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今、最愛の弟の一人が帰ってきています。そして、母がとめどもなく話す近況を優しく聞いている。愛する断片が側にいるのは、なんて幸せ。Saranne
2005年04月30日
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ひこうかい
2005年04月29日
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今日は『南米帰りのH君を囲む会』です。H君のためといいつつ、密かに私の会です。女子8人のなかに男子2人。まるでハーレムです。(笑)会社の近くに隠れ家のようなお店があります。今まで会社関係の方には内緒にしておりましたが、本日解禁しようと思います。ああ、でも仕事が終わりそうにない・・・。
2005年04月28日
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今日はやっとの思いで、新しいビルのパンフレットの表紙の案を出しました。企画の方がほめてくださいました。「秘書をしながらこれを完成させたのはすごいです」と。5つも考えました。でも恐ろしいことに、パンフレットの裏があります。本当はかなり大変で、GWが恐いのです。休んでいいのかと・・。それなのに待ちどうしい。休み明けには困ったくんがそばにくることになります。でもなんだか立ち向かえる気分なのは、やはりこの間の旅のおかげでしょうか。今日南米帰りのH君からのメールに「Saranneさん、仕事大変なら僕の歌声で癒してあげますよ。」とありました。私は高校の頃バンドのボーカルをしておりました。あるラジオ局主催の大会で『フレッシュ賞』なるものを獲得したこともあります。大会の主催者がプレゼントしてくださったテープには、ドラム・ベース・キーボード・ギター、そしてボーカル、すべてが真っ暗な空間で独立して好き勝手に振舞っている、恐ろしくまとまりが無いのに『フレッシュ賞』。若さがなせる業です。それを最近見つけ聞いてみると、耳を覆うほ恥ずかしかった思い出も、お腹を抱えて笑えるようになっている自分に驚きました。そんな過去をちょっぴり隠していますので、私はよっぽど心を許さないとカラオケには行きません。声楽を習っていたこともあり普通より声が大きいのです。今ちょっと悩んでいます、H君たちと行かなければならないのかと。(笑)この間、親友のAちゃんとも、親友にもかかわらず初めて行きました。そのAちゃんは不思議なほどに気持ちが通っています。どうしてなのでしょうか・・わかってくれると思うようにわかってくれています。そして、「わかってくださっているんですよねSaranneさん!」と彼女が言う以前に、私がわかってくれる心地よさをどう伝えて良いかわからいほど。言葉や声を交わさなくても、それは肉体を知らなくそしてただ日記だけの繋がりであったとしても、心は空を飛んで響くものだと思います。だから頑張れるのだと思います。楽しく、幸せな心で。優しくあくまでさりげなく、素敵な方法で手をさし伸ばしてくれるすべての人に、私は片時も忘れず感謝しています。ありがとうございます。Saranne
2005年04月27日
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非公開日記
2005年04月27日
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お昼を食べ終わり、三段峡へ向かいました。私は三段滝がみたくて、車で近くまでいけると思っていたのですが、入り口についてみると、駐車場のおばあちゃまから、40~50分歩いてやっと途中の休憩所につけることをお聞きしました。遊歩道はあるといっても、山道を歩く準備は何もしていなかった私は、ヒールの高いサンダルでした。また、歩くことに慣れてもいません。ですが、おばあちゃまが簡易マップを手渡してくれながら、「景色がほんとに素晴らしいから、どうぞみてやって・・」と、それはそれは何度もおっしゃいますので、なんだか後戻りできず、形だけでもそちらの方向へ進みました。少し進むと、白い岩と透き通った清流のコントラストが目に飛び込んできました。