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無料相談に寄せられたものの回答です。順不同でお答えしています。何か月かかかっています。それと皆さんにお答えできずすみません。acrsoudan(a)yahoo.co.jp まで短くお願いします。最近、自分の考え方の癖に気づくようになりました。これは私の癖で事実ではないな、と頭で理解しても、淋しさは残ります。自分が淋しいな、とか、大事には思われてないんだなという感じ取り方は相手を重くさせるかも、と思うと、当たり障りなくしか人と接することができなくなりました。淋しさや、悲しさは出しちゃいけない、私の偏った癖からくる考え方かもしれなから、自分を出したら相手は嫌がるかも、と怖いなと思います。癖があまりなく、誰とでもさらりと付き合える人に憧れます。癖をなくすにはどうしたらいいのでしょうか。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいくつかおおーきー誤解があるから、それらを含めて伝えておきます。なぜ癖で誤解ならば、相手に伝えてはいけないのでしょうか?伝える方法を考えればいいだけですよね?人は勘違いをしているけれど、問題は、「自分が正しい」と思っていることです。「感覚」は一人ひとり違うから、無理強いはできません。でも、気持ちはとても大事なものですから、それが「あってよい」と言うのを認められないことは大変に偏りがあります。それと、実は正しい自分に戻れば、本当は伝えた方がすべてがうまくいきます。気持ちを認められない人々はかえってそれを押し付けてしまいます。そして潜在意識を扱うときに、その問題を癒すのは、とても深いレベルで、「私が大事にされていないよーさびしいよー」という寂しさのもとになる、幼少期に見過された何かをちゃんと本人が受け入れるときに、その寂しさが軽減をします。つまり、その寂しさは感情でわいてくるものなんだ、ということを人から否定をされるという誤解なく受け止められるときに癒されるという真実があります。大事にされていない、というのは思い込みでも、大事なのは、「何か」まだ解消をできていないことはあります。その満足がいかないということだったので、その部分の癒しが必要ではあります。セッションで、問題がとけなかったことがセッションの最後の方にはとけて何が問題だったのかわからなくなったという方がおられます。先週受けた方の中には何名かお心当たりの方もおられるでしょう。実はあの癒しは、「相手が何かをしてくれないのは自分が大事ではないのではない」と潜在意識の誤解を解くこととでもその下には、もっと重要なことは、「自分が本当はなにか幼少期に寂しいとまでいかない繊細な小さな気持ちがあった。とてもとてもとても繊細な大人にとってはどうでもよいことだった。でもそれを受け入れられる方法を学べなかったために、わたしはそれが否定されると今も信じている。そのために何としてでも受け止めてもらいたいと暴れるもとになっている、今大きな寂しさとなっている なにかなのです。そのように、受け止めてもらいたいこと、したいことがあったが、わからなくなっている、そしてその人がしてくれないと、そこしか見えなくなっている、相手との関係でしか解消ができなくなっているその気持ちしか感じなくて繰り返される」と言う部分の癒しを行います。言いたいことは、その気持ちは大事な「何か」である、ということなのです。今はわからなくても、「何かとても大切なことなんだ」としっておいてください。確かに、大切にしろ、と言ったら、相手はわからないことがあったり相手は大事にしていないというつもりはないからそう訴えれば訴えるほどすれ違うけれど、私はこういう行動が好きじゃないな、こんなふうに優しくされるのだーい好き、えーつまんない、こうしたいのにな、と言った何か簡単に心にわいた気持ちを素直に言えたはずのことがいえなくなってそしてさびしいと大きな気持ちになってしまいます。そして、「相手がしてくれない」「相手が与えてくれていない」「私に価値がない」という思い込みで大げさに求めているんだなと知ることが大事なのではないでしょうか?話さない、我慢をすることはよくありません。でも、「相手がこういうことをしているのが過ちでこんな方法は嫌だ許せない」と話したら相手にそのつもりがなければ通じないでしょう。