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あっけらかん、というか、サバサバしているというか。 柏木は細事にあまりこだわらない性格なのだと、接しているうちに、課の同僚としてみているうちに、そうわかった。 そして、なぜか、声高らかに告げる「出世には興味ない」という言葉も。 彼女の経歴、噂から、なんとなくその思惑を、感じていた。 取引先の社員と交際し、その繋がりから契約をとっていたこと。 そうしてあげた成績で、社内の表彰を受けるほど実績を残したと。 そうした噂で、柏木千里は「契約のためなら体を許す」とも。 これはごく一部にだが。 そうした話が、まことしやかに流れていた。 ……実際は違うのだと。 彼女の言動を見ていれば、わかるのだが。 女性というのは、噂好きだ。 そうした人にとって、柏木の噂はかっこうの的だった。 休憩室など。 そのほかでも耳にしたことがあるが、数人が輪をつくって、話に花をさかせている。 給湯室の、それもコーヒーメーカーの側を陣取られたときは、さすがに辟易したが。 彼女達は、周囲の迷惑を顧みることなく、話に花をさかせている。 それだけならまだしも、コーヒーメーカーの前から、動く気配がない。 ……注意すべきか? それとも、無言で威圧するか? そのどちらの対処法をとろうか、迷っているとき。 すっと、俺の横を通り過ぎる影が見えた。 ……え? と、驚く俺を尻目に、その人物は、まっすぐにコーヒーメーカーに足を進めて。「飲みたいんだけど。いい?」 と。 コーヒーメーカーの前でくつろぐ女性陣に、にっこりと微笑んでそう告げたのだ。 俺にも、女性陣の声は届いていた。 内容も、聞こえていた。 関係のない、俺でさえ足踏みする中。 当の本人は何の気負いもなく、女性陣に声をかけた。 一種の、宣戦布告だ。 笑顔の柏木とは逆に。 まさか噂している本人が来るとは思わなかったらしく。 彼女達は、水をうったように、静まりかえった。 顔も。こころなし強張っている。 とにかく、言われたとおり、女性陣は尻込みしつつも、その場所から離れて。「ありがと」 と、柏木は礼をつげて、コーヒーを、持参したマグカップに注いだ。 そうして、いまだ声をうしなっている女性陣に、軽く会釈をしてその場をあとにして。 あぜんとして、その光景を見ていた俺に柏木は気づくと、苦笑を顔に浮かべた。「今なら空いてますよ」 そう、言い残して、自分の席に戻っていった。 彼女の――柏木の噂は、耳にしていた。 それこそ、先ほどの女性陣がはなしていた内容、そのものを。 柏木はそれに、毅然として接して、対処している。 そんな彼女に――柏木に。 俺は芯の強さを、感じていた。
2008年08月31日
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柏木千里。 社内の全ての課で、研修と称してその仕事を直に見るために、在籍していたなか。 数ある社員の中で、彼女くらいだろう。 名が、記憶に残っているのは。 それほど彼女は、俺の予想をことごとく裏切ってくれた。 嫌味ではなく。 まあ……なんというか。 おもしろくて、ついつい目がいってしまう存在というか。 始めて顔を合わせたその日。 書類整理の手伝いをしたあと、朝礼で係長から紹介を受けて、自己紹介をして。 ほかの課のメンツは、俺の顔を見るなり、ぎょっとしたような表情を、顔に浮かべた。「お……おはようございます」 と。 柏木千里のように「……誰?」というような目を向けることなく、ドギマギ、ギクシャクした態度をとっていた。 彼等からしてみれば「ついにきた!」という心境なのだろう。 そうして。 朝礼であいさつをしたとき。 誰もが顔をこわばらせる中。 柏木だけが「あ……だから聞いたことある名前だったんだ」と一人、妙に納得していた。 ずいぶん後で。 この日の早朝のことを聞いたとき。 本当に社長の名を知らなかったのかと、柏木に尋ねると。「いや、知ってましたけど」と苦笑を浮かべた。「けど、まさかそういう人が、あんなに早く出社してくるなんて、フツウ思いませんよ。 それに。 あの課に配属されるなんて、思うわけないし」 俺がとっていた、風変わりな研修のことも、よくは知らなかったらしい。 社長の息子が2週間ほど、営業課に所属になる。 どうやら、課の様子を知るための研修らしい。 ……そうした話題を。「へー。そうなんだ」 ……と。 それだけの感慨しかなかったそうだ。 ……まあ、柏木らしいといえば、柏木らしいのだが。 だが、当時の――営業課所属になったばかりの俺には。 正直、彼女の行動は鼻についていた。 もっと周囲に関心を示せよ。 と。 思うことも、ままあった。 そうした想いが、しだいに払拭されていったのは。 彼女のこれまでの経歴と。 現在の彼女の仕事ぶりを目にしてからだった。 ちょうどそのころ。 インフルエンザが社内に――と、いうより。 世間一般に蔓延していた。 わが社も例にもれず。 気づけば「欠勤」の社員があいついで、かろうじて出勤している社員が、そのフォローにてんてこ舞いとなる事態を招いていた。 そうした多忙から、体の抵抗力が弱まり、インフルエンザにかかって高熱により欠勤。 さまざまな部署が、そんな悪循環に陥る中。 柏木千里は「インフルエンザ」の文字も微塵に感じさせない健康状態を、保っていた。 どの課にも、高熱をおして、出社する社員が、割合的に多いというのに。 これが学校だったら。 ずいぶん前に、学校閉鎖が言い渡されていただろう。 かくいう俺も。 微熱を押しての出社だった。 微熱というのも。 正直、体が苦しい。 頭がぼーっとしがちだし、何というか……。 注意力、散漫になってしまうというか。 課に欠勤者の多い中。 柏木千里はちゃっちゃか仕事を片付けていった。 もともと営業の仕事をしていたからだろう。 欠勤した、営業社員のフォローも、そつなくこなしている。 また、営業の経験があるおかげで、営業の人間が何を求めているのか、そうした書類の手配がすこぶる速かった。 驚くことに。 彼女はそうした多忙きわまる雑務を、鼻歌まじりにこなしていた。 人手がとぼしいというのに。 仕事の量は、ヘタをすれば、3倍に、跳ね上がっている事態だというのに。「……なんで……そんなに元気なんだ……?」 ぼんやりとした思考のなか。 本気で不思議でならなくて。 柏木に聞いたことがある。 コピー機の前で、ジーコジーコと機械音をたてながら、柏木は「え?」と俺を見た。「なんでって……元気ですから」「だから……なんで……」「……もともと、健康優良児なんですよね~」 そう、ぽつりとつぶやいた。「昔から、風邪とか、あんまりひかないたちでしたから」と、言いながら、次々とコピーされていく書類を、ある程度の量がたまると、まとめる作業をしていた。「……それに――」 その後。 つぶやかれた彼女の一言が。 俺には目の覚めるもので。 胸の奥に、きざまれていた。「『バカは風邪をひかない』って……。 あれ、ウソですよね。 健康管理に気をつけてない人が、風邪をひくんですよ」「……?」「私も。 こう見えても、結構気をつけてるんですよ? 手洗い、うがいはもちろん。 とにかく換気。 これには気をつけてます。 私、喉が弱いんですよ。 喉にくると、てきめんですから。 だから。 最近、思うんですけど。 病気にならない人って、自己管理、きちんとできてますよね。 睡眠時間に気をつけてる人も多いし」 ……彼女にとっては。 世間話の一環で。 ごくごく。 フツウの日常会話でしか、なかったのだろうが。 微熱をかかえる俺としては。 彼女の言葉に、ギクリとしてしまう箇所もあった。 健康管理に気をくばっていたかと聞かれたら。 ……うんとは、うなずけない。 忙しいを理由に、睡眠時間をけずっていたし、小学生でも知っている、うがい手洗いもおざなりになっていた。 風邪をひいたのを、さも「仕事のしすぎ」と誇らしげに言う人間もいるが。 そうではないのだと。 むしろ逆なのだと。 柏木の言葉を聞いて、そう思った。 思い起こせば。 柏木がうがいをしている姿を、何度も見かけていた。 結局。 この季節。 柏木はインフルエンザにかかることなく、乗り切った。 こんなふうに。 柏木に関して、認識をあらためることが。 2週間という短い間でも。 いくつも、目にしていた。
2008年08月31日
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◇◇ ◇◇ ……正直。「社長の息子」という肩書きが、これほどまで重いものだとは考えてなかった。 こっちは普通に接しようと思っていても、それが無理だと、研修初日に悟った。 俺は気にしてなくとも、周囲はそうはいかないらしい。 下心を持って近づいてくるか。「さわらぬ神にタタリなし」とばかりに、必要以上の距離をとるか。 大別すれば、二つに分けられるから、それからはもう、諦めていた。 前のように、親しい同僚を作ることとか、気心を知れる人を作るとか。 いくつかの課を、研修と称してまわって、そのどちらの人種への対応にもなれた頃。 いつものように、出社すると、珍しく俺より先に出社している人間がいた。 わけあって、始業時間の一時間前には出社するようにしていたのだが。 その俺より早く出社している人間など、清掃会社の人以外、目にしたことがない。 彼女はコピー機の前で、次々とすり出される書類を整理していた。「……おはよう」 人の少ないオフィスでは、そんな小さな声も響いてしまう。 彼女は、俺の声に特別驚く様子もなく「あ、おはようございます」と返事をした。 にっこりと笑って「速いんですね」と続けて。「いや、君ほどじゃないけど……」 そう告げると「あはは」と彼女はくったいない笑った。「私も、いつもこんなに早くはないですよ。 必要な書類を作らなきゃいけないから、早く来ただけです」「必要な書類?」「ええ。 なんでも課長がポカしたらしくって。 一部訂正事項があるから、それを頼まれたんです」 コピー機はジーコジーコと音を立てている。 音自体は小さいのだが、いかんせん、オフィスがしんと静かなもので。 室内に響いて聞こえた。「課長が?」 そのミスの後処理を人に頼んでおいて、自分は通常出勤か? そう思って、思わず眉間に皺が寄ってしまう。 彼女はコピー機を見ているから、そうした俺の表情に気づくことなく、クスリと笑った。「はい。 しっかりしてるようで、結構抜けてるんですよね~。 なんか、憎めない性格ですよね」 なんて、人のいいことを言っている。「で、当の課長は?」「高熱出して倒れてます」「……は?」「風邪、はやってますもんね~。 タチ、悪いらしいですよ、今回の」 オレは、何ともいいがたくて、彼女の動きを見つめることしか、できなかった。「それで、昨日。 私が帰宅後に『本当に申し訳ないんだけれど』って、頼まれたんですよ。 帰宅と言っても、社の近くをうろうろしてただけだから、戻ってもよかったんですけど。 なんか、面倒で。『朝、早く来てすればいいか』と、思ってたんです。 そんな、たいそうなミスではなかったから。 訂正箇所、二つ三つでしたし」 そんな話をしながらも、テキパキと手作業を続けている。「……で?」 一段落したらしく、トントンと書類を机の上で叩いて整えてから、彼女はくるりと俺の方に体と顔を向けた。 髪を、後頭部でまとめて結わえている。 仕事の邪魔にならないようにまとめた髪。 それが動くさまを、つられて見つつ。 それから俺を見上げる彼女に、視線をおとした。「ご用件はなんでしょう? さっき言ったとおり、課長でしたら、倒れてますけど。 それとも、課の誰かに御用ですか?」「……え……いや……」 どうしたものかと、迷った。 用はあるのは確かにこの、営業課なのだが。 何しろ、今日からこの課での研修が始まる。 知ってはいるだろうが、彼女に「俺は何をすればいいのか」と聞いたところで、答えられるわけがないだろう。 ……と、思ったものの。 ふと「……昨日、課長から連絡があった?」と、訂正書類を指差しながら、聞いてみた。 彼女は不思議そうに首をかしげて「はい」と答えた。 そんな仕草をすると、幼く見える。 歳は……20歳になったかどうかといったほどか。「俺のことは、そのときに何か聞かなかった?」「……はい?」「…………いや、いい」 不思議そうに、さらに首をかしげる彼女を見て。 おそらく、話は係長あたりに言っているのだと、判断した。 俺は一つ息をつくと「手伝うよ」と、彼女に助けを進言した。 書類に手を伸ばした俺を見て、彼女はきょとんとした顔をしていたけれど。 状況を飲み込むと、慌てて声をあげた。「え……え! いいですよ! うちの課の仕事なんですから!」「俺も。 今日からここで研修だから。 課の一員には違いないだろう?」 もう、このころになると。 俺の名前と素性と、社内の課、全てを研修するために、それぞれの課に2週間ほど在籍すると。 そんな話が広まっていた。 だから、こういえば察しがつくだろうと、思っていた。 ……しかし。 俺の思惑と違い、彼女は「…………研修?」とまたまた不思議そうにつぶやく。「……新人、さん?」 聞きながらも、声にも顔にも「……にしては、年くってる」との想いがにじんでいる。「まあ、新人といえば新人だな」 社に就いたのは最近だから。 彼女は少し、考えていたようだったが。 それからニッコリ笑って「これからよろしくお願いします」と礼をとった。 ようやくわかったのかと思って、俺も「こちらこそ」と頭をさげた。 そうして顔を上げた彼女は。 思いもしなかったことを、口にした。「ところで、お名前は?」「…………は?」「あ、私、柏木千里といいます。 ここの課で、事務のサポートしてますから」 俺の戸惑いの声を、先に名を聞かれたからだと、勘違いしたらしい。 俺はその後も、しばらく呆然としていた。 この研修が始まって。 名を聞かれるのが、初めてだった。 俺が自己紹介として、それぞれの課で研修のあいさつをする前から。 課の人間は、俺の名前も素性も知っていた。 だから俺は。 社の人間には、俺のことは知れわたっているものだと、思っていた。「……あの?」 彼女の声に、我にかえって。 戸惑いながら、名を告げていた。「久坂……孝一です……」 するとまた彼女はにっこりと笑って。「久坂さんですか。 珍しいお名前ですね。 …………あれ? どこかで……聞いたような……?」 社長の苗字だろうが。 この時の俺は。 さすがにそこまでいうことは、できなかった。 社長の苗字も知らないのかと、彼女に対して呆れていたし。 たとえ新人だとしても、教育がなってないと、イラダチを覚えていた。 ……ただ、それを口にしなかったのは。 早朝出勤して、押し付けられた仕事に文句もいわず、熱心に取り組んでいる姿があるからだった。 柏木千里。 この名前が脳内に残った当初は、彼女にいい印象は、持っていなかった。 けれど。 この課ですごすうちに。 彼女に対する見識は、変わっていって。 数日後には、まったく正反対の印象へと、覆っていた。
