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明日の早朝から出発して、約1週間の東京滞在になりますので、お急ぎの御用のある方は、どうぞ携帯電話にご連絡くださいませ~^^ 楽しいことがた~くさん待っていてくれそうな・・・・ 嬉しい出張になりそうです♪
2007.09.21
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8月13日、昨夜から激しい咳き込みでほとんど眠れない状況が続き、鼻水も垂れ流しに近い状況で排出され続ける。どうもそれだけではない様子・・・・・排尿のために何度もトイレまで出て行かねばならず(1時間ごとの排尿)、かなり心身の消耗を感じていた。身体は休息を求めているようで、眠くて眠くて仕方ない・・・・・眉間の疼きが止まらない・・・・そんな中意識が変化していく・・・・・体内で動き始める生命エネルギー・・・・ゆっくりと渦を巻く・・・・体内が、そのエネルギーの動きと連動するかのように熱く燃え始める・・・・眼の奥から全体を見つめているエネルギー体の存在・・・・・・イソバ?与那国の主・・・・・突如、女性性生命エネルギーが立ち上がってくる・・・・・喉の痛みが激しく、咳が止まらない・・・・起き上がって持っていたユーカリオイルを喉全体に塗布する。疲れて、仮眠状態に入った時、内から伝わってくるメッセージ・・・・『水の浄化を行っています』・・・・なるほどね。鼻水も排尿も体内の不要な水の排出だなぁ・・・・・BEPミューアが大地と大気の浄化をしていることで、私の体も浄化してくれている・・・・『有限の身体に無限のエネルギーを引き入れ、無限のエネルギーで有限の体の浄化をしています。有限の身体は、無限エネルギーによって浄化を受けながら、無限の愛を体得します。無限の愛は、見えないですが、有限界におけるすべての環境に対し、生命エネルギーを与えています。無限のエネルギーと有限の質量との間に愛を仲立ちとして∞の循環を行っています。あなたの身体で起きていることを体得して、有限の世界に顕しなさい。』意識が朦朧としていく中で響いてくるメッセージは、まだ続いていたが、これ以上メモを取ることが出来なかった。内容的には、この世のあらゆる物質や現象は、質量とエネルギーがメビウス循環(∞)することで成立しているので、宇宙の∞エネルギー(愛のみ)をこの世のメビウス循環に導き、地上天国を成立させなさいということのようでした。これは、与那国出発前に受け取った宇宙の源∞の中心ポイントにある桃源郷を、この物質世界に下ろして、形として表現しなさいと言うものと同じ趣旨のメッセージでした。与那国へ来た目的のすべてが完了しましたので、今日は家族や友人たちへのお土産などを買いに行こうということになりました。外に出ますと、相変わらず台風並みの強い風が吹き荒れています。「明日、飛行機が飛ばないんじゃないの?」とX氏。「大丈夫よ、風は今日で収束するよ。明日私たちが飛び立つまでには、風は止まるよ~」ははは~何を根拠にそう言えるのかはわからないけれど、そうなるという確信というか当たり前の出来事として、私は明日の流れを感じている。面白いTシャツ屋さんが出来ているとの情報でそこを探していく。なるほど、確かに興味深いこだわりのあるTシャツ屋さんで、つい時のたつのも忘れる。X氏が泡盛を買いたいというので、N家長女Mさんの娘が勤めている与那国酒造メーカーへ向かう。X氏が何本買ったのかは知らないけれど、かなりの本数を購入され、配送の手配をされていた。後日、すばらしいプレゼントを与那国から受けることになったらしい。偶然のラッキーという人もいるだろうが、私には与那国の大地がX氏の愛に対して感謝のねぎらいを送ったように思えてならない。X氏が配送を依頼した泡盛は、配送中ダンボール内で1本割れてしまったらしい。それを伝えられたX氏は構わないからそのまま届けて欲しいと伝え、1本欠けた泡盛を受けとられたらしいのだが、後日、頼んだそっくり同じ量の泡盛が届けられたのだとか・・・・・1本欠けているが、頼んだ2倍の泡盛が届いたので大喜びされていた。その後、Tさんの案内で信念の塩作りをしている森の中の現場へ・・・・・海岸では、近くの人々に迷惑をかけることになるので・・・・・と人の棲んでいない山の中で製塩をしていらっしゃった。大きなかまどに鍋が二つ、たっぷりの海水が煮え立っている。泡がぶくぶくと浮いている。摂取すると人体に有害だという物質をきれいに取り除いていく塩作りの大変さ・・・・・そうでなくても亜熱帯のこの島で、海水を煮出していく作業は湿気と熱風、煙との我慢比べの様相を呈している・・・・・真っ黒に日焼けしたご主人は、「大切な塩だから、心を込めて作っているだけです。」と笑顔で話してくださる。そばに三線があったのでお願いすると、気持ちよく歌い始めてくださった。色白の奥様がにこやかに現れる。仲のよさそうなお二人の姿についこちらまで嬉しくなってしまった。なかなか報われにくい地道なお仕事ながら、ご主人はいのちを塩作りに注いで臆するところなく、徐々に沖縄各地にその評判は広がっている様子・・・・肉料理など、そのまま焼いたお肉に、この塩をぱらぱらと振りかけて食べると絶品!購入のためお店のほうへ行くと、お嬢さん二人が父親の作っている塩に自信をもっているし、父親の仕事を手伝うことが嬉しくて仕方ない様子・・・・・・何という素敵な家族なんだろうと感心すると共に嬉しくなってしまう。健康生活に必須の塩であればこそ、本物を選びたい。とても愛の溢れた塩なので是非ご縁があるならお試しいただきたいと想う。製塩の過程で出来るらしい塩のピラミッドも見せてもらった。何だか応援しないではいられないので、ちょっとPR・・・・・『蔵盛さんちの塩』製塩法―与那国近海の海水を汲み上げ→薪を使い鍋でじっくり煮詰める→苦汁と塩を分ける→乾燥(これまでの工程で約3週間)→検品(職人の手で一粒ずつ)→製品* 昔ながらの伝統的な作り方(平釜製法)でじっくり手間隙惜しまず煮つめて造ります。蔵盛製塩〒907-1801 沖縄県八重山郡与那国町字与那国1032-1TEL/FAX 0980-87-2776URL http://www2.tontonme.ne.jp/users/kurasio/E-mail kuramorisanchi@tontonme.ne.jpすべての予定が無事終了し、毎日毎日伝統的な料理や芸能を振舞われ、素敵なお土産も購入した。帰る間際になって、長寿の祝宴用にN家の娘さんたち総出で作り上げられた伝統的な祝宴料理が大きな発泡スチロール箱に収められ、お土産として頂戴する羽目になった。この大きな荷物は、交通網の悪い私には悩みの種となったが、お気持ちが嬉しくありがたく頂戴することにした。(名古屋空港から宅急便で付知の自宅に送るのに5,000円くらいかかってしまったが・・・・)4月に岐阜県中津川市付知町に越してきてから怒涛が押し寄せるごとく唐突に始まった魂の目覚めー源への旅は、やっとその第一工程を終了することになる。この後、次のステップへの扉も大きく開いており、自己の解放に伴って見るもの、聞くもの、感じるものがこれまでと大きく変化し始め、その変化は加速度を増す一方で、どこまで変化し続けるのか検討もつかない。人とは何なのか?今まで以上に、より精密に精妙にそれを知る道が目の前に続いている・・・・・その道にしたがって、私は無になり、導かれるままに進んでいく・・・・自己を知る道・・・・・感覚でしかないが、サンアイ・イソバや与那国の15人の神様全員が、私と共に在る・・・・我(人はすべて)は創造主であり、全宇宙は我の内に在る・・・・・・我の外には何も無し・・・・・4月からの体験を内なる種として、長く封印されていた「人」の本姓を明らかにしていく旅を続けていこう。X氏を始めとする多くの人々の協力を得ながら地球と人の蘇生を願う「場」を創造していきたいと想う。今後は付知や東京に止まらず、日本各地に出かけていくし、ご縁ある皆様と協力して「自己を知る」方法などを具体的にお伝えしていくつもりでいる。現在、与那国、那覇、福山、岡山、名古屋、東京、秋田にその拠点が出来上がりつつありますし、今後とも拠点作りを継続していきたいと想っています。地球と人のネガティブを消し、ポジティブな調和の世界を広げていきますので多くの皆様のご参加をお待ちしております。2012年は目の前に迫っています。後5年、地球も人も大きく変化していくことでしょう。想像を絶する事実が明るみにさらされ、いのちの意味が大きく変わるその日を創るのは誰でもないわたしたち一人一人の「自己を知る」日々の経験と自己検証だと確信しています。ほんの少々の勇気と冒険心で、至福の地球文化が創造できますし、そのための道は誰の前にも開いています。ご一緒に進んでいきませんか?8月14日、口から飛び出た言葉通り螺旋に渦巻く風は消え、輝く太陽の下、飛行機は与那国から飛び立ってくれました。私の経験は、あなたの経験です。インラケチ(あなたは、もう一人の私です)すべてのいのちに感謝おわり・・・・・
