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早起きして夫を駅まで送った。嘘みたいに心が弾んでいる。去就を思い巡らすことが、どんな心を重くしていたか、判った。午前中いっぱい発表の整理に費やして、午後はプールへ・・・・。と予定していたのだけれど、気持ちが泳ぎに向かわない。 発表が終わったら、プール三昧に戻ろうと思っていた筈なのだ。この異変はなんだろう、気が付くと身体は地に根が生えたように重い。これでは、心だけが何処かへ飛んでいってしまいそうだ。 これから、身体のケアーにがんばらなくたはなら無いだろうか。手始めにダンベルでも振り回してみよう。はて、どこへしまったかな?
2003年04月30日
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発表会を終えて、昨年から今年にかけてラボ・パーティ継続を苦悩した事への解答が明快に得られて嬉しい。とは言え、これからも常に思考しなくてはならない事は変わりないのだが。 変化を余儀なくされる体力、思考力、能力その他諸々。決断力が退化しないうちに決着しなくてはならないのではないかと思い悩んでいた。しかし、後がない事とを覚悟して腹を据えると、不思議に心が静まってくるのを感じた。子供たちの能力を引き出し、伸ばし高める想いが宝物のように蓄積されていることを感じたのだ。 力を存分に発揮すれば、疲労するのではなく癒される、エネルギーを与えられる。それを、実感できる活動を発表会に向けて子供たちと実行できた事がなにより嬉しかった。 ラボ・パーティの仲間たちは、時に厳しく、時に優しく手を差し伸べあって大切に育んでいる、”自ら考えるこどもたち”。そんな仲間達と表現活動を通して連なっている幸福を感じのだった。 関係者は、9時集合~20時解散 テューター・ラボッ子実行委員 ご苦労さま ラボのライブラリーを発刊順に展示して紹介 私たちの発表The Poems & Nursery Rhymesは、多くの友人が褒めてくださった。直前にN君が、発表に出るのは”イヤ”だ、とごねた。そして、車に篭城してしまって、全員、慌てた。結局、リハーサルの後半に登場して事なきを得たのだけれど、後で、思わぬ事が判った。 どの詩にも、ピアノ演奏を主にしたBGMを流した。CDそっくりのリズムで言えるN君の詩は、リズムカルで音楽そのものだから、BGMは邪魔だと思って付けなかった。ところが、彼は・・・「僕の詩には音楽がない・・・・」と、言った。発表後の雑談で、聞かされた時、私は雷に打たれた気がした。そうだったんだ?!彼はそれで悩んでいたのか。ごめんね、N君。気がつかなかった。君は音楽が無くて不満だったんだ。 あの素晴らしいN君のLOOEに、きっと合う音楽を探すから許してね。
2003年04月29日
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明日の発表に備えて前日のリハーサルをした。市内の会場で全員が集まった。発表時間の制約があるので、演し物の手直しが最後まで続いた。今日は、あっちを直しこっちを足して、手直しをたくさんやった。はたして、子供たちは、こなせるだろうか? 帰途の車中が楽しい。せまい車内で格闘技のようなふざけっこが始まったりする。得意の流行歌を歌ってくれる子がいたりする。S君が、テツ&トモの”なんでだろうソング”?を3番までスラスラと歌うのを聞いた。静かな優等生タイプと思っていたS君の意外な顔を発見した。 今日は、離れた町に住むN君を始めて送り届けた。道案内の彼が言う。「この先の道はとても狭いから、気を付けてね。テクニックがいるよ」「はいはい、テクニックですね?」道の両側から石垣が迫る狭い道を通る時に、彼がまた言う。「ここは、気をつけた方がいいよ、ママが車をガリッっとやった所だから」聞いて緊張したけれど、無事に通り抜けることができた。 今回は、練習の度に子供たちを満載して往復した、お陰で彼らは、すっかり仲良くなったようだ。こんなことも、活動の副産物としてある。ともあれ、明日の発表が無事に済むことを願っている。
2003年04月28日
