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雪。 北海道、東北、さらには日本海側の各地方では大雪報道が相次いでいたが、関東ではほとんど降らなかった。 八王子の気温は都心に比べて3~5度低いからちらほら粉雪が舞うことはあったかもしれない。 が、今朝は窓から見渡す周囲の風景が一変した。 白い雪景色が拡がり、激しい降雪がつづいている。 6時40分ごろに起きたが、ラジオを横になって聞きたくなり、ベッドに戻った。 気象情報が都心の降雪を告げ、報道番組では森本毅郎さんとコメンテイターの嶌信彦さんが「横なぐりになってきましたねぇ」と話している。 ガラス窓を開けてみた。 すげえ降りかただ。 中ぐらいの雪片が間断なく舞落ちてくる。 地面はもちろん一面に白く覆われている。 番組での解説テーマは、農水省が今春の作付けについて食品新基準値100ベクレルを超えても500ベクレル以下なら全袋検査を条件に認めると決めたことについてであった。 こういう半端なことをやるから消費者心理が落ち着かなくなることを農水省は分からないのだろうか。 分からないのだろう。 農水省に限らず、経産省も文科省も内閣府も、要するに原子力発電所の事故に関わるすべての行政機関が消費者と住民のこころの動きを理解していない。 いや、こう述べる裏に格別な証拠があるわけではないけれども、事故当初の「危険はない告知」に始まり幾多の産物から放射線物質が検出された事実を経て、今なお海産物の綿密な調査が行われていない現状まで、政府と官僚機構が生み出したものは不信感の拡大なのであった。 かねてからいっていることだが販売時に放射線量の数値を示すしかないよ。 かみさん、休み。 のんびりできる筈だがレッスンがある。 蓮くん陽くんはともにパソコンで書類やら何やら忙しそうだ。 昼過ぎに堀内さんから電話があり、今夜のコンサートに行くので向こうで会いましょうといったやりとり。 上野の文化会館で大八木さんのリサイタルがあるのだ。 午後、陽くんが出かけ、ぼくはしばらくパソコンに向かう。 3時に支度を開始して4時少し前のバスで上野に向かった。 陽くんがくることになっているが会合で遅れるらしい。 受付のひとにその旨を伝え、ホール内に入る。 昼めしを軽く食べたきりだから何となく腹が減っている。 30分ほど時間の余裕があったから上野駅構内で何か食べようと思ったけれど、あれこれ店を覗いてみるたびに食欲が減退、結局ホールに入ってきてしまった。 ま、おなかがぐうぐう鳴り出さなければいいということにし、空腹は我慢しよう。 今夜の大八木さんは灰色とか黒を基調にしたシックな衣装。 文化会館小ホールの音響板ホリゾントや高い天井の下、シックな装いは静かな緊張感になじんでいた。 プログラムは -- 。 アレクサンドル・ボロディン 「交響詩 中央アジアの草原にて」「小組曲より 尼僧院にて」 ニコライ・メトネル 「忘れられた調べ第1集 Op.38 ソナタ 回想」 セルゲイ・プロフィエフ 「ソナタ 第4番 Op.29 古い手帖から」 モデスト・ムソログスキー 「組曲 展覧会の絵」 ほどなく大八木恭子さんが舞台やや下手に立ち、いつもの軽い会釈をする。 ピアノを前に座り、ちょっと居ずまいを正すと第1曲の高めの音がきらりと鳴った。 ボロディンの第1音。 軽い音だが、音調は強く硬質で澄みわたり、さながらクリスタルを爪ではじいた感じ。 この音からぼくはしびれっぱなし。 3曲のアンコール曲も含め、ビアノ曲というものを堪能した思いが拡がる。 きれいで愉しくて音楽と大八木さんに感謝した。 堀内修さんとは休憩のときにロビーで会えた。 堀内さんとぼくは誕生日が同じ日で、数年前まで毎年ワイン・パーティーを愉しんでいた。 それを復活し、今年もまた一緒にやろうという話をした。 アンコール曲が始まるとき陽次郎くんがホールに入ってくるのが見えた。 よくこられた、たいへんだったな。 彼も空腹で、帰りに上野駅構内のドーナツ店に入ってつなぎのひとくち。
2012.02.29
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6時半に目覚めるが猛烈な頭痛。 額の左側がギンギン痛む。 めったにないことだが、何だろう? 目から、かな? 1953年(昭和28年)のきょう、衆院予算委で答弁中の吉田茂首相がバカヤローと述べ、解散・総選挙へと政治が動いた。 そのころ、有権者が、民主主義についてもっと突き詰めて考えてくれていればなぁと、結果論ながらいまのぼくはどうしてもそう思ってしまう。 直感的に書くと、だいたい「バカヤロー解散」などという動き自体がくだらない。 いま自民党あたりが盛んに閣僚の追い落としを仕掛ける図に似ていて、すべてとか必ずとかとは思わないまでも、こういうスキャンダルが発動させるものはたいがい薄っぺらなのだ。 しかし、こうした動きは薄っぺらなりに勢いをもち、ま、小泉政権下の郵政民営化解散みたいなもので勢い以外には大した内容もない選挙が行われることとなる。 民主主義について云々、と書きたくなったのもそんなところからの八つ当たりみたいなもの。 311以降の、ことに原発事故をめぐる状況を基盤にこの国のありようを考えると、つまるところ民主主義の未成熟ぶりが前面に出てきていると感じられてしょうがないのだ。 ここで、民主主義といわずにオトナの常識といってもいい。 要するに社会について考える習慣をもつとか、相手の立場を考慮する気持ちを忘れないとか、人間が人間の尊厳を汚したり壊したりしてはならないといった常識をもつということで、さらにそれが、ことの判断において根底的な底部に横たわっているという状態の総体をいっていると思ってもらえばいい。 そんなことを考えるとき必ず思い起こす1本のトルコ映画がある。 原題『YOL』、邦題は『路』という映画だ。 脚本ユルマズ・ギュネイ(Yilmaz Guney) 囚われの身にあったユルマズ・ギュネイが獄中で脚本を書き、仲間が監督をやって完成させた映画で、社会と人間のありかたを見つめる凄まじい内容をもっている映画だ。 映画としての完成度が高く、それはぼくがこの作品をパリで観て、ということはトルコ語の映画をフランス語の字幕で観るわけで、どちらのことばも解らないぼくは、この映画をパリで3回、東京で2回、観た。 そこでおどろかされたのは、パリで観たときに意味が推測できなかったセリフがひとつだけだったこと。 あとはセリフの内容が映像から想像できたことへのおどろきが、先ずある。 さらに、東京で観たときに、パリで想像していた内容がほとんどその通りであったと日本語の字幕で確認できたことがある。 つくづく映画のもつ力を感じたことであった。 この映画がどうしてオトナの常識に結びつくのかは、じつはよく分からない。 民族といってもいいし宗教といってもいいけれど、この映画から感じ取れるのは、あるひとびとが生きている社会があり、それは限定的な制約をともなっており、映画に登場するひとりひとりがその社会にそれぞれひとりの個人として対峙する姿が描かれている。 そこが、ぼくの中でこの映画が活力をもっている由縁ではないかと思われる。 ところで、映画『路』についてサイトを探っていたらみごとなページに行き当たった。 「あなたは映画を見て、その映画の舞台となった場所を訪ねてみたいと思ったことがありますか?」と書き出される解説文だ。 作品のことも、ユルマズ・ギュネイさんのことも、愛情深くきちんと書いてある。 ヴァーチャルにしろ、こういうことを書くひとと巡り会えるのだからネットはおもしろい。 さて、今朝は6時半に起き、早番のかみさんが出かけるのを見送った。 新聞に目を通したあと、横になってラジオを聞く。 8時過ぎ、起き上がって朝めしの支度。 コーヒーを飲みたくてたまらず、粉を多めにして淹れた。 ロールパンにハムと野菜を挟んで朝めしとする。 東電福島第1原発の事故に関し、グリーンピースが「原子力行政の欠陥」という報告書を公開した。 きょう読んだ中でもっとも重要な報告だった。
2012.02.28
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5時に目をさます。 陽くんがまだ起きている。 締め切り間近の書類を書いていて徹夜になったらしい。 ラジオニュースのトップはG20の情勢。 つぎが野田首相の沖縄訪問、仲井間沖縄県知事との会談だった。 釜石市に通うNPO蜘蛛の糸・佐藤久夫さん(秋田市)の報告。 被災地に格差が生じたと、重く話す。 すべてを失った人々と災害をまぬがれて大繁盛に盛り上がる人々がいるという話が印象深い。 「天国と地獄です」といっていた。 きょうの出来事。 1955年(昭和30年)のきょう、2月27日にNHKでの選挙開票速報が始まったと知る。 議会選挙についてのぼくの最初の記憶は小学校のころ、6年生になっていたかもしれないが学年は覚えていない、教室に貼る壁新聞を作っていたことだ。 選挙結果を報ずる新聞を開き、あした貼る予定の壁新聞にその記事から議席数などを書き写していた。 ある日の夕飯後、高輪の家の居間、というかいつも家族がそろう部屋でのひとこまだ。 あ、ふいに思い出した。 別の日の壁新聞で「皇太子がエリザベス女王戴冠式に出席するため渡英」という内容の記事を書いた覚えがある。 となると1953年だから、ぼくは小学5年生だったわけだ。 ネットで調べると3月30日とあるから、小学校はまだ春休み。 4月に新学期が始まって最初の壁新聞に書いたのだろう。 話を戻すが、1955年のきょうから選挙の開票速報が行われるようになったという事実には軽い衝撃を覚える。 その後の57年間、開票速報に聞き入ったり見入ったりしてきて、速報番組がないなどという状態を想像も出来ないと気づいたからだ。 1971年(昭和46年)のきょう、成績表に1をつけなくてもいいことになったという。 これについては中学校時代の思い出がつきまとう。 あるとき、5段階査定の成績表はどうやってつけるのかと担任教師に聞いたことがある。 中学2年か3年のホームルームのような時間だったと思うが、当然ながら教室のみんなが興味を持っていた。 ぼくらの教室には、たしか60人近い数(時期に応じて増減があったけれど)の生徒がいた。 そもそも、ぼくらは5段階の成績表というありようが理解できていないから、話はそこから始まった。 1が3人、5が3人、あとは成績に応じて配分する決まりがあるという説明に「え?」と思った。 もちろん、どうして「3人」なのだ? という疑問が生じたわけで、担任教師の説明は「決まりがある」という以上のものはなかったのだ。 ぼくは、何とくだらないと思ったことをいまも覚えている。 勉強のできる仲良しを思い浮かべるだけで、すぐ5人ぐらいになってしまう。 男の子がAくんとBくんとCくん、女の子がAさんとBさん。 これでもう5人だ。 この中から2人、単に決まりだからというだけで「5」をつけてもらえない子が出るわけで、これはくだらないと思った。 そういうバカな規則が、何と1971年まで続いていたとはね。 で、ぼくは、当時の文部省、いまの文部科学省がいかに愚かなことばかりいじくっている役所かと、その後ずうっと考えるようになったのだった。 そんなこんな、早朝のニュース番組以降の1時間をベッドの中で回想のうちに過ごし、6時前に起きた。 早番のかみさんを見送ったあと、再びベッドに入って8時半ごろまでうとうとする。 鶏肉の蒸し料理ができている。 うまそうだ。 朝めしを食いながら「あさイチ」を見る。 アリバイ会社の存在を採りあげている。 書類を偽造し、場合によっては詐欺の手助けも可能な仕組み。 これが違法でないとはおどろいた。 ディスカバリーch.の『世界がとらえた東日本大震災』を陽くんと見る。 消去しないと決める。 午後3時20分ごろ、かみさが帰宅。 早番は帰りが早いところがいい。 陽くんは書類用の写真を撮るとかで、スーツを着て出かけて行った。
2012.02.27
