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きのうは月曜だというのに職場の仲間と夕方から食事に行った。ちょうどケガをした同僚の代わりの人が勤務終了ということと復帰する人との慰労と祝いを兼ねて。もう夕方の5時半を回った頃に店へ着いたが店に「午後7時までドリンク半額」という張り紙を見て飲兵衛の同僚が慌てだした。なんだか結局、食事というよりは飲み放題(?)の方がメインみたいになってしまった気もする。それでも注文した料理の出足も遅かったので最終的には晩の8時くらいまで店に居た。その店の後にミスドへ立ち寄る。そこで一時間くらい話の続き(?)をする。しまいにコーヒーを5杯飲む。やがて9時過ぎには散会。それぞれの方面へと帰っていく。どうも晩の中央線は乱れるらしく今回も10分くらいの遅れで運行していた。なんとなく復帰する人と雑談しながら列車の到着を待つ。どことなく次の日も平日なので「家路を急ぎたい」気持ちが列車待ちの最中にも漂ってしまうか。だから列車に乗っても大したこともない差しさわりのない会話に終始。こちらは途中で乗り換えをするため先に失礼する。なぜか大体この駅に停まると暫くの間、停車してしまう。どうも微妙な間が嫌だ。そんな気持ちで列車の出発を別のホームで見送る。そしてホームに列車が入線してくる。それから暫く停車した後で列車は出発する。なんとなく出発合図も長めに鳴り続けている。そして少しウトウトしたいのだけれどコーヒーのせいで目が覚めてしまう。だから何となく目が充血して疲れる。その感覚は終点に着いても変わらなかった。だから自宅へと戻って来ても何か変である。
October 31, 2006
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けっきょく昨日は昼前から久しぶりに部屋を片付け続けていた。いい加減に晩の10時前には潔く作業を中止して中途半端ながらも一時保存的に原状回復をしたけれども。いつも涼しくなった今にダラダラと片付け作業をするのが半ば恒例化している。とはいえ続きは一体いつ再開されるのか。それにしても溜めたものだ。きっと後で読もうとか思って雑然と置いたものが大半である。もしも即座に何らかの処理を施していたら今日まで捨てずに置いておく必要はなかったはずだ。こういうことを確認するため一々もう一度、初めから目を通してしまう。だから作業は遅々として進まぬ。この部屋を明け渡すまでには何回か作業を繰り返さなければならない。だいぶ本や雑誌を束ねたが未だ埋もれたままのものもある。だいたいが実家から引っ越しをしたときにガラクタごと一切合切を持ち込んでしまっただけに性質が悪い。こんどの家でも同じような轍を二度と踏みたくはない。しかし思い切って捨てるものをまとめると何だか気分がすっきりとする。どうも心なしか楽しい。やはり坂口安吾みたいに埃の堆く積もる書斎を真似てはいけない。どうかすると健康も蝕まれる。これが10年間の開き直りから得た教訓である。とにかく捨てられるだけを捨て切るに限るのだ。
October 30, 2006
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ほんとうは履修届を出していない大学の手続などもあるのだが。また普段のズボラな自分に戻った感じである。クルマのことも面倒臭くなって週末はゴロ寝である。とりあえず部屋の片付けでもと思いつつダラダラと週末の時間を徒に空費している。まるで変温動物みたいに動かぬまま・・・。いつも日本シリーズが終わってしまうと襲ってくる空白感。べつに特別な思い入れがあるという訳でもない。けれども11月を迎える前の時期というのは何だかエアポケットみたいなものがある。このエアポケットに嵌ってしまうと一瞬にして自分の思考はストップし冬眠状態に陥るのである。すこし先を見ないとイケナイ。ふいに思った。たとえば次の三連休のこととか。どうしても目先に溜まったことしか意識していない。だから急に暇が出来ると行き詰る。そして無駄に過ごして月曜を迎えるのである。どうにも気持ちの掛かり具合が弱い。というか内心は休みたかったのだろう。だいたい今は10年くらい前の型で25万円以下の1500ccクラスでAT物件を探している。もうじき今の住まいも出て行かなければならないので先に転居先を決めてから車庫を見つけて物件を探そうかとも思っている。どうせなら限定解除に通うのも良いかなあ等とも考えていたりする。なにせ8日以降は乗っていないのだから、とりあえず今度の連休にはレンタカーで走ってみようと思う。そしたら、いろいろと気づくこともあるだろう。さて、どこへ行こうか。これからボチボチとプランを練ることにしよう。
October 29, 2006
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そんな気がする。あの茹だる様な暑さも随分と遠い日に思える。ようやく落ち着いた時を過ごせる状態になってきた。おとといの晩は深夜まで飲み歩いてたため昨晩は7時半過ぎに寝てしまった。おかげで朝方の4時前に目が覚めてしまった。けれども明け方になり再び眠気が襲ってきている。巷では相変わらず物騒な事件が報じられ続けている。あの一昨日の練馬での出来事といい、昨日の宇都宮での出来事といい、いったい何が昂じて事件に至ったのか理解に苦しむ部分もなくはない。けれども個々人の生活というものが自由度を増すことによって生じたリスクの顕在化なのだろう。だから復古調的な回帰の試みもあるけれど根本的には新しい取り組みを見出さないと問題の解消へ至らない様な気がしている。とかく過去の価値観というか倫理観を持ち出してきて説教を垂れ流す傾向が顕著になるけれど、それは自己満足で実際の世の中を見ないで得意面している様なものだ。だから高校世界史必修が形骸化していたことを教育改革ネタとして官房長官が得意気に取り上げる様を見ていると何だか情けなくなってくる。それを追いかけるようにして主要日刊紙もバカらしい提灯な社説を掲げるに至っては日本の言論というものも上っ面を優しく撫で回す様なものなのか。この国が適度なバランスを失いつつあることに着目して教育システムのリフォームを唱えることは的外れではない。しかし基本的なスタンスを依然として文部科学省による中央集権的な統制の下に置くことが果たして妥当なのか。そして学校教育にのみ目を向けて改善されると思っているのか。どうにも小学校に入る前の段階で大きな禍根を残している様に思われて仕方がない。だから麻生が義務教育の前倒し論を主張したことにも一定の論拠はあると思っている。いくら子どものしたい様にやらせるといっても好きなものだけを食べさせ好きなことだけをさせ放置するのが妥当なのか。たぶん小学校から大学に至るまで横たわっている根本的な問題みたいなものは大して変わらない。それは親の意識でもあるし、当人の意識でもある。ただ昔よりもコトバだけは屁理屈みたいな位に難しいのを知っているけれども実際の中身を知らないで振り回しているような人たちが増えたか。それは戦後というものが既存の権威というものを否定しながら続いてきたことの当然の帰結なのかもしれない。いわば大衆が旧来の階級というものを打ち壊し、物理的には下克上的な社会を構築し下品な社会になった。あの織豊時代みたいな感覚を現代という時代は体現してるのかもしれない。
