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記録として残させてください 7月上旬。 ボウが入院して、完全付き添いの中、私も38度以上の熱と鼻かぜをひいてしまいました。 もう体がしんどくてしんどくて・・・。 24時間ベッドの上で子供と過ごすストレスは半端ないです(笑) そんな中、7月8日判定日。 その日は4w3dでした。 過去に2回悲しいことになってる私は、心のどこかで 「胎嚢、見えませんね」とか「また次まで様子を見ましょう」 といわれるのを頭の中で繰り返していて、またそうなるのではないかと震えてしまいます。 とにかく内診台に乗るのが怖い。 その日は、判定日だけなので診察のみ。 尿検査で陽性が出て診察では医師が 「出てますよ!!おめでとうございます!一つしかなかったのに・・・よかったね・・・本当におめでとう。」 喜んでくれました。 私も、二人目治療を初めてまさか1回目で成功するとは思わず、喜んでいいのか不思議な気持ちでいました。 「次は胎嚢見えるといいですね。」 そういわれて1週間が長い長い・・・。 ボウは退院しても、退院後の診察やレントゲンなどで病院にも通い、仕事も休み、とにかく忙しい毎日でした。 迎えた5w3d。 ボウのときは、胎嚢の中に卵黄のうも見えて、「赤ちゃんのお弁当箱だよ」といわれたのが印象的でした。 どうかどうか、胎嚢確認できますように。 内診でみたエコーには小さな小さな胎嚢がありました。 「子宮の中に有りますね。はい、いいですね。」 大きさは7.6mm位。 小さいかなあ・・・というのが印象でした。 でも、ボウのときも7.8mmくらいだったので、考えないようにしなくては・・・と赤ちゃんを信じて過ごしました。 でもこの時に、何となく医師の顔が曇ってる気がして、「もしかしたら今回よくないのかもしれない」と何度か悪い方へも考えていました。 次は6w3d。体外受精では、週数の狂いはありません。 よく、 「7週で心拍が見えなかったけど9週で見えました!」とか聞きますがそれはあくまで排卵が遅れていた自然妊娠の話。 6週ともなれば、心拍が確認できるはず。 ボウのときは6w1dですでにピコピコ見えていました。 比べてばかりではいけないのだろうけど、どうしても見比べてしまっていました。 結果は、 「赤ちゃんがよく見えない。卵黄のうは見えるから、この近くにいるはずなんだけど・・・。また来週見ましょう」 この時すでに、覚悟をしました。 2回目のお別れのときと同じだ。 母は、毎日毎日私の心配をしてくれて「大丈夫?」「変わりない?」とメールをくれました。 そして、亡くなった父の仏壇の前で、「うまくいきますように」とお願いしていたそうです。 また母に心配かけちゃってるな・・・。なんだか泣けました。 待合室にいる間、何となくボウの写真が見たくなってずっと見ていました。 「こんなに小さかったんだなあ」「歩けるようになった日だ」「笑った顔が可愛いな・・・」 そんな事を想いながら見ていたら、思わず涙が出てしまいました。 そして、無性に早くボウに会いたくなって。帰ってから家で、二人で過ごしている時。 なぜだかわからないけどボウの目の前でワンワン泣いてしまった・・・。 この子の前では泣かないと決めたのに。 悲しいのもあったのですが、今、目の前に可愛い息子が一人いること。 私は一人じゃないということ。 ボウを授かったのも奇跡で、こんなに大きく育ってくれて私に毎日たくさんの笑顔をくれること。 幸せすぎて、涙が止まりませんでした。 ボウは、私にしがみついて、お腹をさすってくれました。(私がずっとさすっていたから) 迎えた7w2d。 結果は胎嚢のすごく淵の方に心拍らしきものが見える気がする・・・という程度。 心拍かもわからないし、赤ちゃんは2mm。明らかに小さすぎました。 この時期は10mmはほしいところだそうです。 「あとは、祈るのみです。また来週ね。」 祈るしかできない1週間は本当に長いです。 結局、8w2dの8月5日。 心拍は確認できず、赤ちゃんも4.6mm 稽留流産の診断を受け、8月12日に手術をしてきました。 1人目治療のときとは違い、(子供が一人いるので)身軽ではないことで、今回の治療はほぼ一人で進めてきたような気がします。 もちろん、チョチョには相談したりもしましたが、本当なら採卵の前の最後の注射は夜22時とかなので、以前はチョチョに付き添ってもらったり採卵のときも休んでもらったり、手術のときも付き添ってくれたりしていましたが 今回は、ボウもいるのでボウをチョチョに任せて一人で注射に行って採卵して移植して・・・と孤独さはありました。 さすがに、今回のオペのときは静脈麻酔で意識も朦朧とするので付き添いが必要で母にお願いしました。 チョチョは仕事で、ボウのことはチョチョの母が電車で5時間もかけてきてくれて、自宅でボウの世話をしてくれました。 手術が終わった後も、 「モコちゃんは寝ていて。体を休めて。」と家事をしてくれた義母。 私は幸せ者です 母は「あんなに頑張っていたモコの事だから、どうかうまくいってほしかったけど・・・本当に悲しい」と私以上に残念がっていました。 美味しいものを食べて、と二人で帰りにロイヤルホストに寄って(笑)早く体力をつけなきゃとたくさん食べました まだ1週間たっていないので、お腹は痛いし出血もありますがボウが金曜からまた40度の熱が出てしまい、今日小児科で突発性発疹と診断されました。 足にブツブツがあるので、手足口病も否定できないらしいですが、日曜には熱も下がって今は元気でお昼寝しています。 どんなに体がしんどくても、母業は休めませんね(笑) 悲しんでいる暇はないのです。 もう、次の挑戦に向けて前を向いています チョチョと相談した結果、今回は不育症のクリニックに通わず、治療してしまったので前回引っかかっていた抗リン脂質などの検査を待たしてもらいに行った方がいいね、ということになりました。 「出来る限りのことはやろう」 今、私は週2~3日のパートなので、かなり金銭面もきついですが、そのことに関してはチョチョは何も言いません。 相変わらず、私の心配ばかりしてくれてこの4日間は、お盆休みでしたが 洗濯・掃除・ボウの相手・買い物…全部してくれて本当に感謝です。 また、がんばります 最後に・・・今回、お腹に来てくれた愛しい我が子へ。 沢山がんばってくれてありがとう。 とても幸せな気持ちと、毎日をありがとう。 たった9週間という短い間だったけど、本当に本当に大切な日々でした。 また、お空の上から見守っていてね そして・・・ いつも私のそばで笑顔を見せてくれる我が子へ あなたが大好きです。 あなたが居てくれるから、ママはなんだってがんばれちゃいます。 いつか、また家族4人になる日を夢見て。 泣いてばかりのママでごめんね。
2015.08.17
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ごぶさたしています すっかりこちらのブログに更新できずにいましたがやっぱり大切な記事はこちらに アメブロに残しているボウの成長日記ももちろん大切ですがこちらの方が素直な気持ちを残せる気がします さて、ボウが先日9日で1歳9か月を迎えました 早いですね!!! 今年の1月(1歳2か月のとき)から保育園に入れ、私も5月から働き始めました。 そろそろ二人目のことも考えはじめ検査や病院に通い始めました。 治療していた時は、1人でも授かれば本当に幸せ、1人だけでもどうかこの手に抱きたい。 と思っていましたが、ボウを毎日みているとやはり欲張りな感情も出てきてしまいます。 可愛くて仕方がない我が子。 毎日毎日たくさんの笑顔で、私の心は満たされます。 チョチョも同じ気持ちでした。 出産してからあんなに苦しんでいた生理の痛みが全く無くなりましたが、なぜかすごく量が増えました。 妊娠する前よりも2倍ほどの量。 そしてなぜか、ここ最近ずっと貧血。(Hb10.3) 原因は特にわからず、何とか治療も出来そうですよ、といわれたので二人目治療を再開することにしました。 6月初めから毎日注射を開始。今回もショート法で。 注射を打ち始めて4日。 そろそろ卵が少し育っているかな??という5日目の診察で、まさかの看護師からの言葉・・・。 「自己注射、筋肉注射で打ってますよね?」 前回、注射開始のときに渡された自己注射のアンプルと針は、皮下注射のものでした。 ※打つ部位も深さも違うので針の太さも違います その時、渡してくれた看護師にはしっかり聞きました。 「皮下注でいいんですか?」「いいです。」「お腹に打てばいいんですよね?」「はい。揉まないでくださいね。」 診察でボウを治療していた2年前には、体外受精の誘発注射はすべて筋肉注射しかなかったんですが、最近、筋肉注射していたものが許可が下りて皮下注射できるようになったと聞きました。 なので、私もそれを信じていて皮下注なら簡単に打てるし自己注射もやりやすいなあと思っていたのです。 それが5日目になって、違う看護師から筋注用の針を渡されたので、皮下注してますが、と確認したら 「この注射は筋注のみです。皮下注ができるようになったのは、これとは違うメーカーのhmgです」 と・・・。 完全な、前回の看護師のミスだといわれました。 謝罪をしていただいたうえで、4日間の注射の意味はあるのか、筋注しか対応していない薬を皮下注にしたことの有用性はどうなのか聞きましたが、「わからない」とのこと。 筋注しか許可が下りていないということは、そういうことなのだと。 納得が全くいかないまま、5日目からは皮下注対応の薬に変更になりました。 苛立ちと、モヤモヤと、不安と・・・今回の治療はもうここで辞めようかと思いましたが、看護師に「せっかくここ前打ってきたし・・・」といわれ悩んだ結果、排卵をとめる点鼻薬も開始しているので続けることにしました。 採血をしたら、やはり4日注射を打って5日目の卵の発育状況を表す数値は ほぼ誘発していない(まだ治療前くらいの)数値でした。 いつもなら少しは反応しているはずの数値が0からのスタートでした。 ずっとモヤモヤしたままの治療でしたが、誘発剤を変更したらだんだんと育ってきて結果的には3つ採卵できました。 途中からは、卵は育っているし、続けると決めたのだからもう考えないようにして治療に集中することにしました。 結果、そのうち1つは未熟で、残り2つを顕微授精しました。 そして一つだけ受精し、頼みの綱の一つだけをおなかに戻しました。 今回、6月下旬に採卵したのですが、そのあたりはボウが 3週間連続で週末に40度の熱を出していました。 熱が2~3日続いて治ってまた週末に40度・・・と続いて、本当にボウも私もしんどくて治療に通うのもきつかったです。 思うように動けない環境もあり二人目治療の難しさも感じました。 ボウが7月1日からまた40度の熱が出て、2度目の入院になりました。 この時も完全付き添いなので母やチョチョに協力してもらい、なんとか治療に通えました。 でも、自分のことよりボウの体が心配でとにかく治療よりも看病優先にしていたので 気持ち的に1人目治療より考えないようにして過ごしていました。 ボウのときは、なにもかも治療優先で、そのことばかり考えて疲れすぎていたから(笑) 結果的に、今回の治療、1回目で妊娠出来ましたが残念ながら8週で流産確定し、 先週の水曜日に流産手術をしてきました。 結果は残念なことになりましたが、いろいろトラブルもあった今回の治療。 2個のうち、一つしか受精せず、グレードもあんまりよくなかったのですがお腹に引っ付いてくれてまた私をママにしてくれた時間。 とても幸せでした。 経過は、後追いになってしまいますがこのブログに残していきたいのでまた書かせてください。 そして、次は11月頃の治療を考えています。 それまでは、しっかり体調も戻してまた新たな気持ちで挑戦したいなと思っています
2015.08.15
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明日・・・というか、もう今日ですが、父が亡くなり49日法要の日となりました。早いなあ。いまだに、実家へ行くと父が笑って待っているかのようで本当にいないことがいまだに信じられません。49日が一つの区切りだといいますよね。明日、その日が来てしまうのか。父はこの日を境に、仏になってしまうのか。父の遺影を見ていると、不思議なことに「いかないで」と思ってしまう自分がまだいます。こんなことを想っていたら、父は悲しむだろうけど。49日を迎えたら、なんだか父が離れてしまうようで悲しくて悲しくてなりません。父が亡くなってから今日まで、いろんなことを思い出していました。妊婦になって、一緒に住んだこと。毎日いろんな話をしたこと。一緒に洗濯物を畳んだこと。時々母とのケンカの間に入ったこと。タバコの事でケンカしたこと。ボウが産まれて嬉しそうに抱っこしていた日のこと。チョチョと将棋をしていつも誇らしげにしていたこと。いつもきれいに家の掃除をして「あいつ(母)はいつも掃除しないから俺がやってる」と嬉しそうに言っていたこと。亡くなって、母が見たもの。それは、家の外に置いてあったきれいに畳んであう何枚ものタオル。認知症の進んでいた父です。たぶん、目についたタオルを1日何枚も畳んだりまた使ったり干したり・・・最終的にきれいに畳んで、自分がいつもタバコを吸う納屋に積んでいたのだと思います。カレンダーにきっちりと貼ってあった、薬。飲んだことを忘れてしまうから、いつも薬をもらって来たらカレンダーに貼るように促していました。面倒くさいと言いながらも、しっかりと丁寧に貼っていました。その薬も、亡くなる翌日の分までだったので、慌てて受診して、亡くなった前日に姉が促して丁寧に貼っていました。それは、3月22日まで。月命日です。なんだかそういうことも、偶然ではない気がしていろいろ考えてしまいます。母は、私たちには見せませんがとても辛そうで冗談ぽく「なんでこんな早くいなくなったの~」とか「じいさん、どっかにいるんじゃないの~」とか言っていますがやはり、いくら口げんかしても、会話をしなくてもただそこに居たことが幸せだったと感じています。仏壇を買った時も、家に届いたときもとてもさみしそうでした。毎日一人でお経を読んでいます。「難しすぎて読めんわ~~~」と笑いながら。私が今想うのは、一緒に住んだことや、何気ない一言、いつもしないようなことがいずれくる別れの前触れだったのかなあと。思えば「ボウが俺の名前を呼ぶ日まで生きれんわ」と泣いたあの日の夜。母の事を「俺は友達少ないけど、あいつはたくさん友達居るし、幸せだよな。それが1番だ。」と笑っていた日。「みんな、子供がなかなか会いに来なくなったとかいうけど、俺はみんなしょっちゅう集まってくれて本当に感謝してる。こんな家族、なかなか居ないぞ。本当に、幸せもんだ。」と目に涙をためて語っていた日。今まで、私たち兄弟も、こんなにたくさん父と過ごした時間はなかったと思います。よく集まり、誘い、本当に笑った最後の1年でした。そう思うと、幸せだったなあと思います。私たちも。今日姉と、明日お供えする父の好きなものを買ってきました。お坊さんから「生前好きだったお菓子とかを供えてください」といわれていたので姉と二人で「こんなの食べてたよね。チョコ好きだったよね。ポテトチップスとか食べてたっけ」なんて、一生懸命選びながら父の事を思い出していました。お父さん。明日も、みんな来てくれるよ。遠くから、親戚も沢山。みんなで笑ってお父さんの話をしよう。 明日は、49日法要のほかに、仏壇の入仏も行います。 入仏は、初めて家に仏様の家が入ることで、新築を建てることと同じくらいの慶事ごとなんだそう。 49日は法要なので、まったく逆の二つの行事をいっしょに行うことになります。 自分の家を建てるとき、コツコツお金をためて本当に大切にしてきた家でした。 これからは、父の第2の新しい「家」がみんなが集まる場所になります。 新しい門出。 いつまでも悲しんでいる私たちへそうおっしゃってくれたお坊さんに、感謝の気持ちでいっぱいです。
2015.04.10
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久しぶりの更新になってしまいました。 今の気持ちをこちらのブログに残しておきたくて、書いています。 先週の日曜日、父が亡くなりました。 本当に突然の出来事で、家族みんながいまだに信じられない気持ちでいっぱいです。 前日まで、孫や子供たちと普通に会話をし、普通に過ごしていたのに。 日曜日、その日は朝から機嫌が悪かったそうで、母は、タバコが切れたのかなあと思っていたみたいです。 いつものようにお酒を飲み昼寝もして「昼飯は何を食うんだ?」と話しをして。 夕方、母が気づくとお風呂に入っていたらしく、湯船につかっていていつもと変わりありませんでした。 お風呂から上がったら、パジャマに着替えるように、下着と着替えを脱衣所に置いて。 数分後、様子を見に行くと、すでに顔がお風呂に浸かっていて急いで母が一人で引きあげたそうです。 でも、女性の力では手も滑って、重くて10分近くかかったと。 その間、母は、何度も父の顔をたたき、「おとうさん」と叫び。 反応はなかったそうです。 救急隊が到着するまで蘇生をしましたが、到着しても、心肺停止の状態でした。 市民病院に搬送され、点滴で血圧を上げ、口には気管内挿管。 頭のCTも撮り、原因を調べました。 私が一報を聞いたのは、弟からのメールでした。 「父、心肺停止。〇〇市民病院」 とだけ記されたメールに、頭が真っ白になり、急いで向かいました。 動揺し過ぎて、車の中でも手が震えてしまって、「なんで、なんで・・・」と独り言をずっと言いながら溢れそうな涙をこらえて、「絶対大丈夫。絶対お父さんなら大丈夫」と言い聞かせて車を走らせました。 到着した時の光景。 まったく意識がない父と、憔悴しきった母の姿。 医師からの説明では、搬送された時には心肺停止状態だったこと。強い血圧をあげる薬を投与して、それでも血圧が70くらいであること。とても強い薬を使っても、この値であるというのは、「ショック」という状態です。瞳孔反射は無く、意識もない。脳死状態です。頭のCTの結果は、小さい脳梗塞があり、肝臓もけしていいとは言えない。心臓も強いほうではない。 ただ、それが直接の原因とは考えにくく、唯一肺が真っ白だということ。誤嚥性肺炎だと思われます。 今日肺炎になったとか、お風呂でおぼれてなったとかそういうレベルではなく、数日前から少しずつ悪くなっていてたまたま、今日何かの拍子にお風呂で倒れたという状況だと思います。 お風呂のお湯も少し飲んでいました。吸引したら、痰の量がすごくて、一緒に水もひけました。 今は、薬や酸素でなんとか心臓は保っていますが、あと残り1時間も持たないと思います。 今後、このまま薬を使い続けるのか、薬を減らすのか、急変した時になにか治療をするのかそのまま自然に任せるのか・・・。 誤嚥性肺炎の治療は、できなくもない。もしかしたらよくなるかもしれない。 ただ、頭の方はもう全く機能していません。肺炎が治っても、意識はもう戻りません。 どうしたいか、御家族で話し合ってください。 そんな説明でした。 あんなに元気だった父が、もう目を開かない。もう、話すこともできない。 なんでこんなことになってしまったんだろう。なんで、どうして。 そんな言葉しか出てきませんでした。 兄が到着して、しばらく家族で話し合った結果、このまま管を付けておくのも父はきついだろうし、もうどんなに願っても、父の意識は戻ることはない。 意識がない中で、延命をするのも父のためにはよくないのではないか。 こうして、半年以上ぶりに会った兄が到着するまで、がんばってくれた。 もう、楽になってもいいんじゃないか・・・。 家族みんな、同じ想いでした。 口の管ははずされ、強い点滴も弱くし、静かに父との時間を過ごしました。 それまで100程あった心拍は、次第に50、30と弱まっていき、発見からわずか3時間半ほどの21時45分、父はこの世を去っていきました。 家族みんなに見守られ、とても穏やかな表情で、眠るように。 みんなで腕や足をさすり、「お父さん、起きて」「寝てないで、目を開けて」 そんな言葉、父は聞こえていたのでしょうか。 母は、「早すぎるよ、本当にどうしようもない人だね」と、つぶやきました。 ぎりぎりまで家族葬がいいという母に、弟が「せっかくだから最後くらい、みんなでお別れしてあげようよ」といい、慌ただしくお通夜・葬儀を済ませました。 親族はもちろん、近所の方も沢山参列してくださり、涙を流してくれ父は本当に幸せだったと思います。 74歳でした。 お酒とたばこが好きで、冬になると、寒いからとお風呂に4~5回入るような人です。 当日も、お酒を飲み、温かいお風呂でいい気持ちで浸かっていたのかな。 木・金と、ボウが実家で過ごし、「お前と遊んでると、じいちゃん疲れるわ。」と笑顔だった父。 ボールの投げ合っこをしたり、ご飯を食べさせたり、膝にボウを乗せてテレビを見たり。 ボウも、じいちゃんが大好きでした。 もっともっと、ボウの成長をそばで見守ってほしかったよ。もっともっと、ボウと遊んでほしかったよ。ボウが、歩けるようになったら、一緒に散歩して欲しかったのに。 まだ親孝行も納得いくまでできていないよ。 お父さん。 なんでこんなに急に、こんなにはやく逝ってしまったの? 苦しかったの?体がしんどかった? 気付いてあげられなくてごめんね。 誰よりも、母が自分の事を責めています。「もっと早く声をかけていれば」「もっとはやくお風呂から出していれば」「もっとはやく・・・」 誰のせいでもありません。 ただ、今はみんなが父の死を受け入れられずにいます。 本当に眠っているかのようなきれいな顔で、きっと苦しまずにいけたのだと思います。 遺影の父は、いつもと変わらない笑顔で、今でも「おお、みんな来たのか~」といっているかのようです。 写真は去年6月に父の日に弟宅で家族が集まった日のもの。 ボウを抱っこして嬉しそうに笑っている写真です。 今は、何をしていても涙があふれてくるし夜も思い出しては悲しくなるしふと、1人になると声をあげて泣いてしまいます。 受け入れるのにはまだまだ時間がかかりそうです。 少しだけなら、いいよねお父さん。 家族みんなで少しずつ現実を受け入れて、元気になるから。 またみんなしょっちゅう実家に行くから、そしたら「また来たのか~」って笑ってよね。
2015.02.28
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今日は結婚記念日でした。 7周年。 早いもんだ~~~ このブログで結婚式のことを実況中継のように書いたことがもう7年前だなんて。 同棲していた時から始めたこのブログ。 思えば本当にいろんなことを綴ってきました。 嬉しいことも、つらいことも、出会いも別れも。 今日は、チョチョがボウを午前中寝かしつけてくれたので、昨日予約していたケーキを一人でこっそり取りにいったのですがその帰り道、車から偶然流れてきた曲。 普段は車にボウを乗せるとすぐに寝るので無音か、大体好きな曲しか聞いてないので本当に偶然! 加藤ミリヤさんの【People】 この曲、不妊治療をしていた時に何度も何度も聞いていました。 時には自分を励ますように。 治療がうまくいかなかったとき。なかなか成果が出なかったとき。 すごく孤独で、1人置いてかれたような気になって周りとの交流を避けていた時もありました。 お腹の子が流産して、悲しくて悲しくて胸が張り裂けそうだった時もこの曲を聴いておもいっきり泣いたっけ。 本当の私は誰にもわからない本当のあなたを私がわかることも出来ない 毎日幸せ探しながら誰かを求めて今日も生きてる みんな孤独と戦う人 寄り添っていい We're just people自分のことで精一杯 誰にも優しく出来ない すごく嫌な私が時々顔を出す愛情と友情と熱情が私たち包む日はきっと来るから みんな自分と戦う人 完璧じゃない We're just people この歌詞で、自分は一人じゃないんだって思うようにもなった。 自分だけが一人で戦っているんじゃないと思うようにもなった。 そして・・・ それぞれのペースで みんな前に進んでる陽はまた昇り沈むように悲しみは続かない だから まだ幸せ探す旅の途中 喜びや悲しみを感じてここにいる本当に大切なことだけは見失わないように生きたいよ この歌詞が本当に私を勇気づけてくれた。 最後の、「本当に大切なことだけは見失わないように生きたいよ」という言葉は 治療にがむしゃらに進んでいて、時にはチョチョにもつらくあたったり友達の幸せを素直に喜べなかったり自分だけがつらくて自分だけががんばっている、なんて思っていた時期があって 本当は周りの支えや、協力や、心配してくれる友達、なによりいつもそばで見守ってくれて一緒に頑張ってくれてるチョチョの存在(1番大切なもの)を見失ったらいけないなって思えた言葉でした。 今日、この曲が流れてきたとき何の涙かはわからないけど涙がポロポロ出てきて色んなことを思い出しました。 辛かった治療の事はもちろんですが今までチョチョが居てくれたこと、二人で頑張ってきたこと、そして今となりにボウがいること。 あの時の私は、こんな風に子供を授かることができるなんて想像も出来なくて信じよう、信じてれば叶う、ってそう前向きに思うようにしてたな。 チョチョは、ボウが産まれてからとてもいいパパです。 ボウとの時間を本当に大切にしてくれて私のことも気遣ってくれます。 今では、実家に帰ることも公認です。 ゆっくりしてきて、と言ってくれるようにもなりました。 相変わらず、ボウもじいちゃんばあちゃんが大好き。 家事も育児も協力的で、本当に私は助かっています。 チョチョが健康でこれからも私とボウの横にいてくれること、あたりまえのことだけど感謝していきたいな。 11月1日は、初めてボウを連れて懐石料理のお店に連れて行ってくれました。 「ママがいつも料理とかがんばってくれるから、たまにはおいしいものを食べに行こう」 その気持ちが本当に嬉しかったし、料理も私がゆっくり食べれるようにボウの相手をしてくれました。 ありがとう。 ほんとうに、ほんとうにおいしかった! ボウもこの笑顔!パパとのごはん楽しそうでした。 今日は、ケーキはサプライズだったので、とても喜んでいました 贅沢に、二人でホールケーキ(笑) 幸せすぎる~!!! ケーキ屋の黒板にこの文字。 なんだか嬉しかったな~。 「結婚7周年これからもよろしく」
2014.11.03
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こんにちわ!めちゃめちゃ放置し過ぎました・・・。 気付いたらもうボウは9日で10か月。 1歳へのカウントダウンが始まっています。 毎日何やってるんだろう、何にもしてないよ!ってことが多すぎて、でも毎日足早に過ぎていきます。 何とか日々の成長記録だけは残しておきたくてアメブロ(ぼう日記♪)の方にちょくちょく書いていますがこっちにも書きたいことは山積みです とりあえず、滞っていた生後7か月からの成長記録から!写真だらけですがザーーーっと(笑) 身長;72.9cm体重;8720g うごくようになって、標準になってきました。身長がメキメキ成長中! 月齢が近いお友達とよく遊ぶことが増えた 主張もはっきりしてきて、自分の持っているおもちゃなどを取られると必死の顔(笑)譲りません、みたいな(笑) が、取られてこんなことされてもおとなしく従う(笑)写真の子はボウより1ヶ月お兄ちゃんのまるちゃん。 おなじみ、親友の娘(福子)と仲良く離乳食の勉強(笑)雑誌などの紙類が大好き。 まるちゃんと福子とプール ビックリしたのか、3人とも大泣きで1分足らずで終了。まだ早かったかな? 義妹のSちゃんのお姉さんの娘ちゃんと。もうお姉ちゃんで、一緒におもちゃんで遊んだりしてくれました! つかまり立ちができる? 自分からはまだ立たないけれど少しだけ補助をしてあげると途中から自力で立ち上がり立って遊びます。 立てるのが嬉しいみたいで、立つとすぐに「見て見て!」って笑顔 お出かけ チョチョがボウを連れていろんな所へ連れて行きたいみたいで、牧場みたいなところへ行ったりヒマワリを見に行ったり。 初めての夏は、とてもいい思い出がたくさんできました。 本格的に人見知り 後追いが激しく、視界から私が消えると大泣き。トイレも洗面所もいけません。行くと泣きながら鼻水垂らして涙でグチャグチャになりながらズリバイでついてきます。 知らない人の抱っこは基本泣くようになってしまいました。 パパが大好き パパが、大好きでいつも帰るコールがあるとスピーカーにして声を聞かせるのですが声を聴いただけでニコニコ! 帰ってくると、物音で直ぐに気が付いて玄関までダッシュ。(めっちゃ早いほふく前進) パパがお風呂に入ると、それだけでさみしいみたいでお風呂場までついていき、ドアを開けようとして泣きます。 いつも寝る前に本を読んでくれるのでそれもパパとのコミュニケーションの一つ。いつもニコニコで、 「ママ、いいでしょ!」って顔で見てきます。 初カット 耳の部分の毛が伸びてきてよく耳を掻くので切りました! ビフォー アフター カツラみたいになってしまい、失敗。 ハイハイの前兆? もう10か月ともなれば結構周りはハイハイしたりつかまり立ちしたりと聞きますが、ボウはゆっくりめ!でも全然気にしていません 毎日かわいすぎて、少しずつではあるけれど昨日まで見たこともないことを今日してみたり・・・その発見が面白いです。 お尻をあげては・・・ スト~ン 毎日これを繰り返しています。 甚平を買ってもらう 夏、赤ちゃんの甚平って可愛いので、1回は着せてあげたくて。うちの母が買ってくれました~!かわいすぎる! 生後9ヶ月で水疱瘡にかかる こんな早くかかってしまうなんて…びっくりでした。幸い軽く済んで安心しましたが、熱が38.9℃まで出て本当に辛そうで胸が痛かったです・・・。乳児でかかるとわりと軽く済むようで、ちょっと一安心かな~。 よく頑張ったね! オムツは現在、パンパースのテープ式Lサイズ使用中ですがもう小さくなってきておうとうパンツタイプにしなきゃいけない時期がきました。 うごいてオムツをはめさせてくれないし、活発なのでオムツがずれて漏れることも。 パンパースのパンツLは小さく、ビックサイズを着用していましたがさすがにすこしだけ大きい気がするので、メーカーを変えて試してみようと思います。 離乳食も、3回に増え今は私と同じ時間に食べています。 二人で食卓を囲むとたのしく食べられ片づけも1回で済むので助かります! 離乳食はこんな感じ 全部食べれたり残したりマチマチですが、今のところ好き嫌いはなく食べてくれます。 梨や、バナナ、ジャガイモやツナ、卵が好きです。 アレルギーは、一番怖かった卵は無事に食べることができて一安心! 採血で牛乳アレルギーが出ているので、もう少ししたら乳製品をすこしずつ開始します。 どうか、なにも出ませんように・・・。 1歳のお誕生日には食べられるものを使って手作りケーキをつくってあげたいので(生クリームはまだ1歳ではだめだそうで、牛乳や卵で上手に作れないかな~と考えています)なんとか牛乳克服できるといいな!
