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携帯から日記の初更新します 来週は外泊が多いので 携帯から多く発信予定
2003年07月30日
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母子一体で発表する幼児たちの楽しいひと時。 CDは持っているだけでは”だめなのよ” 聴いて動いて動いて聴いて 聴いて動いて聴いて動いて動いて聴いてなかみを あたまや こころに いれなくっちゃ・・・・・おや? 誰かさんの”ことば”みたいだけれどね?!
2003年07月25日
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手のひらに乗るサイズのカメラを買った。光学ズーム付きで、動画も連続30秒撮れる。私の携帯が100グラムだから、それよりちょっと重いくらいのカメラだ。 夫のポイントを、一部利用させてもらって買った。二日後に販売店の”○○デンキ”から電話の問い合わせがあった。私の買ったカメラの型番を教えて欲しいという。それで、答えると「実は、間違えたカメラをお渡ししました」と、言う。とても良く似たカメラで光学レンズのない物があった。「それをお買い上げいただきました」と、言う。 なにい?そんなわけはない、散々吟味して決めた上で、買ったのだ。それで、思い出した事がある。支払いをする時に、製品を薦めた店頭販売員がレジスターまで同行して係員に在庫品を持ってこさせた。その時レジ係が、最初に持ってきたカメラが間違っていたのだ。販売員が、それを指摘して再度指定の品を持ってこさせた。 新人らしい女子のレジ係が二人いた。揃って製品について熟知してなかった為に、伝票を書く時間違えたのだ。最初に持ってきた品を書き込んでしまったのだろう。 電話の主にその事を告げると、浮かない声で「それでは、こちらで処理します」と、言った。以来○○デンキからは何も言ってこないけれど、なんだか落ち着かない。だって、あの伝票どおりに支払ったとすると、数千円安く買ったことになるのだが。ポイント残高端数を切ったり、SDカードだの、他の付属品などを買ったので、引いたり足したり細切れに支払ったから、得した気分がしないのだ・・・・・。
2003年07月24日
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2歳児に本の読み聞かせ。どの子も興味を持つのは動く絵本。自分で動かしたがる。バスのドアーが開閉する。車輪が動く。窓が上がり下りするしかけ絵本がお気に入りだ。 ママの補助がないと難しいけれど、何回もやりたがる。内容が判っているかどうかは不明。 ディック・ブルーナの英語の絵本を開いて見せた。犬の絵、言葉は「DOG」とだけ。猫の絵「CAT」、MONKEY、DUCK、等など。 言葉に鳴き声を添えて聞かせた。2歳児たちは、鳴き声に惹かれてか、聞いていたが、マネし始めた。しめたっ!こちらには嬉しい瞬間だ。鳴き声だけでなく言葉も真似る。 動物がいろいろ出てきて、「SNAIL」かたつむりは鳴かない・・・・・・。私は緊張して咳が二つばかり出た。すると、そっくりに「ゴホッ、ゴホッ!」大人たちの大爆笑に彼はきょとんとした。 なんでも真似る時期に言葉の学習は最適なのだと思う。
2003年07月23日
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今夏ラボ・パーティが出版したCD「ギルガメッシュ」の絵本は、名高いカナダのアニメーション作家 Ludmila Zeman作だ。彼女が出生地チェコから現地に移住したのは1984年。 父親のアニメ作家Karel Zemanから、メソポタミア遺跡から発掘された「ギルガメッシュ叙事詩」について、子供の頃から聞かされていたらしい。 この不死を追求するギルガメッシュ王のテーマを深く理解したのは、愛する父を亡くした喪失感からだった。この話を、子供向けの絵本にしたいと、念願してメソポタミア文化研究に数年を費やしている。 絵本「ギルガメッシュ」は3分冊で、精密なイラストは 子供たちを魅了してやまない。ラボのCD発刊前からの現象なのだけれど、絵本を開いてあきずに眺める子供たちの姿が印象的だった。 Zemanさんの講演会では、失言して真っ赤になるなど、彼女の飾り気のない率直さにとても感銘を受けた。イラストは全て遺跡から発掘された遺物、彫像、壁画等などから寸分違わず写されている。それは、大英博物館の絶賛でも証明されている。 話を聞いてなにより感動したのは、彼女のこどもたちへ向ける眼差しの温かさだ。幼い子たちにとって、親しみ難いであろう古代の事物を描く為にユーモアとジョークを随所にちりばめていた。 論より証拠、絵本をじっくり眺めてほしい。温かい画風の間から楽しく発見できるだろう。