October 28, 2006
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きのうは休暇で府中試験場へ行った。なんとか午前の試験で合格した。その後に昼をはさみ免許の交付を受けた。その帰りに売店で初心者マークを買った。もうハンドルを握らなくなってから三週間近くなる。この週末に一度は路上を運転したい。とりあえずは中古車を物色したいところだが。それにしても不思議なものだ。ずいぶん昔の夏に寝てたら夢で魘された。そのシュチュエーションとは自分が免許もないのに運転しなければならないというものだった。その寝起きの悪さから暫く夢の記憶が頭から離れなかった。あれから月日は経ち皮肉にも教習所へ通い免許を手にしたのだ。これから一年間は初心者運転期間となる。ちょうど試験会場の下の階で「初心者講習」という名前の会場に大勢の受講者たちをみた。あるいは他の部屋でも違反者向けの講習会らしき風景を見た。ただでさえ休めないのに再び試験場に来るのは御免だ。そう彼らを見ながら気持ちを引き締めた。とりあえずは中古のカローラあたりで25万円程度の物件を探してみようかと考えている。その間はレンタカーでも利用してみようかと思っている。ちょうど秋の行楽シーズンでもあるし。すこし遠出をして駅レンタカーでも使ってみようかと。だいたい今のところは、そんな風に考えている。
October 27, 2006
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すこし朝は冷え込みを感じるようになった。それでも日中の陽射しは未だ強い。けれども日の入りは案外と早くてモタモタしていると辺りは一瞬にして暗くなる。なんとなく夕飯を食べて暫くゴロゴロしていると急に眠気を催すようになってきた。なんだか、冬眠の走りみたいな感覚でもある。4月付けで「再度入学」をした大学も半年近くホッタラカシである。まだ履修届も出していない。さて卒論も何を書こうか。なかなか想いつかない。それにしても卒論だけ残して満期除籍となったのは何ともアホラシイ。けれども次のステップを考えたときには乗り越えなければならないのだ。まあ10年かかっても位の気持ちは持っている。でもノンビリしていると以前の繰り返しになってしまう。何をするかキチンと見極めないと。そうした意味では大学の近くに転居しようかなあなどと思っていたりする。もう少し環境を整えないと日頃の仕事に時間を奪われそうな気がしている。どうも年を取るとともに「その日暮し」的な感覚が強まっていくのがわかる。たぶん延長線上にはホームレス的な選択肢というものも意識としては見えてくるのかもしれない。そういう誘因は多分に年齢的なものが大きいのだろうか。どうも20代前半の観念的な思考から離れていく気がする。だんだんと実利的なものを追求する感覚が研ぎ澄まされていくような気もする。それは仕事上から必然的に身につけてしまったものかも知れない。そこには常に形式と手段との組み合わせ術が要求され続けるため止むを得ないのだが。それにしても「そこそこ」感的な及第点思考から抜けない。
October 26, 2006
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きのうまで続いた雨も午前中に快晴へ変わっていた。ちょうど昼前にチャリンコで久しぶりの出張をした。もう十何年ぶりに通る道は周りに集合住宅や駐車場が広がって別の道を通っている錯覚を引き起こす。たしかに所々では道も変わっているらしく帰り道に違う場所へ出てしまったりした。それにしても道幅が広くなった。それに引き換え甲州街道は昔よりも狭く感じる。それは小学校の頃に記憶をした意識からなのだろうか。あの歩道橋で何故か泣いていた当時を思い出す。いまでも何で独りで夢中になって外へ出たのかわからない。けれども泣いていたらしい。不思議なことだ。この辺りは確か小学校から中学校までにかけて通った記憶がある。そろばんを習いに行くのが嫌で3級を受けに行った会場も今では小奇麗になっている。その近くには変わらずに自転車やホーム・センターが交差点付近に向き合っている。この長閑な風景だけが当時そのままに残っている様だ。あちこちで先日まで通っていた自動車教習所の教習車を見かける。もう少し先へ行くと別の自動車学校がある。そういえば明日は府中試験場に行くのだった。もう卒業してからは溜まってしまった仕事を片付けるのに必死なので殆ど勉強していない。不意にそんなことが頭に浮かんでは消える。きっと営業の人は毎日こんな感覚なのだろうか。ずっと内勤で雑務畑を歩いてきた人間にとっては新鮮に感じる。そういえば午後は社内放送設備の修理が来るんだなあ等と思い出す。あるいは再び雨漏りが出ていないか等と気に懸かり始める。どうにも雨上がりになると施設のことが気になる。もう本社は新築移転するというのに出先はホッタラカシである。好い加減に築40年近いのだからマトモに大規模修繕してくれないと困るのに。もう窓枠は鉄製で外側が腐ってしまい、雨が降ると浸みて屋内に滲んで来る。もちろん窓の開閉は大半が出来ない。外壁はクラックだらけで悲惨だ。事務所内の床はタコ足配線。おかげで足をひっかけまくりでパソコンの電源を落としたりもする。知らぬ間に掃除作業でコンセントが抜けてしまっていたこともあった。とくに夏場、冷蔵庫が電源オフになったときは最悪だった。湯沸かし器も電気ポットも壊れても買い替えすらままならない。どうも最近はテレビだ。ときどき音声だけになってしまう。もう15年以上も前の製品なので故障しても修理に出しようが無い。たぶん地上波デジタル化まで買い替えできなそうもないので我慢である。そういう危うい映像・音響機器ばかりゴロゴロしている。この冬は故障品の廃棄ラッシュ。なにしろ前任者が怠けに怠け切ってくれていたので、何から何まで「捨てる」ことから作業を始めないと先に進まない。どうでもいい書類やら何やらが机の周りを占領しているので、自分の机から半径2メートル以内は立ち入り禁止にしている。いつ山が崩れてしまうかわからないからである。この夏も書類の廃棄で明け暮れた。よくも、まあ捨てずに溜めたものだと感心した。おかげで書庫スペースは完全に空っぽになった。それでも未だ整理できない書類が溜まっている。これは年内に捨てないと多分ダメだろう。いつも物と書類の分別と廃棄に追われる日々。そして施設の補修も。
