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台風が明日来るというので、今日は実家に泊まります。 車庫に、新車を入れてもらうために。 新車が来て、一週間もしないうちに台風が来るなんて。(涙) 今、傷がつくとショックなので、実家に車を避難させようと思ってます。 実家の車庫は大きいので、車は3台は入れますから。 まあ、他にも機具等を置いてるので、実質は2台……つめにつめて、3台かな? 余計なののぞけば、4台は入ります。 そういう車庫に、シャッター下ろして詰めてもらおうと思っての帰省(?)です。 帰省と言っても、車で30分の距離なんですけどね。 そういうわけで、更新はまた後日に。
2008年09月30日
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低い駆動音と振動が、工場内に響いている。 その機械の前に立って、おじさんは作業を始めていた。 私には、それがどういった作業か、わからないけれど。 ゆっくりとした動作で――左腕は、おぼつかなさを感じさせるものだったけれど。 危うさは感じなかった。 何かを削っているのか、甲高い金属音が響いている。 それが。 かつておじさんがしていた仕事だと……何となくだけれど、わかった。 長年続けてきた作業は体に染み付いていて。 たとえ身体に不具合が生じても、それを他で補っていた。 左腕が思うように動かなければ、その分、右腕を動かして。 左足に力が入らなければ、その分、右足に力をこめて。 そうしながら、ゆっくりとだけれど作業をこなしている。 ……だけど。 以前と比べたら、満足のいく出来にはならないようだった。 しばらく作業を続けたあと、おじさんは手につまんだものをしげしげと眺めて。 ……落胆したように、肩を落としていた。 だけど。 すぐに次のものを手にして。 作業にとりかかって。 作っては落胆し、作っては作業の改善を図り。 そうした行為を繰り返している。 何度も繰り返される行為に。 ……私はそっと、工場を出た。 おじさんの様子を見る限り、作業中の危険は感じなかった。 自分でも、体のことをわかっているのだろう。 無理をせず、自分のペースで作業を続けていた。 通常就業時間内に、作業をしないのは、自分の体がどういったことか、わかっているから。 他の人に迷惑をかけないように、仕事中は工場から距離をとり。 時間外に、作業する。 現場に戻りたいという、、おじさんの意思を強く感じた。 そんなおじさんを、心配だからといっても、覗き見するのが失礼に思えて、私は工場をあとにした。
2008年09月29日
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それからおじさんは、ゆっくりだけれど丁寧に、当時のことや……タカ兄のことを、話してくれた。 おばさんは今でこそ、専業主婦をしているけれど、昔はおじさんと一緒に、仕事をしていたという。 決まった仕事ではなくて、おじさんの手が回らないところをサポートする役をになっていた。 いまでは想像できないけれど、家のことは家政婦さんに、まかせきりになっていたのだという。 その家政婦さんは、仕事に忠実な人で、おじさんとおばさんの要望どおり、家事以外の家庭のことに、口出すことはまったくなかった。 ……忠実すぎて。 本当に、家事以外のことに、まったく手出ししなかったという。 おじさんもおばさんも、その点は信頼を寄せていたけれど。 ……あとで、気付いたのは。 彼女はベビーシッターでも、乳母(ナニー)でもないということ。 家を空けることの多かった両親に代わって、家にいる時間が多いのは、家政婦さんだったというのに。 彼女は幼いタカ兄にも、必要以上の干渉をすることはなかった。「あとで思えば……物心のつくころの孝一は、わしと家内に『家にいてほしい』と、駄々をこねていたんだ。 それがいつのころからか、そうしたことを口にしなくなった。 聞き分けがよくなった、仕事のことを、わかってくれるようになったんだと、当時は思っていたんだが……。 たぶん、そうじゃ、なかったんだろう。 わしがいなくても、家内がいなくても、どうでもよくなっていたんだろう。 どんなに望んでも、かなわないことなら。 初めから望まないほうがいいのだと。 ……そう、思ってたんだろう。 ……思い返せばなぁ。 そのころにはもう、孝一は物静かな印象しかなかった。 親戚や知り合いの子供達と遊ぶ機会があっても、それを遠巻きに眺めて、自分から輪に入っていくことはなかった。 その時でさえ、わしも家内も、孝一がおとなしい性格だからだと、勘違いしていた。 はしゃいで駆け回る同世代の子を、孝一はひどく冷めた目で見ていたというのにだ」 そこでおじさんは、一度言葉をとめて、息をついた。「……そのころだ。 あいつの――孝一の行動に、ひやりとするものを、感じたのは」 その日は、おじさんが久しぶりに休日に休みがとれて。 ずっと仕事が立て込んでいたから、久々の休息で、家でゆっくりと体を休めていたときのこと。 ふと庭を見ると、タカ兄が庭木のそばにしゃがんでいる。 久しぶりだから、タカ兄と遊ぼうと、おじさんは側にいって。 しゃがみこむタカ兄に、何をしているのかとたずねた。 しゃがんだまま、タカ兄は振り向いて、背後からのぞきこんでいるおじさんを見上げた。 おじさんは何気なく、タカ兄の足元を覗きこんで――。 ぎくりと、体が強張った。 タカ兄の、足元には。 数体の昆虫が転がっていて。 つぶされたり、羽をもがれたり、していた。 幼いタカ兄が、そうしていた。「な……っ! 何をして……!」 慌てておじさんはタカ兄を立たせて、問いただした。「どうして……っ! こんな……!」 顔をこわばらせるおじさんとは正反対に、タカ兄は平静としていた。 声をあらげるおじさんに、驚くことも怯えることも恐れることもなく、いつもの無表情で、見つめ返している。「どうして……って?」 声も、淡々としていた。「かわいそうだろう、こんなことをしたら」「……かわいそう?」 タカ兄は不思議そうに、そうつぶやいた。 ……その、タカ兄の反応に。 おじさんは初めて、胸の内に不安を覚えたという。「孝一も、叩かれたりしたら、痛いだろう? この虫さんたちだって、同じなんだよ」「……痛いの?」「ああ。『痛いよ』って、泣いてるよ」「……聞こえないよ?」「人間には聞こえないような声で、そう泣いているんだよ」「……そうなんだ」 おじさんの言葉に、一応の納得を見せたタカ兄だけれど。 相変わらず、淡々とした態度をとっていた。 そんなタカ兄に。 普段は気にしていなくても、口にしなくても。 おじさんはタカ兄に、小さな不安を、感じるようになっていた。
2008年09月29日
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おじさんは上半身を起こして、ベッドの背もたれに体をあずけて、深く息をついていた。 そうした深い呼吸を何度か繰り返して、心臓も気持ちも落ち着きを取り戻してから、ゆっくりと私に目をむける。 私もおじさんを見つめ返して。 そのおじさんの目が、ふっと緩んだ。「……孝一が……空美ちゃんと初めて会ったときのこと、聞いたこと、あるかい?」 私は小さくうなずいた。 その話はタカ兄だけじゃなくて、両親からも何度も聞いていた。 小太郎の背に乗っていた幼い頃の私のことを、タカ兄はいつも眼を細めて話していた。 懐かしそうに、そして嬉しそうに、楽しそうに。 その時の光景は、タカ兄にはよほど衝撃的だったらしくって。 小さな頃のことなのに、よく覚えていた。 残念ながら……というか、当たり前なんだけど。 私はまったく、記憶にない。 小太郎の背に乗ってたのだって、あとから聞いたり、実際の写真や撮影したビデオを見て「そうだったんだ」って思う程度で、その時のことなんて、からきし覚えていない。 小太郎の背に乗っていた私の話しをする人を、当人である私は、他人事のように聞いていた。 当人である実感なんて、まるでなかったから。 ただ。 周囲の人たちの気をそぎたくなくて、敢えて口にはしなかったけれど。 またどうして、おじさんがそんな話をきりだしたのか。 私はよくわからないまま、耳をかたむけていた。 うなづいた私を見て、おじさんはゆっくりと目を細めた。「その日に孝一はな。 家に帰るなり、その話を嬉々として――興奮して、わしにも家内にも話したんだ。 そんな孝一の様子に、二人で驚いたほどだ。 ……後になって……気付いたことだが……。 昔の……空美ちゃんと、小太郎に会う前の孝一は。 ひどく冷めた子供だった。 親の言うことはよく聞いていた。 わがままも言わない、駄々もこねない。 聞き分けのいい、いい子だと、思っていたが。 だが、それはな。 物事に執着のないだけだったんだ。 ほしいものがあるわけじゃない。 好きなものがあるわけじゃない。 ……楽しいと思うことも、悲しいと思うことも。 感情の大部分を感じなくなっていたんだと……後になって……思うよ。 あのころの孝一は。 聞き分けのいい分、感情の見えない子供だった。 笑うこともはしゃぐことも。 怒ることも機嫌を損ねることも、泣くこともしなかったんだ。 それが孝一の性格なんだと思っていた。 ……そうじゃないんだと、わかったのは。 気付いたのは。 空美ちゃんに、会ってからなんだよ」
2008年09月28日
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おじさんは、おぼつかない足取りのまま、工場の中へと入っていく。 仕事が始まる時間には、早すぎる時間だ。 家の様子から見ても、おばさんが起きて朝食などの準備をしてるだけのようだし、雅則君も理央ちゃんも、起きた様子はない。 仕事が始まる前の、準備かな。 そうも思ったけれど、昨日の話では、おじさんは倒れてからというもの、工場の機械に触れないようにしているようだった。 不自由な体では、何かあったときに対処できないから。 安全面を考えてのことだった。 そう、聞いていたけれど。 工場の中に入っていったおじさんに続いて、入り口からそっと中をのぞいてみた。 工場の中は、大型から中型の、さまざまな機械が複雑に並んでいる。 ちょっと見ただけだと、どういった具合に並んでいるのかわからないほどだ。 何も知らずに中に入ったら、迷子になること、うけあいだろう。 場所によっては、人一人、通れるか通れないかといった、狭い場所もある。 そんな中を、おじさんはゆっくりと進んで行く。 入り口からは見えないような、奥のほうに進んでいくその姿を見て、少し迷ったけれど、私もそのあとに続いた。 見えないところに行かれたら、ここまで後についてきた意味がないから。 おじさんに気付かれないように距離をとりつつ、見失わないように気をつけつつ、足音をたてないように進んでいった。 工場の中は、機械独特の鉄のにおいと、接続部に使われているのだろう、潤滑油のにおいが満ちていた。 工場独特のにおいを鼻腔の奥に感じつつ、おじさんの後をついていった。 やがておじさんは、工場のほぼ中央に並んでいる機械の前で足をとめた。 同じ形がいくつか並んでいる、その中の一つの前に立って。 そうしてじっと。 その機械を見つめていた。 それは工場の機械の中では、中型のものだった。 人一人が向かい合う幅より少し広くて、高さはおじさんより30センチほど上背がある。 おじさんはその機械をしばらく眺めていた。 そうしたあと、そっと、その機械をなでて。 ゆっくりと、左手にもっていた松葉杖を、近くの機械に置いた。 そして近くにあった小箱から、小さな何かを取り出すと、機械のスイッチを入れたようだ。 それまで静かだった工場の中に、かすかにだけれど、起動音が響いている。 え。 と、驚いて。 もしかしてと、思っているうちに。 おじさんが機械を操作しだした。
2008年09月28日
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新車がようやく届きました。 タントカスタム。 これまでは、ヴィッツでした。旧型のです。 使い勝手が違って、まだ戸惑ってますが、室内広くていいですね。 給油するときに、給油口の開け方がわからず、困りました。「すいません、さっききたばかりで、どうやって給油口開けるか、わからないんです!!」 ……て。 スタンドの人にあわあわしてました。 もうしばらく、戸惑うんだろうな。