2014.09.09
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ごぶさたしています! 最近の父の様子を忘れないうちに。 アルツハイマーと診断されたのが去年の1月。 日常生活では、自分の事も出来るし家事もできる。 でもやっぱりすぐさっきの事をよく忘れ、同じことを何度も聞いて来たり話しています。 実家にいるころから、お酒が入ると母に怒鳴ったり人が変わったようになり、イライラすることも多く・・・前の父ではないように感じていました。 最近、わたしが働いていたクリニックの院長に相談したところ(父のかかりつけ医です) アルツハイマーの薬を飲み続けて1年になるので、そろそろ量を増やすか安定剤みたいなものを足すかどうか・・・といわれました。 アルツハイマーの薬は今はアリセプト5mgをのんでいるのですが10mgにあげるか、ということなのですが、量をあげることによってさらに興奮状態になる可能性はあるということで安定剤を始めることにしました。 普通は1日3回飲む薬なのですが、血圧の薬とアリセプトを朝しか飲んでいないため昼・夜は忘れるかもしれないと朝のみ飲むことに。 1日3回の薬、1日1回の使用で効果なんかあるのかな~なんて半信半疑でしたが もうびっくり! 明らかに穏やかになったんです。 前も、穏やかな性格ではありましたが1年くらい本当にひどかったので・・・。 口調、顔、本当に穏やかになりました。 たぶん、安定剤が効いているんだと思いますが・・・。 そして、私は毎週土曜日に実家に行き1日過ごします。 父も、ボウが行くと「おう!来たか~~~!」とめちゃめちゃうれしそう!! ボウも、父の顔をみるともうニタニタが止まりません(笑) 「俺の顔見るといっつも笑うな~~~」 というのが父の口癖です(笑) 本当に今は気持ちも楽で父にボウを会わせるのが楽しみで。 母もすっごい楽しみにしてくれていて、実家につくとすぐさま車にボウを迎えに来て連れ去り(笑) 抱っこ抱っこの嵐。 わたしが寝かしつけようと抱っこすると、「かわったろっか?」 ・・・寝かしつけたいんか~い(笑) 昼ごはんまで準備してくれるので、もう何もせずグータラ娘。 夕方まで昼寝したり、テレビ見たり・・・普段ゆっくり自分ができないことなので(後追いが激しくて家事も進みません)本当に助かります 家に帰ったら何もしなくていいように、実家でご飯をつくってタッパーに入れて持ち帰り(笑) 孫を親に合わせるのも目的ですが、週1回父の様子を見に行くのも兼ねてます。 この間は、脱水気味になり、げっそりして食事も食べてなかったのでしっかり水分を摂らせて母にもいろいろアドバイスしてきました。 高齢な両親の事だからやっぱり心配ですね。 でも何より、最近よく笑うボウが、父を見て嬉しそうに笑うのをみれるこの今が本当に幸せです
2014.07.13
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さてさて。記事が毎月追いつかない~~ 6月9日で、ボウ7か月です もう、早いな~~っていうことしか言葉がない・・・(笑) 成長記録 身長;70.2cm体重;8840g ここ3ヵ月、8kgで安定してます!寝返りしたり、ズリバイなるものをし始めたり動いてるからかな?? 今までの成長ぶりをちょっと書いてみたら 生後 3672g/55cm1ヶ月 4790g/56.2cm2ヶ月 6300g3ヶ月 7200g/64cm4ヶ月 7600g5ヶ月 8300g6ヶ月 8390g/69.1cm7ヶ月 8840g/70.2cmこうしてみると本当に大きくなりました いつも、友達に会うたびに大きい大きいと言われましたが、やっと落ち着いてきたかなあ??(それでもジャンボといわれるけど(笑)) 片手抱っこが楽になってきたような気もします さて、6カ月の成長記録を うつぶせでだいぶ遊べるようになった。 うつぶせで、おもちゃを触ったり、テレビを眺めたり。 そして少しずつではあるけど、ズリズリと手を伸ばしながらズリバイみたいなこともするように。 ブルマみたい(笑) 疲れたら、休むことも覚えました(笑) 左向きマスター うつ伏せが右回りしかできなかったのに、左回りもできるように。そしたら今までやらなかった左向きで寝るようになってしまった。 急にできるようになるもんなんですねーー バンボで楽々お座り 離乳食はバンボでしています。なんで、座れるとご飯とわかるのか嬉しそう!足がキッツキツだけど・・・ 食べ終わったら、吐き戻し予防に少し座らせて様子を見ています。 初・メンズのお友達? アメーバの方で知り合ったブロ友さんとお会いした時に、1ヶ月ボウよりお兄さんの男の子と初対面! 同じメンズということでお互いちょっかいかけまくり!最後にはケンカのようになってしまったので引き離しました(笑)さすが男の子~親友の子(女の子)にはやらないので、その辺分かってるのか?(笑) 微笑ましかったです(笑) お座り完了! 支えなしでお座りができるように。でもまだユラユラはするのでそばにはいます。 BCG終了! 風邪をひくこともなく、無事に6カ月中にBCGが終わりました。 あとは、B型肝炎の追加を打てば半年くらいは何もなし よく頑張りました! ここまで風邪や体調を崩すこともなく元気に育ってくれました!最近は、後追いが本当に激しくて、そばからいなくなると叫び、泣き・・・ ご飯の準備やお風呂掃除、トイレなどもうダッシュです(笑) でも、これはお母さんが安心するという証。居なくなるのが不安で、お母さんがどういう存在かわかってきた成長の証。 嬉しいものです。 離乳食も2回になり、本当に何でも残さずよく食べます。 だんだんこれから固形物になっていくけど、はやく同じものが食べれるようになるのもまた楽しみ。 ゆっくりゆっくり時間をかけて今は息子のために少しでも食べれるものを増やしていきたいなあ 毎日、よく笑う息子の笑顔が、私の活力です。
2014.06.16
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土曜日に、1日早い父の日の集まり会をしました 今回は、弟宅にて。 いつもは実家で夜ご飯に出前を取ったり、手巻きなどをするのですがボウも産まれ夕方には離乳食・お風呂・夜8時ころには寝かせて・・・という生活になってしまったので無理を言ってお昼間にしてもらいました! でも、それが何だか新鮮でした~~ 弟夫婦がサラダやピザ・チラシ寿司をつくってくれ、私は手羽先の係。 みんなが集まる1時間前に弟宅へ行きましたが弟は、ボッサボサの頭で大掃除・・・ 少し片づけている間に掃除スイッチが入ったようで二階とかまで掃除してる・・・(笑) 義妹Sちゃんは、料理にてんやわんや(笑) ボウは慣れない家にキョロキョロ。 結局、家族が集まってから手羽先をつくることになりました まずまずうまくできましたが、母に、「新築の家は油ものやりたくないんだから~~汚くなるんだからね~~」と一撃を食らい、反省(笑) 家で作って持ってこればよかったわ--! ごめんね。 でも、弟夫婦が作ってくれた料理が本当においしくて! 本格的なピザとかおいしすぎました~! 肝心な手羽先撮るの忘れたわ・・・。 甥っ子のぶんこも、 「みんなおいしい!これもおいしい!すごい~」と満足げ。 美味しすぎたので父ちゃんにメールすると言って、これなかった義兄に写真まで送ってた。 「いいね、こっちはこれからインスタントラーメンです・・・」という返信が来てた(笑) 私とSちゃんが、「簡単だよ。材料混ぜるだけだし。」「揚げて調味料をからめるだけだし簡単にできるよ」と余計なことを言ったので、姉に「母ちゃん。簡単なんだって。作って!チラシ寿司も、手羽先も!簡単らしいよ!」と姉に要求してました(笑) 姉は、もっぱら作る気がなく 「ぶんこももう中学1年生になったし、料理くらいできるようにならないとね。揚げ物とかやったら。簡単だよ」と話をすり替えぶんこに押し付ける始末。 やれよ!(笑) そして、たまたまその日は私の誕生日だったので、弟に写真を撮ってもらいました 弟は、趣味がカメラなのか、懲りすぎていてしょっちゅう「今日何してる?公園で、写真撮らない?」とメールで聞かれますが(暇か)何度もタイミングが合わず撮ってもらってなくて。 やっと撮ってもらえる~~!テンションあがりました。 寝ているボウのそばでカシャカシャ。 起きるわ! もはやここまで来ると、キモイ(笑) 起きたのに、カシャカシャ。もういいわ・・・(笑) という感じで、とってもらった写真たち笑 でも、想像以上にすっごいきれいに撮ってくれました~! 記念に、「母と子」というテーマで、温かい感じに取ってとお願いして(え。私もキモイ(笑)) 腕の中でスヤスヤ眠る我が子。 去年の誕生日は、お腹の中にいたボウ。 今はこうして私の腕の中で眠ってる。 この写真を見たら、なんだか胸がいっぱいになりました。 どれもこれも、とても気に入った写真たちになりました もう、写真館に行かなくていい(笑) 専属カメラマンになってもらおうじゃないか そして、望遠レンズが使いたいらしく(だから公園とか行きたがっていた)部屋の中でめっちゃ遠くから望遠レンズで撮ってた・・・意味あるのか・・・。 最後は、恒例家族写真! 父も母も元気です! ぶんこに抱っこされたボウが変なポーズになってるけど・・・(笑) そして、6月11日誕生日のSちゃん、14日誕生日の私、父の日ということで3人でパシャリ。 父、嬉しそう(笑) 本当に楽しい1日となりました 家族っていいなあ。やっぱり、こうしてみんなが集まれる行事、大切にしたいし集まるたびに笑顔になれる時間。 とても貴重で大切な宝物です。 いつまでも、こうして笑顔でみんながすごせますように!
2014.06.16
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前にも書いたことがあったかもしれませんが、今日はちょっとまじめに。 私には親友がいます。 就職してから同期として知り合い、もう15年もの付き合い。 一緒に仕事をしたのは3年? これからもずっと一緒に仕事ができると思っていたけれど急に彼女が異動届を出していることがわかったのは4年目。 それまでは整形外科で体力勝負でしたが、ICUに希望を出していました。 それを聞いたときは、 「すごいなあ。あんなに大変なところ。」と思いながらも自分はそんな勇気もなく、まだ3年目。整形でも完璧でないのにICUだなんて決断した彼女の事がすこし羨ましくもあり置いて行かれたようなさみしさもあり。 彼女はいつも努力家で、でもそれをあまり表には出しません。 要領よく、適当にやっているように見えても実はすごく努力しているし真面目。 どこへ行っても、どんな職場でも頑張っていけるとわかっていました。 私はその後も、のほほんと整形で働いていましたが、そろそろしっかり違う勉強もしないと。と思い、6年目で外科への異動希望を出しました。 その後、彼女も病院を変わったり私も地元に戻ったりお互い結婚して彼女が子供を授かって・・・。 ママになっても、彼女はとても毎日を楽しんでいて育児しているなんて思わせないくらい自分の時間も楽しんで。 そんな彼女をいつも尊敬していました。 2人目を望んでいた親友。 治療をしていた私。 状況は違いますが、本当に偶然、3カ月違いの子供を授かりました。 今思うと本当に不思議です。 彼女は7年越しの二人目。私は子供を望んでから4年。 こんな偶然が、あるんですね。 まさか、同級生の子供を授かるなんて思ってもいませんでした。 でも、今、とっても楽しい。 過去はいろいろありました。たのしいことも、つらいことも、悪いこともしてきたし(笑)夜な夜な遊んで朝帰りもしょっちゅう。 今までの人生の半分とまでは言わないけどそれに近いくらい彼女との思い出がいっぱいです。 育休中の親友は、あと数か月で仕事に復帰します。 尊敬しています。また育児と家事と仕事をこなす彼女の事。 人それぞれ、子育てや仕事に関しては想いも考えも価値観も違って当たり前。 私は私なりにボウとの時間も大切にしてまた仕事のことも考えて行こうと思っています。 同じくらいの月齢の子を授かり、今こうしてしょっちゅう遊んでなにかあると相談してアドバイスもらって。 時にはホントくだらない事で笑って悩んで。 これからお互いの子供が同じように成長していくのを見ることができる、それが本当に楽しみで。 15年の付き合いが、これからも、もっともっと長く深くつながっていられると思うとボウにも感謝。 いつか、ボウが大きくなったら 「あなたの隣で遊んでいる女の子のママは、お母さんの1番の親友なんだよ。」 って教えてあげたい。 これからも。ずっとよろしくね。
2014.05.21
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こんにちわ~ またまた乳腺炎になってしまった・・・ ひー 何回なるんだ・・・(笑) 原因はわかっています、甘いもの・・・ 早く治りますように・・・ さて、今日、なんと親友の妹がネットショップを立ち上げたのです~~。 凄い 身近な人がそんなことしてしまうなんて。 親友一家は、ここでもご存知・・・ハンドメイド一家です とくに親友のお母さん(ハナママ)は何度もケーキを作ってくれて送って下さったり。 味はもうプロ級! お父さんも、孫のキッチンをつくったり・・・本当にすごいんです。 親友もまた、カバンやスタイなど作りまくっては「ボタンホールが失敗したからあげる」とよくボウにくれます(笑)・・・失敗作・・・ で、妹はアクセサリー これが全部本当に可愛くて。 コットンパールが今流行っているみたいなのですが軽くて上品でカジュアルで(どっちなんだ(笑))とにかく、どれもこれも可愛いです。 ピアスや、ネックレス、イヤリングとか作っていて、特にピアスのキャッチがコットンパールになってるのがおしゃれで私もほしい~。 後ろから見てもパールが見えて可愛いのです。 ただ、ボウが今はいろいろ引きちぎったり触ったりするのでなかなかピアスも難しいのですが陰ながら応援したいです 小さな2児のママですが、趣味で始めたアクセサリーがこんな風にショップを立ち上げてたくさんの人の手に届くってすごいなあ ぜひぜひのぞいてみてください ショップはこちら M’s art
2014.05.20
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ようやくかけます~~! お久しぶりです。こちらに書きたいことが山積みなのに・・・ 毎日慌ただしくて記事が追い付かない!! がんばっていろいろ残したいな~~。 まずはボウ、9日で6か月!!半年たちました!ハーフバースデーと呼ばれる6カ月は、今までと違い新たなことがたくさんでき、「新しい成長のスタートライン」となるそうです 5か月のまとめ 身長;69.1cm体重;8390g やっと寝返り成功~~!!5か月と4日。 右回りしかできません。左はいまだにやろうともしない(笑)でも、気づけば寝返りしてて「ウッウッ」って言ってます。放置すると「うおーーー!」って戻せコールがかかります(自分では戻れない)離乳食開始!5か月3週目、5月3日から離乳食開始しました。 はじめてながらにも上手にモニョモニョ・・・順調に進めていき、7日目から野菜も足して、今日までにおかゆ小さじ2、かぼちゃ小さじ1、ジャガイモ小さじ1に挑戦中~。カボチャが好きみたい蕁麻疹 湿疹が治らないな~と思っていたら、皮膚科で蕁麻疹と診断されました。寝る直前に、背中をこすっているので、どうやらすごくかゆくてこすっていたみたい。背中の湿疹が固まって皮膚が厚くなっていて、原因を早く調べなければ、とのことで採血。まだ結果は出てませんがよくなるといいなあ。 採血頑張りましたの勲章。大泣きしてました。 お出かけ 桜を見に行ったり、動物園に行ったり。とくに動物園なんてまだわからないと思うけど、チョチョが連れて行きたいらしく、必死に動物の説明してました(笑) 初節句。子供の日 兜も大きな鯉のぼりも買いませんでしたが、ささやかにお祝い。チョキチョキ工作が大好きな私です。 6カ月記念!ハーフバースデーお祝い こいのぼり工作、しつこく使って(笑) こんなに大きく、健やかに育ってくれて本当に嬉しいです。 よく笑い、最近はママじゃなきゃダメでずっとグズグズ・・・ってことも多いけどそれもまた嬉しくもあり 私もママとして6カ月記念 これからも楽しく過ごしていこう!