人と人との会話は、「私はこういう行動は好きじゃないよ」「こういうのが好き」「だからこうするね」と自分がそれを得られることをするんだと相手に伝えてコミュニケーションを取っていくことにより画期的に暖かい関係を築けるのですがその方法を知らな過ぎるように思います。自分のトラウマを取り去っていけば心の傷を癒せば、すんなり「え、これ違うよ」「こんなのはやーだな^こうしようかなー」と言えるのにそして相手も受け入れてくれるのにと言うことなのだと思います。今はその何かを探さないでください。頭で考えると大げさな問題を作り出します。親が一人ぼっちにしたとか、幼少期にこんな大きな出来事があったとか、でも癒される部分はそこではなく、小さな小さなことでした。自分がなんとなく寂しいような、もの悲しいようなその時にそうだよね、それはあるんだよね、大丈夫と言われなかった何かです。あなたがすべきことは、自分が我慢をすることでもその気持ちを捨てることでも重たく思われるから嫌だでもありません。本当に受け入れてほしかった小さな寂しさが大げさになっているけれど、相手といて趣味が違うとかつまらないとか、もっと自分がしたいことが別にあるとか失われた感じ取れないなにかを探して行くことなのです。アファメーション私はあいてが○○をしないときに(あるいはするときに)自分が大事にされていないと感じる。きっと、自分が気軽にこうしよう、こう感じようとすることを学べなかった自分がいるんだごめんね。今度から私は私を大事にするから一体何をしたいのか教えてね。考え込まずにこの言葉を唱えてのんびりしておいてください。考え込むとどうせ、親がこうしてくれたくれなかったという話になりますがそこを思い出しても、何も変わらないでしょう?本当の癒しは、いろんなこだわりが真実変わっていくところなのです。もっと本質的なところなのですから。http://www.acoreading.com○ あいてがこうしてくれないとき、こうするとき、わたしは○○と感じる○ 相手はそういうつもりはないかもしれない○ 私は、こういうふうにされるのが好き、こういうふうなのは好きじゃないなあと感じて良い○ そのうえで自分がそれを得るには(相手にさせるにはではなく)何を自分にしてあげなければならないのか○ もし相手に話をするとしたら、私はあなたが○○するとこう感じる。わたしはこう感じる(でも感じるんだけれど真実としない)たとえば大事にされていないと感じるというのはいいけれど、「なぜ大事にしてくれないの?」というのは相手にはわからない、ということですね。トイレットペーパーを取り替えてくれないのは、いやで、私の仕事を評価してくれないように感じる、と言うのは相手に通じますが、協力してくれますが、決めつけて「私が仕事をしているのにどうせ私の仕事なんてどうでもいいんだよね」と言われると真実ではないので相手が聞いてくれない、みたいなことですね。 でも私はこう感じるからね、聞いてくれてありがとう、と言う気持ちで話すことが必要でしょう。それをするとすごくすごく深い関係になって行く訓練になります。http::/www.acoreading.com
2015.02.27
過去の後悔をするときには、その後悔が楽になるセッションってどうすると思います?それは、、過去の出来事がこんなことは起きるはずではなかった、という抵抗を取り去るのです。こんなことは起きて悲しかった、その気持ちはがあるのは当然です。でも、こんなことは起きるはずではなかった、いいえ、それは残念ながら「起きてしまった」のです。ここに無意識が抵抗をしているとき、「起きたことが理解できない、いやだ起きた出来事が嫌だ」という何らかのことがあると、その過去を作り出した原因があるはずだと思います。そして自分がこうすれば、ああすれば、と考えるようになります。後悔は、過去にあった出来事を、あってはならなかった、あるはずではなかった、と受け入れていない「部分」からわいてきます。皆さんは未来を変えることができます。それはすばらしい力です。でも過去はたった一つのことを除き、変えることができないのです。過去は今後の参考にして上手に生きるためと理解をしたときに何らかの意味を持ってくるのでしょう。「過去は嫌だったしいろんな原因で起きてしまった。その原因を今後はやめたり改善はできる。でもその時に起きたことは、ただ起きたんだ。本当に起きたんだ、そして今は私は大丈夫だ」と言う深い理解があって初めて後悔が消えていきます。