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失恋の時に失敗をするまちがい実は失恋は、失敗ではなくて一つの過程です。失恋をしたあと、もてるようになった方もおられますし、あるいは、2,3回、失恋を繰り返していくうちに出会う男性がよくなっている方もおられます。たとえば、暴力を振るわれている男性と付き合っていたけれどとても優しいかたに出会ってご結婚をされた方もおられますし、例えば今まで怒られ同志だったけれど優しいかたや逆に優しすぎて八方美人で自分とは会わないと思っていたけれどもっと自然体で居られる人などです。恋愛で頑張っているときにはうまくいかなくて、でもその後にいままでとは違うタイプの方とご結婚をされたかたから、ますますそのご主人が好きになって行っているという方もうかがいました。その過程をうまくスムーズに次への恋愛にいかせない一つの大きな誤解があります。女性と男性とでそれぞれ違いますが、女性の場合には「自分が価値がないためにこういうことが起きた」という脳の誤解です。この誤解は、社会全体が持っています。「何かすべて起きていることは、『自分の価値が起こしている』」という誤解なのです。例えば、ちょっとわかりやすく極端な例を挙げますが(自分に似ている状況だと感情が巻き込まれすぎてわかりにくいため)ある女性が不倫をしていて奥さんを選んだ、とします。それはその女性が価値がないからではなくて、家庭を大事にしたいからなのですが、どうしても、自分の中に「すべて起こしている出来事は、わたしが足りていないために起きている」という見方が出来上がっていると、そこが鐘のように反応を起こし鳴り響いてしまうのです。でも実は、飼い犬がいたら、その犬を大事にしたい、でもそれだから、ほかの犬を選ばないでいたら、そのえらばれない犬がだめだったからだ、というのが全く関係がないのと同じなのですが、それとおなじことがあらゆる失恋で起きやすくなります。自分がだめだからこういうことが起きた、と言う誤解が一回脳の中に起きるととても人と絡まりを持つようになります。その誤解が低ければ低いほど次への恋愛が楽にすすみます。その誤解が高ければ高いほど、恨みが高くなり、回復までの時間がかかります。その誤解があまりに高ければ、ストーカーなどのように、相手が自分を好きではないことが全く理解をできなくなります。そして幸せな恋愛がやってくることを、自分で邪魔をして一人にくっついていく力が強くなります。セッションでその誤解を取って行ったとき、失恋をしてから回復の時間が早くなって行きます。1度目より2度目の失恋では本当に楽に乗り越えられて、そして幸せな結婚をされる方もおられましたし、あるいは彼ともう一度やり直す方もいます。そういう過程をたどりながら、自分自身をより深く学べる機会にできることもあります。その誤解は親御さん自体が持っていると幼少期に刷り込まれて行きます。たとえば、自分が恥ずかしいときに、みんなが笑っているよ、などと教える場合、「自分は恥ずかしかったんだな、でもこうできるしこうしたい、こうしたらいい」という感じ取り方が育たず、「社会は自分を制限をしている」という信じ込みが強化をされていきます。そして「自分の行動がすべての悪いことを起こした」というようにしか見られなくなるのです。相手は相手でいろいろな要素が絡み、そして望まないことが起きることがあるけれど『自分がここで、原因はこうで、こうしなければこうならない』というあらすじを自分自身に書き込まずにいることは、とても大切なことなのです。● 相手は相手、自分は自分いろんな状況や感情がそれぞれにある。でも、自分は広がっていこう、外へ外へ、新しい可能性にそこでだめだからそんなことを起こさないと直そう直そうとするよりも。狭い世界感覚から、広がった温かな感覚をもてれば、とても大切な本来の自分の力を取り戻しています。http://www.acoreading.comhttp://www.acoreading.com
2015.07.30
時々、お母様がとても嫌いででも、母親を許さないと自分が幸せになれないようなことを聞いてしまい、許せない、でもこんなに頑張っているのに許せない、と悩んでおられる方々がおられます。今回、ゆるし、ということについて書きますね。誤解の中の最たるものの一つに、「直さないとならない」=「直らないのは自分が悪い」という誤った感じ取り方があります。それと、直らないと自分は幸せになれない、という誤った思い込みも付随します。許すことは確かに非常にスピリチャルな目を開きます。でも無理をしすぎていたり許せた人が立派で、許せない人は下だ、みたいな誤解もあるように思います。そしてその感じ取り方があると、いつも自分が悪いのかと怒ったり、自分が悪いのか、と反応をしたり、相手が悪いんだ、といかったりという連鎖が大きくなります。でも本当は、そういうことなのではないのです。これはとてもとても大きな思い込みの一つなのですが、仮にある人が、母親から、例えば服を注意をされるたびにすごく嫌な気分になる反応を持っているとしましょう。それは、お母様が服装をすごく嫌そうに注意をするために注意をされると出てくる反応だとします。でも、その注意をされるとイライラするという個性は持っていても、社会的に成功をしていて、いろいろ手に入っていて、幸せならばぜんぜん問題はありません。ただし、人間って、「今までそれは役にたっていたけれどこれはもう変えていい」と言う時期にそれを変えられる問題にぶち当たってしまうのです。だからその時期は楽に其れを変えていって、自分がもっと幸せな流れにのったほうが優しい道を勧めます。深い深いレベルで言えば、許す、ということはそれがもう整理が対的にならなくなるレベルだとは思います。でもそんなレベルにならなくたって、ぜんぜん問題はないではありませんか・でも仮にだよ、仮に、その、服を注意をされるたびにイライラしてそれを解消をしたいという時期がきた、とします。パートナーとの間で、あるいは、会社の仕事で差しさわりがあるとしますね?であれば、なんだか幼少期に起きてしまった刷り込みを整理をしたら役に立つことはあります。そしてそこには、真の意味でのゆるし、起きていることは自分のせいではなくて、母親の個性もあり、かといって母親が悪いと責めたてなくても自分は価値があるという深い理解が必要になって行く気がします。それがゆるしです。私が思うに、幼少期の出来事ってすごく大きく記憶をされているんですね。