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6時前に起き、新聞に目を走らせた。 「空からの福島原発3キロ圏の惨状 原子炉建屋と周辺」という見出しに引き寄せられる。 朝めし。 初めは鱈のフライを食べていたがコロモの油に閉口、納豆卵かけご飯に切り換える。 炊きたてご飯であり、コメがうまいからどうしても腹一杯になるまで食べてしまうのだ。 かくして朝から満腹。 腹具合がおかしくならないようにと願った。 TBSテレビ『サンデーモーニング』を見る。 野田政権批判が相継ぎ、田中秀征さんは「いまは何も見えていない一大新党」が政界再編の中心になると予言した。 新たな第3極という意味で、聞きながら「ふぅん」と思った。 田中さんは米原子力規制委員会の詳細な議事録と80キロ圏内の在日米国人を避難させた危機管理意識についても触れ、4号機の危険を訴えていた。 ふと、きょうは「226事件の日だ」と思う。 あの日、朝から雪でねぇ、と亡き母がよく話してくれた。 母が女学校に通っていたころで、実家は赤坂・新坂にあった。 降り積もった雪に閉口しながら大通りに出ると、うわあっと兵隊たちがいる。 何ごとかと思いながら歩いたといっていた。 そういえば、その母が逝ってからもう27年にもなるのか……。
2012.02.26
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今朝もまた8時を回ってからの目覚めとなる。 いささか反省しながら、昨夜の就寝時刻に思いを馳せる。 たぶん2時台だったのではないか? 6時間も寝込んで大寝坊とは、どうしちゃったんだろ? これまでの半生、ま、大まかにだが睡眠時間を平均すると5時間あたりではなかろうか。 それでは少ないのだよという反動が仕事をやめてから出てきているのかな。 窓の外は雨。 さほど寒くないのは雨だからであったのか。 ラジオでは「冷たい雨です。手がかじかみます」といっている。 気温もきのうより5度下がっているという。 なお上の写真はきのうの夕刻に撮ったもの。 そういえばきのう、天気予報があしたは雨といっていたなと思い出した。 かみさんは遅番で生まれた午前中の時間をレッスンに充て、歌っている。 が、わりとすぐに11時半となり、出かけていった。 録画リストから日曜美術館ベン・シャーン篇を選び、見る。 第五福龍丸事件に材をとった『The Lucky Dragonシリーズ』を通してベン・シャーンの生きかたを描く内容。 長く関心を持ち続けた姿勢に注目する。 福島県立美術館の学芸員・荒木康子さんの談話がよかった。 アメリカのベン・シャーン研究者スーザン・シュヴロゥさんの解説も素晴らしい。 さらに番組ゲストの山田太一さんが語る内容もいい。 ベン・シャーンがリルケの『マルテの手記』を描いた晩年の作品から「いま、人はすぐ裁く。急ぎ過ぎる」という話など、感銘を受ける。 ビーフシチュウの夕食。 その後テレビをつけ、番組を見たり録画した『CSI』を見たりしていると陽くんが戻り、ややあってからかみさんが帰ってきた。
2012.02.25
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ゆうべ夜更かししたせいで2日続きの大寝坊をした。 目が覚めると予想もしない8時10分過ぎ。 今朝は病院に予約しているのであわてて起きる。 着替えて病院へ。 9時の予約だったが10分前には眼科受付に着いていた。 近いから助かった。 が、かなり待たされ、礒部医師の診察室に入ったのは10時近くであった。 まぁ時間があるから構わないけどね。 いかがですかに始まるやりとりを経て、すぐ眼圧を測る。右13左14。 「安定しています。このままいまの薬を続けましょう」の診断にほっとする。 帰宅して間もなく、コストコまで買い物に行っていたかみさんが帰ってきた。 彼女は直ちにローストビーフを作り、黒豚キャベツ炒めやウニなどとともに昼めし。 あまりにうまいので、たまらず2膳食べてしまった。 夕方、一緒に出る。 かみさんは銀行へ行き、ぼくは京王線で明大前に向かう。 今夜は高井戸での仕事仲間が何人か寄り合う呑み会があるのだ。 膝の手術で入院していた松原祐邦さんの快気祝いを兼ね、久しぶりに集まることになった。 青戸さんが早い時期に知らせてくれ、すぐに「出席」と返信を出した。松原さんとは去年のバーベキュー以来だ。 手術が無事に済んだと知り、うれしかった。 青戸さんからは今朝も「たのしみです」というメイルが届き、お子さん(黎くん)も一緒と書かれてあった。 明大前には予定通り早めに着き、あたりを散歩。 井の頭線の上にかかる陸橋を渡る。 渡りながら何年ぶりだろうと振り返る。 もしかすると学生時代以来かもしれない。 渡った先の左にすずらん通りがある。 古い飲み屋街だ。 そこを西へ、甲州街道の方へ歩く。 この間、大洞さんとの話に出たジャズ喫茶「マイルス」の佇まいを見ておきたいのだ。 上の写真がその店。 小路のはずれに近い場所で暗い。 店の構えを見ながら遠い記憶を呼び起こしてみるが思い浮かぶ何ごともない。 次いで本屋に寄る。 明大前の啓文堂には、それこそ高井戸にかよっているころ何度も来たものだ。 翻訳書の棚の前に立つ。 ジェフリー・ディーヴァーの未読本が3冊も4冊もある。 ミステリ評を書く仕事をやめてからめっきり読まなくなっちゃったもんなぁ。 もっともこの作家は、書評用に読むよりたのしみだけで読むほうが面白味が増す。 いや、ま、誰のでもどの作品でもそうだといえるけれど、ジェフリー・ディーヴァーの場合は実際に体験したので(本は『石の猿』)。 その意味で英国の似た作家にイアン・ランキンがいて、ぼくにとってはこのひともまた、誰にも知らせずひとりでたのしみたいミステリ作家のひとりなのだ。 移動すると、辺見庸さんの新刊書『瓦礫の中から言葉を ―わたしの「死者」へ』 (NHK出版新書)があったので手に取りレジへ向かいかけた。が、時間が迫っていることに気づいたので棚に戻し、呑み会の店に向かった。 店に入り、予約者として松原さんの名を出すとすぐ8人ほどが入れる小部屋に案内してくれた。 ぼくがいちばん最初。 奥の隅に座る。 と、携帯メイルの音が鳴った。 青戸さんからで、近くにいるようである。 「いま店に入りました」という内容のメイルを返す。 ほどなく青戸さんと2人の息子さんが現れる。 次いで菊池くんやら三木さんやらが到着し、松原さんも来た。 退院おめでとうの乾杯。 ぼくは相変わらず温かいウーロン茶である。 酒を止められてからもう1年2か月か。 うまそうな酒を前にすると呑みたくなっていたけれど、もうそれも消えたな。 口と喉では呑みたいのだが、酒が入ることで起きる呼吸の乱れを思うと呑むのがためらわれるわけで、いまやそのためらいが最優先事項になってきたのだ。 青戸さんにお借りしていた2枚のCDをお返しする。 その1枚はDavid Bowie『Black Tie And White Noise』で、これはいくら探しても見つからず、たのんでお借りしたのだった。 すると青戸さんは「替わりというわけじゃないけど」と、こんどはDVDを4枚、貸してくださった。 メル・ギブソン主演の『パトリオット』(THE PATRIOT 2000)もある。 たのしみだ。
2012.02.24
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大寝坊。 ベッドから起き上がり、時計を見たら何と10時を15分も過ぎている。 ゆうべ寝たのが1時過ぎだったからかな、さほどの遅さではないけれど。 かみさんも寝ている。遅番だから眠れるだけ寝るといいと思う。 起きて先ず、シャワーを浴びる。 出てから洗濯機を回し服を着たところで、かみさんが起きてきた。 彼女は、きょう遅番。 朝のひととき、なにごとも急がずにできるところがいい。 田舎パンのトーストに目玉焼きを添えて朝めし。 熱いコーヒーがうまい。 11時半にかみさんが仕事に向かう。 雨が本降りになっていた。 正午のニュースではイランがIAEAの立ち入りを拒否したと報じた。 1時から国会中継、衆院予算委を見る。 きょうはデフレ、円高を議題とする集中審議らしい。 自民党委員の質問者による質疑応答があまりに噛み合わず、つまらないのでテレビを消した。 しばらくパソコンでメイルチェックとSNSチェック。 Twitterで飯田哲也さんのTweetをリンク先ともども数本読み、瓦礫の広域処理をめぐる池田こみちさんの発言を知る。 野田首相や細野大臣がしきりに「広域処理」を叫ぶが、移動中の放射線放出について触れないのは何故なのだろう? ぼくは池田こみちさんの意見に賛成だ。 3時過ぎに再びテレビをつけ、再び国会中継。 共産党・高橋委員がTDKの衰退に触れながら地方の雇用状況を課題に鋭く質問していた。 社民党・阿部委員はエネルギー選択に関する問いを積み重ねていく。 ウソの事業計画によって25億円もの「原発交付金」を受け取っていた福井県おおい町のスキャンダルに注目。 まったく、ダメな国だな日本は。 近代化したとか先進国の仲間入りを果たしたとかいっても、状況は悪代官がはびこった時代のまんまだもの。
2012.02.23
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今朝もまた、朝のラジオで誕生日の花を知る。 寒白菊(かんしろぎく)。 花ことばは「清純」。 きょうの一句。 冴え返り冴え返りつつ春なかば 西山泊雲(1877~1944) 早朝のニュースで耳にとめた項目……。 1.ニュージーランド、クライストチャーチの地震災害から1年め、語学学校があったCTVビルの倒壊原因はまだ明らかにならない。 2.EU財務相会議、1300億ユーロのギリシャ支援決まる。 新聞を読んでもっとも注目したニュースは米国の原子力規制委員会(NRC)が「最悪事態を想定」した議事録を公開したと伝える記事だった。 311の翌日から、話し合われた内容が詳細に記録されている。 日本政府では議事録そのものさえとっていなかったそうだ(本当はどうだか分からない)。 11時ごろ、近江の川島春子さんが電話をかけてきてくれた。 わが家の電話がずうっと通じないという。 電話用とファクス用と分けて電話回線を2本使っていたのを、暮れにケーブル回線としたのを機に1本化したのだが、そのとき不手際があったのかもしれない。 まったく知らず、申しわけないことをしてしまった。 受話器に問題があると判明。 シャープのサービス・コールセンターに連絡し、設定確認。 電話はコールサインが鳴り、ファックスは鳴らない「ノンコール設定」を完了した。 ふう。 やれやれと思っていると電話が鳴った。 川島民親くんからで、春子さんが知らせてくれてからの経緯を話す。 今年こそ会いたいねぇと願いを交わしながら終了。 その後、しばらく国会中継を見ていた。 衆院予算委の一体改革集中審議。 野田聖子委員が少子化対策について総合的に取り組むための庁なり省なりを新たに作るべきだと力説。 当たり前のことながら、これまできっちりと提案する政治家の声を聞いたことがない。 自民党議員である点が不満だが、説得力があった。 3時過ぎ、早番の仕事を終えたかみさんが帰ってきた。 が、稽古があるのでシャワーを浴びてすぐまた出かける。 稽古場が田端で、八王子から時間がかかり、気の毒なのだが仕方がない。 陽くんもFJの会合に出かけて行った。 クローズアップ現代でスティーヴン・スピルバーグを採り上げていた。 「いつも不安を抱えて撮影現場に向かう」のひと言に背筋を伸ばした。 ぼくもそうだったなぁ、と共感。 そうだったなぁと思う中ですぐに浮かんできたシーンが1986年だったか、五木寛之さんとの初めてのロケでの記憶だった。 3週間ロケで最初にシュートしたときのどきどき感だ。 ノルウェー、オスロでの撮影開始日だった。 現場はヘンリック・イプセンの銅像で知られる国立劇場の前で、そのあと劇場内で観劇するシーンを撮る予定になっていた。 ホテルを出てその現場に向かう車の中で、ぼく自身はよく知るどきどき感が始まったのだ。 通常はそのまま現場に立ち、仕事を始める。 ところがその日は、すばらしい好天だったせいか、予定通りでいいのだろうかといったふうの不安感が大きくなってきてしまい、ついにキャメラマンのところに行って「どきどきしている」とささやいたものだ。 彼は「何をいってますか!」と笑ったが、不安感はなかなか収まらないのだった。 スピルバーグの話から、ふだんは忘れている経験を思い出したことだった。
