サリエリの独り言日記
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
ポリコレを叫ぶ人たち ずいぶんながく、ここでしゃべるのをやめていますが、今年に入ってあまりに不愉快なことが多く、パソコンの画面に向かう気がしない、という日々が続いているのです。 そもそも私は多人数に紛れて過ごすというのが苦手で、仕事以外で都市部に繰り出したいなどと思ったことは、ただの一度もありません。なかば世捨て人のような兼好さんみたいな生活スタイルが、私にはごく魅力的で、したがって今回の「コロナ禍」のような状況は、そのはるか以前から自粛同然の生活をしてきた私にとっては、ほとんど「奇禍」みたいなもので、「周囲の社会状況が、かってに俺の生活スタイルに近づいて来たわい」などと、ほくそ笑んでいたものです。 何が「奇禍」かと言えば、「これで、誰彼に気兼ねなく、思い切り自宅で好きなことが出来るわい」という期待であって、大好きな音楽の話や、ひそかに懸案にしていた「源氏1000年」のおしゃべりの再開も、ようやく落ち着いて出来るのではないかと、勝手にもくろんでいました。去年の第一回めの「緊急事態宣言」下では、電車の中もスーパーの中も一種異様な緊張感に満ちていて、くしゃみでもしようものなら、それこそ袋叩きにされかねまじき雰囲気だったのですが、私にとってはとくに都市部の一種異様な雰囲気が心地好く、それを体感したくてわざわざ電車に乗ったりしに行ったものです。 ところが、そうした景況も二年目に入ると新鮮味が薄れて、明らかに私も周囲も毎日の行動がマンネリ化している。そうした中にあって、わけの分からない苛立ち感だけが勝手に増幅して、日々の生活リズムを脅かすということになって来たのでした。 さて、その苛立ち感の中身はというと、コロナ禍がなかなか収束しないというか、先が見えてこないというような直接的な話ではありません。そんなものは何でもない。武漢ウイルスがコロナという風邪の一種であるならば、それを完全に封じ込めるなどというのは絵空事で、いずれどこかで折り合いをつけて付き合っていくほかないだろう、というのが私の観測です。 そうではなくて、それを連日報じる既存メディアの呆れるばかりの古びた報道スタイル、あるいはこの災禍を何かにつけて政治的に利用しようとする内外の勢力が、思惑たっぷりの言動と振る舞いを繰り返すというところにあったように思う。 既存メディアの頽落ぶりというのは、たとえば一波二波三波と感染が再拡大するたび、その判で押したような報道。増えだすと「なぜ緊急事態宣言を出さない」と騒ぎ、宣言が出たらとたんに「経済はどうする」と手の平を返す、のパターンが一回二回ならともかく、マッチポンプ式に三回四回とやられると、よくここまで飽きもせずに同じ報道が出来るものだと感心してしまいます。騒いでるメディア自身もバカバカしくなってたんじゃないか? で、その報道の中に見え隠れする、何が何でも現政権を潰したいという身ぶり。そもそもコロナパンデミックは自然災害であって、政権の施策が引き起こしたわけじゃないのに、あたかも安倍、菅政権の愚策がこれを招いたかのような口ぶりです。もしそれを指摘するなら、真っ先に北京政府の責任を問うべきではないのか?その口ぶりは、あたかも天気予報士に天気の文句をつけるような感じで、聞いているだけで不快になる一方です。 こうした報道と野党の姿勢というのは、今に始まったことではなく、敗戦後ずうっと繰り返されてきたナイーヴな左翼的世界観が、無反省なまま現在にも受け継がれてきた結果にほかならないわけで、この間に醸成された社会全体の知的劣化というのはひどい。メディアも左翼的自称リベラル野党も、出来れば日本国民全体を政治的に無感覚、無関心に釘づけにしておきたいと思っているかのようです。無関心無感覚な国民が大多数を占めるかぎり、時のメディアの報道を批判的に距離を置いて見ることをせず、無反省に「まあ、そんなものだろう」と受け入れてしまうからです。 私自身も含めて一般国民というのは、日常生活に忙しくて政治外交経済その他、そっち方面の専門的な問題に関心を抱き続けるというのはむつかしい。年金生活者が比較的関心が高く、投票行動も高いというのは、新聞テレビ他に時間を割くヒマがあるからでしょう。 私は幸い時間だけはたっぷりあったので、ほかの人より世界を多少斜に見られる余裕があったと思うのですが、今般のコロナ禍では毎日退屈極まるニュースを見ざるを得ず、そうしたニュースをほぼ二年間見るたび、ついに噴火してしまったということでしょうか?しかしそうしたやりきれない感情を抱いていたのは、私だけではなくてほとんどの国民の共有するところであったようで、その結果は総選挙での野党の惨敗という形で現れましたね。 しかし政治はそうであっても、日常飛び込んでくる既成メディアの頽落ぶりは今も続いているわけで、気を付けていないとまた噴火してしまうかもしれません。
2021.12.13
コメント(0)