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夏の暮に、怖い話でも一つ。あなたは霊感というものがあるだろうか?そう問われると、最近の私は大抵曖昧に笑って誤魔化す。イエスかノーかの二択なら、あるのではないかと思うのだが。結局は、存在するかも分からないものの有無を問われたところで、血液型のようにおいそれと答えられないのだ。昔は「あるよ」と簡単に返して、仲間うちで、友達同士で、あるいはクラスメイトと怪談話できゃあきゃあと盛り上がったものだ。結局は、私も他人も、話半分面白半分に語り、聞き、を繰り返していただけだ。見間違えや聞き間違えだったり、私なんかは想像や空想、本で読んだ内容やテレビで見た内容に侵され、あたかも本当にあったことと思い込んでいるのかもしれないし、あるいは夢だったのかもしれない。不確かで、曖昧なものだが、あったような気がする、から恐怖の対象になるのだろうか。そんな私の、ごく最近あった怖い話のひとつ。*窓と鏡と足音と*霊的現象に遭遇するのは、学校が多い。けれどそれ以上に、私は小学生の頃から心霊現象は家で遭遇することが多かった。その日もいつもと何ら変わらない一日。夏休みで、大学が休みで、バイトもなくて、まあいつものように一日中部屋でだらだらと実の無い時間を過ごす日だった。前日まではやることなんかも考えていたはずだが、そんなもの当日には当たり前の顔をして無視していく。後で後悔するのも、もう決まり切ったルーチンワークのような、とはいっても私はそれを仕事とはしていない。そんなものが仕事になったら行きつく先は自宅警備員だ。ともかく、そんな風に、パソコンを前に小説を読んだり、ちらっと書いたり、動画を見たり、お菓子を作ってみたり、紅茶とケーキを食したり。ほぼ一日中パソコンの前で過ごしていた。私のパソコンは、丁度窓の近くにある。パソコンの画面を見ていると、窓が目に入る位置。そこから入る風が夏の暑い日を少し癒してくれる。けれどその日は、風なんて吹いておらず、じりじりと暑い日差しの為か窓は閉じられていた。エアコンをつけていたのかもしれない。兎にも角にも、窓は閉まっていた。私の部屋は二階にあり、窓から見えるのは地面や景色ではなく、隣の家の壁だ。その間には人が二人は立てる隙間がある。窓から落ちない為か、一応柵もついているが、勿論下から登れる作りにはなっていないし、そんな柵の上に私が乗ったとしたら恐らく壊れるのではないかと怖くて実践できない。そんな窓の外が、ふと、気になったのだ。いや、気になったのではないのかもしれない。ただ、何とはなしに、不意にパソコンから視線を外し、窓の外を見たのだ。窓の下のふちは、窓の手前にある棚に置かれた小物で見えないようになっている。だから、見間違いかもしれない。窓の外にある柵を、小さな手が握っているように見えたのだ。窓棚に置かれた小物のせいで、手が伸びているのは見えないし、その手すら上の方の親指辺りしか見えていなかった。だから最初、私は当然のようにそれを引っかかった葉っぱか何かかと思った。めずらしい。どっから吹いてきたら引っかかるんだか、とも考えた記憶がある。そしてそのまま、私は再びパソコンをいじる。多分その30分後くらいに、私は一度席を立った。その時にちらっと、窓を見たのだ。先程先端しか見えていなかった手が、中指程まで見えていた。それでようやく、私はそれを手だと認識した。思わず二度見した。一瞬目を離した隙に消え去る、なんてことはなく手は変わらず柵を握っていた。小さい手。丸い手。子供の手だった。しばらく凝視したのち、私はそこから視線を外してキッチンまで行った。見に行くなんて真似を、私はしない。大抵こういうものは、全て見なかった振りをすることにしている。飲み物を持って帰ってきたときには、柵には枯れ葉が何枚か絡まっていた。ああ、やっぱり見間違いか、と思って。その日はそれっきりだった。その日の夜。布団に入って、眠りについて、目を覚ました。夜。夜中。窓の外からコツコツ、と音がした。眠かったし、面倒だし、怖くもあったので起きなかった。布団の中で目を瞑ったままじっとしていた。コツコツ、二回ずつ、叩く。軽い音だ。コツコツ、コツコツ、うるさいな、と、布団を頭からかぶった時。足元からも同じ音がした。足元、丁度、姿見のおいてある場所から。コツコツ、コツコツ、窓と、鏡から、余計煩くなったその音は規則正しく、二回ずつ。やがて今度は階段からトントン、と軽い足音が聞えて来た。今日は随分賑やかな日だな、なんてことを考えながら布団の中でうとうととまどろんでいた。恐怖とかは無い。例えばこれが、物凄い音で叩かれたり、声が聞えて来たり、気配を感じたりしたら別だろうが、あくまで小さな音だ。階段を登る足音が段々と近付いてきて、近くのドアの開く音がした。そのドアから、私の部屋は目の前だ。窓から、鏡から、コツコツと、音がして足音が、ギシギシと聞えて私の部屋の前で、止まった。