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投票場の裏に住むラボッ子と待ち合わせた。練習へ連れてゆくためだ。駐車場は投票する人々の車が忙しく出たり入ったりしていた。人々は、投票場に消えてはほどなく出てきた。私も、まだ投票していなかった。結局夕方、夫と行った。 車の中で待っていると、子供連れの一家が何組も会場へ消えて行った。跳ね歩く子供たちの動きがかわいかった。「オーイ、ラボッ子になりませんか?」車の中でつぶやくと。「あらら、テューターここで勧誘ですか?」と、高校生が笑った。活きのいい子供たちがたくさん通るから、嬉しくなって眺めていた。 練習は、もう一歩のところで時間切れになった。今日最後の練習が始まった時、Kママがお客さんを連れて来た。途端に子供たちが張り切るのが判った。だらだらしていた子たちが、しゃんとした。後で、Kママのお母様だと判った。若々しいので、てっきりお姉様かと思った。 発表まで、あと1日、最後まで頑張ろう。
2003年04月27日
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夫が、1泊で出張した。予定した音楽CDの編集を済ませたら午後からの時間がぽっかり空いた。食事の仕度も無用だ。ふっと遠くへ行きたくなった。 なぜかNAVIちゃんを思い出した。NAVIちゃんが住む町は、比較的近いのだけれど、乗り物を乗り継いで行くと遠い。車で行けば、さほど掛からない筈だ。お目当ては、25歳のオカメインコのチーちゃん。彼には、NAVIちゃんが描くイラストや写真でしか会ったことがない。 電話したのだけれど、留守電だった。用件だけ言って、名前を忘れた。留守電は、どうも慌ててしまっていけない。もう一度かけなおして、名前を言ったのだった。 空いた時間は、結局パソコンの前でぐだぐだと過ぎて行った。
2003年04月26日
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時々小雨が降って、終日くもっていた。マリーゴールド、夫が買ってきた。黒ビニールケースに入ったまま、庭先に置かれている。 夫が雑草を抜いたまま空いている場所がある。土が濡れているうちに植えようと思った。夫は、時間がなくて出かけてしまった。 土は意外に固かくて、くわを持ち出して耕さなくてはならなかった。信州の夫の実家でネギ畑に入った頃のことをふと思い出したりした。黒い土へ足がめり込むので長靴を履いて行ったものだった。信州へ行って百姓をする事がこれからあるだろうか? まさか? 突飛な発想を打ち消した。 シャベルで穴を掘って、マリーゴールド4本と、名を知らぬピンクの花3本を納めた。水はやらなかった。雨がぽつぽつ落ちてきたから。
2003年04月25日
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ラボパーティの日、私はいつもは着ない派手な服を着る。ボトムはジーンズだけれど、トップのTシャツは、赤やピンクが多い。こどもたちが使う便所のタオルもデズニーキャラクターに替える。「先生は、その服しか持ってないの?」と、ある時、ラボッ子が言った。「なんで?」「だって、いつもその服しか着てないから」、愕然である。 ある子が、トイレを使った後台所の水道で手を洗うのを見た。我が家の台所は、ラボの会場として使っているリビングに接している。以前は、そんなことは無かった。はは~~~んと、思いついたのはタオルだ。彼女たちにして見ると、いつも同じタオルが下がっている”便所”、タオルを替えたことがない!のでは?と、思っていたのか。。。。 玄関にフクロウの”福ちゃん”を、通信販売で買って置いた。 福チャンは、動く物を感知すると”ホー、ホーッ!”と、鳴く。一番にやって来た亨軌が果たせるかなびっくりして部屋に入ってきた。やったー! 私は快哉である。彼は、いつも音を立てないように家に入り、猫のように静に部屋に入って来てわたしを驚かせる。時には、玄関に留まって、ラボルームの他の子たちが、気付くのを楽しんで待っている。稚気溢れるいたずらっ子なのだ。 実は、この福ちゃんは、玄関脇の竹が風で揺れて影を作っても、鳴く。室内にいた亨軌が、耳ざとく「あっ、誰か来た!」と、部屋を飛び出して行った。 子供たちとの付き合いは楽しくてなかなか止められない。
2003年04月24日
