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○ 24日にエリザベス・キュブラー・ロス博士が お亡くなりになったと聞きました。○ ミリオンセラーになった「死ぬ瞬間」はすごい本 でした。まさしく死にゆく患者に一生を捧げた 素晴らしい人だったと思います。○ 多くのことを私たちに残してくれました。 死は人生の終わりでないこと言い続けた彼女に 勇気付けられた人の数は計り知れません。○ 数々の素敵な言葉を思い出します。 「いのちの唯一の目的は成長することにある。 究極の学びは、無条件に愛し、愛される方法を 身につけることである。」 人生は廻る輪のように より
2004.08.27
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○ 日本をそして世界を思う。 私の心に映る世界は、 台風、洪水、オリンピックの青空 イラク、勝つこと負けること、 夏の終わり、寂しさ、悲しさ、 北海道、山登り、家族、友だち、 仕事、そして秋の実りと空。。。。○ 昔はよく思ったもんです。 こんなぐちゃぐちゃの心、いったい どうすればいいのさって。○ 今もこころのなかはたいして変わってません。 ただ一つ一つ受け入れようとする意思があること、 ごちゃごちゃのままでいいと思えることが 小さな変化かな。○ でも、夏の終わりはそんなごちゃごちゃの心を 調和させるのに苦労する時期です。
2004.08.24
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○ 昨日のテニスは面白かったなあ。 実は屋久島で出会った人とやったんです。 あの梅雨の時期、一緒にユースホステルで すごした3人。3人とも社会人。 とても不思議な縁です。京都のAちゃんは 福祉関係のお仕事。そして昨日テニスをした Iさんは、水曜日のノー残業デイ以外は 毎日夜の11時、12時まで仕事に追われている。○ 性格も趣味もぜんぜん違うのだけれども、 でもなぜか屋久島で出会った。唯一の共通点は 旅好きなこと。○ 出会った全ての人を僕は覚えている、わけないけど、 でも本当の僕は全ての人を覚えているはず、だって 思う。そしてその人たちがそれぞれの命を生きている ことを思うと、もうそれだけで胸がいっぱいになる。○ あ、そうそう、そのIさんたら、テニス上手い! 私も頑張りすぎて、足が痛い。○ そして今日は実家で過ごす。最近は母も落ち着いて いる。○ 家事のなっていない親父に、ああでもないこうでも ない、ぶつぶつぶつと、指導したつもりが、 「うるさい」と怒鳴られる。○ よかれと思って。。。。というか、じーーーーーと 見つめてみると、自分の価値観を押し付けている、 こうしてほしいというエゴの発言、 このほうが母にもいいはずだという実は自分の 恐れみたいなものからでている言葉、 ああ、結局僕は、無意識に自分の都合の良い事を やらせようとしている。○ いろんな場面で無意識にそうしていることに 気が付く。昔々から自分を守ってきたエゴ、 自分自身を偽ってきたエゴ。○ 人のためは実は自分のエゴだったりすることが 多い。そのままこのままあるがままからは ほど遠い。○ 北海道に高校野球の優勝旗が渡ったのはなんか とても嬉しい。
2004.08.22
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○ 秋は青空と息するのが似合う季節です。 秋の風、秋の空。 なんか嬉しいですね。 悲しいですね。 でも有難いですね。 自然と自然に自然はとても自然。 有難いですね。○ 今日はかみさまが朝から仕事。 おかげで大好きな掃除洗濯をたのしみました。 秋の風が嬉しいですね。 夏を手放す時はもうすぐですね。○ 午後からはテニス!うーん、やっぱ掃除洗濯より こころ踊っちゃう(笑)
2004.08.21
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○ 自転車通勤復活! でも今日は風が強くて湿気がすごくて ばてた!○ 自転車 自転車にのって 雲を追いかける ペダルを漕げば そう体は空に浮くのさ 悲しみをペダルにこめれば そう風がみんな溶かしてくれる 寂しさをペダルにこめれば そう耳元で風が歌ってくれる ペダルを漕げば いつしか雲がぼくを追いかけている○ というわけで通勤が楽しくなる自転車通勤でした。 (ほんとは今あまり忙しくないから。。。。)
2004.08.18
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○ エックハルト・トールの邦訳は2冊でてます。 「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」と 「わたしは「いま、この瞬間」を大切に生きます」です。○ 両方とも生きがいシリーズの飯田史彦さんが監修。 お勧めは2冊目かな、ぼくにとっては2冊目の 方がわかりやすかったです。○ 最近はまっている人と言ってもよく、英語のテープや 原書もちんぷんかんぷんながら取り寄せて聞いてます が、、、こちらは私の英語レベルでは内容を理解 できずに、睡眠導入剤の役目です。○ いろいろな表現で「今にいる大切さ」が言われていますよね。 エックハルトの表現は西洋人だけあって、多くの人に とって分かりやすいような気がします。○ でも内容はとても東洋というか、仏教的かな? 「苦しみを取り除くためには、どうすればいいでしょうか?苦しみも、まず、それをきちんと観察することからはじめます。そして、なにが自分に不安や不満を芽生えさせているかを、見極めてください。「すでにそうであるもの」に対する決めつけや、抵抗、「いま」の拒絶など、無意識なものはすべて、意識の光で照らすことによって、溶けて消えてしまいます。○ このへんを彼のワークショップで教えているのでしょうね。○ 「自然の美しさ、神聖さに気づくためには、「いまに在る」ことが、必須条件です。----心がじっとしていなければ、自然の美に魅せられることはありません。これまで培ってきた知識はもちろん、過去と未来にまつわる問題を、しばらくのあいだ、わきにのけておく必要があるからです。---ほんとうにものを見て、聞くためには、完全に「いまに在る」ことが不可欠です---」○ 女優メグ・レイアンもおススメの本です!