なので、いま、母親に注意をされても何もただの老人だし、そこまでイライラすることはないんですが、けれど幼少期の、注意をされた、母親と言う大きな存在に、というその感覚が消えてはいないんです。だから、お母さんに言葉では強く言えても、喧嘩をして勝ったとしてもなぜか、何か母親(今は小さな小さな、もう自分の方が体力もあって、相手は力を持たない老人であるとしても)が大きく感じられて、言われたことが大きなことであるように感じ、その為に喧嘩をして勝たないとイライラしてしまったりあるいは一日中、服装のことを言われたイライラが響いてしまうのですね。それは、「相手が言ったことは重要なんだ」という感覚が残っているためにいくら頭で相手なんてくだらない人間だと思っていてもなにか心にひっかかってしまうのです。でもそういった思い込みがはずされたら、「ああ、そうなの~ありがとーでも着ていくから」と言うことも起きる、ということなんですね私の場合はそれが起きてはいます。許す、ということは、ある意味、気にならなくなることなのだ、と思います。そして、気にならなくなる、ということは、ある意味、幼少期に曲がってかんじている、母親が大きい、父親が大きい、こういわれたことがとても大きなことだだから不快だ、不快になって当然だという刷り込みを整理することだと思うんです。そしてそれは、今の会社で起きていること、関係性で起きていることで、「これってこういわれてすごくすごく不快で相手を変えないといられない何かがある」ということが気にならなくなっていく過程だとも思うのですね許す、ということは、「何か無理をして相手がやったすべての悪いことを私が無理をして受け入れる」と言うことではありません。自分がもう、力を持ち、そのことを気にしなくてもよい、という真実に心から気づく過程だと思うのです。許せなくたっていいのです。許そうとするのではなく、そのことに引っかからなくて良いことを信じてください。自分が前向きになれば、もう、その人たちのことを気にしなくてよいこと自分が幸せになるのだから、もう、その人たちを気にしなくてよいことをこころから許そうと自分自身で自分に思うとき、同時にあなたは、その人との関係も整理をし始めているはずです。
2015.07.30
自分勝手にしてはいけない、でも相手に合わせていてばかりで息苦しいこう思うのであれば、その人は、「自分が何かをするのは自分勝手」という(あるいは迷惑が掛かるという)思い込みに支配をされています。ある思い込みがあったときに、何が困るかというと、世界がゆがんで見えることです。例を挙げますね。たとえば、四六時中頭で、「戦わないと負ける、戦わないと負ける」という思いが支配をしていたらどうでしょうか?常に戦っていますよね。効率よいかどうかにかかわらず。相手が言っていることもちゃんと聞けないでしょう?その思い込みがその人を支配していなければ、その人は、どういうときに何をしたらいいかがはっきりわかり、なおかつその人がすごく成功をしたいとかがあれば、そういう戦ってばかりの怒ってばかりではない人でも、有能な人はたくさんいます。そしてそういう、思い込みがない落ち着いた成功をしたい願いを持つ有能な人に「戦わないと負ける、今うごいていないと負ける」という思い込みを持った人が勝てないことが多々あります。同じことです。これをしたらわがまま、いやでも言いたい、苦しいという思い込みがあると聞いた言葉が二つにしか聞こえない、それが問題なんです。これって言ったらわがままかな、きらわれるかな、迷惑かな、とでも苦しい嫌だ、という二つしか感情が湧かなくなります。例えば、そういう思い込みがなんでも判断の基準になっている思い込みレベル10の人がいたとして、まあ、多少は、「今言ったらまずいよねーここは抑えておこう」と正しい判断ができるにしても、常にいつも基準が「どうしよう、我慢をしないと嫌だなーでもそれが決まりだから」と言う思い込みが常に動いていない人がいたとして、、思い込みがない人のほうがちゃんと判断をしているから思いやりもちゃんとしているし、たとえば休みを取りたいときにはキチンと正しい自分の判断で言えるから迷惑が掛からないんです。その「いうのがわがまま、言ってはならない」と思っている人って休みを取ってもよい時がわからなかったり、たとえ一人お上司がわがままで嫌味を言っても別に会社自体が困らないから休んでいいことがわからなかったりいろんな判断が遅くなって変なときに休みを言ったりそんなことが起きるんですね。例えばコピーを取ってくれすぐにと言われて、いつも「言うのはわがままだ、でも言いたい、でも言ってはならない」という勝手な思い込みに支配をされてあまりない人がいるとすると、すぐにとるのも楽にできるしでも、今日はこれを早くした方が良いと思っていたら「これは、この時間にお届けできると思います」と相手にも良い時間であり自分にも都合がよい時間を判断できてすんなりいえて受け入れられたりできるんです。つまり、「言ったらわがまま、言うことを聞かないと、でも苦しい」という思い込みがない人はわがままなのではなくて、ただ、相手に合わせても楽、自分の判断でしている(嫌だけれど合わせないと悪いことが起きるという思い込みから判断をするのではなく)ちゃんと相手もことも見ていられる、でも違うときに違う意見も楽に言えるんですね。。「わがままなのか」「でもこんなの苦しい」と思っている人はすぐにとってくれと言われたとたん、自分に仕事があるのに、わがままなのか、でもどうしよう言ったら悪い、という判断が目をくもられてほかのことを相手が言っていても聞こえずその二つの戦いしか頭になくなるんです。だから、相手のことをやるときには、自分がダメな気になるか(あきらめタイプ)いやいやいつも嫌だけれどしかたがないと思って苦しくなっているか(嫌だ嫌だという姿勢を見て育ったタイプ)かになってしまうのです。ということですね、勘違いは、自分らしくしていたらわがままだと思っている、その思い自体が幻想で癖だというのは面白いです。でもここをはずそうとすると、嫌だそんな考えを持ったら自分がダメになると止めるのさえも、これも思い込みなんですね。