その綺麗な水に足を浸してみたいと言う願望が新たに芽生え、私たちは三段滝まで歩くことにきめました。進んでいくと、原生林を切り立って広がる岩壁と、ところどころ急流になる河の景色に、こんなところもあるのかと不思議な気持ちになりました。青や水色や白や緑にキラキラ変化する水の流れは、何百年前からきっと誰に見られなくても輝きながらそこにあったのでしょう。崖の上に見える木々は、緑ではなく少し黄色に近い春なのに枯れ木を思わせる色合いでした。新緑の頃にはまだ早かったようです。遊歩道には露草や、見たことも無い小さな花が咲いていて、そんなことを発見しながら、やがて船着場にたどり着きました。そこにいるのは私たちだけでしたので、舟が来るまでさっそく岩をすり抜け河の側まで行き、足を水につけてみました。思ったよりも冷たく、20秒もつけていられないほどです。本当に気持ちいいものでした。やがて、舟が来ましたのでのりこみ中継地点に向かいました。舟から見る周りの景色は雄大で、別世界にいるようでした。水はそこが見えるほど透明で吸い込まれそうです。太陽の光に照らされた水面はとてもつややかで、風が当たり静かに波打っていました。船頭さんは地元の学芸員の方で、気さくでほのぼのしておりたくさんお話をしてくださいました。「昨日、冬の間に雪に押されて落ちてきた遊歩道の岩を整備し終えた所なんです。水は雪解け水でまだまだ冷たいですよ。」「三段滝が全国的には有名ですが、地元の人はみな、二段滝のほうが綺麗だと思っています。そこは舟でしかいけなくて、景色は気持ち悪いほど美しいんですよ。」私はその、『気持ち悪いほど美しい』と表現された所に心を奪われ、絶対に行きたいと思いました。でも、時間はすでに午後2時で、二段滝はおろか三段滝に行くにも帰りの時間まで微妙です。休憩所で、名物のヤマメの炭焼きを食べつつ、お店のおば様と相談し、今日はちょっと無理じゃないかという結論になりました。後ろ髪を引かれながら、今来た道をしぶしぶ戻ることにしたのです。最後のご馳走を目と心に味あわせてあげたいと思いながら景色を楽しみ、次はいついったいこれるのかしらと考えました。風が吹き、目の前に桜の花びらが横切ったので、空を見上げると、山の上からたくさんの櫻の花びらが紙ふぶきのように、突然の風に乗り、ひらひらふわふわ舞っています。切り立った岩の間を吹く風は微妙な動きで櫻を下に落とすでもなく、吹き上げるでもなく、小さな滝つぼの上を自由に舞わせておりました。戯れているようです。どこからか仙女が現れてもおかしくないような、幻想的な情景でした。風がやみ、櫻は静かに水面に落ちました。これが私の今回心に残った一番の映像です。絶対にもう一度ここを訪れたいです。次は、三段滝と、気持ち悪いほど美しい二段滝を見に・・。優しく、楽しく、心を整えてくれた旅でした。
2005年04月24日
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ホテルは都心から離れた海の側だったので、窓から見る景色は、朝、昼、夜それぞれ違い、喧騒から離れ余計な音がせず、とても静かです。次の日は早朝に目が覚めてしまい、カーテンを開けて外を見ると、お日様が山々の間から顔を覗かせていて、私と目が合ってしまいました。とても近い距離に太陽はあり、下を見ると水面がキラキラと光を跳ね返しています。ベットに横たわりながら一人で、まだ眩しくなっていない太陽を眺めていると、今日もまっさらでぴかぴかの一日が始まるのだわ・・・と嬉しくなりました。なのに、もう一度寝てしまいました。いわゆる2度寝です。この日も行き先は未定でしたが、友人がガイドブックを朝にくまなく見ていて、候補を何点か上げてくれました。そして二人の意見が一致した『三段滝』を見に行くことに。お昼は『広島つけめん』?でした。前日夕食を食べたお店の人に奨められた所に行ってみました。味は、もともと私は麺類や、○○丼は、途中で疲れてしまい、間食することが出来ないへなちょこなのですが、4分の3位は頑張って食べました。これは、美味しかったということになります。みそダレですが、辛さが選べます。ふと壁を見ると、殿堂入りの方々のお名前がずらっと書かれていました。最高は1000倍。私も広島に名前を残してみたいと、たちまちやる気が漲りましたが、「そんな名前の残し方はしなくていいの!」と、友人に諭され諦めたのです。友人は初心者レベルの8、私はレベル30にしようとした所をまたもや友人に止められ口から火を噴くレベルの11になりました。ですが残念なことにその程度では私のお口から火を噴かせるなんてことはありませんでした。噴きたかったのに・・残念。いつか再チャレンジすることを心に誓いました。つづく