この深い理解を過去の記憶に戻るとできる時点があります。すると今までの不安定が消えて、とても安心感を得られることが出来る時点があります。それは大変に興味深いことに思います。あの時にあんなことをしなければいいえ、あなたは「した」のです。それが事実です。相手がこんなことをしなければ、そうです。それは大変な出来事であったと思います。でもそれを乗り越えるには、たぶん、「相手はしてしまった、その過去は変えられない」「本当に変えられないんだ」「変えようと考えなくて良い」「そして未来に生かそう」としたときなのでしょう。http://www.acoreading.com
2015.02.25
成功者、というか、ある分野でつっかえてくるとき、失敗する傾向がある分野は、「こうしたらこうできる」⇒ 「でもあの人がこう邪魔をするからできない」「上司がこういう状態だからできない」「この状態が現状」というこれらは事実です、事実ですが、「そうだから当然」という「気分が」大きくして、それ以上は考えられない状態にあります。わかりますか?気分がそれ以上考えられない気分なんです。「だって当然でしょ」「だってそうジャン事実」という気分をわかせるのが、潜在意識です。幼少期にそういう人々を見てきていて幼少期にその対応をされたときに傷ついていて、それが無意識に入っているのです。というのがACRの考え方です。この、「それだから当然」と言う部分は、潜在意識上の親の部分です。すなわち、スーパーエゴ、簡単に言うならば自分の常識や道徳心の部分です。(あくまでACRでの捉え方です)常識に沿って、そこからはみ出てはいけないから習ったこと以外はかんがえないように、という組み込まれた部分です。ある部分でつっかえがない方々は、「こうしたらできる」⇒「あ、じゃあこうしたら」⇒「この人やあの人が現実こうでそれはできないかな」⇒ 「あ、じゃあ、これは次はこうしたら?」⇒「でも現実はこう」⇒ あ、では次はこうしましょう。 と言うようにどこにも留め金がなくただ動いているんですね。気持ちが前に。と言う感じです。これは、親の止める部分が少し和らいだ状態ですね。でもこれって無理に考えていないんです。ただ気分がね、そううごいちゃうの。潜在意識が変わったとに変わるのは、「気分」です。対応が自然と変わるのです。私も過去には、上のような感じ取り方をしていたと思います。いや^それ、強かったと思うよ。でも大分年月とともに変わってきているかな、若干はね。とは思います。先日面白いことがありました。実家の近くのある山の部分が大雨が来たら崩れるんじゃないかと私は心配だったんです。でも、そこって、もう持ち主がわからないそうなんです。2園山は何名か個人の持ち主がいて、それぞれお年がお年だからたぶん亡くなってほかの方が相続をしているだから、その二人の相続人が探せないと、その山を崩れないように固める工事ができないそうです。そしてそのお二人は他県に移っているとのこと。でも私は役所に電話して、ここって危ないなーどこが担当なのかな?と聞いたんですね。するとその県の担当部署を教えてくれて、この時にとても面白いんですが、「役所だから駄目だろう」「相続人がわからなくて、工事の許可が取れないと言っている」「どうせ各部署を回すだけで」「だって、何十年も(母は80歳、そこに住んで50年)工事にならなかったんだよ?」「誰かが前にもうすでにお願いをしてだめだった[事実過去に隣の人がお願いをして無理だと言われた]」と言う事実はあったわけですが、それらは気にならなくてどうでもいいんです。ただ、イヤー工事ってできるのかなー担当ってどこかなーできたらいいなー程度で電話をしているだけなんです。潜在意識は気分なんです。みなさんが思うように理屈ではありません。気分が人を一番動かすんです。だから、「だって役所ってどうせしてくれないだろう」「本当に嫌だ」という気分が湧く方は、その気分から行動が制限をされます。でも、3か所ほど、区役所、担当部署2回だったかな、に電話をしてみたら、そこの町長さんもその山を見に来てくれたらしい、と聞いたこと数か月。その後、すでに工事が始まっています。ほんの、全部でも1時間ほどの手間だったんじゃないかな。役所に話してから、わずか、1、2年で工事が始まったよね。お役所さんに連絡をしたのだって、そうですよね、工事出来たらいいですよねへへへ、程度の対応ですが、もう工事が始まっています。