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セッションをしていると、その時に心が動かされることが多々あります。でも忘れん坊さんの私は、その後すぐに忘れてしまいます。多くの方々の感想をお送りいただき、ありがとうございます。日記にあげる許可をいただいた方のものも、なかなかあげられずすみません。また、近日、無料相談の方も滞っていますが、これも時期です。必要なことは自然な形でこたえられるでしょう。さて、2、3日ほど前に、セッションでそれはまた素敵な事が起きた方がおられるので、ご本人の許可をいただいたうえで載せたく思います。その方は、会社でお金を紛失してしまい、探しても探しても出て来なくて、とても動揺をされてお越しになりました。でもセッションを何度かうけておられるので、もうご自身が行くべき方向が、「自分が安定をすることだ」ということはお分かりになっておられます。つまりお金を探すためではなくて、ご自身が安定をするためにお越しになりました。様々な外側の問題に人は惑わされますが結局のところ、自分の安定が何よりも大切です。そしてセッションをしたところ、夢かイメージで場所を見てその場所から出てきたとのことです。それは本当にすぐでした。おそらく土曜か日曜日にセッションをして、休み明けぐらいに連絡をもらったと思います。いらない書類と一緒に、処理箱に入っていたとのことで本当によかったです。このかたについて私が思うのは、ある時期まで整理がついたものがある時期からほかの整理を「心が」求めてくるようになりました。何かとても深い苦しみがあり、それは「死にたい」と言う言葉と出てきて根底には、「無理をしてきた」と言うものがあります。無理をしない、何も考えない、良い方向に行かせようとしないそういった内容の何もしないという不思議なセッションをしたところ、本当に穏やかに心の一部が安定をしていくようになりました。それはとても勇気がいることであるかもしれません。人はどうしても「マイナス」と思うものに反応を起こすので「私がこのまま何もしないと怖いことになる」というイメージに揺り動かされます。でも彼女はセッションを通して、考えではなく心にふとわいた真実に基づいて行動をするとうまくいくことを経験されておられました。彼女の場合、考えがとても苦しくて考えてこうしないとならない、と思ったり逆に力を抜かないとならない、と思ったり、何を考えても、「考えることそのものが」苦しい、という癖を持っておられました。何を考えてもそれらは自然ではなく苦しいのです。なので、ふとわいたものを言葉にもせずこうしないとならない、あるいはこうしないとならないと思わなくていい、夢を捨てないとならない、あるいは夢を持っていないとならないというような両極の言葉に縛られずに、体がそっと動いて言葉ではない真実の体の声と一致をしなければならず、それを瞬時感じては言葉にせずに頭でぐるぐる回さないことを目的にセッションをしました。そうなれない、つまり考えては何かをしないとならないと自分を責めている苦しさを「死にたい」=考えない楽さの中に浸りたいという望みを持っていました。幼少の彼女がただやる気をなくしてそれを認められた安定感に入っていく必要がありました。人の思いは深いです、一件、励ませばいいと思うようなこと一件ポジティブになればいいと思う事、でもそういうことではなくてもっともっと自然な姿で楽に行動をしていきたいという望みもあります。深い奥底のその方の在り方につながるときに自然な形で健康を取り戻していくことは意義深く思います。ああ、今夢を持っているな、今はがっかりしてでも次の瞬間には何も考えずに好きなことをしていて、次の瞬間にはこれをしているお茶を飲んでいる、そんな自然体は、得難いものですが一回得ると安定をしていて、また自分らしさを取り戻しているともいえます。それにそのときには、さまざまな「知識」につながっていてここは経験をしてほしいところでもあります。人とのチャンス、自然な形で望みがかなっている状態でもあるでしょう。いやーでも、出てきて良かったです。実はセッションの効果で現れたかどうかは科学的に調べないとわからないんですがでもこういったことはよくあります。以下は彼女のメールですが、私が編集するよりも力があると思うので、そのまま載せておきましょう。『キャシーさん!会社のお金出てきました!シュレッダーとして、溶解ボックスを使っているのですが、その中から出てきました。いらない伝票と一緒に捨ててしまったみたいです。今朝、夢かな?イメージなのかな?で、溶解ボックスの中を探してたんです。で、今朝会社に来て、開けてもらったら、1分で見つかりました。(ちなみに機能は、以前から休みをとっていました。)ちょっとびっくりですー。ずっと、私の頭の中でぐるぐるしてたことを、実際に、言葉にしてキャシーさんに話をしたことで、何かが動いたような気がします。おっとっと。言葉にしていくと、また混乱するので、この辺にしておきます。いやー、ほんとうに良かったです!!ありがとうございました。』よかったです。http://www.acoreading.com
