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2026年(令和8年) 5月 25日の 戯言日記 昔 我が青春時代 資本主義の発達による弊害富の偏重 貧富の差 労働者への圧迫 公害問題等など... 発展する資本主義に様々な社会的不都合が出てきた時代。人々はそれを克服する手段として 社会主義を目指して様々な大きな動きが出ていた。1917年のロシア革命を経て 一時は世界人口の1/3までが社会主義社会の下に住む様になった。しかし その手本とする社会主義制度は次第に理想とは違う現実が...スターリンの暗黒政治...北朝鮮の...理想とする社会との乖離 はこう表現された。 資本主義の弊害と社会主義の幻想(当時のローマ教皇)...あれから数十年... キミマロじゃないが...今 世界は 社会主義の弊害と資本主義の幻想 の時代になった といっていい。資本主義体制は 新自由主義の旗の下グローバルな経済に進んだ のは良しとしてもその結果は 世界中に様々な軋轢を生み...戦争が絶えない。本質的に 自由というのは 格差を生む土壌を持つ訳で...地下資源をめぐっての醜い戦争が... 一方 社会主義もソ連の体制崩壊を経験し、中華人民共和国は 上部構造は今も社会主義独裁体制だが、下部構造は... グローバルな世界経済体制下で競争の中に取り込まれ、国家資本主義的な体制下で 理想とする 平等や格差のない社会になっているかというと... 逆に貧富の格差が広がっている様だ。経済の浮き沈みによる低迷と少数民族圧迫 国民監視体制自由の圧迫...等々 理想とはむしろ逆な構造になっている。それでは資本主義は勝ったのか...その理想とする 自由と 民主主義は、旗頭のアメリカが 自ら墓穴を掘りつつあるのが現状だ。自らが率先して進めてきた 新自由主義の体制を放棄し、利己的な、自国オンリー主義が加速している。今は 社会主義の弊害と資本主義の幻想 であろう。では 資本主義・社会主義に変わる構造は何か?私には答えがない。もちろん 世界中で模索は続いている。資本主義の幻想 を振りまく 金融資本主義や いまはデジタル資本主義なる 科学と経済が一体化されてさらに戦争経済へと...きわめて危険な方向に向かおうとしている。これに対し 共生経済 定常社会 福祉経済 人間中心の経済... を志す勢力も次第に増えてはいるが... さらに都市・地方の分散化 地域経済活性化 里山 里海資本主義 ミニシュパリズム などなど そのそれぞれに ごもっともであるが、 私は やはり「社会的共通資本」を唱える宇沢弘文氏の 宇沢経済学が 優れていると思っている。もう十年以上も前に亡くなられた経済学者だが...何回も ブログに書いているので 今日は書かない。が 氏の唱える 特に経済面から見た環境問題への視点は 本当に先見の明があったと思っている(自動車の社会的効用論など)簡単に言えば 自然資源は 人類・社会共通の資本である と言い切った事だ。今 世界は人間の経済活動によって 地球環境は破壊され (IPCC報告)温暖化現象は 再び立ち上がれない... という、いわゆるティッピングポイントを超えてしまった。 資本主義経済にしろ 社会主義の体制下にしろ...地球を掘り起こして 排気ガスをまき散らして...水を汚染し海を汚し 山を削って コンクリートのビルを林立させ ...そして今やITとかAIとか何とかいう 人間の思考をも乗り越える技術革命が進行中である。(第4次産業革命?)軍拡はAIから始まる...と 内田聖子氏は警告する私にAIの評論はできないが こう警鐘はできる...自然を壊して 科学万能 の時代は もういいだろう...時代は 自然の弊害と科学の希望 の時代から 科学の弊害と自然の希望 の時代へ変えてゆこうではないか...話かわるが 今年の NPT会議も 共同声明文が採択されなかったそうだ。 またの機会に書きたい...人類は何処へ向かおうとしているのだろうか 2026年(令和8年) 5月 25日 2割農民
2026年05月25日
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2026年(令和8年) 5月 24日の 戯言日記 アメリカのメディア紙「Courthouse News」のロバート・カーン名誉編集長の 論説での提言で...「大谷君を大統領に...」と提言した という記事にユーチューブで接した。 朝から喝采 の話である。まずは コピペになるが ご紹介する。「大谷君は日本生まれの為に大統領にはなれない。しかし 今の議会(アメリカの)も最高裁判所もホワイトハウスも憲法なんて気にしていない。それなら大谷君を大統領に選んでもいいのではないか」理由は... 彼は礼儀正しい 本当に仕事ができる 突出したセンスを、他人を傷つけるために使う事はない チームメイトを尊重している 気配りを忘れない 相手を尊重している 誰かを故意に傷つけることはしない そうしたのなら すぐに謝罪するだろう たとえ誰かに仕打ちを受けたとしても、復讐を求めない ... ... ... 唯一無二の存在だが、それを自慢することはない 寛大で、人々に幸せと喜びをもたらす 礼儀正しい!って書いたかな? ハンサムな男だ!これらの資質の中で、現代アメリカで公職に就こうとする候補者にとって 最も重要なのは 最後の一つだ。なぜアメリカは、大谷君の様な人間を育てられないのだろうか私たちは 子供たちに 利己的であることを教えているからではないか。目立ちたがり屋になることを。自慢屋になることを。人を威圧するような振る舞いを。そして そんな態度を私たちは褒めたたえてはいないだろうか 以上 ユーモアのある 記事に 思わずうれしくなって...それに引き換え 日本の...メディアの... SNSなどの...何とも言えません。 さすが 報道の自由度 64位。もっともアメリカは66位だが...さて 大谷君の去年の年収は203億円(円換算で)だそうだ。大統領になれないなら いっそ日本の首相に... とも思ったのだが 203億円は払えないよね の日本の財政事情では大谷君 安心して 大リーグでお励みください!今日は 楽しいブログになりました 2026年(令和8年) 5月 24日 2割農民
2026年05月24日
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2026年(令和8年) 5月 22日の 戯言日記 世の中のスタンダードと私の日常生活の尺度が次第に合わなくなっていて... 世間様の常識に疎くなっている。だいたい「尺度」って言い方も 尺って何? 今の世の中じゃ意味が通じないのかもしれない。 尺貫法が使われなくなって何年経つだろうか? 百貫デブ という差別用語は今は使われない...のはいい事だが...昔「六尺」というフンドシがあった...あ!フンドシもないか...今 パンツ?ブリーフ? フンドシを締め直す...って 意味わからんだろうなあ...こんな言葉知ってる人もいなくなった。尺のメモリの付いたモノサシ...スケールか今 はなくなった。ましてや「クジラ尺」なんて何のこっちゃだろう...和裁をする 和服を作るなんて人も そんじょそこらにいなくなった...しかし私も 和裁とクジラどういう関係?って思ってしまう。 さて 今日はそんな話してる場合じゃない。 憤怒の告白をする。私の日常生活での「憤怒の経験談」をぜひ聞いて頂きたい...つい最近 私が接した 「世の中変わったなあ...」 なる憤怒の事件 3件ある。まず 憤怒の 第1件目。電力の供給を受けていても 不具合のサービスは受けられない。我が実家 母屋は今 他人に貸しているのだが、庭にはロッジ風の建物があって、そのロッジは 私達家族が 時に帰省した時の為にそのままにしている。当方 加齢で足(車)もなく、子供達家族は 次第に孫も 成長し、ロッジに行く機会も少なくなり... 空き家状態が続いている。そんな訳でロッジは TVを外し 電話も無くし 町の有線もはずし...だから 普段いない時は ガスは元栓を占め、電気のブレーカーも落としている。したがって冷蔵庫は作動しない...もちろんエアコンも 年に数日しか稼働しない。水道は母屋から引いていて 住民にお借りしている...先日 久しぶりに帰省して 電気・ブレーカーを入れようとしたのだが上手く作動しない... 早速 中部電力に電話を掛けた...自動音声で 繋がらない 分からない ...四苦八苦して...やっと人間様の声での対応に出会えたと思ったら...サービス部門は別会社だから掛け直せ... かけつけサービス?とかに加入しないとダメだって...ただ 加入は中電本体でやるからまた掛けなおして加入手続きをせよ...と 宣う。再度中電本体へ... つながらない...やっと自動音声で繋がったら 加入サポートセンター?とやらに掛けてください...だって... いかげんにせい! 中電! 我が家 電柱だって送電線の鉄柱だって 建てさせて?やってる。しかし 今時 電気が通じなくちゃ 家屋内では暮らせない...どんな理不尽にも耐えて 従うしかない。延々と 電話で待たされたり説明を聞かされたり...会員規則を読み上げるの...30分かかります...冗談じゃねえ... ただ ブレーカーを見に来てくれ と言ってるだけだ!こっちに30分も電話で話聞いてる余裕なんかねえ...次第に憤怒の度合いが増してきた...が それに堪えてサービス会員になった。しかも月300円の会費が受領されたことが確認されてからでないと会員の資格がないという。 それまでサービスは受けられない...だとさ! いやはや こんな民間会社ってあるのだろうか? あのう...そういっちゃあ なんだが...中電の...記録の改竄とか隠蔽とか... 体質わかる気がする。(他の電力会社も似たり寄ったりだろうが...) なんだかなあ...さて 憤怒の 第2件目我が相模原市の お店応援 おトクにお買い物キャンペーンが始まった? という。最大20%割引でお買い物ができる...という。諸物価値上がり時代、それと共に、もちろん 地域振興が目的だから お店は地元商店中心だろうことは理解できる。我が家近くに 美味しいお肉屋さんや 和菓子屋さん 惣菜屋さんなどもあり、 お! これは使えるかな? とよく読んでみると...対象は キャッシュレス決済に限る... となっている。 PayPay auPay d払い 楽天ペイ だけだそうだ。こういう関係は 私は一切やらない(おくれてる!)ので 資格なし...昔は 特売に差別はなかった。現金割引 回数割引 おまけ付きとか スタンプ等々の 格差なき?商売が 客を呼んだのに... 我が家は 資格なし となった... 憤怒のキャンペーンさて 第3件目 憤怒は続く!今日 私が依頼した ある事でW社へ振り込みをしてきた。相手 振込先の銀行口座はM銀行(大手メガバンク)だが、M社は私には取引がない(口座がない)為に現金で振り込もうと思って私の口座のS銀行で現金を下ろした。その現金を持って M銀行の支店に行った。「振込です...」「...お待ちください」 しばらく待って「現金振り込みは手数料800円かかります」他行への振り込みなら まだわかるんだが わざわざ 手数料安く済ませようと思って 現金持ってきたのに...「どんな方法が安いの?」「他行からでも引き落とし振り込みの方が安いです」私の口座から引き落としで振り込んだ方が安い(200円で済む)という事らしい...今は... 今って そうなってるの?それでまた私の口座銀行に戻って 先程下ろした現金を入金して 改めて引き落とし振り込みをしてきた。なんだかなあ...本日は 当ブログ 愚痴と 憤怒の 本領発揮... つれづれなるままに だらだらと 戯言日記 でした。 2026年(令和8年) 5月 22日 2割農民
2026年05月22日
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2026年(令和8年) 5月 21日の 戯言日記 このところメディアを賑わしている話題の一つにクマ問題がある。賑わしている...という言い方は不謹慎かもしれない。何人かの犠牲者も出ていて 不安な生活を強いられている方もいる。昔は他人事、地方農村の話だったのに、今は 堂々と?都市部でまで闊歩している。被害(人的・農産物等の)に対しては深刻に受け止めねばならない現象だろう。という事を踏まえたうえで、 自然環境そして 野生動物、クマ等と人間社会との関係については、もうすこし俯瞰的・歴史的に考えてみる必要があるだろうと私は思っている。 現代人の生活様式に何か欠陥があるのではないか?という面も考えてみる必要がある と思う。 太古の人達は 動物たちと... どうだったのだろうか? (縄文時代ぐらいの...)人間の知恵が他の動物たちを凌駕する様になって...次第に道具を使い始めてからはどう変化しだしたのか、共生から征服へ 家畜などという風に飼いならし始めて...それがいつの間にかペット・愛玩動物として飾り物となり...犬も猫もその「本性」を無くされてしまう迄に人間が動物を改ざんしてしまった。昔は犬も猫も利用価値がある存在だった。まず 太古の時代 日本の縄文時代(といっても長いが...)は狩猟採集が生活様式だった。 狩猟(だけではないが...)が主な生活様式だった時代。対クマに特化した記録は私は知らないが...共同生活者一体で (部族とか集落とかの)獣類、鳥など野生動物には対処していたであろうことは想像できる。 動物との関係は 食に直結していて、少なくとも 誰かに任せていればそれでよしとしている場合ではなかったであろうことは想像できる。もうすこし言えば 生態系の中の一種としての人間だった。 (現在でも垣間見える 例えばクマとシカの関係 あるいは狐とか狼とかネズミとかの関係...のように)今人間は 地球を支配し、他の動物と一線を画す名誉ある?地位・存在・立場としてしか思考が働かなくなってしまった。地球に生きる特権階級 としてしか考えなくなってしまった。我らはこの事を反省してみる必要があるのではないだろうか... 野生動物は人間生活を冒す、厄介物。 なる見方は根本的に変えねばならない。 それは植物に対しても基本的に同じで...いつしか 肉も野菜も穀物も 魚も 工場生産物 となって 野生は卑しむ存在 生産物は効率重視の単なる物質化して...とても 敬意を表する存在では無くなってしまった。多くの昔話に クマは愛らしい動物として描かれてきた事を思い興す事も大事だろう。クマのプーさんと現在のヒグマや (ヒグマの一種?)ツキノワグマは 何も変わっていない のである。さて時代は変わって江戸時代とか明治から昭和の戦前とか 我らの幼少時代とかに遡って野生動物との関係はどうだったのかを振り返ってみたい。その前に「イヨマンテの夜」という名曲がある。伊藤久男の名歌唱...アイヌの人々はつい最近まで クマを退治し、肉を食し、毛皮を利用したりする事で生計を立ててきた。 クマを利用はしたが、クマに敬意を表して盛大に祭事(イヨマンテ)をした上での、云わば 最大限の感謝・礼儀を尽くしての事だ。共存とは 相手に尊敬の念を表す事から始めねばならない。現在 我らにそうした謙虚さはあるだろうか...江戸時代 8代将軍吉宗が生類憐みの令を出した事は有名である。犬だけではない。当時の時代背景に 全ての生あるものへの敬意が根底にあった。江戸時代は 特に狩猟も鳥類が中心だった。 それから長い歴史の中には「マタギ」なる職業が根付いていた。これも野生動物と人間との関係を「共生」として保つ重要な職業・仕事であった。マタギにはいくつもの「掟」があって...野生動物への敬意 がその根底にあった。今 忘れていないだろうか?植物も含めて自然界との共生の「掟」さて「クマ対策」 具体的にどうすればいいのか...すぐに頼りたくなる人間の悪い癖...機械・道具・最近はデジタルなる科学に頼りたくなって...やれ 鈴を持てとか スプレーとか カメラ設置をとか GPSの何とかとか ...それもいいが...昔の猟師たちは もちろん銃は持っていたが、必ず 犬を連れてグループで山に入ったものだ。 猟師一人が数匹の犬を連れて...犬を放って山の下から上へ獲物を追い詰め...クマ等の生息範囲を日常的に狭めていたのである。犬の本能(嗅覚や.聴覚..)を巧みに使ったものだ。犬はペットではない、人と共生する役立つ動物だった。こんなことを以前にブログに書いた記憶がある。 かつて 我が家に犬がいた。庭の片隅の犬小屋に... 誰かが訪ねてくると必ず吠えて... 新聞屋さんや郵便屋さんはさぞイヤだったであろう... ごめんなさい。 私は すでに東京に出ていたころで 何か月に一回しか「モグ」(我が愛犬の名)と 顔を合せなかったのだが... 私(と家族)には全く吠えないどころか 遠くから足音を察知し 尻尾を振って身体中で喜び? を表してくれた...ものだ。そんな飼い犬は どこの家にでもいて... 犬の本性なのだ。で 話戻す。 クマ対策。猟師の高齢化 猟師のなり手がいない そういう時代になったのだが一方 犬を庭で飼う そういう 家事情も減ってきて... (猟犬にはそれなりの訓練が必要だろうが...)庭のない家 ブザーや警報器ができ カメラまで設置されて...犬は室内に入り込み 専ら愛相を振りまくだけの存在になった。なんだかなあ...の時代。もちろん 巷間メディアでも言われるように 山と里の緩衝空間がなくなったとか 山の手入れがされなくなった 広葉樹系の樹が少なくなった とか 家庭ごみが増えたり、その臭いが時代と共に強くなった とかこういう事も要因だろうが いずれにしても単に科学に頼るだけではなく、広い自然界(気候や環境汚染も含め)を大事にしながら動植物たちとの共存・共生の知恵を学んでいきたいと思う。 2026年(令和8年) 5月 21日 2割農民
2026年05月21日
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2026年(令和8年) 5月 20日の 戯言日記 いきなり 何やら意味不明のブログタイトル。 ...後ほど解説する。大規模修繕が 遅れている。 今年の2月から始まった わがマンションの大規模修繕。マンション管理規定により 時折 点検・修理は行ってるのだが 今回は 大規模な...築25年以上経っているので修繕積立金で、数ケ月かかる修繕作業に入っている。作業はもうだいぶ進んで 防水・塗替えも済んでベランダ等がきれいになった。一方 音やニオイもあり 鬱陶しい、我慢の日々が続いている。ところが降って沸いたように...ナフサ問題が影響なのか、あるいは恒常的な人手不足によるのか あるいは他の要因か分からないが約一か月延びるそうだ...仕方ないなあ...このご時世...ところが その効用?だろうか このところの異常な暑さ30度越えとかいうTVの騒ぎにも、我が家・我がマンション周りを足場と遮光の幕で遮られているので光が入りにくい。室温が上がらないのだ。 いっそのこと夏の終わりまで作業が伸びてくれれば... などとも考えている。が...外の景色が見えない この陰鬱な雰囲気にもだいぶ慣れた。窓を開けると爽やかな風は気持ちいいのだが... 空は見えない。...こんな風景に「やぶせったい」という言葉が浮かんできた。何じゃ?その言葉...他人が聞いても何のことやら...だろうなあ と思いながら つぶやいてしまった。ヤブセッタイ あるいは ヤブセボッタイ という言葉は静岡遠州地方の独特の方言である。長い間 私自身発した事もない故郷の言葉が 突然浮かんできた。一応解説しておくと「うっとうしい」とか「邪魔されている」「煩わしい」などという雰囲気の時に使う言葉である。身の回りに何か纏わりついて、手で払い除けたい様な時に使う。まさに マンションの周りに幕が張られて外の景色が見えないこのうっとうしさを表現するときに使う適切な方言なのである。微熱があって頭が少しモヤモヤするときなどにも使う事がある。人間って不思議な生き物で、体に染みついた言葉・脳裏に刻まれた記憶 が突然降って沸いてくる事があるのだ。多分 半世紀以上も口にしたことがない言語である。当ブログ 郷愁にまかせて 故郷の言葉・方言の事も書いてきたので... これはブログネタ と思って 一筆したためた。ついでに こういう時使う言葉「ちゃっと 書かにゃ...」って言う。 「すぐに書いておかなきゃあ...」 という意味である。だいぶ前に「ささらほうさ」という 同じく遠州言葉を書いた。今では 故郷でも使われなくなった言葉である。この言葉 今日は解説は書かない。興味あったら何かで調べてみてください。先日 久しぶりに 田舎に帰ったら 我が家の新住人が田植えの準備をしていた。美しい緑の苗が...まぶしかった。ヤギさんが 柔らかい雑草をおいしそうに食べていた。山ではウグイスが美しい声で... 遠州弁かどうかわからないが鳴いていた。 故郷はいいもんだ。 2026年(令和8年) 5月 20日 2割農民
2026年05月20日
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2026年(令和8年) 5月 18日の 戯言日記 「ナフサ不足」を言う前に...私たちの日常生活の中で毎日便利に利用され、しかしすぐに捨てられてしまうモノの多さ を顧みる必要はないだろうか? 分別ごみの中で ビニプラ製品の多い事 ...これはゴミ出し役担当の 私の実感だが...ビニール・プラスチック・ポリエチレン などからの包装・容器・パッケージ これらは利用価値そのもの (包装素材という使用価値ではあるが)ではない。中身を利用したらすぐにでも捨てられる。これから夏に向けてペットボトルの本数が増えてゆく。ここ数十年で できた生活文明の いわばあだ花?で味もそっけもない包装用品はとにかく始末に負えない。牛乳配達の 瓶が触れ合う音は 毎朝の風物詩だった?そういえばラムネ瓶やコカ・コーラの瓶も見ないなあ......石油が掘り出される前の生活を振り返ってみよう...お茶は ヤカン 急須に入っている飲み物だった。プラスチックのコップではなく湯飲み茶わんだった。おーいお茶 には 茶柱は立たない...年寄りの湯飲みは欠けていて、茶渋で真っ黒だった。おにぎりは海苔で巻かれてた。寿司は重箱に入ってた。「きょうぎ」という杉板を薄く削ったものに包まれたお赤飯はナンテンの葉が飾られ独特の香りと共に... おいしかった...ところで アイスクリームの出始めは この「きょうぎ」の小さい折の様な容器にに入って売られてた事を知ってる人はいるかなあ... いる訳ない...村祭りの夜の うれしい私だけの記憶である。我が家の庭にはハランという大きな葉っぱの植物があり遠足の弁当はその葉っぱに包まれていた。自然の防腐剤でもあった。台所の土間には 木樽がいっぱい並んでた。醤油樽があり、味噌・納豆(地方独特の)の大きい樽があり、漬物樽、梅干しの甕もあった。爺さんが酒樽から ギーギー トクトクと酒を酌む音が毎日したものだった。びく しょみ ざる...などという夫々の利用価値の違うう容器がすべて 自然の素材でできていた。そういえば 今年の5月端午の節句に柏餅を1個食べた。珍しく?(あたりまえか...)本物の葉ッパが使われていて...葉っぱを鼻に押し当てて...懐かしい葉の匂いに、季節感を感じた。桜餅は皮も食べるのでさすが本物の葉っぱだがさて このように戦後すぐの頃まで 家の日用品 包装・パッケージ類は 全て 紙・木・竹... 蔓のようなものも かごやザルや で利用されていた。薬を飲む時のオブラートなる紙のようなものも...あった。もちろん予防注射の注射器はガラスでごく普通に 針も使い廻しされていた。 これがいいとは思わないが...高度成長時代と共に、いつしか 軽くて安くて 便利なナフサ製品に置き換わってしまった。そのことを嘆いている訳ではない。 ただ 大量生産・大量消費の生活習慣の中で 経済成長だけを追求してきた そのグローバルな世界経済体制の下で造り出されて来た「ナフサ」製品類は経済成長のあだ花とは言える。それはともかく この際現代社会の生活文化 使い捨て=GDPに貢献 文化を少し顧みる必要があるかもしれない。生まれてこの方人類は長い間 地球の上に存在するものだけで手の届く範囲の中で生活を営んできた。 エネルギーの源泉を地下資源に求め出したのは最近の事だ。そんなこと書いてもしょうがない。とにかく「ナフサ」とかは 地下深くに眠っていたものを掘り出しエネルギーに利用してきたその副産物に過ぎない。そのおかげで?簡単便利な生活を手に入れた事は確かだが多くの伝統的な文化を失ってきた。そして その副作用が 地球温暖化であり もっと言えば 人類同士の殺し合いにつながっている。人類が滅んだあと「人新生」なる地層から出土されるモノを後世の生き物達は どう見るだろうか...イラン戦争が生み出した石油危機 この動向は依然として不透明でいつまで続くのか分からない。備蓄があるから大丈夫 代替の供給も目途ができた...と自信たっぷりの政府に対し、一方では 主として現場のナフサ不足で 危機感がでてきているとも。中小企業では 円安による原料高事情 も相まって特に建設関連は裾野が広いだけに連鎖が心配である。工事遅延 引き渡し時期も見通せず、倒産する企業も出てきているとか...他人事ではない!我が家(実家)でも今年は壁の塗り替えを考えていた... まだ発注もしてないが...どうしよう... 2026年(令和8年) 5月 18日 2割農民
2026年05月18日
