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こんなに毎日、「豪雨」が続く陽気も珍しい。ここ1週間は、毎日激しい雷雨に遭ってるような気がしてならない。さっきまで、多少曇ってる程度?だったのが、いきなりバケツをひっくり返したような雨が降り、2~30分で、ピタッと止む。ここ4~5日、そんな陽気の繰り返しだから、まあ寝不足で、寝不足で…。私は寝るときに、窓のブラインドを少しだけ開けて寝るのだが、夜中になると、その隙間から雷が「ピカッ!」を顔を照らす…。いくら熟睡してても「何だ!?」ってな感じで目が覚めてしまう…。一旦目が覚めると…もう私も若くないので(涙)、なかなか寝付けない…(号泣)。それにしたって、温暖化の影響だか、何なんだか知らないが、こんな「東南アジアのスコール」みたいな雨が継続的に降り続く陽気…ってのを、私は過去に経験した事が無い(誰でもか…)。体調狂い気味で、イヤんなる、ホント。さて、話は変わって…昨日の「第40回思い出のメロディー」だが、書き忘れた感想がひとつ。視聴者の方からのリクエストがあった上での構成だから、ここで文句を言っても、まったく意味の無い話なのだが…。なぜに「当代の人気歌手に、オリジナルじゃない歌を歌わせる」のだろう?昨日、ここに「声の衰えが酷い歌手が何人かいた」と書いたが、これは私の中では、100%悪い意味ではない言葉なのだ。でも「見た目や歌声が痛々しい人は、出すのを止したら?」という意見が、他のブログでは多々あった。私以上に、ベテラン歌手の方たちを辛辣な言葉で斬ってある(と私が感じた)ブログもあった。歌謡曲ファンの私であるが、これは全くの正論で、グウの音も出ないくらい、当たってる意見だと、心底思う。読んでも、さほど腹は立たなかったから…。でも「今の演歌歌手に崩して歌われる」よりは、声が落ちていても、「その歌」はオリジナル歌手の歌唱で、私は聴きたい。私だけでなく、全国の昭和歌謡ファンなら、大概そう思う…と思う。声が落ちていても「最初に歌った人の歌唱」がいちばんいいに決まってる。勿論、オリジナルをカバーが越える例が数多くあるのも知っている。けれども、昨晩の番組に限って言えば、なまじ演歌歌手のカバーは不必要だったと思うし、オリジナル以上の、胸を打つ歌唱はなかったと言い切れる。オリジナル歌手が亡くなって、生のステージで見られないのであれば、年代を繰り上げてでも「オリジナル歌手が持ち歌を歌う」という、その一点で、番組構成したほうが絶対にいいと思うのだが…。
2008年08月31日
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北京オリンピックの中継の都合で、ちょうど2週間前に収録された「思い出のメロディー」が今晩放送された。構成としては、近年の中ではまずまず…といったところだったろうか。御馴染の歌から、久々の顔ぶれまでがズラッと揃った感じだったが、見終わった後の充実感は非常に乏しかった。第一に、中堅歌手の声の衰えが酷い。岡本敦郎先生は、御年83歳だし、往年の美声は多少衰えていても、致し方ないと思う。昨年、軽い脳梗塞を患ったと「ラジオ深夜便」で喋っていたのを聴いているし。しかしながら、50歳代前半?と思しき歌手の(特に女性歌手数人)声の衰えは酷かった。それにひきかえ、森光子は凄いなあ(笑)!少しヒヤヒヤする場面もあったけど、88歳であれだけ歌える、ってのは奇跡に近い!あと、守屋浩はどうしたんだろう?椅子に座っての歌唱だったし、ハマクラ先生のコーナーのエンディングでは、田代美代子にくっついていたし…何かの病気なんだろうが、相当心配になってしまった。話が逸れたが、第二は、氷川が目立ちすぎ。歌番組の司会は、基本的には2人で十分。初期の「思い出のメロディー」は、宮田輝アナが1人で司会をしていて、その後は、相川浩アナと女優がコンビで司会…というのが通例だった。3人司会は、絶対に1人が「余計な人」扱いになってしまうものなのだ。ただでさえ、氷川はアドリブが何もきかないし、何であれを司会に入れたのか、プロデューサーの見識を疑ってしまう。氷川ファンのおばさん連中に、番組を見てもらうためなのだろうが、いちばん肝心の視聴者である「歌謡曲ファン」の神経を逆撫でしただけだ。「無法松の一生」だって、村田先生のVTRを流してくれれば、歌謡曲ファンは100%満足なんだからさ…余計な事しないでほしい。