査なんだが、彼女は西教大のOBなんだ。と言っても、この三月に卒業したばかりで、在学中からアイドル活動をしていた。将来を嘱望された金の卵で、今人気急上昇中なんだ。すみれさんは、ゼミ生をあたってもらえませんか。仲村先生は、ゼミの先生をあたるといっている」 桜川解久は、アンティークな椅子に深々と身をうずめて言った。執務をとる机は高級なもので、高級そうな花瓶には花が活けてある。桜川の母親が、三日に一度掃除をしに来る。近くの和菓子店で買った箱が置いてある。「いいわ。先輩の事務所は閑古鳥が鳴いていて寂しいものね」「オレは何をしたらいいのかな」 下田が先輩に聞いた。「大学には、被害者の仲間がいる可能性がある。その中には、犯人につながりのある者もいるかもしれない。怪しまれてもまずいので、うまくお茶を濁すような雰囲気の中で、情報収集にあたってくれ。それから、すみれさんのボディーガードだ。いざというときは、身を挺して守ってくれ。いざというときは、俺が駆けつける」 桜川は探偵の片鱗を見せた。桜川は、探偵の修行中に合気道をマスターした。 「ところで、昨日の報道番組で言ってたけど、被害者のブレスレットは、実は彼女の手のひらに、しっかりと握られていたそうだ。彼女は、何らかの理由で、腕から外して握りしめたということになる。これが何を意味するかだが、このブレスレットには、留め金の部分に小さくブリリアント・スターズと刻まれているそうだ。いま、鑑識に回っているそうだが」「よほど大事なものだったんだね」 下田が言った。「それもそうだけど、何かのメッセージだったのかも」「どういう?」 桜川が聞いた。「さあ、女性にとって身に着けているものは、体の一部と同じくらい大切だから」「ふんふん」と下田が言うと、すみれは、「あなたみたいな薄っぺらには、わからないでしょうけど」と、下田をにらんだ。「その辺も考慮に入れて、学内調査をお願いします。撃たれてとっさに手に取って握りしめた。ダイイング・メッセージかもしれない」 桜川が間に入った。シークレット探偵事務所に活気がみなぎってきた。当分は、閑古鳥も鳴かない。
2025.03.06
ウクライナは、独立以来、自国の鉱物資源を有効活用し、経済発展を目指してきました。しかし、以下のような要因により、資源ナショナリズムの実現は困難な状況にあります。第1に、ウクライナの鉱物資源開発は、外国資本に大きく依存しています。これにより、資源開発による利益が国外に流出しやすい状況にあります。 第二に、2022年以降のロシアによる侵攻は、ウクライナの鉱物資源開発に深刻な影響を与えています。多くの鉱山が戦闘地域に位置し、生産が停止しています。ここをトランプが狙ってきたと解されます。また、ロシアによる資源の略奪なども発生しています。ウクライナの鉱物資源は、欧米諸国や中国など、多くの国々にとって重要な戦略的資源です。そのため、ウクライナの資源政策は、国際的な政治情勢に大きく左右されます。ウクライナは、戦後の復興において、鉱物資源の有効活用を重要な課題としています。資源ナショナリズムの実現に向けては、以下のような取り組みが考えられます。 まず、国内企業による資源開発を促進し、外国資本への依存度を下げる。次に、法制度の整備で、資源開発に関する法制度を整備し、外国企業の活動を適切に規制する。第三に国際協力の強化で、欧米諸国などとの協力を強化し、資源開発に必要な資金や技術を導入する。ウクライナの鉱物資源は、同国の経済発展だけでなく、世界の資源市場にも大きな影響を与える可能性があります。今後のウクライナの資源政策の動向が注目されます。ウクライナの鉱物資源、レアアースに関心を持つ企業は、地政学的な状況や市場の変動により変化する可能性がありますが、主要な関心を持つ主体として、以下の企業や国が挙げられます。 まず、アメリカ合衆国は、中国へのレアアース依存を減らすため、ウクライナの資源に関心を寄せています。特に、トランプ大統領がウクライナのレアアース資源に強い関心を示していると報道されています。アメリカ政府は、ウクライナの鉱山プロジェクトへの投資機会を米企業に促すための覚書を作成するなど、具体的な動きを見せています。また欧州連合(EU)も、レアアースの供給源の多様化を目指しており、ウクライナとの協力関係を構築しています。レアアース関連の事業を行う日本の企業も、ウクライナの資源に関心を持つ可能性があります。レアアースのリサイクル事業を展開する企業や、レアアースを使用した製品を製造する企業などが挙げられます。 