その時、窓の外から、いや、私の家の近くにある公園からだろうか何にせよ遠くから聞えた声だった。子供の声で「もーいいかーい?」と、こんな夜中に遊んでいる子供がいるはずもない。それでも子供の声は複数だった。笑っている声と、「もーいいかーい?」というかくれんぼの時の常套句。コツコツ、という声は止んでいた。変わりに窓の外から、遠くから、子供の声。その頃には私はもう眠くて眠くて仕方無くて確か、小声で、ぼそりと「まーだだよー……」と返したのだと思う。子供の「えー」「まだー?」という不満げな声を聞きながら私はそのまま眠りについた。朝起きて、はて、夢だったのかそうでないのかと不思議に思った。夢だったらもう少しはっきりと分かりそうなものなので、私自身は夢ではないと思っているのだけれどしかし、けれども、私があの声に「もーいいよー」と返していたらどうなっていたのだろうと、時々思い返しては考えるのだ。けれどあの一回以来、夜に子供達の声を聞くことも、窓の外に何か見ることもない。勿論姿見も、何の変哲もなくいつも通りそこにある。
August 26, 2013
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ソラはよく食べた。部屋に荷物を置いて、宿の一階でやっている飲食店で適当に、大量に食べ物を注文し、それを部屋に運ぶとベッドの上にぴょんと飛び乗ってもくもくと食べ始めた。そんなソラの影から、テンがふっと姿を現す。『ったく、持ち金考えて頼めよ……』出てきてそうそう、テンはぶつくさと文句を言う。『オイ、楓。さっさと食わないとこのアホに全部食われちまうぞ』そう言って、テンは机の上に広げられた食べ物をひょいと咥えて、そのままぱくりと丸呑みする。「んー、おいひいよーかえで」『テメェは食い過ぎだ』にこにこと上機嫌で食べ物を口に運ぶソラに、テンは相変わらず不機嫌そうに吐き捨てた。楓も、そっと二人の傍に寄って、ベッドに腰掛けると食べ物に手を伸ばす。「見たことのない食べ物ばっかり……。ソラとテンは、いつもこんなものを食べているの?」『何だ、サラダにパンに、肉だろ? そんな珍しいか?」楓の言葉に、二口目(と言っても、テンの一口は結構大きい)を食べ終わったテンが首を捻る。「えっと、パンは知っているわ。でも、こんなふかふかしたパンは初めて見た。私が知っているのはもっと小さくて固いパンよ。お肉も、サラダも……私の知ってるものとは違う。………でも、美味しそうね」ほかほかと温かそうな湯気をたてる食べ物を見つめて、楓は興味津々で微笑んだ。「うん、おいしいよ。ほら、かえで、食べて食べて!」ソラが無邪気にそう言ってフォークを差し出して来るので、楓もぱくりとそれを口に入れた。「あったかい……! 美味しい! すごい、こんなに美味しい食べ物があるなんて……!」それは温かく、軟らかく、楓が今まで食べてきたものとは比べ物にならない味だった。しなびた野菜や、いらなくなった肉の切り落とし、空気に触れて固くなったパン以外、食べたことがなかった楓には、それはもう魔法のように感じられた。『………。おい、ソラが馬鹿みたいに買ってきたんだ、もっと食え』「うんうん、いっぱい食べていいよ。おいしいご飯は大事だからね」ぶっきらぼうな口調で言うテンと、にこにこと笑いながら皿を楓の前に出してくるソラ。「人と食べる食事って、こんなに美味しいのね。私、知らなかった」新しい知識を大切にしまうように、楓はそっと胸に手を添えてそう呟く。そんな楓の言葉に、食べ物を口に運んでいたソラとテンがぴたりと動きを止めた。「そうだよね~。みんなで食べると、美味しいもんね」『………俺は元々獣だからそういうヒトの感覚はそこまで無いが……、まあ、そうだな』にこにこと返すソラに対し、テンはぶっきらぼうにそう応える。「あれー、テン。照れてるの?」『……うっせぇ。さっさと食え』そんな二人のやりとりを見ながら、楓は再び小さく微笑む。『おら、楓。オマエも笑ってないでさっさと食え』「ほら、かえで。これも美味しいよー」そうして、楓が生まれて初めて誰かと一緒に食事をしたこの日は彼女にとって一生の宝物になった。まるで何も無いように、静かに、平和に、一日が過ぎてゆく……。*「オイ、ミノリ。見つけたぜ、やぁっぱアイツ等だ。オンナが一人とひょろっこいガキ一人だ」「ガキ? 俺と変わらない年じゃないのか?」「テメェもガキみてェなモンだろ? ま、オマエよりちっせェ、アタマの軽そうなヤツだったぜ」夜の帳も落ちた、暗い暗い闇の中で二人は囁くようにそう話す。「んじゃあまあ、ちょっかいかけに行くとするか? ふはっ、あの終始笑顔浮かべたガキが、どんなツラするか楽しみだな」堪え切れずに噴き出したように、彼は嘲笑をその顔に浮かべて鼻で笑った。ひゅるりと、夏にしてはやけに涼しい風が二人の間を吹き抜けた。
August 2, 2013
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