2004.08.17
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○ 角川書店の「心が千分の一だけ軽くなる話」、そして 角川ONEテーマ21の「ツイてる」楽しい本ですね。 両方ともCD付き!一人さんが印税いらないからと 言って、値段を抑えてCDをつけることができた らしいですね。○ CDのお話もとってもいい。「100回聞けばわかる、 100回実践すれば身につく、とっても簡単な お話です」といって話してくれる一人さんのお話、 ああ、とても優しい一人さんですね。○ ひそかに近いうちにツイてる神社に行ってみようと 思っているんですけど、混んでるだろうな。○ 「私にとって、神さまは、おすがりの対象ではないん です。自分が神さまの役にたつんだ、と考えて、 この天命を守っていればいいんだ、と思うんです」○ 一人さんの言葉です。観音さまですね。○ 明日からの活力を頂いた気分です。でも自転車通勤は ちょっと控えなくてはいけません。左ひざの油がきれた みたいで、キーコキーコ言ってます。残念ですが、 自粛です。○ 今日は終戦記念日でしたね。 たとえばあのアジアのサッカー大会で 中国の人たちが表した感情は、あれで発散され なくなったわけではないですよね。 形こそ違うかもしれないけれど、わたしたちも 同じような処理されていない感情を持って いると思います。 自分自身の心を見つめることでしか本当の平和は ないのでしょうね。
2004.08.15
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○ 今週3度目の自転車通勤。 朝は75分をきるタイムで到着! 実用まであと一歩(笑) 電車だと、ドア・トウ・ドアで約60分、 15分しか差がなければ風とあそぶ方を えらぶ。 でも、忙しいときはだめ!○ なぜなら、今日の帰りは3時間! 道に迷ったのだ。 詳しく言うと、豊島区と中野区と練馬区の さかいのへんで方向を失ってしまったのだ。○ 朝もそうだが、幹線道路はあまり通らない。 なぜなら排気ガスが心地よくない。 幹線道路と平行して走っていそうな 細い道を走るようにしている。 大体の方角をたよりに、住宅街の道を 走る。途中、哲学堂公園、紅葉山公園、 代々木公園で水分補給をするのが好きだ。○ ところが今日の帰りは遅くなった関係で夜の サイクリング。ちょっと冒険心もあった。 住宅街で方向を失った。 哲学堂公園付近を二度とおる羽目になった。 おまけに気が付いたら池袋の方向に走っていた。○ 神隠し、そんなことばが浮かんだ。 こりずに幹線道路を避け、 細い道にはいると方向を失う。 何度も繰り返した。 朝はだいたい左右、左右のペースで要所要所 のチェックポイントにいけるのに。○ 焦る。腹が立つ。腹が減る。○ あはは、まったくお笑いであった。○ ご先祖様、ありがとうございます。拝
2004.08.13
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○ 自転車通勤、今日は時間は短縮したもののなんか身体が うごかなかったなーー。○ 電車はきっとすいているのでしょうね。 でもやはりお盆休みの影響で、心なしか 車も少なかったような気がします。○ オフィスで隣のデンマークの兄ちゃんにお盆とはなんぞや と説明してやりました。一般的なことをね。○ 自分でもわからないことは説明できないけど、とっても 不満足な説明!○ 日本的、仏教的なことを説明するときはいつも心にフラストレーションを覚えます。なんかこう、このほら、自分でも上手く言えない、日本人的な、その恐山のいたこというか、月山への巡礼登山というか、肝だめしというか、その、上手くいえないのですが、、、○ 西洋に日本と同じ土壌がまったくないとは思いません。たとえば以前シュタイナーの「祈り」について読んだときには、これぞ日本人の祈りと膝をたたいたものです。-------高橋巌訳『シュタイナー教育の方法』より -----シュタイナーがお祈りという言葉をどういう意味で用いているかといいますと、たとえば、小川のほとりに私たちが立つとします。すると、小川に水が流れています。その流れている水に向かって「水よ、流れよ」というのがお祈りのいちばん基本の言葉だ、とシュタイナーは考えています。川下に向って流れる水に向かって、反対の川上の方向に逆流せよ、とお祈りする場合がずいぶん多いと思うのですが、そうではなく、自然の摂理というか、大きな自然の流れの中に自分が立って、そしてその流れと自分とが一つになるときに、本当のお祈りがなされると考えるのです。 自分の個人的な願望をもって何かを願うということは――そういう祈りの形式ももちろんあるわけですが――本来の祈りの形式ではなく、特殊な祈りの形式になります。祈ることで、大きな必然の流れの中に自分も一緒に入ってゆくのが祈りの本質だ、というのです。平生の私たちは大きな自然の流れに入っていません。そこから排除されてしまっていて、自分がどこにいるのかもわからないし、一体どういうことをしていいのかもわかりません。ですから祈ることによって、改めて大きな秩序の中に自分が進んで参加できるようにする、というのが祈りの基本なのです。○ ぼくにとってお盆は感謝でもあり、「祈り」でもあるんですね。また脈略のない文章になってしまいました。