2014.05.12
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ボウ、9日で5か月!!今日まで健康で、風邪もひくことなく毎日元気いっぱいで成長してくれてありがとう。 4か月のまとめ やっと行けたお宮参り といっても、すでに4か月半くらいで(笑)おそくなったけど、これからもすくすくと大きくなってね。 ママが、妊娠5か月のときに無事に産まれますようにって祈った神社へ「ありがとうございました」ってお礼してきました 最近、かなり親友と会う回数が増えました~うれしい! ボウと親友の子は3ヵ月違いの同級生なのでこれから仲良くなってほしいなあ。 親友とは、一緒にショッピングモール行ったり、毎日メールしたり、ずっと一緒にいる感じ(笑)就職したての頃ずっと一緒にいたときのことを思い出します。あれから15年くらいたってるけど、変わらず仲よしで、こういう時間もとても大切にしたい。 ボウの存在が、こういう時間を与えてくれてるのかも ありがとう ハイローチェア購入 最近、ママの姿が見えないと泣くのでトイレもままならず・・・思い切って購入!これに乗せて隣で食事したり洗濯干したり、活躍しています 我が家は、これで寝かしつけるわけではないので手動で十分! 寝返り頑張ってます が、お腹が重すぎてコロンとまだいけません(笑)体が軽い子の方が早いみたい でも全然焦らず、ボウのペースでできればいいからね その日を毎日楽しみにしています 本人は、できそうでできないのが楽しそう(笑) スイマーバデビュー 義妹Sちゃんのお姉さんから借りました 女の子用のピンクがまたかわいい(笑) なんだなんだって感じで真顔。まだ、スイスイ楽しむ様子はなさそう・・・。 初めてのお洋服 チョチョが自ら選んだキムラタンのお洋服。 初めてセパレート。一気に幼児になった感じ(笑) しかし、これを着せた瞬間、ミルクを吐き、わずか数分で着替えさせることとなった(笑)まだカバーオールの方が着せやすいー エルゴが慣れてきた? ちょっとずつ抱っこひもに慣れてきた~最近はおんぶもできるように。まだ20分くらいしか抱っこできてないから買い物行く勇気がなく・・・早くこれで慣れて買い物行きたいわ~。 マグマグデビュー もうすぐ離乳食教室があって、離乳食の準備がてらマグマグを最近お風呂上りに触らせています しっかり持って、ちゃんと口に運んでる!ちょっとずつ慣れていくといいな~ 湿疹がひどくなってきた 最近、頭と背中の湿疹がひどくて・・・本当にかわいそう・・・。皮膚科に行ったけど、乳児湿疹なので特に気にしないようにしっかり洗うことを勧められた。ステロイドを念のため出されたけど、躊躇して使えなかったけど、使用方法を守って一気に治せばボウのためかも・・・。 かゆくてイライラすること多くて母乳の影響もあるかなあ。パン食べすぎてる最近。 あとは、手足が活発になってきて足を高く上げたり、手で足を触るようになったり。背中でズリズリどこまでも動いていくようになってきたので、布団から落ちてることも。危険~。 ついに来月は生後半年。もう1年の半分を通過するんだね。 毎日笑いと幸せと感動をありがとう
2014.04.09
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おはようございます 最近、ボウが夜間は2時間おきの授乳なので大変なのですが日中はさらに私が居ないと泣いたりして目が離せなくなってきて自分の時間は唯一夜中 こうして、いろいろやりたいことをやっていると、2時間おきに授乳をあげても苦になりません 今のところとっても楽しく育児をしています さて、3月に引っ越してから、ちょくちょく実家に帰っています あんなにチョチョとケンカして、実家に行ってほしくないと言われて腹が立ったのに今ではチョチョには言わずに好きな時に帰ればいいやと開き直って父にボウを会わせるようにして居ます。 もちろん、父もタバコをすった直後は、こちらが「気を付けてねー」といえばそうしてくれるしチョチョに全て言う必要はない、わたしなりの家族の時間を楽しんでいます。 最近、ボウがあまり見たことない顔だと泣くようになってきたので(笑)慣れさせるためにもこれからもちょくちょく実家には帰るつもりです! 実はすでに毎週土曜日に3回帰ったのですが(笑)毎回、帰るとやっぱり父は嬉しそう! そして、 「大きくなったなあ~」「最近笑わんようになってきたな(人見知り?)」といってはずっとボウのそばにいてくれます。 ボウ、無反応ですが(笑) じいちゃんに抱っこ 父、うれしそう~ ボウと接している時の父はとてもいい笑顔で、それをみてると嬉しいです ・・・無反応ですが(笑) おじいちゃんってわかってるかな?これからもたくさん遊んでもらおうね! 母に抱っこ。 こちらは慣れています。一番接してくれたのは母なので、一緒に住んでいた時より笑わなくなったけど、落ちついてる感じ(笑) そして、誰もが、 「モコに兄がいたの?」というくらい、存在感のない兄(笑) 遠くに住んでるので1年に1回帰ってこればいいほうなので登場回数も少ない(笑) たまたまこないだ帰ってきたので会えました。 完全な、 「誰このおっさん」って感じで泣きました。(今までで1番泣いた) うける・・・。 あとは、弟のお嫁さん慣れてます~にらめっこ(笑) ボウ、女の人は大好き(笑) そして急激に老けた弟・・・。 何となく嫌がるの図(笑)この後泣いた(笑) おなじみ姉と、ブンコ。 ぶんこは年の離れたいとこなので、嬉しいみたいでボウの事とても可愛がってくれます ぶんこ、4月から中学生。部活でテニスに入るらしいので(その予定)いつかボウともやってくれるかな~~ ボウはチョチョの影響でたぶんテニスやりそうだから楽しみだ! この間、看護学校時代の友人に会ったときも抱っこしてもらいました。 なぜか、彼女がだっこしたらペシペシたたきまくっていた(笑) なんで?(笑) 往復ビンタ的なくらい、たたきまくっていた・・・ごめん。 小さい子は好きみたいで、手を伸ばしたりじーっと見つめたり笑ったりします。 そして最後は・・・最近読み聞かせをしているパパの抱っこ。 「こんにちわボウちゃん」という、前にブログにもかいたベネッセのオリジナル絵本。 興味津々でお気に入りです。 触ったり、めくろうとしたり。 みんなに抱っこされて、愛情いっぱいに育ってほしい。 そして、もっぱら最終的にはママの抱っこが好きなので(嬉しい(笑))毎日抱っこしてぎゅーってしています。 いつか嫌がられる日が来るであろう・・・(笑) そう!そして、首もすわって頻繁に抱っこするようになってママバッグのほかに貴重品と携帯・鍵とか最低限のものを入れれる軽いカバンを探していました。 ママバッグにはオムツやら着替えやら入っているので重すぎて抱っこして持ち運びが苦痛だしベビーカーにママバッグをひっかけて、貴重品をさっと出せる小さなショルダーバッグが欲しくて。 散々悩んで夜な夜な検索してやっと買いました~(買ってもらった) ポーターのショルダー お店で昨日親友とみて、この色に一目ぼれ ネットでは黒をみて悩んでいたのですがグレーが新色で出てて本当に可愛かった~! 基本カジュアル路線な私はこういうカバンの方が好みです。 しっかりしてるし、何より軽くて長財布が入って色もホント気に入った~~ 嬉しい 大切に使おう ネットではグレーは売ってなかったので店頭で見れてよかったです 親友に、早く使いたい、お出かけしたいと言ったら 「出かけるとこ、ないだろ」といわれました。 朝っぱらから(親友も授乳でいま起きたらしい)毒舌です。
2014.04.01
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今日は、ボウの4カ月健診でした~。 事前の情報で、10人来ると聞いて誰か一人くらい友達になれないかな~~~なんて期待していきました。 13時~13:10の受付。 13時について、誰もいなかったので、1番だーと思っていたらすでに6人来ていて一まとめに始めているとのこと!(笑) 出遅れとるやないか~い。しかもひとりぼっちっていうね。13時に行ったのにね。 5分前行動なんですね、みんな。素晴らしい。見習おう・・・。 で、待つこと5分、1人来ました。年代が同じくらいの女の子のママさん。 女神に見えました。 「こんにちわ~!」 さっそく話しかけるガッツリ系の私。(引くよね。) 快く、 「こんにちわ~!あれ?まだみんな集まってませんか?」 このママも私と同じこと考えてた。 「いや、もうすでに6人来ていて中で始まってるそうです。」 そんな会話からはじまり、 「大きいですね!いつ産まれましたか?」と聞かれ今日の検診は11月生まれの子だけなので、9日だと答えると「え。うちより遅いんですね!…大きいですね!!(笑)」 その子は2800gで産まれたらしく、ボウが3670gで産まれたと言ったらめちゃめちゃ驚いていました。 そのうち順番が来て、はじめに保健師さんと問診・心配なことなどを個別に相談。 今回もガッツリ聞きましたYO! 首を支えるときや、抱き上げるときに首の後ろがジョリってなる 抱いてもらい、ジョリの意味がわからないといわれる(笑)結局、もし首に異常があれば横向いたり顔をあげるときに痛がって泣いたりするし首もすわらないでしょう。心配ならレントゲンも考慮ですが放射線を浴びるのでお勧めはしない。様子見てくださいと。 いまだに夜間1.5時間~2時間おきに授乳している。昼間は4~5時間あく。この月齢ではもっと寝ないのか? 4か月過ぎると大体もっと寝るはず。原因としては、おっぱいで泣いているわけではないのに泣いてるからと授乳してしまうと毎日その時間に目覚める習慣がついてしまう。暑かったり寒かったり、オムツ、抱っこで泣いているかもしれないけどオッパイをあげることによって「この時間におっぱいがのめる」という感覚がついてしまうのでなるべくぐずったらあやしたりして様子見てもいいかも。ただし、それでは寝ない子もいるので、おっぱいが2時間おきでお母さんの体力がもつなら問題なし。あげてしまった方が自分も楽ですから、どちらでも自分の体と相談してください。 添い乳をしているけど、あまりよくないのか? 添い乳は問題なし。添い乳だから夜中に寝ないというわけではない。歯が生え始めて来たら寝る前のミルク・添い乳はやめた方がいい。虫歯の原因になります。 ボウの頭側にママやパパがいると、のけぞって首がすごい角度で見てくる。首に影響はないか? 人を見るとか、音がする方に視線が行くのはとてもいいこと。ただ、あまりにすごい角度だと心配になりますよね。そういうときは頭側にならないようママたちが移動してください(笑) ・・・だよね・・・。 体の湿疹について。 乳児湿疹とは違う気がするので皮膚科で診てもらうように。 こんな感じで質問コーナーは終って、首のすわりをみたり股関節の開き具合を見てくれました。 首は完全にすわっていて、股関節の動きも良好! よかった~~。 そして身体測定 体重 出生時3672→7805g身長 出生時55cm→66.6cmでした 大きくなりました~~。 最後に、絵本の読み聞かせを個別にしてくれて、今の時期から徐々に絵本を読んであげてくださいと。 担当の方が「いないいないばあ」をチョイスしてくれてボウに読んでくれました。 はじめはじーーっとみていたのですが、だんだん「ばあー」という声に怖くなったのか、泣いた(笑) ていうか、絵が怖い。(笑) そんなこんなでママ友も作れず、最後の絵本でボウが不機嫌になって終わった4カ月健診でした 家で、試しに人間いないいないばあーをしてみたら(タオルで私の顔を隠してばーという声でタオルをどけるありがちな、いないいないばー) タオルから出てきた私の顔が怖かったのか大泣き(笑) ・・・ママだよ・・・(笑) ばーーー!って目を見開きすぎたもよう。 ボウの顔にタオルを乗せ、いないいない~~~~ ばーーー!でタオルを取ったら今までにないくらいのギャハハハーー!!って笑ってた。 自分は笑えるんだ(笑) 絵本、何買ってあげようかな
2014.03.25
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先日、生後130日目にして、やっとお宮参りに行きました~。 お宮参りって、男の子は生後30~31日目に行くのですがお義母さんが骨折してこれなかったりで延ばし延ばしになってしまい、結局オペをすることになってしまったので「いつでも行けるときに行っておいで」といわれ急遽水曜日にチョチョと私の母といってきました。 ボウの着物は、チョチョのお兄さんの小さいころのもの。 お義母さんから借りたのですが、これが何とも 派手 手に取った時も、すごい派手だな~と思ったのですが、着せてみると、想像以上にまぶしかったです(笑) た、鷹・・・。 既に首がほぼすわっているので縦抱きなのと、大きすぎるので全体的に重心が下がって服が丸見えです(笑) たぶん、普通はこんなんじゃない・・・と思う・・・(笑) 無事に、御祈祷していただいた後は外で記念撮影~~。 金色がまぶしすぎて、太陽に照らされボウの顔が同化しちゃっています。 でも、着物は用意していなかったし、ありがたくお借りしていい記念になりました~。 本当は、生後30日でお宮参り、生後100日でお食い初めなんですが、大幅に遅れて生後130日でお宮参りに行ってしまったけれど、御祈祷のあとにいただくお下がりでお食い初めの箸と、歯固めの石をいただきました。 実はまだお食い初めもしていない・・・やれるのか?(笑) 毎日暇なのに、やれていないっていう余裕のなさ 近々やれる日に、お箸と石を使わせていただきます お参りのあとは、京料理のお店でランチ。 ボウを連れて初めてのちゃんとしたとこでのお食事。 ランチギリギリで入ったので、お客さんは誰もいなくて座敷で寝かせても構いませんよと座布団を貸していただいたのでありがたかったです。 一品一品出てくる料理を堪能しました (写真撮り忘れた・・・) 食べてる間にも、ボウはよだれをダラダラ・・・。 早く食べたいのかな? それを撮影するチョチョ・・・。 を、撮影する母(笑) いい1日となりました
2014.03.22
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アメブロでも書いたのですが、ちょっとまじめな話なのでこちらに残しておきたいと思い全く同じ記事を残しておきます。(自分のために) 最近お散歩してないので、昨日、息子はぐずりまくり・・・ずっと部屋の中で退屈そうでした。メリーやっても抱っこしてもどうにもならなくて、ご飯作りもお風呂掃除もすすまなーーい!!と思って、録画しておいた【おかあさんといっしょ】を流してみたら、ずっと見てました。終るとすぐにグズグス・・・結局3回も繰り返して見せました。が。赤ちゃんにテレビは見せていけないとは知っていたのですが、(教育番組でも言っていたし、読んだことがある)改めて調べてみました。赤ちゃんは2歳まではテレビを見せない。とくに生後間もないころ(3~4か月)は、ぼんやりしか見えずテレビが面白いからじっと見ているのではなく、チラチラ明るい映像・動画・音声に釘付けになってしまうだけ。じっと見ている間は感情も何もなく、一方的に頭に入ってきているだけで、まだ未発達な脳を混乱させるだけしかない。赤ちゃんは、コミュニケーションの一つとして、こうするとママが笑ってくれる・ママがあやしてくれるから楽しくて笑うことができるので、テレビは一方通行なものであり、与えられるだけのものなので毎日見続けると今後言葉の発達障害や、言葉を話すのが遅い、コミュニケーション不足といった障害も出てくる可能性がある。明るいにぎやかな映像は、脳を混乱させるだけでなく興奮してしまい夜泣きやグスリが多くなり、眠りが浅くなる。赤ちゃんは器用ではないので、何か一つの事にしか集中できないからテレビを見ると、遊びを中断したりコミュニケーションをやめてしまったりテレビだけの事しか目に入らなくなってしまう。テレビは、育児の道具ではない。親の都合でテレビに子守りを頼むのは間違っている。などなど・・・。小児科学会では、言葉が理解できるようになる(理解して見ることができる)2~3歳になるまではテレビを見せるべきではないと言われています。我が家は、ボウが産まれてから何となくその話を知っていたので、ボウが居る部屋ではテレビはつけていなかったし、授乳中に自分がテレビを見ることもなかったし(授乳の時間は親子のコミュニケーションの場なので子供と向き合って話しかけたり見つめたりしてやっています)だからほとんどテレビはつけていませんでした。子供が起きている時に見なくても、見たければ寝た後とか、録画したりすればいいと思っていたから・・・。でも、たまに抱っこしている時にテレビがついていたことがあって、やっぱりそっちの方をガン見するんです。じーっとみて、話しかけても聞こえてない感じ。だからいいことではないと、気を付けていたのに、ついつい昨日は「おかあさんといっしょって、子供は好きだけど、何が面白いのかな~」と思って何気なく録画し、家事がはかどらないから見せてしまったことにすっごく後悔しました言葉の発達とか、そんなのこの先わからないけど、自分の都合でテレビに子守りをさせてしまったこと。(←この言葉が1番胸に響いた)本当に反省しました。ぐずるのは何かの訴えであり、ママと一緒にいたいのかもしれないのに一方的な映像でおとなしくなったことは、ただ単に自分がラクしただけ。2歳までとか、本当に見せない人いるのかなあ?なるべく、子供との時間を親子のふれあい(コミュニケーション)の中でとっていきたいと考えているのでいつまでかはわからないけれど、向き合える時は自分がちゃんと向き合おう。そう思った1日でした。
2014.03.18
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チョチョ、14日が社会福祉士の国家試験の合格発表でした。 毎年、難関の資格試験で、27%が合格率です。 昨年は、1年間学校に通って挑んだもののわずか3点足らずで不合格でした。 昨年の試験は過去最低の18%の合格率。 問題自体がガラっと傾向が変わり、チョチョが通っていた専門学校の毎年の合格率は80%くらいの全国でも割と有名なところだったのですが その学校でも昨年は50%だったということで、チョチョと一緒に1年頑張った友人らも続々と不合格でした。 今年こそ、合格を目指して・・・。 チョチョが合格発表は15日の午後2時だというので、私もドキドキしていて・・・ 15日の早朝6時にボウの授乳をして、何気なくネットをみたら、なんと、合格発表は昨日だったではないか! しかも、今回の合格基準点、150問中、84点以上が合格。 チョチョは、試験のあと3~4個のサイトで答え合わせをしていてサイトによって回答が異なる部分もあり、83~85点の差が出ていました。 でも、そのうち2個が83点がといっていたので、今年の合格基準が84点と知って私は愕然・・・ まじかーーー! と思って、こっそりチョチョの受験票を探し(起こせよ・・・)、調べようと試みたものの、見つからず・・・。 チョチョが回答合わせをしていたサイトの4社の回答は出てきたので、それを地道に正答と照らし合わせてみたけど、結局それぞれのサイトで回答が違うので意味なし・・・。 諦めず、また受験票を探してみたものの(しつこい(笑))見つからず・・・。 30分以上たって、時間の無駄だとようやく感じてチョチョを起こしました。(初めから素直にそうすればよかった・・・) 6時半過ぎ。 「ねえ、合格発表今日じゃなくて昨日の2時だったよ!」 「え!嘘でしょ?ほんとに間違いない?」 「うん、ほら!」 と厚生労働省のサイトを見せると慌てて受験票を取りに行く。 (納戸に置いてあったリュックの中に有った)・・・そんなとこにあったんか~い 「合格点、84点らしいけど・・・こわい・・・。」「え!84点?まじで?ギリギリじゃん!どうしよう!神様・・・。」 二人で神様に祈ってみる。 「〇〇68番、〇〇・・・02番・・・え!!!ある!02番!02番!!!!」 「え!ほんと?ほんと?見せて!・・・・・わーーー!02番あるーーーー!!!02番02番ーー!!」 どんだけ02番を朝から二人で連呼したことか・・・(笑) もう~本当に嬉しくて、嬉しくて・・・。 ボウが産まれてからは育児をほとんど手伝ってくれ、その中で夜中も勉強していたのでこの合格結果は本当に嬉しかった。 受験票を手に、一つ一つ番号をみていく作業がとてつもなく緊張して、手が震えて自分の看護師国家試験のときのことを思い出してしまいました。 チョチョの番号をみたとき、思わず涙が出てしまいました。 社会福祉士という仕事は、まだあまり熟知されていない分野かもしれません。 高齢者や障害者などが社会的に自立して生活できるように、相談・援助を行なうのが社会福祉士です。 専門的な援助技能と知識を駆使して、必要な制度やサービス、施設に関する情報の提供・助言、 行政や各種関連施設と利用者とのコーディネート、利用者の精神面サポートなどを行ないます。 看護師国家試験と違って、社会福祉士は対象者が高齢者、母子、自動、障害者と広いため出題問題も本当に幅が広く、とてもじゃないけど私・・・さっぱりでした(笑)←あたりまえ・・・ 唯一、【人体と構造】という看護師なら多少わかるんじゃないか?という分野が7問あるのですが解いてみても、毎回2~4点くらいしかとれず(笑) 難しい・・・。 そして、分野別に各7問~20問あるのですが、各分野で0点科目がひとつでもあると不合格なのです。 たとえ、150問の内、余裕で130問正解していたとしても、どこかの科目で0点があったら不合格。 そういう決まり?は看護師国家試験と違って、なんだか腑に落ちない気もしますが・・・・。まんべんなく、どの科目も1点は取ってください、という決まりなのでしょうが。 でも、本当によかったです。 社会福祉士と名乗って胸を張って仕事ができる日を、今から楽しみにしています。
2014.03.17
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3月9日で、4か月を迎えました。 もう、1年の1/3を過ごしたことになります。 早い この3カ月目は本当に成長が目まぐるしく、おどろかされることばかりでした。 体重7200g7600g(約400g増) だいぶ重たくなりました~~。 首がだいぶ座ってきました。すこ~しだけ顔をあげていたのが、今ではこんな風 いつにも増して安定のカメラ目線(笑) でも、まだこの状態から体勢が崩れて手がべちゃーーとなってアウアウ言っています。自分から腕で支えるのはまだ少し先かな? 手でよくつかむようになりました。抱っこすると、ママのそれをつかんだり、触ったり。 おもちゃとして買ったオーボールはしっかり握ってハムハムします 完全な昼夜の判別ができるように。 夜は9時には就寝、朝は7~8時に起床。 授乳で6時に起きてもムニャムニャ言っているのに、7時すぎるとシャキっと起きて一人でアーアーと遊んでいたり、早く起きろ!と怒ります。 この時間の感覚はすごいな~~。 パパもママも昼までダラダラ派なのに誰に似たのかな? 顔を合わせない人には、すこし泣くように。しばらくあやすと大丈夫だけど、何となく人見知りの兆候?早いよね・・・ お風呂大好き。お風呂の時間だよ~というと、手足をバタバタさせてニッコニコ お風呂では、蹴ったりバチャバチャしたり大暴れ。 3カ月過ぎたあたりからなぜか夜間の授乳時間が短くなってきた・・・ ひどい時は1時間半。平均2時間。これはきつい~~~。 朝まで寝てくれるようになるのはいつ頃だろうかー。 メリーに興味がなかったけど、最近は手でぶら下がっているものをつかんだりたたいたりする エルゴをすると、落ちつくのかしばらくはニコニコ。でもそのうちきついのが嫌なのがぐずるように。 まだエルゴでお出かけは無理っぽい~。 寝返りをしようとして体をひねることが多くなった。 まだまだだろうけど、ウンショウンショ!とがんばっている姿は可愛い~。 オムツは現在メリーズMサイズ。メリーズが品薄で市場から消えているのでピンチ。 バンボに座ると必死で顔をあげてニコニコ。 まだ首が完全には座ってないので、数分で終了だけど、嫌いではなさそう! とまあ、こんな感じです。 ここまで無事に大きく育ってくれてありがとう。 毎日毎日ボウの笑顔に癒されて、ママはがんばれています
2014.03.09