2008年09月28日
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おじさんのその言葉に。 より強い、胸の痛みを覚えた。 おじさんも、わかってるんだ。 タカ兄が、そういう対象として、私を見ていないことを。 タカ兄の性格から考えても。 これからもその思いに、変化はないだろうと。 ……おじさんも、そう、思っているんだ。 他の人も同じように感じていると知って。 ……わかっていた、ことだけど。 改めて事実を目の当たりにして。 胸が、痛んだ。 タカ兄と私の関係を、推すようなことを言っていたおじさんだけど。 それは単なる「そうなれば」という願いで。 まさか私が、タカ兄を想っているとは、想っていなかったのだろう。 私自身も、気持ちをひた隠して、他の人に悟られないよう、注意をはらっていたから。 その点だけみれば、私の思惑は成功しているといえる。 ……できることなら。 これからもずっと。 誰にも気付かれずに。 隠し通すつもりだった。 おじさんは、気まずそうに口をつぐんでいた。 室内に広がる沈黙が重くて……痛くて。 耐え切れずに、私は席をたった。「……変なこといって、ごめんなさい」 礼をして病室をあとにしようとした私を「ちょ……っ、待ってくれ」とおじさんが慌てて呼び止めた。 ……と。 急に体を動かしたからか、おじさんは苦痛の声をあげて、胸を押さえて上半身を屈した。 苦痛に歪む顔と痛みをこらえるうめきに驚いて、私は慌てて側にかけよった。 おじさんは苦しげな顔で「……大丈夫」と告げて、上半身を起こしたまま、背もたれに体をあずけた。 苦しそうだったけれど、しばらくじっとしていると落ち着いたようだ。 表情も元にもどって、閉じていた目も、ゆっくりとあけた。「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」 自分ではわからなかったけど、その時の私は、よほど心配そうな顔をしていたのだろう。 おじさんは、ゆるい苦笑を浮かべて、私にそう告げた。「先生、呼んでくる」 そう言って席を立とうとした私に、おじさんは「大丈夫」と再度、言い募った。「大丈夫だから……もう少し、ここにいてくれないか?」「……けど……」「少し……話したいこと……空美ちゃんに、聞いてほしいことがあるんだ」 本心は先生を呼んできたかったけど。 おじさんの表情が、声が。 切実な色を帯びていたから。 私は不承不承、おじさんの言葉に従って、付き添いの人に用意されたパイプ椅子に、再び腰を下ろしていた。
2008年09月26日
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その日は本橋家に泊まった。 来客用の部屋で就寝して、目覚めた翌朝。 思いのほか、早く目が覚めてしまった。 時計を見ると、午前6時前。 いつも7時に起きる私にしては、早起きだ。 普段の就寝時刻より、早く眠りについたから、その分、目覚めも早かったのだろう。 来客用の部屋は、東にある庭に面している。 広い庭の先には、砂利道の私道が続いていて、その道を十数メートル進むと、本橋家が経営する工場に続いている。 部屋の窓を開けると、ひんやりとした心地よい朝の空気が室内に入ってくる。 そのすがすがしさを心地よく思いつつ、何気なく周囲を見渡した。 周囲を見渡すというより、庭を見たと言った方が正確か。 特に他意はなかったのだけれど、その視線の先に、思ってもいなかったものを捕らえた。 家から工場へと続く道を。 おじさんが、松葉杖をつきながら、歩いている。「……おじさん?」 私は改めて時計に目を落とした。 時刻は6時を指したばかり。 こんな朝早くから、仕事――? そうも思ったけれど、工場からは何の音も聞こえない。 昨日は工場から離れたこの場所にも、ざわめき程度ながらも、機械音が届いていたというのに。 おじさんは、足をひきずって歩いている。 そのぎこちない動きが気になって、私はそっとおじさんの後をつけていた。 おじさんに気付かれないように気をつけながら、異変があれば、すぐ気付くように。 おじさんの歩く姿は、なんだか危なっかしくて、いつ倒れてもおかしくないように見えた。 それが気になって、心配で。 それで私は、工場まで、おじさんの後をつけていた。
2008年09月25日
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想いは……疑問は。 ずっと前から、胸の内にあった。 だけどこれまでは……なぜだか怖くて。 答えを聞くのが怖くて。 聞けずにいた。「どうして……そんなに、特別視するの?」 おじさんが私を気に入ってくれてるのは、わかる。 わかるけれど、常識を逸している。 私がおじさんに、特別になついてるわけじゃないのに。 なのに……おじさんは、何かと私をとりたてた。 それに。 タカ兄と私の関係も。 冗談交じりにだけれど、はやしたてたこともある。 タカ兄はいつも取り合わなかったけれど……。「私……そんなんじゃないよ。 見てたら、わかるでしょ? タカ兄は……私のこと、妹のようにしか思ってないって。 支えるとか……そんな存在じゃない。 逆だよ。 タカ兄が、私を助けてくれてばかりだから」 ――妹の、ように。 その言葉を口にするときが、一番、胸が痛かった。 わかっていたことだけど。 言葉にしてしまうと、改めて認識するから。 ……つらかった。 おじさんは、叫んだ私に気圧されたようで、戸惑った表情をのぞかせている。「……空美ちゃん……」「それに。 私とタカ兄がだなんて、ありえないよ。 私なんて、全然タカ兄の好みじゃないし」 これまで何人か、タカ兄の彼女を見たことがある。 紹介されたことはないけれど、二人の雰囲気から、説明されなくてもピンと来てしまった。 タカ兄の傍らにいるのは。 大人っぽくて、上品な人。 実年齢より、年下に見られてしまうことの多い私とは、正反対のタイプばかり。 おじさんがどうして「私とタカ兄を」って、考えるか、わからないけれど。 おじさんがそう望んだとしても、本人にそのつもりがなければ、意味のない話だ。 そして。 おじさんの考えが現実になることはないと。 ……私自身が、一番よく、わかっている。 自嘲気味に、うつむいて告げた私を、おじさんはしばらく、黙って見ていた。 ……沈黙が、痛い。 だけど、私から話を切り出すこともできなくて、うつむき続けていた。 しばらくしておじさんが「……空美ちゃん」と、おそるおそる、声をかけてきた。「……孝一の、ことを――」 おじさんの言葉に――体が、強張った。 気付かれたかもと、思ったけれど。 実際、言い当てられると、言いようのない恥ずかしさで、頬も体も熱を帯びた。 赤くなった顔を見られたくなくて、私はうつむき続けた。 否定も肯定もしない私に、おじさんは途方にくれたような息をついて。「……すまない」 と、か細い声で、つぶやいていた。
2008年09月25日
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脳梗塞だったか、脳溢血だったか。 はっきりとした病名は覚えていないけれど、脳に関わるものだったことは確かだ。 静香は。 左半身不随と言っていたけれど、そこまでひどくなかった。 ……腕の動きが鈍かったり、歩くときは片側にだけだけれど、松葉杖が必要で、左足を引きずるように、歩いていたけれど。 夕食もあらかた食べ終えて、理央ちゃんとおばさんが、食卓の食器を片付け始めたとき、私は思い切って、口を開いた。「……それで、和之からは、何か連絡は……」 その言葉に、本橋の人たちは、気まずそうな表情で顔を見合わせて、おもむろに首を横に振った。「あのあとも……何もわからなくて……」 そうつぶやいたのは雅則君。「……そう……」「あの……あれから、アニキのこと、何かわかったこと、ありませんか」 それは。 私がこの家を訪れてから。 本橋の人たち誰もが聞きたかったことだろう。 私は、胸の奥に苦しさと罪悪感を覚えながら、うつむいて首を横に振った。「……そう、ですか……」 気落ちした雅則君の声が、私の胸の奥を、さらにしめつける。 和之が働いてる会社がどこなのか、言ってしまいたかったけれど。 何度か、言おうとしたけれど。 ……どうしても、言えなかった。 本橋の人たちは、和之の安否さえわかれば、満足するのだとわかっていても……言えなかった。 私の知っている和之は、家族思いで。 こんなふうに、無駄な心配をかける人じゃなかった。 雅則君が探していると伝えて、連絡先も教えていたのに、何の連絡も取らなかった和之。 なにか……考えがあってのことなんじゃ……って。 そう、考える自分もいた。 ――ときどき。 耳の奥に蘇る言葉がある。 「……復讐を、少々」 かるい嘲笑を浮かべつつ、静かな声音で告げられた言葉。 結局、どういう意味か、わからないままになっている。 ただ。 昔の和之からは考えられない、彼の変わりぶりに。 何かしらの関係があるんじゃないかって、思えてしかたなかった。
2008年09月24日
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おじさんが倒れたとの知らせを受けたのは、仕事が終わってアパートに戻ってからだった。 お母さん伝いに話を聞いて、すぐ病院にかけつけると、おばさんとタカ兄、お母さんとお父さんが、病室の前の廊下にいた。 おばさんとタカ兄は、どうして私がここにいるのかと、驚いた表情をのぞかせていたけど、お母さんが連絡をとったとの言葉に「そう」と納得の色を見せた。 それから病室に入って。 その時にはおじさんの容態も安定していて、話もフツウにできる状態になっていた。 ……ただ。 その顔には、疲労感が色濃く残っていたけど。 それからしばらくして、お父さんとお母さんは家に帰って。 おばさんとタカ兄は、入院に関する話を聞きに、担当の先生との話し合いに行っている間、私がおじさんに付き添うことになった。 いつも元気なおじさんだけど。 ……この時ばかりはやっぱり。 どことなく、覇気がなかった。 心筋梗塞だと、言っていた。 以前から、調子が悪くて、時々クスリを服用していたという。 そのことを、私は知らなかった。「悪いなぁ。空美ちゃんにも、迷惑かけて……」 いつもなら、声をあげて笑って言うところも、今は口元に苦笑を浮かべるだけで、声も弱々しいものだった。「そんなの、気にしなくていいから。 ゆっくり休んで、無理しないで」 こんなとき、気の利いたことの言えない自分が、はがゆくてしかたない。 おじさんは苦笑交じりに「ああ」とうなずいてから、口をつぐんでしまった。 おしゃべり好きなおじさんらしからぬ行動に、私も、どう対応していいのか、戸惑った。 同時に、明日からどうするのだろうと、そんなことを考えていた。 副社長が代役をとるのか……それとも、おじさんの予定を全てキャンセルするのか。 おじさんの体調を考えると、そのあたりの話はできそうになかった。 余計な心配をかけたくないから。 病院から出たら、梶さんと連絡をとろうと思っていたところに「空美ちゃん」とおじさんがおもむろに声をかけてきた。 考え事をしていたから、そのおじさんの声にはっとして。「なに?」 そういいながらおじさんを見ると。 おじさんは……じっと、私を見ていた。「孝一と話したんだが……明日からは孝一が、代役をすることになった」 ……思ってもいなかったことに、ドクンと、鼓動が高鳴った。「副社長も、予定がたて込んでいたから、代役を頼める状況じゃない。 孝一なら、息子ということで、面目も立つからな」「そ……そう、なんだ……」 震えそうになる声で、そう答えるのが精一杯で。 そんな私に、おじさんは重ねて告げてきた。「空美ちゃん。 孝一を、頼む」「……え」 それは。 いつもの冗談を含んだ口調じゃなくて、切実さを含んだものだった。 そんなふうに、言われたのは……初めてで。 本気でそう思っているのだと……真剣に、そう、思っているのだと。 感じされるものだった。 これまでの付き合いで。 それが仕事に限ったことじゃないって、感じた。「孝一の側に……いてくれないか?」「……おじさん?」「バカな話だと、笑ってくれていい。 わしはな……空美ちゃん。 孝一と……一緒になってくれたらと……ありえないとわかっているが、そう考えたことも何度もあるんだよ。 それが無理でも。 せめて……孝一の側にいて欲しいんだ。 孝一には、空美ちゃんが必要なんだ――」「やめて!」 声は。 反射的に、出て。 悲鳴は、室内に響いた。 倒れたおじさんを前に、そんなことはしないほうがいいって、理性ではわかっているけど。 でも。 もう、我慢できなかった。 おじさんは、うつむく私に驚きの目を向けている。 タカ兄との話になっても、これまでの私は、冗談で返していたから。 こうして。 感情を露にしたことなんて、なかったから。 胸が、痛くて痛くて、しかたなかった。 忘れようとしていることを、目を背けようとしたことを、また目の前につきつけられて。 苦しくて……我慢、できなかった。「……どうして……?」 うつむいてこぼれた声は震えていて。「……空美、ちゃん……?」 伺うように声をかけるおじさんを、ゆっくりと上げた顔で、向き合って。 ……その時の私が。 どんな表情をしていたのか、よくわからない。 ただ。 あんなに驚いたおじさんの顔を見たのは……久しぶりだった。
