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このエントリーのタイトルは間違っている。正確にはアフレコしようとしたけど、しなかった、である。莉璃ちゃんのドラマのアフレコから2日目のこと。夕方近く、中国人の友人(日本語がとっても流暢)から突然電話がかかってきた。内容は「今からドラマのアフレコに行ける?」だった。どうも彼女の所に日本語のアフレコができないかと彼女のご主人の友達から連絡があったのだけれど、彼女は用があっていけないので、私なら大丈夫か?という話だった。本当に「今すぐ」というのだが、当日私は6時まで仕事で、それ以降じゃないと対応できないと答えたら、向こうは相当急いでいるみたいなので、それでもいいから行ってくれ、ついては向こうの担当者と連絡をとってスタジオに向かってほしいと言う。他でもない友人の頼みなので、話を受けることにした。担当者に電話すると、スタジオの最寄り駅まで迎えをよこすので来てほしいとなり、7時前にその建物に着いた。事務室のようなところに通されて、事務の責任者のようなおばちゃんと挨拶を交わし、担当者が来るのを待った。しばらくすると一人女性がやってきて、軽く挨拶して私に台本を渡した。ところが。台本に日本語の台詞が一言もない。そこにある台詞はすべて中国語。その女性に「これ、日本語のアフレコでしょう? どうして日本語が書いてないの?」と尋ねたら、「だってドラマの中では役者は中国語で話してるから」。・・・って、それ答えになっとらんだろう? だから、日本語のアフレコするのに来たんだから、日本語の翻訳を準備してないとだめでしょ? すると彼女、「それは主任と直接話し合ってもらわないと」って。いや、主任と話し合う以前に、これじゃあすぐ録音できないって考えたら分かるんじゃないの? さらに呆れたのが、日本語を話す女性が3人出てくるのだが、これを全員私ひとりでやれと言う。それも同じ場面で会話している3人。・・・冗談でしょ? 加えて、私以外日本語のわかる人間がいない。そしたらその3人の会話中台詞が漏れて正確に映像にかぶらなかったら、誰が録り直しの判断するの? とどめに、さっき私と連絡を取ったTという主任が外出してスタジオにいない。そんなんでうまくいくわけないでしょう? 事務のおばちゃんは「そりゃそうよ、これじゃアフレコなんて無理じゃない!」と私に加勢してくれる。 だから私は言い放つ。「このアフレコはあなたたちが考えているほど2、3時間で終わる簡単なもんじゃない!」とりあえずということでドラマの映像を見たら、私が手渡された日本語の台詞のあるシーンが指定された回の指定のタイムのところにない・・・。もう、これ絶対あかんわ。ぐだぐだやん。話にならないので帰宅することにした。なんかむなしい。前回の莉璃ちゃんのところのような、しっかり準備して迎えてくれるチームもある一方、何にも考えてないところというのもあって、この落差が大きすぎ。それが中国の現状だなとまた実感したよ。翌日T主任から「日本語の台詞を訳した。時間があるか」とSNSが来たけど断った。もともとその日と次の日はすでに予定が入っていたし。蛇足だけれど、このドラマ、中国国内の産婦人科を舞台にした現代ドラマで、私がアフレコさせられそうになっていたのは、その病院にやってくる教授である日本人女医とその通訳二人の役。それでその日本人医師の名前というのが代子っていう。中国語の台詞では「Daizi教授」って呼んでるんだけど、日本語だとどうする?「よこ?」ありえんよねえ、この名前。これが変だと中国人に説明するのももうめんどくさいし。その後だれにアフレコさせたんだろうね。
2010.04.27
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中国で活躍する女優で友人の松峰莉璃ちゃんが、中国のドラマで主役を張ることになった。中国のドラマですよ。普通日本じゃガイジンが主役やってるドラマなんかほとんど見られませんよ。それもそこの国の言葉で演技するんですよ。ちょっとハンパない。松峰莉璃ブログhttp://liliematsumine.com/ドラマのタイトルは『鋼鉄年代』。日中戦争後の中国が舞台で、彼女が演じるのは、家族と離れ離れになり、中国に残った日本人女性。そして彼女の相手役というのが中国を代表するいぶし銀俳優・陳宝国。