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とんでもなく忙しい日々が続いている。北海道から短大のW教授が訪問中で、昔取ったなんとやらでアテンドが続いている。明日は、ブリスベンへお供することになっている。昨夜は、メルボルン、掃いて捨てるほどいるギリシャ人の経営するギリシャ料理の宴となった。前菜は薄いパンにディップをつけて食べる。これで結構腹が張ってくるが、これはあくまで前菜。次にヤギのチーズを小さなフライパンで揚げた、私の一押しの料理。これは本当にいける。それから、魚、海老などの、これまた揚げた海鮮料理。もうこれで終わりにしたいと皆が思っていると、最後のメインの肉料理とくる気の使いよう。ラム肉、鳥の串焼き、そして赤ワインに漬けた焼いたハンバーグ。もうここらへんにくると、ワインの力なしには食べられない。それでも、昔は大食いのタコ社長、他の人が残しているのを尻目に、なんとか完食。そして、最後は泥のようなグリークコーヒーでお開き。タコ社長、えせベジタリアン、大いに返上の夜となったが、夜中胸焼け三昧で寝付けず四時に起きてしまった。アテンドがこんな調子では先が思いやられる。本番の昼の仕事中、居眠りでも出てきてしまいそうな勢いだ。来年は55歳になる私で、昔ならリタイヤの年。体はウソをつかないお年頃になってきている。さて、ブリスベンは得意の韓国料理でさっぱりといってみたいものだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月27日
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「わたし、この人だって思っている人がいるの。この人と出会うために生まれてきたって思える人が。」他人がこういうなら、なんでもない。だが、ずっとデートしていて、発情の芽がムキ出てきそうにもなっているその対象の相手にこんなこと言われたらどうだろう。タコサラリーマン一年生の頃の話だ。彼女は猛烈にある人に片思いしていた。その人には婚約者がいてこの片思いは絶対に叶わないことは彼女も分っていたのに、気持ちは私にはなかった。「なんで、あなたと付き合っているんだろう。」最初の2ヶ月、彼女はそう言い続けていた。こっちが知りたいよ、と切なくなった。しかし、よくよく思い出してみると、幼稚園の頃から案外こういうパターンが多かったように思う。会社の同期入社だったAは、大学が現役だったから私より一つ下のへび年。小柄だが、愛くるしい大きな目が可愛かった。タコサラリーマン、もって生まれたしつこさと、ややマゾッけのお陰でこの難局を進んで行けたのだろうが、2ヶ月間もほとんど毎日のように会って、ビーフシチューとカニピラフとかをセットで食べていて、これはないだろうと思わないでもなかった。因みに、荻窪駅の南口を出て左折50メートルくらのところにあった5階建てのビルの2階の、名前を忘れてしまったが大きな喫茶店のビーフシチューは絶品だった。普通は、それと御飯とかの注文なのだろうが、実らぬ恋を食欲でカバーとかで、一品でも十分なカニピラフと共に注文していた。Aは私の食欲にビックリしていたようだが、その時点では食欲くらいしか欲は出せなかったのが事実だった。しかし、「待てば海路の日和あり」、「果報は寝て待て」(?)、ある時Aは、その片思いの男性への気持ちが吹っ切れたのだろう、突然私の方を向いてくれるようになった。1977年のお盆休み、静岡に帰郷するAを東京駅で見送った。「こだま」の発車のベルが鳴った。「じゃ、気をつけて。こんどご両親に挨拶に行くよ。」Aは真っ白いやや大きめの歯を出してニコッとした。私は、新幹線がカーブして見えなくなるまで見送った。二人の将来が見えてきたように思えた。最後にお盆休みを日本で過ごしてから20年以上になる。お盆休みには独特なものがある。なすやきゅうりに割り箸で足を作ってハスの葉の上に載せて仏様に供えたお盆休み。毎日会いたくて会いたくて、あんなに恋焦がれた人であっても、これだけ時間が経ってしまえば、なすとかきゅうりとかとあまり変わらないレベルになってしまうのだから、時間とは本当にありがたいものだと思う。もっと長生きすると、もっといろいろ忘れられそうで老後が楽しみだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月26日