2008年08月31日
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まさかその留学が。 こうして後々まで、影響してくるとは、思わなかったけど。 本末転倒ともいえる事態に、思わず苦笑してしまう。 ……それから。 私は物件を探して。 ちょうどコモの近くに、手ごろな物件があったこともあって。 家賃も間取りの地理的条件も。 私が望んでいたものに、合っていて。 早々に、引っ越すことになった。 決断して、賃貸契約を交わすまでに一週間。 自分でも驚くほどの、はやい展開速度だ。 前から「一人暮らしがしたい」と両親には言っていたから、反対はなかった。 アパートがすぐ決まったことにも「速かったねー」と、のほほんと告げる程度だ。 相変わらずの、放任主義。 そっちの方が、変な気を使わなくて、助かるけど。 ……だけど。 おじさんがその事実を知ったときは。 大変だった。 連日に渡って「なぜ」「どうして」の攻撃を受けるし。 こっちはこっちで、引越しとか、身の回りのものをそろえることとか、平沢主任からの仕事の引き継ぎとかが重なって。 ホントに目も回る忙しさで。「そうしたかったんです! もう決めたんです!」 ……って。 イラダチ任せに、叫んでしまったこともある。 それでも、おじさんはヘコたれず。 ……というより、気にしていないのかもしれない。 スキあらばその話に持っていって「やめたほうがいい」なんて、言ってくる。 ……よくよく考えると、「なぜ、おじさんに、そこまで口出しされなきゃいけないの?」って、思うところだけど。 その時の私は、忙しさのあまり、そこまで考え付かなかった。 同時に、我慢の限界が、はちきれそうになったときでもあった。 それが爆発せずにすんだのは、ひとえに梶さんのおかげだ。 私とおじさんのそうした攻防に気づいてから。 それとなく、おじさんと私の距離がはなれるよう、とりはからってくれていた。 おじさんと同行して、どこかに出かけるようなときは、梶さんが引き受けてくれて。 仕事の引き継ぎ事項で調べ物をしている。 ……とか口実をつけて、私とおじさんの時間を、必要最小限にしてくれた。 そうしたおかげで、私もどうにか、身の回りが落ち着いて。 そのころには、おじさんも私の説得を諦めていた。 私の急な引越しには、タカ兄も驚いていた。「……そう」 と。おじさんと違って、驚きに目を丸くしたまま、事実だけを受け止めていた。 ……できることなら。 タカ兄には、私のアパートがどこか、知られたくなかったんだけど。 引越しのときに「男手が必要なら」って、自ら申し出てくれて。 急な話だったから、知り合いに頼んでも都合がつけらない人が多かったから。 少しでも引越しに関わる費用を落としたかったから、私はその申し出を、ありがたく受けることにした。 ……内心は、ホントに。 複雑でならなかったんだけど。 あらかたの荷物を運んで。 こまごましたものは、少しずつ、実家から持ってくることにして。 そうして実家で「お疲れ様でした」と手伝ってくれた人たちに、お茶と茶菓子を出して、くつろいでもらってるときに、タカ兄に声をかけらた。「正直、意外だった」 と、ためらいを含んだ表情をのぞかせて。「……どうして?」 社から離れると、おじさんともタカ兄とも、砕けた口調で話している。 私もおじさんもタカ兄も。 その方が気が楽だったから。 首をかしげる私に、タカ兄は言いにくそうに、少し口ごもってから話し出した。「小太郎の調子があまりよくないって、聞いてたから。 そんな時期に、家を出るって……ソラがそういうことするとは、思ってなかった。 いや、責めてるわけじゃなくて。 ……ホント、意外だったから……」 ……口の中が。 一気に、干上がった。 震えそうになる声を、どうにか隠して「私も……こんなに早く決まるとは、思ってなかった」と告げた。「前から、いろいろと物件を探して目星はつけてたんだけど。 あれって、時の運もあるから。 前も、一足遅くて断念した物件もあったし。 それで今回は、逃したくなくて、ね……」 タカ兄は「そうだよな」と、つぶやいた。 それからふと、とてとてと足元に歩いてきた小太郎に気づくと、膝をおってその頭をなでていた。 タカ兄のそばに座った小太郎は、気持ちよさそうに、ゆるやかに尻尾を振っている。 それから。 私の方に、つと顔を向けて、ねだるように小さく鳴いた。 私も、側にしゃがんで、小太郎の体を撫でた。「……やっぱり。 飼い主だな」 私に体を摺り寄せてくる小太郎を見て、タカ兄が笑っている。 私は、すぐにそれに返事ができずに。 歪むように、口元をあげることしか、できなかった。 ……昨日。 体調の悪そうな小太郎を、両親が獣医師の先生に、診てもらった。『――余命、数ヶ月……でしょうね……』 そう、告げられたと。 引越しの当日に、私は。 その事実を、知った。
2008年08月31日
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昨日は、新人君の歓迎会でした。 で、最後は2時。 久々に遅くまで残ってました。 そして今日は、祖母が入院したので、そのお見舞いと、車を買い替えようと思ってるので、ディーラーに行って、試乗して。 そしてこれから、またお出かけです。 所用は、たて込むときはたて込むものですねぇ。
2008年08月30日
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一人暮らしは、ずっと前から考えていた。 これまでは、おじさんと距離をとりたいと思っていたのが、大きな理由の一つだった。 仕事関係のことだけじゃなくて、久坂の家との関わりを減らしたいと考えていた。 久坂家というより……タカ兄との関わりを、繋がりを。 できることなら皆無に、したかった。 何度か「もう大丈夫」と思ったことがあったけど。 そのたびに、自分の心に、裏切られる。 諦められると、思っていた。 諦められたと、思っていた。 なのに、タカ兄に会ったり、タカ兄のことを耳にするだけで、鼓動は急に速くなる。 また今日も、自分自身の気持ちを、思い知った。 私はまだ。 タカ兄が……好きなのだと。 タカ兄への想いは、幼い頃から抱き続けていた。 物心ついたころから、タカ兄とはよく一緒に遊んでいたから、私のこの気持ちは、ひな鳥のすりこみのように、ずっと胸に宿していた。 想いがかなうと、思ったことはない。 時がたてば自然に熱を失って、他に好きな人ができるだろうと……子供のころから、幼いながらも考えていた。 タカ兄とは歳が離れていたし、タカ兄が私を妹のように見ていることは、本人の言動でいやというほど知っていたから。 だけれど。 どれだけ時がたっても。 タカ兄への想いは、胸の奥に宿っていた。 どこが好きなのか、自分でもわからないから、非常に厄介でならない。 それでも、高校までは、タカ兄の側にいても、苦痛は感じなかった。 想いは届かないけれど。 だけどタカ兄に彼女がいるような話も、聞かなかったから。 淡い想いは、ずっと胸の奥にあって。 ……けれど。 私が……高校2年か3年のとき。 偶然、タカ兄が女性と連れ立って歩いているところを目撃して。 その女性と交際していると、親伝えに話を聞いたとき。 自分でも……信じられないほど、ショックを受けていた。 その時からだ。 タカ兄と、距離をとろうとし始めたのは。 その時、迷っていた海外留学も。 タカ兄の件が最後の一押しとなって、決意を固める結果となった。
2008年08月29日
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それから、平沢主任と梶さん、それとおじさんとタカ兄と私と。 今後のことを考慮して、親睦を深める意味をこめて、夕食を共にしようという話になり。 そうしてこの5人で夕食をとることとなった。 おじさんいきつけのお店の、こちらの事情を考慮してくれる、なじみの小料理屋で。 周囲を気にすることなく、おじさんと平沢主任、そうして梶さんはこれからのことを話していた。 私は話を聞くことしかできない状態で。 現状では、関係のうすいタカ兄も、私と同じ状況だった。 口出ししようにも、話している内容に「?」の箇所が多くて、話にわって入れない。 話している内容は、何となくわかるけれど、それでは話に介入できるものではなかった。 三人の話を聞く側にまわって、食事を終えて。 タカ兄に言われるまま、家まで送ってもらった。 おじさんの家も私の家も近いから、そういったことで送ってもらったと、思っていたけど。 ……まさかタカ兄まで。 同じとは、思っていなかった。 タカ兄は、大学時代から、一人暮らしをしている。 それは卒業して、就職してからも変わりない。 だからてっきり、おじさんと私を送り届けるために、車を走らせていたものと、思っていた。 それが思い違いだと気づいたのは、おじさんとタカ兄の会話を聞いたとき。 その内容の、微妙な違和感から私はうすうす感じ取っていた。 おじさんを送りとどけて、てっきりタカ兄は自分のマンションに戻ると思っていたけれど。「家でどうするのか」と聞くおじさんの声を聞いて、違和感が募っていく。 一人暮らししているタカ兄に聞く内容とは思えない。 思いは、顔に出ていたのだろう。 タカ兄が苦笑交じりに告げた。「自宅から通うことにしたんだ」 鼓動が。 一際高く音をたてた。「自宅、から……?」「ん。あ、そうそう。 出社時間が同じなら、車で送るけど?」 ……くらり、と。 眩暈が、した。 自宅から……タカ兄が通う……。 それは、実家が近い私とタカ兄。 顔を合わせる機会が増えるということだ。 それは。 私が、のぞんだ状況でなく。 むしろ……避け続けてきた、状況だ。「わしには『そんな目立つことするな』と口うるさく言ったくせに」 話を聞いていたおじさんが、渋い顔をする。 けれどタカ兄は「親父とは立場が違うんだから」と言い返していた。 私からすれば、おじさんもタカ兄も、同じなんだけれど……。 だけど、そういったこととは関係なく。 私は。 タカ兄と過ごす時間を、避けたかった。 その場は曖昧ににごして、家に帰ったけれど。 自分の部屋に戻って、息をついて。 そしてこのとき。 家を出る決意を、固めた。
2008年08月29日
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さすがにタカ兄と主任の二人がかりでは、おじさんも反論できないようだった。 むっつりと、不機嫌を顔に貼り付けて、黙り込んでしまう。 そんなおじさんに、タカ兄は呆れた吐息ついて。 主任は安堵の息をついた。 ……って。 二人が納得されても困るんだけれど。 そのまま話が進みそうな気配を感じて、私は慌てて口を開いた。「あ……あの、さっきから言ってますけど、私にはムリです。 主任もそう言ってたじゃないですが。『時期尚早』だって」「ええ。言ったけれど。 だけど、あなたなら大丈夫とも、言ったでしょう?」「む、矛盾してます」「そうね。 だけれど……他に適任者がいないもの。 ……それに――」 そこで主任は、おじさんをちらりと一瞥した。「当の本人が、あなたでなければストライキするとか言うんだもの」「ス……ストライキ……?」 って……そんな、子供みたいなダダコネで仕事放棄するなんて……。 ……いやでも。 おじさんだったら、確かにやりかねない。「確かに、松井さん一人に任せるには、まだ不安な点はあるけれど。 それは清治がカバーしてくれるだろうから。 ……それにね。 正直なところ、あなた以外に適任者はいないってところも、事実なの」「え、けど市原(いちはら)さんは――」 市原さんは、主任が休んだときなんか、社長についていたサブの人だ。 私は、主任の後任は市原さんとばかり思っていた。 市原さんの名に、主任は苦笑する。「英語がダメなのよ、彼女。 日常会話なら、なんら問題ないんだけれど。 社長専属秘書としては、心もとないわね。 語学に関しては、松井さんの方が勝ってるし。 そのことは市原さん本人がわかってるから。 本人も『ムリです』と、言っててね」「だ……だけど……。 私に比べたら、市原さんの方がよっぽど仕事できるし……」「私は。 あなたも市原さん同等の能力はあると、評価しているけれど。 ……だけど、一つ不安なのは。 頼まれごとを、断りにくいってところね。 いやなことはいやだと、はっきりさせるのも、時には必要よ」 う……。 と、言葉に詰まってしまう。 確かに、言われるとおりだ。「そのあたりを考慮して、清治をつけることにしたんだけれど」 そう言って視線を向けられた梶さんは「まあ、がんばります」と、告げた。「名が梶なだけに、社長の舵取りはお任せください」 ………………。 しん、とした空気が、その場に流れた。 私はそれがなぜか、気づかなくて。(自分のことで、いっぱいいっぱいだったから)「……あれ。 おもしろくないですか」 と、梶さんがまた無表情で淡々とつぶやいてから、シャレを言ったのだと気づいた。 おじさんはなんと言っていいものかと、反応に戸惑って。 タカ兄は苦笑し。 主任は疲れたように、ため息をついた。 それからはもう、反論することなんて、できない雰囲気だった。 それに……私自身が、諦めていたから。 何を言っても、この決定が覆ることはないんだろうって。 同時に。 ちょっとした思惑もあった。 タカ兄が、いま研修と称して、さまざまな課に所属していると聞いている。 けれど、いずれは役席の人たちが席を置くフロアに配属となるだろう。 そのときには、秘書がつくはずだ。 タカ兄は、公私混同を嫌うから、私がつく可能性は限りなく低い。 だけど、ゼロじゃない。 もし、私が社長につけば。 時期から見ても、私がタカ兄につく可能性はなくなるはず。 そんな思いも、この時にあって。 だからそれ以上、反論することはなかった。
