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2013.08.10
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カテゴリ: 読書案内
【大塚ひかり/『源氏物語』第五巻 御法~早蕨】
20130810

◆光源氏の最愛の人、逝去。その時、源氏は・・・?

『源氏物語』もとうとう第五巻まで来てしまった。時間の過ぎるのも忘れ、ただひたすらにページをめくってしまう自分に気づいた時、千年前の書物好きの人々は、どれほど夢中になったことかと想像をめぐらしてしまうのだ。
第五巻での目次は次のとおり。
御法→幻→雲隠→匂宮→紅梅→竹河→橋姫→椎本→総角→早蕨 となっている。
“幻”の後に来る“雲隠”だが、「古来、巻名だけあって本文がない」とのこと。なのでちくま文庫の第五巻の“雲隠”でも忠実にタイトルのみで、本文はない状態となっている。
大塚ひかりの解説によると、この“雲隠”は紫式部ではなく、中世の人が置いたという説もあるらしい。また、“匂宮”“紅梅”“竹河”は他人の作、もしくは他人の手が入っているという説が根強いとのこと。
訳者も「紫式部の作ではないのでは?」と思っているらしく、このくだりになると急にトーンが下がって単調になる。ところが“橋姫”になると、訳者もモチベーションが復活し、解説も俄然力が入るのか、「“宇治十帖”と呼ばれる十巻の初め橋姫の幕開けです」というウキウキした(?)ナビゲーションが挿入されている。
こんな具合に、訳者と読者が同じ舞台で楽しめるのがありがたい。

第五巻での山場は、何と言っても光源氏の最愛の人、紫の上の死であろう。
紫の上は幼いころ、源氏に拉致同然に連れ去られ、源氏のもとで純粋培養された姫君である。もともとは養女として育てられたのだが、初潮が訪れた後、正式に妻となったわけだ。

しかし、運命とは皮肉だ。
源氏の愛を半ば独占して来た紫の上にも思いがけない出来事が起きる。それが原因かどうか、ストレス性のものから体調を崩し、病に伏す。そして天に帰る。
この“御法”を読んだ時、私は吉川英治の『三国志』を思い浮かべた。それは、名軍師・諸葛孔明が亡くなるシーンにも似ている。
天地が寂として静まりかえり、月は輝きを失い、孔明は忽然とこの世を去る・・・。
主要人物が亡くなる時、この世に精彩がなくなるかのような、モノトーンの世界が広がる。『源氏物語』における、この上なく美しい紫の上が亡くなる時、そばにいる女房らに誰一人冷静な者はいない。源氏その人も普通ではいられず、セリフの語尾は「だが」の連続。この動揺はあまりに辛く、哀しみを誘う。
消え果る紫の上を前に、源氏のセリフは「一言一言かみしめるように、重苦しく発音されている」のだ。
その死を知らぬ僧たちの加持祈祷を唱える声が、辺りに虚しく響き渡ることで臨場感を覚える。
私は思わず泣かずにはいられなかった。
それぐらい紫の上の死を身近に感じてしまったのだ。

『源氏物語』は、主要人物である紫の上と、主人公である光源氏が亡くなった後もドラマが展開する。それが宇治十帖と呼ばれる、紫式部の筆がまたとなく際立つ渾身の巻である。
その最初が“橋姫”であるが、ここでは光源氏の異母弟である八の宮が登場する。八の宮は源氏と同じ桐壺帝を父に持つのだが、源氏ほどの美しさや才能にも恵まれず、さらには母親の身分がそれほど高くはなかったことで、完全に負け組のレッテルを貼られてしまった宮である。

しかも姫君を二人育てていて、現代で言うならシングル・ファザーというやつだ。その父と娘たちの絆がつらつらと語られつつ、そこに源氏の孫にあたる匂宮や、源氏と女三の宮との間に生まれたとされる薫(実父は柏木だが、明らかにされていない)などが絡んで来て、また一段とおもしろい。
さらには、その八の宮の娘のうち長女の方が拒食症になって亡くなるくだりは、つくづく現代に限った病なのではないということを思い知らされる。

数多いる人の数だけ悩みはあり、千年昔にも現代に通ずる病気は同じように当時の人々を蝕んだのだ。
そう考えると、我々はこれだけ文明が発達し、便利になり、物質面ではさほどの不自由も感じなくなったにもかかわらず、苦悩は苦悩として今も昔も変わらないという事実を突きつけられる。
これが人間の業なのだとしたら、ムリに抗わず、それも含めて人間であることをそっと受け入れていこうではないか。


『源氏物語』第五巻 御法~早蕨 大塚ひかり・全訳

※ご参考
大塚ひかりの『源氏物語』
第一巻/桐壺~賢木
第二巻/花散里~少女
第三巻/玉鬘~藤裏葉
第四巻/若菜上~夕霧

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.86)は大塚ひかりの『源氏物語 第六巻』を予定しています。


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最終更新日  2013.08.10 05:32:50
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