2012.02.22
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6時15分に目覚め、しばらくラジオを聞く。 気になったニュース項目を記録する。 1.少年に対する死刑を妥当と思わない割合、国民の25%・裁判官の90%。 2.3号機前で取材バス内が1.5ミリシーベルト! 収束宣言後初の公開。 3.これはニュースではなく時事解説番組での話で、ISDS条項についての解説。 いま挙げた順序を逆にたどりながらひと言メモをつくっておく。 まず「3.」について、ISDS条項というのはTPPに含まれる項目のひとつで、TPP締結国にある外国企業がなにか不利な状態に陥った場合に、莫大な金額を要求して締結相手国を訴えることができることを記した条項だという。 で、番組では、実状を見れば「外国企業のみを差別的に扱わない限り訴えられない」から心配ないとキヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁氏が述べていた。 カナダやメキシコでの実例を紹介しながら解説していたけれど、TPPを結ぶことで入ってきた海外企業が不利益を被ったら訴えることができることにまってしまうという理解を覆す説明ではなく、要するに「大丈夫だから安心しなさい」と、最近よく聞く主張が述べられるだけのことだった。 キヤノングローバル戦略研究所という肩書きだけに当然といえば当然ながら、TPP容認派なのだな、こいつ。 次いで「2」の報告。 これは、きのう聞いていた夕方のラジオ番組で東電・福島第1原発の現地取材に参加した岩上安身さんが、取材バスを下りて間もなくの現場中継で話していたことと一致するニュースだった。 原発敷地内を行くバスが3号機付近にさしかかると車中で「1.5ミリシーベルト」が検出されたというわけで、これは凄まじく高い放射線量だ。 そういう中で修復その他の作業をしているひとたちは、いくら防護服を着ているといっても相当な被曝線量になるにちがいないが、その対応はどんな具合に進められているのか何も知らされない点が気になる。 最後に「1」についてだが、いうまでもなく光市の母子殺人事件の被告への死刑判決を受けた調査を報じるものだ。 現在30歳になるという被告の元少年、犯行時には「18歳30日」だったそうだ。 現行法ではこの年齢は「少年」であり、まだ生活自体も知らないような者を死刑にするのは如何なものかという発想からどこかの調査機関が「それは妥当か?」というアンケートを行ったわけである。 ニュースを聞きながらぼくが耳をそばだてたのは「裁判官の90%」が、死刑を妥当と思わないと答えている事実だった。 このところ死刑判決が増えてきているという話を聞かされてばかりいるせいか、ぼくは、裁判官もそんな傾向にあるのかと怖れたり軽蔑したりしていた。 けれども、9割の裁判官は少年を死刑に処すると判断しない現実があると知らされた思いがある。 ま、統計上の調査だろうから細かいところまではわからないにせよ、少年であろうと死刑に相当するならかまわず死刑だと断ずる裁判官が10%もいるという現実もあるわけで、これはこれで怖いことだ。 一方、国民のほうを見ると少年への死刑を認めないとする割合が「25%」しかいない。 4分の3が少年への死刑を妥当と考えていることになり、ぼくはこれを異様だと見るけれど、メディアを通して浮かび上がる社会の様相を前提にするなら、こういう結果を意外であるとは思わなかった。 この国では、大手メディアが大きく扱う出来事に対し、ある種の熱狂が巻き起こる。 最近の典型例が大阪市長選だが、ぼくは橋下市長誕生のうねりは多分に気分的な熱狂に支えられたものと考えている。 それはたとえば、郵政選挙と呼ばれた2005年の総選挙でも現れたうねりで、おそらくぼくは、あの時点で「この国は知性とか知力というものをもっとだいじにするべきだ」と考え始めたのだと思う。 起きあがってからはコーヒーを淹れ、かみさんとふたり、トーストの朝めしを摂った。 きょうもママレードがうまい。 目玉焼きもうまい。 やがて陽くんが起きてきた。 見ていると、彼はてきぱきと支度をして11時ごろ出かけて行った。 きょうこそは伊勢丹に行ってジャスミン茶を買ってこなければならない。 ガラス瓶の底に残っている茶葉はあと2回分ぐらいの量しかないのだ。 で、12時56分発のバスに乗ろうと支度をし、ゆっくり歩きの時間を見込んで出かけ、停留所に並ぶ。 ちょうど乗るべきバスが着いたところで、向こうの停留所に市内循環のコミュニティ・バス「はちバス」が来た。 あれで行くと北八王子駅に2分で行く、さてどちらにしようかと迷ったが、結局いつもの西東京バスに乗り込む。 降りるときに失敗した。 以前、高井戸の仕事場にかよっていたころ、毎朝の早朝、通勤のために乗るバスでつねにいちばん前の座席に座ることにしていたのだが、たまたまきょう、その席が空いていたので座ったのだ。 目の先にはバスのフロントグラスがあり、そこから見える光景は毎朝見ていたもので、そのためふと錯覚が起きたのだろう。 そのころと同じようにバスが京王八王子駅前に着くなり、何の疑問もなくすいっと降りてしまったのだ。 しかし、きょうは京王線に乗らない。 立川に行くのだからバスを降りるのはJR八王子駅でなければならなかった。 ゆるゆると歩き出し、ぼくの歩きかたでは10分以上かかるJR駅を目指した。 八王子駅から中央線で立川へ。 駅ビルを出ると広い跨道橋があり、明るい陽射しがさしている。 午後の強い陽射しだ。 思わず撮った写真が上に載せた1枚である。 しかし、時計を見ると2時を過ぎている。 バスに乗ったのが1時前だから、途中のゆるゆる歩きを入れて立川伊勢丹までだいたい1時間か。 前に中野で暮らしていたころ、新宿伊勢丹まで家から10分から15分だった。 中野が便利な場所であるのは分かっていたが、八王子の交通不便度は予測を超える。 ところで、伊勢丹の食品売り場にジャスミン茶はなかった。 せっかく1時間もかけてやってきたのに、当該の棚に「品切れでございます」というメモが貼ってあった。 デパートなのにコンビニみたいな対処ぶり、おもしろくない。 しかし困るんだよなぁ、ここでジャスミン茶が買えないと。 伊勢丹以外では横浜の中華街に行くしかないんだぞ。 ほかでも買えるだろうが、どんな品質かがわからない。 仕方がないからウーロン茶の220グラム入りを買った。 ほかに四つ葉バター・沖縄豚肉600グラム・田舎パン・鮭かま・むきえび・大豆1キロ・コーヒー粉450グラムなど購入。 大豆はかみさんが味噌を手作りするためのもので、2キロ買いたいところを重たいので2回に分けて買おうと1キロにした。 帰りに南口アルプスでも納豆やビールなど購入。 買い物袋が両手の動きを制限し、いささか重い。 よかったのは八王子駅からのバスが1分も待たずにきたことだ。 バス停の行列で両手が重たいのは困るからなぁ。 車中で、聞きっぱなしのiPodからWham!の「Careless Whisper」が聞こえてきた。 久しぶりだ。 高井戸駅から仕事場に向かう道を歩きながらよく聞いたことを思う。 青戸さんが好きな曲だったと思い出し、仕事中の時間だったが「いま聞いてますよ」とメイルを書き送った。 今週末に呑み会がある。 青戸さん始め、あのころの仲間に会えるのがたのしみだ。 帰宅後、時事通信のサイトで「土壌からセシウム1キロ当たり7770~2万3300ベクレル/1キロ当たり(葛飾区の都立公園で)」というニュースを知る。 セシウム134の場合、2万ベクレルは「0.52ミリシーヴェルト」に当たるという。 子どもが遊ぶ公園でこれじゃあ、数年後には骨髄がんや白血病が続出するのではないか。 東京という大都市は子供たちの健康を保てない処になってしまったとつくづく思う。
2012.02.21
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8時ちょうどに起きていくと、かみさんが出かける直前だった。 が、玄関のドアを開けるなり低く驚きの声を上げる。 開けたばかりのドアの脇に、帰ってきたばかりの陽くんが立っていたのだ。 彼は木曜日の夜からファザーリング・ジャパン(FJ)の全国フォーラムに参加するため大津に行っていたのだ。 フォーラム終了後、京都見物をしてきたらしい。 お土産の阿闍利餅をさっそく食べる。 高雅な味わい、うまい。 このお菓子、初めて食べた。 産寧坂のあたりで売っているらしい。 清水寺へ行ったのかと聞いたら、レンタサイクルを借り、自転車で行ったという。 あの坂を転車で? 陽くんでも辛い上り坂だったようだ。 パソコンを開き、しばらくニュースサイトを見ていた。 毎日新聞のコラム「風知草」のバックナンバーを読み、東電国有化をめぐる記事の英語版があったのでコメントを添えてFacebookに書き込んだ。 SNSといえば上杉隆さんが、かねて宣言していたようにジャーナリストを廃業したとTwitterで知った。 午後3時ごろ、陽くんが起きてきた。 食品中のセシウム含有量を計るサービスをする「ベクミル」について教えてくれる。 かみさんが野菜をつくる畑の土壌を調べてもらうと考えているようだ。 裁判のニュースが入る。 山口県光市の殺人事件、差し戻し裁判で最高裁は犯行時に少年だった被告に死刑判決を下した。 死刑は国家が感情を排し冷静に人を殺す制度だ。 ところがこの判決は、無期懲役の判決が出たにもかかわらず差し戻したあげくの裁判で、反対意見を抑え込むかたちの死刑判決。 遺族への同情を汲んだ異様なものに見える。 最高裁の知力を疑いたくなる判決、というのがぼくの感想だ。
2012.02.20
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6時40分に起きた。 先に起きているかみさんが新聞を取ってきてくれてあり、第1面に「食品セシウム4月新基準」を報ずる見出しがある。 食品に含まれる「放射性物質の新基準値」を伝える記事である。 現行より厳しく変えられるそうで、まぁ、当然のことだ。 野菜類・穀類・肉魚卵ほかなど「一般食品が500→100Bq/1kg」、「牛乳が200→50Bq/1kg」、「水が200→10Bq/1kg」となる。 ほかに幼児向けの基準として一般食品を50Bqにするようだ。 米ソ冷戦が現実だった時代、まことに愚かしい原水爆実験が盛んに行われた。 その結果、地球上に大量の放射性物質がまき散らされ、それは現在も空気中に漂っている。 だから計測結果が「ゼロ」ということはあり得ないのだが、それでも、東電・福島の事故による放射能については限りなくゼロに近づけてほしい。 その意味で上記の方向は支持するけれど、一般食品の基準値が「100ベクレル」というのはどうかねぇ。 ほとんどゼロに近い数値なのだと思っても、そこに「放射性物質がある」とわかっている食品を体内に取り込む気にはなかなかなれない。 ましてや23歳、21歳の息子たちが、いずれ子どもを育てることになると思えばなおさらのことだ。 加えて新基準といっても「セシウム」だけしか計測対象にしていないのだ。 核種はさまざまあり、中にはセシウムよりも怖い物質があるというのに、理解できない。 しかしまぁ、少し前へ進んだことは確かなのだから、いまのぼくは「放射性物質の新基準値」を認めようと思う。 問題は測定する検査機器が足りないことで、精密度が高い「ゲルマニウム半導体検出器」(Ge半導体検出器)の保有量は、東京に8台、千葉には1台、全国で216台しかないという(昨年12月現在)。 