それがあったら、相手があなたにそこまで何かをしてほしくない時もそれが分からなくて勝手な判断で何か余計なことをやったり必要なことがわからなかったり、勝手に何かを言えなくて報告を遅らせたり、相手が気分が悪くてただ怒っているときにも、「私が言うことを聞いたらあなたは大丈夫になるはず」なんてしているかもしれないし、相手がただ怒りっぽい人で定期的に怒って時間が経てばおさまるだけの人を、「私が言うことを聞いてあなたが機嫌がよい人にならないと私はあなたのそのままを受け入れない」ばかりに、自分が言うことを聞いたことで相手が一時的に怒りを収めたのは自分が言うことを聞いたからだと思っていたりしますでも怒りっぽい相手が怒るのは、そういう癖なんだし、時間が経てば収まったりするし別に自分の意見を言ってもその人から受け入れられる人もいます。なのでとてもこういう方々は優しい雰囲気があるのかもしれませんがなぜか意見をその人だけ聞いてもらえないことがあったりなぜか自分だけ我慢をさせられている気分になることもあるかもしれません。本当の自分になること、それは力であり、真実の愛を学ぶことなのです。真実の愛そのものであることがあなたが分かればまわりの人々もあなたに愛を返すでしょう。○ とり急ぎ、「これをしたらダメなの?怒られるの?でもやりたい、嫌だ、嫌だ」という思い込みに動かされるのではなく「相手は何をしてほしがっているのかは正確にはわからない。とにかく私が良いと判断をできた時にそれをしよう」「嫌がられる、と怖がり過ぎている。そこまでおびえないでちゃんといいと思うものを判断してみよう」を取り戻す必要はあるでしょう。最初のうちは罪悪感が湧くでしょう。自分のパターンを変えるのを脳が嫌がるからです。しかし良いことが起きてくるので、その道がどちらかあなたに正しい方向を教えてくれていることはわかっていきます。ーーーーーーーーーーーー脳の中にできた誤解を取り外すと本当に楽になります。これは面白いです、http://www.acoreading.com
2015.07.28
無料相談は acrsoudan(a)yahoo.co.jp に(a) を@マークに変えてご送信ください。なるべく簡潔に書いていただけるとと思います。なお、すべてのご質問にお答えできないことと、また、時間がかかる場合もあることをご了承ください。ーーーーーーーーーーーーーーーーキャシーさんにはいつもお世話になっています。今回、大学生の息子のことで相談です。息子が最近、朝起きないことが私の非常に強いストレスになっています。息子自身も起きられないことがストレスだとバカな事を言ってます。病気などではなくただの怠慢だと思います。息子が起きられるようになる声かけの仕方か、もしくは私のストレスを回避する方法がありませんか?このままではイライラして私が病気になりそうです。 どうかよろしくお願いします。ーーーーーーーーーーーーーーーーーお子さんが起きられないと、非常にストレスですよね。また、ご自身の馬鹿なことを言っている、という言葉に表れているように彼の姿勢にイライラしているご様子がうかがえます。近年、起きられない、と言う方が増えているように思います。そしてそれは、何かいろいろなストレスと関連があるようには思います。事実、セッションをしているうちに、何か朝起きる重たさがなくなってきたりだんだんと起きれるようになる方もおられます。さて、息子さんなんですが、遊ぶときには熱心だったりいろいろなときにできているのでしょう。そのために、起きられないのがストレスと言う言葉も信じられないのはよくわかります。でも、おそらく、何か起きる意味を感じられないんだと思うのです。起きなきゃならない、と頭ではわかっていても、なんだか、「こういう方が良いんだよね」という言葉や勧めに従って人生の計画を作ってきてしまうと、何かそれがいつかつっかえてきてしまいます。した方がよいってわかるけれど、何か体が億劫で動かない、という時期がどうしてもきてしまうようなのです。お母様であるあなたは、言葉から、「でもやらなきゃならない」「するんだから」という価値観が当たり前でそれが動けていたしそれで動けないのが分からないのだということがわかります。ただ、息子さんを含めた新しい世代は、「やらなきゃならない」という理由って頭ではわかるけれど、本当にそうなのかな、と言う感覚を持ってもいます。新しい世代ですね。実は私の三番目の息子は、睡眠が困難で、起きることも困難を抱えていました。一番大変だったのは、高校生2年のころで、起こしても起こしても起きられないのです。叱ったりしても無意味だったし、いや、どんだけ頑張りましたかね、わたしは。という感じなんですが、説教をしたら喧嘩になるし、彼も起きたいけれど起きられない、とは言うものの、夜遅くまで起きていて親にしたら、不真面目か、と思うという悪循環でもあったのですね。まず最初に、人には、人の在り方があります。これはとても違うのですね。例えばうちの息子だと「自分で全部やりたい」と言うのが個性としてありました。遅れてもいいから、ほおっておいてくれ、僕は僕なりにやっている、この言葉をよく言っていたので、何かそういう方向を求めてはいました。彼のセッションをしていて明らかになったのですが、だって、起こしても起きられないじゃん、と親も思うのですがでも、セッションをしているときに、彼は失敗しても何が何でも自分でやりたいのに、手を出したら自分がやれなかったことでもう鬱々として、それから先がやる気がわいてこない自分を責めるけれど責める割にうまくできないし、というサイクルにはまり込むことが分かりました。こういった個性は、男のお子さんに多いように思います。要領はよくないし、失敗をするかもしれないけれど自分でやりたい、ということですね。たとえどんなに失敗をしても自分がやりたいだけれど、同時に、こうなったらこうなる、という社会通念ではなくて失敗をしてもまあ大丈夫だ、と言うようにも気軽に思ってくれるサポートもほしい、そして時間をかけて完成をしていきたい何かがある。ということでもあります。なので覚悟を決めまして、遅れたら遅れたでええんじゃないの、と思うことにしました。たとえ寝坊が多くて、留年したとしても、2年生の後輩たちに、「おお、先輩がいる」と驚かれなさい、びっくりだよね、楽しいよね、まあ馬鹿にされておいで、ということで、笑い飛ばし、ほっておくことに相成りまして。すると、どうしても起きようとしても遅刻をしたり行けたり、と言う繰り返しの中で、親が必死になって起こしていた時よりもなんだか、ぜんぜんほおっておかれる感じで、彼は自分でガンバリ出したのです。その後、いろいろな出来事があり、つまり遅れたりぎりぎりになったりしましたが、だんだんと不思議なことが起き出しました。