2008年08月28日
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保管庫更新しました。 「背中あわせにつなぐ手を。」です。 やっぱり「背中あわせ~」の方が更新しやすいです。(汗) 番外編は、本編に比べたら、遊び心が少ないところもありますが。「冷えた指」はシリアスまっしぐらなので……。
2008年08月27日
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「え!?」 私の声に、平沢主任をのぞく人たちは、驚きに目を丸くしている。 ま……まさかとは思ってたけど!!「そんなの、絶対ムリです!!」 腰をあげて、テーブルに前のめりになる私に、平沢主任は平然としている。 私がどういった行動をとるか、あらかじめわかっていたのだろう。「大丈夫よ。あなたなら」 と。 何を根拠に、んなこというの!? ってなこと、言ってくれちゃうし!! その時の私は。 驚きと「それだけは勘弁!」という思いとで、周囲がまったく見えてなかった。 とにかく、平沢主任を説得しなきゃって、気がせいていた。 冷静になって考えたら。 平沢主任を説得したって、どうにかなるものでもないのに。「ムリです絶対ムリ! だ、だいたい! 平沢主任以外に、だれが社長の暴走を止められるというんですか!!」 ……って。 本人を前に、暴言を吐いちゃうし。 これにはさすがの平沢主任も、目を見張って驚いて。 当のおじさんは「そ、空美ちゃん!?」と、そんなふうに思われてたのかと、ショックをにじませた顔をするし。 それで私はハッと我に返って。「あ……あの……その……!」 と、あわあわしていると、横でタカ兄が、盛大に吹き出して、口を押さえて笑いをこらえつつも、その肩は大きく揺らいでいるし。 ……ってか……笑い声……もれてる……。 パニック状態の私に、平沢主任はしきりなおすように、咳払いを一つ落として「大丈夫よ」と再度つぶやいた。「その点は考えているから」「…………。 ……え?」 よく意味がわからなくて首をかしげる私に、主任は「いいから座って」と促した後。 主任の隣にいる男性に顔を向けた。 私はソファに座りつつ、主任につられてその人に目を向けた。 さっき、私の叫び声に目を少し見張った以外、その人の表情は揺らぐことなく、今も無表情になっている。 ……表情がない、というか……ぼーっとしてるというか……。 そんな表情のまま、彼は「梶 清治(かじ きよはる)と言います」そう言って、小さく頭を下げた。 私もつられて頭をさげて。 ……そう言えば。 誰なんだろ、この人……。 そう、思って。 すぐに「……ん?」と首をかしげていた。「……梶?」 梶って……たしか……。 私のつぶやきに、主任はうなずいて同意した。「そう。私の弟よ」「以後、お見知りおきを」「あ……え……こ、こちらこそ……」 と、頭を下げて告げる梶さんにつられて、また頭を下げる。 そう。「梶」とは、主任の旧姓。 結婚前の姓だと、仕事上の話で、ちらほら耳にしていた。 主任と付き合いの長い人は、いまだ旧姓で呼ぶ人もいるから。 けど……弟さんにしては……。「似てないでしょう?」 いま、まさに思っていたことを、苦笑交じりの主任に言い当てられて。 思わず体がぎくりと揺らいでしまう。「え……」 と。 それ以外の反応ができない。「よく言われます」 と、梶さんも、やっぱり無表情でそう告げた。 隣のタカ兄も小さくうなずいている。 ……視界の隅で……。 おじさんは、さっきの私の言葉がこたえたらしく。 しょんぼりと肩を落としていて。 私は心の中で「ごめんなさい!」と謝りつつ。 極力そっちに顔をむけないようにしていた。「社長には、松井さんと清治の二人で担当してもらおうと思ってるの」「……わしは空美ちゃんだけがいい」「……社長」 ぼそりとつぶやいたおじさんの声に、平沢主任は低く、冷えた響きを乗せた声で告げた。「子供みたいなわがままはやめてください」「……しかし、二人も必要ないだろう?」「松井一人では荷が勝ちすぎます。 ……それに。 私は何度も言っていますが。 松井を社長の担当にするのは時期尚早と考えているのを、お忘れなきよう。 ……事情が事情ですし、今回は私も仕方なく、同意したのです。 清治と二人で担当するのは、私の最大限の譲歩です。 それを受け入れられないと言うのなら――」「……しかし、なあ……」「親父」 なかなか引き下がろうとしないおじさんに、タカ兄も「いい加減にしろ」と続けた。
2008年08月27日
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平沢主任の眼差しに、私は思わず、身をすくめてしまう。 そんな私の様子を気にすることなく、主任は私に席につくよう、促した。 つまり、応接台のソファの――タカ兄のとなりに。 タカ兄と、もう1人の男性は、ソファの奥に座っている。「え……」と、戸惑う私にかまうことなく、主任はもう一つの空いた席の方へと腰をおろした。 おじさんも、1人がけ用のソファを出して、応接台に向き合って腰をおろした。 1人だけ立っていることもできなくて、私はしぶしぶながらタカ兄の隣に腰をおろした。 それを確認してから、平沢主任は周囲を見渡したのち、おもむろに口を開いた。 けれど視線は、私だけに向けられている。 そのときは、疑問符しか頭に浮かばなかったけれど。 あとで考えると……他の人たちは、話す内容を知っていたのだろう。 あの時、あの場所で。 話の内容を知らなかったのは、私だけ。「急な話で申し訳ないんだけれど……。 今度、私、ここを辞めることになったの」「………………。 …………は……?」 本当に……唐突すぎるないように、私はすぐに状況が飲み込めなかった。 そんな話、噂にしろなんにしろ、聞いたことなんてまったくない。 平沢主任本人も、そんなこと、口にしたことなかった。「どうして」とか「なぜ」とか、聞くこともできないほど、言われた内容を把握できなかった。 そうした私の心情を察してか、平沢主任が苦笑を浮かべて「実は」と話し始めた。「主人が、急に海外への転勤が決まってね。 それに、私も一緒に行こうと思って」「か、海外?」 どこですか? と、暗に含んで聞き返すと「アメリカよ」 と、主任は答えてくれた。「……はあ……」 と、自分でもよくわからない心境で、それだけしか、答えられない。 何でも、平沢主任のご主人は、主任とは正反対で、英語がまるでダメ。 そんなご主人を、1人で向こうに行かせるわけにはいかないからと、主任も同行することになったのだそうだ。「平沢くんのとこは、仲がいいからなぁ」 感心するようにつぶやいたおじさんの言葉に、平沢主任は照れることもなく。 ただ穏やかに微笑んで会釈をした。 普段の平沢主任からは、あまり伺えない、そのゆるやかな表情に、おじさんの言っていることが本当なのだと感じる。 そこでふと「……あれ?」と首を傾げてしまった。 どうして……この場でそんな話をする必要が……? 話というのが、主任が仕事をやめることなら、この場でなくとも、課内で告げればいいのでは? それに。 主任がやめるのなら、後任は誰? ……もしかして。 そう、思いながら、主任の隣――私の斜め前の席に座っている男性を、ちらりと視線を向けた。 もしかして。 次の主任が、あの人? だとしたら、わが社始まって以来の、男性秘書課の主任だ。 慣例というわけではないけれど、秘書課の主任はずっと女性できていたから。 ……そう、考えても……。 今の状況がしっくりこない。 なぜ、私がこの場にいるのか。 ……小さな可能性には、気づいていたけれど。 私はずっと気づかないフリをしていた。 あえて、目をそむけていた。 そむけて、いたのに。「それで、松井さん。 あなたには社長の担当になってもらいたの」 主任は、前置きもなくサラリと言ってのけて。 うんうんと満足そうに、腕組みをしてうなずくおじさんとは正反対に。 私は悲鳴じみた声をあげていた。
2008年08月26日
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ど……どうして!? どうして、タカ兄が、ここに!? 表情にはでないものの、内心困惑している私に、室内にいる誰も気づいていないようだった。 それはタカ兄も然りで。 タカ兄は嘆息した後。「会社での言動には気をつけろって言ってるだろ。 特にソラに関することは」「そんなこと、言われなくても、わかっている」「どうだか。今のがいい証拠だと思うが」「それは。 ここにいる誰もが、うちと空美ちゃんの関係を把握しているからだ」「だから。 いくら事情を知ってるヤツばかりでも、社内では姓で呼べって言ってるだろ。 どこで誰が聞いてるか、わかったもんじゃないのに」「じゃあ、逆に聞くが。 わしの許可なく、ここに入ってこれる人間がいるというのか?」「そういうことを言ってるんじゃない。『ついうっかり』なんてことにならないようにって用心で、俺は言ってるんだ」 ……まあ、そんな感じで。 おじさんとタカ兄は、やいのやいの言い合っていた。 そうした二人を見ているうちに、激しく動揺していた心も落ち着いてきて。 そうしてふと、タカ兄の向かい側のソファに、座っている人(男性)がいることに気がついた。 黒のスーツをぴっちり着込んでいる、年のころ20代後半……30いってるかも? って人だ。 一重で、もともと細めがちの目で、おじさんとタカ兄のやりとりを、ぼんやりと見ている。 中肉中背。 座っているから、はっきりとはわからないけど、身長は高くもなく、低くもなく。 体格も……まあ、何というか。 細くもなく、太くもなく。 筋肉質でもなく、ガリガリでもなく。 ごくごく、標準的なものを多分に感じる人だった。 タカ兄とおじさんのやりとりを、驚く様子もなく平然と見ているところをみると、そうした二人のやりとりを見知っているようだった。 ……誰? 面識がまったくないその人を、しげしげと見つめていると。 私の視線に気づいたのか、その男性がふと、私の方に目を向けた。 うわっ。 ばっちり、かちあった視線に、私は思わず、びくりと身震いしてしまう。 顔をこわばらせる私に、その男性は表情を変えることなく(顔の筋肉がまったく動いてなかった)、小さな会釈をした。 つられて、私も慌てて会釈をする。 そんな動作をしたころ。「いい加減になさってください」 と。 まだやいのやいの言い続けていた、おじさんんとタカ兄に、平沢主任の指導が容赦なく入った。 タカ兄も平沢主任にはかなわないらしい。 おじさんともども、ぴたりと口をつぐんで「……すみません」とばかりに、二人して無言で頭を下げていた。 こういうとき。 思ってしまう。 その、動作の似たところとか。 やっぱり、親子なんだなって。 口をつぐんだ二人に、平沢主任は小さく息をついて、おじさんに向き直った。「本題に、入ってもよろしいでしょうか」「……ああ」 うなずくおじさんを確認して。 平沢主任は、私につと、視線だけ向けた。
2008年08月24日