私もどうやって持ち主探した?それとも本当はもう何十年も経っているから市が工事ができるのを見落としてた?とか理由はわからないんですね。工事が始まっている。面白いでしょ~。だから、「それがダメ」と思っていないで現状って何かな、どういうふうかな、へーみたいな楽に物事を解決する人々のそばにいると良いと思います。実はこういうことは普通にあってもよいことです。私は成功者だと自分を思っていはしないけれど、まあ成功者と言うのは観察するに、そんなところはあります。私はこの、気分がどうしても動かない方々に対してそれはそれで、大事な時期だとは思っています。人生でどうしても、「要領は悪いと人から言われるけれどだって私の方法はこれなんだもん」という時期は過程として通過してよいようには思います。(たとえばなんで役所はこんなにしてくれないんだっーと戦う時期だってあってよいのでしょうし、それだってその人にとって正しいことなのかもしれません)ただ、手に入れたいものをそれらが邪魔をしているとしたら少し揺るがしてみようと思うことも、大事なこともあるでしょう。実は、「こうだからこう」⇒「でもこれでできない」「どうしたらいいんだ、これがこうでどうしたらいいんだ」という感じ取り方[気分)が「こうだからこう」「あ、そう?じゃあ次は」「でもこの問題が」「へーじゃあ次は?」の気分は、子供の時皆さんが持っていたもので、「これだからこう」「でも現実が」「そうだよ現実が」の気分は後から学ぶものです。そして次に、その子どもの気分を取り戻し、下のリスクマネジメントや知恵とともに使う必要があるのです。すごいでしょ?悪い考えが悪いのではないんです。自分を引き留める考えなりなんなりを取り入れたうえで、「バランスを取る」、そのために必要だったのです。そして、大人になってこの子供の気分になったら、子どもとは違い、ただ物事の見方がそうなっているだけなのでわがままをしたりすっとんきょうなことをしたりはしません。なので、大人でこの気分になれたとたんにいろんなものが手に入りはじめます。その気分になれないので相談をしないとならないところが、脳の中にある、「心の傷を含んだリスクマネジメント分野さん」なのです。潜在意識を変えるには、すなわち、人格枠気分を変えるには、リスクマネジメントさん、傷ついているのはわかるけどさほかの方法もよいんじゃないの?と言う提案をするということですね。http://www.acoreading.comセッションの体験談を時々お送りくださる方々がおられます。そのメールの中から、掲載の許可をいただいた方のものを載せさせていただいています。ご協力ありがとうございます。昨日はカウンセリングをして頂きまして、有り難うございました。私自身、最後まで何に悩んでいるのか不明な部分もありましたが一夜明けて、ものすごい安心感が湧いて来ました。直近や過去の異性問題ではなく…胎児にいた頃の母親の不安な気持ちを強烈に受け継いでしまった事が原因だった事。な〜んだと、じゃあそれは母親の問題だから切り離せるんだ、今までの色々な問題は、別に私の心の癖やトラウマが原因でもなかったんだなと思うとなんだか一安心してしまって、いまとても穏やかな気持です。朝から『大丈夫』という言葉が頭の中で繰り返されています。
2015.02.25
諦めると受け入れるの違いです。諦める ⇒ 身体の力が抜ける。時には負けたような気がする。 他のこともしたくなくなる、やりたくなくなる。受け入れる ⇒ 気張っていたことが抜けて体が楽になる 人に対して優しくなれる。 (たとえば鼻が低いのね、と言われて、すごく怒り狂って いたのが、鼻が低いんだよね、と受け入れられたことで うん、そうなんだ、とぜんぜん 抵抗なく感じられる そのために優しくなれる そのために大事なことと大事ではないことが区別がついて新しい視線を得られる そのために美しい生き方ができるでもあまりに戦いすぎてきてしまった分野であれば、最初に諦めてがっかりしてそこから受け入れて力になることもあります。だから一概に悪いことでもないんです。なんだかしがみついている時って苦しい部分ができてしまいますよね。* 脳の中では誤解が起きています。ただ単純に大丈夫だと知ることが出来ずに怖がっている部分があると受け入れることが難しくなっていきます。これは、極端な物事の考え方をしている人々を観察しているとわかるかもしれませんね。http://www.acoreading.com