逆に良かった点は、ほんの僅かだが、第1回のVTRを流してくれたことだろう。藤山・淡谷・ひばりは勿論のこと、驚いたのは伴淳三郎・フランキー堺の名コンビが、揃って「東京節」を歌っていた場面!あのステージには、森繁久彌も出ているから、「駅前シリーズ」のトリオが揃っていたのか、第1回には!…初めて知った。まあ、それはともかく、毎度毎度このブログで言っていることなのだが、こういう類の番組…いわゆる「懐メロ特番」は、作り方が根本的に間違っていると思う、ここ数年。「一般の視聴者に妥協した安易な構成」ではなく、「歌謡曲ファンが十分納得できる構成」にして、「一般視聴者がファンに合わせて楽しむ」作りにすべきなのだ、こういう番組は!…毎度ガタガタ言っても、しょうがないのだが、毎回そういうことを、この番組に感じてしまう。来年は…もっと年代が繰り上がるのかなあ…。
2008年08月30日
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いやいや、久々だな~。ここに「ビッグショー」の感想を書くのは。3週間も休みだったり、あんまり興味の無い歌手の回が続いて、書く気がしなかったりしたが、今日は久々に。「小林旭・男が生きる哀しみは」(昭和53年11月14日放送)今も変わらない、歌のステージを見せてくれる「マイトガイ」、小林旭のオンステージ。30年前だから、40歳のときのVTR。確かに今の目で見れば若いのだが、そんなに今と変わっていないのに、まず驚いた。あとは、ヒット曲の数の多さ!この年(昭和53年)の2月に、日活の仲間・石原裕次郎も「ビッグショー」に出演していて、45分間ヒット曲を歌いまくっていた。しかしながら、裕次郎はオリジナルじゃない歌を何曲か歌っていた(先輩歌手の歌とか)。ところが今日の小林旭は、全曲がオリジナル!その上、テレビで滅多に歌ったことのない、珍しい歌も数多くあって、こちとら大感激!この当時は、「自動車ショー歌」がNHKでは歌えなかったので(商標名だから)、代わりに歌ったのが、何と「東海節」!どちらかといえば、あんまり流行らなかった「東海節」をレコード以外で聴いたのは、今日が初めてで、ホントにビックリした。そのあとの、いわゆる「アキラの~」シリーズの大メドレーが聴き応え十分で、見事のひと言!フィナーレまで、声が落ちることも全くなく、鮮やかなステージだった。日活のスターというと、歌にしても映画でも、どうしても順番が「裕次郎・アキラ」という風になってしまう。裕次郎のほうが早死だし、歌も歌いやすいし…というのが大きな理由だろう。しかしながら、あくまで個人的な意見であるが、歌に関しては小林旭のほうが、圧倒的に上だと言い切れる…と思う。だって、裕次郎の歌は、オリジナルのキーで簡単に歌えるけども、アキラの歌は原調で歌うと声が引っくり返るもの(笑)、高すぎて。…ということは、小林旭は「歌が上手い」という結論になるのだ(当たり前だ)。そして、裕次郎の生歌は二度と聴けないけども、「今でも元気で、変わらないで歌ってる」のが嬉しいじゃないの(笑)。小林旭の評価を、今現在キチンとしているのは大滝詠一くらいのもの。もうちょっと、日本人はアキラ節を評価してもいいんじゃないかねえ(笑)。あの甲高い声が、イマイチの評価になってたりするのだろうか…って、そんなこたぁないか。
2008年08月25日
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読売新聞の記者、長井好弘氏の最新本。私は長井さんとは、何度か面識があって、落語会の客席で挨拶したりする事が多々ある。昨年末、私は新橋での柳亭市馬師匠の独演会の手伝い(歌の司会と伴奏)をした。そのとき、楽屋で必死になって、譜面・台本とニラメッコしていたら、長井さんが差し入れを持っていらして、私を見るなり…「おっ!今日はすっかり関係者の顔だね!」…なんて言われたこともあった。あれは嬉しかったなあ、こちとら素人だから(笑)。これから舞台に出なくちゃいけないのに、2人で家元の「芝浜」について、熱く話したのが未だに忘れられない。そんな長井さんが、2001年から2007年の7年間の新宿末広亭のネタ帳を調べあげ、集計し、普通の落語本とは、ちょっと違った視点で「寄席」と「落語」を書いた本。お世辞抜きで、これは「名著」だと思う。結構分厚い本なのだが、統計や裏話が想像以上に面白くて、アッという間に読んじゃった。この7年の間で、落語界は大看板を立て続けに失ったが、入れ替わるように、落協も芸協も新しい人が噺の腕を上げ、落語ブームを今日まで継続させている。何人か、噺家さんのインタビューが入っていて、そこも面白かったのだが、市馬師匠の話の大半が「懐メロ」関係のことだったのがウケた(笑)。落語初心者には「…?」という内容の本だが、落語にはまりかけた人、私のようにはまり過ぎて「底なし沼」から抜け出せなくなった人(笑)には、こんなに面白い本はない。超オススメ。