October 25, 2006
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このコトバを実感したのはベルリンの壁が崩壊し、当時の東ドイツが瞬く間に国家としての機能を喪失していったときだった。そして当時のルーマニアでのチャウシェスクの銃殺というニュースを知ったときだった。ひとつのヴェールで覆われた世界の一端を垣間見たことの衝撃を想い起こす。いつも私たちは見えないものに対しては余りにも無力だ。そうやって遮られているうちに存在すら忘れ去ってしまう。その影に隠れて行われている夥しい数の不正というものに気がつかぬままに。どんな権力も自らの存立を危うくする存在に容赦なく暴力を合理的に行使するという歴史的事実。あの岐阜県で継続されてきた不正も参議院議員となった当時の副知事が半ば当時の知事を脅しつつ体制を温存させたのだ。そして長野県でも冬季オリンピックに伴う滅茶苦茶な饗応の限りを必死に議会が隠し続けて見事に旧体制下へと復古した。過去の教訓に目をつぶる東京都の愚行は如何に。このままタケノコ剥ぎの様に公務サービスを削っていくのは構わない。けれども、あらゆる職域でコスト・カットのみを主眼とした労働条件の切り下げが常識化していくことは、長い目で見たらば現在の悪化し続ける労働環境を是認することにつながる。その辺りの議論は吹き飛ばされている。おそらく何年か経ったら日本の平均寿命も「人生50年」に回帰していくと思う。それは世界的に見たら不幸なのか判らない。むしろ今のような荒んだ社会が展開していけば自ずと人々は疲弊して潰れて行くと考える方が自然なのだ。そしたら年金や介護なんて制度設計は無意味に見えてくる。こういう荒み切った意識というものをポスト団塊世代は実感として持たざるを得ない。なぜなら、私たちの眼前に広がるのは社会的には荒れ果てきった荒野だけなのだから。これほどまでに無機的に非人間的な空間の広がる世界を前にして生きることを意識するには余りに殺伐とし過ぎている。
October 24, 2006
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いつも夥しく流されるニュースという名の洗脳に近いフレーズの連呼に毒されていると本当に気に留めておかなくてはいけないことさえも日々の荒波にさらわれ忘却の彼方へと過ぎ去ってしまう。これが繰り返されると自分の感覚というものが完全に麻痺させられるのではないかと不安になる。ふと耳を澄ませば捕らえられたであろう物事の多くから徒に目を逸らして何事も無かったかの様に平然と普通を装っていられる自分の厚かましさみたいなものに気づき始めた。それでも日々の平凡さみたいな退屈の塊に呆れ果て自分を誤魔化している自分の姿から目を背け続けていたのだった。ああでもない、こうでもない、と漠然と喚き散らすことによって唯一、自分らしさを見出せた様な錯覚に陥り、その不安にも似た焦燥感を紛らわすことだけに腐心していた日々。そうした循環への疑問と懐疑と絶望の連鎖において自分というものの儚いアイロニーに満ちた生い立ちを知るのだ。それでも諦めない。そのエゴの強さに怯えながらも自らの生というもののドロドロした感触だけを頼りに生きている自分に気づく。そんな根拠のない生き方の拠り所さえ、むしろ自分にカケガエノ無いパーツになりつつあるのだという自覚。ただ、それだけに依拠し続ける自分の人生という幻。
October 23, 2006
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こうやって週末の限りある時間を際限なく無駄に費やしたことを悔やみつつ外の雨に明日の天気を予想しながら眠りに就こうとしている。あれほど嫌だった中途半端な暑さに終わりを告げた途端に何故だか晴れやかな青空を恋しく思う矛盾した気持ちに一体、何を理解してやればいいのだろう。きょうのファイタースは八木の執念で勝った様なものだった。あの井端への第二打席以降の攻めは明らかに八木の意地が露になっていた。それと対照的に山本マサの方は自分で決めにかかった球が外れると次の投球が明らかに甘くなっていった。そうした展開の積み重ねが試合の流れを決めた。そうしたことを知りながら金子に勝負をさせた落合という人間は実に面白い。たぶん試合の流れ的には山本マサが墓穴を掘り始めているのに気づきながら彼に試合の下駄を預ける度胸というのは、並大抵のことでない。その前の打席で金子が何球も放らせているのを知りながら委ねたのだから。それにしても稲葉や新庄の打ち取られた当たりがヒットになりタイムリーに結びついたのとは逆に山本マサの三塁前へのバントや立浪の中途半端なスイングがチャンスを潰すことに至ったのには、昨日のゲームと対照的なものを感じた。この次の試合でDHに戻るセギノールの打棒が楽しみだ。
October 22, 2006
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この日は日ハムの自滅だった。あの満塁策の後での失点といい、逆転のきっかけとなったエラーといい、攻めの気持ちを失ったファイタースの守勢というものが勝負を決めた。かたや川上は失投も目立ったが気迫というハッタリで随分と致命傷を逃れていた。もちろん井端の守備力が大きいが。あのセンター前に抜けたと普通は判断される打球が井端の差し出したグラブに余裕を持って吸い込まれた瞬間に日ハムの勝機は潰えた。主軸の小笠原の無茶振りに象徴されるようにゲームから暫く経った日ハムには無駄なスイングが目立った。あれでは川上を打ち崩すまでには至らないだろう。たしかに3点は失ったが先発のダルビッシュは充分に役割を果たしていた。むしろ問題は打線の方にあった。しっかりとカウントを溜めて川上の失投を誘うような姿勢は彼らには見られなかった。この淡白な攻めが二戦目も続くとシリーズの流れは半ば決定的なものになるのではないだろうか。いちおう川上から2点を奪い一時は同点にした。この勢いを二戦目に勝利として結実させることができるか。むしろ小笠原を二番にして打線を変えると攻撃にアクセントが出てくると思うのは私の単なる出任せの発想なのだろうか。いや新庄の六番はもったいない。もう少し組み替えてもいい。
