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せんだって、長らく使ってたポーチが壊れた。ケータイとタバコを入れて腰につけとくのにサイコーのやつだったのだけど、同じのがもう無いっぽい。今度はこれ欲しい。かーわーいーいー。これに、MOLLEシステムの小バッグとかぶらさげるんだー。マイメロディ スクールゴムベルト価格:1,050円(税込、送料別)
2014.01.10
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みなさん。『厨二病ポーカー』をやりましょう。『厨二病ポーカー』とはなにか。カードゲームです。とてもおもしろい。【基本ルール】人数:2~15人くらいまで。漢字が一文字ずつ書かれたカードがあります。漢字を組み合わせて「厨二病」っぽい言葉を作ります。技の名前、タイトルっぽいの、病気の名前、巨大な組織の名前、なんでもいいです。「っぽさ」が大事です。勝ち負けは参加者の合議制で決まります。【ゲームの流れ】●ポーカーと同じルールで各人が5枚ずつ持ちます。●いらないカードを場に捨てて、山から同じ枚数とります。●厨二ワードができたらコールします。そこから一周して、最後は順番にカード開示になります。●このラスト一周の間は、山から手札を引くだけでなく、場の捨て札でいちばん新しいカードを交換することもできます(麻雀で言う「ポン」のようなもの)。制限なしで、交換が終わるまで続けます。●コールした人から順番に五文字の厨二ワードをプレゼンし、最もおもしろかったもの、上手だったものを合議で決めて、終了です。ちょっと流れを見てみましょう。手札を捨て、山から取るというポーカールールで進みます。最初の「完成しましたコール」がかかったら、ラスト一周は最新の捨て札を取ることができます。この場合は「恋」とか「最」とか。交換したい人がなくなるまで続き、交換がおさまったら次の順番の人が通常通り手札を捨てます。ラスト一周が終わったら、最初のコールの人からプレゼンです。手札をさらすときに、どのように前置きするか、どう見せるかが大事です。実はウケることが目的なんです。たとえば、まずはこう出るとします。ライトノベルの学園伝奇ものでライバルが拳を光らせて放ちそうな技名です。強引な英語読みなんかもアリです。次の人が悔しそうにこう出します。惜しい、惜しいです。あと一枚足りなかった。つまり、ラスト一周の「ポン」は手札をなんとか揃えるための救済策であり戦いの場なのです。そして最後の人が「中2の発想ではあるんだけど……」と前置きし、こうです。厨二病じゃねえじゃん!だって手札が揃わなかったんだもん!でもおもしろかったら勝ちです。ルールで負けてもおもしろければ勝ちです。ならば、ということでエクストラルールで遊んでみようとなるのは必然です。「ロマンポルノの題名縛り」「外食チェーンのキャッチコピー縛り」など、いろんな追加ルールを思いついては時間を忘れて遊ぶことになります。ゲームの骨格がしっかりしてるのでどう遊んでもおもしろくなります。そして、この骨格を作ったのは僕ではありません。【このゲームの発祥】『厨二病ポーカー』は『バイオレンス・ノベル・ポーカー(以下VNP)』が元になっています。『VNP』は、1985年か1986年に仙台SFクラブの成澤雅紀さんが考案し、同クラブでルールが整備されました。80年代半ばにバイオレンス・ノベルと呼ばれた小説ジャンルがありました。『VNP』はそれっぽいかっこいいタイトルを作るゲームです。完成度が高いゲーム性によってこれまでに何回か復刻されるほどの伝説的なゲームです。大阪大学・菊池誠先生の解説http://www.asahi-net.or.jp/~dm6k-kkc/DCFinal/VNovelPoker.html当時、松島SF大会で遊んだ様子をSF作家の山本弘さんが雑誌に書いていました。その記事を読んだ某高校のシミュレーション同好会(TRPGを遊ぶための同好会)有志が真似ました。白紙の名刺カードと筆ペンで作れるので複数のセットができあがりました。バイオレンスノベルのタイトルを目指してるのに「回転大熊猫」とか「怪力女子校」とか、どうしてもおもしろ方面に流れてしまいます。というより、ルールの逸脱がおもしろくなってしまうんですね。高校を卒業して20数年経ちました。ライターの田下広夢 @TaoriHiromu さんが主催する「代々木ゲームルーム」に参加したことがきっかけで高校のころハマってた『VNP』を思い出したものの、しかし僕がやっていたのはもうバイオレンスノベルポーカーではない。とりあえずインクジェット名刺カードに漢字を書いて持ってったら大好評。『厨二病ポーカー』という名をいただくことになりました。いや、たぶんね、1986年あたりに同じことしてた奴らって日本のどっかにまだまだいると思うんだよね。同じ基本ルールからいろんな変化をした、変なセットがいっぱいあると思うんだよね。そういうの遊んでみたいじゃないですか。ゲームの平行進化っていうか意図せぬ変異っていうかさ。過去に遊んでた人らがもっと出てくるといいなと思ってるんよ。冬眠明けの虫みたいにゾロゾロとさ。眠そうにさ。