ホットスポットさえ心配される千葉県にただ1台! 1200万人が暮らす東京にわずか8台! 日本全国で保有するゲルマニウム(Ge)半導体検出器が、おどろくことにだったの216台! 広島と長崎に原子爆弾を投下され、戦後67年目になるいまでも、計り知れない数の放射能被害者が苦しんでいるというのに何をやってきたのだ、この国の政府は。 原発を導入したのも、電力会社と結んで「事故は決して起きない」と安全神話を押しつけてきたのも、長くつづいた自民党政権下でのことだった。 セシウムしか計れない点が問題だとしても、いま日本人の多くが必要としている「ゲルマニウム半導体検出器」が全国に216台(12月現在)しかないという事態は主にその自民党政府と電力会社が結託し、権力の横暴を振りかざして原発設置および稼働を推進してきたことによってもたらされたわけだ。 で、民主党・野田政権はどうする? 人びとは見守っているよ。 仕事に向かうかみさんを見送り、いつものように「サンデーモーニング」を見る。 きょうは福島原発を扱う冒頭のコーナーだけ見て、テレビを消した。 昼間はパソコンでニュースサイトを見たり、Twitterの発言を読んでいったり、Facebookに投稿したりして過ごす。 ニュースサイトといえば、きのう読んだ毎日新聞の特集ワイド「NHK対『原発推進』団体 浮上した『低線量被ばく』問題」(2月16日付毎日新聞)について、もう少し書いておきたい。 ぼくはこの番組を見たが調査報道作品として秀逸、と思った。 ところが原発推進派の3団体はそう考えられなかったらしい。 彼らはNHK宛てに「公共放送としてNHKに求められる高い放送倫理に疑義を挟まざるを得ない」というタイトルの抗議書を送りつけたという。 少しだけ、記事から引用しておきたい。 「1月12日にNHKに送られた、A4判8枚からなる『抗議と要望』と題する文書の一節だ。さらに『事実誤認もしくは根拠薄弱であることが明らかになったら、番組自体を撤回するのも国民の受信料で経営をしているNHKの責務』とし、『放射線の恐怖のみを煽(あお)るような風評加害者的報道は今後止(や)めるよう強く要望』している。何とも痛烈な内容だ。 送り主は『エネルギー戦略研究会』『日本原子力学会シニア・ネットワーク連絡会』、そして『エネルギー問題に発言する会』の3団体。いずれも『原発推進』が日本には不可欠との立場から、シンポジウムやセミナーなどを開いている民間の組織だ。 トップの経歴は、研究会の金子熊夫会長が外務省の初代原子力課長、連絡会の宅間正夫会長は元東京電力柏崎刈羽原発所長、発言する会の林勉代表幹事は元日立製作所・原子力事業部長。さらに3団体のホームページを見ると、抗議文の『賛同者』として元東電副社長で元自民党参院議員の加納時男氏や、元日本原子力学会会長、大学の名誉教授、原発メーカーの元幹部ら総勢112人の名前が並ぶ。 政・財・官・学のいわゆる「原子力ムラ」のOBらが顔をそろえた格好だ。」 引用部分は記事前段の3分の一ほどだが、抗議の理由は、ICRPが「政治的判断」から被曝リスクを半分に設定したという部分について「論拠が不明」というものだったとある。 しかし、番組中にはICRPが停戦量被曝の基準設定は「科学的な判断ではない」というICRP関係者の談話もあったことだ。 彼ら推進派3団体はNHKに抗議をする前にICRPに文句をいいに行ったらどうなのだ。 と、まぁ、記事を読んで非常に憤慨したもので、その中身をSNSに発信した。 夕飯は新潟産コシヒカリを用いた炊きたてご飯。 知り合いの農家で自家米としているものをいただいたもので、炊きあがりのご飯がきらきらしている。 大根の煮物、そぼろ肉、明太子などと合い、とてもうまい。 食後、かみさんとふたりで『CSIマイアミ篇』を続けて3本見る。 いや4本だったかな? 食事を終えて時計を見るとまだ7時過ぎだったので、寝る時刻までひたすら見たのだ。 マイアミ篇シーズン4の74話目からだったと思うが、最初の1本で、2人ともエンディングが気になってしまったのであった。 このシリーズの特徴で、話の文脈が「つぎは?」と思わせる連続性を持っているけれど、その文脈は直接に次回分へ受け継がれるわけではない。 そこがおもしろくて「つぎは?」「つぎは?」と見ていくうちに、3本か4本、立てつづけに見てしまった。 録画済みが溜まっていたのがよかった。 ちがうかな、溜まっていたのがまずかったから3本も4本も見ることとなったともいえるからな。 大津のファザーリング・ジャパン全国フォーラムに参加している陽くんから、京都先斗町でめしを食っているとメイルがきた。 夜行バスの時間まで8時間ほど空き時間でできてしまい、京都で過ごしているらしい。 いい考えだ。 京都から深夜バスに乗り、あしたの朝は何時ごろ着くのだろう。 新宿に6時半だとすると、帰宅は8時ごろか。
2012.02.19
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普段より早く5時半に起きた。 6時のニュースを見る。 高井戸に行っていたころは毎朝このニュースの始まり部分を見ていたものだった。 今朝のトップは社会保障と税の一体改革大綱の閣議決定と政治資金規正法違反(虚偽記載)をめぐる小沢一郎被告の裁判。 毎朝見ていたころから朝6時のニュースではどうしても前日の目玉がトップ項目になる。 ほどなく日の出の時刻となった。 陽射し、あり。 6時前はまだ暗かった。 いま日の出が6時40分という。 高井戸に通っていたころ、出かけるときあたりの明るさから冬の終りを感ずる朝があったことを思い出す。 かみさんとトーストを食べる。 ボンヌママン製マーマレードがうまい。 食べながらTBSテレビ『サワコの朝』を見た。 何とかマツコさんという巨体のタレントがゲストだった。 阿川佐和子さんは阿川弘之さんそっくりになってきたなと思っていると、マツコさんの肩書きがエッセイストだと知らされた。 いまタレントと書いたのは思い込みというやつか。 中村うさぎさんの勧めでもの書きになったそうだ。 てっきりテレビタレントなのだろうと思ったものだが、これは間違いだった。 ぼくは芸能界の動きを知らないからなぁ。 仕事に向かうかみさんを見送り、いつものように「サンデーモーニング」を見る。 きょうは福島原発を扱う冒頭のコーナーだけ見て、テレビを消した。 パソコンを起動させ、メイルチェックなどに手を着ける。 ふだんやっているPC保全上のさまざまを、ゆうべは何もしなかったのだ。 夜、出かけていたわけではないのにパソコンを開かなかったのは、かみさんと『CSIマイアミ篇』を見ていたからでもあるが、何より眠くなってしまったからだ。 PC保全上のさまざまと書いたが、これといって特別なことをやるわけではない。 溜まったファイルをフラッシュメモリーに取り込んだり、PCで保管中の写真を整理したり、ま、どうってことはないけれど手間がかかるさまざまがあるわけである。 その後、録画しておいたETV特集『坂本龍一 フォレストシンフォニー 森の生命の交響曲』を見た。 描かれるのは、樹の音楽、森のシンフォニー。 坂本龍一の知性が放つ魅力。 この音楽家が、何年も前から、九州や東北の森に分け入り、森の保護活動とかかわり、森が自ら実際に行っている生体運動をそのまま音楽にしようというプロジェクトに取り組んでいるとは、ぼくはまったく知らなかった。 ETV特集『坂本龍一 フォレストシンフォニー 森の生命の交響曲』はそのようすを追う1時間半のドキュメンタリー作品なのだ。 番組紹介HPによると……「樹木が発する微弱な生体電位を採取し、そのデータをもとに作曲しようというもの。坂本は言う。『木は光合成によって太陽光をエネルギーに換える、つまり電磁波をとらえる天才。その周期性を音楽にしてみたい。』」 すぐれた企画のドキュメンタリーだ。 画面に見る音楽家のやわらかい身のこなしが印象に残る。 ぼくは、坂本龍一というひとと同じ時代に生きている幸せを感じた。 この感覚は、そうだな、大まかに10年に1回ほど実感することがある。 きょう、それを久しぶりに感じた。 終わってからシャワーを浴びる。 ついでに洗濯。 午後遅くになってから再びパソコンを開いた。 毎日新聞サイト「特集ワイド」欄を読む。 気になった記事について短文を添え、SNSに発信した。 「NHK対『原発推進』団体 浮上した『低線量被ばく』問題」という見出しの記事だ。 夕方、帰宅したかみさんはビールを飲み、ぼくはノンアルコール・ビールというものを初めて飲んだ。 銘柄はアサヒの「ドライゼロ」。 たしかにノンアルコールで、しかもビールふうののど越し。 妙なものだなと思いながら一気にコップ半分ほど飲んでみた。 ところがそれから先が進まない。 目の前には夕食用のホッケの開きと大根・高野豆腐の煮物がある。 つまんではドライゼロを飲んでみるが、ほんのひとナメで、あとがつづかない。 まずいからというのとは違う。 といって、うまいわけでは決してない。 どうにも妙なものなのだ。 やめてめしを食べ始めた。 食後はかみさんと一緒に『フロスト警部』を見る。 この2時間もののテレビ映画は探求本位の物語がじつに巧みに描かれ、もうれつにおもしろい。
2012.02.18
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6時に目が覚め、定時ニュースを聞く。 政府が予算案大綱を決定、素案の内容をそのまま国会に出すらしい。 また眠り、8時半起床。 空腹感と膨満感がともにある。 ご飯もパンも食べる気にならず生協の最中アイスクリームを1本、朝めし代わりに食べた。 11時50分のバスに乗る。 JR駅北口から南口ビックカメラに行き電池を買う。 単1と単3。 つぎにアルプスで牛乳、パン、チョコレートなど購入。 上の写真は帰りのバスに乗る直前に撮った1枚。 「strange sky(異様なそら)」と名付けた。 来るときは晴れていたけれど、買い物を済ませて外に出ると雪が舞っていたのだ。 猛烈に寒い。 2時ごろ帰宅。 テレビの国会中継を見る。 衆院予算委、外交・防衛問題集中審議。 赤嶺政賢委員が普天間の危険性は辺野古でも同じようにあると質問している。 玄葉光一郎外相の答弁は「普天間は住宅密集地にある、辺野古と同じではない」というもので屁理屈に近い。 赤嶺委員は辺野古にも多くの住民いるのです、と反論して質問を続けている。 夕食はとろろうどん。 長芋をふんだんに擦り下ろし、たっぷりのとろろにうどんを浸して食べる。 まことにうまい。 食後、かみさんとCSIマイアミを見る。 たまたまこれがseason3の最終回なのであった。 ホレイショーの実弟レイモンドの顔を初めて見たよ。 かみさんは1本だけ見たら寝るといっていたが、season3の最後を見たとなればつぎも見ようと、ふたりでseason4の第1回目にあたる作品を見る。 この2本を見ておかないと鮮明にならないことがいくつかあり、かみさんとふたり、見ておいてたいへんよかったという感想を述べ合った。 政府は「社会保障と税一体改革」の大綱を閣議決定。 NHKnews9に野田首相が生出演していた。 開口一番、社会保障と税の一体改革について「どの政権でも先送りできない課題です」と、常々やっている発言を繰り返す。 消費税についてもいつものように「待ったなし」と繰り返した。 そして「国民にご負担をお願いする以上、公務員給与低減と議員定数削減を進めます」と述べている。 これもかねてから聞いてきたことばだ。 条件により消費税増税の支持・不支持に影響することはない、というのがぼくの主張。 反対する理由は生活圧迫の度が過ぎるからだ。 野田首相は「人類が命がけで勝ち取ってきたものは自由と平等だと思います」という。 こういう観念的な発言を繰り返すのも首相の特性。 瓦礫処理を広域でお願いしたい、放射能を怖れなければならないが神経過敏にならないようになどなど、話に中身がない。 要するに観念的なのだ。 この項、あとで書き加えるつもり。
2012.02.17
