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【本文】昔、大納言のむすめいとうつくしうてもちたまふたりけるを、帝にたてまつらむとてかしづきたまひけるを、殿にちかうつかうまつりける内舎人にてありける人、いかでかみけむ、このむすめをみてけり。【訳】昔、ある大納言がとてもかわいらしい娘を一人持っていらっしゃったが、帝にさしあげようとおもって、大事に育てていらっしゃったが、寝殿のおそばにお仕え申し上げていた内舎人だった人が、どういう機会に見たのだろうか、この娘を見てしまったとさ。【本文】顏容貌のいとうつくしげなるをみて、よろづのことおぼえず、心にかかりて、夜昼いとわびしく、やまひになりておぼえければ、「せちにきこえさすべき事なむある」といひわたりければ、「あやし。なにごとぞ。」といひていでたりけるを、さる心まうけして、ゆくりもなくかき抱きて馬にのせて、陸奥国へ、よるともいはずひるともいはず逃げて往にけり。【訳】顔立ちの非常にかわいらしいようすを見て、上の空になって、この娘のことだけがいつも気にかかって、娘と付き合えないことが夜も昼もとてもつらく、病気になったと感じられたので、「どうしてもお耳に入れたいことがございます」と言い続けたので、「不思議なことをいいますね。いったいなにごとですか。」と言って部屋から出たところ、前からの計画どおりに、即座に抱き上げて馬に乗せて、陸奥の国へと、夜となく昼となく女を連れて逃げていたとさ。【本文】安積の郡安積山といふ所に庵をつくりてこの女を据へて、里にいでつつ物などは求めてきつつ食はせて、とし月を経てありへけり。【訳】安積郡の安積山という所に粗末な家を構えて、この女を住ませて、男は人里に出かけては食糧などは買い求めてきては女に食わせて、何年も過ごして夫婦となったとさ。【本文】この男往ぬれば、ただ一人物もくはで山中にゐたれば、かぎりなくわびしかりけり。【訳】この男が家を去ると、女はたったひとりで、物も食わずに山の中の家で過ごしていたので、このうえなく心細かったとさ。【本文】かかるほどにはらみにけり。この男、物求めにいでにけるままに、三四日こざりければ、まちわびて、たちいでて山の井にいきて、影をみれば、わがありしかたちにもあらず、あやしきやうになりにけり。【訳】こうして山中で男と暮らすうちに、妊娠してしまったとさ。この男が、食い物などを買い求めに出かけたまま、三・四日もどってこなかったので、女は待ちわびて、家から外へ出て山の井まで行って、水に映った自分の姿をみると、自身のかつてあった姿ともちがい、見苦しい姿になってしまっていたとさ。【本文】鏡もなければ、顏のなりたらむやうもしらでありけるに、俄にみれば、いと恐しげなりけるを、いとはづかしとおもひけり。さてよみたりける、あさかやまかげさへみゆる山の井のあさくは人を思ふものかはとよみて木にかきつけて、庵にきて死にけり。【訳】山中の一軒家では鏡も無いので、自分の顔がどうなったかも知らずにいたが、急に見ると、とても恐ろしそうなようすであるのを、とてもきまりが悪く感じたとさ。そうして作った歌、安積山の自分の醜くなった姿が冴えてくっきりと見える山の井のように、あなたへの愛情が浅いわけではございませんが、こんなにみすぼらしくなってまで生きていとうはございません。と作って木に書き付けて、家にもどって死んだとさ。【本文】男、物などもとめてもてきて、しにてふせりければ、いとあさましと思けり。山の井なりける歌をみてかへりきて、これをおもひ死に傍にふせりて死にけり。世のふるごとになむありける。【訳】男が、食い物などを買い求めてもどってくると、女が死んで横たわっていたので、とても驚きあきれたことだと思った。男は、山の井のところにあった女の歌を見て、家にもどってきて、女を恋したって死んで、女の遺体のそばに横たわって死んだとさ。これは、昔実際にあったという言い伝えだとさ。