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六畳と四畳半だった。私が生後半年から14年間住んだ家は二間の長屋だった。子供が行っても「としまえん」、から歩いて10分くらいの所にあった警察官住宅は、戦前にできて戦火を免れた黒ずんだ板塀の家だった。二軒が共同の井戸を挟んで風呂場謙洗面所で繋がっている。ここから入ると、いきなり漬物のニオイがしてくるような隣の台所に通じてしまって、味噌とか醤油を難なく借りられる優しい環境が整っていた。隣のKさんは子沢山で、ここに8人で生活していた。オバサンとオジサンはともかくとして、何人かは重なって寝ていたのじゃないだろうかとさえ思えた。昭和30年代半ばの頃のことだから、どの家もまだ本当に貧しかった。中学2年になって、身長が180センチを超えたときに東村山引っ越した。柱のキズはおととしの、なんて悠長なことは言っていられほど背丈が止まらない。少しでも大きな家に移って欲しかった。犬は人に付き、猫は家に付く。我が家の老猫ルーシー130歳は嫌がるだろうが、私がもし猫だったら付きたい家は、この大根畑から抜け出たような練馬の家なのだろう。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月25日
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夜のメルボルン、ヤラ川からカジノを臨む。カジノは火事なの?ってな具合に燃えていた。行ってみようかしら?凝ると一途なタコ社長、気持ちだけ燃えて無事帰宅。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月24日
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ろうそくの火が揺れる窓ガラスに、激しい雨が吹き付けてくる。「ごめんなさいね、私だけここに泊まって。」金髪の長い髪を撫でるようにしてアメリカ人のリサが言った。ニュージーランドの1月は、真夏の筈なのに雨が冷たい。南島のクライストチャーチから内陸に150キロほど入った高原Arthur's Passでの「ある夜の出来事」だった。リサとは、その2日前の1986年1月2日にクイーンズタウンを出たバスの中で知り合った。彼女は、黄ばんだ布袋から生のニンジンを出してボリボリ音を立てながら食べていた。手にした本はフロイトの書だった。生のニンジンもフロイトも不得意だったが、彼女の屈託ない笑顔と風になびく金髪に、いつものように抗し難いものを感じてしまって拙い会話が始まった。リサはロサンゼルスで消防士をしている27歳の女性だった。力はありそうだった。「仕方ないさ、ユースが空いてないんだから。」どういう訳か、ユースは一人分の空きがなく、彼女だけ別のロッジに泊まることになった。二人とも空きがなかったら、などという下心に馴染むには二人が知り合ってから短過ぎた。このロッジのレストランは、客は本当に私たちだけだった。薄暗い店内にろうそくの灯り。外は嵐なのに2人は別世界に漂う。こんな設定は、人生に4回くらいしかないじゃないかと思えるようなものだった。因みに私は、33歳の独身のときのことで、意を決めてオーストラリアのメルボルンから、夏の間ニュージーランドにバックパック一つで旅行に来ていたときのことだった。小さなノートに家計簿をつけていた節約青年だったが、この晩はちょっと無理をしてステーキをご馳走した。しかし、硬くて飲み込むのに苦労したが。時間をかけて食べ終わっても、雨はまだ痛いような音を立てて窓ガラスに当たって来る。「もう、行かないと。宿の女将がさっきトイレに行こうとしたら、君の部屋に黙って忍び込むのだと勘違いして、『ノー』と言ったよ。気分が悪い。」「ごめんなさいね。」リサはちょっとトーンを下げてまた謝った。激しい雨の中、一つの小さな傘でリサは私を5分くらい離れたユースまで送ってくれた。触れる手に雨が当たる。リサの金髪が闇夜に白く浮かんだ。ステーキ代も高かったし、この現実離れした不思議な夜が、なかなか終わらないようにと心から祈りたい気持ちでゆっくりとゆっくりと歩いて行った。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月23日
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田舎のワイナリー、これくらいの大きさが馴染む。オランダ系の連れ合いも熱心だ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月22日
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ちょっと前に、メルボルンの朝日新聞「The Age」紙にこんな統計が出ていた。「現金が入ったカバンを見つけたら、あなたならどうしますか。」という問いに対するオーストラリア人の回答。1.そのままもらってしまう。 57%2.警察に届ける 17%3.ちょっと中身をいただいて届ける 9%4.お礼を期待して持ち主を探す 13%5.拾わずに放っておく 4%日本は昔は、落し物や忘れ物はほとんど届ける国だった。今もそうなのだろうか。この統計を日本でやった結果をみてみたいものだ。タコ社長、中身が二億円とかだったら四日くらいは寝ないで考えそうだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月21日
