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『ひめさん龍神が井戸の所に来ているよ。』喜楽さまはやれやれと言う顔をしている。私も仕方ないなあ、 ついてきちゃったんだと思っている。ニーナカロライができた時は ニーナの井戸は龍神の井戸として様々なことに使用しておりました。けれども 悩める人たちの中には 神々の力を当てにして自分で立って歩こうとしない人たちがでてきたので 私は龍神を始めとしてすべての神々からニーナカロライとのリンクを切るようにしました。其のおかげでニーナは今は 全くの素の状態にあります。ただ どの存在たちとも互いの学びを尊重するという姿勢から もしもご縁ある存在があれば その時は場を共有するという姿勢で現在はすごしております。しかしながら また 龍神か、、、、 という感じで しょうがないなあと思ってみていると 今度は喜楽さまが『ひめさん、 この龍ちゃん 私の中に入ってきたよ。それにしても こんなのが入ってくると ほとんど中心が第一チャクラと第二チャクラだからエネルギーが重いねえ、 この頃私はどんな存在も受け入れて またどのような体験もしますということで天にゆだねることにしたから 今までならありえない この存在たちも受け入れてるんだけど、 う~ん ちょっとどうしようかなあ。ひめさんと遊ぼうって言ってるよ。 他の人には強烈過ぎるこの力も 私やひめさん位なら ちょうどいい大きさなんだろうなあ。』喜楽さまがどんどんいつもと違う様子になってくる。そこでストップ!何かが介入した。 『今 貴船神社の高い神霊が現れて龍ちゃんを連れ去って行ったよ。高おかみの神というらしいよ。』{高おかみの神の「おかみ」という漢字は (雨かんむりに口を三つ、その下に龍)を書きます。}なぜ この貴船神社の高おかみの神が現れたのかなあ?もし現れるとしたら 晴明さまであってもよさそうなものなのに と思いながらこの日は終わりました。翌日 自宅からニーナに向かう車の中で この龍ちゃんが私の中に入って来たのです。まさに第一チャクラを中心にエネルギーがぐるぐる巻きに身体を巻いて上のチャクラは押さえられます。数日前に『宇宙時代の赤ちゃん子育て』を録音している時に 宇宙の高次の聖母存在のエネルギーを体験していましたので この龍ちゃんのエネルギーは それに比べると独特でとても3次元的です。 どんどん意識の濁りのなかに埋没しながらも気持ちは陶酔していくという不思議な感覚のなかに落ちていき初めた時頭の何箇所かにドリルのような感じで穴を開ける感覚とハートをべりべりとこじ開けて大きく広げるような感覚に襲われ それらがどんどん苦痛を伴って ニーナに転げるようにしてたどり着き皆がどうしたんだ~~~ と心配する中 うつむけに倒れてしまいました。喜楽さまの声が遠くで聞こえます。『ひめさんがいくら大きいからといっても 相手はあの三河の阿寺の山を巻いていた大きな龍だよ。 その龍が下のチャクラに入ってきているんだから 人間狂ってしまっても仕方がないところだ。 それを そうならないように 上が(天が)ひめさんのハートを広げているんだろう。 頭とハートを下のチャクラに負けないように活性化する工事をしているようだね。 上と下のチャクラのバランスをとっているんだよ。この龍ちゃんに ついて来るならハートの勉強をするようにと言ったのはひめさんだろう。だから 龍がハートを感じられるように ひめさんのハートを強力に開いているんだろう。』龍神についてですが どうやら様々な段階の龍神がいるようです。宇宙の自然を作っているエネルギーとしての高次の存在もいるかもしれませんが一方で人間界近くにいるものは パワーを提供することによってエネルギーの支配を作り出しているものもいるように思います。パワーとは 権力、金力、精力 またもっと他の力もあるかもしれません。例えば 何処か修験道の山に行くと 龍神信仰をする行者さんは沢山おられたと思いますが その力を求めるあまり其の力に使われたというか とりこになったというかそんな風にして 宇宙中心の愛からは程遠い世界にいった人は沢山いたように思います。この阿寺の龍は 力はあるが粗野な龍ですからそのような龍独特の力に私は取り込まれようとしていたのかもしれません。第一チャクラから上ってくる螺旋のエネルギー と 天界から降りてくるハートの愛のエネルギー 其の両方がぶつかり合って だんだん意識は遠のいていきました。気がつけば 石畳の上に私はいます。あたり一面水が流れている。さらさらとした清流のなかで 一人の美しい女性が裸で横たわっていました。ここは貴船の奥の院。朝もやのような霧のなかに まるで水の都のようにお社が建っていてこの女性は其のお社のまえの石でできた祭壇に 横たわっているのです。あたり全体に清流が流れ まるで彼女はオフィリアのように流れの中で美しく横たわっていました。そこへ 傷ついた男性が現れます。 其の男性の背後には 彼の過去生と思われるさまざまな霊体がくっついていて それらは あるものはたいそう高貴で勇ましい武将の姿をしてはいるものの 身体も心も戦いの中で傷ついているのが推察されました。その男性は この清流の女神の上に身をゆだねます。彼女の腕の中で身をゆだねている間に 彼女を通る清流が この男性の戦いで流した血を洗い清め体の傷を癒していくようでした。彼についていた強い怨念もその禊のなかで 落とされていくようです。貴船、、、、水の神が住まうところ、、貴船神社は美しい水の神社ですが ここでは丑の刻まいりが行われていたと聞いています。呪術の場所でもあります。水によっての禊の地に そのような恨みの場所があるのはここを守っているこの水の女神の愛の力あってのことなのでしょう。つまりこの女神がしんどい部分を担当してくれているのです。この頃ニーナに集まってくる人たちは 本当に戦士という言葉を感じます。どこかの転生で戦って強烈に傷ついている。 それがあって自らを解き放てない。それを解き放つには 今生のレイヤーで修正を図っても 大きな魂の部分を過去において担当しているので それを助けられるのは 同じく古い大きな魂の仲間であるだろうし 第一 その問題のレイヤーに行かなければ修正できないのではないかそんな風に思います。誇り高き彼らは 一人で戦っているように感じます。この水を統べる女神のシーンをみて ふとそんな風に思いました。トランスから戻ってくる前に 私はこの貴船神社と龍神たちがかつて集まったとされる神泉苑を線でつないでみるように言われました。するとニーナはそのライン上にありました。龍ちゃんが来たことによって 貴船とニーナ、神泉苑は水脈で常時接続されたようです。(お礼) 名古屋から帰ってきましたら 新しいCD「宇宙時代の赤ちゃん子育て」の注文をびっくりするくらい沢山頂いておりました。 皆様ご注文のときに 一言書き添えてくださっているのですが そのお言葉を読ませていただいて お母様 お父様層からの応援に びっくりしています。 昨日今日で必死に作りまして 明日の朝までには今までご注文してくださった方には全部発送できると思います。このCDを通じまして新しい人々とのご縁ができつつあることを感謝します。ありがとうございます。 ひめのゆめ
2008年01月31日

「古代ヤマトの遺跡を訪ねて」と題した今回の三河への旅は愛知県に行く事は早くから決まっていたものの どこに行くのかは 当日の朝までわかりませんでした。突然参加になったシードハウスさまがニーナに来られて 喜楽さまと地図を見てリーディングして決まった場所が 奥三河の本宮山、石巻山、 蓬莱山の3つの場所だったのですが この蓬莱山の近くにある気になるエネルギースポットとして阿寺という場所もマークされました。さて名古屋への車中でこの阿寺という場所に意識を飛ばすと 白い壁のようになった滝の前に白い一匹の狐が座ってこちらを見ているのです。そのことを皆に話すと 喜楽さまが阿寺は 安倍晴明さんが 修行のためにこもったと言われている所だよ。とおっしゃいました。それで 晴明さまにその場所について聞いてみると「玩具(おもちゃ)箱のようなところだ、 私の故郷だよ。」と言われました。そうなんだ~。 私はどんな所なのだろうと想像しておりました。さて 私たちは 無事に この3日の愛知県滞在の中で メインの行事となる 本宮山 石巻山 蓬莱山の訪問を終え 時間があったのでこの阿寺に行く事になりました。これらの3つの山については それぞれに何があったのか そして今どうなっているのかを探る旅となりました。 古代出雲王国、始皇帝の命で日本に不老長寿の薬を求めてきた徐福の一団、古代ヤマト(畿内のヤマトの前にあったといわれる王朝)に関連づけてお話できればと思います。)さて 蓬莱山を降りて阿寺に向かう途中から頭の上から押さえられるようなエネルギーが来て天からのエネルギーが入りにくくなりました。 しばらくすると 第一チャクラ 第二チャクラに入り込んでくるエネルギーがあり段々陶酔するようなセクシュアルな感覚になって そのまま意識が無くなりそうになりました。隣の席では 喜楽さまもそれを感じておられて もう止めてよね~とつぶやいておられました。いよいよその存在が 私と合体し 私の意識が無くなる直前で車が阿寺の駐車場に到着し 私たちはころげるように車から脱出しました。「鬼ちゃんは大丈夫か?」後続の車に乗っていた鬼ちゃんの様子がおかしいのに気づいて行ってみると 案の定彼女は 気を失っていました。男性達がいっせいに飛び出して 何人かは鬼ちゃんの介抱に 何人かは私の身体に入ってきているものを追い出しにかかりました。私自身はそれが 自分の中にあってもたいしたことはないのですが 私と同調している鬼ちゃんに影響がでているので それを何とか外さないといけないと思って皆それぞれのことをして 事態を乗り切ろうとしていました。私の中に入って来たものの正体は 龍神だということが推察されました。鬼ちゃんはますます 青白い顔をして痙攣しています。とにかく 阿寺にある7つの階段を持つといわれる滝まで 走るしかない。鬼ちゃんを喜楽さまに任せて 後の走れる人は いっせいに滝場を目指して走りました。滝までは 細い道がずっとつづいていました。途中 私たちはいくつかの結界のエネルギーに阻まれながら シードハウスさまや わーいさま つきのせさまがお滝まで順番に到着しそして皆で祈りました。私はこの滝がもっと近くに見える高い所に上って龍神に訴えました。私の体はどのようにしても良い。 そのかわりに鬼ちゃんには手出しはするなと。その時 わーい様が 私の後ろに立たれました。うしろからわーい様の波動を感じた瞬間に 龍神が「この女に手は出すな!この女はもう私のものだ!」という大きな声がして 私を挟んで二つのエネルギーがぶつかりました。次の瞬間 それらはぶつかって両方が消えました。滝のさらに上のほうには 晴明さまが修行されたといわれる洞穴があるのでそれを探しにいっていたシードハウスさまが 岩場を降りてこられました。『どうやらここには 龍が誰かによって封じ込められているらしい。それが今 外に解放して欲しいと願っているようだ。』シードハウスさまはこう言われました。封じ込めたのは誰か? 晴明さまか? それともまた別の誰かか?見ればつきのせさまは滝の上に上らないで 滝つぼから少し離れた所の平地で何かを感じている様子。私たちは下に降りていって つきのせ様に聞きました。「この滝には 龍神が封印されているようですが 過去においてそれを行ったのは貴方ですか?」『いいえ、それをしたのは私ではありません。 私は今それをした人にもう少しこの封印を弱めてやって欲しいと頼んでいたところです。それから 今気がついたのですが 龍神も修行をするにおいては 人間が必要だということでこの様に山奥で隔離されていると 外界の情報が伝わらなくなって学びが出来にくい環境にあるようです。 これらの存在も人間あって始めて学べるということです。』確かにこの場所は 地元の人に聞いてもわからず またあまり人が訪れるところではなさそうです。それだけに 人々からのエゴの願いによる害に汚染はされていないものの 逆にまたこの龍神をちゃんとお奉りするなどして管理しているいわゆる弘法大師のような場の責任者のエネルギーも感じられません。自然のままに残っていてそこになぜか龍神がいるという感じです。私は祈りました。「龍神よ、もう自由になってよい。 今はそれぞれの存在たちがより高い次元へ戻っていく時代であり あなたもその一人として より高い世界へ行くように。 これからはハートで物事を感じていくように。もしも私についてきたいなら付いてきてもよいが その場合はこのハートを開くにはどうしたらいいかということを自分で学ぶように。また 他の存在に迷惑をかけないように。」実際 綺麗な良いところだからと訪れる人があってその人たちに悪さをしているのではとんでもないことです。私たちはこの阿寺の七滝をあとにして 駐車場に向かいました。