2015.02.20
人との関係で、我慢をし過ぎたり、自分を抑え過ぎてしまい、ある時から、無性に腹が立ってきてしまう傾向があります。最初に我慢をし過ぎているから、そうなると思うのです。でも、我慢しているのが、自分でわからないのです。どうやったら、最初から我慢し過ぎず、合わせ過ぎず、普通にしていられますか?ーーーーーーーーーーーーほんっちにごめん。この相談内容なんて、なんと去年の7月にいただいたものだものねぇ~回答遅いこと、この上なくて申し訳ないです。さて、我慢をしていると、絶対に後から怒りが止められなくなります特に日本の女性はこういう傾向があり、もう50歳とか、60歳とかになるとおさめられないほどたまってしまっていて、もうあんたなんて知らん!これが熟年離婚と言われているものですね。「どうしたら最初から我慢しすぎず合わせ過ぎず」難しいでしょう?そういう方々に限って「このくらいのこと、別にいいかなぁー」と思っているもんね。だから最初ってすごい最初なんだよね。すごい小さなことだったりするし。セッションは前だしじゃんけんだけれど、確かに最初から我慢しすぎずと言うことも考えていくよね。でも、こういった場合後だしじゃんけんで考えてもいいんじゃないかな?すなわちそれをなおす、とかよりも、「ごめんごめん、気が付かなくてごめんね。自分が我慢をしているのに、気が付けなくてごめんね」と本気で謝ってあげること。実は相手への怒りはそのまま、「自分が我慢をしているのさえ気が付けない自分自身に」深いところでは怒ってもいるのです。それを相手に「気が付いてくれて、わかってくれて大事にしてくれたらよかったのに」と言っている状態でもあります。自分に気が付けなくてごめんね。本当に嫌だったのに今まで気が付けなくてごめん。怒っている自分の部分は気が付けない戸惑いがあったときにどきどきしているんだけどまわりは気が付いていなくてそんなことは大した問題ではないと思っていたり、おいていられるような感覚が幼少期にあって、それにうまく対応ができていないので、そういった自分自身が気が付いてあげてください。実は潜在意識の書き換えは、「両親がここで抱きしめてくれたと想像をして」「愛してくれていると想像をして」という事で癒されません。本当にここがポイント、ここがわかってほしいところ、というのを丁寧にわかる必要があり、それはひょうめんに見えるものとかなり違います。自分が本当に戸惑っている何かが完全に受け入れられる時点に行くと、変わらなかった心境が変わっていくことが多いです。潜在意識上では、言えないという臆病な感覚と言えなかった、気が付いてもらえない恨みと言っては悪いというような動揺と、すべてつながりがある問題です。なので、一つが動くといろいろ動いていくことはあります。まずは、「そんなのいいんだよ、別に問題ないし」と無意識に気が付けなくして生きている自分の奥深くの部分に本当は違うんだけれどなー違う方法があるんだけれどなーと言う部分に気が付いてあげられなくてごめん。なんとなくわからなくてでもなんとなく聞き取れなかったねと声をかけてあげてください。ちょっと時間はかかるけれどね。そこのイライラが癒されると言葉が出てくることが多いよ。変わる部分が出るといいね。後だしじゃんけん、試してみてくださいね。無料相談 短くお願いします。 全員お答えできません。回答まで時間がかかってます。acrsoudan(a)yahoo.co.jphttp://www.acoreading.com
2015.02.18
「受け入れる」ということが、うつの改善などに有益なことは、近年、さまざまな研究から明らかになっています。知りたい方々は、論文でも調べておくんなさいまし。いっぱい研究があるから。ACTという心理療法にもあるしね。 でも誤解をされがちなのは、「受け入れる」と「あきらめる」が区別がついていないことと、「受け入れる」とずっと嫌なことを我慢しないとならないんじゃないか、ということです。 実は、「受け入れる」とうのはとてもパワフルで、夢を叶える力も同時に持っているのです。不思議でしょ?例えばだわね。膝が痛いとしましょうか。膝が痛いから何もできない、これさえなければ、これが痛みと戦う、痛みを拒絶をする、ということですね。膝が痛いなあ、病院に行こう。でも明日は公園に散歩していこう。