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ブリッジさんのコメントで、昔「もやしダイエット」なるものに励んでいたことを思い出した。もやしは、知られているように栄養価が高く、これだけを毎日食べていても死にはしないらしい。これに含まれるイソフラボンの働きで、ホルモンバランスがよくなりバストアップが期待できるという。そして、よく探すとサポニンというのが入っていて、脂肪をそれこそ燃やしてくれたりするし、全身の新陳代謝が活発になり、シミ、便秘などにもいいという。ここまで聞いたら、もうもやしと心中してもいいくらいの気持ちになってくる。因みに、台湾や南米にはバストに元気のいい方が多いと言われて久しいが、これはもやしではなくバナナのなせる業とのこと。バナナやもやしの産地を、フィールドワークしながら歩いてみたくもなる。ところで、もやしとバナナを交互に食べていたら、バスト102センチの?カップ並みタコ社長も、カップアップにもっと期待が持てるのだろうか。毎晩、来る日も来る日も、もやしダイエットしていた頃が懐かしい。いろいろな味付けに知恵をしぼるのもほほえましかった。しかし、これも続かなかった。あれから久しいが、最近ちとお年頃なのだろうか、胸のたるみなどが気になってきているタコ社長。もやしの力が必要になってきているのかもしれない。チャイニーズの店で買うと、オランダ系の連れ合いも喜ぶ一袋50セント。これを二袋茹でてゴマなんかかけで食べるだけだから、どこからも文句もでないだろう。秋の夜長、いろいろと試してみたいもんだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月19日
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カボチャの種、向日葵の種、干しぶとう、アーモンド、胡桃の実、あとはよく分からない実。これが先日ゴルフをしたときのタコ社長の昼ごはん。思わずさえずる鳥達やリスなんかが寄ってきそうな勢いだった。随分前に日本で読んだ本に、「人間はアーモンドと煮干だけ食ってりゃいい。」と書いてあり、半日ほど試したことがあった。ところで、こちらのゴルフは、日本のようにクラブハウスで汗拭いて、3000円もするカレーなんか食っている余裕はない。せいぜい売店でミートパイなんて感じで、そのままプレーを続ける。一緒に回ったのは、ニュージーランド人のご主人Aさんとその日本人の奥さん、日本人の男性のBさん、そして私の四人。「12時になりました、昼ごはんにします。」とAさんが奥さんの作った手巻き寿司を食べ始めた。Bさんは海苔ののオニギリ。私は、鳩のエサ。私は決して文句はない。こんなに栄養価の高い昼ごはんはない。鳥になって飛んでいきたくなるほどのエネルギーも感じるし、ゴルフボールも喜んでいるようにさえ見えてくる。「タコさん、てんぷらを入れた巻き寿司だけど食べる?」「はい」Aさんの奥さんの言葉に飛びついてしまった。健康食と美味しさは反比例するのだろうか。今度日本人とゴルフをするときは、早起きして自分でオニギリ作って来ようと思った。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月18日
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「日本サカリ」などと揶揄されていた時期があった。サラリーマン時代のことだった。仕事はやればやるほどストレスと並行して溜まっていくものだと分かってきた。ちょっと飲みにいけば、新宿二丁目あたりで絶対に誰にもいえないような大変な目にもあう。4年付き合った彼女は他の人と結婚し去って行った。全てが私に背を向けているのかと思えてきた。こんな時には、じっとしているのも手なのだろうが、そこは30になったばかりのタコサラリーマンの頃の話で、ハトじゃなくてもサカッてみたくなるお年頃。自暴自棄もお友達。しかし、ジェットコースターでも下る時はとことん下らないと上らない。どん底を極めれば笑いに還る他ない、とシェイクスピアも言ったらしいが、どこがどん底か見えないところがまたニクイ。両頬では足りないほど平手打ちをくらい、いろんな面での度胸だけは変に擦り寄ってくるが、知らない飲み屋のカウンターに座って鮟肝なんか突っついていると妙に泣けてきたりする。「30代の仕事が楽だったら、あなたの人生はもはや勝負あったなのです。」なんていう鈴木健二さんの本を読んで、なるほどこれではいけない、と思った翌日にはまたちゃんと元気になって懲りない赤坂・六本木。こういう生活は、サラリーマンを辞めて自分の人生は自分で決める、としたときから不思議に終息していった。 ↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月16日