2007.09.14
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この地の仕来りでは、60歳までは、自分で宴を開き、多くの皆様に感謝するのだそうで、N家のお父さんは、60歳の祝いに800人を招待して盛大に宴を開かれたとか。それ以降は、自分で宴を開いてはならず、周囲の人が開いてくれるのを受けるだけなのだそうだ。なるほどね・・・・・と感心する。今回の73歳の祝いの宴は孫たちの発案なのだそうで、私がこの地に来たときから、毎晩孫たちが一箇所に集まり、儀式や歌や踊り、演奏などの練習を繰り返していた。料理の内容も、料理を出す手順も何もかもルールがあるようで、それはそれは裏方を仕切っている娘さんたちの大変さが伝わってくる。主役のお父さんが座っているまん前の席に導かれる。私は部外者、そんな席には座れないので末席にいたのだけれど、どうしてもここに座って欲しいと強く求められ、X氏と共にお父さんの前へ・・・・・総勢30人くらいが寄り集まり、楽しい歓談、飲食、・・・・・そして孫たちの仕切りで始まる伝統芸能の披露・・・・・・誰もが呼び出され、共に踊る・・・・・私も呼び出され、見よう見真似で躍らせてもらう・・・・・・X氏は写真を撮ったり動画を撮ったり・・・・Yさん、Iさんが中心になって、芸能タイムはエンドレスに続いていくかの様相・・・・Tさんが元気な頃、夜中に徘徊する椰子蟹を捕獲するのに、随分付き合ってきたけれど、それは貴重な食材であるため、食べさせてもらったことがなかった。今日は椰子蟹の握り寿司やお吸い物にした特別料理も堪能させていただいた。この人たちの関係を見ていると、太古の人間関係がこの場に現れたかのような気持ちになってくる。親兄弟姉妹、親族たちが心から祝い、踊り、歌い、・・・・・・そこには屈託のない陽気が流れており、都会の人間関係の複雑さやエゴの疑心暗鬼など見られない・・・・・・和をもって尊しとなす・・・・・その心が今も目の前に生きており、維持されている光景に触れ、深く感じ入る。日本の心・・・・・・その蘇りこそが今、地球を、人を救うのかもしれない。女酋長サンアイ・イソバは、そのために鎖を解かれ、復活してくるのねと一人、感じ続けていた。あらゆる出来事が単体で起きているように見えて、実に巧妙に時空を超えて繋がっていることに気づかされる。無駄なことなど何一つなく、経験していくすべてのことがその人の覚醒のための試金石である。なんというありがたい仕組みであろう。静かに、静かに、心の奥深くに染み渡っていく宇宙の愛であり、法則を受け止めていた。宴の最後は、この家の次男であるTさんが、参集された皆様へ感謝の言葉を伝えることであった。ハラハラしてTさんを見つめる。元気な頃のTさんは、それなりのエゴもあり、みんなと調和しにくい部分が垣間見られていたし、今は半身不随となり、言葉の流暢には話せない。人前での挨拶をこれまで見たことがなかったから・・・・・そんなTさんが、一生懸命に感謝の言葉を口にしている様子に涙が出てくる。Tさん、良かったね。あなたも私と一緒に魂の目覚めを迎えているのね。立派なスピーチ、ありがとう・・・・・心の中でTさんに伝え続けた。TVでは、どうやら今回の風を台風8号と命名していた。笑ってしまった。これは愛の風、大地と大気、そこに住む人々の浄化の風・・・・・でしかない。そして、浄化の風は、私自身をも巻き込んだようで、ひどい咳が止まらなくなり、鼻水が垂れ流し状態になってきた。ベッドに入っても止まるどころか、一層激しさを増す咳に感謝はすれど、その苦しさに眠ることも出来ず、白々とした13日の朝を迎えていく。唸る風も止みそうにない・・・・・・つづく・・・・・
2007.09.11
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8月12日いよいよ今日は3つ目の旅の目的―与那国島の封印を解除するーを実行する日になった。朝から、ものすごい風があちらにもこちらにも渦巻いている・・・・全体で大きな渦が発生していると言うのではなく、渦の一つ一つはそれほど大きくはないが強く、それらが至る所で発生しており、そのエネルギーが全体として島中に大きな渦となって唸っているという感じ・・・・・・今日は、N家において大きな祝宴が開催されるために、必要な物資や人の輸送が風の影響を受けているようで、飛行機や船の到着が危ぶまれ、関係者一同そわそわし始めてもいた。そんな中、X氏と外に出て、風を身体で受け止めている時、X氏から「風を止めたほうがいいよねぇ・・・風を止めようかぁ・・・・・」という独り言的な言葉・・・・「いいえ、止める必要はないわ~。この風は歓びを表現している~。嬉しそうよ~嬉しくて楽しくて走り回ってるだけ~・・・・大丈夫よ~必要な物資も人も通してくれるわ。それほど大きな必要がない人たちは、もしかしたら止められるかもしれないけれど、この大地が必要としてものは、食材であろうと人であろうと必ず降ろしてくれるわ。心配しないで~」なぜこんな言葉が私の口から出てくるのか?自分で自分の言葉に驚く。自分では何もわからないままだけれど、揺らぎのない心で、そう感じ、感じたままを口にしていた。風の歓びの心が私の心に流れ込んでいた・・・・X氏も同感してくれたようで、それ以上風のことは何も言わなくなった。そして、事実、必要な物資も人も暴風状態の中、みんな安全にこの島に到着したことを後で知った。X氏は壊れた金槌でミューアの埋設をし続けたために、右腕を痛めたようで苦しそうだったので、湿布薬などを探しに歩き回る・・・・・。途中、次女M姉さんの次男Yさんに合うと、「この風・・・・・今までの風じゃないよね。何だか変なんだよ。病気になった時、薬を飲むじゃない・・・・そうすると薬の好転反応みたいなものが起きてくるんだけど・・・・・・僕の脳の中・・・・そんな感じになっている・・・・・この風は、昨日大地にBEPなんとかってものを埋めてくれたから起きてる風だよね・・・・・・そして僕自身へもその影響が・・・・・・」やったぁ~!!!気づいてくれた!嬉しかった。また歩いていると今度はYさんの姉Hさんと妹のIさんに出会う。二人とも今宵の祝宴料理に不足しているものの買出しだった。生き生きしていて、Iさんの喉は完全に癒されていた。良かった、良かった。今宵の祝宴で料理の次に大切な伝統芸能のお披露目は、彼ら孫たちの総出演になっており、その中心人物はYさん、Iさんの兄妹にかかっていたから・・・・・途中、何度か霊能者Tさんに連絡を入れるが、何時から封印解除の行動をするのか、何も答えが出ていないようで返事がない・・・・・ただ待っていてもしかたないので、再度レンタカーを借りて島を見て廻ることにする。まるで大型台風の上陸のような流れながら、どこかに秩序があって、風は暴れてはいても安心してそこに居られる。風に愛が溢れている・・・・西崎岬で、瞑想をしている時、Tさんからメールが入る。