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昨年買ったアロエの葉が大きく伸びてちょっと邪魔になってきた。とげがあるので、うっかり近寄ると刺されてしまう。特に伸びた葉を3本ばかり切り落とした。切り口から汁が滴り落ちた。 アロエは食べられる。アロエヨーグルトを、食べたことがある。ナイフで皮をこそげ落として、中身をべろりと取り出す。皮の下は透き通った肉が現れる、汁もたくさん出る。汁で指先が濡れる。ただ、剥きやすいとはいえない。 ほんの少し苦味があるけれどほとんど味がない。生の干ぴょうを齧るような食感がする。 これから、どんどん伸びてくると思うのだが、時々採取して食べるしか利用法はないかな? やけどに効くと聞いたこともあるのだけれど、しょっちゅうやけどするわけにゆかない・・・・。
2003年04月23日
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年末から冬中楽しませてくれたパンジーが伸びすぎた。盛りを過ぎてしまったようだ。なんだか残念。玄関脇やフェンスへ春の鉢を用意しようと思った。 夏の花は乾燥に強いのが望ましい。2、3日水遣りができなくても、元気でいて欲しいから。フェンスには、通る人を楽しませる華やかな花が欲しい。在宅の夫と、園芸店めぐりをした。適当なプランターがなかったから一軒ですまなかった。 100円ショップにあるプランターは、デザインが昨年とすっかり変わっていた。トーンを揃えようと考えていたのだが、目算が狂ってしまった。プランターも年々趣向が変わることを知った。
2003年04月22日
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初めてのアレンジ発表は、”The colors of poems and nursery rhymes!”発表時の題名も決まって、全体が見えてきた。全員が熱心に取り組んでいる。こどもたちの成長が見えて嬉しい。 懸案のTシャツについては、色違いのTシャツを着るだけでは物足りない。どこかにパーティ名だけでも入れられないだろうか?と、リーダーが、寝ないで考えていたと、言う。彼女が、今回の発表について真剣に考えていることが判って、とても嬉しかった。 早速、パソコンを立ち上げると、どんなレタリングがいいか試作してくれた。彼女が、発見したフォントの不思議な文字を「Labo北村パーティ」の上においた。時間もないので、こったデザインはできないが、胸にワンポイントを付けようと全員の意見が一致した。 Sママに話したところ、初耳で驚かれたようだが、カラーTシャツをユニクロへ買いに行く協力をしてくれた。ユニクロへは、Kママも車を出して同行してくださった。お陰で私はことどたちとの練習に集中することがでた。 なんといっても父母の協力がパーティを盛り上げてくれるのが嬉しい。 練習日には、オヤツの差し入れが届けられる、13日はFママから、ジュースとおせんべい。Kママから、お手製草もち。20日は、Sママから、お手製バナナケーキと、ココアケーキをいただいた。それに、Sさん、N君、スナック菓子の提供を、ありがとう。 練習を全員楽しんでいる雰囲気がとても嬉しい。なんてステキなグループに育っていることでしょう。先週、「Looe」の練習が途中になった、小3N君が、1週間で英語も日本語も見事に仕上げてきた。全員、驚いて喜んだ。本当に素晴らしい Looe になりそうだ。他の小学生たちも、英語、日本語とも ばっちり。テューターは嬉しくて涙が出そうだった。 ”3人のお姉さんたち”が、全体がうまくいくように心を配ってくれるので、テューターが、雷を落とす回数が、めっきり減った。 表現をもう少し豊かにして、つなぎの部分にもう一工夫があったら、更に素晴らしい表現になるでしょう。 ああ発表が待ち遠しい。みんな、がんばろうねぇ!
2003年04月21日
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19世紀から20世紀初頭まで活躍したフランスの女優、「サラ・ベルナール」を麻美れいが演じた二人芝居。共演は、金田竜之介。劇場は渋谷・パルコへ見にいった。先月任地から帰国した、友人K子さんが同行してくださって、ラッキー! 最近よく利用する、「eプラスの得チケット」は定価より安く買える。公演の知らせが配信された時、迷わず買った。サラについて造詣が深いわけではない。フランスの高名な女優について知識のないことが、興味の原点だったと思う。後で調べると、画家のアルフォンス・ミューシャ(チェコ出身)が描くポスターで、知られていることが判った。