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「お前は、小さいとき本当に恥ずかしがり屋でね。」秋田出身で東村山に住む母が今でもそういう。俄かには信じがたく、齢を重ねるごとに自分の面の皮は厚くなるもんだなと思う。「すぐに、お母さんのスカートの中に入ろうとするんで困ったよ。」まったく記憶にないことであるが、潜在的なクセは本当に恐ろしいものだな、と今でもときどき感心している。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月16日
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昨日、ブリスベンのスタッフから届いたチョコレート。手も足もでない真面目なチョコだが嬉しかった。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月14日
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「水揚げは知ってるわ。」オランダ系の連れ合いが言い出す。当然、私も知ってはいるが連れ合いの日本語語彙は、可也深いところがあって侮れない。スピルバーグの映画「SAYURI」を見に行った。何年か前の超ベストセラーの映画化だった。この映画に出てくる語彙だった。連れ合いは前に本で読んでいたのだ。この映画に対しては、初めから絶対に期待できない気持ちで臨んだ。この手の映画は、最初からこうあるべきだ、といった西洋のファンタジーがどうしても先行することになっているのが見え見えだったからだ。私達は、お馴染みのポイントで無料の招待券があったので行った。しかも、特別席でワインも出る。ポップコーンも食べ放題で、食べきれないほどテーブルに置いてジュースとカフェラテで流し込んで上映を待っていた。全て只の勢いは恐ろしい。「ちょっとおかしいわね、もう始まっている筈なのに。係りの人が案内してくれるって言ってたのに。」と言って連れ合いが案内係に確かめると、何とポップコーンを大量に流し込んでいる間に映画はスタートしていたというのだ。この映画を見た連れ合いの女友達が、「Chairman がセクシーで素敵だったわ。」と言っていたのを思い出した。その役は、渡辺謙だった。「Shall we dance」の役所広司も私の好きな俳優で嬉しかった。映画は、やはりファンタジー、夢の世界の物語の域を出ていなかったが、そういう目で見れば楽しめないこともなかった。「ちょっとマネージャーの所に行ってくるわ。」映画が終わってから連れ合いがそう言った。係りの人の間違いで最初の5分くらいロスしたし、こういう間違ったスタッフのことはマネージャーに報告すべきだというのだ。「本当に、報告してくださらないと分かりません。ご迷惑をかけました。」マネージャーは平謝りだった。「お詫びに、この無料特別席招待券を差し上げます。」なるほど。世の中は、こうやって自分の方に動いてくるのか。「言わないと、何も始まらないでしょう。」他のクーポンで20%割引のレストランで夕食をとりながら連れ合いが強調した。今日の夕食は格別美味しく感じた。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月12日
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クイーンビクトリアマーケット。菜食主義者には目の毒。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月11日
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「タコ君は、つまようじ振ってるみたいだね。」一向に上手くならないゴルフを日本でやっていたとき、会社の先輩がそういった。元相撲取りの体にクラブが小さく見えたのだろうか。タコ社長、基本的にスポーツは万能には程遠い人生を歩んできているが、同じタマでも、砲丸投げとかなら何とか形になるのだが、テニスとか、ゴルフのボールは小さ過ぎてまったく相手にされない。今日、5年ぶりくらいだろうか、日本人の友人達とゴルフをやるはめになった。結果は予想通り四人で回って四位。私の打ったボールが、女性のティーアップの標的に上手い具合に直撃、ボールは真横に飛んでいって、隣のコースを越えて木に当たってどこかにいってしまった。