2014.01.06
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本とか書籍とかマンガの「自炊」について相談を受けたので、ここらへんちょっと整理したいと思う。基本的に本読みの人は紙で持っておきたい。だけど家の収納には限りがあって、これ以上持っておけないってところに来て、自炊を考えたり電子書籍にしたりって選択を迫られることになる。何を残して何を自炊するのか。非/破壊スキャン→スクラップ→処分という流れ。問題点は「収納」と「読み方」なんだと思う。単純に量の問題だけで考えればぜんぶ電子書籍化でいいわけだけど、思い入れとかあるし。あと、資料として読み返す場合など「ページのこのへん」とか「この厚みの部分」とかの文字以外の情報が大事だったりする。アイデア出しなどの場合、じつはそれって重要な部分だよね。で、僕の場合は、家の容積の関係で、できるだけ処分する方向に改めた。古書マニアじゃないからできることだけど。大事な本や好きな本は紙で持っておくけど、まだ買えるものや電子化されてるものは手放した。売るとか図書館に寄付するとかひとにあげるとか。文庫化されてるならそっちに買い換えた。これからも読みたいものは出てくるし、ほかにもゲームとか模型とか映画とかあるし、一生かかっても読み切れない蔵書は、抱えてられない。で、悩みどころは資料価値のことなんだけど。僕は、本の中身よりも背表紙がズラッと並んだ状態を眺めるのが好きだ。それはひとりブレインストーミングにとって有効な儀式なので。家に置いておける量なら、その中の欲しいフレーズなんかは記憶できる。逆に言うと、背表紙見て記憶から即座に呼び出せない程度では役に立たないわけだ。問題は雑誌。雑誌は貯まるし嵩張るし資料性は高いしで、もっとも厄介な相手。僕はやはり基本的には雑誌は処分なんだけど、欲しい部分はスキャン(またはiPhoneで撮る)して、Evernoteやtumblrに投げちゃう。PCにローカル保存もする。それだけじゃ不安なんで、テキストを「写経」するようにする。一度書き起こしすることで、いちおう自分で納得するわけです。記憶のチャンネルを増やすというか。だから、妻に内容を話したりもする。このお話は「身体に入れた」と実感しておくわけです。あとで実際に使えるかどうかはわからないけどね。この「写経」が、「本のこのへん」とか「この厚みの部分」みたいなメタ情報の代わりになる。と思う。なればいいな。っていう。本一冊まるまる自炊はしたことないけど、時間と手間とのバランスが取れるならやったほうがいいとは思う。だけど、マルで自炊したい本はきっと持っておくと思うんだ。なんとなく自炊したいっぽい本って、突き詰めて考えると、たぶん部分だけが大事だったりするんだ。だから部分スキャンと「写経」でスクラップするか、そのまま持っておくか、どっちかになるはずなんだ。そう思ったら、処分に関する悩みは減ったのね。で、読まれ方問題なんだけど。資料性についてはまあ、上に書いたようなことで。量で困るのは、雑誌もそうだけど、マンガよね。冊数出てるマンガをぜんぶ持っておけないじゃん、てのが昨今の売れ行き不振だったりするじゃん。あるゲームデザイナーの方に聞いたんだけど、その人は『美味しんぼ』をぜんぶ自炊してタブレットに入れたんだって。入浴中だろうが移動中だろうがどこででも全巻読めるようになったわけよ。そしたら電子書籍なりの読み方ってのを見つけたらしいんだわ。テーマを決めて全巻読み返す。あるキャラクターの視点中心にしたり、食材に絞って読んでみたり。めちゃめちゃ再発見があるんだって。これは電子書籍にしたことで、百を超える巻数ぜんぶを一気に読める状態だからできる、新しい読み方だよね。だからたぶん、量の多いマンガは電子書籍のほうが圧倒的に便利で有利なんだけど、紙の本じゃないとできないことがあって。それは「友達に貸す事」なのね。友達に本を貸すってコミュニケーションじゃん。しかもかなり大事なヤツ。貸し借りで二回会えるし、そのときに感想を話すのは楽しい。自分では選ばなかったようなジャンルの、面白い本、音楽、ゲームに触れるチャンスじゃないですか。世界が広がるヤツじゃないですか。だから、あーこれあいつに貸したい読ませたいって思うものは、紙の本で持っとくのがいいよね。なんとなく、今のところは。絶版本は電子でどんどん復刻されるといいのに。Jコミみたいに。不良在庫にならず、地味にダラダラ稼いでくれるわけでしょ。それは著者にとっても版元にとってもすげーいいじゃん。絶版→電子化ってシステム化しちゃえばいいのに。まとめると。●大切な本は持っておく。●友達に貸したいものは持っておく。●処分する場合は「まるごと自炊」「スキャン&写経スクラップ」のどちらか。●文庫化されてるものはそっちに買い換える。●背表紙見ただけで記憶を呼び出せないなら自分にとって重要ではなかったと考える。●絶版本は電子で復刻キボンヌ。
