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日曜日に開かれる青空市に、関わっている団体が店を開く。それで、不用品を出すことにした。物入れを開けると、あるわあるわ。まず、出てくるのが、タオル類だ。不祝儀のお返しを筆頭に、郵便局や店舗の開店記念、周年記念に配られたものらしい。これが、ビニール袋いっぱいになった。 次が、グラスや陶器のたぐい、どういうわけか小さいバッグ類もある。いつか使うかもしれないとストックしておいいたのだ。しまい込んで忘れてしまった物もいろいろ出てきた。その1が室内ブーツ、冬に足元が寒くて今年は2足も買ったのだ。それなのにここにもあった。夫の上等な靴も出てきた。購入を考えていたので一足儲かったわけだ。 それで、今回の寄付の目玉は、パソコングッズだ。CD-R/Wは、2年も使っていない。2005年までの保証書付きだ。MOドライブに、SCSIカード。まあ、お役に立つかどうか判らないけれど。
2003年05月31日
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コンピューターが新しくなったら、椅子が合わなくなった。手の位置が低くて落ち着かないのだ。椅子を新調するなら以前から欲しかった物がある。しかし、先日SOGOデパートで見かけたが、とても高価だった。6月の売り出し期間に10%引きで売りましょうと販売員が言っていたが、待てない気分だ。 大手の総合家具店へ行けばあるかも知れないと出かけた。あった、あった、ノルウェイから直輸入の品だ。SOGOのは、国産だった。しかも、値段も1割引き相当だった。加えて「ただいま1割引で販売中です」だと! 矢も立てもたまらず買ったのがこれっ!疲れない椅子と謳われている。 不思議な形をしていると思われるだろうか? 座席は斜だ。腰を下ろして足を折り曲げて、下部のクッション部分に置く。中腰の正座といった按配だ。これは、背筋をぴんと立てた姿勢が、否応もなく保たれる仕組みなのだ。 私のパソコンコーナーは、キッチンとリビングの間に位置している。食卓をパソコンが占領して以来、家を出たこどもたちが帰宅しても、揃って食事ができなくなった。
2003年05月30日
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Diary 中学生、高校生はテストが近づくとラボ・パーティを休む。どこのパーティでもそうらしい。その日は、他の子も休まなくてはならない用があることが判っていた。それで、こどもたちと相談した。 4月の発表会に向けて全員とても良くがんばった。それで、1日お休みにしてもいいと思う。そのかわりに宿題を出す。宿題をやる決意があるなら休みにするが、どうだろうか?と、話すとみんな嬉しそうな顔をした。 そして、大張り切りで”宿題をやる”、と異口同音に言った。宿題は、ナーサリーライムを各自1つ選んだ。それを、覚えて2週間後にパーティへ来ることになった。好きなナーサリーライムを選ぶ子、できるだけ短いのを選ぶ子と、個性が出る場面だ。どの子も、選んだCDを聞かせて欲しいと頼もしい念の入れようだった。 2週間たったパーティの日。どんなことが起こったか?何日か前に、リーダー格のこどもの母親から、宿題をやる気迫が薄い、とメールで知らされた。さて、どうしたものか?と、わたしは腕ぐみをした。 1週休んだ後のパーティの日、どの子も のどかな顔をして現れた。休みの間に、リーダーグループは日曜日にピクニックのような楽しい集まりもあった。「宿題できてないよ」、リーダー格が当たり前のように抜けぬけと言う。「今日は、あなた方の宿題発表の様子をビデオで撮ります。自信のない人は、今CDを聞いて復習してください。」 CDプレヤーとヘッドホンを各自にあてがって、私は、黙々とビデオの準備をした。「撮れたビデオは、メールに添付してお家に送ります」。駄目押しの一言だ。「えっ、ウソッ?! 日本語だけでいい?」「いいわけないでしょ! 貴方たちは約束をして休みを選びました、守りましょう!さあ、誰から発表しますか?」「先に来た人からやってください」、長身の6年生の子が、2年生の後ろに隠れて身を縮めるようにして言う。 しぶしぶCDを聞き始めたリーダー格が、自分より年少の子達が真剣に取り組みはじめたのを見て、真面目な顔になった。パーティ終了の5分前になっても、まだCDを離れようとしない。発表を促すと、lリーダー格が言った。「もう5分ください!」 それで、結果はどうだったか? やればできることが実証できた・・・・・。
2003年05月29日
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最悪な気分です。いい天気ですが、家の中は冷え冷えとしています。こんな日は、庭仕事でもした方がいいのかも知れません。しかし、・・・・PC新調にまつわる調整が山済みで落ち着いていられません。 新PCにはセキュリティソフトとして Nortonが入ってました。これが、働きすぎる?のです。メールの添付ファイルを全て削除してしまいます。試しに自分で添付ファイル付きのメールを送信してみました。受信すると添付ファイルは見事に削除されてました。 仕事上の添付ファイル付きメールも全て削除されます。ファイルの良し悪しを見分けられないセキュリティソフトなんか不要です。アンインストールして、以前使っていたMcAfeeを使うことにしました。 昨夜は、そんなことをやっていて気づくと午前2時近くになってました。足元が冷たくなっていましたが、気にしてられませんでした。果たせるかな久しぶりに風邪をひきこんでしまいました。 ゴホッ、ゴホッ!