2008年09月24日
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日が暮れて、就業時間をすぎて、社員の人たちが帰ってからようやく、おじさんと雅則君が家に戻ってきた。 作業場で汗をかいたからと、二人はお風呂に入ってからの挨拶となった。 汚れた姿で顔をあわせるのは、失礼だからと、そう言って。 時刻は夜の7時をすぎている。 おばさんと理央ちゃんが夕食を作り終えていて、食卓での顔合わせ、兼挨拶となった。「志穂ちゃん。お久しぶり」 食卓そばに座っていた私に、先にお風呂に入ったおじさんが、くったいない笑顔でそう声をかけてくる。 私も笑顔を返しつつ「ごぶさたしています」と頭を下げた。 おじさんは頭をバスタオルで拭きながら、自分の席に腰をおろした。「いやぁ、雅則に聞いたよ。 悪いねぇ。 変な気をつかわしちゃって」「いえ……。 私も、最近、知ったばかりで……。 お見舞いにもこれなくて、ごめんなさい」「志穂ちゃんが謝ることじゃないだろ。 ……知らなくて、当然だったんだから」 最後は、声を少し低くしての言葉だった。 私は何も言うことができなくて、ただうなずくように、頭を下げることしか、できなかった。 それから雅則君がお風呂から上がってくるまでに、互いの近況を話して。 私は「遅くなったけれど」とお見舞いの包みを、差し出した。 おじさんたちは「そんな気をつかわないでくれ」と恐縮しきりだったけれど、包みは受け取ってくれた。 受け取ってくれないかもと思っていたから、我知らず、安堵の息がもれてしまう。 そうして雅則君が食卓に来てから、夕食となった。 本橋の人たちは、今では何の関係のない私にも、以前と変わりなく接してくれる。 ……その理由も。 うすうす感じていたから、胸の奥に心苦しさを抱えていた。 夕食をとりながら、私はときどき、おじさんの様子を盗み見た。 ここに来て、初めて顔を合わせてから、気付いていた。 一見すると、わかりにくいけれど、話しているうちに、その行動を見ているうちに、気付くことがある。 前、静香が言っていたように。 おじさんは左半身の動きが、ぎこちなかった。
2008年09月23日
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◇◇ ◇◇ 小太郎が旅立ってから、数日後には、私はアパートに戻っていた。 おじさんと梶さんとの仕事も、順風満帆にすぎていく。 いまでは。 おじさんと梶さんのやりとりが、ちょっとしたコントのようで(もちろん、二人にそんなつもりはない)、笑いをかみ殺すのが大変だった。 ……まあ。 我慢できなくって吹き出すことが、たびたびあったけど。 私はこの関係が、今の仕事が。 楽しくてしかたなかった。 タカ兄は、依然として風変わりな研修を続けている。 終盤に差し掛かっていると、おじさんとタカ兄の話で知っていた。 それからタカ兄がどこに配属になるか。 はたまた、どんな役席につくのか。 少し前の私だったら、気になって仕方なかっただろうけど。 今は、何の心配もなかった。 というのも。 私が、おじさんの秘書だから。 タカ兄の近くに配属になることも、逆にタカ兄がおじさんの近くに配属になることも、ないだろうと思っていた。 私がおじさんの秘書になるにあたって、あれだけ駄々をこねたんだから、そうそう異動させるとは思えなかったから。 そう、私は確信していた。 その確信は。 おそらく的中していただろう。 ……そのあと、何もなければ。 おじさんが……倒れることさえ、なければ。 周囲がめまぐるしく変わることなんて、なかったはずだ。 私とタカ兄の関係も……何事もなく、すぎていく、はずだった。
2008年09月23日
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私信に関して(祖母のこと)、web拍手でコメントをいただきました。「失礼になるのやも……」と、コメントされた方は心配されていましたが、そんな心配無用です。(>_
2008年09月23日
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本橋家は、小さな町工場を経営している。 機械の何かの部品を作っていると聞いたことがあるけど、詳しくは覚えていない。 工場の規模自体、そう大きくはなくて、正社員として雇っているのは10数名。 あと、事務系はおばさんが受けもっていて、近所の方を数人、パートとして雇っている。 事務はおばさんがしているけど、大きな金額が動くときとかは、おじさんが仕切っているのだそうだ。 ……それは、過去のことで。 今では。 事務の半分を、おじさんが受けもっている。 以前は、おじさんが現場をしきって、自ら作業をしていたけれど、今はもう、作業に手を出すことはない。 完成した製品にチェックを入れて、こまかな指示をだしたりするけれど、それはあくまで指示だけ。 体を壊す前だったら、自らその製品に手入れをして示していた。 在庫管理はおじさんの頭の中でされているから、これに関しては、誰も口出しできない。 雅則君は、おじさんについて、事務の補佐から、工場でのちょっとした小間使い(部品の移動とか、製品の梱包とか)をしていた。 小間使いは、理央ちゃんも手伝っているのだという。 出迎えにこなかったおじさんと雅則君のことを、理央ちゃんは気にして、しきりに謝っていた。「家に呼んだのは、こっちの方なのに……」 と、うなだれている。「そんな。気にしないでよ。 ここに来たいって言ったのは私なんだから」「けど……泊まっていったらって言い出したの、こっちなのに……」「泊まりだからこそ。 気にしないでよ。 まだ時間はあるんだから。 おじさんも雅則君も、夜遅くまではしてないんでしょ?」「……うん」「だったら。 気にする必要ないじゃない。 時間はたっぷりあるんだから」 そう言ったけれど、理央ちゃんは「……けど……」とまだつぶやいている。 だから仕方なく。 私は口にするはずじゃなかったことを、告げることになった。「そんなに気にされたら、こっちも恐縮しちゃうよ。 『関係ない人間なのに、押しかけて迷惑かけちゃってる』……って」 そう告げた私の言葉に、理央ちゃんははじかれたように、バッと顔をあげた。 そして、慌てて首を横に振っていた。「そんなことない。 私たちが、志穂さんに来てほしかったんだもん。 ……私も、志穂さんに会いたくて……話が、したかったんだもん。 志穂さんが気にすることない」「だったら。 私と一緒じゃない。 お願いだから、気にしないで。 気にされるほうが、困っちゃうから」 その私の言葉に、理央ちゃんは少し考えてから、こくんとうなずいた。 それを見て「よし」と私は思わず言ってしまって。 目をしばたたせる理央ちゃんに、小さく肩をすくめた。「おあいこ。だからね」 少しおどけた調子で告げると、ゆっくりとだけれど、理央ちゃんの頬の緊張が緩んだ。 そうして、緩やかな笑みを、口元に浮かべた。「……ありがと」「いえいえ。――って……いうのも、おかしいんだけどね」 肩をすくめながらの言葉に、理央ちゃんはクスリと微笑んで。 体の強張りを、完全に解いていた。 それから理央ちゃんは、私を客室に案内すると「バイトがあるから」と、せわしない様子でその場をあとにした。「バイト?」「そ。工場のほうのね」 雅則君と同じように、簡単な雑務や、事務の手伝い(主に書類整理)をしているのだという。 忙しいところにお邪魔して、申し訳ない気分になったけれど、それは口にするのを我慢した。 言ってしまえば、さっきみたいな応答になってしまうだろから。 理央ちゃんが出ていった部屋の中で。 荷物を部屋の隅に降ろして、縁側に出て。 庭を眺めながら、我知らず、ふう、と息がこぼれていた。
2008年09月20日
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昨日よりは落ち着いてると思ってたんですが。 来客が思いのほかあって、やっぱり多忙でした。 これから小説書きます。
2008年09月20日
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プライベートなことです。 小説の更新ではありません。 興味のない方はスルーでお願いします。 今日、祖母のお葬式でした。 享年90歳。 大往生です。 最初は夏バテで、自分から入院したい、食欲がないので点滴をうってほしい。 と、言い出した入院でした。 それが、こういう結果になるとは思っていませんでした。 体調不良は、夏バテだけではなかったようです。 両親は話を聞いているのでしょうが、孫の私たちまでは詳しい話を聞いていません。 そういうこと、あまり話したがらない性分の両親なので。 数日前から昏睡状態でした。 数年前に手術をして、そのころからある程度の覚悟をしていました。 だから、息をひきとったときも、認識だけは頭に入っていくけれど、なかなか信じられませんでした。 お通夜から式の途中までそうでした。 それでなくとも、祖母がなくなってから、たずねてこられる方が多くって、その対応に、そして葬儀の段取り、打ち合わせなどにてんてこ舞いでしたから。 おまけに、お通夜の日は、台風が最接近した日で。 両親は農家をしているので、作物のことが気になってしかたがないなかでのお通夜でした。 で、お通夜の式が終わると、両親は作物を見に、葬儀場を一旦出て。 親戚のおじおばと残ったんですが、どちらも県外からで、早朝出発。 二人とも眠そうだったので「私が見ているから」と仮眠をとってもらう間、私一人でおきていました。 一人で祖母の祭壇に向き合って、静かなときがすぎていって。 ……そのときから、じわじわと実感がわいてきて、わけもなくポロポロ涙がこぼれました。 悲しみとか、寂しさとか、そういった感情ではなくて。 ただただ。 自然と涙がつぎつぎとあふれてきて。 ひとしきり。 嗚咽も、喉元にこみ上げる異物感もなく。 ただただ、涙をこぼしていました。 お葬式当日。 式の終盤に差しかかったときから。 ……出棺が、近づいてから。 また、涙があふれてきました。 それまで「泣かないかな」と思っていたほど、平静だったのに。 ……一抹の寂寥は、感じ始めていましたが。 祖母が昏睡状態になったときに、病院でも家に帰ってからも。 泣いたから。 あの時、泣き伏したから、もう泣くことはないと思っていましたから。 台風一過で、お葬式当日は、キレイに晴れていました。 今日は、アパートに戻っています。 制服の洗濯などがあるので。 更新は、明日に。
2008年09月19日
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台風でした。昨晩は。実家に行ってて、アパートに帰れませんでした。
2008年09月19日
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すみません。 私事で、いま、ものすっごい多忙です。 予想外の出来事に、目を回しています。 あわあわ、あわわ~。
