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●下田開国博物館(ペリー艦隊来航時) 幕末の大騒動であったアメリカのペリー艦隊の上陸は神奈川の浦賀や横浜が有名であるが、この下田にも翌年にペリーが訪れ「下田条約」締結が行われた。1854年、長州藩士の吉田松陰は江戸から伊豆東海岸を下田を目指した。近くの蓮台寺に滞在し下田港に停泊中のペリー艦隊に乗り込み渡米する機会を測っていた。現在でもある蓮台寺の村山邸。嘉永7年3月26日夜、下田柿崎から小舟でペリー艦隊のミシシッピー号に乗り込んだが、旗艦のポーハタン号に行くよううながされそこに向かった。金子重輔と二人で艦隊に向かった。しかし、ペリーの返事は長期滞在のため幕府の了解を得るようとして断られてしまった。また、小舟は流されてしまったため艦隊の船で陸に戻された。この行為は国禁にあたるとして後日自首したが、江戸に護送されるまでの10日間このような牢獄に入れられたのだ。この籠で江戸に送られた。獄中での愛読書となった。この近くにはぺリー上陸地に銅像があり、そこから了仙寺までの川沿いは「ペリーロード」として下田観光の中心になっている。ペリー艦隊は1852年11月24日に、アメリカ東海岸ノーホークより出港、大西洋を横断し、まだスエズ運河が開通していなかったのでアフリカ大陸を南下して数か所で補給し1月24日にケープタウンに寄港、2月4日再び出発し、喜望峰を廻ってインド洋を横断モーリシャス島、セイロン(現スリランカ)島に寄港しシンガポールに向かった。香港、沖縄を経由し約半年後の7月20日に江戸にたどり着く大航海だった。日本への要求はアメリカの捕鯨船への補給が目的で、時の幕府に開港交渉に来たのだった。日米和親条約日本の男女混浴の公衆浴場には相当驚いたようだ。下田港に停泊したペリー艦隊の配置図。現在、下田港の遊覧船として運行している「サスケハナ号」は艦隊の一部であるが下田には寄港していない。伊豆急のリゾート21「黒船電車」の車内には初めて外国人を見たその時の内容が展示されている。続く・・・
2021/07/31
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●下田開国博物館(下田の町のこと) 下田に209系を見に行ったついでに歴史を勉強しようと「下田開国博物館」に寄ってみた。旧町内の一角に「ナマコ壁」の建物が2棟建っている。この博物館は、昭和58年に「森コレクション」を寄贈されたのを機に「豆州下田郷土資料館」としてオープンした個人の歴史博物館だ。幕末の動乱の中ペリー艦隊の来航、ロシア・プチャーチンの来航、ハリスやお吉の歴史を展示したもので、観光施設として学校の教育の場として貴重な場所となっている。入場料は1,200円で2000点の資料の中、常時1000点が展示されている。入口には下田の夏の祭りである八幡神社の大祭である「下田太鼓祭り」が再現されている。江戸時代から続くこの祭りは、徳川方が大阪城に入場した際の陣太鼓を再現したもので、各町内から14台の太鼓台が繰り出し、道具と呼ばれるものを競り上げアーチ状の橋を造ることが披露される。残念ながらコロナの影響で、祭りは神事のみで2年連続で中止となっている。下田の街並みの特徴に「ナマコ壁」がある。これは土壁の外側に瓦をひし形に組んで、太い漆喰でかまぼこ状に盛ったもので防火や潮風、湿度に強く倉などに利用されていた。現在でも下田や松崎に多く残っている。下田駅の近くに「マイマイ通り」と言う道路がある。マイマイとは大型のカタツムリである「ミスジマイマイ」の一種で伊豆半島と、伊豆諸島のみに棲息している。ペリー艦隊に紛れ込んで来たのだろうか。続く・・・
2021/07/30
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●209系下田へ疎開 先日、JR東日本より伊豆急行に譲渡された209系C609編成6両が25日の終電後に伊豆急下田駅に回送された。これは、夏季期間中でもあり伊豆高原の車庫内が混雑することになり、今後改造などの作業を開始するまでの間に一時的に疎開することになったようだ。伊豆急下田駅の側線では、少し前までJR線内で肩を並べていたE257系と久しぶりに顔を合わせることになった。新顔です、どうぞよろしくお願いいたします。と言っているようだ。静止型交流変換SIV装置VVVFインバータ制御機先頭車には電気連結器と自動解結装置が付いている。ボルスタレス台車 電動車用DT61と不随車用TR2462年目の海水浴シーズンとなったが、伊豆最大の白浜海岸の人出は例年の半分くらいであろうか。帰りがけにE261系「サフィール踊り子」を撮影してきた。