2008年08月21日
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今朝の読売新聞に、でっかい広告が出ていた。古今亭志ん朝師匠のDVD全集の下巻の広告。ただ…結構な値段の全集ゆえ、私はまだ上巻も買えていない状況(涙)。9月の給料が出たら、まず買って、それから後の昼飯代がなくなって、腹が減っても(笑)絶対に買わなくてはいかんだろう、落語ファンなら!そんなことを、職場でボンヤリと考えていて…家に帰って、新聞見たら…まあ!何たる偶然!今晩のNHK・BS2「蔵出し劇場」が、今から30年前の、小三治・志ん朝両師匠の落語!昭和53年10月13日放送の「夜の指定席」、御馴染「東京落語会」、会場は去年閉鎖したイイノホール!柳家 小三治 「天災」古今亭志ん朝 「たがや」30年前のVTRとは思えぬ、キレイな画質!そして2席とも、非常に結構な出来で、いい加減オリンピックに辟易していた私には、大満足の番組であった。今から30年前…、小三治師匠が当時39歳、志ん朝師匠は40歳…。今から考えると、2人とも凄く若かったのに、完全に自分の世界を創り上げていた。小三治師匠なんか、見た目は若かったけども、口調や噺の中身は、今と全く同じ(笑)!いやいや、いい番組をよくぞ放送してくれた!来週は、圓楽師匠の「真景累ヶ淵・豊志賀の死」これまた期待大!「ビッグショー」の感想も書かなきゃいけないと思うけども、食指が動かない~(涙)。
2008年08月20日
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今春の「ラジオ名人寄席」の問題があったからなのだろうと思うが…。とうとう昨年の「第29弾」をもって、玉置宏・水前寺清子コンビ司会での「昭和歌謡大全集」は打ち止めとなった。今回から番組名を「懐かしの昭和メロディー」に変えて、リニューアルオープン。その番組を、期待半分・諦め半分の心境で観た(笑)。元NHKの宮本アナが司会になっただけで、大体の番組の内容は「昭和歌謡」と同じだった。19:00~20:48という、いつもより非常に短い放送時間ではあったが、短い割には中身は比較的詰まっていたほうだったと思う。末期の「昭和歌謡」の「お荷物企画」だった「旅コーナー」が無かったせいも多分にある(笑)。新司会の宮本アナは、トークが非常に聞きやすく、まるで初回とは思えないほど、番組の空気に上手く溶け込んでいた。ただ、いかんせん意味の無いゲストがいたり、妙に新しい年代の歌が数曲混じっていたりと、不満点もあったのは、言うまでもない。まず、歌のコーダを何小節かカットしたこと。これは非常によろしくない。時間が無いのは解るが、VTRの希少価値をもっと考えて、大事に放送してほしかった。ワイプ画面を入れたり、後から拍手を追加したり、間奏部分でスタジオを映したりするのも同様。そして、美空ひばりや坂本九のような、「よその番組でもVTRが出てくる」歌手に時間を割いたがあまり、「この番組でしか観られない歌手」が削られたのは残念だったし、大いに疑問だった。テレビ東京ならではの人たち…歌謡曲ファンなら誰でも思う、男性なら東海林・灰田・岡・林・田端・小畑、女性なら勝太郎・市丸・小梅という面々の映像を、もっと流すべきではないのだろうか。VTR倉庫に入れとくだけじゃ、テレビ東京の国宝級の映像の価値が無いだろう。でも、宮本アナの司会は、想像以上に良かった。次回やるときは、いつものように放送時間を3時間にしてもらえれば、もっとゆったりと歌を聴くことが出来ると思うし、宮本アナもやりやすくなるのではないだろうか。…我ながら嫌な文章だな、イヤミっぽくて(笑)。
2008年08月15日