2005年04月24日
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今回の旅は何も計画していませんでした。友人が広島に用事があり、日帰りだった予定を1泊に変更してもらって、私がくっ付いて行ったのです。駅でガイドブックを買いはしましたが、なんとなく目を通す程度で、「ここに行きたい」「これを食べたい」というような欲求は、そんなにありませんでした。まず広島駅でレンタカーを借り、すぐに終わるという友人の用を済ませることにしました。車から見える景色は素晴らしいものでした。霞がかった青灰色の濃淡が作る、幾重にも重なった島や山々の遠景が海の上に重々しく浮かび上がっています。車がフェリー乗り場でとまりました。「船に乗るの?」と聞くと、「うん」というので、そこで初めて私は宮島に行くことがわかりました。車のまま船に乗るなんて、初めての経験でしたのでどきどきしました。海風を感じたり、スクリューが水面につける白い水の後を眺めたりしていると、目の前に大きな鳥居が現れました。厳島神社の大鳥居です。厳島神社は荘厳でした。潮が満ちる周期で姿を変えますが、私達が神社についたときは、干潮だったので海水に浸ってはいませんでしたので少し残念でしたが、たくさんの人が鳥居の周りで潮干狩りをしている光景は、大きな母親のまわりで小さな子供達が安心して遊んでいるようにも見えて、微笑ましい様子でした。平安の人々の風景を、今の私が見ていることへの不思議さを感じながらゆっくり歩いていると、友人はお守りを売っているところでとまり、私に聞きました。「何色がいい?」「・・え?・・あっと・・白かな。」と答えると、お守りを2つ手にとり、友人はさっさと買ってしまいました。そして、「はい。」と優しい微笑を浮かべながら、「これは学業のお守り。頑張っているSaranneに。」と、私に手渡しました。私は友人の優しさが嬉しくて、じゃあ私もと、「何色がいい?」「えっ・・青・・?」「ダメ、黄色にしましょう。」と、わざわざ聞いておきながらかってに黄色に変更し、桃色と2つ買って、「これは運勢がよくなるお守りです。お互い幸せになりましょうね。」と、友人に渡しました。しばらく「ありがとう」お互い言い合っていましたが、ふと私は、友人に用があったことを思い出しました。「ねぇ、用事は大丈夫? ここにいていいの?」「もう終わったよ。」「えっ?いつ?」「さっき。」「えっ?」「えっ。(笑)」「えっ?」「Saranneにお守り買うのが今回の広島での用事。」「えぇっ!そのために来たの?」「そう。」「・・・・・・・」友人の知り合いの先生がおっしゃっていたそうです。「お守りはそれ自体の力で物事が上手くいくのではない。そこまで足を運んだ人の思いがこもっていて、もらった人は辛い時にその優しさを思い出し、頑張る力が湧いてくるんです。」この話を聞いたときに、厳島神社のお守りを私にと、友人は広島行きを決めたそうです。そして私はそんなこととは知らず、何も気付かずについてきたのです。この旅行は初めから、友人の優しさに包まれた私のためのものだったのでした。そして思ったのです。こんな素敵な友人は私しか持っていない。なんて幸せな私なのかしらと・・。つづく。追記:おみくじは『吉』でした。
2005年04月23日
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窓の隙間から射す太陽の線が、私のキーボードを押す手と戯れています。オレンジがかった暖かな光は、優しい人たちの顔や文章を思いおこさせ静かな部屋で一人、微笑んでしまいました。
2005年04月22日
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今回、求人の広告担当にもなっているのですが、送られてきた原稿が、私のイメージとかけ離れていたので、もう一度やり直してもらっています。打ち合わせにかなりの時間を費やした結果でしたので、残念。私の頭の中を私ではない人に伝えるのは本当に難しい。時間が無いのでコピーは私が考えました。次回からはもう少し伝え方に工夫しないと・・・。今日はK君が転勤したため送別会があるのに、きっと行けません。何時頃帰ることができるのかしら・・・。