2008年09月17日
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ソラの思いを、何となく感じてから。 彼女が留学から戻ってきても、特に用がなければ、俺から接触することはないようにしていた。 そうして。 俺とソラは、単なる年の離れた幼なじみとなっていた。 あの時……ソラが留学すると知ったときと同じ感情を。 最近……また、感じていた。 理由もソラの思いもわかるから、何も言わないでいたが……。 昔と同じような何ともいえない、寂寞とした想いが、じわじわと胸にしみていた。 経営者である久坂の人間と、必要以上近づかないようにしていたソラ。 いつだったか、社内で聞いたソラに関する話を知れば、彼女のそうした行動の理由もわかる。 目立つのを厭う彼女の性格を考えれば、当然だと、思う。 ……だが。 社を離れた場まで、他人行儀な態度をとられるのは、たまらなかった。 だから、今日こうして。 ソラが家に泊まりたいと言い出したときには、驚き半分、嬉しさも胸にこみあげた。 小太郎のいない寂しさが一番あるのだろうが、それでも、こうして甘えてくれるのが、嬉しくてならなかった。 ベッドの上で、健やかな寝息をたてるソラの、頬にかかる髪をもう一度そっとかきあげて。 同時に露になった額に。 昔よくそうしていたように、そっと口付けを落とした。 ソラがまだ幼い頃。 テレビか何かで放送されていた一場面を見て、私にもしてとせがんだものだ。 あのときは、母親が子供におやすみのキスをする場面だった。 相手は俺でなくとも、かまわなかった。 おばさんやおじさんのときもあったし、うちの家族にせがんだこともある。 なぜかわからないが、ソラはその場面を好んでいて、額に口付けを受けると、きゃっきゃと声をあげて喜んでいた。 この時も。 そうした昔のことを思い出して、深く考えずに行動にうつしていた。 ……想いは。 この時は小さな火種程度ながらも。 胸のうちに生じていたとも、気付かずに。
2008年09月16日
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本橋の家につくと、真っ先におばさんが出迎えてくれた。「まあまあ!」 と、パタパタと足音をたてながら、玄関先にかけてくる。「いらっしゃい! まあ、ホント。 よく来てくれたわね」 言いながら、スリッパを用意してくれて。 ふっくらとした頬は、口元に浮かんだ笑みで、ぷっくりと膨らみを増している。 全体的に小柄でふくよかな女性だ。「かわいい」と思える愛嬌も持っている。 そして。 せわしなくクルクルとよく動く人でもある。 今も、私にスリッパを用意するなり「お茶! 準備しなくっちゃね」とつぶやいて、台所へとパタパタ走っていった。 いつもながら。 おばさんのペースに慣れるまでは、そのテンポの速さにのまれてしまう。「ごめんね。 せっかちで」 苦笑しつつ、理央ちゃんが靴をそろえて玄関にあがった。 私も苦笑で返して、理央ちゃんのあとに続いた。「お父さんと雅君、まだ仕事なんだ」 客間に案内してくれてる間に、理央ちゃんがそう説明してくれた。
2008年09月16日
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正直。 そのあとのことを、俺は覚えていない。 おばさんが言うには、そのあと俺は、にっこりと笑って自分の名を明かし、そして何がどうなったのか、はきはきと状況を説明したのだそうだ。 舞台度胸はあると、自分でも思っているが。 この時は過去の自分を褒めてやりたいと思う。 いや、本当に。 そのおかげで、おばさんの好印象を得ることができたのだから。 そうでなければ、松井と久坂の、今のような家族ぐるみの付き合いなどなかっただろう。 それは。 小太郎とも……ソラとも。 共にすごしてはいないということだ。 小太郎とソラと過ごす日々は、今も思い出せるほど色鮮やかで。 その時の感情も、同時に胸に蘇るほどだ。 人見知りするソラは、小太郎と遊ぼうと松井家を訪問した俺を、始めのうちはおばさんの後ろに隠れて、こわごわと俺を見ていた。 それも回数を重ねるにしたがって、次第に気を許してくれて。 一度なついてしまえば、あとはくったいない笑顔を向けてくれた。 おぼつかない足取りで、懸命に俺と小太郎のあとをついてこようとする姿を見ると。 何ともいえない愛おしさを感じたものだ。 寄せられる無垢な信頼にまた、嬉しさを覚えていた。 ソラが思春期を迎える頃まで。 俺とソラは、周囲から兄妹とよく間違えられるほど側にいたし、仲がよかった。 ……ソラが、年頃になって。 言動の端々に、小さな壁を感じるようになっていた。 それも初めは、勘違いだと思っていた。 ……ソラが、何も言わずに留学するまでは。 高校に進学するときも、進路相談を受けたというのにだ。 ソラが。 俺と距離をとろうとしていると。 実際、距離をとっていると。 実感すると同時に、思い知った。 その時の、何ともいえない焦燥感は。 いま思い出しても、重く、胸にのしかかってくる。
2008年09月15日
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私事で、今日は一日、実家の用ですごしました。 いろんなところを行ったりきたりで、ガソリンが減る減る。 金曜に2000円分入れたのに、もう足りない~。 で、久々に実家の大掃除手伝いました。 近々、親戚が戻ってくるかもしれないということで。 で、両親は、台風に備えて、家のほかの準備をしているので、じゃあ私が家の掃除を。 ……てなかんじです。 日ごろすごしていると、慣れて目に付かない箇所が多いんですが、久しぶりに帰ると、いろいろ気になるところがあります。 ……まず、第一は。 興奮した家の犬を、家にあげないことですね。 ラブラドール交じりの雑種なんですが、抜け毛がすっごいのなんの。 家に上げないようにしてるんですけど、遊んであげたりして興奮すると、スキを狙って打ちの中にダダッとかけて入ります。 人の出入りの、わずかな隙間を狙って、無理に体ねじ込んで。 んで、怒られても、なかなか外に出ようとしません。 フライパン振りかざしても(叩くぞ! ってそぶりだけ)、びくびくするだけで言うこと聞きません。 なめられてます。 ……前からわかってたことですが。(涙) 最後は体を押して押して、外に出しましたけど。 そんなこんなで、お掃除と運転手ですぎた一日でした。 更新は今からです。 すみません。
2008年09月15日
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雅則君は、実家の仕事を手伝っているのだという。 それが思いのほか手間取って、迎えの時間に間に合わなかったのだと、理央ちゃんが教えてくれた。 今は復帰したおじさんが、会社の経営を切り盛りしている。 前は経営はもちろん、現場も取り仕切って、自ら作業に加わっていたけれど、今の体調では難しくなっているという。 それで、雅則君が、人手が足りないとき、彼ができる範囲内で手伝っているのだそうだ。「おじさん……大丈夫なの?」「うん……。一時期に、比べればね」 理央ちゃんは、つとめて明るく答えようとしたけれど。 声に、表情に。 かげりが、のぞいていた。「和君が、一番大変だったときにいてくれたから。 お父さんが復帰するまで、それでどうにかやってけたんだ。 長期休養とってくれてね。 会社のこと、きりもりしてくれて、どうにか持ちこたえたの。 ……だけど。 もう、迷惑、かけられないから。 和君も、自分の仕事あるしね。 家のことで迷惑かけたくないって、家族みんなが思ってることだから」 理央ちゃんは、雅則君を「雅君」、和之を「和君」と呼んでいる。 兄弟の順番から言うと、和之、雅則君、理央ちゃんとなっている。 私は理央ちゃんの言葉に、何とも言いがたくて、相槌をうつことしかできなかった。 ……あとで、考えると。 微妙な違和感を、感じるセリフだったけど。 この時の私は、気付いていなかった。
2008年09月14日
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それが……いつだったか。 下校中、松井の家の前を通りかかったとき、ふと視界の隅に見えたものに、何気なく目を向けて――驚いて、立ち止まってしまった。 いつも見かけるセントバーナードの背に、小さな女の子が乗って、すやすやと眠っていたのだから。 それが小太郎と、ソラだった。 小太郎は、背にいるソラを気遣ってか、歩く速度もゆっくりとしている。 小太郎はちらりと、庭が見える玄関側にいた俺にも気付いて、眼を向けた。 が、ただ眼をむけただけで、ゆったりとした歩みを続けている。 それが幼いソラには、ゆりかごのような振動となっていたようだ。 その時の俺は、魅入られたように、その様子を見つめていた。 それから……どれくらい時間がたったろうか。 ソラを気遣って、小太郎はゆっくりと歩いていたけれど、ソラの位置が徐々に、動いていた。 それに気付いたのは、ソラの体が地面の方に、大きく傾いだときだった。(落ちる――っ!!) そう思ったときには、体が動いていた。 コロンと落ちそうになったところを、どうにか間にあって、受け止めていた。 ……そのときも。 幼子特有の小ささと柔らかさに驚いたのを、覚えている。 親戚に、ソラと同じ年頃の子もいたけれど、遠目に見るだけで、腕に抱いたことなどなかった。 小太郎が心配そうに、腕の中のソラに鼻先をよせきた。 その時に「……ん……」とソラが目をこすりながら、むずがるように目を覚まして。 それから焦る俺の腕の中で、声をあげて泣きはじめた。 その声に、松井のおばさんが慌ててとんできた。 そうして俺と小太郎とソラの様子に、目を点にしている。 事情がわからないといった様相だった。
2008年09月14日
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「ごめんね。ホントは雅君が来る予定だったんだけど。 仕事が終わらなくて」 狭い車でゴメンと謝って、トランクを開けて荷物をつめて。 そうして助手席のドアまで開けてくれた。「そんな。迎えに来てもらえるだけでもありがたいのに」 申し訳なさそうな理央ちゃんにそう告げると、ほっとした表情をのぞかせた。 彼女の軽自動車に乗車しつつ、私は感慨深いものを感じていた。「……車……運転、できるんだ……」「あー。『運転危ない』とか思ってるんでしょ?」「そうじゃなくて。 『運転できる年齢になったんだ』って思ってね」「……そう?」 滑り出した車の中で、そんな会話をしていた。「だって前会ったときは……理央ちゃん、高校一年生だったじゃない。 それを考えるとね」「え? 前あったときって、そんな前だったっけ?」 首をかしげる理央ちゃんに「そうよ」と私は念を押した。 だからこそ。 月日の流れを目の前につきつけらえたように感じた。 理央ちゃんは高校を卒業して、今は美容師の専門学校に通っているという。 それも私には意外だった。 前話した時は、短大に行きたいって言ってたから。 5年近いブランクは、思いのほか、互いの隔たりを大きく感じた。
2008年09月13日
