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ざわり、風がこれまでに無いくらいに騒いで、彼女の着物の袖を攫ってゆく。白と蒼を基調としたその着物は清楚な女性を思わせた。実際その着物を身に纏う彼女の容姿は美しく、肩まである髪は黒というよりもくすんだ紫に見える。日が強く当たればより一層色素が増して、濃淡の強い紫に変わった。それが彼女をより美しく見せ、そして高貴に見せる。「一人の虚人が仲間を集めているらしいぜ」彼女の後ろから、男とも女ともつかぬ声がそう告げた。彼女がその言葉を受けて小さく笑った。「へぇ……。どうやって逃げ出したんだろうな? 虚人は本来、生まれた場所で隔離されて惨めったらしく生かされるってのによォ」口端を釣り上げて笑いながら、彼女はそう言う。「その姿で言われても説得力ねぇよ」後ろの声が呆れたように言うと、彼女は喉の奥を鳴らしてククッと笑う。「まあそうだよな。俺も、お前も似たようなもんだしなァ」彼女の眼が、ふっと遠くを見るように和らいだ。「何だ、同情したのか?」「ばァか、違ェよ。俺は他人に同情なんかしねェタチだ」クツクツと喉の奥で嗤って、心底楽しそうに女性が言う。「なァ、ミノリ。ちょっかいかけに行こうぜ」「はぁ……? お前が自分から動くなんて、めずらしいな。オレは別に構わねぇぜ」振り返った女性は、鬱蒼と笑う。「ばァか。俺は面倒事はご免だが、他人が嫌がるコトに関しては行動的だ」「あー……はいはい。じゃあ、ぼちぼち出発するか?」ひんやりとした空気が二人の頬を撫ぜる。女性は下駄をカラン、と鳴らして鼻歌交じりにその場を後にした。夏だというのに、地面に生えた草という草が凍りつきその冷たい地面に倒れ伏す者共は息も無く、薄い氷に覆われたその姿はまるで雪像のようだったという。
March 18, 2013
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ゆらゆらと左右に揺れながら歩く少年の、白銀色の髪を追いかけて歩を進める。彼は気ままで、鼻歌交じりに歩みを進める。そんな彼の横を、真っ黒な狼が寄り添うように歩く。別に狼は彼に付き従っている訳で無く………『オイッ、右じゃねぇ。その道は左だ』「あれ、そうだったっけ? ありがとうテン」ふらふらと道を間違えそうになる彼の目付役だ。テンという名の漆黒の毛並みをしたぶっきらぼうな狼と白銀色の髪に空色の瞳の掴みどころのない少年、ソラそして、そんな二人とつい最近。ほんの一週間前に出会った私、楓。この三人(二人と一匹?)で、旅というものをしている。「かえで、疲れてないかい?」「あっうん。大丈夫、ソラは?」くるりと振り返って笑顔で問うソラに、私はどきまぎとそう返す。いまだに、他人と話しをするのはどうも慣れない。『コイツが疲れたなんて言い出しやがったらぶん殴ってやる』「あはは、テンは乱暴だ。だいたい、その姿でどうやって僕を殴るのさ」ドスの効いたテンの声など堪える様子も無く、ソラはからからと笑う。よく笑う少年だと、初めて会った時から思っていた。ここ一週間一緒に旅をして、それはより強いものになっていた。私はソラが怒った所も、泣いた所も、困った所も、まだ見たことがない。たった一周間といえど、一日中一緒にいるなかで私は、ソラの笑った顔しか見たことが無かった。微笑んでいるか、朗らかに笑っているか、にこにこしてるか笑顔に差はあれど、常に笑顔だ。テンは気難しい顔をしたり、怒ったり、本当に時々、優しい顔をしたりする。『何だ、楓。人の顔ジロジロ見て』「わっ、ご、ごめんなさいっ」そんなことを考えていたら、テンがこちらを振り返ってそう言った。「ちょっとテン。かえでを怖がらせちゃダメだよ。ただでさえテンは顔が怖いんだから」そう言いながら、ソラはやっぱりおどけたように肩を竦めて笑っていた。『テメェは………ん? 街が近いぞ』何事か言い返そうとしていたテンが、鼻をひくつかせてそう言った。「街ですか?」私が思わず聞き返した。自分の故郷以外での、初めての街だ。声も自然と弾む。「テンの近いは信用できないよ~、なんたって鼻がいいからさ。まだまだ歩くよ」『今までの道のり考えりゃすぐだろ。少なくとも、俺が走ったらすぐ着く』ソラの言葉に、テンが半眼になってそう返す。そんなやりとりに笑いながら、私の心は次の街に奪われていた。
March 16, 2013
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