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2012.10.08
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カテゴリ: 読書案内
【しろばんば/井上靖】
20121008
◆一途な愛情が文豪を育てる

かつて読んだ本の中で、これほどまで郷愁を誘われた作品があっただろうか? 
著者の井上靖は、5歳の時から小学校までの間、伊豆湯ヶ島の天城山麓の山村に暮らしていた。『しろばんば』は、その自伝的小説である。
私は生まれも育ちも伊豆の片田舎で過ごし、『しろばんば』に頻繁に出て来る地名は、私にとって庭みたいなものだ(笑) だから主人公・洪作が駆け回る田んぼのあぜ道も、難関と言われた沼津の女学校も、三島のお祭りも、それはそれは鮮やかによみがえるのだ。

この作品が優れているのは、なにも友情とか青春を謳歌するなど、そういう甘い感傷に囚われていないところだ。また、主人公・洪作を溺愛して止まない“おぬい婆さん”の存在も大きい。この人物を描きたいがため、井上靖はペンを執ったのではなかろうかとさえ思われるからだ。
洪作が友だちと大ゲンカして、相手にケガをさせてしまった時、祖父が洪作を怒鳴りつけようものなら、おぬい婆さんは凄まじい。
「洪ちゃ、土蔵へはいっておいで。洪ちゃに手など上げてみい。ばかもんめ!」
明らかに洪作に分の悪い場合でも、おぬい婆さんは体当たりで洪作を守る、守る、守る。世界を丸ごと敵に回そうとも、おぬい婆さんは洪作の味方なのだ。
これほどまでに一途な愛情を注がれ、甘やかされ、さぞかし洪作はぼんくらな大人になってしまったのではと、その後の展開にヒヤヒヤさせられるところなのだが、洪作は優秀で、おぬい婆さん死後、伊豆から浜松へ引っ越すことになる。そして、浜松の名門中学校を受験するのだ。
井上靖の作家としての資質を育てたのは、あるいはこの盲目の愛情を注いだおぬい婆さんかもしれない。このおぬい婆さんなくして『しろばんば』は成立しない。



『しろばんば』井上靖・著


~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!





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最終更新日  2012.10.18 14:48:41
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