ちょっと遅れても焦らずにいたら学校に間に合いだしたり、しはじめたのですね。これは、天の助けで、正しい方向に行った時に起きはじめます。そして、彼は今、朝5時に起きているのです。それも自分が決めてしています。いろんな不思議な出来事があり、朝5時に起きているんですね。それが1年ほど続いているでしょうか。学期を演奏をするので早めに学校に行き、学校で練習をしたりしています。どんなことをしても起きられなかった彼が自分でしているので本当に面白いと思います。あなたのお子さんの本質が求めているものは私の息子とは違うので、何を目指しているのかわかりませんが、お母様が「ただ怠けているだけ」とおっしゃっているように、お母様から見たらただの怠け者に見えると思うんです。でも彼は、自分の価値観で物事を決めたいのかもしれません。親からしたらばかげていても、朝起きなければならない、という頭でわかっている部分と、でも自分は本当に起きる意味があるんだろうか、勉強をして楽しいんだろうか、朝起きて学校に行っても、それから卒業をしても、会社に行く意義があるんだろうか、という青春時代の彼なりの潜在意識上の課題をわかっていかないとならない時期でもあるのでしょう。のんびりしていたり、ぼんやりしていたり頭ではそんなことは感じていなくても、なにかなー朝起きる動機がないなーみたいな、感じではあるのかもしれません。「頭」でわかっていても、「心」がついていかないのです。なぜなら頭での理解で今まで生きてきてしまったからです。まず、お母様がイライラしているとのことなので、お子さんはお子さんで、どんなに失敗をしても、自分で責任を取っていくんだということを、しっかり踏まえる必要がある時期には来ているようです。あなたがどんなに失敗をしても、その責任はあなたが追うのよ、だけれど、あなたが本当に起きたいのであれば、それについては協力をする、という姿勢になることも必要で、何が起きようと彼が責任をとる、そして何が起きても結局は彼の生き方でちゃんとしていくものだ、ということを理解してください。たとえ留年をしようとも、たとえ社会でアルバイトで生きていくことになろうともあなたはあなたで責任を取るの、そういったしっかりした姿勢があれば彼は彼自身でようやく、自分がこの世界で力があると同時に責任もとらないとならない事を肌で感じられるようにはなります。そしてまた、道具は用意するけれど、後から起きることは彼自身が何とかするだろう、というように、本気で思うことも大切です。道具としては何か10万ぐらいで、空気で膨らんで起こしてくれる枕状の目覚ましもあり、とても売れているようです。これですと起きるということも聞いたので、それもよいかもしれません。必ず起きられるし、とても売れているそうです。そういったように、気力で起きろと言うだけではなく、道具を用意してあげたり、どういう助けがほしいのか聞いてみてください。息子さんとお母様と大きく違うのは、お母様が義務感でできたことがあったということですが、息子さんは、こういうふうにしないと社会ではやっていけないという動機では動けないから、説教やこうしなければこうなる、という言葉は素通りをするか、焦るということになります。彼のストレスとあなたのストレスは質が違い、あなたは、「社会に合わせられないのがストレス」ですが、つまり社会に合わせるものを合わせていないとストレスになるのですが、彼にとっては、「社会に合わせないと頭は教えられてきてわかってはいてももうそんなルールでは自分を動かせない。でもどうしていいのかわからない」ストレスです。あなたは、義務とやるべきことを教えてきた立派なお母さんです。でも朝起きることが、楽しいことだということは、ご自身がしてこられましたか?義務ではなく、自分自身がこうすることが誇りが持てること、楽しいこと自分が選んだこと、と言う生き方をみせてこられたでしょうか?一緒に起きて、楽しい雰囲気に家庭はなっていますか?遅れそうだけれど、叱るのではなく、じゃあ今からしたくをして間に合うようにというように、なにかできることを楽しく探して行くことはできますか?今日はできなかったけれど、明日はまあ起きてごらん、とできないことよりも可能性に毎日毎瞬、目を向けてみてください。彼が知りたがっているのは、ここなんです。起きることは本当にお母さんにとってたのしいことで、有意義なことでしたか?あなたご自身が、朝起きることを楽しみとしてそして彼自身が朝起きることが楽しいことなのかもしれない勉強に行くことは恵まれている事なのかもしれない、と身体で肌で感じた時、何かが変わることでしょう。あなたのイライラは、実は、「どんなに社会に合わせないと怖いことになるか」と言う信じ込みから来ています。そして彼は「その信じ込みで生きるのは、もういやだな」ということを深い深い心の中では、問うてはいます。だからこそ、今、合わせてちゃんとやらないとダメになる、ではなくてこういうことができたらいいな、こういうことができたらこういう楽しいことになると楽しい面を見ていく必要はおありのようです。とはいうものの、お気持ち、よくわかります。このやろめ、と思って当然です。イライラして当然、少しづつ、なにかできる小さなことをできたりできなかったり、そう繰り返していく中で変わっていくこともあるでしょう。天野
2015.07.24
アファメーションをお伝えすることもあってでもそれは、個々人、セッションののちに組むことがほとんどです。なぜご自身の整理をした後でアファメーションを組むかというと実は一人ひとり、その人にとって効果があるアファメーションが違うからなのです。例えば、「~~したい」と言う言葉なんですが通常は、ダメだ、と言われていますよね?でもこの人の幼少期が、これしたいなあ、いいんじゃない、でできてしまった、としたら、そして、たとえば、この仕事でこうなりたいなあ~なんて行った時の「感覚」がのびやかで、よさそうなものならば、この言葉を言っていたら自然とこの人はなっています。●●したいなあ~なんて言っていて自然と叶ってしまう方々なんかは、自然とこうなんですね。でも、たとえば、その望みを自分で信じていないとかあるいは、今までの経験から、したい、と言われるとダメだと言われていたために、したい、というと身体が「どうせだめなんでしょ」とばかりに反応をしていてなんとなくやる気がなくなる感じがあれば、これはその人にあっているはずがありません。より、もっとその人が動きやすいアファメーションにする必要があるでしょう。