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お久しぶりです やーーーっとこちらで更新ができます。 引っ越しが急に決まり、荷造りや手続き、片付けなどを育児の合間にしていたらパソコンを開く余裕もなく、ただひたすらボウの成長記録だけはIphoneからアメブロで更新していました~。 楽天も、アプリを使ったりIphoneからも更新できるのですが、なぜだかすぐにバグるので(書きかけの記事が途中で消えることの凹みようったら半端ない・・・)引っ越ししたら更新しようと思っていました 火曜日に無事、引っ越しが終わり今は3人でゆっくり生活を始めています。 母にも父にもさみしい思いをさせてしまいましたが、もともと長くいる予定ではなかったのでいずれは家を出るさみしさはやってきますから それが今のタイミングだったと思うしかありません。 妊娠してからすぐに実家にお世話になりもう1年。 本当に早いものです。 妊婦時代に、チョチョと両親と4人で毎日ご飯を食べたこと。ご飯のあとにチョチョと父が将棋をしたこと。いろんな話もしたし、昔話もたくさんしました。 まさか、この年になって親と同居する日が来るとは思っていなかったのでとてもいい思い出ができたと思います。 あれからも引っ越しに備えて荷造りしたりとチョチョにも余裕がなく父との会話もあまりなく、父は近所の仲の良い人に「最近、誰も俺とはしゃべってくれんくなったわ。モコだけだわ。しゃべってくれるのは。」といっていたそうです。 そんなつもりがなくても、受け取る側がそうおもうのであればやはりそれはそういうこと。 そういう態度をチョチョもしていたのでしょうね。 さみしい気持ちを抱えたまま、「俺のせいでみんな出ていくのか。俺が何かしたからみんなしゃべってくれなくなったのか」という気持ちを感じさせたまま家を出ることに対して本当に悲しく、また、チョチョに対して最後くらい父に気を遣って優しくしてほしかったという勝手な娘としての想い。 最後まで拭うことはできませんでした。 引っ越しの日、朝から酒を飲んで酔っ払い「風呂に入る」といった父は、風呂から出て脱衣所で倒れ(たぶん酒がまわってふらついた) 急いで見に行くと、全裸で大の字になって倒れこんでいました。 「もう~何やってるのーー!大丈夫?飲みすぎだよ。頭打ってない?」 「…大丈夫だわ。何ともない。」 そういって、しゃがみ込み、動こうとしませんでした。 私の結婚式の日も、思えばこんな感じでした。 父なりの、小さな抵抗。 それが痛すぎるほど身に染みて、やっぱり泣けました。 その後、寝室で寝てしまった父。 最後くらい、またみんなでご飯食べたかったな。テレビを見て、笑って、いろんな話して。そこにはボウもいて。 ボウにとってはこの家で暮らした、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に過ごせる最後の日なのに。 チョチョは、早く引っ越しが終わったらみんなでご飯食べようと言ってくれたけど引っ越しが立て込んでいて時間指定なしだったので予定もたたず結局夜の6時半に引っ越しが終わってまた実家に戻ってきたのは7時半すぎだったのでささっとご飯を各自食べて「また来るね、お世話になりました」というあっさりしたあいさつになってしまいました。 でも、それが良かったのかな。 しんみりすると、あとを引くかもしれないし。 兄弟たちに、父をお願いしてできるだけ顔を出すようにしたり気にかけてもらうようにしてこれからも、兄弟みんなで親孝行をして行きたいと思います。 弟は、さっそく引っ越しの翌日父の髪の毛を切りに(いつも弟の仕事(笑))来てくれ、義妹のSちゃんも、週末にご飯を食べに行ってくれたそうで本当に本当に、みんなありがとう。 弟と、Sちゃんは、引っ越しした後なるべく実家に顔を出すようにしようと話してくれたそうで・・・感謝しきれません。 私が言うことでもないけれど(笑) 兄も、また近々帰ってきてくれるみたいでみんなで集まろうと話しています。 因みに・・・ボウは、最近しばらく見ていない人に会うと泣くようになってしまい父が前日顔を見たら大泣き・・・ 一緒に住んでいるのに本当に顔を見せていなかったことがわかりますね。 父はすごく悲しそうな顔をしていました。 ボウの写真を大きく伸ばして実家に飾れるように現像しなくちゃ!出来る限り私も、顔を見せにいったりしたいと思います。 タバコと家族、なぜかシリーズ化してしまいましたが(笑)意外にもいろんな方からの反響もありリアルな友達からはメールで心配する連絡をいただいたり本当に私の心配もしてもらって・・・ありがとうございます。 内容が内容だけに、チョチョへの批判も多く、また私自身も夫婦とは、家族とは何か・・・ってたくさん考えさせられました。 うまく文章にできなかった部分もありますが文字に書くことで自分の中での心の整理もつきました。 改めて、親は大事だなと思ったし、守るべきもの(子供)を再確認して。 これからも、問題は山積みですがとりあえず今はこうして親子3人、新しい生活を送っています。 少し肩の荷が下りたというか疲れていた気持ちが実家から離れることで少しだけ軽くなりました。 本当に、読んでくださって意見・アドバイスを下さってありがとうございました。 早いもので明日でボウ生後4か月です はやっ!!! またかなりの成長ぶりをここに残したいと思います
2014.03.08
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1年前の今日。 2013年2月14日。 この日は、ボウがママのお腹に来てくれた日です。 この日の夜は、お腹に手を当てて、「どうか、この命が無事に育ちますように。」と祈ったね。 結婚して2年。 不妊治療を始めたのが34歳のとき。 そこから2年半、4回の体外受精と6回の移植を経験しました。 少ないほうかもしれません。 でも、わたしにとっては、長く、つらく、先の見えないトンネルにいた2年半でした。 周りのサポートのおかげで治療に専念でき経済的にも身体的にももちろん大変なことばかりでしたが なにより2回のサヨナラした天使たちをお空に見送ることが本当に本当につらかった。 たくさんの、お腹に来てくれた兄弟たちに見守られながらボウは1年前にママのお腹にやってきてくれました。 そして、がんばって大きくなってくれました。 健診のたびに元気な姿を見せてくれたエコー写真は今でもママの宝物です。 いつも泣き虫なママに、 「いつか会えるからね」って勇気づけてくれました。 パパと3人で散歩したこと、ボウは覚えてるかなあ。 ママとおじいちゃんが、部屋の明かりを暗くして家から見える花火を座って見ていたことおぼえてるかな。 ママとおばあちゃんがいつも笑ってお話していた声聞こえてたかな。 お腹にいた10か月の殆どを、ママが産まれてから20年住んでいた家で過ごしていたんだよ。 あなたはたくさんの人からの愛情をもらい、「無事に産まれますように」って願ってもらいエコーで見せてくれる元気な姿はいつも周りの人を笑顔にしてくれました。 いろいろ大変な時期も乗り越えてやっとボウに会えた時の喜びは、言葉では表現出来ないほどでした。 ボウちゃん。 産まれてすぐの、あんなにも小さな体で、たくさん痛いことも苦しいこともよく1人で頑張って乗り越えられたね。 きっと心細かったでしょう? 怖かったよね。 お腹に迎えたとき、あんなに小さかったあなたはすくすくと元気に大きくなりました。 パパもママも、ボウがお腹に来てくれた1年前の今日の事はこれからもずっと忘れないでしょう。 ボウはママの宝物です。 ボウはパパの生きがいです。 ボウは、みんなに愛されてるんだよ。 そんなことを想いながら今日、ボウをギュウっと抱きしめたらずっしりと重くて温かくて 幸せだなあって思いました。 ママたちは、どんなことがあってもこの先ボウの事を全力で守るからもう安心していいからね。 これからも笑顔がいちばん似合うボウでいてね。 大好きなボウちゃんへ。 ママより。
2014.02.14
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先日書いた、タバコと家族について・・・。その後です。 タバコと家族【前編】タバコと家族【後編】 あれから、チョチョの神経質さは変わることもなく、ついには「お義父さんに、タバコのことを話してみようと思う。」といい始めました。 けして、やめてほしいということではなくタバコが赤ちゃんに及ぼす影響のことや吸った直後はボウにとってとても害があるのでそれだけ知ってほしいと。 父がどんな反応をするか、逆に責めた感じになってしまわないか・・・父はすごく気にする性格で周りに気を遣うタイプです。 悲しんでしまわないか、チョチョのことをどんなふうに思うだろうか・・・そんなことを考えながら、やっぱり娘の私が言うほうがいいかな、と思いました。 でも、口で話してもすぐに忘れてしまうので手紙で伝えました。 母親として、ボウをすごく大事に想っていること。タバコは赤ちゃんによくないこと。お母さんも、本当はずっとタバコが嫌だと思っていること。ボウが原因で、お母さんとケンカしてほしくないこと。せめて、みんなが集まるとき数時間だけは、タバコに気を付けたり、吸った直後は影響があるから気を遣ってほしいと。あと少しで、私たちは出ていくけどタバコの煙を吸ってしまう周りの人にも悪影響だからお母さんにもこれから気を遣ってこのまま外で吸うようにしてほしいと。(私が居なくなったら前のように家の中で吸いそうなので) その夜、チョチョがお風呂に入っている時に父が私のところに来て、涙をためながらこう言いました。 「俺、もうタバコはやめた。全部、捨てたから。何もかも、全部。これでいいな?」 そういって自分の部屋に行ってしまいました。 私はなんだかすごく悪いことをしてしまったように感じて、お父さんを傷つけたかもしれない...そう思ったら、涙が止まりませんでした。 夜中。お父さんが下に降りてきて台所でずっと泣いて酒を飲んでいました。 居てもたってもいられなくて「ごめん、お父さんが悪いわけじゃないんだよ。ごめんね・・・」と声をかけると 大粒の涙を流しながら 「なんで、出ていくなんて言うんだ。俺がなにjか悪いことしたかな?なんか、チョチョ君にひどいことしちゃったのかな・・・。申し訳ないことしちゃったのかな。ずっとここにおればいいのに・・・なんで出ていくなんて言うんだ・・・。」と。 「チョチョは関係ないよ、お父さんのせいで出ていくわけではないし、私たちもずっと居るわけにはいかないし、1年もここにいて、やっぱりみんな気を遣うしさ。それに、もう私の体調も落ち着いたし親子3人で暮そうと思ってね。」 「1年だって何年だって居ればいい。期間なんて誰も決めてない。気なんて遣わなくていい。チョチョ君はそりゃあ血のつながった家族ではないから嫌な思いをたくさんしてるだろうけど・・・でも、自分の家だと思ってずっといればいいじゃないか。最近、母さんも2階の部屋から出てこないし、俺がみんなになにか嫌な思いさせてるんじゃないかと思ったら寝れんわ・・・でていくなよ・・・」 何度も涙を拭いてずっと泣きながら一生懸命に訴える父を見て、私はなんてことをしてしまったんだと思いました。 こんな高齢の父に、さみしい思いをさせて肩身の狭い思いをさせて・・・ タバコひとつで、家の中の雰囲気も家族同士の会話も変わってしまって。 外に出てみると、父はタバコを全部捨てていました。一本一本、半分に折って箱はぺちゃんこに潰して。ライターもしまいこんで、私が妊婦時代からずっと書いていた「タバコは赤ちゃんに悪いので外で吸ってください」「モコが下で寝ているのでタバコ気を付けて」 という、張り紙も全部なくなっていました。 翌朝、チョチョに「お父さん、タバコやめるって。昨日から吸ってないし、夜中ずっと泣いてた・・・」といったら、「それを聞いて、俺はどうしたらいいの?」と冷たい返事。 どうしたらいいのって、どうもしてほしくないけど、心のどこかで「じゃあ、ボウ寝てるけどすこし顔見てもらおうか。」って言ってくれるのを期待していました。 タバコずっと吸ってないなら、ボウに会わせてもいいんじゃないかって思ってもらえると思って。 でも、帰ってきた返事はそんなんで、その時チョチョに対する気持ちが一気に冷めてしまいました。 結局、父がタバコを止めようが気になるものは気になるんだ。もうチョチョの中では、父の存在があまりいい印象ではないのかもしれない。 その夜、私は我慢の限界でチョチョに全部吐き出しました。 「はっきり言って、何か勘違いしてない?父がタバコを吸ってるのを知っていてここに来たのは私たち。ずっと住むわけではないのに私たちが、父のライフスタイルを変えることはできないし、文句をいえる立場でもない。チョチョは、父がタバコを吸っていなくても、結局は"最近まで吸っていた"という事実がある父が近寄るのが気になるだろうし、何もかわらないんでしょ?今まで、どれほど周りのみんなが私たちに気を遣ってくれたかわかる?お父さんが、どれ程チョチョに気を遣って、”チョチョ君が住みやすいように、気を遣わないように”っていろいろ気にしてくれてたかわかる?お母さんが、窓を開けっ放しにしながら寒い中料理をして、文句ひとつ言わずにチョチョのやりたいようにして居たかわかる?私が、チョチョに言われる前にお父さんの着替えを準備したり夜中にお父さんの洗濯物だけ洗ったり目の届かないところに干したり、どれほど気を遣っていたかわかる?チョチョは、自分の事ばかりで何も周りが見えてないじゃん。周りの人の気持ちなんて、わかろうともしないで、なんでそんなに自分中心に考えられるの?私はもう限界だし、このままではお父さんの事も嫌いになるし、この家の事も嫌になる。チョチョともやっていけないと思う。その前に、もうここを出たい。もう、チョチョの事ばかり気にしていろいろ考えるのも疲れた・・・。」 少し前に、チョチョは仕事に行っている間にも、父が部屋に入ってこないか心配とか引っ越しても、なるべく実家にはいきたくない(タバコを吸うから)とか、年に数回は何とか我慢するけど・・・みたいなことを言っていたので、その発言にも本当に腹が立ったのです。 私たち兄弟は、高齢の父の事が心配だし1ヶ月に1~2回は週末に帰ったり一緒にご飯を食べたりと、そういう時間も大事にしてきました。 その1ヶ月に1回さえも、賛成できないというのです。 何がそこまで彼を追い込んでしまったのか、もうどんなに話し合っても平行線のままでした。 私は、チョチョの考えには賛成できないし、親が心配だし、ボウも親や家族に会えるのがいい刺激になるし年に数回だなんて考えられない。 何度言っても、気持ちは伝わりませんでした。 本当に、疲れました。他の人が聞いたら、アホくさ...と思うようなくだらない事かもしれません。 でも、タバコひとつで、歯車が合わなくなってしまったのです。 そして、今日賃貸を借りる決心をして、来月上旬には家を出ることにしました。 はじめから、こうするべきだった。こんなにも、たくさんケンカする前に。みんなに気を遣わせる前に。 姉には、少し前から相談していて「誰が悪いわけでもないんだよ。お父さんやお母さんもチョチョくんにはやっぱり少しは気を遣ってくれてるしそのことに関しては、感謝しなきゃね。チョチョ君も、ボウを想っての事だから。少し離れて親子3人、ゆっくり暮らすのもいいんじゃない?」 その言葉に、すこし肩の荷が下りて賃貸を借りる決心がついたというか、チョチョに対しても冷静になれました。 そして今日、兄弟に引っ越すことを報告すると、姉は「1年間、お父さんとお母さんと一緒にいてくれてありがとね。」と・・・。 その言葉が、なんだかすごく胸に響いて涙があふれて止まりませんでした。 誰のせいでもない。本当にそう思います。1年、両親の近くに居れたのはチョチョがたくさん我慢してくれたこともあるでしょう。少なからず、チョチョが家に来てくれたことで、父は嬉しそうだったし息子のようにかわいがってくれたし。だから、これ以上関係が壊れないためにもこの選択はよかったと思っています。 さて、来月からは新しい生活です。今まで怠っていた家事も全部やらなければいけないしね!姉のおかげで今はもう吹っ切れて、これからの生活が楽しみです。
2014.02.12
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お義母さんが2月5日に来てくれました。 新幹線と電車を乗り継いで4時間弱。 左手首を骨折しているので不自由な中、ボウに会いに来てくれました。 年末に、一緒にお宮詣りに行くはずが用事が出来てしまい中止。 ボウ、お宮詣りを完全に逃しております もう今月の16日で100日です・・・。 お食い初めとかが待っているけど、やれるかな~(←やれよ・・・。) まず、お義母さん、来て早々に 「ボウたん、元気だった~??ボウたんボウたんかわいいね~~」 とボウたんと呼んでいました(笑) 呼びやすい名前なので私たちもボウたんと呼ぶことがよくあるのでびっくり。 お昼に着いて、夕方帰るというので一泊していくようにお願いしたらボウをみて思いのほか帰りたくなくなったようで、あっさり泊まることに せっかく来てくれたのだからボウと2日間遊んでほしかったのです。なのでよかった~ 寝ている時も、起きてるときも、自分たちがご飯食べている時もボウが気になって気になって仕方のないお義母さん(笑) ひたすらボウの近くで話しかけてあやしてくれていました そして、いつものお散歩コースにいっしょに行こうと誘い来るまで例の河川敷へ。 もちろん道中でボウは寝てしまいましたが、お義母さんは「こんないいところがあるんだね~」「小さい子がパパと散歩してる~」「ここは安全でいいわ~~」「電車も新幹線も見えるしきっと気にいるよ~~」「楽しみだね~サッカーしたりね~」 とめちゃめちゃ想像を膨らましておりました。 ボウが近い将来遊ぶであろうこの場所を見せることができてよかったです。 そして、運転席にチョチョ、助手席にお義母さん、後ろのチャイルドシートの横に私が乗っていたのですがこの場所はボウの寝顔がもれなくずっと見ていられるというベスポジなので(笑)お義母さんに席を変わりませんか?と聞くと「いいよいいよ~~、モコちゃんが隣の方がボウたんもいいよ~~」といいながら既に変わる気満々で助手席を降りようとしていたので笑えました(笑) そして、隣に座って即効「あ~かわいい~~寝顔が可愛い~~飽きない~寝顔が上品な子だね~」と褒めちぎっていました・・・。 こんなに喜んでもらえたら、おなか満腹ですよお義母さん(笑) そしてなぜかわざわざここまで来てチョチョが最近行きだした美容院に行き髪をバッサリ切っていたお義母さん。(田舎なので床屋で切っているから美容院なんて恥ずかしいといいながら喜んでいました) 産まれたばかりのころのボウのビデオカメラをみんなで見て、2日間和気あいあいと過ごしました。 帰り、名残惜しそうに「じゃあね、また来るね~」とボウに話しかけ、「あ!笑った笑った!!笑ってくれたの~おばあちゃんに!ボウたんお利口だね~」「・・・じゃあ、行くからね。またね。」 「あ!見た?また笑ってくれた~!また笑ってくれたね~本当にお利口さんだね~」「また来るね、ボウたんまたね。」 「あ!笑ってる~~かわいいね~本当に~~」 と、エンドレスでした・・・。 5分ほど、この会話を一人でした後チョチョに「それ、いつまでも帰れないパターンだから・・・」と突っ込まれしぶしぶ帰っていきました チョチョのお兄ちゃんの子が男の子で1歳なのでボウにとっては二人目のいとこ。(1人目はおなじみブンコ) いつか、チョチョの実家に帰省した時にその子とワイワイ遊ぶ日が楽しみです。
2014.02.11
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ボウ、2月9日で生後3カ月になりました~。 早いな~~。本当に早いな~~。 毎日かわいすぎて、(←え。)1日が過ぎるのがもったいないくらいです。 それでは・・・ざ~~っと、ここ1か月の成長記録を忘れないうちに。 体重・・・64007200gになりました産まれたときが約3600gだったので、ちょうど倍順調です(確か3カ月で倍になるのが普通じゃなかったっけ?と勝手に思っています(笑)) でもすでに7kg・・・ このムチムチ感・・・。 完全に親方です。 今のところはまだまだ人見知りはありません。誰をみても、ニコニコきゃっきゃっ 首はあともう少しって感じです。たまに首あげの練習~ チョチョはハラハラ。。。私は、 「もっといけ~!!がんばれ~~!」とスパルタ。でも、ボウはこの練習が好きみたいでニコニコしながらやっています 予防接種2回目(ヒブ・ロタ・肺炎球菌・B型肝炎)終了! 毎回、肺炎球菌は打ったところが腫れてしまいます。 副反応として熱が出やすいらしいですが、今のところ2回とも熱は出てません。 ただ、打った日は怖かったのか心細いのか、グズグズ・・・。 チョチョの抱っこマンはエンドレス よくがんばりました 両手・げんこつ・押し込みながらの口に入れてハムハム半端ない。ヨダレマンです 大体、1日のスタイルができてきた。 夜は18~19時に入浴。 その後しばらく遊ぶか、そのまま寝たりして20~21時半ころには就寝 朝は、8時~9時半までには起きて元気いっぱい、ママを起こしてくれます。 なんせ、朝が弱い私ですから・・・ほかっておくと昼過ぎまで寝ちゃったりしちゃうのでね・・・ そして起きた後は、恒例のお歌遊び。 この授乳クッションを背中にかって、安定させてからの~ アラフォーママ、熱唱するのは「にんげんていいな」 (笑) いいないいな~ にんげんていいな~~ で大爆笑・・・。 これをしつこく3回歌うと飽きて怒ります。 オムツは何とかまだパンパースMのまま。くっきり太ももに跡がつくのでなくなったらメリーズMへスタンバイ中 ママの抱っこじゃまったく寝なくなりました。(たぶん抱き方がへたくそで安定しないのか暴れる)。もっぱら抱っこでねんねは、チョチョか、ばあちゃん。 ※なので私の寝かしつけは添い乳ばかり・・・。カマキリ体勢も疲れます。 乾燥なのか、アレルギーなのか・・・頭や顔、耳をボリボリ・・・血だらけ・・・。ミトンは欠かせません。 エルゴを付けてみたけど、きょとん・・・そしてダラ~ン・・・(笑) まだ首が座ってないので装着も一苦労、タオルをかってなんとか装着。でもすぐに嫌がります。 これでお出かけはまだ遠い先のよう・・・。 そんな感じです そしてモコの体重は、パンパカパ~ン ほぼ戻りました 17キロのお肉、どこへやら・・・。 そして、少しずつパンとか甘いもの、お肉などを食べ始めてるけど今のところ乳腺炎にはなってません。油断は禁物なので、様子を見ながら進めていきます。先日、すき家の牛丼や、ピザ2キレ食べたときの幸せ感・・・よだれが出まくりでした(笑)(食べれると思ったら心躍る・・・) そんな毎日です。 いつも、1カ月ごとに記念にパパ・ママ・ボウで写真を撮っていますがいつも自撮り(手を伸ばして大体の角度で撮影)してるのですが見切れたりの失敗も多いので昨日は初めてタイマー使いました(笑)←なぜ今までそうしなかった・・・ 奇跡的に23時59分にいい写真が撮れました(笑) ボウ、3カ月ここまで大きく育ってくれてありがとう。パパもママも毎日ボウと居れて本当に幸せだよ。 パパとママも新米3カ月目。 これからも一緒に成長していこうね。
2014.02.10
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今日は雪ですね~~ ドスンドスンと二階で暴れているような転んでいるような音が何度もして父が倒れているか、大掃除でもしているかと思って慌てて見に行ったけど寝てました(笑) 雪が屋根から落ちる音だった!! 地響きすごい・・・怖いですね。 この間、寝かしつけで母が布団で横になってるボウのそばにいたのですが、 広告のようなものを見せながら(まだわからんやろ・・・) 「にゃ~にゃか、にゃ~」 「にゃーん。にゃ~~ん」 といっていました。 それを、じーーっとみているボウ。 もう絵本みたいなものを見せてるのかな?そんなんで寝るわけないだろう・・・ と思ってみていると、チラっと見えた。見えてしまった。 えっ!! ミッキーマウス!(笑) これを、横に振って、 「にゃーにゃか、にゃ~」 「にゃにゃんが、にゃ~~」 といっていたのです。 ・・・ネコ? そして、「反応ないね、これはどうかな」といって、また、 にゃーにゃーといって見せていました。 増えてる! でもたくさんいるけど、どれもネコではない!!(笑) 突っ込もうとした瞬間、「うーん、見えんのか?じゃあこれは?」といって裏返していた。 ・・・活字多いわっ。 我慢ならず、「お母さん、それ、ネズミだし、ネコなんてどこにもいないし・・・」 (ミッキーマウスといわず、ネズミといった私もどうかと思うが・・・) といったら、えっ?ねずみ?って顔をした。 ボウは、笑いもせず、ニコリともせず、ただただ揺れているミッキーマウスがニャーニャー言うのを見ていました(笑) 昨日、履いたあとのボウの靴下が机の上に置いてあったので「チョチョ、これ、履いたやつだよ。汚いよ。なんで机の上におくの、洗濯しようと床に置いてあったよね?」というと、「赤ちゃんの足は汚くない。きれいだ。ボウの足は特にきれいだ。赤ちゃんだもん。」 といった。 何気に広告の上に置いてあったけど(笑)しかも立ってる・・・ 赤ちゃんの足はきれいって・・・まあそうだけど・・・。 汚いって言ってごめんねボウ(笑) チョチョが、ボウに雪だるまを見せてあげたいと言っていますが作りに行くのかな。 どうなることやら~
2014.02.08
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今日は、ロタ・ヒブ・肺炎球菌・B型肝炎2回目の予防接種! 加えて定期の4種混合もするはずが、3カ月になってからの接種なのでまだ3か月には3日足りず打てませんでした。・・・計算ミス! この先、熱や体調で延期も考えるとゆっくりはしていられないので、どんどん打って行かないと まずは、泣いたら接種が困難になる経口のロタから。 ロタは、お腹が満腹だと飲んでくれない可能性もあるので授乳後2時間はあけてくるように言われています。 6時に授乳を済ませ準備万端~ 8時に、いつもどおり顔を拭き、頭を拭き、手をふきふき・・・・。 そしてお着替え ご機嫌でした。 患者さんが来る9時前の予約です。 この時期はインフルエンザや風邪、胃腸風邪などが流行っているので怖い 全開はロタを飲んだ時、おいしかったのか?ニッコニコ。その後の3本の注射も少し泣いただけで大丈夫でした。(帰りの車で黄昏てましたが(笑)) 今日は、ロタの飲んだ後・・・泣いた・・・。 その後、容赦なく3本打ちで、大泣き~~~ 可哀想だけど・・・・やらないとね・・・。 そのうち、ギャーギャーと子供の泣き声や、ぐったりしている親子な咳き込んでいる人がたくさん来て待合室は大勢。 素早く退散しました。 帰りの車の中でもシクシクメソメソ泣いていました。 がんばったね。強かったね。 小さな手をみていたら、こんな小さなうちから痛いことするんだなあってなんだかしんみり。 家に帰ってからも、グズグズ、1人で寝るのが怖いのか、抱っこ抱っこの嵐。 腰が痛いチョチョも我慢できず抱っこしてました。 ・・・治ったのか? そうそう、ボウはさいきんすごく首をあげるようになって、首がすわるのも間近という感じ! 右へ左へめちゃめちゃ動かします。 おかげで後ろはミステリーサークルのようにハゲ散らかしています。 これを、我が家ではおハゲ横丁と呼んでいます。(伊勢の方、すみません・・・) 日に日に毛が薄くなっていくんだけど大丈夫かしら(笑) 伸びるさまがもはや想像できないです。 私もチョチョも、天パなのでどうなることやら 最近、チョチョが腰を痛めているので私がお風呂係。 スイスイ~~っと湯船を上手に泳ぐので、スイマーバがほしい今日この頃。 買おうか買うまいか・・・・
2014.02.06