2021/07/29
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●伊東ミュージックフェスティバル 今回で4回目になる「伊東ミュージックフェスティバル」が伊東駅前の商店街で行われた。夏真っ盛りとなり連日35℃になるほどの厚さが続いている。市内外から20のバンドが商店街の特設ステージで30分交代で演奏会が行われている。一人でサックスを吹いている人、フラメンコを奏でる人など様々な形態で演奏が行われている。伊東で有名な浦島さんのバンドだ。今日のランチは暑いので「冷たいおろしソバ」を食べてみよう。この街並みは変わらない。
2021/07/28
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●郵便ポスト1号(伊東3)先日(伊東1)で紹介した伊東マリンタウンの丸形ポストだが、予定通り小学生の手により青色のペンキが塗られた。調べていくうちになぜか「〇〇酒店前」と酒店の近くにあることが多いようだ。これは昔から同じ場所で営業していることや住民が酒を買いに訪れるからなのだろうか。●角谷酒店前伊東市役所近く和田町の角谷酒店前にある。以前は、繁華街の入口だったが現在はシャター通りとなって寂しい光景だ。●稲福酒店前こちらは八幡野港近くにある「稲福酒店前」であるが、店は廃業したのかシャッターが閉まっている。この付近にはこれ1個所のみである。
2021/07/27
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●木のオリンピック 伊豆高原の「五つ星ホテル」のロビー展示場で、流木や小枝などの木片を加工してオリンピックの競技を表現した「動物たちのオリンピック展」が開催されている。このホテルでは年間を通じて作家の作品を展示されているので、宿泊者でなくてお気軽に見学できる。このお面は20から30万円で販売されている。「動物たちのオリンピック」作家は北海道生まれだが伊東に移住してきた中村ひろしさん。オリンピックの種目ごとに動物達がユニークな表情で競技している。聖火ランナーがやって来た。これは猿がボルダリングに挑戦しているシーンかな?亀やイルカなど海の生き物が水泳競技をしている。陸上競技は走るのが得意なキリンやダチョウだろう。バックミュージックを担当する管弦楽団と合唱団。これはフィンシングとボクシングとすぐにわかりますね。力持ちの像の重量挙げ。ホテルの一角では実際のオリンピックを鑑賞できるシアタービューが楽しめるようになっている。
2021/07/26
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●築城石(ナコウ山 2)山中には所々に石が集まっている所がある。ここで石を細工した場所なのだろうか。頂上付近には「羽柴越中守石場(細川忠興)」の文字がある。見晴らしの良い場所からは右手に宇佐美の海岸、左手に網代海岸、小さく富士山も見える。網代方面。富士山の頭が見えたまた、この道は「東浦路」といって江戸時代からの旧道である。地図作成には欠かせない「三角点」、この位置は北緯35°01′21″、東経139°05′12″で標高352.93mである。旧街道のため「大島茶屋」の跡や1797年の馬頭観音が残っている。また、幕末の志士であった「吉田松陰」が下田のペリー艦隊に潜り込もうと向かった道でもある。当時は往来が多かっただろうから、もっと整備されていたのかも。山中には矢筈、十字、〇、△、三、田、卍など多数の刻印がある石がゴロゴロしている。凄いとしか言いようがない。割る前。割れた後。昔は、これを持ち出して庭の敷石などにしたようだ。3時間ほど散策して下山してみると、登山口の近くに比波預天(ひらよてん)神社があり、境内には県の指定天然記念物となっている国内最大の「ホルトの木」がある。ホルトとは「ポルトガル」の事で江戸時代に平賀源内が命名したようだ。オリーブに似た実を付けるようだ。宇佐美の海岸にも築城石がある。山から下ろして船積下場所なので海中に落ちた石も沢山あるのだろう。短時間で江戸時代にタイムスリップした「ナコウ山」は築城石を実感するのには最適の場所だろう。いつまでも保存されることを願う。
2021/07/25