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2026年(令和8年) 5月 17日の 戯言日記 急な暑さで思い出した。今年の梅雨や夏が思いやられる。石破政権時代 首相の肝いりで 防災庁(省?)をつくる事が決まった...んだよな...準備室まで立ち上げたのだが...その後 どうなったんだろう...今朝のサンデーモーニングの「風を読む」コーナーを見てたら...世界中で 軍事費の伸びがすごい という。 それに引き換え国連関係の人道支援の予算はトランプ発言以降 大幅に減っているという。国連、ユネスコなど 民間団体含め 支援活動が苦戦中とか...帝国主義の時代から世界大戦を経て、戦後の国際秩序は出来上がった。その時代(1945年以降50年代.60年代あたり)の植民地解放から、後進国支援や反貧困等の活動のマインドが 近年 次第に薄れてきているように感じている。偶に 私も微々たる支援(鉛筆一本分程度にすぎない)をしてはいるが...気休めでしかない... 恥ずかしい...今も アフリカモザンビークで支援活動をしている 我が後輩のアシャンテママ の活動とも 疎遠になっている。さて それとは別に 新たな命の危機が進行している。近年の気候変動は 言葉に表せないぐらい進んで...5月でもう30℃を超す日が何日も出てきている。この夏も思いやられる。地球温暖化のスピードは速く すでにティッピングポイントを越えてしまったという。 世界では戦争とは別に気候変動による飢餓・貧困は増すばかり。要するに取り返しがつかない...ところまで来てしまったという。だから という訳ではないが、前政権の決めた事 防災庁設置私も大賛成なのだが、最近 その進捗状況をさっぱり聞かない。聞く事といえば 石油や 武器関連の話だけになってしまって...なんだかなあ... 近づく 猛暑・豪雨・旱魃・地震・津波...さらに生態系の異変?ペルー沖の海水温は上がって 今年はスーパーエルニーニョが発生したという。 差し迫った危機である。中国が...北朝鮮が攻めてくる...より速い 差し迫った危機である。防災庁の設置は 差し迫った課題でしょう!常設の災害対策要員の確保や 各種の災害用備蓄 指揮命令系統更に地方との分散化された組織との連携などなど 更に言えば防災庁は単に災害が起こってからの対応だけではなく、予防対策や広報・啓蒙活動も必要だし、過去の経験の検証や蓄積も必要だ。期たるべき災害に備えるためにも気象・地殻変動等の観測経験も含め、中央での一元管理と地方分散の有機的な結合も必要であろう。もっと言えば 近隣諸国で災害が起こった時の支援などもある。こういうのが 本当の外交につながる。世界中 どこにでも起こりうる災害、お互いに支援し合って...そんな国に ミサイル打ち込む国はないでしょう...防災庁石破総理時代の約束?では26度末(27年3月)までに設置する...だったはず じゃなかった? 現 通常国会でやってること... 石油・ナフサ対策もいいけど トランプの顔色伺っての武器輸出敵基地攻撃 スパイ法 国旗損壊罪 ... に 血道をあげるより 災害問題が大事。音沙汰なしの防災庁設置... 国民の命を預かる政権としては ちょっと 違うんじゃないのかな 2026年(令和8年) 5月 17日 2割農民
2026年05月17日
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2026年(令8) 5月 15日の 戯言日記 再び 憲法問題の根本的な事を書く。結論から先に書く。憲法は時代と共に変わってゆくべきものだろうか? そうではなく変わりゆく時代の中で 憲法に従って、憲法に合致した制度・政策・法律・条例などをつくり、実行するのが、国(行政権)が果たすべき役割であり、憲法の範囲内での議会・行政・司法のそれぞれの権力行使でなければならない。時代の変遷に対応?臨機応変に変えるべきではない のである。どんな時代の変化にも対応できる、人間にとって 最も大切な原理・原則みたいなものを規定しているのが憲法だと私は思う。だから 国の最高法規である...何事も憲法の下で...なのである。 ただし時代に即して社会の様々なインフラを整える...これは必要な事である。それが憲法の条文あちこちに「別途法律に定める」と書かれている事の意味であって、無数の法律や条例は 憲法に合致したものだけが定められているのは ご存じの通りで...だから「時代に合わせて憲法を変える」等という事は軽々しく口にすべきことではない。しかし 時代は動いている...経済も 社会も 科学も 文化も 日々動いている... これは事実であり当然の事である。その「勝手に?動いてゆく時代」をベーシックな憲法に合わせてさまざまな枠組みや秩序ある社会にしてゆく役割を持つのが国の役割なのだ。ところが この 変えてはいけない原則にそむいて... むしろ 今まで 国(内閣、行政)がやってきたことは... 実態として 時代と共に...憲法を蹂躙してきた事実 が多い。 (後で 具体的に指摘する)憲法が成立してから80年。 国 時の多くの政権の実態は 憲法を尊重 というより むしろ逆、憲法をないがしろにしてきた歴史だった と言っていい。誤解なき様に書けば、憲法も文化である以上変える事もありうる。 (最初に書いたことと矛盾するようだが)しかしそれは 現実の国・社会が 憲法をないがしろ、あるいは蹂躙してこなかったかどうか の検証をする事 が先でなければならないであろう。憲法を実現するうえで社会に大変な不都合があった場合 憲法の規定(憲法改正の発議)に合わせて改憲の手続きにのっとり、行われるべきものであって...憲法改正は 急ぐ仕事ではない。 何事も 反省・検証・総括が先にあって 次に進む訳で...日本国憲法が その原則 「平和」「国民主権」「個人の人権」「自由と平等」「国民の権利と義務」等で不都合があっただろうか...と私は思う。ご承知のように国家の権力を三権に分立しているのが日本国憲法。民主主義社会の原点、三権分立を国家の在り方として決めている。 日本国憲法の41条から64条が国会(立法議会)、65条から75条が内閣(行政)76条から82条が司法権 の事を定めている。 それぞれがお互いの権力を冒してはならない...という事を大前提としての国家の存立の形態を表している。 (民主主義国家といわれる所以である)まずは これ=三権分立が80年正しくなされてきたかどうか...検証の必要がある という事だ。その典型的な例が「自衛隊」である。確かに9条は戦力の保持を認めていない。だから 日本軍ではなく自衛隊という名称になっている。実質は武力・戦力ではあるが... 現憲法では 明らかに国連の認める「自衛力」という範囲内での「戦力」といえる。(日本が加盟している国連の国連憲章による)現実に今まで 他国を侵略したり他国の戦争に巻き込まれたりした事もない。それはまさに憲法の存在がそうさせてきた訳で。自衛隊を蔑んだり差別したり必要ない存在としてきた訳ではない。現在のこの自衛隊をどう見るかはもっと議論を深めねばならない。軽々に「自衛隊をなくせ」というのは私も違う と思う。ところが 神聖な自衛権に対する国連憲章と憲法の規定を なし崩しにして、もっと違う役割を求めようというのが自民党や一部野党の改憲論の思想の根幹にある。敵基地攻撃能力や、武器輸出や存立危機事態に対する勇み足発言? だったり...それに呼応?最近では自衛隊の中からも 暴走気味な行動が増えている。国を守る上での政策に「外交」が語られずにもっぱら武力だけが語られている。 自衛隊と憲法の問題については 多くの識者が議論百出なのでこのへんで止す。さて自衛隊論 国防論 以外の憲法のなし崩し現象... だけでなくあまりにも憲法無視・蹂躙事例が多いので 最近の例を挙げる。一例目 先の国会解散・総選挙 は憲法を蹂躙してないのか... (2月8日実施の)国会解散は議会の問題だ。従って行政(内閣、長としての首相)が介入する問題ではない。専権事項(7条解散)は憲法違反である。 (解散論の拡大解釈)二つ目 (最近自民党内を騒がしている問題) 所謂 検察の抗告問題。 (再審制度に待ったをかける)基本、裁判所は司法である。検察は行政である。従ってそれぞれの出す結論に介入すべきでない(つまり待ったをかけてはならない)のが原則。これは最終的に三権分立の原則が生きる?(100%ではないが)よう(自民党の稲田氏などの努力もあり)なので まずは良かったのだが...別の問題憲法規定の三権以外の重要な問題として 「自由」の問題がある。ご承知のように 憲法は 国民を主権者として国家権力を制御する為の存在である。ところが何を勘違いしているのか 憲法は国家が国民を縛る、国民の自由に制限を加えるものだと考える傾向がある。例えばその一例 経済活動は 国民の自由な経済活動を基本とする。だから 自由主義経済という。 日本は社会主義経済体制ではない。にもかかわらず 最近は国家主導での経済活動への介入が多すぎる。最近も為替介入、市場が決めるべき国際価格なのだが、為替への介入 (ドル売り)が2回もあった。また 人事介入含め 本来あるべき日銀の独立性も脅かしてきた。 (安倍政権の黒田総裁)そして 安倍政権時代の異次元の緩和で「円安政策」を実行したのがその最たる政策である。その 政府の経済への過剰な介入 金融をジャブジャブにした結果が国債1300兆円なのである。経済活動だけではない 国民の自由が奪われようとしている現象は...言論への介入 メディアへの介入(NHKへの人事介入含め) 学術会議への介入 などなど そして 今日何よりも言いたいことは SNS発信はじめ、最近のデジタル技術を使って世論形成、意図的な政策実行がある。更に進んで、全世界的に生成AIを使った国家・国民統治が進んでいることである。世界は総AI時代になりこれまでのアナログ介入?から AIによる自由のはく奪だけでなく 政治のプロパガンダから 戦争までAI技術がものをいう... 私にもわからないので...話は長くなるし... はしょるが... 本当に 人間の幸せって何だろう...憲法論から なんだ 訳分からない話になってきた。 2026年(令8) 5月 15日 2割農民
2026年05月15日
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2026年(令和8年) 5月 11日の 戯言日記 賢くない現代人。 今や現代人に欠かせない道具...PC...AIなる 摩訶不思議な道具?が 現代人にとって欠かせなくなって闊歩している。私にまでも こんな扱いにくい 不便な道具が 日常の生活に入り込んできて... 困ったもんだ。何でもスマホ レストランでもタッチパネル ロボット接待電話しても自動音声ばかり 家電製品は勝手にしゃべるし...ところで先日 物置を整理してたら 昔のカメラ カセットラジカセ ビデオテープ MD 古いアンプ...わんさか出てきて処分した。あの一世を風靡?した テレホンカードが 段ボール箱に一杯。本もだいぶ処分したが...本は パラパラめくると、懐かしさがこみあげてきたが 兎に角 磁気メディア?は いただけない。カセット ビデオテープ MD CD DVDなどはハードが無きゃ何にもならない。 思い出は浮かんでこない。そんな訳で?子ども達の小さい頃のセピア色の写真だけ残した...かくして? だからマイナンバーカードは 私は今も持たない。カードの中には何が入っているのか 見当もつかない...自分で自分の情報が見られない... そんなものはいらない。...なんて 天邪鬼な書き出しをするつもりは全くなかったのだが...昨日 PCでブログ書いていて...折角書き終わったと思ったら 何かの拍子で消えてしまった。紙に書いておけばどうって事ないのに...いやはやPCは不便だ。で... もう一回 一から書き直すことにした。 今の処 私のブログはAIを使っていないので...というか使えないのだが...自分の頭の中を再現して... おぼつかない再現力だが...消えてしまった昨日の ブログ タイトルは 「現代の科学って 本当にすごいのだろうか?」だったかな? もう忘れてしまったのだが.....ある番組を見て 私は 考えさせられてしまったのである。ある番組 というのは 5月9日(土)NHKBS 夜9時からの 「縄文ミステリーサミット」 なる番組である。縄文 多くの人にロマンを感じさせてくれる この時代の人々。 (時代と言ってもその長さは 日本列島の縄文時代は1万年以上も続いた) (ついでに言うと 大和朝廷が出来てから約2千年? 明治時代から なんていうのは たったの150年ぐらいしか経ってない...) (ましてや科学技術・デジタルなんてのが我が人類に登場したのは数十年の事だ。) 歴史のスパンで言えば 縄文時代の方が圧倒的に長く続いてきた。1万年以上も 日本列島で 生きてきた縄文の人々... 何を考え どう生活し どういう思いで... 我が現代人に その血を繋いで来てくれたのだろう...番組の内容や解説は省くが、面白かった。しかし 出演者 みんな 嬉々として自説を語っていた。その前に しばらく前の事だが 私は「ホモサピエンス 30万年栄光と破滅の物語」 なる本を読んでいた。その本の事思い出しながら、その感想と重ね合わせながら... 縄文人(ホモサピエンス)=栄光の時代を感じ取ったのである。30万年前アフリカで生まれた?ホモサピエンスが 長い長い年月旅?を続けて...その末 日本列島に辿り着いた。 それが約1万5千年ぐらい前の事だ(正確かな?) それが縄文人。さて 現代。科学が 極限にまで発展し、遠くは 月 火星にまで行ける時代。一方生命科学もトコトンまで科学されて...病気が治るのはいいが...人工的に人間?を作れる時代。自由に産み分けが出来たりクローン人間まで... あるいはロボットか人間か分からない時代になった。生成AIの頭脳が 政治も経済も文化も...戦争までも... 世界を支配する時代になろうとしている... これって素晴らしい事なんだろうか?縄文人は 何が幸せだったか?縄文人は まだ 「農耕」 という生活様式を持たなかった。移動しながら生活をしてきたわけで...狩猟生活を基本にして...従って「所有」「私有」という概念が無かった。得られるモノすべてが 天からの恵み だった。貧富 とか 生活格差 という事も無かったわけで...身分 地位 権力 なんてものも 意味をなさなかった。一夫一婦制 なんてのも無かったんじゃないかな...つまり 人類みな仲間 子を産む女性だけが尊敬されてた?? (土偶はみんな女性だ)当然「所有」を巡っての争いも無かった という事になる。 (勿論 目の前の果実の奪いあいぐらいはあったかもしれないが...)さてAI兵器が軍事基地と小学校を間違えて爆撃した...つい最近の事犠牲者は170人の子供達だった という。原爆 核兵器 現代科学は大量の殺人を犯しても先端科学等と称して尊敬される??? なんだかなあ...と思うばかりである。豊満な肉体 お尻の大きい土偶たち 見てるだけで心豊かになる。 2026年(令和8年) 5月 11日 2割農民
2026年05月11日
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2026年(令和8年) 5月 6日の 戯言日記 憲法記念日に何か書こうとしたのだが...家庭の事情?で数日延びてしまった。子や孫共が来て、ワサワサと時間が過ぎて行った。世の中の動き 関係なく、飲んだり食ったりしながら時間だけが過ぎ去ってしまった... 楽しかったが...毎年5月3日憲法記念日 その年毎 期する思い?を書いてきて憲法つれづれ感? 今年は数日遅れたが 書く事にする。さて 先日も書いたが 社会全体の空気感として かなり危険な方向というか、憲法の理念からドンドンかけ離れて行く現実...憲法が生まれて80年 現実が憲法からどんどんかけ離れていく様な気がしている。 憲法に実態を併せなきゃならないのに...現実社会はもう何年も前タモリ氏が言ったように「新しい戦前」感が深まるばかり と云うか更に進んで?確実に「戦争前夜」的様相さえしている。さて 今年の憲法つれづれ感?今 SNS全盛時代...今年の憲法記念日界隈で気が付いたのは 最近は有名人(に限らずだが...)の一言・二言が世の中のトレンドを変えてしまう事が日常になってきている。今年は特に芸能人著名人あたりからの発言が増えて来たなあ 感じがしていて...それ自体はいい事だが、ちょっとした一言が神様発言?の様になって、...SNSなどを通した一言が、感覚的に物事を判断して改憲論議(だけではないが...)を分断化の方向に向かわせてしまう。表層的な分断化 が進んでると感じたのだが... どうだろうか?一方 特に若い人の中で 憲法に対する理解力が薄れてきていて (過去の戦争 経験してないのだから無理もない面があるが...)そもそも 読んだ事も無く 憲法教育もされずに、「平和のうちに生存する」(前文)のが当たり前になっている のはいい事だがその当たり前が慣れっこになって 忍び寄るモノに対してまで、無頓着になってきているような気がする。憲法に対する畏敬? 憲法の持つ意味 リスペクトがされる環境がないのだ。「時代が変わったんだから...改正 当たり前じゃない?」とか... 「改憲」と言っても パソコンのバージョンアップ ぐらいにしか思わない... そういう非常に表面的皮相な論者が増えてきている。文字面だけの、改憲が良いか悪いか ではなく、その前に...憲法と実体社会の関係、どう変わったのか 変えられてきたか果たして改憲は必要かどうか 変えるならば何をどう変えるのか...など 本質的な中身の問題として考える必要がある。にも拘らず形式的、或いは手続き的な問題に落とし込むだけでは 議論は皮相な事になってしまう。例をあげよう数日前 私がテレビを見て その時感じた典型的な事を書く。TBS日曜朝のサンデーモーニングに加藤登紀子氏が出てた。ご自身の歩んできた道もあり、芸能界の中でも高度な次元で平和を語れる人である と私は思っている。ご自身の体験から 平和とは何か どう平和を保つべきか...平和の本質論 の貴重な話をされた。そして「平和憲法を守るべき...」みたいな発言をされていた。かつてはこういう方が沢山いたが...だんだん少なくなって...それに対し若い元記者?が「時代と共に憲法変わるのは当然...」だと発言し、加藤氏に反論した形になった。この若い記者 ジャーナリスト?とやら 何言ってるんだ!...そういう問題じゃないだろう...加藤氏もそう思われたに違いない。次元が違う低次元の形式論...憲法というのは 国の基本法であり、国の在り方であり、いわば不変の理念言うならば「礎」を決めてある法である。だからこそ時代・社会環境に対応するために他の法律や条例でカバーできるように、個別事項については「...別途法令で定める」とか書いてるんじゃないか! 自民党・与党の目指している改憲の方向とは...この国をどういう方向に導こうとしているか(既に何回か書いているのでここでは書かないが)国家の統治方式、民主主義と平和を根本から覆そうとしている。ましてや一字一句を時代にマッチし直す..と言った様な改憲論ではない。 自民党の憲法草案読んだのか! 元記者氏とやら... (今は少し変わっているかもしれないが... 今手元にあるのは2012年版)本当の改憲是非論として話されなければならないのは...この草案を読むと「国の在り方」そのものを変えてしまう事がわかる。時代が変われば条文変えた方がいい? みたいな形式論で片づけてしまう危険な方向... ジェネレーションギャップなのかなあ... のりで、感覚で、物事を処理してしまう。こんな傾向がが強まりつつある事に私は愕然とした。 サンデーモーニングに話は戻るが...「平和憲法守るべき...」の加藤氏に「時代が変われば変えていい..」という 次元の違う事で反論してその後 SNSのショート動画では「学者が ベテラン歌手を論破...」とか 何か加藤氏の論が間違っていて、論破されたかのような?投稿された動画を見た。おいおい 逆だろう! 加藤登紀子氏の真意を全く理解できない平和を願う気持ちを 形式的な手続き論に置き換えてしてしまう...こっちの方が もっと低質な むしろ悪意に満ちたすり替えだろう...と私は思った。 私は加藤登紀子氏発言に 感銘した。ハートで語れる人と、理屈で語る人の違い。次元が違うんだよなあ...改憲とは 憲法の一字一句を 文法に合わせて変えるみたいな 形式論にすり替えて...過去にもこういった低次元の話はあった。「押し付けられた憲法」とか 「日本人の手で新しく憲法を」とか「自衛隊員が可哀そう」とか「緊急事態時の国会議員の身分がどうだ...」とか そう言う 各論じゃない...憲法の持つ理念が捻じ曲げられ 条文が次々拡大解釈され様としている。むしろそれを狙っての改憲論議だから問題なのだ。憲法の前文 読んでからにしてほしい。人類が多年にわたり獲得してきた成果である...とも書いてある。この崇高な憲法 どこをどう変えねばならないのだろうか...別に 未来永劫変えるべきでない とはいわないが...一般論にすり替えて 法律の一字一句を変える事とは違う。日頃の高市政権、与党・自民党等の様ざまなやり方を抜きにして人権 国民主権をあっちこっちから骨抜きにしようとしている。専守防衛を捨て、先制攻撃を可能にし、武器輸出を解禁し、国家情報局・スパイ法・国旗損壊罪...その他自衛隊の存在については 国際連合憲章の自衛権規定に基ずくという範囲内で 別途 法規定するのはありかな? ただ自民党案では非常に危険を伴うだろう... 別途 勉強してみたいが...総合的に どういう方向に持ってゆこうとしているか...を冷静に見れば、単に条文の書き換えではない 日本国憲法の前文の理念をないがしろにしようとする... 今その事の是非が問われている。...とにかく 日本国憲法の前文だけでも 読んで見てください。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、 我らの安全と生存を保持しようと決意した」 崇高なこの理念を失ってはならない のだから... 2026年(令和8年) 5月 6日 2割農民
2026年05月06日
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2026年(令和8年) 5月 2日の 戯言日記 市場の円安、国債市場の金利上昇に、政府は為替介入で対抗 だとか... 高市・片山 女性コンビの威勢の良さはどこから来るのだろうか...片山財務大臣には 優しき植田日銀総裁も たじたじで...周りのサポート官僚男共も「最後通告 右にならえ...」でひれ伏す。いやはや恐れ入谷の鬼子母神という雰囲気である。円安の進行 金利の実態...これらに至った根本要因を見る事も (経済構造そのもの)せずに、強権だけで対処というのは もはや政策ではなく暴力 といっていいだろう。今日の毎日新聞 社説「飛び道具に頼るだけでは 責任ある政治姿勢とはいいがたい」と。 そのとおり。一方 高市首相は 新しい経済と称して、拡張・積極財政なる美名の下で 軍事産業・IT産業に異常な迄の熱意を示している。武器の輸出は際限なく、別の意味で飛び道具がお好きの様である。「飛び道具に頼るだけでは 責任ある経済姿勢とはいいがたい」昔の宮沢政権の「鉄砲売るほどそこまで落ちぶれていない」が...落ちぶれてしまった。当時の自民党政治を投げ捨てたという事である。 今頃 墓場で嘆き悲しんでおられるであろう...最新型ドローン兵器の大量生産体制 サイバー戦争の能力向上弾薬・燃料調達 原子力潜水艦の保有 などなど...こう言っちゃーなんだが 「昔軍人 今女性」 なんだろうか今 日本は女性パワーに押されて戦闘態勢を万全にしつつある。いっそ女性だけのアマゾネス軍...徴兵制にしたらどうだろうか。 いや まじで 本気で 徴兵制考えている...憲法改正論議が気になる処である。飛び道具...で思い出した...話は変わる。 ひところ 学校で 暴力教室 が話題になった事がある。今は昔だが...私は 教育と経済 どこか似ているように思う...???経済というのは... いかにバランスの取れた多様な産業をそだてるか であろう。教育というのは 教室全体・クラス全体のバランスをとり、いかに いい雰囲気を作り出すか という事と同じで...悪いいたずら坊主だけを懲らしめても教育にはならない。先生の役割というは教室全体をながめ、個性あるそれぞれの子供達を個別に伸ばしていくのが大事... さて 我が脳裏によみがえってきたシーンがある。思い出した...終戦後すぐ(S24) 私の小学一年生の時の先生は女性だった。 怖かったなあ... 黒板に何やら書いてたと思ったら騒がしい生徒に向かってハクボク(チョーク)を投げつけて... その時 女性の強さ?を始めて知った。... くだらない 思い出だが...ついでに思いおこすと 2年生になったら 新任の 新卒の若い先生(女性の)がやってきた。 優しくて...すぐに教室は明るくなった。休み時間には みんな校庭に出て花壇の花やチョウチョをみて一緒に遊んだり いろんな話をしてくれた。数十年後の同級会では みんな一致して二年生の時の先生の良き思い出に浸った。 あの先生...因みに喜代子先生...はよかったなあ...と今は亡き 喜代子先生を懐かしんだ。ハクボク...って今も学校で使われてるのかなあ...知らないが兎に角 市場に向けて片山財務大臣はハクボクを投げつけた。飛び道具使いの名人 飛び道具売りの名人 兎に角 強い女性陣が これからの日本を... どうする? 2026年(令和8年) 5月 2日 2割農民
2026年05月02日