写真が多用されることのなかった時代、ポスターは演劇関係者にとって重要な位置を占めていた。ミューシャの描くポスターでサラの名声は高まり、無名画家の、芸術家としての評判も確定的なものになった。http://www.mucha-museum.co.jp/collection/collection_06.html 芝居は、ミューシャとの関わりを描いたものと勝手に想像していたのだが、まるで関係なく彼に触れることはなかった。しかし、ホールには実物ポスターが3点ほど展示されていた。どこかで見たことのある筆致の石版画だ。 芝居は、回想記を書いている晩年の「サラ」、代筆している「執事ピトウ」のやりとりで、彼女の生涯が多重的に現れては消える。公演中の事故で右足を失った サラは、片足が義足だ。海の見えるテラスで動き回るブザマなサラが、時に回想で見せる、かって演じた役になりきる存在感は大きかった。ハムレットをも演じたサラを、宝塚出身の「麻美れい」が、納得のゆく演技で見せてくれた。 麻美れいの美しさに陶酔した。やや珍奇な容貌ながら熱演の金田竜之介は、名演技で執事役をこなしていた。期待以上の演技と存在感で驚かされた。 見終えて、男と女、名声と実像、老いの美と醜、現実の母の老いと我が身の衰え、諸々が重なり合う部分があって混沌としている。2時間で語り尽くすには、二人芝居は物足りなかっただろうか。更に知りたい欲望に突き動かされている。 女性よりの視点で見れたのは、宮田慶子演出家の故か・・・・。原作はカナダの戯曲家 ジョン・マレル 1977年作。
2003年04月20日
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難しい名前の会だけれど、委員は小学生から大学生までいる。4月29日に迫った地区の発表会の実行委員会が開かれた。わがパーティの代表は、高校2年生女子と小学6年生男子だ。 6年生のN君は、パーティの男子では、今や最年長になった。遊びたい盛りのわんぱく坊主ながら、成長が見られて嬉しい。委員会では、当日のプログラムに沿って、シュミレーションを繰り返す。司会者は、英語と日本語の司会の言葉も覚えなくてはならない。実行委員全員で、発表会が盛り上がるように応援対策を考えて実行する。 発表会に参加する各ラボパーティは、発表に向けて練習に駆り立てられている筈。実行委員達は、自分の役割を反復しながら、発表に向けてメンバーたちの意識をも高める役割を担ってゆく。 あと1週間とちょっとで、発表の日がやってくる。今年、わがパーティは、詩とナーサリーライムをアレンジして発表する。いつになく楽しい練習が展開されていて、頼もしいメンバーたちだ。
2003年04月19日
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夫の迎えにかこつけて、母を訪ねた。二日続けて在宅で往診を受け。点滴をしてもらったのがよかったのだろう。母はいい顔色になっていた。先日、誕生祝いの会食をした時に撮った写真を持参した。 写真を拡大鏡で覗き込んで、母は「おばあさんになったなぁ~」と、ため息をついて言う。「もう、90だもの・・・・」と、昨日から幾度聞いたか判らない。あらっと、思ったのは、母がまだ若くありたいという想いがある事を、感じた事だ。50になった時、私も思った。なんだかがっくりしたのだ。60になった時も、確か・・・・そんな気がしたっけ。そうか、母は90歳の自分が悔しいのだろう。 90歳になった自分に気落ちしている母を感じて、かすかな希望を見た。母は、蘇生するだろう。強靭な生命力を発揮するだろうと、ふと思った。 帰宅すると、”上海の娘”せっちゃんから、嬉しい画像が届いていた。かねて婚約中だった彼と、晴れて挙式した日の画像だった。 せっちゃんは、一昨年ラボパーティの國際交流で来日した上海外語学校の教師だ。我が家に2週間ホームステイして、大切な家族になった。だから、上海の娘なのだ。 彼女の言語環境は凄い。中国語、朝鮮語、上海語、英語を駆使して仕事している筈。しかも日本語教師である。 せっちゃん、きれいだあ!中国の少数民族朝鮮族の花嫁姿もあった。 お色直しを3回もしたのね?それとも、写真だけを別に撮ったのかな?せっちゃん、立派な結婚式が挙げられて良かったね。お二人の2世誕生を楽しみにしています。
2003年04月18日