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私は。 息をのんでしまって、その問いにすぐには答えられなかった。 まず、なぜ雅則くんがそんなことを聞いてくるのかが、わからなかったし、なにより、そう尋ねてくるということは、彼は知らなかったということだ。 その時点で「なぜ?」と、思ってしまう。 なぜ、弟である雅則君に、そんな大事なことを話してなかったのか。 そうして。 私に尋ねてくるということは、家族の誰も知らない可能性が高い。 そうした事実を知ったら、まず家族に聞くだろう。 まさか、雅則君にだけ、隠していたとも考えられないし。 と、なると。 和之は、前の会社をやめて、今の会社にいることを、話してないんだ。 ……私は。 静香から聞いて、知っているけれど。 思い返せば、和之からは直接、聞いていない。 和之が家族に話していないことを、私が話すのはどうかと考えて「知らない」と首を横に振った。 雅則君は驚いたように目を見張って「なぜ」と聞いてくる。「アニキから、何も聞いてないんですか」 動揺で揺らぐ瞳には、私にも隠していたのかとの恐れものぞいていた。 和之が私にも家族にも、会社をやめたことを隠していて。 そのことを、知らなかったとはいえ、告げてしまった気まずさ。 そんな表情をのぞかせる雅則君に、私はゆるく首を横に振った。「……和之とは、もう別れてるから」 雅則君の目が、驚きにさらにいっそう、大きく開かれる。 そして、慌てて頭を下げた。「すみません。……知らなくて――」 私は苦笑を浮かべて「気にしないで」と告げて、雅則君に頭をあげるよう、うながした。 ――彼の態度から「もしかしたら」って、思っていたけど。 まさか、本当に話してなかったなんて。「すみません」と、再度頭をさげて、きびすを返す雅則君に、私はとっさに「待って」と声をかけていた。 その声に、雅則君は、足をとめる。「……何か、あったの?」 それから。 雅則君は逡巡したのち、ポツリポツリと話してくれた。「……連絡を、とりたいことが、あって……。 けど、携帯がつながらなくて。 留守録にもいれてたけど、2日たっても、返事がなくて。 それで……直接会社に電話して、とりついでもらおうと、したんですけど。 そうしたら『そんな社員いない』って、言われて……。 それで転勤になったことと、支社の名前を出すと、調べてくれたけれど……もう、辞めてるって……聞いて……。 家族だと説明しても、いつやめたのかとか、どうしてだとか、詳しいこと、教えてくれなくて。 それで……直接、会いにきたんですけど……。 前のマンションも引き払ってて……。 もう、どうしていいか、わからなくて。 それで……志穂さんなら、知っていると、思って。 アニキと、連絡取れると、思って、ここまで来たんですけど――。 すみません。 まさか……アニキとそうなってるとは、思わなくて……」 雅則君は、もう一度、申し訳なさそうに頭を下げた。 私は何と言っていいかわからず「気にしないで」としか、いえなかった。 それから雅則君は「こんなこと、頼める立場じゃないと、わかってるんですけど」と、前置きして「もし……アニキのことで何かわかったら、教えてくれませんか」と、藁にもすがるような眼差しで、そう頼んできた。 私は、心苦しさを覚えながら、了承の返事をした。 そして、市内駅近くのビジネスホテルにしばらくはとどまると聞いて、その住所と彼の携帯電話を聞いておいた。 肩を落として歩く雅則君の後姿を見送ってから。 私は再び、駅に足を向けた。 腕時計に目をおとして、もしかしたらとの想いを、胸にやどして。
2008年08月24日
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今日は月一当番の日でした。 朝からボーっとしていて、しゃべることさえできないほど、頭が動かなくて、しばらく同僚に声をかけることもできませんでした。 話しかけられれば、受け答えするのですが。 昨日の夜、変な時間帯(深夜2時)に起きてしまったから、それで寝不足になっていたのだろうと、その時は思ってました。 ……にしても、こんな何も考えられない状態ってのも、珍しいことだったんですが。 正午近くになって、ようやくどうにか、こちらから話しかけることのできる状態まで、回復しましたが。 けど、やっぱり本調子じゃない。 その理由も、帰ってから判明しました。 ……熱が。 ありました。 37.2と、微熱でしたが。 どうりで。頭がぼんやりするはずだ~。 疲れも確かにあったんですけどね。 今夜は花火大会もありますが、それも断念します。 小説は更新しようと思ってますので。
2008年08月24日
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保管庫更新しました。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月23日
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web拍手更新しました。 保管庫のほうに掲載しています。
2008年08月23日
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◇◇ ◇◇ その日。 平沢主任から「松井さん」と呼び出しを受けて、話があるからと別室に移るよううながされた。 秘書課の室内でなく、こうして個人的に別室で話をすることは珍しくない。 私だけでなく、他の課の人にも、同じことはこれまでにもあった。 注意的な指導をうけるときもあるけれど、どちらかというと、担当する役席の人に関する、人目をはばかったほうがいいって話の方が多い。 秘書課の人たちは、疑いようもなく、口の堅い人たちばかりだけれど、担当する人のプライベートな内容は、必要がないのなら、人の耳にはいらないほうがいいから。 だから課内で声をかけられたときも、特に何の気負いもなかった。 ……焦ったのは。 平沢主任の向かう「別室」が「社長室」に向かっているのではと、思ったとき。 まさか……? って、内心思いながら「いや、まさか」って、否定して。 だけど、鼓動が必要以上に高まっていく。 前を歩いていた平沢主任が足を止めて、社長室のドアをノックしようとしたとき、私は「ちょ、ちょっと待ってください!」と、慌てて声をあげた。 ハッキリ言って。 どうしようもなく、嫌な予感がする。 ノックをしようと腕をあげていた平沢主任は「なに?」と、私に顔を向けている。「べ、別室って、ここですか?!」 ひそめた声ながらも、焦りは声ににじんでいる。 私の慌てた様子に、平沢主任は、少々怪訝な面持ちを浮かべて「そうだけど……」とつぶやくだけ。 なぜ私が焦っているのか、わかっていない様子だ。 その様子に、私の方が面食らってしまう。 だって、社長の担当は平沢主任で。 平沢主任が対応できないときのサブの秘書は、私でなくほかにいる。 社長室に用がある理由が、わからない。 それだけじゃなくって。 社内ではできるだけ、おじさんとの接触は避けたいんだけど……!「ぶ、部長の話じゃないんですか!?」 私の担当は経理の部長。 社長は関係ないんじゃと、暗に含ませて告げてみる。「違うけど」 ……って。 ……平沢主任はキッパリハッキリと告げた。 あんまりスッパリといわれたものだから、私はそれ以上、何もいえなくて、声なく口をパクパク動かすことしかできない。 そうこうしているうちに、平沢主任の手が、無情にもドアをノックして。「あ!」 って、思わず声をあげてしまうと、驚いた平沢主任が目を丸くして私を見た。「どうしたの」「い、いえ……な、なんでも……」 と、もごもご言ってると、中から「はい」との返事が聞こえてくる。 その声に、平沢主任の注意は、そちらへと移った。「平沢です。 よろしいでしょうか」 中からの了承の声にしたがって、平沢主任がドアを開ける。 中に足を踏み入れると、振りかえって、私にも入室を促した。 いったい、何の話だっていうの……。 おそるおそる足を踏み入れたとたん「や、空美ちゃんも一緒だったのか!」って。 いつもと変わりないおじさんの――社長の声が聞こえてきた。 他の人の目があるときは、一応気をつかって「松井さん」と呼んでるおじさんだけれど。 おじさんにとって、近しい間柄の人しかいないときには、遠慮なく名前で呼んでくる。 おじさんには気心の知れた人しかいなくったって、私には面識のない人だったり、親しい人というわけではない人だったりするときもある。 そういうとき、対応に困ってしまう。「社長、お静かに」 私を先に入室させて、平沢主任はドアを閉めて。 それから主任はおじさんにそう忠告した。 平沢主任は社長であるおじさんにも、遠慮なく注意提言を言ってのける。 おじさんも、人の注意は素直に受け入れる性格だから、平沢主任の話は聞くだけは聞いている。 ……注意されたことを、直す直さないは別として。「……はあ……」 と、肩をすくめながら、所在のなさを感じつつ、その場に立ち尽くしていると、応接台の奥から「まったく……」と、辟易した声が聞こえた。 …………え? その声に。 驚いて反射的に顔を向けると。 応接用のソファに腰掛けたタカ兄が。 おじさんの言葉に、眉をしかめていた。
2008年08月23日
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声に振り向いて、俺を見たソラは、驚きに目を見開いていた。 俺がこの社に就いた話は、表立った話にはなっていない。 ソラが驚いたのは、まさか俺がいるとは思ってなかったからだろう。 ソラにも、話をする機を逃していた。 まあ、あとで、俺が社に就いていると、聞いたばかりだったと知ったのだが。 そうした経緯があったから……この時、ソラが思いのほか驚いたのを、オレは特に怪訝に思うことも、なかった。 ソラにとっては、晴天の霹靂だったろうに。 俺は彼女の気持ちを深く考えずに、これまで実家で接するときのように、彼女に声をかけていた。 周囲の目があったから「松井さん」と姓で呼ぶ考慮はしていたが。 それから「話したいことがある」ともちかけて、戸惑いを瞳ににじませながらも、了承を得られて。 そして彼女を家まで送る道すがら、これまでずっと気にかかっていたことを吐露して、謝罪した。 正直、ソラが憤慨するのではと。 彼女の性格ではありえるはずがないのに、最悪の結果だけはいつも胸のうちで考えて、それに対する心構えをとる。 そんな自身の性分から、長年にわたる積罪と贖罪の想いに、心拍数は一気に上がっていた。 それもソラが気にしていないと知ると、体の強張りは溶け、安堵が全身に染み渡った。 あとはこれまでと変わりなく、世間話をして。 ソラの家に着いたとき「ついでだから動物病院まで送ろうか?」と持ちかけると。「ほ、ほかに寄る所があるから!」 と、力いっぱいの否定を受けた。 ……そんなに力を入れることか? その「遠慮します!」の態度が、これまでに感じたことのないよそよそしさを感じた。 久しぶりに小太郎にも会ってみたいと思ったけれど、ソラのそんな態度に、言うに言えなくなって、その場は彼女の要望にそって、家に送り届けるにとどめた。 ……それから。 まさか一月もたたないうちに、親父の願いがかなうことになるとは。 思っても、いなかった。
2008年08月22日
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保管庫更新しました。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月22日
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「雅則くん……?」 本当に本人なのか、信じられない思いが強くて、うわごとのように、その子の名前をつぶやいていた。 彼は彼で、私を確認すると、安堵したように顔をほころばせて、私の方へと足を進めた。「よかった……」 そう、つぶやいて側にきた彼を見上げながら「どうしたの?」と聞いていた。 身長が高い彼が側にくると、必然的、見上げる体勢となってしまう。 たしか、身長は180以上、あると言っていたっけ。 彼の名は「本橋雅則」。 和之の、弟になる子だ。 たしか、まだ大学生だったはずだ。 実家から大学に通っていると聞いていたけど。 どうして、こんなところにいるの? 思いは、表情に出ていたのだろう。 細部まで尋ねる前に、雅則くんが口を開いていた。「志穂さんを、探してたんです」 和之と交際していたとき。 和之の家族とも、親しくしていて。 私のアパートの住所も、和之の実家に知らせていた。 その時知った住所をもとに、雅則くんは私を訪ねてきたのだという。「私を? ……どうして――」 もう、和之とは。 私は。 なんらつながりはないのに。 私の問いに、雅則くんは眉をひそめて、一度口をひきむすんで、苦渋の表情を浮かべた。 彼のその表情に、私もヘタにふみこめない雰囲気を感じて、思わず口をつぐんでしまう。 雅則くんはそれから思慮をめぐらすように、視線をさまよわせて――。 そして、意を決したように、私に目を向けた。「アニキ――、……和兄が、今どこにいるか、知りませんか」「………………。 …………え?」 なぜそんなことを聞いてくるのか、意味がわからなかった。 同時に、なぜ和之のことを、私に聞いてくるのか。 和之との関係は、数年前に終わっているのに。 それ以後。 和之の実家とも疎遠となっている。 雅則くんの意図がわからなくて、私は何とも言えなかった。 和之の所在を聞いているけど。 ここに来ている段階で、和之がいまドコにいるかなど、わかっているんじゃ――? 雅則くんが聞いているのは、単純に和之の住まいなのか。 慣れない土地で、場所がわからず、私をたずねてきたのか。 ほかにも、さまざまな憶測が脳裏を横切ったけれど。 どれも雅則くんの様子から思い起こせるものに……しっくりこない。 雅則くんは、言いよどむように口をつぐんだものの。 それから言いにくそうに、口を開いた。「……アニキが……仕事、やめたって……本当、ですか」
2008年08月21日