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●築城石(ナコウ山 1)宇佐美駅から北へ約1.2㎞の所に「ナコウ山」への入口がある。 この山は352.9mと低く宇佐美港に近い山なので気軽にハイキング気分で登ることができる。その前に町内に何点か築城石を展示してある場所がある。これは駅の横の公園。ここで概略の勉強をしていくと理解しやすい。色々な形の刻印がある。砂防堰堤があるのでその脇の階段を上って行く。さっそく、大きな石達のお出迎えだ。ナコウ山は伊東市が積極的に保存管理しているので、このような説明書きやコースの矢印があるので迷うことは無い。石の端が凸凹になっているのは、大きな岩から切り離すときにノミで「矢穴」をあけて「クサビ」を打ち込み石を割る作業をした跡である。勿論、機械などは無かったので全て人力で何日もかけて切り出したとの事。石の表面に掘られているマークは、切り出した大名の印を刻んだものだ。団子三個を串に刺したような「だんご紋」ここまで穴をあけたのに放置されたとは残念。 徳川家康から3代にわたって江戸城の改築が行われ、主に関西から西の大名に石を集める命が下り、関東地区の小田原ー宇佐美ー大川や稲取ー西伊豆など伊豆半島の山々から採取された。「なこう山」の由来は石工たちがあまりの辛さに故郷を思い出しながら泣いていたということから名づけられたとか。続く・・・
2021/07/24
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●郵便ポスト1号(伊東2)伊東市内には郵便ポストが約120個所あり、形は1号から14号までそれぞれの用途により設置されている。品川駅構内のポストは電車型、上野動物園はパンダのデザインとなっている。 そのうちの22個所は丸形の1号ポストがある。特徴のある場所を数回に分けてアップしましょう。●観光会館前伊東で唯一大きなホールがある伊東観光会館では、定期的に演劇や映画、コンサートなどが開催されている。ポストは階段脇にありが付近には住宅は少ない。丸形ポストのプロフィールは高さ135㎝、直径40㎝、土台の高さ20㎝、頭は三段の輪になって帽子を被っているようだ。鉄製なのだが重さはどのくらいでしょう。400㎏もあるようです。これは小平市にあるビッグサイズのポストで1150㎏もあるそうだ。投函口の上には丸形のひさしが付いている。その横には取り集め時間と設置場所の住所が書いてある。下部は集配口で鍵穴と「便札」という次の集配の数字を入れる窓がある。塗装は赤色(マンセル記号9R4.5/15)だが朱色に見える。下部には製造会社名と思われる会社名があり「三谷」、「昭和」、 「吉村」、「新東洋」がある。●20世紀美術館前シャガールやピカソの絵画展を行っている「池田20世紀美術館」の入口にあるので、このポストも芸術品の一部となっているようだ。この様に差し出し口と回収扉が90度曲がっている所もある。●文化資料館前伊豆高原駅裏の文化資料館の入口にあるのでこれもオブジェかと思う。観光地にはピッタリだと思うのだが。伊東には大きな会社が少なく、大型のダイレクトメールなどを投函することが無いためかまだ丸形ポストが残っている。
2021/07/23
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●二度目の北海道巡業に出発(熱海) 昨年の同じ時間の時は、曇っていたために全体的に暗く熱海から先に行かなければ撮影は無理だったが、今回は晴天なので早めに空が明るくなってきた。素晴らしい熱海の日の出前のシーン。今日の日の出は4:44ころらしい。熱海市内の各ホテルからは、伊豆山の災害派遣で来ている他県の消防隊や警察、自衛隊が早朝4時にも関わらず早速出動していた。ご苦労様です。 熱海駅の初電は、上り4:35の前橋行き、下り5:32、伊東線は5:03なので駅が開いている。甲種回送は5:03到着の05発車なので停車している編成が狙えると思った。その間にも多くの貨物列車が通過するが構内でブレーキをかけ徐行速度になっている。先日発生した「伊豆山」の土砂崩れはトンネルを超えたすぐそこなので徐行をしているのだろう。伊東線の始発列車は伊豆急の8000系で先頭は無ラッピン車TB-7編成だ。始業検査をしているのだろう列車番号が「2100」、行き先が「快速伊豆稲取」や「伊豆熱川」とめったに見ない表示となっている。勿論発車前には「普通伊東」となっていたが。甲種輸送列車は定時に4番線ホームに進入してきた。停止位置は7両編成だから10両停止位置当たりかなと思っていたら、何とホーム先端の12両位置まで行ってしまった。残念ながらビデオは撮れたがカメラでは先頭が撮れなかった。北海道の車両基地となる手稲までは3泊4日の旅となる。コロナ渦でオリンピック開催などの中での運転なのでどうなることやら、無事に帰ってくることを願う。
2021/07/22
