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転院を直前に控え、お誕生日を祝っていくことにする。ここのとりえは町なかにあること。そして、ちょうど目の前にこぢんまりしたレストランがあった。豆猫は何度かランチを食べている。なかなか美味しいし、食後のコーヒーもたっぷり。店内も洒落ている。なにより、ここはトイレ入り口もバリアフリーなのだ。病院の目の前なので、お誂え向き。キジ猫にお昼をつきあってもらう。熱々のチキンカツにサラダとご飯、スープ。残念ながらサラダはキジ猫は食べられない。でもチキンを夢中になって頬張っている。衣がかりっとしていて食べにくいけど、時間をかけ、カツを攻めている。すごく嬉しそうだ。「ここで、誕生日をして、転院しよっか?今度の病院の周りは何もないし。」目の輝くキジ猫夜のメニューを覗き込む。「キジ猫、何が食べたい?」キジ猫は迷うことなく「ヒレステーキ!」ささやかに祝う。。。。予算が。。。。えーと。聞いた豆猫の責任だよな。小さい声で「いいよ。ステーキね。」と答える豆猫であった。
2006年01月31日
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次の転院先も決まった。その頃に話を戻そうと思う。キジ猫の意欲についてはどうしてこうもこだわるのか?それは次の病院の先生にやる気はあります!と、大きな口を叩いてしまったからだ。嘘ではない。行動が伴わないだけ。以前の病院ではもっと表情があったし、食欲も凄かった。リハビリだって、皮細工を作るのに病院側の用意するものではあきたらず、豆猫が通販で色んなグッズを買う必要があったぐらいだ。できるかどうかは別として、だけれど。ここまで意欲が落ちたものが次の病院で劇的に回復するかは期待できない。そこはふつうの病院だから。先生はいい感じだったけど、大きすぎる期待に裏切られるのは懲りている。
2006年01月31日
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リハビリを終えてキジ猫帰る。まだ体は傾いたりしてぐらぐらですが。さすがに疲れたようで、とりあえず、寝てしまいました。昨日は食事以外はこんこんと眠っていたので無理もありませんが。退院明けに一日リハビリに出す鬼な豆猫。お医者さまもリハビリに行ったほうがいいって言ってたし。・・・と、いうのは建前で、仕事の都合でどうしてもあずけるか、入院を伸ばしてもらうしかなかったのでした。お詫びの気持ちを込めてイチゴ大福を買ってきました。でも、それを食べるのを後回しにして休みたいキジ猫です。ごめんね。
2006年01月30日
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今日はキジ猫の好きなシチューにします。青大豆系のお豆さんをストーブでことことしたので、豆入りのシチューです。デザートはいつもの最近のキジ猫家の定番の黒豆。いい方にとれば、一人で落ち込んだときとか、キジ猫が病院にいるときでダメダメな日は包丁も重くて料理をする気持ちになれません。だから、ちょっと調子のでないキジ猫と暖かいごはんを食べるのも、幸せと言えばいえるのかしれません。ああ、ささやかだなあ。鍋から野菜の煮える音と匂いで、少しづつ元気になってきました。明日は仕事なので、元気バージョンでいかなければ。豆パワーで乗り切ります。
2006年01月29日
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昨日は突然のことでしたが、はや退院、というかお泊り??日曜日だけど、帰ってもいいということで。でも、薬のせいか、調子が戻らないのか体調が・・・麻痺がきつくなった?一過性のものならいいけど。座らせていても体が傾きがち。片腕も動かないし、そのせいでトイレもトランスもすごく不自由。と、いうことは目が離せないということで。・・・・・ 不安です。じょじょに回復するのかなあ。キジ猫も落ち込んでいる。豆猫が落ち込んだら駄目なんだけど。ふー。。
2006年01月29日
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続きを書けなくなりました。たいしたことはなく、帰るかどうかで、様子を見ていましたが足に力が入っていないので、連れ帰るのを断念したわけです。眠いお薬が点滴で入っているのでそのせいもあるようで。もし、ロムしてくださる方がいたとしたら、どうぞご心配のないように。ちょうど病院にいるときだったので、処置も早かったし。はーーー。。でも気持ちは疲れますね。電話で呼び出されるのは慣れない。幸か不幸か病棟ももう顔見知りなので、説明もあまりしなくていいけど。調子良かったのにな。気が抜けないよ。処置室の薬やカテーテルの棚が見慣れないので付き添っている間じろじろ見ていました。入れてもらうお薬はできる限りメモして調べることにしてるけど、さすが処置室、いっぱい色んなものがありました。不謹慎だけど楽しい。ちょっと。明日は調子が戻っているといいんだけど。
2006年01月28日
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地鶏の焼き鳥屋さんで頼んだ鳥どんぶり。おかず屋さんの鯖の煮物や肉じゃが。どうしても病院のは駄目。キジ猫が病気になる前は、薄味を好んだ。お醤油なども、別皿にとって、ほんのぽっちりとつける程度。最近興味深い記事を読んだ。それは癌の患者さんの食欲についてのことで、抗がん剤などは味覚や嗅覚が鈍ったり変化するというものだったが、これは脳関係の患者でもあるのではないかと思う。今まで、甘いものを欲しがらなかった人がお饅頭を欲しがったり、さかんに食べるのをしばしば見た。ラーメンなどは塩分も多いが、さかんに食べたがったもののひとつだ。うどんでは麻痺した口元からこぼれ、蕎麦は固くてひっかかる。ラーメンは細いものを選べば一番食べやすそうだった。濃い味付けも口の中でわかりやすかったようだ。今でも、以前は全く食べなったマーボー豆腐などをものすごく喜んで食べる。豆腐だけではなく、色んな野菜を細かく刻んで入れて作ったりするが、トロミもあって、食がよく進む。ご家族の中には甘いものは糖尿になったら困るから、と一切餡のはいったものを食べさせない方もいたが、患者さんが不自由な手で、必死でお饅頭に手を伸ばして欲しがっているのはかわいそうに思った。テーブルにあった和菓子を奥様のいないときに手に取って、口に押し込んで食べている姿も見た。なのに、奥様はヤクルトやヨーグルトは体にいいとなぜか思っているらしく、毎日無理にも食べさせ、飲ませていた。その方は糖尿ではなかったので、もっと好きなものを食べさせてあげればいいのに、と皆で言ったものだ。ヨーグルトやヤクルトにも糖分は入っている。それなら、本人の食べたがる餡なども変わらないではないか。豆は繊維も豊富なので、甘さが気になるなら、自分で甘さを抑えて炊けばよりいいだろう。豆猫も以前にあまりにキジ猫が豆を食べるとナースが心配して、主治医に聞いてくれたことがあった。主治医の返答は「豆ほど体にいいものはないから、どんどん食べていいです。」というものだった。糖尿でも、僅かでも好きなものを取り入れて、その分、ごはんを少し減らすように工夫されている方もある。私は食べることは最大のリハビリだと介護を通して思うようになった。美味しいものや好きなものを食べだして、口に心地よい刺激がある。そして、今までしなかった舌をならして食べたり、すすれなかったものがすすれたりするのだから。過ぎたことはいけないが、食事についてはこれから病院食というものが変わっていくのではないか、と豆猫は思っている。
2006年01月27日