2003年05月28日
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旧パソコンの復帰が絶望的と感じたのは、先週の木曜日だった。慣れ親しんだパソコンの寿命が尽きるのを見ているのは辛いものがあった。ディスプレイが壊れたら、もう使いようがないと、誰もが言った。 家庭内LANの関係で親機パソコンと相性のいいWindowsXPに、いずれ買い替えようと考えていた。その時は、パソコンを譲って欲しいと末息子が望んでいた。それも適わなくなったわけだ。 使用不可となっては、パソコンを替えなくてはならない。いつからこういうことになったのか・・・・。遊びの筈のコンピューターは日常となり、貧しい脳みその強力なサポーターとなった今、外せる筈もなく。惜しげもなく投資する精神は何だろう? ノート型の新機は、キーボードがやはり使いにくい、思えばデスクトップの旧機は、突起が深くて打ちやすいキーボードだった。機能は比較しようもないほど良くなった筈なのだから、習熟して活かさなくてはバチが当たるかもしれない。
2003年05月26日
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一昨日からパソコンと苦闘中です。真っ暗なディスプレイの奥でかすかに影が見えます。バックアップできてないデーターをなんとかしたいです。ディスプレイが壊れたので初期化しても使えないとか。 PCを買い換える時期なのでしょうか? 夫のノートパソコンから通信しています。キーが打ちにくくて参ります。 パソコンを物色に行く時間が、しばらく取れそうにないのが憂鬱です。
2003年05月23日
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Diary 私たちがラボパーティのCDで聴いているたくさんのお話の中からベストファイブの物語を選ぶとするとどうなるか? やってみると中々難しい。私たちのCDは劇や語りだけでなく効果音やBGMもある。特に音楽は大物作曲家が、ラボの物語CDの為に作曲したものばかりだ。物語が音楽と共に聴くものを包み込む所以だ。 かみなりこぞう 三味線、笛、和太鼓、お囃子のBGMが面白い。この絵本には字がない、メリハリのあるはっきりした絵も印象的。野村万作 と Verner C. Bickleyの ナレーションが力強い。雷が落ちる和太鼓と三味線の迫る音、そらきた黒雲、もくもくもく、(へそをとる キリキリキリ~~~ポッカン 効果音)雷にへそをとられると動物も人間もどうなるかご存知か? 力が抜けてたてなくなるのだ。それで、困った人々がどうしたか・・・・・。はだかの王様 このCDでは、音楽がいいとか 言葉がすばらしいとかではなく物語が持っている本質に惹かれる。物質だけが頼り、無残なほど愚かな王と、保身に汲々としている従者たち、悪魔のように悪賢い織物師たち、毒消し役が無垢で素直なこどもの目というのがいい。大仰な名前の総理大臣 ヤコブセン・フォン・マイスナー・ウント・フォン・ハイデルベルク侯 ヴェルトアンシャウウングスブリュンナー、王室侍従長、帝国軍総司令官将軍フランツェル・フォン・ハルシュタイン伯爵。 彼らが、見えない織物を見て油汗を流して焦る様子が何回聞いてもおかしい。それを見物していられるこちら側であることに、複雑な幸せを感じる。なぜって、自分は王タイプだろうか?従者タイプだろうか?いずれにしても愚か者なのだけれど、振り返れば吾にも要素がなきにしもあらず・・・・・。たぬき ラボをはじめたばかりの頃、私は、聞かなくてはならないテープが無数にあって辟易していた。当時小学校2年だった長男が強制したわけではないのに、この話を何回も聞いているので、注目した。子供心に沿う話なのだと、認識した。当時ラボの職員だった C.W.ニコルが、日本人がタヌキに寄せる親近感を物語の中で見事に活かしている。世界中で繰り広げる子たぬきのエピソードが楽しい。きてれつ六勇士 勇壮なマーチで始まる物語は、グリム童話からの再話だ。庶民を戦争に駆り立てる王様を、特殊能力を持った6人の男達、王様をいつかやっつけようとする男、力持ち、数キロ先まで見える猟師、強力な鼻息で風車を回す男、めっぽう足の速い男、帽子をきちんとかぶるとそこいら中凍らせてしまう、この6人のきてれな男たちが巻き起こす話。批判精神と優しさがない混ぜになった豪快な話。わんぱく世代の男の子たちが大好きな話だ。トム・ソーヤ ご存知マーク・トゥエインの名作、子供たちの夢、いたずら、知恵、冒険が活き活きと語られる、等身大の子供たちがぞくぞく登場する。いつ聴いても子供時代にタイムスリップするようで、胸が躍る。飽くことなく取り上げられるラボ・ライブラリーの名作でもある。森の魔女バーバ・ヤガー どこがいいのだか定ではないけれど、好きだ。強いていえばナンセンスかな? 臼に乗って杵であやつり、箒で跡を消しながら主人公のマーシャを追いかける魔女。この場面が大好きでワクワクしながら聴く。 発刊年代順に、どうにかベスト5を選んだのだが、心残りな物語があって落ち着かない。あれっ、6つになっている?!不思議の国のアリス オバケのQ太郎 ナイチンゲール(看護婦の話ではない)こつばめチュチュ ポワン・ホワンけのくもたち クルリンぼうず 三本柱 柿山伏 西遊記日中版 & ect.も、外したくなかったのだ。