2013.07.09
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これは気になる。しかしたけえ。 積ん読本棚 幅35×高さ130cm
2012.12.05
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欲しい、もしくはこさえたい 本屋さんやレンタルDVDショップみたいな斜め棚の本棚 ファイルワゴン ★★ 【HLS_DU】
2012.12.05
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わが家で愛飲しているりんご酢がある。物産展で試飲してあまりにおいしかったので一本買って帰って妻に飲ませたら好評で六本取り寄せたらちょっと多かったので義母と義妹にあげたら好評で、いまは義母がお友達に薦めてまたファンが増えているという状況。義母が東北物産展でこのりんご酢を探していたら、ちょうど同じものを探して会場をさまよっていたおばあさんと知り合いになった、という話がある。これじゃないとダメ、というファンが多いのだ。事実、ハチミツりんご酢なら巷にあふれているわけだが、カネショウのハチミツ入りんご酢はモノが違う。水で割ったものひとくち飲んだ第一印象は「うわ、おいしい!」ってやつだ。そもそもオレはこの類いの健康ヘルシーなものは好きじゃない。だのに、おいしい、というその一点で愛飲しているわけで、これってすごいことなんだぜ。どっかのおばあさんが物産展で探し回るのもうなずける。カネショウのはちみつりんご酢を知ったらもう他のは飲めないもの。この夏の消費は多かった。炭酸水で割ってもいい。冷たい飲み物としても安あがりだしね。取り寄せる時に毎度検索するのが面倒なので買い物メモ的に。ネット販売で送料無料になるのは6000円以上からだが、いちどに六本は、ちょっと多い。ひとりぐらしのおばあさんならなおさらだ。まあおかげでオレはまとめ買いの購入口になってポイントを掠め取ることができているわけですが。カネショウのお酢類6本の送料無料セット【送料無料】カネショウの「ハチミツ入りんご酢6本」価格:7,560円(税込、送料込)
2011.09.10
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twitterなどでけっこう見られたんだけど。原発の爆発以降、知的で冷静だと思っていた人たちが被曝に対しておどろくほど強い恐怖を示し、浮き足立っていたり、不安やデマを拡散したりしていた。その恐怖心のあらわれに驚いた。僕はそこまで放射線が怖くないからだ。いやもちろん怖いけども。なんというか、慌てて逃げ出したり正気を失ってしまったり冷静さを欠いてしまったりというほどではないのである。マスクしないと外出できないとか、水道水を飲めないとかにはならなかった。信頼している理系の人たちの意見をtwitterで読んで、東京はまだそこまでの状況ではないと思っていたのだ。しかし妻は違った。心なしかそわそわして、ネットや本でいろいろ勉強しはじめた。僕の変に落ち着いた態度と、即席の勉強によって、妻はほどなく落ち着いた。つまり、視野を狭めて恐怖するだけの態度をやめた。妻が言うには「影響はわずかだろうけど、逃げ出すよりも検体として生きるほうが価値がある」ということだ。僕と妻の、放射線被曝への反応の違いはなんだろうということになって、原爆教育の違いだってことになった。原発がアレしたとき、妻は僕に「ピカドンが起きることは無いんでしょう」と確認したがった。なるほど。僕は子供の頃、あまり強烈に原爆教育を受けなかった。妻は『ガラスのうさぎ』や『黒い雨』などの教材によって「原爆は恐ろしい。核は怖い」という恐怖を教えられていた。恐怖だけを教えられていた。どういうふうに怖いのか。なぜ怖いのか。どこまでなら危険ではないのか。そういうホントに大事な部分は教えられず、恐怖だけを教えられたっぽい。原爆教育は子供の心に恐怖だけを植えつけるものだったのだろうか。恐怖は視野を狭くし判断力を鈍らせる。もうそういうものである。普段は知的で冷静な人が、あっというまに視野を狭くし慌てふためいてしまった。そこには逆らいがたい恐怖があったのだろうか。恐怖は無知に根ざす。原爆教育は、放射線の恐ろしさだけを植えつけ、対処法は教えないものだったのだろう。