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2026年(令和8年) 5月 1日の 戯言日記 友人との神保町での昼飲み会兼だべり会が恒例になって久しい。 十数年? 何十回? とやってきた歴史がある。 (そんなものは歴史とは云わないが...)3月にもやったような気がしてたが...またやる事になって昨日出かけてきた。神保町が恒例なのは 私鉄・地下鉄が乗り入れる様になって(随分昔の話だが...)私の家は始発駅から神保町迄乗り換えなしで一本で行けるからで、そういう配慮を我が友人が見越して 適当なお店を選定してくれるのだ。神保町で 何か特別な 学術書とか 古い書を求めよう という事ではない。だべり会の中身もアカデミック?な街とは必ずしもマッチしないのだが...それでも本屋で待ち合わせして、裏通りの鄙びた書店や、小説・エッセイにも登場する文化人好みの懐かしい喫茶店、こだわりのラーメン屋カレー店...などなどをチラチラ眺めて適当な飲み屋にもぐりこむ楽しさは格別である。新宿や渋谷のように駅周辺・街全体に再開発が進んでる訳ではないので 我ら年寄にとって何となく落ち着く街なのだ。それでも 街の雰囲気は 最近変わったなあ...街往く人の群れの様子も、忙しさも 本屋街に似つかわしくない, 原色系の看板が目立つようになってきた。コンビニもいっぱい出来た。つい最近 あの神保町のシンボル三省堂も 新装明るくなった。 今回は その新装なった三省堂を待ち合わせ場所にした。しばしの間 書店内をつらつらと...時代に合ったレイアウトというのだろうか...普段 最寄り駅近くの 中規模?本屋でしか、本を求めない私にとっては 目がくらむような空間 広さで...本の多さに圧倒される。落ち着いて棚を眺め 目指す本を探す?タイトルなどを読み進める? という様な雰囲気ではなかった。兎に角 華やかなのだ。 本=活字媒体という時代ではないのだろう。カラフル華やかな表紙に彩られて つやつやした紙質で...世の中 書籍・雑誌の販売は斜陽傾向と聞く...もう十年以上も前から言われてきた。今回の三省堂改装も世の中の傾向を見据えてしっかりとしたマーケティングにのっとった 店内レイアウトなのだろう... 上の階には 学術書も専門書もととのっているとの事だったが 今回はパス。神保町書店街も時代の変遷に苦悩しているのであろう。三省堂も 振り返れば私が大学時代の店からは 立て直しは二回目になる。だから建物としての三省堂は三代知ってる事になる。創業は明治時代だろうから...押しも押されぬ書籍販売の歴史を見つめてきた 特に孫・三代目の三省堂に逢いたかった訳でもないが...やっぱり老舗は いい。 そう言えば 先週は新宿紀伊国屋に寄った。ここでも時代の変化を... 本の華やかさ 本の多さに...に、とても何か選んで読もうという雰囲気ではなかった。 さて 三省堂は置いといて...昨日は友人の交通の便への配慮を裏切るように、電車を変えて新宿から中央線でお茶の水。ダラダラと坂を下り 待ち合わせの新装三省堂前に行った。遠い昔の郷愁を求めて... とは別に、お茶の水の楽器屋を覗いてみたい...という ある理由があった。駅を降りると 懐かしき風景 変わり果てた風景が入り乱れて目に飛び込んできた。 明治大学 山の上ホテル(改装中)... 場所に変わりはないが 主婦の友社 はもうない。 もちろん私の母校はもうとっくになくなっているので...学生当時の面影が あるようで、ないようで... それでも 神保町まで下りのダラダラ道は懐かしかった。....肝心の 飲み会 ...酒談義 そば談義 病気談義 老い談義 孫談義 ...SNS 生成AI..など意味不明の 通じないデジタル談義 ...それから やがて世界情勢 戦争談義から狂人談義へと ... トランプ 高市ソーリ プーチン ネタニヤフ 習 金...諸氏を肴に... 反面教師 結局 我等 賢く生きようじゃないか... で終わった。温もりの在る 我が老人の Face to Face のロボットではない 心のコミュニケーションは......「また飲ろう!」で別れたのである。 2026年(令和8年) 5月 1日 2割農民
2026年05月01日
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2026年(令和8年) 4月 30日の 戯言日記 しかし 2月8日の選挙は 何だったのだろうか?食品消費税の減税の論議が え?今頃? システムがどうだ0%には時間が...とか 1%だとか 地方自治体財政が...とか外食産業がどうだ...農家の負担は?とかすったもんだしてる。選挙前には オール減税大合唱で、減税大政翼賛だったのに今頃だよ! 選挙で 問題点を指摘した政党は皆無だった!すぐにでも実現する...みたいな事を全党が云って票にした。私は消費税減税には最初から疑問を持っていて、従って この「消費減税の行方」を心配しているのではない。というか逆に「それみたことか!」 と感じている。従って 今日言おうとする事は、減税論議についてではない。民主主義の根幹をなすシステム、「選挙」の事なのである。私はこの減税翼賛選挙に反対して、投票したい人がいなかった。我がブログ 2月7日のタイトル「選挙に行かない事に決めた」を見て頂きたい。与野党こぞって「減税」で出来上がった今の国会...挙国一致?で選挙のスローガンとして掲げてきた。議会 始まった翌日には実現するはずが...結果 ご承知の通りの... にも拘らず 全党の総約束事すらもできない。これって 本当に国民の議会なんだろうか? 2月の選挙では消費減税でオール政党が ポピュリズム選挙に走り、SNSに翻弄され、フェイクが吹き荒れて キャッチ―なコピーに振り回され、過去を振り返る事もない心地よい言葉・強い決意表明?に酔い、結果300名を大幅に越す勢力になった与党勢力に 野党は なす術もなくうなだれて...立憲も共産党も れいわも ダメだね 票欲しさの権化となって...「8%還元」という目先のニンジンで庶民の頬をひっぱたいて票にした。はっきり言えば2月8日の選挙は こんな民主主義的手続きを冒涜した選挙だった といえる。結果「消費減税はポピュリズム政治のスローガンに過ぎなかった」事を証明した。私は 消費税については1月26日と28日のブログに書いたので今日は詳しくは書かないが、そもそも消費減税には反対してきた。 理由は 詳くは それを見て頂きたい。復習すれば 税金とはそもそも 国の富の分配制度の事であり、納税は国民に義務化された制度である。消費税は財源の一つであると同時に国民への分配の原資である。憲法で唯一と言ってもいい国民に課された義務(27条)である。 (労働し 教育を受けさせる義務もあるが...) 格差が拡大し、健康で文化的な最低限の生活が脅かされてきているのは 消費税のせいではない。分配が不公平だからである。必要ない処に税が使われてきたからであり、取るべき処から取り 使われるべき処に使われてこなかった からである。 という税に対する基本を忘れた政治家共が 庶民の懐に媚びを売った...という事だ。バカにされる国民も悪いが、情けないのは 政治家共の倫理・人格・知的水準の低さである!とりあえず 2万円・3万円が庶民の手元に戻ればいい って問題じゃない事を また 書いてしまった...税金が本当に弱者・低所得者に分配される制度、また社会的に共有されるべき部分(社会的共通資本)に分配される制度に変える事が必要である。 理想論?と言われる方に言っておく。強いていえば「給付付き税額控除」制度については私は賛成である。但し 制度の中身・仕組み次第ではあるが...そんな訳で 消費税という問題を通して 私は 今の選挙制度と 政党のレベル、日本の民主主義度 におおいに疑問を感じている。 2026年(令和8年) 4月 30日 2割農民
2026年04月30日
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2026年(令和8年) 4月 29日の 戯言日記 少し前(昨年・一昨年あたりからかな)から、地上波テレビ朝日の電波(公共物)に対する姿勢に疑問があった。今日はニュースや報道番組の問題 ジャーナリズムとしての質の問題には触れない。ドラマや...番組の質の問題にも触れない。別の観点から 電波の私物化?...みたいなところの話をする。言う迄もなく電波は私物ではない公共のモノである。民間放送は法律によって電波を貸与され、免許・使用権で営業できている。何年かに一度 免許の更新(総務省?)を受けなければならない。従って電波を私物の様にして、公平性を考慮せず、独占したり差別的に扱ったり自己宣伝に利用したり は規制されている。自局の番組宣伝も自ずと公平な放送という範囲で自制が必要である。コマーシャルタイムの時間規制(総放送時間に対するCMの%が規定されている)とは別に 番組内で自社宣伝を取り上げるには 自主判断によって、理性・自制・良識が必要であろう。最近 有明にテレ朝のアミューズメント施設が出来たらしい。 (有明アミューズメントパーク とかいうらしい)TV放送とは全く関係ない、放送外の副業・営利行為であろう。朝から 番組内でその宣伝がひどすぎる。自社の施設(営利行為)をTVという公共の電波を通して 番組内で殊更に宣伝するのはどうなんだろう。 法に抵触するかは分からないが...「パブリシティー」という言葉がある。その範囲内という言い訳(公共に無償で知らしめる)は立つ。しかし見てると特にスポンサーとのタイアップと思しき...が目につく。 明らかに 私的に利益誘因の目的と思われる。また TVスポンサー特に競合他社との差別的扱いにならないだろうか?アナウンサーの現場中継みたいな方法で、明らかにスポンサー名を正々堂々と...コマーシャルと思しき内容を本編内放映してる...電波の私物化? TV局の正規の営業行為とのタイアップ?かな?気になる処である。さて別の話。 ドジャース大谷君は立派な・偉大なスポーツマンである。私も大谷君の素晴らしい活躍は見ていて気持ちいいしうれしい。 しかし 大谷君だけへの異常な執着(NHKも含め各局に言える事だが)特にテレ朝が目に余る。番組内での大谷登場シーンの尺の長さや (時間の長さ)何回も同じ映像を流し続け、一週間見てると同じシーンを何回 何十回と見させられて...大リーグで活躍してる他選手とか 日本のプロ野球とかとの差別観があまりにも甚だしい...勿論 視聴率を獲れるから...という事情分からないではないが... あまりにも偏り過ぎだなあ... と思っていた。日本のプロ野球放送との扱い方も ここ数年 大リーグ優先?になってしまって... 放送だけの話ではないかもしれないが、日本のプロ野球の地盤沈下が気になるところだ。 (私は 野球はあまり見ないので どうでもいいのだが...)それから これは 私のたんなる邪推だが、特定のタレントの囲い込み または依存体質。テレ朝しか出ない様なタレントが何人かいる...のも気になる。かつてのTV界 視聴率競争に追われ、時代時代で視聴率3冠王が入れ替わり、夫々 ○〇局黄金時代に繰り返されてきた手法。様々な方法で寡占化 独占化の歴史を思い出す。民放始まって以来 行われてきた歴史は知っている。テレビ放送初期段階では TBSの ドラマタレント囲い込みがあった。(石井ふく子時代の 御茶の間ドラマ全盛時代とか...) (私はTBSしか出ません...なんて公言して憚らないヤツもいた 昔の話だが)NTVでは 野球中継(巨人戦独占 後楽園の巨人戦はNTV独占だった)フジテレビでは 特定プロダクションと特殊な構造があったり電波を私物化してお祭り?イベント?の開催 自局TVを通して異常宣伝...それからフジだけじゃないが その日放送開始ドラマの主役、タレントを朝から晩まであらゆる番組に登場させて宣伝する... (ドラマの主役の 一日出ずっぱり はフジが始まりだった?)(今のテレ朝見てると かつてのフジを連想してしまう)などなど... 民間放送の免許の範囲内での苦心の宣伝方法かもしれないが... 理性・良識には欠けている と思うのだが...最近のテレ朝は こういう民放の「過去の宿痾」をすべて網羅してやってる感がする。 こういうのを電波の私物化という。再度言う 電波は公共のモノ である。 民放の宿痾 視聴率競争 トップ争いも4局一巡したところで公正な電波の利用 を原点から考え直したらどうだろうか...敵は 他局ではないだろう...今 TVは オールドメディアとして メインの情報源媒体から次第にその地位を落としてきている。視聴率万能の時代ではなくなってきている。更に近年のフジテレビの不祥事事件もあった。SNS等の発達により今やテレビは黄金の広告媒体の地位から落ち、経営自体が危機に陥ってきている。事情は充分わかるだけに 真摯な経営姿勢を望みたいものだ。 2026年(令和8年) 4月 29日 2割農民
2026年04月29日
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2026年(令和8年) 4月 26 日の 戯言日記 最近 新聞読んでも、SNSから情報を得ても 何にしても世界地図が離せない。とりあえずは例のメルカトールのヤツで...手に離せない 世界の地政学的関係図。イラン トルコ アフガニスタン...特に中東は 地理も歴史も宗教・民族も複雑怪奇で...何も知らなくても充分今迄生きてきた。それだけ世界は狭くなったんだなあ... 世界の情報が多いというだけではない。今は日本国内どこを歩いても外国人がやたら多い。そのみんなが元気で笑顔で、恰幅はいいし、金持ち? に見える。旅行に来てるんだから当たり前だが...ただ あまり脅威に感じた事はない。むしろニコニコ親しみも覚える。 世界は狭くなったということだろう... それにひき代え こちらは老人で ヨボヨボで 貧相な格好で...負け惜しみじゃないが... 昔の海外旅行を懐かしんでみた。失われた数十年前を振り返ってみた... 日本が高度成長時代の、今と立場が全く逆転してた時代に経験をした事を思い出してみた。私が何回か(ほんの数回だが...)海外に行った時の事を...思い出した。円高時代 兎に角海外は品物が安い。一流品はフランスかイタリアブランドの時代だった。ブランド品を売る店は日本人だらけだった。日本製のニコンのカメラをぶら下げて...やたらパチパチカシャカシャ向こうの人がうらやましそうに眺めてた。イタリアローマでは貧しいジプシー少年?(差別用語?ごめん)にバッグをひったくられそうになった。エルメスのネクタイを何本か買って...外国からスコッチやブランデーのいいやつも買ってきた。 食事時には 高級ワインを何本か空けて... ざっと こんなのが 海外旅行だった。別に優越感に浸っていた訳ではないが、それが日本人の海外旅行の楽しみだった。一方街の街路や公園などには実に老人が多くいて、ベンチに腰を下ろして日向ぼっこ談笑してた。その当時 高齢化社会とはヨーロッパの先進国の事だと思ってた。 それに比べ日本は何と元気な事だろう...と。日本とは全くかけ離れた光景だと思ってた。数十年後の日本がそうなるなんてことは想像も出来なかった。それが当たり前だった。あの時の想いから まさに攻守?主客?逆転現象の自分がいる事に今 あらためて 時代の流れを感じるのである。今私は 偶に公園を散歩するのだが、ベンチに座りペットボトルのお茶を飲んで...あの 数十年前のイタリアの光景のデジャブをを思い起こしている。さて 日本の人口構成の逆ピラミッド化が 急速に進んでいる。昨年の出生数は70万人を切ったと聞く。団塊世代に、出生児は200万人を超えてた事もあった。我が戦時中児でも150万人位?もう 半分くらいはいなくなっている様だが、私は 少しでも長く生きていたいと思っている。(そうでもない...もうそろそろ...)最近 ジェネレーションギャップを 感ずる機会がおおい...通じ合わない言葉や デジタルとか称する機器 文明も文化も... 我ら老人付いてゆけない。老人だけが悪いのだろうか?...ともかく 国の人口構成 生存の引継ぎ バトンタッチの相手と通じ合わない事には 如何ともしがたい。これこそ 国の政治は社会認識の原点として据えて頂かなくてはならない事だろう... と思う。単に子供を生み育てる事とか 移民政策とか そういう次元の話も重要だが... 今いる若者たち Z世代の子たちとか...もう少し上の世代の社会を現場で動かしてくれている30代40代の人達とかなんとか 真っ当なコミュニケーションはできないモノだろうか?私は その(人口構成ピラミッド)上の方に居て、不安定な居心地の悪い場所にいる訳で、下の 少数の力持ちの皆さんにかろうじて支えられて生きている。それ故に 若者たちにとっては厄介者...ジェネレーションギャップには 謙虚に 考えを柔軟にしてゆかねばならないと 思っている。Z世代の皆さんと 共に共感できる どうしたらそうできるのか...本屋で 「Z世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない」という本を買ってきた。丹羽宇一郎氏著書である。科学が万能、カネが全て...の時代...アナログ人間の私達は 若者たちと何を どう 共有したらいいのだろうか ... 老若男女 みんなが目を輝かせて 集いあう社会を...一部が潤い 多数があえぐ社会ではなく みんな同じ輝きでなくてもいい、それぞれが違う光を放ち相互に補完し合い助け合って...そんな社会にしたいものだ。 2026年(令和8年) 4月 26 日 2割農民
2026年04月26日
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2026年(令和8年) 4月 25日の 戯言日記 共同通信の配信記事から「ニューヨーク共同」 国連軍縮担当上級代表の中満泉氏は24日、ニューヨークで27日に開幕する核拡散防止条約(NPT)再検討会議について、核保有国の対立などで、安全保障環境が厳しくなっているからこそ「かってないほど重要だ」と述べた。全ての加盟国が核軍縮と不拡散の責任を真剣に受け止め「誠実かつ柔軟に関与すべきだ」と訴えた。国連本部で記者会見した。再検討会議では成果となる最終文書の採択を目指すが、各国の対立が根深く悲観論も漂う。中満氏は「NPT体制を守らなければ世界はさらに不安定化するという危機感は共有されている」と話し、加盟国が会議で成果を出すことに期待を寄せた。先ずは 共同通信の配信記事を そのままコピペさせていただいた。27日から約一か月開催されるこのNPT会議の行方に注目したい。さて 国連は 近くグテーレス事務総長さんの任期が終わって選挙が行われるという。今まで日本は国連中心の外交を旨としてきたし、国連では指導的立場で活躍してきた多くの方もいたし、今もいる。このNPTの事務局長は 中満さん 日本人だ。国連本部では多くの日本人が働いている,頑張っているという。戦後の国際関係の中心だった国連はアメリカを中心に運営されてきたのだが、近年では アメリカは国連中心の国際的な組織から次々撤退し...資金面を含めて機能が著しく低下しているとも聞く。それに追随?するかのように、日本のメディアの国際問題報道は専ら 国連の動きよりもトランプさんの動きが中心 とばかりの報道に終始している。高市首相も 世界を平和に導くのはトランプさんだけだという...この発言はさておき 国連に関する情報を 日本のメディアは 今までどう伝えてきただろうか、また今回の会議をどう伝えるだろうか? また日本政府としてはこの会議にどういう姿勢で望むのだろうか? またどう見、どう支援・協力してゆくのだろうか? はなはだ心もとない気持ちで見ている。今国際的な問題に国連の力、世界の多くの国の良心が機能するか...時代は 今 そんな時代を迎えているようだ。トランプの 日替わりコメント ホルムズ海峡環境に一喜一憂、やれ石油・ナフサは大丈夫だとかそんな事ばかりが紙面に載って根本的な平和を目指すには はなはだ心もとない気がするのだが...昨日も書いたが 国連(様々な欠陥はあるが...)を中心にした解決に向けて この一か月 人類の英知 多くの国、民族 人種、文化力等々人類総合の力が... 地球存亡の危機の行方が試されている。 2026年(令和8年) 4月 25日 2割農民
2026年04月25日
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2026年(令和8年) 4月 23日の 戯言日記 ナショナルジオグラフィックのSNS版 というか勝手にLINEにナショジオの記事が入ってくるのだが...一応 権威のある科学誌なので、時々読ませて頂いている。昨日の記事「今年はスーパー エルニーニョか...」だと。 (米 海洋大気局 NOAA の予測)エルニーニョ現象とは 近年はよく聞く現象だし、過去にもある程度経験済みであるが 海水温の上昇・気温上昇、更には それが 大型台風・豪雨等の大災害をもたらし、世界中どこで何が起こるか分からない...地球の気象現象の一つ だと。 今年は それに「スーパー...」の文字が加わった。朝から今年の夏を予感させる うんざり する記事を読んだ。先日 気象庁では その日の最高気温が40℃以上になる日の事を「酷暑日」と決めたらしい。今までは35℃以上の猛暑日迄の言葉しか無かったのだが新たに40℃以上の言葉が生まれた...猛暑を越す「酷い」(ひどい)日...スーパー猛暑... うんざり...私にとって うんざり を越す言葉は見つからない。 スーパーうんざり では 生きてられない...この超エルニーニョを前提に、今年 そういう日が来る事を予想しての決定 「酷暑日」設定となったんだろう...暑さ対策程度で済めがいいが、老境の身 高齢者を超えて 超高齢者「後期高齢者」のわが身では命は持つだろうか?更に 愚痴をこぼすなら...今年は自然現象だけではない、うんざりする連中がもたらすエネルギー危機もある。食料危機 水の危機 医療危機 生活を脅かす 生活用品と様々な材料危機。危機に事欠かない? 夏が予測されている。 朝早く起きたら ニュースでは 岩手県の山火事が...つい数日前に地震があったばかりで、今度は山火事...なにやら 不気味な この夏を予感してしまう...作家井上ひさしさんが描いた平和な国「吉里吉里国」の地 (モデル地)で 人類をあざ笑うかのように 大変な事態に...平和に収まって欲しい...さて ナショジオのエルニーニョ記事にこういう事が書いてあった。地球の絶滅...私が最近興味を深めている?大量絶滅、過去5回あった生物絶滅期のうちの第3回目の大量絶滅(ベルム期末 約2億5千年前)は この「エルニーニョ現象」が原因だった と書いてあった。エルニーニョ現象は 単に一過性の気象現象ではない...本当に人類はおろか 生物の絶滅をも招きかねない...そんな予感のする この夏を 迎えようとしている。今度 地球の大量絶滅があるとすれば 第6回目の絶滅となる。絶滅期を超えて... 何万年後か何億年後か 分からないが人類に変わる どんな 生物が地球を制するのだろうか... 2026年(令和8年) 4月 23日 2割農民
2026年04月23日
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2026年(令和8年) 4月 22日の 戯言日記昔 書いたような気がするが、私たちが世界の位置関係や (2019.5.29 ブログ 世界地図を観よう)おおまかな国の大きさ 気候や風土・文明・文化度などを一瞬で判断?類推?する時に使う世界地図は メルカトール図法 で書かれたモノを使う。丸い地球を四角い長方形の平面にして...北が上で 南が下。そして日本では日本が常に真ん中で右に南北アメリカ大陸左がヨーロッパ大陸 そして 一番遠く離れて見えるのがアフリカ大陸だ。こう言ってはなんだが最初から偏見をもって世界を見てきた。誰かが「世界の真ん中で輝く...」て言ってたが、スーと受け入れてしまう素地がメルカトール図法にあるのかもしれない。世界に「真ん中の国」なんてないのに...しかし普段私たちは小説を読んだり、世界旅行や 遠い国の映像を見たりする時、心の中にこの地図を置いて遠く離れた大陸・国に思いを馳せる...という風に育てられた。地球儀があって、それを見慣れてる人は違うだろうが位置関係や国の大きさはこの地図で作られたイメージで 出来上がってしまっている。さて 先日の新聞に アフリカ トーゴ共和国の外務大臣が メルカトール図法の地図を用いるのをやめる様に国連に求めたという。 画面が横になってしまった...ごめん!その訴えの正当性が認められるか はともかく...「え?トーゴってどこ?」とメルカトール地図を広げてみた。...探して 探して... あった! ルーペで見つけた! 赤道近くの小さな国...赤道に近い国は 南極大陸や北極地方と比べると地図上の面積は 相対的に小さく表示される...小さい国が 軽く見られる という事は一概に言えないが...トーゴ国の云う意味 分かるような気がする...氏は「アフリカとグリーンランドはほぼ同じ大きさに表示されるが実際はアフリカの方が14倍も大きい...」と。国の数も アフリカ大陸には実に50数ケ国ぐらいの国がある。アジアよりも多い ヨーロッパよりも多い もちろん南北アメリカよりも多い。国数を大まかに大陸別に比較すれば最も多くの国があるのがアフリカ大陸である。にも拘らず世界の力関係では ほとんどの場合 「その他大勢」扱いあるいは「サウス」=遅れた国々? みたいにされてきた。実際「トーゴ」は 北半球に属するのだが... 国際的にはアフリカ大陸=サウス... グローバルサウスの国 として理解されてしまう。この様に世界的偏見を助長してきたのがメルカトール図法を一般化して生じた世界観・先入観なのである???話変わる。第2次大戦が終わった後、この戦後の大きな成果?は植民地解放が進んだという事であった。今も植民地は残っているが...国際ルールはその波に沿って国連が作られた...はずだったがいつのまにか G7とか何とか 常任理事国とか...拒否権とか今や 再び 列強・大国主導の政治が罷り通って... 強国が力で支配...する時代になってしまった。ところで 戦後の 民族解放の流れの中で...開かれた会議...「バンドン会議」... なんて知ってる人はいるだろうか?(アジア・アフリカ会議)私は バンドン会議の「平和10原則」は 今でも輝いている と思っている。昭和は輝いている...の中でも最も輝いている...丸い地球を平和に保つ為のルールとしては 国連よりもずっと崇高な 精神が 貫かれている と思っている。また 世界地図に戻る。 今回のトーゴ国による提案 「メルカトール図法をやめてイコールアース図法採用を...」提案をアフリカ連合(AU)全体が推進することにした という。地道な 地位向上に向けてのアピールではあるが、重要な世界の動きであろう。さて ちなみに 余りにも昔の話なので 1955年に開かれた バンドン会議での決議 平和10原則 を 紹介しておく。 平和十原則1. 基本的人権と国連憲章の趣旨と原則を尊重2. 全ての国の主権と領土保全を尊重3. 全ての人類の平等と大小全ての国の平等を承認する4. 他国の内政に干渉しない5. 国連憲章による単独または集団的な自国防衛権を尊重6. 集団的防衛を大国の特定の利益のために利用しない。 また 他国に圧力を加えない7. 侵略または侵略の脅威・武力行使によって、他国の領土保全 や政治的独立をおかさない8. 国際紛争は平和的手段によって解決する9. 相互の利益と協力を促進する10. 正義と国際義務を尊重する蛇足だが 今の国連に欠けている 国は大小を問わず平等これが生きていれば「拒否権発動」なんて理不尽は無いだろう と思っている。地図の話から 飛んでしまったが... 2026年(令和8年) 4月 22日 2割農民