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◇◇ ◇◇「……ソラ?」 ドアをノックしても、中からの反応は何もなかった。 ソラが家に泊まりたい――正確に言うと、リリと一緒に眠りたいと言って、家に来てから、まだ20分そこらしか、たっていない。 ゲストルームに入って、10分たったかどうかってくらいだ。 まさか、もう寝たのか? 信じられない思い半分、どうしているのかと、心配半分で、俺は「……入るぞ」と小さな声で告げてから、そっとドアを開けた。 俺の入室に気付いて、ベッドで横になっていたリリが、頭を持ち上げて、ゆるりと尻尾をふっている。 体を起こしそうなのを感じて「待て」と、手をかざしてその場にとどめた。 リリはすなおに言うこと聞いて、一度持ち上げた頭を、再びベッドに横たえた。 そのリリの側で。 リリにすりつくように、ソラが横になっている。「……ソラ……?」 寝ているのか? と、小さな声をかけてみる。 本当に寝ているのなら、起こさないように、足音も立てないように気をつけて。 ソラはすうすうと、静かな寝息をたてて眠っていた。 ベッドに横になるとすぐ眠ったらしく、タオルケットも何も体にかけていない。 足元で丸くなっているそれを、ソラの体にそっとかけて、彼女の側に、腰を下ろした。 ……頬には。 涙の乾いた跡が、残っている。 昨日のソラの姿が思い出されて、胸の奥に重いものを感じた。 頬にかかる髪をそっとどかしながら、彼女の姿を、眺めていた。 小太郎は。 ソラには何者にも変えがたい存在だ。 物心着く前から、当たり前のように側にいて、ずっと傍らにいて。 俺がソラと――松井の人たちと知り合うきっかけとなったのも、小太郎の存在があってのことだ。 幼い頃から、犬には興味を持っていたし、とくに近所で見かけるセントバーナードという大型犬種は、大きな興味をひくものだった。 気にはなっていたけれど、なにぶん、その体が大きすぎたから。 怖いって気持ちもあって、近づこうとは思わなかった。
2008年09月13日
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◇◇ ◇◇ 日差しが、さんさんと注ぐ空の下。 改札口を出て、駅から足を踏み出して。 照りつける日差しに、思わず目を細めた。 まだ、梅雨の只中だけれど、時々のぞく晴れ間は、夏の気配を色濃く見せていた。 額に手を当てて影をつくりながら、空を見上げて。「あつ……」 と、自分でも気付かないうちにつぶやいていた。 その声とかぶって「志穂さん」と私を呼ぶ声が聞こえた。 声の方を見ると、駅近くの駐車場で、大きく手を振っている女の子の姿が見えた。 肩まで届くだろう、そんな長さの髪を、ポニーテールに結んで、Tシャツにデニム地のジャケット、そしてデニム地のスカートに、スニーカー。 昔と変わらず、快活な印象の女の子。 今にも飛び上がりそうな勢いで、彼女は手を振って。 そして軽快な足取りで走ってきた。「志穂さん、お久しぶり!」「……お久しぶり。理央も、相変わらず元気ね」「それだけがとりえだから!」 へへ。と、くったいない笑顔を浮かべて、肩をすくめた。 そして、私が持っていた荷物の一つを手にとって、車まで運んでくれた。 雅則君と、実家に伺いたいと話してからしばらくして。 私は有給を利用して、和之の実家にお邪魔することになった。 2泊3日の日程は、和之の――本橋の家に、寝泊りすることになっている。 私はホテルに泊まろうと思っていたのだけれど、残念ながら、近くにそういった施設がなくて。 結果、本橋家の申し出を受けることとなったのだ。 ……元彼の家に、滞在するというのは。 正直、何とも言えない奇妙な心地がするけれど。 本橋の家の人に。 おばさんや雅則君、そして理央ちゃんに強く望まれては、断ることなどできなかった。『……志穂さんが、気まづいのなら……仕方ないけれど……』 と。 気落ちした声でおばさんにそういわれたら。 断るなんてできなかった。 ……だけど、本心としては。 気まづいこと、この上ない。
2008年09月13日
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久坂の家におじゃますると、おじさんもおばさんもこころよく迎えてくれた。 それからリリと一緒に眠りたいとの要望も、すんなりと受け入れてくれた。 ゲスト室に案内されて、リリと一緒にベッドに横になって。 私でもリリは、嬉しげに迎えてくれた。 そんなリリの体を撫でながら。 艶やかな毛並みを、手の平に感じながら。 私はそのまま。 吸い込まれるように、眠りについていた。 家に泊まるようになってから、小太郎の側で眠るようになってから。 ずっと、小太郎の様子が気になっていて。 浅い眠りの日々が続いていたけれど。 この日は久しぶりに。 深い眠りにつくことができた。
2008年09月11日
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◇◇ ◇◇ 雅則君に会って、和之に彼が探していたと伝えた2日後。 私は別にメモしていた雅則君の携帯に、連絡をとった。 その後、和之から連絡はあったのか、何かしらわかったのか。 この間の様子が気になったから、連絡をいれたのだと伝えた。『……兄からは……何も……』 重い声に「……そう……」としか、言えなかった。 和之に伝えたときから「もしかしたら」と思っていたけど。 本当に、何も連絡を入れていないようだ。 それも確認したくて、雅則君に電話した。 雅則君から再度、和之のことで、わかったことはあるかと聞かれて、私は否定するしかなかった。 和之に、彼の連絡先を伝えても、何の行動もとらないということは。 和之がそうした行為を、望んでいないからだろうと思ったから。「……ねえ、雅則君……」 私は、前から考えていたことを、口にした。 こうして彼に連絡をとったのは、それを伝えたいこともあったから。「……今度、そちらにお邪魔してもいいかな」 え。と、驚きの声が、受話器の向こうから聞こえる。『家に、ですか?』「……おじさんの容態を……この前、人伝えに聞いてね。 お見舞いにも、行ってなかったから。 挨拶もかねて……」『そんな。気遣い、いいですよ。 だいたい志穂さん、アニキと――』 そこで、雅則君は、言葉をさがして言いよどんだ。「関係ないと、わかってるけど。 だけど……心配でね。 一目、おじさんの顔を見たいって気持ちもあるの。 ……そちらが迷惑なら――」『迷惑だなんて、そんな。 ……迷惑かけてるの、こっちのほうなのに』 雅則君の言葉に、ツキンと胸が痛かった。 本当は和之が今どうしているか、知っているのに。 伝えられないジレンマが、罪悪感として胸をしめつけていた。
2008年09月11日
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リリは、久坂家が飼っているゴールデンレトリーバーで。 小太郎と勝ると劣らずの高齢だ。 私が……小学一年か二年のころ。 久坂家にやってきた。 首輪につけた鈴の音が「リリ」と鳴っていたことから。 まだ名前が決まってなかったときに、仮の名として私が呼んでいたものが、いつしか名前として定着してしまった。 ちなみに男の子。 タカ兄は、家にきてしばらく。 女の子と信じていたそうだけど。 リリを飼い始めた動機というのも「小太郎のおよめさんに」だったから。 リリが男の子と知った時の衝撃は、計り知れないものだったといっていた。 ……これには裏話があって。 タカ兄は「女の子」の犬を望んでいたけれど、おじさんとおばさんが「うっかり」で、男の子を連れてきた。 本当は「うっかり」じゃなくて。 初めから「飼うなら男の子」と思ってのことだった。 それを最初からタカ兄に言っていたら、反感をかうから「手違い」を装ったのだと、ずいぶん後になってから、タカ兄と一緒に知ることとなった。 いつもいた場所に、小太郎の姿がなくて。 いいようのない焦燥を感じて。 その穴を埋めるように、何かしらにすがっていたかった。 リリは家犬で、寝るときは家族の誰かしらと寝ていた。 私も小さい頃は、タカ兄の家に泊まってリリと一緒に寝ていた。 ……そうした昔を思い出して。 リリのそばにいたいと。 この時、そう思っていた。
2008年09月10日
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和之との親密な繋がりは、もうないけれど。 だけど、雅則君は、まったくの他人ではない。 和之の家に、何度かお邪魔したことがあって。 その時に雅則君も、妹の理央(りお)ちゃんも、とてもよくしてくれた。 私に気を使ってくれて、気兼ねなくすごせるように、気を配ってくれて。 気軽に話もしてくれたし、砕けた口調も、私には安心できる要因の一つだった。 和之の家族とは。 なぜか、変に気を使わずに接することができた。 このころ、偶然だけれど、互いの仕事の関係で、和之の実家近くに出かけることがあって。 だから「ついでに」と二人で顔を出していた。 そのときに、和之は、私との関係を家族に話していた。 和之の家族も、そうした目で、私たちを見て、接していた。 だから。 ……和之が、私との関係を、家族に話していなかったのが意外でならなかったけど。 それ以上は、和之と家族の問題だ。 和之がいつ家族に伝えるのかは、私が先んじて話すことじゃない。 ……もう、関係、ないけれど。 思い返しながら、自然とため息がこぼれてしまう。 なぜ、仕事をやめたことも、住まいを移したことも。 家族に伝えてなかったのかが、不思議でならない。 和之は、家族をとても気遣っていた。 私と付き合っているときでさえ、些細な変化が生じれば、こまめに連絡をいれていたというのに。 連絡を入れることができないほど多忙だったのか。 ……それとも。 ……言えない、何かがあったのか。 ふと。 思い浮かんだのは、佳奈美さんのこと。 佳奈美さんとの関係を、和之は恋愛感情からではないと、ほのめかしていた。 あのときの和之の言葉が、ずっと胸の奥につかえていて。 だからこの時も。 脳裏をかすめたのだろう。
2008年09月10日
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一時間ちょっと、たったころ。 ラッシュ時をすぎると、人の波もまばらになって、見分けがつけやすくなった。 人の波の中で見逃したのではないかと、不安にかられもしたけれど。 改札口から出てきた和之を見つけて、ほっと安堵しながら、彼の側へと足を進めた。「和之」と声をかけて。 その声に私の方に目を向けた和之は、驚きに目を見張っていた。 その驚きは大きくて、足を止め、声も失っている。 そのまま私が立ち止まるまで、信じられないものを見るように。 私を確認するように、まじまじと見つめていた。「……志穂……?」 私の名を呼ぶ声にも、驚きがにじんでいる。「なぜ」と不思議がる響きも含まれていた。 和之を待っているあいだ、どう話を切り出そうか、ずっと考えて、迷っていたけど。 結局、単刀直入に話すことにした。「さっき、雅則君に会ったんだけど」「雅則君」と聞いて、和之は顔をこわばらせた。 同時に「だからか」と得心顔でつぶやいて、さぐるように、私を見ていた。「あいつ……何か言ってた?」 雅則君が私に何を言ったのか、知りたいようだったけど。 それには返事をせずに、雅則君から聞いた、彼が泊まってるホテルと携帯電話がかかれたメモを、和之に手渡した。「これ。雅則君の連絡先。このホテルに泊まってるって」 それだけ言うと「じゃあ」と私は和之に背を向けて、歩き出した。 急に手渡されたメモ、必要最小限しか、言葉を発しない私。 そんな私の言動が、和之の予想外だったのだろう。 慌てたように「志穂」と声をかけてくる。「なに?」 一応、足をとめて、振り向いて。 けれど呼び止めた和之自身、何と言っていいものか、言葉につまっている。「……雅則は……」 ようやく出てきたのは、そんな言葉だけ。 雅則君が何を言ったのか、よほど知りたいようだった。「……和之のこと、すごく心配してた。 一言でいいから……連絡、してあげて」 それだけ告げると、私はその場をあとにした。 もう、和之とは何の関係もないから。 これ以上の行動は。 しないほうがいいと、思っていた。
2008年09月10日
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◇◇ ◇◇ 自宅アパート最寄の駅に戻って、それからわずかな可能性にかけてみた。 時刻は、夕刻をすぎた程度で、夜と呼べる領域には来ていない。 だから、もしかしたら。 駅で待ち伏せしていれば、和之をつかまえられるのではと、考えた。 いつだったか、この駅で、和之が私を待っていたように。 私も、和之を待っていた。 こんなこと。 フツウだったら、頼まれたってしないけど。 雅則君の切羽詰った様子が、気になって仕方なかった。 おそらく。 家族の誰も知らないうちに、長兄という頼る立場の人物が、仕事をやめ、住まいを移していて。 そうした連絡をとれない事態に、言いようのない不安を感じているのだろう。 ……それに。 雅則君は「話したいことがある」とも言っていた。 こうして、勤務先にまで足をのばすところを見ると、切羽詰った内容なのだろう。 そうした事態を知りながら、知らないフリをするなんて、私にはできなかった。 そんな想いがあったから、私は和之を待ち伏せする手段をとることにした。 電車が到着するたびに。 そこから降り立つ人が、ホームから降りるたびに。 私はその都度、改札口に目をむけた。 流れるように出てくる人の波を眺めながら、その中に和之の姿はないかとさがしていた。 そうした行為も、時を経るごとに、回数を経るごとに、億劫になってくる。 人の波を眺めて、いないとため息をこぼして。 そんな行為を、何度繰り返しただろう。 そうしたことを、続けながら。 ……以前、ここで私を待っていた和之も。 同じ思いをしたのかと思うと。 ……何だか複雑な思いに、かられた。