October 21, 2006
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この日は職場の人たちとジンギスカンを食べた。どうも酒癖の悪い人がいて困った。こういうのを見ていると外で飲む酒というのは慎重に相手を選ばないと自分の方が不愉快になるなあと思った。たぶんタバコと一緒で飲まない人にとっては迷惑なこと極まりないのだろうなあなどと反省した。その後もコーヒー屋なのに酒を飲む人を見て何だか風情もヘッタクレもないなあと酔いはとっくに吹っ飛んでしまっていた。どうにもジンギスカンの後なので焼肉の臭さが追い討ちをかけて余計に情けなくなった。複数の人と会食をするというのは人それぞれ趣向が違うので難しいなと思った。それにしても酔っ払いというのは素面の人から見れば優柔不断で極めて厄介というか面倒な存在だと、その人を眺めていて考えてしまった。べつに、この人だけが酔っ払いの典型という訳ではないけれども、少なくとも酒癖の悪さなど当人には自覚のしようがないのだから心しなければならん。そんな嫌悪感を覚えながら駅に向かう。ツイテイナイ。ホームに降りても未だ中央線のトラブルでホームには人がごった返している。それでも我慢して待ち続ける。そうして何とか待った末に電車に乗り込む。誘ってくれた人には悪いけど何だか気の進まない会食というのは徒に疲れるものだ。やはり肉とかカニといったメニューは落ち着いて話ができない。これでは初めから話を抜きにした会食をしているに等しいのに。なんでも忘年会の会場も寿司屋なのにロクに寿司が出ないらしい。どうやら幹事の中に不届き者がいて会費の一部を自分の寿司代にプールしているという噂がある。まさかと思いもしたが、この前にも職場でのスポーツ大会で参加者へのドリンク代としてカンパをした金が飲み代に「流用」されていたらしいので、あながち嘘ではないらしい。こういう金に汚い職場というのは居心地が悪い。だから自分なりに何とかして一日も早く異動したいと思っている。
October 20, 2006
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この8月の件といい、パイプライン構想の頓挫といい、これほどまでに相次ぐトラブルに政府側がほとんど等閑視してきた異常な事態は対ピョンヤンへの異様なまでの関心の強さと対照的である。この日本海を隔てたペキンとソウル、ウラジオストクのあるロシアとの関係の改善は急務である。あの北方領土を巡るスキャンダルによって事実上の平和条約締結に向けた作業は凍結状態である。あのサンフランシスコ講和から国交回復を果して以降、停滞したまま北方外交を放置し続けてきたことのツケは極東地域における情勢の不安定化が顕著となった近年に至り影響を増し続けている。どんなにアメリカに追従した所で日本のエネルギー政策に明るい未来は開けない。そのことを率直に認めないまま対イラクに加担したことの対価は今後も支払わされることになるだろう。いまだにロシアの国家実行としての北方領土の占拠が続いている限り日本の戦後は終わらないという事実。むかし釧網本線に乗っていたとき靄に包まれながらも海原の向こうに北方領土と称される島の一つを見つけた。あれほどの距離にロシアが駐留し実効支配をしているという現実をまざまざと感じたことはない。きっと日本海や東シナ海における領土紛争の実感というのも同じ緊張にあるだろう。この解消されない緊張を抱えながら日本という国は存在している。べつに、どこの国でも隣国との緊張が皆無という訳ではない。むしろ常に緊張を抱えながらも国家としての意思決定を不断に続け緊張を緩和することに腐心しているというのが多くの実情ではないか。その意味では普通のこと。あのイスラエルが日常の如く自国内でパレスチナ自治区を爆撃したり、隣国のヨルダンをテロルの掃討という大義名分で沿岸から戦艦で艦砲射撃するという異常な治安活動を展開するということも何らかの「意味」を持っているのであろうか。この「先制」の論理が果たす役割と意味は罪深い。たしかに20年前の世界は一種の封じ込められた箱の中に、それぞれ人々が物心の両面で押し込められていた。そうした呪縛を解かれたことによって人々は根拠のない安堵を一時的に覚えた。だが根拠のない安堵というものは永続しなかった。その封じ込めの理由を辿る様に混乱が訪れたのだ。その過程で少なくとも国家というシステムそのものの持つ保持された暴力機構の本質みたいなものが徐々に明らかにされてきた。それは単純に国家という枠組みだけから成り立つ単一の簡単なものではなくリアルな人間の欲望を巧みに包み込むように設計された有機的な一つのシステムだった。かくして専制的な共産主義の崩壊に続いて群雄割拠的なカリスマ的独裁主義が存在感を顕示し始め一方では古典的価値観が支配する伝統的な保守主義が潰えてリベラル的な価値観を保守する勢力に対するカウンターパートとしての急進的な復古的価値観を標榜する集団が台頭してきているのだ。この価値観のリトマス的な「振れ」みたいなものの中で私たちは確実に疲弊をしている。あの経世済民的な経済的価値の指標による呪縛が加速度的に強まって「金融工学」なるエッセンスによって塗り固められたハリボテ的な価値体系のバーチャルさによって人々は幻惑をさせられ続けている。この「貨幣」や「決済」というバーチャルな存在が日常の実在を現実に支配しているという事実。そのことに目を背けたくなる。けれども背けたくとも背け切れないくらいの莫大な規模に膨らんだ途方もない現実そのものに人々は無意識のうちに認識を閉ざしている。だから世の中が荒むのだ。このバーチャルを構成するルールそのものが果たして社会にとって妥当なものであったのかという根本的な問い直しは今後も提起されなければならない。そのことをしてこなかったからこそバブル崩壊後も「いびつな」形でバブル的なるものは変容を遂げて災いを齎したのではないのだろうか。そして同じ様にポスト・イラクを考える際に根拠の「あいまいな」戦には加担しない、ということについて今一度、再考すべき時に至っている。それは無理やりな立法を重ねた挙句にマトモな結果すら得られなかった過去の教訓を無駄として葬り去るのではなく新しい向き合いを語る場として。そうした意味でドイツの様な極端な贖罪をしろと云うのではない。けれども、中途半端に終わった戦後処理の問題を片付けぬまま日本が新しいステップに進み続けることは再び隣国との強度な緊張関係を惹起することになる。このことは歴史観を抜きにして客観的な政治認識として常識である。その意味で単に国交を回復しただけのロシアとの間に幾らビッグ・プロジェクトを仕掛けたとして依然として不安定なものとしか成り得ないことは明白である。そうした意味ではソウルやペキンと結んだレベルの条約を一日も早く締結しなければ、ヨーロッパ諸国との競争に負けることだろう。