鬼ちゃんは喜楽さまのサポートを受けて元気になっていました。実は後で喜楽さまに聞いて判った事ですが 龍神の障りがあると思って鬼ちゃんを見てみるとそのエネルギーは何も無かったそうです。つまりこの龍神は私についていたのであって 鬼ちゃんには何も障っていない。けれども鬼ちゃんが私とリンクしすぎていて 私の身体に起きた状況をコピーしているのだという事でした。 実際具合が悪い人で病院に行ってもなかなかそれが何かは見つからない人など 本当は誰かの状態をコピーしているだけという事もあるのでしょうね。こうして すべて収まって 鬼ちゃんも元気なって 私たちは全ての予定を終了して岡崎に向かいました。 そこで解散です。ところが 阿寺を出発して直に車のナビが狂ってしまい 道路ではない所を 走っています。また 進行ルートではないとんでもない方向に誘導し始めました。私の意識もドンドントランス状態になり 何かを受信しているのがわかりました。前の席のシードハウスさまとつきのせ様が 「このナビひめのさんの意識と同調しているぞ。宙を動いている状態になっている!」 横で喜楽さまが「ひめさん、さっきの龍神が付いて来ているよ。」といわれました。「龍神よ、お前がいたらナビが狂うじゃないか」と言いながらもやっぱり付いて来たかと思いました。そんなこんなしているうちに ある地点でふっと龍神が消えたのです。そして今度はカーナビが明らかに意志をもったように 何処かに私たちを誘導し始めました。後続の車の運転者のエルモさまはおそらく どこに行くのだろうと心配されていたと思います。私はこの土地が篠田というところだと感じていました。晴明さまのお母様のエネルギーの場所です。おそらくこのお母様が龍神を引き離してくれたのだと感じました。一体どこへ行くのだろうと心配している皆に私は 「篠田の豊川稲荷、豊川稲荷にこの車は導かれている!」そう叫んでいました。やはり車が迷って入り込んでしまったところは 豊川稲荷の近所でした。行き先がわかってさきほどまで 狂っていた計器がもとに戻りました。そして私たちは豊川稲荷の駐車場の閉門時間ぎりぎりにすべりこみ 豊川稲荷にお参りすることができました。こちらのお稲荷さまは凄い力をもっているのですね。お稲荷さまですが 皆は狐の神さまだと思っていますが そうではないのです。その土地を守っておられる神様です。京都などではたいていどの神社にも お稲荷様が御奉りされていますが 人々がお金や立身出世のエゴのエネルギーを稲荷の前で落としていきますので たいてい稲荷の末社の場が重くなっています。けれども この豊川稲荷は物凄い力をもっていて 京都特有の稲荷に関する懸念はありませんでした。わーい様は どこへいってもこの稲荷を通じて宇宙エネルギーを貰っている人のように私は思っていますので この豊川稲荷にいくと光の輝きが増していました。後で思ったことですが 阿寺の滝で龍神に対して臨んでいたとき 実はこの豊川稲荷のエネルギーがわーい様を通して流れたのかもしれません。豊川稲荷が 先程まで付いてきた龍神をあずかってくれたようです。こんな風にして なんとか やっとこさで京都に帰ってきました。他の土地に行っていて京都に入ると京都のエネルギーのなんと重いこと。幾重にも結界が張られているのですが それが普通という感じです。東三河のエネルギーになじんでいた私たちには この京都の波動にチューニングする時間がいります。私はニーナのエネルギーがやっぱり大好きだと思いました。 一条通りにたとえ100匹の妖怪がいたとしても やはりこのニーナ付近のエネルギーは大好きです。 晴明さまの凛としたエネルギーをおおきく鞍馬山からサナトクマラのエネルギーが優しく包み込んでいる感じです。あ~ それにしても いろいろあったけど あの阿寺は一体なんだったのだろう。ニーナにおいてある 陰陽師の漫画の本の内容がえらく気になる。この本は前にニーナに住んでおられたお坊様が 残していってくださった本です。ニーナの客間から本を出している私の所に 喜楽さまが 情けない顔で「ひめさ~~ん、 今井戸の所にいったら あの龍神が来てるよ~~~~。」あら~~~。 車で来ないで 水脈をつたって井戸から来たんや~~。あらら、 どうするべ~~~~~? (つづく)
2008年01月28日
「マドンナたちのララバイ」今朝起きた時に来たメッセージでした。朝一番に来たものは後でその意味が分かることがよくあります。さて今日から名古屋入りですが 明日のすぴこんを除いて他の時間は 愛知県をいろいろ探検しようと思っていたのですが 当日26日を迎えてもなかなかどこにいくのか決まりませんでした。そして 急に昨夜シードハウスさまの車で名古屋まで乗せていってもらうことになったのですがそれが今回のこの旅行の行程を決めたといえます。私は何度も名古屋にいったことがありますが それはいつも新幹線でした。そして今回車で向かったことが 今までずっと見えていなかったことが見えたのです。今夜のブログは名古屋からですが 今夜は皆様に私と同じ目線で 京都から名古屋に車で向かうと何があるのか見ていただけたらと思います。京都を出発して 琵琶湖を東に行ったあたりに急に大きく見えてくる山があるのです。新幹線からは気がつかない山ですが 高速からはとても大きく見えてびっくりしました。この山ですが 前に琵琶湖で一日に6回虹を見たときに最後に虹がかかったあの三上山なのですね。 近江富士とも呼ばれている山ですね。この山について 私にはいくつのかの情報が東京の将門さまの関連情報として寄せられています。なにかあるのでしょう。それからしばらく行って私は 今朝のあのメッセージのことを思い出して同乗の皆に話していました。するとしばらくして どんどんしんどいエネルギーの中に突入したのです。そこは関ヶ原の合戦場でした。 たくさんの足軽たちがそこにとどまって帰れなくなっているのがわかりました。喜楽さまが マドンナたちのララバイを歌い始めました。≪さあ眠りなさい 疲れきった体を投げ出して青いそのまぶたを 唇でそっとふさぎましょうああ できるのなら 生まれ変わりあなたの母になって 私のいのちさえ差し出して あなたを守りたいのですこの都会(まち)は戦場(せんじょう)だから男はみんな 傷(きず)を負った戦士どうぞ 心の痛みをぬぐって小さな子供の昔に帰って 熱い胸に甘えてそう 私にだけ見せてくれたあなたのその涙 あの日から決めたのその夢を支えて 生きてゆこうと恋ならばいつかは消えるけれども もっと深い愛があるのある日 あなたが背中を向けてもいつも私はあなたを遠くで みつめている聖母(マドンナ) 今は心の痛みをぬぐって小さな子供の昔に帰って 熱い胸に甘えて≫『ひめさん、 この部分が何度も流れるよ。この都会(まち)は戦場(せんじょう)だから男はみんな 傷(きず)を負った戦士どうぞ 心の痛みをぬぐって小さな子供の昔に帰って 熱い胸に甘えて』そうなんです、 まさにこんな心境になって私は 古戦場をあるいていました。喜楽さまが となりの席にいる鬼ちゃんに『関ヶ原で死んだ人が必ずしも成仏していないというわけではないのだけどね。そこにそういうエネルギーがまだ残っていて そのエネルギーにリンクする人にはそれが起きてくるんだよ。 それにリンクする人も自分のなかにそれとリンクして学ぶことがあるのだろうね。』そう説明している。鬼ちゃんはへえ~そうなんですか~と聞いている。車は雪で白くなった関ヶ原を後にして 今度は 名古屋よりの小牧長久手の合戦あとを通った。そこでもたくさんの兵士の姿が見える。私はいたたまれなくなりました。 その時代仕方がなかったとはいえ このように愛する家族のもとへいまだ帰れなくて迷っているものたちを感じて まさにこの歌のように抱きしめたくなってしまいました。隣では シードハウスさまが 真剣な顔で車を運転されています。彼が『強い風があるわけではないのに 車が揺れて揺れてハンドルが取られます~~!』そう叫んでいる。「ひめさんが 今供養塔を立てて 合戦あとを歩いているからね、 そして供養してほしい者のエネルギーをどんどんダウンロードしているからね。」そう喜楽さまが言われると シードハウスさまが 「運転席には影響ないようにしてください。 私は皆様の命を預かって運転しているんですから!」と叫んでいる。関ヶ原、小牧、長久手 この戦場を私は意識のなかで 歩きました。たくさんの者たちが くっついてきました。あともう40分で豊川市というところのインターで 岡崎のエネルギーと同化するために名古屋きしめんを食べました。いつもは 土地の食べ物を食べることによって その土地へのエネルギー調整がスムーズにいきます。 でも今日は私はどんどん具合が悪くなりました。トイレにいって気づきました。私は私についてきた 豊臣側の兵士たちのエネルギーをたくさんくっつけていたのでそれと相反する徳川のエネルギーは体のなかでうけつけなかったのです。それで 私は意をけっして この豊臣の兵たちに訴えることにしました。「皆、家族のもとへ帰りなさい。 また家族のもとへ戻るよりは 今の時代は皆が天の光のエネルギーの中に戻っていく時代だから そこにもどるほうがいいのです。私はこれから三河へ向かいます。 それは 和解のためです。ですから 皆が三河の家康さまのところへ行くのに 戦いに行くのだという気持ちでいくのは困るのです。 恨みを捨てて和解するために私は進んでいるのです。それがわかる人だけがついてきなさい。」これで随分と落ち着くことができました。この夜 私たちはこの古戦場で起きたことを話し合いました。つきのせさまが 「武士は覚悟の上で互いに闘っているのだから それはそれで時代を必死に生きているのだから 可哀そうだという気持ちにはならない。」と言われました。喜楽さまは「可哀そうだからというのではなく あの時は双方がんばって生きたからこそ今の平和の時代があるのだから 皆よく頑張ったね、ありがとう。と感謝することが大切なんだろうなあ。でも 皆が皆つきのせさんの言う武士のような心境にはなれないから浮かばれない霊もいて だから ひめさんみたいに 供養塔をかかげてそのゾーンを通って行く人も必要なのかもしれないけどね。」そう言ってにこやかに笑っておられました。今日は この関ヶ原いがいにも もうひとつ奥三河に行くことになりそこでも 気づいたことがありました。それはまた 次回にお話しますね。では 名古屋より 皆様 おやすみなさい。今夜は このマドンナたちのララバイ(you tube)がずっと流れていそうですね。それに なんだか大所帯(ひめの+豊臣の兵士さんたち)でホテルに泊まっている感じですよ。まあ しょうがないですね。
2008年01月26日

今から名古屋に向かいます。2日前まで新しいCD『宇宙時代の赤ちゃん子育て』を録音した時に降りてきていたエネルギーの中でしっかりと守られて作業をしていたのが 次にくる名古屋に向かうために それはいったん身を引く形で 昨日からは 愛知のエネルギーがドンドンやってきてその課題をあらけずりの状態で見せているところです。CDは 明日の名古屋すぴこんが先行販売でその後残った分を こちらの注文にあてて、、、と全部で25枚作っていたのですが 予約受付開始1日目でその数は突破してしまったので(ありがとうございます)名古屋から帰ってから また手作りする予定です。 一つ一つ手作りで ウキウキした楽しい波動のもとにお送りさせていただきます。このCDの中味については もう私の手を離れてかってに歩きだしている感じがします。それはそれで もう一人で歩いていただき 私は次のことに向かいます。それにしてもあの 宇宙の波動はなんと素敵だったでしょう。この2日間徹夜してもまったく疲れず 様々な重たい波動も寄せ付けませんでした。でも それでは次のことが出来ないので 今はその存在は私から少し離れて愛知県に関する様々な過去の波動が 来ています。昨日から 喜楽さまがニーナに合流されまして その波動を送っている相手を読むのを手伝ってくださっていますが 多くのものはまだ 苦しみのなかにあり「この恨み果たさいでおくべきか!」という言葉を発しながら 攻撃してきております。わーいさんも昨日から来て 手伝ってくれました。あ! シードハウスさまが 車を名古屋まで出してくださることになりこれから名古屋へ向かいますが 来られたみたいですね。では みなさま また どこかで。あ、そうそう、明日の名古屋すぴこんでは 暮らしを楽しくする復興観音(ニーナのキャラクターです)のおみくじを作ったので すぴこんにこられる方はぜひ 試してみてください。 おみくじは ひめの作です。一回10円ですよ。 では 行ってきます。あれあれ 二人が何かしゃべっているぞ、、、。「名古屋もそうだけど、この奥三河は 京都みたいな なま優しいエネルギーではないぞ、、、。蓬莱山は、、、で。 東照宮には○○が。 それで 阿寺は、、、。 」え? 何々、また ひえ~~~がはじまんの~~~~~~~?