2003年07月22日
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エリザベスの長男が日米高校生海洋交流事業団の代表6人の1人に選ばれた。彼女が彼を見送りに成田へ伴って来たのが昨日のこと。 長男君の参加の決意を彼のサイトから無断借用してきた:***************************この研修では米国側と日本側がそれぞれ一人ずつペアーになり、20日間24時間一緒にいることになります。 使用は英語のみ。この交流は予想以上に重要なもののようです。米国側のバックが海軍記念財団であるため、米国政府の様々な施設に特別に入れてもらえたり、体験させてもらえたりするようです。しかし費用は無料。とにかくこのプログラムで経験を積む、それが目的です。毎日のように貴重な、このプログラムでしかできない機会があるので、すごくハードなのだそうです。 それでも頑張ってきます!*************************** 愛車「NOA」を駆ってどこへでも気軽に出かけてゆくエリザベス、今日は芦屋への帰途、我が家へ寄ってくれた。パソコン教室の運営をしている彼女の生徒さんのコロちゃんも、ご一緒でした。 昼食をはさんでしばしの歓談を楽しみました。
2003年07月20日
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クラスが始まって直ぐに、事前調整が不足だったことが顕著になった。今日はホームパーティを離れて、市内の会場で主なメンバーが集った。来週に迫ったイベントの練習と打ち合わせをすることになっていた。 いつものことだけれど、会場が変わるとこどもたちはどちらを向いて活動していいか判らなくなる。そして好き勝手なことをはじめる。指示を待つことなく子供たちが活動を開始するように仕向けたいと心を砕くのだが・・・・。予定時間は1時間しかなかったので、充分な説明をはしょって練習を開始したものだから混乱はすぐに始まった。 加えて、常に留意している個の発想を尊ぶべき点が裏目に出た。自発性を促すべく意見を言わせると、窮した子供は安易な方向へと偏よりそうになる。それは、何をおいても阻止しなくてはならないと私は確信しているから、ダメ出しをすると、阻止された子はムクレテ収拾がつかなくなった。 こどもたちの活動は、あくまで前向きに明るく力強くあって欲しいと願っているから、これからリーダーになるべき子の消極的な意見は断固却下しようと私は決めているのだ。 リーダーの高校生が期末テストと体調不良で何週間も休んだことも大きく響いた。年少の子達が相談して作り上げてきた活動を熟知せずして、高校生たるもの活動をリードしなければならないと、力んでくれたのだ。 久しぶりに活動を共にする成人会員Sさんは、こどもたちの様子を把握した上で活動を合わせてくれたり、意見を言ってくれたりする。高校生リーダーは未だ成長途上にあることが垣間見えた。当たり前なのだけれど・・・・。 後で高校生と話し合った。最近、彼女が自説を主張し始めると膠着状態になる。それをほぐすのに多くの時間を費やさなければならないことが顕著だ。理屈で議論できる高校生年代の活動と、小学生たちの活動は、おのずから違うと、私は言いたかった。小学生年代の子達と、まともに取り組んで勉強して欲しいと、私は主張していた。彼女は微妙に表情を変えながらおとなしく聞いていた。 ラボで、年代の違う様々なこどもたちと付き合うことは、苦痛と喜びが半ばしている。実は、うまく行かなくて苦しんだ後に大きな発見があることを何回も経験しているから、この楽しみを高校生にも実感して欲しいのだ。高校生だって、ついこの間まで小学生だったのだから。
2003年07月18日