2005年04月21日
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今度の土日に旅行することにしました。計画性ゼロのまま『えいっ!』とホテルを予約してしまったら、なんだかスッキリした気持ちです。先週末、急に思い立って取る事を決めた資格試験が間近に迫って、その上何にも手をつけていない状態なのに、大丈夫でしょうか・・・・どうなるのでしょう・・(笑)5月は恐ろしいほど予定が詰っているので、それに立ち向かう力を養う時間にしたいと思います。
2005年04月21日
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急激に私の職場環境がかわり、それに伴い、私にとっての困った君が企画のお部屋に来ることになりました。最近企画の仕事が多い私は接点が増えるでしょう。これは私が成長するチャンスなのでしょうか・・。もう一つのお仕事で人の悩みをお聞きすることが多い私にとっての。もちろんBOSSは一連のことを知らないので、誰ともうまくやっていけなかった彼を最後に私のところにこさせたのかもしれません。まだ始まっていないのでわからないけれど、確かに私は衝撃を受けていてそして戸惑いました。嫌であることは嫌とBOSSに伝えられる当たり前さを、私は獲得してはいますが、それを言うときではないような気がして、でも彼には申し訳ないけれどすこし憂鬱。明日が来て、明後日が来て、そして一週間がたち、一ヶ月がったった頃結果が出ると思います。柔らかで優しい気持ちを保っていきます。やればできる子なんです。(笑)帰りに菜の花を買って気持ちを落ち着けました。
2005年04月18日
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本国の責任者が、BOSSのアイデアを押しのけ、私がデザインした広告(たいしたものではありません)を採用したとの連絡がありました。驚きました。とても嬉しいです。そして仕事がまた一つ増えました。とても苦しいです。でもたのしいです。そして面白いのです。こんな時のほうが『てきぱき』しているように感じるのですが、気のせいでしょうか・・(笑)
2005年04月15日
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私の一番幼い記憶は弟が生まれるときのことです。年子だったので私が1歳・・・2ヶ月くらいのときに、母は弟を産むために入院しました。姉は親戚に預けられました。そして私と父のために母がお手伝いさんに来ていただくことにしたのです。その方のお顔は髪型でさえ覚えています。一連の映像が残っています。ものすごく失礼なのですが、恐かったのです。階段の踊り場からよちよち歩き(10ヶ月でおしめが取れ、11ヶ月歩いていたらしいです。)の私は、1階をちょこっと除いては、その方のお顔が目に飛び込んでくるたび大泣きしました。見なければ良いのに、でも気になるので見るには見るのです。そのたびに泣きます。この風景を覚えているのです。まだ建て替える前のお家の踊り場での瞬間。そして、最近ではなくなったとされる近所の人たちとのかかわり・・・、血のつながらない私のおばあちゃまたちが、「Saranneがないている、どうして泣かせるの!」まるで虐待でもしているかのような権幕で何人もが乗り込んできたそうです。入れ替わりたちかわり。ありがたい時代だったのでしょうか。私にとっては。母はお昼にうたた寝していて私が泣き叫んでる夢を何度もひと時に見ていたそうです。そして、心配になり家に電話をかけもれ聞こえる私の鳴き声を聞き「Saranneをすぐ連れて来てください。」と言いました。もうすぐ母に会える嬉しさから、泣きながらもその方にだっこされ、私は幼いながらもあっちこっちと指示をし母の所にたどり着きました。お手伝いさんは病院を知らなかったので結果的に私が案内したそうです。周りの人は今考えればその方に不審の目を向けていたことが痛いほどわかります。その後のことは覚えていません。母に聞くと、お手伝いさんは「辞めさせてください」と開口一番に母に言いました。そして、お手伝いさんは辞めました。1日で。耐えていただけなかったのでしょう。当たり前ででしょうか。(笑)私のために母は弟を産んですぐ帰ってきました。その方と産後の母に懺悔しなくてはいけない思い出です。Saranne
