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小雨のなか、田舎道に降り立った鳥。カラスか、と、思ったが、オオタカだった。オオタカを見て、嬉しかったが、同時に、食い物がないのだろう、と、思う。猛暑で、多くのヘビは息絶え、ネズミさへ見ない。何か、ひも状のものを見て、勘違いして下りたのだろう。川では、アオサギが、雨で流れの強い川面を、飛んでいた。あの流れでは、魚はいても、岸辺の草陰で流れが緩むのを、待っているから、アオサギも空腹だろう。太陽がないせいか、月見草が、あちこち、咲いていた。オオタカや、アオサギが、地上から、さよならしないよう、祈るばかりだ。
2010.09.30
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フィールドをしている途中の昼過ぎ、少女たちが、元気に遊んでいるように見えた。横目に、先に進み、快晴で気分良く、あちこち回って、観察。夕暮れ近くまで、フィールドを回り、色々な発見があった。帰路、再び通ったときは、あんなに元気良く遊んでいたのに、二人がバトミントンをしている他は、バテて寝転んでいるように見えた。小学校の高学年の子らかと思い、近づくと、東京の女子学生たちだった。トランプをしている。まだ、夏休みなのだそうだ。そういえば、ぼくは一度だけ大学の講義に行き、面倒で、ずっと休んでいる。辞める、と、伝えてあるから、大丈夫だろう。彼女らと、軽い会話をして、ぼくは山小屋に戻った。講義中の学生たちは、真面目にノートをとり、元気があるようには見えないが、こういうところに来ると、元気になる。開放感の力だろう。閉塞感に悩む人は、その気になれば、旅に出るのもいい。那須岳も、雲ひとつなく、どっしり座っていた。
2010.09.29
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山小屋近く。夕焼けを見るのは、珍しい。ススキとよくあっていた。昔、秋のにおいは、少し寂しさがあった。今、季節のにおいが消えて、それはなくなった。気温はともかく、秋を撮ろうと思うと、あるものだ。小さい秋 見つけた。
2010.09.28
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一昨年から、山小屋周辺に登場したクロアゲハ。今年は、目覚めて、窓の外を見ると、いつも、庭の木々の間を飛び回っていた。東京あたりまでは、かなり前から見かけていたようだが、高原の標高七百メートルでは、見かけたことはなかった。虫たちの動向ばかりを調べている仲間に、彼岸花で蜜を吸っている、この写真をメールで送ると、驚いていた。海沿いならわかるが、そんな標高のところまで移動しているなんて、と。正式名は、ナガサキクロアゲハだそうな。まあ、ハチなんかも、見たこともないハチのほうが、多くなった、と、ぼくはいった。どうして、一昨年、知らせなかった?と、ちょいと、怒っていた。彼は、わかるとすぐに、どんな虫でも、細かい分布図を書いている。撮れるチャンスがなかったんだ、ごめん。こんどは、きちんと、すぐに送ってくれよ。わかった。そんな会話をした。そんな年が、加速もしている。しかし、虫たちの総数は、確実に、減っている。今年の山小屋の窓には、ついに、蛾も、数匹しかこなかった。種の保全、と、近年、やたらというようになったが、気がついたときは、すでに遅いのだ、何事も。
2010.09.27
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広場で、サッカーの練習をしていた。もっと元気にやってくれよ、というと、張り切りすぎて、ボールは高く飛びすぎて、ああっあ。それから、みんなでお喋りして、ぼくは、フィールド回り。曇天。気温、20度少し超か。コスモスの異様だった花びらが、少しだが、普通に戻ってきている。が、これからが心配。気温の凸凹、大きくなるし。でもねえ、出会う人たち、みんな元気だった。街からの帰路、こんにちわ、と、若い女性の大声が聞こえ、過ぎ去ってしまったぼくには、誰だかわからなかったが、窓から手を振った。元気。良き哉。
2010.09.26
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写真だけで。背後は収穫を前にした、稲。倒れているが、今は、改良された機械で、簡単にできるそうだ。
2010.09.25
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彼岸花を、そう呼ぶ。天から舞い降りた天上の花で、天使の使いの黒い蝶が、しきりに蜜を吸っていた。クロアゲハより一回り小さく、お彼岸に似あった天使の使い、あるいは菩薩の使いか。しばしぼくは、目も心も奪われた。花も淡いピンク。お彼岸は、世情はどうあれ、心静かに。ただ、イチロウの偉業と、白鵬の活躍に喜びを。きょは、それで、良い。
2010.09.24
