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どうも淡々としたニュース報道というものは意味不明なコトバを使ってくれる。あのレバノンでの無差別攻撃に対してイスラエルは「ハマスだけ掃討するから」といって一般市民に避難を呼びかけている?という。そんなの茶番だ。どうせ再び攻撃を始めるまでの時間稼ぎに過ぎない。
そんなドサクサに紛れイランの(細かい表現はともかくとして)非難決議案は難なく採択された。あの北朝鮮の決議とあわせて、アメリカの云う(当時のイラクを含めて)「悪の枢軸」に対しては「まんべんなく」非難を浴びせかけることにしたらしい。アメリカ自らの非難などは、顧みずして。
やはり攻撃を仕掛ける敵への「先制攻撃そのもの」は、イスラエルの論理ソノモノなのだろう。ふいに晋三クンなどが無邪気に語っていた「相手が攻撃してくる前の予防的な迎撃行為」たる「先制攻撃」というものは、このようなものなのではないかと思ったし、妙な論理だとも感じた。
どうにもアフガンやイラクで云われ続けた「ピンポイント」の論理は一見、敷衍されてレバノンにおいても正当化されようとしている。けれども逆に論理破綻そのものを露呈していると感じる。あのボスニアでの誤爆と必ずしも同列にできないとしても。もはや非戦闘員を死なせては・・・
このイスラエルという「不信と不安」に駆られ続ける国家の存在を巡って周辺地域で際限もなく繰り返される流血を幾多となく見せつけられながら、モノゴトを規定する論理に作用するものをイロイロと考えさせられる。それは海の孤島たる日本の「不信と不安」に重なる構図でもある。
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釈迦楽さんComments
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