2026年04月22日
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2026年(令和8年) 4月 20日の 戯言日記 私の住むマンションは いま 大規模修繕中である。3棟あり、総戸数70戸ぐらいの 小さいマンションだが、今 周りは 足場と防護用の幕(網目だが)に覆われていて 残念ながら外がよく見えないし、日も入りにくくて...時も季節も...止まった感?がある。暫く我慢するしかない。シートや いろんな塗料 接着剤などを多用しているので その匂いもあって... しばらくは仕方ない...地震とか何かあった場合に備えての大事な修繕工事なので、我が命を維持するに大切な工事に文句を言うつもりもないし、騒音や暫く閉鎖的な窓や臭いを我慢するぐらいは致し方ない。好意的に?我慢するしかない。別の面からイラン情勢をめぐるニュースから、石油・ガソリンが足りないナフサ不足が... 工事に影響するんじゃないか? 心配である。もちろんマンション管理組合と管理会社が、きちんと見積りをしたうえでの作業ではあるが、巷の報道では 住宅業界一部で作業をストップせざるを得ない処も出ているとか...こんなところでイラン情勢が我が身に直接影響が出てくるか...という心配までしなけりゃならない。イラン情勢 長びけば日用品・食料にまで影響が出てくるという。戦争という社会の究極悪を自分の身の廻りの損得だけに矮小化し 論ずる風潮にはしたくないのだが... 薄暗く、外気と遮断された住環境に イラン戦争にまで八つ当たりをしてみた。さて 話は 離れるが... 戦争の...戦争を 招く要因には、様々な要因があるが、中でもその時代の科学の発達度合いとそれに合わせたエネルギー問題が直接関係しているのは 言うまでもない。弓矢の時代から 鉄砲 大砲 爆弾... 第2次大戦での原爆が戦争の規模を大きく変えた事は言うまでもない。さらにガスや化学物質を使った所謂生物兵器が 戦争の人道に対する見方を一変させた事によって、人が人を殺すという、不条理の概念を換えてしまったと言えるだろう。更に最近のウクライナ戦争やガザ イラン戦争では 新しいテクノロジーというかドローンやAIが狂器として活躍?しているという...人間が生み出したエネルギーは どうしてこうも「殺戮」に使われてしまうのだろうか? 本当にどういう時代なんだ... そこで話を自然の話に戻す...こういう話を聞いた事がある。お日様は 地上のあらゆる生き物に エネルギーを平等に与えてくれている...分け隔てなく...一時も欠かすことなく...そんな 平和で平等な太陽エネルギー とは人類が誕生してこの方...受容してきた全エネルギーの総和はつまり火を熾す事を覚え、農を覚え 集団で定住生活をし始めた時代から 地球を掘り起こして獲得した石炭石油含めて、更にAI時代の今日まで 人類が使ってきた全エネルギーは膨大な量だが、しかしそれをすべて太陽からのエネルギーに換算したとしてもその総和は、今太陽が地球含め宇宙に放出しているエネルギーのたった1秒間のエネルギーと同じくらいのものに過ぎない...と言う話。想像もつかない話で、本当の話なのかフェイクなのか、非科学的な話なのかは定かではないが...それはともかく 太陽エネルギーさんには もっともっと活躍していただいてもいいかなあ... 地球を掘り返す事なく、何も絶滅した生物の死骸に頼らなくともまた 原子力などという生存を脅かすエネルギーに頼らなくても...太陽からの恩恵だけに頼っても有り余る幸福な生存が出来る...と思うだけで 心豊かになる。太陽から地球に届く エネルギーは毎秒 約200兆キロワットだそうだ... その大部分はまだ受け止められていないという。それこそ 雲をつかむような話だが... (しかし情緒的な話ではなく 飯田哲也さんなんかの話を聞くと もっと実践的な 世界が向かうべき 自然エネルギーの方向を 熱く語ってくれている)日に日に 陽が長くなる季節に 我が家は 太陽エネルギーに見離されて? うすら寒い日々をいまだに送っている... 2026年(令和8年) 4月 20日 2割農民
2026年04月20日
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2026年(令和8年) 4月 17日の 戯言日記 4月という 年度変わりの月が既に半分過ぎた。 最近暦の進みがヤケに速く感じる。 既に夏日を経験したりで、地球温暖化現象 環境変化が影響しているのかもしれない。更には日々刻々変わる世界情勢や 気がかりな事件等の流れに追いまくられ、人生が翻弄されている?せいかもしれない。私的にも 今年の4月は特に 毎日気になる事があって...我が孫たちにとって今年の4月は それぞれ新しい環境での生活スタートの年になって、ヨチヨチながら一人歩き始めた。昔と違って通信手段が発達しているので、日々の生活状況は手に取るように分かる。青年Hは社会人としてのスタートを切った。いっぱしの成人に職場の状況を いちいち聞くのも何なんで、「どうだ!元気でやってるか!」とラインすると「元気だよ!」とだけ返事が返って来る...そっけない返事に安心したり 一方 遠くへ行ってしまった寂しさを感じたりしている。健気(けなげ)に頑張っている様子が何とも言えない複雑な感情をもたらしてくれている。昔 私が東京に出てきた時...電話もない時代...故郷に連絡したのは 数か月に一回ぐらいだった...手紙も書かず...ただ 毎月の僅かな仕送りを待つのみ...だった。「便りがないのが いい便り」という言葉もある。昭和から消えた良い言葉...健気(けなげ)に生きる...そんなことは どうでもいい...さて 健気(けなげ)なる言葉...自分で使ってみて...旧い言葉だなあ...どんな生活態度が健気なのか... 自分でも自信がない言葉だ。最近は とんと 聞かない言葉になってしまった。競争社会 殺伐とした社会情勢が 人々の気持ちを荒ませているせいであろう。 しかし 温かみのある言葉である。しばらく聞かない言葉だなあ...と思いながら 少し調べてみた。 一途 ひたむき などの同義語が出てきた。力で、強引に何かを成し遂げるのではなく、弱者が 一生懸命地道な努力を重ねる というような意味であろう。内から湧き出るエネルギーを、何かに頼ることなく地道に歩むそういう意味で今 もっと大切にしていい心の在り様であろう。競争 数字 金 そして 他人を蹴落として人生を勝ち負けで判断する時代、復活させたい心の在り様であり生活態度である。ところで 話は大きな話になるが、地球という物体は受動的な物体である という...客観的事実...を 我ら人類は 尊大にも忘れてしまっている...という... 説?がある。地球は健気に... 太陽の周りを毎日 同じ動作?を繰り返し、飽きる事なく回っている。 太陽からの光を頂いてのみ 緑の大地 多様な生物体系 を抱くことが出来ている。つまり地球は 地道に健気?に太陽の周りをまわって、太陽からのエネルギーを貰っている 受動的な物体 である。地球自らが 何かの働きを持って 宇宙に影響を与えている...と言う話は聞いた事がない。(月は確かに地球と引力の平衡を保っている?らしいが)この地球上のあらゆる生物は 太陽からのエネルギーを貰って 生命を維持する事が出来ている... という事は誰も知っている。もう一度言おう。地球は太陽に対して受動的で、健気な物体である。そして その事を忘れて尊大に振る舞っているのが... 人類という地球上でもたった一種類の生物である と言えないだろうか。天邪鬼だが 私は宇宙旅行とか月に住むとか...石を持ち帰るとか月の水がどうだとか 宇宙を我が人類が征服する みたいな話は あまり好まない。 宇宙科学者には申し訳ない...(我が家の近くに宇宙科学研究所 JAXAはあるが...) それはそれとして...アルテミス計画 とやら... 米中の欲の突っ張り合いで、とても科学などという名に値しない 品性に欠けた争いは 地球どころか宇宙を汚すことになるだけだ。宇宙の中で健気に動く?受動的物体・地球を力で汚そうという試み、科学という たった一瞬の人類の浅智恵に疑いの目を向けてしまう。宇宙計画とは別に、太陽エネルギー受容を超えて人工のエネルギー獲得という問題がある。地球は46億年間 太陽からのエネルギー供給だけで機能してきた。近年 人類は 余りにも浅智恵のエネルギーに頼りすぎている様に思っている。地球を掘り返しての石油や天然ガスについては ご承知のような争いの源になっているし...原子力というのは 人間の科学から生まれた 反受容作業の一つではないだろうか? 話は 変な方向 になってきたが... さっきからの言葉を使えば 石油も原子力も...健気(けなげ)な仕事ではないような気がする。原子力が無ければ 社会が動かない??? ちょっと待てよ!地球46億年の中で 原子力なんて 何億分の一の時代の話でしょ20世紀に入ってからの話でしょ!勿論 大事な地球を掘り返す作業も つい最近の乱暴な仕事だ。というような私の暴論で... 究極のエネルギー源は太陽しかないと思っている。我が地球を 平等に照らしてくれている太陽に、健気な努力を重ねて生きて行こうではないか... と思う。再度 健気(けなげ) って いい言葉だねえ... 2026年(令和8年) 4月 17日 2割農民
2026年04月17日
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2026年(令和8年) 4月 16日の 戯言日記 先月末から メディアを賑わしてきた事件。余りにも残酷な結末になろうとしている...昨晩の「逮捕状請求」で事件解決(この言葉には語弊があるが...)へ向けて一段階進んだ様だ。 多くの人が感じておられるように父親が「遺棄」を自供は「やっぱりなあ...」というのが実感ではないだろうか...私も内心そう思っていた。(まだ 犯行・殺害・死因等については分からないが)京都府警の努力に敬意を表するという気持ちと共に、しかし一方この間のメディア含む、SNSも含む 世の中の大方の見方(様々だが)に隔靴掻痒で、いらいらした毎日からやっと解放された感がある。(誤解なきように...このような悲惨な方向を願っていた という意味ではない。) 私は 毎日 四六時中流されて続けてきた報道に、ずっと違和感を感じてきた。そして思っていた方向と一致してしまったという結果に 単なる特異な一事件だけの視点で見るのではなく、社会の闇の根深さ、間接的だが社会情勢全般に対する忌避感に思いが飛んでしまうのである。世界の国の幸福度ランキング 61位の意味する事。これが正しい統計結果とは思わないが、どこか やりきれなさを感じてしまうのである。さて この間のマスメディアの報道について思う事だが...少し一般論になるのだが... メディアの報道姿勢で、まずしなければならない事に「ファクトチェック」なる義務というか責任がある。例えば 政府とかの公式発表について ただそれをオウム返しに伝えるのではなく、事実に即してチェックし噛み砕いて伝える...今回で言えば 京都府警から発信される公式なコメント・見解を ただ垂れ流すのが仕事ではなく、自らの取材を通してファクトを見つめる事である。青いテントや捜査車両・捜査員の動きの映像を垂れ流すのが報道ではない! 現場中継をしてればいい... また府警のコメントをただ伝えればいい...という事ではない という事を感じた。そういう点で 今回の事件報道、 メディア(特にマスメディア)はどうだったのだろうか? 今回の事件 発生から20日余りの間、この事件は 父親が学校に少年を送り届けて以降の誘拐事件? として報道され続けてきた。或いは府警から何らかの報道上に要望もあったのかもしれないが、しかし 父親は本当に子供を学校に送ったのだろうか? この部分のファクトチェックはどうだったか... と私はずーと不思議に思ってきた。 防犯カメラに写ってない、誰も 車を見てないし少年も見てない... ほとんど同時刻に 何人かの生徒が行き交う場面でそんな事があるのだろうか... しかも一本道で、車を見たという人もいない...などなど まず出発点に私は大きい疑問を感じていた。(今朝(16日)のニュースで当日父親の車が学校に行った事は事実の様だ。 しかしドライブレコーダーに、車内の映像は無くて、少年が乗っていたかどうかは 不明のままらしい...)もしも「子供を送った」というファクトが、メディアの独自取材で崩れるなら、捜査は全く別の方向でなされたはずだ。 (府警は ソコの部分も含めて 掴んでいたはずだが...)京都府警が捜査を確実に進めるために その部分を敢えて棚上げし、触れなかったという事はあるだろう...それは分かる。今回 府警の捜査方針に異論を言うつもりは全くない。 (端的に言えば 冤罪事件にしてはならないという強い意志・慎重さが 働いていたのだろう と私は想像する)しかし メディアのファクトチェックは まずそこからスタートにすべきだったんではなかろうか...と私は思っている。捜査期間中 メディアは「車で送った後で発生した行方不明事件」、學校の近くで子供を下ろした以降の行方不明=第三者による誘拐事件としてしか報道されてこなかった。(だからと言ってSNSなどの無責任な家庭内のフェイクも含めた情報も困ったものだが...)大いに疑問が残ったメディア報道姿勢である。...それはさておき...事件報道の難しさは 捜査当局とメディアなど世論とのせめぎ合いみたいな事もあって、時に メディア報道によって捜査が混乱させられるという事もあるので...今回の府警の捜査に疑問を投げかけるつもりはない。むしろ 昨今の冤罪問題などへの風当たりも含めて、捜査に慎重であることは当然だから... それはいい。ただ メディアの側として 特にSNSなど無責任な言説が横行する中で、メディアはファクトの積み重ねは自分でしなければならない。捜査当局とメディアにはそれぞれ別の役割がある と私は思っている。現場からの中継 とか 見つかったカバンとか靴とかをただ垂れ流すだけの報道に終始した低質な報道姿勢に疑問を持った。この事件だけでなく、また誰という個人ではなく、敢えて言えば報道記者全体に質的劣化が見られるという事である。事件報道姿勢とは別に こういう事件をもたらした時代背景についても メディアは深く切り込み、考えてみる必要がある... と思っている。また別の機会にするが...結婚 離婚 子育て 親子関係 血の関係 家族関係...などなど家庭内での各人の独立性 個人の意思尊重と 和・共生の問題難しい 時代になってきているなあ...と言うのが実感である。話は全く離れるが、昨日 昔 現役時代の職場の先輩に逢った。一献やった... 古き思い出話に花が咲いた...楽しかった... 元気そうで... うれしかった。その話は また書くが 最後に二人の意見が一致した。「あと何年後か何十年後か 我らがいなくなった後で 歴史としての2026年あるいはその近辺の時代は どう 伝えられ総括されているだろうか...」見て見たいものだね... という事で 少々の心地よい酩酊で別れた。 2026年(令和8年) 4月 16日 2割農民
2026年04月16日
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2026年(令和8年) 4月 13日の 戯言日記 イランと アメリカの 停戦協議は ならなかった。もちろん 大方の予測通り、双方の主張は 簡単に埋まるモノではない と思う。 しかし 今もレバノンに対するイスラエルの攻撃は協議をあざ笑うかの様に、こんな協議何するものぞ...と続いている。レバノンでは交戦協以降で2000人の死者しかも民間人が...生じていると聞いている。...問題は ここなんだよね... 犠牲者を出さない事、一刻でも早く 爆撃を止める... これが停戦の意義であって...核がどうだ 海峡がどうだ という問題以前に...人間の尊厳を第一...とりあえず日々失われゆく人命を無くすという停戦の本来の目的・立場を貫いて欲しかったのだが...何のための協議だったんだろう...パキスタンも世界中の国も 国際的後押しも、まずソコを求めなければならない...勘違いしてないか? 韓国の李大統領が 素晴らしい事を言っている記事を読んだ。「いかなる状況においても 国際人道法と人間の尊厳は 妥協できない価値である」「悲劇が繰り返されてはならない」...と。ネタニエフは全くトンチンカンな反論してるらしいが...人道 尊厳 ...当たり前の事をはっきり言わなければならない時なのに...どこかの首相には こういう発言をする勇気があるだろうか?それにしては 日本の政府も メディアも同じ...質の悪さは...昨日も書いたが、ニュースやワイドショーは「双方の狙いは」だとか 「トランプさんはどうだ...」とか 長期戦だとか...ホルムズ海峡がどうだ... 石油がどうなるとか... こんな事ばっかりが話されていて...勿論いまさら高市政権に格調の言葉を望んでも無理な話だが...さて京都の小学生が行方不明になっている事件始め このところ日本国内では いやな事件が相次いでいて 心が痛む。また別の話だが 国民が物価高で苦しむ中 ラピダスに またまた6000億の政府投資... とか なんだかなあ...のニュースが...世界で輝く日本?どっか狂ってる、アチコチ狂ってる日本列島すでに昨日は夏日になったとか... 狂ってる!オットこれは関係ないか...自民党 党大会ではしゃにむに憲法改正に突き進む体制整備に余念がない... 敵を作る事がそんなに急がねばならない事なのだろうか...韓国の李大統領のほうが 国の指導者としてよっぽどマシだと 思った。こう書くと 韓国へ行け! とか 反日 だとか言われるんだろうなあ... そういうことじゃないんだが...ユーチューブや ショート動画なんか見てるとすごいね...見るに堪えない画像や 汚らしい言葉が跋扈していて...SNSはじめ世の中全体が... 敵を作ってその敵に毅然たる?言葉を投げかけてりゃ...「強い日本」とはそういう事らしい...言葉の中身ではなく、フレーズの響きに「いいね!」が付く。また 再生回数が稼げるらしい...それが「受けている」という事らしい。単純と言えば単純な...単細胞国になってしまった...高市人気とは そう云うモノらしい。先日 毎日新聞の「土記」欄に「もはや戦後はではない...」と伊藤智永氏が書いていた。戦争の反省 原爆や空襲の廃墟から 一所懸命「戦争反対憲法守れ!」と平和・民主主義・経済復興を目指し頑張ってきた... 素朴な願いが 失せてしまった。目の輝きがあった時代は何処へ行ったのだろうか...全く違った意味で、別の文脈で「戦後は終わった...」 と云わざるを得ない。 2026年(令和8年) 4月 13日 2割農民
2026年04月13日
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2026年(令和8年) 4月 10日の 戯言日記 2月末に始まったイラン侵攻... またぞろ始まった... アメリカの中東に対する攻撃。過去何回 中東諸国との争いというか... 本当に根深い...しつこい...何だろう... 政治制度の違いだろうか 宗教だろうか 民族だろうか 利権だろうか... 人間という種だけだよ!こんな馬鹿な生物は...熊が怖いといっても、集落・村全体を廃墟にしてしまう事はない...人類ホモサピエンスの歴史は 人間の頭脳に宿る全ての記憶が複雑に絡み合って 長い長い間 衝突を繰り返してきた...勿論 日本もそういう歴史を刻んできた。文明というモノが進歩するごとに殺戮の歴史が重なって しかもその度に破壊力の拡大が続いてきた。文明の衝突の連鎖の歴史は何千年も続いてきた。改めて 寺島実郎氏の「ダビデの星を見つめて」なる著書を読み返している。その少し前に「人類は破滅から逃れられない」という「人類帝国衰亡史」を読んだ。二つの著書に感化されて?... いま私は 絶望感に...さて 2月末に始まった 今回のアメリカとイスラエルによる イランの首都テヘランへの攻撃は 小学校まで爆撃破壊にして 多くの子供たちを犠牲にした... 現代社会のルールに即して言えば、最低限のモラル 国際法や倫理・人道も全く無視して...しかもそのルール 第2次大戦後 正義の味方アメリカによって、アメリカ社会中心で定められてきたルールである、にも関わらず歴史の教訓は全く意に介さない、トランプにとっては全く「我が辞書には 正義も人道も書いてなし」状態... 野獣以下の...人間...記憶の動物でもなさそうだ... ネタニエフも...あの民族大虐殺の被害者 ユダヤ民族の国イスラエル。記憶に後押しされて... とも思わないではないが、ユダヤ人全体が「ホロコーストの報復」を根拠に..と言う事ではない、イスラエル国内にも戦争反対の空気が渦巻いているとも聞いている。 ただネタニヤフ政権だけが 民族の恨みの逆恨み として正当に見せかけている様にも思える。こうして見てくると かなり偏狭な、自分勝手な意図 に基ずく (ネタニエフの汚職逮捕逃れとトランプのエプスタイン逃れ) 極めて個人的な意思から? とも思えてくる。 理性の働かない時代になってしまったのだろうか...世界の力関係の均衡を保つには 夫々の 異なる国の権力構造・民族・宗教・文化を抱える集団が相互に、また隣国間などの衝突を制御する、国を超えての国際的なインフラが必要で、国際連合という組織を作り機能させようとしてきたアメリカなのだが...その思想をもかなぐり捨て、戦後 最大の世界制御力を アメリカ合衆国は今や完全に失なった...むしろトランプになってから(だけではないが...)争いの火種を世界中にまき散らして来たとも云える。 アメリカ帝国主義の終焉の時代を迎えようとしている。時代は変わる。さて 日本。 何でもアメリカの云う事は正しい と思わされてきた日本人の思考習慣。アメリカがお手本だった時代が長く続いてきた。今度の イラン侵攻でも どこかにそういう思考コンプレックスが...依然として メディア全体の空気を支配しているような気がしている。TVの解説など聞いていると 「ねらい」だとか「おもわく」だとか...戦術的な話ばかり、日本にとっての損得が先に...石油の話ばっかりで...本当の戦争の話は全く伝わってこない。隔靴掻痒 の感がぬぐえない。そろそろ 戦後という時代をかたち造ってきた歴史を冷静に振り返って見る必要があるだろう。 アメリカ一国時代の終焉 という視点から今度のイラン侵攻を考えてみる必要があるだろう...と私は思っている。「ドナルドしか 世界に平和をもたらす人はいない...」の時代錯誤。その中で、識者達の多くが言う 今回のイラン攻撃での最大の勝者は中国だろう...と。 いずれにしても 新しい世界のルール・在り方が変わり始めてきたと言えるだろう。(それを一概に歓迎すべき事としている訳ではない)( 中国とアメリカのディール世界では日本の事などこれっぽっちも無いのだから)これを機に 日本はむしろ積極的に 前向きに 賢く 対処してゆかなくてはならない... と思っている。(何を偉そうに...だが)それがどういう事かは高市政権では思いが及ばないであろう事は明白。2月末の攻撃から 一か月以上が過ぎ、 やっと 停戦...2週間の...これに至るも パキスタンはじめ国際世論の努力があっての話だが...情報では バックに中国の存在が見え隠れしている...とも。しかし 昨日の停戦合意のすぐあとから、これすらも風前の灯火になろうとしている。 混沌とした 世界の混乱期に入ったと言える。この戦争 続けば続くほどはっきりとした「世界の変革期」の輪郭が見えてくる。 歴史の大きな分岐点の絵が見えてくるような気がする。明日の事は分からない。或いは 第3次世界大戦に...或いは地球の破滅に向かうのかもしれない。どっちだか分からないが...時代への感性 物語は 栄光か破滅か クライマックスに入っている シュトルム ウント ドランク の時代を 私たちは 生きている 2026年(令和8年) 4月 10日 2割農民
2026年04月10日