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向かって、左の森から、数羽のキジの親子が、親鳥の見守るなか、あれよあれよというまに、駆け足で渡っていた。写真に撮るより、呆気にとられているまに。右の森は、産廃処分場になろうとしている森。後楽園、六個分の広さがある。計画は頓挫するという人もいるが、油断はできない。キジや山鳥などの居場所がなくなる危機だ。人もまた、そんな危機にあるが、キジなどの居場所さへ、守れないようでは、危ない。昨日は、猛暑の東京へ。墓参りに。暑さは、高原も同じようなものだが、東京の暑さは、質が悪い。きょうの高原、一転して、15度の気温さ。昨日の測定器を見ると、30度あったから。これから先は、凸凹気温差に気をつけなければならない。写真は、一昨日のフィールドで。
2010.09.23
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昨日は、気がつかなかったのだが、同じコスモス畑でヒマワリが一輪、凛として、咲いていた。猛暑の日々、ぱっとしなかったヒマワリも、ここにきて、一輪だけ、咲いてくれたのだろう。ヒマワリは夏の花、というイメージを抱いている人は、日本では多いのだが、原産地は、ロシアの寒冷地。種まき時の具合で、いつでも、咲く。コスモスは、もう、春から師走まで、どこかで咲いている。が、一昨年、一回りもふた回りも花びらが大きくなり、今年は、花の形も大小も、まちまち。農家では、庭先に咲くコスモスの、あまりのおかしさに、早々と、刈り取ってしまった人も多い。が、そんなことはともかく、お彼岸。先祖の誰かが、ヒマワリをプレゼントしてくれたのだよな、と、ぼくは思うことにした。どうであれ、心輝き、弾んだのだから。
2010.09.21
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コスモス畑の迷路。花は少なく、葉ばかりが繁り、まるでジャングル。少女に、駈けてよ、と、いうと、うん、とキラキラ笑顔で頷き、駈けていった、迷路の先に、良いことがあるといいね。少女は、間もなく、キラキラ笑顔で戻ってきた。こんな日が続けばいいのだ。
2010.09.20
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今日から東京の予定だったが、連休の移動も嫌なもので、相変わらず、フィールドに出た。雲を見ていたら、思わず、写真の蜘蛛の糸が目に飛び込んできた。まず、頭に浮かんだのが、芥川龍之介の名作、蜘蛛の糸だった。しかし、天から降りてくる蜘蛛。実は電線からぶら下がっていたのだが、このような蜘蛛の糸、いや、巣は初めてだ。06年に、虫たちが、忽然と姿を消し、以後、見たことのない虫を、ちょくちょく見かけるようになった。蝶も同じ。草花の変化は、もっと、忙しい。きょうは、道端の草取りをしていた人に訊くと、これまで見たこともない草が、ジャングルのように生い茂るようになった、とか。山小屋の庭も同じ。ゆったりと、と、思っていたが、そうもいかなかった連休の一日だった。取材ノートには、まだまだ書き込んであるが、ここまでで。
2010.09.19
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とりあえずは、のんびり過ごしましょう。心静かに。桑の大木の下の、ウシさんのように。連休の間、書くか書かないか、不明です。
2010.09.18
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電線にずらり並んでいた小鳥たちいっせいに、飛び立ったスズメより一回り大きいカラスの鳴き声、凄いんだね管が泣いても誰も逃げないああ、良かったと、思うだろうか昨日の山小屋、ストーブ日和いきなり15度きょうの山小屋、暖かく夜になって、も少ししたらストーブモードになるだろうか
2010.09.17
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きょうはとても涼しく、フィールド回りも楽だった。喉が渇いて、アイスコーヒーを買おうと、あるコンビニに寄ると、裏の森に向かって、小学生が三人、懸命に何かしていた。見ると、蜘蛛を採ろうとしていて、なかなか持っていた棒が届かず、苦労を楽しんでいた。ぼくは、もう枯れ切った木の枝を折り、子どもたちに手渡した。その枝で、巧くいった。どうするのか、見ていたら、下に下ろして、しゃがんで、観察。再び、枝さきに戻し、蜘蛛の巣に。去年、子どもの暴力が、過去最多を記録した、と、報道にあった。子どもを見ていると、親がわかる。親の子どもへの虐待も、急増している。とりわけ、頭の片隅から離れないのが、大阪だったか、小学三年生の少女の自殺。小学三年生で、自殺を考え、実行させる社会は、もはや、異常を超して、狂気の世界ではないか。写真の子らは、実に素直で、最後は、ピースで別れた。山小屋から見ると、人の社会は、絶望的でさへある。きょうのぼくには。
2010.09.15