2008年01月26日
今日はホームページにCDの予約フォームを作るにはどうしたらいいかを習いました。新しく京都駅前にできたビックカメラで CD作成のために必要なグッズを買ってきてさて準備万端、 パソコンのサポート役の鬼ちゃんに電話してニーナに来てくださいと頼んだのが夜の6時。ところが7時になっても鬼ちゃんが現れないのでどうしたのかと思ったらあのCDを聞いてから 喉のあたりとハートのあたりの解放が物凄い勢いで起こってそれからもう大変なデトックス現象を起こしていたんです。 とのこと。今朝3時に作業が終わってから6時までは 私も体の調子がいつもと違って眠れなくて ご飯を食べたりお茶を飲んだりしてやっと7時過ぎに仮眠をとりましたがその時間帯は 鬼ちゃんも大変な状況になっていたようです。一体昨夜のあの大きなエネルギーはなんだったのだろうと二人で話しながら 作業を始めました。この頃 ホームページの画像を作る時は 黄色や橙色の明るい色の花を使っていますがこの『宇宙時代の赤ちゃん子育て』のイメージでそれを使ってみても どうもうまくいかないのです。いったい何がいいのだろうと感じながら出来上がったものは バラのイメージになりました。今まで私が知っているバラとちょっと違うのですね。 前にちゃぴさんが 宇宙のバラという絵を描いておられましたが そんな感じがします。それからこのCDのデータを「京都ニーナカロライ」という名前を入れて 保存しようとしてもファイルがうまく保存されないので 制作 東京ニーナカロライとするとうまくいきました。東京ニーナカロライでこの新しい時代の赤ちゃん子育てをだすことに 何か意味があるのかしらと思いました。そんなこんなで作ったCDの説明ページが出来上がりましたので 興味ある方はどうぞご覧下さい。 CD制作のこぼれ話や 試聴コーナーもつくりました。(こちらからどうぞ。 日記の上のトップのバナーからも入れます。)出来上がったら少しほっとしました。 またまた徹夜になりましたがもう朝ですので せっかくですから 寝ないでぶっ通しますね。今朝は外にでたらまだ 真っ暗でお月様が上っていました。京都市内でも 雪が積もっていたので山の中にある自宅にはもどれません。北陸、北海道の皆さまは 大変な天気になっているようですね。暖かい春になるのを待ち望みます。それでは今日も良い一日でありますように。
2008年01月24日

ついに出来上がりました。 CDのジャケットもラベルも もちろん本文の録音も完了しました。感無量です。 今日の夜CDの録音を 前回と同じようにニーナの二階の瞑想室で行ったのですが途中でハプニングが続出しました。朗読の後半になると 私の意識が飛んで朗読できなくなる瞬間がでてきたのです。大きなエネルギーが降りてきているので 一瞬ですがトランス状態になって しっかりと朗読することができなくなっているようでした。なんとか それでも録音完成して 意識が飛んだ部分を パソコンに詳しい鬼ちゃんに来てもらって 編集してもらったのですが 今度は鬼ちゃんの意識が飛んで 眠ってしまいそうになるのです。そのうちパソコンまでもが 勘狂ってしまって 機能しなくなりました。とにかく大きな大きなエネルギーが降りてきているので 意識をつなげることが難しい中 何度も何度も眠気覚ましのお茶を飲んだりしながら 編集作業を完了しました。わ~~ やったぞ~~~!!!それから 昨日からあれこれトライしてみたフォトショップのペンタブレットですが色々やっているうちに こんな風に作品ができあがりました。この絵の中には 作成中に どんどんと植物、動物、昆虫、水、風、大地、空、人間、精霊などのエレメントが入ってきました。最後に光がはいって皆で楽しく輝きました。この絵(みんなの楽園)はCDラベルとポストカードに使いました。このCDは名古屋のすぴこんで先行販売しますが 一般販売は名古屋すぴこん後になります。その後すぐに 東京に行きますので発送はその後になるかもしれません。このCDについてのご予約などについては また明日、、、といってももう午前3時半ですから 今日ですが お知らせいたします。----------------あれから二時間たって今自宅です。今もまだ 頭が冴え渡って寝ることができずに 先ほど起きた出来事を思い出しています。それにしても えらいCDを作ってしまった。 いいえ‘作ってしまった'というのではなくてえらいCDができてしまったというような感じです。あの時降りてきていた存在は 一体だれなのでしょう?今まで体験したことのないくらい大きなエネルギーで 今でも頭頂のチャクラが全開したような状態で 眠気も疲れもなにも感じないくらいエネルギーが入っています。朗読中の私の意識が飛んだだけでなく あの冷静な鬼ちゃんが何度も意識が飛んで編集できなくなり 半分眠ってしまっていました。彼女は CDの声にリンクすると、とたんにこういう状況になった、また喉とハートの解放が起きていたと話していました。そしてこのCDですが ぜひ男性に聞いて欲しいし、また子供を持たない方にもぜひ聞いて欲しいといっていました。それにしても 本当に凄い体験をしたと思います。そういえば このCDのジャケットの裏に見出しとして 光のシャワーというタイトルをいれました。 後半部分はまさにそういうエネルギーが押し寄せてきていますので今まで閉じていたチャクラの解放がおきてくるであろうと思われます。不思議ですね、 さっきCDが出来上がった時は わ~い、出来上がったぞ~と単純に喜んでいたのですが 今冷静になって考えるとこのCDは私のCDではないですね。まさに上から降りてきたエネルギーそのものです。そして 録音が終わってファイルを閉じるときに 自動でファイルの名前が様々な番号ででていたのが11111と1が5つ並んだ番号になっていました。本当になんといったらいいのか わかりません。
2008年01月23日
今日は新しいCDの原稿とCDのシールの絵を描いていました。絵はフォトショップというソフトを使って これってどうすんのやろと思いながらあれこれいじっていたのでまだ 完成していないのですが本文の朗読の原稿は大方できあがりました。後は何度も読んでみてちゃんと光が入っているかどうか そのチェックをしていきます。実は 天の光が入っているかどうかが どこでもなんでも大切なんだと良くわかってきました。さて序文の部分だけご紹介しますね。--------------------------宇宙時代というのはなにも宇宙船にのって何処か宇宙空間に行って そこで子育てをしましょうというそういうイメージではないのです。 これからの時代が この物質的な3次元世界より さらに次元上昇した世界になるということを踏まえて 其の時代に生まれ来るNew Babyたちの為の良い子育て環境を考えてみましょうという そういうお話です。 実は私は今でこそ このような なんともうしましょうか 霊的というかスピリチュアルというか そういった世界で多くの人々に自分の経験を聞いていただくお仕事をさせていただいていますが 実はもともと 幼児教育の先生を長年しておりました。 0歳からスタートして大学を卒業する頃までの子供達、とりわけ幼児を主にした一貫才能教育の期間で20年間働いていたのです。 当時はアメリカのグレンドーマン博士を中心としたフィラデルフィアの能力開発チームの取り組みが日本に入ってきたばかりでした。 その後 このグレンドーマン式の右脳教育が日本の幼児教育に大きな影響を与えていきますが 其の中で 私は従来の教育をはるかにこえたところにある子供達の霊的な素晴しさとそれを生かす教育の必要性に気づいておりました。 次々に生まれてくる新時代の子供達が(この子供達は ある意味今の大人とは違う人種だといってもよいかもしれませんが)この社会に適応できなくて傷つき壊れていくのを見て心痛めてもおりました。 そのような今の社会に適応できなくて 心を閉ざしてしまった子供達の何人かが私のセッションを受けてくれましたが彼らは 言葉では話すことは苦手ですが いわゆるテレパシーのようなもので会話したり彼らの波動から 彼らの状態を見ることができました。気づいたことは 大人よりもこのような子供達のほうがはるかに霊性が高く 受け取るものも深いです。 もちろん体のレベルや社会的な存在レベルでは 大人の庇護を必要とする子供達なのですが 魂レベルではすでに悟った人たちが この世に出てきて苦労しているという感じです。 この分野では古くからシュタイナー教育が素晴しい成果を世界中であげているといわれていますが 私の感覚ではシュタイナー教育とも違う 新しい宇宙的な子育てがこれからは表れてくると思っています。 すこし話が飛躍しますが 私に4年ほど前にもたらされた情報では 私は未来において教育ということを研究する宇宙ステーションのようなところにいます。 そこでは 皆様おなじみの星から来た魂たちが 何人かいたように思います。今の地球よりもさらに発達した体系での教育が研究されているようでした。その時のチャネリングの経験が 今の教育ではそのうち駄目になるという予感を感じさせていたのです。 その後 ひめのゆめとしての活動が 活発になるにつれて私は教育の最前線から身を引きました。 そして今 スピリチュアル世界で新たに経験した体験を踏まえて 新しい時代のお母さん達に 波動世界を意識した 高次元での子育ての考え方について発信してみようと思います。 この私のお話は本にはせず CDとして世に出すことになりました。それは 前回 『ひめのゆめの魂を探す旅の物語』と題して CDを出版した経験からCDに吹き込まれた波動が 聞き手の皆様に随分大きな影響をあたえるのだということがわかったからです。 私が読者の皆様にお伝えしたいと思うことは ひょっとしたら その時の読者の皆様には 信じがたいことであったり すとんと心に落ちなかったりするかもしれませんがたとえ表層意識が受け付けなくても 潜在意識に働きかけて 魂レベル ハイヤーセルフレベルで受け取っていただければ良いと思います。 私がお伝えしたい内容は 音声(つまり 波動)でお伝えするほうがより効果的だと経験上わかったからです。 まあ 私の声を聴くと眠くなるので お休みまえの睡眠薬かわりに聴くという方があってもいいですけどね。(笑) さて 前置きはこのぐらいにして いよいよ本編に入りますね。ということで この後本編に入ります。このCDは名古屋すぴこんに持っていくことになっているのですが名古屋すぴこんまで あと4日ですね。 でも25日は喜楽さまはじめニーナに合流してくるお泊り客がありますし 26日はもう名古屋のオフ会です。ということは正味あと二日。 其の中でどれだけ光を注ぎ込んだ文章になるかが楽しいチャレンジです。
2008年01月22日