2003年05月20日
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メソポタミア文明で楔形文字が使われたのが6000年くらい前からのようだ。人種系列不明のアッシリア人が粘土板に刻印する文字で政治経済関連の記述を残している。そんな中に壮大な「ギルガメッシュ叙事詩」もあった。アッシリア人の築いた都市ニネベは滅ぼされて破壊されたが、図書館跡から掘り出された粘土版の「ギルガメッシュ」が眠りから醒めた。 「ギルガメッシュ叙事詩」は、世界最古の物語と言われている。この物語の終わりには、キリスト教の「ノアのはこぶね」に酷似する洪水物語が出現する。キリストはおろか、旧約聖書のモーゼさんも、この世に生を受ける何千年も以前のことだ。 文字の発明は、情報の発達、正確な記録、計画性などをもたらした。そして、情念を対象化する世界も広がっていった。文学、詩歌等が残されて、共有されるようになったのだ。 楔形文字は、残念ながら使用がエリート層に限られていたこと、画数と文字数の多さ、複雑な使い方が災いして、紀元200年頃には姿を消している。後に出現したアルファベットにその地位を追われた恰好だが、3000年間、多くの情報を発信し、後世に残している。
2003年05月19日
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大袈裟に「宿題」としたのだけれど、学生時代に戻ったようで懐かしい。ほろ苦く酸っぱいような語感だ。で、その宿題なのだけれど。地区の研修で課せられた、好きな物語を五つ選んでレポートする、だった。 ラボ・パーティの活動は、物語をテーマに据えてなされている。あまたある物語、200種類ともいわれているライブラリーから、五つ選ぶのは、意外に難しいものがあって、難航しているのだ。しかし、なんと楽しい難行だろう。猪熊 葉子先生・聖心女子大名誉教授の「こどもを育てる物語の力」によると。*********** 人間は、太古の昔から、昔話や神話、伝説などの物語を所有してきました。文字のない時代、これらの物語はもっぱら口伝えで継承されてきました。なぜ人間が昔から物語を語り継いできたのかといえば、それは、人がつねに物語をとおして世界を理解してきたからでした。実際、伝承文学には人間性を理解するために必要なものがたくさんつまっています。たとえばナルキッソスの神話は、人びとが昔から自己陶酔という感情を知っていたことを示しています。 文学は、つくりごとを語っているにすぎないという人もいるかもしれません。しかし、文学はその虚構性でもって、目には見えないさまざまな人間性を映すレンズの役割をはたしているのです。文学という虚構の世界を借りなければ、人は人生を把握することはできません。 こどもたちも物語を読むことで大きな成長をとげます。わたし自身、こども時代に物語によって生かされたという経験をしました。わたしはかなり大柄なこどもでした。「怪獣」とあだ名をつけられ、こども心に深く傷ついていました。そんなある日、私はカレル・チャペックの「長い長いお医者さんの話」という本に出会いました。そのなかに、7つの頭をもつ怪獣を飼うはめになった青年の物語がありました。怪獣のせいで、青年はさんざんやっかいな目にあうのですが、決して怪獣を見捨てようとはしませんでした。 この物語に小さかったわたしがどんなに救われたことでしょう。怪獣に親切にしてくれる人がいるということが、あの頃の自分にとって大きな慰めになったのでした。 現実離れした魔法の物語、現実のきびしさを描いた物語=児童文学にはさまざまな作品があります。どういう内容であれ、最終的に「人生は生きるに値する」ということを訴えるのが、児童文学本来のあり方だとわたしは考えます。人生を称え、肯定する、それがこどものための物語のすばらしさだと思うのです。 ラボ・パーティnowから引用http://www.labo-party.jp/page02_01c.html すばらしい物語の数々の中から、さて、何を選んだか。それが問題だ。
2003年05月17日
