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真夏日の続いた山小屋で、ひぐらしは、多分、暑さに参り、センサーを壊し、明るい時間に鳴いていたが、昨日、今日と、小雨に涼しさが戻り、昨日は知らないが、きょうは、正常なセンサーが働き、薄暮れて、鳴いていた。暑さというのは、実に化け物だ。住まいを建てるには、夏を旨とすべし。冬はいかなるところにも住まむ、と書き残したのは、吉田兼好だったろうか。明日からまた、猛暑が続く。山小屋はまだ、扇風機でしのげるが、都市では、そうもいくまい。センサーが狂わぬように、お気をつけて。
2010.07.30
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少しだけ、涼しさを。
2010.07.24
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海も、ちょっと、水温あがっているけど。少しだけ、変だなって、感じているけど。平気だよ。みんなは、気をつけてね。はぁぁい。ぼくは素直に返事した。
2010.07.23
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高原も猛暑だった。川辺で遊ぶ子も少なく、夏休みなのに、と、思っていたら、新装なった公営プールで、大勢の子どもたちが、遊んでいた。外では、アイスキャンデーを売る店の木陰で、たむろして、食べていた。美味しい?訊くと、汗びっしょりの笑顔で、でも、暑い、と応えた。男の子たちは、ヘルメットをかぶり、安全な公園の舗道を、楽しげにサイクリング。ぼくは、野に咲く桔梗を見つけて、ご機嫌。今では、めったに見ることはない花。食事して、山小屋に戻った。山小屋の温度も30度超。そういえば、途中、見知りの若い男女数人に出あったが、みな、暑いですね、といった。ぼくは笑って、暑い暑いと思うとなお暑いぜ。涼しいとは思えないが、暑いと口には出さないほうが、いいかもな。そうですね。そんな会話を、何度かしたのだが、やはり、暑いには変わりない。幸い、8時を過ぎて、雨が降ってきた。多少、涼しくなってくれるだろう。良い日ではあった。
2010.07.22
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いま、地球は、もがきながら、変容しているのだと、ぼくは思います。サナギから、チョウやトンボになる時のように。幼児から、少年・少女になるときのように。少年・少女から大人になるときのように。あるいは、壮年期に入るときのようにかも知れません。その時代は、個々にとっても、悩み深いときですよね、多分。今、地球は、その時のように考えます。温暖化の根っこは、人口問題です。まもなく、70億人を超えます。同時に、先進国は、中国も含め、極端な高齢化社会です。少子化が問題になっていますが、これも、生活不安もあるでしょうが、本能的に、未来を安定させるための、強い力が働いているはずです。高齢化社会は、とりあえず、2、30年後には、幕を閉じます。そこまで、サナギの苦悩の時代は続き、その後、地球の人口は、巷間、いわれているように、増えるのではなく、むしろ、減少していくだろうと、ぼくは、考えています。そこから、チョウになるか、トンボになるか、わかりませんが、全く新しい時代が拓けると。人も賢くなるでしょう。今は、ともかく、悶え苦しんでいるときです。あまり、深刻に、絶望的になるのは、やめましょう。ぼくは、悶え苦しんでいる地球が、再生していく段階の、ほんの一瞬を、観察しているだけです。さあ、一歩を踏み出せば、いいのです。
2010.07.21
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猛暑のなかに突入する日差しの時間は避けて、夕暮れ、フィールドへ。とても気になることが、多々、あるのだ。ひとつだけ紹介すると、ヒグラシはこの暑さで、センサーが壊れたのではないか、と思える。まだ明るい、4時頃から、鳴き始める。本来、ヒグラシのセンサーは、薄明かりをキャッチして鳴く。その習性が壊れたようだ。多分、ぼくも壊れたところがあるだろうな、と思いつつ、那須岳を見るポイントまで下りると、珍しく、くっきりと姿を見せていた。牧草もよく育ち、totokaiさんちのウシさんも、待ち遠しそうに、山を眺めたいたなあ。左のほうに、ちらと、楽しい光景が見えた。あ、こういうのが、ぼくのフィールド内にもあれば、どれだけ、楽しいことか。一瞬、蒸し暑さも忘れた。(写真はいずれも、totkaiさんのブログからの借用です。ありがとう)
2010.07.20
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山小屋の気温もすっかり変わり、夜10時を前にして、まだ、30度近く。実は、初めてだ。エアコンを家族から入れるように言われるのだが、それでは、ぼくにとって、山小屋にいる意味はなくなる。それで、きょうは終日、扇風機の風で、涼をとり、ごろごろ過ごした。目を閉じれば、海中散歩。涼しくなる。
2010.07.19