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今朝、チョチョがギックリ腰になりました。ギックリ腰というのか・・・いきなり、朝起きたら「う、動けない!!!」といい、布団の上で横向きからまったく動けなくなりました。 数日前から腰の違和感があったそうな その上、連日の寝かしつけ抱っこ(特に昨日は30分以上抱っこしてたので)。お風呂の介助者(笑)これは意外と腰を使うのです まず、湿布を貼ってあげようとしたら薬嫌いなチョチョは「今はだめ。冷たいから冷やしたらいかんし。」「患者さんで、あったかい湿布は温めて、冷たい湿布は冷やすと勘違いする人がいるけど、どちらも消炎鎮痛剤だから。」 こんな時にどうでもいい情報を伝える(笑) 案の定、「どうでもいいし・・・とにかく、湿布はいいわ。」といわれた。 なにおぅ・・・? でも、しばらくみていると、モソモソ足を動かしてみたり、手を震わせて地面を確かめてみたりヨボヨボしているので、「シップ貼ったら少しは良くなると思うよ。」ともう一度声をかけると承諾した。 が、湿布を貼った瞬間、 「いたーーーい!」と叫ぶ。 ・・・なぜ? 「えっ。なんも痛いことしてないよ!」「冷たいから、一瞬痛いとこが縮こまって痛い!」 …意味不明。 その後、痛い痛いと唸っているので、今度は「痛みどめの薬飲んでみる?」「薬は要らない。」 また観察していると、起き上がりたいのにどうしたらいいのかわからなくてモソモソとイモムシみたいに動いている。 ちょっと笑えた。 私が笑いをこらえているのがわかったようで、チョチョもすこし笑っていた。 笑う余裕あるんかい! そして、とうとう「その、痛みどめとやらを、どれ、使ってみようか・・・」 じいさんか。 鎮痛剤の王道、ロキソニンをペットボトルとともに渡した。 「どうやって飲むの・・・。」「首あげて・・・(笑)」「ストローとかないの・・・」「ないね。」 「・・・なにも食べてないけど胃とか痛くならない?」 うるさいので、パンを与えてみた。 手渡すと、口を開けてヒナのように待っているので「腰が痛いだけなのになんで食べさせなきゃいかんの(笑)」というと、 「全身を動かすと腰に響くから・・・」と本当にヨボヨボな声でつぶやいた。 仕方ないのでちぎって食べさせた。 これがまさしく食事介助・・・・・。 その後、ロキソニンを飲ませると、数分後から鼻水が止まらなくなって喉もなんだかぜんそくみたいに苦しいと言い出した。 幸い、ひどくはないけどたぶんロキソニンが合わなかったみたい。気をつけなきゃ。 しばらくして、鼻水をズルズルにさせながら起き上がることができた。(といっても5分ほどかけて) でも立ち上がれないので四つん這いになってゆっく~り、のそのそ~~と椅子に向かって前進。 その後ろ姿は、なんともヨボヨボしていて「将来、チョチョが介護が必要になったらこうなるんか?」って思ってしまった(笑) 下手に触ると、痛いだの触るなだの言いそうなことはわかっていたので常に見守り隊でいた。 「痛みどめ、すこし効いたかもしれない。」といってトイレに行き、歯を磨き、またヨボヨボと帰ってきた。 チョチョが抱っこできないからか、ボウが今日は結構ぐずっていて私の抱っこでは体が安定しないのか嫌がって寝ないのでひたすら添い乳・・・ 添い乳って、うまくできなくてなんとか飲ませようと変な格好になってるのが我ながら切ないんだよね。 気付いたらカマキリみたいになってるもん(笑)わかるかな 半分腕立て伏せみたいな(笑) それなのに、片足とか伸ばしたまま上がっていて、もはや筋トレすさまじい感じです。 そんなわけで全身筋肉痛。 俺のテニスのカバンの中にコルセットがあるはずだから探して欲しいと言われ、探しに行くとボロボロのコルセットらしきものがあったのですがはめてみると、マジックテープが届かないというね・・・ 「しまった、太った・・・」 と真剣な表情で言うので、また笑いをこらえました。 でもないよりはマシだと、腰につけるはずのコルセットを上の方のなるべく細い部分に当てていてそれ腰には意味なくない?(むしろバストバンドに近い感じ)と思いましたが、見守り隊は黙って見守りました。 夕方、すこし動けるからと車に乗って(乗れるんかい!)いきつけの整体へ行きました。 整体じゃ治らんでしょ・・・と思いながらも、その先生の事をかなり崇拝しているのでいつもよくなったと喜んで帰ってくるんだよね。 治れば何でもいいけども。。。 そして無事に帰ってきて、今日はお風呂に入れないからとご飯を食べて早々に寝ました。 今日は節分なので母が恵方巻きを「今年の恵方はどっちかな!?みんなでやろう!」と意気込んでいたけど チョチョは腰が痛くてそんな方向けないわ、父は聞こえてなくてすでに食べてるわでかわいそうだったので私が付き合いました(笑) その後、 「豆を年の数だけ食べよう!」とまたまた張り切っていましたがチョチョはそれどころでなく、父は「腹がいっぱいで豆なんか食えんわ!」といったのでこれまた私が年の数だけ食べました(笑) ・・・36粒も数えるの、むなしすぎる 節分の豆って、なんであんなにモサモサするのかな? 案の定、張り切っていた母は、60粒以上も食えんといいながら食べていて(自分が言いだしっぺなのに(笑)) 「変なとこに入った!」とむせて咳き込んでいました・・・・。みんなヨボヨボです。 あ~ ホントは、鬼のお面とか作って、豆まきとかフリでもいいからボウとやりたかったけどチョチョと一緒に6時半に寝てしまったのであります(笑) ・・・お面も作っていなかったし、だれが鬼やるのって感じだけど(笑) 腰を痛めたヨボヨボの鬼なんて違う意味で怖いわ。 来年は張り切ってやろう! あ! 本日、夜中の1時半に親友が出産しました自分のことのようにうれしくて、毎日写メを送ってほしいくらいです。 ボウの写メを、毎日でもいいから送ってくれという、高校時代の友達がいるのですが(どうやらボウが私にそっくりなので、親しみが湧いて可愛いらしく・・・)それをチョチョに言ったら「そんなの社交辞令に決まってるだろ!恥ずかしいから信じて毎日送るな!親ばか炸裂じゃん!」といわれたけど、その気持ち(が本当ならば(笑))、よくわかるよ~~~ 親友の子の写メ、毎日何枚でも見たいわ。 毎日顔が変わるさまを見届けたいわ。 新生児って本当に癒されます 本当に本当に、おめでとう。そしてお疲れ様
2014.02.03
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1月29日は、お義父さんの命日でした。 時が経つのは早いものです。 こないだ、お父さんが亡くなったときの自分の書いた日記を読み返したら号泣してしまった(笑) 昨日のことのように思い出されます。 ボウが産まれたことを、お義父さんは喜んでくれているでしょうか。 お義父さんが亡くなって、毎年花を贈っています。 チョチョのお義母さんは物が捨てられない・もったいなくて物を贈っても使えない人なのでそれなら母の日は毎年花にしよう!と決めました。 毎年、喜んでもらえてうれしいです お義父さんにも、父の日と命日にはお花を贈ってお義母さんに飾ってもらえたら・・・きれいなお花で、すこしでも温かい気持ちになってもらえたら・・・ 遠くに住んでいるのでこれくらいしかできません。 なかなか、どんな花が送られているか気になるのですが、数年前から毎回こちらのお花屋さんでお願いしています。 花似想さん すごく丁寧に要望を聞いてくださって、すてきなお花をいつも贈ってくださいます。 はじめは花riroさんで頼んでいたのですが※その時の記事がコチラ 途中から、生花をやめてプリザーブド専門店に変わったようで、残念ながら生花を取り扱っているお店を探しました。 そしたら偶然にも、花riroさんと、花似想さんのスタッフさん同士が知り合いだったようで、ふたつのお店になんだか縁を感じました。 実際、お花をつくる温かい感じが似ています お義母さんは、花をいけるときにきっとお義父さんのことを思い出しながら飾ってくれるだろうなと思ってあえて生花にしています。 お義父さんが亡くなった翌年に贈った花束。 (こちらはまだ生花をやっていた花riroさんで頼んだもの) 今見てもなんだかしみじみ。 初めて嫁としてお供え花というものを贈ったので、これで大丈夫か・・ってすごく悩んだっけ(笑) お義母さんがすごく喜んでくれたのを思い出します。 それから、母の日や父の日は、生花専門の花似想さんにお願いしてこんな感じに送ってもらっています。 母の日 これはアレンジメント 父の日 そして今回。 いつもどおり、前日に届くように贈りました。 優しいピンクで柔らかい感じに。 喜んでもらえたようでよかったです。 今回は、花束ではなくアレンジにしました。 なぜなら、お義母さんが手首を骨折したから 幸い左手だからよかったものの、ギプスしているのでかなり不便なようで 花束から急遽アレンジに変更してもらいました。 おとうさんへ。1日早いですが心を込めて贈ります。家族3人、これからも見守っていてください。 チョチョ・モコより。 というメッセージに加えて今回はボウからも おじいちゃんへ。 ボウがもう少し大きくなったらパパとママと一緒に帰ります。ボウの成長をお空からみまもっていてください。 ぼうより。 お義父さん、これからもよろしくおねがいします。 ※画像は実際贈ってくれたあとで、今回はこのように作りましたとメールをくださいます。なので、自分でもこうして残すことができてその時の想いも思い出すこともできていいですね。
2014.01.31
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前編の続きです。 チョチョが、タバコがどれほど赤ちゃんのいる家庭において悪い事なのかを知り今まで和気あいあいとしていた家庭の雰囲気が壊れ始めました。 私とチョチョは、普段母がテレビを見ている部屋(家族が来た時にご飯を食べたり、集まる部屋)の襖を挟んだ隣の部屋で寝ていて、襖をあけると一つにつながります。 父は、普段は台所の続きの部屋でテレビを見たり、台所でご飯を食べたりするのでめったにこちらの部屋に入ってはきません。 が、家族が集まったり、寒くなってきたのでコタツに入りたい…となったときはこちらの部屋に入ってきます。 また、私たちが寝ている部屋に父の箪笥があるので着替えをとりに来たり。 今までは、コタツに入りながら将棋をしたり談話したり両親と私たちでご飯を食べていたのですが、一度、父がタバコを吸ってすぐに部屋に入ってきたことがあり一気に部屋中がタバコのにおいで充満しました。 それを機に、父が入ってくるとタバコを吸っていないか確認したり箪笥に服を取りに来ただけでも「おとうさんが来た、換気したい」というようになりました。 もちろん、タバコは吸った直後だけでなく、4時間は吐く息などからも悪いものは出ているようで、直後のにおいがなくとも服についている、体に染みついているからと、とにかく換気、換気というようになりました。 夜遅くだろうが、ボウが寝ていようが・・・。 換気した後は、決まってこう言いました。 「お父さんが嫌なわけじゃないけど、やっぱりボウに近づかないでほしいな・・・」 こういう発言を毎日何度も聞かされ、私も「もうわかったってば!」という思いでいっぱいでした。 チョチョの神経質さは日に日に増し、ボウのいる部屋に入って欲しくないボウに話しかけてほしくないボウを抱いてほしくない洗濯した父の服を、部屋に干してほしくない乾いた父の洗濯物を、部屋に置いてほしくないこちらの部屋だけでなく台所も父が居るから空気が悪いあまり台所にモコを行かせたくない(私がその空気に包まれた服でボウを抱くし、私が空気を吸って母乳に影響しないかとか・・・)父の洗濯物は全部別にしてほしい常に台所も換気したいから窓を開けっ放し(この真冬に・・・)父の入った後のお風呂は俺が入る(空気が悪いから私には触れさせたくない)などなど・・・・はっきり言って、うっとうしいです(笑) こうやって書いてみると、ばかばかしくて笑ってしまいそうになるけどこれを毎日聞かされ、行動にうつされ、常に「あ、お父さん今タバコ吸いに行った」「あ、お父さんがもう起きてきた」とか言われると、呆れるを通り越して、なんだか悲しくなってきて・・・ そのうち、父がこちらの部屋に入ってくるときに襖を開けっ放しにしたりするのですが「なんでお父さん、閉めてくれないんだろう?向こうの部屋の空気が入ってくる」とあとから私に怒ったり。 翌日の父の服を、父がいる部屋に準備しておかないと、朝こちらの部屋に取りに来るから「準備してある?」とか。 父に言えない分、全部私に行ってくるのは当たり前ですがじゃあ、これから一生父には抱かせられなくて、おじいちゃんと遊ばせられなくて、このままずっとそうやって気を遣っていくつもり? 外食や喫煙場所に近づかないなど、気を遣っているとはいえ、この先ボウが食べたいといったらファミレスとか行くだろうしそういう場所なんてまだまだたくさんある。 全部が全部、排除なんてできないんだから、いちいちこれもダメあれもダメだなんて自分も、ボウも疲れない? そんな思いを言いたかったけど、もう何を言っても無駄だと思い、また、私の父の事でもあるので申し訳ないという気持ちもないわけではなく・・・ 数日は黙って耐えていました。 じゃあ、なんでこの家にお世話になりに来た?少なくとも、父がタバコを吸っていた事実は結婚した当初からわかっていたこと。同じ屋根の下で暮らすということは、それをわかったうえで決めたこと。あくまで、私たちは居候であり、チョチョが父にこの部屋に入ってほしくないとまで言える立場ではないこと。ここは父の家であり、チョチョを中心に回っているわけではない。神経質なのは十分だけど、それを周りに強要したり、自分の思い通りにすべて動かしたりできないのは承知の上。なにか、勘違いしてないか?いくらボウのためとはいえ・・・。 私がチョチョと同じ気持ちで、私が父に直接いうならまだしも、残念ながら母親失格かもしれませんが 父にとっては12年ぶりにできた2人目の孫なんです。 私が妊婦時代から一緒に住むようになり、毎日「体は大丈夫か?お腹の子は元気か?」と心配してくれまだ産まれないのか、いつ産まれるのかと毎日聞いてきてお風呂掃除も皿洗いも掃除も全部してくれました。 「お前は寝ていればいい」と。 ボウが産まれて、初めて抱っこした時は「じいちゃんだよ」と涙を浮かべていました。ボウをあやす顔は、やっぱりすごくうれしそうで、いつ目が見えるようになるのか、いつ顔がわかって笑うようになるのかボウの成長を楽しみにしていました。 そんな父の姿を見ていたからこそ、チョチョと同じ「ボウに触らないでほしい」とは思えないのです。 タバコは絶対に嫌ですが、やめれないこともわかっているし、やめるのは本人の自由なので(本人もやめる気は全くないので)強要もできません。 チョチョの気持ちもわかりますが、父も私の大切な家族なのです。 もう高齢の父です。 やっと授かって孫を見せることができ、父にはたくさん抱いてもらいたいしいっぱい遊んでもらいたい。 じいちゃんじいちゃんと姉の子供のようになついてもらいたい。 お風呂も一度でいいから一緒に入らせてあげたい。 そう思うのは、母親失格なのでしょうか。 タバコが嫌なくせに、父への思いも捨てきれずボウを危険にさらしてしまう私は矛盾していますよね。 そんなことを考えながら毎日過ごしていたら、どんどん追いつめられてしまって「もう疲れた・・・チョチョの要求にこれ以上こたえることはできないかも」と思ってしまいました。 初めて、この人の神経質さにはついていけないかも、と思ってしまったのです。 それと同時に、父がタバコを吸うからこんなことになるんだ、やめてくれたらいいのになんでやめれないんだ・・・・って父を心の中で責めたり・・・。 すぐに私たちが出ていけばいい話なのですが、賃貸に住んでいた時に下の人が吸っているタバコの煙が部屋に入ってきたことがあり、(窓も閉めて換気扇も回してないのにコンセントの隙間から入ってきていて、管理会社ともめたことがありました。知り合いの建築士さんに相談したら、施工ミスだと言われ泣く泣く引っ越しました) その次に住んだ賃貸も問題があってそれで実家に来たというわけなんです。 だから、この次また賃貸でそんな問題があっても小さなボウがいるとすぐに引っ越しなんて大変だし、1年以内には家を買う予定でいるので(チョチョが転職して私が無職なので今すぐには無理なので)今すぐに賃貸へ引っ越し・・・はあまり考えてないのが現状。 でも、ここ最近のチョチョの行動に疲れ果て、ふっと糸が切れたときに全部思いを吐き出してしまいました。(早くこうすればよかったんですが) 父への思いや、今後もそんなに全部気をつけれるわけではないことを。そして、私自身、少し疲れてしまったと。 チョチョも、そこまで私が思いつめてることを初めて知ったので申し訳なさそうにしていましたが、返ってきた答えは 「でも、親が気を付けないと子供は危険にさらされる。この先、そういう免れないこともあるかもしれないけど、今はできることはこれだから。できるときはやらないと。守るのは親しかいないんだから。正直、おとうさんにあまり抱いてほしくないとかボウに近づいてほしくないという気持ちは変わらない・・・。」でした。 もう、何を言っても無駄なのです。 家を出るしかないのです。 このままでは、私自身が家族を嫌いになってしまうし、チョチョのことも嫌になってしまう。 難しいですね。同居は。 母も、毎日ボウの事を見れるし、あやしたり抱っこしたりそれが生きがいのようにも感じているので出れる状況になったらすぐに出ていく、といったら悲しそうでした。 もっといたらいいのに・・・。と 前までは、「首が座るのはもうすぐだ、腰が据わってハイハイして…部屋も片付けなくちゃ。離乳食も始まって大変になる、歩くようになったら目が離せないね!」と嬉しそうに話していたので・・・。心が痛いです でも、この気持ちを誰にも話せずずっと抱えていたので・・・なんだかすっきりしました。 チョチョに関しても、神経質すぎるとか私に関しても矛盾過ぎるとかいろんな思いを持たれると思いますが何よりも、「ボウが大事だから」こその、それぞれの思いであることは変わりないのでぶつかり合うことも、話し合うことも意見が違って反論することも全てボウのことをお互いに想っているからなんですよね。 だから、それも仕方ないことだとは思っています。 私はここに吐き出せてちょっと楽になりました(笑)
2014.01.30
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最近、すごく悩んでいたことがありました。※かなりの長文です、時間がない方はスルーしてくださいね。 原因は【タバコ】について。 私たち夫婦は、タバコが大嫌いで・・・結婚当初から外食するにも分煙されていないところは入るのすら避けたり、新幹線なども喫煙できる車両から一番遠い車両を指定するなど、かなり気を遣ってきました。 私はタバコのにおいがつくのが嫌で、分煙されていてもにおいがついたりすると、頭痛がするので帰ったらすぐに着替えてシャワーを浴びないと気がすみませんでした。 チョチョは、ぜんそく気味なので、タバコの煙を吸うと少し喉がおかしくなることもありました。 今回の妊娠。 やっと授かった命。 色々あって実家にお世話になることにしましたが、もともと1~2年ほどの予定でした。 実家は、父がタバコを吸います。 妊婦時代からそれは当然わかっていたので、家の中で吸っていたのを、せめて外で吸ってほしいとお願いしました。 流産を2回経ての妊娠、今回ばかりはどうしても守りたかった。 タバコの煙を吸うと、血管が収縮して胎児に影響があることも、低出生児や流産・早産の原因になることも知っていました。 健診があるたびに、父には「今こんなに大きくなったよ。たばこは絶対家では吸わないで」といってきました。 父も、私が実家に来てからは家の中では吸わないでいてくれました。 でも時々、私が居ないと思ってこっそり台所で吸ったり、コンロの火でタバコを付けたり・・・そういうときはケンカにもなりました。 でも、やっぱり外で吸った後でも家に入るとすごく臭い。だけどそれはどうしようもないこと。 だって私が居候の身であり、ここは父の家ですから。 タバコをめぐっては、母もずっと父に注意していました。(母もタバコが大嫌いです)でも、娘の言うことはきいても、母に言われると「うるせえ!」と怒鳴る。 それをみるのも辛いので、タバコに関しては、私の口から言うことが多くなりました。 タバコが切れると、イライラして母に当たり散らす。それもすごく嫌でした。 私たち子供が家を出てからは、母はずっとこうして嫌な思いをしてきたのでしょうね。 無事に出産し、ボウが退院して数日たったころ。 母にまた「あまり吸わないで、外で吸ってもにおうから。赤ちゃんにとっては害が何倍もあるんだから。今一番大事なときだから」といわれた父は、すごく怒って私に、 「母さんにこんなことを言われた。腹が立つ。家の中で吸うなといわれたから外で吸ってるのに、外で吸えば吸ったで文句を言われる。本当にむかっ腹が立つ!もう一回ガツンと言ってやらないかんな。」と。 私がこの家に来たせいで、母はすごく私の体を心配してくれ、今までは自分も嫌だったのに私やボウのためにキツく父に文句を言うようになって・・・ 家庭の中がいつもピリピリしているのがすごくいたたまれなくて。 「お母さんが、言うのはボウが大事だからだよ。タバコが体にいいわけないじゃん。お父さんの体にもよくないし、小さな体のボウにはとっても有害だし。実際タバコを吸う人より周りで吸う人の方が影響があるんだよ。やめろとは言ってないけど、すこし控えてくれない?ボウだっておじいちゃんが大好きなんだから。やっと会えたんだから。お母さんとケンカしてるの見るの、すごく悲しくなる。」 と言うと、父は涙をためてこういいました。 「・・・そんなことはわかっとる・・・。母さんにはもう何も言わないよ。言いたくなるのもわかってるから・・・。」 そして、今にも泣きそうな顔で「なあ。俺は、あの子が俺の名前を呼んでくれるようになるまでは、生きれんかもしれんわ・・・。」といって、自分の部屋に閉じこもってしまいました。 それが、その言葉が、すごく悲しくて悲しくて・・・私も1人になったとき大泣きしてしまいました。 ボウが退院してすぐで、精神的にも疲れていて、マタニティブルーにもなっていたかもしれません。 チョチョが仕事から帰ってきて普通に話していても、思い出したら泣けて来て2日間、チョチョの前ではずっと涙をこらえて過ごしていました。 「なにかあった?」と聞かれても言えなくて。ちょうどチョチョが仕事が大変な時で夜中に返ってくるチョチョに愚痴など言えず。 もうここには長くはいられないな、と思っていました。 そして1か月が経ち・・・チョチョがタバコは赤ちゃんにどんな影響があるのか調べるようになり、私よりもチョチョの方が父のタバコについて気になるようになりました。 以下こちらから抜粋しました(すごくわかりやすく書かれてあります) 1日にたばこ1 箱を吸う喫煙者のそばにいる非喫煙者は、自分で半箱を吸うのとほぼ同等の煙に曝露されている。受動喫煙により妊娠期の睡眠障害リスクが上昇する。1週間に1時間以上喫煙者に接するとタバコの害が出る。つまり、副流煙はお腹の赤ちゃんにとって毒ガスを浴びせているようなもの。さらに喫煙者の衣服、頭髪、口から吐く息すべてが有害物質の塊でもあります。 赤ちゃんを煙草の煙から守らないと、乳児突然死症候群、喘息、アレルギーの危険性が高まる一方。ママであるあなたがしっかりと赤ちゃんを守ってあげてください。テーブルの上の灰皿やタバコをの誤飲にも気をつけて。また「神経質だ」と言われたら「お前が無神経なんだ!」と言い返してやるくらいの強い気持ちをもちましょう。世の中には夫の喫煙が原因で離婚を考える妻もいます。我が子を守るためにそのくらいの気持ちを持っていいはずです。 受動喫煙は、主に急性影響によって、目のかゆみ、目の痛み、涙、瞬目、くしゃみ、鼻閉、かゆみ、鼻汁、のどの痛み、頭痛、吐き気、咳、喘鳴、呼吸抑制、指先の血管収縮、心拍増加、皮膚温低下を引き起こす。新生児や乳幼児は、自発運動ができず環境に極めて受動的で、呼吸器や中枢神経などが発達途上であり身体的な影響を受けやすい。受動喫煙が引き起こす障害(小児)乳幼児の突然死・肺の発育遅延・低出生体重児学童期の咳・痰・喘鳴・息切れなどの呼吸器症状急性反復性中耳炎・滲出性中耳炎とその治癒の遅延小児喘息・他の喘息性疾患・持続する低肺機能ペルテス病髄膜炎受動喫煙が引き起こすと思われる障害(小児)早産小児がん・白血病・脳腫瘍肺結核・呼吸障害注意欠陥・多動性障害(ADHD)虫歯虫垂炎・クローン病アトピー性皮膚低身長知能低下 これらを知って、さらに日常のなかで今度は私とチョチョにも意見がぶつかり合う日が続きました。 長くなったので後編へ。
2014.01.27
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先日、親友がうちに遊びに来てくれました。彼女もあと7日ほどで出産なので私もドキドキです。 既に大きなお腹がなつかしい。 ちょうど、ボウの授乳をしていたのですが「あ!その服可愛いね!」といってくれたので、「これ?西松屋だよ。1900円くらい。かわいいでしょ。」と自分の袖を伸ばして「どう?」とドヤ顔で自分の服を見せたら(そもそもボーダーだから袖を伸ばさなくても一緒・・・) 「・・・あんたの服には興味ないわ。赤ちゃんの・・・。」 と引いてました(笑) またまた勘違い王。 「あ、ボウね・・・そうだよね・・・ちなみに、ボウのも西松屋。999円くらい。」「この毛布は?」「あ、それも西松屋。ついでに枕も。」 「西松屋崇拝してるな!(笑)」 ・・・ほんとだ。 ちなみに親友が可愛いといった服。 自分で買っといてなんだけど、可愛いか?(笑) よく見たら、カエルとアヒルの顔がイラッとするんだよね。(笑) ウサギなんて青だしね。 クマは茶色、カエルは緑、アヒルは黄色ときて、なぜピンクにしなかった? あれ?もしかして、ウサギがピンクってイメージなの私だけ・・・?(笑) ちなみに、このロンパースなんだか小さくて・・・・ オムツのとこがボタン留めるとオムツが圧迫されるような気がして。 こうなってます。 ボタン留めてな~い。(誰、かわいそうって声が聞こえたよ) あら、動きやす! これをみた姉が、先日家に来た時に 「わあ!今って、ボタンはずさなくてもオムツが汚れてるか見えるんだね!ここだけ開いてるんだ!便利になったね~」 と真剣な顔で言った。 ・・・んなわけないYO!!