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アリスが実在の人物だったことは有名だ。彼女の父親が務めていたオックスフォード大学のクライストチャーチカレッジ。学寮長だったという、これは校長に当たる身分だろうか?作者のルイス・キャロルは副学寮長、数学を教えていた。 このクライストチャーチカレッジは、最近”ハリー・ポッター”の撮影に使われて更に有名になっている。キャロルが過ごしたグレート・ホールや大聖堂がハリーの映画でばっちり見ることができる。勿論、アリスも出入りしていたことだろう。 キャロルは、クライストチャーチカレッジの図書館から、中庭で遊ぶ3人の学寮長の娘達を、あきずに眺めていたという。クライストチャーチを卒業して同校の数学教師になった。24歳のキャロルと、3人の娘達が仲良く時を過ごすようになるのに時間はかからなかった。キャロルは、こどもが大好きだったのだ。こども達を楽しませることに天才的な思いつきをする人物だった。 キャロルとその友人、ロビンソン・ダックワースが「黄金の午後」に、学寮長のヘンリー・リデルの3人の娘と息子を誘ってボートでピクニックに出かけた。この時キャロルがこどもたちに話して聞かせた話を、アリスがとても気に入った。そして、この話を本にしてくれるよう熱心に頼んでいる。 キャロルは、元の話を膨らませて、手書きで本を書き上げるのに2年の歳月を費やしている。それに挿絵を描くのに、更に1年かけた。絵は苦手だったキャロルが、精魂込めてイメージを描き込んだわけだ。 「不思議の国のアリス」には、アリスたちがよく知っている人物たちが、判るように書き込まれているらしい。登場人物は全て、キャロルが出会った人物たちだそうだ。アリス達には、いやが上にも面白いストーリー展開だったことだろう。 因みに、キャロル自身は”ドードー鳥”、アリスの妹のエディスが”子鷲”、姉のロリーナが”インコ”、友人のダッグワースが”アヒル”という具合だ。全員、アリスの涙の海で泳ぐコーカサス競争や、他のシーンにも登場する。 物語の周辺を知れば知るほど興味が増す「不思議の国のアリス」ではある。
2003年05月16日
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留学希望の高校生が、宿題に出されたスピーチのテーマを何にしたらいいか判らないと言って、相談に来た。一つは、子供時代の出来事から。もう一つは、賞を受けたことがあるか否か、それをテーマにする。と、いうものだった。 出来事については、中学時代に民間の交流団体を通して参加したシンガポールへ行ったこと、3週間のホームステイと学校に通ったことを選んだ。アジアに注目するきっかけになった体験だったようだ。 賞については、何もないと言う。運動、絵画、ダンス、なんでもいいのではないかな、あれこれ話し合ったら、習字をやっているという。聞けば、幼稚園時代から続けていて、初段の免状を持っているという。もったいないことに、本人はまるで価値に気付いていないようだ。 毎年春に展覧会があって金賞を貰ったことがある。学校でも選ばれて校内に展示されたこともある由。そして、芸術大学のコンテストに推薦されて出品したこともあるとか。こんな立派な業績があるのに、どうして思い出さなかったの?と、疑問を呈すると、いわく。「だって、当たり前みたいにやっていることだから・・・・・」日常的になっていることで気付かなかったらしい。 彼女が書道に習熟していることに、私が気付かなかったのには、訳がある。集まりで気軽に書記をかって出る彼女の字が、子供たちがよくやる丸文字で読みにくい、お世辞にも達筆とは言い難かったからだ。
2003年05月15日
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姉の嫁ぎ先の義姉さんが亡くなった。よく気のつく優しい人だった。昨年から入退院を繰り返していて、長くはないと聞かされていた。父母や兄が亡くなった月の5月に逝きたいと、常々言われてたらしい。 通夜へ参列する為に喪服を引っ張り出した。時々は着用していたのだけれど。背中のジッパーが締まらない。なにしろ30年近く前に誂えた服だ。スカートも丈が短い。ご近所へ焼香だけしに行くというわけでは無い。立ったり坐ったり、それに手伝いもあるだろう。 黒いブラウス、スカート、パンツ、上着、あれこれ並べて思案した。黒にも色々あることが判る、トーンが微妙にずれると、しっくりこないのだ。黒と黒を合わせるのは、とても難しい。結局、黒Tシャツを胸元に出して、黒い綿レースのブラウスにジョーゼットのパンツが色的にはまとまった。 喪服も常に用意しておかなくてはならないことを痛感した。
2003年05月13日
