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月曜、実家に帰ってきました。心の中で吹き荒れた嵐について、母に話しました。物心ついて、最も母が近くに感じた日でした。肯定するでも否定するでもなく、あたしの嵐に耳を傾けてくれました。あたしの考えを先取りすることもなく。アドバイスもなく。「全部はわからないかもしれないけど、わかるところもある」そんなスタンスで、母に頷いてもらえて幸せでした。こんな時間が持てたなら、嵐のような時期があったのも、悪いばかりではないなぁと思いました。母を悲しませたくないから、今の自分を頑張ってみよう、という気持ちは偽りのないものでした。次の日は、ヒナ鳥のように心を抱きしめられたかったのだと感じる瞬間がありました。そのときの気持ちを思いながら、30分くらい涙が溢れるままにしていました。教室のソファであたしは何度泣いたか分かりませんが、今回の涙は温かくて、あたしを安定させてくれました。安定した心で生徒を迎え、一日を終え。子ども達の心が発達するときに、一度にたくさんの「完成度」を求めすぎない場があってもいいだろう、と、相変わらず思っています。生徒達一人一人の発達があまりに違うから、まとめ上げるのが非常に難しい私の教え方。もちろん、これが、最適でない生徒もいるかもしれません。でも、お母さん達と、「ね、今の間違いは、成長しているからこその間違いですよね」って分かち合える瞬間が多いことは、幸せです。あたし自身のためにも実りがあった嵐でした。その場の空気に即座に反応するような、毎回変化するアドリブみたいなクラシック。その場の相手と作り出していく、予定調和のない即興演奏。人の心に降り積もる雪のように、体の髄に絡みつくような響きを作りたかった。その道を見つけた、と感じた矢先に崩れ落ちたあたしの膝。道が見えたからあたしはもういい、と思う時もあります。なりふりかまわず突っ走ってみようか、と思うときもあります。人に教えて伝えて終わらせるか、あたしも楽しむか、それが問題だ、と自問自答するとき、若干、ハムレット風味の顔をしています。(笑)
2008年05月28日
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グールドの「心に欲しいのは、ただ秋の静けさ」という言葉に近いもの。そんな感覚がちょっとだけ感じられるようになったなぁと思うようになって数週間が過ぎました。太陽は燦燦と照りつけてはおりますが。教室のポインセチアは、真っ赤なクリスマスカラーに狂い咲き。リーダーシップはとりたい、人から教わるのはいや、好きなようにだけ弾いて盛大な拍手はして欲しい、間違いを指摘されるのは、もちろんいや、マルつけのタイミングも自分で決めさせてという時期の生徒に、激辛の舌打ちと流し目の凄みをかましてしまいました。その一発が効いて、1レッスンで1曲をお母さんに披露することができました。ルールに乗っ取りつつ、成長しつつ、心も満足だったであろう彼女。彼女があたしに投げつけた「バカヤロウ」という言葉と、あたしの舌打ちは、防音室内での女同士の秘密です。←ばらしてるっつの。長いようで短い一日。まことに申し訳ありませんが、書きっぱなしの日記が続いてしまうかもしれません。それでも書きたい、と思わせていただける場があったことに感謝しています。
2008年05月23日
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旦那と二人、私の実家に戻って過ごした子どもの日でした。堂々たる子どもぶり?でのびのびと実家で過ごし、道中のドライブでは自分でもわけのわからない話を旦那にゴーゴーと聴いてもらいました。GWが終わって、生徒達に会うのが「楽しみ」・・・。・・・これだけは間違いないのが、今の感覚です。今まではどんなにかわいいと思っていても、休み明けが近づくと「うううう」って思うことも正直ありました。もしかしたら、この「うううう」をいつも握って、仕事をしていたのかなぁなんて、思ったりもします。少なくとも、今はそう感じないことを心から嬉しく思います。今までの分を取り返せるよう、楽しいレッスンにしたいなと思っています。
2008年05月05日
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