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夜中に目が覚め、そのまま眠れなくなった。 こんなことはしばらくぶりだ。 ゆうべ寝た時刻が11時40分ごろだったから4時間は眠ったことになる。 気象情報が東京の気温は6度と伝える。 ラジオを聞くうちに再び眠り、こんどは6時ちょうどに目覚めた。 窓越しに見上げるそらは厚い雲に覆われている。 6時を回ったばかりなのに、もううっすら明るくなっている。 冬至を過ぎてひと月半、これからは日の出がぐんぐん早くなるな。 定時ニュースのトップ項目はイランの核開発関連。 きのうも聞いた遠心分離機に関する報告で、イランは次世代型の遠心分離器を164機製造したという。 新型の遠視分離器で、核開発の加速化に役立つそうだ。 ニュースのポイントはイランが「核の自力開発」を目指しているところにある。 東急東横線が全線で運転を見合わせ中という。 そう聞いて、すぐに東横線を利用する高城英理さんに要注意のメイルを送る。 1883年(明治9年)のきょう2月16日、日本で最初の天気図が作成されたという・ その話を聞き終え、7時過ぎに起きる。 東横線の運転が再開されたが各停のみ。 陽くんが起きてきたので声をかけ一緒に映画『ヒバクシャ 世界の終わりに』を見る。 2003年、グループ現代製作・鎌仲ひとみ監督作品。 1991年1月に始まった湾岸戦争で、米軍は劣化ウラン弾を大量使用、およそ300トンの劣化ウランをイラクの地にまき散らしたという。 この映画は、その結果、イラクの市民や子どもたちにどのように悲惨な事態をもたらしたかを伝えるシーンから始まる。 劣化ウランによる放射性物質は、空爆ののちイラクに侵攻した米兵にも被害をもたらすこととなった。 次いで映画は、その米国本土のハンフォードの状況を伝える。 ハンフォードは長崎に投下された原爆をつくったことで知られるプルトニウム製造施設である。 長い間プルトニウムを製造してきた施設が周辺住民の生活をどう変えてしまったか、いまも被害を訴え続けている住民やオッペンハイマーの秘書だったというローラ・ベイリーさんのインタヴューなどを通して実状が示される。 周辺の村では、戦後に住みついた人びとが代々、ほぼ全員、がんで死んでいる。 ぼくはハンフォード核施設の存在すらよく知らなかった。 そのせいもあって、この地を襲った放射性物質の怖ろしさに目を見張る思いだった。 映画はさらに、広島原爆で被曝した肥田舜太郎医師の行動を追いながら、広島・長崎の低線量被爆者の苦悩を追求、ひたすら画面を見つめるばかりであった。 何より、米国ハンフォードのルポがよかった。 重要な内容を持つ映画だ。 この映画を観ることができてうれしい。 CS放送のおかげだ。 ひとつだけ敢えていえば、米国ロケ以降の長崎のシーンなどで奇妙な混乱が見られるのは何なのだろう。 意味ありげなズーミングや余計な会話が入るのがとても気になった。 夕方、銀座で友人と会う約束。 予定通り3時56分発のバスに乗る。 待ち合わせは5時45分で十分間に合うバスだと踏んでいた。 が、およそ2時間後に銀座に到着し、ゆるゆる歩いて店の近くまで来たところで時計を見ると10分以上も遅刻している。 彼に会うなり謝ったけれど、どういうことだろう。 渋谷での乗り換えや新橋からの歩きで予想を超える時間がかかったのか。 葱のぬた和えに始まり、卵料理、牡蠣酢、鮪の刺身、まな鰹の塩焼き、筍と身欠き鰊の鉢と続き、筍ごはんと湯割り梅干しで終わる食事。 いつもながらにうまかった。 友人とは、サンフランシスコのみやげ話からCSIシリーズ談義まで、愉快な会話が盛り上がった。 ぼくがサンフランシスコに行ったラストタイムは15年前となる。 あの街を訪れると佳張らず行っていたレストラン「Greens」のことや大好きな本屋「City Lights Bookstore」のことを話したが、彼は仕事の訪問先での用事がいっぱいで、ダウンタウンにはほとんど行かなかったらしい。 22時前に出て京王八王子駅に23時12分着。 バスの時刻表がまた変わっている。 23時台には9分発が普通料金の最終バス。 次の26分発に乗ってきたのだが、ここからは深夜料金となる。 午前0時になる15分以上前には帰宅できた。 今夜は電車やバスの連絡がよく、銀座から2時間以内で帰ってこられたわけだ。
2012.02.16
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夜明けにも至らない5時過ぎに、ゆうべ2人で飲み屋に出かけていった蓮くん陽くんが帰宅。 八王子の街から歩いてきたという。 7時過ぎに起きる。 曇りぞらだ。再び寒波がきているそうで、寒い。 ラジオも新聞も、トップニュースは日銀の「物価上昇1%を目処(めど)とする金融緩和」。 目標1%とインフレ志向を鮮明にし、現行55兆円に10兆円拡大の追加緩和で「長期のゼロ金利」という方針を示している。 デフレ脱却を図るそうだが裏に消費税率引き上げがあることが見え見えだ。 ニュースサイトを開くと、東京新聞に「圧力容器の温度計8個に異常 福島第1原発2号機」という見出し。 炉内温度の上昇が問題となったが、東電は、計測した温度計は壊れている(指示不良)と述べている。 おそらくその通りなのだろうが、そうなると気になるのは他の温度計だ。 ところが、この記事は「圧力容器の温度計8個に異常」と報じている。 廃炉まで30年~40年。 圧力容器内の様子を知る温度計が壊れ始めたのは本当らしいが、41個のうち「8個に異常」となると、いずれ炉内状況を知るすべがなくなる……。 東電は何を考えてそんな欠陥危険装置を設置したのだ? パソコンに向かっているうちに昼となったが、朝めしで2膳食べたせいか腹が減らない。 昼めしは抜くことにした。
2012.02.15
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6時半起床。 曇りぞらである。 予報によるとあとで雨になるらしい。 かみさんはすでに支度中。 きょう、彼女は早番なのだ。 すぐに出かけるかみさんを見送り、新聞をとってくる。 八王子では朝刊が13版で、そのトップ見出し内容は「最高裁の控訴審位置付け」。 1審で無罪、2審で逆転有罪、この最高裁判決で再逆転の無罪判決が確定した裁判について報ずる記事である。 続報がある。 そこでは起訴された安西喜久夫さん(61)が「私を信じてくれた裁判員の判断が間違っていなかったと認められた」と語っている。 じっさいにはそう単純にいえないと分かっているが、裁判員の判断が冤罪を阻んだと考えていいだろう。 記憶に刻印される裁判となった。 ぼくは、裁判員制度に付随する「裁判時間の短縮」という制度変更理由に違和感を覚えるところから、この制度を無批判に認めることができないでいる者だ。 しかしきょうの報道から感じるのは裁判員制度があってよかったという感覚で、ここで裁判員を務めた市民たちの勇気と知能に賛嘆の拍手を贈りたい。 もう一度ベッドに戻ることにした。 横になってラジオをつける。 内橋克人さんが貿易収支赤字化に関する解説をしている。 じっと聞いた。 次いで「きょうは何の日」を知らせるコーナーに変わり、1920年(大正9年)のきょう、箱根駅伝が開始されたと教えられた。 これはあとで知ったことだが、92年前の2月14日、箱根駅伝は学校での授業が終了したあとの午後1時にスタートしたそうだ。 選手たちの集合場所は有楽町。 駅伝のラジオ中継が始まったのは1953年(昭和28年)というから、有楽町でのスタートに気がついたひとはたくさんはいなかったことだろう。 コーヒーを淹れ、トーストを焼き、目玉焼きを作って朝めし。 トースト2枚をまたたく間に喰った。 食べ終わるころ、陽くんが起きてきた。 自分で納豆をといたり生卵を割り入れたりしてご飯を食べ始める。 ウィーンで1年間暮らしたせいで、食べ物からチェルノブイリ事故の放射性物質を取り込んだかもしれないという。 あり得ることだ。 ウィーンにいた陽くんの年齢は20歳から21歳。 ぼくなんぞとは違いこの年齢は、吸収は早く、放射性物質の吸収量も多い時期なのだ。 水といい、牛乳といい、肉類魚介類といい、吸収率が高い年齢の者にとっては食べ物に対する注意を怠ることができない。 午後はパソコンに向かった。 陽くんが外付けのCDデッキを貸してくれて、ジャズ演奏のアンソロジー『BlueNote Play Beatles』をiTuneに取り込む。 夜になると、陽くんは蓮くんと呑む約束があるからとバスでロータスへ。 で、1年間続いていたかみさんとふたりの夕食タイムが再び訪れた。 陽くんが帰ってきてから、まだ10日間を越したくらいしか経っていない。 ふたりきりの夕食になじんでいるので何となく落ち着くところがおもしろい。 食後まもなく彼女は横になった。 ぼくは『CSIニューヨーク篇』を見ることにした。 シリーズ#3、第56話である。 最新版シリーズは#8らしいからぼくが毎日のように見ているのはずいぶん前の作品というわけだ。 酒酔い運転の交通事故で重傷を負った娘をめぐる事件が描かれる。 真犯人を突き止める終盤、驚愕の事実にステラ・ボナセーラ捜査官が示す小さなアクションがすごくいい。 取調室から出てくる際に両手で両腕の肘をさするしぐさなのだが、これが絶大な効果を発揮しているのだ。 ただ、最新版シリーズではボナセーラ捜査官はもういないらしい。 CBSの公式サイトを見ていたら、ボナセーラを演ずるメリーナ・カナカレデス(Melina Kanakaredes)の写真が見あたらなかったことからそう思った。 上の写真は日暮れ直後の風景。 この時間、正面奥の狭い道から手前のバス通りに下りてくる車が多かった。
2012.02.14
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7時半起床。 何よりもコーヒーを飲みたい。 で、コーヒーメイカーに粉をいつも通りの量でセットし、淹れる。 かみさんはトーストを焼き、目玉焼きを作っている。 彼女はきょう仕事が休みだが、レッスンのため田端の稽古場まで行く予定。 来月9日に上野で催される「日本の歌を聴く会」に出るのだ。 食後、かみさんが11時20分のバスで出かけた。 ぼくと陽くんは彼が図書館から借りてきた『フォレスト・ガンプ/一期一会』(FORREST GUMP 1994)のDVDを見ることにする。 この映画が公開当時に高い評判を得たことは知っている。 アカデミー賞をいくつも受賞した作品であることも知っている。 ところが、そのころには見る機会をつくれなかった。 きょう見て、おどろいた。 物語上も映画的にもまことによく出来ていて、しかも全編に上質エンタテインメントとしてのおもしろ味が溢れている。 いや、すごい映画だな。 監督、ロバート・ゼメキス(Robert Zemeckis)。 このひとの作品は『バック・トゥー・ザ・フューチャー』しか見ていないと思っていたが、もう1本『ロマンシング・ストーン』も見た気がする。 ただし後者については何も覚えていない。 作品を見終わったばかりのところで思うのはロバート・ゼメキス監督の発想と演出力への賛嘆だ。 主演、トム・ハンクス(Tom Hanks)。 タイトルロールを演ずるこのひとの存在が映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』を宝の作品に仕立てている。 ぼくは、いまから18年前の映像を見ながら、これまで見てきたトム・ハンクス出演作の数々を思い浮かべていた。 繰り返し思い出されるのは、映画『プライベート・ライアン』(SAVING PRIVATE RYAN 1998)でのこのひとだった。 あの映画のエンディング近く、瀕死の重傷を負ったトム・ハンクスが橋の上でピストルを構え、戦車を撃つ。 戦闘の苛酷とむなしさを訴える印象的なシーンであった。 助演女優のひとり、サリー・フィールド(Sally Field)。 画面に登場した瞬間から「魅力的だ、優れている、いいな」と気になっていた。 そうしたら何とアカデミー主演女優賞(ノーマ・レイ)とエミー賞(ER)の受賞者ではないか。 『ノーマ・レイ』は見そこなってしまったし『ER』はほとんど見ていないので、そんなヴェテラン女優とは知らなかった。 いや、お恥ずかしい。 助演男優のひとり、ゲイリー・シニーズ(Gary Sinise)。 冒頭のクレジットで「あ、出てる」と気づいたが、もちろん『CSI New York』のマック・テイラー役でおなじみの男。 『フォレスト・ガンプ』ではヴェトナム戦争で主人公と知り合うダン・テイラー中尉を演じている。 雪降るマンハッタンで、ある建物の出入り口にいたる坂を車椅子が後ろ向きに動いてしまうショットが妙に印象的だった。 50年代、60年代の歴史的事件とヒット曲の積み重ねかたに見られる徹底性が気に入った。 レッスンに行っているかみさんから電気代の支払伝票を忘れたからお願いしたいというメイルが届いた。 先月使用量分の支払いで、期日には日にちが充分残っているのだがアンペア数を替えたので先月分はきょうまでに支払う約束をしているのだ。 東電には心底から腹を立てている。 アンペア数を減らしたのも本意はその怒りにあるといえる。 その支払いのため、午後2時過ぎに出かけた。 病院内のコンビニへ行けば支払えるのがありがたい。 上の写真は、そのとき「早朝の木」を撮った1枚。 高井戸に通っていた3年間にはほぼ毎日撮っていた「早朝の木」だが、退職してからは季節ごとに撮るだけになった。
