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あまり知られていないが、プルードンは、キリストに関して非神格化された人間像を思い描き、聖書に関する論考を残している。 プルードンが単なる近代主義者ではないということは、キリストを単に否定するのではなく、その革命的人間像を民衆のもとに取り戻そうとしてしていたことからもうかがえる(プルードンは彼の集合力理論の発揮された実例を過去の歴史上にも認めていた)。 そして、そのキリスト像に、どこかで聞き覚えがあると思ったら、イタリアの映画監督パゾリーニが「マタイ福音書」にもとづきキリストを描いた『奇跡の丘』のそれと重なるものだということに気がついた。 パゾリーニの自由間接話法などは、プルードンの相互主義と響きあうものであり、そのバフチンのポリフォニーにもつながる映画技法は、プルードンを参照してこそはじめて、マルクス主義及びコミュニズム内部における自己差異化として評価できるかも知れない。
2004年08月31日
オリンピックの陰に隠れてしまいましたが、この夏の高校野球選手権大会で駒大苫小牧が北海道勢として初Vを飾ったのは画期的なことでした。雪で練習ができないハンデなど、スポーツにはいろいろな要素があり、それを克服した結果だと思います。 北海道というと、『森と湖のまつり』というアイヌを描いた映画を思い出します。また、坂本龍馬が当時の脱藩した若者を開拓民として北海道に渡ろうとした計画も思い出します(龍馬の子孫は実際に北海道へ渡った)。 最近、ネットを使ったアソシエーションの試みの一つであるNAM、Qに共に参加していたMさんが北海道から横浜に引っ越して来たのに伴い、はじめてお会いしたこともあり、北海道について書いてみました。 蒸し暑いので、北に憧れたのかも知れません。 九州や北海道の地方の分権が叫ばれますが、独立する気概で頑張って欲しいと思います。
2004年08月30日
先日(22日)、京都大学のゼミの方を東京に招いて、小さな勉強会を開きました。 それは地域通貨をめぐる勉強会だったのですが、そこで行なわれたある地域通貨の副代表のTさんの報告が好評でした。 現在、日本に地域通貨はあちこちに400以上ありますが、地域を超えた全国式の地域通貨は案外少なく、代表的なものは三つぐらいです(これを市民通貨と呼ぶ人もいます)。Tさんの所属する地域通貨はその中の一つですが、Tさんが報告したその地域通貨でかつておこった問題点の数々は、ネットを使った連絡のあり方の問題点をほぼすべて網羅していて、これからネットを使って地域通貨を始めようとしている方々の参考になったようです。 各地にある地域通貨を横断的につなぐ地域通貨は、間をつなぐという意味でインターレッツと呼ばれますが、そのインターレッツの可能性を、京都から来た人を招く中で確認出来たのは収穫でした。 地域通貨、というより交換システムの一つであるレッツ(LETS)に関してはまたおりにつけ論考したいと思います。
2004年08月26日
スピノザ( Baruch de Spinoza,1632-1677)はデカルトとの思想的格闘によって、身体の復権を理論的レベルで歴史的にはじめて、かつ決定的に行なった人物だ。 心身並行論とも言われるそれは、デカルトに代表される精神の身体に対する優位(ここでは身体は分析の対象にすぎない)をはじめて疑ったものである。 今回のオリンピックを含むスポーツは、身体の優位を確認するという意味で、スピノザの理念を内包し、発展させていると思います。 今日の、スポンサーの優位、巨大メディアの優位といった状況に対しても、スピノザの身体論(これは群集論にもつながる)が有効であるはずです。 より詳細に述べるならば、スピノザの複数の中心を持った身体の認識は、1974年に展開されたオランダのトータルフットボールにもつながっています。 「我々はまだ身体について知らない・・・」
2004年08月25日
気に入ったセリフ鳴らして遊ぶそれだけヒップホップ君と楽しくステップ*誰もが生きてることを ただ楽しめればいいのに長引く不景気険悪な雰囲気売られている兵器俺は飽き飽き君は案の定精神異常それとも神経症これからどうしよう?*つまらないイデオロギー間違ったエネルギー俺は六本木繰り出してばか騒ぎ俺はトランペットやっと買い取って鳴らしたけれどうまく鳴らないドレミファソラシド*ダダダダダダッタッタタアアー(スキャット)誰もが口ずさめるよな歌があればいいのに*いいのに