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――ソラも、留学してたんじゃないないか? 深く考えずに。 ただ思いついたまま、告げた言葉は。 親父の記憶に残り、アルバイトとして社に雇う形となり。 そうしてその後、採用となって、うちの社に就職した。 就職に際しての細事は聞いてないが。 おそらく。 親父の力がはたらいたのだろうと、容易に想像できる。 それほど、親父はソラを気に入っていたから。 おそらく、親父が気に入っていただけでは「採用」にはならかなっただろうが。 ソラは採用試験でも、必要とされるだけの実力を発揮した。 そうした経緯を経て、うちの社に採用となって。 これまた異例の、新人ながら秘書課に配属されてしまった。 人事としては。 アルバイトとして雇っていた過去を考慮して。 だから、いきなり秘書課に配属しても大丈夫だろうと、思ったのだろう。 そうして、ソラは新人ながら、これまでに前例のない秘書課に配属となり。 周囲の興味の視線を集める結果となった。 それだけでなく。 表立ったウワサにはならないものの、誰ともなく「社長の縁者だから優遇されるのでは」との根拠のないウワサがたってしまった。 親父がソラに対して、社外と変わらない態度を(役職関係なく、くったいなく、気軽に声をかけている姿を)とっていたからだ。 何を考えているのかと、非難轟々、親父に言いたいが。 全ての発端が、何気ない俺の一言だと思うと、そう強くもいえない。 ソラがバイトをしている内容を知ってから。 ソラがうちの社に就職したと聞いたときから。 親父の、周囲の迷惑を顧みない、強引な態度を知っているから、彼女に対しても同じだったのではないかと思えて。 そう思うと、ソラに対して、強い罪悪感を胸のうちに宿すようになった。 それはずっと、胸のうちにくすぶっていた。 いつか、その謝罪をしたいと、ずっと思っていた。 そんな思いもあったから。 あの日。 ソラをロビーで待って、声をかけていた。
2008年08月20日
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保管庫更新しました。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月20日
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保管庫更新しました。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月19日
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◇◇ ◇◇ なぜ……あのとき。 あんなことを、言ってしまったのか。 あとになって考えても、自分自身の行為に、説明がつけられない。 まるで和之をかばっているようだと。 そんな思いに、自然と口元が歪んでしまう。 なに、バカなことしてるのと、自分を嘲笑するような、そんな笑みが口元に浮かんでしまう。 ホントに、バカだ。 和之に……私の想いを無視された行為を、何度も受けているのに。 だというのに……あの時の私は。 亜美さんの話を聞いていて、我慢がならなかった。 あなたに、何がわかるの。……と。 彼女でもないのに――今では何の関係もないというのに、亜美さんに対して、そんな想いが胸を占めた。 よく知りもしないのに、勝手なこと言わないで。 そんな思いが、衝動的に胸に生じたのも……また事実だった。 ホント、なにやってるんだろ。 って。 つぐづく、自分が情けなくなる。 未練がましいのは、どっちなんだか。 気づかない、ふりをして。 その想いを、極力見ないように心がけて。 ……だけど。 結果は、これだ。 小さな揺さぶりに、簡単に篭絡してしまう。 そんな自嘲的な想いにかられたその日から、しばらくたった日のことだった。 その日は思いのほか、仕事が速く終わって。 電車にも夕方早めの時間に、帰路に着いたのだけれど。 自宅のマンション近くになって、地図を片手に、場所を探しながらさまようように歩く男の子がいた。 年のころは……20前後。 その見覚えのある姿に「……あれ?」と思うと同時に、もしかして。との思いにかられて。 その子の横顔がはっきり見えたとき「やっぱり」と思わず声が出てしまった。 私のその声に、その男の子も私に顔を向けて。 驚いたように見開かれたその目には。 しっかりと、私がとらえられていて。 そうして。「志穂さん……」 と、私の名が彼の口からこぼれ出た。
2008年08月19日
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ご指摘のあった誤字の箇所を訂正しました。 ……あと。「はすむかい~」の22の男性の名前を、石井に変更してます。(汗) すみません。 最初書いてた名前で引っ張ろうかと思ったんですけど、ちょっと無理でした。 私、登場人物の名前、最近はその場で決めています。 石井の名前は、出してないつもりでした。 いや、正確には出してなかったのですが、コモが「イシ君」と言ってたので。 そこでしまった! って、感じでした。とほほ。「そういや、『石井』って考えてたっけ……」と思い起こしたり。 書いた部分を訂正する(話の筋道修正)はしないと考えて、ブログで小説を書いていますが。 けれど。 石井の名に関しては。 これは変えないわけにはいかないなあ……。 そう思っての変更です。 もう読まれている方。 最初は混乱してしまうと思います。 ホント、すみません。(平伏)
2008年08月19日
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その誤解を、ソラが良しとしないこともわかっている。 彼女の性格ならそう思うだろうし、ソラがこの会社に勤めだしてから時折顔を合わせたときにも、親父の態度と周囲の反応に、困る素振りをのぞかせていた。 雇用関係のこともあるし、長年つきあいのある、近所の間柄だ。 表だっていえない分、鈍い親父は気づいていない。 これが実害がなければ、俺もさして気にとめずにいた。 昼の出来事を思い出して、我知らず、ため息がもれる。 社のフロアで、偶然目にした光景が、瞼のうらに蘇る。 書類を抱えて歩くソラを、偶然見つけて。 何の気負いもなく、昔なじみに声をかけるように、呼び止めようとしたときだった。 そのソラの顔が、一瞬、こわばって。 足も止まりそうになる。 それはどうにか我慢して、歩みを続けるソラだったが、視線は足元におとされて、うつむき加減になっている。 その向かい側には、男性社員が3人。 その三人は、ソラに気づくと、なにやら微妙な表情を浮かべた。 真ん中の男性は少々困ったように眉をよせ、その男性を囲む二人が、真ん中の男性を冷やかすように、意味ありげに目を細めて見ている。 両隣から送られるその視線に気づいた男性は、よりいっそう困惑を強めていた。 そうしてその困惑した視線を、ソラに向けて。 ソラはうつむいて、その視線をとらえることなく。 足早に彼の側をとおりすぎた。 そのソラの背を、困惑の眼差しを宿したまま、真ん中の男性が見送り。 ソラが離れてから、両隣の男が、間に立つ男をこづいていた。「いいのか? 松井さん、行っちゃうぜ?」「石井、呼び止めなくていいのか?」「……うるさいな。関係ないだろ」 石井と呼ばれた男は、不機嫌そうに、そうつぶやいて、両隣の男のからかいを、うっとおしいものを払うように、足を速めた。 その後に、二人の男も続きながら、小さな口笛をもらしていた。「マジかよ。別れたって噂」「ってことは。 社長の親戚ってのも、単なるウワサだったってこと? 石井、それねらいだったもんな」「え~。それだけでフッたのか? もったいない。そんなのなくったって、松井さん、いいと思うけどな~」「だ・か・ら。 うるさいっつってんだろ。 黙れよ」 そう、不機嫌さに輪をかけて、石井という男は足をはやめ。 その石井のあとを、二人の男が追っていた……。 そんな昼間の出来事を思い出しながら、またため息が漏れる。 そんな俺に気づかず、親父は相変わらず、とうとうと話し続けていた。 話題はすでに、ソラから移っていることはわかったが、それが何かを知ろうとするほど、興味もなかった。 むしろ雑音に近い。 それから席をたって、まだ何か言ってくる親父を適当に言いくるめて、部屋をあとにした。 そうしてロビーでソラを待って、声をかけたのは。 昼のことが気になっていたからだ。 その根源が、俺にあるとも、思っていたから。 数年前の、あの何気ない一言が。 今思えば、全ての発端だったのだろう。
2008年08月18日
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保管庫更新しました。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月18日
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以前、佳奈美さんに和之の話をしたとき。「昔の和之」ということで、あえて告げなかったことがある。 再会してからの、和之のことを。 ウソをつくつもりは、なかったけれど。 自分でも、そのときの和之のことが、よくわからなかったから。 確信のないことを口にするのがためらわれたから、言わなかっただけだけれど。 そのことが……今になって、佳奈美さんへの罪悪感に、ちくりと胸が痛んだ。「何を、見たのか……知らないけれど。 和之とは関係ないから」 そう告げた私に、亜美さんは皮肉げに口元をゆがめた。「『和之』、ね……」 名を呼ぶ仲なのかと、揶揄したつぶやきだ。 私としては、どうしてそんなささいなことを取りざたすのかと、辟易した気分にもなっていた。 異性の友人を、名で呼ぶことはないの? そう、口にしてしまいそうだった。 面倒な話になりそうだったから、言わなかったけど。 だから他に、気になっていたことを、口にしていた。「和之は……あなたの言葉で言えば『利用』したのかも、しれないけれど。 ウソはついてない。 ……あなたにも、そうじゃなかった?」 本当に利用しようと思っているのなら。 佳奈美さんのことを、バカ正直に、彼女にも私にも、話すとは思えない。 交際関係にしても、あたりさわりのないことを言ってあしらうこともできたはずなのに、和之はそうしなかった。 佳奈美さんのことも、さすがに本人には言ってないようだけど、彼女の父親を視野にいれていると、私にも彼女にも告げている。 本心がそうあったとしても。 隠しそうなものなのに。 私の言葉に、亜美さんは驚いたように目を見開いて、言葉に詰まっていた。 どうやら、図星のようだ。 一応、彼女の言葉を待っていたけれど。 それ以上、何も言えなくなったらしく、口をふさいでいる。 私は息をつくと「それじゃ……」と、静かに席をたった。 まだ亜美さんは、何か言いたげな顔をしていたけれど、結局、声をかけられなくて。「……いったい、なんなの……。 わけ、わかんない……」 去り際、そう彼女が独白めいた呟きをもらしたのが、耳に届いていた。 ……同感。 その声に、胸のうちで同意して。 私はレジで自分の分の会計をすませてから、喫茶店をあとにした。
2008年08月17日
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保管庫更新しました。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月17日
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あとで考えると。 なぜこの時、そう言ってしまったのか、よくわからない。 非難をあびて当然のことをしているのは和之だし、亜美さん本人にしては、親切心から私に忠告してくれたようなものだというのに。 ……たとえその「親切」の中に。 和之への憤りが多分に含まれていて。 彼を中傷する意図が、あったとしても。 亜美さんが思っているように「私が何も知らない」状態だったら。 たとえ、彼女が不躾な態度をとっていたとしても。 それを差し引いても、感謝に値する忠告に違いなかった。 そう、いつもの私なら、思っただろうけど。 だけどその時の私は。 イラダチが、胸にくすぶっていた。 言われなくてもわかっていることを、人にとりざたされて注意を受けるのは、気分のいいものではない。 それに輪をかけて、彼女の態度がどうにも気にかかった。 年下ということを抜きにしても、目に付く点が多い。 彼女と同じ歳である佳奈美さんは、礼をふまえて話をしてくれたというのに。 それを抜きにしても、彼女と私は初対面だ。 なのに……そうと思わせない話しぶりが、気にかかってしようがなかった。「親しげ」……と、いうのも、少し違う。 おそらく、私と彼女が互いに何も知らない、本当の初対面だったら、こんな態度はとらないだろうと、そう思わせるそぶりがあった。 それに。 亜美さんの態度には、佳奈美さんの父親の影がなければ、彼女など歯牙にもかけられないのに。 ……そんな想いが、言葉の端々に見受けられた。 それは彼女が佳奈美さんをどう思っているのか、端的ながら察せられるものだった。 友人同士、なのだろうけれど。 亜美さんは佳奈美さんを、女性として……言い方が悪いけれど、下に、見ているように思えた。 だからこそ。 和之が、自分を差し置いて佳奈美さんと交際していると知って、怒りも激しかったのだろう。 しかも。 佳奈美さんと接点を持つために、和之が亜美さんに近づいたのだとわかると、その怒りはより激しいものになったはずだ。 亜美さんが私に、親近感を抱くのも、和之に利用されていると思っているからだ。 自分と同じなのだと、思っているからだ。 ……そう、思いながらも。 佳奈美さんと同じように、私をさげすんでいる雰囲気がにじんでいる。 利用されているのだと、下碑た想いが。 そうしたこともあったから。 思わず、反論じみたことを、口にしていた。 事を荒立てたくなかったら、彼女の言うことを聞いていれば(たとえ馬耳東風でも)、すんなりとこの件は終わっていたはずなのに。「知っている」との私の言葉に、亜美さんは時をとめた。 呼吸さえ忘れているのではと思えるほど、ぴたりと体の動きがとまっていた。 それから数秒の間を置いて「……え?」とつぶやく。 呆然とした意識も、そのときには生気をとりもどしていた。「知ってるって……知ってて、あんなことしてたの?」 語弊のある物言いに、私は眉をしかめた。 彼女の言い分では、私にその意志があったようではないか。 反射的に「向こうが勝手にしてきたの」と言いそうになったけれど。 佳奈美さんのことが頭をふと浮かんで、すんでのところで言葉を飲み込んだ。 ありのままを言うのは簡単だけれど。 面識のない私にも、和之のこと「忠告」してくる彼女だ。 佳奈美さんにどういい触れるか、知れたものではない。 それも、佳奈美さんが傷つくように告げるだろう。 そう、思うと。 胸の奥が少し、重くなった。 佳奈美さんを傷つけるのは……本意ではない。 清廉な印象のある佳奈美さんが傷つくのを考えると。 なぜか苦しい思いが、胸のうちに生じていた。
