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週末 本屋さんで 目に留まった本今自分や自分のところに相談に来る子達に必要なことが書かれている気がして買いました。文庫なので安く買えると思います。表紙の裏のコピーライトにこう書かれています。「『なぜ言い返せないのだろう?どうしていつも周りに合わせてしまうのだろう?』と悩んでいる人は多い。」この言葉に惹かれた方は手にとって見てはいかが?
2006.02.20
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春が近づくと、花粉症ではなく こころが不安定になる人がまわりにも多いです。そのうちの何人かは自殺したい衝動とたたかっているほどです。季節のせいだけではなく周りにいる人も原因のようです。今週に入って 「死にたい」と漏らす子達の原因を聴いて見るとどうも親にあるようで・・。そのうち2件は通院している精神科に親が行かせようとしないケースがありました。そのうち1人は 処方されている抗うつ剤を飲ませていないことで吐き気・手の震え・希死念慮が出ています。医師や薬剤師からもいきなり服用をやめないように言われているはずなのにある意味あきれてしまいます。もう1人は母親が「あなたの病気は軽い・気合で治る」のようなことを言われて通院をやめさせようとしています。もしも自分の子供が インフルエンザやノロウイルスに感染しても・花粉症にかかっても同じことをするのでしょうか?「お金が高いから」「世間の目が気になるから」「気の持ちようだから」そんな理由で通院を妨げるのでしょうか?少し調べれば 精神科の医療費は補助で安くなることはわかるはずです。「精神科」という言葉が敷居を高くしているのかもしれません。ひいては 親自身の自尊心のなさに原因がありそうです。「自分の子供が問題を抱えている」ことを認めることは「親として問題がある」ことを認めることになるからかもしれません。まして「自分は親として最善のことをしている」と自負していれば敗北を意味することを認めたくないので、通院をやめさせようと・あるいは通院させないでおこうとするのかもしれません。人間 誰しも始めから完璧ではない と よく言われます。それは 子育てでも同じではないでしょうか?ただ 時代の変化で 自分の子供の時代とは考えや感じ方が違いすぎて誰もそれを教えてくれなかった。今 それに気づくことができたそう考えることができれば子供の心の痛みを直視できるのではないでしょうか?親が子供を私物化しているケースが多くて悲しいです
2006.02.16
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「まっとうな方法で儲からなかったら『アコギ』な方法でもいいから売上を上げる」「生活がかかっているんだから多少の不正はやむをえない」そんな「常識」がもう通用しなくなったと思う。「あこぎ」な商売をする時代はもう終わりだと思う。昨日書いた「耐震偽装問題」だけではない。「東横イン」での事件でも根底にあるのは同じだと思う。生命保険でもこんな話を聞いたことがある。ノルマを達成するために知人・親戚の名前だけを借りて契約し実際は外交員が保険金を支払うどこの世界にもアンフェアな方法で勝負しようと言う人がいる僕が育った環境の少し年上の世代(50代から上)はとかく最初に述べた考え方を僕に押し付けてきた。それが「大人」なのだと。まっすぐな生き方は「知恵」ではない。どこか「お堅い」宗教の人か世捨て人の考え方なのだと。でも もはや そんなのはナンセンスであるとこれらのニュースは教えてくれる。コンプライアンス(法令順守)ということばがもてはやされるくらいだ。こういうニュースのたびにテレビで時々言われるが「こんな悪知恵あったらもっと良い方向に使えないのか」本当に使えないのか・・・・・。今までのやり方が時代にそぐわない、頭打ちになったらどうすれば 売れるのか・時代のニーズに合うのか考えて方向転換するこれから見込みのない分野・部門は整理縮小して新しい部門を創設する・・それにはやはり障害があるのだろうか?ちょっと 考えてみたなぜ 子供のころの僕の周りの大人たちは「汚い大人の生き方」が唯一の知恵であるかのように信じ込んでいたのかこうではないだろうか?