2014.01.23
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こんにちわ~ただいま、弟の家で更新中。実家が下水工事をやるので、一日水道が止まるのと、工事の音と振動がすごいので半日お邪魔しています。新しい家に、ボウはソワソワ。なんとなく落ち着かない様子でキョロキョロ・・・。やっと寝ました。 昼ごはんに、弟にモスを買って行き、私は母乳栄養管理中なのでアルミに入っている火にかけるだけの鍋焼きうどんを買っていきました。夜勤明けの弟が寝に行った後さあ鍋焼きうどん作ろう。火にかけるだけ・・・と思ったらIH。えっ。使い方分からない・・・(笑)とりあえず電源と書いてあるボタンを押し、スイッチを。ピーとなって高温注意の表示。出来た。簡単やん。と思いきや、ピーといって切れる(笑)わからん・・・さっぱりわからん・・・チョチョも一緒にお邪魔しているのでチョチョもやってみるが同じくピーと付いて、ピーと切れる・・・。鍋焼きうどん、汁をいれて冷たいまま20分ほど放置し、悩みましたが、寝ている弟を起こす勇気もなかったので皿にあけてレンジでやりました・・・。 IHって難しいんだね。(いや、機械オンチなだけ・・・)レンジさまさまです。最近のレンジは回りません(笑) 回ってないけど、大丈夫?ちゃんと温まってる?みたいな。 新しいのいいな~話がかなりそれましたが、ボウが産まれてからチョチョが毎日「モコもブログやりなよ。毎日のボウちゃんの成長記録とか書いたら良いやん」と言ってくるのです。最近、私がお気に入りのママブログを見せて、この赤ちゃんかわいいね!!といっているのでそれが面白く、モコも育児日記書いたら・・・と。そう、チョチョはこのブログのことを一切知りません。チョチョの事や治療の事や家族の事を色々書いているので絶対怒られると思って言ってないのです。書いてるんだから、ここ見せたらいいじゃん、といわれそうですが、見せれますまい。だって、チョチョの実家のクモの話(クモがいるから行きたくない)とか・・お義姉さんがゴキブリをドスコイ捕獲したとか・・・見せれますまい。適当に、 「私、日記とかマメじゃないし。」といったら「マメじゃん。できるって。」といわれ、「そういうの、苦手だし。」といったら「絶対すきそうじゃん。文章角の大好きじゃん。」といわれ・・・「まあ、そのうちね」といったら「いつから書くの」「ねえいつからやるの」「ほら、今のこの事書けばいいじゃん」と毎日毎日うるさーーーい!「俺も書きたいし。」えっ。チョチョが書くの?個人情報云々とかうるさいチョチョが・・・? 子供の影響力ってすごいね。(笑) チョチョにそんな気をも起こさせるんだから。それは楽しみじゃないか。という事で始めてみました、アメブロ(笑)でも、私は7年半もの思い出が詰まったこちらのブログを閉鎖する事は考えていないので今までどおり、こちらはツラツラとくだらないことを書き続けアメブロは育児日記で短編!と決めました。 こっちはナゼだか長くなってしまう・・いつも・・・。なのですぐにiphoneがバグるので、パソコンでしか書けません。 真面目な悩みとかはこちらに書きたいしホントに一言日記みたいなことはiphoneからチャチャっとアメブロに・・・と思っていますリアルな友達も、日々のボウの成長を楽しみにしていて、毎日メールくれ!といってくれている子もいるので(笑)URLを貼っておきますよかったら内容がかぶることもありますがそちらも暇な時に覗いてください アメブロ あ。ボウがおきました。ではでは!
2014.01.22
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1か月半くらいから、お風呂デビューしました。 もっぱら入れるのはチョチョ。 でも、1人では怖くて入れられないので私が介助役です。 かなり手際のいい?分担制となっております。 お風呂係(チョチョ)自分が先に体を洗い湯船につかる ボウちゃん用の桶に、体洗いのガーゼ、顔拭き用のガーゼ、オシモ用のガーゼを入れておく。自分が座るお風呂の椅子を石鹸で洗って、石鹸を残したままにしておく(ここ、意味不明。) そこへ介助者がボウを連れてくる。 ボウをお風呂に入れる しばし安定しないのと、急にうごくのでボウの耳にお湯が入ってしまう 「ごめん、お湯が入った。拭いて。」と介助者にお願いする もうすぐ浴槽から出ることを介助者に伝え、さきほどのお風呂の椅子の石鹸を流してもらう(放置したことに意味はあるのか・・・) ボウの体を洗う。そして少しずつ流す。そしてまたまたお湯が耳に入る。ごめん、拭いてくれる?とお願いする(耳、しっかり押さえとけよ!)再び湯船に入る。またまたお湯が耳に入る。かけ湯をして、タオルにくるんで介助者に渡す自分が残りのバスタイムを堪能する とまあ、こんな感じで、何度も何度も耳にお湯を浸からせるチョチョ・・・。介助者はすかさずササット拭きます。 介助係(モコ) お風呂係がしばし湯船につかったころを見計らってボウを裸にしてタオルでくるみ連れて行くお風呂係が湯船に入れると乾いたガーゼを持って浴槽の外で待機。 みみにお湯が入ったので拭いてと言われたらすかさず拭く。(何度も濡らされるので、予備を3枚ポケットに忍ばせる) 体を洗うよ~の声掛けに、風呂の椅子の石鹸を流してあげる(この行為いらなくない?) 体を洗っている時も、浴槽の横で乾いたガーゼを持ってしゃがんで待機。 ボウが寒いといけないので、何度もかけ湯をする 石鹸がついた手を口にもっていかないか常に見張っているので油断ができないそうこうしていると、耳に水が入ったといわれ、すかさず拭く。 再び浴槽に入るボウとチョチョを見守る。 また耳にお湯が入ったといわれる。すかさず拭く。(入りすぎでしょ・・・。)温まったので、お風呂終了タオルに包んで部屋へ。着替えをさせ、授乳する。授乳しながら耳掃除。時に爪切りも。 こんな感じです。 産まれてこのかた、私がお風呂や沐浴をしたことが一回もないので、「なんでそんなに耳に水が入るんだ!」とイラついておりました(笑) そしたらこないだ、チョチョが珍しく、 「風呂係と介助係、代わってみる?」(←なぜかエラそう) というので私も風呂デビュー(笑) あんなにイラついたので、自分は絶対に耳にお湯をいれないぞと細心の注意を払っていましたが、残念ながら一回だけ「ごめん、拭いて・・・」といいました。 結果、意外にうまく入れれたし、コミュニケーションにもなっていいじゃん!私もこれからたまに入れてあげたい!! と思ったのもつかの間、ボウは出たらすぐにおっぱいを欲しがることを忘れていてお風呂をゆっくり堪能する間もなく慌てて上がり、急いで着替えてボウのところへ走っていきました。 ・・・・パパとご機嫌でお話し中・・・・・・ いつもは、私が着替えさせてる間にも「はよくれ!はよオッパイくれ!のど乾いた!」と言わんばかりに泣くのに・・・・ 気付いたら、慌てすぎてパジャマを裏表反対に着ていたし、ボタンは留めてないわで・・・ むなしかった・・・・(笑) ママはずっと介助係でいいよ・・・。
2014.01.17
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先日、赤ちゃん訪問に市の保健師さんが来てくれました。 まずは家族構成や環境、出産時の事などを詳しく聞かれ30分ほど談話。 今後の予防接種の話や、市のサービス・児童館やママ教室の案内などを長々と・・。 そのうちにボウがお腹空いて大泣きしてしまったので授乳をしました 保健師さんの前でゴキュゴキュのんではむせるボウ。 「元気ですね~」といわれその間にも、授乳しながらを離乳食教室などの案内が始まる。 ・・・集中できず頭に入らんわ!(笑) ひと段落終えたところで、さあお楽しみの体重測定 おおよそ体重でこないだチョチョが測定したら6400gだったから、それくらいかな~とワクワク。 こんなもので測るんですね。 原始的! 「ぼうちゃん、大きいですね・・。布入るかな・・・。どうしよう・・・一応9kgまでは行けるやつなんですけど・・・」 といいながら入れてみる。 「あ、ギリギリいけますね。それにしても2ヶ月にしては大きいですね。」と苦笑い。 何されるんだろう・・・ かあちゃん・・・・・ 的な(笑) カメラ目線はいいから・・・(というか、撮るなよって感じですね(笑)あまりにもこの図が面白くて・・・) 6300gでした そして、1か月のときは一日で52.5g増えていて、増えすぎといわれたけど今回は一日30g増えているそうな。 標準です!といわれたものの、2ヶ月で出生時より2800gくらい増えてるけど(笑) まあいいか・・・。 そしてそして、私の体重も2ヶ月で15kgも戻った~~!!(そもそも17kgも太ったこと自体、だめなんだけど・・・) わほーいわほーーーい。 母乳はいいこと尽くしです でも、骨盤が開いていると思うのでトコチャンベルトはしっかりし続けます あとは、そろそろ首の筋肉もしっかりしてくるのでうつぶせにさせて首をあげるかどうかのチェックを毎日してみてくださいと。 最近は縦抱きにしても、割と安定しているので、これからやってみようと思います
2014.01.17
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出産レポは以前書きましたが、肝心な出血の原因がなんだったのか・・・。 今となっては、憶測でしかありませんが出産後に、ボウがNICUに行き検査結果を部屋で待っているとき分娩担当のボウを取り出してくれた助産師さんが胎盤を持ってきてくれました。 そう、バースプランに、胎盤が見たい、写真が撮りたい、と書いていたから。 写真もバッチリ撮りましたが、あまりにグロイので控えます(笑) とにかく、想像していたのより大きくてびっくりしました。 へその緒も、太くてしっかりしていて。 これがボウと私を繋いでいた命綱。 「ありがとう」ってちゃんと言えました。 横にいたチョチョと母は、「え!!なに!!?なんでこんなもの持ってくるの?え!触るの!嘘でしょ!!ぎゃ~」とビビってました。 そこで、助産師さんが教えてくれたことは 「普通、へその緒は、らせん状にくるくると巻いているんです。でも、ボウちゃんの場合はまっすぐな直線でした。そのせいかわかりませんが、普通の人より長さがすごく余裕があったんです。大体、へその緒の長さは50~60cmくらい。でもぼうちゃんは80cmありました。分娩時には、首にへその緒が2重に巻いていました。へその緒が巻き付くことは割とあることだし普通はらせん状なので多少ゆるんでいるから問題ないのですが、ボウちゃんの場合はピーンと伸びているのできつく絞められていました。もし、その状態で普通の60mくらいの長さしかなかったら、降りてくるときにどんどんきつく絞められて、危なかったと思います。幸い、長さが十分にあったので大事には至らなかったのではないでしょうか。」 それを聞いて、本当に本当にこの大きな胎盤と、しっかりしたへその緒がボウを守ってくれた・・・そして奇跡が重なったんだなと胸がいっぱいになりました。 「あと、出血の原因ですがはっきりとはわからないけれど、胎盤を覆ってる膜が裏側全部ずる剥けて、ないんです。普通は、膜で覆われているんですが、むき出しになってる。そこが、ざらざらとしてこすりあって、出血につながったのではないかな、と思います。」 胎盤を見せてもらうと、たしかに表面は若干膜が残っていて覆われていましたが裏側は、まったくなくてさわり心地も違いました。 予定日を過ぎていたから胎盤の機能がおちたゆえの事なのか・・・。(42週すぎると胎盤の機能はどんどんなくなり胎児が危険になるそうです。私は40週6日の出産でした) どちらにしても、ここからの出血ならなんとなく納得・・・。 出産というのは本当に何が起こるかわからなくて最後まで命がけであるということ。 改めて、今我が子が腕の中にいること。 いくつも奇跡が重なって産まれてきてくれたボウちゃん。 2カ月たった今でも、まだまだあの日のことは昨日のことのように思い出されます。 チョチョは、血を見て倒れるかと思っていましたが、分娩室で必死に私を支えてくれ、ボウがどんな状態で産まれてきたのかも全部みていたそうです。 「もう、出さなきゃ。」と医師が言ったとき紫色のボウの顔が見えていたそうです。 顔の色をみて、頭が真っ白になったと言っていました。 助産師さんが、ボウの脇に手を入れ、必死で引っ張っているのが見えたと。 産まれたときも、産声どころか全身紫色で動かなくて無言で処置をしている助産師さんと医師をただ見つめるしかなかったと。 新生児科の医師を電話で呼んでいた時も、早く来てくれ、助けてくれ、と叫びたかったと。 私よりも、ずっとボウの事をみていたチョチョ。 今でも思い出すと怖いと言っています。そして、今ここにボウがいることが信じられないし、本当にしあわせだと。 これからも、私たち夫婦はいろいろな悩みが出てくるだろうし、たくさん壁にぶつかると思います。 それでも、今まで私たちがボウに逢うために頑張ってきたことや苦しんできたことを思えば そして、あの日、パパとママの前で頑張ってくれたボウの事を想えばきっと乗り切れると思います。 ぼうちゃん ほんとうにほんとうに、ありがとう。
2014.01.13
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1月9日で2か月。この1か月の成長記録を忘れないうちに 体重4790g6400g(約1600g増) えっ!!! うそでしょ・・・。 体重計にチョチョと乗って、あとからチョチョの体重を引いただけだから誤差範囲でしょう。 ・・・と思おう。いくらなんでも増えすぎではないか 言葉が増えてきた!アーウーだけでなく、ラララルウ~などの巻き舌も(笑) チョチョが、おはよーといった時に、 「あうお~よ~」みたいに返事をしたことがあって 目をまん丸にして「今、聞いたおはよ~って言ったよね」といったのが笑えた・・・ いうわけね~・・・ 手遊びが増えてきた。指をしゃぶったりげんこつをむりやり口に押し込んだり。 ウンチは1~2日おきに一気に大量に出るように安定。 オムツを替えてほしい時は、たいてい「アッアッ!」といいながら布団を蹴り上げる。 誰が話しかけても笑うようになった(でもやっぱりパパが一番好き) 私が横から話しかけても、気づかずパパとおしゃべり。 1か月半くらいからお風呂デビュー。チョチョが毎日入れている。 お風呂は大好きみたいで、ニコニコ。 眠い時と、お腹がすいたとき、抱っこしてほしい時の泣き声が違う(私たちがわかるようになってきた) 授乳間隔が2~3時間だったのが、すこーしずつ伸びてきて最長5時間半!これでもありがたや~! 車の散歩(チャイルドシートに乗せると)すぐに寝る。心地いいのかな。 初メリーをしてみたが、すこしだけ目で追ったのみで、興味なし(笑) オムツはパンパースS→メリーズS(少し大きめだから)→パンパースMと完全にMサイズになった。 手足がムッチムチに。弟に、相撲取りみたいといわれる・・・。 メキメキと成長中。 ベビーカーデビューもしました。 兄弟から頂いたので、早速近場を散歩・・・といいたいところですが、妊婦時代によく車で連れていかれた、自然いっぱいの場所まで車で移動(笑) そこでベビーカーで散歩、と思っているのですが9割がた移動中に寝るのでそのまま引き返す意味のない車散歩が最近のお出かけ範囲です。 初めてそこでボウを乗せたときの写真。 た、タグ!!説明書とかビニールに入った付属品!! 「えっ。このままいくの?とろうよ・・恥ずかしいじゃん」「誰も気にしないよ。その辺5分くらい散歩するだけだからいいよ。さ、行くよ」 このまま散歩しました。こっちが気にするわ。 暖かくなったらたくさん散歩したいな~。
2014.01.11
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今日でボウは2か月。 またまた早っ 生後2カ月から始まる予防接種。 ヒブ・肺炎球菌の定期接種のほかに、任意のロタウイルス・B型肝炎まで同時接種して来ました。 B型肝炎は、とくにキャリアでもないですが最近打つ人が増えているというのを聞いたのと、何かあった時に打っておけばよかったと後悔しないように。 私が働いていたクリニックで予約してきたので、スケジュール管理は事務のおなじみSちゃん。 バッチリ組んでくれますありがたや~ 最近、家ではチョチョとボウはかなりのラブラブぶりなのですが、クリニックの待合室でもお構いなしにラブラブぶりを発揮していました。 毎日、ボウはチョチョが顔をのぞくたびに満面の笑みで笑いたくさん言葉を発します。 「うんうん、そうなの~へ~ふんふん、すごいね~」とチョチョがボウに合わせると、へへへ~とか、ひひひ~とかニタニタするボウ。 会話が成り立っているもよう。 「ほらかあちゃん。ボウがしゃべりたがってるよ!こっち来て話しかけてあげて!」と呼ばれ、私もそんな風に会話してもらえるかしらと思って覗き込んでもかあちゃん通り越してとおちゃんにくぎ付け・・・。 同じように「ふんふん、へ~それで?」といっても、返事なし。 チョチョ曰く、心がこもっていないそうだよ(笑) だって、授乳すれば終わったら迎えに来て(私の腕の中にいるボウを迎えにくる)そのまま会話&寝かしつけ。オムツはもっぱらチョチョのしごと。 毎回オシッコでもお湯を含ませたコットンで丁寧に流しながら拭き拭き。 抱っこといえばひたすらボウ散歩。 そりゃ~大好きになるよね。 もはや、チョチョの方がお母さんみたいだもん。 でも、パパっ子になってほしいので、ありがたいです。 これから先、少なくとも1年くらいはきっとパパよりママのほうが一緒にいる時間は長い。 だからこそできる限りの時間、パパの愛情をたくさんもらってパパが大好きな子に育ってほしい。 家ではそんな風にラブラブですが、家の外でも上手にパパとお話しするのを見れたのは初めてでした。 「え。なんか二人でしゃべってるよ(笑)」と、事務のSちゃんも笑ってました。 ホントよくしゃべるようになったな~。 注射は、1本目はなんとか少し泣いた程度でしたが2~3本目はさすがに大泣きでした。 そのあとはまたまた放心状態(笑) 黄昏て・・・ふてくされて帰っていきました。 家に帰ると、グズグズ・・・ワンワン・・・ギャーギャー・・・ ずっと泣いていて、おっぱいあげても途中で大泣き。 母乳もあまり飲まないし、気持ち悪そうだしロタの副反応か?とか心配になっちゃってオロオロ・・・。 結局、夕方までぐずって寝ませんでした。 思えば、大人でも注射3本と、内服したら痛いしだるくなりそうなのに赤ちゃんならなおさら怖かっただろうしぐずって当たり前ですよね。 夜にやっと落ち着き、お風呂も入りご機嫌でした。 来月はこれに4種混合も加わって、注射4本のロタ内服・・・。 大変だ。 年末から年始にかけて、3人から出産報告が 嬉しい限りです。 今月は親友も出産予定。まさか同級生になるとは。 自分のことのように楽しみでなりません。
2014.01.09
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皆様 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします さて、その後の私の母乳事情ですが・・・ 年末の27日に助産院で治療してもらい、右側を開通してなんとかボウにも頑張って飲んでもらい だいぶ良くなりました そして、食事も牛乳、パン、甘いものを一切絶ち野菜中心の食事に変え過ごしておりました。 1月2日に再度状態を見せに行くと、なんとか保ってはいるものの、まだまだ詰まっている部分がありまた開通してくれました。 ピューピュー飛んでその後はプルンプルンなマシュマロオッパイ もう大丈夫やろ!! と、たかをくくっていました。 その日の夜、家族の集まりがあり、オードブルを囲んでの食事。 小さなエビフライ2匹と、からあげ一つ。 それ以外は、手巻き寿司。 脂物はそんなに食べてない! 次の日、母が豚バラブロックで角煮のようなものを作り(角煮じゃないんかい)うす~く切ったそれを、3キレ食べた。ホントに薄かった。 薄かったのだけど・・・・・ 詰まった・・・・。また右側が・・・・。 そして、白斑と呼ばれる、乳口炎(口内炎のようなもの)ができていてそれがベラボーに痛いではないか!! もう、くわえさせるたびに激痛!吸われるたびに悶絶! 「ひーひー」と声を出しながら授乳する始末・・・。 チョチョには、 「あんな肉食べたらいかんだろ。あほか」と呆れられる。 小さくても脂。薄くても脂・・・。 とにかく脂はだめなのです。(身をもって実感) 母乳育児は奥が深い。 それからは、毎日毎食、水炊きと鍋ばかり(笑) 野菜と納豆、豆腐、ウインナー(鍋に入れるとおいしいうまみが出る。今の私にはウインナーは神。)が、最近の私のお友達。 大好きだったココアも、牛乳ではなく大豆と水だけで作られた無調整豆乳で飲んでます。 味うっす! でも頑張るのです。 ボウは、詰まった方はまずいのがすぐにわかるので飲んでる最中に手でおっぱいを押してわたしから離れようとしたり、のけぞったりガンガンおっぱいをたたいたり・・・これがまた痛いんだよ・・・たたかないで・・・・(笑) 「うあーーー!!ん~~~!!」と怒る息子と「痛いじゃーーん!たたかないでよーー(泣)ごめん~ごめん~やめてよ~」(←低姿勢) と毎回言い合っております。 それをみたチョチョは「かあちゃんとボウ、いつもいつもケンカしないの!!」となだめてくれます。 母乳の悩みは尽きません。 チョチョがノンカフェインの紅茶を頼んでいいと言ってくれたので、ルピシアの白桃デカフェをたくさん頼んだ これがめーーっちゃおいしいんです。匂いが癒されます。 収入のない私は、こんな贅沢していいんだろうかと心苦しいですがたまの贅沢なティータイムを楽しみたいと思います ティーバック50袋で3500円なんだけどね・・・(笑) それでも自分で支払わないとなると、ちょっと考えちゃいます(笑) ノンカフェイン紅茶のさくらんぼも気になる・・・でも我慢。 ボウは明後日で、2カ月です。 そして予防接種! 泣くかな~。
2014.01.07
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あっという間の今年一年も、もうすぐ終わりです ほんと早かったなー 毎年1年を振り返ると、色々な想いがありますが今年はやっぱり妊娠、出産が大きな出来事でした。 移植をしたのが2月。 判定が2月28日。 仕事も辞めるか葛藤しながら、この小さい命を守ることを選びました。 仕事のない生活が、想像できませんでしたがおかげでぼうのことだけを考える時間も増え、精神的にとても楽でした。 引越しもして、実家にお世話になり、改めて親のありがたみを実感しました。 妊娠中にたくさんのお友達から赤ちゃんを授かったことを喜んでもらえて大きくなっていくお腹を気遣ってくれる周りの温かさに触れ私にとっての10か月間は本当に幸せな日々でした。 お腹の赤ちゃんが育っているか、私が本当に母になれるのかこの手で赤ちゃんを抱くことができるのか 毎日不安と闘いながらも、ボウの毎日の「元気だよ」というサイン(胎動)が私の支えであり希望にもつながりました。 11月9日。 かけがえのない宝物をチョチョと私にプレゼントしてくれました。 慌ただしくも、毎日チョチョと奮闘しながら楽しんで育児をしています。 この日記も、もう7年半よく続いたな・・・。(笑) 自分の記録もそうですが、楽しみにしてくれているリアルな友達もいるので(更新するとすぐに感想がメールで来る(笑)あるいい、それも楽しみの一つですが) 飽きるまでは、まだまだ続けていこうと思います。 育児日記ばかりになったりしてしまうのが嫌なのですが今は時間のある時に残しておきたいいろいろなことを書こうと思うとどうしてもボウのことばかり 本当は、身近ないろんなことを残しておきたいので、また来年はチョコチョコそういうことも書いていこうかな 来年も、いい1年だったと思えるよう、1日1日を大切に過ごしていきたいです 2014年が、皆様にとっても輝かしい1年でありますように。 今年1年、ありがとうございました
2013.12.31