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2026年(令和8年) 4月 3日の 戯言日記 昨日 春の味覚を求めて... 息子たち家族と帰省してきた。毎年 春には実家に帰省し、周辺の野山・畑で山菜取りをする。少年T君はタケノコ堀が大好きで、自分は名人?だと思っている。毎年「タケノコや山菜採りの為の帰省」これが無ければ我が家の春はない。田舎の春は美しい。緑、新芽の匂い、土の温もり、風の柔らかさ、鶯の幼稚な鳴き声...特別 それ様の 竹の林がある訳ではなく、山に勝手に生えている (と言っても 他人の山ではない)タケノコを掘る。急な斜面や掘りにくい場所もあって重労働である。フキや三つ葉は道端、休耕田に生えている。そんな恒例行事だが...運転免許を返上してから、気分に誘われての移動がままならない...昨年からである。息子の仕事の都合に合わせて孫たちと実家に帰る事になったのは。当然春休み 塾やサッカーチームの予定との調整が優先になって、自然界の都合と我が家の都合がなかなか合わない 我が家の都合を知る由もない 自然界の春は...自分たちのペースで...昨日は 少し早かった。 タケノコは実家の山にまだ生えていなく、お寺のお坊さんが「採りにおいで...」と言ってくれたので、お邪魔したのである。時期が早く、やっと見つけた 貴重な代物である。ふきのとうだけは もう 時期遅しで 長く大きくなりすぎてた。わらびや三つ葉は まだ少し小さい... タケノコはまだ土の下。夫々が おそかったね 早かったね もう来たの?と待っていてくれた。豊かな香りが周囲の春を演出してくれて大満足の収穫日となった。ふるさとがある というのは いいものだ。私が故郷を離れてから 65年経つ。祖父母がいた時代、農作業、お茶や稲刈りなどを手伝った時代、父母の介護から 看取りまで毎週帰ってた時代もあった。帰省時にはふるさとの友人と飲み交わしたり、幼い頃の思い出話に尽きなく花咲いた事もあった。ふるさとの友人は次々にいなくなり 見る家は次々に空き家や、一方では 新しい現代風の建物に変わり、辺りは一変どころか本当に隔世の感というのはこういう事だろう...毎年 芽を出す山菜たちだけが 私を待って居てくれるような気がしている。 来年があるかどうかは分からないが...家に持ち帰り、丁寧な下ごしらえ 茹でて、部屋中に春の香りが充満し、さて どうして食すか... 酒は何にしようか... 2026年(令和8年) 4月 3日 2割農民
2026年04月03日
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2026年(令和8年) 4月 1日の 戯言日記 4月1日。新しい年度に入った。しかし節目の日なのに今日はどうして「エイプリルフール」というのだろうか...しかし よく考えてみたら、さもありなん...3月末に、のんきに旅をしてた間にも 世界は動いている。暗雲が漂っている。トランプの気分次第で 爆撃したり、停戦と言ってみたり...あれが欲しい これが欲しい...何がどうなってるのか...何が真実なのか...フェイクなのか...トランプにとっては 毎日が エイプリルフールなのだろう...しかし それにしてもこのフール男に対してこともあろうか「世界に平和をもたらすのはドナルドだけ」? というのは だれがどう見てもおかしい... のだがそんな男の信者?が国のトップに君臨してる...日本。 なんだかなあ...ニュースでは 石油が入らない... 物価上昇が止まらない...こんなニュースが飛び交い 不透明で きな臭いな世界情勢にみんながやきもきしている。もちろん私も呑気に生活しているつもりはなく、心がズキズキと痛んで やるせなさ 切なさに息が詰まりそうである。エイプリルフール この日こそフールを喝破する日でなければ...逆説的だが、日常を蝕む「フール」「狂気」を振り払わねば。異常な指導者・権力者 メディア 或いはネット空間 世の中の空気感 全てが...毎日毎日が...「フール」に包まれた日常の世界となってしまった感。せめて 4月1日 今日だけに封じ込めて 世界をいい方向に導きたいものだ。さて「Existential Risk」あるいは「Existential Crisis」という言葉がある。 生存的な危機 というような意味である。エイプリルフール この日に当たって少しこの意味を考えてみよう。20世紀は 二つの大きな世界戦争を経験した時代であった。この世界大戦を経て 戦争技術は格段に進み、最後には一瞬にして数十万人の命を消し去ってしまう 原子爆弾なる戦争技術によって 終わりを遂げた、二回の大戦では数千万人という規模のかつてない多くの命が犠牲になった。その反省?で、21世紀は希望をもってスタートしたはずだった。ITなどの科学技術が人類の未来を明るく照らしてくれるはずだった。グローバルな世界の経済体制は格差・貧困をなくすはずだった。...それはとんでもない夢だった。21世紀はすでに1/4を経過したが、地球環境の劣化は 日に日に人類存亡の危機というか 地球史的に言えば第6回目となる生物絶滅の危機の時代を迎える...と言う様な段階に達しているという。地球は 過去に 5回の大きな生命体の交代期を経験してきた。恐竜が絶滅した第5回目の絶滅期は宇宙から巨大隕石が降ってきて、太陽光を遮って地球が寒冷化して...と言う説が通説だ。そして それよりも前 4回の生物絶滅を招いた地球の危機は全て地球自身の活動(噴火や地殻変動)がもたらしたものだった。さて これから迎えようとしている?「Existencial Risk」は ...どうも 人類自身が招いている様な事が リスクの全てなのだ。地球環境の破壊(温暖化 海洋汚染など) 戦争・紛争(ロシア対ウクライナ イスラエル/アメリカ対イラン他 ) 科学・技術の異常発達(生成AI IT技術など) 経済活動のいびつな進化(深化?)(アンモラル資本主義)社会の劣化(覇権主義 民主主義の弊害)(法の支配の後退)(共生の智恵の放棄)こういった事が相互に絡み合って... これ等の危機・クライシスはいずれも 現代人類=ホモサピエンスのなせる技 である。他の動物・生物のせいではない。 ホモサピエンスの中でも 極く一部の、狂気の個人や集団によって所謂世界のエリート層? によって作り出されたリスクである。しかも たったここ数百年の間に生きた 所謂現代人類の...政治家や科学者 経済的超富裕層...などに集約される。したがって もっと歴史を長いスパンで観て修正をすぐに始めなくてはならない と思う。そして一介の庶民に出来る事は、現代社会の物質中心の 幸福感に疑問を持つという事ぐらいだろう。科学の進歩や 合理性だけに 頼ることなく......焦りは必要ではない。 石橋を叩いて...渡ろう 日々を...科学の発達に伴う様々なリスクに真摯に向き合う姿勢こそが大事。人類が 物質への欲望をきちんと制御が出来れば(勿論争いには 他の要因もあるが...) これから先に待ち構える「滅亡・破滅への道」は相当狭められると 私は思っている。先日 親戚の法事があった。 般若心経と修証義 を読んだ。我が家の宗派と同じ仏教・禅宗の曹洞宗(道元禅師開祖)の教義である。私個人は信徒ではないので、教義についての理解はおぼつかないが、何となく日頃私が考えている様な事が書かれている様な気がして...その中に 菩提心 他者を含む人類の平和 みたいな言葉も出てくる。現実の人生を豊かに生きる事の大切さを改めて感じた。 ..余談。 2026年(令和8年) 4月 1日 2割農民
2026年04月01日
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2026年(令和8年) 3月 29日の 戯言日記 旅の3日目は... 人生 いろいろ... あるように夫々の人生を彩る神様にも いろいろの神様がいらっしゃる...紀伊半島の東に 出っ張りとしてくっ付いている志摩半島...此処は 表現が適当かどうか分からないが、紀伊半島の一部なのか、はたまた 全く違う地殻の成り立ちなのかは分からないが、今日は 志摩半島の電車に乗る事にした。半島の名前は志摩半島だが この地方は伊勢志摩と呼ばれ、お伊勢さま・伊勢神宮と共にある。 昨日の紀伊半島...太古の面影?を想起させてくれる風景とうって変わり、志摩半島は 違った意味で国の成り立ちの元になった様な地域 神宿る地域である。伊勢神宮は 失礼な言い方かもしれないが人工的な神...つまり古代 大陸から 海を越えて得体のしれない?人々が三方四方から渡り棲み日本人(大和民)として同じ住民になった。自分達のアイデンティティーを確立しようと...その証拠として?日本だけの神様を創った?これが人工的な神としての「天照大御神」の伊勢神宮である。 (神様とは 元々人工的な存在ではあるが...) 大台ケ原が悠久の歴史を物語る、天と地の創造期に誕生した神秘さを持つとすれば、伊勢は 人類史的に言えば 大和の国誕生(約2000年前)から登場したごく最近?の神と言える。 (だからと言って 天照大神を揶揄するものではない)2000年もの間、良きにつけ悪しきにつけ日本人の精神・信仰をコントロールしてきた訳で、それはそれで素晴らしい。但し 明治以降は 国家権力によって 国家神道なるものに変身させられて、神の心がゆがめられ、大東亜戦争の道具とさせられてしまった という 苦い経験を持った神でもある。現代風に言えば 日本の長い歴史に寄与してきた社会インフラである。...屁理屈は抜きにして...そんな事に関わりなく、我らの目的は「伊勢参り」をしよう などという目的はなく、兎に角 彼の電車旅ノートの白紙の部分に 乗車を経験済=紅く塗り潰したいという目的の為だけで行く。そして それに私が付き合う...旅。参宮線で鳥羽に行き、鳥羽から賢島へ(近鉄志摩線)すぐに折り返し今度は近鉄山田線で松阪へ戻って来る...という不合理な電車旅だ。 半島全てが観光地で...あるにも拘らず、早朝はやけに静かで、海岸には湖の様な海が広がって、真珠養殖のイカダだろうか...朝陽を浴びて美しい光景だった。 さて 今日は 神奈川県まで 戻らねばならない... それも新幹線を使うでもなく、いつもの各駅停車を乗り継いで...私は なんとなくもったいない気持ちで、いつかまた来てみたい青年Hとは別に じっくりと味わいたい...気持ちにも襲われた。松阪駅に戻り、二人は帰路に入ることにした。 名古屋から 神奈川県へ...途中の我が故郷 掛川・菊川あたりで 下車する事もなく素通り...とは云うモノの 故郷近くを通る時間はなんとなく落ち着いた雰囲気が漂う。石川啄木の「そっと ふるさとの訛りを聞く...」現代はそんな時代ではないが、乗車してくる人種?に、静岡県人らしさ、親しみをどうしても感じてしまうのである。不思議なモノだ ふるさと とは。こうして 紀行文は 終える事にするが...「おじいちゃん 次はどこにしようか? 希望は?どこ?」と聞いてくれるのだが... うれしいのだが... 返答に困る。 レールの上で、常に車両が入れ替わる鉄道はいいが、 (例えば 231から233へまた235へ...などと) 人生というレールの上では、 私自身に替わる車両は用意されていない。 有り難う! 青年H 君の新しい門出を 共に二人でお祝い?できた事を 記憶の片隅にしまって 社会人を頑張って欲しい。 2026年(令和8年) 3月 29日 2割農民
2026年03月29日
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2026年(令和8年) 3 月 27 日の 戯言日記 紀伊半島一周の旅は 第2日目に入る。今日は紀勢本線で松阪を目指す。線は 紀伊半島を舐める様に 深い山裾と ごつごつとした海岸線を走る電車である。紀伊半島は日本最大の半島だという(地図見ればわかる)大きい!和歌山県と三重県 二つの県を跨ぐこの線は、紀勢線といい、半島名は紀伊半島という。地名も鉄道名も紀州と伊勢という現県名ではなく、江戸時代の藩名に併せた名称になっている。地名・駅名を見ると藩名を頭にくっつけている名が実に多い...紀伊田辺とか紀伊何とか 伊勢に近づくと伊勢何とかになる。この地域の歴史に対する誇りであろうか... 紀州と伊勢とは一体となり 重層な日本文化の原点を形成してきたんだろう...地名だけでなく 深山幽谷の地形 風土 にも歴史を感じる?などと いちいち勝手に納得しながら... 電車に揺られた。朝暗いうちに紀州和歌山駅を出発し、伊勢の国 松阪駅到着は午后2時半である。くねくねと曲がった鉄路は小さい湾や入り江を取り囲むように走り 後ろには大きく深い山を背負って、その狭い空間に 民家が点在する。電車右の窓からは 太平洋が...その僅かな空間に小さな集落のほとんどの民家が狭い田畑を耕し、同時に漁をも営んでいる、所謂 半農半漁 の生活を営んできたのだろう。長く続いた日本の原生活風景である。いつの間にか ここは串本 むかいは大島... の本州最南端を越え、信仰の街 新宮へ... 昔 那智大社・大滝を観光した事がある。原生林と冷たい清水、滝の冷気に怖い程の神秘性を感じたものだ。熊野古道は ずっと歩いて見たかったのだが ついに実現出来ず...さて我ら二人 朝から何も食わず、食を手に入れる事も出来ず...青年Hは この間 電車の型式や...何だか分からない専門知識に没頭し、時刻表やマニアックな鉄道書に何やら書き込んでばかり私は妄想に明け暮れ、二人はそれぞれ 自分の世界に没頭して 半日が過ぎてしまった。昼もとうに過ぎて やっと 今日の宿泊地 松阪に到着した。彼は「これで終わりじゃないよ! おじいちゃんの好きそうな電車にこれから乗るんだ!」と。 駅でおにぎりを頬張って、すぐに 次の電車に...名松線というJRだが、ローカルの全長43KMの短い線である。聞いた事もない。彼は 私好みのローカル線を良く知っていて今回の計画の目玉?に この線を選んでくれたのだ。過去にも 多くの小さいローカル線に乗って来た。 その中にはその後廃線になったものもある。当ブログにも何回か書いてきた。銚子電鉄 由利高原鉄道 明知線 天竜浜名湖線...他にも思い出のローカル線を 彼は電車旅のメインテーマとして計画してくれる。私の趣味を良く知っていて... 今日は「名松線」だそうだ。うれしい限りである。松阪から伊勢奥津までの単線、ディーゼル車である。 しばらくは 広い平野を通り、次第に山中に向かう。上り坂になって やっと ああ...ディーゼル だ とわかった。 私はこのディーゼルエンジンの音が大好きだ。 一生懸命走ってくれて、急な登りになると悲鳴に近い音を立てる... 人間の音だ。そんな事はどうでもいい...43Kの道のりを1時間半もかけて進む...車なら1時間もかからない地方道路だ。 次第に 住民が乗らなくなるのはわかる気がするが、それでも地方の路線は維持して欲しい。車に乗れない人も 学生もいる。 やっぱり赤字路線でもなんとかがんばって欲しいと思う。それが交通インフラの使命というものだ。悲鳴をあげながらも 頑張るディーゼル君のためにも... そうこうしているうちに 終点 伊勢奥津駅に。 小さい、静かなしかし綺麗な木製の駅舎。ここは伊勢本街道の宿場町だったそうだ。昔は 多くの旅人が行き交って栄えたに違いない かすかに面影が...駅近くには その面影を残す 専売塩・専売たばこの看板を掲げた古い店もあって...青年Hに「専売」の意味を聞いたら「知らない...」という返事だった。本当に静かな街道筋... 今でも菅笠に振り分け荷物の旅人に出会えるんじゃないかと思った。 彼も 私好みの雰囲気を何となく分かってくれているようで...本当に記念すべきローカル線を堪能させて頂いた。という事で 山を背負ったこの路線の 短い昼が終わろうとしていた。松坂に着いた頃はすっかり暗くなっていた。旅の第2日 心地よい疲れと共に終え 宿を目指したのである。続きは 明日に... 2026年(令和8年) 3 月 27 日 2割農民
2026年03月27日
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2026年(令和8年) 3月 26日の 戯言日記 名古屋方面から伊賀の山々と山間の盆地を抜け奈良に続く道には、かつて忍者がいたという...国境沿いで いかにも様々な策略?謀略?権謀術数?が渦巻いていそうな?変化ある地形である。奈良・仏教の地と 伊勢は日本の神道の原点である地域、宗教観の違う双方を結ぶ、いわば神々の宿る道といってもいい。 尾張と紀州に分かれる国境「ハマグリの ふたみにわかれ...」の土地柄である。多くの修行僧や 伊勢参りの旅人たちが往来したであろうこの道筋で ここに住む人々はどう暮らしていたのだろうか?この地のいにしえ人に思いを馳せ...電車は進む。紀伊半島の背骨は大台ケ原。今でも自然の生態系の原点としてあの南方熊楠を育んだ?原生林。貴重な自然が残る場所である。 紀伊半島...実に深い険しい山々続いている。太古の昔 地球の大きな地殻変動によって生まれたであろう事は この後 南端の紀勢本線をダラダラと走ることになってさらに実感するのだが...さて その前に そうこう思いを巡らす間に電車は大阪に入った。阪南地方は、半世紀以上も前に私も住んでいたところではあるが、その当時の面影は全くない。懐かしい 通勤線だった南海高野線... (今回は乗らなかったが...)大阪みなみ は今 ビルの波・人の波・関西弁の波...雑多な臭いがする大都市へと変貌して...関西弁だけではなく 今や国際都市化し、人種のルツボ化し、行き交う雑多な言葉が... 大阪弁 昔は温かく独特の人情味にあふれた会話が聞こえたものだが、残念ながら老齢の今の私の肌と会わない。ほうほうのていで、天王洲から阪和線に乗り換えた。 この線 昔 田舎を走る?ガラガラの線だったが...今や 関西国際空港へのメインルート線?にもなっていて...ガラの悪い岸和田弁(失礼!)を聞くなんて 情緒?は全くなく、それどころか 優先席の表示など どこ吹く風で、トランクや荷物を席に置いたまま...スマホ操作だけがかっ歩して 周囲を途絶する人だけ... 国際色豊かと言えばいいのだろうか...青年Hに「マナー最低の線だね...」とつぶやいてしまった。君が悪いんじゃない...外国人が悪いのでもない...住人が悪いでもない...何だろう どこか狂っている社会現象には違いないのだが...さて 気分一新 県境を越えると和歌山市は すぐである。徳川御三家の紀伊の殿様の和歌山城に 私は始めてお国入り? とっくに陽は落ちて 我らの長旅の初日は 和歌山市泊である。細かい雨 傘もいらないくらいの弱い雨の中を 二人は空腹を満たす為に街へ繰り出した。旅最初の 二人だけの夕食である。数日後には 彼は社会人になる。 思えば遠くへきたもんだ...今晩はどうしても 二人の旅の歴史にふさわしい? 濃い二人はしっかりした会話?と 私は お祝いの気持ちを表したかった。ホテルを出てすぐに こじんまりした カウンター席だけのステーキ屋さんを見つけた。 酒はまだ飲まない 彼だし...いつもと同じ様に私の呑んべいに付き合わせるのはどうかなあ... とも考えて ステーキを奮発?する事にした。二人は 赤ワインとジュースで乾杯した。これと言った会話があった訳ではないが、旅史上 最高の記念日となった。 こうして 長い旅の第一日目は終わった。 2026年(令和8年) 3月 26日 2割農民
2026年03月26日
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2026年(令和8年) 3月 25日の 戯言日記 お参りに行った訳ではない。歴史を学びに...と言う事でもない。...が、青年Hと 彼のプランで 恒例の電車旅に出かけてきた。紀伊半島と伊勢志摩辺りをぐるっと もっぱら電車で巡ってきた。JRも私鉄も全て鈍行で 神奈川県から西へ西へ... 名古屋からは関西本線と近鉄を使ってその日のうちに やっと和歌山市まで着いた。たまたま今回の旅は 紀州と伊勢 の二つの日本を象徴する宗教性?の濃い歴史を巡る旅となったのだが、それは意図した訳ではなく、結果 何となく旅が終わって感じるものがあった 学びがあった。最初から何かを目的に...目指さなくても、ゆっくりとした旅・時間が地形や空気感・海や山・民家などから何かを感じ いにしえ人に思いを馳せ、学びを与えてくれた いい旅だった ような気がしている。さて すこし旅からは 離れるが...目的を果たすのに「時間」というのはどんな役割があるのだろうか?最近 というか コスパ タイパ という言葉が大流行りの時代だ。速く 安く 目的を達する事が良い時代... がしばらく続いている。今回の電車旅でも車中で多くに人と出会ったが、ほとんど90%以上の人がスマホをいじっていた。窓の外をぼんやり眺め続けてるのは...我ら二人だけ...だった。こういう旅を称して「田舎もんの伊勢参り」というのだろう... まあそれはいいや...ひがみ根性と云わば言え...あ! なかまがいた! 2歳ぐらいの少年が靴を脱いで外を見てた。我らの同志である...それで考えた。目的を達するためには、速く達成した方が価値がある... モノなのだろうか? 100M競争では10秒00よりも9秒99の方が価値がある...てのはわかるが...タイムパフォーマンス 手段は簡単な方がいい は本当なのだろうか時間というのは 何かの目的を果たす為の 単なる手段ではない...と思うのだが...時間が緩やかに過ぎる事によって見えてくる... 映りゆく周囲の眺め雰囲気・空気感 風や空 海と匂い 山や林 たんぼや川 民家など全て ゆっくりと目に入ってくる情報から 何かを学び取ることが出来、人が考える力を与えてくれる ような気がする。今回の旅はそんな旅だった。青春18きっぷ 鈍行旅は すばらしい。旅の紀行に入る前に 変な屁理屈で時間が過ぎた...コスパの悪い ブログになってしまった。紀行文は 明日から書く事にする。兎に角 我らは コトコトと 電車に揺られて...普通 名古屋から関西方面へは 東海道本線(新幹線も)岐阜から関ケ原・彦根・近江の滋賀県経由となるが 今回は 関西本線で 伊賀の山の中を抜け、奈良から大阪への道を選んだ。この旅が 趣を変えてくれた... 旅紀行は 明日書く(予定)だが... 芭蕉の この句に出会った。 「古里や 臍の緒に泣く 年の暮れ」 芭蕉の故郷だそうだ。 芭蕉さんにも母がいたんだ... 2026(令和8年) 3月 25日 2割農民
2026年03月25日
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2026年(令和8年) 3月 22日の 戯言日記 春につられて 旅に出る。 孫の青年Hと老骨で気恥ずかしい気分だが、あれこれ面倒をかけそうだが、 久しぶりの 電車二人旅 である。彼の創った周到なプランで 私はただそれに従うのみの...今回が最後かもしれない。 何十回と歴史を重ねてきた旅の集大成になるのかもしれない。 と言って 特段のプランが在るのでもないが、 兎に角 早朝 暗いうちに...出る。例によって 鈍行オンリーで 新版青春18きっぷを駆使して乞うご期待.??もう 出発の時間だ。 紀行文は 帰ってきてからなのでまずは 元気に 事故なく出発してまいります。 2026年(令和8年) 3月 22日 午前4時 2割農民
2026年03月22日
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2026年(令和8年) 3 月 21 日の 戯言日記 二つの 統計資料が発表された。 毎年 この統計に 私は注目しているのだが... といって「統計」というのはあくまで統計であって 必ずしも 正しいというか 実態を正確に捉えているわけではない... 事を念頭に置きながら...と言う意味は 例えば 日本の「高市政権支持率」の結果がいいから と言って高市政権が正しい判断をするかどうか... ってのは別問題だから...設問の仕方 設問に対する答え方答える側の民度等により 多様な答えが出てくる要素がある。さてそう云った事を踏まえた上で、世界の民主主義度と幸福感度の二つの統計が発表された。その結果を見て見たい。 国別順位の結果からいうと日本の幸福度は61位 民主主義度は24位であった。世界の国家、半数以上が権威主義国家として存在している現状、所謂 民主主義国家というのは 日本含めて少数国家群の中に入っている現状からすると... 普通の感覚で言うと 日本の順位 もう少し上でもいいんじゃないのかな... 毎年発表の度に思うのだが...待てよ!世界の目は やはり正しいかも... とも思う。この順位 信じるにせよ疑問視するにせよ 何かを提示している事だけは事実で、ここから学ぶべきことも多いと思う。今の日本がどうである...と言う現状への評価というよりも何を目指すべきか...何を 何処をお手本とすべきか というような見方をするべきだろう。幸福度も 民主主義度も 上位の国に問題がない訳じゃない。違う角度から見れば その国とて、大きな問題を抱えている...かもしれない。さて ここから先は わたしの勝手な見方・感想であるが...上位に位置する国々には主として北欧の国が多い。それに対し残念ながら下位に並んでいる国には 所謂サウスの国々が多い。一つの見方だが、社会のインフラ・公共のインフラがどう整え (制度・法律・自然環境なども含めての)られてきたか、の違いが出ているように思える。 ???北欧の国はかつて...キリスト教やその周辺の文化を広める事に (宣教師の布教活動などを前面に押し出して...)よって、アジア含む世界に進出していた国々。北欧各国中心の (だけではないが...)初期帝国主義の時代からやがてイギリスやドイツフランスなど武器文明の発達と共に新たな資本主義の衝動として 帝国主義(弾薬・砲撃・戦車・飛行機...)にのし上った国。ついでに言えば 遅ればせながら 焦ってヨーロッパに追いつくべく 力及ばず失敗したのが日本かな?さて 戦後(第2次大戦)は パックスアメリカーナの世界でこれについては言うに及ばず... 世界史的に言えばさらに現在このアメリカ中心の文明・文化が 明確な斜陽・没落の時代に入ったといえる。 これは蛇足だった...民主主義というのは 資本主義のそれぞれの段階で その役割を果たし...そして終幕を迎える。だから今 民主主義の新しい段階を迎えようとしている...と言う事だろう。 さて 幸福度に戻る。北欧の国々......初期帝国主義の敗北から その後の資本主義を見続けてきた国 として見た場合。 その反省?から?国家と国民との間の意思疎通が一歩優れている様に感じる。総じて 福祉(公共のインフラや制度)に力を入れ、勿論 自由な経済活動をそういう社会制度が支えながら...ほめ過ぎ?(外交的にはNATOに頼らざるを得ない現状があって...十分に制度的な福祉主導 にはなり得ない訳だが...)前にも書いたが「税」に対する国民の考え方が 日本と全く違う。彼らは 税金を喜んで払う...言い過ぎかもしれないが...必要なモノとして... 将来の生活を社会が保証してくれる大事な預金? という考え。片や 日本はどうだろう。「国に奪われるお金」とみる国民が大多数である。税金は低い方がいい...無い方がいい...とみる。こういう考えに至ったのは 全て国民が悪いのではない...権力が使い方を隠したがる。 国民の意にそぐわない使い方を隠蔽して実行しているからである。 今年度(26年度)の予算の審議時間の短さ がその典型であろう...ともかくそんな国民性 消費税を減税すればいい政党 という日本の各政党の民意度は何だろう...と思うわけである。話を変える。 中道連合の小川委員長 あの映画の小川淳也君映画で観た真面目な姿勢には 応援もしたくなる のだが...いまだにその路線と云うか国の在り方は 明白ではないのだが昨日の記者会見で「競争力のある福祉社会」を目ざす...と。「うーーん」 と思ってしまった。 いまいちあいまいで...資本主義という経済システムは否定しないが 資本主義が持つ本性的な競争というのは さっき述べたように 常に 必然的に強者と弱者を生む。 特に現代社会の金融・IT技術資本主義は私に言わせれば 無節操な競争時代が益々進んでる と思う。ピケティーさんが 統計数字ではっきり示したように金融資本主義時代における世界中の国々での格差拡大は客観的に証明されている。ともかく 小川君に(応援してるんだよ!) 「競争社会」という現代資本主義の意味について、競争なる文字、言葉を無節操に言う その無神経さに驚いた。それとはっきり対峙出来る 理念?政策? を打ち出して欲しい。一言 助言するとすれば「節度ある」競争の文字を付け加える事。一人一人の能力が最大限発揮できて、企業の社会に貢献する力を最大限に発揮できる「節度ある資本主義」を目指して欲しい...と思うのだ。今 あまりにも節度無き 資本の暴走 社会の暴走 日本も世界も... 2026年(令和8年) 3 月 21 日 2割農民