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●二度目の北海道巡業に出発(高原) 二度目の北海道巡業のため深夜に回送される伊豆急2100系5次車「ロイヤルエクスプレス」は、点検整備も終了し構内で出発を待っている。編成は昨年同様の伊豆急2100系5次車5両+マニ50の6両だ。午前中に2100系3両+8000系6両、2100系2両+マニ50に分割され回送準備が整った。構内には先日到着した209系と残されたロイヤルエクスプレスの3両が見える。この黄色い車両は「アント」という入替用のディーゼル機関車だが結構小さくても力持ちである。この車両導入によりクモハ103の活躍の場がなくなった。北海道の無電化区間を走るのでパンタグラフは撤去されている。伊豆高原駅から伊東駅までの回送は、終電後に2回に分けて行うため下田行きの列車が通過後に組成が行われた。今夜の車両留置は珍しく3番線にキンメ電車、2番線と1番線が空いているので下り終電は23:11に1番線へ、上り終電は23:13が2番線に入線し2番線を開けるため8000系の入れ替えが行われた。下田からの終電が入ってきた。一旦車庫に退避する。23:20頃8000系+2100系3両が車庫から踏切まで推進運転で進みホームに横付けされた。23:35伊東に向けて出発。一回目の出発後に続いて8000系+マニ50+2100系2両の編成が同じ方法で入替された。急いで城ケ崎海岸駅まで行き撮影するが、光量不足のためシャッタースピードが上がらず画像が流れた。2本目は、途中の南伊東駅まで進行し待機となる。1:10過ぎに伊東~一回目の牽引車8000系が伊豆高原駅に戻るのを確認し伊東駅に進入する。南伊東駅の照明が消えているので真っ暗だ。既に引き上げ線に待機している今日の牽引機は新鶴見機関区の「EF652139」で国鉄色だ。照明がある伊東駅近くの踏切には2名の警備員が配置されている。0:15南伊東で待機していた2回目の編成がゆっくりと進入してきた。今日の伊東駅構内にはE231系が停まっているので撮影にはむかなかった。ここで全編成が組まれ、待機していたJR貨物のEF65電気機関車に牽引されて4:39に北海道に向かった。8000系は3:15に伊豆高原に戻った。続く・・・
2021/07/21
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●伊東線のe491系 今日は、伊東線に検測車e491系「Easti₋E」が運転されるので宇佐美駅に行ってみた。この検測車はJR東日本の電化区間を定期的に運転し、軌道や架線、信号を検査するために運転されており、伊豆急線にも年に2回訪れている。基本は交直両用の3両編成であるが、建築限界測定車マヤ50を連結することもある。非電化区間は気動車の「キヤE193系」が担当している。ホームで待っていると8000系TA-2とTA-8編成が入ってきた。サフィール踊り子とキンメ電車を撮った後に下りのE231系が回送電車で入ってきた。先日赤帯の団体列車になったTB-7編成。今日のE491系の行程は山手線の内回り外回りを検査して、東海道線、伊東線に入り伊東ですぐに折り返して国府津に向かった。
2021/07/20
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●消えた団臨先日は雑誌の情報によると、3月の特急からの引退後久々に185系が団体列車で下田に来る予定だった。最盛期には227両あった185系も廃車が進んでいるとはいえ、まだ10両編成5本、4両編成2本、5両編成6本、6両編成3本の127両も残っていて、日光や甲府方面に団体列車や臨時列車として運転されている。今回も数社の旅行会社から東京→伊豆急下田間に団体募集されたのだが、首都圏で新型コロナの感染拡大により中止となったようだ。9月には銚子方面や上越線への運転も予定されている。仕方なく網代と伊豆多賀の間にある陸橋に行ってみた。先日の大雨で崩れた土手はここらしい。アジサイの花は終わりヒマワリが綺麗だ。その後に熱海の土砂崩れがあったのでここの話題は消えてしまったようだ。伊豆急に209系が入って来たので廃車になるかもしれない8000系の記録をすることにした。踊り子5号はNA₋13編成8000系はTA-4とTA-5編成踊り子7号はNA₋04編成続いて2100系3次車のきんめ電車です。外は35℃くらいなので30分もいると汗ダクになりました。
2021/07/19