2014.08.27
もちろん、甘え上手には、相手の気分を悪くさせない言い方とかはあるんでしょうけれど、そういったコミュニケーション方法は別にして、甘え上手は流し上手。それと、自他の区別がついています。うっとうしいは、流していかない。時間がとどまったままで失敗やうまくいかないことを、考え続けます。おなじこうしてね、というのでも、気楽に言って、相手が願いを叶えてくれなくてもいいやあと言うのが甘え上手。無意識レベルでは、「叶えてくれないといけないし叶えてくれないことは怖いことだ」というのが、頼む動機になっていません。気重(なんて言葉はありませんが、深刻?)に言って叶えてくれないとすごくすごく自分に価値がないとかがっかりしすぎる体質の人が、うっとうしがられます。実は「もともと」叶わなくてもいいんだし、まあうっとうしがられてもしょうがなかったなあ、と、要求度合い(相手が完全に自分をよく思ってくれ位とならないという思い) の少ない人が甘えられる人でもあるのです。この理解はとても大切です。ここにトラウマがあって、「どうしても叶わないことは怖いことだ」というのを変えていくことも、セッションではよくしています。それと、「こうした以上は自分にこうしてくれないといけない」と言う基準があれば、「自他の区別ができていない」ところがしつこいと思われる点です。実はうっとうしがられることも、失敗も相手は構わないんです。でもそこで、「こんなに私の願いはかなえられない、こんなにしてもらえない、こんなにどうのこうの」とここからこだわって解消をしようと必死なのが重たく思われる部分です。やっちゃったあ、頼んだけれどやってくれなかったやっちゃったあ、頼んだけれど少ししつこくなっちゃったあやっちゃった、少し嫌がっているみたいま、いっかな、また言ってみよう。この気軽さがかわいらしさでもあるのです。ここで「それでいいんだな」と思えるかどうかが、かわいがられるかどうかの違いなのかもしれませんね。レベル1が始まります。http://www.acoreading.com セミナー欄にお知らせがあります。
2014.08.27
なんだか、これとあれの違いシリーズに、前回からなっていますが(笑)すみません、近日、無料相談をしていなくて。ちょっと思いついたことをつれづれに書いていきます。皆さんを助けてくれたり、いろんなことから救ってくれる直観ってあるのですが直観は、恐怖心を伴いません。ただ情報としてさくっと来ます。つまり恐怖心は、その人が過去の経験により変えられない部分を変えようとしたときにわくと思ってください。ここにはその人の「心理的なドラマ」があります。例を挙げると、たとえば暴力を振るわれている人としか付き会わない人々がセッションをするとよい人に出会って付き会ったりご結婚をされていますがそういうのって、なぜおなじタイプの人々を引き寄せ結婚をしていたり付き合うかというと、「この人を離れたらかわいそう」という離れるときに恐怖心がわくんです。何かそういう人々と出会って、そういう人々を離れないプログラムみたいになっているんですねその、プログラムをさせる根底に感情がある、ということです。これは相当に強いです。他にも、「人の言うことを聞いていないと嫌われる]恐怖心とか「威張っていないと自分が馬鹿にされる」とか「言わないと馬鹿にされる」とかなんでもいいんですが、止められなくなる自然とすごく強い感情が湧いてしてしまうんですがこれらの反応は、「自分が見てきた身近な家族」の在り方を再現をしようとしています。たとえば、幸せになりたいといくら思っていても競争心ばかり持っていて、競争をしていないと負ける感覚がつよければ、だれも信じられない人がいたりもするかもしれません。(もちろん、競争心があってもそれをうまく利用できる場合にはいいんですが)その根底には、恐怖心だったり悲しみがあるのですが、それは「癒されていない感情」ですしそれが再現をしてしまうのは、それが見せているドラマです。心理ドラマ、と言われているものですね。真実、その人を導いてくれくれるものは、それらの自分の感じ取り方の癖がなくなった時にすっきりとわかってきたり(セッションをしてから宝くじがやたら当たるようになったうらやましい人がいます)あるいはそれら、自分の持っている感情やドラマの癖がなくならないまでも、自分が恐怖心から動かないのは、感情であって事実ではない、でもドラマを見ていてそれに逆らおうとすると、あらゆることがそのせいで起きた、と見えてきて、ますますその感情にとらわれる、と知っていることだけでも役に立つこともあります。