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先週の水曜日から乳腺炎になってしまい絞っても絞っても右のオッパイが岩・・・。 痛くて半泣きでなんとか絞り続けましたがどうにもならず金曜日に母乳外来に行ってきました。 母乳外来といっても、助産院で一軒家でやっているところでした。(近所の産婦人科に問い合わせたら紹介された) 助産院なんて、初めて! まず金曜日の朝電話で、初診だけどいきなり診てもらえるのかきいたところ、「出来ますよ。おっぱいが詰まったんだね、では13時45分に来てくれる?」と。 よかった~~ 「そうそう、お子様は生後どれくらいですか?」「生後45日くらいです」「え!そうなの?・・・じゃあ、今日は寒いからおそくなってもいけないし今から診るわ。」 私は、自分の乳腺のつまりだけの処置をしてもらいに行く予定でいたので、あまり遅くなると授乳が遅れたり?母親が体が冷えるとさらに悪化したり?と思っていたのですが(自分の心配(笑))チョチョに「気遣ってくれたよ~今から行ってくるわ~」といったら 「え?それ、ボウを連れて来いってことじゃなくて?誰もお前の心配なんてしんだろ・・・」と(笑) うそーんと思ってもう一度確認したら 「オッパイの飲ませ具合とか、抱き方などもみたいので連れてきてね。寒いから温かくしてあげて気を付けて来てね。」 ・・・子供の心配でした(笑) そして一軒家のひろ~い家で、お産をする部屋のような和室に案内されました。 数年前にお産はやめたとのことで、今は母乳に関する相談・治療をしているのだそう。 30分ほどすると、ボウが泣き出したので授乳をしていいですよと。 普段やっているようにあげてみると、吸わせ方や抱き方、姿勢など細かく指導してくれました。 そして体重を測ってくれ、なんとボウの体重・・・ 1ヶ月と19日でまたまた1kg超えの5720g ひえ~ 「めちゃめちゃ元気に育ってるね~。大きいな~面白い子になるよ~(←?)」といわれました。 そして1回量をみてみると、 112cc飲んでいました。 途中で寝ながら飲んでいたので、口の周りに母乳をつけながら(牛乳ヒゲみたいに)体重計に乗るボウ。 「わ!一回で112も飲んでる!すごすぎる!3カ月ちょっとの子の量だよ!飲み過ぎ!(笑)」 母乳もちゃんと出ているし、1回量がしっかり飲むのでもうミルクは足さないように言われました。(最近は足してなかったけど、それがわかってよかったです) そして、オッパイの診察。 1か月半ではまだ全部の乳腺が開き切っていないのに甘いものを食べすぎたせいで詰まったと。 そうなんです、わかっているのです。甘いものを食べすぎたのです お友達から頂いたカステラ、パン、ドーナツなどをお構いなしに食べ2日連続で天ぷらを食べ、朝ごはんはトースト2枚に菓子パンも食べ・・・ココアを飲み・・・ アホです。自覚が足りなさすぎです。本当に反省。 今まで、3回ほど乳腺炎になりかけたのだけど、自分で搾乳したりボウに飲んでもらってつまりが取れ、対処できていたから今回も大丈夫かと甘く見ていました。 でも、どうやっても岩は崩れなかった・・・本当に反省してます・・・。 助産師さんのマッサージと、手技でプツっと乳腺のつまりが取れ、噴水のようにピュー!!と飛び続ける私の母乳(笑) すごい・・・。バスタオルがあっというまにびしょびしょに。絶句しました。 助産師さんの手にたくさんかかっていたのですが、「みて、この小さなツブツブ、これは脂。脂っこいものや甘いものがこうやって出てきて詰まるのよ。」と・・・。 その後、食事指導してもらいました 母乳を飲んでいる間、せめて半年は赤ちゃんにとって一番大切なとき。母乳しか飲んでいないのだから、よくも悪くもすべてお母さんにかかってる。 アレルギーが出やすい子やアトピーになったりというのは、お母さんの食事のせいでもあるのです。(もちろん遺伝や体質もあるけれど) 大事な時期に卵・小麦・牛乳を撮りすぎるとアレルギーの原因が多く取り入れられて影響を及ぼしたりもします。 特にパンはよくない。口の周りや耳の周りの肌がカサカサなのも、そのせい。 この子が将来アレルギーやアトピーで苦しむことを考えたら、授乳している間の半年や1年は我慢できない? 赤ちゃんは自分では食材は選べません。母乳を飲んでいる間や、離乳食が始まったら、親が気を付けていればそれだけ成果が表れます。 これから一生、というわけではないのだから、すこし頑張ってみない? と・・・。 かなり胸に響きました だって、乳腺炎になってから、ボウはとても飲みにくそうにするし、詰まっている方はもちろんでないので怒る。イライラしておっぱいを殴ります(笑) がんばって搾乳した後で、飲ませようとしても、まずいのかすぐに口を離して泣いてしまう。 つまってカチカチになったおっぱいは母乳が古いので味がまずいそうです。 ここ3日、ボウもずっとイライラしていました。 本当にごめんね。 食事は、和食中心、味噌汁は味噌が体にいいので摂ってほしいけど汁より具だくさんに。サラダは体が冷えるので温野菜が一番ベスト。パンと牛乳は、今は乳腺炎がひどかったのでしばらく一切摂らないこと。フルーツはリンゴ以外は糖分なので気を付けて。キノコ類や、大豆製品、ノリがとてもいいです。 これらをしばらく続けると、顔もすごくきれいになるし、母乳もおいしい母乳になりますよ! などなどしっかり指導を受けました。 お母さんの母乳だけが今のボウにとっては1番の食事で栄養分。 ストレスがたまらない程度に、ちゃんと見直していこうと思いました。 チョチョも一緒に聞いていたので、さっそくチョチョが「今夜は鍋にしよう!俺がつくってやる!」と大張り切り。 保険はきかないので値段は少し高かったけど、本当にいってよかったです。 私も、実は妊娠で17kg太ってその後2週間で13kg落ちたのですがそっからがあと4kgまったく減らない。 食事の見直しで、体系ももとに戻るかな。淡い期待(笑) 帰りに買い物に行って、私は車でボウをみていてチョチョが食材を買いにスーパーへ入っていきました。 すぐに電話が鳴り、 「ねえ、鍋に魚も入れたらおいしいよね。あと、肉団子?も。鳥の。」 「ツミレのこと?おいしいよね。なんか適当に買ってきて~」 「あ、でも、鳥と魚でケンカするかな?どちらかひとつにしようかな」 ・・・神様じゃないけど・・・(御守を何個も持つと神様がケンカするということをおぼえていたっぽい) 「・・・喧嘩なんかしんわ・・・。好きなの買ってきて・・・」 結局魚は買わずに、お店のおばちゃんにつみれをつくりたいが何の部位を買えばいいか聞いたらしく、 「もとから作るよりこっちの方が早いよ」とスプーンですくうだけのツミレを勧められたそう。 「めっちゃ親切!」と満面の笑みで車に戻ってきました(笑) 最後に、体重を測るボウ。 この時は服を着て5900超えでしたが、その後裸ん坊ではかったら5720kg どこまで大きくなるんだ~~。 こないだSサイズにしたオムツ、もうMになりそう。買いだめ厳禁。
2013.12.29
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育児本に従って、1か月過ぎたあたりから庭の周りを5分だけ散歩しています 何がいいのか分からないから、とりあえずそのままに従ってみる(笑) しか~しその前に チョチョが最近、めちゃめちゃチェックしているサイト 「モコも(呼び捨て続行)、このサイト登録して毎日見て。」 PM2.5の予想サイト。 3時間おきの予想が適宜更新されるやつ。 「今日は、12時はだめだ、愛知に来てる。15時からはいいな。15時から散歩いこ!」 と、こんな感じでこのサイトに毎日影響されて行動しているのです。 イラっとします(笑) ボウのことが大事で、ボウのためを思ってのこととはわかるけど・・・。 イラっとします(笑) 母にも「お義母さん、今日はPMすごいので、洗濯物は中干しですよ」といっちゃいます。 といっても、洗濯とか洗い物、時に食事準備をチョチョがしていて育児だけでなく主婦業までこなしているから文句は言えません・・・。 うちの母は、 「PMだかAMだか知らんけど、チョチョ君のしたいようにやれば~」って感じです。 ちなみに、15日に、お宮参りに行く予定でチョチョのお義母さんも来るはずだったのですが PMさんがめっちゃその日は来る予想で黄緑色(真っ白→水色→黄緑→青・・・と強くなっていきます)だったので、 「やっぱりその日はやめた方がいいよ。母に断っておくわ。」 と予定を中止にしたのです。 ちなみにうちの母が、お義母さんの泊まる準備で急いで毛布を買いに行ったのですが結局中止になりその翌日になんとその毛布が5割引きになっていてそれはそれはショックを受けていました(笑) カメラ小僧の弟も、わざわざ休みを返上して一部始終をカメラで撮ってくれるというので頼んでいたのですが、理由を話して断ると 「え。わ、わかった・・・」 と文章でドン引きでした(笑) あとになって、その日は雪が降るかも知れないくらいの寒さだったのでよかったのですが・・・(いいのか・・・) で、27日に都合が合うということで明日お義母さんが来て泊まり、あさって朝から弟引きつれてお宮参りの予定です。 話しがめっちゃそれましたが、最近そのサイトをチェックしては散歩にいくボウちゃん 寒いので、もっぱら温かい格好。 めっちゃ笑えます、このフリースカバーオールのアウターを着たときのボウが。 ダボダボで、腰から下が横にモッコリしてるのが最高に笑えます。 これは退院前日に、面会時間ギリギリで駆け込んでお祝いを持ってきてくれたお友達のTちゃんから頂いたもの モンベルのものだけあって、かなりの防寒機能がバッチリ! 手と足の部分を返すとくるまれて外に出ないようになっているのです~~! すごい!これにはチョチョも感動 素敵なものをありがとう ボウは、なぜかはじめてこれを着たときにめっちゃ嬉しそうにバタバタしてヘラヘラ笑ってました。 次の日からは、 「ボウ、散歩行くよ~」とこれを着せようとするとヘラヘラします(笑)散歩=この服。 というのが既にわかるのか? とにかくこの服がお気に入りなようです。 出産してから、たくさんの方からお祝いの品をいただいて、遠くから会いにも来てくれて 本当にボウは幸せ者です。 ひとつひとつどれも素敵なものばかりで、知らなかったグッズまでたくさんあり。 既に使わせていただいているものもあり、すべてが紹介できないのですがチョコチョコとお礼もかねてここに残しておこうと思います みんな、本当にありがとう 明日はあまりPM2.5が来ない予想なので散歩に行くでしょう。(笑) 何気に文句を言いながらも私もチェックしています・・・。
2013.12.25
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昨日、出産した病院の退院お土産(内祝いの本や赤ちゃんのミルクの試供品など)の中に入っていた、ベネッセ出産お祝い・誕生記念品に応募したものが届きました ※出産した病院の感想を書いて応募すれば全員送られてくるものです! 子供の名前が入れれるもので、切手か絵本か選べるのです。 絵本も、1人目出産の場合と、兄弟がいる場合の2パターン選べてそれぞれ名前が入ります 入院中、暇だった私はフラフラと病棟をあるいていたら受付のところにこの本の見本が置いてあって、みてみたら・・・・ めっちゃ感動(笑) 泣きそうになって部屋にそそくさと戻りました(笑) 赤ちゃん目線からのお腹にいるときから誕生までの簡単な絵本で自分の出産とかぶってしまい。 なので切手より絵本を選びました それがこれ~ こんにちわ〇〇くん と、名前が入り、出産した病院の名前も記載されます 中身は・・・ こんな感じ! 絵本のところどころにちゃーんと名前が入っていて、パパも登場するか、ママだけでよいかも選べます せっかくなのでパパ登場編にしてみた。 かわいすぎる 最後のページには、メッセージなど書くところがあって、今日はクリスマスなので、ボウへのファーストクリスマスプレゼントとしてチョチョと二人でメッセージを書いてボウにプレゼントしようと思います(え。いただきものがプレゼントかい(笑)) 読み聞かせができるころになったら、何回も読んであげたいな~。 手始めに、練習として一人で読んでみたら・・・ 「ママの声が聞こえるよ」とか「待ってるよってママの声が聞こえたよ」とか「〇〇くん、がんばって会いに来てくれたのね」とか・・・ ・・・むり(笑) 泣けてきて読めませんでした(1人で声を出しながら読んで泣いてる光景・・・ひどい(笑)) 世界でたった一つのオリジナル絵本。 ビリビリになるまで読んであげよう
2013.12.25
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忘れないうちに一ヶ月の成長記録を 体重3672g4790g(1118g増)身長55cm56.2cm(1.2cm増)頭囲36cm36.8cm(0.8cm増)腹囲34cm34.8cm(0.8cm増) 話しかけるとにっこり笑うようになってきた パパとママの認識ができるようになってきた(おっぱいがほしいときはママをみて、おむつや抱っこはパパをみるようになった) ※オムツと抱っこは殆どチョチョのしごと(笑) きばった後、ウンチが出たら「アッッ!!」と叫んで変えろと呼ぶ 抱っこしてほしい時は手を抱っこしてのポーズにしてグズグズする→抱っこしようと布団をはぐと、めちゃ嬉しそうにニコニコする 「あー」「うー」「ふ~ん」など言葉が増えた 泣き声が力強くなってきた 母乳が出ないと、「ウー!!」「ぐわっ!」といいながらグーでおっぱいを殴る(笑) ミルクは殆ど飲まなくなった(私の姿が見えると絶対飲まないからチョチョがあげるが8割がた飲まずに捨てている) 足蹴り半端ない 手をよく動かすので、チョチョと私の中で「たこちゅー音頭」と呼んでいる たこちゅー音頭をしているときはご機嫌 眠そうなときに、お腹の中にいたときに歌っていた歌を歌うとウットリして寝る 替え歌というのは・・・「かわいいベイビー(中尾ミエ)」 →ふ、ふるい・・・(笑) かわいいベイビー ハイハイかわいいベイビー ハイハイかわいいベイビーと呼ぶのは愛しているからかしらPretty Little Babyかわいいベイビー の替え歌・・・(笑) かわいいぼうちゃん ハイハイかわいいぼうちゃん ハイハイかわいいぼうちゃん パパの宝 かわいいぼうちゃんママの宝かわいいぼうちゃん みんなのたからもの~ という、簡単すぎる替え歌をおなかの中にいるときに毎日お風呂で歌っていたのでおぼえているのだろうか(笑) 歌っていたらチョチョに「思いっきりパクリやん!」といわれたが数分後にはチョチョも歌っていた・・・。 ちなみに、1番と2番があり、2番はパパの宝とママの宝を入れ替えるという何とも地味な替え方。 話しがそれましたが・・・ 赤いものをガン見するようになった 昼間によく寝るが夜になるとさみしいのかぐずることが多い 一番のお気に入りは、 「ぼう散歩」と呼ばれる室内の散歩(笑) ぐずった時にチョチョが抱っこしながら部屋を説明しながら散歩するとキョロキョロしながら楽しそうにする・・・そのうち寝る。 「あ!これは何?クーラーだよ」「お!あそこにあるのはなんだ?カーテンだね。」「これは、洗濯ものだよ」 と、生活感丸出しの物の名前を生後1か月のボウに説明して歩くチョチョ。 説明されてもわからないが、言われたものをじっと見るボウ(笑)その光景、なんか切ない(笑) オムツが1か月近くになってきて小さくなってきたので、新生児サイズを卒業してSサイズに。 太ももがムチムチなので、これも早めに卒業するのだろうか・・・ 一カ月近くになって乳児湿疹ができてきた。こまめに顔と頭を拭いて対処。 ざっと並べたけど、ほんとに成長したな~と思います。 一ヶ月が早すぎて成長を見逃さないようにしなきゃ 私とチョチョはというと、大きなケンカもなく、かなりお互い思いやって育児をしている(つもり)なので、たのしくお世話をしています。 チョチョは、なぜかボウが産まれてから私のことを「モコすけ」「もこくん」から「モコ」と呼び捨てに・・・(笑)なぜ・・・ そして、わたしを遠くから呼ぶときは「かあちゃん」 田舎もんか ボウに私のことを話しかけるときは「ママ」 そういう私も「とおちゃん」とついつい呼んでしまう・・・ヤバイ 子供の前では、ママとかパパとか呼びたくないとあれほど思っていたのに・・・気が付けば「とおちゃんかあちゃん」と呼んでいるではないか! 早いうちに修正しなくては・・・(笑) というわけで、最近の癒しは、ボウが授乳を終えたときのこの顔。 満腹ねむた~い からの~ にんまり。 寝ながらこの顔です。 これで夜中も乗り切れます
2013.12.14
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12月9日で、一ヶ月が経ちました 早いな~~ 毎日の成長についていけない! あっというまに1か月もたちました。 毎日寝てるか、授乳してるか、オムツ変えてるか、急いでご飯食べてるか…の繰り返し。 暇さえあれば寝顔をじっと見たり。飽きません(笑) 先週の金曜日に、ボウの生後一ヶ月健診に行ってきました! まずは、出血しやすいかどうかの検査。耳からチクっと。 同じ時期の一ヶ月の子が4人ほど先に採血していました。 みんな小さい~。(というかそれが標準・・・ボウが一段とでかい) 付き添いのおばあちゃんが軽々抱っこしていました。 うちは、チョチョが「お・・・重い・・・」といいながらずっと抱っこ。 チクっとさされてエ~ンと泣く可愛い子たち。 ぐっすり眠っているボウも、痛くて起きちゃうだろうな~かわいそうに・・・と心配したのもつかの間、 刺されても一瞬ピクっとなっただけで睡眠続行。 抱いてるチョチョが、顔をゆがめていた(笑)注射嫌いなのでね・・・ 次は身体測定~。これが1番楽しみでした! 一ヶ月でどれだけ大きくなってるかな~~母乳で行けそうなのかな~ミルクはどれだけ足せばいいのだろう・・・などたくさん不安を抱えた一ヶ月だったので。 同じく、診察室の中からエーンエーンとみんなが泣いている。 ボウは、お風呂のときに裸にされると割と泣くので、ここでは絶対に泣くはずだ。 おしっこ攻撃もするかもしれない。 ドキドキしながら脱がすと、起きて満面の笑み・・・。なぜか嬉しそう。 「お利口ね~」なんて看護師さんに言われてあやされてさらにご機嫌に。 体重は、出生時3672g→4790g 身長は、出生時55cm→56.2cmと順調にスクスク育っておりました!てか若干増えすぎ! 「大きく育ちましたね~というか最初が大きいですもんね!」といわれる。 一日に35g程度、体重が増えていれば順調とのこと。 ボウは、一日に52.5g増えている計算らしく、母乳だけで行けそうですよと言われた。 増えすぎ・・・。 健診の途中、待ち時間が長すぎてボウはお腹がすいて泣いたので初めて授乳室を利用しました。 授乳室ってどうなってるんだろう、他のママとの交流とかあったりするのか?(笑)黙々と乳をあげるのか?ミルク作る場所とかあるのか?お湯はあるのか? ドキドキでしたが、入ったらいきなりソファーがポツンとあるのみで、既に一人のママが授乳していた。 3人くらいしか座れないソファー。 少し離れて座ったら、ドアが勝手に開いたり閉まったりして、すぐ外にあるキッズルームにいる見ず知らずの男性とかに危うく授乳姿をみられるところでした。(みたくないだろうけど) 既にいたママは、もう終わりがけだったようで、すぐ退散したので、すかさず私が奥の位置へ。 ボウはお腹が空きすぎてゴキュゴキュ勢いよく飲んでいます。 そこへまた小さな可愛い女の子を抱っこしたママが入ってきて飲ませ始めました。 ボウより体の小さなその赤ちゃんは、めっちゃ勢いよくてゴキュ!ごきゅ!ごくん!ごくん!ゴキュゴキュ!・・・ゴホ!(咳払い)ゴボっ(ミルク吐いた)・・・ゴキュ!・・・げえ~!(ゲップ) 一体どうなってんだ!ってくらい忙しく飲んでました(笑) 今までボウも泣いてから授乳するときは、それはそれは待ってましたのかのような勢いで思いっきり吸い過ぎて母乳の出が良すぎて口の中が追い付かずんぐんぐ・・・ぶは!(むせる)むたいなことがよくあるので、大丈夫か?と心配していましたが、あの一生懸命な女の子を見てみんなそうなのか・・・と安心しました(笑) 無事に初めての授乳室デビューもして結局待ち時間も合わせて4時間も外出することになってしまいボウはもう疲れ果てていました。 帰りの車の中。 疲れ果てた末の・・・黄昏(笑) 次の大きなお出かけは、一か月後の正月明けに予防接種 たくさん注射を打つ予定。チョチョも付き添いますがチョチョが倒れないか心配です(笑)
2013.12.10
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出産レポ最後の記事です ボウがNICUに連れていかれ、その後分娩室で私は会陰部の縫合をしてもらいました。 麻酔はするものの、中の方までは効かないので出産よりも縫合の方が痛い!!と周りからよく聞いていたので覚悟をしていましたが分娩時の痛みが壮絶すぎて全然我慢できました。 ボウの事が心配で、痛いとか言葉にならず、ただただ静かに天井を見上げていました。 無理やりボウを出したので、かなり中が裂けているとのことでたくさん縫っていたそうです。 どうりで・・・産後に助産師さんがビックリするくらいの腫れで、歩くのも寝返りも打てなかったはずだ・・・。 その後、NICUで検査をして問題がなければ部屋にボウを連れてくるとのことだったので私とチョチョ、母は検査結果を待ちました。 既に21時過ぎ。 待っている間、心配してくれていた姉や弟から母に出産の進み具合はどうかの電話がありましたが、母は気丈にも「無事に生まれたよ、二人とも元気だよ。」とボウについては何も触れませんでした。 あとから母は私にこう言いました。「赤ちゃんがNICUに入ったことと、呼吸が不安定だったこと、今検査中ということを姉や弟にはまだ話したくない、嫌なことを考えたくないし、信じて待ってる状態だから・・・きっと大丈夫だから、それから話すよ。」 胸がジーンとしました。 23時には検査の返事がもらえるとのことでしたが、途中、遅れていて1時近くになりますと言われました。 長くなればなるほど不安は募っていきました。 そして0時50分、赤ちゃんの両親だけNICUに来てくださいとの連絡が入りました。 私は、極度の貧血で倒れかけたので車いすでNICUまで行きました。 案内された保育器をみると、すでに目を開けてバタバタと手足を動かしているボウが居ました。 よかった・・・ それしか言葉になりませんでした。 医師からの説明では ・分娩によるストレスがかかり、一時的に呼吸ができない状態になりましたが酸素投与で今は落ち着いてきました。ただ、酸素をしながらなので、これからも注意してみていく必要があります。 ・呼吸が不安定になっている原因は何かを探るため胸部レントゲンを撮りましたが、どうやら肺のふくらみが悪かったようです。なぜ肺のふくらみが悪かったか、感染症や肺炎、先天性のものなどの可能性も考え、採血をしました。週明けに結果が出ます。 ・感染症があった場合、結果が出てから抗生剤などの投与を行うと既に治療が間に合わず、重篤になる可能性もあるので、今の時点でもう抗生剤治療を開始します。結果が出て問題がなければ、すぐに中止します。 ・肺のふくらみが悪いことと、ろっ骨の下あたりがペコペコと凹んでいて、気になるのが肺の障害(後遺症)か、腸に問題があるかもしれないということ。しばらくは消化もうまくできないかもしれないので、点滴で栄養を送ります。問題なければ少しずつ、お鼻からミルクを足していきます。 とのことでした。 ボウには、点滴と酸素飽和度を測る機械、心電図、鼻の管がついていました。 バタバタと動くボウをみて、わたしとチョチョはしばらく言葉が出てきませんでしたがきっとボウなら大丈夫だよね、と願い医師に託しました。 病室に戻り母に話すとすこし安心はしていましたが、やはりとても心配そうでした。 ボウの姿を見ていないのでひとりで待っている間はとても不安だったと思います。 その日の夜は、痛みでなかなか寝れませんでした。 安心したような、まだ不安なような・・・産まれてきてくれたことに感謝しつつごめんね、と思っていたり。 次の日からは、チョチョと面会に行き徐々に状態も安定していることを知り保育器の中で少しだけ手を触ったり話しかけたり。 とても楽しい時間でした。 周りには、とても小さな子がママのおっぱいをもらっていて抱かれていてその姿をみると、早く私もボウを抱いておっぱいあげたいなあと思っていました。 お母さんはできるだけ、搾乳をしてNICUに届けてくださいと言われたのでがんばって絞ってみるものの、ほとんど出ません。 一滴・一滴と出る母乳を小さな注射器にうけそれを届けることがママの最初の仕事でした。 何十分もかかってしぼりだした初乳。 わずか 0.6ml (初乳は栄養たっぷりで、黄色くドロドロいているみたいです。) 肩も首もこりまくりました(笑) 入院中、だんだんと酸素がはずれたり鼻の管がはずれて一回に5ccのミルクを飲み始めたりすこしずつ変化がありました。 嬉しかったなー。 生後4日目に黄疸が出て光線療法もしましたが、それ以外はすべての検査の結果、何も問題なかったと説明があり、黄疸が落ち着いたら早ければママと一緒に15日に退院できますよ、といわれました。 説明があった翌日の14日、面会に行こうと準備していると突然助産師さんが「モコさん、いまから赤ちゃんここに来ますよ。授乳面会といって、お部屋でおっぱいをあげれるんです。面会時間いっぱいつかって、お子様との時間を過ごしてください。面会時間が終わるころにまたNICUに連れて行きますね。」 とボウを連れてきてくれました。 突然の展開にチョチョとびっくりしつつ、2時間ちょっとの短い時間でしたがおっぱいをあげたりオムツを変えたり抱っこしたり写真を撮ったり。 笑った笑った、しゃべった!とか二人ではしゃいでいました。 初めてのおっぱいは、わずか32cc(体重で管理)。 それでもうれしくて、一生懸命飲んでくれるボウを抱いた手のぬくもりが忘れられませんでした。 その日の夜、ボウをやっと自分の手で抱っこしてこの子は生きているんだ、と実感して昼間に撮った写真をみながら 「苦しかったけどがんばって産まれてきてくれてありがとう。ママに会いに来てくれてありがとう」 と思ったら涙が止まらなくて、夜中何時間もボウに会えた嬉しさでいっぱいでずっと泣いていました。 その日が産後初めてたくさん涙を流し我が子に会えた実感がわいた日でした。 それまでは、すごくすごく気が張っていたから・・・。 黄疸の結果は15日(私の退院日)の朝採血して問題なければボウも退院という流れだったので 15日はどうなるか朝方からソワソワでした。 そして、私の退院手続きが済み9時半過ぎに助産師さんがきて「お子様、退院できますよ!」とボウを連れてきてくれました。 それからはバタバタで、沐浴指導を受けたり手続きをしたり・・・家に帰ったのは昼の2時でした。 お義母さん、お義兄さん、お義姉さんが既に私の家で待っていてくれみんなで食事をしてボウを抱っこしたり写真を撮ったりしてあっというまに夜になっていました。 いろいろあったお産でしたが、妊娠して無事に出産することは、あたりまえではないということボウに会えたのは本当にいろいろな奇跡が重なっての事だと思っています。 あの日のことは、これからもずっとずっと忘れないでしょう。 いつかボウにもあの時のパパとママの気持ち、おばあちゃんの気持ち話してあげたいです。