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●郵便ポスト1号(伊東1) 郵政省のホームページによると、郵便を投函する「郵便ポスト」正式には「郵便差出箱」で全国に約18万カ所にあり、その中にも昔の丸型ポストが残っていて根強いファンがいるようだ。後、数年で消えてしまうかもしれないので、せめて伊豆半島内だけでもこの目で確認する旅に出よう。1970年に製造は中止された「丸形1号ポスト」と呼ばれる赤い円柱のポストは全国に約4400本が残っているとのこと。日本で最初の郵便ポストは明治4年(1871年)に、木製でできた「書状集め箱」が設置された。その後、全国に郵便制度が広まり「黒ポスト」が登場した。明治34年(1901年)になると火災に強く目立ちやすいとして、赤いポストの原型である丸形が登場した。この「郵便差出箱1号」戦時中は資材不足によりコンクリート製もあったようだが鉄製である。 先日の湯ヶ島町を訪れたブログでも紹介しましたが、まだまだ伊豆半島にも多くの丸型1号ポストが残っているようだ。タイミングよく地元新聞に「伊東市内の丸型ポストを七色に塗り替えて観光地化したいとの要請がある」との記事を見つけたので、さっそく取材してみることにした。後日の新聞には先日の記事の反論と思われる内容が掲載されている。同意見なのだが、七色に塗ることではなく現在の赤いポストのままに他の付加価値を付けたイベントが良いと思われるのだが。●JR宇佐美駅前スペイン瓦を使った小奇麗な無人の駅舎出入口の横に公衆電話とともに丸形ポストが立っている。付近はパン屋さんとタクシー乗り場、飲食店が数軒あるのみで静かな町だ。駅前をまっすぐ数百メートル歩くと宇佐美海水浴場に出る。熱海寄りの山は江戸時代に築城石を採掘した「ナコウ山」がある。 ●伊東マリンタウン道の駅「伊東マリンタウン」にも丸ポストがある。北欧によくあるカラフルな建物にマッチして違和感がない。ここは住宅地でもないのでポスト利用は観光客向けなのか。
2021/07/18
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●オープンガーデン(ローズガーデン)城ケ崎別荘地の中にあるのが「ローズガーデン」なのだが、この日はテレビの取材があるようだ。仕方ないので翌日に再び訪問してみた。イングリッシュガーデンは気さくなオーナーが出迎えてくれ庭を説明してくれた。つるバラを中心にたくさんの花が咲き誇っている。後日、テレビ放映を拝見したら「田中哲司のこの庭、きゅん」というBSテレ東の番組でゲストは平泉成さんだった。俳優田中哲司さんの実家は造園業だとか。熱川で日本旅館を経営していたオーナーは仕事に疲弊した妻のために旅館を廃業し、伊豆高原に移り18年前に理想の庭を造るため家の設計も花壇に合わせたらしい。この大きな花は「ムセーラ」というバナナというバショウ科の植物です。野鳥のマンションだが入居者募集中。同じマンション住まいの私はこんな広い庭がある家が理想だ。
2021/07/17
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●オープンガーデン(紹興園)伊豆高原地区には自宅の庭を無料で見学開放している「伊豆ガーデニングクラブ」が17軒ある。見学日時はその家ごとに決まっているのでそれを守って行ってみた。今回は伊豆高原駅付近の別荘地にある中華料理店「紹興園」のお庭拝見である。この付近では本格中華の店なのだが、残念ながら今日は店休日のようだ。食事は出来なかったが庭を拝見することにした。中華料理店らしくこの庭は「盆景」という中国庭園で、材料は全て中国から取り寄せたんだとか。真ん中にはあずま屋と石橋、滝と池が配置され周囲には松や竹、金木犀、蓮が植栽されている。この塀はよく中国ドラマで見る瓦が埋め込まれているものだ。 中国江南地方の風景だそうだ。高台なので庭越しに海が見える。今度は食事しに来てみよう。
2021/07/16
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●木の無人売店伊豆大川駅の近くに材木屋さんがある。珍しいのは野菜や玉子の無人販売所はあるが、ここでは木工製品などを展示販売している。本業は材木の加工所なのだが、ここで出た杉やヒノキの破材を「まないた」や「表札」などに使えるようにしてある。しかも、安い。これはヒノキの「かんなくず」だがお風呂に入れると良い香りがする。夏になると子供たちが飼い始める「カブトムシ」に使う「オガクズ」は畑にまいても肥料や土が柔らかくなるので展示されている3袋を買ってきた。先日亡くなった柔道の古賀さんは南伊豆に住んでいた。家を建てるときにここの材木を使ったそうだ。
2021/07/15