2008年08月16日
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保管庫更新しました。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月16日
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※ 8/15 更新その2 ※ 髪をバッサリ切っているから、気づくまでに時間がかかった。 彼女は――亜美さんは。 いつだったか、駅で、和之と連れ立って歩くところを、私が偶然目にした人だ。 あの時は、誰なのか、和之とどういった関係なのか、何もわからなかったけど。 その後、佳奈美さんから聞いた内容から、和之と同じ会社に勤める同僚で――そして。 和之に好意を抱いていた、女性だと知った。 過去形なのは、彼女が和之と離別したらしい場面を……頬を激しくはたいた場面を眼にしているから。 目の前の彼女を見る限り、嫌悪は見受けられるものの、好意は微塵もうかがえなかった。 未練も全くないようだ。 実はぬぐいきれない好意を胸に秘めて。 けれど、外見には、想いをのぞかせることなく、嫌ってる素振りでつくろっている――。 ……なんてことも、なさそうだ。 彼女の、態度を見る限りでは。 本当に、ごく純粋に。 和之から受けた侮辱に、怒髪天の怒りを感じていて。 彼女と同じ侮辱を受けたのではないかと推測される私に「あいつ(和之)はロクでもないヤツだから」と知らせないと、との想いにかられたのだろう。 私が、和之の本心を知らずに、彼に言いくるめられていると思って。 本命がいることを、知らないと思って。「気をつけたほうがいいよ? 本命は、別にいるんだから」 そう、念をおす彼女に、私は脊髄的な反射で「え?」とつぶやいていた。 同時に「何に、気をつけろというの?」との思いもあった。 気をつけることなら、和之と再会した当初から、続けている。 なしくずしてきな関係を結ばないように。 ……求められても、世間一般的な価値観からみて、恥ずかしくもなく、胸をはれる関係でなければ、私の気持ちからいっても、応じられないから。 その辺のことは、忠告されずとも、自分で自分を律していた。 ……このときの、私は。 唐突に声をかけられて、自分のことを棚にあげた会話(自身を名乗ることのない)に、少なからず不信感を抱いていて。 そうした胸のうちにくすぶった、わずかだけれど強い負の感情が、じわりと頭をもたげていた。 そして気がつくと。「そのことなら……知ってる、けど……」 と、声に、出していた。
2008年08月15日
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◇◇ ◇◇ 俺が提案した(というより頼み込んだ)研修というのが、社のそれぞれの部署に、一週間から二週間の間、在籍して、その課がどのような仕事を成しているのか、実際目で、肌で感じようというものだった。 初め、その話だけを聞いた、人事に関わる面々は、何ともいえない奇妙な顔をしていた。 その中には無論、親父も含まれている。 社について、それぞれの部署に直に触れて知りたいのだと、そうどうにか言い含めて、まだどこか釈然としない、人事に関わる面々を押し切った。 最初の難関が通ったことに、自然と安堵の息が漏れる。 たしかに。 各部署について知りたいというのも、本当の気持ちだが。 他にも、目的はあった。 ……それは今現在、誰にも明かせないことなのだが。 と、いうか。 説明しなかったにしろ、察してくれよ、親父……。 当事者の1人なんだから、俺の話を聞いた段階で、ぴんときそうなものなのだが。 まあ、そうして、俺はさまざまな部署を渡り歩く日々が続くこととなった。 どの部署も対応はさまざまだが、俺の肩書きを知っているだけに、扱いづらいってのが、どこの上司の顔にも表れている。 中には「これを機に」と、必要以上に親しげに近寄ってくる輩もいたが、はっきりいって、そのあたりはまったくもって眼中にない。 というより、記憶に残らないといったほうが正確か。 たった1~2週間で、それぞれの部署がどういった仕事をするのか、概要をつかもうとするのは、それなりに集中力を使うものだった。 マニュアルに書かれているような、表の部分だけでなく、実際の活動を知りたかったから。 だからこんな、面倒な研修を頼んでいるのだ。 そうした日々を送る中。 次々と鞍替えするのにも慣れてくると、いろいろと見えてくるものがある。 在籍したおかげで見えてくるものもあるし。 それに。 どの部署でも耳にする事象というものにも、興味をひかれた。 それはいうなれば、社の根幹に関わる部分に通じているということだ。 それが人だったり、ある出来事(ゴシップまがいもふくめて)、あるいはイベントだったり。 そうした中に……意外なことだが、ソラの名も、時折耳にした。 あとで彼女が秘書という立場のため、上司との架け橋となる都合上、さまざまな部署と接する機会があるからだと、知ったのだが。 それが、ソラの名を耳にする大きな要因の一つで。 ……もう一つは。 彼女の、周辺にいる人物のため。 数人の社員の名を、噂で耳にした。 彼女を狙っているとの、下卑たものや、実際、交際しているのではとの噂もあった。 まさか。 と、最初はソラが、そんな噂の矢面に立たされているとは思っていなくて、空耳かと自分の聴覚を疑った。 しかし、時折耳にする噂は、確かに「秘書課の松井」と限定されている。 ……そんな噂を耳にするうちに。 その原因……というか……諸悪の根源が。 親父にあると判明するまでに、さして時間はかからなかった。 ソラは、仕事の立場上、さりげなく距離をとろうとしているのだが。 親父はソラの気遣いに気づくことなく、声をかけてくる。 そうした親父の行為から。 ソラはいつのまにか「社長の縁者」として、事実と異なった認識をうんでしまっていた。
2008年08月15日
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その言葉に再び息をのむ私を見て、彼女は「見ちゃったのよね」と肩をすくめた。「二人で仲良く寄り添っているところ。 ……ついでに言うと……抱き合ってるところ、って言えば、核心つけてる?」 彼女は私の反応をうかがうように、こちらを眺めながら、どこか挑発的な口調でそう続けた。 ……心当たりが……ない、わけでは、ないから。 むしろ、ぎくりと体が強張ってしまうほど、思い出す情景がある。 ありすぎる。 自分から起こした行動ではないけれど。 だけど。 なぜか、とがめられる気分になって、胸の奥がギュッと苦しくなる。 いつの、こと……? 目を見張って、息を詰める私に、彼女は確信を深めた後、その口元を緩めた。 そして、緊迫した雰囲気を解いて、おどけたように肩をすくめる。「ああ、別に責めてるわけじゃないから。 偶然見ちゃったから、忠告してあげようと思ってね」「忠、告……?」 彼女の意図がつかめなくて、私は少し困惑していた。 いったい、何をしたいのか。 何を言いたいのか。 鸚鵡返しにつぶやいた私の言葉に「そ」と答えて、彼女はアイスティーに口をつける。「騙されないようにね」 ……騙す? 今度は、口にはしなかったけれど、怪訝な表情は顔に出ていたようだ。 彼女は、私の感情をくんで、言葉を続けた。「人のよさそうな、真面目そうな風体してるけどね。 あいつ、本命いるから」 なぜ、私がそんなことを言われるのか。 わからなくて困惑していると、それを彼女が「知らなかった。初耳だから驚いてる」と解釈したようだった。「私もね、騙されたくちだから」 そう告げて、自嘲的な笑みを浮かべた。 気がある素振りを見せて。 彼女の好意にもアプローチにも、応じる素振りを見せて。 けれど、別に想い人はいた。 それは……彼女の友人で。 初めからその友人を狙っていたのだという。 ある友人を、飲みの席に呼んで欲しい。 会いたがってるヤツがいるから。 そう頼まれて、そうした席を設けた。 けれど。 実際、その友人に会いたがっていたのは。 ほかならぬ、彼――和之本人だった。 やがてその席をきっかけとして、友人と和之が付き合っていると知ると、彼女は怒りを露に和之に詰め寄った。 彼女は和之と付き合っていると、思っていたから。 ……そうした風に思う関係には、なっていたから。 すると和之は。 悪びれもなく、平然としていた。 友人と交際しているのは事実だと告げて、そして。 詰め寄った彼女と、付き合っているつもりは、まったくないのだと、そうハッキリと言い切った。「結局、利用されたのよ。 私に近づいたのも、その子との繋がりを知ってたから」 しかも。 その友人との交際は、友人本人を見たものでなく。 友人の価値を見てのものだったと、そう続けた。 友人の、価値。 それは友人の父親を視野に入れたものだった――。 そんな話を聞きながら。 私は、途中から抱いていた想いを、確信した。 もしかしてと、想っていたけれど。 目の前に座っている彼女は。 佳奈美さんから聞いていた友人だという、亜美さんだ。
2008年08月15日
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2008年08月15日
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先週の初めから、俺はこの会社の社員となった。 それまでは、他社の社員だったのだが、わけあってこうして席を移すことになった。 もともと、そうする予定ではあったのだけれど、思ったより、その機会は早く訪れた。 俺としてはあと十年は先のことだろうと、考えていたのだが。 親父の強い要望と……そして。 いくつかの、気にかかる案件があって、それに俺も一緒にみていくために、こうしてこの会社に来ることになった。 今は一般社員だが、いずれは役席につくことになるだろう。 願わくば。 それはできるだけ先のほうが、俺としてはいいのだが。 管理職は正直、性に合わない。 社長の息子という立場ではあっても、この会社に関することとなると、何も知らない赤子同然だから、親父にちょっと変わった研修を組んでもらうよう、頼んでいる。 周囲の人間は「物好きな」と目をしばたたせていたが、現状を把握するには、現場に席をおくのが一番手っ取り早い。 そうしていくうちに……社の全体像も把握できて、あわよくば、例の件に関して、なにかしら手がかりを得られるのではとの思いも、あった。「そういえば」と、ふと思ったことがあって「なあ」と親父に声をかけていた。「ソラの担当は?」「空美ちゃん? 経理の仲原部長付けだが? ……まさか、空美ちゃん狙ってるのか? ダメだダメだ。 次は予約済みだ」 言いながら、親父は自分を指差している。「あのなぁ。そんなワケないだろ。 ……だいたい。 もし、そういう役席についたとしても――」「つけるぞ。しばらくしたら」「…………」 話の腰をおられて、思わず、口を閉ざしてしまう。 本当に。 願いがかなうのなら。 本気で重役の件は諦めてほしい……。 気をとりなおそうと、一つ息をついてから「とにかく」と言葉を続けた。「そうなったとしても、秘書をつけるつもりはないんだよ、俺は」「………………。 バカか?」「バ……」「秘書をつけんと、貧相だぞ? なめられるぞ? 第一、1人でカバーできると思ってるのか?」「……って、おい。 そんな重要なところにつけるつもりか? 下っ端でいいって言ったろ。 いきなり、重要なところについたりしたら、それこそ『若輩者が』って、そっちのほうがなめられるだろ?」「そりゃ、お前しだいだろ?」「…………。 頼むから。いきなりなところはやめてくれ。 歳相応ってものがあるだろう。 ハッキリ言う。 そういう無駄な努力はしたくない」 キッパリはっきり言い切った俺に、親父は「むう」と不機嫌そうに眉を寄せていた。 俺の気が変わりそうにないとわかると、口をへの字に曲げてぽつりとつぶやいた。「……肝っ玉の小さいヤツだな」「そりゃどうも」「それに比べて、空美ちゃんは、立派な子だよ……」 そこでなぜソラが出てくる。 これ見よがしに、感嘆の息をもらす親父に、喉元まででかかった言葉を、すんでのところでのみこんだ。 親父にはソラは、何をしても賛辞の対象だ。「慣れない仕事にも、前向きな努力を忘れないし。 それに……」 そのあと、とうとうとソラに関する賛辞が続いたが、俺は思考から締め出していた。 ヘタに中座させるより、言いたいだけ言わせておいたほうが後が楽だった。 そんな親父の声を聞きながら(言葉は聞いていない)。 ほんの少しだけ。 遠目に見かけたソラのことを、ぼんやりと思い出していた。