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時間的、気分的余裕がなくて、母の状況を知っても見舞いが遠のいていた。夫が気にして、自分の方は大丈夫だから、”行ってこい”と言う。そうは言っても、着替えや受信したメールの内容によっては、夫へ届けないわけに行かない。 あいにく母の病院へ通じる中央高速と夫の病院は反対方向だ。病院から高速道へ通じる別のルートは、高速なら10分だが、走ると1時間は掛かりそう。結局、引き返して我が家の側を通って高速に入った方が得策だ。 母の病院へ近い地点で電話が入った。次女からだった。「今、おばあちゃんを見舞って来たところ。これから仕事場へ戻る」。彼女が行くことは知らなかった。行き違いになって残念だった。 母が彼女の来訪をどう伝えるかちょっと意地悪な興味を持った。母のベッドを覆うカーテンを覗き込むと、「あら、今・・・ 来たわよ」と、母が言う。「誰が来たの?」「あんたの子供よ・・・」。やっぱりな、名前が出てこない。 母は、次女にプレゼントされたという突起のあるボールを握っていた。つぼの刺激や握力強化になるだろう。彼女の選択のよさに感心した。場所はとらないし体力のない寝たきり老人のおもちゃにぴったりではないか。 母と1時間余過ごした。古い話や、最近の話が往復した。あきらかに記憶違いの話もあるのだけれど、母がなにがしかのメッセージを持って言いたいのだろうと、感じて聞いた。どの話にも、心理的プレッシャーを感じたり、安堵したりする。 30年前に母へ起きた事柄が、わたしに起因することが判って、複雑な心境になった。母は、とりとめのない話をよそおいながら、長く言えずにいたことを伝えているのだ、と感じた。
2003年07月17日
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クラスの合間に夫を見舞う。昨日の検査結果は未だ知らされていない。それは、バリュームを肛門から空気と共に送り込んでレントゲン撮影したそうだ。特に不快なことはなかったようだ。 クラスの準備と掃除で食事を摂る暇がなかったので、夫を誘って病院のレストランへ行った。定食ランチを注文した。中華風の料理が出てきた。豆腐をつなぎに使ったらしいキャベツロールのあんかけは、病人食のように薄味だった。 夕方のクラスの為に、早めに辞したが眠くて仕方が無い。駐車場を出る前に少し睡眠をとった。5分ですっきり目が覚めたような気がした。ところが、出発していくらも行かないうちに生あくびが出てきた。 なんだか前方がかすんで見える。一度どこかで仮眠しようと思ったが。道は空いているので、ちょっと我慢すれば帰宅できると思って・・・・・。 危うい運転で帰宅。ベッドへ直行する。気がつくと1時間ほど爆睡していた。 夜半、病院の夫から電話が入った。直腸にポリープ様のものが見つかったと。それで、金曜日に内視鏡で様子を見ながら施術するそうだ。 退院はそれが済んでからはっきりするだろう。
2003年07月16日
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トロカデロ モンテカルロ バレエ団を見てきた。ダンサーは全て男性だ。本来、夫と楽しみにしていた日だった。ピンチヒッターは長女。母娘は、すばらしいバレエのテクニックとユーモアを堪能した。バレエを楽しみながらこんなに大笑いするのも稀なことだ。 観客は中年以上の女性が圧倒的。それと、バレエを習っているらしい子供たちの姿も多くあった。男性観客は、交通標識の数ほど?に、見えた。しかし、演し物は万人が楽しめるショウだったった。 芸術総監督の話によると、非常に生真面目にバレエのテクニックと伝統を守ろうとしている。それに、楽しめるユーモアのセンスを重視しているとのこと。 失われつつある古典的要素を誇張して表現すると期せずしてパロディとユーモアが発生する部分も見逃せない。一糸乱れぬ群舞に入るハプニング。うっとりするペアーのデュエットに予期せぬ出来事。 正統派バレエちょっと誇張するとおこるユーモアのチャンスを逃さない演出。実にサービス精神旺盛なコメディダンスショウに送る拍手で手が痛くなった。興味のある方はこちらhttp://www.sound-c.co.jp/trox/
2003年07月12日