たとえば人から嫌われると思って意見を言わない人がいる、としましょうね嫌われるのは意見を言ったからではなくて、「その人が機嫌が悪い」「その人はその人を嫌い」「その人は意見を言わないのでイライラする、もっとしっかりしろ」と叱っているなどほかの理由なのですが、その人が、「私は意見を言わない、そういうスタイルを身に着けた」と言うのが脳にあるとそれを変えたくない方に「感情を操って脳が」しようとします。なので言おうとしたり、実際に言ってみようとしても、すごく怖い死ぬほど怖い、言った後ですごい罪悪感がわく、というような心持になるし、言ったら悪いんだという気分になるし、言ってみてそのあと悪いことが起きるのを、全部言ったせいになるんですね、つまり感情はそうさせないようにしていてそしてなおかつ、起きた悪い出来事をすべてそれに関連つけるという癖が脳にあるということです。逆に言えば、意見を言えないからこんなことが起きた、絶対に言わないと、何が何でも言わないと、という人であればそのあとに起きた悪いことは、全部言えなかったせいと必ず思います。それが感情が見せるドラマです。感情が見せるドラマは、実は人と人を結ぶことはなく人と人を離していきます。だから、人が一生懸命やっているのになぜわからないの?ということになります。要は何か(特によいことを)しようとするとこわいのは、あるいは慎重になってああでもないこうでもないと考えることに依存をするのは、直観ではなくて、その人の「感情」であり「止める感情」が強く強くわいており、さらにまた、そこからわいてくるイメージ、つまり(こんな悪いことが起きる)は「妄想」でありそのドラマを見ているんだけれどでも脳は自分を変化させたくないから少しやってみようとしたところで、悪いことが起きたというか別に相手が機嫌が悪いだけのことだったりしても全部「それをやったからだ、私が新しいことをしたからだ、ほら、こんなに怖いでしょう怖いでしょう、こんなに悪いことなんだよ、やめな」と脳が言ってくるということなんです。直観は、素晴らしいものなのですが感情を伴いません。すんなりとあ、こっちに行ってみよう、とか、あ、ちょっとやめていよう、とか、自然にしていたりもします。「虫の知らせ」と言う言葉の通りに、些細なものです。でも結果が大きいです。映像にしても感情を伴わなかったりします。そしてすぐに実現をしていきます。さて、それとは別問題ですが、イメージングについて、なぜ感情を使うほうがいいのかあるいは感情を使って必死になってもかなわない人もいるのかもおいおい時間があれば、書いていきます。私は仕組みを書きますが、本当は仕組みはどうでもいいんです。体験だけが人に必要なものですから。体験がない理論は弱いです。そして私は理論で物事はかけないです。経験を何とか言葉にしていきたいんですが。難しいですね。^^9月20,21日にレベル1をします。http://www.acoreading.com のセミナー欄になります。
2014.08.19
こんにちは、以下のご相談をいただきました。個人的にお答えするよりも、日記に書きたい旨をその方に申し出て承諾をいただいたので書いていきますね。なお、大好き~というこの方の感情は、セッションの内容は覚えていませんが、たとえばお父さんに素直に抱き着いていけるような感情です。お父さんに素直に抱き着いていける人は、別にお父さんがその人を受け入れてくれないだろうとかややこしいことを考えていませんよね?素直に会社でも、「ここってこうしたいんです」と言える人がそういう愛情を持っていて人に愛される人です。「この人は言っても聞いてくれないんじゃないか、話しかけて無視をされたらどうしよう」と考えるのがトラウマであり、愛情で面倒な部分を作り出している部分なので其れの誤解を解いていったような気がします。実はこの「相手が保証をしてくれない限り私は自分らしくいられない」という度合いが強くなればなるほど、人とのかかわりを失っていきます。そういったことを整理をしたら、異性と出会えたりお付き合いを始めたり、出会う種族が違って来たり(意地悪な人から優しい人へみたいに)ということはごく自然に起きることです。相談内容です。お世話になっております。28日にセッションで、「好きな人がほしい」と相談をさせていただいたものです。ふわ~っと「大好き~」と感情を感じるよう教えていただき、思い出したときに無理ない範囲で行っおります。そうしたら、道で素敵な人とすれ違う事が増えてきた気がします。ところで、一つわからないのですが、「妄想はイリュージョンだから違う」とキャシーさんがおっしゃっていたのですが、感情を感じることと、妄想はどこがちがうのですか?