2013.12.08
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「分娩室へ行きましょう」 ようやくボウに会える時が近づいてきた。 あと少し。あと少し。もう弱音なんか吐かない。絶対に頑張るんだ。 陣痛のときは1~2分間隔で、すごくつらかった痛みが、分娩台に上がってからは長い休み時間があるようにも感じました。 時々くるお腹のハリに合わせて、「もういきんでもいいから、どんどんいきみなさい」といわれていました。 いきむのは最後のギリギリなんじゃないのかな?と思いましたがボウが大きすぎるので、どんどんいきまないと下がってこれないとのこと。 いきむたびに、助産師さんがお尻?に手を当ててくれます。 何回いきんだだろう。 2日間、ろくに寝れてないので体力も限界。途中、オレンジジュースをもらいました。 「糖分補給して、体力つけないとね。まだまだ先は長いよ。」 どうも、力の入れ方がうまくないみたいで分娩台の足置きから足をおろし、次にいきむときは助産師さんの肩に足をかけ思いっきり押し上げてくださいと言われる。 左右の足に1人ずつの助産師さん。何度も何度もけりました・・・・。 「そうそう、上手上手!今ね、これくらい頭が見え隠れしてるよ」 と、ほんの小さな〇を指で作ってくれ、励ましてくれた。 陣痛が来ていないときは普通に話せるので、助産師さんが話しかけてくれる。 「胎児名は?」「ボウです。」「なんで?」「男の子だから。坊やのボウちゃん。」「そっか~。よし!ぼうちゃん、がんばろうね!あと少しでママに会えるよ!」 こういう気遣いがうれしかったです。 時間は過ぎていき、1時間いきみ続けてもほんの少しの頭が見え隠れするだけ。 先が見えない不安に駆られました。 そんなとき、またボウの心拍が低下。 「心拍下がってる!先生呼んで!」 医師が走って分娩室に入ってきました。 「すこし横向きにしましょう、酸素して!」 「モコさん、しっかり酸素吸って。えらくても大きく深呼吸だよ。ボウちゃん苦しいから。」 チョチョが、すぐ横で団扇を仰ぎながら「スーハー、スーハー、ゆっくり深呼吸だよ。ゆっくりね。おおきくね。」 しばらくして心拍が戻りました。 もう陣痛のときから3回もボウの心拍が下がってる。このまま、無事に産んであげられるのだろうか。自信がない。私のいきみがヘタくそなせいで、ボウに負担がかかってる。 「心拍下がっても大丈夫なんですか?もしものことがあったら怖いです。帝王切開にしてほしいです・・・」 「大丈夫、少しずつ進んでるから、このまま頑張ろうね。」 頭の見え隠れから、あまり進まない状況に、医師がお腹を押すことになった。 「思いっきりお腹を押すので、すごく痛いと思いますが、負けないようにいきんでください。先生の力に絶対負けないでね。」 お腹のハリが来る。いきむ。 「いたーーーーーーーーーーーーーー!!!」 あり得ない痛みが走り、思わず痛いと叫んだ。一気に体力が消耗した。 今までの痛みとは比べ物にならない痛み・・・。 ハリが来ては何度も押され、叫び、いきむ。 「赤ちゃん、さっきの倍くらい見えてきたよ。髪の毛見えるよ。がんばって!」 ハリが来る。押される。叫ぶ。いきむ。 何度か繰り返し、ようやく頭が出た。 「頭出たよ。もう少しだからがんばろう!次か、次くらいで全部出ると思います。」 よし!もうすぐだ、がんばろう。 でも、肩がひっかかって次のいきみでは出ず。 その次でも出ず・・・・・。 ボウ、ごめん・・・早く出してあげないと苦しいのに・・・。 その瞬間、医師が 「もう、出そう、出さなきゃ。次で切るよ。」と助産師に言いました。 ハリが来てないのに、助産師が思いっきり引っ張っている。 「モコさん、がんばってお尻に力を入れて!諦めないでずっと長く頑張って!!」 緊急性があるのだろうか。むりやりボウを出さなきゃまずい状況になったと言われた。 「いたーーーい!!!!」「がんばって!あきらめないで!もう一回!!」 ズルリと何かが出た感触がした。 「でました」 ボウが出てきた。産まれてくれた。でも・・・おめでとうって言ってくれない。 足元で、医師と助産師が何かしている。 産声が聞こえない。 ボウが泣かない。 「NICUにすぐコールして!呼吸してない!」 ボウ・・・。 ボウちゃん。 チョチョも私も、何が何だかわからずにずっとボウが何かされているのを見ていた。 私は、眼鏡をしていなかったので少し遠くに置かれたボウをじっと見ていた。 全身紫色だった。それは、ぼやけていてもはっきりとわかった。 動かない。 泣かない。 なんで? NICUの医師が、2人走って入ってきた。 「娩出時間は」 「20時2分です」 「今何分」 「5分です」 時間をしきりに確認しながら、ボウに酸素を当て、体をさすっている。 「酸素もっとあげて」 ボウの手足を持ち上げ離す。ストンと落ちた。 人形のようだった。 「ぼうちゃん!ママだよ。聞こえる?ママだよ、ここにいるよ!」 私は、胎盤を出される痛みに耐えながらも、必死でボウに話しかけた。 「ボウちゃん!ママだよ!」 チョチョは、呆然としていた。 チョチョの手を握り、 「ボウ、絶対聞こえるから呼んであげて・・・」 「ボウ!がんばれ!ボウ!」 「ぼうちゃん!ぼうちゃん!!」 「大丈夫だよね?ボウは大丈夫だよね」 チョチョと二人で祈り続けた。 すると、名前を呼んだのが聞こえたかのように、ふにゃ・・・と細い声をだしピクリと体が動いた。 何分経っただろう。 呼吸は不規則ながらにも回復し、ようやく小児科の医師が私たちの横に来てこう言った。 「おくれましたが、このたびは、おめでとうございます。小児科の〇〇です。ビックリされたと思いますが、お子様は今なんとか酸素をして呼吸ができる状態になりました。首にへその緒が巻き付いていたのもありますが、すこし呼吸が心配なので、しばらく私たちのところで預からせていただいて、いろいろ検査をしてみたいのですがよろしいでしょうか?」 「お願いします」 「何もなければ、2時間後にでもお部屋にお連れしますね。すこしだけ、写真撮りますか?」 そういって、助産師がボウを私の横に置き、2枚だけ写真を撮ってくれた。 「抱っこさせてあげられなくてごめんね。」 ボウは保育器にはいり、NICUに連れていかれました。 分娩室のドアはなく、カーテン1枚ですぐ廊下です。 そこに椅子が置いてあり、私の母が座って待っていました。 あとから聞きましたが母は、産声が聞こえなかったことや、私たちが呼びかけているのを聞いて もしかしたら・・・・と涙が止まらなかったようです。 医師の処置をする声や私たちの呼びかけをカーテン越しにしか聞くことができなかった母はどれだけ不安だったでしょうか。 母の気持ちを想うと、私も涙が止まりませんでした。 「きっと大丈夫だ、ボウは強い子だから。信じよう。大丈夫。大丈夫。」 チョチョと母と、祈っていました。
2013.11.27
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ボウの心拍が下がり、右向きにされしばらく様子を見ていると、だんだん正常に戻ってきました。 バルーンを入れて12時からは、陣痛促進剤の内服を1時間おきに1錠ずつ内服していたのですが 続行するか検討しましょうと言われました。 しばらくして、ボウの心拍も落ち着いてきたので内服を再開。 夕方5時までに5錠内服しました。 相変わらずの5~10分おきの陣痛の痛み。腰痛と圧迫感。 チョチョは私がうなるたびに、腰を押して背中をさすってくれました。 時々、そこ押したら余計にイタイ!!という時もありましたが、そばにいてくれるだけでも心強かったです。 8時ころ、助産師さんが、チョチョに「もう内服も終わりましたし、これで痛みが遠のいていくと思います。明日、点滴の誘発剤をしますので、明日が長いです。家でゆっくり体を休めてまた明日、来てあげてください」 といいました。 私は、「えー!痛みが遠のくの?こんなに一日苦しんだのに?また明日1から始めるの・・・うそでしょ・・・・。」 と愕然としたのをおぼえています。 チョチョは帰り、夜11時になっても痛みが引く気配がない。 うなり声に助産師さんが時々見に来て、 「こんなに薬が効くなんて・・・もう大体、薬を切ってから2時間ほどで効果はなくなるんだけどね・・・つらいね。」 と声をかけてくれましたが、長い長い夜は続きます。 0時ころ、あまりに苦しむ私に、「痛みどめを使いましょうか。筋肉注射なんだけど、陣痛の痛みはなくなりはしないけど、和らぐと思いますよ。」 といってくれましたが、痛みどめで痛みをなくすことが果たしていい事なのか、と疑問に感じ断りました。 でも、一向に痛みが引かない。もう眠気と、疲れがピークに達していて体もエライ。 深夜2時。痛みどめをお願いしました。 痛みが和らいだわけではないけれど、だんだん15~20分間隔の痛みに移行し痛みどめの注射のおかげで、すこしだけ眠りました。 朝6時。 「今日は長くなりそうです。いまのうちにシャワーをあびて、体を温めて点滴に備えましょう。」 シャワーを浴び、ほぼ遠のいた痛みに安心した反面、これからまたあの痛みが再開する恐怖が襲ってきました。 2日目。朝9時。 医師が内診をします。 「子宮口、1~2cmだねー。まだまだだね。点滴で頑張りましょう。」 「え!!昨日、4~5cmまで開いていましたよね?縮まることあるんですか?」 「残念ながら、朝にはまた閉じてしまうこともよくあります。」 ショックで言葉を失いました。 あの痛み・・・・なんだったんだ・・・・。 せっかく半分くらいまで開いたのにまた1~2cmだなんて・・・。 ボウ、ママ乗り切れるかな。 不安と恐怖に泣けてきました。 9時半、点滴開始。 開始から30分後に強い痛みがやってきた。 陣痛の始まりでした。 「30分ごとに様子を見ながら10ずつ上げていきます。マックス90までです。」 促進剤の強さを10から始める。 お昼頃には、もううなり声と叫び声しか上げれなくなる。 チョチョも、一生懸命「がんばれ、がんばれ、」と声をかけ、背中と腰をさすってくれる。 その間にも、出血はダラダラと流れ続け、陣痛の合間にトイレに行くたびにジャージャーと出る。 こわい・・・・・。 どこからの出血なのか怖い・・・。 ボウになにかあったらどうしよう・・・。 何度も何度も助産師さんに訴え続けました。 腕を曲げたりして、点滴のアラームが鳴りチョチョがナースコールを押しました。 そこは覚えていなかったのですが、お腹に当てているNSTの機械から聞こえるボウの心拍がまた下がった気がして、 無言のまま、チョチョに機械の画面を指さしました。 「ぼうちゃん・・・・・・・」と私が涙ながらに発したのでチョチョはようやくボウの心拍が下がっていることに気づき、部屋を飛び出し助産師を呼びに行きました。 また5~6人の助産師と医師が走ってきて、 「下がってる!マスクして!」「仰向けにして!」「旦那さん、外に出ていてください!」 とバタバタし始めました。 「もういやだ・・・・・。早く帝王切開してください。怖い。出血も怖い。赤ちゃんが心配です・・・」 チョチョは、この時のことをあとからこう言っていました。 「母親ってすごいな。俺は点滴のアラームで呼んだのに、モコは痛みと戦いながら、朦朧としながらもボウの心拍が下がったのを耳で感じて教えてくれた。 モコが指をさしてくれなかったら点滴のアラームと似ていたから俺は気づかなかった。あの時、モコがぼうちゃんぼうちゃんって心配そうに指をさしながらずっと言っていたから、直ぐ呼びに行ってスタッフが来てくれたよ。俺は、モコに今呼んだから大丈夫、大丈夫って言ったんだ。」 心拍がまた落ちつき、痛みが強くなりすぎているので50になったところでいったん様子を見ることに。 その後、痛みの具合を見て40に下げたりまた徐々に60まで上げたり。 最終的に、60でストップしたのが夕方4時ころでした。 そのころには1~2分間隔でした。 子宮口は7~8cm。 徐々に開いてきているから、がんばりましょう。と何度も助産師に励まされる。 しかし、痛みの具合と進み具合があまり比例していないため、人工的に破水させてお産を進めます、との医師からの説明を受け、処置が施されました。 生温かい羊水がタラーっと出てきて、いっそう痛みがつよくなっていきました。 夕方5時。 「8~9cmになりました。でも、初産だし、お腹の子大きいので、ここからが長いです。全開になるまでは分娩台に移動できませんし、全開になってからもしばらく苦しいよ。頑張りましょう。」 そのころには返事も出来なくなりました。 叫び声だけが部屋に響き渡りました。 ボウのために弱音は絶対にはかない、苦しいのは私だけじゃないんだから。 と思っていましたが、一度だけ 「痛い、もういやだ、もうやめたい、逃げたい」とチョチョに言ってしまいました。 「ボウもがんばってるよ、あと少しだから。ちゃんと進んでるから。お母さん、がんばれ。」 歯を食いしばって泣くことしかできませんでした。 いまだに、もうやめたいといったことを後悔しています。 ボウ、弱虫な母親でごめんね。 6時。 「もう限界だね、10cmになりました、分娩台に行こう!」 ようやく分娩室に行ける。 あと少しでボウに会える。 早くボウに会いたい。 がんばろう。
2013.11.25
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出産レポを、忘れないうちに残しておきたいと思います。 11月7日、午後6時。 おしるしかと思われる鮮血の出血がナプキンについており、嬉しかったのを覚えています。 しかし、その出血がだんだんと増え、水のように出るようになり一気に不安になりました。 夜間、救急で受診しましたがとくにエコー上の問題はなく胎盤の位置も異常なし。 多めのおしるしかも、とのことで帰宅しました。 その時の血圧140。 普段100いかない時の方が多いので、すこし気にかけてくださいと言われました。 家に帰っても、生理痛のような痛みが不定期に続き 出血は増えるばかり。 トイレに行くたびにシャーっと真っ赤な血が出てしまう… おしるしではない気がする…直感でそう思い朝方6時、再び受診しました。 その時の血圧160。 妊娠高血圧症候群、原因不明の出血ということで即入院に。 何かあっては困るので3日後に行うはずだったバルーン誘発をその日から行うことになりました。 10時。 バルーンを処置台でいれます。 消毒や、機械を入れるだけでもダラダラと血が流れる状況に、医師も首をかしげていました。 何度見ても、胎盤の異常や、出血の塊、跡も見当たらないので、とにかくお産を進めていくしかない、そんな状況でした。 一回バルーンを入れると、どこからか出血が止まらなくなって、一度抜きました。 医師が、入れる時に何処かに傷つけたのかも、と思い原因を探りますが、傷もなくどうやら子宮の中からの出血だそう。 バルーンを入れるのは普通数分で終わるらしいのですが、この時は20分経過していました。 バルーンをいれてから1時間。 ズーンとした痛みが何度か襲ってきます。 だんだん腰も痛くなり、10分間隔でお腹が張るように。 声を出さずにはいられない状況で、ひたすら痛みがくるたびに 「あーーー!」「うーーーん!」 と叫んでいました。 午後2時頃。 眠気と、疲れで7〜10分間隔の陣痛の合間に、ふと意識が遠のいた時でした。 5人ほどの医師と助産師がバタバタと部屋に入ってきました。 朦朧とした意識の中、 「本当かな?」 「これは本当っぽいね。」「早く体位変えて!」「酸素!」 ぼーっとしている中、「本当」って何だろうって思ったのを覚えています。 あとでわかったのですが、ボウの心拍が急激に落ちてしまい、機械がずれてるか外れてるか、ではなく 本当の心拍を拾ってアラームがなっていた、とのことでした。 「何かあったんですか…大丈夫ですか…」 「モコさん、今赤ちゃん心拍が下がってるから上向きになりましょうね。酸素も吸ってたくさん赤ちゃんに酸素を送ってあげよう」 左向きから、上向きにさせられ、酸素マスクをしてしばらく様子見ましたがボウの心拍は上がらず。 「だめだ、横向きにして!」 さらに反対側の横向きにされる。 心の中で、ボウちゃん、お願い、頑張って。と祈っていた。
2013.11.22
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わ~~!もう、こんなに時間がたってしまいました! 心配おかけしましたが、金曜日に無事、一緒に退院できました 朝一でどうなるかの連絡が来る予定で、ソワソワ。。。 なんだか落ち着かなくてチョチョが私を迎えに来るころ、突然助産師さんがボウを連れてきました~ 「おめでとうございます~一緒に退院できますよ!」 本当にうれしかったー 嬉しすぎてテンションあがりすぎてやばかったです。 スヤスヤ寝ているボウをみて、これからこの子との家での生活が始まるんだなあと思うと、うれしくもあり・・・でもずっと一緒にいるのは初めてなので不安もあり。 でも、本当によかった。 「元気になってくれてありがとう。点滴や、お鼻の管や、何度もした採血。痛かっただろうに。いろいろな治療をよく頑張ったね。 これからは、お父さんもお母さんもがんばるからね。いっしょに成長していこうね。」 話しかけたら、涙が止まりませんでした。 そして、退院前に沐浴指導。 チョチョが率先してやりたい!というのでお任せ。 不器用ながらも、何とか入れてあげて、ボウもうれしそう。 デカすぎで体重計から足がはみ出ていて助産師さんに笑われていました(笑) チョチョ、奮闘中(笑) そして退院 幼馴染のJちゃんが、ボウにおくるみをプレゼントしてくれたので、それで帰ることに かわいすぎました! ボウも気に入ったのか、退院後もこれにくるまれてると泣き止んだり気持ちよさそうに寝るように。 よかったねボウちゃん。Jちゃんありがとう 13時ころに家につくとチョチョの実家のご家族が遠いところから来てくれました。 お義母さん、お義兄さん、お義姉さんで6時間以上かけてはるばると。 ボウが退院していなくても、私の様子をみに来てくれる予定だったそうで本当に心配してくれていて感謝感謝です。 チョチョ家族の前でも、人目もはばからずに 「ボウ、可愛いな~ボウは本当に可愛いな~~。ウリウリ~~へへへー」 とかとんでもない親ばかぶりを発揮するので、みんなびっくり。 それをみたお義母さんが 「チョチョがあんな風に(子供にメロメロに)なるなんて。思いもしなかった。モコちゃん、チョチョをパパにしてくれて本当にありがとう。大変なお産だったけどよく頑張ったね。それに今まで本当によく頑張ってきたし。モコちゃんのおかげだよ。チョチョのあんな姿をみれるなんて…嬉しい。本当にお疲れ様」 といって、泣いていました。 私も、チョチョをパパにしたいと思っていた気持ちがようやく叶って本当にその言葉をいただけたときはうれしかったです。 あれほど、産まれる前にオムツは触れない、食事中にウンチが出てたら触れないとかいっていたチョチョですが なんと、今はオムツは変えたがる、ウンチ噴射で腕に飛び散っても動じない、食事しながらチラチラ見ては食事を中断してあやしたりオムツ変えたり。 夜中の授乳のあとは、毎回「パパのとこにおいで~」と抱っこして寝かしつけてくれる。 (おかげで、私は抱っこして寝かしつけたことがいまだになく、私が抱くと暴れる始末・・・) 授乳で起きると、すぐに一緒に起きてくれてオムツをみてくれたり、授乳中の私の肩を揉んでくれたり(笑)、ミルクを作ってくれたり。 授乳が終わった私にお茶やオレンジジュースを持ってきてくれたり一体どうなっちゃった??ってくらいに優しいイクメンになってしまいました。 こればかりは、本当にここまでいろいろやってくれるとは思ってなかったので逆に戸惑います(笑) でも、あきらかにボウが産まれた後の私たち夫婦の仲は良くなり、お互いを思いやる気持ちが強くなりました。 たぶん出産に立ちあったからではないかな、と今は思います。 とりあえず、苦戦しながらもなんとか家族の協力もあり毎日育児に頑張っています
2013.11.19
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おシモが相変わらず痛くて座るにも、寝転がるにもいちいち声が出ます(ToT)/~~~昨日、採血したのですが、なんとヘモグロビンが7.5まで下がってました!9でもえらかったのに、そりゃートイレいくにもゼーゼーいうはずです…あの出血はやっぱり半端なかったー!突然ですがボウは、実は今NICUにいるのです~。分娩のストレスと、環境に適応できなかったことによる呼吸障害があり、産まれたときにへその緒が二重に巻いていて産声をあげませんでした。でも、すぐに新生児科の医師が2人駆けつけてくれ、処置をしていただいて呼吸が回復し 酸素をしながらNICUに入院しました。 分娩した日、夜中の1時に医師から説明があり NICUにいくともうぱっちり目を開けていて 元気なボウでした(*^_^*) 色々検査も兼ねての入院で、今日の医師からの説明では何も異常がなかったとのこと! そのまま退院できるはずが、今朝から黄疸がでたので、 大事をとってあと1〜2日採血しながら様子みるとのことで、本当に心配ない状態です。 NICUの面会時間以外は会えないので 分娩後から私は個室で一人なのです(笑) よって、何もすることがなくこうして暇な時間を過ごしております。(笑) 今やれることは、3時間おきの乳搾り! 今日は分娩後4日で、ようやくでてくるようになりました! それでも一回に20ccほどですが、 昨日とかは10とかだったので明らかに増えて来てます! 助産師さんにもめちゃ順調なオッパイといわれ調子にのっています。 ボウは、すっかり元気でこのままだと早ければ金曜日に私と一緒に退院できそうです(*^_^*) 遅くとも来週! この分娩のことや、出産レポはまた改めてしっかり残しておきたいので いつかまた書くつもりです。 面会時間の13時から16時の間はみっちりボウと遊び、(話しかけたり抱っこしたり(笑)) それ以外は部屋でゴロゴロ、食べて寝て自分休みの時間ができてるので助かってます。 NICUでもらった面会日記書いたり、ゆっくりのほほんと過ごしています(^-^)/ 金曜日に一緒に退院できるといいけど、何よりボウが大事なので面会できるだけで嬉しい! これからが楽しみです(*^o^*)
2013.11.13
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