陳国宝:http://data.ent.sina.com.cn/star/604.htmlこの二人を軸に数奇な運命が展開するというドラマらしい。ある日、莉璃ちゃん本人から主人公のお母さん(設定上は日本人)の日本語吹き替えを依頼され、引き受けることにした。お母さんを演じている役者さんは中国人で、実際には中国語で演じているのだけれど、その上から私の声をかぶせていくということだ。台本には中国語と一緒に大まかな日本語の台詞がすでに書いてあって、私はスタジオで画面を見ながら合っていないところは台詞の長さやスピードを調整しながら合わせて行く。一方調整室には莉璃ちゃんがいてくれて、担当の技術者さんに指示を出してくれる。おかげで日本語のアフレコは意外とスムーズ。ところが、実はこのドラマの監督さん(中国人)、結構こだわり屋で、お母さん役の女優さんが中国語で演じている音声も私に上からかぶせてくれと言う。ひ? ちゅ、中国語でやるんですか? 当初びっくりしたのだが台本を事前にいただき、暇さえあれば声に出して読み続けていた。だいぶ読み込んだので、ほぼつっかえることなく読める程度になった。で、なんとかなるだろうと思った。ら、それは甘かった。そのシーンというのは、お母さんが娘を日本に連れ戻しにやってきて、既に娘と恋仲であった陳宝国演じる鉄工所の工場長に、どうか娘をあきらめてくれと涙ながらに懇願するというシーンである。はじめは冷静にゆっくり話をしているのだけれど、後半にいくにつれお母さんの口調は激情的になり、最後はひざまずいて涙涙涙~!よって私の中国語のせりふは前半はどうにかなるのだけれど、後半は激情に駆られたお母さんの、いきなり早口になったかと思ったらいきなり止まって、おまけにここで息継ぎできないの?ってくらいのリズムで、最初に映像見せられたときには、「ちょっと、ちょっとこれ、やれるの、私!?」と絶句してしまった。はじめてみたら、役者さんの口に台詞を合わせるので精一杯。後半泣き崩れているのを見て、監督から「お母さん、泣いちゃってますからお願い」と要望が出るのだけれど、「もう泣いてる場合じゃないって~」って言うしかない。向こうの部屋で莉璃ちゃんのわざわざ丁寧に「無法哭(泣いてる場合じゃない)」と訳する声が。でも、別の意味で心が泣きそうなのよ~。・・・とはいえ、私の技術があれで限界と判断されたのか、口と台詞があったところでOKが出た。ひ~、よれよれよ~。監督が「すばらしかったよ~」と褒めてくれるのであるが、すっごい敗北感に打ちひしがれちゃった感じ。外国人が外国語でアフレコするって難しすぎる。このドラマ『鋼鉄年代』は来年オンエアの予定。ついでに、私と陳宝国の声だけの共演もオンエア予定。そう、今のところ予定。
2010.04.25
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この間バスに乗っていたら、車内にこんな広告が。広告主は、金鳳成祥という中国のパン・ケーキのチェーン店。ここの商品はお世辞にもおいしいとは言えない。「金年?蛋? 日本大??石?忠雄?情制造」。(バウムクーヘン 日本の名人・石沢忠雄が心をこめて作りました)この石沢忠雄さんって、何者?たしかにその広告には石沢さんと思しき人がバウムクーヘンを前に作業している写真があるが、日本人として石沢さんが妙に気になる。中国最大の検索エンジン・百度を使っても、Googleを使ってもそれらしい人物はヒットしない。ともかく百聞は一見にしかず。断食明けに、金鳳成祥に行って自信作のバウムクーヘンを購入。カットタイプ。1個4.5元。そのほかにホールタイプ(小)28元、(大)48元あり。ちゃんとバウムクーヘンです。食べました。結果。普通に食べられます。金鳳は大分進歩した!ただ個人的にバウムクーヘンはもっちり歯ごたえがあるほうが好きなので、やややわらかいかなと。同じお手ごろケーキでも、まだ味多美(同じく中国のパン・ケーキチェーン)のブラウニーには及ばないな。
2010.04.17