2012.02.13
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5時半に起きる。 去年の1月末まで、毎朝この時間には身仕度をしていたのだなと思う。 早番で6時半に出かけるかみさんを見送った。 新聞を読むうちに空腹を覚え、昼めし用のポークソティを皿から少々とって1膳だけ食べた。 ものすごくうまい。 映画『シークレットウィンドウ』を見る。 二重人格を描くサスペンスだが、なぜかさっぱりおもしろくない。 スティーヴン・キング原作の映画に飽きてきたのかもしれない。 ジョニー・デップが主人公を演ずるのだが、ぼくには「合わない。ミスキャストだ」としか思えなかった。 夕刻、久しぶりに夕方の東電会見を最初から最後まで通して見た。 2号機の温度が85度に上がったのは温度計の不具合と説明。 「ええっ!」とあきれる。 東電も政府もメディアもわれわれも、故障した温度計の計測情報を追っていたわけだ。 会見で、松本純一立地本部長代理はほかの温度計が故障していないと見られる根拠を述べてはいたが、そして、じっさいにそう考えるしかないのだろうが、つくづく思うのは「原発は要らない。東電は原発をもつ資格はない」ということだ。 夜、かみさんと『CSIマイアミ篇』を見た。 陽くんが帰宅してから映画をもう1本、以前見た『ラスト・サムライ』を見直す。 スタッフ、キャスト全員の精神性を壮大な娯楽映画に仕立て上げる腕前に感服。 3時間にも及ぶ作品に一貫して流れる主題が武士道の追求であるという仕立てかたに感服させられたのだ。 前に見たのは公開時だった。 ところどころ忘れているが、真田浩之がいい雰囲気を出していて、小雪がきれいなことは変わらない。 しかし、映画の後段4分の1ほどをまったく覚えていないことにも気がついた。 用事があって途中で映画館を出てしまったのだったかと考えた。 が、それについても思い出せない。
2012.02.12
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7時半には起きようと思いながらすっかり忘れ、起きたのは8時。 かみさんが出かける時だった。 陽くんとカレーライスの朝めしを喰う。 ゆうべもうまかったが、ひと晩置いてますますうまくなっている。 テレビを少し見たあとでパソコンを起動。 毎日新聞のサイトで「沖縄そばからセシウム 福島産まきの灰で水ろ過」という見出しを見つけ、おいおい(!)と思った。 薪を燃やした灰が蕎麦を汚染させるとは。 記事を読むと、沖縄で蕎麦から258ベクレル/1kgの放射性セシウムが検出されたとある。 大きな影響が予想されるが、無批判に原発を推し進めてきた御用学者たちはこの事態にどんな釈明をするのだろう。 夕食はスパゲティーだった。 あした朝が早いかみさんは9時前に就寝。 そのあと陽くんと映画『ファイティング・クラブ』を見た。 デヴィッド・フィンチャーの監督作品を意識的に見るのは『ゲーム』に続いて2度目だ。 が、どうもぴったりこない。 けれん味がありすぎるのだ。 勿体をつけたこけおどしが鼻につくという感じ。 口直し気分で『CSI』を見ることにした。
2012.02.11
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きょう、休暇のかみさんと陽くんが手伝ってくれて本の整理をした。 整理といっても大小の山積み状態を本の大きさによってそろえた山に積み替えるといったものであり、決してたくさん棄ててきれいにするといったものではない。 ぼくのからだが、少し動くと息が上がるとか一度に何冊もの本を持ち上げるのはムリ、といった状態だからだ。 本の山といっても本ばかりなのではなく、得体の資料と書かれた知れない書類の袋やら、旧い手帖やら、数々の案内チラシ、映画や芝居のパンフレット、カセットテープのたぐいなどなど、ほこりまみれの様々が折り重なっている。 英国のテレビ映画『フロスト警部(A Touch Of FROST)』に出てくるフロストのデスクそっくりの様相なのであった。 わお! と思ったのは廃棄処分にしたはずのスクラップブックが1冊だけ出てきたときだ。 こういうものはつい大事にしてしまう。 脇によけておき、いま、それをじっくり見た。 スクラップブックのごく一部、1981年(昭和56年)の夏ごろのものだ。 それも訃報記事ばかりを貼った1冊だった。 1ページ目に貼ってある記事には俳句の巨匠・水原秋櫻子が同年7月17日に死去したことが報じられている。88歳だった。 同じページに元衆議院議長の前尾繁三郎の逝去の記事がある。 7月23日のことだそうだ。 ちょうどサミットに出席するため米国にいた鈴木首相(当時)の哀悼談話が載っている。 そうか、1981年夏は鈴木善幸内閣だったのか。 スクラップブックのつぎのページには山口組・田岡一雄組長の急死が大きな記事になっている。享年68、死因は急性心不全。 記事中の「30年以上もヤクザ社会の頂点に立ち、半ば神格化されたドン(首領)だった」というフレイズが印象的だった。 ページをめくると婦人解放運動家の神近市子が93歳で死去した記事(8月2日)があり、オーストリアの指揮者カール・ベームの死(8月14日、86歳)が報じられている。 1981年というと、ぼくは相変わらずテレビ・ドキュメンタリー番組を作っており、ヨーロッパやアメリカに飛んでは市井の人びとの取材を繰り返していた。 アメリカではニューヨークを本拠にあちらこちらの州へ行き、ヨーロッパではロンドンやパリを本拠にやはり市井の人びとの暮らしぶりをルポしていた。 同じころに著名人のシリーズも作ったな。 ニューヨーク、マンハッタンの35丁目あたりのマンションで暮らす戯曲家テネシー・ウィリアムズとインタヴューしたことが忘れられない。 あのシリーズでは、歌手のハリー・ベラフォンテともインタヴューしたのだった。 出身地のジャマイカにも行った。 蒸し暑く、のんびりした島だった。 ハリー・ベラフォンテが生まれ育ったアカバ村を訪れると、10代の若者がマリファナを売りつけに寄ってきたものだ。 本の整理が思わぬ過去とつながった。 陽くんは途中で街に出かけ、ずいぶん安価な値段でスマートフォンを手に入れてきた。 ウィーンから戻って1週間というもの、携帯電話なしで過ごしていたがやはり何かと苦労hしていたらしい。 夕食前には戻ってき、大いによろこんでいる。
2012.02.10
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7時に目覚め、8時に起きた。 午前中は食べたり飲んだり、新聞を読んだりして過ぎていく。 午後、購入したまま置いておいたプリンターの荷ほどき。 段ボール箱を開け、ケーブル類を取り出したりしながらテレビの国会中継を見る。 衆院予算委員会。 24年度本予算の審議が行われている。 赤澤亮正委員が新閣僚について「最強最善の人選」と述べた総理発言に向けて質問中。 あやふや答弁に終始する田中直紀防衛大臣を指してずいぶん辛辣なことばを並べている。 こういう場面を見るたびにぼくは「自民党の誰彼にこんなことをいわせちゃって、ダメだなぁ野田総理は」と思う。 プリンター設置。 接続。 起動。 とりあえずここまではうまくいったが無線ランとの繋がり具合がまだ未完成、どこがどういけないのかよく分からない。 夕食後、マーティン・スコシージ監督作品『グッドフェローズ』(GOODFELLAS 1990)を見た。 マフィアの一員になりたくてなった男の話だ。 ギャングになりたかった、という最初のセリフがもたらす効果がじつに大きい。 さすがのスコシージ、と思った。 ちなみに、ぼくはこの映画の監督について、よく目にする「マーティン・スコセッシ」という表記が気に入らず、まずやらない。 どうしかなと自分でも思うのだが、おそらく最初に見た作品が『タクシー・ドライバー』で、公開時に「マーティン・スコシージ」とあったのでそのままアタマの奥に染みいらせたのだろうと考えている。 そのつぎに観た『ニューヨーク・ニューヨーク』でも「スコシージ」だった。 1980年代半ばに「スコセッシ」という表記が現れたと思うけれど、好きな監督となっていたこともあり、これはまるでなじめなかった。 で、結局、いまも「マーティン・スコシージ」と表記している。 映画『グッドフェローズ』の製作は1990年だが、たまたま仕事でパリに行っているときに予告編を観る機会があり、公開されたら観たいなと思ったことを覚えている。 パリスコープ誌をめくりながら映画好きの友人と話をしていて「グッドフェローズを観たい」といったら、彼は意外そうな顔をして「そうかなぁ?」と異議ありげだった。 マフィアを題材にした映画のどこがおもしろいのだろうか、という異議と分かる。 まぁ、それはそれで構わないのだが、ぼくにとっては限られた時間の中で観る映画を決めなければならない状態にあり、結局、そのときのパリではこの映画を観なかったのだ。 マーティン・スコシージ監督の持ち味は厚ぼったいシーン構成にある。 これは、ぼくが観た数本の中ではどの映画にも共通しており、要するにこの監督はどんなシーンでも「さらりと描く」ということをしない。 ぼくはそこが好きなのだが、この映画でもじつにその通りなのであった。 たとえば何度か出てくる仲間うちでポーカーをする場面。 ぼくがいう「厚ぼったい構成」は、たとえばプレイヤーたちの手持ちカードを観客に見せない撮りかたにも現れている。 テーブルを囲む面々のバストショットやフルショットを多用し、ふいに形相もすさまじいギャングスターの目つきをアップショットで見せる。 そのアップショットが長いところが特色で、こうした点も「厚ぼったさ」の要素となるのだろう。 いい換えれば、どのシーンも独特のカット割りによってねっちりと描かれるということになろうか。 出演者がみな、いい。 レイ・リオッタ(Ray Liotta)がギャングにあこがれる若者を演じ、ぼくはいかにも実在感のある「変容ぶり」に見入った。 向こう見ずなギャングスターに扮するジョー・ペシ(Joe Pesci)の熱演も忘れがたい。 ぼくはこのひとの顔を見るなり、どうしても『ホームアローン』を思い出してしまうのだが、この映画での「暴力的なうるささ」がもたらす恐怖はすさまじい。 ハリウッドは層が厚いなぁと、まぁ、どうでもいいことを考えながら観ていた。 ロバート・デ・ニーロの兄貴分ギャングぶりもまた怖い。 初期のマーティン・スコシージ作品にこのひとは欠かせない存在となっていたが、そのころもこの映画でも、持ち味は笑いかたにある。 つぎになにをいい出すのかと不安になるような笑いかたがうまいのだ、この大スターは。 ほかに、レイ・リオッタ扮するヘンリーの妻となる女を演じるロレイン・ブラッコ(Lorraine Bracco)がよかった。 ここに描かれる男の物語は、実話だという。 そんなところから、登場人物たちの現在が伝えられるエンディングも興味深い見どころとなっている。