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母の食欲が極端に落ちている。病院にも行きたがらない。面倒を見てくれている姉から、昨日悲鳴のような電話があった。ちょうど、姉宅に届けようと注文してあった”インターホーン”も昨日届いたので、それを持って出かけた。 母は、ベットで寝ていた。声をかけると気付いたようだった。「え~~~っ、何で寝てるの?!」「だって、眠たいのだもの・・・・」障子に陽が当たって部屋が温かい。私は、障子もガラス戸も開け放った。「今日は、温かくていい天気よ!起きろ、起きろ!」 「おかゆができたよ、たべるでしょ?」姉が様子を見にきた。持参したインターホーンを取り出して母と姉に見せる。「面倒くさいのは嫌よ」と、母がけん制する。「スイッチを入れておくと、何もしないでも上と下で話ができるのよ!」急な階段を使って上がり降りする姉の為になると思ったのだ。母の様子を、離れた部屋からモニターできる筈。 母の部屋と別室から実験開始。姉と私が、交信しているのを見て、母が私にも言わせてと、手を伸ばしてきた。「声が小さくて聞こえないよ!」姉が言うのがスピーカーから聞えてきた。 どうやら、インターホンは成功したようだ。スイッチをオンにしておくと、近くの音をなんでも拾ってしまう。「あれっ、こちらの話も聞えるわけ?」と、姉。「そうです、おばあちゃんの悪口を言う時は、大きな声で言いましょう!」と、私。「あらま、大変」と、姉と母がにやにやしている。 いずれにしても母の不調は尋常ではない。本人は嫌がったが、往診を頼んだ。後で聞くところによると、血圧が極端に下がっていたらしい。便秘予防薬も効きすぎていたようだ。病状に合わせて出された薬も、刻々と変わる体調について行けなかったと思われる。 往診で、点滴、薬の調整をしてもらい母の体調はやや良くなって、姉が安堵している。本人が取り合わなくても、医者との交信が欠かせない事が判った。気を緩ませる暇もない姉も、疲労が溜まっているようで気掛かりだ。
2003年04月17日
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3年生のN君は、とても耳がいい。聞いた音はたちまち再現してしまう。CDで聞いた英語を難なく理解する幸運な才能を持ち合わせたようだ。その彼が、お母さんが弾くピアノ曲をハミングで再現するのを聞いて、驚いた。実はお母さんは、ピアノの先生なのだ。胎教代わりにピアノを聴いていた筈。彼自身は、ピアノの練習はしていない。 やんちゃで元気のいい彼は、じっとしてないが、いざという時は集中する。発表会が近いので、グループ練習を重ねているのだか、異変が起こった。N君が日本語を言いたくないというのだ。 ラボのCDは、英語と日本語で語られる。今回とりあげているのは詩で、これは唯一の英語詩で日本語が無い。それで、日本語は各自翻訳した。このような形での活動と発表は始めてのことだ。 N君以外の子は、日本語を先に覚えた。英語を覚えるのに難渋している。はてさて、N君が日本語を言いたくない心理は何なのだろうと、模索中だ。
2003年04月16日
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ちょうど1年前になる。視野の中心にぼやける箇所があって眼科へ行った。検査の結果、網膜に血管が新生してそれが破裂したと言う。簡単にいうと出血の跡があざのように残って視野を遮っている。治療も投薬することもなく時間の経過で直った。しかし、定期的な検査をした方が良いとのことで、間隔は月1度から4ヶ月に1度となったが、継続している。 今日は、その日だった。いつになく外来が混雑していて、予約時間を大幅に超過した。前回、12月に行った時は空いていた。昨年の4月も混んでいた。4月は、眼病が多発するのだろうか?まさか、そんなことも無いだろうが。老若男女が待合室でひしめきあっていた。 私の番になった時、そこで待つようにと示された席の隣に、小学校低学年とおぼしい女児が母親に伴われて坐っていた。医師が女児の目に器具をあてがっ診ていた。その子は、時々渇いた咳をしていた。医師が言った。「今、診断書を出しますが、法定伝染病なので2週間学校を休ませてください」。えっ、嘘!私は、思わず席を女児から離そうとしてしまった。 法定伝染病だけではどんな病気なのか判らないのだが、女児は、目が充血していた。昨日は高熱だったと言う。それに、咳・・・・・。ちょっとドキドキする眼科検診ではあった。 幸い、私の眼は完治して視力も戻っていたが、検査は継続となった。