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夫が不調を訴えたのは昨夜だった。好きな晩酌は進まず夕食も半ばで止めた。来訪中だった義弟が去った後、本人は入浴などして回復を待っていたらしい。 思えば先週の金曜日から兆候があった。夕食を全て吐いたのだ。腹痛はあったが下痢はなかった。土日はニラ粥などを食べて過ごした。週があけてから多忙だった。本人は、回復したと思ったようだが、食は細かった。 午前零時を過ぎて、不快は増すばかり。便意はあったも排出できない。「夜間診療を探して欲しい」と、悶絶しないばかりに頼まれて、私もやっと事の重大さを悟った。 救急車の出動を依頼するのを、躊躇して。夜間医療救急センターへ問い合わせた。教えられた2,3の病院を当たった。以前にも診察を受けたことのあるT総合病院が引き受けてくれた。午前2時を回っていた。 T総合病院では、応急処置とレントゲンをとって貰った。看護士がかかりつけの総合病院へ行かなかったことをしきりに不審がっていた。今にして思えば、救急車を頼んでかかりつけの総合病院へ行くべきだったのだ。 夜が明けてから、かねて夫が通院する医療センターで受診した。状態は昨夜と変わっていないので、入院となった。これから各種検査が待っている。 子供たちへ知らせると、またかといった反応だ。それで、なじってみた。「猫の具合が悪いとみんな飛んで帰ってくるけれど、父さんでは誰も来ないねえ」すると、仕事を終えた末息子が駆けつけてくれた。夫が嬉しそうな顔をした。病室を辞す時、夫は息子に「何かおいしいものを食べさせてもらいなさい」と、声を掛けた。 息子を伴って、私は近くの回転すし屋へ行った。成人した息子には、特に食べたいご馳走などないようだった。
2003年07月10日
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2歳児とつきあっていると、ドキドキする。こどもの成長ほど感動させられるものはない。子育ての醍醐味を幾度も味わえるのは、幸せこのうえもない。 Yちゃんは、お母さんと教室へやってくる。家の玄関には、置物のフクロウ「ふくちゃん」が居る。人が通るとセンサーで感知して「ホーッ、ホーッ」と鳴く。Yちゃんは、ふくちゃんがお気に入りだ。鳴き声をきくと指差してよろこぶ。側を通りながら言った言葉があった。「ふく・・・」「ああ、ふくろうね?」と訊ねると。「ふくろう」。Yちゃんは、はっきりとそう言った。 お母さんが、丁寧に言葉を反復して言って聞かせる日常を垣間見ている。今日は、Yちゃんが、急速に言葉を獲得しつつあることを強く感じた日だった。子供は聞いた音を無邪気に反復して言葉を獲得していくようだ。温かい安心できる環境が整っているなら、聞こえた通りに臆せず発音するから、不足な部分を補足してやると瞬時に理解して反復する。こどもの発達時期と機会を丁寧に観察することが肝心なのだと思う。逃さずにいたいものだ。
2003年07月09日
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夫の友人の新築祝いに伺った。同行する友人夫妻と待ち合わせ場所へ、定刻よりやや早く到着した。友人が浮かない顔をして待っていた。「家内が例の物を持参し忘れたので取りに帰った、今タクシーでこちらへ向かっている。少し遅れるから先に行ってください」と、言う。 新築祝いの品を連盟で贈る手筈で、その品を選んで持参してくれる事になっていた。友人夫妻は共に教職を定年まで勤められた方々だ。夫人は結婚以来、お姑さんのお世話を一手に引き受けておられる。 遅れること40分、物忘れが日常茶飯事になった事をこぼしながら登場された。誉れ高い賢夫人の失敗に、一同はわが身を振り返って咎めるどころではない。思いがけないできごことに”大笑い”ではじまる邂逅となった。 タクシー代は、祝いの品と同額くらいになったかも知れない・・・・。
2003年07月08日