よくアファメーションさえ唱えていれば、ということを聞くのですが、自分のどこかが逆らうようなアファメーションを言った時、嫌な感覚があります。それを唱え続けていてそれを乗り越えられるまで言えばいいのかもしれませんが、効率的ではないし物事が動かない方が多いと思います。愛されている、わたしは自信がある、という言葉よりも実はその人の幼少期からの思い込みや、その人の体の反応のパターンなどからどんな言葉が良いかは、とても繊細にあるのです。あるセッションののち、ある方がある特定の人がとても嫌いで、でも、「私はどんな時も穏やかでいられる」みたいなアファメーションで乗り越えようとされていて、うまくいかずにセッションに起こしになられました。でもとても面白いことに、幼少期を見ていくとそういう人と対立をした(ご兄弟と) 時にその方の場合には、「怒っちゃダメ」といわれていたんですね。そのために、怒る自分は否定をされている[=強い部分を使って仕事をしたりするのは、いけない]といった女性特有の問題をやはり同時に抱えていたり、「私は穏やかじゃないといけないんだ、私そのもの(いろんな感情を持つ私そのもの)は受け入れられないだろう、と言う信じ込みもありました。セッションののちに、いろいろわかっていたからこそ、「もう、知らない!そしてそのことは忘れちゃう!」と言うアファメーションを潜在意識が(その人がとても良い感じがするところで)出してきて結局はその言葉を唱えたら、もうおかしくて、笑えて楽しくなって、とても平安になれて、とてもその人にも優しくなれた、ということがありました。このかたの場合であれば、怒ることがダメだと言われる記憶があってその記憶は誰でもあるかもしれませんが、その方の場合だと自分自身が皮肉を言うのはダメだと自分自身も禁じたところもあり其れとそれを禁じた時には、体が「ほらまた否定されたね」という感覚になるために、そちらにはいかないアファメーションの方が適切だったのです。それともう一つは、その言葉で笑えるというのは、幼少期の想い出を変えるときに、皮肉を言ったらすごく強さを取り戻せたセッションの内容から組んでいます。その方であれば物事を楽に見る才能を生かせていないから、それを使え、ということでもあったのです。同じ言葉を聞いたときに、その言葉に対して感じる感覚は一人ひとり違います。そして実は、時によって違います。例えば、さっき伝えたように、幼少期に「何かしたいなー」といって自分がのびのびそれをしてしまう個性があったとしたら、「結婚したいなー」と言って暖かい気持ちになり、ご結婚をできる行動を自然としていて自然とそうなる方もおられますし、「結婚がしたいな」という言葉を言った途端に、あるいは「こういうふうに未来なりたいんだ」と言ったときに、緊張をして焦るようであれば、それは今合っていないアファメーションでもっと別の言葉が適切になります。時には、結婚とか、この仕事、という言葉をふくめないほうが、その人が必死になったり無理をするのではなく、できることをしていくために良い場合もあります。時には、先のように、プラスでもなく感じるのにどうしようもなく、その人をプラスに向かわせる言葉もあります。セッションでもう結婚はいいや、と思った途端に結婚をされた方も案外おり仕事で何か目標が変わっていったとたんにかなう人だっているでしょう。これもこれで、面白いですし、結婚をあきらめていたのにできるんだな、と本当に思えてそうなった人もいます。さて、アファメーションは、その人その人に合っているものがあると伝えましたが、実は、「時」もあります。ある時までとてものびのび楽しい感じがした言葉がすぐにそれは、どうでもいい感じになりますが、その時に、これはもう叶うことがあります。そのため、次々と自分の感覚に合うものが今必要なものなんだ、とわかるのです。この感覚が失われているので、それを取り戻すのが課題です。通常、皆さんが感覚と呼んでいるものは、「教えられてそれが良いと感じる」というものや、「教えられてそれは良いと感じるはずがない」というものが制限をかけているからです。(セッションでの出来事については、ご本人に記載の了解を得ています)http://www.acoreading.comーーーーーーセッションの感想をいただいているので、載せたく思います。セッションでの目標は、最終的にはご自身が自分のバランスを取りやすくなること、得たい関係性なり目標を得られることでもそれが最終目的ではなく、常に自分がどんな時も自分自身であることの意義を知ることに思います。ーーーーーーーーーーーーーー感想をありがとうございました前回7月27日に受けさせていただきました●●です。その節はありがとうございました。前々回の後、自分のやりたいことへの取り組みがとても楽にスムーズになっていきましたが、その後さらに、日常のこと、家事などをするフットワークがすごく軽くなりました。いままで、面倒くさいと思いながら、ぐずぐずやっていたのが、楽々やるようになりました。食事は新しいレシピを探して作ってみたり、片付けなどちょっとした合間にちょっとだけしたり、「めんどくさいな」と思っても、「でもやっちゃうか、やればすぐだし」という感じです。「やろうと思ったけど、今日は、いいや、やらなくて」ということもありますが、それについて、別にどうとういうこともない、といいますか、以前は、そういうことに、なにか引け目?のような引っ掛かりがあったようなのですが、そういう感覚が、ゼロではないかもしれませんが、今はほとんどない感じです。他には、ストレッチなど、体を動かすことも、少しずつ始めて、こちらも楽しいです。自分のこと、自分のためにすることを、普通に、(こうなってみると、これが普通なのですが)、楽にやれるようになったということでしょうか。そして、まだまだやれて、まだまだ楽しくなれそうです。ふしぎですね、今までが?な感じです。ありがとうございます。
2015.07.22
すみません、海外の方からセミナーを受けたいけれど遠方につきスカイプで、というお問い合わせが来ています。今後、もし人数が集まるようであれば、スカイプでも同じ内容をご提供できますから、海外に限らず、遠方の方も、お気軽にお問い合わせくださいませ。acrsoudan(a)yahoo.co.jp
2015.07.17
