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メルボルン事務所、最若手若干21歳のN君の誕生日を祝う元相撲取り。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月31日
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「ハイ、タコ。」一体この人は誰だろう、と思う人に実名を呼ばれることがある。酒でも入っていたら更に記憶も遠のく。タイ人のように超長い名前ではなく、二文字の覚え易いこともあるのだろうか。「覚えてないだろう、俺のこと?」なんていわれた日にゃ血が頭に上ってしまう。こちらの方々は人の名前を覚える達人ばかりかと思えることがある。日本人のように漢字などを介して視覚を使って覚えるなんていう芸当も出来ないはず。どうやらこちらの人は視覚ではなく聴覚、即ち音で覚えることに長けているようなのだ。タコ社長、最近は視覚はもとより聴覚も怪しくなってきており、もう、連れ合いも含めて全員「名札」とかお願いしたいなどと血迷ってきている。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月29日
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暑いときは、韓国料理が似合う。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月28日
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ブリスベンのスタッフの囲まれて。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月26日
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「今日は、日本人の学生を呼んでいるの。朝10時に。」今日は「オーストラリアデー」でお休みの日。日本でいうなら「紀元節」だろうか。オランダ系の連れ合いが、私が長旅の疲れを癒そうとしている日に学生を呼んでいた。ブランチに呼んでいたのだが、結局皆が帰ったのは5時だった。「明日の夜は新年会よ。」連れ合いは、私が戻ってくる前に親切にもいろいろと予定を組んでいてくれている。「自分から行かないと、友達はできないのよ。」連れ合いの口癖で、もっともだと思う。人と会うのが大好きな私だから、何の文句もある筈もない。家庭あっての仕事、更には国際平和貢献になるのだから、人生の基本を間違ってはいけないとは常々思っていること。そういえば、昨年からずっとクイーンズランドだったので、今年初めて我が家の老猫ルーシー130歳にも会うことができた。いつもは、私を見ると逃げるのだがしばらく離れていて誰だか忘れてしまったのかなついてくる。というわけで、連れ合い、ルーシーとの刺激的な日常が戻ってきた。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月26日
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「あれ、この車さっき追い越した車だ。」台車に乗用車を積んでもたもたと走る車があって、二度追い越した。ガソリンを入れたり、ちょっと休憩している間に、「ウサギとカメ」の話ではないが先に行かれてしまう。とろとろと走る車を追い越すときは、140キロくらい出して思い切って追い越すことにしている。ゆっくりと追い越すと、反対車線からの車に衝突してしまう。田舎の道はどちらも一車線しかなく路肩が危ないところもあり、結構気を遣う。因みに、この車は結局、もう一度抜くことになってしまった。まだ、夜明け前に宿を出て満天の星と月を仰ぎながら、制限速度110キロを10キロオーバーくらいで爽快に突っ走る。1時間くらい対向車も来ない。スタッフに焼いてもらったCDの中に入っていた、中島みゆきの「ヘッドライトテールライト」がかかっている。行く先を 照らすのはまだ咲かぬ 見果てぬ夢遥か後ろを 照らすのは あどけない夢ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない自慢じゃないが、三年に二回くらいは感傷的になることがある。現実は、伝書バトのようにまっしぐらにメルボルンに向かってはいるのだが、このまま大地の草原に飲み込まれてしまいそうな錯覚に襲われてしまった。今年もあらたな気持ちで、「まだ咲かぬ 見果てぬ夢」を求めてやっていこうと思った。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月25日
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「二時間運転したら必ず5分休憩してね。」オランダ系の連れ合いが言ってきた。いよいよ、長期出張も今日で終わる。明日は4時に起きて車でメルボルンに戻る。メルボルン、記録的な猛暑という。山火事も多発しているようだ。クソ暑いブリスベンから、やっとド寒いメルボルンに戻れると思ったら、湿度はともかくとして気温が40度を超えているという。自宅でのネットアクセスの勢いが戻ってくるのは、連れ合いの感情とは別に嬉しい気もするが、なんだか日本のみなさんには申し訳ないが、雪に顔でも突っ込みたい心境だ。来る時とは違って、今度は一人で二日の運転。横に誰かいるだけでも緊張感がぜんぜん違うので、見知らぬ金髪ヒッチハイカーでもひろってみようか、などとは夢にも思ってはいないが、ブリスベンのスタッフが5枚も焼いてくれたCDでユーミンでも口ずさみながら安全運転で臨みたい。25日の夕方に到着予定で、もし日記のアップがないときは、どこかで休憩の度が越しているとでもお考えいただきたい。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月23日