「今からやるからすぐに帰ってきて」と・・・・・・X氏を促してN家に帰る。「みんなは祝宴の準備で忙しく、とても封印解除に行くことはできないから、僕たち3人で行くことにしたよ。」「・・・・・・そう・・・ですか・・・・」それが流れなら、そうするしかない。私たちは、目的の場所に向かった。そこは霊気漂う無の闇「サンアイ・イソバ」の碑・・・・・与那国に来ると、どうしてもその岩によじ登り、両手を広げて飛び立ちたくなるあのイソバの碑がある山のてっぺんが脳裏に現れ、きっとイソバが生きていた時、彼女もそうしていたのではないか・・・・・との思いがよぎる・・・・そこの遊歩道には沖縄県指定名勝、昭和49年5月13日指定と書かれたこの場の説明書がある。『ティンダ・バナ字祖内の南西に屏風のようにそそり立つ標高100mのティンダバナは、台形状の地形をなしている。眼下には祖内集落の家並みが展開し、東にウラブ岳、西には雄大な東視な支那海が一望され、天然の展望台になっている。展望台近くの岩陰には、豊富な湧水があり、岩壁には八重山の生んだ詩人伊波南哲の詩も刻まれていて「歴史の丘」として島人たちのいこいの場所にもなっている。ティンダバナが続く続く南の傾斜面には、与那国の英雄の一人サンアイ・イソバが出生した古邑サンアイ村が立地し、彼女にまつわる旧跡も多く残されている。彼女は16世の末頃に与那国島に君臨した女酋とされる人物であるが巨体で剛力の持ち主であったといわれ、政治をよくし、島民から尊崇を集めたと語り伝えられている。沖縄県教育委員会・与那国町教育委員会』その場でTさんが「僕はここで待っているよ。ここから先は二人で行ってね。僕はここで祈ってるから~」突然の成り行きに驚く。Tさんの意思は固く、変更してくれそうな気配はない。ここでじたばたしても意味はないので、訳がわからないながらTさんを残して前に進むしかない。そう言えば・・・・・・与那国への訪問回数が増すに連れて、この地に暮らす人々の心身の状態がとても悪いことが気になってき始め、自分なりにその原因を推測していくと、原因はこの地が色濃く持っている幽界の跋扈・・・・・・生きている人間より、死んだ人間のほうが大切にされており、ある女性のカウンセリングを頼まれた時、彼女の話を聞けば聞くほど先祖代々から引き継がれてきた重い鎖の存在が浮き出されてきた。彼女に勇気と希望を与えてあげたかったけれど、彼女だけで解決できる内容ではなく、両親や隣近所、この町全体が抱えている問題にぶつかって、戸惑ってしまったことを思い出し始める。「自分たちの大好きな島なんでしょう?なぜ、みんな自分の心身を苦しめているのが古くからの幽界だとわかっていて、何もしようとしないの?ここには霊能者もユタさんもたくさん居るじゃない・・・・(海底神殿が見つかったことから世界でも知られる場所になり、多くの力ある霊能者やヒーラーさんたちもたくさんこの島を訪れている・・・・・)なぜ、そのネガティブなエネルギーをクリーンにできないの?」と、ある女性に迫ったことがあった。その時、その女性は、「わかってるわよ、そんなこと。でも、誰もそれをするのにどうすればいいのか知らないのよ。だから出来ないの!それをやるのは、浜口さん、あなたの役目でしょ!」と返してきたことがあった。「冗談じゃないわ。私は霊能者でもヒーラーでもない、普通の人間なのよ。そんな私に何が出来るというの?」この会話は何年前のことだったのだろう?ずいぶん前になる・・・・・・サンアイ・イソバの碑におずおずと進みながら、そんなことを思い出していた。「たかちゃん、僕は何にもわからないから、たかちゃんの祈りを声に出してね。僕はその言葉に合わせて祈るから・・・・・」とX氏。ウッソウとした自然のままの植物たちが風に揺れている~私たちしかいないその道・・・・N家一族全員で実施するから手伝って欲しいという要請で来たはずなのに・・・・・変化していくこの流れの意味を探りながら、なぜ私が実行者?その必然は?・・・・記憶の蓋が開いていく・・・・・・いつだったか、この地から東京へ帰るために乗った飛行機が、与那国島の上をぐるっと旋回している時、窓から与那国島の全景をぼんやり見つめていた・・・・「与那国、我が愛し児よ・・・・」突然、私の口から飛び出してきた言葉だった・・・・・私、何を言ってるんだろう?とその時不思議に感じたあの時空が蘇る・・・・・また、マサミさんが語ってくれた話・・・・・「ママがね、ムー大陸の王であった時、ママの葬儀を太陽の巫女であった私がすべて取り仕切ったのよ。政治は太陽の昇る、現在のイースター島でやっていたの。王が死ぬと太陽の沈む場所である西の涯、ここ与那国に埋葬するのよ。そのためにママの遺体を船にのせ、3ヶ月かけてここへ来たわ。その当時、ムー大陸はひとつではなく、すでに3つに分断されていた。ママのエネルギーはこの島のどこかに今もあるのかも?」前もってこの流れを知っていれば、何か考えてきたのだけれど、N家一族のエネルギーサポートをすればいい、私は脇役・・・・・と想っていたので、突然の流れに面くらい何を祈ればいいのか、思考はまとまらない。ただ、受け入れて実行するしかないのよねと自分に言い聞かせる。サンアイ・イソバの薄暗い碑がある前に立つ・・・・・手を合わせ、瞑目する・・・・・・それまでザワザワとゆれ続けていた植物たちが音を消した・・・・・・暴風はどこへ行ったのか?・・・・・・風もなく、そこは静寂が包み込み、別時空となる・・・・・・・「サンアイ・イソバさま、ご縁で今日、あなたに呼びかけることになりました浜口たかこと申します。・・・・・・世は乱れきり、新しい文化、社会が望まれるなか、与那国島の人たちは、あなたの再臨を求めています。どうぞ長い眠りから覚め、受肉し、すべての人が幸せに生きられる平安な島・与那国を再現するため、お働きください。・・・・・」実はあまりよく覚えていない・・・・ただこんな流れの言葉を感じるままに口にしていたように想う。話しかけながら、これは老若男女みんな上下の差別もなく、対等で調和していたからこそ戦争もなく、長く続いたという太古日本の心の復活・蘇りへの呼びかけでもある・・・・・女性性エネルギーの覚醒をサンアイ・イソバという実存した尊崇の女酋長への祈りに託しているが、与那国単独の祈りではなく、世界の中心でもある日本への祈りとなっていることに気づき始めていた。太古のエネルギーが今もなお色濃く残る大地であればこそ、この地から発生する風は、日本全土に南風に乗って流れていく・・・・・そう、与那国の美しい星空を思い浮かべて突入した時空の飛翔時、与那国から発振した愛の風が日本全土に流れ、北海道の先で東西二つに分かれ、全地球に、そして全宇宙に広がっていったあの時の意識とダブっていく・・・・・・宇宙の中心∞の桃源郷・・・・・・それをこの地上に創造するという新しい動きへのメッセージ・・・・・・言葉が一段落した時、私の前に広がる植物茂る奥のほうから、涼やかな小鳥の声が響いてきた・・・・・・これは受け取りましたという合図と感じる間もなく、止んでいた風が吹き始めた・・・・・「受け取ってくださって、ありがとうございます。」深く感謝を伝える。Tさんの待つ場に帰っていくと・・・・・Tさん「イソバにかかっていた鎖が切れたね。」とぼそりと一言・・・・・・それからは、今日のメイン・イベントN家総代73才のお父さんの長寿の祝宴に向かう。
2007.09.11