どんなに良いと思われている思い込みも、実は人に制限をかけてしまいます。正しい判断を自分ができるのではなく、最初に結論があってそこから判断を下すという偏りを生むからです。人間関係に役に立ちそうな思い込みのうち、人との関係を阻害するものの一つに、「相手の気持ちをわからないとならない」という思い込みがあります。通常、人との関係の中で、相手の気持ちが分かったり気遣いをできることは、すばらしいことです。でもその思い込みが、親しさを妨げることがあるなんて、面白いですよね。例えば、夫婦になった場合など、とても親しくなったときに、相手がしていることが、なぜこんなことをしているのかわからない、とします。そしてなぜそんなことをするの、同じようにできるはず、と押し付けてしまうときには、わからないとうまくいっていない、と言う幻想が頭を占めてしまっているのです。近年、いろんな動物たちが仲良くしている動画をよく見るようになりました。ユーチューブなどで、それらの動画はやはりかわいらしく、人気があるようです。先日も犬やインコやハムスターが仲良く一緒にいる写真を見て、ほこっとしたのですが、犬はなぜこんなに楽しい歩き回るのをあなたはしないのか、なんてインコにいいませんよね?インコも犬になぜ空を飛ぶのはこんなに楽しいのに、それができないのか、などとは言いません。ひょっとしたら、何も起きていないのに、自分たちが分かり合えていないからうまくいっていない、こんな風にうまくいっていない、と言う錯覚を持ったことが問題になってしまうこともあります。もちろんこれは、我慢をする、と言う事とは全く異質なことです。相手の立場から物事を見てばかりいようとして、自分を犠牲にすることでもありません。ただそのままの相手がいることを認めたうえで、自分が幸せになるためにどうしたらいいのかを、自分で感じてみることから答えが始まることもあるとお伝えしています。ある人が恋愛でうまくいっていないと感じているときに、彼女はこの問題、あの問題を彼から聞き出そうと必死になっていました。やがてメールが来なくなりました。でも私の見るところ、問題は何もありません。ありませんが、彼女は、「ねえ、こういうふうなのって問題じゃない?ああいうふうなのって問題じゃない?」と話すために彼もどうしていいのかわからなくなってしまったのです。もちろん、問題であることもあります。でも、ただ違うことを、どうしても受け入れられないでその問題に集中をしすぎていて、関係が膠着することもあります。彼女に普通に話してみて、問題はないから、と言ったところ明るい返事が返ってきて、また元のように戻ったカップルもいます。ルールズと言う恋愛の方法では、実は部分的にこういった基準を押し付けない女性を演じてはいるのです。でも演じるよりも、自分自身がそのものになったほうが、いろいろ安定をすることでしょう。愛されているのになぜかさびしいというときには、「こういう形ではないということは、わたしは不幸だ」という思い込みでいっぱいになっていることもあります。そういった思い込みを外してみると、いろんな幸せが見えてくるし相手との関係がよくなっていくこともあるでしょう。ーーーーーーーーーーーーーー先日、セッションをうけられた方から、お父様との関係が変わりお母様から花を初めていただいた、という話をお伺いしました。いろんなことがセッションでは起きてきます。ほかの人との関係性を整理していても、いろんな関係が変わっていくこともあります・その方の感想です。(ご本人の了解をいただいて掲載をしています。)「あの後出勤したのですが、私に嫉妬??する上司のイヤーな態度にも反応せず楽しく1日を過ごせました!とっても体が軽いのです!!!●●の事も親身になって心配して下さりありがとうございました。なぜか、帰り道から余り痛みを感じておりません。。不思議ですね。。(ある部分に痛みを抱えておられました)父親から夕方電話があって、、仕事の話しなどをしたのですが温かい。。とにかく温かい。。エネルギーを浴びて幸せでした。ありがとうございました。」いろんなことが人生では起きますよね。http://www.acoreading,com
2015.07.16
人は無意識に、マイナスに目を向けたとき、マイナスの方向に知らずのうちに行く傾向があります。しかし、生い立ちの中で、「こうしないと自分はうまくいかない」という様々な誤解を持っているのです。自分で気が付かないマイナスのスイッチと、自分本来の、有益な自分の力が使えるスイッチを探して行きます。また、そのマイナスのスイッチにとらわれる癖をどのように対応をしたらいいかを学び、さらに記憶とイメージを見ていくことで、潜在意識から解消をしていきます。仕事に対して、● 集客に対してのブロックを外す● 仕事に対してのブロックを外す● 人と接することへのブロックを外す事が今回のテーマになります。.8月22日(土曜日) 午前10時~午後4時30分まで 詳細は http://www.acoreading.com/seminar-1.html でご覧になれます。
2015.07.16
反省、という言葉は、とても良い言葉のようなのですが、でも注意をしないと、自分を妨げるものとなってしまいます。それがフィードバックと呼ばれるように、じゃあ、こうなったらこうなるから、こうしよう、ここについては謝る、修正をする、お終い、であればいいのですが、そこに「私が悪かった」「こんな思いはしたくない」となると、未来を築くよりも、自分を止めるエネルギーのほうが多く生み出されるようになるのです。さらにそういった思いを持つと、返って自分を責めていると思う人々に過剰に反応をし、喧嘩も葛藤も恨みも多くなります。特に幼少期、親御さんもこの止めるエネルギーの中に生きてこられた方々はそれを強く学んでおられます。成功をして幸せになるよりも、新しい動き方や新しい考え方を自ら禁じるようにプログラムされてしまうのです。こんな考え方はないでしょうか?でも本当は違うのかもしれません。「●●したら人に笑われる」⇒ 自分がいろいろしていないことでほんとうはそちらのほうが、評価を下げていることが多々あるあるいは、●●を皆に利益となる方法でできるはずだ。「新しいことをするからには、絶対に失敗をしたくない」⇒ 動きつつうまくいかない点があるからこそ、調整をしつつ良く進む道が早く整備できる。日本の女性はとても力があるにも関わらず、止める力も多く働いています。「人」にどう思われるかを気にしているとき、実はそれは、「自分の中の禁じた基準に合わないからしない」という選択肢が出てきていることさえあるのです。