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- 昨日行われた東京支部テーマ活動発表会に、わが地区から2パーティが選ばれた。奇しくも発表は最初と最後を飾ることになった。最後を飾ったラボNパーティのテューターは「人生全てテーマ活動」と表明して、傑出した活動を展開している。何事も一生懸命活動すれば素晴らしい結果がついてくる。テーマ活動がきちんとできれば何にでも当てはまるということなのだ。 発表が決定して1ヶ月余、気の休まる暇もない日々だったと思う。今日は、発表翌日の地区研修なのに2パーティの担当者が遅刻することなく出席される。さすがに心構えが違うと、感じ入ってしまう。 議事は、先月行われた地区のテーマ活動発表会の反省と感想、そして昨日の発表会の感想を述べ合った。入会活動、新刊ライブラリーキャンペーン、國際交流はイラク問題、SARS問題でアメリカの関係者と協議すべく調査訪問団が渡米することなど山盛り。 夏休みに行われる全国のサマーキャンプのスケジュール調整も進んで、もう活動は夏に向けてエンジン全開だ。私もエンジンの錆びを落として快調に驀進したいものだ。
2003年05月12日
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Diary 東京支部のテーマ活動発表会。オーディションで選ばれた6パーティが、晴れの舞台で発表する。朝から6つのテーマが発表される。勿論、間にランチタイムがあって午後の部が始まる。 今年、私は3人の男児を連れてゆくことにした。大きな大会に連れ立って行くのははじめてのことだ。集中して見せたいと考えて午後の部を選んだ。今年の会場は、練馬文化センターだ。我が家から2時間は掛かる。 発表されるテーマは、「たぬき」「ペルセウス」「国生み」。「たぬき」は、クリーブ・ニコルさんが、ラボッ子の為に書き下ろしたオリジナル。ご存知「ペルセウス」はギリシャ神話、そして「国生み」は日本神話だ。奇しくも、今年は両神話が選ばれたわけだ。 さて、わがパーティの男児3人組、小学6年・3年・2年が大人しく鑑賞できるかどうか? なにしろ、発表はただの劇ではない。言葉は英語と日本語。装置も扮装もなしで配役はしばしば複数が同じ役を演じる。装置のない分は出演者たちが、身体で表現する。草木、建物、動物、風、ありとあらゆる物を工夫して表現する。実は、これが圧巻のだけれど。見慣れない間は、苦痛だったりするのだ。 そこで私は、2時間の道中を生かして、演目のおさらいをしようと企んだ。絵本3冊は、ちょっと重かったけれど、知らない話を理解するのに欠かせない。はたせるかな6年男児は、ちょっと面倒くさそうな顔をした。「タヌキが化けるなんて、嘘だよ」「あれっ、化けるよ。宮沢賢治の雪渡りにも出てきたでしょ?」「あれは、キツネだよ」、彼に一本とられた。「タヌキがどうして化けるようになったか、1話に書いてあるよ。今日の話は3話でアフリカに行く話だけれどね」 ページをめくりながら絵を辿って紹介すると。本来、話し好きの6年男児に灯がともった。彼が集中するとしめたものだ。特にギリシャ神話は彼の好きな話だ、「ペルセウス」の本を取り出すと、率先して説明し始めた。この子の母もラボッ子だった。ラボライブラリーのほとんどを持って、家で楽しんで聞いている子だ。親子2代ラボッ子の片鱗を垣間見た嬉しい時間だった。 会場では、演技が終わる毎に感想を書く。飲食は禁止だ。3人の男児は、予想に反して、大人しく演技を鑑賞した。一度だけ、ジュースを飲みに立ってもいいかと、6年男児に求められたが、時間がないからと断った。彼は、不承不承諦めた。オーディションを経て磨きのかかった発表は、どれもこれも素晴らしいものだった。幼児から大学生まで、テーマの隅々まで全員が理解して表現するまでに、どんな努力がなされたことだろう。楽しいだけではなかったはずだ。しかし、どのパーティも心血を注いだ発表を終えて達成感に満たされていることだろう。 6年男児N君の母が在籍していた頃、わがパーティも選ばれて発表したことがある。彼が卒業するまでに、もう一度挑戦することができるだろうか?夢は限りなく大きくていい。
2003年05月11日
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駐車場に車を置いて歩きはじめた。めざすは東京都美術館で開催中のロシア「ロマノフ王朝展」。秋の旅行にモスクワがあるので、見ておこうということになった。 文化センター側の広場に修学旅行らしい高校生が荷物を置いてたむろしていた。夫が懐かしがって、カメラを持参し忘れたことを悔しがった。私が携帯で撮ろうとしたが、うまくゆかなかった。 人だかりの中で大道芸人が演技をしていた。巧みな演技と話術で笑いをさそっていた。夫がカメラのないことを、また悔しがった。 美術館に着くまで、木々の茂る間を歩く。草花を楽しむ。名物のテントハウスを眺めて、いい処に住んでいると羨ましがる。 美術館は大きくて、ロマノフ王朝展以外に彫刻や日本画など6つも展覧会を開催していた。館内を歩くだけでも時間が掛かる。 展覧会は大きく分けて3つのセクションから構成されていた。ひとつは、ロマノフ王朝の歴史を肖像画、愛用品などで振り返る。