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悔しい気持ちをなだめる為に、キジ猫の気分転換の為に、ドライブした。この頃には車高の高い豆猫の助手席に一人でキジ猫をトランスできるようになる。ペットボトルのお水やお茶を勧めながら。行き先はガーデンショップ。一時間ほどのドライブだ。ここでまた問題勃発。ナビにいれてある行き先だが、キジ猫は行き方がそうではない、と言い張る。自分が道を知っているので間違いないと。そこで、キジ猫の言うとおりの行き方をしてみる。心の中に、もしかして正しい行程を指示できるのではないか、という淡い期待があった。しかし、思い切り遠回りをした上、結局どうどう巡りをして2時間経っても目的地に着かない。でも、行き方がわからなくなったとは口が裂けても言わない頑固なキジ猫。その頃にはキジ猫と豆猫はほとんど喧嘩状態である。途中から、キジ猫を無視してどうにかショップに到着。ここにはバリアフリーのトイレとカフェがある。くたくたの豆猫を尻目にピザトーストとコーヒーを所望するキジ猫。なんの変哲もない市販のパンにピザソースやチーズ、タマネギとベーコンののったピザトースト。かぶりついて「最高にうまい・・」と時間をかけて食べている。こんなのは食べるのだなー。どう最高にうまいのかはよくわからない。このぐらいの勢いで病院のごはんも食べてほしいものだ。ゆっくりしか食べれないし、食べこぼしも盛大なので、実は半分も食べてはいない。喧嘩はしたけど、気分転換にはなったようだ。時間が遅くなったので、お茶をしにきたようなものだ。ショップでなぜか特大の大きい真っ赤なちりとりをほしいと言い張る。帰りはキジ猫の意見は全く無視して帰る。豆猫にはキジ猫の言動におおらかになる余裕などない。大変つかれました。もちろん真っ赤なちりとりは買わされました。
2006年01月25日
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同じ部屋のご家族でも、頬をぴしゃんと叩いたのも見たことがある。もちろん患者が殴ったりすることもある。伺った話によると、病人をかかえている家で、トイレや壁にカレンダーが掛けてあるのをめくると、穴があいていることが多いらしいです。それほどにストレスは身近なものということでしょうか?頼りにならない病院とかきましたが、中にはふつうに接して看護してくれる方がいなかったわけではありません。残念ながら私の係りではなかったので。その頃には話しかけてくる係りのSナースは「夜にいつもオムツを替えてくれるはずがしていない」などということばかり。実はわざと。豆猫はキジ猫のために必要なことなら喜んで手伝う。でもナースの手抜きのために手伝うのは嫌。こちらがお願いしたことは面倒だ面倒だと却下して、ようやく許可してもらっても、けろりと忘れたり連絡が徹底していなかったりする。なんで豆猫ばかりが律儀に言うことを聞かなければならないか。どんなに遅くても、疲れていても病院に行かない日はなかった。豆猫の小さな反抗です。
2006年01月23日
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トイレに行きたいということも少ない。豆猫がいなければ本当に一日を漫然と過ごすだけだ。豆猫は本当に焦りと不安でいっぱいだった。毎日べったりと附いているわけにもいかないのに。夜に来て、あまりのキジ猫のやる気のなさについに豆猫は手を上げてしまった。足で蹴ってしまった。キジ猫を殴る・・・・わけにはいかない。だけど、膝をばたばたと叩いて泣いてしまう。それ以上はトイレの壁や車いすが犠牲になった。となりの患者さんに「あんた、トイレの壁蹴っただろう?」と、外からでもわかるほど思い切り。必死で意欲を上げようと努力しているつもりが実りのない毎日。頼りにならない病院。いるときには頑張る約束をするのだが、何もしようとしないキジ猫。病気だからとわかってはいる。だけど、進歩から取り残された状態は耐えがたかった。やる気をださなければ、何も始まらない。ストレスはピークで、豆猫は追い詰められた精神状態だった。そんな日々を送る自分も情けなくて。これ以上どうすればいいのか。
2006年01月22日
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最短3週間で大部屋に。今までのお馴染みさんの多くが転院していたったので、がらりと患者の顔ぶれが変わっていた。今度の隣になった方は体の障害はあるものの、その他は比較的軽いとお見受けした。同じ病院の同じ病棟からここに来たということである。同じく、ここのリハビリ病院にかなり立腹されていて、ナースコールをがんがん押してはナースを呼ぶ。「しんどい。もとの病院のほうがいいので、救急車呼んで。向うに帰ります」前のメンバーは直にそんなこと言う方はいなかったので、(言える状態の身体ではない)内心「もっともっと言って!」という気持ちでいっぱいでした。斜め前の方は殆んど話したことがなかった。患者さんは言葉が全く話せない上に、食事は全て胃ロウのみ。気の毒なことだけど、その奥様はごく最近癌で、残された時間が限られていることが判ったのだ。半年という宣告だったらしく、ご自身も大変な状態だ。病院には来られていたが、他のご家族のように、べったりとついて看護や世話はできない。この病院にがっかりなさって、すぐに転院を希望されたが、医師に「せめてもう少しはいてもらわないと」と、止められた。豆猫や今までの家族とは不満の表し方が違うものですね。言い続けた結果は少しだけあった。最初は洗面所のペーパータオルは病院のものなので、家族は使ってはいけないといわれていたのが、そういえば、この人たちは言われてない。ここを退院したあとで、役所に苦情を言った人もいる。私も退院したあかつきにはそうしよう。
2006年01月21日
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キジ猫の隔離も着々と日々をこなしていった。豆猫は次の転院先にめぼしをつけた病院に。診察に出向いた先生は、今までになく、闊達な話し方をする医師であった。葉に衣着せぬ物言いで、今までの私が疑問に思っていた術後経過についても見解を聞かせてもらった。それについては、ここでは述べない。しかし、私が心にしこりとして持っていた疑問もほどける。ああ、自分の思っていたことは、間違っていなかった。どうなるものでもないが、聞いてすっきりとした。そしてキジ猫のこれからの回復を見据えてリハビリをしてほしい、ということにも「本人のやる気、できる、したい、という気持ちが大事だからね。なんでもやってみることが重要だと思います。不可能という言葉は好きではないからね。入院は、3ヶ月だけですよ。それでよければ。」今まではどの医師もだめだ、だめだ、とばかり言うばかりだった。誰もできることについての話などしなかった。希望をもったりすることがまるでいけないことでもあるかのように。今度の医師のこの言葉は豆猫にとって、大きな救いの言葉だった。ここにとりあえずは来よう。ちょうど桜の季節を過ごせるだろう。病院は桜がたくさんあってね、ちょっとした名所なのよ・・・・散歩するところもたくさんあって・・・・そう聞いていた通り、色々な種類の桜の木に名札がつけられている。お花見を病院でするのも悪くない。まだ数ヶ月先の桜は、はやくも芽をふくらませていた。
2006年01月20日
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室内では、毎日、豆猫がキジ猫を支えて、リハビリがわりに立つ練習をする。パズルをしてみたり。ケンダマをさせてみたり。ジクソーパズルは難しかった。端のパーツを集めてまず縁から攻めようとさせたが、とんでもない方向に無理やりはめ込んでしまう。それで、子供用のキャラクターの大きなパズルに換えた。それも一気に崩すとできないので、四分の一、半分と少しづつだ。ケンダマは、すすめているうちに、なぜか豆猫が上達した。ペン字の練習帖とか計算ドリルとか、今まで試したものをもう一度薦めてみたりもする。説明がのみこめなかったり、計算という部分がどうも欠落してしまっているので、小学生程度のものでもできない。お菓子をならべて引き算や足し算をさせてもみたりするが、非常に難しかった。しまいに豆猫のほうが、ぐったりと疲れてしまう。なんでこんなこともわからへんねん!とストレスの塊になるので、何事もほどほどがいいのだろう。お互いにかりかりしてくるので、お手玉を幾つも用意してダンボールなどに投げ込むようにゲームをしたりもした。これは好評だったし、体にもいいと思われたが、豆猫はタマ拾いと盛り上げ役なので、これもなかなかにしんどい。とにかく気持ちや意欲が盛り下がっているのを打破しなければいけないのが急務だった。頑固なキジ猫は相変わらず、この病院で出される食事の殆んどを残し、ナースに対しても終始黙ったままである。
2006年01月19日
