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「イタリア十六世紀の建築」 コーリン・ロウ、レオン・ザトコウスキ 著 稲川直樹訳 を読んでいる。 第九章「フランスとイタリアのはざまで;ヴィニョーラ」「ヴィラ・ジュリア」を読むと、ユリウス三世のキャラクターの描写が可笑しい。 「ヴィラ・ジュリアの3人の建築家を選んだときは至福にひたったにちがいない。」 3人の建築家とはヴァザーリ、ヴィニョーラ、 アンマンナーティ。おまけに目付け役がミケランジェロであった。「この尋常ならざる関係」と著者は書く。全体に、この章には著者のうきうきした調子が感じられる。 ヴィラ・ジュリアは私一人で見に行った。興味尽きない建築・・・マントヴァのサンタンドレアとヴィニョーラによるイル・ジェズの比較した文章を読んで、イル・ジェズを見たいと思った。イル・ジェズでは、自然光はヴォールトのたっぷりした高窓から輝かしく降り注ぐ、のだそうだ。 この本は繰り返して読んで、その度にいろいろ発見がありそうだ。
2008.02.27
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2月の土浦。 手前が桜川、夕陽に映えた家々、 土手の桜の木々が、川面に美しい影を落としていました。 川の向こうには、消え入るように、霞ヶ浦が水色に広がっています。 私が眺めていると、I さん、U 君、 K さんが来て、 4人で「いい時間ですねえ」と、しばし 見とれておりました。 U 君が コンパクトカメラで撮って、送って下さった写真です。
2008.02.26
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「セヴェラルネス」の中の「桂の案内人」を読んだ。出先で読みながら、「もっと全体の図面が欲しい。出来たら付近の地形と桂離宮の関係も把握できるものが・・」ともどかしい想いで本についている小さな図面と番号を本文に照らしながら読んでいた。帰宅して何か捜そう、と思ったら、著者のHPに読むために、必要だろう、ということで拡大できる図面が掲載されていた。何て親切。この論文のキーワードなのでしょうが、「クリティカル・パス」という言葉、でも、その言葉と論旨以上に 17世紀にかけて新築と増築が重ねられた桂離宮の使い方、過ごし方を17世紀と、18世紀の二つの記録から悠然と解いて語るのが素晴らしくて、陶然と読んでしまうのです。建築と庭園と、さらにその外へと伸びる舟遊びは離宮に戻っても池の中で続き。月波楼での夜の宴。(その時間帯、月の位置は?)1枚の写真を見たいという強い願望を抱かされる。御輿寄右手の縁側から見える、御輿寄と古書院のシルエットを写し取った1枚の写真。思えばその写真が掲載されていないのが不思議なのだった。
2008.02.12
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「芝浜」を桂三木助で聴くと、朝の芝浜の描写に、心奪われる。 朝の海、太陽が昇る様子、波の音、清々しい空気遠くまで視線が伸びる海面、広々とした空間仕事を再開できた爽やかな喜びがしみじみと伝わる。 「志ん生」他でも聴いたが、上記の空間は感じ取れなかった。調べると>戦後は3代目桂三木助が十八番とし、彼の存命中は他の噺家は遠慮したほどであるが・・・ とあった。
2008.02.11
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「セヴェラルネス」評 田中純 より~「セヴェラルネス(いくつか性)」とは、能力に限界をもった人間が限りある事物との間に作り上げる、有限な関係性の論理である。~ この「能力に限界を持った人間」という言葉が不思議である。チョムスキーの言語理論は、地球上にある言語は星の数ほど無限にあるわけではなく、共通の深層構造を持つということを洞察したもので、無限、あるいは無数に対して、唯一というより「セヴェラル」と言ってよいのではないだろうか? 都市と建築の形態における選択肢が無限にあるわけではないということも当たり前のような気がするのだけれど・・・
2008.02.11
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今朝 届いた本から。抜粋 p167 ある事物の転用可能性は、その形態からセヴェラルに生じうるが 形態はそのあり方の可能性からひとつのみを自ら選択することは 決してない。 それを必然的なプロセス、一つの様相へ現実化するのはその形態にさらなる根拠を与え作業を遂行する「都市の人間」にこそある。「都市の建築」は形態のみならず都市の人間を含めたプロセスに見出されるべきなのだ。中略異なる建築機能の類似性に対する 転用者の深い認識とその実践的な架橋行為こそ、「都市の建築」の再定義と自律化がはらまれているからである。
2008.02.10
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夏の午後、北側の和室に寝転んで米朝の「天狗裁き」をCDで聴いた。2年前。落語はあまり経験のない私、夫に付き合って聴く程度である。 が、米朝の「天狗裁き」を聴いて驚いた。何てシュールか。DVDで聴きたいと思っていて、昨夜、米朝のDVD「天狗裁き」を聴いた。画面いっぱいに写しているので 細かい表情、ニュアンスのある動きが分かる。けれど、CDで話だけを、想像を膨らませて聴いた方が迫力があったような気がするから不思議だ。午後遅くの 薄暗い和室いっぱいに 天狗が大きく立ち現れるような幻想を抱いたのだったが。。。