2004年08月24日
胸がさわぐよ心が踊るよ君といるだけで今夜は二人朝が来るまで踊り続けようずっとひとりだったひとりぼっちだった君と出会うまでは僕はここだよ君は何処なの応えておくれよオーイオーイ猿真似でいい物真似でいいだから踊ろうリズムに乗れない踊るに踊れないそんな君が好きさ簡単なのさ感じればいいすべて捨てればいい僕はここだよ君は何処なの応えておくれよオーイオーイ平和なんてない自由なんてないだけど踊ろう僕はここだよ君は何処なの応えておくれよオーイオーイ
2004年08月23日
水泳の柴田亜衣選手が800m自由形で金メダルを取りましたが、レース直前にコーチに言われた「あわてず、あせらず、あきらめず」をレース中、心の中で繰り返していたそうです。 要は「あせるな」ということですが、「あ」で頭韻を踏んでいるところが味噌だと思います。それにしても後半までよく我慢して逆転したと思います。 卓球の愛ちゃんに、ラリーの最中に口ずさんで欲しかったフレーズでもあります。 メディアのあり方も含め、オリンピックには批判もありますが、今回はロス五輪などと比較すれば、いい意味でまだまだアマチュアイズムを残していると思います。 当分、スポーツネタが続きそうです。
2004年08月21日
スポーツは世界共通のルールを作りつつあるのであって、必ずしもナショナリズムには結びつかない。そもそもオリンピックに関して言えば、今回も名称がギリシャオリンピックではなくアテネオリンピックであるといったように、都市が主役の大会なのだ。 さらに、64億の競技、64億の金メダルを想像することだってできる。 問題は、政治における代表制が、スポーツにおけるそれのように機能していないことだ。イスラエルをシャロンがアメリカをブッシュが代表しているとはとても思えない。 端的に言えば、スポーツは頑張っている姿が見えるが、政治には頑張っている姿が人々に見えないということだろう。 メディアに支配された現代スポーツにも問題点は多々あるが、地域スポーツの復興など、改善策も同時に嵩じられている。そして、いいスポーツチームや選手はこれからの時代を切り開くものでもあるはずだ。 代表制の「わかりやすさ」をオリンピックを見ながら考えた。
2004年08月20日
18日、日本サッカー代表チームの対アルゼンチン戦があったので、以下またまたサッカーネタです。 日本はアルゼンチン相手にプレスをかけようとしていたが味方同志に同時性がなく失敗していた。打開策として、オフト時代のプレス(サイドライン間際で奪う)とアイコンタクトを思い出した方がよい。 テレビの解説で名波がしきりに「メリハリ」と言っていたが、中盤にメリハリを指示できるリーダーが必要だ。プレスはずっとはかけられないから緩急をつける必要があるのだ(技術で圧倒できないのだから、このチームのボランチはもっと走らなければ、と思う。藤田、本山にもその意志は感じられたが、一番無駄走りする選手がDFの中澤というのは問題がある)。 攻撃に光明はあった。コーナーキックからのヘディングで点を取ったのだから、これを流れの中でやればいい。ただ、サイドはセンタリングの意志が感じられなかった。もっとサイドの隅をえぐって最悪でもCKを奪わなければならない。4バックだと難しいが、左右のサイドの選手は攻撃時にポジションチェンジをしてもいいのだ。あと、アルゼンチンは高さはないのだからFWにターゲット役がいれば攻撃のオプションが増えたと思う。 五輪組などを見ればドリブルは日本の方が上だと思う。ただプレスのやり方をアルゼンチンに学ばせてもらった試合だった。緩急あわせ持つプレスをするには、将来的にはタンゴのリズムに対抗しうる日本独自のリズムを見つける必要がある。 選手の体調を考えると、やらない方がよかった試合のような気もしますが、無理矢理光明を見つけてみました。
2004年08月19日