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8月11日、大地と大気を癒すBEPミューアを与那国の必要ポイントに埋設するために霊能者TさんをN家に迎えにいき、一緒に車に乗り込む。途中、ユタとしての仕事もしている次女M姉さんに会い、埋設ポイントの確認をするTさん。ユタとは幽界の通訳者。与那国の東西南北と中心、そして世界の水脈に通じていると言う大きな岩とサンアイ・イソバの碑がある上部の山の頂上、風が廻っている場・・・・・・Tさんの指示でX氏が運転をし、1箇所ずつ埋設していくのだけれど、大地が硬くてパイプが入っていかない・・・・・。どうやら使用している金槌が壊れているらしく使いにくそう~X氏の金槌を持つ手に豆が出来た模様で、途中私に「変わって~」と言われ、金槌を渡される・・・・・・私が打ったところで、パイプは一向に動く気配はない・・・・・パイプのほうが曲がってきている様子・・・・・埒があかないので、ハンマーと先のとがった鉄の棒を取りに行く。まず、鉄の棒で大地に穴を開け、その穴にBEPミューアを埋設していく・・・・・どうやらやっとで事はスムーズに進み始める。人が歩いた時、躓かないように注意を払いながら、埋設ポイントを確定していく・・・・・1箇所づつ、埋設できたポイントごとに写真を撮っていくX氏・・・・・最後に島の中心になる山・・・・・・この山・・・・確か・・・・Tさんの言葉が蘇る・・・・・「この山はね、ママなんだよ・・・・・」どうしてこの山が私なのか?聞いたところでわかるような答えなど返してくれず、いつも言いっぱなしのTさんだった・・・・・・それ以来、そんなことを言われていたことさえ忘れていたのだけれど・・・・・また、ある時、「ママに会いたがっているおじいちゃんがいるから、そこへ行くよ。」と私を山の中へ連れて行ったことがあった・・・・・大きな木の根っこが張り出ているところまで来ると、「この根っこに座ってごらん・・・・・(言われるままに根っこに座った)・・・・どう?何か思い出す?・・・(?????)・・・・・ウッティンチョーロウー(大長老という意味であるらしい)が、懐かしいなぁ、2000年ぶりの再会じゃあ、元気でなによりと言ってるよ・・・・(??????)・・・・・」初めて私が与那国に来た時、いろんな意味不明の言葉を私に伝えながら多くの場所に案内してくれた・・・・・・・そういえば、それ以来、二度と同じ場所に私を誘うことはなかったし、その話をしてきたこともなかったことを思い出す。一度だけ連れて行かれた場所としては、サンアイ・イソバの碑がある山の上が私のお気に入りで・・・・てっぺんの岩(一人しかその場に立つことはできない)によじ登り、両手を広げ、祖納の集落を眼下に飛び立ちたくなる~両手をいっぱいに広げて、風を感じながら・・・・・話がそれてしまった・・・・サンアイ・イソバの話は、明日にゆづることにする・・・・その山が私だといわれた与那国島中心の山に埋設したBEPミューアは10本目!最後の1本を埋設し終わった時、「ご苦労様でしたぁ!」とX氏に声をかけ、拍手をした。与那国島訪問の二つ目の目的が終わったから・・・・(一つ目の目的は「火の鳥」の飛翔・・・・)その時、Tさんが感動した声で「島の全体に埋設した10本すべてのパイプから、空に向かってまっすぐに光が立ち上がってるよぉ~!」と・・・・・・・残念ながら、私には、それを感受できなかったけれど、一つの仕事をやり遂げてもらったことに対してX氏に心から感謝の気持ちでいっぱいだった。X氏は何も語らないけれど、きっと心は満足感で満ちていることだろう~その後、与那国の大樹アグーの木を見に行ったりしながら薬草探しをする・・・・いつもは冬場に来ていた与那国は薬草の宝庫で、いくらでも元気で自生している薬草の採取ができたのだけれど、夏の与那国で薬草採取は困難だということを知った。今夜は、明日の祝宴のため、N家はてんやわんやの忙しさだからと次女のM姉さんの家で夕食を食べて欲しいと伝えられていた。総勢30人くらいの人たちが寄り集まってくる祝宴料理をすべて手作りしていくのだから、それは火事場のような雰囲気であろう。一端N家に帰りついた時、Tさんにメールが入ってきたらしい。嬉しそうに、Tさんがそのメールを見せてくれる。メールを送ってきたのは、Kさんだった。以前友人から電話が入り「与那国に行きたい人がいる。与那国の人を誰か紹介してくれる人を探しているので、TA^^KOさんを紹介してしまいました。彼女はカナダに住んでいたのですが、ある日、地球の最後をヴィジョンで見せられ、そのときから大地を癒すために世界中の聖地をヒーリングして歩いている人です。TA^^KOさんに会いに八王子に行きたいと言っていますが、行ってもらってもいいですか?」という連絡を受け、N家とTさんたちを紹介したその女性だった。Kさんは、この日、北海道小樽に入っていたらしい。「小樽の海に光の十字が現れましたよぉ~!与那国島の成功、おめでとうございます。」という内容だった。小樽かぁ~・・・・、また蘇ってくる北海道の旅・・・・・雪の舞うフゴッペ洞窟に入った時、壁面に散在する不思議な絵や文字・・・・・それを見ていた時、意識が遠のいたのを思い出す・・・・・その後、近くにストーンサークルがあるとの看板を見つけ、マサミさんたちと小雪振る中を長い階段を登って行った・・・・「ママ、ママにストーンサークルの中心に座って欲しいって言ってるから、中心に座ってみて・・・」とマサミさん・・・・・また変なことを言い出したなぁ~と想いつつも、中心に座る・・・・・「ママ、何か思い出さない?」「何も・・・・・・・」「ママは、ここでシャーマンの大ボスとして、多くの女たちをシャーマンに成長させるべく教育をしていたようねぇ・・・・・ママがこのストーンサークルの真ん中に座っていて、周囲に若い女性たちがぐるっと囲んでいるよ・・・石たちが懐かしがっている・・・・ママが思い出してあげれば、この石たち、歓ぶんだけど・・・・仕方ないよね・・・・」アハハハッ、何を言われてもまるで異国語をきいているようなもので何一つ感動もしなくて「そうなの? なんにも感じないの、ごめんね。」と言ったあの場、小樽・・・・・その小樽から、私たちの与那国での成果を伝えてきてくれたKさん・・・・・なぜKさんは、この日、小樽にいるのか?確か、チベットに入っているようなことを聞いていたのだけれど・・・・・与那国と繋がっている北海道の話は聞いているが、それ以上の深いつながりを感じさせられた一駒だった・・・・・そう・・・・・北海道の真冬の海辺に立つ民宿で横になっている時、私はサハリンを感じていた・・・那覇で北海道を感じ、北海道でサハリンを感じ、・・・・・もし、サハリンに行けば、ロシアや中国を、そしてモンゴルを、ローマを、・・・・・最後にアフリカまでも歩かなければいけなくなる気がしたことも思い出してしまった。世界中にある過去生の足跡・・・・・私は火の鳥・・・・・何度でも蘇る・・・・・夜になっていくにつれ、風が強く舞い始めた・・・・・・・次女M姉さんの自宅に呼ばれていく。伝統芸能の学びを続けているM姉さんの次男Yさんは、20歳になったばかりだけれど、赤ん坊が出来て、その費用が必要になり、現在休学中、与那国に帰ってホテルで働いている。年上の可愛い奥様と赤ん坊、奥様の両親とそのおばあちゃん・・・・ここもN家に劣らぬ大人数の宴が開かれていた・・・・・ホテルに帰る時、喉を激しく痛め、発熱していたこの家の次女Iちゃんが「ママに伝えることがあるから、一緒にホテルまで行くよぉ~」と・・・・Iちゃんは、小学生の時から次期与那国島の霊的女王になると言われており、小学校の先生たちのカウンセリングを夜中にやっていたりしていた子・・・・・「ママがやってくれることはわかるけれど、現地の人が変わらなければ徒労になるよ。それをどう想うの?」と・・・・・「Iちゃんは現地の人じゃないの?」と言いたがったが、16歳の彼女は自分と与那国を別々のいのちと想っている節があったので、それは今後に続く訪問時に私の行動で伝えたいと想った。「たとえ、表面的にどのように見える人でも、みんな神を内に秘めているわ。だから私は信じているの。いずれ神なる我が目を覚ますということを~」とだけ答えておいた。ホテルに着いて、それまで出なかった声が出るようになり、おにいちゃんのY君と二人で長い時間三線の共演を披露してくれた。ともかく明日のためにも、Iちゃんの喉が癒え、歌えるようになったことに安堵した。外では、風の唸りが増していく・・・・・明日はN家の総代お父さんの長寿の祝宴が開かれる。そのために各地から集まってくる一族全員総勢30人で長年の夢だったらしい与那国の封印を解く日でもある。今回の旅の3つ目の目的を果たすことができるのか?失敗するのか?明日にならなけばわからない・・・・・Rさんから言われた言葉「TA^^KOさんは、今回の与那国行きですべて、完成します。」何が完成するというのか?強くなっていく風の唸りを聞きながら、眠りについた。つづく・・・・・