2008.02.10
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ケガをしてできることが少ないのでブログを書いていると、やや!カウントが4万に近くなっている。ドキドキ(笑)今日4万になるかしら・・・ブログを始めた頃にカウントが気になった。4000を超えた頃に、安心して気にならなくなった。20000件を超えたら、またまた安心して全く数は気にならなくなった。何で偶数なんでしょうね?(笑)ただ、繰り上がるときはドキドキしますね。年齢と一緒で。
2008.02.10
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ケガをしたので外出は病院くらいの連休。夫は一人で映画館に出かけた。遅い朝食が終わったころアマゾンに、昨日の夕方、注文した本が 3冊届いた。1、 「セヴェラルネス 事物連鎖と人間」 中谷礼仁 2005 12 発行2、 「10+1」 No。49 特集 現代建築・都市問答集32 2007 12 発行3、 写真集「HOME」 坂口トモユキ 蒼穹社 2007 10 発行 紅茶を入れてゆっくりと見たり読んだり・・・ま! ケガをしても理想的な一日の始まり。(笑) 1、の本に引用されていた黒田泰介氏の円形競技場の転用過程についての図版に大変興味を持つ。さてロッシの言葉とどう連結するのか。発表された数編の論文を取りよせて読んでみたい。中谷氏の本を「解説書」として傍に置きながら。
2008.02.10
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雪が降って積っていれば、音が吸収されて静かなので、外を見る前に雪かな?と思う。でも、まだ雪が降る前、数時間前から風もなく 辺りが音のない世界になってしまうのは何故なのだろう?1枚の写真のように、時間が静止したような奇妙さがある。
2008.02.09
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大分前、銀座テアトルシネマか京橋のフィルムセンターで映画を見た後で、イナックスの書店に立ち寄った。新装開店したらしい。何となく入りやすい感じだった。 買う本のリストを持参していなかったが「都市の詩学」は、まず買うことにして、その本を手にしながら、棚を眺めていた。あまりお客さんがいない時間だったので、女性の店員さんに 「アルドロッシに関する最近の本ってありますか?」と尋ねてみた。奥の方でもうひとりの女性と検索している様子。私は、なくても仕方がない、とどこかで諦めていて書棚を楽しみながら、待っていた。 二冊の本を持って来てくれたが、それはもう大分前に購入済みの本だった。お礼を言い他の本を1冊買った。(何の本だったかな?) レジに持っていくとき何気なく「都市の詩学」の目次を見て驚き。最初からアルドロッシではないか。 「都市の詩学」 第1章 都市の伝記 --類型・類推・幼年時代 第2章 「メタ世界」としての都市 --アルド・ロッシの言葉なき建築 補論1 忘却の詩学、類推の書法--アルド・ロッシの言葉なき建築(続)「見て下さい。この本にありました」 と先ほどの店員さん二人に言うと二人とも一緒に驚いてくれた。「新刊書なのですが・・そうだったのですね!」 と優しいこと。 小さな書店での、ちょっと楽しかった話をご報告。
2008.02.09
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アルドロッシが好きで、このブログにも何度かテアトル・デル・モンドの写真を載せたり「都市の建築」について触れたりした。 「アルドロッシ自伝」は魅力的な本である。ロッシが何を言っているのか、捉えにくいし建築や都市についての全ての言葉が理解できるというわけにもいかないのだがほんの少しの文章に強烈に惹かれる。 たとえばロッシは、マントヴァでアルベルティの建築に驚いたことを書いている。 アルベルティがあたかも同時代の歴史など存在しないかのごとく古代ローマの形態や空間を反復していること。そして マントヴァのサン・タンドレア聖堂の内に立って「環境と時間」のテンポと建築との関係を初めて感得したこと。その聖堂での霧と光の様子について書く。情熱的に。 そういう文章が本当に魅力に溢れているのだ。 さてこの「都市の詩学」を途中まで読んだが多くのページがロッシに割かれている。またベンヤミンについても。ベンヤミンは2、3冊の本を読んだだけのまま。「パサージュ論」を読まなければ、この「都市の詩学」は通読できない。いつか読みたいと思っていたからこの機会に読んでみたい。
2008.02.06
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98歳の監督オリヴェイラ監督がブニュエルへのオマージュに「夜顔」を撮った。リメイクかという情報が流れていたが「昼顔 その後」という内容で、まさにオリヴェイラ監督らしい映画だった。 その後「昼顔」をビデオで観直してみた。新鮮だった。こんなにスピーディーでテンポが良い映画だったとは。 流れるように進んで映画は軽やかに終わるのだった。ブニュエルの作品でそんなに好きな映画ではなかったが、傑作ではないか、と思った。
2008.02.03
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