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最近、得意のしつこさに勢いがなくなってきている。「カツ丼を極める年」に早くも暗雲が大きくたれこめている。感激を与えるカツ丼はどこに?↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月21日
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「あっ、済みません。日本人の方でしたか。」ゴールドコーストで営業に回っていて、カフェでタコ社長の態度が豹変した。拙い英語で営業するときは、少々身構えて強気に出る。少しくらい不躾でも毅然としていないと舐められる。カフェのマスター、てっきり掃いて捨てるほどいるコリアンかと思い、いつもの調子で英語で話しかけた。因みに、この国への韓国人学生、ワーホリの進出は凄まじいものがある。赤坂・六本木のナイトライフでは韓国人で通しても問題なかった私だから、個人的に違和感などがあるわけではないが、その数は半端じゃなくいつも圧倒されている。くだんのマスター、「日本人ですか?」と誰が聞いてもすぐ分かる日本人英語で苦労していた私に、日本語で聞いてきた。するとどうだ、私は途端に腰を曲げてお辞儀、笑顔、敬語を使い出す。そしてマスターも、それまで何かの売り込みか、みたいな感じで強張った顔で対応しいたが、笑顔が出てきた。こう見えても元日本語教師のタコ社長、この凄まじい日本語パワーに圧倒されることがよくある。カフェーを出て、一人で自分の変わりようが可笑しくなってしまった。オランダ系の連れ合いと、我が家の老猫ルーシー130歳を前に毎晩日本語特訓も必要かなと思わないでもない。そうすれば、国際衝突も少なくなり平和な毎日が期待できるかもしれない。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月21日
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2006年01月20日
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ブログアクセスままならない日々が続いている。そんな日は、食べないと分からない包み焼き。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月18日
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「黒豆茶飲んでるのよ。」昨年、里帰りしたときに母が言った。黒豆を炒ってすり潰してお茶と混ぜて飲んでいるという。体にいいということは何でもやってみようとする母だが、私もその血を引いている。脂肪分を流し出す効果があり、健康にもよく、そして痩せるというのだ。こんなにいいものが探せばあるのだ。ということで、オランダ系の連れ合いと毎日飲んでいる。すり潰すのが一苦労だったが、母が送ってくれた布袋に炒った黒豆を入れて外で金槌で叩いている。この方法により以前より簡単にできるようになった。今回、持参した黒豆がなくなってきたので、今日こちらのアジアンフードで見つけたのがこの写真のものだった。中を開けると、日本語の説明が書いてあった。全文をここに書くには一日かかりそうなので一部にする。なんせ、ゴマ粒くらい小さな字で読めないこともある。「仕事に忙しい者、年中精進する者には栄養バランス良くの食生活を提供できる。当社は、西ドイツ自動化機械を採用し、品質及び技術における管理のため、食品工程専家Mr Bertを招いていた。豆の滋養組織がちっとも流失しない。老幼及び菜食者に最適な食品である。200ccのめるま湯でかき混ぜれば飲用できる。」タコ社長、こう見えても何にかは分からないが、年中精進はしている。更にこの、中国製の黒豆茶を飲めば、豆の滋養組織がちっとも流失しないらしい。暑いゴールドコースト、黒豆茶でしっかり乗り切りたい。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月15日
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今日のカツ丼は、量は満点だったが、汁がなく最後はパサパサの御飯をどう流し込むか手こずった。味はまあまあだった。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月14日
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このソースにパンなんかつけて食べるのもいいかもしれない。スパゲッティーって御飯と一緒で、いろんなものと合う。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月14日