イメージングはやっていないですが、例えばイメージングと妄想もちがうのですか?そこだけ今になってわからなくなってしまいました。お時間があるときでけっこうですので、お返事をいただければ嬉しいです。お忙しいとこら恐れ入りますが、よろしくお願いいたします。皆さんの中で、妄想をしている方と言うのが結構いらして、この妄想はとても事実をゆがめます。たとえば、すぐに叶っていかないようなものや見当違いなものが妄想です。セッションで未来依存と言うことを扱うことがあり、いまが満足ができていないから、でもそれを見つめると怖いから未来のことばかり考えていていつか起こる、と言うようなものの場合、妄想になります。この場合、今の問題を扱えないことが問題なのにそれを隠して、いつかこういうことが、と逃げていることが問題になります。それぞれパターンが違うので、たとえば親御さんがこわい顔をしていたから自分がいい子になればきっと良いことが起きるといった場合、問題は親御さんがこわい顔をしていても大丈夫で別にそれと愛情を与えられていないのが別だということが心が学べばすぐにいろいろ受け取れるようになります。でも、親御さんがこわい顔をしていたから、自分がいい顔になっていたら良いことが起きるんだという誤解をどこかに含めたまま「きっと未来にいいことが起きるんだ」と言う妄想を抱くようになった場合ぜんぜん未来を築いていく力を持たないんですねこれは面白いと思います。通常、ああ、いいことが起きるんだなと思っていて、それは忘れて自然体でいればよいことが起きるんですがこういった方々に起きないのは、自然体を避けるために未来依存をやっているわけですよね。安心を出来ないから、今がこわいから逃げるようにですね。そのように、意識ではないんですが、(意識ではその人は良い未来を望んでいると思っておられるから)無意識レベルでは、「恐れ」が動機になっているものが妄想です。「こんなことが起きるんだいいな」というのが動機になっているのがイメージングです。ただし、「こんなに良いことが起きるんだいいな」と思えていたとしてもすぐに問題が起きて、気持ちが動揺をする方々は、潜在意識では「起こすこと」が目的ではなくて、やはり「恐れ」が動機になっています。たとえば、よい関係を築きたいな、と思っていても、付き合いだすとすぐに不安になって相手を見張って問い詰めて関係を壊してしまう場合、まだ未解消の、「自分が見捨てられていく恐怖心」があります。なので、夢を持つ場合にも、こわさから、「手放さないで済む目標」みたいになっていて本当に良い関係を持てるという確信からできていないことがあります。それがしがみつきみたいになって、「どうしてもこういう人々と知り合わない限りダメだ」と思い込んでいることがあります。恐怖心は空っぽを恐れるので、空っぽになると怖くていられなくて幻想を持っていないと手放すと怖い感じがするのであればそれは喜びではないほかの動機があるので、だから一回手放したら?と言う思想が出てくるのです。でもまあ、いろんなことが皆さんにはできますから、のんびり思えたらいいし、何か問題があるときにそちらに引っ張られずに、まあいいんじゃない、これはこれでこういうのが得られたらいいいなあ、と思えるようであればそんなにトラウマ、ちょっと言葉は違いますが、要は自分の中に隠れている整理をする感情にとらわれてはいないので生み出せるとは思います。ーーーーーーーーーーー9月20日、21日に レベル1のクラスをします。セッションの方法を学びますが、1回目は問題の成り立ちやキネシオロジーなどの基礎を学びご自身が自分の問題を整理していく初歩を学びます。http://www.acoreading.com/level.html
2014.08.15
セッションの方法を学びたいというお声をいただいており、ACRのセッションの方法を、レベル1からを始めていきます。さまざまな心の変化も体験ができます。前回のレベル10まででは、7人のうちお二人がご結婚をされ、皆さんがそれぞれにご自身の問題を解消をされていかれました。レベル10まであるうちの前半が潜在意識や引き寄せの法則の学びと自身の課題の整理になります。レベルの後半でプロとしての技術を学びますので、レベル5までの参加でもいろいろ学べると思います。下記に掲載がございます。http://www.acoreading.com/level.html詳しくはお問い合わせください。レベル10までの内容については、今後掲載をしていきます。
2014.08.07