ほかの人々は、あなたがあなたらしく進んだほうが全然よいのに自分自身が許可を与えられないのです。自分が許可を与えられないと、大変に気分がよくないのでまわりの人々に対して、辛辣になり、もめごとを起こしてはこれまた、「自分からそれてそこで感情的になることで、自分は成功をしないでここにいられる」という足かせさえ生み出してしまっています。安心感をまずもち進むことで、あなたの本来の道が見えてくることは、多々あります。うまくできていなくて、何ぼのもんじゃい、これってしてみても、いいことなんじゃないかな、大丈夫、大丈夫だ、自分が自分に戻ってしてみたらいい道が必ず現れるよなにかほっとできる言葉をご自身で探せたとしたら、それは心が、この言葉は正しい方向を示している、と教えてくれています。どんな時にも道を開いてくれます。そしてがっかりした時に、がっかりしているんだ、わたしががっかりしているそうなんだ、うまくこうしたかったからなんだな、自分がそうしたかったからなんだそこへ行きたいんだな、と自分サイドから物事を見ていくと正しく進むことができます。
2015.07.10
アメブロに書き込まれた質問です私はいつも、あると思うとなく、ないと思っているとあります。財布とか絶対に必要性なものでも、どうでもいいものでもそうです。探し物だけじゃなく、物事も、無理と思っていると出来たり、叶います。自分の感覚って本当にあてにならないな~(笑)といつも思っています。なぜなんでしょう、、、。ーーーーーーーーーーーーーーーーこんにちは、これは「感覚」ではなくて、「自分の生い立ちによる癖の思い込み」が関連があると思ってください。感覚、というのは、「ある」と思った時と「ない」と思った時のあなたの緊張です。なにか、その言葉を言った時に、「それが叶わなかったらどうしよう」とか「どうせそうはならないんだから」といった、なんらかの無意識の言葉があって、(この無意識の言葉がわかりにくいのですが、潜在意識です)それに伴い、湧いてくる感覚があります。力が入るようだったり、抜ける様だったりそれが、あなたの感覚です。通常、こういう方々の場合、なにかご自身があると思ったり、ないと思うと、それに対して抵抗が生まれています、簡単に言えば、抵抗です。その理由や思い癖は人それぞれで、変えることもできますが、(私は幼少期の記憶と感覚を使って整理をします)でも、あなたにとっては、「あるときにない、と思った時」「ないときにある、と思った時」ああ、そのことは考えなくていいんだ、という楽な感覚と言うか其れに注意をしておいてください。それが感覚でそれがあなたには路を教えてくれるものです。だから、これを利用してください。人それぞれ方法はあってよいのですから。「もうあると思いたくない、ないんだ、」と思ったら楽になって勢いが月で来たりするばあいは、それを使っていいのです。
2015.07.09
間違った依存の仕方なり、愛情の示し方は、残念ながら絶対に誤った縁をよんだり、正しくつながれる関係を誤った縁にしたりしています。でも、素敵な縁を呼んだりする正しい頼り方ができれば、いろんな人と楽しい関係を築くことができます。そういうと、皆さんは、頼るとか、依存とか、「何か」に頼ったら依存で「何か」に頼るときは正しい頼り方があるとか、何に頼ったらいいか、とか、どう頼ったらいいかで、依存や良い頼り方を区別しようとしますが、実は「何か」や「頼る方法」を知るのが重要なのではなくて、「心の持ちよう」が大事なのです、誤った依存をするということは、相手が自分を幸せにしてくれる直してくれる、助けてくれる、という感覚から頼ろうとしているときに起きがちになります。その時に頼れると気分が良いけれど、なんだか頼れていないとみじめな感じがしたり、あるいは病院などであればなかなか適切な病院に出会えなくなる、など、うまく本当に助けてくれるものに出会うことができなくなります。あるいは、「こんな小さなこと」と大きさで頼ることを決めていたら、「小さなことは頼ってはダメだ」「こんなことは頼ってはダメだ」とせっかく縁を築く力の交換ができなくなります。これもこれで誤ってはいるでしょう。正しい頼り方は、「誰が」「何をしてくれるか」ではなく、また、「小さいから頼ってはだめ」「本当に困ったことはこんなに困っているんだから、悩みを言って当然だ」というように、頼ることの大きさで判断をしません。「私はこういう目標(直したい、こうなりたい、こんなことをしたい)があり、そして、今、ここで、この瞬間に、起きていることを感じていて、そして、今、ここで、この瞬間に、これは、わたしがやるのが適切、この人が適切、これが適切」と判断をしているのです。例えば小さな痒みがあるとして、病院に行かなくてもいいかな、というのが、めんどくさい感じや小さなことで行くのが恥ずかしいとかではなくなんだか自分を信頼している感覚であれば自分を頼りにしています。逆に、それが心配だ、大きな病気になるかもしれない病院に何でも行っておこう、という感覚ではなくて病院に行く方が安心ができそう、なんだか、早く治りそう、という気持ちを選んでいる、としたら、あなたにぴったりの病院が出てきたり行った時に優しくされたり、ということになります。だから「何をするか」が正解ではなくて、「あなたはどういう感情で選んでいるか」「どういう信じ込みから行動をしているか」が大事なのです。それが未来を築いていきます。「病院は私を助けるべきなのに、どうしていつもひどいことばかりするの」と信じているかたがたは、見事にそうなっているでしょう?どういう心境から選んでいるかというのは、余りに自然でわかりにくいので、でも、どういう気持ちで頼っているか、選んでいるかを知ることは、行動からも分かることができます。なにか頼るときに、いろんな言い訳を言わないとならないとしたら物を頼むのに罪悪感がありすぎですし、すると自分がいつも頼りたいものの正体をキチンと伝えていないために(くどくどとは伝えているわりに)ずばぴたなものを、提供をしてくれる人は現れません。つまりずばぴたなものは受け入れられない、と信じていて回りくどいことをいつもされているのです。頼るときに、困ったことを話しているとどんどん話ができるようであれば幸せにまだ潜在意識が目が向いておらず、不幸なことに無意識に依存をしています。どんなに困ったことになるのか、どんなに苦しいことになるのかそのストーリーがあると、そこが自分が力を持てるところ、人に頼れるポイントになってしまっていることあるでしょう。