2008年09月09日
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思ったように先に進まない「はす向かい~」。 ここまで長くするつもりもなかったのですが、番外編に分けるきっかけとなったシーンを、きちんと書きたいがために、結構細かく書いてます。 結論がわかってるってこともあるから「はやくはやく」と気がせいて、「はす向かい~」ばかり更新してました。 ……もう少しなんですけどね。 私が力を入れたかったシーンまで。(気分的には「もう少し」ですが、実際書くとなると、長くなるかなぁ……。) そこに行き着くまでの心情の変化を、描ききりたかったので、小太郎の件とか、書くに至りました。 空美の性格も。 まだつかみきれてません。(汗) 今はまだ「背中あわせ~」のころより、若いときなので、口調も違ってます。 この番外編を、うまく転がしていける自信もないんですけどね。 さて。次は「冷えた指」に関して。 相変わらず、思ったとおりに進んでくれてます。 この様子だと、終わるの早いだろうなぁ。 と、思うほどに。 今日は要望もあったので、これから「冷えた指」を更新します。(汗) シリアス一直線の作品ですが、お付き合いいただけると幸いです。
2008年09月09日
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あたりさわりのない世間話をしつつ。 ふとしたときに、小太郎がいた場所に目がいってしまって。 そのたびに、言いようのない寂しさがまた、募っていった。 タカ兄は何度か「できることがあったら、遠慮なく言ってほしい」と、言っていて。 そこまで気にしなくていいのに。と考えつつ。 ふと……思いついてしまったことが、あった。 ……どうしようかと、迷ったけれど。 タカ兄のあの言葉があったから。 あまり深く考えていなかった。 帰り際。 玄関で見送るときに「……タカ兄」と、声をかけていた。 いつもの私だったら、絶対、こんなこと、言わなかったけれど。 この時は、小太郎のいない寂しさが、胸のうちに募っていた。「ん?」 振り返るタカ兄に、私は特に気負いなく、告げていた。「今日そっちに……泊まっても、いい?」「……家に?」 思ってもみない言葉に、タカ兄が目を丸くする。「リリと……一緒に寝ても、いいかな……」
2008年09月09日
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※ 9/8 更新 その3 ※ ◇◇ ◇◇ その日は、特に何をするでもなく、ごろごろとした日をすごした。 部屋着で一日中家にいて。 引越しの準備とか、あとのこまごまとした用品の揃えとか。 せわしなく動いていた日々の中に、すとんと生じた、何もすることのない空白の日。 急に生じた隙間の時間は。 今まで気にしていなかったことにも、目が、いってしまう。 特に……小太郎の姿がない、今では。 今まで小太郎が寝ていた場所に、気がつくと目がいっていて。 そこに何もないことに、言いようのない焦燥を感じて。 同時に。 小太郎の姿が、脳裏をよぎって。 そのたびに、胸がギュッと苦しくなった。 だからできるだけ。 小太郎がいたリビングや、庭にまだ置いてある小屋の側には、行かないようにしていたけど。 ……けど。 この家の隅々に、小太郎との思い出が残っていて。 ふとした拍子に、前触れもなく、脳裏をよぎって。 寂寥は、じわじわと胸に募っていった。 その日は、ダラダラとした日をすごして。 ……何も、考えないようにしていた。 小太郎のことも、仕事のことも。 ぼんやりと時をやりすごしていた。 その日も、実家に泊まることにした。 なんだか、アパートに戻るのも面倒だったから。 夜になると、本当に律儀に、タカ兄が家を訪れた。 その律儀さに、呆れを通り越して、感嘆の息がもれてしまう。 タカ兄は、小太郎のことでどうとかこうとか話していたけれど、目的は私の様子見だろう。 本当に、今日一日、おとなしくしていたのか。 それを確認したかったのだろう。(……仕事休んで、気楽に遊べるわけ、ないじゃない) そう、内心こぼしながら。 けど、礼儀として一言、声をかけておいたほうがいいと思って、お父さんとお母さん、そしてタカ兄が話す輪に、挨拶した。
2008年09月08日
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※ 9/8 更新 その2 ※ それから小太郎を埋葬して、手を合わせて。 タカ兄とは駐車場で別れてから、家族で家に帰って。 私は何もする気になれなくて、そのまま部屋に引き込んでいた。 思い出したようにこぼれる涙をぬぐいながら、同時に、瞼の腫れが引くように、冷やしながら。 次の日。 タカ兄は「休んでいい」と言ったけど、私はそのつもりはなかった。 朝、出社の身支度をして、玄関から出て――。 家の前に車を止めていたタカ兄を見て、ぎょっとした。 タカ兄は「やっぱり……」と言ったように、落胆の息をつくと、車から降りて、硬直する私の前に歩いてくる。「休めって言ったろ?」「う、うんとは言ってない」「……意地っぱり……」「だ、だって! そんな理由でフツウ、休まないでしょ?」「旅行に行くからって、有給使うのはフツウで。 仕事に支障をきたすかもしれないから、有給を使って休むって言うのはフツウじゃない?」「それとこれとは……話が違うよ」「同じようなもんだろ? 休息をとるっていう意味では」「う……いや……そうも、いえなく、ないけど……。 けど……あ、ほら、目! 腫れ、ひいてるでしょ?」 その言葉につられて、タカ兄はつと、私の目をじっと見て。「……微妙だな」「え! うそ! お母さんに確認取ったのに!?」「昨日に比べればましだけど。 けど、普段からすれば、まだ腫れてる」 ……本当に? もう、瞼に違和感を感じないというのに。 私は疑わしげに、タカ兄を見上げたけど。 タカ兄は平然としている。 私を出社させないためのウソかと、思ったけど。 だけどそれにしては、堂々としている……。「とにかく。 今日は休め。 いいな?」「……タ……タカ兄が決めることじゃ……」「ソラ」 反論を認めない。って顔で、じっと見つめられて。 私は根負けして、小さくうなずくしかなかった。 こんなふうに言われると。 小さい頃から私は、タカ兄に逆らえなかった。 しぶしぶだけれど、了承した私を見て、タカ兄は安堵したようだった。「できることがあれば、何でもするから」 そう、言い残して。 家に戻った私に、お母さんが「あら?」と声をあげる。「会社。行ったんじゃなかったの?」「……タカ兄に追い返された」「……え?」 事情がわからないお母さんは、首をかしげていたけど。 私は説明するのも億劫で「今日は休む。部屋で寝とくね」とだけ告げて、部屋にもどった。 スーツから、部屋着に着替えて、ベッドに寝転んで。「……過保護……」 と。 タカ兄のことを、つぶやいていた。
2008年09月08日
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急にふさがれた視界に、何がどうなっているのか、すぐにはわからなかった。 タカ兄に、抱きしめられてると、少しして気付いて、驚いて。 けれど、不思議と緊張も胸の高鳴りも感じなかった。 ……あとで考えると。 それだけ……悲しみが大きく、胸を占めていたからだろう。 だから。 普段の私だったら、すぐにその腕から逃れようとしていただろうけれど。 この時は。 抵抗することなく、タカ兄に体をあずけていた。「そんなの、気にしなくいいから。 ……無理、するなよ」「……無理じゃ……ないよ……」「泣きそうな顔してか? 瞼を赤く腫らしてか? ……仕事のことは、気にしなくていいから。 明日は休め。 親父にも梶さんにも、了承してもらってるから」「そんな……家族がなくなったわけじゃないのに、休めないよ……」「有給、たまってるんだろ? それで休めばいい。 梶さんも、事情は話しているから。 知った上で、梶さんも『休んだほうがいい』と言ったんだ。 気兼ねしなくていいから」「……でも……」 うんと了承しない私に、タカ兄はため息をついて、仕方なさそうにつぶやいた。「……そんな顔で。 相手先に、顔を出せないだろ。 瞼を赤く腫らして。 余計な誤解を招きかねない」 そう、言われると、何も言い返せなかった。 瞼が腫れているのは、自分でもわかっているから。 目の上の違和感は、常に感じていた。 瞬きのたびに、瞼を重く感じていた。「……明日までには、腫れが引くようにするから……」 これまでにも、瞼を腫らしたことはある。 その腫れが引きやすくなる処方も、心得ていた。 だから、大丈夫と言い募る私に「……そうじゃなくて……」と、タカ兄はじれったそうにしていた。「泣けよ。 ……泣きたいんだろ? 我慢するな。 明日のことは気にしなくていい。 泣きたいときに無理して我慢しても……後で泣けるもんじゃない。 その方が……きついから……」 ……そんなふうに言われると。 大丈夫と……気丈に言い張ることが、できなくなっていた。「……服……汚しちゃうよ……?」 かすれる声で、そうつぶやいて、ごまかそうとしたけれど。「……いいよ」 そう、耳もとでささやかれて。「…………、っ…………!」 私は……もう、我慢できなくて。 声を、殺して。 涙を流していた。 タカ兄は私が落ち着くまで。 幼子をあやすように、時折、優しく私の背を叩きながら。 側にいて……抱きしめてくれていた。
2008年09月08日
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※ 9/7 更新その6 ※ タカ兄の姿を見ても、驚きはなかった。 タカ兄もおじさんも来ると、昨日言っていたから。 お父さんは「そこまでしてくれなくていい」といったけれど。 本人達の強い要望があって、それを無下に断ることもできなかった。 ただ、用があるから、一緒に行けない。 そう告げたおじさんに、この墓地の場所を教えていた。「……無理しなくても、よかったのに……」 息をきらせて側にきたタカ兄に、私はそうつぶやいた。 タカ兄の後ろから、人が来る様子はない。 おじさんは、時間の都合がつかなかったのかな。 そう、思っていると。 上がった息を整えながら、切れ切れにタカ兄が話してくれた。「悪い。なか、なか。切り上げ、られなくて。 それと、親父は、無理だった」「気にしなくていいのに」「そういう、わけにも、いかないだろ」 肩で大きく息をするタカ兄を、ぼんやりと眺めながら、相変わらず、律儀だなと、思った。 長年、親しんだとはいえ、相手は近所のペットなんだから。 そこまでギリ立てしなくていいのに。 ……このときは。 タカ兄を見ても、体が強張ることも、胸が高鳴ることも、なかった。 泣きすぎて、頭がぼんやりしていたからだろう。 だから。 何の気負いもなく、すらすらと言葉が声となって出ていた。 態度も。 変に緊張せずにすんだ。「空美~」 いつの間にか、足を止めていた私を、お母さんが再び呼んだ。 振り返る私と、側にいるタカ兄を見て「……あら」とつぶやくと。 事情をさっして、タカ兄に頭を下げる。 タカ兄も、お母さんに会釈を返した。「手続きがあるから、お母さんとお父さん、先に中に入ってるから」「……うん、わかった」 その返事を聞いて、お母さんは事務所の中に戻っていった。 そんなお母さんの姿を見送ってから、タカ兄はまた、私に眼をむける。 ……正確には。 私が胸に抱く、小ぶりの木箱に。「……それ――」 言いにくそうに、言葉をきるタカ兄の後をついで「……うん」と私はうなずいて。 腕の中の木箱を、見下ろした。「……小太郎。 あんなに……大きかったのに……こんなに……小さく、なっちゃった……」 私でも、お父さん一人でも。 抱えることのできなかった、あの大きな体だったのに。 ……火葬場から、帰ってきたときは。 女性の細腕でも、簡単に抱えられるほど……小さく、なっていた。「ホントにね。 名前と……同じに、なっちゃった」 ……言いながら。 予感は、感じていた。 涙が、あふれそうになる予感が。 喉奥に、鉛が詰まったような異物感を覚えて。 嗚咽が、喉元までせりあがっているのだとわかって。 箱を見下ろしていた顔を。 うつむき加減を深くして、顔を隠そうとした。「……ソラ……」 困ったような、タカ兄のか細く、かすれた声に。 唇を強く引き結んで、細く、息を吐く。 そうして、嗚咽も涙も、無理に後回しにした。 泣くのは、いつだってできる。 今は。 こうして来てくれたタカ兄に。 これ以上、心配をかけたくなかった。「……大丈夫、だから。 ちょっと、つらいけど……今日まで、だから。 明日はちゃんと、仕事に行けるから。 おじさんにも、梶さんにも、そう言って――」 ……言葉は。 そこまでしか、声にならなかった。 後頭部に、タカ兄の手が触れたかと、思うと。 そのまま、タカ兄に引き寄せられて。 私は。 タカ兄の胸に、顔をうずめていた。