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これからの気候に対処するには、五感に磨きをかけることが、必須だろう。山小屋にいると、つくづくと、思う。千葉の人工海岸で、きょうも、保育園児が、波にさらわれた。海や川、湖などの怖さを、知って欲しい。子どもは、水のなかが、大好き。それを見守る大人は、事故は一瞬にして起きる、その現実を、常に頭に、いや、常時、五感として、備えて欲しいもの。三年前、不覚にもぼくは、熱中症で、入院寸前までいった。どんなに猛暑でも、フィールドワークを休まなかったからだが、今では、日差しの強い日は、極力、休む。ほんの10年前と比べても、今は、全く違う。やばい、と、感じたら、無理をしないことだろう。最低気温だけでも、6度は確実に、上昇している。最高気温がそれにならっているわけでもないが、十分な対処をするために、五感を研いで、いきたいものです。
2010.07.18
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山小屋、暑いよ。ほんの数年前までは、半袖なんて、昼間でも役に立たない温度だったのに、今では、上半身全裸。さっきまで、雨が降り、雷鳴があったのに、まったく、涼しくならない。こんな気温にじわじわと、わかるほどになり始めたのは、04年からだった。君になりたい。足元の氷に足跡がつくほど、南極もヤワになっているが、それでも、山小屋よりは、涼しかろう。寒くってもいいさ。ぼくは、君に、なりたい。
2010.07.16
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西日本の災害を知るにつれ、気分は沈む。曇天なのに、気温は30度まじか。暑くて朝は目が覚めた。山小屋には、エアコンなどない。起きて、アイスコーヒーを飲みながら、きょうは、昼間は、出るのやめよと、決めた。だらだら、古典を読んでいる。朝から昼にかけた、しきりにウグイスが鳴き、心地良き哉。写真は昨日の小雨のなかで撮った、月見草。昼間、咲くなよ、といいたいが、自然の成すことに、人は、口も手もだしてはいけないのだ、本当は。
2010.07.15
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いつもより、半月は遅いが、山百合が咲いた。山小屋ではまだ蕾だが、これは街に近い里の野。茂る草むらに、忽然と、姿を見せていた。気候が不意打ちするように、今年は、野の花も、野に散った園芸種も、不意に咲く。今年はあきらめていた月見草も、数は少ないが、小雨の降る中、咲いていた。昼間に咲いている月見草には、風情がやや、欠けるが、見つけたときの喜びは、そんなもの、吹っ飛ばした。いま、西日本のあちこちを苦しめている豪雨、関東でも無縁ではない。那須でも同じだ。ひとりひとりの対策を、本気で、考えましょう。雨が消えれば、強烈な紫外線と、猛暑もくるこだし。ご注意を。
2010.07.14
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色々なポピーを調べてみたが、該当しそうなのがない。しかし、茎も葉もポピーだ。資料用だから、写真に美はない。どなたか、ご存知なら、教えて下さい。森の脇の道端に咲いていた。「あんたの党」が、今回、躍進した。「みんなの党」といわれても、困るのだ。小泉の流れを汲む党であることには、ほぼ、間違いない。自民党を出たのは、「あんたの党」にしたかったのだろう。さて、どうなることか。昨夜のワールドカップは面白かった。ドイツの水族館のタコ君は、100発100中の予言をしたねえ。ドイツでは、食われそうになる危機があり、スペインでは閣僚たちが、救いに行こう、と議論になったそうだ。南アでは、あれは占いなどではない、占いは動物の骨でやるもので、タコには、骨などないではないか、といった御仁もいる。世界中にユーモアと笑いをくれたタコ君に感謝。
2010.07.12
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日本の行く末は、ますます混沌としてきた、と、ぼくは感じる。政治家も壊れているが、選挙民も壊れているとしか、思えない。気候も壊れ、何もかも、壊れてしまうのか。しっかり考えて、投票したのだろうか、と、疑念が浮かぶ。まあ、自分たちで選んだことだから、どういう日本になっても、文句は言えない。明日、暑くもない、快適な天気になって欲しい、と、願いながら、あとで、ワールドカップなど、楽しもう。少し、仮眠だ。
2010.07.11
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那須高原は、体感猛暑。子どもたちは、元気いっぱい。明日は選挙。ぼくは不在者投票、早々と、すませた。入れたい党がないので、かなり困惑。どこに託しても、日本が、良い方向へ向かうとは、とても思えない。かといって、悪くなるといのではない。微妙な、未来感覚が生まれてくるのだった。
2010.07.10
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那須高原では、あちらこちらに、ぽつんぽつんと、咲き始めている。昨日のブログの象潟では、ねむの木だらけ。というのも、これは、秋田の県花だからだろう。芭蕉の句には、ねぶ、とある。当時はねぶと、呼んでいたようだ。芭蕉は、海に点在する小島を眺め、ご機嫌だったようだが、その後、吉田松陰もたずね、句を残している。松蔭のときは、すでに、隆起した陸は開墾され、水田になっていた。人の営みの力強さを、教えてくれる。いま、気候が様変わりして、予測もつかない災害が引き起こされているが、やがて、人は克服するだろう。いや、して欲しい。暮れていく山小屋の森で、数は少ないが、ヒグラシが鳴いている。小雨も降ってきた。