昨年、大リーグプレーオフにおけるニューヨークヤンキースの松井秀喜選手のガッツポーズが話題になったが、最近スポーツネタが多くなったので、ついでにそのことについて書いておきたい。 まず、重要なことは、松井は自分が打った時は相手のピッチャーのことを考慮して、ガッツポーズを控えているということだ。そして、問題は昨年のプレーオフ、ホームへの滑り込みセーフで同点になった際のガッツポーズだが、この時は相手に誰も傷つく人間、つまり松井が打ちまかした特定の個人がいないからこそ、彼はガッツポーズをしたのだ。 松井はあのガッツポーズを「自分にとって本質的な部分」であると言い切っている。 問題はそうした松井の相互主義的な配慮及び闘争心のコントロールを、批評家や解説者が理解できなかったということだ。 日本のスポーツをめぐる土壌は、まだまだこれからだと感じる。
2004年08月18日
以下、アテネオリンピックの五輪日本代表サッカーチームの敗因について分析します。 サッカーの統計で後半に得点が多いからといって、後半勝負だと考えるのは、統計の見方が間違っている(田中達也は先発で使うべきだ)。同じようにボールを奪って15秒以内の得点が多いから、速攻を仕掛けようという15秒セオリーも統計の見方が間違っている(15秒セオリーは実質的ドリブル禁止令にすぎないし、緩急、両方のリズム使い分ける複眼的視点こそが日本の課題だ)。 いきなり那須にキャプテンマークを与えたり、いきなり今までやったことのない4バックを採用して、ほとんど「データにない」使い方をするのは選手が可哀想だ(臨機応変なフォーメーションの移行自体は重要な課題だから、3トップ対策なら徳永か今野がさがる形で4バックに移行すればよい)。闘莉王はセンターでリベロをやらせてこそ活きる。 ドリブルでフリーキックを得て、セットプレーで得点というパターンでいいので(これならドリブルは15秒セオリーと矛盾しない)、ガーナ戦は最初から本来の力を見せて欲しい。ぬるま湯に浸かった小野のフリーキックが通用しないことが判明したとしても、世界的に見てこのチームが、ドリブラーの復権を可能にする数少ないチームであることには変わりがないのだから。
2004年08月16日
もう行かなくちゃ急いでるんだ君のために出来ることなんてありはしない汗ばんで来たし夜も更けて来た通りを歩きながら横目で見やりながら笑いあえたのももう昔のことさすべてがみんな思い出になればいい今夜はどうやら嵐の予感がしてる君は家の中にいて温かくしていろよ*どこへ行ったんだろう?どこへ行ったんだろう?どこへ行ったんだろう?僕らが探してた心の絆は?言いたいことをはっきり言えよ何も驚くことなんてありはしない僕は罪深いそう囁けばいい蝶々夫人が眠りに誘うこの非情の街にも河は流れている彼女は言った「楽にすればいい」君が正しかったのか僕が正しかったのかそんなことどっちでもいいことさ*月の明かりもない真っ暗な闇の中でメンフィス生まれのあの娘が歌を歌っている自分の中の悪魔を追い払おうと遠くのどこかで誰かの声がする捕らえられ泣きわめく男の声だけど何一つおびえることはない君の血を飲もうだなんて思っちゃいない君の愛を奪おうだなんて思っちゃいない*
2004年08月14日
13日、友人に誘われて下北沢ヒアシンスで歌いました。以下、そのセットリストです。(「コロシヤの手」以外はすべてこの日記で歌詞を公開しています。)マイナスドライバーナイトエルヴィス一杯のコーヒーの歌(休憩)殺し屋の手薔薇の形をした未来
2004年08月13日
プルードン(1809-1865)と坂本龍馬(1835-1867)は同時代人である。龍馬の方が25歳ほど若いが、彼らは同じ「敵」と戦った。 それは具体的にはナポレオン三世という名前で指し示され得る国内外の植民地主義と言えるだろう。当時ナポレオン三世のフランスは小栗らの幕府に軍艦を貸して、薩摩、長州と戦わせようとしていた。この計画が実行されれば、龍馬が画策した維新もなかったといわれている(日仏借款に関しては、日本側にそれほど危険はなかったという説もあるが、フランスのアジアの他地域における植民地政策を見ればそうは断言できない)。またナポレオン三世は、フランスではプルードンの社会革命を封じ込めようとしていた。 ここで彼らが同じ「敵」と戦っていたことが、彼らの類似を指し示すだけではなく、対等な経済取り引きにもとづく平等を彼らが指向していたことが最重要である。これは両者がともに政治革命ではなく、社会革命を志向していたということである。 龍馬は刀をピストルに、そしてピストルを『万国公法』(漢訳国際法)に持ち替えたといわれるが、そうした「法にもとづく平等」も両者に共通した指向である(龍馬は『万国公法』の出版を海援隊で計画していたという。