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●お気に入りのつけ麺近くのパチンコ店の店内にラーメン屋さんがあり、パチンコはやらないが時々食べに行く。今日はこってりとした「牛つけ麺」を食べる。肝心のパチンコをする人もコロナのせいか少なそうだ。その後、線路脇のカメラマンをやってみた。E261系とE257系を撮って2100系3次車「キンメでんしゃ」を待っていると突然雲行きが怪しくなり雨が落ち始めた。
2021/07/14
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●北海道巡業の準備昨年の夏、伊豆急の2100系5次車である「ザ・ロイヤルエクスプレス」が東北を縦断して北海道に入り、道東一周の観光列車運転を実施した。コロナにより昨年運転できなかった回数を含め、今年は計7回の運転を予定している。伊豆高原駅構内の側線には、電源車である「マニ50」が1年間留置されていたが、最近になり2100系4次車用の「ロイヤルボックス」もマニと連結されて2両が留置されているシーンを見ることができた。今月になり北海道行きのためかロイヤルエクスプレスとマニが検査場に移動された。
2021/07/13
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●久しぶりの撮影日和伊豆急8000系の団体貸切り運転の列車を待つ間に、久しぶりの良い天気なので他の列車も撮影する。2100系リゾート21にはアニメキャラクターの「蓮台ミオ」のバースデーイベントのヘッドマークが下田方のみ付いている。伊豆急下田駅で位置情報型ゲームを見せるとバースデーカードがもらえるようだ。 やはり青空と青い海がいい。
2021/07/12
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●8000系団体貸切り伊豆急8000系は3両編成15本45両が在籍しているが、TA-7編成は青帯が剥がされてスッピン状態になっています。これがTA-7編成、クハ8017+モハ8207+クモハ8152 この度、TB-7編成も無ラッピングになったのを機会に「6万円で貸切り運転しませんか」というイベントを告知すると、瞬く間に秋のシーズンまで予約が一杯になったようです。TB-7編成、クモハ8252+モハ8107+クハ8007伊東寄りが電動車なのでシングルパンタが付いている。 早速、伊豆高原―伊豆急下田間でお客様が希望したラッピングと運転時刻で運転されました。構内から本線への転線時には運転室に55や60番の運用番号が掲出されていた。転線は特急待ち。途中駅の伊豆大川駅、片瀬白田駅などで停車して特急の追い越しなどを楽しんだ。行先表示も白地に赤文字の「団体」となっている。
2021/07/11
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●ベーカリー「ル・フィヤージュ」伊豆高原で有名なパン屋さんが別荘地の中にある「ル・フィヤージュ」といって、毎日たくさんの利用客が訪れている。珍しいのは店舗が道沿いに面していないことだ。10台程度停めることができる駐車場の脇にある小道を入って行くのだが、初めての人はこの奥に店があることが分からないような雰囲気だ。パン屋なのでパンも買うことができるが食事もできる。ランチメニューは豚肩ロースの塩焼き、エビとホタテのグリエ、牛スネ肉の赤ワイン煮で1200円~1,600円だ。その他にもサンドウィッチや各種ドリンクもある。パンは目の前の工場で手作りされ食パンを始め、ライ麦と天然酵母で作ったフランスパン、ドイツパン、フォカチャ、菓子パンなどがある。自然あふれる森の中のテラスカフェは最高の雰囲気だ。今回は食事を済ませていたので数種類のパンを買ってきた。
2021/07/10
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●房総から伊豆へ209系甲種回送(2) 幕張車両センターを7:08に、EF210やEF65に牽引されたC609編成6両は武蔵野線を経由して深夜0:10に伊東に到着した。ここで機関車は朝の回送時間前まで休憩なのか。 通常は、3両に分割して伊豆急の8000系に牽引されて伊豆高原の車両基地に収容されるのだが、検査員が多数で下廻りを点検している。そのうちにパンタグラフが上がり室内灯も点燈、前後に動かす起動試験も始まった。どうも今回は伊豆急線を「自力回送」となるようだ。JRに車籍があるうちなら千葉から伊東まで自力回送できたのだろ。伊豆急行線は終電後に「線路閉鎖」という処置をとり工事列車として自力運転することができる。伊豆高原駅の下田方踏切にはすでに十名ほどの撮影者が待機している。踏切安全確保要員が到着する。結局、伊東を1:50頃に出発し伊豆高原駅には2:20の到着となった。寝静まる構内車庫線に入替作業をして深夜の甲種回送は終了した。209系は1996年の製造なのだが途中に改造も行われてトイレもATS-Pも付いているので、今後はラッピングなどの改造などをして試運転されるようだ。どんな状態でデビューするのか期待しよう。