痛くなっちゃった、ああ、やだなあ、休もう、ああ、きれいだな庭の●●が。みたいなの。これが受け入れる、ですね。痛みがあってそれを整理しようとしつつも、痛みも人生の一部として受け入れているんです。どっちのほうがさ、より多くのものを豊かさを作り出せる。と思う?上は問題がやまない限り、何もできないんだよ。問題を見続けているわけだよ。そして当然生き方が不自然になる。何かのせいになる。誰かが悪いことになる。これが、受け入れない、戦う抵抗をする、ということだわね。下は痛みがあっても、その病気を治すためのことはするけれど、いろいろできているんだよ。その問題ばかりを見つめていない、それにとらわれていない。自分で多くのものを作り出せることを知っているから、安心感がある。痛みがあるのに幸せだ。幸せが寄ってくる。目標があって、欠点があって、そこを治さないと、このトラウマを治さないと、というときには、潜在意識上には、「それ」が問題なのではなくて、問題が怖くて問題ばかりが気になって、何かこれがあるとうまくいかないでそこばかり見てしまう「不安」を下げるんだよね。ここがとても大事。親子の関係が嫌でこれでうまくいかないと思っている人々は、「私は感情的な傷を負っており、その直し方がわかんない。親がこんなだったからだ」と言う何か、見誤りをしている。ACR (Access Code Reading)でも親子関係は見るけれど、それは、「自分の中に」内存をされた親を見ているのであって、「その人」が悪いのではない。「残ってしまった、その人の中にある記憶」を扱っていて、「その人自身が本当に解消をできる力を持っている」ことを知っている前提に立っているんだよ。近日、多くのことが起きていて興味深いと思います。その中には、「絶対に直らない、この癖は、こんなに苦しいのは」と思っていたことが、平安な安心感をもてたりということも起きていっています。恋愛で、失恋をしたのに、「絶対にうまくいくはずだ」という気持ちがあれば、これは、何かに依存をしてしまう心境になります。占いとか恋愛の本とか山のように買ったりさ。もちろん、占い師さんには素晴らしい人もいるし、宗教はすばらしい面もある。でも、何かの現状を受け入れていないで「これはないんだから、あるはずないんだから」と恐怖心から戦って、「何とか彼をしてよ、絶対にこの夢じゃなきゃ嫌、絶対にあきらめない」といろんな何かを探し回るときには、そのときに達成をするための手段として選んだものは、長い目で見ると、なんとなく不自然だったことに気が付くんじゃないかな?例えば詐欺。詐欺は、「これを支払えば大丈夫です、これを今支払わないと」という恐怖心に根差したことを強要するかもしれないね。だからせめて、●●(夢や彼やなんやかや)を取り戻したい、いやだ諦めたくない、という気持ちがあることを認め、あるいは今の痛みや戦っている心があることを認め、その気持ちがあっても大丈夫なことを認め、痛みがあってもともに幸せであることを選びつつ、でも、もっと良いものを得られるために、いやだにしがみつかなくなって本当に良いものを得られる道を教えてください。だったら、救いの手は必ず差し伸べてくれる。それが潜在意識。逆なんだよね、しがみつかないと得られるものは多い。もっと良いものがすぐに現れることもある。現状が変わることもある。嫌な気持ちから逃げ出そうとする人は、とても幼くなってしまいます。嫌な気持ちがあると認めつつ良いものを作り出す人々は、望んだもの以上のものが創り出せるとともに真の意味での愛と平安に常に守られることが分かっていくでしょう。
2015.02.17
同じアファメーションでも効くものと効かないものがあるのは、なぜでしょうか?例えば、勉強ができるようになる!やる!という言葉がとても効果的な人と逆効果になる人がいますよね?逆効果になる人、というのは、そう言い続けると苦しくなってしまって、やる気がなくなってしまったりどうせだめなんだから、と諦めたくなるような心境の方々です。なぜ同じアファメーションでも効果がある人とない人がいるのでしょうか?本を読んでもうまくかない理由もそこですよね。ではもう一つの質問です。ある分野では望みがかなうのに、ある分野では望みがかなわないということはあるのでしょうか?だとしたら、それも面白いですよね。さて、一つヒントを言えば、ACR(此方で行っているセッション)では、「身体感覚」と呼ばれているものをよく使います。