2007.09.08
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この時には何もわからないままだったけれど、今ならわかる私の役割・・・・・陰陽をつなぎ、融合させ、調和を創造する・・・・・ゼロ次元の人間としての役割・・・・ネガティブ・エネルギーを吸収・中和し、ポジティブ・エネルギーを放射するミューア創作者X氏と不思議な出逢いをし、地球と人類の蘇生を願い、陰陽融合・完全調和を実現させる仕事を始めている・・・・・何という壮大なストーリー・・・・そう、これが生まれる前に自分で書き上げた人生のストーリー・・・・・思い出したというつもりはない。ただ解っただけ・・・・・ここから外れるつもりもない・・・・誕生前に自分で書き上げた人生ストーリーが、何の記憶もままに、それでもきっちりと私の人生のあらゆるところで顔を出す・・・・・・11年前、突然変なおじさんが我が家を訪れて、私に語ってくれた言葉が蘇る・・・・「あなたは、ゼロ次元の人。それゆえ闇の存在、光の存在、その両方があなたを求めて現れます。あなたの前でいろんなことが起きてきますが、すべて映画だと想って距離を起き、冷静に観察し続けてください。感情と一体になることなく、冷静に観察し続けてください。あなたは、今回霊能力を使うことを自ら封印してきました。霊能力ではなく、三次元的に人を救うと決めて来られました。いいですね。今外を歩いていたら、あなたの周囲に霊能者がたくさん集まってきて、このままだとあなたが危ないので、注意してきなさいと天からメッセージを受け取りましたので、お伝えしにきました。これで僕の役割は終わります。」と一方的に話されて、帰られました。その後、このおじさんと一度も会っていません。何気ない日々の生活のここかしこに現れる不思議な出逢いや不思議な現象の数々・・・・すべて偶然ではなく、必然で起きていることを了解する。会社を倒産させたのも、私を守り続けてくれた夫亡き後、次々と現れ私をサポートし続けてくれた多くの魂さんたち・・・・・すべて偶然ではなく、必然の出来事であり、出逢いであったと感謝する。X氏との出逢いやミューアとの出会いもすべて、誕生前に関係する魂さんたちと共に書き出した人生ストーリー・・・・・当初の目的だった人類の魂の飛翔(目覚め)を象徴する内なる「火の鳥」を私の体から宇宙へ飛び出させる仕事を実施すべく岬の突端に座る。X氏は、私と離れ、私を一人にしてくれる。言葉数が少なく、とまどうことも多いけれど、X氏は静かに私を守ってくれる・・・・強風に煽られながら、瞑想に入る・・・・・・・蒼穹をゆったりと舞い、私と眼が合った途端に急降下してきた「火の鳥」の母・・・・私の背中から合体したあの「火の鳥」をイメージで呼び出す・・・・「人類の覚醒のため、太古のエネルギーが今も尚残るこの島から飛翔せよ~地球のアセンションという宇宙のドラマを円滑に成就するために、・・・・・あなたの子供たちを目覚めさせるために、・・・・・・今こそ飛び立ちなさい~」与那国からの帰り、そのまま住まいのある付知に帰れないので、出発時同様、名古屋に住むSさんの家に泊めてもらったのだが、この時、Sさんから「TA^^KOさん、10日にね、名古屋の空に鳳凰雲が広がったよ。TA^^KOさん、火の鳥の飛翔に成功したんだなぁ~って想ったよ。」と言われた。ドライブ中のあちこちで写真を撮り続けるX氏の作品は、どれも繊細な感性が溢れていて、感動し続ける。「人間もこんな風に撮れたらいいのにね。」「人間は撮れないんだよね~。自然ならOKだけど~」本来の魂に戻れ、人間からエゴが消えていけば、X氏の人見知りも無くなり、人物写真も撮れるようになるのかもしれない。レンタカーを返して、N家に向かう。今日は三女Tさんを招待して、もう一度「女酋長」に行こうとお誘いすると、「Tが戻ってきてるのよ。私は、まだ仕事があるから、先にTと一緒に行って始めててくれる? 私は遅くなるけど、後で行くから~」と・・・・・「えっ、帰って来るのは明日じゃなかったの?」T姉さんの目を追うと・・・・・頭を丸坊主にした霊能者Tさんがうつむきながらも照れた笑顔・・・・・・「あぁ~~~~~~、T、帰ってきてくれたんだぁ~!!!!嬉しい~!」こうしてX氏とTさんと三人で、近くの「女酋長」へ・・・・・・Tさんは、とてもピュアーな心の持ち主で、3歳児くらいの心を持っているのだけれど、壊れやすい心のために虚勢を張り、ぶっきら棒で、エゴの強い人とは反発してしまう。彼が受け入れられるのは、私と私の守護者でもあったKさんくらい・・・・X氏なら大丈夫だろうと想って紹介していたら・・・・・円滑には離せなくなった口調ながら・・・・・「この人はすごいね。途轍もない大きなものを持っている・・・・」ふふっ、やっぱりねぇ~と想って笑いながらX氏を見ると・・・・「いえ、僕・・・・・そんな・・・・・・あの・・・・・・」あぁ~ぁ、Xさん、勘違いをしてる・・・・・・「大きなものって何?教えて~」と私。「ピンクの釈迦だよ・・・・・」「そんな・・・・・・僕・・・・・堅物で・・・・・硬派で・・・・・」あ~~~~~~~ぁ、ま~だ勘違いを続けている・・・・・・「Xさん、何をうろたえてるのよ?!違うよ~、Tさんが言ってる事は、あなたの魂の大きさのことを言ってるのよ~」爆笑してしまいました。「ピンクってね、無償の愛という意味もあるのよ~。ちなみに私はTさんからピンクの熊って言われたわ~」「Tさん、Xさんにピンクの釈迦の意味を教えてあげて・・・・」「人々に幸せを運ぶ釈迦だよ・・・・・」それを聞いて、やっとで自分の慌てた勘違いに気づき、安心しつつ、そう言われたことを喜んでいた・・・・・(笑)以前のTさんは、防備のために彼自身もエゴの鎧を身につけていたけれど、脳梗塞で倒れ、長い入院生活、不自由なからだ、不自由な言葉・・・・・の生活からでしょう~、エゴがかなり消えて仏の顔に変わっていました。かつてN家には与那国島の火の神様がいらしたそうです。この家の大黒柱であるお父さんお母さんは、働き者で、与那国島のみんなの生活をより良いものにするために、道を作り、電柱を立て・・・・・町の議員もされていたそうなのですが・・・・・・・ある時、ある人たちから、与那国島全体を守る火の神様を個人で所有しているのはけしからんということで、N家から持ち去ってしまったのだそうです。それからというもの、N家には不幸が続き、仕事も失敗し、長男は若くして無くなり・・・・・男は次男のTさんだけ、後はみんな女性です。女たちの発案で、その火の神様を今回、取り戻したそうなのですが・・・・・・火の神様だけでなく、与那国のすべての神様15人が揃って火の神様と共についてきて、現在Tさんの身体に入っているとか・・・・・食事をしながらそんな話になってきました。「これが、火の神様と一緒についてきたすべての神様の名前だよ・・・・・・」と紙を差し出すTさん。見ると天御中主を始めとする日本の神様の名前がずらりと並んでいました。Tさんの右隣に私が座り、向かい側にX氏が座って食事をしながら歓談していたのですが、Tさんの右肩が痛そうなことをX氏が感じ取られたようで、「たかちゃん、Tさんをヒーリングしてあげて」と・・・・・私はヒーラーではないし、その力はX氏のほうがはるかに強い筈・・・・・戸惑っていたら「ツィンクリスタルのトップをTさんの右肩にあててくれればいいよ」とX氏・・・・・・バッグに入れて持ち歩いているX氏からプレゼントされたツィンクリスタルを取り出し、Tさんの肩に当てる・・・・・・向かい側に座っているX氏が、静かにエネルギーを送り続けている様子がわかる・・・・・「弁天様がママに入りたがっているよ・・・・・・あっ、今、入ったよ・・・・」とTさん。残念ながら、私には、何もわからない・・・・・後でX氏に「なぜTさんのヒーリングを私にやらせたの?結局Xさんがヒーリングエネルギーを出していたじゃない?」と聞いたら・・・・・「だって、僕とTさんは初対面だから、たかちゃんの身体を経由したほうがTさんに伝わりやすいからだよ」と・・・・・・そんなものなのかぁ~・・・・・確かにエネルギーに敏感な霊能者Tさんとしては、初対面のX氏から直接のエネルギーを受け取るよりも、熟知している私から流れるエネルギーのほうが受け入れやすいかもしれない・・・・・・・そんなところまで、瞬間的に判断して自分を陰にし、黙って行動するX氏の人となりを改めて見直してしまう・・・・・この人はどれほどの器なのか・・・・・まだわからない・・・・・・長い一日がこうして暮れていった。明日の8月11日はいよいよ残りのBEPミューア7本の埋設をTさんの指示で実行することになる。つづく・・・・・