October 19, 2006
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そもそもが論理的な破綻を抱えていた。そう思わざるを得ない。これまで核不拡散という核保有国による論理の敷衍というものが幅を利かせていただけである。現実にはパキスタンやイランなどがアメリカに歯向かって既成事実によって正面突破を繰り返すことで崩されてきた壁みたいなもの。そろそろアメリカの覇権主義的な主張も色褪せて見えて来ていた。その矢先にテロルという新しい獲物を見つけただけに過ぎない。ただ既成の価値観によって等閑視をしていただけのことである。いまや泥沼に嵌った状態で息も上がり気味に泥濘を踏みしめているというのがアメリカの現実だ。どこまで核保有国のヘゲモニーというものを論理として主張し通せるのか。その疑問に正面からの答えを未だ見つけられていない。だから独裁という存在が規模の大小を問わず如何なる価値体系の中から認識をされ、そして価値付けられて存続し得るのかについて甚だ確証を得られないでいる。この竦み切った構図から展開していく様相というものは限りなく皮肉である。もはや安倍クンの様に戦後のレジームを否定しながらも極端な従属節を謳い果たして「じゃあ一体、アンタは何をいいたいのか」意味不明な言説を声高に叫びながら情緒的な自己撞着に溺れ行く始末に終えない日本。
October 18, 2006
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まともに出産できない現実を変えられない政治とは一体、何なのか。どうやら肝心の命を授かった以降のケアというものが、この国には皆無だ。ほんとうは世界でもトップクラスの堕胎大国という事実を隠しながら「いまどきの女性は」などと論点を摩り替える政治家のセリフに我慢できない。その意味で「改革」を標榜されたものは実際には「まやかし」に満ちていた。かつての「いじめ」に対する処方箋は結局のところ出されぬままだ。そして「先生たちは、手を抜いてしまいました」などという訳の判らない弁明を校長が言う。そうした問題の本質を素通りしたまま教育改革とは。あるいは日本での在留資格を得られない彼らに向かって女性キャスターが「たいへんですねぇ」とコメントするメディアのセンス。たぶんメディアは単なる広告塔のテロップ・ニュースの棒読みと変わらない作業を人力でテレビ・ニュースとして仕立て無意味なものに中和して垂れ流し続ける。すでに牙を抜かれた生ぬるい報道に浸かっていると怒りを通り越した感覚になる。ほんとうの皮肉を吐けないメディアというものがメジャー化していることは国のあり方としては最早、危険水域に達している。それでも見方を変えれば淡々と報じられる事実に向き合う人間の感覚次第なのかと。
October 17, 2006
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たしかに陽気は秋にしては気温も高くて湿度も低くて過ごしやすいのだが何となく疲れを感じる。どちらかと云うと眠れるだけ寝て居たい様な感じである。ほんとうは落ち着いて読書などもしたいと思うのだが昼間の仕事がバタバタしすぎて、帰る頃には疲れ切って書店に立ち寄る気もしない。それにしても安倍政権は甘いなあと思う。たぶんアメリカの肩代わりを張り切ってしているバカなボンボンなのだろう。そういう甘ちゃんな姿勢というのは徐々に世論へ波及していくことだろう。むしろ緊張を増している時だからこそ賢明な解決をソウルやペキンとともに模索すべきでないか。この50年以上にわたる休戦状態が休火山みたいに火を噴く可能性を否定はできない。そのことはソウルでの戒厳に近い状況を見れば容易に想像できる。なかばアフガンやイラクで長期化した紛争に嫌気がさしたアメリカは自らのスタンスを変化させてツケだけを日本におっかぶせようとする。こういうムチャクチャナ極東地域の安全保障というものに具体的な展望は描けるのだろうか。もし強硬な主張をしたとしても現実論としては採用に値しない。この事実上のピークに達した緊張感を如何にして緩めなおすか。そのカギは声高な勇ましい彼らに呼応するような態度ではないはずだ。
October 16, 2006
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この日は、朝食にパンを買い出ししてきた。ごりらのぱんやさん、という一風、変わった名前の店に行って来た。ことしの5月下旬に店を出したばかりで夫婦で営んでいるらしい。少し離れた所にあるジャム屋で店の存在を知ったが、妙なネーミングが気になって買い出しに向かったのだった。もう宿を片付けて帰る支度などもあったので、朝食もホドホドにして布団をしまったり部屋を掃除したりした。生ごみはコンポストに入れ、可燃物は燃やし、不燃物や缶ビン類は購入場所へ戻す。その足で吐竜(どりゅう)の滝という所に寄ってみた。日曜なので、結構な数の人が訪れていた。とりあえず観光らしい所にも寄ったので、帰る。なんとか渋滞にも巻き込まれずに帰路へつけた。それにしても暑かった。やたらと車内の室温が高くなって、辛かった。そのため、双葉や談合坂で途中、昼食や休憩をはさんで帰った。やはり高速は運転する人にとっては眠気がキツイだろうな。もう自宅に戻ってきたらドット眠くなってしまった。おかげで晩の8時には寝てしまった。これで暫くは再び日常生活が続くと思うと少し残念な気がした。けれども、これも非日常だからこそ良いのであって、し慣れないことというのは案外と疲れが溜まるものだなと勝手に思ったのであった。
October 15, 2006