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自宅に階段昇降機を取り付けた方も、やはりとりあえず病院に転院していった。同じ部屋の人がこの間まで入院して、良かったというところだ。もとは評判がかんばしくなかったものが、何でも総看護師長を新しく迎えてから大変良くなったはずであった。しかし、その方が行ったときには、その方は去ったあとで、期待はずれであったという。他の人のその後の病院でいいところはあまりにも遠いし。看護師長さんが代わって雰囲気が一変すると言う例もあるとすれば、本当に何を基準にしていいものやら。看護が良くても、リハビリの評判もあるし。やはり同室だった方のお話。ご本人は病気後遺症が身体的にでていらした。話も不自由だし、立てるが前には歩けない、などの症状があった。脳幹部の梗塞が原因ということだそうだ。手を動かすのも本当にゆっくりだ。しかし、頭の中はしっかりしていらした。これはこれで、頭ではわかっていても、口を閉じたりするのでさえ、できないということはものすごいストレスだ。口からどうしてもよだれがでてしまう。仕事をなさっていて退院直前くらいにリハビリを見に行った奥様は(リハの時間が朝一番だったからそのリハビリを見たことがなかった。)リハビリの道具の置いてある倉庫でリハビリをしているご主人を見たそうである。ひとりぼっちで。どうしてリハビリ室の中でせずに、倉庫で?との問いかけに。リハビリの先生は「ヨダレを垂らして汚い」 もちろん奥さんブチ切れ。すぐに抗議したらしい。いい病院とリハビリは運かなあ、と豆猫もすっかり気持ちが消沈する。とりあえず、リハビリ病院でもない、ふつうの病院に豆猫一人で診察に行く。ここも、同じ部屋の方が以前にいらしたところだ。その方の感想は「いや、普通よ。色んな看護婦さんがいるよ。きつい子もいたし、愛想のない子もいた。でもまあ、ふつうに色んな看護婦がいるって感じよ。悪くないわよ。普通にいい病院だったわ」選り好みをしていられないことや、この個室の中にいる状態で順番の厳しいところにはどのみち無理がある。そこが入院許可をしてくれるかどうかもわからないし。山を一つ越えた違う町に評判のいいところがあったのだが、冬に凍てたりすれば危ない道だった。そこは夏くらいに行けたらいいな、とか、勝手に考えたり、勝手な予定を頭の中に思っていたのだ。
2006年01月18日
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Aナースの不思議な親切を思い出した。個室で、キジ猫のパジャマやバスタオルは専用のバケツに入れて消毒されていた。それをゴミ袋に入れて持って帰るなり、病院内にある洗濯機で洗う。その日に個室に入った豆猫の目に飛び込んできたのは室内のあちらこちらに干されたタオルやパジャマ。ここは病院内にある洗濯機が無料なので、まさか、洗濯までしてくれたのか?もちろんそうではなくて、Aナースが消毒液で濡れた衣類は重いから、といって、わざわざ手でタオルなどを絞って室内に広げて干したと言う。「もって帰るのに楽でしょ!」・ ・・気持ちはありがたい・・・・????けど、それって、中途半端な。手で絞るのも結構時間がかかったと思うんですよ。大判のタオルなどでしたから。でもね、私は車だし。駐車場までも近いし。結局また、洗わないといけないし。どうも実の結ばない親切でした。残念なことに採血などもものすごく下手で、血管のでにくくなったキジ猫なので、部屋のほかの人から、声がとぶ 「○○さんが採血上手よ!Sさん、キジ猫さんは大変よ」(いつも失敗しているので、遠慮がちに止めている)Sさんはにっかりと笑って、「いえいえ、まず、私から。」案の定、数度失敗して他の人を呼ぶ羽目に。選り好みをしてはいけないが、いつも、何度も何度も針でつつかれるキジ猫は本当に気の毒だった。どれもこれも、悪意ではない、というのがなんとも微妙。
2006年01月18日
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「あのね冷蔵庫からいちいち、ものをもっていくのが個室では面倒でしょ。だから、発泡スチロールのボックスをベランダの外に置いて、その中に入れておけば便利と思うの。冬だし、外が寒いし、あそこは北だしね。」「・・・・箱があるんですか?」「豆猫さんが持ってきてくれればいいから!」(用意せえ、ということ)ううーーん。どうかなー。確かに今は寒いけど。少し暖かい日がきたりなんかしたら、ミルクとか傷まないかな。冷凍のものは無理だしな。「病人が食べたり飲んだりするものですし、暖かい日があったりして万一のことがあっても何ですから、お気遣いはありがたいですけど、冷蔵庫に入れておきたいです。」 と答えてみた。すると、Aナースの顔色が変わる。大きな声で「・・・・拒否ですか?拒否なさいますか???」「提案ですよね?」と答える豆猫「だーかーらー!!!やりやすいようにって思って提案してるんですよ!それを拒否なさるんですね!拒否ってことで、いいんですか!!!」あぁもう、うるさい。拒否拒否って。そんなの提案なんていわずに命令じゃないか。廊下の真ん中でわあわあと叫ぶナース。まだ何か言っているでも、このナースを相手にしてはいけない。ここは逃げる。Aナースがいないときに、看護師長さんのところに行く。事の成り行きを説明して、それが提案で、それを断ってはいけないのか?迷惑をかけているのか?どうして係りでもないAナースが仕切りにくるのか?今までも振り回されて大変迷惑である旨伝える。「Aは、みなさんの苦情が多くて、私の管理下においています。・ ・・冷蔵庫の話は、そういう話がでたことは本当です。もちろん強制ではないですし、言葉が足りなくて。彼女は悪気はないのですが・・・・こちらが指導しますので。ごめんなさいね。」しかし、その夜にナースステーションから言い争う声が聞こえてくる。廊下まで。「私がキジ猫さんに謝ればいいんでしょーーー」「違うでしょ。よく聞きなさいよ」「言いますよ!それですむじゃないの!」「そんなこと言ってないでしょう!」指導はできていないようです。管理下に置けてもいないじゃん。その夜、帰ろうとエレベーターを待つ豆猫の前に走り出てきた。「豆猫さん♪さっきはごめんなさいねえ♪」と満面の笑みを浮かべて言い、去っていった。これで、一件落着のつもりらしい。私たちが離れ小島の部屋に隔離されている間に、同じ部屋だった方が転院していった。その中の不幸にもこのナースの担当に当たった方は大揉めに揉めていた。この奥さんが全て正しいということではない。Aナースに全ての原因があるわけでもない。でも、精神的に追い詰められてしまったのだろう。ただでさえ、突然の病気で、将来のこと、金銭面のことなど、有り余るストレスにあえいでいる。そこにAナースの脈絡のばらばらな指導や心無い言葉が引き金になったのだろう。だんだん誰の言葉も受け付けなくなってしまう。「私はこの病院を出るときは、絶対お礼なんて言わない。お世話になりましたとも言わない。お世話をしました、と思ってるもの。」その言葉通り、スタッフには目をくれず、ご主人の方だけを向いて、「さ、いきましょ。じゃあね~~」と振り返らずに転院していった。
2006年01月16日
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もともとは2人部屋だったところを一人で使っていたので、今までに比べて、広いし、洗面台もある。誰にも気遣いしなくてもいいから、その点は気楽だ。この病棟は階に一つだけある冷蔵庫を共同で使うしシステムになっていて、煮豆や牛乳やシャーベットなどを食事のときにはここから運ぶ。これをナースAは不便と思ったもよう。「豆猫さん、ちょっと提案があるんですけど」と呼び止められた。私は内心、しまった!と思っていた。なにを隠そう、このナースは物事を引っかきまわす天才だからだ。一応、やる気はある。しかし、手際が脅威的に悪い。それを工夫で乗り切ろうとして、家族を巻き込みいろんな案をだし、結局上手くいず自滅するという方なのだ。夜勤のときにオムツをそれぞれ消灯台のわかりやすいところに置いてください、というのは彼女の提案だ。戸棚を開けるのが面倒だということらしい。しかし、消灯台の上に用意しても、なぜか彼女は棚の上の新しいオムツをとんでもなく引っ張って破って使ったりする。その方の夜勤明けの朝など、なぜに?ということが多々あるのだ。あちらこちらにオムツが散らかっていたりして。それで、彼女は思いつく。100均のプラのカゴを買ってきて、そこに入れておいてももらえばもっとわかりやすい。言われて家族が買って用意する。しかし、今度はほかの人が棚に直接オムツを入れてあるのを指差して、カゴだと引っ張るのが面倒だから、あのほうがいいわ!