被曝は程度問題だから子供には難しいってのもあるだろうし。放射線を「対処の仕方をしらない見えない恐怖」としてしか教えられていなければそうなっちゃうよね。無知のままでは怖いだけだ。妻は数日勉強してどの程度危険なのかを知った。その結果、落ち着いて対処する用意ができた。最近は慣れてきたとはいえ、少し前はパニック寸前だった。年寄りが無意味に水を買い占めたりな。いや、無知ゆえに食べられる食料が廃棄されたり農業や漁業などの経済活動が縮小したりしているのはいまも同じだ。原発が落ち着いたとしても食料は貴重になっていくはずなのに、無知からくるパニックで貴重な魚や野菜が廃棄されているのが現状だ。冷静に対処しないといけない場合なんだから、恐怖ばかりしているヒマはない。なにが言いたいのかって、放射線被曝に対する人々の反応の違いで。いつからマジで逃げないといけないのか判断できる人は放射線の怖さも知ってて、プチパニックになってる人は放射線をとにかく絶対恐ろしいものというあいまいな感じに考えていて。その差には、原爆教育、ピカドンへの根深い恐怖心があるのではないかと。原爆教育って、どんなんでした?「怖いから、もしもの時はこうしなさい」っていう処方箋とセットでしたか?そうじゃないなら、それはよくないと思います。【送料無料】朽ちていった命価格:460円(税込、送料別)
2011.04.06
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生きてます。家族も無事です。みんながんばれ。ケンカすんな。笑え。大丈夫。冗談を言い合え。身体に触れ。眉を上げろ。じゃ、そんな感じで!
2011.03.13
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外国から異常な量のアクセスがある。クローラーでもなさそうだけど、これはなにごとかしら。
2011.02.10
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去年の話だけど、敬愛する仲里依紗が出るってことで映画『時をかける少女』(http://tokikake.jp/indexp.html)を観に行った。僕は進研ゼミのCMで「数学終わったらスイカ」っつってた時からの仲里依紗フェイバリットラーである。アニメと実写で『時かけ』を制覇した里依紗の「時かけ女優」の姿を見たいと思うのも無理はないだろう。そして僕は『時をかける少女』というテーマは何度でも使われるべきだと主張している。アニメでも映画でもドラマでも、新人監督の腕試し的な場に、あるいは登竜門として、『時かけ』というお題がジャカジャカ使いまわされればいいと思っている。少女がタイムリープして通過儀礼的な冒険をするお話であればそれは【ジャンル:時かけ】だ。傑作から名を上げる者もいていいし、そこには失敗もあっていい。そう。失敗があっても【ジャンル:時かけ】は傷つかない。ネタバレするので、以下注意。違和感というのか、これが21世紀の映画だったのだろうかという観客サイドのタイムリープ感に目眩がして面白かったです。これまでの『時かけ』はタイムリープの原因は未来人が持ってきていたけれど、本作はお母さんがタイムリープ薬を“発明”するというSF的にひじょうに意欲的な出だし。タイムリープのCGの奇妙なダサさはルネッサンス期の前衛のようでした。登場人物の動機付けがよくわからず興味が右往左往した記憶があります。とくに人探ししないといけないはずの里依紗が自主制作映画の手伝いに夢中になっているところなど、もどかしくてしかたがありませんでした。そう。新人監督のデビュー作で「自主制作映画をつくる若者」を描くのは社則で禁止にしていただきたいです。ばかじゃなかろうか。高校生が書いた高校演劇で演劇部の話を描いたものは知ってるけれど、これは全国ロードショーされるプロの作品ではないですか。マンガや小説で、新人のデビュー作がそんなふうな痛々しい自伝的なものなどありますか。映画だけですよ。映画というメディアはかようなまでに古臭いノスタルジアや安いナルシシズムを許してしまうものなのでしょうか。監督てめえ何様だオメエのダセェ青春なんか知ったことかクソくらえと思いながら仲里依紗の姿を観ることになろうとは、悲しいです。がんばっている俳優たちがかわいそうじゃないですか。しかし仲里依紗は走っていました。あのひたむきな表情で。あの良い姿勢で。本当にいいんだよな。仲里依紗主演『時をかける少女』は春休みのアイドル映画です。彼女の走る姿、それが映画です。彼女が泣く、それが映画です。ここまでくればもう仲里依紗は倉岡銀四郎なみのスターです。仲里依紗の姿に充分な動機と破綻の無いストーリーを与えたらそれだけでよかったのに、制作サイドの歪んだ自己愛と映画村の田吾作センスをてんこ盛りにしたせいで役者がみんなかわいそうな感じになった映画、そんな感想をもちました。新人監督デビュー作で自主制作映画マニアの若者がメインとか、絶対のタブーでしょう。映画屋の正気を疑う事実です。21世紀に作られた映画なんです。しかし【ジャンル:時かけ】は失敗を許すもの。里依紗の実写がこうなってしまったのは本当に残念ですが、僕は次の「時かけ」に期待します。