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夏の終わりにモスクワとペテルスブルグを訪れる。ロシア大使館でのビザ申請はウイークデイの午前中しか受け付けない。それで、早起きをして夫とロシア大使館へ行った。八王子からは2時間余かかる。 場所は、六本木に近い各国の大使館が集まっている地域だ。敷地の角々と正面には、警備する警官が目を光らせていた。きょろきょろしていると、質問された。ビザの申請だ、と答えると指し示してくれた。待合室で自動発券機から整理カードを取った。すでに50人程待っていた。 注意書きの貼り紙がしてあって。12時30分になると、整理カードを持っていても事務は締め切るから、後日出直せという内容だった。「げっ、そんな何回も来れないよ?!」 英語とロシア語で説明書きのある申請書に旅行日程、旅行目的、姓名、性別、生年月日、住所、その他もろもろをローマ字で書いて証明写真を貼り付けて署名する。 念のため夫の申請書と、私の申請書を交換してチェックしあった。慎重な夫は、念には念を入れる性格だ。写真を貼り付ける糊を持参しなかったので、申請書の配布場所へ借りに行ってきた。 写真をそれぞれ貼り付けて。後は順番を待つばかり。11時を過ぎても申請人は増えるばかりでなかなか減らない。 オフィスの中では3人の係官が事務処理をしているが、途中でいっせいにいなくなった。休憩でも取っているのだろうか?はて、われわれの番は来るのだろうか?間に合うだろうか? 係官は、日本語で対応しているが、達者なロシア語でやりとりしている日本人申請者がいて耳目を集めていた。 手持ち無沙汰で、我々の申請書を眺めていると、とんでもないことを発見した。夫の申請書に「私の写真」、私の申請書に「夫の写真」・・・・!どこで間違えたのか?! 写真だけでなく、サインも入れ違っていた。性別「男」のところに私の写真、「女」のところに夫の写真だ。 おおわらわで書き直して、写真を貼りなおした。間に合ってよかった。ビザの申請は、ほぼ1時間待ちで無事に終了した。 それにしてもあのまま提出したらどうなっていたのだろうか?
2003年07月07日
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午前中に3歳未満児とお母さんのクラスを新設した。今まで水曜日と言えば、午前中いっぱい一週間分の新聞を整理するのに追われていた。掃除は午後のクラスが始まるまでに終えていた。 ところが、11時からはじまる教室に間に合わせるために、目覚めと同時に活動開始で大忙しだ。玄関周りの掃除、花の水遣り、トイレのタオルの取替え。 午前中のクラスが終ると、夕方のクラス開始までたっぷりと時間があって嬉しくなる。さて何をしようかなと考えるのがこんなに楽しいとは知らなかった。 午後のクラスのテーマCDをゆっくり聞く。読書。気分転換にドライブとショッピング。庭の花木の整頓をしたりと時間の有効活用を意識できるのが新鮮だ。 早起きは三文の得とはよく言ったものだ。
2003年07月02日
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パソコンに張り付いて音の編集に執着していたら、夫に少し頭を冷やしたらと、言われた。そして、母の見舞いへ行こうと誘われた。 窓際にベッドを移された母は顔色がよくなっていた。食事も摂れるようになったと言う。「寝てばかりいると、寝たきり老人になりそうだから、今日は、面会室へ行ってテレビを見てきたわ」ベッドサイドのテレビは小さくて嫌なのだそうだ。なんにしても意欲が出てきたのはいいことだ。 起き上がった母の隣でベッドに座って雑談をした。昨日のごみ出しでかぶれた私の腕を見せた。痒みと湿疹が広がって赤くなっているのが、裸眼の母にも見えたらしい。「痒みがとれるからつけるといいよ」母が引き出しから取り出したのは”ももの葉クリーム”と、なっていた。「これ、ハンドクリームじゃない?」半信半疑でつけてみると、メントールのような爽快感があった。「ね、効きそうでしょ?!100円ショップで買ったのよ」 先月初め母が悩まされた下痢が、実は薬が合わなかったせいだった。と、母が言出した。ドクターに聞かされたらしい。ええっ?それって薬害じゃないのかと思ったが、黙っていた。 昨年来別荘通いのように入院している母、常用薬も常に数種類ある。それも、母の様子を見ながら替えられているから、母にもどの薬が合わなかったのか知らされてないらしい。 医者にかかって良くなることだけでないことを落胆と共に感じた。
2003年07月01日
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