ウクライナは、レアアースを含む重要な鉱物資源を豊富に保有しており、これらの資源は、電気自動車、風力タービン、電子機器など、現代の技術に不可欠です。ロシアによる侵攻により、ウクライナの資源開発は困難な状況にありますが、戦後の復興においては、これらの資源が重要な役割を果たすと期待されています。ウクライナの資源開発には、地雷や不発弾の除去、インフラの整備など、多くの課題があります。資源開発による環境への影響にも注意が必要です。ウクライナのレアアース資源は、今後の世界の資源市場において重要な役割を果たす可能性があります。(2025年3月2日) 注)本稿はgoogle Gemini による対話型検索の結果を租借し、筆者(瀬川)が加筆修正のうえ掲載したものであることをお断りします。
2025.03.02
下田健と野原すみれは、ゼミが始まるまで、まだ時間があったので教師の研究室に行った。「いやに早いね」 教師の仲村輝彦は、二人を座るように勧めて言った。「先生大変ですよ」「何が?」「先生、原宿で殺人事件ですよ」「まだ死んではいないよ」「え、先生、もう知っているんですか? さすがに早い」「警視庁に知り合いがいるのさ」「そうだったんですか、すみれが、いや、すみれさんが、報告しようっていうもんですから」「下田健は照れ笑いしながら答えた」「ところで、下田。君は、最近探偵事務所に出入りしているそうだね。何を企んでいるんだ?」「ええー! 先生、もうバレてるんですか?」「甘く見るなよ。僕には警察庁の諜報部員がついている」「あなた、悪事を白状しなさい。先生はお見通しよ」「ええー、怖いなー。諜報部員ってすみれ先輩ですか?」「まあ、そんなところだ」 三人は笑った。次の時限のチャイムが鳴った。 諜報部員というのは、まんざら嘘ではなく、仲村輝彦の教え子で警視庁へ就職したものがおり、最初は交番勤務から出世して、今は捜査一課長をしている。時々呼び出されるのだが、愚痴を聞いてやっている。「先生、もうやってられませんよ。未解決事件が山ほどあるというのに、また事件ですよ。政治絡みの事件ならまだしも刑事魂の血が騒ぐってもんですが、竹下通りの、アイドル通りの事件ときちゃ、子どもじみてやる気がおきません」 一課長はまくし立てた。そういうわけで、仲村は新宿の赤提灯に行く羽目になった。 新宿は青空横丁。仲村輝彦は学生時代、この横丁の近くの居酒屋でアルバイトをしていた。若いころのことを思い出すと、仕事の疲れが癒されるので、たまに料理とアルコールをたしなみにやってくる。警視庁の山座一課長も、この横丁の雰囲気が気に入っている。歌舞伎町には少し距離があるが、情報が入りやすい。聞き耳を立てているといろんな情報が入る。江戸時代の岡っ引きではないが、「大目に見る」かわりに情報提供を求めるといった裏技は、大座一課長の得意技だ。 事件の事情聴取で参考人を呼び出すこともある。この事情聴取に、仲村教授を「刑事」として同席してもらい、意見を聞くこともある。ある意味、閉鎖的な警察の世界では、事件解明の手掛かりがつかめないということもある。アイドルの世界に関連した事件とあっては、中年おじさんの刑事たちにはまるで分らない。 「結局、銃で撃たれた女性は、幸運にも一命を取り留めました。しかし絶対安静です。持ち物から自宅に連絡がつき、家族の身元確認ができました。二十一歳の女性で、近くのプロダクションに所属しています。現場には一人で来ていたようです。独身で同居の母親には、原宿へ行くと言って、午前一〇頃家を出たようです。腕につけていたブレスレットは、現場付近のショップに見せたところ、その店で扱っているものだそうです。銃弾は今鑑識に回して、銃の特定を急いでいますが、前の総理大臣を殺害したものと同じタイプの手作りの散弾銃ではないかと踏んでいます」 山座一課長は、仲村に取り敢えずわかったことを教えた。明らかに協力依頼をしている。小声で喋っているのは、そういう意図があるからだ。「被害女性の名前は、何と言いますか?」 仲村は聞いた。「YUARI、本名は湯沢有恵です。出身大学は東京の西教大学」「え!」 と言った仲村の眼が輝いた。「活動はブリリアント・スターズというアイドルグループで、これは任意のグループのようです。ブレスレットに、刻んであります。どうも芸能事務所のファンクラブ向けに、芸能事務所が作っているもので、タレントの予備軍みたいなものでしょう」 山座一課長は、部下からの報告を教えた。「年齢から言うと、うちの大学の四年生ですね。