と言い出す。またかよ。そして次は棚のオムツを引っ張るときに崩れて落ちると言い出した。カンベンしてください。その他にも飲みものにとろみをつけるのに、とろみのパウダーと水分の一覧表を作ってみろだとか、10年後の予定はどうしますか?と突然聞いてきたりする。10年後って、あんた・・来年の予定もたたない家族にね10年後。どうも、なにか発表をするのか、リポートを書くのか??とにかく意味不明なのだ。その方はなぜか浣腸にこだわりがあって、2日に一度は浣腸をしようとする。今まで、そんなに浣腸をされたことがなかったので、なぜ、そんなに浣腸をする必要があるのか聞いてみる。「イレウスになりますから!」ときっぱり。「本人さんも出し切ってしまったほうが、気持ちがいいはずです」(じゃあ、自分も毎日浣腸してみよ。)キジ猫も嫌がるし、私もでなければ牛乳、それから下剤、それでも駄目なら浣腸でいいと思っていましたから、なるべく逃げていました。どうも、日勤のいる間に便を済ませておきたいようでした。そんなに浣腸ばかりは体に悪くはないのか。自力で出せたほうがずっといいのでは。間違えて2日連続で浣腸してしまったりして、家族は気が抜けないわかりやすく、忘れないように、との気持ちはわかりますが、色んなことを紙に書いてベッドの回りに貼りまくるので、張り紙だらけになり、余計に混乱を招く、といいうこともやらかしてくれました。キジ猫はお正月に初めて外泊をするさい、嬉々として浣腸を2つも渡されました。あなた、本当に浣腸が好きなのね。必要なかったですけど。Aナースはニコニコしている。豆猫は心の中で、はやくも、逃げるモードである。
2006年01月15日
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なんと。。。。またもやこんなことだ。咳きこみが酷い、といって、念のために検査に出した痰からMRSAが検出された。その日から個室に移動となる。血液にでたわけではないし、今、肺炎というわけでもない。でも、毎週検査して、3回連続のマイナスでないと個室からはでられないことになる。2回クリアしても、3回目にでれば、振り出しだということ。また予定が立たないではないか!入り口にはディスポの上着とマスク。パジャマなどは着たあとは全て殺菌。しかし、外からディスポの上着を着る、ということが不便なぐらいで静かに落ち着いて過ごせそうであった。気になったのはリハビリのことだ。リハビリしに入院したので、それはしていただかなくては。外に出れないのでどうするのか、と思っていたら、一人は病室に訪問してその中でリハビリを施術してくれることになる。もう一人のえらいさんアクビ先生は、来ない。リハビリの片方は実質、その間なくなったのだ。理由はわからない。菌が出たことで来るのがいやになったのか。どうでもいいのか。来てくれる先生になぜかは一応伺ったが、これという理由は説明できない。きっとどうでもよかったのだろう。悔しいが、こんなもんなんだろう。そう思っても、やはり、がっくりとする。偉いさんはOTだった。この部屋からは外には出られない。外出もなし。室内で、できることをするしかない。どうせアクビをしながらのリハビリなのだから。帰りに、スーパーのおもちゃ売り場で、パズルやけんだまなどを買う。なにかできることはないだろうか?
2006年01月14日
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あきらかに調子が悪いから入院したのだが。病院の移動も手伝ってもらえないのであった。救急車はなし、勝手に転院してねってなもんです。しかも、ふつうに順番をとって診察待ちをしなければならない。下見と下準備をする。まず、転院先の病院に行って、救急車の出入り口から通してもらうことにする。天気予報はかんばしくなかった。車椅子で傘をさして、広い駐車場をつききるのも大変だからだ。キジ猫だけを院内で待たせて、駐車場の順番を待ちに離れるのもこころもとない。当日は朝食をとって、移動開始。治療いかんによっては、もしかして、転院してしまって会えない可能性もある家族の方もいたので、皆様にご挨拶をする。すぐ近くなので、あっという間に病院につく。打ち合わせどおり、救急車だまりについて、キジ猫をおろす。斜め前の緊急用か関係者用らしいパーキングに車をとめるように言われる。病室について荷物もここから運んでいいから、それまでおいておけ、ということだ。ところが、そこからが長かった。診察だけかとおもったら、その足で、時間のかかる検査にひっぱりまわされるのだ。待ち時間に、時間のかかるもの検査もあって、動かないように、見守りが必要だったりする。お昼はとっくにまわってしまう。キジ猫も疲れて、横になって休みたいらしい。豆猫だっておなかはぺこぺこ。あちこちに移動するうちに腹が立ってくる。入院が決まってあきらかに調子が悪いのがわかっているのだから、先に病室に通してくれたらいいのに。車の移動が遅れたので駐車場のおじさんは怒っていた。だけど、しかたないよ。まさかこんなに時間がかかるなんて思ってなかったもん。途中で荷物をだしたところで、それを持って移動もできないし。キジ猫を置いてほったらかしにもできないんだもん。でも、部屋はきれい。看護婦さんもありがたいことにふつう。トイレに連れていくのもぜんぜん問題なし。
2006年01月13日
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ゆったりと過ごしたかったこの病院だが、結石はいとも簡単に砕け、またもとのリハビリ病院に戻ることになる。ここの中に喫茶店もあったりして、キジ猫もチーズケーキをそこで食べたりしてちょっと楽しかった。もうちょっといたかったかも。また、あそこに戻るのか。ちょっと気が重い。戻るときは、当然のように救急車で送ってくれて助かった。しかも、サイレン鳴らして。←いいのかな?その後主治医の先生のお話。「ここは3ヶ月ですけど。一応、転院して、また入院ですから、これから、また計算しますかねえ・・・・」「そうしてください、またリセット、ということで」この発言はこの病院を毛嫌いしていたこととは矛盾するが、それほどに、行く病院がなかったということだ。(現在は、転院してもりセットはない。どの病院もそういうシステムなはずだ。)家族同士の間でも転院先の話題がよくのぼった。評判を聞いて皆ここにすがる思いで転院してきた方ばかりなのだが、「ここは大失敗だった」というのが共通の感想だ。昔は良かったとか、人事のせい、とかいううわさはあったが、事実はわからない。各家族の今まで入院していた病院やそこの様子。評判。なにしろ、入院していた方が言うのだから、情報も新しい。さらに、各々の情報がある。しかし、これは、と思う病院は皆、遠い。今でも1時間では到底無理な道のりを、それからまた一時間であったり。もっと遠く違う県であったり。キジ猫はほったらかしにできるタイプではないので、あまり長距離だと困る。こちらが行きたいと思っても、発症から半年以内でないととらない、というところ。または入院してもらうにあたり、室料のかかる部屋しかない、といったこともある。そして入院許可がおりたとしても、その順番がある。皆、病院を渡ってきたりしているし、長期であることで、行き先には苦慮していた。どこでもいいとは思っている人はいなかったからだ。ケースワーカーに貰いに行った病院の一覧は数年前の古いもので最近評判の病院などは抜けているリストだった。意味ない。Sナースは、「私が言わなくても、しっかりしてらっしゃるから。」お任せしときますとのこと。この病院のあとのことは何も口を出してこなかった。変なことを言われて振り回されるよりはずっとましだけど。とりあえず、自宅に帰すと決めて、その準備をする家族もいる。この病院ではその準備にナースやリハビリの担当者が家に家庭訪問するというのがウリだった。隣のベッドの方はそれで階段昇降機をつけることにした。2階が住居スペースであったからだ。500万円ほどかかったらしい。「金額は仕方ないよ。主人が仕事したお金だもん。余っているお金じゃないし、大変だけど、主人のためだから。それをして家に連れて帰れるのだったら。」連れて帰りなさい、と言っていた、係りのナースだったが、着工に入ったある日。「ねえ、やっぱり、自宅は無理じゃない?どこか病院探したほうがいいわ」と言い始めた。悪気はないらしい。かかる費用を聞いて、驚くナース。カタログの本体価格しか頭になかったようだ。でも、ふつうの住宅では階段昇降機をいれるには、鉄骨をいれたり、補強が必要だ。また、邪魔なトイレの位置なども移動させなければならない。この方もこの病院が長い、と本人が言っていた。こんなケースは初めてだとでもいうのだろうか?「帰れる、っていうから急いだのよ。だめならだめで、こんなに急いでせずに、もっと考えたわよ。」呆然と肩をおとす奥さん。ほかの方のアドバイスを聞いても、どうだかなあ、ということも多い。家族間では「看護師がリハビリの先生がお金だすわけじゃないから、いい加減よ。話半分だわね。こんな取り組みもしましたっていう、書類や実績作りじゃないの」というシビアな結論になる。だから、うちはほっておいてもらって、ありがたかったわけ。