2007.09.05
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8月10日、眠くて起きられない・・・・この眠気は与那国では初めてのこと・・・・いつまでも寝ていては、朝の早いX氏に迷惑をかけてしまう・・・・・と想うのだけれど・・・・やっぱり眠い・・・・眠気の原因を探しつつ・・・・寝入ってしまう・・・・(後でわかったことだけれど、この原因は埋設した3本のBEPミューアが大気に放射し始めた調和のエネルギー・・・・・)そんな私の様子にじれたのでしょうね、「その辺を散歩してきますね~」とX氏・・・安心して眠りにつく・・・・しばらくしてX氏が嬉しそうに何かの実や種などを持って帰ってくる。愛しそうにやさしくハンカチの上に載せている姿・・・・この人は、本当に自然を愛しているのだということが伝わってくる・・・・写真を撮ってきたようで、見せてもらう・・・・絶句!どの写真からも愛が溢れている・・・・花は花として、精一杯のいのちを表現しているし、樹木や家なども・・・・すべての写真から、喜びのエネルギーが・・・・・感謝のエネルギーが・・・・今を精一杯生きるいのちのエネルギーが・・・・・それを見る私に流れ込んでくる・・・・「Xさん、あなたは写真家にもなれる人ですねぇ~♪ ほら、この花・・・花が笑ってるよ♪ 喜んでいる~どうしてこんな写真を撮れるの?」「被写体がどんな風に撮ってほしいのかを感じるんだよ~」人見知りの激しいX氏は、自然に受け入れられ、自然に愛され、自然と融和している・・・・エゴのない自然とこれほどまでに融和しているエネルギーの持ち主であればこそ、エゴにまみれた人間とは、うまく交流できないのねということがわかってくる・・・・・写真をはさんでいろいろ話している内にお腹も空いてきたようなので、近くの店に出かけることに・・・・・N家のみなさんは、12日の祝宴準備のためにかなり忙しそうだったので、レンタカーを借りて二人だけで島内を一周しようということになる。観光スポットと呼べるところは少なく、ほとんど自然のままの大地が広がっているのだけの島を私の記憶でX氏を案内しようとするけれど・・・・車を運転したことのない私の案内では、彼を戸惑わせるだけ・・・・・それでもいくつかのポイントへゆっくりドライブすることができた。絶海の孤島「どなん(渡難)」と呼ばれているこの島は、黒潮が発生する地でもあり、潮の流れが速く、かつて多くの船がこの島に着岸できず、沈んでいったことから「渡るのが難しい」島として、この名前が付いたと聞いている。また、その辺の意味合いからも、ニライカナイは与那国であったのかもしれないという説を唱えている人もいる。与那国は、「那の国を与える」という意味も含まれており、町村合併を迫られた時、この地の人たちは、自分たちのアイデンティティを示す島の名前が変えられることを嫌い、それを拒否したとのことで、それまで受けられていた補助金がストップされ、そうでなくても苦しかった島の経済生活が、さらに過酷になった話を以前聞いたことがある。病人が出ると、ヘリで石垣島に搬送されるこの島は、フジTV「Dr.コトー」の撮影現場でもあり、Dr.コトーの診療所が今も島の北に建っている。常に風の強い与那国ではあるが、今日の風は特に強く感じられる・・・そんな島なので、周囲は海に囲まれているけれど、沖縄の他の島と異なるのは、泳ぐ環境が少ないこと・・・・・泳いでいる人をあまり見たことが無い。ここのビーチは、幽界の魂の通り道・・・・・島の慣習に従わず、無断で海に入ると死神にいのちを持っていかれるよと注意されたことがある・・・・・それでも島に小さなビーチがいくつか点在しているので、そこへ向かった。海水の美しさとビーチを守る岩が調和しているので、X氏に「海とあの岩を入れて写真を撮って欲しい」と依頼した。その時は、気づかなかったのだけれど、旅を終わりそれぞれの場に帰ってきた後、送られてきたこのビーチの写真を見て唖然とした。美しい海と優しい岩のバックに広がる青い空に雲が流れている・・・・・・雲は、北海道から与那国まで日本の全景を形として現してくれており、北海道の神威岬にある神威岩から与那国の立神岩を意識で結んだそのラインがくっきり日本海側に浮き出ている・・・・・・・・まさかの写真を見て、鳥肌が立つ・・・・・与那国はアイヌと民族的に繋がっており、共通する言語がたくさんあると言う。霊能者Tさんは、「俺たちはアイヌの人たちと兄弟なんだよ。」と私に語ってくれたことがあり、私が北海道へ行く理由のひとつでもあると・・・・・・そしてその後、霊能者マサミさんから「神威岬の神威岩と与那国の立神岩を結ぶのは、ママの役目よ。ママ一人でやらなければいけない仕事なんだけど、後見人としてついて行ってあげるからその準備をしていてね。」と・・・・・あれは4回目の北海道行きだったような・・・・記憶が呼び出されていく・・・・・真冬の神威岬・・・・・・荒れ狂う風と寒気の中、風に身体を奪われないように細心の注意を払いながら、神威岬の突端に立った日のこと・・・・・「ママ、与那国の立神岩(男根の形をしているー男)をイメージして、意識でここの神威岩(荒れる海の中にあるのではっきりとは見えないが、細くて仏像のような姿―女)と結んでね。」普通人である私に、なぜそんな訳のわからないことをさせるのだろう?なぜマサミさんではなく、「ママの仕事」なのだろう?どうすればいいのかわからないままに、懸命に立神岩をイメージし、荒れる海にひっそりと立つ神威岩を見つめながら、日本の地図を思い描き、線で結んでいった。気を抜くと、八方から吹きつけてくる強い突風に身体を持っていかれ、海に落ちてしまう。片手で身体を固定する岩にしがみつきながら、寒さに身震るいしながら、ともかくやりぬいたけれど、二つの岩が結べたのかどうか、私には何の実感もなかったし、わからなかった。マサミさんからは、「ママ、ご苦労様。ちゃんと結べたよ。」と言われたけれど・・・・・・実感がないままに、そのことはいつの間にか忘れていた・・・・・X氏が撮った美しいビーチの写真に、日本全景と北海道と与那国を結ぶ線がくっきりと雲の形で写し出されていた・・・・・・・あのときの行為は、見えない世界で成就していますよと雲が、私に教えてくれたことに深く感謝し、すぐにX氏に電話したところ、「知ってるよ。わかっていて、その写真を撮ったんだよ。」・・・・何なの、この人?知ってる?わかってて、この写真を撮った?・・・・・そんなことを言い合っていても意味がないので、認めることとしたが・・・・・自然は、常にタイムリーに情報を渡してくれることに感動を覚える。これまで、自然から見せられ、与えられてきた見えないことの真実を書き出すスペースはないけど、会社を倒産させてからの10数年、生活費を捻出するための仕事を止め、心が喜ぶことだけをやって生きてきた流れで本当に多くの愛を自然から受け続けている。
2007.09.05