明日にでも、担当ゼミの教授に聞いてみましょう」 山座はにっこりと笑った。 ちょうどその時、居酒屋の引き戸が開き、若者が二人入ってきた。「ああ、先生、遅くなってすみません」 下田健が入ってきて頭を下げた。もう一人の若者は、下田よりも年上のようだが、小柄な下田の後ろに隠れるように入ってきた。「山座さん、こちらはうちの学生の下田君です・・・えーと、もう一人は・・・」自己紹介を求めた。「桜川解久探偵事務所を経営しています。仲村先生にはお世話になっています」と如才なく答えた。 この風変わりな若者に、山座は瞬間身構えた。芸能人が入ってきたのかと思ったくらい、異様な風采を放っていた。なんと旅芸人と見まがう羽織袴姿なのだ。二人を山座に紹介して、少し世間話をしてから、仲村は遠回しに事件のことに触れた。下田健は、事件の概要を仲村の研究室で聞いていたので、私立探偵の桜川には伝えてある。桜川は、すすめられたビールを口にしながら、真剣に聞いている。下田健は少し不満げにコーラを飲んでいる。
2025.03.02
第二話 西教大学のキャンパス 竹下通りの、わき道にそれた路地、エリーゼの小径に位置するアクセサリー店の前に、パトカーが到着した。続いて、救急車が狭い道をふさぐように停車し、路上にうずくまるように倒れている若い女性に近づいた。白いシースルーのロングドレスの上半身が赤く染まっている。救急隊員は、脈があることを期待して、女性の腕をとった。右手にはブレスレットが握りしめられていた。脈はわずかながらあった。ADでの心肺蘇生は必要なかった。 女性の白い横顔は、苦痛に歪んでいた。止血の応急処置をしたうえで、救急車は、女性を乗せて救急病院へ向かった。群衆が救急車を心配そうに見送った。一足遅れて、警視庁の捜査一課刑事数名が到着した。所轄の交番の警官たちが、刑事たちに敬礼をした。鑑識課員も到着し、あたりは騒然となった。救急病院では緊急オペが始まった。 山座刑事が陣頭指揮をとって非常線を張った。部下の刑事数名が、通行人、正確には野次馬だが、聞き込みを始めた。防犯カメラのリレー捜査も手配した。犯人は犯行後、原宿駅へ向かった可能性がある。 第一発見者は、アクセサリー店の店主で、ほかに通行人の数名が、女性が倒れるところを目撃していた。アクセサリー店には、数名が座れる商談用のコーナーがあり、店主と路上の目撃者が椅子に座った。店主は君浦堂後といった。壁には、芸能人やスポーツ選手のサイン付き写真が、べたべたと貼ってある。午後二時三〇分、女性が倒れてから二〇分が経過していた。「申し訳ございませんが、あとでまたお話を聞くことがあるかもしれません。連絡先の電話番号かメールアドレスをお教えいただけますでしょうか? 捜査以外に使用することはございません」 丁寧な口調で、山座刑事は警察手帳を見せ、自分が警視庁捜査一課長である旨を告げて、目撃者に言った。山座は刑事という職業に似合わず、物腰の低い銀行員の風貌があった。しかし、銀縁眼鏡の奥の眼光は鋭かった。目撃者数名は、店長を含めてスマホの電話番号を山座刑事に見せた。科野百合という女性の捜査一課員が、電話番号と名前を手帳に控えた。 「私は、ちょうど店頭でお客様のお相手をしておりまして、突然、道路であのお方がお倒れになり、びっくりして駆け寄ったのです。うつぶせで倒れておりまして、赤い血が胸とお腹あたりを染めていました。大変だと思い、携帯を持っていたので一一〇番と一一九番に連絡した次第です」 七〇歳代と思われる、かなり高齢の店主は、落ち着いてはいるが、興奮冷めやらぬ表情で答えた。その風貌は、アクセサリーを扱っている店の煌びやかさと対照的だ。「不審者は目撃しませんでしたか? 挙動不審なものです。」「いいえ、とくには」と君浦堂後は答えた。「ご存知の方ですか?」「いえ、あの」 曖昧な返事が返った。「銃声のような音はしませんでしたか」 山座一課長が、全員に聞いた。女性を救急病院へ運んだ救急隊員から、「拳銃で撃たれたようです」と聞いていた一課長は、犯行は拳銃だと確信していた。 店主は首を横に振ったが、かわりに若い男性が証言した。髪の毛をグレーに染めている。「鈍い衝撃音が聞こえました。雑踏の中なので、見たわけではありませんが」 と恐る恐る答えた。他の数名も首を縦に振った。「消音銃だな。白昼堂々大胆な手口だ」 一課長の山座順次はつぶやいた。と同時に、この事件の根深さを直感した。「鈍い音はどこからでしょうか?」 山座はすかさず聞いた。「狭い路地で音が反射したのでしょうか、方角はわからないです。