2006年01月13日
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朝も昼も晩も、つついた程度の食事しかしなくなった。ベッドで食べにくいことがきっかけか。それに伴い、体重が減りはじめる。病院の食事がなんといっても基本だ。好きなものを持ち込めば食は進むかもしれないが、病院の食事はおざなりになるだろう。来るたびに食事をとらない、水分をとらない、ナースから報告がある。様子も一日ぼうっとしている。反応が鈍い。しかし、5kgほど減ったころにはさすがの病院側ももうなんでもいいから、食べられるものを食べさせてという態度に軟化しはじめる。町なかにあった病院の周りには飲食店や店がたくさんあって、たびたび、欲しがるものを買いに出た。しかし、一度失った食欲はそう簡単にはもどらない。毎食、欲しがるからといって何でも買ってあげれるようなお金もちでもないし、時間もない。水分は特にむつかしく、とろみをつけるのも嫌がるし、むせてばかりで満足に飲み込めない。シャーベットを僅かに食べてくれる程度だったろうか。気分転換のために、外出もする。仕事の合間をぬってでも、できる限りこちらが手を尽くさなければ。ここに来て、進歩どころか、体力まで落ちて、やる気もすっかりうせてしまったキジ猫。それは容易にもどすことのできないものだった。期待していたリハビリも、やはり先生のあたりが悪かった。一人は、キジ猫の気持ちにも叶い、気持ちよくリハビリをしていただいた。しかし、もう片方は・・・・なんでも、その市の中のリハビリの上の方だとかなんとかで、「よかったですね、」とナースに告げられていたにもかかわらず、「こんにちは」という挨拶にアゴで答え、リハビリをしながら、いつもあくびをする。やる気もかけらも見られず、終始かったるそうな態度である。その気持ちはキジ猫にも確実に伝わったように思う。それが、反応の鈍さにもつながり、食欲の低下にも影響したのではないかと感じた。いい加減にリハビリしてほしくはなかったので、横で見させてもらうときもあった。首の骨をならして、いかにもだるそうにあくびばかり。キジ猫の話す言葉にも口の端をゆがめて鼻先で笑う。見ていても辛い。この感じかたは、これは私の僻みだろうか?偏見だろうか?と思ったが、ほかの患者の家族からも、あの態度では、キジ猫さんもあんまりにも気の毒よね。と複数言われたので、やっぱりなあ、と思ったものだ。それについてはもう、改善を直接求めることはしなかった。その方が役付きであるのに、だれがその人をいさめるというのか。ここの病院の杓子定規的な体質は肌身にしみている。3ヶ月、辛抱しよう、キジ猫にも、そう言い聞かせる。そして、キジ猫は・・・・豆猫がいない間はただ黙って座っているだけだ。トイレに行っても、尿もあまりでなくなっていく。そして、きっとそのせいもあって。体調を崩したキジ猫に結石が発見される。その治療のために近くの大きい病院に一時里子にだされることとなる。また転院だ。
2006年01月12日
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「キジ猫さんが立って歩くことに何の意味がありますか?」とSナースが言ったことで、もうこのナースには期待すまい、と心に決める。この方もなかなかだったが、ほかの家族もおもいっきり大変だった。食事が全介助のご主人をもつ、Kさんは、毎食付き添いにきてくださいね。と言われている。朝、昼、晩、都合がつけなければ、親戚にすら頼んで介助なさっている。同じ市内とはいえ、市街地から市街地に何度も往復。その他に入浴、そして、明日は浣腸しますから、朝一番にきてね、などということもある。ラッシュに家族が何度往復しようが、気にもとめない。同様のことを求められ、やはり知人まで頼んで付き添っていた方はそれでカバーできなくなって、のちに、週末に働いていた仕事をやめざるをえなくなった。看護婦だけで、介護を数日することを断られたからだ。ここほど定時に帰るナースは見たことがありませんでした。働くものの権利なのかもしれません。時間以内にできること以外はしない、という風潮です。ナースというお仕事は激務です。がんばればキリがないのかもしれません。でも、工夫して乗り切れることもあるのです。それをはなから考えない、または家族に丸投げする、断る、という態度は疑問に思いました。お風呂も、介助につけるときには行きました。これは期待したような自宅で安全に生活できるように教えていただけるというものではなく、単に着替えや体を洗うのを手伝うためのものでした。入浴のときです。キジ猫は熱い湯が苦手で、いつもぬるめのお湯にしてもらっていました。前の病院では温度計をみながら水をつぎ、足などにかけて本人に声かけをしてくれました。「このぐらいの温度でいい?」ところがそこでは熱いままのお湯をたらいでいきなりキジ猫にざあざあとかけるのです。キジ猫は「熱いっ熱いっ、やめて」と必死でもがきます「熱いのは駄目です!ぬるくしてあげてください!」「ぬるくすると次の人が困るのよ!また熱くしなきゃいけないし!こんぐらい平気だって!」となおも、今度は頭から勢いよくお湯をかけます。「熱いーーっ」ともがくキジ猫。体が震えている。「やめてください!本人が熱くて震えてるのにかわいそうでしょう!ぬるくしてあげてっ」「駄目よ。あとが困るもん。また熱くするなんて。嫌だったら、お風呂には入れません。」失礼を承知で言えば、そんなことはしてはいけないとはわかっているけれど・・・私は後悔している。そのナースの頭からお風呂のお湯をぶっかけてやればよかった。私がしたことは、黙って、蛇口をひねり、水を足したことだ。ぶつぶつとなにか言われたのだろうか?覚えていない。次の人には同じようにお湯を足してもらうしかない、と思いながら、浴槽の温度計をみていた。ほんの数度温度を上げたり、下げることも面倒なのだろうか?その後の病院から、初めてのスタッフで入浴の際、キジ猫はものすごく怯えるという状態になってしまう。あの時、守ってあげられなかった。ごめん、キジ猫。
2006年01月11日
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ここは、臨機応変にケアなどは望めない。もし、黙っていれば、本当に寝たきりになるかもしれない。諦めるわけないのだ。今度はリハビリの先生のところに。「先生、キジ猫のトランスは介助者が体を痛めるほど、大変なものでしょうか?一人でトイレに座らせたりするのは無理なことでしょうか?」そんなはずないのである。そのときも、先生は車いすからほかのところに片手で移す。ふわりと。力まかせではなく、きちんとできれば、難しいものではない。要は姿勢と角度の問題だけだ。ナースにこのトランスを指導してもらえるようにお願いする。介助もナース全員が同じようにできるケアでなければしない。・・均等なケア、というより、できない人にレヴェルを合わせている状態。それを指導するのに、豆猫も立ち会え、という、それで日程を合わせると。Sナースはその日は休みなので、他のナースがやってきた。「この角度は何度で?」などと、妙に理屈っぽくメモが始まる。これだけもめたが、結局、この指導は皆にはいきわたっていなかった。「えーーそんなことあったの?」って、ほかのナースたちは言ってた。均等なケア・それはどこへ。当初は5時までのトイレを6時まで、としてもらっただけのことだ。そして、ここまでで、3週間経つ。Sナースは「キジ猫さんがトイレに行きたいってナースコールしたら、私が必ずいかなきゃいけないからすごく大変なのよ」と不機嫌そうなことも言う。・・・でも、私が見る限り、わざわざSナースが世話にやってくるようにどうしても見えないし、信じられない。
2006年01月10日