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昨晩、中野坂上で談志師匠と久々に会った。漫画家の高井研一郎先生も一緒で、家元が帰った後には市馬師匠も来て、様々な方と色々な話をさせていただく事が出来た。談志師匠と高井先生は、勿論…というのも変な書き方だが、赤塚不二夫先生のお通夜の帰り。やはり同い年で、同時代に、落語と漫画で表現方法は違えど、同じようなことを表現した2人だけに、談志師匠は淋しそうだった。でも、一時より元気になったみたいだったので非常に安心した。また近いうちに、お会いできるチャンスがあるだろうと思う。楽しみ楽しみ。それで、今日の赤塚先生の告別式。タモリさんの弔辞が、本当に感動的だった。あれだけ胸を打つ、そしてユーモアと感謝に満ち溢れた弔辞は、そう聞けるもんじゃない。そのうえ、何と手に持っていた紙は白紙。義経を守るため、弁慶が白紙を読む「勧進帳」。今日のタモさんの弔辞は、まさに「勧進帳」のパロディー。こんなに粋な演出はない。「あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。」三十数年の付き合いの全てが、凝縮されて、心から出た感謝の言葉という気がする。赤塚先生、晩年は闘病で寝たきりだったけど、これだけ数多くの人に慕われて、愛されて、惜しまれて天国に行ったのだから、思ったより幸せな最期だったのかもしれない…。天国には、漫画家仲間も大勢いるし、他にも由利徹、青島幸男、たこ八郎といった仲間が大勢待っているから、淋しくないだろう。赤塚先生、一ファンの私もお礼を言わせて頂きます。本当に楽しい漫画を、有難うございました。
2008年08月07日
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本当にショックな訃報を、たった今知った。ヤフーのトップニュースで、訃報を知るほど辛いことはないが、大好きだった人の訃報は、より精神的に辛い。毎日新聞の記事から。「おそ松くん」「天才バカボン」などの作品で人気を集めたギャグ漫画家、赤塚不二夫(あかつか・ふじお<本名・藤雄=ふじお>)さんが2日午後4時、肺炎のため死去した。72歳。葬儀の日取りは未定。自宅は東京都新宿区中落合1の3の15。喪主は長女りえ子さん。赤塚さんは1997年12月に自宅で吐血し食道がんであることが分かり、98年3月に記者会見で公表した。摘出手術を受けた後も急性硬膜下血腫などで入退院を繰り返す。02年4月に脳内出血を起こし、入院が続いていた。06年夏、看病していた妻眞知子さんが亡くなった。私はどうも、小さい時分から「等身の高い漫画のキャラクター」に、親しみが湧かなかった。「キン肉マン」「ドラゴンボール」「北斗の拳」も、確かに毎週見ていたが、大好きで…というより、惰性で見ていた部分もあったような気がする。私にとって、身内同然の(?)存在のキャラは、藤子不二雄・赤塚不二夫の「Wフジオ」先生のキャラクターだったように思う。「ドラえもん」を中心とする藤子作品は、いわゆる「優等生アニメ」で、古典落語同様「笑いと涙」の作品が多かった。それと反対で、毎回ギャグのオンパレードで、毎週、本気で夢中になって見ていたアニメは赤塚作品だった。今から20年近く前、アニメ界にレトロブームというか、リメイクブームがあって、赤塚作品が多数復活していた。そのとき私は、「おそ松くん」「天才バカボン」「もーれつア太郎」などの作品を、ホントに毎週欠かさず観ていた覚えがある。「おそ松くん」のOP&EDを歌っていたのは細川たかしで、今でも2曲ともソラで歌える。その後、原作の「バカボン」や「おそ松くん」を読んで、往年のギャグや歌謡曲を覚えたりして、そういう類のギャグが、小学校で流行ったりしたような覚えもある…。どのエピソードか忘れたが、バカボンのパパが、楠木繁夫「緑の地平線」と、田端義夫「かえり船」を歌っていた話もあった。「緑の地平線」という歌を、私はバカボンのパパで初めて知ったのだ、確か祖父母に聞いて(笑)。赤塚先生の訃報を聞き、本当に残念で堪らない気持ちでいっぱいだ。あれだけのギャグを生み、ナンセンスの極致とも言うべき漫画を描き続けたエネルギーは、本当に凄いと思う。それ故か、アル中だったりもしたし、晩年は病魔との闘いで、ここ数年は全く意識も無く、寝たきり状態だったと聞く。看病疲れで、奥様が先立たれたりしたし…。あの世で、ゆっくりと、手塚先生や藤本先生、石ノ森先生なんかと、いいお酒を飲んで下さい。素晴らしいギャグと笑いを、有難うございました。心よりご冥福をお祈り致します。
2008年08月02日
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