2021/07/09
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●房総から伊豆へ209系甲種回送(1)深夜の甲種回送に行ってみた。これまで房総半島で使用したJR東日本の通勤型車両209系を伊豆急に譲渡されたようだ。宇佐美駅で終電をテストでとらえてみた。誰もいない。 伊東線下りの終電は23:23の1941E列車で、何と遠く高崎を19:07に出発したE233系10両編成でグリーン車も2両付いている。翌日、伊東発6:44の東海道直通列車になるのだ。 終電後は駅構内の電気が消えるかと思ったが今日は点燈したままだ。数人の若者の撮影者がきた。宇佐美駅の通過時刻は日が変わった0時05分頃だ。遠くから「ピー」とかん高いホイッスルの音が聞こえてくるとEF65のヘッドライトが見えてきた。山梨からだという。ホームに残る温泉噴水の鏡に映るEFをとらえているのか変わったアングルで撮影している。209系の車内には添乗者の姿も見える。通過後は伊東駅に向かう。すでに数十人が撮影している。駅ホームは照明が当たっているが反対側は相変わらず真っ暗だ。牽引機のEF65の連結を開放し引上げ線に行くシーンを撮影した。EF65-2088号機は、JR貨物の新鶴見機関区所属で1977年川崎重工製の元1088号機だったが、2088に改番され赤プレートと国鉄色として人気がある。続く・・・・
2021/07/08
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●池の花菖蒲園伊豆高原の奥地に「池」という集落がある。名前の通り昔は天城山から流れてくる水を蓄えた大きな池があった。トンネルで水路を掘り、池の水を抜いた場所は田畑となり伊東市では十足とここしかない田んぼが里山として人気となっている。一昨年の台風による山崩れによりトンネルが埋没し、かつての池が出没したが現在は水も抜けて元に戻ってきている。山側の一角に小さながらも地元の有志で作り上げた「花菖蒲園」がある。駐車場から入り口に入ると入場料300円と書いた無人の箱が置いてある。小さく区割りされた場所に花菖蒲が植えられている。品種ごとに名札が付けられて咲いている花と照らして鑑賞する。牛の形をしている。奥の池にはオタマジャクシや珍しいタニシが沢山いる。泥の上の筋はタニシの歩いた跡だ。このキャベツはホタルの餌になるカワニナ用らしい。これは「半夏生」と言う花のようです。管理する方がお茶とお菓子を出してくれながら昔の池地区の話をしてくれた。先日は「モリアオガエル」の卵も見られたとか。
2021/07/07
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●熱海で大災害発生梅雨時の1日未明から連日降り続いていた雨で伊豆各地に被害が出始めた。最近は「線状降雨帯」という横に帯状に連なる雨雲の移動が発生し、同じ地域に長時間雨を降らせることになる状況がある。今回の雨も当初は、南伊豆や下田など伊豆半島南端をかすめたために、その地区への避難などが発令された。7月2日、伊豆急線も沿線の連続雨量が300㎜を超えたため11:30から伊豆高原~下田間で終日運休になった。また、JR伊東線の網代~伊豆多賀間の線路脇の土手が崩れて運転見合わせとなった。伊東線では紫陽花が咲く土手で有名な撮影地だった。翌日の3日10:30頃、熱海市の伊豆山地区で大規模な土石流が発生した。2㎞ほど上部の山から谷沿いに、民家160軒以上を飲み込みながら海まで達する勢いだった。テレビでその光景を見ていると、伊豆山に住む友人の事が心配になりメールや電話をしたが一向に返事がなかった。しばらくしたら無事であると返事の電話が来たが、災害により電気や電話回線、テレビ回線などが遮断されていたようだ。現在でも、自衛隊や消防、警察などによる救出が行われ家に取り残されていた26人は救出されたが4名が死亡、住民台帳を元に確認をするとまだ64名ほどの安否がわかっていない。64名名前を公表しているので明日にでも判明すると思われる。土石流は新幹線と東海道線を超えてきたことになるが、ちょうど谷となっている部分に鉄橋がありその下をくぐって下ってきたとのことで被害は無かったようだ。その他にも、河津のループ橋付近での土砂崩れや沼津では橋が折れるなどの被害もあった。