2005年04月13日
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精一杯な気持ちは、自分のためのものだと思います。望む望まないに関わらずいろんなことが毎日起こりますが全てを受け入れてそして、今大変だと感じることも、いつかその先のための笑顔の原動力にきっとなるはず。周りから見て、悠然と何事もないかのような私の裏側は、最近こんな感じでございました。
2005年04月12日
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風が強い一日でした。惜しげもなく、その渦に乗っていく櫻の花びらの雄々しさは身を置く人たちを少し違う世界に導くようにやさしく、そして何だか少し意地悪に手のひらに存在を残しながら実は純粋な桜色のそれたちは、人が思っているよりも、ほんとうは淡くて白に近くてそうと気づいたとき、人はいったい何色にそれをすればいいのかわらないそんな捕らえどころの無さも、見る人を幻惑させるのでしょう不思議な、そしてなにより愛されている花です。Saranne
2005年04月11日
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昨日から姪がお泊りに来ていて、私の今日の予定が急遽取りやめになってしまったのもあり、二人でゆっくりおしゃべりしました。三色ゼリーを作り、じいじのためにカレーを作り、お絵かきをし、歌をうたい・・。そしてお風呂でラブレターの話になり、まだもらったことが無いと言うので、私のは残ってるかしらと、大騒ぎで探しました。閉まってあった箱を見つけて姪は『うふふふぅー。』と笑みを浮かべ、では食後に見ましょうと、オムライスをつくりすべて心構えを整えてパンドラの箱を開けました。私にとっても何年振りでしょう・・彼女には読めない漢字が多く朗読させられる羽目になりましたが・・。私のラブレター達は(古い・・笑・・今も青春ですよ、もちろん!)は、姪に見せても恥ずかしくなく二人で笑いながらのもに変わっておりました。初めのラブレターはアメリカからでした。旅行中の先輩からでしたが、困ってしまい知恵熱を出し、始業式を休んでしまいました。姪が一番、飛びついたフレーズは、『僕の彼女になる予定のSaranneさんへ』でした。『舞台に上がろうとしてこけてしまったカルベロ』と名乗ってくださった人もいました。私はこれが一番好きです。カルベロは英語の教科書に載っていたチャップリンの役名です。(お洒落でしょ?)私の懐かしい時間を姪と二人で共有していると、不思議な気持ちになります。女の子が、「うふふ」と思う気持ちは今も昔も変わっていないことを、楽しく思いました。今みたいにメールが頻繁ではない、一枚の便箋に思いを込めて勇気を振り絞っての最後の頃だったのかしら・・・。考えればたおやかです。(うふふふ)
2005年04月10日
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一人旅というものをしたことがありません。最近、どこにも行っていない(ような)気がするので、小旅行でもしてみようと思ったのですが、一人はやっぱり寂しいので、名古屋、広島、神戸、大阪、東京を、仕事で行き来している友人に、行き帰りだけくっ付いていこうかと思いました。そして半年ぶりに連絡を取ってみました。「今度の出張はどこの予定?」「名古屋。」「いつ?」「今週の土日。」「ふうん・・・。」「どうしてそんなこときくの?お土産でも欲しいの?」「連れてってもらおうかと思って・・・。」「ええぇっ!! どうして急にまたいきなり!」「仕事のお邪魔はしないから、行きと帰りだけ・・・。でも今週はちよっと急すぎるし、できれば広島がいいんだけど・・・・・、Saranne、博多の屋台に行ってみたいから・・。」「博多は広島じゃないぞ。福岡だよ。 本気で言ってるのか? っていうか、大事なことを忘れてはいないか、Saranne?」「・・・・・・?広島は牡蠣?」「違うっ!俺が男ってこと今頭の中にあるか??」「あっっ!」ついでに嫁入り前だということも忘れてました。いい考えだと思ったのですが、自分の思いつきに溺れてしまっていたのでしょう。もう少し考えて行動しないといけません。それにしても、どこかにいきたいです。