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気温、25、6度。今朝の最低気温、15度。蕎麦畑では、花が満開。お嬢さんが、胸いっぱいに、深呼吸。(実は、コスモス畑で、深呼吸してもらって、お嬢さんだけ、蕎麦畑に移動してもらったのです)もうすぐ、新蕎麦が、口に入る。これは、美味しい。政界、ぐじゃぐじゃになる気がする。日本の将来も気になるし、地球の未来も気になる。世界不況のなか、打つ手もないように思えるなか、管であれ、小沢であれ、展望が見えない。見えるのは、もうすぐ、新蕎麦が、食べられること。展望でも、何でもない。
2010.09.14
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きょうの那須岳、くっきり。夏ではこんなにくっきりは出ないので、秋なのかな?秋の匂いはとっくに消えて戻らないけど。昼間は暑いけど。でも、夜には、ストーブが、少しだけ欲しくなる。いつもじゃないけど。夏があまりに暑かったから。半袖気温でも、欲しくなるんだ。コスモス畑と、totokaiさんちのウシさんは、合成。こんな場所があったら、気分はいつも、晴れ晴れだろうな。
2010.09.13
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小雨のせいか、そんな一日。多くは書かないが、一輪の彼岸花で、二匹の蝶が、向き合って、仲良く、蜜を吸っていた。あちこち、いくらも咲いているのに。で、きょうもまた、彼岸花の写真。メディアは機密費で買収されているのではないか。ド田舎の選挙戦を見ているようだ。サポーターなど、馬鹿馬鹿しくないのかね。自慢している輩もいるけど。不快な選挙、田舎祭りではある。軽すぎる。
2010.09.12
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ちょいと、お遊びで、写真だけ。
2010.09.11
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彼岸花は、確か、お盆のときに、一輪だけ咲いていたが、今はもう、あちこちに。種類が違うのかも知れないが、造形美は同じ。その花で、チョウが二匹、蜜を吸っていた。蜜を吸う虫も珍しいくらい減ったが、それだけに、出会うと喜びが湧いてくる。気温も湿度も、良く、このくらいであってくれれば、みんな助かるだろうに、と、思う。雑草刈りをしていた人たちが、7,8人、別の場所で、作業をしていた。今年は変だという。何か起きる前兆のようです、とも。去年の気候の挨拶は、おかしな陽気ですね、だった。今年は、暑いですね、だった。まだ、暑い日はしばらく続くだろうし、台風も次々来るかも知れない。何も起きなければいいですね。何とも奇妙な気分で、ぼくは、その場を、離れた。
2010.09.10
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このコスモス畑の、一輪一輪に、全て、虫たちが蜜を吸っていたこともある。今は、ほとんど見ない。コスモスの花びらも、変わってきた。虫たちは、最後の晩餐をしたあと、どこへ行ったのか。コスモスを見ると、ふと、想う。日本だけでなく、地球上の問題だったから。メディアは、ミツバチが消えたことばかり、報道していたが。しかし、コスモスも、秋の花ではなくなった。道端では、春から師走まで、見ることができる。ヘビの話を、二回くらい、最近書いたが、これも、いずれ、いなくなるときが来るかもしれない。ひなびて、枯れそうだった朝顔が、昨日の雨で、すっかり甦っていた。今日くらいの、25度前後の気温で、雨があるのが、良き日々なのだろう。昨日は薄手のハイネックだったが、きょうは、半袖。何だか、今が初夏のような、そんな錯覚が生まれそうだ。
2010.09.09
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稲穂は、雨の重さで、倒れていた。大して降ったわけではない。あちこち、集中豪雨に襲われて、お気の毒というほかないが、熱帯性低気圧に変わって、昨日の予報では、那須直撃の動きになっていたが、ちょっとした雨だけで、静かだった。倒れた稲を目指して、どこから現たのか、多数のスズメが、慌しく、飛び跳ねている。そんなスズメたちを、静かに見守っているスズメかと思えるが、そうではなく、すぐに、稲穂に下りていった。最高気温、22度。昨日までとは打ってかわり、ぼくは、薄手のハイネックで、フィールドへ。途中、貸し別荘には、きょうも、大勢の学生たちが、来ていた。マイカーではなく、バスや、新幹線できて、駅でレンタルカーを借り、やってくる。温暖化の危機を真剣に考えているのだ。東京、横浜が多かった。話を聞いて、ぼくはいくらか、心強くなった。
2010.09.08