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10日の日経新聞の一面を飾った、加藤嘉一さん。日経新聞http://www.nikkei.com/個人的には“さん”じゃなくて、留学初期の友人の一人として習慣的に「加藤くん」と呼びたい気持ちではあるけれど、この彼へのインタビュー記事への反響がtwitter上でも大きくて、こうして海外に暮らす日本人の一人として、「よく言ってくれた!」と同時に、彼に表現の場を与えてくれた日経新聞に感謝したいと思う。総じて日本人は内省的で、状況が悪くなると思考も行動も一層じっと留まりがちになる。その中で徐々に外への関心が薄れがちになり、世界のつながりの中の一部である存在としての日本を意識しなくなる。それが先日の「日本を降りない若者」の増殖につながる。これまで先人が世界に示してくれた日本の貢献や礼儀正しさは、彼の言うように日本人への信頼感や尊敬に通じていて、海を渡る中国人に比べてはるかに安いリスクを背負っているにすぎないことを気づいてもらいたいと思う。加藤くんは自身のことを「出る釘」と例えているけれど、彼の場合、出ているというより、打つ場所の面積に比較し釘自身が大きすぎるのだと私は表現したい。だから普通の新卒者のように日本の企業に就職する必要もないし、彼の言うよう、適齢になるまで海外を見聞して器を磨き、大きい視点から日本にアプローチできる人材に育ってもらいたいと願うのである。その一方で彼が日本に戻るまでに、多様な価値観や人材を受け入れる土壌を日本が醸成していることも願いたい。加藤くんが掲載されている記事を読んで思ったのは、人にはそれぞれに役割があり、与えられた役割をより高い次元で発揮できるようそれぞれ人生に課題が用意されているのだということ。多分、彼はサラリーマンには不向きだろうし、いわゆる世間のお父さんお母さんにとっての「理想的な息子」にも該当しないだろう。(多分彼のご両親は彼を誇らしく感じているでしょうけれど。この息子にして度量の狭いご両親はありえないから)ただし彼にしかできないことがあり、その役割を素直に担おうとしているだけに見える。こんなことを言うのは、私自身、北京に来てから、日本では接触できなかったような人間的にも度量の大きい人たちに出会うことができたと同時に、ある感情との折り合いが充分つけられなかった経験があるからだ。私がついていない状態のときに、彼ら彼女らは軽々とステップアップしていき、それと比較して自分の無能さを嘆いたり焦ったりを繰り返していた。理想と現実のギャップが苦しかった。でも今になり、例えば加藤くんがやってきたことと同じことができるのか、とか、彼と同じように興味を持ってやり続けてこられたのかと問われるとそれは完全にNO!だ。彼に役割があると同時に、私には別の役割があるのだから。確かに彼ほど遮二無二やってきたかというとそれははずかしい限りだけれど、自分の役割のことを考えることが先決で、比較して焦るのは反応としてムダだろうと時間が経って徐々に気がついた。そうなっていくと、肩の荷が下りたかのようにすっきりしてしまった。加藤くんのインタビューを読んで、いろんな考えが頭を過ぎった。これを一旦文書として整理させてくれた加藤くん、そしてまた日経新聞にも感謝だな。
2010.04.11
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実は、プチ断食中。考えてみたら4年ぶりか?断食するというと「やせなくてもいいのに」と言われるのだけれど、やせたいのではなくて、お疲れ気味の胃腸へのいたわりと、体に蓄積されたと思われる歓迎できない物質の排出が目的である。前回同様、流動食の暮らしを3日間続ける。断食が明けると、なぜか気分はすっきり。頭痛や肩こりの痛みも軽くなる気がする。しかし。この断食の間はある意味面倒で。外に出かけてもコーヒーさえ飲めない。食事なんてのはとんでもない!自宅に篭っていてもしょうがないし、いらいらするので散歩に出た。朝陽公園へ桜の花見にでも。日中友好30周年を記念して植樹されたらしい桜花谷というところがあるので行ってみるが。・・・まだ咲いていないぞ。丘の上に数本ソメイヨシノと見られる木が満開。なんだ、これ最近植えたのか?日本の桜に比べてゴージャス感や幽玄さはないが、それはまた楚々とかわいらしく。華北に春を告げる迎春花。こんなところでセグウェイに乗れるなんて。ちなみに中国語でセグウェイは「思維」というらしい。結婚写真の撮影も気候が暖かくなって、穏やかに進んでいるような。北京にも春が来た。多分、来週あたり、半そで着てるかもしれないな。
2010.04.07
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