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8月9日、働き者で超多忙な三女Tさんが朝ホテルにお迎えに来てくださいました。これまでにないことなので、恐縮しつつ彼女の運転する車に乗り込みます。これまで私のお供は常にN家の次男で霊能者Tさんだったのです。Tさんは父親の長寿の祝宴日でもあり、封印を解く日でもある12日の前日11日に与那国に帰って来る予定とのこと・・・・・前もってX氏がアメリカの霊能者から教えられた2箇所の重要ポイントを書き込んだ航空写真を頼りにそのポイントを探します。三女Tさんは現地の土木工事現場監督者でもありますので、航空写真から地図のポイントを読みとる能力があります。彼女が運転し、この辺りですよと教えてくださると次はX氏の出番です。ご自分で製作されたペンジュラムで埋設ポイントの割り出しが始まります。残念ながら、私は無能ですのでただ見学しているだけ・・・・(笑)それでも、BEPミューアや金槌、板などを持ってついて歩くというくらいのお手伝いをさせていただきました。最初から予定していた2箇所のほかに私が気になっている場所がありました。与那国空港に降り立って周囲の山並みを見ると、1箇所大きな3つの岩が聳えています。太古の時代、この3つの岩は何らかの役割があったはずです。友人の霊能者マサミさんの要請で、初めて与那国島に来た時、彼女が「ママ、あそこよ~あそこ!私は以前あそこで太陽の巫女としてメッセージを降ろしていたのよ。」と言って指差した先が山上にくっつきあって並ぶ3個の岩だったのです。その場所に現在誰も登っていけないようになっています。三女Tさんによれば、そこはN家の畑がある場の近くだそうで、そこへ向かいました。確かに登り口などどこにも見つけられません、自然が道を封じたかのよう・・・・いたし方ないので、岩の傍は諦めて、そのふもとの植物が覆い茂っている場にX氏が入れるところまで入り、埋設してくださいました。後で、島の全体を廻ったのですが、山や山の頂上を結ぶ真ん中辺りにこの3つ岩が聳えています。太古の時代、人々はこの山の上から烽火や何らかの音などでコミュニケーションをとっていたのではないでしょうか?それにしても11回目の与那国島訪問が、こんな形になるなんて・・・・・この地に呼ばれ続ける理由が自分では過去生以外には考えられないのですが、過去生はここだけでなく地球上のあらゆるところに及んでいます。なぜ与那国島だけ、こんなに私を呼ぶのでしょう?最初に与那国島に足を入れたのは、友人の霊能者マサミさんでした。彼女が始めて与那国島に入った時、N家のお母さんと出逢い、霊能者である次男Tさんに引き合わされたのだそうです。Tさんはマサミさんを見た時、天女の羽衣を見につけている姿が見えたそうで与那国を救う人だと思い、自宅に招きいれたそうです。彼女の2回目の与那国訪問時、旅への同行を頼まれましたが、交通費などかなりのコストもかかり、与那国島がどこにあり、どんな島であるのか検討もつかなかった私は断ってしまいました。ところが、マサミさんが旅立った後、沖縄那覇から仕事の依頼が突然入ってきました。エステティックサロンスタッフへの研修です。期間は3日間で研修指導料30万円と交通費宿泊費などを用意されました。那覇で毎晩琉球料理などの接待を受けるのですが、なぜか琉球料理を食べながら、その場は北海道であるように感じる変な違和感に包まれていました。ともかく、お金がないことを理由にマサミさんの同行を断ってしまったことが心にひっかかっていましたので、研修費をいただく最終日に彼女に電話して、与那国にその足で行くことにしたのです。それが、私の最初の与那国訪問の流れです。与那国空港に降り立った時、マサミさんと巨体の不思議な男が出迎えてくれました。その不思議な風貌の男は、私を見るなり、「あなたは、これから北海道に行くことになっています。」と・・・・・今なら、この言葉の意味することがわかりますが、当時はわけがわかりません。この男は続けて話してくれます、さらに意味不明のメッセージを・・・・「あなたのために、ウッティンチョウロウが2頭のユニコーンを用意しています。」「ウッティンチョウロウ?ユニコーン?何ですか、それ?」笑ってその場をやり過ごすしかなかったのですが、実際に私は、その後北海道へ5回出かける流れが起きてしまいました。それは、後ほどの日記ででてくることになりますが・・・・その不思議な男が、毎回私を案内することになる霊能者Tさんです。そのままN家に連れていかれ、N家の行事があるからと、髪の毛を与那国流にセットされ、与那国織の着物を着せられ・・・・・写真を取られ、N家に集まってくる多くの人々と引き合わされ・・・・・・・N家の行事が終わり、人々が帰った後はスナックに連れていかれ、与那国中学校の校長だという人と話をする羽目に・・・・・その校長は別れ際に「マサミさんはあなたを連れてくる水先案内人だったのですね。本物はあなたですね」とまたしても意味不明なことを言われてしまう・・・・そしてマサミさんは次男Tさんと喧嘩ばかりするようになり、最終的に与那国から呼ばれるのは私だけになっていきました。これが与那国島と私の長い付き合いが始まった最初の物語なのです。今回の旅で明らかになっていく私と与那国島の関係にかかわるので、長くなりましたが書かせていただきました。余談が長くなりました、話を元に戻します。結局、この日は3本のBEPミューアを埋設し、残りは次男Tさんの帰宅を待ち、彼の指示で埋設をしましょうという流れになります。途中、世界一大きな蛾、ヨナグニサン(羽を広げると体長30cm―それが私の胸の中に住んでいるという・・・)が今も生息するという松並木道(ここだけ周囲と波動が異なっていました。松の出す波動でしょう~)を何回か通りました。夜になれば現れるというヨナグニサンに会いにいくことはできませんでしたが、いずれ会えるチャンスはあると思います。この日の夕食は三女Tさんの特別料理を振舞われました。彼女は伝統料理を作り続けており、この地で学会などが開催される時は、山月桃の葉などで弁当箱?を作り、すべて自然栽培の野菜やこの地で獲れる魚などで手作りの伝統料理弁当を作っているくらい、料理の達人です。またこの日は、N家の大黒柱であるお爺ちゃんの長寿を祝う会を孫たち総勢で開催するために、那覇の高校に通っている次女のM姉さんの次女Iさんも、食事の時会いに来てくれました。16歳のIさんが、次世代与那国島の霊的指導者になることが決まっているとのこと・・・Iさんもその兄Yさんと共に、与那国島伝統芸能の熟達者です。TVニュースでは、台風7号が発生したとの報道がなされていました。この時は、何も思うことなくこの台風情報を聞いていたのですが・・・・・その後の日々の動きを経験・観察していくことで、この台風が何であったのかを知ることになります。翌10日はX氏と二人でレンタカーを利用し、与那国島を廻ることになりました。つづく・・・・・・
2007.09.03