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この日は午前1時半すぎに寝たこともあり、朝すぐに起きられなかった。ようやく起きたものの、おなかに強い違和感を覚える。だから朝の散歩もせずに暫く布団にくるまっていた。それでも朝食になってから再び起きるものの、食欲がない。なんだか風邪をひいたような悪寒がある。焦った。よほど午前中は寝ていようかと迷った。それでも「清里の森」のテニスコートへとノコノコついて行く。前日と違って曇った空に時折、冷たい風が吹く。このまま大人しくしていると本当に風邪を引きそうな気がした。そう思って仲間につられて一年ぶりにラケットを持って適当に振って遊ぶ。そのうち汗がどっと噴き出してきた。なんだか昼近くには体が軽くなった気がした。おかげで昼食を「二葉」という豚カツ屋で食べたときは不快感は消えていた。きっと二日酔いだったのだろう。その後は再び「清里の森」に戻りディスク・ゴルフをして近場の温泉に浸かってから宿へ戻った。しかし昔の有料道路を古いカー・ナビは案内しないため清里駅周辺で何回か道を迷ってしまった。141号線から県道608号線を通ったが初めて通るルートだったので大門ダムの付近を通った時には不安になってしまった。そうこうモタモタして帰ったら買い出し組みと戻りが一緒になった。この晩はアサリのニンニク炒めをビールの肴にレタスしゃぶ。きのう飲み過ぎて失敗したので量はホドホドにして昨晩よりもペースを落としながら飲む。その後レタスしゃぶのだしで雑炊を炊く。それでも話の方は何故か遅くまでダラダラと続いて結局、午前二時近くになってから漸く就寝す。
October 14, 2006
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この日は朝から荷支度を慌ててしていた。ちょうど少し気候も秋の陽気に切り替わりかけたこともあり山方面への備えをしたりして。そんな訳で朝の8時半すぎに拝島駅の北口へ集合。すでに二人着いていた。ほどなくして9時近くに全員集合して出発。八王子インターから長坂方面へ向かう。釈迦堂で休憩をとり2時間弱で長坂に着く。その足で「いち」という蕎麦屋へ向かい11時半少し前に着く。そこで鴨そばを食べた。店の人は北海道の新そばだと云っていた。それから宿となる「AAC八ヶ岳山荘」へ向かう。荷物を降ろして「清里の森」へと向かいパーク・ゴルフをする。その足で近くの温泉に寄る。その帰りに「ひまわり市場」というスーパーで夕飯の材料を買いそろえて宿に戻る。さいしょは外で肉でも焼こうかと準備をしていたが思っていたよりも寒かったので部屋で肉を焼く。テレビもないPHSもつながらない宿なので次第に酒飲みと話に移行していく。おかげで宿に置いてあった「黄八丈」を飲みすぎた。とちゅうで醤油焼きそばを焼いたりして肴にする。それでも去年よりは食が細くなったのか無茶食いをしなくなったのか結構、材料が残った。あんまり話の内容は記憶に残っていないが訳もなく話が盛り上がって午前1時半すぎに就寝した。
October 13, 2006
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ついぞや実際に試合を観ることはなかったがファイターズの四半世紀ぶりリーグ制覇が決まった。これはボビー・バレンタインの影に隠れてたトレイ・ヒルマンの存在をあらためてクローズアップすることとなった。かつての江夏と同様、マイケル中村を抑えに定着させた投手陣の力が大きい。たしかに終盤ではベテランの金村がピリッとしないでゴタゴタした。けれども今年の八木、そして昨年のダルビッシュに代表される先発投手陣の整備とマイケル中村や武田を中心とするリリーフ陣の安定感がシーズン11連勝などに象徴されていた。森本、新庄、稲葉の外野陣も素晴らしいし。そうした意味でレフトに松中を入れたホークスは外野守備力という点で1点を失う率が高かった。それはシーズンを通してみると、接戦での競り負けとしてリーグ3位に甘んじた結果につながる。それとマリーンズ同様ファイターズも捕手を複数で併用するなど守備陣の層も厚さを保っていた。ともにドーム球場となる日本シリーズでは両チーム外野陣による「捕殺」の競演が楽しみである。とくに福留やアレックス、新庄や森本の送球に注目したい。それにしてもダルビッシュも八木も十分にゲームを作っていた。この二人を擁するファイタースの日本シリーズでの健闘を期待したい。
October 12, 2006
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ついにトラは倒れた。いや既に倒れていた。それでも倒れるまでの23勝5敗というハイペースを予想できたであろうか。たしかに井川は不甲斐がなかった。そして久保田もケガやリリーフ失敗を重ねた。それでも8月中には終わったかに見えたリーグ戦を何とか10月まで引っ張ってくれた。たしかに竜の野球は玄人好みではあるが地味である。いかにもパリーグ上がりの落合らしい野球。下手をすれば1点取れば逃げ切るような野球。前半戦では朝倉と佐藤が先発の軸として機能した。後半戦は彼らの息切れもあってモタツイタが、山本や川上の粘りで勝ち星を拾いながらしのいだ。それにしても名古屋でトラは負けすぎだ。あれでは情けない。ちょうど今晩から札幌でホークスが三度目の正直を賭けて戦う。負けん気の強い杉内が吉と出るか凶と出るか。二戦目へと八木を温存したヒルマンの思惑は如何に。初戦で松中が打てば局面は相当に大きくホークスへと傾くだろう。それにしても伊東は何故、二戦目に松永を先発させたのだろう。よほどホークス打線をナメテイタのだろうか。涌井を信用しない、という姿勢であるならばシリーズで貝塚を先発に起用しなかった時と同じスタンスを感じてしまう。こういう采配振りがライオンズの野球をつまらなくしている。とりあえず今の私は二戦目に八木がどんな投球をするかが気がかりである。できうることならば、シリーズで彼と川上との投げあいを見てみたいものである。この二人の投手は勝ち負けは別として見ごたえのある投手である。そういう意味ではファイタースに何とか勝って出てきてほしいかと。
October 11, 2006
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さいしょは週末にレンタカーでも乗っていれば、とも考えたが。あれこれと考えると転居と駐車場の確保そして中古車の購入という線に落ち着いてきた。とりあえずトヨタ・コンフォートで覚えた車両感に近い車種で運転の練習を積むことが良いのではないかと。あくまでもイメージなのだが。しばらく車に興味を持たずに過ごしていたら世の中も随分と様変わりしていた。いろいろと見たが新車で魅かれるのはスバルの軽でR2。あと欲張るとマツダのRX8か。あとはイマイチの様な。であれば中古車で適当なのに暫く乗っておれば次の車を考えることもできるのではないだろうか。どうせ縦列も難儀なのだから。ほとんどポンコツ同然のものでも良いのだ。ということで何となく今は転居先と駐車場および中古車の物色をしている。まあ優柔不断な性格なので、最終的な決断をいつ行えるかは不明だが。こうやって選ぶ楽しみも今までないものだと思えば結構、新鮮である。
October 10, 2006