2004.08.12
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○ 今だけが存在する、永遠の今。 なんてちょっと哲学的なことを言ってみたくなる。○ オフィスではセミの声がうるさい。 ミンミンミン、ジーー、最近やたらとミンミンゼミが増えた。 ぼくが子供のころにはたくさんいたニイニイゼミは 少なくなったというか、 その声を聞かない。ついでに、 ツクツクボウシの声も今だ今年は聞いていない。○ で、とにかくセミに声が元気だ。 あれは、そうだ、鳴いているのはオス。配偶行動だ。○ 7年も地中で暮らし、脱皮して2-3週間の地上での 夏を謳歌する。やはり脱皮というのがカギなのだろうか。○ 7-8年の修行を終えたセミはみごと脱皮し、 そのときセミは悟りに達し、もう同じ時間の世界 に生きる存在ではなくなるのかもしれない。○ 時間を超越した存在がセミだ。○ なんちゃってね。ああ、それにしてもセミの声が元気だ。
2004.08.11
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大地にしっかりと立ち 両手をいっぱいにひろげ 大空を見上げてみる そしてその青の中から 自分の姿を自分の目で 観じてみる そこには情熱が見えますか? 生命力が見えますか? 優しさは?愛は? 自分にそれが見えなければ きっと周りの人も それを感じることは できないのでしょうね
2004.08.10
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○ デンマークのコペンハーゲンやオランダのアムステルダム等、自転車道路の整備されているところでは、かなりの人が自転車通勤をしているようです。○ コペンハーゲンでは自転車通勤をしている大臣もいると聞いています。町自体が自転車通勤をプロモートしていて、自転車道路の更なる整備をしているようです。○ やっぱり坂がないというのも一つの要因だと思います。○ そうなんです、私の家からオフィスまで、問題は距離よりも坂なんですね。それと踏み切り。坂道のつらさは健康のバロメータでもあります。○ それでもいろいろなルートを試したおかげで、なんとなく方向的な勘がはたらくようになって、今ではどんな細い道を通ろうとも大きなロスはなくなったように思います。○ 行きも帰りもだいたい80分ぐらいですかね。2-3年前は120分ぐらいかかったときもありましたからかなりの進歩です。同じ時間に車で通ったとしたら間違いなく渋滞で2時間はかかる道ですから。○ 今朝は7時5分出発、到着は8時20分ぐらいでした。渋谷区松涛のへんで少しだけ方向を失いました。どうせ通るなら違う道を行きたいというのが私の性格ですから、やっぱしどこかで迷うんですね。○ 町の表情を楽しめる自転車通勤、これから夏だけじゃなくてオールシーズン楽しもうと思っています。もう15年近く乗っている、三段変速付きママチャリ号は快適です!
2004.08.09
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○ ふう、この2日間はITU協会主催の国際会議セミナーに参加しました。今日は英語で模擬国際会議を行うという内容でそれなりに楽しめました。○ 「全ての椅子は四脚にするべき」というある国からの提案を話し合うというシチュエーションで、ちょっと無理のある議論が活発に交わされました。○ これはこれ、それはそれ、なのですが、“決まりを作る”ということにどうしても積極的になれない自分が微笑ましかったです。○ 表紙にちょっと写真をアップしてみました。屋久島の太忠岳、秋田の鳥海山、東京の雲取山(東京最高点、2017M)に登りました、今年は。歩くのは大好き、でも重たい荷物を持つのは苦手だから、登山は日帰りに限ります。○ 漱石の草枕はこんな出だしですよね。「山路を登りながら、こう考えた。知に働けば角が立つ。情に棹おさせば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」○ 確かに山道ではいろいろな考えが108つぐらい浮かんできます。それに付き合っているとめっちゃ疲れるんですね。やっぱし極意は一歩一歩一息一息になりきることなんですね。どちらかというと息に足の動きをあわせるって感じでしょうか。○ どの登山もとっても楽しかった。ああ、こんどはどこに行こうかな!
2004.08.06
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