2008年08月14日
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保管庫更新しました。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月14日
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◇◇ ◇◇ いったい、何だというのだろう。 駅近くの喫茶店に入って、声をかけてきた女性と向かい合わせに席について。(最近、こんなのばかり……) 駅で「話がある」と声をかけられて、食事なりお茶なり軽食なりして。 和之しかり、佳奈美さんしかり、そして……目の前の女性、しかり。 そう思いながら、メニュー表を眺める彼女をちらりとうかがいみる。 和之の名を出してきた彼女。 顎に届く程度の栗色の髪に、緩やかなパーマをかけている。 歳は私より年下のように見えた。 パッと見、清楚で可憐なイメージがあるのだけれど、目が合うと、その意識が払拭される。 瞳に意志の強さをたたえている。 そこには彼女の気の強さがにじんでいた。 ……どこかで、見た気がするんだけれど……。 思いながら、視線を手元に落として考える。 ジロジロ見るのは失礼だから、凝視はできない。 見た気がするけれど……それ以上、何も思い出せない。「決めた?」「え?」 不意に声をかけられて、反射的に顔をあげると、彼女が差し出したメニュー表を「はい」と再度、のばしている。 飲み物が決まったか、聞いているのだ。「もう決まってる」と首をふってメニュー表はいらないと返事をすると、彼女は「そう?」と首をかしげて、近くを歩いていた店員さんを呼び止めて「アイスティー一つ」と頼んでいた。 そうして私に目を向けて、注文を促している。「私はアイスコーヒー」 店員さんが注文表に書き込んで、その場をあとにして。 それからしばらくして運ばれてきた飲み物に、互いに一口、口をつけてから「ねえ」と声をかけられた。「本橋和之とは、どんな関係?」 テーブルに片肘の頬杖をつきながら、いきなり本題を切り出してきて。 前置きも何もないその言葉に、私は驚きに目を見張って、軽く息をのんでいた。 あまりにも不躾な言葉だ。「……昔の、知り合いだけれど……」「昔の?」 私の言葉の一部を鸚鵡返しでつぶやいて、怪訝そうに眉を寄せて。 けれどすぐに、その口元が皮肉げにゆがんだ。「知り合い……ね……。その割には、ずいぶんと親しそうだったけど」
2008年08月14日
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探してた長靴をようやく購入しました♪ というのも、一人暮らし始めたマンションの駐車場、雨が降ると水溜りがひどいんですよね……。 靴なんて、すぐぐっしょりになります。 いまのところ、職場で使用しているナースシューズ(でも私、看護師ではありません。事務職人間です)がいつも犠牲になってました。 だって乾きが他のに比べて早いから。 どうせ濡れるんだったらそれで。 ってことで。 でも私、雨とか好きではないので、ずっとショートブーツタイプの長靴を探してました。 そして! ようやく発見!! 念願どおり、くるぶしより少し上の高さまであるものです。 梅雨の時期はすぎてしまいましたが、これならいつ雨が降っても心配要りません。 ……そういや、このタイプの丈の長さでも「長靴」というのかな……?? そして今日はポニョを見てきました。 人の多さにびっくり!! 最初の上映時間前に行ったら、すごく列ができていて。 そして、チケットとれたときには、3回目の放映の、最後尾か前の方の席しか残ってませんでした。 ほんと、びっくり~~~。 ポニョとかかわいかったですよ。 詳しいコメントは避けますが。 オープニング。 てっきり、CMで流れまくってるのがくると思ったら、エンディグだけでした。 それがちょっと肩透かしくらった気分。
2008年08月13日
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ひさびさに保管庫更新です。「背中あわせにつなぐ手を。」です。
2008年08月13日
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それから静香の話を、どこか上の空の心地で聞いていた。 何度か、和之と顔を合わせていたのに……それなのに、そんな家庭の事情をまったく知らなかった。 どうして話してくれなかったんだろうと、和之に対して思う反面。 ……話せるわけがないことも、わかっていた。 家族の話や、おじさんの話にならない限り、自分から進んで口にする話題ではないから。 そう、わかっているけれど。 ……わかって、いたけれど。 改めて和之との距離を感じて、胸の奥が重くなった。「それで……今はどうとかは、聞いた?」 たずねると、静香は視線を天井に向けて「んー……」と唸る。「ハッキリしたことじゃ、ないけど。 回復して、退院はしたみたい。 ……だけど……リハビリが大変らしくってね……」 それから何ともいえない、しんみりとした沈黙がおりたった。 しばらくすると、話題も変わって、酔いにまかせた互いの会話になった。 そうした会話を続けながら。 おじさんのことと……和之のことと。 二人のことが、胸の奥でわだかまるように、残っていた。 そうした静香と、二人で飲みにいって……一週間たったかどうかって、時だった。 帰宅のために、駅のホームで電車を待っていると「ねえ、ちょっと」と声をかけられた。 若い女性の、少し甲高い声。 裏返ったものでなく、作り笑いのように、対人用に、つくったものでもなく。 それがその女性の、本来の声なんだろうと思えるものだった。 振り返ったのは、反射的なもの。 自分が呼ばれたとは、思わなかった。 だから、私の方へ、ずんずん進んでくる彼女を、他人事のように眺めていたんだけど。 その彼女が、私の正面に来て、足をとめて。 まっすぐに私を見つめるにいたって、そこでようやく私を呼んでいたのだとの考えにたどりつく。 そう思ったものの、わけがわからず、軽く混乱していた。 目の前にいる女性に、面識はない。 ……誰? そうした想いが、顔にも出ていたのだろう。 彼女は、皮肉げに口元を持ち上げた。「本橋和之のことで、話したいことがあるんだけど」 前置きもなく、自ら名乗ることも私の名を聞くなりの確認事項をとることなく。 彼女は開口一番、そう切り出した。
2008年08月13日
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「冷えた指」の44。 何人かの方からご指摘を受けたとおり、名前を間違ってました。 はう~。すみません。(平伏) 訂正しておきましたので。 ご報告いただいた方々。 ありがとうございます。m(_ _)m
2008年08月13日
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静香も、どこから聞いたかわからないくらい、人伝えに聞いたことらしい。 和之が転勤して……しばらくして。 それは後に、私との付き合いが終わってからだとわかったけれど。 和之の父親が、倒れたのだという。 和之は実家を離れて暮らしている。 急な話に、和之も驚いて実家に帰ったそうだ。 私も……静香の話に驚いた。 おじさんとは、何度か顔をあわせたことがあったけれど、頼んでも体調をくずしそうにない、そんな頑強なイメージがある。 昔かたぎというか、頑固で、少し口が悪くて。 そして揺るぎない、固い信念を持った人でもあった。「無理がたたったらしくってね」 そう、静香はぽつりとつぶやいたあと、カクテルにちびちび口をつけながら、ぽつぽつと話してくれた。 和之も……おそらく、家族の誰も知りえなかったことだけれど。 家業の経営状態が危うい状態になっていたのだという。 おじさんは、下町風情の漂う小さな町工場をもっていた。 何を作っているのかまでは、聞いてなかったけど、確かな技術を強みに、規模を無理に広げることなく、自分の手が、目が行き届く範囲で経営していた。 確固たる経営が続いているものと、家族の誰もが思っていた。 ……おじさんが、倒れるまでは。 昼食の時間になっても、食事に戻ってこないおじさんをいぶかしんで、おばさんが工場に足を運ぶと。 そこで倒れたおじさんを見つけたのだという。 急性くも膜下出血。 幸い、発見が早かったため、一命はとりとめることができた。 ……だけど。「重い後遺症が、残ったらしくってね」 下半身がほぼ動かない状態で、口を動かすのにも支障をきたし、言葉を判別するのも難しい。 そんな状態になったそうだ。 父のそんな現状に、和之は実家の経営に奔走して。 自分の会社の仕事との二束わらじをしばらく続けていたものの、それが困難だと思ったのか、しばらくすると、和之は会社に辞職願を出すに至った。「会社とそりが合わないから、やめたんだと思ってたんだけどね……」 そうつぶやいて、静香はちらりと私をのぞきみた。「事情が……ちょっと……重いよね……」
2008年08月12日
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「背中あわせにつなぐ手を。」番外編「ひとひらの願いと」。 思ったより長くなってしまいましたが、ようやく終わりました。 閑話休題的な、短い話のつもりでしたが、思ったより長くなってしまいました。 途中、試験勉強も重なってしまって、毎日更新できない日々でもありましたが。 そしてユズルとチサトの展開も、ズバリ言い当てられたりして。(笑) 七夕にちなんで、数日で終わらせるつもりだったんですけどね……。 ショートストーリーのつもりだったんですけど。 今回はチサトとユズルの関係について、深く明かしてはいません。 もし機会があれば、書くこともあるかも? ってな感じです。 一応、話自体は頭の中で右往左往しつつ、展開中ですが。 (煮詰まってまではいません) さて、これから「冷えた指」と「はすむかい~」を更新しようと思ってます。 二つは無理にしても、「冷えた指」は更新したいです。 そして、毎日更新していたペースを、とりもどしたいものです。
2008年08月12日
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気持ちとかそういうこと、私があまり口にすることがないから。 そう、ユズルは言う。 私としては、そんな意識なかったから「……そう?」としか首をかしげるしかなかったけど。 ユズルは何だか、機嫌がよくなっていた。 それからは、いつものようにすごして。 そして七夕の日、当日。 仕事が終わって「ちょっと顔だけ出しとこう」ってことで、実家に戻ると、甥のタクが玄関で待ちかまえていた。 そして興奮したように肩をいからせて「はい!」と手をのばしてくる。 早く短冊をくれというのだ。「はいはい」 私は苦笑しつつ、無難な願いを書いた短冊を渡した。 タクはそれを受け取ると、脱兎のごとく家の中へと駆けていく。「おかーさん!」 と、姉を呼んで、内容を読んでもらって。 それから姉家族と実家家族で夕食を食べて、庭に用意した笹の木のそばで手持ち花火をして。 それからタクがつけた、願い事の順番が告げられた。 まあ、わかってたことだけど、一番はタク――と、思いきや。「いちばんは、ルー!!」 …………ルー? ルーって……ルー? ……え? そんな愛称の人、いたっけ? って、本気で思ってしまうほど、意外な名前だった。 思いもしなかった名前に、私は目を点にして。 事情を知っている他の家族は、口元を緩めた微笑を浮かべたり、苦笑を浮かべてる。「ルー?」 思わずタクに聞くと、タクは満面の笑みを浮かべて「うん!」と勢いよくうなずいた。 喜色満面。 頬を紅潮させて、目なんてキラッキラに輝いてる。 え……え……え?? それから。 数分たっても事情を飲み込めない私に、台所へ席をたったとき、おねーちゃんが事情を話してくれた。 申し訳なさそうな微苦笑を浮かべながら、だけど嬉しそうに。「前、ミニチュアダックスと飼ってる子と、タクの面倒、見てくれたじゃない。 今日、そこの子が、飼い犬を連れて遊びに来てくれてね」「あ……ごめん。 話してなかったね」 ユズルが、タクのためにルーをつれて遊びに来ることは、実家の両親には話していた。 私は時間の都合がつかなくって、付き添えなかったんだけど。 そういや、おねーちゃんには言ってなかった。「それでタクがすごく喜んでね。 はしゃぎまわって、遊びまわって。 それで……ルーって子を、結構乱暴に扱ってたのよ。 こっちは悪いから、止めたんだけど、あの子……ユズル君、だっけ。 あの子が、うまくとりなして、一緒になってルーにも負担が少ないように、タクも交えて遊んでくれたのよ」「そうなんだ」 ユズルらしいなって、納得しながら聞きながら。 だけど、それが短冊と願い事とルーと。 それらの繋がりが見えない。 第一、タクの言うルーが、あのダックスのルーなら、願い事どうやって書いたってのよ? ってか、ルーの願い事が一番ってのが、わかんない。 いや、私だって、ルーが書いたとは思ってない。 書いたとしたらユズルだろうけど。(ってか、そうじゃないときのほうが怖い……) タクがつける順位は、あくまでタクの主観だから。 そのタクが気に入る願いって?