2005年04月08日
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この時期になると父が言います。「Saranneの好きなミニ薔薇が咲いたよ。」薔薇は5月頃がピークなのですがSaranne家では何故だか暖かくなりはじめた4月の中旬頃花が開きます。私が高校生のときにプレゼントされ、持って帰ってきた鉢植のミニ薔薇を、父は毎年大事に咲かせてくれるのです。私と母が枯らしてしまいそうになった植物も、父は見事に蘇らせるので、私は父はきっとお花と会話ができるのだと信じていました。ある日2人でミニ薔薇を眺めていると、父が静かに、「Saranne、実はねパパはお花とお話はできないんだよ・・。」と、言いました。「ただね、そんな気がするだけなんだよ。」重要なことを打ち明けるようにとっても残念そうでした。父は私の夢を壊してしまうのではないかと心配したようです。純粋で優しさに溢れた父を本当に愛しく思いました。私には、「Sarannの好きなミニ薔薇が咲いたよ。」の言葉を、毎年かわらず父から聞くことが、ミニ薔薇が咲いたことよりももっと大切なことなのです。
2005年04月07日
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思い切り冷えた白ワインと茹でたエビと熟れたアボカドと三田屋のハムと国産のカマンベルチーズと麦の花のバケッドと真っ赤なイチゴとPaul Bocuseのビスケットと読みかけの小説を持って少人数でお花を見に行けたら、きっと幸せ・・なのに・・。
2005年04月06日
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地球の裏側の散歩から帰ってきたと、H君から先ほどお電話がありました。私は彼の帰国が自分が思っていたよりも、うれしかったことに驚きました。電話で「寂しかった、帰ってきてくれて本当にうれしい!」と振り返れば何度も言っていたからです。彼は出発の前に『満天の星空』という詩を私にプレゼントしてくれました。彼の純粋で少年のような心は私に安らぎを与えてくれます。少し前、共通の友人である親友とも、彼には同じ感覚を覚えると話していたばかりなので彼の突然の電話は、今日一日の景色をワントーン明るくしてくれるほどうれしいものでした。「日本に帰ってきてから、初電話です!」「なんて光栄な・・。(笑)」「あ、ちがった二人目。」「笑 でも一人目な気持ちで電話くれたのでしょう?やっぱり光栄。」こんな正直なところも彼の魅力です。南米で何故だかタンゴを習ってきたらしく、教えてくれる約束をしています。さっそく帰国パーティーの企画と召集礼状を出さないと。(笑)私の血のつながらないかわいい弟が、無事に帰ったことが本当は一番うれしいことなんです。..............................................................................................追伸:気持ちの上での弟・・・と言う意味ですよ(笑)。
2005年04月05日
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韓流ブームに母が乗ってしまい、不覚にも私もやんわり足を踏み入れてしまいました。(いつでも抜けだせます。 笑)ワインを1本空けた後のほろ酔いで、理性が吹き飛んでいたのでしょうか、「天国の階段」を見て号泣し、父がおろおろするくらいの有様でした。ドラマを見て気になったのが、出演者が時おり見せる舌打ち。日本人の不満げな時に見せるのとは違う意味合いで、「チッ」「チェッ」と・・・。どちらかというと愛情がある相手に「全くもう!」とか「しょうがないわねぇ。」のような感じで使います。それが男女問わず表情の愛らしさとぴったり合っているのです。言葉に込める意味が変われば可愛らしい表現になるのだなと思いました。日本では口喧嘩に発展しかねません。母に、私なりに精一杯かわいく「チッ!」としてみました。「あら、Saranne、何かご不満なことでもおあり?」「チェ・ジウの真似!かわいい?かわいい?」「・・・笑・・・・・がんばりましょう。」「ちぇっ!」「あら、今のは?」「Saranneでございます。」「まぁ、下品な娘。」日本で使うのは無理なのでしょうか、それとも私の魅力が足りないのでしょうか?面白いので実験してみます。(笑)