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ただいま長期出張中で、ネットへのアクセスがままならない。今のところ25日にメルボルンに到着予定(車だから、到着するまでは何が起こるかわからないが。)。なかなか、みなさんのブログにもお邪魔できない日々が続いている。仕事の関係で、10日にオランダ系の連れ合いが飛行機でメルボルンに帰った。今は、洗濯機付きのホリデーアパートメントから、スーツこそ着ないが毎日通勤している。そんなのは私だけで、他の人はビーチ三昧の日々であることだろう。汗で重くなった下着など、毎日この洗濯機を使って荒いまくっている。洗濯機くらい使わないと気がすまない。こんな所で仕事が発生したのだから、誰にも文句を言う筋合いのものではないが、極楽に紛れ込んだ閻魔大王の第4子分くらいの感じがしないでもない。せっかく、蚊取り線香と、タバコを吸わないのにライターを買ったのに使えないでいる。因みに、このライターは事務所で唯一の喫煙者ナニワのベテラン幹部社員に置いていくことになっている。値段は、100円ライターのくせに2ドル20セントもする。実は、こちらでステーキ焼いて火災報知機が鳴ってしまって、消防車3台分として2400ドルを徴収された方がいて神経質になっていて、煙が出るものは止めた方がいいかなと思ったのだ。蚊くらいで2400ドルも取られた日には、連れ合いはもとより、会社のスタッフに合わせる顔がない。というわけで、蚊にはやりたい放題させている。100キロ離れたブリスベン事務所で一番の問題は、クーラーの温度調節がきかないことだ。大好きなクーラーなのに、過ぎたるはなんとやらで、本当に手なんか冷たくなって鍋でも突っつきたくなる感じだ。事ほど左様に、世の中はバランスが大事なのだが、今は仕事も含め極端から極端にはしる刺激の強い毎日になっている。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月14日
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何が悲しいかって、蚊帳のなかに蚊が入っていた時ほど悲しいことはなかった。「ちゃんと、入る時にウチワでパタパタして、スッと入らないとダメって言ったでしょう。」母は、四畳半に蚊帳を吊って兄と寝ている私に言った。お釈迦様は、生き物を殺してはいけない、と言われたとのことだが、蚊が私の腕かなんかにとまって血を吸っているのを見て、「もっと、お飲み。」とかは言えない性分の私だ。まして、マラリアの本拠地パプアニューギニアに行った時は、予防接種も忘れていたこともあり、100メートル先に飛んでいる蚊にでも殺意を感じてしまった。今、投宿しているゴールドコーストの宿には、やはりクーラーがなく、更には親切にも網戸もなく、窓を開けて手に当たる天井の扇風機をかけて真っ裸で寝ている。今は、一人だから誰もかまってくれず、蚊だけが頼みのしないのにかまってくれているのが実情だ。昔から、血糖値でも高く血が甘いのだろうか、26人くらいで寝ている部屋でも、一番先に、そして何回も蚊に刺される特技に恵まれている。ということで、ゴールドコーストの夏も、キンチョウが燃えている。蚊を見ると、子供の頃の蚊帳と蚊取り線香を思い出す。そして、あの母の叱責の声。今日、母は80歳の誕生日を迎える。今日は一日、心からの祝いの気持ちで過ごしていたい。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月12日
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クイーンズランド、こと手のファンのある家や宿が多い。背丈自慢のタコ社長、デカイ顔が持っていかれそうな恐怖感がある。そして、とうとう重症を負ってしまった。びっしょり汗かいて体にまとわりついたシャツを脱ごうとして、右手の右側をやってしまった。握手の国で握手ができない。抱擁や、ましてや空手チョップなどは言語道断。出張中、寝ぼけて一人でベッドに立ち上がったりしないように気をつけないとならない。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月10日
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置物が続いているが、モンローなんかもあって居並んでいる。こちらの週末のマーケットは、掘り出したくなるアキバの勢いがある。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月09日
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キリンやタヌキの置物なんかに聞いてみなくても「動物の器官は、その使用頻度により発達する」というラマルクの法則がある。してみると、私の先祖は顔を使い過ぎたのかとも思えるが、まだまだ望みを残せる器官も多々ありそうでもある。人生もあと50年近く残っているし。今年は、6年前に止めてしまったゴルフを再開したいと思っている。ゴルフは普段使わない筋肉を使う運動という。普段使わないキンニクは、やはり時々は使ったほうがいいようだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月08日
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これじゃ、どうしても満足できない。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月07日
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こういう時、菜食主義者のタコ社長は大いに困る。それにしても、こういう盛り付けは日本では見られないだろうと思うがどうだろうか。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月06日