皆の開いた口が塞がらないホールとなり、狙ったようには絶対にボールは飛んでいかない、という自信が戻ってきて嬉しかった。「上手になってからでいいんじゃないの?」20年前に友達にもらったハーフセットのクラブしか持っていない私が、新しいフルセットのゴルフクラブを買いたいというと、オランダ系の連れ合いがいう。体に合ったクラブを使えば、今よりはスコアーもよくなる、というのが私の主張だが、私の主張は基本的には主張だけに終わるのが常。これで、一生新しいクラブは夢のまた夢。「だいたい、5年に1度しかしないんだったらどんなクラブでも関係ないわね。」連れ合いは、追い討ちが得意技。タコ社長、仕方ないのでしばらくは「つまようじ」で練習を重ねようと思っている。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月11日
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今、昨年の9月に結婚した甥っ子夫婦がメルボルンに新婚旅行に来ている。ケアンズ4泊、メルボルン3泊の旅行だ。メルボルンに来る人には必ず案内したくなるのが「ビクトリアマーケット」だ。そして、ここのホットドックは外せない。たまねぎ、サワーキャベツにソーセジが隠れてしまうほどだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月09日
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糞を転がさないとダメだという。そういえば、最近検便もしていないし転がしてない、などという話しではない。牧畜農業の大国オーストラリアでは、やはり牛糞の処理が重要な課題だ。ハエが多いのは牛糞に問題がある。残念ながら、この国ではインドなどのように、これを燃料や家屋建築の役に立てようという発想がまだ根付いていない。口を開けていると、ハエが入ってきてしまう季節が続いている。そこで、俗称「糞転がし」、正式名称は「たまおしコガネ」というらしい、この虫が役にたっているという。正式名称も俗称と五十歩百歩で芸が無いように思えるが。彼らも、名称には不満もあるだろうが。オーストラリアは、どこかの国から大量にこの「糞転がし」を輸入しているそうだ。それで、メルボルンでも以前よりずっとハエが少なくなっているらしい。ただし、この「糞転がし」の発生が遅れるとハエが猛威を振るうらしい。毎年、「糞転がし」がちゃんと決まった時期にどんどん生まれてくれないと困るという。今年は、大量のハエに悩まされているメルボルンだ。「糞転がし」の世界も、シングルライフが流行ったり、晩婚になってきているのだろうか。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月09日
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豪快なジャガイモとニンジンだった。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月07日
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「ごめーんさっきの話だけど生理きたから逢えないー。 また今度の機会でもいい?」こんなメールが届いた。さっきのどの話なんだとか、なんだ生理は来週って言ったじゃないか、なんて血の気が引いたりした訳じゃないが、最近この手のメールが毎日のように届きセイリが大変だ。自慢じゃないが、小学校の頃より付き合っている人のその日を覚えたためしもない私だから、隙だらけとか言われ兼ねないのは認めるが、それにしても敵もだんだんと手が込んできていて、どうしても書かれているウェブサイトを開かせようとして、手を変え品を変え攻めて来てまったく感心させられる。もっとも、プロの泥棒やスリと一緒で、これも彼らの仕事だから売り上げ拡大に一生懸命やっているわけで、その努力は認めたいが、若くてサカリの付きっ放しの人達なら別だが、送る相手を選ばないとならないように思うのだが。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月06日