2011.01.11
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せんだって妻がカーラジオから掃除に関するlife hackを仕入れてきた。なんでもダスキンあたりのスタッフの知恵らしい。いろいろあったんだろうが、我が家の年末に実戦投入したのは以下の三つだけ。●作業スペースをつくる●キッチンタイマーで時間を区切る (作業45分、休憩15分など)●甘いものを用意するいやあ、効いた効いた。ウチは一日っつーか半日だけだったんで大掃除ってほどじゃなくて小掃除なんだけども、それでもすっげーはかどったし、終わったあとでもまだまだやれるって余裕があったもんね。プロの現場で洗われたノウハウはマジ有効。●作業スペースをつくる片付け関係は、いまあるものをすべて「見える化」して【いる/いらない】と仕分けるのがいい。そのためには、まずは広いスペースを用意してぜんぶ出しちゃう。なるべく多くの品物を一度に見られるようにすれば、あとから「あの箱にこれも入れればよかった」とか「行き場のないアイテムが出た」とかそういう悲劇を最小化できる。●キッチンタイマーで時間を区切る大掃除関係で気持ちを萎えさせる最たるものは、作業の終わりが見えないことと心身の疲労だ。タイマーで強制的に時間を切ることで、かならず休みが来ると思うことができる。この安心感は大きい。タイマーがなったら作業途中でもストップして休憩する。休憩時間は絶対に作業しない。時間が来たら作業に戻る。ここを守るだけで、進みが全然違う。さらに言えばだ。片付け関係であれば、タイマーの時間が来たらその場所の作業を完全にやめるのがいい。途中でももう終わりで次のエリアに移るという厳しさでやる。どうせ自分チなんだからハンパでもいい。次の休みにまたやればいい。それよりも部屋のあちこちから発せられる「ゴミ電波」を弱めるほうが効く。ハンパに片付いた場所なら、あとで片手間でいじったらなんとかなることもあるし、他のエリアもまんべんなくハンパに片付けることで部屋全体にささやかながらも秩序が生まれる。こっちの効果のほうが大きい。散らかりがある一定の度を超えると毎日の片付けが無意味になるラインってのがあって、大掃除ではこのダメ人間ラインの下まで散らかりを減らすのがいい。●甘いものを用意するこれが重要。マジ重要。基本は休憩中にお茶とともにいただくのだが、ダメなら作業の最中に摂ってもいい。そもそもだ。あらゆる現場仕事で、作業が長時間になりそうな場合、甘いものは必須だ。キャラメルを欠かさない映像監督もいる。脳はブドウ糖を求めるのである。頭もすっきりするし、身体も動く。チョコのカフェインには助けられたよ。とにかく、時間はしっかり守る。休むとき休んで動くときは動く。これだけで、例年と比べて全然違った。おすすめです。
2011.01.10
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ネットの方言で「リア充」「非リア」ってありますよね。「リアルライフが充実している」「充実していない」っての。つまり、ネットで他人とじゃれ合うことはできるけど、生身の部分で友人や恋人がいるのか、社交的であるかというとこを、自虐ネタ気味に言っているわけですね。クリスマスの時期に顕著になるんだけど「非リア」の人たちが「リア充爆発しろ」と罵るネタがある。恋人同士でクリスマスイブを過ごす「リア充」に、ネタっぽいけど半分は本気の呪いの言葉を吐いているわけです。あの「リア充爆発しろ」には確実に羨望と嫉妬がある。クリスマスには恋人と過ごさなくてはならない、というカッペ臭い価値観は、バブル期に「頭のいい大人」が「若者」から金を引っ張るためにつくったものだ。非リアの人たちの好きな「マスゴミと電痛」の捏造ですよ。その捏造されたバブリーな価値観を真に受けて、非リアはクリスマスに恋人がいないのはカッコ悪いとか寂しいとか嘆いている。しかしリア充(たとえばヤンキーなど)は別にそこまでクリスマスに対する情熱はなさそうに見える。少なくとも「爆発しろ」とか「死ね」とか言うまでの熱量はない。恋人がいなけりゃテレビ観てお菓子食べて笑っているだろう。普通の日だ。僕には、ふだん非リアが「電痛マスゴミが捏造」したと軽んじている価値観に、クリスマスだけドンギマリしている現象が面白くみえる。マジになるなよ。