「チサからも、ユズル君にお礼、言っといてね」「……うん」 うなずいたものの、解けない謎があって、どうも釈然としない。 タクは順位をつけるだけで、内容までは言わない。 釈然としない想いが胸のうちにくすぶっていたから、それから私は、笹の側にいって、つるされた短冊を一つ一つ、確かめていった。 そうしてようやく見つけた短冊を見て、我知らず、口元が緩んでしまった。『今日は楽しかったよ! また一緒に遊びたいな ルー』 ユズルに渡した短冊には。 ユズルの字で、そう書かれていた。 ユズルらしいなって、すごく思えて。 ユズルの優しさが、ユズルの気遣いが。 胸にじんわりと沁みた。 楽しみにしているタクが喜ぶような願いを、短冊に書いてくれた。 「……わかった?」 ユズルの書いた短冊を見つめる私に、おねーちゃんが声をかけてくる。 タクが選んだ、一番の願い。 ルーとまた遊びたいと望んでいたタク。 その願いがかない、めいいっぱいルーと遊んで。 それをルーも喜んでいたと思って。 それがタクにはこの上なく、嬉しかったんだ。 それを見越して、ユズルは昨日の夜、短冊に書いていた。 タクのことを考えて。 タクが喜ぶことを考えて。「あの子に、お礼言っておいてね。 タクがすごく喜んでたって。 ……ホント。 ルーと一緒に遊ばせてくれただけでもありがたかったのに、ここまで考えてくれてるなんてね。 気が利く子ね」「……うん」「今度会ったら、また遊びに来てと言っておいてね。 ……来てくれるかどうか、わからないけどね。 ルーは大変そうだったから。 ユズル君って、チサの友達だったよね?」 前、ユズルと知り合ったばかりの頃。 タクと公園で遊ぶ際、おねーちゃんにはユズルの事、そう説明していた。 私はおねーちゃんに顔を向けて。「私の……すごく、好きな人」 と。 恥ずかしさからくる照れ笑いを浮かべて、そう話していた。「え!?」 と、驚くおねーちゃんに。 それから「いつから!?」と、問い詰められて。 私は、なんだかむずがゆい想いを胸に宿しながら、ユズルと付き合っていることを。 このとき初めて。 家族に、打ち明けていた。 (終)
2008年08月11日
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ふわふわと。 酔う感触が好きで、主に家でよく呑んでいます。(アルコール) 外で飲むほうが、少ないくらい。 飲み会でも、あまり飲まないようにしています。 飲むと、私はすぐ眠くなってしまうから。 家で飲むほうが多いというと、変わってるねとか言われるけれど、私から言わせてもらえば、自分を保つ自信がないのに、外出時に飲むなんて、そっちのほうがすごいと思うけれど。 家で飲めば、被害(眠るの)は自宅でとどまるし。 記憶をなくすほど、はめをはずすことは、性格的にムリなので。 一度、そこまで言ったことあるけれど。 その件で懲りて、外で飲むときは、自分を保てる程度に抑えています。 ……って言っても、強くないんですが。 で。 アルコールに関して。 未成年の方は、やっぱり成人するまではやめてたほうがいいですよ。 と、思うことがありました。 テレビでですが、成人前からアルコール飲んでる人と、成人後にアルコール飲み始めた人と。 CTだかMRIだかの、研究されてて。 ちらっとしか、見てないんですが、その番組、アルコールが脳に与える影響について、調べてたものでした。 結果。 10代から飲んでた人の中には、脳内に空洞ができることがあるようです。(すみません。くわしく見てません) 20代から飲み始めた人との差は、歴然としたものでした。 すべての人に当てはまるわけではないのでしょうが。 確率的には高いようですよ? かく言う私も。 以前、体調不良で脳のCTだかMRIだかとったときに。 先生に「んー。異常はないです。 ここに空洞があるけれど、それは先天性的なもので、10人に1人はあるものだから、気にしないで。 もし、他の件でそういう話になったとき、検査は受けてる。異常ではないと言ってもらえればいいから」 ……ってな話になりました。 そのアルコールに関する話を見た後。「もしやこれか!?」 と。 思いました。(苦笑) 実は高校時代。 寝つきが異常に悪い時期があって。 私はアルコールを少量なり口にすれば、ことんと眠れてたので、それを実行してたときがあったんです。 地元ではちょっとした進学校でしたから、まあ、なんというか、プレッシャーというか、めちゃくちゃ息苦しくて。 そういう関係で寝つきが悪くて、アルコールを口にしていたって経緯ですが。(と、言っても、口にするのは10ml程度。もとがアルコールに弱いから)「そのせい?! もしやCTの結果はそのせいで!?」 と、考えてしまいました。 煙草にしてもアルコールにしても。 年齢制限を強いているのは、それなりの理由があるからなんですよね~。 その番組見たときは、すごく身につまるものがありました。
2008年08月09日
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web拍手を少し変更しました。 登場人物紹介です。
2008年08月09日
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それからユズルは「水をのんでくる」と、ベッドから立ち上がって、台所へ向かった。 そんなユズルの背を、ルーは眺めていたけれど、側に私がいるから、まだ人が残っているから、鳴いたりすることはなかった。 私も、ユズルの背を見送って――それから、ルーを抱き上げてユズルに続いて台所へ行って。 冷蔵庫から出したミネラルウォーターを、口にしていたユズルは、後から来た私に怪訝な顔をした。「どうかした?」 そうたずねるユズルに「私も、のど乾いたから」と告げて水を口にした。 ルーを連れてきたのは、さっきの今で、一人で置いておくことはできなかったから。 水を飲み終わってから、ユズルも水を飲み終わったのを確認して「ユズル」と声をかける。「ん?」 何気なく返事をして、私の方へと顔を向けたユズルに。 その唇に、私は軽く口付けた。 突然の私の行為に、ユズルは面食らったように、目を丸くしている。 そんなユズルに、私は照れ笑いをにじませた微笑を浮かべる。「……どうか、した?」「別に。なんとなく」「……なんとなく?」 そうつぶやくユズルに、私は肩をすくめるにとどめた。 なんとなく。 キスを、したかったから。 私からそうした行為をするのは、そうそうないことだから。 ユズルの驚きも大きいようだった。 それから、二人と一匹、寝室に戻って。 いつものように、ルーを間に体を横たえて。 幼い頃、七夕のときにどんな願い事をしたのかと、そんな話をしていた。 そんな話をしつつ、ふと……胸の内に浮かんだのは。 ……願いは。 今、胸の内にある、ささやかな願いは。 ユズルと一緒に、いられたらと。 ずっと……ずっと。 そばで、寄り添えたら、と。 そんなふうに、思う。 せつせつとした、そんな想いが胸にわいていた。 そんなことを考えていたから、会話がふと途切れてしまって。 ユズルが私に、怪訝な面持ちで声をかける。 その声にハッと我に返ると「どうしたの?」とユズルに聞かれた。「何でもない」と返事をしたけど、ユズルは気になるらしくって、何度もどうしたのかって聞いてくる。 観念して、思っていたことを告げると、今度はユズルが口をつぐんでしまう。 急に押黙ったユズルに、今度は私が「……ユズル?」と声をかける。「どうかした?」 そう聞くと「……いや……」と、何とも歯切れの悪い返事で。 ……何か変なこと、言ったっけ? ユズルは小声で「……なんか、いつもと違う……」とこぼした。「違う? 何が?」「チサトが」「え? 私? なんで?」「違うよ。いつも言わないこと、言ったりするし……したりするし」「……そう?」 そんなつもり、自分ではなかったから、ピンとこない。 首をかしげる私に、ユズルはゆったりとした笑みを浮かべた。
2008年08月09日
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急におそわれた浮遊感に、心もとなさから反射的にユズルに抱きつくようにつかまった。 見ると……ってか、下を見るまでもなく、ユズルに横抱きにかかえあげられてる。 片腕は膝に、もう片腕は背に。 ……って、これってぇ!!「ちょ、ユズル!?」 体が宙に浮く心もとなさから、ユズルにしがみついたけど、私は即「降ろして!」と叫んでいた。 と……とんでもなく、恥ずかしいんだけど!! それ以上に、た、体重が! モロバレじゃない!! 隠しようないし!! 体重は標準だと思うけど……それでも人一人って、抱えあげるにはキツイ重量だって、絶対! 私は「降ろして!」と、何度も言ったけれど、ユズルは聞き入れてくれなくて。 そのまま隣の寝室へと移動して。 ようやく降ろしてくれたのは、ベッドの上。「わあっ!」って、思わず声をあげて。 色気も何もあったもんじゃない声だなって、自分でもわかってたけど。 そんなもの、無意識に出てしまう声なんだから、どうしようもない。 ……なんて。 頭の片隅で考える自分がいて。 けどすぐに。 そんなふうに、どこか冷静に状況を見ていることなんて、できなくなった。 ベッドに下ろされたと思ったらすぐに、ふっと、視界が翳って。 反射的に顔をあげると、ユズルが私の体を挟むように、両腕をベッドにつけていた。 思いのほか、近い場所で。 互いの呼吸が、触れそうな、そんな位置で。 距離が近い。 そう思ったときには、ユズルの体が傾いでいた。 重心が私の方に移ってきて、私の上に、覆いかぶさるような形で。 急につめられた距離に、声をあげそうになったけれど。 けれど実際、声をあげることはなかった。 ……ユズルに口をふさがれたから、声をあげるにもあげれなかったから。 そうしながら、互いの呼吸も体温も鼓動も想いも。 次第に高まってきていたけれど。 ……だけど、心のどこかで。 互いに、冷静な部分が、残っていたんだと思う。 それは、これまでの経験から培われた認識だった。「もしかしたら」を想定していて、実際、それが現実となった。 寝室にユズルと二人で移ってからしばらくして。 耳に届くのはルーの鳴き声。 寂しさを訴える、哀愁に満ちた声。 その声は、隣の部屋である寝室にも届いている。「ペット可」だから、個々の部屋の防音設備まで行き届いているマンションだ。 それでも聞こえてくる、ルーの鳴き声。 クンクンと、寂しさを訴える声。 隣の寝室にも聞こえるってことは。 もしかしたら、両隣の部屋の人にも、聞こえているかもしれない。 こんなルーの鳴き方は、これまでにも幾度となくあった。 何度も経験してるから、ユズルと二人きり(ペットも省いて)になっても、心のどこかでやっぱり気になってた。 それはユズルも同じだったらしくって。 息苦しさを覚える口付けを受けていたけれど、ルーのその、物悲しげな鳴き声が続くと、観念したように、諦めたように吐息をもらして、ユズルは体を起こした。「仕方ないな」って、諦めたように、ベッドからも体を起こすと、ドアを開けて締めだしたルーを招き入れる。 ルーは、嬉しさを体現するように、ちぎれんばかりに尻尾を振って、地団太をふんでいた。 防音設備の整ったこのマンションで、部屋を隔ててルーの鳴き声が聞こえるなら。 もしかしたら、ご近所にも聞こえているかもしれない。 ユズルが、人恋しくて鳴くルーを、ほおっておけないのは、それが理由の一つ。 ご近所迷惑を考えてのことだけど。 それを抜きにしても、あんな風に鳴くルーをほおって置くことなんて、私もユズルもできるわけなかった。 私もユズルも、気がそぞろっていうか……。 気になってしかたないし。 ユズルはドアをあけると、飛び込んできたルーを抱き上げて、ベッドに戻ってきた。 ユズルの腕の中でも、尻尾を振り続けるルーの額に軽く口付けて、ベッドに戻ってきて。 べッドの上に座る私の側に、一人と一匹は腰を降ろした。 ユズルの腕から放たれたルーは、嬉しげに私の側に駆け寄ってきて。 そんなルーを、ユズルは落胆の息をこぼして眺めていた。
2008年08月07日
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ユズルのその言葉に、私は反射的に腕の中のルーを見てしまった。 ルーは相変わらず、すぴすぴと気持ちよさそうに眠っている。 ユズルの言う意味は……まあ、その……わかるんだけれど……うにょむにょ。 そんなつもりなかったから、正直、困ってしまった。 その気がなかったから、困ったって言うのと、もう一つ、困った原因があって。 いわずもがな。 ルーだ。 これまでがこれまでなだけに、ねぇ……。 答えに詰まって、ルーを見下ろしている私に、ユズルも気づいて。 私が何を考えているのかも、わかっていた。「……寝てる?」「……寝てる、けど……」 私の答えに、ユズルは腕の中のルーの耳をつまみあげたり、頬をつついたりしてみてた。 ルーは、子供がぐずるように、うにょむにょと口を動かしたり、眉間に皺をよせていたけれど、目を覚ます気配はなかった。 それをユズルは確認すると。 するりと、私の腕からルーをソファの上へと移していた。「…………。 ……え?」 と、私がきょとんと目をしばたたせるほど、ごく自然な動きで。 ……あれ? と、状況を把握しきれなくて、首をかしげていると。 ユズルが、体を私の方に傾いできて。 ……え……え!? と、驚いていると、ふいに体がふわりと浮き上がった。
2008年08月06日
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