2012.02.09
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6時半に目が覚め、ラジオをつける。 ギリシャの財政危機と円高状況に向けた日本政府の「覆面介入」をめぐる話が聞こえてきた。 人知れず為替介入していたということらしいが、ま、やっているだろうな、それぐらい。 朝めし代わりにお汁粉を食べた。 起きたら陽くんが餅を用意していて、お汁粉に入れるという。 ぼくは餅はいらないがお汁粉をもらう、と答えたのだ。 食べ終わったら、やはり怖れていたように胸やけが始まった。 午前中が終わるころ、陽くんが大学へ出かけ、その30分後にかみさんが遅番の仕事に出かけた。 ぼくはおなかの膨満感を抱えて何も食べないでいたのが、ふいに空腹を覚えたので金吾堂のせんべいを取り出した。 2枚、食べる。 もたれた感じのおなかにはそれで十分。 朝めしと昼めしが常ならぬ内容のまま終わった。 しばらくパソコン。 ニュースサイトで東電・福島第1原発2号機の炉内温度上昇を伝える記事を追う。 この件をめぐり、SNSに以下の短文を書き込んだ。 炉内温度は68.5度に下がったというが安全な状態とは思えない。 注水量を増やしたから汚染水量も増えるだろう。 海洋放出も考えられるが、その詳細は公表されたのか。 「もう数日様子を見極める必要がある」と東電の松本純一原子力・立地本部長代理。 数日となると、やはり尋常な事態ではないと解するほうが当たりだな。 石油基地をつなぐ海底トンネルの掘削工事中に崩壊した事故が大きく報じられている。 岡山県倉敷市での事故、鹿島建設による工事である。 崩落したあたりの海底に「くぼみ」があったという。 5人の行方不明者がいて濁りきった水中の捜索がつづいている。 ぼくはふと、その人たちは出稼ぎ労働者で家族に仕送りをしているのではないかと思った。 いきなりそんな連想が生まれたのはどうしてだろう。 おそらく、海底トンネルの掘削に熟練した技能をもった人たちなのだろうと考えたからだと思う。 新聞記事に「コンクリート作業」のことが出ていたことで、行方不明の5人が懸命に仕事をするようすを想像したものだが、そんなことから地方出身のヴェテラン作業員というイメージが浮かんだのだろう。 東電の福島原発事故といい、鹿島建設の海底トンネル事故といい、注意に注意を重ねていれば防げた事故だったと思えてならない。
2012.02.08
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今朝いちばんに知ったニュースは沖縄情勢に関わるものだった。 「2006年の日米合意を見直し」。 嘉手納基地より南にある米軍基地5か所の分離移転案をめぐるニュースだ。 かみさん、遅番。 ゆっくりシャワーを浴び、夕食用に餃子の仕込みをしてくれた。 陽くんが大いによろこぶ。 10時ごろ、炊きたてご飯と飛び魚の刺身でブランチ。 かみさんがお汁粉を作ってから出かけ、そのお汁粉を陽くんと食べる。 彼はその後、シャワーを浴び始めた。 ぼくはしばらニュースを見ていたがしばらくぶりに胸焼けに襲われた。 横になってみたが胸焼けはひどくなるばかり。 お汁粉と餅のせいだな。 シャワーを終えた陽くんが脇に来て「自然淘汰とは?」に捕まったといい、椅子に座った。 しばらく自然淘汰について話し合う。 あるテーマを「考える」という習慣を身につけたようで、いいことだと思った。 大震災の悲劇が思考の中心にあるのだなと気づき、録画済みのETV番組『こころの時代 辺見 庸 瓦礫の中から言葉を』を見ることを薦め、ふたりで見始めた。 辺見庸さんが311の悲劇について語るこのETV番組については前にもここに書いておいた。 どういうことが起き、自分自身の意識をどのように働かせるかについて鋭く語ったもので、胸に迫る迫力がある。 その感動の内実は、見るのがこれで3回目になるぼくの場合でもまったく変わることがなく、むしろ見るたびに強くなってくる。 一緒に見ていた陽次郎くんは、じっと目を閉じて湧き上がる感動を受けとめていた。 辺見庸さんのETV番組を見終わり陽くんが自室に入ったあと、ぼくは英国映画『g:mt』を見ることにした。 英国、ロンドン近郊のグリニッチを舞台に1990年代末期(20世紀末)の青春群像を描いた映画。 高校を卒業する日が冒頭におかれ、そこでの仲間が4年経ったところで迎える日々を追う。 ロックあり、クリエイティヴな写真作品あり、麻薬あり、殺人事件あり。 若者たちが抱える屈折の凄まじさに引き込まれる映画だった。 ○ ○ ○ かみさんが戻ったのは遅番の定時すぎ、夜8時15分ごろだった。 陽くんとふたりで仕込んであった餃子を焼いている。 いいにおいがしてきたころ、陽くんから声がかかった。 「焼けたよ~」 焼きたての餃子が大皿にたんまり。 熱いひとつをからし醤油につけてパクっと喰う。 とびきりうまい。 「これは、中華料理店に行ってもそうそう食べられないうまさだ」 「やったぁ!」 「うまいうまい」 夜中の11時すぎ、蓮くんが戻る。 かみさんも陽くんもすでにぐっすり眠り込んでいた。 餃子があるぞというと、食べると叫び、再び「うまいうまい」の声。
2012.02.07
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11時5分のバスで京王八王子駅へ。 きょうは家族4人で外出。 前に暮らしていた新中野で行きつけだった店に昼めしを食べに行くのだ。 仕事が休みのかみさんとウィーン帰りの陽くんを連れ、蓮太郎くんとは新中野で待ち合わせている。 目指すは「つけそば 大勝軒」。 ぼくは大勝軒に、1970年からだから、もう40年を超えて足を向けていることになる。 最初は中野の駅近くにある店に入った。 現在も同じ処にあるこの大勝軒は、いまや有名店となったこのチェーン店の最初の店だと聞く。 半間ほどのガラス引き戸を開けると、右手前に始まるカウンターが6メートルほど奥まで延び、左に折れていく。 ぼくが繁くかよったころにはカウンター内に5人か6人のつけそば職人がおり、長いカウンターの座った場所ごとに作る担当者がいるという具合になっている。 何回も行っていると茹でかたやスープの味付けに好みの傾向が生まれてくる。 ぼくにとってはAさんとBさんの作るつけそばが絶対的な好みとなった。 それから何年かして、1979年ごろだったか、住んでいた新中野に2人のうちのBさんが店を出していることを知った。 真冬の深夜、じつは大晦日だったのだが、偶然その店の前を通ったのだ。 行き過ぎてから「あれっ?}と思い、逆戻りしたものだ。 ガラス越しにたしかめると、間違いなくあのBさんが立ち働いている。 そのときは腹が一杯だったので店には入らず、その後も何回か通り過ぎてはたしかめるということを繰り返したあげく、ある日、ようやく入った。 顔は知っていても、ことばを交わしたこともなく名前も知らない。 ただ、目と目を見交わすだけだった。 いつもの肉入りつけ麺を注文する。 ひとくち食べた瞬間、紛う方なくあの好みの茹でかたであり、味付けなのだった。 「うわぁ、うれしい!」と、やはり胸の内で快哉を叫ぶ。 中野駅近くの店に行くには15分ほど歩くが、こんどは5分ほど(健康だった当時の歩きかたで)で店に行けるわけで、胸の内で欣喜雀躍したものだった。 そこで、新中野・鍋屋横町の大勝軒にはよく出向くようになった。 指折り数えると足かけ24年間、かよいにかよったものだった。 鍋横の住まいから八王子に移ったのが2004年の11月末で、だから去年の11月15日、かみさんと2人できょうは大勝軒に行こうよと出かけていったのがじつに7年ぶりのことだったのだ。 そのとき、最初のひとくちを味わった際に感じた「これだ!」感覚は忘れられない。 思わず「うまい……」と口にし、食べ終えてからご主人のBさんと初めて私語を交わすこととなったのだった。 7年ぶりです。 そうですよね、たしか1年や2年じゃないなと思っていましたよ。 中野駅近くの店にも行っていました。 ええ、と答えたきりだがBさんは当時からのぼくだとわかっていてくれたようだ。 あそこにいらした5人、6人のひとたちはその後? と聞いた。 それぞれに店を持ち、それぞれに成功しているそうだ。 そうだろうなぁ、あの人たちが作ってくれるつけ麺は格が違うもの。 そうなんです、あのころの5、6人はほかと違います。 いま「大勝軒」というと東池袋の店が本拠であったような情報が定着しているけれど、あれは間違いで中野駅前がいちばん初めの店だったと教えてくれたのも、Bさんだ。 この店のご主人がいうのだからまちがいない。 で、きょう、1年間ウィーンに留学していて日本の代表的なつけ麺を知らないままの陽くんと、この店の味から遠ざかったままの蓮くんを連れ、久しぶりに家族4人で外食するに際してここ、鍋横・大勝軒にしようと決めていた。 お子さんか? と声には出さず目で聞かれた。 息子たちです、蓮太郎と陽次郎。 おお、と褒めてくれる。 40年来うまいつけ麺を喰わせてくれてきた職人のBさんが、ぼくの家族を褒めてくれる。 涙がでるほどうれしかった。
2012.02.06
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6時、かみさんとともに起床。 やがて彼女がヨーグルトを出してくれた。 食べながら7時のニュースを見ているところへ陽くんも起きてきた。 8時にかみさんが出かけるのを陽くんと見送る。 その後、彼はシャワー、ぼくはTBS『サンデーモーニング』を見た。 金子勝さんが東電を解体させるべきという話を「過激に聞こえるかもしれませんが」と断って述べたところへ、岸井成格さんが「過激ではないですよ」と賛同。 同感であることに加え、有用なひと言だという意味もあって印象に残った。 陽くんと図書館で会うことにし、先に出て11時50分発のバスで街へ向かう。 ところが停留所に向かっているときに35分発が出てしまい、15分も待つ羽目に陥った。 12時15分過ぎごろようやく図書館に着くと、すでに陽くんがいた。 文學界1月号を借りてきた。 「綿矢りさ・金原ひとみ対談」を読みたいのだ。 ぼくは、いま、このふたりの作家から目を離せない。 図書館を出てから南口まで歩き、まずアルプスへ。 買う物が決まっているので手早く済ませ、ビックカメラに入る。 このあいだ陽次郎くんに外付け録画デッキの下見をしてもらっておいたのだが、それは以前ぼく自身が見たパソコン接続のHDDだった。 わが家のテレビはそれでは繋がらないと聞いていたので買うのをやめる。 結果的には、わが家のケーブルテレビ・チューナーでUSB接続が可能とわかった。 買ってきてしまえばよかったが、なるべく録画済みのものを残さないように使えば録画デッキを買い足す必要もないと判断。 録画デッキの購入はやめることにした。 夜、録画済みの中から『フロスト警部』と『CSI Miami』を見る。 おもしろい。 『フロスト警部』の副題が『クリスマスのフロスト』であることから第1回放送分であると気づいた。 これはうれしい。 順番にシリーズ全巻を見るとしよう。 フロスト警部シリーズの原作は全部読んでいる。 『クリスマスのフロスト』は最初に出たものではなかったかな。 テレビシリーズの原題は『A Touch Of Frost』で、本でいうとこの翻訳は2回目に刊行されたもので、邦訳タイトルは『フロスト日和』。 『クリスマスのフロスト』が出てから3年か4年経ったころで、作者R.D.ウィングフィールのファンとしては待ちこがれていたものだった。 わくわくしながら読み終えると、さて「次の翻訳本」が、当時はまだ、ない。 3年か、4年経ったころ、3作目の翻訳『夜のフロスト』がやっと出た。 その翌年には英国でテレビ・シリーズが始まる。 デジタル放送の取材でロンドンに行ったとき、ある視聴者の一家で、家族のみんなに好きなテレビ番組を訊ねたことがある。 その家の奥さんが、即座に「A Touch Of Frost!」と答えてくれて、以来フロスト談義に花が咲いた話はここでも前に書いたな。 フロスト警部シリーズとCSIシリーズ。 目下ぼくが夢中のテレビ映画なのである。