2026年03月21日
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2026年(令和8年) 3月 20日の 戯言日記 予定から 一日遅れて? 昨日19日に 靖国神社の桜開花宣言が出た。「宣言」というのは本人が云う事 だが別に桜が言った訳ではない。気象庁の職員が 何日か前から蕾を眺めて...ご苦労さまな事だが 日本人にとってはこの日を皆が待ち望む...? 所謂十二(二十四)節季とは違う意味で待ち遠しい春のこの日である。 桜は満開になってもすぐに散り始める この移り変わりの速さも日本人の精神感覚とよく合う。詫び・さび感? 何とも哀れみをも感じていい。... 年齢かなあ... こんな話題から書き始めて...昔 卒業式の答辞は「桜の蕾も膨らみ始め...」なる出だし、入学式の言葉は「満開の桜の下で...」なる言葉が定番だった。あの頃からすると温暖化のせいで 近年少し早くなっている。さて 話題変る。先日「銀座」の事を書いた。本当に銀座なんて久しぶりだったので、つい自慢?して 書いてみた....のだが、それから一週間も経たないうちに、もう一度銀座に行くハメになった。友との待ち合わせは日本橋三越前だったのだが、ついで とと思って、ある用事があって銀座を訪れることになったのだ。教えて頂いた住所を頼りに 所謂お上りさん的に周りをキョロキョロ眺めながら とあるビルを探した。勿論 表通りのお店ではない 裏通りと云うか 細い路地裏...こんなところに 本当の銀座はあるモノなんだ...銀座 表通りの華やかな...かつてのブランド...グッチだとかディオールだとか 私とは全く無縁な店舗が立ち並ぶ通りを一歩裏通りに入ると... 目指すビルはひっそりと佇んでいた。時代が 一世紀戻ったような...感覚におそわれるビルだった煉瓦造りの 重厚なドアがあって中は暗く、エレベーターがあるにはあるのだが 何やら不気味で乗る気もせず、狭い階段を数階登った。各階には小部屋が並び、小さいドアで仕切られ、怪しげ?(失礼!)な 事務所みたいなのがいっぱいあった。私が訪れたのは 勿論 怪しい事務所ではない...残念ながら 突然の訪問だったので あいにく先方は留守で目指した目的は果たせなかったのだが... 今でもこんな昔の銀座が残っているんだ! ふいに この日の訪問とは全く別の事だが...記憶が蘇った...半世紀以上も前に銀座の裏通りのビルの小さい広告代理店とお付き合いがあった。仕事柄時々訪問した。そこの社長さんがなかなか粋な人で 商談ついでにお昼ご飯に付き合った。 蕎麦屋に連れていかれ 焼きのりと板わさとでお銚子一本。これが 彼の昼の定番だった。私はざるそば...(仕事中だ...)格好いい 粋な社長だなあ...と思った。昔はこんな人がいた。 古いレンガビルの匂いに 何十年?半世紀以上も前の記憶が蘇ってきたのだ。 (この日尋ねたビルとは全く無関係である)銀座には歴史がある...と感心した。目的は果たせなかったがノスタルジーに浸った「裏銀ブラ」だった。彼との待ち合わせの日本橋三越...昔は歩いてすぐだ と思っていたが 銀ブラにしては 結構遠かった。それでも季節は春間近かで...こういうのを 陽気に誘われて... というのだろう。さて 季節は春...に話を進めよう。友とは 特にこれといった用事で逢ったのではなく、定例のだべり会 飲み会で 彼のおすすめの店に 行くことにした。途中 富山の物産の戦旗店?で酒を物色したりしているうちに... そこで飲むことにした。富山の春と言えば「ホタルイカ」 いいねえ酒との組み合わせ二人は阿吽の呼吸で ちびりちびり やり始めた。私の情報では ホタルイカ 近年不漁で...と聞いていたのだが「良いのが...昨日 あがったばかりのヤツがありますよ...」と。予想してた感覚と違い、今年は 珍しく豊漁らしいと... 自然界の不思議さ とのうれしい出会いを果たした。本当に何十年ぶりだろうか... 生ホタルイカを食うのは...「ホタルイカの沖漬」なるモノは たまに買う事があったが...生の... 潮の香りが鼻に 歯ごたえコリコリ感とねっとり感、甘さが口の中で広がり... まさに 春満喫であった。富山の「立山」と 彼お勧めの「羽根屋」... たちまち徳利が並んでしまった。魚類 近年は シュンのモノも なかなか手に入らない...生シラス キス コハダ(シンコ) それから少し遅れるがカマス...等々 そうだ イイダコ なんてのも 春の味覚だ。それに アサリ ハマグリ なんて貝類を加えると 江戸文化の「粋」というものだ。最近はすっかり 食の季節感は狂ってしまい、せいぜい日常の食卓に上がるのはアジ・いわし・サバくらいになってしまった。海の春 で思い出すのは 小学校の時代の潮干狩り...学校から歩いて...遠足である。 潮の引いた岩場では たくさんの貝やカニ 小さい魚、海藻などがいっぱい獲れた。海とは離れるが田舎からの便りには フキノトウが出始めたと。 銀座から 思いは 我が故郷の 里山へ... ワラビ・ミツバタラの芽も タケノコも... 季節 四季とは いいもんだねえ... 毎日 戦禍の映像ばっかり見せられて... せめてブログだけでも... 2026年(令和8年) 3月 20日 2割農民
2026年03月20日
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2026年(令和8年) 3月 14 日の 戯言日記 今年の春は 我が家族にとって いくつかのターニングポイントを迎える。私自身は 特に節目を迎えたという年齢ではないが、高齢化してくると 毎年が 冥土への一里塚 である。 だから毎年が節目でもある。この冬は何とか乗り切ったが、今年も予想される夏の猛暑...果たして乗り切れるだろうか... 年齢リスクと 異常気象リスク に戦々恐々である??? それとは引き換えに...我が家の孫共は成長の一里塚一人は社会人に... 一人は大学生に... もう一人は中学生に...もう一人は反抗期?に... 夫々が 自分の意思・足で歩き始めた。うれしい限りである。こういう節目で3月・4月は何かと慌ただしい。 先日 大学に合格し 晴れて大学生になろうとしている孫の為に何かプレゼント と思って 銀座伊東屋 へ出かけてきた。かねてから 私の想いを何らかの形で伝えたい と思っていて...贈り主の勝手な思いを果たすだけだが万年筆を買いに行ったのだ。 ...月並みな「ペンは剣よりも強し」という言葉があるが...科学を目指す青年に一言云いたい うるさ型老人の想いを貫こう、この言葉を これから科学を学ぶに際し心の奥に秘めて欲しい...との思いである。 昨今 剣の方がペンを上回っている...余談!と 格好良く言うが、今時 筆記用具など 100均で十分なのにつまらない贈り物だろうなあ......こういう勝手な行動が 老人が嫌われる要因なんだろうなあ...さて 久しぶりの「銀ブラ」をひとり楽しんだ???改めて 世の中の移り代わりに 目がくらむばかりである。銀座通りも 老舗店舗も 勿論そのまま在って 変わらない風景も残ってはいるが なぜか全体の雰囲気は一変である。歩いている人の、私との関係が全く変わってしまって...別世界となっているのである。(あたりまえだが...)私の心の中では 誰か知った広告代理店のヤツとかに遭うんじゃないか...(昔は 服装で何の職業か、どこの広告代理店のヤツかまで分かった) などという思いが巡っていたが...当然そんな事がある訳がなく...道行く人は 見知らぬ異邦人 外人さんや 服装も 顔も体形も昔と全く違う若者?たちばかりで...勿論一般的?な老人も居たが私にとっての若者とは 団塊世代(古い言葉だ!) 70代も含めてそうなっちゃうので ...さて 私にとって文房具(?)のイトーやは 格式の在る店で...万年筆ぐらいどこにでもあるのだが... イトーやで買いたかった。こんな事も 自分本位のノスタルジーなんだろうなあ...昔は 店内も静かで落ち着いた アカデミック?な雰囲気だったがなんと 人でごった返して それも多くが外人さん達で...ちょっとしたスーパーマーケットのバーゲンセール的な賑わいだった。ショーケースを覗くのも一苦労?人を押し分けて覗いて 又びっくり。私の目指す モンブラン など 目の玉が飛び出る値段になっていた。パーカーやその他のメーカーでも わたしの思う値段と一桁違う...そりゃそうだ わたしのモンブランなど 半世紀以上前のヤツで...インクは 吸い込み型 (インク壺から水鉄砲の様に吸い込んで使う)で、いまでは 壊れかけていて 書くと指が汚れてしまう...胸ポケットに万年筆を挿して...腕時計とライターがビジネスマンの格を決めた?時代があった。大昔 わたしのYシャツの何枚かは、胸ポケットにインクの染みが付いていた。 さすがに今残っているYシャツにはシミはない...が...折角来たのだから 清水の舞台を飛び降りた覚悟で... それでも十数万も二十万もするヤツは買えない。安めのヤツを買ってきた。今や 物書きはPCの時代。 万年筆は何のために在るのだろうか小説家も 今は殆どデジタルだという。 しかも原稿は電送で...編集者が隣の部屋で夜通し待って居る...なんて事はないのだろう...更に 書く内容も生成AIとかで... なんだかなあ...の時代だ。大学生になる孫も 万年筆など机の奥深くしまい込んでしまうだろうが... 爺の価値の押し付けだろうが...それでもいい。それでも いつか 見つけて「おじいちゃんに貰ったヤツだ!」と思ってくれれば それでいい。自分の足で ゆっくりと歩いて 夕暮れの銀座を後にした。 2026年(令和8年) 3月 14 日 2割農民
2026年03月14日
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2026年(令和8年) 3月 11日の 戯言日記 昨日の3月10日に続いて3月11日というのも、心に深く突き刺さる日 忘れられない日である。東日本大震災から15年。今日だけはメディアも必ず3.11に触れる... そういう記憶の範囲内にまだある と言っていい。とはいっても 終戦記念日の8月15日同様に明日になれば全く違う 番組構成・紙面構成になってしまう... 最近のメディア。 その日だけの、視聴率本位の...そういう時代でもある。 目先のニュースは 専ら中東紛争、ホルムズ海峡閉鎖はどうなる...すわ石油の供給はどうなる?物価は?議論百出 である。確かに大事件 重要なテーマである。それはさておき...人間 忘れる事が出来るから進歩がある訳で 人間は誰も年老い、次世代に全てを引き継ぐ訳で...しかし 引き継ぐ側の100%が 次世代に引き継がれる訳じゃないので過去(歴史)が薄れゆく事は致し方ない。というか忘れる事 わざと引き継がない事も 大事な事でもある。逆に引き継ぐという意思がなくても DNA的に引き継いでしまう事もある様だ。???悪しきDNAは ことさら 引き継がれる頻度が高い様だ。科学技術の進歩 という観点から「引継ぎ」を見て見よう。ダイナマイト(爆薬)を作ったアルフレッド・ノーベル 飛行機を作った(爆撃機へ)ライト兄弟チッソを空気から取り出した(毒ガス)フリッツ・ハーバー電球(電気通信技術)の 発明王の エジソンもそうかも...そして...ご承知 20世紀最大の科学者アインシュタイン(原爆)開発者の熱きDNA?は ことさら人類に引き継がれている様だ。そしてそして 今を時めく AI技術を日の出の勢いで発展させているGAFA(AI技術)の頭目たち...今 まさに戦争技術に引き継がれようとしている。コンピューター技術は 最初から 戦争の為の技術として誕生した とも云われている。科学が戦争を作り出し、戦争が科学の進歩を促してきた...科学・化学に共通する悪しきDNAであろうか?科学者の意思に拘わらず、全て戦争技術を進化?させた人々。 またまた 変な事を書くくせが... 人類帝国衰亡史 症候群?ホモサピエンスが ここまで地球の支配的な生物でいられたのは、そういう部分継承のDNAがあったからでもあろう...引き継ぐべきを引き継ぎ 引き継がざるべきを引き継がないそれが進歩である と言えばその通りかもしれない。しかし 進歩に繋がらないモノも引き継ぐ...と言う事もある。地球という物体の上で 生物の繁栄と衰退・絶滅が繰り返されてきた歴史を考えれば、ダーウインの楽観的?な進化論だけで済まされない...人類もまた歴史に学べない生物かもしれない。くだらないこと書いてないで....第2次大戦も 3.10 3.11も まだ忘れてはならない事がいっぱいある。 忘れられない人々がまだ たくさんいる。今日の毎日新聞から... 目頭が潤み、紙面に涙がこぼれ落ちた記事。昨年の9月に(震災から14年半)やっと我が子(骨の一部)と再会した...という。当時6歳だった少女との再会の話を読んだ。震災時 自閉症だった少女は 祖母のコントロールに従う事が出来ず、家に籠って 家ごと海に流された... ...そうなんだよね... いくら立派なマニュアル 避難時の行動のお手本があっても 避けられない事態 という事がある。天災も 戦争も 人の理性や科学でコントロールできないモノなのだ。 それが運命というモノで ...イランで忘れている間にも ガザの子供たちの飢餓は進んでいる昨日の3.10 今日の3.11 全く違う次元での悲劇が人間を襲う。それだけではない8・6 8.9の原爆の悲劇もまだ終わっていない...不条理が社会の常態なのだろうか...ホモサピエンスは不条理を重ねながら 地球の支配生物として生きながらえようとしているが... いつかは終末を迎える。 2026年(令和8年) 3月 11日 2割農民
2026年03月11日
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2026年(令和8年) 3月 10日の 戯言日記 「パリは燃えているか」という 言葉がある。ヒットラーがフランス侵攻の際に、その成果を聞いての言葉だ。私はこれをNHKのドキュメンタリー「映像の世紀」のテーマ曲(作曲者 加古隆)として、重々しく聞いてから 言葉として覚えた。「パリは燃えているか」聞いた時は格好いいフレーズに聞こえて...フランス パリが自由を謳歌しているフレーズかと思っていた。さにあらず、実は全くの逆の言葉で... 昔の話だ...という程 私は呑気な歴史無知者である。 という前振りは どうでもいい...さて時代は違うが 今日 3月10日は 東京大空襲の日。(1945)明日3月11日は東北大震災・福島原発の事故の日(2011)である。昨日 期せずして というか だから編成したのであろう...あの重々しいテーマ曲の番組。焼き尽くされ奪い去られた日の事を描いた懐かしのドキュメンタリー「映像の世紀」を見た。昨日 3月9日(月)夜10時からのNHK「映像の世紀」である。ヒットラーを退治?した連合国の頭としてのアメリカと 大戦以降のアメリカのアメリカによる世界支配の... 特に世界戦略、力による世界支配のその「力」の構造=その権力中枢の考え方を追った番組であった。当然 大日本帝国を無条件降伏に至らしめた東京大空襲 B29による主要都市爆撃作戦から広島・長崎へと繋がっていくアメリカの政治と軍勢力の思考推移も含めて...興味深く見た。 1945年3月10日 私は2歳なったばかり...見ながら 私は将軍ルメイによって田舎に疎開させられたんだ... (母に連れられての私の疎開の時期は 敗戦濃厚で 本土爆撃が予想され始めた頃 学徒動員 女子学徒には挺身勤労令 そして主婦幼児には疎開奨励に基づいて... ...多分1944年の中頃の事ではないだろうか... 当然 記憶には無いが 何となく冷たい雨が降っていた... 軽便鉄道の小駅から母に背負われ ひと山超えた片田舎の父の実家に辿り着いた... 脳裏にデジャブが蘇るのみである)と自分の人生のスタートラインがルメイによってもたらされた事に複雑な思いがした。(余談)番組は更にその後の冷戦体制からベトナム戦争・イラク戦争へ...さらに今年のベネズエラ・イラン侵攻に至るまでのアメリカ内部の力の政策の源泉?戦術抗争は 非常に興味をそそらせてくれる内容で面白かった。 詳しくは 再放送をやると思うので見て欲しい。この番組は 今年に入ってからアメリカがベネズエラを侵攻し、更にイラク侵攻の真っ最中である中で作られた本当にホットな作品である。メディアも果たしてトランプは?アメリカは?何を目指しているのか議論沸騰である。日頃 番組を批判ばっかりしている私だが、今日の番組スタッフにはそういう意味で 示唆を与えて頂いた。敬意を表したい。狂人トランプの「力による支配」の考え方の源泉を見た。...必ずしも一枚岩の権力構造ではないアメリカの アメリカ人の世界観・戦争観。欧州全体に漂う歴史の重々しい空気感から逃れてアメリカ大陸へ移住。しかし一貫してアメリカを貫いているのはネイティブを追い払いながら 自由の国を作りあげた18世紀あたりの燃えているアメリカと その自信のその後 今日に至るまで。世界の指導者と云うか 世界はアメリカの下にある という 所謂「アメリカファスト」の考え方だろう。アメリカファストという場合 二つの側面があって、一つは 「アメリカが世界の先生だよ...」という考え方であり、もう一つは「アメリカ自国の事だけ...」という考え方であろう。次第に考え方 後者の方が強くなってきている。第2次世界大戦は ご承知のように圧倒的なアメリカの力によって日独伊を破った。その時点から 戦後の世界はアメリカ主導の...国際連合を始め世界秩序が出来上がった。世界はそれに従った。それはそれとして しばらくは平和な経済発展中心の世界秩序の時代だった。 しかし次第に疲れが見え始めて...トランプのアメリカ観 次第にみすぼらしくなってきてる...見るに堪えない... こんな事を振り返っている場合じゃない... パリは燃えているか の ヒットラー イランへの爆撃は150%の大成功 の トランプ戦争観ではトランプの先輩格のルメイ将軍の戦争観の犠牲者...である私の考え トランプの回顧主義世界観から 世界は脱却しなければならないだろう。 2026年(令和8年) 3月 10日 2割農民
2026年03月10日
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2026年(令和8年) 3月 7日の 戯言日記 数年前のDVDを見ている。NHKの特集で 欲望の資本主義 (2017~)という上質なドキュメンタリー番組である 何回か放送された。欲望の時代の哲学 という番組もあった。最近良いドキュメンタリーに出くわさないなあ...と思いながら 本棚を整理していて 引っ張り出したのだ。経済学者(ノーベル経済学賞受賞コロンビア大教授)スティグリッツさんに(ジョゼフ・スティグリッツ氏 83歳 1943年2月9日生まれ...ちなみに私と同い歳、誕生日も近い...関係ないか)久しぶりにお目にかかった(DVDを見ただけ) 何年か前の言葉がそっくり今現在にも通用する。これは また書いてみたい。今もご活躍だろうか?...当時日本経済の事も心配しておられた。その当時の予言通りに 進んでいる...因みにスティグリッツさんは我が尊敬する宇沢弘文教授(故人)の弟子だったらしい。当時世界を席巻していたパックスアメリカーナ市場経済至上主義・グローバル経済=欲望の資本主義を断罪し、「新しい経済=人間の経済」を 最初に提唱した人だ。「社会的共通資本」という言葉を生み出した人。今 その系統を継ぐ経済学者が日本でもたくさんいらっしゃる。最近 例えば慶応大の井出英策氏の論等にその系統を感じている。もう少し詳しく宇沢氏の事をいうと 当時アメリカのシカゴ大の教授をしていて、同じシカゴ大に居た 新自由主義のブレーンだったフリードマンなどシカゴ学派に追われて日本に帰ってきた偉大な経済学者である。スティグリッツ氏は今も宇沢氏を慕っているらしい... うれしいねえ...見ながら この放送は2010年代 今は26年 十年以上経っているにも拘らず欲望の経済 欲望の哲学 欲望の時代は変わらないなあ...いや ますます進んでる...それで 2026年・現在に飛ぶ... 話はトランプに飛ぶが... すごいね 彼の欲望は... 敬服の欲望???ベネズエラからイラン... これが終わったら 次はキューバだと 自らの計画を述べている。 グリーンランドといいカナダと言い...ところで 日本は とっくに我が手中 って感じなのだろう... 恐れ入り屋の鬼子母神。世界中を親米化 というよりもトランプ化 と言うべきかな?ヤクザの縄張り争い? いや カタギを相手だからもっと悪い。国家の征服だけではない。国内から移民を追放し、メディアを殺し、教育・学問を壊し、世論調査の支持率は極端に低下傾向にあるらしい。自らの支持母体MAGAでもキリスト教福音派内でも分断化が進んでいる とか... 国内の分断が深まり自らの支持も危うくなってきた為だろうか今度は事もあろうか 今度は 世論調査までつぶす らしい。支持率の低いのは 不正な調査結果 刑事罰ものだ... と宣う。それで?世論調査社の老舗 ギャラップが調査から撤退らしい...どこえ行く トランプアメリカ。さて 日本は どうかな?都合の悪い事を 隠したり誤魔化したりは おなじだなあ...トランプ一派の子分高市? いろんな事が 吹き出ては 塞ぎ...政府の諮問機関?のメンバーだった伊藤穣一氏がエプスタイン氏と関係があったらしい...政府は調査しないという。統一教会に解散命令が出た。自民党との関係も...それも過去の事だという。さまざまな政治献金・闇金も過去の事にしてしまった。派閥が跋扈し始めた。 何? 普天間基地は帰ってこないの?辺野古へ移設じゃなかった? 話違うんじゃない? もうじき 3月11日が来る。原発もどこ吹く風になってしまった。 高市首相 今月訪米の後にはまた新たな約束事を持ち帰るだろう。 欲望の日米共同体。上塗りしたり 下地として塗り込んでしまったり... 大変だ。自民党奈良支部が自民党議員全員にギフトとか...びっくり非常識。あらたに 今度は「サナエトークン」とかいう、やばい金の流れもある様だ。デジタル時代は隠し金のシステムも 理解できない分からない事だらけで... あっしにゃ かかわりねえことで...ア そうそう 宇沢氏は 環境問題でも 地球環境の悪化に警鐘を鳴らして来た人だ。新聞読んでると 次々に 考えさせられる。今年11月に COP31があるらしい。そこで化石燃料からの脱却へのロードマップが示されるという。トランプは アッしにゃ関係ない というだろう。11月と言えば トランプ 中間選挙の月だ。世界はどう動くのだろうか 地球を掘って掘って掘りまくる派= ホモサピエンスの亜種が勝つか それともホモサピエンスの理性が勝つか 地球は 第6回目の地球生物絶滅に向かう瀬戸際に立っている。 2026年(令和8年) 3月 7日 2割農民
2026年03月07日