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様子見だった数日を過ぎても、何も言ってこないSナース。3ヶ月しかない入院生活で、様子ばかり見ているなんて、やきもきする。 うんこくらいはトイレでさせてあげたい。だって、私たちが急に、カーテンしめて、差込便器をつっこまれて、うんこできます?したくない、というのが普通では??差込便器でできなければ、オムツで?「キジ猫さんは、一人介助ではトイレできないもの」「今までの病院は一人で介助でした。ズボンの上げ下ろしも腰が浮かせますから。あの、私でもできます。見ていただければ、わかります」。「あら、家族にはできても、私にはできなーい。腰が痛くなっちゃう。」「ここは、リハビリの病院ですよね?Sさんの腰が痛くならないように、正しいトランスの仕方をリハビリの先生に聞いてみてもらえないでしょうか?同じ建物のすぐそこにリハビリの先生がいますよね!本当に片手で、ズボンをつかんで乗り移れるので。リハビリの先生は片手でいつもトランスしますから。」「・・・ここは、生活です!リハビリとは別ですから。できません!私はリハビリの担当じゃありませんから。」「Sさんが、キジ猫のトランスで腰や体を痛める、または誰がしても、体を壊す可能性がある、というなら、諦めます。でも、正しいトランスの仕方があって、それが体を痛めないものならば、ぜひ、習っていただきたいです。それがお互いのためじゃないでしょうか?どうして、それも確認しないうちにできない、なんて言うんですか?生活とリハビリは別物って、それも納得できません!」・・・できなーい、といわれた時点で、もう腹が立つやら、情けないやら。頭の毛穴が全部開いてしまったようだ。トイレに連れて行ってもらうだけで、何をこんなに、揉めているのだろう?この人は何もしたくないのだ。できないのではない、したくないのだ。押し問答が続くが、できない、の一点張りだ。ついに私の怒りも爆発する。「こんなのおかしいですっ!絶対納得できないっ」いやそうに出て行ったSナースさんだったが、その日、顔を拭く熱いお手拭をキジ猫だけにはくれず、顔を見ないように背をむけている。お変わりないですか?他の人には声をけかけるが、キジ猫のベッドは大きく迂回。同じ部屋の他の家族が「大人げないね・・・」とつぶやいた・遣り取りは回りだって知っているのだ。私だってそう思う。自分の仕事はきちんとしろ。でも。。。うつうつ、と考える。私は間違ったことは言っていない。でも、Sさんは、私の係りだ。ものすごく腹が立つ。涙がでそうだ。でも。ああ、仕方ない、わたしが折れるか。このまま、こうやって、キジ猫が意地悪や不当な扱いをされるのは惨めだ。ぶつかって駄目なのだから、引くのも方法かなあ。ナースステーションに黙って向かう。「Sさん、います?」「先ほどはこちらも感情的になって、すいませんでした。でも家族に、少しでもベストな看護を受けてほしい、という気持ちの表れです。先ほど、Sさんの様子をみて、大変、気分を害してらっしゃる感じがしましたので。これはお詫びとこちらの気持ちをお伝えすべきだと思って。」「あらっ、ぜんぜん!こちらこそ、ご希望にそえないで申し訳ないなと思ってるんですよ」あわてた様子である。深くお辞儀をして丁寧に、お詫びしてきました。これ以上はないぐらいに。にっこりと。もちろん、Sナースもにっこりする。狸め。と思ったけど。向うもそう思っていただろう。うん、きっと。
2006年01月09日
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朝起きて、歯磨きも朝ごはんもベッドの上。尿瓶はキジ猫の拒否感があり、用が足せない。以前の病院でもこれは試した。これから車に乗る、とかいうことがあって、尿瓶が使えれば、大変に助かるからである。でも、何度トライしても無理だった。やはり尿瓶ではどうしてもできない様子だった。そして、この病院でも、キジ猫はやはり尿瓶は駄目なのであった。最初は良いほうに受けとろうと思う。在宅に向かって、尿瓶も使えたほうがいいから、看護婦さんはすすめてくれているはずだ。でも、それは違うのではないか、という気持ちはぬぐえないどころが、日増しに高まってくる。キーワードはよく口にされる面倒、という言葉。人手がない、という理由。食事は・・・やはり私の言ったとおり、ベッドをアップさせただけではムセがひどく、食事がのどを通らなくなる。そして、キジ猫は食事を摂らないことが多くなるのだ。また、オムツはリハビリパンツといって、パンツタイプのものにしていた。ご存知の方もいらっしゃるかもしれない。寝たきりの状態のときに使うオムツはトイレでは使いにくいものである。お尻も上げられるようになったし、パンツタイプにパッドをつかって、生活していた。しかし、S看護婦さんが夜は寝たきり用のオムツに、という。「そのほうが、こちらがオムツを換えるのに楽です。」「パンツタイプではなぜいけないんですか?お尻もあがりますし、トイレにいくときには結局パンツタイプが楽ではないですか?毎朝、ふつうのオムツからパンツタイプに履き替えさせるほうが手間では?」「夜に汚れたら、交換するとき、パンツタイプは端をちぎるでしょ?それが手間なの。家族は一人のことしか考えないでしょう?私たちは夜中に50人を二人で見てるの。」補足。50人全員が寝たきりではありません。見守りも必要なくトイレに行かれる方が多いです。以前の病院ではナースそれぞれに鋏で切ったり、手で軽くちぎれるので、そうしていました。でもそれが面倒だといわれては。そのあと、Sナースが去ってから、試しに違う看護師さんに聞く。「リハビリパンツの端をちぎったり、脱がせたりするのは手間ですか?」「私は手間じゃないけど。夜にパジャマを脱がせずにオムツ交換できるけどね。」「だけど、パッドだけじゃなくて、オムツカバーまで換えるときって、結局パジャマも濡れてるときが多いでしょ?パジャマ脱がすのもオムツ脱がすのも一緒じゃない?」「・・・・人それぞれだから」同じ病院内のことだから、簡単だ、とは言えないわな。仲間だもん。しかたない、ここは妥協だ。オムツカバーを買いにいく。(みみっちいけど、高いんです)面倒、この言葉は、繰り返し、ここででてくる言葉です。家族は帰る前にリハビリパンツからふつうの紙おむつに替えていくように。パジャマにも着替えさせておくように。夜使うだろうオムツをきちんとまくらもとに揃えておくように。家族の仕事は山盛りだ。
2006年01月08日
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これは、どういうことか。当時、トイレに行くことが病棟で体を動かすことにもつながるとの判断もあり、こまめにトイレに行っていました。ナースコールを押して尿意や便意を訴えていたキジ猫。それはじょじょに実を結ぶようになって、看護婦さん一人でトイレ介助は事足りるまでになっていた。両腕を使って、お尻を上げたりすることもできるまでになっていたのだ。ところが、ここでは夕方5時~朝10時まではトイレには行けません。というのだ。その時間以外は尿瓶でする。という。昼以外の食事もベッドの上で摂ってください。昼の10~4時を除き、あとはベッドにいる、ということ。24時間のうち、たった6時間しか起きていない??ここはふつうに近い生活をさせる病院と聞いていたけど。違う。。。「尿瓶ではおしっこができないんです。便は、今、やっとトイレでするということで、排便に自覚ができてきました。もし、5時以降に便がしたくなったら、どうするんですか?」「差込便器がありますから、ベッドで。」「ごはんは、ベッドでは姿勢が保てず、食べにくいです。ムセがひどく、誤嚥もしやすくなって大変です。せめて車いすに座らせて、食べさせてもらえませんか?ベッドの布団も食べこぼしで汚れますし、結局、座らせたほうが、そちらにも楽なはずです」「10時から日勤がくるまで、人手がありません。だから無理。」また、「週一回の入浴は家族が手伝いにくるように。できないなら、誰かかわりに入浴を手伝いに来れませんか?」今まで、入浴のために手伝いに呼ばれたことはない。また、入浴という、大変プライベートなことを代わりの人に手伝わせる?家族以外でもいいって???そんな人は思い当たらないし、仕事の都合があるので、できない!とつっぱねる。入浴の件は、しかたない、といったふうに。「わかりました。こちらでします。」トイレや食事は本人の様子を見てもらってから、とりあえずは向うの言い分を飲むしかないのだ。ここは某公共の病院です。恐ろしいことに、ここは大、大大ハズレの病院だったのです。前評判の高さはなんだったのかと疑問に思います。良いスタッフと良いケアは素晴らしい効果が現れます。ここでは・・それとま逆のことが、起こってしまいました。