「貴方が誰かに送るメールの重たさ」考えてみたことありますか? というテーマで今日はお話したいと思います。昨夜は今までにないくらい楽天内メールにメールをいただきました。私もびっくりしました。 ほとんどが東京の神社に関する情報でした。平将門さまに関する情報や皆様の産土神社でこういったものがあるよという情報や私が知らない神社に関する情報を沢山教えていただき一気に東京の神社について詳しくなってきた感じがします。 有難うございます。 まだほとんどの方に返信できていないのですがおって返信させていただきたいと思っています。驚いたのが 東京の神社についてこんなにもご縁を感じておられて日常の生活の中に神社の神様をよりどころとされている人たちがおられるのだなあということでした。 何人もの方が 私の産土神社は○○です。 とおっしゃっておられました。東京というメトロポリタンシティでの 日本古来の神社の根強い人気を伺うことができ 本当に新鮮な驚きです。いっぽうで私は昨夜あることに気づきました。皆様から送られてくる情報ですが その情報に重さがあるのです。たとえば茨城の将門さま終焉の土地の情報を送ってくださった方が何人かおられましたが そのメールの重さというのがあって其の方とその神社や土地やその一族のかかわりの密度、 それからそのカルマのようなものをご自分でなんとかしようとされているか 潜在意識の中で誰かになんとかしてもらおうと思っているかによってのその容量、 その情報を送ってきている本体存在(表向きにはメールを送ってくださっている方ですが じつは背後存在に動かされているケースもあります)の意図していることなどによって そのメールの重さが全く違うのだと分かりました。PCで写真を送る時に 縮小している写真ならばすぐに受信できるのですが それが知らないで大きなサイズのままで馬鹿でかい写真を送ってしまった時に送られた方に負荷がかかる感じです。こんなことを書くとせっかく送ってくださった方たちに申し分けないし もう今日からメールもいただけなくなるかもしれないので それはとても不本意でいつも皆様からのメールを楽しみにしている私がいることを強く付け加えさせていただきたいのですがでも やはりこれは書いたほうがいいので今日その気づきを書いています。昨夜は ちょうど新しく発売するCDの『宇宙時代の子育て』の原稿を書いていました。エネルギーとしてはすでに降りてきているのですが それを言葉にする作業がのこっているのですが 先日の銭湯でのセッションから東京という磁場にしっかりとリンクしているので重い波動の中にいる私は この子育てのCDに手を付けることができませんでした。まったく波動が違いすぎるのです。一方がおどろおどろした戦いとその和解をテーマとした世界 そしてもう一方がこれからの高次元世界におりてくる子供達の素晴しい世界ですから 両方が違いすぎて このCDの原稿作成は今まで後回しになっていたのです。でも もう名古屋すぴこんまであと何日かでそろそろ原稿をつくらないといけないので昨夜は 穏やかな安らかな波動に包まれてこの原稿を書いていました。そこに次々と飛びこんでくる神社にかんする皆様からのメール。ピュアーな赤ちゃんエネルギーが流れている帯の中にいて メールをみるとそこには重いエネルギーがバックに連なっていて わああ~と思いながら読ませていただきました。メールがただの文字ではなく 明らかにその背後のものをも引き連れてきているのを感じました。 しばらくは神社の重い波動と天使やマリアや赤ちゃんのような清らかな波動の二つの帯をいったりきたりして 自分でもよくまあ こんなことができるようになったなあと関心していたりもしたのですが ついに神社の波動のほうがぐわんぐわん回りだしたのです。というのは その場で皆様からのメールを削除すればそうでもないのでしょうが あとで返信するために メールボックスに残していましたので そうなればこちらは意識をはずしていてもコンピューターにはかってにリンクされたままになっており それらが増えてきてもうぐわんぐわんと渦巻き始めていました。私達が いつも誰かにメールを送る時は その送るという行為とその内容に責任を持つ必要があるかもしれませんね。とはいえ 昨夜の皆様からのメールはどれもが必要なメールだったようで其の後 私ではどうしようもなくなって 私の上の方で全ての情報を送られてきた神社に関するご縁がある程度処理されたようで 朝3時に眠って7時に起きた時には それらはすべて終わってさわやかなエネルギーで体中が満ちていました。久しぶりに王仁三郎さまの声がして これからは誰かと関わるということはその見える範囲のその人だけではなく その人の背後にある存在たちとの出会いも必要あるもの全てが含まれる出会いになるということを覚悟しておくのじゃなと言われました。 ということで 今日はまた子育ての原稿書きに戻ります。それで そのCDのラベルも作るんですが 鬼ちゃんが 「ひめのさん自分でやってくださいねっ、 手伝うと王仁さんにひめのに自分でやらせろと叱られますから」とペンで絵を描けるようになったフォトショップのペンタブレットというボードを持ってきてくれたので それにチャレンジすることになっちゃいました。ところで これってどうやって使うんかなあやったらわかるって言ってたけど、、、、、。まあ 楽しくやってたら 何とかなるかもです。 アハッ
2008年01月22日

先日の「銭湯でのセッション」のアクセス数がいつもの2倍近くに跳ね上がっていたのでいったいどういうことなんだろうと思いました。 え? これって銭湯ということで 誰か変なこと(エッチなこと)考えてアクセスしてきていたのなら 嫌ですよ~私はまじめに書いているですからね。(笑)さて この2日間は動きが早くてさすがに説明できないので ダイジェスト版でおとどけします。 ほらあのテレビの二分割とか三分割した画面で同時に二つの番組が見れるのがあるでしょう。そんなのがあれば 丁度いいのになあといつも思います。さてお話は東京ニーナカロライを作る事になって トップページの写真に何を入れようかと綺麗なお花のCDを用意して考えていた時のことでしたね。上の方から「神田明神、神田明神」と声がするのでその神田明神の写真をいれて 初めて神田明神を調べた時に 平将門さまゆかりの神社だとわかってひえ~~~~っとなっていたのでした。実はそれからもっとひえ~~~ の出来事が起きるのです。翌日 知り合いの人が平将門の首塚に関する情報を持ってこられて実は昨夜こんなわけで 将門さまゆかりの神田明神の写真を使うことに決めたのですと其の方にお話すると 其の方はもっともっとひえ~~~~~~となり明日 お友達と約束していて 神田明神にお参りに行くことになっているのです。と話してくださいました。そこで 私は『将門さま 将門さま 神田明神の写真を使ったことに関しては できるだけ早くにご報告に行きます。 ですからそれまで許してくださ~い。』と御願いして明日お参りするという彼女に私の分の挨拶も御願いしたのでした。さて こうなれば一刻の猶予もありません、 できるだけ早く上京してご報告しようと東京のホテルを探しました。いつもは 私は自分が好きな街の吉祥寺の女性好みのホテルをとるようにしているのですが今回はそこは値段がとても高い設定になっていました。都内のホテルも受験シーズンのようで 空き室が少ないように感じました。そんな中 神田という地名とバスルームが広いというキーワードで調べていって上ってきたホテルが見たところおしゃれで良い感じでしたので そこに決めました。よしよし、これでO.K.と思いホテルの場所を確認すると ひえ~~~~~~~このホテルに行くには 神田明神の鳥居をくぐって来てくださいと書いてあるではありませんか、、、。え~~~~~~ これって神田明神の結界の中にホテルがあるっていうことやんか~。どないすんにゃ~!!隣でホームページ作成を手伝ってくれていた鬼ちゃんが 笑っています。「鬼ちゃん、笑ってる場合やないやんか~、 この設定ってこの前の出雲みたいに一晩中 お前が悪い、お前のせいでこうなった~~~っと恨みの念を受けてごめんなさ~い、ごめんなさ~いを連発してくることになるみたいやんか!一晩中 血まみれの将門さんが出てきたら どないすんにゃ~!」よくスピリチュアルワーカーの方たちが どこかの土地の浄化といって色々なところを回られていますが 私の場合は自分が昔に悪いことしたところをごめんなさ~いと 懺悔してくる旅になってくるのですね。鬼ちゃんは{ひめのさん 将門さんって 意外とハンサムかもしれませんよ、よかったですね。}と ケラケラと笑っている。「人のことだと思って、、、こんなことなら誰かに一緒に泊まってもらったら良かった~。」といっても誰も泊まってくれる人もないしなあ、、と地図を見ながら考えていると「あれ?? 神田明神のすぐ隣に 八雲神社って書いてあるぞ! よし いざとなったらスサノオさまを呼ぼう! うん それで行こう!」勝手に納得して自分で自分を慰めている私に鬼ちゃんが{それにしても ひめのさんは余程 八重垣に入るのが好きなようですね~。}とうふふふと笑ってる。そんな時に 電話が鳴った。『ひめさん ひめさん 明日鹿児島神宮に行ってきますよ。 そこはひめさんゆかりの場所みたいだから とりあえずひめさんに断ってから行ったほうがいいかなと思って。』其の声は喜楽さまでした。気楽さまは 鹿児島神宮のまわりを ヤマト政権によって滅ぼされた隼人の民に会いに行かれるようでした。私が神田明神に行くことになったことを話すと『ご縁は将門さまから付けていただいたということなんだろうけれども その神田明神は 東京のエネルギーの中心ともいえる大きな磁場だからね、その磁場とのご縁そして そこを守っている存在たちとのご縁の何かがあるんだろうね。なにがテーマでどこに行くのか わかったらまた知らせてね。』ということでした。どっか行くのかなあ どうなるのかなあ とにかく情報を待ってみよう。{ひめのさん、 凄いですよ。 さっき作ったお申し込みフォームから オフ会などの参加申し込みがどんどんきていますよ。}というわけで 2日で予定していた人数がほぼ埋まりました。 (ありがとうございました。)そして皆様からのお申し込みメールのいくつかには 神社の名前など大切な情報が書いてありました。たとえば 私はいつも水天宮にお参りしていまして、、、、それとか 先日 神田明神、将門首塚、 築土神社にお参りしてきたのですが、、、菅原道真の亡くなった年に 平将門が生まれていて この二人は生まれ変わりかと、、、菅原道真と平将門の両方が築土神社には祀られています、、、東京大神宮には気持ちのよい波動がありまして、、、私の氏神さまは 日枝神社ですが、、、、神田から4時間くらいで回れる神社を集めてみると、、、これらの情報を集めていくと 皇居をぐるっと一周する形で この神社が取り囲んでいるのが分かります。どうやら 夜は神田明神さまにどっぷりと浸かって 日中はこの皇居の周りをまわらせていただいて そして この旅費をまかなえるだけのセッションを行うということになったようです。二日間 色々ありましたが 今はやれやれです。東京でお会いする皆様 どうぞよろしく御願い致します。またまだ お茶会など空き席もありますので よろしければお越しください。お茶会などのニーナのスケジュールは ホームページの左のニーナイベント表で見れますのでご興味のあるかたはよろしく御願いします。
2008年01月21日