2003年04月15日
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多くの物語をいかに子供たちに触れさせるか? ラボパーティでは、常にあれこれ楽しい悩みを抱えている。一枚のCDが伝える情報を英語と日本語と考えるか、はたまた物語と捉えるか? 海苔巻すしを作るには、海苔も飯も具もいるのだ。ラボのCDには、英語も日本語も物語りも不可欠なのだ。 われわれには、この三つを駆使して交流する、出会いがある。英語、日本語、そして物語と多くの出会いを通して、長い年月をかけて言葉と心を育む活動をしている、と、自負しているのが、ラボパーティなのだ。 今日は、物語をいかに子供たちに出合わさせえるか討議する前に、面白いワークショップをやった。それは、「白雪姫」「ふしぎの国のアリス」「たぬき」、三つの物語に共通する物があるのだが、あなたならどれを選ぶ?一般的に「たぬき」はなじみが無いだろう。 これは、若かりし頃のクリーブ・ニコルさんががラボのこどもたちの為に書いたオリジナルの物語で。化けることのできる日本の狸が荷物に化けて世界旅行する話だ。各地でたのしいエピソードが繰り広げられる。この「たぬき」のロンドン旅行には、女王様がお茶を飲むシーンが出てくる。 三つの物語の共通点は、実は女王様だった。白雪姫の女王様はご存知の通り、己より美しくなった姫を殺そうと企む魔女の女王。アリスの女王は、気に食わないと「首を切れっ、首を切れっ!」と、叫びたてる女王だ。 ワークショップの始まりは、三つの物語の中から一つを選ぶものだった。参加者は、ぞろぞろと好きな物語へ向かって三つに分かれて行った。しかる後に、インストラクターから”なぜこの女王様”を選んだか、質された。 アリスの女王を選んだ者は、幻想の世界故に「首を切れっ!」を、大声で叫ぶことができることをあげた。白雪姫の女王は、美しい姫をいたぶる快感を存分にやりたい。お茶を飲む、唯一等身大の女王様は、優雅な気分を味わいたいから、と。 子供も大人も物語の世界で存分に遊んで、知恵や快感やストレス解消を図りつつ心豊かになれたら、嬉しいではないか。
2003年04月14日
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長女カップルと”焼肉”を食べに出かけた。「今日は、飲むぞ!」と、夫が張り切っている。私は運転を引き受けた。メニューを見ると、ノンアルコールのビールがあった。試しに注文した。意外にいける、ビールより美味しいくらいだ? 車で帰る長女たちも飲んだ。ボトルを良く見ると、小さい字で”アルコール分0.5% 運転時や子供は飲まないでください”とあった。「なぬ?!」意味ないじゃ~~~ん! メニューには、日本酒風味の清涼飲料もあった。名づけて”のんだつもり”これも試飲用にオーダーした。甘口の日本酒といった味だった。後でボトルを見ると、アルコール分0.2%となっていた。会食者全員が興味を持って回し飲みする始末。さても、さても飲兵衛一家なり。 本日、正真正銘のビールとお湯割焼酎をご機嫌で飲んだのは夫だけだった。
2003年04月13日
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新しいプリンターを設置して、黒字の印刷物を何回もやった。カラー印刷はできなかった。以前のプリンターの影響を踏襲していると思って、気にもしなかった。カラー印刷の必要性もなかったから。 今日、娘が帰宅したのでカラー印刷の件を尋ねた。彼女は、私のパソコンで印刷を試して、設定が間違っていると思ったようだ。それで、印刷のソフトをダウンロードし直したり試行錯誤していた。何回もやり直して、難渋していた。 彼女は、最終的にカラーインクのカートリッジを開いて、唖然としている。「お母さん、インクのシールを外した?」と、私に尋ねる。見ると、新品インクの出口に貼ったビニールシールがしっかり付いていた。思えば、黒インクのシールは剥がした覚えがあったが、カートリッジごと付け替えたカラーインクのシールのビニールは剥がしてなかった! 1時間以上に及ぶ彼女の苦闘はビニールシール1枚の発見で幕となった。すんませ~~~ん、ごめんなさ~~~い!