2008年09月07日
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※ 9/7 更新その 5 ※ ◇◇ ◇◇ 見上げる空は、青く澄んでいて。 吸い込まれそうな感覚をおぼえながら、我知らず、その青さと、高さに見入っていた。「コタ……。キレイだね」 気がつくと、そうつぶやいていた。 私は青の澄み渡る、空のきれいな日に生まれたのだという。 それをそのまま、名につけた。 変わった名前なのは、そのためだ。 変わった名前で、少し困ったこともあったけれど。 私は自分の名前を、気に入っていた。 それは多分。 キレイな空を見るたびに、お母さんやお父さんが「ほら、空美。こんなキレイな青空の日に、空美が生まれたんだよ」と、言われ続けたからだろう。 だからキレイな空を見るたびに。 こんな日に生まれたのかと。 時々だけれど、ふと。 そう思うようになっていた。 そんな空を見上げながら。 抱えると、胸の高さまである、少しだけ縦に長い木箱を胸にだいて。「空美」 ぼんやりと空を見上げて、足を止めていた私を、お母さんが呼んだ。 私は返事をして、お母さんとお父さんの側へ行った。 私たちは今、ペット専用の墓地に来ている。 そこには火葬場も併設されていて。 5分くらい離れた場所に、墓地があった。 ……小太郎が息を引き取った翌日。 私たちはここに訪れていた。 休日だから、私もお父さんも、そろってここに来ることができた。 ……平日だったら。 埋葬に付き添うのは、諦めていたけれど。 久坂の家にも、昨日のうちに、小太郎が息を引き取ったことを話していた。 お母さんが、おばさんに話をしてくれた。 ……私は。 泣きじゃくって、話ができる状態じゃなくて。 夜にタカ兄と、おじさんとおばさんと。 訪ねてくれたけど、顔を合わせることもできなかった。 ……そうして一晩たって。 ようやく。 涙が止まるまでに、なったのだけれど。 泣きすぎて、頭が痛い。 目も、腫れている。 そうしたぼんやりとした思考で、墓地に向かい、二人に続いて歩いていたとき。「ソラ……」 と、かけられた声に、私はゆっくりと振り向いた。 そこには、息を切らせて、走ってくるタカ兄の姿があって。 私はその姿を。 ぼんやりと眺めていた。
2008年09月07日
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※ 9/7 更新その4 ※ いつの間に目を覚ましていたのか、小太郎が目を開けて、私たちを見上げていた。 尻尾も、パタ、パタ、と間隔があるけれど、ゆっくりと振っている。 どうやら私たちの声を聞いて、目をあけたようだった。 お父さんもお母さんも「小太郎」と呼びながら、覗きこんだ。 そうしてその体を撫でている。 私は頭を撫でて、喉元を撫でた。 小太郎は気持ちよさそうに、目を細めている。 それから小太郎は、か細いけれど、小さく声を上げた。 人を恋しがるときのような、くん、と寂しげな声だった。 視力も、弱くなっているから。 もしかしたら……見えていないのかもしれない。 そんな思いから、みんなで「小太郎」と呼び続け。 ここにいるから。 みんな、ここにいるよと声をかけ続けた。 それからしばらく。 小太郎はゆっくりとした瞬きをくりかえして。 やがて完全に目を閉ざした。 そうして目を閉じた後もしばらく。 私たちは小太郎に、声をかけていた。 それから。 二日後に。 ……小太郎は、息をひきとった。
2008年09月07日
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※ 9/7 更新その3 ※「え」 ――と。 お母さんと私。 唐突なお父さんの話に、二人で驚いてしまう。「そ――そんな話、来てるの?」 と、これはお母さん。 私は驚きすぎて、声さえ出てこなかった。 お父さんは、慌てて首を横に振った。「いや、ないよ。 ない……けど、な。 久坂さんの空美の気に入りようが……どうも、なぁ。 まさか空美が、社長付きの秘書になるなんて思ってなかったし。 ……それに……まさか孝一君が、こんなに早く、自分の会社に戻ってくるなんて、思わなくて。 その時期が……妙にかぶってるように思えて、ならいんだよ。 おまけに。 久坂さんも、空美が娘だったらって、冗談がましくだけれど、頻繁に言ってくるしなぁ」「それは……前からじゃない?」「そうだが……なあ。 昨日、孝一君と話して、会社に戻ったって聞いたとき、なんだかそのことがピンときてしまって」 そう言って、お父さんはチラリと私を見た。 その時には。 私も冷静さを取り戻していた。 伺うように私を見るお父さんとお母さんに、私は苦笑いを浮かべた。「心配しなくても、そんなことにはならないよ。 秘書の件は、前にも言ったけど、急な話だったから、私が引き継ぐのが一番よかっただけのこと。 定期異動があったら、私が担当するとは思えないし。 タカ兄は……何か事情があったみたいだし」 タカ兄が、社に戻ったときから、思っていたことは。 おじさんの担当になってから、さらに感じるようになった。 タカ兄が、予定をずいぶんと早めて、うちの社に就いたのは。 それなりの理由があるのだと。 頻繁におじさんの――社長室に顔を出すし、二人で連れ立って歩くことも、よく見かけるし。 目だったことがキライなタカ兄なら。 社外ですむ用事でおじさんと接触するとは、思えないから。 それは。 社内で、おじさんと話す必要のある件が、それほどあるってことだ。 ……それも。 深刻な用件で。人目を忍んで話しているのも、二人の様子から伺えた。 タカ兄が戻ってきたのは、そのためだ。 それが偶然、平沢主任のご主人の転勤と、重なってしまっただけ。「……それに。 いくらおじさんが根回ししたって、私が断れなかったとしたって。 タカ兄が、うんとうなずくワケないもの。『なに考えてんだ!』って。 怒るよ、きっと」 私の言葉に、ようやく安堵したらしく、お父さんは「そうだな」と頬を緩めた。「確かに。孝一くんなら、そう言うだろうな」「そうそう。 だから。 変な心配、しなくても大丈夫だから」「変とはなんだ。 親の心配を――」「――あ」 私はクスクスと笑って。 お父さんは、冗談交じりに、怒ったような素振りを見せて。 なにげなく、ふと視線を落とすと、かちあった眼差しに、私は声を上げた。「コタ?」 その声に、お父さんも言葉をのんで、視線を落とす。 お母さんも下を見た。
2008年09月07日
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※ 9/7 更新その2 ※ 肩をすくめるお母さんに、お父さんは苦笑をもらしていた。 それから、小太郎のこれまでのことを。 みんなでぽつぽつと話していた。 最初こそ、小太郎に好意をもてなかったお母さんだけど。 ……あ。ちなみに、小太郎って名前をつけたのも、お母さん。 お願いだから、あまり大きくならないでって願いも、あったらしい。 これも私は初耳だったんだけど。 けど、もともと犬好きのお母さんだから、子犬特有の、ぬいぐるみのような愛らしさにほだされていって。 お父さんの手前、おおっぴらにはできなかったけど、一週間もたたないうちに、小太郎のとりこになっていた。 それに。 小太郎は頭のいい子で。 トイレのしつけも、されていたから、それに苦労することもなく。 何より。 私の面倒を見てくれたのだという。 ……って……。「え? どういうこと??」 首をかしげる私に「だからね」とお母さんは説明してくれた。 お母さんが家事をする間、小太郎はしつけていないのに、幼い――ようやくハイハイができる年齢――私のそばに、つきっきりで。 その私が部屋を出ようとすると、服を軽くかんで、部屋の中に戻していたのだという。 それも。 私が服をひっぱられて、苦しくない場所を、ちゃんと選んでいた。「あのときは、ホントびっくりしたわね。 こんなに賢いのかって」 どうやら、私がハイハイして、部屋の外に出るたびに。 お母さんが私を抱えて、部屋に戻す。 そんな行動を見て、覚えたようだった。 お母さんの言葉に、お父さんが興奮して声をあげた。「だろ!? 小太郎、連れてきてよかったろ!? なにしろ、人命救助犬にもなる犬種だからな!」 と、得意げだ。「それに! 孝一君までつってくれたからな!」 私は一人っ子だから。 息子と遊ぶお父さんの夢を、タカ兄がかわってかなえてくれていた。「つったって……あなたねぇ」「あ、いや。悪い。 言葉は間違ったけど、けど、小太郎がいたから、孝一君がうちになついてくれたんだろ?」「……そうだけど。 孝一君は……小太郎だけじゃなくて、空美もいたから……」 思わぬところで、思わぬ人の話題になって。 不意をうたれて、胸の奥がしめつけられた。「……そうだなぁ。 『ソラ、ソラ』って、かわいがってたもんなぁ」 話題が、私とタカ兄にうつると、お父さんとお母さんが、昔を懐かしむように、私に目をむけた。 ……部屋が、薄暗くてよかった。 そうでなければ、強張った私の顔に、気付かれていただろうから。「目に入れても痛くなってくらいにね。 空美も、孝一君になついてたから。 ホント、実の兄妹のようだった」「久坂さんとこも、つきあってみると、案外、気さくなとこだったしな。 自分の家のこととか、会社のこととか。 鼻にかけたトコまったくなかったし。 久坂さんも空美を気に入って。 ……いや、だけど、許婚がどうこうって話になったときは、ビビッたけどな」「え。 でも、冗談でしょう? 酔った席だったし」「……そうだよなぁ……」 冗談交じりに、お父さんもお母さんも、話していたけど。 チラリと、私を見たお父さんの表情に、心配の色がのぞいていた。「……それ、いつの話?」 それが気になって、私はお父さんに尋ねていた。「二人が子供の頃だよ。 あ。冗談で流したからな。 口約束でも、そういうことはしてないから」 慌てて言い募るお父さんに「わかってるよ」と、苦笑交じりに答えた。 ……それから。 なぜか、しんみりとした雰囲気になって。 その雰囲気におされたのか「……なあ」と、お父さんが私に声をかけた。「もし……もしもの、ことだけどな。 久坂さんから、そういう話が来たら、家のことなんて気にしなくていいからな」
2008年09月07日