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「タミーさんです。」マネージャーが、私達の席に紹介してくれた。今はなき六本木クラブマキシムの新人アメリカ人のタミーは、顔の造作が全て派手で化粧も目一杯。もう少し言わせてもらえるなら体全体も、もうどこもかしこも隠せないくらい立派な金髪娘。「タミーちゃんはね、アメリカに彼氏がいるんだから口説いちゃだめよタコさん。」私のテーブル担当のみはるさんに釘を刺された。手あたり次第に口説くことを至上命令のように信奉していたころの駆け出しサラリーマンタコだった。因みに、みはるさんとは週末に赤坂で偶然すれ違って、すっぴんでまったく本人だと気づかない失態を演じてしまった経験がある。それ以来、何が怖いってすっぴん程怖いものはないと自覚するようになってはいる。「そうよ、独身で金髪好きって、まったく本当に隅に置けないんだから。」いつも豪華なドレスのみどりさんも言う。因みに、みどりさん、どうしていつもふわっと広がったドレスに身を包んでいるのかと思っていたが、踊ったときにそのあまりな華奢な体型にマッチ棒と踊っているのかと思えてビックリしたことがあった。それ以来、ふわっとした服を身に着けている人とは思わずダンスをしてしまいたく衝動に駆られる。座るだけで2万円は請求されるクラブだから、座るだけじゃもったいない、なんて思ったわけではないが、若気の大至りとでもいうのだろうか、下界では全くもてないのに、この六本木の赤い絨毯で下りる洞窟のようなマキシムでは私は大いにはしゃいでしまっていた。それでも、嫌がるタミーを連れて映画にも行ったし、鎌倉へも行った。どちらも女友達を連れてくる彼女がいじらしかった。「ウイスキービジネスっていう映画にしない?」映画に誘ったときにタミーが言った。渋谷の映画館で見ることになったのだが、聞いたこともない映画で、アルカポネの禁酒法の頃の映画かな、なんて行ってみたら、あのニコール・キドマンの元ダンナのトム・クルーズの初映画Risky Business.のことだった。行く前に変な質問しなくてよかった。私の英語力なんてそんなものだった。今もあまり変わっていないが。「あらいやだ、知らなかったの?タミーちゃん、先週であがってもうアメリカに帰ったわよ。お金沢山貯めて。ウブねタコさん、残念でした。」みはるさんが、パーラメントに火を点けて私に寄こしながら言った。水商売のつれなさなんてそんなものなのだろう。「ミルナさんです。」マネージャーが小柄だけど目鼻立ちのしっかりしたアジア系の女性を紹介してくれた。見たら怒られそうな名前の彼女からは、とんでもない被害を受けるハメになってしまったのだが、、、。常軌を逸した「サカリ」は、悪以外の何者でもないということを夜の赤坂・六本木学校は教えてくれた。あの頃があったので、今このままあの世に行ったとしても、極楽の蓮の池に居並ぶ人たちの衣の洗濯をするくらいの職にはありつけそうな気がしないでもない。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月06日
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問題は、老人力ではなく集中力。どうも横見が多いタコ社長。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月05日
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「今、付き合っているのは4回の離婚歴のある男性なんですって。どう思う?」ちょっと返答に困ってしまった。離婚というのがクセになる人がいるのだろうか。だけど、離婚を何回もしたからといってその人が悪い人とはいえないだろう。確かに、いい人、という確率は低くなることもあるだろうが。確かに、私の周りで4回も離婚した人は知らない。アメリカの俳優で8回とかの人を聞いたことがあるが、それは別の世界のことだと思っている。上には常に上がいる。人生願えば叶う、というけどこんなことが願ってそのまま叶ったらオシドリにも頭が上がらなくなってしまう。こちらの人と結婚されているS子さんが、お友達のA子さん65歳のことでの相談だった。昔からこうして人生相談を受けることの方が多いタコ社長で、聞くだけ人生相談と称している。きいてみたら、相手の男性は最近住んでいた妹さんの家を出されて住むところのない75歳のオーストラリアの男性なのだという。私の両親と余り変わらない年齢の方だ。これなら、4回は理解できるなどとはまったく思わないが、結構の年の方だ。離婚歴といい、年齢といい、ちょっと前なら相談を受けることさえない領域だったが、どうやらそういうことに相応しい年齢に私がなってきているのだろうか、と中高年力に弾みがつくような相談ではあった。もっとも人生100年なんて時代が視界に入ってきている昨今、これからこういう相談を受けることが増えてくるのかもしれない。新年早々に相応しい話となったが、今回の相談も一応聞くだけに止めておいた。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月05日
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人が金持ちなのを思わず自慢したくなるのがゴールドコーストだ。2億から10億くらいの家がゴロゴロしている。この家も売りに出ているので、せめて写真だけでもと思って撮ってきた。オランダ系の連れ合いは、私がいつ億万長者になるのかと訊いてくる。人生って、こうやって終わっていくのだろうなと思ってしまう。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月03日