運命の女神から皆さんにプレゼントがあります。と言われたらどう思われるでしょうか?ただし、受け取るか受け取らないかは、皆さんの自由。必要なものが現れてくる、としたらとても興味深いとは思いませんか?そして事実そうなんだなーというのが私の感想です。自分の考えていることを、ダイレクトに語りやすい英語で話して整理をしたいなーと思っていたところ、人生経験が豊かで知的な友人が新たにでき、彼とは毎朝毎晩、スカイプで話をすることとなりました。(外国にいる外国人なんでスカイプなんだけどね)その友人が私の問題の解決を助けてくれていることもあったり、さらに仕事仲間が助けになるんだったら、話をする時間をとりましょう。と提案をしてくれたり、(しゃべるといろいろ思いつくから)ラインなんてものをやってみたいなーと思っていたところがアメリカにかえる友人が友人からの提案で、ラインで話をしたいから、と設定をしていってくれたり。他の友人たちともなんとなくいろいろ助け舟がでたり。さらにそれらのツールが使えてきたことで仕事に伸びしろが出てきました。一見違う事柄がつながっていきます。これらも引き寄せだなーと思います。最近、人生でとても興味深い事がおきていてそれはセッションやクラスなどでお会いした方々には少しづつ話をしていっていますよね。さてさて、実はみなさんの生活には、日々、「プレゼント」があるのですがでもでも、受け取り拒否をしているのは、皆さんの側なんです。しかもその一つ一つは、実はみなさんが行くべきところというか豊かなところへ行くための助け舟です。でも受け取れないのはなぜでしょうか?何かの出来事があったときに、つまらない、くだらない、と思うことはないでしょうか?あるいはいろいろ聞いても「そんなのこんなじゃないの」と言いたくなったりね。たとえばある特定の人(ボス格の目立つ人)と親しくなりたいので誰かほかの人が声をかけてくれても、それは「なかったこと」になってしまっているとか。よい結果を得られても、こんなんじゃだめだ、と無力感を感じたり。自分の中には非難を中心に生きているので小さなできごとを馬鹿にしていたり、解釈をしていたり。でもこういった姿勢が「運命からの贈り物を遠ざけている」としたらどうでしょうか?運命からの贈り物は、はっきり言って出会いです。もの、ひと、チャンス、などなどの偶然に展開をしてくるものが贈り物です。目標が達成できないとつらいのはわかるんだけれど、目標とは違う「よい事」が起き始めているのにさらにそれは、皆さんが行くところへの道順化もしれません。それらをいらないものとして受け取り拒否をしてはいないでしょうか?これは話したことがあるかもしれませんが好みの人に好かれる人って、好みではない人が好きになってくれても「あ、好かれたんだ」とそのこと自体は悪い事と思わない人が多いです。べつにその人と友達になるかどうかは別として、それ自体は悪い出来事ではないですよね?でも、好みの人に好かれない人ほど、こんなのに好かれるのなんて嫌だこんなのに好かれるのなんて自分がそんな価値しかないからだというように、自己卑下、あるものの拒絶、運命を呪っている(極端で悪いけれど)ような姿勢を見受けることもあります。でもこれって人だけじゃなく、仕事でもこんなんじゃだめだ、ということを考えていたりいろんなところへ波及をします。さて、そういったプレゼントを受け取れない姿勢には、ご両親の姿勢から学んだもの、そして、自分の物事の考え方の癖が出てきていることもあります。要はイライラしている、ということなんですね。そのイライラに隠されているものは、自分はこういう程度は得られるけれど、どうせこういうものは得られないという何かなのかもしれません。あるいは頑張っていないと逃れていく逃がしていく失っていく感覚が自分を支配します。がんばっていてそれがうまく回っているときにはそれは正しい年代です。でもそれがうまくいかないときには気持ちを楽にすることを学ぶ年代です。いったい自分はどういう人でどういうものしか与えられないと信じていてそしてそれにどんな感情があるのでしょうか?通常はこんなんじゃない、と怒っているか、どんな信じ込みが、どんな人と自分を信じているからどんなものしか与えられないと信じているからそうなのかを感じてみても面白いと思います。その感覚は真実ではなく感覚だととらえて事実はしなければならないことは大事な事のみ、とおぼえておくとよいかもしれませんね。そして今あるものが良いものにつながると信じると何が見えてくるか、です。もし、何かが得られると信じていると、それをそれほど得たくない心境になることさえありえ場合もあるでしょう。それが「楽さ」です、楽になると得られることがあるのは脱力をすると得られることがあるのは、そこら辺の関係です。暑いですね、良い一日をお過ごしください。http://www.acoreading.com
2014.08.01
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