かつての年功序列社会にしがみついている人は自分の拠り所は「経験年数」「年齢」であって「能力」ではないいかにして「上」の人間にごまをするか それが生きる知恵だったのかもしれない。「出る杭を打つ」体制では柔軟な発想・新しい考えは脅威となりうる。そうすれば これまでの古いやり方を維持することが モラルよりも重要でいかにして 今までのやり方で売上を伸ばすかが肝心らしい。さらには「イエスマン」しか残れない会社では当然トップが暴走してもとどめる人がいない。である程度うまくいってしまうもんだから、余計に暴走に拍車がかかるそれが 「あこぎ」なやり方で 人をだますことになってしまうのだろうか?これから営業の世界に足を踏み出すので「どう売ったらよいか」 よく 考えるようになった。「買わせる」ではなく「買いたい気分にさせる」には 「誠意」を売りにしたい。この時代「誠意」は希少価値のあるものだと思うから。そうありつづけたい。行き詰まったときにその一線は守りたい。
2006.02.09
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「姉歯」氏以外の設計した物件でも耐震偽装発覚大工として働いてきた僕にとってはらわたの煮えくり返るニュースである。建設業界の堕落もここまできたか・・福岡の木村建設施工マンション3棟、構造計算書偽造どんな職であっても「職人」の売りは仕事の中味。勝負する内容は職人によって違うが、住む人に自信を持って引き渡せる建物それを誇りにやってきたつもりだった。それが 住めないような建物を平気で作らせ、何食わぬ顔して売るあのニュースに出てくる人物の中には顔を見るだけでも虫唾が走る人もいる。正直 国会の証人喚問の中継ではテレビの前で「いいかげんにしろ!」と叫んだ一人です。まだ 見習いのころ ある先輩から「軽自動車の値段でベンツを買えるわけないだろ?」といわれた。『受注する額によってかける手間に差をつけろ』という指示の例えなのだが。「手間のかかるものにはお金もかかる」そんな 当たり前が ここ数年のデフレの波で消えていった。「安いもの 早いもの」がもてはやされる時代。そのしわよせは まず 下請けの職人に来た。確かに「景気の良い」時は手取りではサラリーマンより良かった時期もあった。しかし、それはあくまで 保険・工具・車輌もすべて自分持ちでの話である。いずれ 人も雇う。しかし、いつの間にか 「工事単価」は急激に下落し、今では制服支給の警備員のほうが正直儲かる。そこまで経済的に追い込まれ「独立」のメリットも夢もない時代の職人。安い工事単価で短い工期・・・・・。そこからできる仕事に良いものは生まれるだろうか?職人が寝ないで仕事をすれば品質を維持できるだろうか?工法の進歩では正直埋め合わされないものがあった。僕が現場にいたころは そんな程度だった。その直後になぜかマンションだけどんどん建つ。なにか不自然なものを感じていたがそれが 耐震偽装だとは・・・。早くて安くてできるもの、「軽自動車の価格で手に入るベンツ」職人たちを叩いていじめるだけでは足りなかったコストダウンそれは目に見えない構造をとことんまで手を抜く阪神大震災の際にボランティアで入った際に全壊している建物のとなりがびくともしていない姿を見ている僕にとってはあの経営者たちは許せない「まっとうな方法で儲からなかったら『アコギ』な方法でもいいから売上を上げる」「生活がかかっているんだから多少の不正はやむをえない」そんな「常識」がもう通用しなくなったと思う。「あこぎ」な商売をする時代はもう終わりだと思う。
2006.02.08
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昨夜から どうも メールの調子がおかしい。とおもっていたら、こんなお詫びがウィルコムのHPに。センタ設備障害の発生について(2月6日 19:40現在)こちらに送ったメールが跳ね返る送っても こちらに届くのに数時間を要するなどの不具合が出ています。「メールを送ったけど返事が来ない」という方。そういうわけですので ご了承ください
2006.02.07
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月曜日から 風邪かな?と思っていたらインフルエンザA型でした。レス 更新 休みます。
2006.02.01
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