2006年01月08日
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案内された部屋は6人の大部屋。ちょうど、窓際の人は今日退院するようだった。係りの看護婦さんがやっきてご挨拶する。そういえば、昨日までの病院で聞いた。「係りの看護婦さんが決まっているらしくて、気が合えばいいですね」入院の申し込みにきたときに病棟をぐるりと見て回っていた。建物も古い。雰囲気は、なんとなく・・独特。どこが、といわれると困るけど。でもふつうの病院ではないから。まあ、こんなものか。今思い返して、病院の第一印象はかなり当たるものだと思っている。ふと感じた、その予感も・・・当たってしまうのだ。残念だけど。S看護婦さん・・・・この方の第一印象が悪かったわけではない。言葉遣いも丁寧だし。本人の状態、日常の様子、介助の程度、などをお伝えする。しかし、彼女は・・・この病院は・・・・のっけから私たちを奈落へ突き落とすのである。
2006年01月07日
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今度の主治医の所見では、「この方がご自宅で生活されるということは、現実的には考えられませんね。もちろん、どのような状態でも、在宅ということが不可能ではないです。問題は受け入れる環境です。今は24時間目がはなせない、という状態です。なにかあって、助けもよべませんし、1時間留守をする、ということもできません。ご家族が一人で、仕事をもって、看れる状態ではありません。ここをでられたら、施設でしょうね。」何を言われても、いい。今までの主治医もそうだったし、明るい見通しなんか言われたことはない。言われることをそのまま鵜呑みにしても、仕方ない。家に帰れないから、レベルアップする必要はないなんていうことはない。ここを出て、施設へとは思ってはいない。それを主治医に告げる必要はない。少なくとも今のところは。とにかくここに転院して、次の手段を探す。そのときのキジ猫の様子を見ながらまた決めよう。先延ばしするだけかもしれないが、今はそれしかない。順番は思うよりはやく、1ヶ月ほどでやってきた。「今度は、歩くのかな?キジ猫さん、また顔見せにきてね。」皆の励ましを背に退院。転院はまたもや慌ただしいものだった。今度も、もちろんお迎えも何もない。今度は助手席にどうにか乗せる。以前よりは、コツをつかみかけている。さあ、出発。
2006年01月07日
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この病院でも1年近くの時間が過ぎる。一年で、口からものが食べられ、言葉がでてきた。胃ロウもはずれ、気管切開も閉じた。できるならここで、もっと入院生活を送りたい。だって、良くなっているのに。I看護婦さんも同じように考えていたらしく、総師長にまで話てくれる。もちろん、それは無理なことです。その気持ちで十分かな。本当に、本当に嬉しい。ありがとう。家に連れて帰る、という選択肢はこの時点では到底考えられない。24時間びったりの看護で、生活は無理だ。施設は・・・・考えたくなかった。この状態はゴールではなくて、まだまだ良くなる、と信じていたから。もっともっと時間が欲しい。転院先については、どこか評判のいいところ、リハビリが充実しているところ。今度は自分で、探そう。この2年間で、良いスタッフと環境が大事だと思う。私のできる限りの良い選択をしたい。看護婦さんとの話から浮かんできたのがリハビリ専門の病院。しかし、前提は社会復帰、ということ、その観点からなるべく若い人、復帰の可能性のある人をとるという。「日中は普通の服を着て過ごすらしいですし、自分の身の回りのことは自分でする、かなり厳しいらしいから、キジ猫さんは難しい」それに、3ヶ月で退院。・ ・・そこへ行けたら、と思う。と、いうより、他にめぼしいところがない。きっと無理、といわれたリハビリ病院だが、ともかく、当たってくだけろ、だ。紹介状をかいてもらい、豆猫一人で訪れる。そのときの先生はCTをみたり、所見を読みながら、「うちでみて、3ヶ月、それで、変化があるとか、考えられませんね。気管切開の方はとらないですよ。容態が安定してリハビリできないとだめですから。」そう、望みは気管切開を閉じることになったこと。この時点で食事がのどを通ったということ。ここは1年待ち、半年待ちの施設だと聞いていた。だからこそ、このタイミングでここにお願いにきたのである。ずるいけど、待つ時間がながければ、今の病院にどうにか居れる可能性があった。あまり長ければ、他の病院に転院かもしれないが、それでもその先の行き先があるということは受け入れる病院側にとっても安心なことなのだ。「気管切開を閉じたら、本人を連れて、一度、診察に来てください。」少なくとも、可能性はまた繋がる。そして病棟にそれを連絡して、オペが終わり。容態が落ち着けばリハビリ病院に面接にくる、という予定をたてる。しかし、なんと、ここは病院に連れてくるのに、救急車は使わせてもらえないという。家族が介護タクシーを使うなり、自力で病院に来なければならない。搬送しなくてはいけないような人はとらない、そういう病院だ。そして、ついに予約をしてその日を迎える。しかし、介護タクシーは諦めた。往復の時間をきっちりと予約しなければならず、診察が何時終わるのか、読めないので頼めなかったのだ。早く終わったからといって、早くは迎えに来てもらえないし、遅くても、だめ。では、と予約時間を長くとれば料金は莫大だ。使えないものである。普通のタクシー。。。ええい、いいや私が連れて行く。当時は助手席に乗せたり、おろしたりする自信もテクもなく、シートからもし体勢が崩れたら、危険だしかたないので、バンの後ろに毛布を敷いてそこに寝させて運んだ。乗せるときはナースに手伝ってもらい、おろすときは・・・・・どうにかなるだろう!こんな風に連れてくる人はいないらしく、駐車場のおじさんがびっくりしていた。検査をして、面談をして、「すぐには無理ですよ。向うの受付で順番をとる手続きをしてください」やった!入所の許可だ!こうしてキジ猫はウェイティングリストにのったのだ。
2006年01月06日
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回復はやってくるから。声を出すことも、また当然くるんじゃない?などと看護師さんたちと話したり。食べる、ことにとにかく集中していたから。そう思うと、話しかけるばかりではなく、話すふりをさせようと思う。口あけて!といってもぱくぱく、アーして、っていっても口は食いしばっている。キジ猫は口を開けているつもりらしい。とにかくせっせと話しかける。毎日話しかける。以前と違うのは話すのを とにかく、促すこと。口を動かして話す、ということを意識させようというわけ。そんな日の続くある日。夜に、さあ、キジ猫をベッドに戻そうとして、言う。いつもと同じことだけど。「ベッド 戻る?戻りたい?ベッドで寝る?言ってみて。言える?ふりでいいから。べ・ッ・ド・に・か・え・り・た・い」・ ・・・ベッド・・・かえ・・る・・・・・えっ・・・・今・・・いえたーーーーーーーーーーー!丁度、看護学生さんがカーテンの向うでオムツを換えていた。「きっ、きいたーーーーー???今話したよーーー?」すごいのは一言ではなかったこと。見る間に病棟のナースたちが集まっていた。お菓子の名前、看護婦さんの名前。それから。それから。。。キジ猫の目を涙が伝っている。不覚にも私もちょっと泣いてしまった。あくる日に訪れたら、その話は病棟のナースみんなに行き渡っている。なにを聞かれても。大好きなお菓子の名前を言う。子供みたいです。ここのナースはそんなキジ猫にいつも挨拶をうながし、話しかけてくれた。ここの病棟の素晴らしいところは、いつも私の先へ、先へと回復するように努めてくれたこと。ぼうっとしている当初は一日のスケジュールを拵えた紙を張ってくれる。できることで、リズムをとろうと、歯磨きの時間をお昼に設けたりしてあるものだ。車いすに乗せて、検温などで病棟を回るときにお供をしていくときもある。これは他の患者さんにもそうであった。食事、話す、のあとは、「今度は尿意や便意がわかって、トイレに行けたらいいかと思います。」と言ってくれる。そして、オムツをはずしてくれた。「オムツは感覚が鈍りますし。やってみましょう」これらはナースたちにとっては実は手間なことだ。失禁して着替えさせたり、トイレにトランスするのも大変だ。トランスも一人ではできないから。オムツは管理が楽だから、できる人でもオムツにしようとする病院は実は多いのではないかと思う。もちろん上手くはいかない。シーツを代え、パジャマを代え、時間おきにキジ猫にトイレに行くか聞いてくれる。でも、面倒という言葉や態度は全くない。オムツは、実は今も外れていない。依然必要な状態だ。でも、このときから、少なくとも大きいほうはトイレで用を足すことができてきた。下の話で、恐縮ですが、最初は、トイレに座って、うんこがでた~!と触れ回った。便意を認知して看護婦さんを呼ぶ、ということができるときが多くなる。
