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2024/10/13/日曜日/久しぶり軽やかに晴れ続き
娘が引越した街には何となく親しみを覚えるもので、歴史や風土が知りたくなる。
今回は駅近、 アントニン・レーモンド
の住宅を見る。
アントニン・レーモンドといえばフランク・ロイド・ライト、そして 吉村順三
私は吉村順三のファンである。なぜか。
住宅はそれが建つ風景の中につましく佇まねばならぬ。
ほそぼそとした暮らしの、時や日の移ろいを伝え、住まう人を憩わせ安らかに健やかにせねばならぬ。
肉体が精神の神殿であるなら、住宅はそれらの神殿でもある。簡素な、やがてゼロに帰るモノとして存在せねばならぬ。
それをカタチに現すのは、視点の低さ、炎、音、和紙を通過する光、響き、開け放たれる開口部
それらを表現する緻密な、数ミリ単位の計算。
数字によって構成される、住まう者をして少しだけ引き上げられる精神性。
住宅作家はその空間を目に見える形で、夏は涼しきよう、冬は温かきよう腐心するのだ。
住宅は優れて人間学だ。
私が吉村順三に見るのはそれだからである。
などとツラツラ考えながら高崎市立美術館へ。
ラウンジから庭に出て、旧井上房一郎邸へ行く。
彼のお屋敷を設計したのがアントニン・レーモンドかとぼんやり考えていたら違った。
これは、高崎市の実業家 井上房一郎
氏が深い親交を持ったレーモンドの、東京での2度目の住宅兼仕事場の、いわば一分の一の模型なのだった。
↓張り出した庇を受ける柱がない。深く、連続する軽快さ。樋もなしのすっきりさ。ロイドの呪縛を離れ日本建築のあり様をモダンに翻訳したような。

井上氏はよほどレーモンド邸が気に入ったのだろう。またそのままの設計を許すほど、レーモンドにとって井上氏は大切な友人だったのだろう。
おかげでオリジナルは消失していても、ここで実物が自由に見学できる!
↓お茶の時間を楽しむテラスの屋根は透過性←ガラス?の材料で葺いて明るさを取り込んでいる。
右に簡素な作り付けのサイドボード


このサイドボードを靴入れと間違う人もいるらしい。
私もそうでした。てへ。
周囲のマンションも元はお屋敷の敷地だったという。どんなにか気持ちの良い風が感じられただろう
↓外に門が見える。テラスに面したこの吐き出しが実は玄関。にしても玄関土間もなく、いきなり沓脱?これ、使いにくいでしょけれど。空間的には北と南の光の一体感

靴を脱ぎ右に折れると、たっぷりとした廊下
廊下とはスライドする壁のような襖に仕切られ、庭に南面する広々とした居間。深い呼吸ができるような
居間は24畳ほどか?

テーブルセットが3つ。上の画像の奥にはレーモンドお得意の?引き込式寝台兼ベンチソファが見える。
天井が高い。登り梁もダクトも現し、トップライトもある。ツシヤネ?
四間に渡る低い棚は柱で支持されている。
荷重はかけられないだろうけど、焼き物や漆の種々が陳列されただろう。絶妙な高さと奥行
家具や照明器具はレーモンドの妻ノエミがデザインしたもの
このペーパーコードの椅子は違うと思うけれど。
陰翳礼讃
。
椅子の上には住まいの主人の帽子が置かれていた。夏、冬と季節により変化させて置いているそう。
上質なパナマ帽
↓住宅を貫くダクトや家具と一体化した通気口
デザインだけでなく設備に至るまで、そっくり同じように再現したことが分かる。
伝統的な在来工法の技があればこそ仕上がったのではないだろうか。
↓これはノエミ作。テーブルが3つあれば、一つはポーカー、一つは読書、物書き、一つはお茶と談笑
壁のしなベニア仕上げなど、当時の棟梁はどう思ったろう。
入り口から左に折れると寝室に付随して和室があった。この和室だけはオリジナルにはないものとのこと
はすかいに居間が見える。
ご夫妻は本当にこの引出し型のベンチベッドで眠られたのだろうか。
この奥の和室を使われたのだろうと推測する。
こちらはファミリールームのような雰囲気がある。
背当ての角度と高さ、深さ。座面の奥行き、材質、色。ベッドヘッドの収納
障子の白さ、ベニアに濃いめオイルステイン仕上げ、家具建具の柔らかい白は布。

アクセントみたいな大きな把手。
簡素な和室

この奥には水回りや厨房、女中室などが配置されているようだが、非公開。外から少し見える。
水回りはスリーイン。モダン住宅
和室側からは納屋がみえる。庭作業の道具などをしまう倉庫だという。手前に葡萄棚があり、今でも毎年実るそうだ。
↓建具の欄間などはなく、そのまま天井までオープン。緑に反射した光は家中にあふれ。
夜には暖炉に薪のあかり
一間ごとに列柱する丸柱は和室開口部にさえ例外なしで、その厳密さは煉瓦や石で家を作る欧米の人の哲学のようにも思える。
その柱が支える重厚な登り梁もやはり一間毎にかかり、深い庇の持ち出しを生んだ。
住宅の裏側に回る。というか、こちらが表玄関
ブルーノ・タウト
とレーモンドと交流し、戦前フランスに留学した。晩年 山田かまち
の才能も応援した。
そんな人が暮らした住居である。
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