それほど羨望と嫉妬の感情ってのは強いのだろうか。ところでパーティというのは、人数が多いほうが面白い。たくさんの種類のおいしいものを食べられるでしょ?七面鳥の丸焼きが出る仲間内のパーティに出たことがあるけど、でっかいのよアレ。アメリカ人でもない限りひと家族では食べきれないの。でもクリスマス行列ができるフライドチキンよりもおいしいの。ブロイラーとは肉が違う。それを少額の会費でですね、ケーキと合わせて満腹になるまで食べられるなんてすげえいいじゃない。それに、ターキー焼きを手伝って女の子と話をするのも楽しいよ。最近は妻の実家の婿気取りな俺様だけど、クリスマスは家族でホームパーティをした。別に洒落のめしたヤツではなく、唐揚とケーキ、シャンメリー程度のものだ。礼儀としてプレゼントも持ってった。基本はネコを撫でながら酔っ払ってただけなんだけど、これがなかなか愉快であった。義母がプレゼントの用意をしていたのだ。一年の間に貯まったタオルやハンカチなどの粗品のたぐい、あるいは商品券、お中元お歳暮の残り。つまり余分な品をアミダくじで分配するのだ。これが意外に盛り上がった。「どうせならアレが欲しい」ってのがあるわけですよ。今回は義母からのプレゼントになったわけだけど、交換システムにしたらけっこういいぞ。自分チでは使わないけど誰かがうまく利用するであろう品物を、パーティの機会にガラガラポンしてしまうのですな。貧乏くさいだろうか。ずいぶん豊かな趣向だと思うけどな。捨てたり死蔵したりするよりも、年一回のペースで吐き出したほうがいいって。なにより家が片付く。いいことばかりの企画なんすよ。win-winの関係。おいしいものをたくさん食べて安上がり。ささやかなプレゼントでけっこう楽しい。友達は僕だって少ない。社交的とは言えないからな。でも、なんつうかこう、誰でも集まっていいパーティみたいなのってあるじゃない。ていうかやればいいじゃない。バブル時代に捏造された価値観にモロにはまって呪いの言葉を吐くよりもいい時間を過ごせるだろう。対人スキルがないからパーティになんか行けないとか言うなよ。スキルってなんだ。慣れだろ。ブラインドタッチやFPSのコントロールと変わらん。ゲームにちょっと触って「クソゲーだ」と放り出すのが馬鹿馬鹿しいように、面白くなるまでパーティにいれば、対人スキルもついてくるだろうと思われます。つうかこれからの日本に必要なもんだと思うんだよね。パーティ文化。
2011.01.07
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じつは昨年の夏ごろですか。『借りぐらしのアリエッティ』を観たのである。お父さん役の三浦友和、よかったじゃない。演技の良し悪しがわからない萌え声優ジャンキーは、もっとおとなしくしてて欲しいね。本編は、言動に動機がないとか破綻した脚本とか音響面の不快さとか小人に対する興味の薄さとか、いろいろ思い当たることはあるにはあるのだが、とにかくどうしてこんなにつまらないのだろうかと思っていた。そんな矢先にテレビで『となりのトトロ』を流すというので観てみた。じつは腰を据えてトトロを観るのは初めてだった。『となりのトトロ』は気持ちよかった。すんげえ気持ちよかった。まっくろくろすけの動き、あのふわっと消え去るとこの浮遊感。サツキが走るじゃない? 機嫌のいい走り、必死な走り。いろいろあるけど走っている姿が、つまり動画が気持ちよかった。さすが宮崎駿、あれは『未来少年コナン』の突っ走りだ。気持ちいいわけだ。びっくりした。こりゃすばらしいアニメだ。僕はサツキの走りがとにかく良かったんだけど、つまり『トトロ』は全編通して動きが気持ちいいのである。見ているだけで面白いのだ。子供が夢中になる理由がやっとわかった。ここまで気持いいとストーリーとかいらねえのな。わからなくても見てておもろい映画なのよ。アニメーションという言葉の意味を考えると、トトロの魅力がどんだけ本質的で強力なのかわかる。そして同じ時期にケーブルテレビでアニメ『名探偵ホームズ』を観た。宮崎駿が演出をする回があって、べらぼうに出来がいい。目を離せない。ミーハーと言われようがなんだろうが、若い頃の駿が絵をブリブリ動かすときの快感は最高だ。アニメは、絵が動く快感だけで引っ張っていける。『アリエッティ』で気持ちよかったのは、ド最初の、庭でアリエッティが発見されるとこの、アリエッティが草を降りて走るシーンだけだった。マジでここだけ。『アリエッティ』がひどくつまらないのは、アニメ映画として動きが死んでるからかもしれない。いや、カメラワークも意味不明だし脚本もオカシイんだけどね。そのあとで、テレビで『トイ・ストーリー2』を観た。あのCGのテイストを食わず嫌いしてたので、これまた初めて観るものだった。