2003年04月12日
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発表会を開催する市民会館で、舞台のスタッフと打ち合わせがあった。開催の実行委員達が打ち合わせする様子を末席で眺めていた。舞台担当者が二人対応。他に会館の担当者が1人。担当者スタッフは、黒字にStageCrewと白書きしたジャンパーを着用していた。幕、照明、音響、客席、その他をどのように利用するか、発表会当日の細かい打ち合わせをしていた。 いつも思うのだけれど、舞台スタッフは芸術家風人物が多い。以前に来た時は、長髪を束ねてポニーテールの男性だった。とても高圧的だったのを、何故か覚えている。今回のスタッフは、元気溌剌でないのが気掛かりな中年とやや若の男性だった。口の周りの髭が伸びかかっているのが・・・・気になった。 総体的に親切で丁寧な対応だった。驚いたのは、借りる部屋のコンセント使用について回数に応じて使用量を取られることだった。公的機関が税収の落ち込みに敏感に反応している証だろうか。以前は、借りた部屋の備品として使い放題だったのが懐かしい。
2003年04月11日
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夫が定期的な検査で、病院へ行った。勤め先から直行した夫を迎えに私も用足しの出先から病院へ向かった。病院の都合で夕方になってしまった。夕食をどうするか、話し合った。食材を買うと、二人分の食事は案外割高になる。余計な物も求めがちだ。外食にすれば、簡単に済むのだが不都合もある。 車での外出では、食欲増進の食前酒がいただけない。どちらかが我慢するのも興をそぐのだ。自宅でゆっくり食事したいところだが、料理人も共に外出しているので、帰宅してすぐ食事とはならない。「レトルトの具でスパゲッティにしようか?」「XXXで、何か買って帰ろうか?」「XXXに、フランスパンはなかったっけ?」「あるある、まずいフランスパンが!」思わず二人で爆笑。フランスパンは、旨い不味いがはっきりした食材だ。「XXXね、また寿司を買うでしょう?」「今日は、絶対買わない」「そろそろ割引の値札がつく頃だよん」「やだな割引のしか買ったことがないのだから」「今日は、絶対買わない」 こんな会話をしながら、スーパーに着いた。結局、買ったのは値札が半額になった赤飯、これは夫の好物で、見ると欲しくなる。他には、すぐ食べられるハム、ソーセージに、サラダの材料だった。もちろんフランスパンも買った。 おかしな取り合わせの夕食となった。
2003年04月10日
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Diary アメリカ軍海兵隊がバグダッドを制圧したという。略奪するバグダッド市民の映像が流れた。サダム・フセインは、何処へ消えたのだろう。オサマ・ビン・ラディンも行方知れずのままだ・・・・。 水曜日は、片付けと掃除と、ラボ・パーティの日だ。在宅だが多忙な日だ。開かれることなく積み上げられた新聞を眺める日でもある。読むのではない眺めるのだ。 夫が出かけると、テーブルに新聞を広げてめくる作業が半日続く印象がある本当は、1時間程だと思うのだけれど。バグダッド、イラク市民、爆撃、国連、フセイン、空軍基地、戦後も溶けぬ米欧対立・・・・・・・・・。 戦争の記事が棘のように胸に刺さって疼く日々だ。
2003年04月09日
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Diary ラボのライブラリーとは、たくさんの物語のことだ。英語と日本語を一流の俳優陣が語り、演じた内容のCDと絵本だ。勿論場面に応じたすばらしいBGMがついている。このライブラリーは古今東西の名作童話を網羅している。オリジナルの名作も勿論ある。 仲間うちで、「好きなライブラリーは何?」と、質問しあったりすることがある。これが、意外に難問だ。なんだか肌に合わないなあと感じていても、ラボッ子と活動していると、いつの間にか好きなライブラリーになっていたりする。 今度は、苦手なライブラリーについて語ってみようと提案されたが、これがまた難問だ、だって触れれば好きになってしまうのだから。ともあれ、苦手と感じている物語を探し出してゆかなければならない。しかるべき理由を見つけて。
2003年04月08日
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こどもたちの詩の発表に相応しいBGMを探している。インターネットには、試聴できるサイトがあって探索が楽しい。「子供の情景」を検索にかけた。この曲について詳しいことは知らないけれど、うろ覚えで検索した。なんとあった! ロベルト・シューマンの作曲だった。13曲が入っていた。かの有名な「トロイメライ」も、このシリーズの中にある。試聴すると、オルゴール風演奏だとわかった。このひなびた感じの音が子供の素朴な詩にぴったりだと思い込んでしまったのだ。 迷わず「トロイメライ」以外の12曲をダウンロードした。有名すぎる曲は使いたくない気がしたからなのだけれど。曲は全てMIDIだった。これを、CDに焼き付けようとしたら、MIDIをWAVに変えなければならないことが判った。 こはらさんによると、MIDIは楽譜(演奏手順)をコード化したものなのでサイズはかなり小さいですが、WAVEファイルは サイズがやたら大きくなります。音楽CDを見ての通り、650MBの記録容量のCD一枚に最大で10数曲分(74分)しかできないほど大きなファイルです。 さあ、MIDIをWAVEファイルに変換するソフトを探せとばかり、終日を費やす羽目になって、このソフトは、あるにはあったが、有料でしか無い。清水から飛び降りた気で550円を投資したが・・・・。どうやっても、ダウンロードできない。なんでだろう、なんでだろう? 状態で日曜日が過ぎていった。