2021/07/06
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●梅雨の晴れ間久しぶりに梅雨の晴れ間なので「線路脇のカメラマン」に行ってみる。大川の線路脇で地元のオジサンと、60年前の伊豆急線工事中の話を聞きながら脇を通過するE261系やキンメ電車を撮影した。
2021/07/05
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●3D映像伊豆の企業で海洋調査を行っている「ウィンディーネットワーク」が伊豆高原駅ホールで展示会を行っている。これまでの実績は幕末の洋式軍艦「昌平丸」や旧日本軍「呂号第500潜水艦」、「400年前のスペインの沈没船」など多くの海底調査をし、NHK等の特番で放送されている。今回は伊豆のジオパークなどを対象に高性能の3Dに編集された「3D点群VR展」というものだった。下田の海にできた洞窟「龍宮窟」や「城ケ崎海岸」などの3D映像をゴーグルをつけて体験する。地上レーザーとUAVドローンを駆使した360度映像なのでリアルに楽しめる。
2021/07/04
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●北里柴三郎展伊東でなぜ北里柴三郎が?と不思議なかかわりですが、実は伊東の市内に別荘があり伊東市に多大な貢献をした方なのです。現在、NHKの大河ドラマ「晴天を突け」で幕末に活躍した渋沢栄一の物語が人気となっているが、同時期に活躍した北里柴三郎は「細菌学の父」として有名な医学者で、ペスト菌の発見や破傷風の治療法を開発するなど感染症医療に貢献した。1853年(嘉永5年)九州で生まれ、早くから医学を志し東大医学部を卒業後ドイツに渡りコッホ研究所で感染症を学んだ。野口英世とは師弟関係にある。日本医師会の初代会長にもなり1931年に没している。2024年には新千円札に肖像として登場することになっている。伊東との関わりは、大正年に伊東の市中心部の松川沿いに1万㎡の別荘を建て、温泉を利用した室内プールを作り一般開放、通学用の橋の建設、伊東線の敷設や東海バスの株主になるなど伊東市の知名度アップなどに貢献した。市内では初の水洗トイレを採用するなど衛生面でも先を行っていた。別荘跡は現在幼稚園になっている。今回は、伊東市役所とショッピングセンターで写真展が開催されている。
2021/07/03
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●大江健三郎 旧別荘伊豆高原駅から歩いて10分の所に、あのノーベル賞作家である「大江健三郎さん」が別荘として利用していた家がある。現在は、地元の不動産屋の所有となっているが、今回は物件ギャラリーとして作品展を開催している。伊豆在住の若手アーティスト3人展で、鉄の彫刻家「梅田達也」、写真「眞野敦」、空間デザイン「吉澤久美子」さんの作品が披露されている。また、この家は海外から取り寄せた材料を使っているため大変丈夫で気品がある作りとなっている。幾らで売り出しているのか聞きたいところだが一般相場ではないことは確かだろう。ここは小説などを執筆していた部屋。大江健三郎さんは1935年の生まれで、学生作家としてデビューし23歳で芥川賞、続いて谷崎純一郎賞など多数受賞した。1994年には国内二人目のノーベル文学賞受賞者となった。こんな近くで執筆活動をしていた文豪がいらっしゃったとは知らなかった。 ロフトも付いている。近くには有名タレントの「タモリさん」の別荘もある。
2021/07/02
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●ギャラリー森の小屋「大人の絵本展」いつもの小さなギャラリーでは「大人の絵本展」が開催されている。絵本作家の森洋子さんが書いた「トワイライトボーイ」と「チャンネルボーイ」と題した鉛筆画だ。この物語の主人公はギャラリーのオーナーで、昭和30年代の幼少期の生活を描いた作品だ。 おじいちゃんがチャンネル式のテレビで当時人気だった「プロレス」を見るため孫とチャンネル争いをしているようだ。これはニンジンの花とアジサイ、メジロの巣が落ちていたそうです。
2021/07/01
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