来日したアレクセイ・アレクサンドロヴィチ大公、ニコライ・アレクサンドロヴィチ(後のニコライ2世)の書簡、資料類は興味深いものがあった。そして、300年にわたるロマノフ王朝時代に歴代の皇室が使用していた銀器の数々、華やかなドレス、磁器などロマノフの至宝が紹介されていた。 また、最後にロシアを知るには欠かすことのできないロシア正教の精髄を様々な美術品、宗教祭祀具により紹介されていた。特に保存状態の良好な15点もの「イコン」が日本初出展となったのはきわめて画期的なことだそうだ。 栄華を誇ったロマノフ王朝の終焉はロシア革命で幕が下りたことは周知のこと。王家もロシア正教界も豪奢な品々で飾られていたことが印象に残る展覧会だった。 帰途は、母を病院へ見舞った。色と形が違う数種類のカーネーションを盛った花篭を花やで見つけて求めた。明日は「母の日」、私はラボの行事で母を見舞えないので1日早い母の日になった。ベッドサイドへ花篭を置くと、母はメガネを掛けなおして眺め、手で触れたりして喜んでくれた。
2003年05月10日
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サントリーホールへ初めて行った。マルタ・アルゲリッチとミーシャ・マイスキーの演奏を聴きたくてチケットを購入できた時は、飛び上がって喜んだ。A席を奮発したのだが、座席が舞台の後ろだった。サントリーホールは、舞台を取り囲んで座席が配置されている。私は不満だったのだが、姉に座席を知らせると、驚喜して、「舞台の後方の席じゃない?!指揮者がバッチリ見えるよぅ!」姉は、以前から一度体験したいと狙っていたと言った。 主催者から、前日メールが来て、マルタ・アルゲリッチは、体調不良で演奏できなくなったと知らせがあった。非常に残念なことではあったけれど、ミーシャ・マイスキーの演奏を聴けるのは、やはり魅力だった。共演は、東京芸術大学オーケストラ。指揮は英国ロイヤルオペラ音楽監督 アントニオ・パッパーノ演目は、ベルディ 歌劇《シチリア島の夕べの祈り》序曲ベートーベン ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重奏曲 作品56ベルリオーズ 幻想交響曲 ・・・・・・・・・どれも、あまりに素晴らしくて言葉を無くした。拍手で手が痛くなった。あの、どこから響いてくるかわからないようなささやき、身体をゆすりたくなるリズムの饗宴、ド迫力のシンバル、ティンパニーは、目の直下に配置された位置だった。指揮者のタクト、手の動き、表情、手にとるように見える席の幸運を享受して・・・・。ブラボー・・・・・・やはり、言葉をなくす・・・・・。コンサート毎に指揮者は体重を数キロ落とすといわれる事実を実感して、拍手は止めようがない。 アンコールの「椿姫」で、名残惜しいサントリーホールを後にした。
2003年05月09日
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リラックスしたライブだった。高円寺で友人と待ち合わせて会場へ向かうと、思いがけないもう一人の友人がお嬢さんと追いかけてきた。「きゃあー鈴木さん、やっぱり、来たのねえ?!」先日の講演会で聴いたフラメンコの味が忘れられなくて、一同に会した恰好だ。 フラメンコ専門のライブ会場「エスペランサ」は、立錐の余地もない盛況ぶり。立ち見も覚悟していたが、ステージを見下ろす2階へ案内された。予約できなかった友人と席を分け合って、どうやら着席できた。 合い席があって、なんと堀越氏の母上とお仲間だった。80歳だという母上が気さくで社交的な方だった。彼女はラボ・パーティのこともきちんと認識していらした。「私もテューターだったのよ」と、おっしゃる。聞けば、英語を教えていたという意味なのだった。私たちは、長年の友人のように言葉を交わした。 チケットには、ドリンク券が2枚ついていた。赤ワインをオーダーして舐めていると、賑やかな話し声と共に、歌手・堀越千秋画伯が2階に上がってみえた。楽屋が2階後部にあるのだった。ギタリストと、スペイン人の歌手ルイを伴なっていた。 ルイ一家と堀越さんは、スペインで家族のような生活を繰り広げているらしい。彼らが家族というと、叔父、伯母、従姉妹に、ハトコ、甥に姪、一族郎党を指すから何十人にもなるらしい。 ステージは、ギター伴奏があるものの、雑談のように始まり、つぶやいていたかとおもうといきなりメロディーが昂揚する唄いぶり。聴いていると、切ないような、安堵するような、不思議な懐かしさが、湧いてくる。 歌い手も、聞き手も、グラスを側に置いて酔うほどに唄も盛り上がってくる。話の内容も気取りなく、昨日も今日もあきることなくくりかえす、日常そのものがショウになっているような、それでいてサマになっていた。あの絶妙な呼吸は、年季が入って自然体になったのだろうか?