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ミューア創作者X氏を与那国島にお連れするということでスタートした計画は、与那国島の封印を解く流れに進化していき、大地と空間のネガティブ・エネルギーを吸収・中和し、ポジティブ・エネルギーを放出してくれるBEPミューアを10本持っていくことになりました。X氏が割り出した埋設ポイントは2箇所で、後は現地の人の意見に従うことにし、与那国の霊能者一家と共に行動することに決めていました。出発する日が近づいてきた時、X氏から「台風6号が発生しているらしく、与那国に飛行機が飛ばないのじゃないの?」との連絡がはいりました。「大丈夫よ。心配はないでしょう~飛行機は無事に飛ぶから余計な不安は持たないでね。」とお伝えしておきました。旅の予定は、8月8日~8月14日と設定、X氏とは那覇空港で合流とし、私は予定の飛行機に乗るのに、前泊しなければ無理ということがわかり、名古屋在住の友人Sさんの家に泊めてもらうことに・・・・・8月8日早朝、新しく出来たという名古屋の国際空港に1時間前に到着予定で出発する。順調に空港に向かっていたはずの電車が急に止まる。アナウンスによると「人身事故があり、しばらく停止します」とのこと・・・・・最初は静かだった車内も時間と共にざわめきが始まる。アナウンスは「人身事故だと思ったのはまちがいでした。これから出発します。」・・・・ところが一向に電車は動かないし、外を見ると車掌が走っている・・・・時間はどんどん過ぎていく・・・・「飛行機に乗り遅れる!」「集合時間に間に合わない!」車内のあちこちから携帯電話を使う人たちの声が響いてくる。「出発できると思ったのですが、今警察が来て、現場検証、事情聴取に入りました。もうしばらくお待ちください。」のアナウンス・・・・空港の近くまで来て、足止めされる・・・・出発時間は、無常にもどんどん迫ってくる・・・・・念のためにX氏に電話し、たとえ何があろうと那覇に行くから、那覇で私からの連絡を待っていて欲しい旨伝える。この状況・・・・・・平成8年1月一人でイスラエルへ出発した日のこととダブってくる。その日、前夜からものすごい雪が降り、私を羽田まで車で送っていくと約束してくれた三人の誰もが現れない。おまけに異常な降雪がマンションの玄関前に多くの雪を吹き寄せたようでドアが開かない。窓から見る降雪量に愕然とする・・・・車が来ないだけでなく、飛行機は飛ぶのか、飛行場までのバスは動くのか、あわただしく関係各所に電話して状況を調べるしかなかった・・・・・・ほとんどの便は欠航との案内だったけれど、パリ行きだけは遅れても運行しそうだという情報を得て、何とか荷物を持って降り積もった道に歩を進めて行ったあの日・・・・・「行くな!止めろ!諦めろ!」という自然現象を前に、私は「どうしても行きます!行かせてください!こんな抵抗に私は屈しません!」と自分に何度も言い聞かせていた・・・・いつも何か大きな役割を持って出かけようとすると発生してくるハプニング・・・・イスラエル出発の日のことを思い出し、心を鎮め、自分を統一体にしていく・・・・「我は神なり~光なり~我を阻むものなし~我を通せ」と瞑想により上昇させたエネルギーを天に発振する・・・・那覇空港に笑顔で立つ自分を強くイメージする・・・・人は皆神であり、願いは天に通じることをこれまでのいくつもの旅が実証してくれている。自分の内なる神性を信じきることで、道は開いていく・・・・周囲に広がる不安や焦燥のネガティブ・エネルギーをはじき返す光をイメージする・・・・そして、X氏のフライトの安全を祈る・・・・結果として、電車はフライト時間10分前に空港に到着した。約1時間、電車は立ち往生していた様子・・・・那覇空港に到着し、会う約束をしていたN氏に電話する。地球と人類の蘇生を願い続けてきたことで出会ったペンダント・ミューア「かぐや姫」(心身の中和装置―魂の目覚め、源への帰還を徐々に促してくれることで願いの実現がスムーズになっていく)を必要な人に届けてもらうため、私は各地に拠点を作るつもりであり、那覇拠点をお任せする人として私はNさんを選んでいた。拠点をお任せする人は誰でも言いわけではなく、宇宙の自然法を理解し、かぐや姫の意味を心身で受け止められること、届けた人たちに対する肉体・感情体・意識体・霊体などのケアーが出来る資質を持っていること・・・・・など、可能な限りエゴを捨てていただける人とのみチームを組むことを決めていた。個(エゴ)のための生き方ではなく、全体の幸せのために個が出来ることに真剣に取り組んでくださる人でなければ、かぐや姫の販売をお願いするつもりはない。内容は何も伝えず、那覇から与那国に飛ぶための乗り継ぎ時間が3時間あるので、お目にかかりたいとだけ伝え、「もしかしたら、私の話でNさんの人生が開くかもしれません。いかがでしょう?」というメッセージに何か響くものを感じられたらしく、折り返し空港に伺いますとのメールを受けていた。指定のカフェテラスで待っていてくださったNさんの首にかぐや姫をかけさせていただく・・・・・数分後、Nさんの顔が輝き、笑い出す・・・・・「何ですか、これ?理由もないのに笑いがでてきます。幸せな気持ち・・・・これ、すごいなぁ~」この言葉で、私の気持ちは決定した。やっぱり私の直感に狂いはなかった・・・・かぐや姫の意味や届けていただく目的などを話す。「是非、扱わせてください!これはすごい!・・・・でも僕には自由になるお金がありません。仕入れるお金がありません。でも広めたい!」「お金が目的ではありませんから・・・・あなたの力で広めてくださいますか?今、地球や人々がどんな状況にいるのかお分かりでしょう?人の内に潜んでいる神性を目覚めさせる活動で、8月中に何人の方にお届けできると思われますか?売るのではなく、必要な人にご紹介し、体験してもらって、身につけたい人にお届けするだけです。判断は本人が下されますので、買って欲しいとか売るという意識は捨ててください。」こうして私は那覇をお任せする人を決めることができました。源への旅が無事に終わり、宇宙の中心ポイント∞に存在する桃源郷を、地球に下ろす活動をすると決意した私の最初の仕事です。ミューアの普及だけでなく、自然農の啓蒙・サポートや人の本質を引き出していく仕事、自然環境と調和した人間の暮らしなど・・・・・具体的に形として表現していくことにすべてのエネルギーを注ぐことを決意しています。そのための拠点作りをスタートさせました。懐かしい与那国空港に降り立つ。懐かしい顔を捜すが、どこにもいない・・・・・与那国島に到着した過去10回のすべてに、ぶっきらぼうな口調ながら嬉しそうに迎えに来てくれていた霊能者Tさんの姿を探すが見当たらないし、電話してみるが応答がない・・・彼は、この島の隅々、動物相・植物相など与那国のことなら何でも知っている霊的な与那国の守護者・・・・・彼の役割も終わりに近く、次の世代の守護者にバトンを渡すため天に還ると言われていた・・・・・その言葉通り、去年の冬、30歳代の若さでありながら脳梗塞で意識不明となっていた。三女Tさんから、この報告を聞いたとき、「駄目よ、逝かさない!私はあなたを守る・・・まだあなたが必要なの・・・・あなたがやることはまだたくさんあるのよ!・・・と、ママが言っていたとTの耳元で伝え続けてください。」と頼んでいた。天に祈り、与那国の空に呼びかけ続けた・・・・・そして、彼の素直な心を知っていて、霊的パワーの強い仲間たちに連絡し、エネルギーを送り続けてもらった・・・・・長い入院生活ではあったが、現在自宅に帰り、生活をしながらリハビリに励んでいるはずの彼が現れないことに一瞬、気持ちが動揺した・・・・一族の青年Yさん(子供の頃から与那国の伝統芸能の習得に夢中になっていた・・・)が現れ、Tさんは検診のため石垣島へ行ったことを伝えられた。しばらく彼は帰ってこれないけれど、一族で歓迎しますと・・・・良かったぁ~、右半身が不自由であろうとも、約束されていた死神を追い返すことが出来ていた・・・・・夕食は一族の長女Mさんの計らいで、地元で人気の店「女酋長」に招かれる。美味しい泡盛と地元の料理・・・・そしてN家一族を構成する若い人たちとの懐かしい交流・・・・・ここ与那国の女たちは、信じがたいほどの働き者であるだけでなく酒豪揃い・・・かつて私は長女Mさん、三女Tさんに誘われ、97度の泡盛をストレートで飲まされたことがある・・・・そのつもりでねとX氏に伝えてあったので、彼は戦々恐々としていたのだけれど、水割りで30度の泡盛「与那国」を飲んで、その美味しさに感動していた。いっぺんに泡盛ファンになってしまった様子・・・食べきれないほどの料理と泡盛を堪能し、用意されていた孫Yさん(空港に迎えに来てくれた青年)が働くホテルに落ち着くことができた。明日は三女Tさんの案内で、X氏が前もって調べていた2箇所のBEPミューアの埋設をすることになった。つづく・・・・・
2007.09.02
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