すると、困った状況ばかりが目につくし、やってくるということはよくあります。これは気の毒なんですが、ご自身は幸せになりたいと思って行動をされているんですが実はすべてが、幸せになりたいのではなくて、どんなに不幸がいやかだから不幸な状態を何とかしてよ、という気持ちが大きすぎて感覚とつながれないんです。だからそれが変わっていくと、本当にすごくよいことが起きているのはここをお読みの方々にも多いと思います。あ、カウンセリングでは、困ったこと、嫌いな人、なんでも沢山話していただいて構わないんですよ。^^でも日常で皆さんはどうされているでしょうか?自分がこうなりたい、と決め、こういう結果を出したいとご自身の意思で決め自分を信頼し、そして適切な方法をとまず考えてみてください。自分でできると信じたうえで、そして力を借りてみてください。小さなことでもこれは、この人に聞いた方が早いな、と思えばそうしてください。あなたは本当に力を借りたいところに借りたとしたらそれがどんなに小さなものでも、言葉ではなく、無意識でも本当にしてほしいことをしてもらった満足感があるのです。そしてそれは言葉では伝わらないほどの本質の満足を伝えているのでそれが相手に伝わります。窓一つを開けてもらうのだって、本当に開けたら気持ちいいだろうなという気持ちから窓の近くの人に頼んでいる場合には、もう何らかの心の良い交流はできています。そのなんでもないつながりが、たくさんのつながりが、やがて本当に大事な人々と出会わせてくれるのです。自分の本質に逆らわず、自分自身の力を信じて自分の感覚を大事にしたときに、映画を見て共有ができる友人たちが現れていくのです。その中であなたは、自分の感覚を使う事がどんなに素晴らしい道を開くかもわかっていくでしょう。頼るときに気軽に頼めて、そして本当に小さなものを次々創り出していけるのであれば、理想的な状態ですよね。すぐにはできなくても、そちらに近づいていくことはできるでしょう。ーーーーーーーーーーーーーセッションの体験談です。いろいろな方々から体験談をいただきもちろん、それらは公開をしておりませんが、中にはブログに載せる許可をいただいている方々がおります。近日いただいたものと、以前に頂いたものと双方を載せます。近日にいただいたものは、わたしもセッションを覚えているので書きやすいのですがなかなか載せずに保存をしている方々についてはすみません。でも感想をいただいた皆様には心から感謝をいたしております。セッションをするうえで、自分自身も学びになります。今回、セッションで不思議な体験ができました。 今まで自分を責め、自分の何が悪いのか考える末に、太って醜い自分が悪い、弱い自分が悪いとそんなことを思っていたみたいです。 今はそんな自分がとてもかわいそうだったと思います。なんか変ですね。 そして、自分がどんな気持ちでいるのか素直にわかるようになり、気分が悪いことも「今、こんなことを感じている。それは何でそう思っているのか。それはどうしたら解決できるのか。」なんてことを整理することができています。 今まではそんな気持ちに蓋をして自分を守ろうとしていたし、それも悪い自分だと責めていたのかもしれません。 昨日のキャシーさんのブログの内容そのもです。(ありがとうございます、とてもおきれいな方なのにご自身がそんな風にご自身を思っておられたんですね。ご自身を信じてみられてくださいね。なにかができたり美しさを信じるのではなく自分自身で大丈夫だという感覚を持てば、すべてがうまくあてはまっていきます。)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ●月●日にキャシーさんのセッションを初めて受けさせていただきました。3か月近く時間が経ってしまいましたが、今日はお礼を伝えたくてメールいたしました。セッションの当日は、仕事に対してやる気が出ないことや、つきあってはくれないのに好きだとは言ってくれて頻繁に遊んだり何度か体の関係もあった彼との微妙な関係についてや、人生に対して閉塞感を感じていることなどをお話させていただきました。セッションの途中では、自分が思ってもみなかった父との関係についてなどを指摘され、驚いたりしもましたが、セッション直後には頭が軽くなったような気がしました。そして、その後私にいくつかの変化がありました。まず、買い物するときなどに、今までよりも迷いなく軽い気持ちで買うものを決められるようになりました。今まで、自分が買い物をするときでさえ、迷いすぎてストレスを感じていたことに気づきました。物事への判断が早く軽やかになってきた感じで、人生への閉塞感があまりなくなりました。また、人との会話でも、嫌だなと思ったことを軽い気持ちで言えるようになりました。今までの私だったら、『こんなことを言ったら嫌われるだろうし、私が我慢すればいいことだ』と感じてしまって言わずにいたと思います。さらに、仕事などに対して、何か大きなことをしないとならないと思っていましたが、『私ができることをできる範囲でやればいいんだ』というような「安心感」が出てきました。そして最後に、先日、上記のように変な関係(6年以上も!)だった彼への想いをもう本当にあきらめようと決心するという選択ができました。彼と「もう会わない方がお互いの幸せのためだ」ということを、メールで確認し合うことができたのです。私がその流れに乗る決心がついたのも、キャシーさんのセッションを受けたことで私が変わっていったからだと思います。=中略= セッションの当日は、私は彼との関係を失うことがまだ怖いと感じていて、それについて直接セッションしていただくことを潜在意識は拒んでいたように思いますが、連鎖してこのような変化が起きたのではないかと感じています。長々と失礼しました。(感想をありがとうございました。一度こういう経験の変化をもたれると自分がいろいろ変えていく自信になると思います。)ーーーーーーーーーーーーーセッションは不思議なんですが、私は何もしていないんです。その人の本質が行きたい場所に乗っかって行っていると起きている心の変化があります。いろいろな経験をさせていただいていることに、感謝します。セッションの中で、その方の本質の声を聞くと、空気が白く輝き、すっと静かな時間が訪れることがあります。http://www.acoreading.com
2015.07.09
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