今夜のお話はニーナにご宿泊になった方と銭湯に行っているうちに とんでもないセッションを始めざるを得ない状態になって そこから急に東京ニーナカロライ校を再びオープンさせることになったお話です。ゲストハウスのニーナにはお風呂がないので いつもすぐ後ろにある銭湯をお客さまにご利用いただいています、毎週金曜日はニーナのすぐ後ろの銭湯がお休みなのでその場合はお客さまは 少し離れた所にある銭湯まで行かれます。いつもはお客さまたちがご自分で行かれますが その夜のお客さまは関東でのお仕事をおえてニーナにお一人で来られましたので 特別に私が船岡温泉という露天風呂がある温泉に車でお送りして 自分も温泉に入ることになりました。銭湯の洗い場の隣にその方が座られるや否や この時とばかりにその方のサポート存在が機関銃のように伝えて欲しいことをしゃべり始めました。私は新年会以来ずっと忙しい日々が続いていて やっとゆっくり温泉でリラックスできると思っていたので いい迷惑なのですが もうすごい勢いで言葉が降りてくるのでもうどうしようもない感じです。 サウナに入っても 露天風呂にはいっても ものすごい勢いでこれを伝えてくれ、これも伝えてくれと一気に言ってくるのです。お風呂屋さんを後にして車でニーナに戻る頃になると そのメッセージの量はピークになり彼女に障りをおこしているものの負のエネルギーの情報を私に送ってきたので私は 否応なしに 彼女の体の辛い状態を自分の体に反映することになりました。障りを起こしているもののエネルギーを感じたとたん、 「あ? 思考できない!!」 頭が乗っ取られてしまったのです。この状態を彼女に話すと 彼女はよく頭が自分の頭でなくなって 全く記憶が無くなってしまうことがあるという話を始めました。長い話を短くすれば ある時以来彼女はある存在の影響を受け入れてしまってその存在に心身を乗っ取られたようになってしまって苦しんでこられたのです。ニーナに帰って私の前に座った彼女のお顔は ある時はかわいらしい彼女の本来のお顔、また次の瞬間にはその憑依した男性の恐ろしい顔に くるくると変わり始めていました。彼女からのただならぬ話と 今までさまざまなセッションを受けてきたけれどもほとんどが効果がなかった話を聞いて 違例の真夜中のセッションを行うことにしました。それが終わったのが 午前3時半、 久々にエクソシストみたいでした。ゲストハウスのお客さまを 楽しくおもてなしする予定が とんだことになってしまったのですが 何年かぶりに自分を取り戻された彼女が 周りの景色がまるで電気がついたみたいに明るくなった喜んでおられるのを見ると 私も大変うれしく思いました。彼女についていた存在は 強烈なマイナスエネルギーを持つ悪魔的な存在で セッションの中では 彼女のサポート存在が 彼女の心が変わらなければ 今、障りを起こしているものをとってもまた次のものが現れるといってきました。麻痺している彼女の頭と心が 私が伝えることを受け取れるか受け取れないかのセッションとなりました。 最終的にはそれに成功し 彼女はさらに自分の魂の探究をおこないたいとひめのの夢ワークを申し込まれたのです。 私はこの時定員がいっぱいになっている京都ニーナカロライの夢ワークを待ってもらうのではなく 東京校での受け入れをすることに決めました。この方には 土地に関することが大きく影響しているのが感じられましたし彼女の彼女が育った街が大好きなんだという言葉がそう決めさせたといえます。さて 東京ニーナカロライ校ですが 今は閉鎖されています。一時は何人かの夢ワークの卒業生を出しているのですが 今は京都に統合されています。お正月に この東京ニーナカロライ校の卒業生であるKasumiさまがニーナに来られたのですが彼女の話によると 夢で東京ニーナカロライを立ち上げると解釈できるような夢を見たということと 出口王仁三郎さまに導かれて来ているとのことでした。その話を聞いて 「そうか じゃあまた東京ニーナカロライを立ち上げる時は kasumiさまにご協力いただこう。」と私は思いました。それが こんなに早く生徒さまが現れるとは思ってもいなかったのです。講師の先生が現れ、 次に生徒さまが現れ そして次の日にイラストレーターの鬼ちゃんがニーナにあらわれ あっという間に東京ニーナカロライが出来上がりました。その時 鬼ちゃんが 東京ニーナカロライのトップページにはどの写真を使いますか?と聞いてくれたのですが どこからか 『神田明神、神田明神』という声が聞こえます。「鬼ちゃん、神田明神の写真にしてください。」こうしてトップページに神田明神の写真を入れてもらった後で 神田明神ってどんな神社なんだろうと思ったのです。「鬼ちゃん、神田明神を調べてみて!」{え、ひめのさん、 知らないで神田明神の写真を使うって言ってたんですか?}{神田明神は将門さんの神社ですよ。}「ほえ~、そうなんだ、 そういえば 我が家の家系図の説明のところで源経基(六孫王)の時に敵として戦ったようだから そういう意味では敵なんや~ほえ~~~っ どうなってんのかなあ。」そんなことを言っているうちにどんどん 神田明神や将門さまとのご縁が深まってきたのです。(つづく)名古屋、東京出張など「ひめののスケジュール」につきましては ニーナカロライネットの左のニーナイベント表をご覧ください。
2008年01月18日
結界に関する考察は今夜で一応終わりにしますね。 そうしないと同時進行で起きていることが 次に押してきていますので明日からはそちらに移ります。ところで私達が このone day trip の最後に行ったお寺は広大な敷地を持つ仁和寺でした。この仁和寺で私は珍しい絵を見ました。それは孔雀明王の美しい絵で 絵の前に御真言が書いてありました。私は孔雀明王の御真言は知らなかったので たんなる好奇心で 真言を唱えようとしてはっとして止めました。これを唱えると これに反するエネルギーが攻撃してくることに気づいたのです。自分と同じものは受け入れる、しかし違うものは排除する世界。これが神々の世界といえるのでしょうか?学問の神様である天神さんは 実は菅原道真公が無くなってから90年にわたって祟りともいえる出来事が連発したので その祟りを沈めるために祀られています。人々が都合のわるいものを恐れるところから神として祀る神社も生まれました。私達は幼い時から そのようなことは知らずに 願望成就のためにお参りしてきたのです。人々はエネルギーにあまりにも無頓着です。ネガティブなことも平気で考えたり言ったりしますが 実はそのエネルギーが即座に来ていることを感じるならば 自分の想念についてもっと慎重になるはずです。この地球が波動を上げつつある今、 京都が平安の昔に エネルギーを意図的に扱って自分達に都合の良いように結界をはってきたのが まだ残っているとしたら京都は日本の地理的に中心に当たる部分、 日本全土によくない影響がでるでしょう。その結界については 最初は大陸から来た民が自分達の利益のためにはったかもしれませんが最後のほうは 攻撃されないための結界に変わってきており また一般化してしまったように感じました。誰の攻撃から身を守るのか? それは自分を攻撃する悪から、、、。でも 相手には相手の正義があり その正義の中で幸せを求める故の結界であるならばどう考えたらいいのでしょう、、、。これは昨年のNHKの大河ドラマの山本勘助が一つのテーマを教えてくれていましたが豪族、部族が乱立する時代には 主君に対する愛から 忠義をおこない 敵を倒します。しかしながら敵には敵の言い分があるし またそこには 主君に対する愛も忠義もあるし家族に対する愛もあるのです。 部族という集団の利益から もう一段上のステージに上って共に愛しあう世界を求めていく、そして過去の遺恨に光を取り込むことが今最も大切なことのように思われます。京都という場所は 奈良からずっと因縁を受け継いで そしてある特定の人に利する結界を縦横無尽に張り巡らしたところなのでしょう。その結界を 実際に壊そうとしたのが やり方は非情ではありますが信長さまであり 後には幕末の志士達であったかもしれません。石山本願寺や比叡山、 それらの寺は自分達に都合が良い政治を行うために結界を張っていたようです。それらの結界のエネルギーの滞りをはずしていく作業は 幕末までに何回もおこなわれてきたようですが当時の取り組みは この3次元世界での雛形に終わってしまったようです。今回は 昔と何が違うか!?それは いろいろ問題があるにしても このスピリチュアルブームのなかで 人々の心が見えない世界を認識し始めたということなのでしょう。つまり 今回の立て直しこそ 見えない世界を踏まえたうえで 結界をはずしてそれぞれの場所に作られた岩戸をあけていく立て直しになるのだと感じます。結界という防護シールドをはずせば 敵に攻撃される世界、 其の世界の中ではだれが 最初にその防護シールドというパワーを放棄するか?『真心を持って相手の前に凜と立つ!』 今のところ私には 其の方法しか見つかりません。-----------上の世界では 動きが相当に早いようで こちらの3次元世界でのお知らせが追いついていない中で 名古屋や東京でお会いするべき人たちからメールが来ています。私の意識があまり この世界には無いので 様々なことのお知らせが遅れていましたがサポートがいっせいに入り 手伝いはじめてくれていますので 今週末にはさまざまなお知らせ事項が分かりやすく お知らせできると思います。ご連絡くださっている方々へ 今しばらくお待ちください。
2008年01月15日

次の日私と喜楽さまは 一旦はあきらめた宇多天皇陵に行くことになってしまいました。(理由は長くなるので省略します。)前の日に仁和寺から見る宇多天皇陵ははるか遠くに見えていました。これが仁和寺の門から見た 来迎図で 二つの山の背後にうすく見えている真ん中の山が宇多天皇陵です。私と喜楽さまは宇多天皇陵目指して 北周りの金閣寺の方から車を走らせました。 途中からどんどん重くてしんどいエネルギーが来ます。悲しみで胸が痛くなるようなエネルギーと また別の攻撃的なエネルギーのようです。やっと天皇陵への登山口に来ました。上に上るにしたがってそれはますます重くなりましたが しばらく行くと其の重圧がすっと抜けました。 同時に喜楽さまが あ、サポートが来た!とつぶやかれました。私達はこうして 数メートルにわたって張られている 宇多天皇の結界の中に無事に入れました。この辺りからは京都市内が一望に見渡せます。ほどなくして 私たちは宇多天皇陵に到着しました。辺りは静けさに包まれて だれもこの地を訪れる人はいません。私たちは 御陵の中にはいり 私は天皇さまを感じてみました。私にはこの宇多天皇が身内のように感じられました。身内の墓参りに来たような感覚です。こんなところで寂しいだろうなと思いました。お母様である班子女王さまが心配されて 私達を使わされたのかと思いました。この宇多天皇さまですが いったんは源氏に降りたものの 急な政変で天皇になった方です。平安朝以降、自ら政治を行った天皇はそれ程多くない中で 宇多天皇は、藤原氏の横暴にストップをかけた天皇として有名だそうです。藤原氏が天皇家に入り権力を拡大させていくのを抑制し 菅原道真を重く用いて政策を進めました。しかしながら 良かれと思って醍醐天皇に帝を譲った後 朝廷への権力の集中を嫌う藤原氏などの有力貴族の反発が表面化するようになり、当時菅原道真のライバルであった藤原時平のたくらみにより菅原道真が大宰府に左遷されることになるのです。この事件で道真を救えなかったことで 宇多天皇は随分苦しいお心で晩年をすごされたようです。この宇多天皇のお心を感じると涙がこぼれました。どんなにか菅原道真公を守りたかったでしょうに。この菅原道真公ですが 菅原氏は、道真の祖父清公(きよとも)のとき 古代の土師(はじ)氏より氏を改めたもの。天穂日命の末裔と伝わる野見宿禰が殉死者の代用品である埴輪を発明し、土師連姓を与えられたと言われています。石を扱う仕事にたずさわり、石材を供給する二上山の支配権をもっていたようです。ここでも山の民の存在が感じられます。私達が このone day tripをした日は一月七日、七草がゆの日でした。 七草がゆの由来は 宇多天皇さまが お母様の班子女王さまに嵯峨野の山草をとってきてさしあげたことから来ています。私達が 班子女王さまの福王子神社にお参りした時に 神社の方たちが 七草粥の雑炊をつくってくださっていて とても明るくて素敵な神社だと思いました。けれども 子供である宇多天皇は 人里離れて寂しく葬られています。ここに班子女王さまからの 息子のところに行ってやってくださいという優しいお心があったように私は感じました。御陵さんにお参りした後は日が差してきました。私達は 宇多天皇に別れを告げました。 先ほどの登山口までくると宇多天皇のテリトリーを抜けましたので また先ほどのエネルギーが攻撃してきました。今回の旅で私たちは 京都北西部のいたるところに結界が張ってあるのに気づきました。自分たちの一族のみを守るために張られた結界です。そこには ともに光の中にあゆんでいこうとする愛はありません。京都の町は実はこんなに閉鎖された世界だったんだと私は愕然としました。 しかも今や彼らは神々として神社に祀られ、人々がお参りし信心していく存在となっているのです。それが 実際のところは存命中の想念によって今だにその恨みや憎しみ、戦いのエネルギーの域を抜けることができないでいる。今は そこにその人神さまは常にはいないとしても 残存思念は明らかに存在します。そして縁ある人にはそのエネルギーを良い意味でも悪い意味でも影響させてきているのです。でも 多くの人は其の事実には気づいていません。たった一枚のお札でも そのお札がポータル(門)となって 其のお札の主とエネルギー的に繋がっているのです。今の時代、地球が波動をあげる動きのなかにあって この京都もその流れのなかにあるはず。 それが せっかく宇宙から良きバイブレーションが降りてきていても このような人々の念によってあちこちで 岩戸が作られているのだとすれば その良き波動も京都市内を流れていくことは困難でしょう。私は頭をかかえて考え込んでしまいました。(つづく)いよいよ次回は この結果に関する考察の最終回です。 このブログを書いている間にも色々な進展があってすでにこのブログは過去のように感じます。