July 26, 2012
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【本文】大和の國なりける人のむすめ、いときよらにてありけるを、京よりきたりける男のかいまみて見けるに、いとをかしげなりければ、ぬすみてかき抱きて馬にうちのせて逃げていにけり。【注】・きよらに=上品で美しく。・かいまみて=物のすきまからそっとのぞき見る。・をかしげなり=優美だ。【訳】大和の国にいた人のむすめが、たいそう上品で美しかったのを、京からきていた男が垣根のすきまからのぞき見たところ、とても優美だったので、屋敷から盗み出して抱きかかえて馬に乗せて逃げて去ったとさ。【本文】いとあさましうおそろしう思ひけり。日暮れて立田山にやどりぬ。草のなかにあふりをときしきて、女を抱きて臥せり。女、恐しと思ふことかぎりなし。わびしと思ひて、男の物いへど、いらへもせで泣きければ、男、たがみそぎゆふつけどりか唐衣立田の山におりはえてなく【注】・みそぎ=神事の前や、わが身に罪やけがれのあるときに、水で体を洗って清めること。・ゆふつけどり=世の中に騒乱などがあったとき、ニワトリに木綿(コウゾの皮をはぎ、細かく裂いて糸状にしたもので、これを祭りのときに榊などに付けた)を付けて都の四方の境の関で祭ったというところから、ニワトリの異名。・唐衣=袖が広く裾が長い、中国風の衣服。・立田山=奈良県生駒郡三郷町の西方の山。この山の南の竜田路は難波と大和を結ぶ要路であった。【訳】女はとても驚きあきれて恐ろしく感じたとさ。日が暮れて竜田山に野宿したとさ。草の中に馬具のアオリを解いてそれを敷いて、女を抱きかかえて寝かせたとさ。女は、恐ろしいと思うことこのうえなかった。困ったことになったと思って、男が話しかけるが、返事もせずに泣いたので、男が誰がミソギをして祭った鶏なのかしら、竜田山にいつまでも泣き続けるのは。【本文】女、かへし、立田川いはねをさしてゆく水の行方もしらぬわがごとやなくとよみて死にけり。いとあさましうてなむ、男抱きもちて泣きけり。【注】・立田川=「立田川いはねをさしてゆく水の」は、「行方もしらぬ」の序詞。竜田川は奈良県生駒郡を流れる川で、生駒山から流れ出て大和川に注ぐ。紅葉の名所としても知られる。・いはね=岩の根元。【訳】女が作った返歌、竜田川の岩の根元をめがけて流れこむ水のように、その先がどこへ向かうのかもわからない私のように泣くのだろうかと作って死んでしまったとさ。男は非常に驚きあきれて、女の遺体を抱えて泣いたとさ。
July 25, 2012
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【本文】平城の帝、位におはしましける時、嵯峨の帝は坊におはしましてよみてたてまつれたまうける、みな人のその香にめづる藤袴君のみためと手折りたる今日【注】・平城の帝=平城天皇。在位は八〇六~八〇九年。・嵯峨の帝=嵯峨天皇。平城天皇の弟。漢詩文に長じ、書も善くし、平安三筆の一人。・坊=皇太子の居所である東宮坊の略。転じて皇太子を指す。・藤袴=藤色の花をつけるキク科の草花の名。秋の七草の一。【訳】平城の帝が、天皇の位に即いていらっしゃった時に、嵯峨の帝は坊にいらっしゃって、作って平城天皇に献上した歌、あらゆる人がその香に心ひかれるフジバカマをあなたさまの為にと手ずから折った今日のこの日でございますよ。【本文】帝、御返し、折る人の心にかよふ藤袴むべ色ふかくにほひたりけり【注】・かよふ=似通う。・むべ=なるほど。・にほひたりけり=美しく色づいていることだ。【訳】それに対する帝のご返歌折る人の心に通じるフジバカマはなるほどおっしゃるとおり色が深くみごとでございますねえ。
July 25, 2012