この路地全体に響き渡った、共鳴したような感じです。この前、総理大臣が大阪の漁港で模造ガンのようなもので狙われたじゃないですか。テレビで見たのですが、漁協の建物全体に響いていたような、あんな感じでした。反響音というか・・・」 別の女性が答えた。この現場の路地は、二階建ての建物や店舗がひしめき合っていた。目撃者の答えは、なるほどと思われた。「このブレスレットは、お店のものですか?」 倒れた女性が右手に握っていたブレスレットを、上司山座の指示で、白いハンカチに包んだ女性刑事科野は、このブレスレットを店主に見せて聞いた。あとで指紋の採取があるので、白い布にくるまれた金色の華奢なブレスレットを見せた。 「はい、うちで扱っている商品でございます」 店主は答えた。山座一課長は、この店主が昔テレビなどで活躍していたタレントだということを知っていた。しかし、そのことには、この場では触れなかった。警戒されても困る。山座一課長は、このアクセサリー店の店頭付近をロープで封鎖して、鑑識課に現場検証をするように命じた。すでに、どこから聞きつけてきたか、報道各社、メディア関係者が大勢集まってきた。それぞれ、ハイエナみたいに、独自に聞き込みをやっている。山座は、あえてハイエナたちの取材を規制しなかった。メディア関係には「事情通」が多い。彼らを利用しない手はなかった。 渋谷駅では、駅周辺の懸案の再開発事業が着々と進み、東京の新しい求心地域への発展を期待する声が、日に日に高まっている。計画されているリニア中央新幹線の始発駅、品川にも近い。すでに、二つのプロジェクトが完成し、七つの事業も進行している。渋谷スクランブルスクエア、渋谷フクラス(二〇一九年十一月開業済)、渋谷駅桜丘口地区( 二〇二三年度竣工予定)、渋谷二丁目十七地区(二〇二四年度竣工・開業予定)、渋谷ソラスタ(二〇一九年三月竣工)、渋谷ストリーム(二〇一八年九月開業済)がそれだ。一連の開発事業の受注に関連して、激しい競争が行われたが、オリンピックやコロナ禍の雑音の中で、あまり表ざたにはなっていない。原宿・竹下通りで起きた血なまぐさい事件と、大手ゼネコンによる再開発事業とが関連していようなど、誰も知る由もない。 昔から、青山通り、道玄坂で東京の商業空間をリードしてきた地域だけに、そこへ再開発の効果が加われば、周辺に位置する大学としては、学生の獲得の好機になるはずで、西教大学とても、大学当局の期待感は大きくなってきた。進学先の大学とアルバイト、遊びとは密接に関連している。今から二〇年ほど前に、この地に開学した西教大学も、後進の大学につきものの低評価(BF ボーダーフリー)を克服し、一流大学とまではいかないにしても、相応の地位を確実にする好機であるに違いはなかった。 この大学は、もともとエンタメ系の専門学校が大学に昇格したもので、学長がかつて一世を風靡したアクションスターであり、今も二足の草鞋とはいえ、映画と大学教育を兼ねた有名芸能人であった。しかし、新参者の経営する大学は、好立地条件にもかかわらず、定員割れ寸前、今後失地挽回が望まれる瀬戸際にあった。 野原すみれも、他の仲間と同じように、アイドルスターを目指して西教大学のエンタテーメント・ビジネス学部に入学したのだが、 大学三年にもなると、「現実と理想の狭間」がわかるようになり、アイドルスターの目標が 、しだいに遠のいて行くのを感じ始めていた。オーディションに応募はしてみるのだが、いつも書類選考で落とされる。 「すみれ、何やっているんだ?」 同じゼミの男子学生が、校舎の裏にある池のほとりのベンチに腰かけているすみれの背中に呼び掛けた。「原宿で殺人事件があったみたい」 すみれは、振り返りゼミ生に憂鬱そうに言った。「なんだ、またミステリーに凝ってるのか?」 下田健は、野原すみれをからかうように言った。すみれは、最近、将来の目標を失いかけていて、推理小説に凝っていた。「何だとは何よ? それが先輩に言う言葉? 最近の若い者は、これだからしょうがない。すみれさんと言いなさい!」と、すみれは言い返した。「それって、先生の口癖だろ。すみれさんも更けたな」 下田健は、先輩に言い返した。「竹下通りで、殺人未遂事件があったみたい。いやだわ」「僕も、探偵事務所の先輩から聞いて知ってる。先生に報告しよう」 下田健は、すみれのスマホの画面を見て言った。下田健もまたミステリー好きだった。
2025.03.01
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