2008年01月14日

さて二尊院に到着した私達は広い境内を 小倉山方向に歩きだしました。この二尊院ですが 資料によれば小倉山と号し、天台宗山門派(延暦寺)に属する。承和八年(841)嵯峨天皇の勅願によって慈覚大師が創立した。本尊に釈迦如来、阿弥陀如来(重要文化財)の二尊を祀る。長く荒れていたのを法然上人の高弟湛空が再興した。とあります。門前で不思議に思ったのは 九頭竜弁財天の表札が大きく上っていたことでした。広い境内を歩くにつれて 今度は同行されていた シードハウスさまの具合が悪くなって来ました。 先ほどまで 頭が痛かった私やつきのせさまは平気でいます。隣で喜楽さまが この旅は源氏と平氏のエネルギーのぶつかり合いを見ていく旅だけではなく宗教間における諍いをもテーマにしているようですねということをおっしゃいました。確かに京都は寺が大きな勢力を持っていて その勢力によって政治も影響を受け 結局の所 庶民が一番被害を受けたとみることもできます。その後私達は この地域を回ってみて京都の西の このような狭い場所に 互いの勢力によって様々な結界のエネルギーが張られているのを感じました。そう言えば ○○さまがこの地域を回って欲しいといわれた時にこの辺りから京都の北の貴船方面へ 綺麗な自然のエネルギーを龍神が流そうとしているけれども それが流れないということも話しておられました。確かに この嵯峨野の九頭竜弁財天から 京都の北山にそって東へ辿ればそこには九頭竜大社という大きなエネルギースポットがあります。この大社のご開祖がお亡くなりになってから 何十年かたつようですが 私はこのご開祖ほど龍のことをわかっている人はいないということを知人から聞いたことがあります。今まで私は京都の地図とにらめっこしても 嵯峨野から貴船に向かう京都の屋根のように張り巡らされた山々に沿った気脈を感じたことはなかったのですが言われてみれば ここにその気が流れることは 京都にも風が入ることになるように思えました。しかしその試みを行うにも 其の山々の麓近くで人間によってこのような沢山の結界が張られていたのではその素晴しい自然の気も入ってくることはできないように思えました。すこしづつ課題が明らかになるなかで 私達は仁和寺に向かいました。この山門の両サイドに仁王さまが立っていて威圧感があります。山門の中に入って思うことは まあ なんと馬鹿でかいお寺なのかということです。この山門のずっとずっと奥に中門があって そのずっと奥に本堂があります。私は前日の夜に 意識を飛ばしてこの仁和寺に関して その門から見える景色が重要であることを感じていたので そこに何があるかを見極めようとしました。そこにあったもの 仁和寺の後方にそびえる二つの山と 其の間から顔を覗かす一つの小さな山だったのです。仏教や神道、宗教学に詳しいKasumiさまが この景色は仏教学的には来迎をあらわします。と傍で教えてくださいました。そうか この山門から見える壮大な景色は 来迎図なんだ。先ほどから仁和寺に関する写真をインターネット検索してみましたが この来迎図を意識して取られている写真はありません。おそらくそれに気づいている人も少ないのでしょう。仁和寺は素晴しい建物と国宝がありますので そちらだけで堪能すると思いますがそれでも その日の私にとって一番大切なシーンがこの来迎図とその二つの山から登ってくる太陽であるその山だったのです。その山は何か! 宇多天皇陵でした。最初に地図を見せた時に喜楽さまが 宇多野という地名が気になるとおっしゃっていました。また 今回のお導きのエネルギーは 福王子神社の班子女王(はんしじょうおう)様ですがその班子女王さまと光孝天皇の子供が宇多天皇です。この時 この班子女王さまのお気持ちを探る大きな鍵が明らかにされつつありましたがすでに夕方に差し掛かっており 東京から来られている方たちは新幹線の時間もありましたし 私達はそれぞれの帰路につくことになりました。私は 遠くに見える宇多天皇陵を見ながら 今回はここまで、 また其のうち謎が解けることもあるだろうとニーナカロライに戻ったのですが実は この次の日 私は自分を攻撃してくるエネルギーをこらえながら 其の謎を解くため この宇多天皇陵に喜楽さまと二人で登ることになるのです。(つづく)
2008年01月14日

昨日に続き京都で起きた出来事から結界について考えてみるブログです。次の日、まず私達が向かったのは観月で有名な広沢の池でした。時代劇でよく撮影に使われている場所ですが 観光客が来る場所ではないので静かなところです。冬季は12月に養殖の池の鯉をあげるために池の水が抜かれていました。気になるのは池の後ろの山(遍照寺山)、ピラミッドのようです。こちらは中の島ですが ここには弁財天が祭られていました。こちらはこの弁天島の千手観音ですが 私はこの千手観音のほうにエネルギーを感じました。となりで 気楽さまが「この観音様がこれからひめさんをサポートしてくれるようですね。」と やはり私と同じ感覚を受け取っておられたようですので この千手観音にむかってどうなるのか今は分からないこの今日の旅において 私達がなすべきことをちゃんとできるように祈りました。この時点において 私達はまだ このone day tripが どうなっていくのかはわかっていないのです。さて この広沢の池で昨夜の○○さまとシードハウスさまが 合流され まずは小倉山のふもとにある常寂光寺に行くことになりました。私はここに何があるのかなあ~といった感じで参加しているのですが趣のある常寂光寺の門を入ったとたんに 何か入場を阻止するエネルギーが飛んで来ました。それは中に入っていくにつれて強くなり 頭が痛くなってきました。これはかなわんと 私は一気に本堂に向かって階段を走りあがりました。門を入った途端に この神社の結界に阻まれているのですが こういった時は一気に拝殿まで行って そこに存在する神仏に事情を説明するのが私のスタイルです。見れば 同行されていた つきのせみおり様も 痛い、と言いながら私の横を本殿に向かって急ぎ登っておられました。他のメンバーは私達のこの様子を笑いながら見ていて ゆっくりと階段を登ってこられています。喜楽さまが『ひめさんとつきのせさんに 同時に(エネルギー)攻撃が来ているのは陰陽師の関係だな。』と笑っておられます。実は この常寂光寺ですが 小倉山で百人一首を選歌した藤原定家さまの別荘跡だったのです。また 藤原定歌さまは土御門家と激しく争ったようで 陰陽師の安倍晴明さまは 土御門の出、そのエネルギーを受けている私達はこの場所では敵とみなされたのかもしれません。とにかくこの定家さまの結界に阻まれたのは間違いないようです。さてやっと定家さまに事情を話し、 この結界の重い(他の人にはそうではありません)エネルギーを解いてもらうと 同じ境内にある別の社に行きました。ここは妙見社です。妙見は北斗信仰の神社ですが 北斗七星は私にはとても深いご縁のある存在でここでは先ほどとまったく違って歓迎のエネルギーが流れていて 先ほどまで痛かった部分の癒しがおきて エネルギーを補充していただきました。同じ神社境内にあって こんなにも違うなんて、、。すごく不思議な感覚でした。 いつもは私は 私を取り巻くエネルギーを京都とか日本とか地球とかの規模でとらえていますのでこのように細かい部分でのエネルギーの区分を感じることはありません。出雲で出雲族と須佐族のエネルギーのハザマに立たされたよりも もっと細かいエネルギー区分、 それはまるで 生きている人の出しているエネルギーの範囲に近いのですがそういったエネルギーが作り出している結界を今日は感じているのが不思議だったのです。さて次に私達が○○さまの案内で訪れた場所は 二尊院でした。ここでは 宗教に絡む結界に遭遇することになったのです。(つづく)
2008年01月13日

今日のブログは京都に張り巡らされた結界についてのお話です。新年早々実際に起きた一連の出来事から 結界とは一体何であるのかを考えてみたいと思います。------------------昨年末にニーナに来られたお客様の中で 京都市の西の地域にお住まいの女性がおられました。人目見たときに彼女からレムリアやケルトを思わせるピュアなエネルギーが流れているのを感じました。彼女は私が2年前に作った私の名刺を大事に持ってきてくださって 今この時期だからこそ出会う必要があったことを感じました。実は彼女の来訪の大きな目的は 彼女がお住まいである地域を守っているエネルギーに光を入れたいということでした。私は年が開けたら喜楽さまとこの地域を回ってみる約束をしました。さて 新年会の前日 彼女からこの地域で彼女が気になっている場所を描いた地図がファックスされてきました。その地図をみて 私は考えこんでしまいました。この場所のエネルギーを感じた時に ここを私達が回ることになるその理由が見当たらないのです。ニーナカロライは一条通り(東西の通り)にありますが ニーナから西へ西へと行くとそこにはまず石庭で有名な龍安寺があり その隣に大きな仁和寺があります。その仁和寺の西側に 5つの道が交差している小さな交差点があります。その交差点を北に行けば 空海さまが大陸から戻って来られた時に高野山に入るまえに14年間を過ごされた 高雄神護寺があります。その交差点を西に行けば嵐山のエリアに入ります。この大事な交差点には小さな神社が建っているのです。其の名は福王子神社。御室仁和寺を創建した宇多天皇の御母君であり、光孝天皇の皇后である班子女王(はんしじょうおう)がお祭りしてあります。私もこの場所をよく通りますが 駐車場がないのとこの信号を上手く通過して車を運転するのに注意を払いますので 今までこの神社にお参りするチャンスはありませんでした。どうやら彼女の思い入れは小さい身体でこの大事な所を守ってくださっているこの神社にあるようです。でも何をどうするのか さっぱり分からなくて 私はこの地図をそのまま喜楽さまに新年会の席で見せました。喜楽さまのほうもこの地図のなかで 宇多野というのが気になる以外は特に何もないという様子です。彼女のほうは一生懸命 何かを訴えてこられています。何かがあることは あるのです。でも 見えない。 私達はしばらくヒントになる糸口をつかもうと地図とにらめっこしていました。新年会参加の人たちもこの成り行きを見守っていました。其のうち 喜楽さまが 「あれ? ○○さまの平家のエネルギーが ひめさんの源氏のエネルギーとぶつかっているぞ。」と言われたのです。彼女の家系は那須与一の子孫にあたると聞いていたので え? なぜ、平家のエネルギーなの? と不思議に思いながらも 『平家対源氏』をテーマに 其の辺りに点在する天皇陵を調べていきました。すると最初はどこを見ても 藤原氏のエネルギーです。 つぎに平氏のエネルギーがあり、しかしながら平家から出た天皇が源氏にかわり とにかく藤原氏、平氏、源氏のエネルギーが婚姻による血脈の交わりの中で 交差しながら複雑に絡み合っていたのです。『うわ~~~っ! 何だこれは! 敵と味方が入り組んでいる。』まず福王子神社ですが 班子女王は平家のエネルギーです。 その人神さまが○○さまを通じて何かを訴えてこられているのです。喜楽さまは ○○様を優しく諭していかれました。「貴女が今思っている存在たちに光をあてようとするということは 別の勢力にすれば反対のことを意味するのですよ。」 とにかく明日 この地域を回ってみよう、テーマはおそらく 『和解』なのだろう。こうして私達は 平安時代の神社仏閣や古墳群が残っているこの地域を実際に回ってみていまだに残っている恨みの残存思念と張り巡らされた結界を身をもって感じることになったのでした。(つづく)