身体感覚は、近年のセッションにはよく使われてきました。そういった身体を使ったり眼球運動をしたり身体に感じる微細な感覚を感じたりと言うセラピーの有効性は近年、研究をされて臨床をされてきています。では、アファメーションの話です。例えば、「やればできる!何事も!」と言う言葉がすんなり入る人は、これが好きなんです。まあ好きではなくても体力があって、無理をすればできてしまうのかもしれません。でも、その言葉が身体に良い感覚を生んだり身体に違和感を生んで緊張ばかりで無理をさせてしまうのであればそれは潜在意識(ACRでは記憶から出来上がっているとします)は、「その言葉には良いイメージがない」と簡単に言えば受け取っています。例えば、ご両親が「やる気になればなんでもできるのよ!」と怒鳴り続けていた人ならばその言葉を聞いたとたんにやる気になるのではなくて強迫観念から動くようになるでしょう?つまり、同じ言葉でも、それをどう潜在意識が捉えていて何が有効かは、体の感覚を通してわかるということなんです。今あなたがアファメーションを唱えてみて、体に良い感覚がないのであればそれは有効ではないということなんですね。なので、例えばある人が、「よっしゃ、頑張ればできるぞ!」が良いアファメーションかもしれませんしそういうことに嫌な記憶が無意識にあれば「自分のペースで着実に」みたいなほうが、無理なく身体が動いて行ける方向かもしれませんしそれはさまざまです。http://www.acoreading.com身体感覚と潜在意識、そして個人の資質を鑑みて今ある問題を解消する方向を探します。
2015.02.12
無料相談は acrsoudan(a)yahoo.co.jp まで短くお願いします。(a)はアットマークに変えてくださいね。掲載をできるかわかりませんし、できても何か月も先になることもあります。すみません。雷嫌いを克服したいです。雷が世界一怖がりなくらい、雷が来ると犬なみにビクビクしてしまいます。いつか自分に落雷しないかと心身共に、常に臨戦態勢のようになります。雷が来るのがわかると、1歳の子供を抱えてあわてて、車の中(ガレージに直結)や安全な部屋に逃げてしまいます。両親にはあきれられ、異常者扱いです。でも、私にとっては万事休すと言っても過言ではありません。前世は犬だったのかなと思うくらいです。雷の季節が来ると、本当にゆううつです。克服するヒントなど何かアドバイスいただけたら、うれしいです。子供は雷に怯える私を見て、ベソかいてます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーごめんなさい、深刻なお悩みなんでしょうけれど、少し笑ってしまいました。前世は犬って、犬は雷嫌いなのでしょうか?怖いものって、セッションでだいぶ下がっては行くことが多いです。それってどうやっているか、というと、ACRでは、雷自体の怖さとは別に脳の中にある記憶をいくつか扱います。お伺いをしていると、怖さとは別に、とにかくどうしようもなく緊張をしていなければならない能の誤解みたいなものも整理するターゲットにはなります。記憶の中にあるものを扱うのはやはりおひとりでは無理に思うので一つの方法は、怖いものに慣れていく、と言う方法があります。これでしたら、おひとりでできます。もう雷があるときには自分で止められないはずなので、その前に整理をした方が良いようには思います。まず雷を怖くない程度に書いてみてください。雷さん鬼だったら大丈夫でしょうか?その虎の子パンツの絵を描いてみて一日ポケットなどに持っていられるかなーということです。だんだんとその画が具体的になって行ったり、雷の写真だったりを、ポケットに入れて、ほら、持っていられるでしょう?怖いの持っていられるねえ持っているときの感じはどんな感じ?逃げ出さなくても大丈夫でしょ、と言う訓練ですね。それに、怖い音などを感じながら、じっくりと怖い、怖いなー怖いんだなーというように感じていく方法もあるのですがおひとりだと負担ですよね?怖いものがあった時に大丈夫だよ、と怖い気持ちがあることを認めてあげて、それから落ち着いて、そこから、大丈夫だ、という経験が必要だったんですが怖いままに、怖さを受け止めておらず、とにかく避けないとと怖さが倍増をしてしまうのが、いまなんですね。