2003年05月08日
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我が家の玄関の置物フクローの福ちゃんが、ホーホーッと鳴いて。「もう、驚かないよ」と、言って、小6男児が入ってきた。前回、福ちゃんに愕かされたのを悔しがっているのかな?しかし、今日は張り切って早めの登場だった。 男児の乱暴さ、聞き分けの無さ、獲物を見つける素早さ?その他諸々。彼は、そんな特徴を充分持った子で、しばしば困惑させられたのだが、男児と女児の脳の発達の違いを、知って驚かなくなった。 人が誕生のとき、脳はまだ部分的にしか形成されておらず、脳が完全に成長しきるまでには長い時間が掛かる。たとえば、脳の言語域は13歳ぐらいになるまでは十分に形成されない。小学校に通っているあいだ読書をしつづけることが大切なのはそのためである。 すべての動物の脳は二つの半球をもっている。このことは、トカゲや鳥など単純な動物の場合、すべてがニ重であることを意味する。ということは、頭を強打され、脳の片方の半球が働かなくなっても、もういっぽうの半球がそれを補ってくれるということである。 ところが、考えることをはるかにたくさんもっている人間の場合、それぞれの半球は専門化している。いっぽうの半球は言語や推論を扱い、もういっぽうの半球は感情や空間感覚、位置の感覚などを扱う。 二つの半球は脳梁と呼ばれる神経線維の束を通しておたがいに対話しあう。脳の発達の遅い男の子の脳梁は、やや小ぶりで、片方の半球からもういっぽうの半球へと走る連結も少ない。 最近の研究では、少年が特定の問題、たとえばクイズや言葉のパズルを判読するとき、脳の片側しか使わない傾向があるのにたいし、少女は両半球とも用いることがあきらかにされた。 この違いはなぜ生じるのか? 人間の赤ん坊の場合、大脳の左半球は右半球よりもゆっくりと成長するが、男の子では、さらに成長速度が鈍い。男の子の血液中にあるテストステロンが成長を鈍らせるのだ。 ところが、女の子の赤ん坊の血液に主として見られるホルモン、エストロゲンは実際に脳細胞の成長を刺激し、促進させる。 マイナーに見える男児の特徴を知って育成指導は考慮しなくてはならない話なのだけれど、ややこしい話になってしまった。 男の子と女の子の脳のちがいについて、私が読んだ参考図書を下記する男の子って、どうしてこうなの?-まっとうに育つ九つのポイントー著者: スティーヴ・ビダルフ オーストラリアの心理学者訳者: 菅 靖彦出版社: 草思社
2003年05月07日
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スペイン・アンダルシア地方の唄を熱唱してくれたのは、画家にしてフラメンコ歌手の堀越千秋氏だった。氏は、ラボパーティが近々発刊する「ノアのはこぶね」「バベルの塔」の、本の挿画を担当された。 抽象画が主なモチーフの絵は力強く、明るかった。赤い大地は、スペインの土で着色された。見る者に想像の余地を多く残した絵の数々が、本を手にする日を待望させる。 スペインに住んで20年。堀越氏の話には、スペイン色が満載だった。氏が描かれたキャンバスには、野兎から採ったニカワが全面に塗られている。スペインには野兎がたくさんいるそうだ。何しろスペインの語源である「ヒスパニア」とは、兎のいる所という意味だとか。 うさぎ料理を頻繁に食べるわけではないけれど、野兎を捕獲して料理屋に売る”貧乏な人”もいるそうだ。夜間にドライブするとライトの中に飛び跳ねる兎が多く見えるそうだ。 氏の面目躍如、街中で出会うアンダルシア地方のたかりと付き合う法、”小銭をねだられたら、倍やればいい””たばこを1本ねだられたら、2本やればいい”どうせ大金をねだるわけではない。そうすると、あいつは”いい奴”だと信用してくれて、ない時には断っても、本当に無いのだと信じてくれる。 氏のフラメンコ修行の場所は、アトリエでの仕事が終わった後の居酒屋だった。土地の人々が、夜毎集い唄う土臭い浪花節のような風合いのフラメンコ。フラメンコとは、元々唄という意味だと知った。 日本の芸能で言うと、浪花節か恐山の巫女達の唄のようだと、前置きがあった唄は、迫力ある起伏で時に切なく、時に激しく聴衆を揺さぶった。言葉が判らないことをもどかしく思っていると、曲後に紹介されて、安堵したのだが・・・・・。「おまえの為に、妻も子も母もなにもかも捨てたのに・・・・おまえは私を捨てて去ってしまった。おまえは、私を苦しめる悪い女。地獄の業火に焼かれるような苦しみが・・・」。 フラメンコには、伴走が欠かせない。呼ばれていた若きギタリストが、長い指で爪弾く伴走と補いあって、素晴らしい演奏会となった。 天衣無縫な画家の普段着の話に、エネルギーをたくさんいただいた。とりわけ、”世の中に無駄なものは何も無い”と言われた言葉がこだまのように今も聞える。
2003年05月06日