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昼間は暑かった。写真は夕暮れ時。このときは、雨も降り始め、気温降下。25度くらいになった。農道で、きょうも、へたばったヘビと出あった。馬鹿げたことに、農道もアスファルトにしてある。ヘビは横切るだけで、途中でへたばる。アスファルトだから、温度は5、60度はある。生きていれば、森蔭に移そうと思い、触ってみたが、ぴくりともしない。クルマに轢かれた痕跡もない。首を持ち、つくづく顔を観察してみたが、生きている気配はなかった。それでも、と、森の木陰に移した。雨が降ってきた。一メートルを超える青大将だったが、ぼくの見立てが間違っていれば、雨で甦るだろう。人間の愚かさは、生態系の崩壊が、人間を含めた生物の、ほとんどの生息域を失わせるのに、なお、農道までも、アスファルトで固めてしまうことなどに、象徴される。アマゾンのジャングルは、保護策をとっていても、今なお、開発は止まらない。マングローブの森もまた、えびなどの養殖で、急激に減っている。那須高原から、森が消える日も、あるかも知れない。すべて、自然の大切さを、頭で、観念的にしか捉えることのできない、霞ヶ関や、虎ノ門、あるいは冷暖房のよく効いたお役所の中しか知らない連中の、罪だともいえる。写真は台風の流す雲だろう。怪しい空だった。まあ、今夜と明日は、凌ぎやすそうだ。あまり、当たったことはないが、ピンポイント予報をみると、明日の最高気温は23度となっている。明後日から、30度超えの予報が続いている。あまり、信用はしていないが。
2010.09.07
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春だったか、資料を出すのが面倒なので、適当に書くが、英国の科学者グループが、相関関係を公表していた。他の科学者の、誰からも異論はなく、賛成ばかりだったとか。温暖化が、このまま進むと、人は、暴力的になるそうな。そういえば、そうだろう、と納得できる。回避するためには、理性で自分を抑制するしか方法は見つからない。理性というのは、政治屋や官僚、財界人が使うと、ろくなことにはならないが、国民が理性で自分を制御する術を身に着ければ、暴力沙汰も減るだろう。実に毎日、暴力沙汰は起き、しかも増えている。理由不明の暴力沙汰が多いから、温暖化との関連はあると思える。昔から暑い地球上の地域では、絶えず、暴力を伴う争いが起きている。異邦人の作者、カミューは、苦々しく、天から眺めているに違いない。いや、当然のことが、地球上で起きた、と、冷静に見ているだろう。にしても、太陽も眩し過ぎる。
2010.09.06
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黄色コスモスに絡めとられるようにか、あるいは猛暑を避けてか、コスモスの群生のなかに、ユリが咲いていた。白がひときわ鮮やかで、暑さも忘れ、しばし、ぼくは眺めていた。熱中症で動きがのろくなって、クルマに轢かれたのか、干からびたヘビを、何匹か見た。普通なら、カラスが掃除するのだが、その痕跡もない。カラスも暑くて、食欲が落ちているのだろうか。ぼくはよく食べるけど。
2010.09.05
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久々、全貌を見せてくれた。いつものポジションは、トウモロコシが伸びていて、ここは別の場所。暑い暑いと書いても、しょうがない。出かけたのは、日差しが弱くなってきた4時過ぎ。サングラス、帽子は、それでも必携だが。何も考えず、totokaiさんちのウシさんと、のんびり、山でも、眺めていましょう。
2010.09.04
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大学生たち。20数人は乗っていた。バスを借り切って来ていた。良き哉。近くの貸し別荘に、バスは留っていた。女子のほうが、圧倒的に多く、男子はとてもおとなしい。今の時代の、明るい学生たちだった。ぼくは若者も大好きなので、夕暮れて、訪ねた。食事中。ぼくの分まで作ってくれていて、ご馳走になった。レストランなどで食べるより、はるかに美味しい。多々、話をして、夜寝るときの注意点を教え、ぼくは山小屋に戻った。昼間は暑く、夜も何時ころまでは熱帯夜の気温だが、早朝には、20度を切るほど冷え込むこともあるから、そのときのために、足元に、毛布など、用意しておくように、と。ええっ、と、驚いていたが。最近の若者は、なんだかんだ言っても、料理も上手なら、礼儀もわきまえている、きちんと。きょうの山小屋の庭には、昨日は見なかったアザミが、きれいに咲いていた。
2010.09.03
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スズムシが鳴いている。マツムシも鳴いている。なぜか、コオロギの鳴き声が聴こえない。温度計を見るのも面倒。裸で調度いいから、熱帯夜なのだろう。明け方は、かなり冷えこむ。
2010.09.02
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日差しのある間は、山小屋にいるようにしてから、ややおかしく感じていた右目も回復した。暑さも大変だろうが、裸眼で日差しを受けるのも、相当なダメージを受ける。個人差があるから、一概には、決め付けることはできないが。で、まあ、最終地点の公園に着くころは、夕暮れどき。普通なら、子どもの姿もないのだが、最近は、この時間に、楽しげに遊んでいる光景に出あう。多分、日中は、閑散としている。暑さにも警戒は必要だが、日差しにも、十分な、ご注意を。
2010.09.01
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