エンターテインメントとしての完成度、とくに空港での「大列車強盗シークエンス」の素晴らしさには感激した。人形というサイズを生かした状況、西部劇というものに関する伏線の張り方、なにより全編の覆う映画文化への愛情とリスペクト。なんとも傑作だ。『トイ・ストーリー』シリーズの背後には、ハリウッドが積み上げてきた大きな文化があるのだ。ひるがえってスタジオジブリはどうだ。日本のアニメはどうだ。ということも考えてしまったのです。ごくまれに出てくる天才に頼っているだけで、文化を育む土壌になっていないじゃないですか。志のある人がそれなりにがんばればいい仕事ができる環境、それが文化を育む土壌ってもんですよね。ハリウッドはあいかわらずあの通りだけど、それでも文化の仕組みとしてしっかりしている。聞くところによるとシナリオの体裁には共通規格があるんだって。すげえよな。目的が金儲けでもなんらかの「表現」でも、それを実現できるシステムと環境があるわけだな、きっと。だから、『トイ・ストーリー』みたいな安パイシリーズを「利用して」傑作を表現できるわけだ。『ゲド』や『アリエッティ』の話をしてします。新人監督をいきなり抜擢、ったって、ねえ。あまりに『2』が良かったので映画館に『トイ・ストーリー3』を観に行った。初めて知ったけど本編の上映前にショートフィルムがあるのね。『Night&Day』だっけ? 面白かったです。五分程度の完成品をつくって観客の前に出す。でも失敗も許される。あちらの新人監督にはそういう機会があるのかな。鈴木体制のジブリは新人監督にいきなり本編をまるごと撮らせてしまうわけだけど、これはキツイよ。たとえば『名探偵ホームズ』みたいな番組があったらいいなと思ったのだ。一回ぶんが正味20分の連続もので何人かが持ち回りで演出を担当していく場所。駿だってそういう場所で経験を積んだわけでさ。初監督の場がいきなり全国ロードショーされる大バジェットの二時間映画しかもジブリブランドなんて、かわいそうだし育ちもしないよ。でも、日本のアニメ界には、30分の子供向け番組で若い才能を磨いていける場がないのですな。これは、客が、悪い。
2011.01.06
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せんだってはお正月で酒が飲めたわけだが、おせち料理に関する寒々しいニュース、知ってますか。グルーポンで「バードカフェ」のおせち料理を注文すると二万円くらいのものが一万円くらいで買えておトク極まりない、はずが、届いてみたら見本とぜんぜん違う貧相なものだったので電光石火クレーム発生、ツイッターで炎上、社長辞任ののち逆ギレ、というアレな。僕はこの件でおせち料理がどうしてあんなにおいしそうじゃないのかという三十年来の疑問が腑に落ちたんだけど。おせちって基本が保存食で、あとはヨロコンブ的なダジャレでできてんのね。そもそもは家の女性が正月に炊事を休むための、保存食であり餅なんですよ。家電が出来る前からの伝統ね。甘すぎる豆とか味の濃い佃煮だらけの重箱がごちそう扱いだったのがよくわからんかったけど、縁起担ぎのダジャレ食材を昔の方法で保存食にしたものなんだから、とくに高級なもの以外はまあ、おいしいから食べるってものではなかったんですな。ということに気がついたのです。あの佃煮、不味いのにいっぱいあるんだもの。超うれしくない。でも、僕が不味いなと思ってたのはウチのオカンがスーパーから買ってきたものを重箱に詰めただけだからだろう。立派な料亭で職人が寝ずにつくるおせち料理はおいしいんだろうし、そもそも比べるものではない。ここらで我々は「階級」というものに気がついたほうがいい気がしてきた。数万円のおせち料理というのは、数万円を惜しまない人たちが買う物だ。そこを一万安く買えておトクっていうふうに思い群がったというところに、なんか変な感じを覚えるのだ。得したって言っても、たった一万円、だよ。妻がパートでおせち料理の予約を受けたことがある。高級デパートでのことだ。十万円のおせちに加えて五万円のものを複数個のご予約をしてった人がいたそうだ。もちろん支払いは外商部に回す。現金もカードも出てこないレベル。なんで何個も予約するかって、十万のは自宅用。五万円は買い与えるぶんなんだろうね。年始回りにたくさんの人たちが来る立場。自分は家で待つ側。安いほうの五万円おせちは使用人に与えるのか年始の客にお土産に持たせるのかわからないけど、ぽんとあげてしまうわけだよ。こういう人たちは、一万円おトクだからっておせち料理をネットで予約しないだろう。一万円の差なんて気にしないよ。これが階級よ。日本にも階級はあるけど、それはなかなか表に出てこなかった。戦後はとくにそうだね。一億総中流なんて言葉で見えにくくなってたけど、不況二十年、そろそろ顕在化してきていい気がするし、見えたほうがいい気がする。