2008年01月11日

今朝久しぶりに人間が誰もいない静かなニーナカロライです。1月6日に開催しましたニーナの新年会は22人の方にお越し頂き大変良い会になりました。ありがとうございました。当日は、浅山泰美さま演奏によるライヤの音楽が素晴らしい音の世界を2階の瞑想室に作り出し ご参加の皆様は 目を閉じてその癒しの世界を楽しまれているようでした。また 昨年から私の出雲行きに際して貴重な情報を送ってくださっていた 『たまのを』さまがご自身で御作りになりました 「アマテラス」と「スサノオ」に関する造形を送ってくださいましたので それを展示させていただいていたのですがその不思議な形の世界に 皆さまびっくりされたようです。この『たまのを』さまの造形につきましては それぞれ『たまのを』さまのブログに説明が記載されています。「アマテラス」「スサノオ」さて 新年会の日は 3つの部屋に分かれて 様々な魂のグループにわかれる人たちが互いの体験や考えをシェアーされていたのが印象的でした。ほとんどの方が初対面なのですが 皆さま本当に来てよかったとおっしゃってくださったのが主催者として 大変嬉しく思っています。また 5日からは遠方からのお客さま達がニーナにご滞在されていたのですが参加メンバーが入れ替わりたち替わりで 毎晩 ものすごく濃い内容の話が行われていて互いにこの一年が始まれば それぞれの場所に戻って活動されますので今回こうして話し合えるチャンスを3次元上で持つことは そうないので本当に話が尽きなくて 毎晩 皆さまが床に入って休まれたのは 午前3時から午後4時でした。何人かのお客さまは その後すこしだけ仮眠をとってその日の仕事に新幹線でもどっていかれました。私も大地のワークなどで エネルギーを摂取しますので あまり寝ないで仕事することも多いですがそれでも 上には上をいくすごい人たちがいるのだなあと感心しました。当初一泊だけご滞在予定だった方たちも ご宿泊を延長して 時間の許すかぎりの体験のシェアーとなりました。私も 5日から10日の今朝まで6日間 毎晩眠るのが午前4時で 今朝やっとニーナは全てのお客さまをお見送りして 静かなニーナに戻っています。この毎夜の話し合いのメンバーの多くが ブログやその考えを発表するホームページを持っておられますが 今回皆さまが 共通しておっしゃったことが「今回体験したことをブログに書けない!」という言葉でした。私自身も時間的なこともありますが いつもは毎日書くこのブログが書けないでいたのは同じ心境なのです。一日に起きてくる出来事が 今までの(例えばですが) 一年分に相当するくらい密度があがってきているので書ききれないということと これらの流れの中では人とのお付き合いの年月よりも 互いにどのような経験をして 今どの座標点にいるかが魂の気づきの取り組みの中でシェアーできる事柄とその量を決めるポイントになるようでそれをどう表現するかが 難しいのです。また この話合いは私たちこの3次元世界に生きているものたちの話し合いだけではなくその内容によっては 関連した宇宙存在たちのエネルギーがひっきりなしに来ていました。また 京都という土地柄 たとえば 歴代の天皇や武将の話をすれば そのエネルギーがすぐにニーナに来ますから(参加者はその存在を皆、感じる人ばかりでしたので)まさに様々なエネルギーが入り乱れるなかでの 話あいの場となりとても何が起きているのか一言では伝えられないような現象が起きていたのです。また 色々な事が判ってくればくるほど 何も書けなくなってきて私も今回はそう思っていたのですがブログの続きが楽しみですというコメントを頂いたり(ありがとうございます)ひめのさんが何を書いても 誤解する人は誤解しますので ありのままに書いてくださいという助言を頂いたりして とにかくそのまま感じたままに書こうと思いました。連日 この宇宙の中である分野を自分の探求に向かって突き進んでいる人たちが持ち寄ってシェアーされていた話の内容から 私はおおむね共通した概念の流れがあるのを感じています。それは この宇宙の中心は愛であり その宇宙の中心から 私たちはそれぞれの魂の学びのために場を与えられて さまざまな体験を互いに行っているということ。この世界は実は私たちが見ているこの世界だけではなく 異次元がさらに上にあって その次元をあげる流れのなかで さまざまな動きがおこなわれていること。また この地球自体が次元をあげる流れのなかでは この実験場(地球)の流れと同調したくない人々は 別の次元空間での場所が用意されていて そちらに移動していく動きがあること。地球を実験台とする前に 私たちの魂はさまざまな宇宙空間で おなじような魂の学びをしており 現在でもそれぞれの星からサポートのエネルギーが送られていたりまた逆にこちらでの学びが それぞれの星にレポートされ この地球に来ている魂の学びとともに彼らも学んでいるということ。これに関しては 私たちは国際連合の会議の場に参加している各国の代表だと思えば判りやすいでしょうか。また 太陽系、銀河系、またさらに高次の宇宙空間に属するサポートのグループが地球空間における全ての存在たちの向上をサポートする体制にいるということ。これが今までは 比較的緩やかな流れの中でのサポートで 人々の自由意志にうったえる形の温和な次元シフトへのいざないであったのが(といっても 地球は天変地異も含めてさまざまな気づきの激変の危機にあったようですが)今や それを行う時間を早めなければいけない時期になっておりそのためには 宇宙のサポートたちはあらゆる努力を惜しまない体制にあって私たちがゆだねて望みさえすれば それぞれの幸せを強力に現実化することができる状態になっていること。一方で 何時までもネガティブな感情を抱きしめていたい人には それができる別の世界空間が用意されているようです。この辺りが私は厳しいなあと感じました。たとえば このブログを今読んでおられる人のなかで 自分は不幸だ、何かをしたいのにそれが様々な理由で出来ない と思っている人がいるとすればその人がその人の幸せを実現させるために これからは宇宙のエネルギーが直接それを強力に下ろしてきてサポートしているので それを実現することが可能なのです。しかしながら 何時までもぐずぐず言っていると言う事は 結局のところはそのぐずぐずした状態がその人の想念が生み出している世界なのでこの世界が次元上昇によって地球上に無くなれば ここにはいられなくなるということを意味します。 しかしながら 宇宙はそういった人たちのために ちゃんとネガティブを抱きしめていたいというテーマパークを用意してくれているようです。今回ニーナの夜のお話会に来られたこれらの人たちの多くが 昨年に あるいはもっと前から いったんは下に落ちるような もぐって動けないような辛い経験をしています。 その後 強力なシフトが起きて 本来の魂のあり方を取り戻されたようです。中でも私が経験したように 昨年11月11日のシフトの波は大きくて ある方はこの日は宇宙の大きなゲートが開き 地球にそのエネルギーが入ってくるようになった日であると話しておられました。この方たちは それぞれ宇宙の星達を故郷に持ち そのエネルギーも様々でどのスタイルをとるかによって魂の輝かせたい方法が違うのですが地球においては 一時神々と呼ばれた時代があります。例えば エジプトやギリシャの神々の時代 また 先日私が経験した日本神界の神々の転生の時代です。しかし 今や彼らが共通して話しているのは それらの時代に固執して神を名乗っている時代ではなく その時代においてもそれぞれが犯したカルマがありますからそれを早く修正して さらに上の宇宙と繋がっていくことの必要性を感じ今はそのように動いているということでした。現在は 上に書いたような中間管理職の神々の時代ではないのですね。むしろ それらの神々がいまだに 古い形で人間世界をサポートしていますのでそれを取り締まる時期に入ったようです。これからスピリチュアルなセッションを受けられる方がおられるとすればこのことを判った上で その人にその時にあったレベルとスタイルのアドバイスをできる人に見てもらうことが大切かと思います。文が長くなりましたね。 今日はこのくらいにします。この日記上の言葉では 私が言いたいことの半分もつたわらないかもしれませんがもしも この日記から 私が伝えたいことの波動が皆さまに伝われば幸いです。しかしながら この私の考えも一つの私が選択している宇宙であって絶対的なものではありません。私たちはもっと違う宇宙を(例えば 爬虫類のある存在たちが求めていく宇宙中心には愛でなく力があるのかもしれません)求めていく存在たちのことも感じますしまた大いなる宇宙存在はそれさえも ともに存在させていることも感じます。
2008年01月10日