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「日本は本当にすごい国ね。町内界を回ると家財道具一式が揃うのよ。」ニュージーランドから来ていた英語教師のグレニスが嬉しそうに言った。家電も家具も使い捨て、そんな時代だった80年代の話しだ。今でも、まだまだ使える家電などが捨てられているのだろうか。私の住んでいるメルボルンの街でも燃えない粗大ゴミを出す日がある。2,3日前から外に出しておく。どの家からもいろいろなものが出される。ベッドとか洗濯機などもある。基本的には壊れているものがほとんどだ。ところが、その回収の前にどんどんなくなっていく。いろいろな人が大きな車で事前回収に回るのだ。これを仕事にしている人たちがいるのだ。引越しの前に、いらなくなった物を安く売るのがガレージセール。これにも、そういったプロの回収人が来て良いものを漁って買っていく。おそらくは、こちらのサンデーマーケット、蚤の市、などで売りさばくのだろう。粗大ゴミなら元手もかからず、いい商売だ。我家の前庭の芝刈りをいつもやってくる優良隣人バリーさんの娘婿も、大きな車でこの粗大ゴミを集めるのを趣味、というより実益にしているうちの一人。本当にビックリするような食器のセットや食器棚を見て私も驚いたことがある。会う度に、いろいろと自慢話のようにお宝の話しが出る。「先日ね、息子がほぼ新品の洗濯機を拾ってきたのよ。」バリーさんの奥さんが言いだした。洗濯物の入れ口が前面にある、節水型のいいやつだったそうだ。「息子がね、その洗濯機を出している家に行って、本当にいいのかって聞いたらしいの。」いくらなんでも、こんなに新しいのを捨ててもいいのかと思ったらしい。そうしたら、本当にいいと言ったそうだ。この娘婿は、すかさずその人にこう言ったそうだ。「じゃ、すみませんけど取り説もいただけますか。使ったことがないので使い方が分らないから。」↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月05日
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オランダ系の連れ合いの誕生日パーティーは、土曜日の4時からバーベキューでスタート。20人近い人が集まって、夜の12時近くまでになった。バーベキューはまず、時間のかかるソーセージからスタートだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月04日
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メルボルンの朝日新聞「The Age」紙に、それほど日常生活には関っていないような統計がでていた。「イギリスでは、今日は大事なデートになるなと思う日は、女性の4人に1人は下着をつけないで出かける。」というものだった。10代、20代、30代、もう一ついって40代とかの若い世代なら、日本ではどうなんだ、などと身を乗り出して聞きたくなるような統計だろうが、人生を折り返してしまった50代のタコ社長には、「それがどうした。」といいたくなる寂しい響きがある。因みに、その4人に1人のその後の追跡調査などには若干の興味もないではないが。先日、出勤途中の朝のラジオのトークショーを聴いていたら、「オーストラリア人が理想とする退職の年は54歳だ。」ということだった。ということはタコ社長、黙っていても今年はその理想の年。若作りの効果も、もう出にくい境界線。スタッフにはもうアルツさんとか呼ばれ始めている現状を鑑みて、そろそろ退職のことを考えないとならない。もたもたしていると、その内、デートでもないのにパンツをはくのを忘れて出かけてしまうようなことが起こらないとも限らない。タコ社長、80歳まで現役、とか血迷ったこと言ってないで、現実を直視し将来を見極めていかないとならないのかも知れない。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月04日
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今日は、オランダ系の連れ合いの誕生日。最近、誕生日が元気づいている。戌年の彼女だが、私もなれないことをしてみた。早朝から電話が鳴っている。オランダの叔父さんからだった。オランダ語で何を言っているのかわからないが、ときどき「タコ」とかも出てきていた。日曜日は家族友人を呼んでお祝いだ。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月03日
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シェフはマレーシア人だというカツ丼だった。厚み、味、量とも可也の得点。ただ、タマゴの濡れ具合が十分でなかったのが残念。アジア系のカツ丼の多くに入っているニンジンがなかったのが嬉しかった。気に入るとしつこいタコ社長、この店に入り浸る可能性がある。↑ ↑ ↑ ↑ブログランキングに参加しています。クリックよろしく。
2006年02月01日
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