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2026年(令和8年) 3月 4日の 戯言日記 昨日の毎日新聞記事より、憲法9条の改正に賛成か反対か...なる調査が出ていた。改正賛成 83% という結果だそうだ。...そうか そこまで来たか... 日本国民の意識に愕然とした...しかし 記事 よく読んで見たら 国会議員への調査であった。なあんだ!人気投票・人気にあやかって当選してきた連中の事か...そりゃそうだろう 2/3を占める与党議員達 +参政党や...465人の衆議院議員の83%と言えば386名だが つまり大多数の議員が 憲法改定論者という事になる。まさに 大政翼賛的な国会になってしまった... ちゅうこと。なんだかなあ...だが待てよ! ただし これは国会内(衆議院)の事で憲法改正は 最終的には国民投票を経なければならない。国民投票の結果 過半数を獲得しなければならない。さて じゃあ 国民の意思はどうだろう...各種 調査はあるが 日本国憲法の理念と云うか 国民の崇高な誓い 世界に向かっての発信のような 法の哲学...的な事を問うた調査を見たことはない。法律というのは 勿論一字一句は大切だが。それよりもその奥に秘められた秩序・社会規範の理念が大事だろう。そういう調査がなされた事はあっただろうか?それは ともかくとして... 今回の選挙で類推して見て見よう。そんなデータはないが...総選挙の投票率は56%だった。仮に 56%×83%(465人中386名)...全当選者を平均得票とみて得票数は全有権者の46.5%になる。過半数には届いていない。しかし こんな計算は全くの仮の姿で 国民の意識というのはもっと複雑で今後の展開 時の社会状況により全く分からない。 自衛隊 現実に存在するんだから憲法に明記は当たり前だろう 自衛権は国際法で認められているんだから 自衛権を書くのは 当たり前だろう 緊急事態条項 現憲法に欠けているんだから加えた方がいい。国民の中にも こういう思考が 次第に多くなってきている。憲法論議が 極めて表面的な字句のなぞりの問題としてしか語られない...憲法は国民生活のマニュアルじゃないんだから...しかし そういう風潮になってきている事は確かだろう。国会議員も 法の精神を語る事よりも 法解釈に矮小化するだけの連中になってしまった事の反映... としての83%であろう。私は 日本国憲法(特に前文)に秘められた「魂」を大事にしたい。 自民党の憲法改正草案(平成24年2012年)を持っているが、それによると 天皇を元首とし、君が代を国歌とする...と書いてある。戦争を放棄と書いておきながら自衛権を妨げないとも書いてある。要するに 現憲法の魂は骨抜きになっている。さて メディア含め この風潮は 国際問題に対してもいえる。トランプのイラン爆撃に対して すぐに「石油はどうなる?」インフレが益々... いやだねえ...確かにそれはそうだ!日本経済はどういう影響を受ける? メディアの関心はすぐにそういう事にいく。政府は 真っ先に 日本人を避難させる...と語る。イランの核はけしからん持たない方がいい。日本もだ!ロシアのウクライナ侵攻では 小麦の心配が先に来る... 思考 こういう論がダメだと言っているのではない。最近のメディアの論調は すぐに損得・自分の利益から考える事を優先する論調になっていて ...私自身も 3月1日のニュースに さもありなん・そうだろうなあ...と まずはトランプの行動・国際法無視の行動に対して怒りではなく、極めて冷静沈着?に そう思ってしまった。 戦争という実態がもたらす ものすごい惨状や悲劇、時を超えてもたらす心のトラウマ...などなど に思いが至らない。こういう時代が やってきている。自分ファスト連中が闊歩する。余談だが 山崎豊子さんの「大地の子」の演劇が上演されるらしい。監督が 「今 タイムリーな題材だと思って...」 と語っていた。お見受けすると 私と 同年配くらいの御歳だろうか? 共感! 自分に直接降りかからない事象に対して簡単にスポイルしてしまう歴史の修正から歴史の抹殺時代へ... こういう 今という時代の風 に逆らわねばならない。積極財政 強靭な国土 世界の中心で輝く... いい言葉だねえ振り返ることなく 突き進む...偉大なアメリカ アメリカこそが正義... 突き進むすごい自信だ。それでも MAGA(メイクアメリカ グレートアゲイン)に対して 最近は疑問に持ち始めたアメリカ国民が多いそうだ。一昔前?に「八紘一宇」を いい言葉だ と言った女性議員がいた。歴史の流れの中で この言葉がどういう役割を果たしたかの学びが全くない。 世界を一つにまとめ上げる...事はいい事だ だけ...大きい事はいい事だ...世界の中心...トップに立つ...素晴らしい目標。トリクルダウンを国民みんなが信じた。恩恵はみんなで受けよう!結果 円安の風で雫(しずく)は垂れずに上に舞い上がってしまった。過去の反省・歴史の教訓に学ぶ...年寄りの戯言というかもしれない。しかし このブログ 戯言日記 だから心置きなく書いた。...大切にしたいものだ。 2026年(令和8年) 3月 4日 2割農民
2026年03月04日
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2026年(令和8年) 3月 3日の 戯言日記 最近 賑わしている エプスタイン文書 とやらがある。刑務所で自殺?したという大富豪のエプスタイン氏にまつわる膨大な600万ページ?...想像もつかないが... FBIの司法文書と映像だそうだ。悍ましい・忌まわしい で語られるにも大きすぎる。アメリカ、ヨーロッパの政界・ロイヤルファミリー・経済界等、所謂世界の上流階級を覆いつくす.スキャンダル?...それには日本も含まれているらしい...つまり 西側文明国の大部分の国の支配層を網羅した大スキャンダルらしい。600万ページの報告書も まだ半分くらいしか出てないらしいが、それも大半は黒塗りで... それはともかく人の一生、一部始終を日記にしたためたとしても追いつかないの程の 量になる。600万頁の捜査資料? ...調べる方も膨大な時間と労力を使って調べたに違いない というか わざと泳がせていたのかもしれない。それにはそれなりの深い政治的理由(政治的関与)があったかもしれない。権力を持つ者 謀略・策略 闇の世界というのはいつの時代でもあったらしい...日本でも 戦後のGHQとの関連で いろいろあったことは かつて 松本清張の小説で読んだ。(松川 下山 帝銀事件..)そんな以前に遡らなくても...直接関係ないが...最近 日本国内でも 権力の捜査による 冤罪事件が最近次々に明るみに出てきている。つまり罪を作らねばならない権力を持つ側のそれなりの理由があるということだろう。さてエプスタイン事件 単なる忌まわしい事件というよりももっと深い何かがある...何が行われていたのだろうか...全く知る由もない従って これ以上書くことはない。 さて 話は トランプアメリカとイスラエルの イランへの攻撃一瞬の内に 国の指導者を排除・殺害する手口...ベネズエラも同様...極めて高度なAIを使った情報戦略のなせるわざ だった様だ。... ... ... 滅亡の時代を感じてしまわざるを得ない。何という時代に私は生きているんだろうか世界から 秘密なる事が 全くなくなって、全てが一瞬の間にあからさまになって ...中国は至る所 監視カメラだらけだし...今国会にスパイ法?みたいなのが上程されるらしい...個人情報は全部管理される方向に行ってるし...こんな時代 平穏な社会と言えるだろうか?それこそ 昨日 私が書いたブログ 人類の衰亡・破滅...我がホモサピエンスの末期を想起させる。この本は こう言う。 「人間の活動が地球の基本的なシステムを深く攪乱している という点で わたしたちは「収容力の限界」に達したようだ」 ホモサピエンス滅亡のあと 遠い未来が この 今という時代を 歴史として語られる事になるだろう。人新生 という地層を掘り起こしながら... 2026年(令和8年) 3月 3日 2割農民
2026年03月03日
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2026年(令和8年) 3月 1日の 戯言日記 現在 3月1日 午前6時 を回ったところである。今朝も早くからPCに向かって...とりあえず新聞の電子版などのニュースを見ている。 単なる年寄の生活習慣。アメリカ・イスラエルが イラン攻撃を開始した というビッグニュースである。「あ やっぱりか...」数日前からの交渉推移と トランプの反応から 特に驚く感想ではないが、ため息が出る。民間人の犠牲者も出ている様子である。さて 我がPCの脇に 一冊の本が置いてある。「人類帝国衰亡史」 ヘンリー・ジー著 竹内薫訳サブタイトル ホモサピエンス30万年 栄光と破滅の物語これは科学書ではない 叙事詩だ と訳者竹内氏は言う。数日前に ざっと読み終わって2回目の読み返しに入っているが 確かに壮大な叙事詩・物語である。 が 同時に 私には 必然性のある今にでも起こりそうな 預言書? というより 現実的な科学書のように思える。因みに 竹内氏は日本を代表する科学者(生命史?)である。つい先日 上野での大絶滅展を見に行った事は以前に書いた。我が地球は過去に5回もの大きな「絶滅」期(ビッグファイブ)を(46億年の歴史のなかで)経験してきた。一番身近?なのが恐竜が絶滅した第5回目の「絶滅」(6600万年前)で、 それについて著者はこういう。 「恐竜をなぎ倒した小惑星の衝突はまさに突発的な出来事 だった。だがたとえあの小惑星が地球にぶつからなかった としても 恐竜はいつか必ず絶滅していただろう。 なぜなら それが生き物としての定めだからである。 そして なぜ種が絶滅するのかを理解するには、その種が 栄華の絶頂にあったとき、何をしていたかを見なければ ならない」我らの興味は... その後に地球上に現れたホモサピエンスは (たった30万年前に だが...)はたして これから先どうなるのか...科学の発達は 極限に近く、地球は奥深く迄掘り下げられ、月を飛び越え 宇宙の先 火星にまで 住処を求めて...争いがあるという。一方生命科学はヒトより優れた?AIロボットの時代に入りつつあり、... 昨日の新聞では 人工の精子まで作られるらしい.. 人類の絶頂期とも云える。なんだかなあ... しかし この本 著者・本は 結論から 先にいうと悲観論ではない。 絶滅が仮に不可避であるとするならば 「今をどう生きるか」 「私達は後世に何を遺せるか」という倫理的な問いが、より切実な 問題として浮かび上がってくる」 我がホモサピエンスは 生物の 例外ではないが、例外的である。と... 希望を持たしてくれて この叙事詩は終わっている。ブログアップ 朝飯時間を経て...遅れてしまい...(今10時半)また世界は 動いている。 ハメネイ師が 殺害された様だ。アメリカ・イスラエルの狙いは 政権転覆だと解説者の多くが述べている。近代の歴史は多くの帝国主義が ホモサピエンス同士の殺戮合戦に拘ってきた。(他の生物から見れば それこそ不思議な生物だ!) 一国が他国を支配する。価値観が違う 事を戦争の理由にして...また 価値観を単一化したい... これは単なる欲望でしかない。ヘンリー・ジーさんの言うように 欲望の前に倫理は勝つ のだろうか... 今日は ここまでにしておこうかなあ... 2026年(令和8年) 3 月 1日 2割農民
2026年03月01日
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2026年(令和8年) 2 月 27 日の 戯言日記 一昨日の雨は 久方ぶりの本格的な雨だった。我がマンションは大規模修繕中で建物は 足場とビニールシートに覆われて 今 外の様子が分からない状態だが、雨音だけは やけに大きく聞こえてきた。久しぶりの....恵みの雨だなあ... 雨降りの憂鬱さとは別に私は 春の新芽たちのシーズンを迎えて 天の恵みを感じていた。 雨とは 水とは 天気とは そういうものである。自然は 必要とする時に恵みとして与えてくれる。有難い!都市生活で水はいつでもあるもの... 蛇口を捻れば出てくるもの という理解しかない人たちにとっては ニュースから流れる都市周辺の貯水池・湖の干上がりを見て始めて 水の有難さを知る。ましてや コンビニや自販機で買う時代では水は商品としてしか理解していない。 (私も 日頃は 水と天気・雨の関係など考えもしないが...)我が田舎には 雨乞いをして天の怒りを鎮め、地域の旱魃を沈めたという伝説の神を祀った池がある。今も毎年 年2回 (阿闍梨様)の雨乞い神事・祭事が行われている。 (桜ケ池神社の神事)雨も 太陽の柔らかな光も...科学によって人間が作り出したものではない。 自然の意思? によってのみ働いている。逆に言えば 災害...天災...これは何か天の怒り?とも云える。なんだか 非科学的な事 を言っている と思われるが...今 科学なるモノに身も心も預け切った現代生活の中に私達は生きているのだが そういう意味では 自然は科学の上にある?科学を超越した存在 ということだろう。46億年の地球の心からすれば たった 数百年の歴史しかない人類の「科学」なるモノは まだヒヨッコなのである。信じていいか 悪いのか...判断が付きかねている といっても何の不思議もないのである。かつて地球を支配していた恐竜たち...子供たちの大好きな...は余りにも大きくなりすぎて 食体系が追い付かず、多種の他の生物を食い尽くして天の怒りをかった?(非科学的な見方だが...) 巨大な隕石が降って、地球を凍らせて絶滅した。(これは科学の解明だ)この事から想像するに...自然の神は 多様な生物(動物も植物も...)間の 生存のバランス感覚に、自然享受の公平性・平等性に特別の配慮をしてくれているんじゃないだろうか...人間だけが 特殊に優れた能力を持っている... と言う過信は神のご機嫌を損ねないだろうか? 戦争・兵器にしろ 自然破壊にしろ 或いは 生命科学にしろ そして 欲望の資本主義も...と 最近気になる。昨日の雨は 天の神のどういう意思? が働いたのだろうか...それは わからない。とりあえず わたしにとっては これから迎えるであろう春の旬菜 わらびやセリ みつ葉 タラの芽 フキ 筍 ...多くの自然の恵みの楽しみにつながる。 天に感謝して楽しみに待つ事にする。 2026年(令和8年) 2 月 27 日 2割農民
2026年02月27日
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2026年(令和8年) 2月 25日の 戯言日記 朝のニュースショー番組の始まりは ペットの話題から (テレ朝の羽鳥モーニングショー)始まる。可愛い動物のしぐさは 見ている人の心を和ませてくれる。楽しい... 視聴率の誘い込みとしていいのだろう。さて今朝のニュースショー 最初がイノシシの被害の話題だった。イノシシの大群が道路を横切ったり、民家の庭で寝そべったりもちろん 周囲に住む人々にとって脅威に感じるのは当然だ。今年というか近年 クマによる被害 シカ イノシシ、その他野生動物による被害の話題が度々取り上げられ、その対策方法、駆除のやり方、動物愛護の観点からの視点などにいろんな意見駆除にも賛否両論があって...それぞれの意見に、尤もだと思いながら聞いているのだが、何か 欠けている視点があるようにずーっと 感じてきた。人間対野生動物 人間社会と野生動物の生息地域 これは厳然と区別されなくてはならない...という考え方が そもそも間違っているんじゃないか と思っている。本来 動物(人間含めて)というのは食体系よって自然に生息地域が分かれて共存してきた。これを「縄張り」という。森の動物と草原の動物、夫々の食体系によって 移動しながら...もちろん争いは常にありながら......逆に言えばそれに耐えられない種は絶滅してきたわけで...そして人間は 人間だけが持つ 文明なる知能によって食の範囲を広げ、地球のあらゆる所を生息範囲 つまり住処に変えてきた。さて 話をはしょる。 クマ・イノシシの話に戻す。昔はマタギなる人々がいた。その後 猟師なる銃所持免許を必要とする人々の制度・集団(猟友会)ができた。 このへんまでは人間と野生動物の共存関係には暗黙のルールがあって まあなんとなく 動物と人間 お互いが 住処を行ったり来たりしながら 被害と駆除、を繰りかえし、食肉・毛皮・骨などの利用も含めて、共存関係を保ってきた。(もちろん被害もあった...が)これが一挙に崩れ出したのが都市化、工業化。人工的植林や放置山林の荒廃 山林開拓・宅地化 道路開発 などなど... アフリカなどの野生動物も 道路で草原が寸断されることによって 群れ間の交雑ができず、近親交配による種の劣化が進む..という ケースを聞いた事がある。 余談もっと言えば 放出される産業排煙 汚染排水など 環境汚染等による温暖化、森の植物への悪影響など...による文明発達の名の下での 野生動物の生息地の侵入であり、動物の食環境の破壊である。 一方 動物をペット化するという人間の持つ特殊な才能?文化が発達した。 ペットとは 人間と動物が上手く共存してゆくための技術である。 ホモサピエンス発生(20万年前?30万年前?あたり)から 野生動物を飼いならす=家畜化する技術はあったらしい。主として 犬と猫 夫々に役割があって 犬はほかの野生動物を追い払う仕事であり、猫はネズミ等から穀物を守るためだった。その後 馬や牛も...それぞれの働きに依拠しながら...文明の発達に寄与していただいてきた。それぞれが持つDNAによって それが可能になった...という事が近年?解明された らしい。 余談だが シマウマという動物がいる。馬だから 家畜になる... と思うだろうが絶対無理だそうだ。人間に飼いならされるDNA が全くないそうだ(本当かなあ) 確かに シマウマの競走馬や農耕馬は聞いた事ない。横道にそれてばかりで私が 今日言いたい事に なかなか辿り着かないが...野生動物駆除に関して...猟師さんたちの高齢化と人数が減って..とという事はその通りだ。 なり手がいない... 理由のもう一つには 住環境の変化で猟犬を飼えないという事があるのではないだろうかマンション住まいでは 猟犬は飼えない。つまり猟師は 犬という 人が飼い馴らしてきた家畜・パートナーがいなければ成り立たない職なのである。話 急ぐ... いつまで経っても書きたい事に辿り着かない。私のペット論? 最近のペットブーム...何か間違ってないか?犬に着物着せたり 猫にリボン付けたり...もちろん心の癒しを求めることを否定はしないが、家畜の動物に..そこまで人間が要求してしまうのは...動物の本来の持つ力をスポイルしているような気がする。 犬も猫も 本来 彼らに備わっている能力を 最大限に発揮していただいてこその共存だと思う。 昔の人は 出稼ぎ先から 家に残る妻あての手紙にこう書いた。 「おせん泣かすな ウマ肥やせ...」 ????私の頭になぜこんなフレーズが浮かんだのかよくわからないが...家畜に対する本当の愛情のようなものを感じるのだ。 2026年(令和8年) 2月 25日 2割農民
2026年02月25日
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2026(令和8)年 2月 21日の 戯言日記 佳境に入る 煮詰まる 大詰め... 物事の進展段階においては、いつかは こういう状態が起こってくる。世界におけるアメリカの力が相対的に弱まっている... という「パックスアメリカーナ」時代からの後退現象は だいぶ前から言われてはきたが、最近アメリカの内部からも「これでは危ない...」 という声が上がり始めてきた。自ら モンロー主義ならぬドンロー主義を言い始めた。アメリカ内部から権力の力関係が変わり始めた? 11月は中間選挙である。さて 昨日 連邦最高裁がトランプ関税を違法と判断した。これからどうなるのか私には予測がつかないが、この判決はトランプの最大の急所、懐にまで司法の手が入ったという事...今アメリカ社会は何かが煮詰まり始めた。こんな予感がする。ハッピーエンドになるのかそうでないか 悲劇なのか茶番か破滅なのか再生への道なのか それは終幕なのか単なる一幕の終わりに過ぎないのか それはまだわからないが...かけて かけて かけまくってきた天下のトランプ 最大の武器「関税」の行方までもが曲がり角に来たことは確かだ。普通の経済人であれば 関税の意味と 間違った使い方は 前もって司法に言われる前に 分かっているはずなのに...(関税政策はその国にとって大事な制度武器なのだが...それは否定しないが...)日本の指導者は この逸脱した法によらない力の政策に 警鐘のシグナルすらも送れなかった。赤沢大臣の交渉 きちんと原則論を語った上で 交渉だから譲り合いや妥協はありうるが...原則だけはしっかり踏まえて臨んでほしかった。それどころか巨額の投資(80兆円)までして諂う日本の権力者の何というオソ松君現象。今年3月の決算 自動車業界トヨタを除いて軒並み赤字だと...にも拘らず 今回の判決に対しても「状況注視」だと...モノが言えない。こういうのを へっぴり腰 という。既に実行済で手に入れてた数憶ドル?の関税はどうなるのだろうか... これは 心配してもしょうがないが...いずれにしても世界の基軸通貨ドルの価値低落は避けられない...トランプの「鞭打つ力」に衰えが見え始めたことは確かである。そんな時 大与党勢力をバックに 高市政権(第2次?)のゲートが開いた。アメリカとの向き合い方 世界との対話力...パドックでの雄姿は圧巻...それはいいが...しばらく注目である。 そんな話は さておいて言葉ついでに競馬の話をする 今自分が馬群のどこにいようが 常に鞭をしならせ続ける騎手というのは 馬と相性がいいとは言えない...適切な時に、ここぞというときに 鞭は打つものであろう... トランプのように 掘って 掘って 掘りまくる...奪って 奪って 奪いまくる 手法はもう通用しない。...というときに なのに... トランプ馬を追いかける高市牝馬。後追いのように働いて 働いて 働いて... 積極財政 強い列島 さらに施政方針では 成長のスイッチを押しまくる...なる言葉がメディアを賑わしている。 もうあきた。枕詞(まくらことば)ならぬ「まくる言葉」に辟易してる。ところで イタリアの冬季オリンピックでは日本選手の活躍が...いろんな競技で 今回特に 女性陣の活躍が目を見張る。りくりゅうペア フィギュア ジャンプ スケート...画面を見ながら 本当の強さ の意味を学ばされた。競技以前のところでの 心の持ち様、自分の役割...等 皆さん 本当によくわきまえているなあ...と 感じて...コーチとの関係 ペア相手との関係 チームの和 先輩後輩との関係 そして家族との関係 鞭の使い方 鞭のもらい方 なんだろうなあ...多くの言葉を オリンピックの選手たちから学んだ。聞く力 気配り 愛深い視座 謙虚さ 冷静さ 慎重さ 観察眼 戦略的思考 反省 準備力 ...これらの言葉を念頭に 今日の新聞に載った高市施政方針演説を 読んでみたい。 また ブログで感想を... 2026(令和8)年 2月 21日 2割農民
2026年02月21日
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2026(令和8)年 2月 20 日の 戯言日記 老人の習性で 朝が早い。一度目覚めると まだ早いと思っても寝付かれない。暗いうちに机に向かってPCを開く習慣になってる。大抵は YOU TUBEで静かな音楽を聴くのだ... それが一日のスタート化している。 なかなか いいもんだ。今は 静かなジャズバラードを聞きながら キーボード叩いている。かすかな光が...窓が明るくなり始めた。窓から光が差し込んでくると 人間の身体は不思議なもので「覚醒」という状態になる。麻薬をやったことはないが、その覚醒とは違う、脳が正常に働き始める...という事なんだろう。夜のうちは脳は全面的に動かないで、どちらかというとマイナーな思考?だけが働いてしまってるように感じて夜明けが待ち遠しい。冬至は12月の20日?だったかな もう冬至からだいぶ経つのにまだ夜明けが遅い。若い頃は「もう朝か!」と...もう少し寝かせてくれよ!みたいな気持ちがあったものだが、最近は まだ明けないのか...と思う事がある。 まじで 太陽の回転(いや地球の回転)が遅くなってるんじゃないか...と思っている。年取ると 季節の変わりが待ち遠しい。夜明けが待ち遠しい。時間が過ぎのはゆっくりなのに 社会の諸現象だけが 早く回転していて...いったい 時の流れと 時代の流れ どっちが正しいのだろう...私には 時代の方に 加速度がついているように思える。あの「沈黙の春」の レイチェルカーソンは 孫の少年を連れて早朝の海にたびたび行ったそうだ。その描写は... 書かないがなにか言い表せない自然の大きな力に支配されていることを...背中がゾクゾクするような感覚を少年に体験させるためだった。幼い頃から こんな哲学的?体験が必要なんじゃないかな?私は 毎朝太陽の光を浴びても何も新しい哲学的体験などないが...そうだ 今日は 孫の青年Hの誕生日だ。 幼い頃から たびたび まだ明けぬ暗いうちに手を繋いで旅に出た。星を見ながら 日の出を見ながら ポツポツと会話したものだ。センスオブワンダー 自然の神秘に心を奪われる気持ちが育ったかどうかは 分からないが... どっかに二人は共通する気持ちが今もある。 とりあえず 誕生日 おめでとう 2026(令和8)年 2月 20 日 2割農民
2026年02月20日