2012.02.05
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7時半に起きた。 かみさんはすでに起きていて、朝めしの支度をしているようだ。 陽くんは今朝も早起き。 8時過ぎに3人で朝食を摂る。 タラのオリーヴ油炒めとふかしたじゃが芋添え。 鶏スープ。 朝から重いかなと思ったけれど、キッチンに満ちる匂いがよく、かみさんの手元を見るとうまそうなので「すぐ食べよう。朝からタラを食べよう」と口走ったのだ。 食べていちばんうまかったのが、ふかしたじゃが芋。 わりと大きめの固まりが10個ぐらいあったのかな。 うまいうまいといくつも食べた。 タラもうまい。 真鱈ではなく、オリーヴ油炒めが適切と判断する理由があったのだが忘れた。 鶏スープはわが家の定番で、もも肉やら何やら、鶏肉があれば大きい鍋に入れて煮る。 沸騰させた状態をしばらく続け、各自の好みで味付けをしてスープをいただく。 ぼくは塩と胡椒をちょっと入れるだけでいい。 ふうふういいながら飲む。 うまいのでたいがい2杯、飲む。 毎日新聞に「11年産米、福島12市町村100ベクレル超 対象農家2.5%、作付け制限計画へ」の見出しによる記事。 読んだ。 県は100ベクレル超の地区のコメについては国が示した「買い上げ」制度を利用し、流通させない方針という。 1キロ当たり100ベクレルという基準では高すぎるというのがぼくの思い。 コメは主食だけに摂取量が多いから、気になるのだ。
2012.02.04
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写真はきのう帰ってきた陽次郎くん。 八王子でバスに乗る前、陽くんが駅の跨道橋で1年ぶりの八王子を眺める図。 6時少し前に目が覚め、その前に3時過ぎに目を覚ましたまま4時を回るまで起きていたなぁ、と思った。 6時ごろ陽くんが起きてきた物音が聞こえる。 かみさんが声をかけると、鮭と味噌汁とご飯を食べたい、と明確な答え。 聞きながら笑った。 眠れないとつまらぬことを考えるもので、ゆうべは胃ガンの可能性について考えていた。 胃カメラ検査をしたほうがいいかな、とか。 かみさん、休暇。 きのうウィーンから帰ってきたばかりの陽次郎くんは早起き。 窓から明るい陽射しが差し込むようすを見ながら3人でのんびりした午前中を過ごす。 かみさんがゆったりと家にいるからか、正月気分に近い。 きのう録画した「坂本龍一・岩井俊二対談」を見たりもする。
2012.02.03
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よく眠ったと感じながら目をさました。 時計を見ると4時過ぎだ。 ラジオからは町田宗鳳さんの話が聞こえてくる。 ぼんやりきいているだけでも日本仏教の底力といったものを感じる話だ。 愚かさは無分別の愛。 からだを使うことと宗教。 などなど。 きょうの誕生日の花は節分草。 花ことばは「光輝」だそうである。 耳で聞くだけだと「高貴」ともとれる。 ぼくにとっては両方がいい。 紹介された一句。 ふたり棲む 節分草を ふやしつつ 黒田杏子 番組のこのコーナーで俳句を聞くといつも思うが、ことばが力をもっていて、いいねぇ。 うとうと、1時間。 つぎに目覚めたのは6時半だった。 はっきりした目覚めだなと思ったが、7時過ぎにまた眠る。 梯子の上でもがく夢を見て目を開けると朝の陽射しがまぶしい。 おやおや8時を過ぎている。 腹が減ったなというのが最初の感覚だった。 ゆうべ食べそこなった牛肉鍋を熱くし、卵に浸けながら喰う。 うまい。 牛肉がうまく、味つけもうまい。 シャワーを浴びた。 ようやく通常通りに浴びられるほど回復したかとよろこぶ。 洗濯し、出かける支度。 かみさんと2人、12時05分のバスで八王子駅へ。 気道感染とやらで具合が悪くなって以来、じつに17日ぶりのバス乗車である。 天候はべた曇り。 八王子の裁判所跡がほとんど更地になっている。 きょうはウィーン大学留学を終えた陽次郎くんが帰ってくる日で、成田からのリムジンバスが立川に着くのだ。 八王子駅から中央線に乗った。 立川に着き、銀行に用事があるかみさんとひとまず別れ、跨道橋をいつもとは逆の右手方向に進む。 写真を撮ったりしながら下りエスカレーターを降りて行くと、陽くんが見えた。 上の写真に写っている。 人混みにまいれて見えないが、よく見るとちゃんと写っていると確認済みだ。 スーツケースとキャリーバッグを引き、リュックにショルダーバッグという大荷物。 こちらには全く気づいていない。 声をかけると驚いていた。 ちょっと考えられないような偶然なのだから当然だ。 10月末にウィーンで会っていたからだろう、久しぶりに会う陽次郎くんではあるのだが実際はきのうも会っていたかのような感覚で顔を合わせ、笑顔の視線を交わしていた。 かみさんに連絡し、伊勢丹入り口で落ち合う。 8階のレストラン街で何か喰おうかと思ったが、陽くんは「早く家に帰りたい」という。 それならと買い物をして帰り、3人で遅めの昼食。 陽くんは「ちょっとした物だけど」とおみやげをくれた。 コーヒーカップ。 熱い湯を入れると、カップを持ったこちら側にオーソン・ウェルズの顔が浮かび上がる。 ウィーンに「第三の男」博物館とかいう処があるという。 なんだ、この間ウィーンに行ったときに教えてくれればいいのに。 あ、忘れてたんだ、行ったのはあの後だったから。 どこにあるんだ? 泊まったホテルのそば。 おいおい、残念だなぁ、行きたかったよ。 だが、まぁ、無事に帰ってきて本当によかった。 久しぶりに3人でしゃべりながら夜を過ごした。 みな少し疲れていて、比較的早めに就寝。
2012.02.02
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きょうはマリリン・モンローが来日した日なのだそうだ。 覚えている。 1954年(昭和29年)2月1日という日付は忘れていたが、その日の晩、大女優を乗せた車が羽田から京浜国道経由で帝国ホテルに向かうと聞いた。 そのころ住んでいた高輪の家から、いま石榴坂と呼ばれる坂を下ると京浜国道で、電車通りに沿った歩道に立っていれば必ずマリリン・モンローを見ることができると考えたことを覚えている。 大女優は大リーグの野球選手、ジョー・ディマジオと一緒に車に乗っているのだ。 見に行きたいなと思って夕方の時間を過ごしていた。 しかし、そうか、あの日は2月1日だったのか。 日の暮れるのが早くて、そろそろ品川駅前を通ると聞かされていた時刻にはとっぷりと暮れていたのもよく覚えている。 行けば見られる、いまからでも走っていけば見られる、と思いながら結局出かけなかった。 翌日の新聞にマリリン・モンローが到着しディマジオとともに帝国ホテルに入ったことを報じる記事が写真とともに載っていた。 そんなことを思い出したのは、ラジオで1954年のきょう、マリリン・モンローが来日したと聞いたからだった。 5時に目覚め6時半に起き上がったのだが、そのあいだの1時間半をラジオを聞いて過ごしたのだ。 朝のラジオでは誕生日の花を伝える。 きょうの花はアブラナ科の花菜(はなな)なのだそうだ。 花言葉は「ういういしさ」。 ほんの1分間ぐらいの時間で伝えられる花の話が不思議におもしろい。 いつも「ふうん」と思いながらたのしんでいる。 つづいて、きょうの一句。 家々や菜の花色の灯をともし 木下夕爾 たいへん有名な句だそうだが、俳句に疎いぼくは今朝のラジオで初めて知った。 知るなり、いい句だなぁと気に入った。 そうしてマリリン・モンローの来日が58年前のきょうだったと教えられたのだが、その前に1895年(明治25年)のきょう、京都で全国初の路面電車が走ったという事実も知らされたのだった。 ぼくは京都で、その「日本最初の路面電車」となった車両に乗ったことがある。 生まれて初めて京都に行ったのが小学5年生の冬で、昭和28年の暮れか29年の正月だった。 行くときは佐伯さんという京都住まいの父の友人が連れて行ってくれたのだが、帰りはひとりで、まぁ人生最初の鉄道旅行というわけなのだった。 あこがれていた特急つばめ号に乗り、東京から8時間で京都に着いた。 8時間という時間も、8階建てのタワー部分を備えた旧京都駅も、何もかもがまぶしかった。 京都の駅を出ると市電通りがあり、そこで「日本最初の路面電車」を見たのだ。 前後の乗降口にドアがなく、オープンの空間に乗り込むスタイルで、オープンな型そのものは東京でも走っていたが車両のかたちが全く異なっていた。 それとは別に、同じ線路を東京では見たことのない細身で丸みを帯びたモダンな車両も走っていた。 佐伯さんが「これが最新型、さっきのは日本でいちばん最初の市電。京都の市電では最も旧い車両と最も新しい車両がつかわれているのだよ」と教えてくれた。 ちょっと曇った日で、その2種類の市電は強烈な印象なのだった。 シフトが早番で、6時半に出かけるかみさんを見送り、新聞を開く。 当然ながら沖縄防衛局の市長選介入問題が大きく取り上げられている。 この件はテレビニュースでも焦点とされており、きのうの予算委の模様とともに田中防衛大臣批判が強まっている。 鮭を焼いて炊きたてご飯の朝めし。 鮭以外のいろいろもまことにうまく、朝からきっちり2膳食べた。 国会中継、衆院予算委。 政府には65人の民主党議員がいながら誰ひとり議事録がないことに気がつかなかったのかと自民党・斎藤健委員。 自民党を支持しないが同感だ。 共産党・塩川鉄也が八ッ場ダムについてキャサリン台風をめぐる質問をするが前田国交大臣は話を逸らせた。 1回だけ行われた八ッ場ダム建設をめぐる検証会議で、参加していた地方代表者のうち13人中4人が国交省からの出向、それでは国交省の意向に寄りぎみの結果が出るのは当たり前で公正を欠くやりかたではないかと追究したが、前田大臣は話を逸らせっぱなし。 卑怯な大臣だ。 社民党・阿部知子委員は福島の原発被害に関する質問をし、汚染稲わらを食べた牛4626頭の追跡検査を継続する必要を説いていた。 年金一元化および最低保証年金という民主党公約が素案に具体化されていないと公明党・石井啓一委員。 これもさきほどと同様に、公明党を支持しないが同感だ。 だれかの質問で引用されたデータ、1人当たり雇用者報酬・公務員914万円、民間412万円(2005年)。 メモとして記録。 午後、かみさんが戻り、しばらく休んでから夕食の支度を始めた。 シラタキだけ入らないすき焼きふう。 うまいなぁと思いながら食べたが、途中で腹の具合がおかしくなってしまった。 かみさんは何ともないのだから食材のせいではない、ぼくの体調が本調子ではないのだ。 むかむかする気持ち悪さ。 結局それ以上はどうにも食べられず、うまそうな豆腐入り野菜牛肉鍋を眺めるだけで夕食を終える。 夜のニュースが、沖縄防衛局長の講話事件が組織的な不当介入だったと報じた。 何という国なのだろうなぁ、この日本国は。 民主主義にはほど遠いことがどんどん明確になる。 東京新聞サイトに出ていた「被ばく基準緩和 NHK番組 原発推進団体が抗議」という見出しの記事も問題のある内容だった。 NHKの番組『揺れる国際基準』に関わるこの報道、その後の行方を注意深く見ていく必要がある。 記事中にある「三団体」の抗議活動は調査報道への封印に通じるような問題を含み、気になる。
2012.02.01
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