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なぜ、あからさまにするのだろう。たしかにアメリカの核実験のことなど日本のマスコミは黙殺をして一切、報じないから逆に待ち望まれていた出来事だったのだろう。すくなくとも日本と韓国はロシアやペキン、アメリカに加えてピョンヤンの不確実性を持った不安定な核兵器にも囲まれた。ヨーロッパでのイギリス、フランス、そして中近東でのパキスンタン、イラン。これらに比べて、アジアで四カ国もの国が公然と核物質を兵器として実用化しているという現実について依然としてアジアの不安定さは存在するのだと再認識させられる。この地域の脆弱な政情が露になったのだ。このことは確実にペキンの成長を鈍らせる要因となる。それを最小限に抑えたいという思惑は韓国も日本も同じこと。そういった意味でピョンヤンの行動は結果的にペキン、韓国、日本の三カ国による実利的な連携を再構築する契機として作用する。それはペキンとアメリカとの距離も縮める。ここでは未だロシアのコメントを拾えないでいるが、六カ国協議の枠組みが今後も維持されるのかは判然としない。むしろロシアの石油開発を巡る日本側との協定の破棄やら日本に対するロシア側の対応も気懸かりである。その意味で安倍がつぎに訪問すべきはアメリカでなくロシアであろう。
October 9, 2006
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きょうも風が強い。そらを見上げても雲は少ない。からっと乾いた秋の空気は昨日よりも秋日和を感じさせる。そんな思いを強くしてノコノコと出かける。ふと頭の中に「キープ・レフト、安全確認!」とコトバがテロップの様に浮かんでくる。あと縦列と方向転換のイメージを想い起こした。いつも見る教習所も何だか新鮮に見えた。あの8月とにかくハンドルもアクセルも滅茶苦茶だった状態から9月に仮免を取り2ヶ月弱で何とか所定の時限を終えた。まだまだ課題の多いことは理解しているがダラダラと教習を受けるのも嫌だ。そんなことを考えながら教習所へと入っていった。午前9時半。受験者たちが集合場所に集まる。その後、試験担当者から簡単な説明を受ける。それから各自、呼ばれて班分け。1班の2番目になる。検定のコースは2番、所内は方向転換の2番。とりあえず所内は右の方向転換なので助かった。コース2番は比較的、単調なコースになるのか。それぞれ検定員に従って乗車。まだ昨日に回ったばかりのコースを確認するように助手席の後ろで検定員の運転ぶりを観察する。たしかに自分の場合は視点のとり方が不足している様な気がした。そして一番の受験者。駐車場所はホームセンターの駐車場の手前。ここから交代して受験となる。あわてて発車したので発進合図のウインカーを出し忘れた。しばらくは何とか普通に運転していたが幅の広い道路で不意に30キロの所を40キロで走っていた。その後も右折の合図を出し遅れたり、駐車前の後方確認を忘れたりと散々だった。場内でも方向転換を1回やり直ししたし・・・。だから今日はムリかなあ、と思っていた。まあ、午後に補習を受けて明日に再受験すればいいか。そんな風に思いながら発表を待った。やはり検定員から自分の気づいたのと同じ指摘を受けたが、70点を切らなかったらしくギリギリで卒業となった。これで2ヶ月弱の教習所通いも終わった。その後、府中試験場などの説明などを受けて卒業証明書の交付を受けた。こんどは、平日に休暇を取って受験しなければならない。だいたい学科は合格率5割だという。95問あって90問は1点配点で5問は2点配点。その2点配点を取りこぼして不合格が多いのだという。危険予測の問題。さて、いったい休暇をいつ取れるだろうか。せっかく受験料や時間を費やすなら何とか一度で済ませたい。しかも駅からバスで随分と時間がかかるようだし。これまでの技能教習の感覚を忘れないためにも早めに取得して再び練習を積み重ねないと。これからは問題集を解くことになりそうか。
October 8, 2006
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けさの天気は昨日と様変わりしていた。それでも冷っとした空気に触れる度に秋なのだと思った。それにしても陽射しの強さは何日ぶりに感じるものだろう。ふと想い返しながら田舎の駅から教習所のある街へと向かう。たぶん久しぶりの行楽日和になるだろう。そして久々の路上教習である。きょうは、卒業検定コースの下見として100分の連続教習と第2段階終了の「みきわめ」教習。さいしょは麻生太郎みたいな声の指導員から指導を受けた。路上の教習中に交差点で高齢者の運転する車が横断中の自転車を刎ねた瞬間を見た。ああいうのを見ると確認漏れはマズイナと思った。だんだん教習を重ねるうちに難しいのは交差点や対面する交通などでの判断なのかなあと感じた。どうしても後方や左右の確認を漏らす瞬間がある。こういう時に限って接触は発生するのだろう。その意味では卒業検定が一つのバロメーターになるだろう。まだ縦列もキッチリと決まらないし。どうにも一つひとつの手順の確認を怠らない、という点が甘い。これは多分に性格的なものであるし、うっかり見落とす傾向が強い、ということでもある。あまり緊張し過ぎるのも逆に適度な集中を妨げるのかもしれない。そんな所を注意して、明日の午前中は卒業検定へと臨むことにしよう。
October 7, 2006
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この日は一日ずっと雨と風が強かった。それでも外へ出かける用事があったので、出勤後、早々に再び雨の中を歩いて出かけた。その後、もっと風も強さを増して酷い降りに変わり、その状態は夕方になっても大きく変わることはなかった。やはり、二つの台風の影響が大きかったのだろうか。そんな訳で晩に自宅へ戻ると6時半すぎには睡魔が襲ってきた。そそくさと食事を済ませた後には布団をかぶって寝入ってしまった。そういえば昼過ぎの食事後と夕方にも急に眠気を感じたりしたので相当に草臥れていたかも知れない。ここ最近は週末も教習所に通っていることもあるだろう。
October 6, 2006