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2026(令和8)年 2月 19日の 戯言日記 昨日は 誕生日だった。 言うのも恥ずかしいが...83歳になった....らしい。 忘れていたわけではないが何の変化もない というか 感慨をもって迎える何事もない 単なる... 通過点的 誕生日ということである。それでも家族、子や孫からは「おめでとう」のラインが入ってきたが、どう反応していいか...一応「ありがとう」の後の言葉が見つからない。それを見越し?「変化のない事がいい事」というねぎらいのコメントも もらった。あ!そうだ。 昨夜の晩酌には「菜花のお浸し」があった。季節に先だち これから次々新芽の香りが楽しめる...喜び 確かに「穏やかな日々」「変化のない日常が一番」のなかにささやかな喜びとか楽しみを見出す...そんな年齢になった。子供の場合は逆で 日々の変化・成長は本当に楽しみの連続である。「また一つ大きくなった...」誕生日は子供の為にあり、我が孫共も 中学生になる奴 大学生になる奴 社会に出る者今年はみんな おめでたい年である。 これも楽しみだ。我ら年寄りにとって...誕生日は来りゃいいってもんじゃない。さて 第2次? 高市政権が誕生した。 2歳だという。第1次?って あった? 1歳という成長の期間もないのに いきなり...生まれた顔のまま? 寝返りもハイハイもしないうちに歩き出す...という。 危険極まりないというか 大丈夫かなあ 目は開いてるかなあお外の環境は今 トランプ旋風を食らって荒れまくっている。国連はじめ、あらゆる「国際秩序」なる積み上げられてきた蓄積構造物が否定され、それに対処する、本来果たさねばならないはずの「かつての民主主義」なる衣も破れかけて彷徨っている。 ヨーロッパ NATO EU 彷徨える北の文明国...文明の焦点は インドや東南アジア ブラジルなど いわゆる「南半球」に属する国々がキーパーソンの役割を占めつつある。世界 政治も経済も文明も揺らいで様々な文化の大きい転換点になっているような気がする。...そうだ あの「シュトルム・ウント・ドランク」の時代なのかもしれない。日本も例外ではない というより 率先して 混乱の渦を回す側に立っている 気がする。政権が...というよりも もうすこし混乱の根は範囲が広くて...「保守とは...革新とは...」「中道とは...」「小選挙区制とは」「SNSの魔力は」「積極的経済...」とは「財政規律とは...」DX時代の「核保有は...」「武器輸出は...」書けばきりがないくらいにいろんな問題が混乱に混乱をきたしている。一番はっきり言えることは「基準」がないという事だろう。1945年の敗戦時には はっきりした基準があった。無謀な戦争への強烈な反省。 二度と再び戦争をしない事 この誓いが全ての基軸(日本国憲法)となって戦後の民主主義は育ってきた(様々な紆余曲折があっての事だが...)のだ。「平和への初心」ちょうど私たちの成長期の国の誓いである。この事を忘れて 上っ面だけなぞってみても 何も始まらない。憲法から80年。 もちろん時代の変化によるバージョン変更がない とは言えないが、憲法の太い柱=平和への初心だけは しっかり保つ必要があるだろう。日本の底力というのは 「...諸国民の公正と信義に信頼して...」発揮されるもの であって 価値観を共有する者 だけの地球にしてはならない。世界の新しい「シュトルム....」に時代に それを乗り越える力は教条主義世界との冷戦を乗りきって来たプラグマチックな文明ではなく これら二つの文明をアウフヘーベンした新しいルネッサンス力だと思う。 ....なんだか わけわからないこと書いた... 2026(令和8)年 2月 19日 2割農民
2026年02月19日
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2026(令和8)年 2月 18日の 戯言日記 久しぶりに 「水」 の事を書く。私の本棚には「2040 水の未来予測」なる本がある。 (橋本淳司 著)埃をかぶっていて...しばらく前に読んだが... 忘れた。 しかし「水」「食」は私の一貫したブログテーマでもある。「水を飲む時 井戸掘り職人の事を忘れるな」という格言当ブログで何回も書いた。水を題材にした処世訓であるが、水を飲むという事は呼吸するのと同じで何も考えなくてもする人間の日常行動であり それほど自然の事なんだ。自然現象 太陽の光の恵みも風や空気と共に...地球が地球たる所以。というより人間が地球の生物である証しである。しかし 2026 今年の雨量の少なさで 「水」に異常が...橋本氏じゃないが 2040...どころじゃない... 最近 各地の水がめや 河の水量が落ちているそうだ。わが 神奈川県の水がめ 宮ケ瀬湖や相模湖・津久井湖では干上がってしまって湖底が見えてるところもある... かつて湖底に沈んだ集落の遺跡まで の写真を見た。富士山周辺の湖も...河口湖ではワカサギ釣りができない静岡の安倍川 富士川も 多分大井川もそうだろう...とか...四国でも 四万十川の水量が落ちている...とか うなぎよ! どこかに避難してくれ!断片的に各地の水の異常ニュースが広がっている。列島の背骨を境に日本海側は大雪 太平洋側はカラカラ異常気象の一端であろう。さて 水は...人間の命を保つ自然の資源 何処にでも無造作にあるのだが今 水は自然そのもの だろうか... 水を異常に使い過ぎていないだろうか...というかビジネスの道具として あるいは地域と地域 国と国の関係などの道具化していないだろうか...橋本氏は言う。「水の分配は国家権力の象徴となった」と。私も含めて 粗末に扱っていないだろうか...さて 話変わる。レアアースを求めて 日本も 海深く 海底資源の取り出しに力を入れている。この事のもたらす... には今日は触れないが...科学が自然を克服する時代になった...というが... そうかな? 我らが第4の文明といわれるDX レアアース産業も水を使う。大量の水を使わなくては成り立たない産業。熊本 五木村を流れる球磨川「水は天からもらい水...」(五木の子守歌)ではなくなってしまう。過去の産業も ほとんど全てが「水」を それこそ「湯水の如く」使い 水を汚して 成り立ってきた。 かつても 今も... 水のいらない文明はない。蒸気機関も紙やパルプ・電力も... あらゆる産業という産業が。なのに 人間は水に感謝の念を忘れているのじゃないだろうか?感謝どころか 水を汚すことに何の抵抗感なく...汚し続けてきた。別のニュース 南太平洋の小さい島(島の名前忘れた)では 海岸にゴミが押し寄せ人々は海を生活の場(漁業や民芸品造りや...)にできず、島を離れざるを得なくなった と聞く。日本では例のチッソ問題に代表される公害。高度成長の陰の部分水俣病の原因として...はっきりと認められたのはつい最近の事だ。 (今も争いは続いているが...) さて また別の問題海水温の異常で海中での生態系が乱れ... 日常の我らが食卓にも大きい変化が出てきているのは 先刻ご承知の如く。一般的な常識として 陸地に近い海中では 海中植物(海草・藻類)の呼吸(光合成)で 海水に酸素補給をして プランクトンが育ち そのおかげで魚類他が生きているのだが、近年の異常海水温上昇で海藻類が育たず、海水に酸素補給ができずプランクトンがいない...と 生態系の連鎖の異常現象である... を聞いていた。海草が 海草類だけが 海に酸素補給 と聞いてきたのだが...最近 深海深く(数千メートル)に酸素補給する 何らかのシステム?がある事が 分かったという。(酸素を作る鉱物があるのかな?)そこまでしか私は知らないが...光合成に代る 何らかの自然現象があるのだろうか...H2O 水の問題 書けばきりがない。そんな事より 倉庫から ポリタンクを出してきて 水不足に備えよう... 2Lの水ペットボトルを備蓄しておこう。 2026(令和8)年 2月 18日 2割農民
2026年02月18日
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2026(令和8)年 2月 16日の 戯言日記 最近の文化の特徴は 短い言葉で意思の疎通をはかり気持の共有をしたり(うけをとる)、また それにすぐ反応できる事が仲間意識を共有出来て優れていると解釈されている様だ。鈍いヤツは仲間外れにされ蔑みの対象にもなる。短い言葉 簡略語 言葉の頭文字をローマ字化したり...こういう傾向は 文化を軽くしていないだろうか?キャッチフレーズという宣伝広告にとっての基本は大事だ...としても ...なんでも短けりゃいいってもんじゃない...話それる。 そうそう 最近CMでの 好きなフレーズで、タモリがディスクジョッキーをやってる広告(何のCMか忘れた)LPレコードかけながら「面倒だから いいんじゃない...」というフレーズ... 私は好きだなあ...それから あのタレントダイゴ君の...言葉の頭文字並べた?だい語? 省略語の典型例だが。まあ これはこれで立派な一つの芸だし いい...短いフレーズで事の本質をとらえるのは 大事な事だろう。これとは少し離れるが 最近は役所の文書や学術の世界でも英語の頭文字でなんでも簡略化して...アルファベット3文字4文字で表せば権威があるかの如く...無数にある省略言葉に苦労する...英語文化の過剰信仰が 気になるところである。それにも増してSNSの発達でネット上は短い言葉が行き交い...短い言葉だけで 分断が深まる... 傾向もあるように思う。スマホではコミュニケーションがマーク化して行き交う。我が家族間でもマークが送られてきて「なんだ?これ?」と聞き返すことがある。言葉や感情をマーク化して売るというこれがビジネス化しているらしい。 なんだかなあ... 昔から 四字熟語や格言...俳句・短歌や詩歌など凝縮された短い言葉が事の本質を突いてきた。それは良い文化だと思う。短い言葉で意思疎通ができるならば言葉は短いに限る...が話変わる。今日 NTVの夕方「笑点」を見てた。歴史の長い番組で何と2999回だとか...「徹子の部屋」他長寿番組は数あるが両番組共に 時代を切り取ってきた 優れた番組だろう...笑点は言葉 徹子の部屋は人...を 時代の空気がよく解る。 「笑点」...その時々の題材を 短いフレーズで 言葉遊びウイットに富んだ時代風刺... 私は昔からのファンである。 三波伸介(知ってるかなあ...)の時代からだ...権力に媚びるだけでは 面白くも何でもない...しかし最近は 時代に媚びて生きる芸人も多くなってきた... 日本だけではないが 言葉遊びは日本文化の特徴でもある。さて だからと言って言葉遊び 褒めてばかりはいられない。数日前 考えさせられた短い言葉に出くわした。選挙について「ママは 戦争を止めに行ってくるからね...」という投稿があったとか...私はこの言葉に「グサッ」ときた。投票行動にあるべき本質的な言葉である。私は選挙に棄権したのだ。心のどこかに後ろめたさはあったものの様々な状況判断 あまりにも選挙民をバカにした解散。プラスマイナス考え抜いたうえで...今回棄権した。ママの凛とした姿勢の言葉に感動したが、私は 今でも自分の行動は正しかったと90%思っている。だが...投票行動の本質を突いた「戦争を止めに...」のフレーズに動揺した。何年か前こういう言葉があった。「保育園落ちた 日本死ね!」これも社会の欠陥を本質的に突いた言葉だった... のだが...しかしそれでも 最近の 何事に対しても短い言葉で片づけてしまうのはどうなんだろう...SNSのいいねマークや チャットなどの決めつけ言葉には...辟易とすることが多い。 AI使った短いフェイク映像も... TVは...お笑い系の芸能人はみんな短い言葉で笑いをとって...それが積み重なって... 言葉の本質 芸の本質が見失われ...ピン芸人なんて言葉もある...何人生まれ何人が消えたろうか使い捨ての軽い文化の典型だろう。ワンフレーズ文化に警鐘を鳴らしたい。紙コップでも酒は飲めるが...お気に入りの酒杯・盃で飲みたい。短くする、簡略・省略することによって失われるものもある。本質的な事が失われている とすれば 由々しきことである。 2026(令和8)年 2月 16日 2割農民
2026年02月16日
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2026(令和8)年 2月 14日の 戯言日記 今回の選挙では 生成AIによるバーチャル動画が だいぶ大きな力になった様だ。切り抜き動画 フェイク動画...等々 先日も バーチャルの世界の怖さ みたいな事書いたが こういう政治や選挙に関わる バーチャルで雰囲気を変えてしまおうという運動?は数年前の都議選の石丸騒動?辺りから、あれから 選挙戦略はがらりと変わり始めた。 従来からも選挙は地盤・看板・金庫番と言われ、地盤はともかく、宣伝戦略とカネがモノを言ってきた。次第に夫々にプランナーが居て勝つための戦略が綿密に作られ 選挙の達人とも呼ばれる人も出てきた。今もいるが...清き一票は いつの間にか 政策判断の票ではなく 色や匂いや雰囲気や... いずれにしても魔性のツール化してしまった。さらに 選挙は ビジネスチャンス化して...組織として、カネのある政党や特定の候補者をバックアップし、選挙を大きいビジネスチャンスとして活用する企業が現れた。広告代理店がその得意とする分野で電通などが選挙でも活躍した。電通はこうして...余りにも経済システムや国の事業に深く入りすぎて... この前の東京オリンピック騒動では大きな問題になった。その後鳴りをひそめた...と言うわけではなさそうだが、時代は...企業戦略・事業戦略を巧みに組み立てる時代からさらにフェーズは変わってきてる... さて 時代はどう変わってきてるのか...私の思考範疇では 正しく捉える事は出来ない...が...先日 東洋経済オンラインの記事を読んだ。「急成長する異色ファンドの正体 5000億円を投資」する というその投資相手先は...「巨大な押し活 生成AIを用いて未来の経済圏を築こうという押し活 AIトランスフォーメーションカンパニー」だそうだ。(間違った解釈をしているといけないので敢えて投資会社名 投資先社名は伏す)今まで「欲望の資本主義」の牽引役だったのは 先ほど書いた広告会社 電通や博報堂だった。企業からの依頼を受け、単純にその会社や製品の広告宣伝を受け持つ会社から次第に幅を広げ マーケティングから 経営コンサルにまで手を広げ、更に企業だけでなく 国や自治体の広報活動や事業援助など様ざまな活動にも大きな役割を果たす国の資本主義システムのけん引役として長く君臨してきた。うまく言えない...正しい解釈じゃないかも... だが私の解釈ではマーケッティングは ターゲットの塊を見出す事だと思うのだがAIによる押し活とは 無い処に 塊を作ってしまおう... というような意味らしい。 有るモノをなきモノにする政治手法は トランプの専売特許だが無から有を生み出す... これも 怖い社会だ!これと直接関係ないが、電通決算 今期大赤字だそうだ。...世界は動く... あの 泣く子も黙る怖い電通が苦悩している。感慨深く いろんな世の中の変化を感じざるを得ない。 2026(令和8)年 2月 14日 2割農民
2026年02月14日
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2026(令和8)年 2月 13 日の 戯言日記 今聞いたニュースで 小川淳也氏が 今度の中道なんとか党の党首に決まったそうだ。 おめでとうと言うか ご愁傷様と云うかだが いずれにしても いばらの道が待っている。こんな時 党首としてどういう手腕が必要か... ... いや テクニック キャッチは必要ない 手腕は必要ないだろう。野党第一党だからとか 右だとか左だとか どの党と組むとか...国会の中での駆け引き 員数集め 騙し合い 化かし合いに組することなく 信念を貫く(表現古臭いが...)姿勢を持ち続けて...ハート...かつて 彼を描いた映画を見たが あの映画に描かれた (君は なぜ総理大臣になれないのか 大島新監督作品)魂の正義感・頑固さ 初心みたいなモノを今も忘れて居なければ...数年前 この映画を見てその一途さにファンになった...のだが...私は 彼に期待したい。ハートに頑固であり続けて欲しいものだ。今の荒んだ世の中 軽いノリの社会 目先の欲だけに目が向く社会に 旧いタイプの正義感 倫理観 人道主義 平和観 頑固なまで 今 政治に 人間性の復権 が望まれている と思うのだ。国会論議の中でさえ理念とか平和・正義・人道とか言うと お花畑?今すぐにでも攻め込まれるという「国家存亡の時代に...」寝ぼけ!とせせら笑われる時代に、憲法論議もそうだが理念を貫いて欲しい。こういう時代にこそ 落ち着いて 冷静に足元を見つめて...かつて大陸で戦争に没入している最中でも「反軍演説」を堂々と唱えた...国会では例え少数でも ...あの戦前の斎藤孝夫氏の演説は、今でも (1940年)生きている。斎藤代議士 国を指導したとか何大臣を歴任したとか...特に何をした人かも知らないが 今でも彼の言葉は生きている。石破さんさえも?(失礼!) 取り上げて 言葉が残っている。XやチャットみたいなSNSの短い言葉 強い言葉 早い言葉だけが受ける時代だが、本当の言葉・ハートに共鳴する言葉を発して欲しい。「外国人がシカを蹴った」という言葉ぐらいで排外主義が煽られる軽い時代。政権を批判すると いじめた!とか 難くせだ? と捉える風潮。振り返れば 国家権力が暴走してきた歴史... これにブレーキをかける事こそが 民主主義の仕組みでなくてはならない。実態を冷静に見つめて 現代社会の複雑多様な社会構造....多様な人と人・多様な国と国の時代に 敵をつくるのではなく、重層的に結びつける役割を担ってほしい。 少数者 少数野党にとって 今大事なのは地道にしつこく言葉を発して 国民の 特に若者の心を掴んでいく事じゃないかな...それしか ないんじゃないだろうか...SNSで発信しきれない 味と香りの言葉を紡いでいただきたい。トランプが いかに世界を 自分手法自分本位で動かそうが、歴史は 彼を偉大な人物としては描かないだろう。 とりあえず 小川淳也君に期待してみたい。 2026(令和8)年 2月 13 日 2割農民
2026年02月13日
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2026(令和8)年 2月 12日の 戯言日記 バーチャルの世界に驚いた経験は 幼少の頃の事である。我が幼少時にもバーチャルの世界というのはあり、絵本や漫画の世界、それは未来の夢を語ってくれるものだった。未来予想図的なバーチャルの世界は幼少時の憧れだった。お化けや幽霊の絵(これもバーチャルだが)は 昔からあるが、そうではなくて未来の都市や乗り物の絵に憧れを持った。幼少から数十年後(50歳になった頃...)お台場のビルで仕事をしていた時、窓から見える光景 空と海・飛行機と巨大船・都会のビル群とその谷間に鉄道や高速道路が通り......どっかで見事がある光景だなあ...と考えたら 幼少時に見た絵本の未来都市の光景と全く一緒だった...現実の世界が、私にとってデジャブの光景と重なった。幼少時 未来社会へのあこがれは素朴なものだった... それが実際にそうなって 現在につながってきた。因みに その当時のバーチャルとは、お化けや幽霊話であっても人を騙そうとして描いた単なる娯楽ではなく、多くが教訓話だったり 人の道を説くためのものだった。 (今はやりの小泉八雲の世界も 芥川龍之介のクモの糸も...)人間の脳構造は他の生物にない、唯一未来の予測をも描く事ができる構造になっているらしい。仮想 空想 未来予想 は人間の特権。 今では それすらも 昔の話...全部 コンピュータの予測。さて これらの言葉に近い、最近の言葉(現象)でいえば バーチャル という事になるが、最近のDXによる技術は生成AIが加わり、現実とバーチャルが混然一体となって、社会を惑わすツールとして...活躍?し始めたようだ。人間が前向きに生きる為...を前提に作られる先端技術であってしかるべきなのに...人間を明るく照らす 人間の特権としてのバーチャルが今 人をだまし そしり 敵を作り 分断を煽る道具に...最近は悪意が先行しているような気がする。ここ数年は バーチャルというよりフェイクを描く技術だけが先行し、それがビジネスとして成り立ち、それも一定の目的、悪意を持ったビジネス、人を信じ込ませ様とするビジネスになってきてる。 巨大な「推し活経済」が動き出していると聞く。昔から広告・宣伝・マーケティング(これもある種 人をだますビジネスでもあるが)この業界は 巨大なビジネスとなって資本主義の発展を促し、社会の原動力となってきた。オリンピック(だけじゃないが)が巨大なビジネスチャンスとして電通に翻弄されてきた... 事は既に社会の一面として話題になって、正々堂々の広告の世界の闇は語られてきたがそれ以降 DXの技術の進化と重なって深く静かに潜航し、人をだます業界の闇は DX SNS Xや生成AIの巨大な世界に広がっている様だ。広告やマーケティングは特定の訴求ターゲットに対して向けられるものだが、これらの新技術は 社会全体のマインドコントロールにつながる。マインドハッキングというか、ポピュリズムの手法を使って社会全体の空気を換えてしまう と言われる。今度の選挙が具体的に 誰がどういう目的を持ってどういう手法で どういう力が働いて為されたものか 或いは為されなかったのか...知る由もない。しかしこれらの新ツールが国家の暴走を生み出さないとは限らない。話変わる。このところ 毎日書いて恐縮だが 地球史の過去5回の絶滅は悪意の絶滅 ではなかった。温暖化 戦争 貧困... それらに加わってバーチャルが醸し出す風景。第6回目の地球生物の絶滅があるとすれば...それは人類による悪意の絶滅として 地球史に残るであろう... 2026(令和8)年 2月 12日 2割農民
2026年02月12日
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2026(令和8)年 2月 10 日の 戯言日記 衝撃の選挙結果から 一日が過ぎた。衝撃的...と書いたが、実はそうではない。一昨日ブログにもこうなる(自民党大勝)であろう事は 書いていて... ただ 歴史的に見て、大きなタイムエポックを経験した事になるという点では意味を持つ結果だった。将来歴史を振り返った時に記録に残る出来事になった のは間違いないであろう...余計な解説だが ドイツナチスが選挙大勝から全権委任に至り、日本では大政翼賛から国民精神総動員体制へ...デジャブである。ひとまず 選挙から離れて数日前から「人類帝国衰亡史」 という本を読んでいる。サブタイトル ホモサピエンス 30万年 栄光と破滅の物語 ヘンリー・ジー著 竹内薫訳 ダイヤモンド社400ページにも及ぶ 分厚い本で 買うのをためらったが...買ってしまった。 おもしろい... 分かりやすい...先に結論から言うと 「人類の絶滅は不可避である」 と。同時期 先日行ってきた「 大絶滅展」とも相まって...今までの地球史で起った 5回の絶滅「ビッグファイブ」の後に起こるであろう第6回目の絶滅を予感させてくれる。私はこの頃 絶滅に興味がある???? 絶滅? こんなモノに興味を持って 私はどうしたんだろう...古来マレな古希をとっくに過ぎて...絶滅してもおかしくない歳もっと 自分の絶滅に興味持った方がいいんじゃないのかな?例えば 終活とか... もっと 体力維持に努めるとか...認知機能のテストをしてみる...とか (他からそんな事を云われないうちに 自分で言っておく)しかし 興味を持ったのだから仕方ない。「絶滅」に興味? 知的好奇心にしては マイナーな興味だなあ... さて ...衰亡史 いきなり タイムリーな言葉で始まる。 「人生も 治世も 一瞬の出来事に凝縮される。 玉座の隣に墓 があり、罪人の成功は たちまち その報いによって消え去る」 エドワード・ギボン 「ローマ帝国衰亡史」これも解説はいらないだろう。 栄枯盛衰は 世の常で在り、驕る平家は... という言葉もある。 次大絶滅展 では 地球上に かつて生きた生物は ... 46億年前に ...原始地球なるモノが誕生してから 長い間 生物はいなかった。最初の生命が誕生したのが39億年前だ... そして そこから生命体は進化し ...地球を支配してきた生物は5回も 栄華と絶滅を繰り返してきた... と言う展示だ。その上に立って 我がホモサピエンス なんて生き物はたかだか何十万年の生き物。 地球上の新参者で そして その新参者が今 地球上で 人口80億余で 栄華を極めている...という。だが それは同時に、既に滅亡に向かって進んでいる...と。 最初に書いた 「玉座の隣に墓がある...」栄華を極めて 多様性が失われ... 環境が劣化し 農耕により食が単一化し、肉体は蝕まれ 生殖機能が犯され生物としての継承が出来なくなりつつある。人口は2080年頃がピークで (103億人)後は減少傾向で22世紀は急速に衰退の一途を辿る...などなど...そういう事を踏まえながら? 今回の衆議院選挙を振り返ると...ほんの一瞬の出来事 何となく さもありなん、納得というか心が落ち着くのである。世界の中心で輝いて...アメリカと共に 栄華を求めて...GDPをどんどん増やして...強い経済・強い国防で日本人ファストで... 相変わらず空虚な言葉が聞こえてくる。新しくできるであろう「玉座」は必然的に隣に「墓」を持つ。王の言葉の虚しさが 同時に葬送の言葉だとすれば 却って心を落ち着かせてくれるのである。 ブレーンロット(脳の腐敗)という言葉がある。ホモサピエンスの衰退は 既に狩猟採集から農業革命に入った事によって その時からすでに始まっているという。なぜか ......栄養過多の食に 食が均質化され、脳の腐敗化が進み ...かつて アフリカの大地から 大遠征をしてきた我が祖先。科学なる技術によって体力は衰え それが知性の劣化に繋がり、脳の機能の大半が 科学技術や 今はAIなるモノのに頼って...アルゴリズムの作用で 情報が偏りわかりやすい解の方に流れる。それが 大波に乗って エコーチェンバー現象 フィルターバブル となって 異なる現象を排除して 分断と対立だけが 跋扈する。一方で暴走 もう一方で 過剰な従順さ を生む。 こういう現象=過剰な従順さ が今回の選挙結果の総括であろう。次には もう少し 真面目に 地球の事 人類の事 世界の事日本の事 暴走を止める方策 軽い従順よりも賢い抵抗を書いてみたい。 2026(令和8)年 2月 10 日 2割農民
2026年02月10日
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