夢の中で何処かにワープするとしても それは肉体のない状態で飛んでいく事が多いようですが 今回の夢は自分の体が半分物質で この世界では全ての存在があるパーセンテイジで重なりあう世界のお話です。--------------------------霊界百話(半物質世界)第二十話この日は私の隣にしっかりとガイドの男性がついていた。目の前にいくつもの壁が立ちふさがっていて 私とそのガイドはその壁に向かって走り始めた。その壁は様々な材質で出来ていてそれらを凄い勢いで 次々と突破して走っている。目の前の壁にぶつかった瞬間 天のサポートのエネルギーでするりと身体がその壁の中にめり込む。次にその分厚い壁を出る時にまたもう一度その壁をスルーするのだが その時は自分の意思とエネルギーで 通り抜けねばならない。そうやっていくつもいくつもの違う材質の壁の厚みを 通り抜ける訓練をさせられている。最初は障子のようにやわらかそうな物質だった。それが 段々難易度があがってきて 土壁になり コンクリートになり ついには鋼鉄の壁に変わった。それでも ガイドは私といっしょに凄い勢いで並走していて私の選択としては このたくさんの壁を通り抜けることしかないようだ。少しでもこの材質は堅くて通り抜けられないと心で思えば 身体のどこかが壁にめり込んだままになって通り抜けることはできなかたt。天のガイドと一緒にも関わらず 通り抜けられなくしているのは 私の「こんな固い物質通り抜けられるわけがない」という固定観念に他ならない。次に私達は海の中を走ることになった。途中 このガイドの彼が「後ろからたくさんの者達が来るぞ!」と叫んだ。衝撃と共に私の身体を目に見えないたくさんの存在たちが スルーして通り抜けていくのを感じる。それぞれが違う形をしているので なんだかモゴモゴしたものがいっせいに私の身体を次々に通りすぎていく様子を感じ続けている。そんな状態で 海の中を胸まで海水に浸かりながら立ったままで移動していく。そして白い灯台にたどり着くと同時に 「何かが来るから上に大急ぎで上がるように」という声がした。その声を私と同じく聞いた子供たちが5,6人 早く上に上がろうといって灯台の階段を上に駆け上がっていく。私も急いで上に上がった。海岸には人々がのどかに 海水浴を楽しんでいる。突然右から左に 衝撃波が海の水の中を走った。その瞬間海の水に触れていた人たちは 衝撃波を受けて消え去った。あっという間の出来事だった。私を指導する男性は更に遠くの灯台の上に逃れていて こちらを見ている。しばらくたつと またのどかな情景が現れ 私たちは訓練を続けた。-------------------------この日の私は徹底して 壁を通り抜けるということにチャレンジすることになりました。其の時によく分かったのですが もう絶対に壁を通りぬけることなんかできないという先入観が頭と心にこびりついているのですね。それでもガイドがリードして 壁の中につっこんでいくので なんとか壁の中に体がめりこむのですがどんなに成功してもまた コンクリートや鉄の壁を見ると通りぬけられないという固定観念が現れるのです。 そうやって 何度も何度も 通り抜けることをしてやっと体が物質の中も通り抜けれるものなんだということを 私の心と体が悟ったようです。この日の学びは一体何だったのだろうと考えた時に今までの固定観念からの心の解放であったのかと思いました。私が再開した夢解析のワークもここの部分が大きなポイントになり 今まで古い概念に囚われていた心を解放し 今までにない叡智で物事を見ていくことが大切です。多くの悩める人たちのお話を聞いていると わかっているけれども~だからどうしようもないという イイワケが沢山あって それは其の人たちからすれば 壁のように立ちふさがっているもののようです。よくよく見つめていくと 今 動けなくしているものは自分から生まれたものが原因であって すべてその人の想念がその人の現実をつくっているのがよく分かります。新しい動きの中で 今年は 私達は意識の転換を大幅にはかっていくことになると私は感じています。私達は安心して自らの魂の学びを追求し その学びを互いのスタイルを尊重しながら安心して行い、そして最終的には 皆で喜びの波動につつまれて宇宙の中心に回収されていくようになると私は感じています。その学びの中で 今年 ポイントになるのは 『意識の転換』だと思います。今の意識を変えることによって 今漠然とおきている貴方のリアリティーが貴方の魂のプログラムとして再編成されて 生き生きとしたものに生まれ変わり貴方は天のグレース(恩恵とでも訳すのでしょうか?)の帯のなかに自分が生きていることを感じるようになるでしょう。天からのサポートは全ての人により身近にかんじられるようになりそのエネルギーは どの人たちにもその光の波動を強く振りそそいでくるでしょう。いえ、それはもうそこにあるのですが 受けきれていないだけなのですね。それを受けきれるように 少し粗い目のざる頭であれば より細かい目のざるになるように意識の転換をはかる必要があるようです。これからは いままでのように だれか特別なスピリチュアルワーカーだけがそれをするというのではなく 全ての人々が高次の自分とのやり取りをしたり 高次のエネルギーをうけとったりする時代になってくると思います。また いままでよりももっと精妙なエネルギーをとりいれることに皆の関心がいくかと思いますが 今まで エネルギーワークを他の人に行ってきた人たちは それを皆がおこなえるように手助けをしてあげる方向にワークの内容を修正していくことが望ましいと私は思います。癒しをする職業人の世の中の取り締まりもそれらの動きの修正として 出てきたものであると私は感じています。今までは 多くの人たちが受け取りやすいように ワークやセッションの内容もわざと難しくして 値段も高く上げる必要があったかもしれません。でも これからは意識をより高く変えることが必要になる時代においてそのような方便での学習方法はもう必要がなくなるでしょう。本物はただです。 宇宙からくるエネルギーも そのエネルギーを取り入れる方法もすべて 著作権はないものです。あっさり 受け取れるか受け取れないか それだけだと感じます。そうやっていくと もっとシンプルな世界になるかもしれません。今の時代 いろいろなことがあまりにも複雑になりすぎています。その原因の多くが私達の想念の複雑に絡み合った糸から来るように感じます。真に幸せな人は シンプルです。黙って幸せな波動を出している。そのうれしうれしの波動がなぜ出せないか? 今までいくつも並べたイイワケの言葉を 横においてそれを素直な心の目で見つめようとした時にその方のチャンネルはまわり 天のサポート陣たちは 「よしよし頑張れ!」と大応援団をそばに配置してくれるのでしょう。良かったですね。
2008年01月04日
綾部にいるとまるで時間が止まったように感じます。家から土手にあがるとそこは由良川のせせらぎが聞こえ 北を見れば知足彦命とすごした弥仙山が見えているし 南には大本の聖なる山がある。(知足彦命関連ブログ)この山を感じてみると やはり出口なおさまの在りし日のお姿が 町内の知名とリンクして浮かび上がってくるし 王任さまのエネルギーも残っているのを感じます。先祖のお墓まいりのついでに九鬼義隆公の墓前にお線香をそなえたり、また 毎日の犬の散歩をしたりする以外には取り立ててする仕事もないので 一日中本を読んですごしています。読書好きの私がこの1年間ほとんど本を読まないで過ごしてきたのですが1年ぶりに今年のお正月は読書三昧の毎日です。今、 読んでいる本は 『ホツマツタエ』に関する本が2冊 あと白山菊理姫さまの書かれた『竹内文書の謎を解く』と『古代ヤマト』に関するものです。それらは今月26日から名古屋に行くときの参考文献として読んでいるものですがこの1年読書しない期間があったことと それと先日の出雲での経験をとおして面白いことに気づきました。本を文章の羅列と見ないで さまざまなエネルギーを表していると受け取ると読み方が変わってきます。ある文章がものすごくエネルギーを含有していることに気づくこともあるし場合によっては 一つの言葉そのものが ものすごく大きなエネルギーをおろしていると感じる場合もあります。おろしていると今書きましたが たとえば 今日読んだ処で 登場人物のアマテルカミが宇宙中心の説明をしているところがあり彼は それを『人の魂の故郷であるアメミヲヤ』と言っているのですがその文章ひとつが それと直結する世界のエネルギーを引っ張ってきている感じなのです。出雲では 神社のエネルギーの磁場にいくとそのエネルギーを強く感じたのですが本でも それと同じことがおきるのだなあと思いました。読み手が 文を読むことに対してビジュアル化する力が十分にある場合などは 文がただの文ではなくその状況を表す世界が無限に広がるのだと思いますが それと同じことなのでしょう。この世界を平面的な世界としてとらえるのではなく いくつもの多次元があるという縦方向の意識があれば 本に書かれた文字はその縦の世界のいずこにでも読み手をいざなってくれる次元のポータルになりえるのかもしれませんね。本を読んでは その後ろに広がる無限の世界を感じて日々をおくるのも大変素敵なことだなあと思います。晴耕雨読の生活も私はいいなあと思います。
2008年01月03日

親戚の子供たちをひきつれてビデオ屋さんに行くことになりました。田舎のビデオ屋さんで新規登録をして たくさんのビデオの前で「舞妓haaaaan」や「ナルニア国物語」などを選んでいる子供たちを店内からかき集めて大急ぎでビデオカウンターに行くまでの通路でふと「アポカリプス」という題名のDVDが目にとまりアポカリプスって何だったかなあ? どこかで聞いた言葉なんだけど アルマゲドンみたいな映画かなあと思ってそれもレジに持って行きました。家にもどってDVDをいれてみて初めてそれが ヨハネによる黙示録をテーマにした映画であったことがわかりました。元旦にこの映画を何で見ることになったのかなあと思いながら見てみました。ちょうど1年前に発売されたDVDでストーリーは「西暦90年。ローマ帝国の迫害に苦しむキリスト教徒たちの間で、囁かれる噂がありました。イエスの最後の使徒、ヨハネが今も生きているというのです。自らを神と名乗るローマ皇帝は、これに激怒。 キリスト教徒たちが信仰をかえなければ皆殺しにするということに。 そんな状況の中 ヨハネはキリスト教徒たちが囚われているパトモス島で 後に黙示録にかかれている映像を見、それを手紙に書きしるしていきます。」昨年私は 導きでヨハネの黙示録を何度も何度も読みました。その中ででてきた 7つの教会の中の一つエフェソスの教会の人々の様子が描かれていてこんなところだったのだと感慨深く見ました。エフェソスですが現在のトルコにあります。ローマ時代の遺跡の多い場所ですが エフェソスの南の山にはキリスト教徒たちが迫害をのがれて住んでいた場所がありのちに聖母マリアがヨハネに付き添われてここで暮らしたといわれているマリアの家があります。また マグダラのマリアはサント・ボームのサン・マクシマン教会の地下納骨堂に葬られたと言われていますが 別の伝承ではこのエフェソスで聖母マリアとともにすごしここで没したともいわれています。映画の中では エフェソスのキリスト教徒の人たちは 女も子供も皆殺しにされます。人々がローマの圧政に立ち向かう勇気を得るために ヨハネの生存を確認したいと生きたヨハネに帰ってきてほしいと願う人達の気持ちを強く受け止めながらもヨハネはひたすら 神のご遺志に自分をゆだね その中であの黙示録が生まれることになります。昨年私は夢ワークを一時中断していた期間があり その時はひたすら24時間状態で降りてくるメッセージを受信することだけに毎日毎日をすごしていたのですがその折 メッセージの中には 体感型のものがたくさんあり それらはまるでモーゼの十戒のスペクタクルシーンのような感じのものもありそういった時は いつもヨハネを思いました。ヨハネはどうだったのだろう? あのような恐ろしいシーンを体験してさぞかし辛かっただろうなあ、、、。いかに体験が違う次元でおこなわれていることであっても やはり眠っている3次元の肉体も多少は影響を受けるものです。言葉だけで受信できるメッセージもあれば まるでお産のように 生みの苦しみの中から生まれてくるメッセージもあります。そのような時は体がぼろぼろになります。メッセージはそれだけでエネルギーをもっていますから大きなエネルギー体からのメッセージは 受信する人も大きな器をもっていないと取り込むことができないのです。ひとえにミカエルのメッセージを受けたといっても それをそのまま受けるとその光でこちらが消えてしまうことになりかねませんから メッセージのほうも 薄めて出してくれているのかもしれませんね。新年にあたって ヨハネの黙示録の映画を通じて ヨハネの生き方 神への心の向かい方をしっかりと見せていただきました。新年のおめでたい喜びのなかに 心引き締まるものを感じます。
2008年01月02日
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