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それから私は、家に泊まるようにした。 小太郎は時々、何かしらの小さな動きを見せる程度で、もう、ほとんど、動くことはない。 寝てる時間も怖くて、リビングに掛け布団を持ち込んで、小太郎の側で寝ていた。 私がそうすると、お父さんもお母さんも同じく、リビングで眠ることになった。 リビングで、雑魚寝して。 カーペットの上とはいえ、固いから。 慣れない寝床に、体がバキバキにこってしまっている。 朝は、つらかったけど。 それでも。 少しでも長く、小太郎の側にいたかった。 そうしてリビングに寝るようになって、二日たった日のことだ。 喉が渇いて目が覚めた。 部屋は明かりが消えて、薄暗い。 部屋の隅に、足元を照らすライトが灯っているだけだ。 私は寝ぼけた頭のまま――それでも、みんなを起こさないようにと注意しながら――台所へ行って、水を飲んだ。 そうしてまた、そっと寝ていた場所に戻ると「……空美……?」と、お母さんが、寝ぼけた声で、声をかけてくる。「……どうしたの……?……」 ひそめた声で、けれどどこかぼんやりともしていて。 ゆっくりと上半身を起こしながら、目をこすっていた。 小太郎に異変があったのかと思ったらしく、顔はすぐ、小太郎の方へと向けられる。「喉が渇いてね。水を飲んだだけだから」「……そう……」 私の返事を聞いて、お母さんはホッとしつつ、大きなあくびをもらしている。 ――と、今度は「……んん……」と、唸るように、お父さんが顔をしかめて背伸びをした。「……どうしたんだ……? 二人して……」 私とお母さんの気配に気付いて、目が覚めたようだ。 体を横たえたまま、ぼんやりとした顔で、そう聞いてくる。「水を飲みに起きただけ」 お父さんは、そう答える私を見て、今度はお母さんに視線をうつして。 そのお母さんの視線につられて、小太郎に顔を向けた。 小太郎はこれまでとかわらず、眠っている。 ……呼吸さえも、耳をすまさないと聞き取れないほど、静かに。「……眠ってるな」 と、お父さんはつぶやくと、体を起こして小太郎の側へ行った。 つられるように、私も、お母さんもそれに続いて。 3人で、小太郎を囲んで眺めていた。「……お父さんがいきなり、この子を連れてきたときは『どうしよう』って、困ったんだけどね」 苦笑交じりに、お母さんはつぶやいた。 意外なお母さんの言葉に「え」と私は驚いた。 だって、お父さんとお母さんが望んで小太郎がきたのだと、思っていたから。「けど、二人とも大型の犬種飼いたかったって――」 そう、聞いていたけど。「大型っていっても、お母さんはラブラドールとか、ゴールデンレトリーバーとかが飼いたかったの。 まさかお父さんがセントバーナードを飼いたがってたなんて、聞いたこともなかったわよ」「いや、俺だって、考えてなかったよ。 けどなぁ。 あの、子犬のときの、コロコロとした愛らしさを見たらなぁ。 もう、いてもたってもいられなくてな」「あの時も、言ったんだけどね。 『かわいいのは、今のうちだけ。あとの食費、どうするのよ!』……って」 呆れを含んだお母さんの言葉に。お父さんは「うんうん」と腕組みしてうなずいていた。「あの時のお母さんの剣幕は、すさまじかったぞ?『今すぐ返してきなさい!』って、俺なんてもう、子ども扱いだったからなぁ。 イヤだって言い張ると『だったら、この子の食事代、あなたのお小遣いから出して!』……だもんなぁ。 こっちも売り言葉に買い言葉で、それでもいい!……なんて、言っちまってな」「ああ言えば、冷静になると思ったんだけどね。 逆効果だったわ。 火に油を注いじゃった」 ため息混じりに、お母さんはこぼしていた。 そんな二人のやりとりが、目に浮かぶようで。 私は小さく笑ってしまった。「それで? ホントに減らされたの?」「減った減った。 小太郎の成長に比例して、こっちの小遣いは右肩下がり」「有言実行したまでよ。 ここで甘やかして、多少の無理は通る。……なんて、思われちゃあ、かなわないから」
2008年09月07日
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まあ、前からわかってたことですが。 楽天って、ホント、メンテが多い……。 私的には――ってか、文章を掲載する側としては。ですが。 動作が速いし、余計なものがゴチャゴチャついてないし、書いたものを確認するプレビュー機能とか、その他もろもろ、シンプルで一番使いやすいんですけどね。 他のブログサイトさんも、使ったことありますが。 まあ、主をこちらに置いてるって理由もあるんですが。 やっぱり、この楽天に戻ってきてしまいますね。 機能がシンプルな分。 物足りないって方も、いらっしゃるでしょうけどね。 ……あと。 楽天使われてる人は。 商品掲載ばかり、ずら~りある人も見かけますね。
2008年09月07日
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私はうつむいたまま、小さく、うなずいた。 ……本心では。 どうしても、その気に、なれなかったけど。 あからさまな態度をとらないようにしようとは、思っていた。 今はとにかく、この状況を、どうにかしたくて。 物理的に、タカ兄の側から離れくてしかたなかった。 そうした想いから、うなずいて。 小さくだけれど、うなずいた私の行動を見て、タカ兄がほっと安堵の息をつくのが聞こえた。 張り詰めた雰囲気も、ふわりとほどけている。「俺が運んどくよ」 そう、機嫌のいい声で告げて、トレイを手にリビングへ先に戻っていく。「あ」とこぼれた私の声は、タカ兄に届かなくて。 遠ざかるその背を、見つめることしかできなかった。 リビングから、お父さんとお母さんとタカ兄の。 和やかな話し声が聞こえてくる。 その声を、ぼんやりと聞きながら。 ……自然と、ため息がこぼれていた。
2008年09月06日
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※ 9/5 更新その3 ※ そうタカ兄が言い張るものだから、私もそれ以上、強くは言えなかった。 だったら、どうして。 顔を、強張らせてるの。 聞きたいけれど、声にならない。 聞けば答えてくれるだろうけど、今はとにかく、タカ兄から離れたかった。 私は、また視線を落として。 けれど作業の手を進めて、人数分の飲み物を用意した。 トレイに乗せたそれをリビングに運ぼうと、トレイに手を伸ばしたけれど。 トレイ側についたタカ兄の腕に、遮られた。「ソラ……。頼むから、ここでまで避けないでくれ」 ……その、タカ兄の言葉に。 息をのんで。 呼吸が、止まりそうになる。 気付かれないように、注意していたのに。 当の本人にはわかっていたことに、眩暈を覚えて。 私は、頭の中が真っ白になっていた。 何も考えられなくて、うつむいている私に。 タカ兄は話を続ける。「……わかってる。 ソラが……親父と……俺と……。 仕事のことで、距離を置こうとしてるのは。 どうしてかも、わかっている。 ……けど、仕事から離れた場所でまで……ここでまで……。 頼むから、避けるなよ」 ――『仕事のことで』―― そのタカ兄の言葉に。 真意を知られていない安堵を感じ。 同時に。 勘違いに、寂しさを感じ。 そして、真意を知られていないにしても、うまく立ち回れなかった自分に反省した。 気付かれていないと、思っていた。 そう、思い込んでいた。 実際は、タカ兄には……根幹は違うところにあっても、気付かれていた。 なら、おじさんも気付いてるんじゃないかと、頭の片隅にチラリと思ったけれど。 今はそれより、タカ兄のことだ。
2008年09月05日
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「ど……どうしたの?」 尋ねる声が、うわずってしまう。「ん……」と、タカ兄は小さくつぶやいて、それからじっと私を見ていた。 見ると、言うようり。 さぐるように、見据えていた。 その眼差しにとらわれて。 体は強張りを増し、鼓動は次第に大きくなっていく。「……持ってくよ、自分の分は」「い、いいよ。 持って行くから、向こうで待ってて」 そう告げて、背を向けて飲み物を準備していたけど。 タカ兄がそこから離れる様子が、ない。 幼い頃から、互いの家を行き来しているから、台所のどこに何がおいているかも、知っている。 タカ兄が無言で足を踏み出したかと思うと、すっとその腕を上げた。 びくりと反応してしまう私に、タカ兄は戸棚からトレイをとりだした。「運ぶから」 そこに準備するようにと言うのだ。「だから大丈夫だって――」「ソラ」 聞き分けのない子供を諭すように、私を呼んで。 私は、何も言えなくなる。 飲み物を準備していた手も止まって。 タカ兄の眼差しが、痛くて。 ……責めるその目を見ているのが、つらくて。 うつむいていた。「……ごめんなさい……」 沈黙に耐えかねて、そう告げた私に、今度はタカ兄が怪訝な声を出した。「何で謝る?」「小太郎のこと……何も言わなくて……」「そんなこと……。 気にしなくていいよ」「けど……」「言わないよ、普通は。 ……家族でもないんだから」「……そう、だけど……。 タカ兄が小太郎を気に入ってるって……知ってたのに……。 私だったら……もっと早くに……教えてほしかったって……思うし……」「それは……少しは思ったけど。 けどそれより、小太郎はソラやおばさんやおじさんと過ごしたほうがいいって、思ってるから。 ……わかってるから。 そんなことで謝らなくていい。 謝ることじゃない」「でも……怒ってるじゃない、タカ兄」「怒ってる? 俺が?」「怒ってる。 さっきも、顔――」「怒ってないよ」「うそ」「うそついてどうするんだよ。 本人が怒ってないって言ってんのに」
2008年09月05日
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もともと、松井家と久坂家のつきあいが始まったのは、小太郎がきっかけだった。 小太郎と遊びたくて、幼いころのタカ兄が庭に忍び込んで。 それから、今の久坂と松井の関係が続いている。 タカ兄は、小太郎をいたく気に入っていた。 それは昔も今もかわらなくて。 うちの家族みんな、知っていたことなのに。 私たちは、小太郎の様子ばかりに気をかけていて、周囲のことまで気がまわらなかった。 ……小太郎の状況を知れば。 タカ兄が会いたがると。 少し考えれば、わかることなのに。 玄関口でお母さんから小太郎の容態を聞いたタカ兄は、悲哀の表情を浮かべた。 そして、会わせてほしいと願い出た。 タカ兄の小太郎好きは、お母さんも知っているから、二つ返事で了承し、リビングへと招いた。 お母さんに続いて家にあがったタカ兄は、リビングのドア側で私とすれ違うとき、ちらりと目を向けた。 悲哀のにじむ顔は、少々頬も強張っている。 ふと見上げた私と目が合うと、ほんの少しだけれど、眉を寄せていた。 それが「なぜ教えてくれなかったのか」と、非難されているようで、胸がツキンと痛みを覚える。 逃げるようにうつむくと、タカ兄はリビングに足を踏み入れて「孝一君」と驚きの声を上げたお父さんに「夜分遅くにすみません。お邪魔します」とあいさつをしていた。「いったい、どうしてまた?」 事情が飲み込めないお父さんは、目をぱちくりさせている。 そんなお父さんに、お母さんが事情を説明した。「小太郎を心配して、たずねてくれたのよ」 そのお母さんの言葉に、お父さんは「そうなのか?」と言いたげな眼差しを向けた。 お父さんの眼差しに、タカ兄はうなずいた。 この前、私の引越しを手伝いに来たときに、久しぶりに小太郎を見て。 その、高齢からくる体の弱り具合に、ひどく驚いたという。 それから、小太郎のことは気にかかっていた。 そうしたときに、引っ越したはずの私の部屋に、夜、明かりが灯るようになって。 それが続いて「もしや」と思って、今日、訪問したのだという。「孝一君も……小太郎がお気に入りだったからなぁ」 お父さんが、小太郎の側に膝をついて、その体を優しげに撫でるタカ兄を見て、しみじみとつぶやいた。 声には……寂寞とした想いがにじんでいる。 タカ兄は「小太郎」と声をかけながら、体を撫でているけれど、小太郎の反応はなかった。「飲み物……もってくるね」 タカ兄から逃げるように、ダイニングに行って、コーヒーの準備をした。 タカ兄はインスタントでもかまわない人だから、これまでと同じようにそろえていると、背後で足音が聞こえた。「お母さん?」 そう、思い込んで振り返ると。 ……タカ兄が、すぐ側に立っていて。 私は。 息をのんで、目を見開いてた。
2008年09月05日
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