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きょうは卒業検定を受けるために必要な学科試験の練習問題を解き、高速運転のシュミレーション教習を受けた。とりあえず学科の方は50点満点中46点とギリギリでパスした。まだ、駐停車の方法や禁止の例外、あるいは道路標示、はたまた緊急車両の優先措置といった基礎があやふやか。シュミレーション教習は、前回の急ブレーキのシュミレーション時と同じアコム姉ちゃんみたいな指導員が担当した。どうもシュミレーターはゲームセンターと同じで苦だ。どうしても右左折でのハンドルで車体をこする。つまり、ふつうの路上運転レベルで失敗しているのである。まったく。ある人は「いちど目いっぱいアクセルを踏み込んで見たい」といって試していた。また、ある人は高速走行中に「衝突しました」を見事に表示させていた。なにぶんにも50分の間に三人で交互に変わっての教習なので「プチ体験」みたいな感じだが。これでも公安委員会の認定らしいけれど。あさっての朝から再び2時間弱の連続で路上に出る。そこで卒業検定に向けた自主(運転)経路の設定を再び体験し、次の教習で「みきわめ」を受けてOKが出たら日曜は卒業検定となる。まずは「みきわめ」クリアだ。それから卒業検定の路上と場内とで70点以上をキープできるかである。さすがに学科は仮免のときよりも得点が伸びない。もし卒業検定に合格したら、教習所の問題集を買ってコツコツと解くか、職場から近いので自習室に通って府中に行くまで自主トレーニングして備えることにしよう。まあ、あくまでもトントン拍子に教習が進み、パスをした場合の話だけど。
October 5, 2006
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この間の日曜、場内でヤンキー上がり風の指導員にビシビシと方向転換の教習を受けたものの未だ自信がない。きょうも縦列の教習に続けて場内で2時間弱の方向転換トレーニングである。どうも左への方向転換のきっかけが十分につかめていない。あと切り返しもイマイチ。迷ってしまうし。どうも同時に複数の操作をしようとするクセがあるらしい。ひとつ一つの操作が好い加減というか雑であることの裏返しでもある。あとハンドルの切り回しすぎと、アクセル・ブレーキの踏み方が未だダメらしい。なんだか場内に入って3時間あまりで路上よりもフニャフニャになっているな。これでも次は学科の効果測定と高速運転のシュミレーション。その次は自主経路設定の二時間連続と「見きわめ」。この「見きわめ」をパスしたら卒業検定である。うまく合格すれば二ヶ月弱での教習所生活の終了である。あとは府中の試験場で学科試験に合格するのみ。さてどうなることか。
October 4, 2006
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ときおりクラッとする。とりあえず今日は久しぶりに夕空を眺めた。こういう日和も拝めるのは後どのくらいだろう。いろいろなものに触れる感覚が妙に研ぎ澄まされていく。なんだか不思議だが他に云いようのない新鮮な気持ちが秋の盛りに向けて芽生えてきた。たんなる夏バテ明けなのか。もう職場では来季の構想とやらが示された。まあベテランというか団塊世代の重厚な職場なので、よく言えば自動操縦だし、悪く言えば無法地帯である。そういう感覚は上司にとっては自分も同じ世代だけに簡単に言えば「目の上のタンコブ」なのだろう。その云い難さが嫌というほど伝わる。しょせん、ないもの強請りなど無理なこと。そのことを前提に希望を述べたに過ぎない。そう理解している。いくら美辞麗句を並べ立てたところで教科書的な世界など現実乖離も甚だしい。むしろ実際に果敢な対処をしないで胡坐をかくような姿勢こそ改めなければ誰もついてきやしないのだ。そんな風に私は解釈した。やはり長く居る場所ではないな。どうも近頃は上司のスタンスがみんなヘイコラし過ぎていて、その分だけ言外に権力を振りかざす傾向が強くて好かない。もっと柔軟に同じ人間として大所高所から相手をつかんで活かせないものなのか。あんだけの待遇なのにねぇ。
October 3, 2006
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あの明石の事件を忘れたのだろうか。これが改革の象徴となる新しい郵政に向けた具体策なのか。よく見かけた外回りの赤バイクが連なって路地に停めてあった姿と監視カメラとのアンバランス。そんなに民営化が良いことなら監視などという規制なんか論理矛盾だ。むしろ自由放任がいいよ。それが真の競争に晒すということなのではないか。というか監視カメラを配備して成立する民営化とは一体、何なのか。それじゃ昼間からワインを楽しむ外務官僚は。いろいろな留学のハクだけをつけてサッサと辞めて偉そうに論じる輩たちは国家に貢献しているから無問責なのか。そうなの。この国の裁量が選良たる議員でなく官僚に委ねられたままの逆立ちした白紙委任が罷り通る現実。あの、いかがわしい接待を潜り抜けた福井総裁を援けるかのように官房長官に就いた塩崎。日銀の実態は日本の金融行政そのものである。そして金融庁は第二地銀や信金を締め上げて権益を絞る。いままでの信用を悪用している。そう考えないと理解できない。それが変額保険や投資信託を売る郵便局の新しい「営業」姿勢なのだ。どう考えても郵政が抱えている巨額な資金が専ら政府経済を大きく支えている一点を非難した挙句に地方の負債などを考慮しないままに民営化に進んでいる。その辺りで国の借金と地方の借金を混同した議論が郵政資金の取り扱いを早急な方向転換へと押し進めた。その結果として増え続ける国家レベルの負債に対する処理の枠組みは依然として具体化に至らず、誰も追及しないまま現在に至っているのである。この無策を誰も非難しないのは致命的。そこに歴史観を放棄する政治家の登場である。この、唯一の政治の拠り所を自己否定する政治家の登場は何を意味するのか。それは過去の歴史を無視することの決意表明でもある。より具体的には対話そのものの明確な拒否である。ただ自らの拠って立つ価値観を唯一無二にする主義でもある。この薄っぺらいレトリックの成れの果てというのは自ずから透けて見えている。けれども誰一人、そのことを云えない。この裸の王様に何を云えば良いのか。これ程までにネガティブを極めた政治の後に同じ道を踏襲するということは、国民に一層の血を流せと言っているに等しいことなのに。
October 2, 2006
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そんな気がしている。なんだか独り相撲のような。この点のような感覚に何とも云えない焦燥感みたいなものも露になっている。この淡々とした日々の中で確実に意識されているもの。それは単純な一言で尽くせぬものかも知れないが。ただ、こうして過ぎ行く時間の先にも必ず終わりというものが待っていると。
October 1, 2006
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