2010.07.09
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趣変えて。那須は日差しのなか、体感猛暑だった。山小屋の、虫も来なくなった窓辺で、夕暮れどき、ヒグラシが鳴いた。鳴き声を聞きながら、ぼくは、遠くを、多分、見ていたのだ。かつて、鳥海山や白神を観察しに、月に一度は訪れていた。写真は鳥海山の麓。波立つ稲穂のなかに点在する島は、かつて、松島と並び賞された名勝地だった。芭蕉も、並べて、句を残している。およそ、200年前まで、海だった。一夜にして隆起し、陸になったという。ここが好きで、必ず、1、2泊した。それから、白神へ行き、2、3泊した。今、世界遺産になったが、白神も危ういようだ。世界遺産になった年から、ぼくは行く必要を感じなくなり、いってはいない。それにしても、みんなで大切にしたい、地球なのです。
2010.07.08
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七夕。あいにく、夕方から雨になった。こんなとこで、七夕したい。写真は那須岳の裏側にある福島県の大内宿。江戸時代から残る趣で、観光地。ブログで観光地を紹介することはないのだが、七夕をしたいなら、と、思うと、この写真になった。6月の初めの写真。フィールドしか知らないように書いているが、疲れると、けっこう、あちこちへ。今年の夏は、いつもの夏より暑いと、気象庁の予報もころころ変わる。まあ、いいだろう。このところ、ずっと暑い夏が続き、さらに暑くなると、フィールドワークには、実に困るし、反面、どんな変化が生まれるか、興味も尽きない。今でさへ、去年と比べて、大きい変化に驚いているのだから。雲の上からなら、織姫、彦星の再会が見られるかも。そしたら、いいね。小雨の音に、ヒグラシの鳴き声が混ざった。
2010.07.07
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ただ、ひまわりを、見たくなっただけ。何年も前のひまわり。ただ、空も、地上も、鬱陶しくて。今ではもう、こんな力強いひまわりは、見なくなった。フラワーショップでも、弱弱しいひまわりばかり。朝は日差しもあった。午後から小雨が降り続き。本当に選挙、あるのだろうか。そんな、不可解な疑念も生まれる。入れたい党がない。乱立しすぎて、国敗れる、いや、破れる。そんな感じさへする。鬱陶しい。きょうは、早々に、フィールド周りから、引き上げた。
2010.07.05
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朝から暑い。フィールドに出るのは止めたいくらいだが、出た。体感猛暑。途中の森の草むらで、ニッコウキスゲが咲いていた。去年はまだ、元気が良かったが、今年は色褪せせ、咲き方も、いつもの美がない。木々は枯れたりしているが、草むらはジャングルの趣き。那須岳も、晴れてはいるのだが、水蒸気で見えがたい。写真は合成。ぼくは汗が身体に合成。参る。川辺まで降りても、暑さのせいか、人影は薄い。だが、公園では、ブランコや滑り台、鉄棒などして遊ぶ子どもたちの姿は見え、心救われる思いだった。若者たちが、トライアスロンをしていたが、これも、汗だくで頑張っていて、気分の良いものであった。
2010.07.04
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こんな蝶、初めて見た。羽は黒い光沢に満ちて。普通に見るクロアゲハより、一回り小さい。もうすぐ選挙。さて、どうしようか。わざわざ新幹線に乗るのも、面倒な気分。だが、棄権するわけにも、いかない。民主、自民、公明以外の党を選択しよう。ぼくは。
2010.07.03
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そういっているようだった。日本上空を寒気団が覆っているようだが、そう強い寒気でもない。この子たちの氷の社会は、ずっと続いてくれなくては。山小屋は、きょうも蒸し暑い。フィールドを回った午後は、体感猛暑だった。遠くで何回か雷鳴はあったが。窓辺の外の木々に、見知らぬ小鳥が来てくれた。しばらく止まっていた枝で、ぼくと少しだけ、お話した。たましいの会話だったのか、今は忘れたが、とても大切な話だった、それだけは覚えている。ヒグラシ、初鳴き。一匹だけ。去年より、一週間、早く。
2010.07.02
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穏やかな日々、はある。穏やかで聡明なお母さんと手を繋いで帰る坊やは、ぼくの友だち。穏やかな午後の、光景。夜になって、7.8年ぶりに、雷が暴れ始めた。山小屋は何度も停電になった。こういう夜は、そうか、雷が止むまで、電気の元を切って、椅子に座り、稲光と雷鳴を楽しみながら過ごしたものだ。思い出し、そうした。色々と、考えがまとまる。むしろ静かに時は過ぎる。穏やかに、日々、かくありたいものだ。
2010.07.01
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