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郷土館となっている旧済生館本館は、明治9年(1876)に山形県令三島通庸の病院新築の
大構想のもとに、建築計画に着手され、明治11年(1878)2月工事着工、同9月に落成。
新築の病院は、明治11年12月に太政大臣三条実美が『済生館』と命名し、県立病院とされ
医学校も併置された。現在はその時の遺構。
昭和41年(1966)に重要文化財に指定、昭和44年(1969)に霞城公園内に移築され、

明治13年(1880)から約2年間存在し山形市の医学の発展に大きな功績を残した
オーストリアの医師アルブレヒト・ローレツ博士の像。


史料館入り口。


山形市郷土館の中庭。


中庭を囲んで病室を円形に配置し、正面の三層構造の塔屋を配したと。


塔屋1階は変形8角形、2階は正16角形、3階は正8角形、「三層桜」と呼ばれたと。
中庭は枯山水。
枯山水は水のない庭のことで、池や遣水などの水を用いずに石や砂などにより
山水の風景を表現する庭園様式。この庭も白砂や小石を敷いて水面に見立てていた。
橋は架かっていないが、白砂の表面の紋様が水の流れを表現していた。


この柄のステンドグラスが、数カ所に。


回廊の窓からの中庭の風景。


史料館内部の主な展示資料として、医療および医学教育に関する資料、漢方および
西洋医学資料、山形城や郷土の歴史関係の資料が展示公開されていた。
残念ながら資料室内部は写真撮影禁止。
首洗い岩。
天正十二年(1584)最上義光が谷地城主白鳥長久を斬殺、その首を
のせたとされるとのこと。


史料館手前の庭には向日葵が。


そして秋桜も。


見学を終え、近くの『金ちゃんラーメン』へ。


若者からお年寄りまで人気店とのこと。
味玉みそチャーシューメンを注文。


チャーシュー、コーン、玉子、メンマ等リッチ。


辛味噌を好みで調整出来るのであった。
そしてスープもあっさりしていて、平麺の少しちぢれ麺の如き感じで旨かったのであった。


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