草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2015年12月24日
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          第 三十 回 目





  野辺地町の地域振興の核になるグループを、私はまずこの様な「カラオケ愛好会」乃至、オケ無しの「読誦の会」

としてスタートさせてはと考えて、そのタイミングと人との出会いを模索致している所であります。




 義父の次に、現在ただ今は「寝たきり状態」で義兄・登氏と義姉・光子さん夫婦に世話になっている、義母・とみよ

刀自(とじ)に就いてお話しさせて下さい。義母は野辺地町の馬門(今でも家内・悦子の実家があり、つまり義兄夫婦が

住んでいる)から車で30分足らずの所に在る天間林村の出で、大きな農家を営んでいた家の長女。妹で、義姉・光子

さんの母親に当たるお方は近所でも評判の美人で、大層聡明でもあったようですが、癌のために早くに逝去されたと

か。とみよ刀自は「吾は、みったくね(方言で、醜い の意)つら(顔)」であったが、この妹は自分からは想像もつかな

いほどに美しく、頭が良かったと、昔、私に語って聞かせたもの。もちろん謙遜しての言辞ですが。私たちの結婚披露




また、義母が作って下さった「取って投げ(すいとん のこと)」は実に美味でありました。なんでも小麦粉を練ってか

ら一晩寝かすのがコツであるとか。この義母が二番目の息子・正成のお産の時に葛飾区の金町に一週間ほど泊りがけで

応援にやって来て下さったのですが、駅前のスーパーや商店街のお店などを見て回った際に、「こんなに目の赤い魚

は、「おらほ(自分の所)では皆、投げてしまう(捨ててしまう の意)」と発言して人々を吃驚させたそうだが、いつも

取れたての新鮮な魚ばかり目にしていた義母が、一番吃驚仰天したのではないかと、後からこのエピソードを聞かされ

た私は宜(むべ)なるかな、と改めて考えさせられる思いでした。若い頃、赤坂の高級料理店で北海道から空輸された朝

採りの毛ガニを何度も御馳走になり、感動頻りであったのですが、考えてみれば、土地の人々は朝採れたものを直後に

食すことが容易く出来たわけで、その贅沢さには都会で如何様にお金を湯水の様に使ったとしても、到底及びがつかな

い理屈でありました。


 それにつけても思うのは、野辺地町という 辺鄙な土地 の辺鄙さ故の「魅力であり、尊さ」なのでありますね。大

げさな表現に聞こえるかもしれませんが、人類は「都」なるものに憧れ、華美なる文化に魅了され続けてきました。そ



変わらないでありましょう。日本でも古都・京都に憧れ、花のお江戸・東京に人々は強く惹きつけられ続けて居ります

ね。家内の悦子もその例に漏れない一人でありますよ。


 しかし、東京生まれで東京育ちの私・草加の爺にとっては、事情が大いに違っています、はい。私にとっては所謂

「田舎」が最高の憧れの的であり、地上の楽園と呼んで差し支えない魅力の場所でありました。そして、今もその根本

は変わっておりません。幼い時分の私は、周囲の友達が夏休みなどになると「お祖母ちゃんやお祖父ちゃん」の住んで



の二人の子供たちが「お祖父ちゃん、お祖母ちゃんがいて、海や山があり、広々とした畑があり、冬にはスキー、夏に

は海水浴が心行くまでエンジョイできる」、そんな絵に描いたような理想の 田舎 へ家内と一緒に帰省できるのを身

近に経験して、自分自身には叶わなかった夢が、事も無げにやすやすと実現している事実に驚嘆すると同時に、我が息

子たちながら、何とも羨ましい限りであると心底感動しておりました、実際の所。思い出しますね、仕事で一人東京に

残る私が、上野駅に家内と子供たちを見送りに行った数々のシーンを。


「お父さん、かわいそう…」と涙をぽろぽろと流していた幼い息子たち。私は暫し、満足感に浸りながら家路、又は仕

事の場所へと戻ったわけでありますが、後で家内に聞きますと、子供たちは、寝台列車が走り出して私の姿が見えなく

なると同時に、何事もなかった如く、嬉々として列車の中で遊び戯れていたと言います。それはそうでしょう、息子た

ち二人にとっては、いやが上にも期待で胸が膨らむ体験が、直ぐ近くまで迫ってきていたのですから。家内は何か申し

訳なさそうに私に語ったのですが、その事実も含めて、私の喜びと満足感は一入だったのです、本当に。


 そこで、都会っ子の私が 田舎 に憧れるのは良いとして、世界中の人々に日本の、東北の、辺鄙な町に関心を持っ

てもらい、足を運んでもらう。それがこれからのプロジェクトの目的でありますが、そんな現代の錬金術のような芸当

が如何にしたら、可能になるのか?可能どころか、私はその実現を固く信じて疑わないのでありますが、それはどの様

な手段に依って一体全体、齎されるのでありましょう。いや、こんな気違い染みた 大言壮語 を事も無げに放言する

老い耄れを、如何にしたら信用できるのでありましょうか?取敢えず、細工は流々、仕上げを御覧じろ!と、今は申し

上げるに留めておきましょうか…。








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最終更新日  2015年12月24日 11時13分01秒
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