2005年04月04日
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午前中は姪と、パンとソーセージ作りにチャレンジし、午後からイチゴ摘み。夕方、予約が入っていたもう一つのお仕事。今日、カラー診断した方のシーズンは冬でした。一緒にこられていただんな様も軽く診断。こちらは春。不思議なものでそれぞれのシーズンには大まかに性格も分かれます。活動的で、何にでも興味を示す男性を冷静な目で女性が見ている・・・・。バランスが取れていて面白い。夜は『ピカソの食卓』へ。びっくりメニューは大根のスープでした。ミキサーにかけてさらっとややクリーミーなスープは塩コショウとオリーブオイルのみの調味料なのに、そうとは思えないほどコクと風味が豊かでした。体の中がきれいになった感覚がします。そして友人から電話があり、かなり思いつめた様子で心配になり、タクシーに飛び乗り、いろいろ相談を受けて、帰宅は6:30AM。振り返るといろいろなことをしている・・自分に驚いてしまいました。(笑)充実した、幸せな一日です。
2005年04月02日
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とっても素敵な空間での入社式でした。ライトアップされた夜の教会はうっとりするほど荘厳で、広いお庭がある邸宅でのパーティーも非日常な時間が流れています。みんなの驚き楽しそうな顔をみると、準備でばたばたした疲れもどこかに行ってしまいます。企画する側の人間でよかったと思いました。でも来年のことを思うと・・・今から大変(笑)。
2005年04月01日
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午後4時に社内の仕事を無理やり終えてそして入社式の会場へ。実質的な責任者になってしまった私はいち早く出発しました。今年は一人では大変だから助手をつけなさいという上司の意向があったので、総務から一番仕事に自信がなさそうで、でもはがゆそうなEさんにお願いしました。前から一度お話してみたいと思っていたからです。彼女には入場してくる新入社員の前に立ち誘導する役目をお願いいたしました。人の前に立つのは、見ている人の目的が自分でなければ、人はそこを重要視してはいないものです。だからいい経験だと思って堂々と歩けばいいのよ、と、緊張している彼女を落ち着かせて、私は控え室で書類に目を通していました。開式10分前にEさんが「Saranneさん新入社員が言うことを聞いてくれないんです!」と、困った顔で入ってきました。そろそろ始まるので並んでくださいといってもなかなか動いてくれない、と言うのです。私は新入社員控え室に向かいました。扉を開けて驚きました。ざわざわと話をしながら、足を組み、タバコを吸い、部屋は煙が充満しています。Eさんは「時間ですから階段の下に並んでください。」と言い扉を閉めました。1分待ちましたが誰一人出てきません。もう一度呼びに行こうとするEさんを押しとどめ、私は勢いよくドアを開けました。そして、じっと彼らを見つめました。(睨んでませんよ 笑)すると、みんな立ちあがりあせって部屋から出てきましたので、あとはEさんお任せして自分のポジションに急いで向かい、入社式は始まりました。彼らは私たちが自分の会社の人間であることを知らなかったのかもしれません。でもそうであってもなくても、目を疑う光景と礼儀の無さ・・真摯という言葉なんてきっと知らないでしょう。これからの社員教育にかかっているのでしょうか。もともと備わっている常識は、それとは関係ないような気がします。先が思いやられてしまう・・そう思った新入社員との初対面でした。扉を開けたとき『なめていただいては困りますわ!』と私の背中が言っていた・・とEさんは言いました。そして、「ぜひ見習います」と・・・・。
2005年04月01日
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