海援隊が情報集団として再評価される所以である)。 プルードンは、政治革命に熱狂する大衆からひとり距離をおき冷静だった。同じように龍馬も、剣=武力に頼った改革からはひとり距離をおいていた。龍馬は朝鮮、中国との同盟も、商船を通じて模索していたという。その同盟の原理はプルードンの相互主義と一致していると言える。 プルードンは回船業の会計をやっていた経歴があり、晩年の国際的同盟への関心は龍馬との同時代性を指し示すものだ。ちなみに下士の生まれである龍馬は、町人の系譜を持った家系だったことが特筆される。また龍馬の作った海援隊は、海軍の基礎ともいわれるが、同時にその商業のコンセプトは三菱汽船に受け継がれている(それ以前の1865年に龍馬が長崎に作った、海援隊の前身・亀山社中は日本最初の株式会社ヘの試みとして著名である)。 思想的に龍馬がアナーキストだとは言えないが、龍馬が、トランスバーサルな指向を持っていたことと、『老子』を読んでいた形跡を考えると(龍馬は手紙で一度、老子を連想させる「自然堂」を号している。また、今日では『老子』はアナーキズムの源泉としてとらえられる)、プルードンと龍馬には同じアナーキーと言ってもよいような行動と思想を見出せる。両者の主要な思想は、その手紙からうかがえるというのも相互主義的な観点から見て興味深い共通点である。 今日、江戸の環境の視点からの見直しがすすんでいるが、龍馬の業績と33年の生涯(龍馬はプルードンの死の二年後の1867年に亡くなった)を振り返ったあとで見えてくるものは大きいに違いない。(この文章はTCX掲示板に書き込んだものを書き直したものです)
2004年08月11日
悲しみにあふれた世界は乾き切っていて涙を流す暇もないよみんな壊れてしまった声高に叫ぶ人の咽は嗄れていて今にも血を吐きそうさそれを僕は黙って見ていた何にもできないで*恵みの雨よ降れ降れ降れこの埃だらけの街に慈愛の雨よ降れ降れ降れこの滅びかけた世界にこれから僕はどこへ 行くんだろう見当もつかないよお日様は昇るさこの街にもこのコンクリートの街にも*(間奏)出合い頭に僕らは恋に落ちたまるで運命のようにそれがあっという間にお別れだなんて少し残酷すぎるよ激しい雨よ降れ降れ降れ傘もささない二人の上に励ましの言葉はフレフレフレこれが僕から君への最後の言葉 僕から君への最後の言葉
2004年08月10日
メリールーの犯した罪について語ろうメリールーの犯した罪は全部で七つメリールーについて知られていることと言えば彼女の愛称はやっぱりメリール-第一の罪は第一次大戦中彼女は夫を船から突き落とした第二の罪は怠惰の罪で彼女はビスケットを食べ過ぎてしまい気がついた時にはもう遅い家のドアから出られなくなっていたメリールーなぜ食べ過ぎたの?メリールーなぜ夫を殺したの?メリールーあんたは答えないメリールー第三の罪は色の罪でこれは説明いらないそうだろみんな第四の罪は盗みの罪で気がつくと世界中はメリールーのものメリールーなぜ盗んだの?メリールーなぜ濡らしたの?メリールーあんたは答えないメリールー第五の罪は裏切りの罪でこれは第二時大戦中のことレジスタンスの闘士は気がつくとみんなメリールーの密告で捕まっちまった第六の罪は嘘をつく罪でこの話もみんな嘘らしいだけどそれもやっぱり嘘だから結局メリールーに聞くしかないメリールーなぜ嘘をついたの?メリールーなぜ裏切ったの?メリールーあんたは答えないメリールー第七の罪はよくわからないうわさによるとメリールーはあんたの家で待ち伏せしていてあんたを殺そうとしているらしいメリールーの七つの罪のお話も今夜あんたの命と一緒におしまいメリールーメリールーメリールーあんたは答えないメリールー
2004年08月06日
ここ数日フジロックフェスティバルにNGOブースの手伝いで行って来ました。フェス自体成熟して来ましたし、NGOブースははじめて地域通貨を実験的に導入したのでNGO相互の交流が深まり、有意義なフェスでした。 イベント自体は地元地域と密接につながっていないため、自ずとそこに限界があります。新潟豪雨などには観客の関心はありませんから、、、 肝心の音楽の方は、ルー・リードや早川義夫などベテランが頑張っていました。
2004年08月02日
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