2003年04月07日
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こどもたたちが発表する詩のBGMを探している。ラボの物語には音楽が欠かせない。どの物語も格調高いBGMとあいまって心に響く起伏が展開される。 詩は、ことばがリズムになって音楽のようだから、あえてBGMをつけなかったのかも知れない。しかし、こどもたちは詩を表現する時、身についたグループ表現の物語にしたいようだ。 物語なら、彼らの表現を引き立てる音楽が欲しいと、考えている。花、鳥、動物、泉、太陽、星、四季、旅、列車、闇、花、人物・・・・・。森羅万象を詠った詩に相応しい音楽を探していたら、シェラザードに行き着いた。 これは、チェコの作曲家 リムスキー・コルサコフの名作。千夜一夜物語なのだけれど、気宇壮大なのに細部は軽やかに優しく起伏に富んでいる。 しかし、交響曲なので、詩のBGMにはちょっと大袈裟かも知れない。
2003年04月06日
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Diary 大学教授は、在宅が多い。休暇中も在宅となる。夫は、データー処理や書き物に没頭して寝食を忘れることもままあるのだが。思えば以前は、休暇中も研究調査や学会で、在宅することは数える程だった。最近、それが激減した、つまり在宅が多いのだ。 今日は、新入生へのガイダンスがあって出かけて行った。どういうわけか、彼の留守中は、私の仕事がはかどる。久しぶりに、隣町のショッピングセンターへ行った。本屋を覗いて、何冊か求めて喫茶店へ入るのがお定まり。 「話題の本」コーナーで、くぎづけになった本が2冊あった。1冊は、”青春とは、心のわかさである。”サムエル・ウルマン 作山宗久・訳 角川書店2冊目は、”10代の子どもが育つ魔法の言葉”ドロシー・ロー・ノルト レイチャル・ハリス 雨海弘美・訳 PHP出版 両方とも何故か翻訳である。”青春とは、・・・・”の方は、詩集だった。心が震えた冒頭の詩を紹介したい。「青春」青春とは人生のある期間ではなく、心のもち方を言う。薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足でなく、たくましい意思、ゆたかな想像力、燃える情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。青春とは臆病さを退ける勇気、安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い精神は芥になる。六十歳であろうと十六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探究心、人生への興味の歓喜がある。君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。人から神から美・希望・よろこび・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷にとざされるとき、二十歳であろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、八十歳であろうと人は青春にして己む。
2003年04月04日
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桜だよりが聞えると、花々はいっせいに目覚めるようだ。生きとし生きるものたちがいっせいに目覚めるような気がする。 花々を愛でる喜びはインターネットの友人たちが教えてくれた。昨年いただいた寄植えのプランター ムスカリの白と紫があったどの花も 年を越し冬中たのしませてくれた 愛しい花々だ
2003年04月03日
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年に一度の大きな発表会で、昨年まで発表してきたテーマは、トム・ソーヤ ハーメルンの笛吹き はだかの王様 三人のおろかもの等などだった。 今年は、沢山ある詩の中からいくつか選んで発表することになった。これは、ひとつの物語を丸ごと発表する従来の形とはかなり変わったものとなる。とりかかってみて判ったのだが、短い詩の一つ一つが物語りの世界を持っていることだった。順番はどうするか?異なった詩を融合させるスパイスも欲しいと、課題は山積。 ラボッ子なら、詩の発表だからと云って直立不動で朗読するわけがない。一つの詩をどう表現したらメンバー全員で共有できるのか、そして、視聴者のことも考えて話し合いを繰り返しながら納得するまで作り上げてゆく。背景にあるのは、バラか空か、泉か白鳥か? 全部表現しては煩わしい。詩が語っているものを豊かに表現するには、どうしたらいいのだろう? 幾つもの詩を吟味して、語られた世界を表現するのは、楽しくも遠い道のりだ。
2003年04月02日
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片付けなければならない仕事がたまっていた。我ながら能力が落ちていると思う。どんなに仕事があってもジム通いを忘れたことはなかった頃を思うと、較べようも無い低下だ。夫が在宅する日々が多くなっていることもある。私が、忙しく外出することが多かった頃、夫もまた重責あるポストを歴任して、落ち着いて在宅する時間が無かった。 二人で在宅して、上と下の部屋で、ピコピコとパソコンに向かっている。今日は、ついに壊れてしまった私のプリンターを買いに外出するのが夕刻になってからだった。ついでに日用品の買い物も。 気が付けば4月1日、例年なら馬鹿な仕掛けをしては、冗談を楽しんだのに、嘘をつく暇もなかったわけだ。
2003年04月01日
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