すると、次から次へ何らかの方法を考えて以上に避けようとしてしまうんですがそうなると、避けよう避けようとすればするほど未来がわからない(雷はいつかは来るし)わけですからもっともっと怖くなって準備をしていくようになってしまい、きりがなくなるのです。どこかで、準備をしてもしなくても雷なるときはなるしね、ちょっと怖さを受け止めてみようか、とする時点は大事になるのかもしれません。また、怖い、と言う気持ちから走り出して何とか逃げ出そうとするのではなくて、怖い気持ちがあるけれどちょっと抱きしめてもらったり、心地よさの方に心を向けるということも今できる訓練の一つです。怖いですよねー。雷が怖いんだ、怖い気持ちから逃げ出したいんだ、ただ怖いだけなんだすごく怖いんだ、と言う言葉をかけて一回雷を乗り越えてみるといいかもしれません。それが事実ですから。雷が落ちるのがすごく怖い、という怖さを、どこかで経験をされたのかもしれませんね。でもACRではその前の記憶を扱うことが多いです。そこには、ご自身が怖さがあってもあるなー大丈夫なんだ、という経験ではなく怖いから避けないとと緊張をして戦うような姿勢を変えていくことが多いかと思います。http://www.acoreading.com
2015.02.08
問題は才能の裏返しとか、問題は祝福を隠している、とか、スピリチャル、哲学、あるいは、心理学の一部の世界では言われていることでしょう。でもそれって、意味わかる?問題ってその人の思い込みがあって才能がうまく使えていない部分に生じるからさ。この読み取りがとても困難なんだなーと思います。近日さ、育毛剤の何とか、と言うコマーシャルでネイマールと言うサッカー選手が出ていて、もうその音楽が頭に残る残る。その時に初めてネイマール選手を知ったのだけれどね。彼のサッカーを見ていると本当に天才の一人なんだろうな、と思います。でも彼は自由。踊っちゃうし。髪の毛いろいろしているし。彼の力って、自由にできる土壌があったからこそ花開いた気がします。彼の細かな足技(?)はなんとなく自由さにつながっている気がします。ダンスの動きと、足の運びとがつながっているし。そういう自由な体をのびのびと使いたい要望とサッカーがあっているんでしょう。でも逆に、緻密に計算をするどこかの国でスポーツを学んだから、伸びた選手もいるんです。その人にはその土壌があっています。例えばネイマールが日本で育ったら大変な反逆児扱いをされた時代もあったのではないでしょうか?サッカーのことは私はよくわかりません。でも、要は、一件欠点と思われることをおしこめられるとある才能も使えなくなることがあります。ある才能を出すためには、ある欠点を見直してそれをうまく使えるように脳を訓練することがあるということです。これは面白くって、ぜんぜん関係のないセッションをしているのに関係がないところが伸びることは普通にあります。だから、なにかを厳しく押しとどめてそこに自分の生き方もおしこめると、不自然な葛藤が生まれて苦しみが生まれて、八つ当たりをするので問題が起きてその問題ばかり見ているのでますます問題が大きくなり関係性でもそのことを解消しようと依存をしたりするのでと言うことが起きます。以前、ADHDのお子さんを持っておられる方がそれと気が付かなくてずっとずっと厳しくされてきたのですって。でも、それと気が付いたら、その個性が分かったら、伸ばせる方面も沢山あるって気が付いたってそうですよね、人並みになぜできないではなくて、できないから方法を考えるそして伸ばすところを考える、それはすばらしい技術です。心理学の認知行動療法になっていますもん。だから欠点を認めていない人はやる気だけで要領よく才能を伸ばしていないんです。欠点の裏側にある個性と才能。方向性。そういった暗号を読み解いていくとその人の本来の形が出てくるんです。問題の本当の解消は、本来のその人に戻っていくことではあります。でも本当のその人ってかなり誤解をしている。気ままで何もしなくなり、わがままで、、、と言った嘘が自分だと嘘をついて自分をとどめようとする恐怖心のもとに話をするのが潜在意識とおぱなちをすることですね。アクセスコード リーディングってね、個人の暗号を読みたかったからつけた名前なの。ーーーーーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com
2015.02.03
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