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昨夏、2週間の米国旅行をした時、留守宅庭の草花のほとんどを枯らしてしまった。その教訓から、今年は水やり対策を万全にして、北欧旅行をすることにした。 去年も考えていたのだが、研究不足で実行に至らなかった。今年は、事前準備と試行で、同じ失敗をしたくないと相談していた。昨日、母を見舞った帰途、ホームセンターで吟味して購入した品。自動水やりタイマー、点滴ノズル、噴霧ノズル、ホース分岐継手だのを部屋中に広げて、説明書と首っ引き。 ようやく屋外用水やりタイマーを、庭の水道につけて、スイッチをオン! すると、何箇所もある接続部分から大量に水が吹き出して、夫も私もびしょぬれになった。”水もしたたるいい男”と、冗談を言う余裕もありはしない。「これって、欠陥商品ではないのぉ?!」「まあ、すぐには巧くゆかないって、少し研究しなくては・・・・」 猫の額の庭に、大邸宅の庭を想定するようなホースやノズルを引き回して、失敗したとあっては沽券に関わるというものだ。夫は「あとは、お母さんの研究次第」と、引導を渡すようなことを言っているが、水やりタイマーにすっかりハマっている、夫の横顔が見てとれた。
2003年05月05日
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中央道と首都高は、うそのように空いていた。 母が再入院したのが、一昨日。いつもの、飯田橋近くの病院だ。昨夏から、3度目の入院になる。90歳にして、困るのは記憶違い位。金銭管理も、自分でしている。目が悪いことを理由にして読書はしない。テレビをみているから、世の中の動きは意識していて、家族との会話も辻褄が合う。 一時は老人性呆けを、本人も家族も危惧したが、進むことなく現在に至っている。体調不良、食欲不振、ふらつき、そして今、下痢が何日も続いて脱水状態を起こしての入院となった。 病室に行くと、就寝している彼女の顔が、更に肉が薄くなったと感じた。眉ばかりが黒々としているので、顔を近づけて見ると、描いてあった。そういえば、祖母も眉を描く人だった。桐箱の小片を燃やして炭にして、鏡台の前で化粧していたのを、ふと思い出した。 ベッドに起き上がった母とたあいなく会話しているうちに、血の気の無かった頬に赤みがさしてくるのが判った。 いつかやって来る永別の日は避けられない。昨年来母を見つめながら、人はどのように衰えてゆくものか、考えさせられている。
2003年05月04日
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ケーキを焼きたいと思った。久しく忘れていたときめきに動かされたのは、何年ぶりだろう?フワフワのケーキに上等な生クリームをたっぷり使って、大粒のイチゴを飾ったケーキを作ろう。 先日の発表会、それまでを懸命に頑張ったラボッ子たちへのはなむけの気持ちをケーキに込めて焼いた・・・・。ところが、最近我が家は白砂糖を使わない、ミネラル分が多く含まれるという顆粒状の赤砂糖しか使わない。これが、ケーキを黄色に仕上げてくれなかった。 真っ白な生クリームと赤いイチゴに飾られたケーキを切ると、赤みがかった断面が現れて、ちょっと拍子抜けした。しかし、クリーム分47パーセントの生クリームは、さすがにおいしかった、と自負しているのだが・・・・。 発表と、そこへ至るプロセスを含めて自分と全体を振り返る反省会。これを経て、次を活かすステップができる。活動した本人と、フォローした家族が一同に会して、話し合った。これからの活動が、更に良いものになることを予感することのできる会になった。 尽きない話合いを切り上げて、お待ちかねの昼食会は、お母さん方の、心づくしのサンドイッチ、サラダ、お団子、ドッグロールや和菓子で、テーブルは山盛りになった。 ご馳走を食べながら、キャンプのこと、東京支部テーマ活動大会のこと、これから取り上げる「物語」のことと、話は尽きなかった。ラボ・パーティに出合った幸せを感謝した日ではあった。
2003年05月03日
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ご近所のMさんが、紐を引いて歩いていた。よく見ると縄跳びの紐だ。端にプラスティックの持ち手がついている。持ち手を地面に引きずりながら、後ろを向いて、何かを待っている風情だ。「何をしてるのですか?」「ミーちゃんがついてくるの・・・」白黒のブチ猫が、垣根の角から顔だけを出してこちらを窺っていた。「ミーちゃんは、これが好きなのよ」Mさんは、これを毎日やってミーちゃんの散歩をしているそうだ。 私が見ていると、ミーちゃんはついてこないので、早々に退散した。臆病で、よその人に慣れない猫なのだとか。猫も犬も個性があって同じものはいないようだ。それにしても面白い習性だ。
2003年05月02日
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