2006年01月05日
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すきやき、てんぷら、焼肉、ギョーザ濃いものばっかり、食べたいらしい。これらは、病院食では望めない、揚げたて、焼きたて、あるいは鍋を囲んで、といったものばかり。病院のごはんは全体にあっさりしてるから。味覚も鈍くなって、濃いもののほうが、わかりやすいのかな、とも思いました。これは機会があれば、医師かSTの先生に聞いてみたいと思っています。この中で希望をかなえられるといえば、ラーメンくらいだ。インスタントを拵えてあげる。うどんは意外と難しい。太いし、すする、ということができないから。ラーメンの細さのほうがのどを通りやすいもよう。インスタントもいいけど、普通のラーメンを食べさせてあげたいかな。お向かいにチェーン店のラーメン屋さんができた。結構はやっている。でも、こういった店は出前をしないし、伸びて味が落ちるといって、持ち帰りもさせてくれないかもしれない。でも、この微妙に難しいところが逆にそそる。どんぶりとダンボール、ビニール、などを用意してラーメン屋さんに行く。そして、思いっきり、シリアスな顔で、声を潜めて。「あの、向かいの病院に入院しているものの家族ですが、病室からここのラーメン屋さんが見えて。病人がどうしても食べたい、というので。どんぶりに入れてもらえませんか?・ ・・のびるのはわかってますけど、ここに来れる状態ではないので。分けていただいても、本当に食べれるかどうかはわかりませんが、病人のたっての希望ですから。持っていって、少しでもたべられれば、それで気が済むと思うので。」などなど、お願いする。とどめに「一度は食べさせてあげたいので、お願いします」向うは瀕死の病人がここのラーメンを食べたいと思ったのかもしれませんが、このぐらいは言えば、持ち帰らせてくれるだろうと。ひたすら、声のトーンをおとしてお願いする。店長さんは大きく頷いてどんぶりを持って厨房にお願いしてくれる。いいひとです♪♪そして、できあがったラーメン、無事にゲットし、汁がこぼれないように固定し、大急ぎで病室に運ぶ。その僅か5分で、ラーメンは伸びてしまったけど、もちろんほんの少ししかたべられず、残りは汁を吸ってもっともっと伸びきってしまったけど。キジ猫はとても喜んでくれた。
2006年01月04日
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あれほど、口からだけの食事では、と難色をしめしていた主治医だったが、気管切開は閉じることになる。ドクターが心配していたのは、もし、また調子を崩して。再度気管切開をする場合は最初よりやりにくい、ということだそうだ。理由はそれだけではなく、本当のところ、私に絶対に気管切開を閉じれない、と言った手前もあるのではないか、と思う。ちょっとした意地かプライド。それはちらりと小耳にはさむ。他のドクターが食事中に回診にまわってきて、こんなに食べれるのだから、もうカニューレははずそう、と指示するが、(こんなに食べているのに、必要ないよ。かえって異物があるほうが危ない、らしい)今度ははずしてある姿を主治医が見つけて、また付けられるといったことが何度もあった。主治医のもつ権限は大きいもので、その他のドクターがいくらもうカニューレが必要ない、と思っても、主治医がうん、と言わないとどうにもならない。その頃にはあまり期待したりしない、という気持ちでその光景を見ていた。とるリスク、とらないリスク、も知っていたし、口出ししたりすることは好まれないと思った。ここまできたのだから、焦ってはいけない。本当にプライドや意地が邪魔しているのかは私にはうかがい知ることはできない。そして、ついに、気管切開を閉じるためのオペの日にちが決まる。これは部分麻酔ですむとのことだった。ところで、胃ロウ(peg)はある日、はっと気づいたら抜いてあった。簡単なものなんだなあ。
2006年01月03日
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あたたかい周囲のケア。スピーチカニューレというものをつけていたけど、声がでない。これはのどから空気がもれないようにするためのもの。言語のリハビリももちろんあった。舌をだす、とか息を吹く、ということも人間の体は忘れてしまうらしい。口をぱくぱくさせるばかり。声が聞きたい。食べられて、今度は声が聞きたい。
2006年01月02日
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食事にも行き詰まり、日々に倦みかけていたころ。自分の状態を正確に捉えていないキジ猫は家に帰りたがった。退院は無理でも、どうにか帰宅できないか、と思う。移動、車に乗れるか?もし、痰が絡んだら。吸引はどうするのか?もちろん家はバリアフリーではない。季節も寒いときで、もし、これでまた体調でもくずしたら、等、それは不可能に思っていた。ところが、I看護婦さんが「一度、自宅に帰りましょう!」と言う。なんと、病院から看護婦さんが付き添う、というのだ。そんなこと、いいのか?と思うが、I看護婦さんは極当たり前のように、話を進める。しかし、看護師さんがちょうど、辞めたりで、病棟での人手がたりない。すると、I看護婦さんが「私の休みの日でよければ、行きましょう!」だけど、プライベートな時間にそんなことはさせられない。もし、プライベートでなくても、帰宅に付き添う、ということは一般的なのかはわからない。あまり聞かない、と思うのですが。不可能、と思っていた一時帰宅だけど、その好意に、私が手をこまねいているわけにはいかない。考えた末。、一時間ほどの帰宅を計画する。往復の時間やその疲れを考慮しなければいけないまた、車も、知人の男の人の車にする。私の車では車高が高く、シートもたおせない。その人も運転を受け持ってくれることになった。男手と私とナースで、移乗はできるだろう。帰宅したときに入れる部屋はひとつ。そして、その部屋は友達に温めておいてもらう。Iナースは万が一のための吸引セットを工夫して用意してくれた。その日に、師長さんが私を手招きする。「本来なら、だれかナースを病院から付き添わせるべきですが、今、人手がありません。Iがどうしても、付きそう、というので私はとめません。でも、彼女の子供のお迎えの時間がありますので、その時間までには必ず帰してあげてください」はい、わかります。ありがとうございます。彼女は勤務外なので、私服で現れた。家に出発。男手もあり、看護婦さんも一緒、心強い。部屋は薪ストーブで暖められている。ほんの少しの時間だからこそ、薪をくべて、少しでも楽しんでほしかったのだ。だから、わざわざ友人に火をつけて番をしてもらった。ところが、その友人が小豆のお菓子をもってきた。キジ猫が色めきたつ。少しだけ、と言ったが、その少しが、なんとのどに引っかかってしまったようで、真っ赤になった苦しがる。背中をたたいたりするがとれない。指でのどを指差し、涙を流す、キジ猫。そうだ、吸引、そう、工夫していたあれを。ところが、吸引も簡易なものなので、ぜんぜんきかない。ますます、苦しそうなキジ猫。どうしよう、救急車か??と思った瞬間にカニューレからあずきの皮がポロリ、とでる。全員脱力である。危なかった。。。。。。。そんなこともあったが、無事、帰宅成功。一年半、いや、もっと?たとえ一時間でも家に帰れる、とは思っていなかった。Iナースの尽力のおかげです。
2006年01月01日
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