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【本文】同じ帝、狩いとかしこく好みたまひけり。【訳】同じ天皇が、狩りを大変お好きだったとさ。【本文】陸奧国、磐手の郡よりたてまつれる御鷹、よになくかしこかりければ、になうおぼして、御手鷹にしたまひけり。名を磐手となむつけたまへりける。【注】・磐手の郡=岩手県を流れる北上川上流一帯。・よになく=世の中に比べるものがないほど。・になう=二つと無く。たぐいなく。【訳】むつの国の、磐手の郡から献上したタカが、この世にまたとないほど素晴らしかったので、こよなくお思いになって、ご愛用のタカになさったとさ。【本文】それをかの道に心ありて、預り仕り給ひける大納言にあづけたまへりける。夜昼これをあづかりて、とりかひ給ほどに、いかゞしたまひけむ、そらしたまひてけり。【訳】そのタカを、鷹狩りの方面に精通していて、タカのお世話を担当申し上げなさっていた大納言にお預けになったとさ。夜も昼もタカを預かって、飼育なさっているうちに、どうしたのであろうか、あやまって逃がしてしまったとさ。【本文】心肝をまどはしてもとむれども、さらにえ見出ず。山々に人をやりつつもとめさすれど、さらになし。自らもふかき山にいりて、まどひありきたまへどかひもなし。【注】・心肝をまどはして=気持ちを動揺させあわてさせて。・まどひありき=途方に暮れて方々を歩き回り。【訳】天皇の大事なタカを逃がした大納言は、慌てふためいて探しまわったが、一向に見つけ出すことができない。山々に部下たちを行かせては探し求めさせたが、まったくいない。自身も深い山中に入って、あちらこちらと探し歩きなさったが、その甲斐もなかった。【本文】このことを奏せでしばしもあるべけれど、二三日にあげず御覧ぜぬ日なし。いかがせむとて、内裏にまゐりて、御鷹の失せたるよしを奏したまふ時に、帝物も宣はせず。きこしめしつけぬにやあらむとて、又奏したまふに、面をのみまもらせ給うて物も宣はず。【訳】このことを天皇に申し上げないで、しばらくはいたいのだが、天皇はしょっちゅうお気に入りのタカを御覧になる。やむをえないと思って、宮中に参上して、タカがいなくなった旨を申し上げなさったときに、天皇は何もおっしゃらなかった。お聞こえにならなかったのだろうかと、ふたたび申し上げたところ、大納言の顔ばかりをじっと御覧になって、何もおっしゃらない。【本文】たいだいしとおぼしたるなりけりと、われにもあらぬ心ちしてかしこまりていますかりて、「この御鷹の、求むるに侍らぬことを、いかさまにかし侍らむ。などか仰せ言もたまはぬ」と奏したまふに、帝、いはでおもふぞいふにまされると宣ひけり。【注】・「いはでおもふぞいふにまされる」=「いはでおもふ」に「口に出さずに思い慕う」と「磐手のことを思い慕う」の意を掛ける。『古今和歌六帖』五「心には下行く水のわきかへりいはでおもふぞいふにまされる」。【訳】「けしからんことだ」とお思いになっているのだなあと、気が気でない心境で、恐縮していらっしゃって、「このタカが、探しても、どこにもおりませぬことを、いかがいたしましょう。どうしてお言葉をくださらないのですか。」と申し上げたところ、天皇が、「口に出さずに心のなかで思うほうが、口に出していうよりも気持ちがまさっている」とおっしゃったとさ。【本文】かくのみ宣はせて、異事も宣はざりけり。御心にいといふかひなく惜しくおぼさるゝになむありける。これをなむ、世中の人、本をばとかくつけける。もとはかくのみなむありける。【訳】これだけおっしゃって、ほかのことは何もおっしゃらなかったとさ。ご心中ではとても言ってもしかたがないと残念にお思いになっていたとさ。これを世間の人が、短歌の上の句のように五・七・五をあれこれ考えて付けたんだとさ。本来は、「いはでおもふぞいふにまされる」という七・七の十四音だけだったんだとさ。
July 23, 2012
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