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短足タコ社長、どっからみても自慢の5頭身!オーストラリアに来たころは、どちらかというとMの方だった。Sにはどうしても馴染めず、ちょっと私にはきつかった。日本では勿論、元相撲取りとしてLないしLLだったが、こちらでは、サイズの方も十分膨張している。でも、だからといってシャツなどでは問題があるわけではない。しかし、困るのはズボンなのだ。日本では、常連ののダイエー所沢店やイトーヨーカドー東村山店などでも、ズボンを買うとスソ直しをしてくれる。しかし、こちらでは、だいたい初めからもう縫い上げているのがほとんどだ。高級品店に行くと違うのだろうが、そういう所のは出入りできない環境にある。それでも、気の利いた所では、Short , Long などに分かれてきている。腹回りは、もうすぐ嬉しい100センチでこちらは絶対に困らない。先日、ズボンを買うときにShort の97センチを試着した。ところがどうだ、昔だったらそのまま江戸城に出向ける正装姿そのもので、遠慮なく引きずってしまいそうなのだ。「あんたは足が短い!」と4回くらい立て続けに言われたような気分になってしまって脱ぐのも一苦労。「大丈夫よ。エミー叔母さんにスソ直ししてもらえるから。」オランダ系の連れ合いは、お針子出身のようなエミー叔母さんに只でやってもらうと言うので、私も納得して買うことにした。首周りとか、腹回りとかにはどんどん元気がついてくるのに、長くなって欲しい足の長さなどは、引っ張ったりしてもどうにもならないものだ。これからもエミー叔母さんと仲良くやっていきたいと願っている。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月02日
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今年は、肉を喰うベジタリアンから、もっぱら魚を喰うベジタリアンになることを誓います!↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月02日
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東京は練馬の警察官住宅に住んでいた。母は、私が生まれた頃、父の給料日には待っていて、そのお金で味噌とか醤油を買っていたという。家の近くに「ニチバン」という膏薬の会社があって、母はその内職をずっとしていた。細長いセロファンに貼ってある6枚の膏薬を折りたたんで袋に入れる単純作業だった。三つ違いの兄は手先が器用で、片手で素早くたたんむ。六畳の部屋で丸いお膳に、母と私と兄が座り、ただ黙々と作業をしていた。集中しないといけないので白黒TVなど見ながらはできない。父は当事、三日に一度は泊まりで帰ってこなかった。そんな日は、三人でいつまでも内職ができる。「じゃ、御飯にしよう。」と母がいってお膳の上の膏薬を片付ける。そこら中に膏薬のにおいが染み付いている。作業に使っていたお膳が、そのまま食卓に早変わり。噴かしたばかりで湯気の出ている御飯に、黄色く盛り上がった目玉焼きを一つ乗せて、削りたての鰹節をパーッとまぶす。鰹節が御飯の熱さに悶えるように踊る。その上に醤油と味の素をかけてできあがりだ。目玉焼き、醤油、そして膏薬のにおいが混ざって食卓を覆う。そして晩御飯は、あっという間に終わる。それから、またお膳は内職の作業台に戻る。「ニチバン」の内職は、10年くらい続いた。そして、次はラジオの部品の内職にかわった。私達は受験などを控えていたので、今度の内職はあまり手伝うことがなく母は一人でコツコツと作業を続けていた。こうして母はいつも一日中動き働いていた。私が日本に帰国すると、今度は母は一日中台所に立っている。朝御飯を食べ終わると、すぐ昼と晩の仕度、昼御飯が終わると昼寝をして、起きて晩御飯の準備だ。買い物は82歳になる父が自転車でする。いつまでも二人で元気にいて欲しいと願わずにはいられない。「今年の冬は寒いんでね、いまお父さんと私に毛糸で帽子作ってるの。」投宿しているゴールドコーストの友人宅から、電話で元旦の挨拶をしたら母はそう嬉しそうに言った。背中を丸めて編み物をしている母の姿が浮かんだ。どこから見ても私と瓜二つと言われるこの母は、今月80歳になる。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月02日
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謹賀新年明けましておめでとうございます。新しい年を迎えました。今年も宜しくお願い致します。1956年 メルボルンオリンピックの年 強くて大きいモノを虐めることに燃える 1966年 タコ社長中学2年生 陸上部で砲丸投げに燃える1976年 サラリーマン1年生 社内恋愛に燃える1986年 オーストラリアで生活 永住権取得に燃える 1996年 タコ社長になる 会社経営に燃える2006年 ?10年ごとの歴史を振り返ってみると、どうも今年は黙っていても燃える年になりそうで期待が大きい。こうして10年毎を思い返してみると、燃え尽きたり、ヤケドを負ったこともなきいしもあらずだったが、今年がこれからの10年を牽引してくれる年になるよう願っている。一番大事にしなくてはならないことを一番にする自分が幸せでない限り、人を幸せにできない今年も美味しいものを食べ、楽しくやってまいります。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年01月01日
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