貧乏くさい卑しさにつけこんで分不相応な料理をプロデュースしたカフェも、たった一万円のおトクのために群がった餓鬼くさい人たちもなんかやだ。この件は、金が無いくせに贅沢をしよう/させようと卑しい連中が結託してできあがった、単に嫌な話だよね。ハイクラスもロウアーも、例年通り正月を美味しく楽しんだんだもの。だから、「階級」を意識したほうがいいんじゃないかな。だって「カフェのおせち料理」だよ。こういうのを買いたいと思うのってつまり、お友達に「いくらトクしたか自慢する」ところの勝負になってるわけでしょ。おいしいとか名のある料亭の品だとかじゃないわけで。なんでもいいからとにかく「いくら安く買えたか自慢」がブランドの代わりになってくるわけでしょ。そういうセコさの競争なわけでしょ。ビンボくさいよ。ビンボくさいおせちがお似合いでしょうがよ。僕は寿司を食べた。雑煮も食べた。お年始で人数が集まったのでみんなで肉まんを手作りした。蒸篭でパーリナイだぜ。ぜんぶ美味しかった。かまぼことカズノコは好きです。
2011.01.05
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後藤啓二 - 議員http://www.your-party.jp/members/kounin/gotoukeiji.htmlふーん。みんなの党に投票すると、いわゆる「非実在青少年条例」をつくった後藤弁護士が参議院議員になるかもしれないのね。マンガを規制すりゃ子供が守られるとマジで考えてる人だよな。経歴もなかなかのものなんだな。元生活安全課か。ふーん。ホントきりがないな。
2010.07.10
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ワールドカップはこれからが本番。勝つしかない。「岡ちゃんごめんね」的な言説が流れているが、日本代表監督は、協会と広告代理店とマスメディアとスポーツ用品メーカーに足を引っ張られながらがんばってるのですよ。1998フランスのとき、岡田監督はあんだけやってくれたじゃない。ちゃんと謝るだけではなく、これからは責める相手を間違えないことが大事だぞ。僕の希望は。逆転勝ち。今日勝つまでがノルマ。ここまでは前々回に来れている。かつて来た道だ。今日勝って、やっと冒険の入り口に立てるのだ。今日、逆転で勝てたら、ひょっとしたらひょっとする。南米のチーム相手に、ワールドカップのトーナメントで逆転できるメンタルがあれば、本当に強くなれる。そんなポテンシャルが生まれる。サッカーを実感できる。まあそのためにはトゥーリオが邪魔なんだけど。泥のような試合を戦って、ものにしてくれ。
2010.06.29
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デンマークと死闘だ。相手は勝ちに来るのだ。僕の理想。後半早めにテンポを変えてガーっと攻めて先取点。あとの40分はポゼッションを可能な限り高めに保つ努力をする。そして省エネで終わりたい。これがもっともリスクの低い展開だろう。負けにくい展開。こないだのオランダのように戦う。これができりゃ、いいのになあ。できたら後半ロスタイム中にトゥーリオにレッドカード。暴言で帰国。妙手なり。
2010.06.24
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性的に無知な青少年は、搾取しやすい。性的なことをよくわかっていない相手は、いい加減な避妊法やインチキなセーフセックス技術などで言いくるめてオモチャにすることなんかが簡単、ってことですね。「健全育成」を唱える人たちはこの危険性に気がつこうとしない。あるいは青少年を無知なままにしておきたいのかもしれない。そう考えないと整合性が取れない。あんたらはホントは、子供を無知な状態に置いて性的なオモチャにしたいのではありませんか?せんだって、3月15日に都庁で行われた、「非実在青少年規制条例反対集会」に行ってきました。この集会は、民主党の都議、吉田康一郎さんのおかげで会場を使うことができたのだそうです。お疲れさまです。あきらかにマズい条例だとわかっていても、議員さんは「児童の性的搾取」というお題目には表立って反対しにくいのだということです。そこで、関係各方面に反対の声をあげて後押ししてもらわないと、議会の中で戦えない。そういう理由で集会の場所をとってくれたわけです。で、前衆議院議員の保坂展人さんも飛び入り参加。とりあえず継続審議となりましたね。安心しないでいきましょう。 反対集会のレポートなどはこちら。すばらしいです。http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1003/15/news074.html「文化が滅びる」--都条例「非実在青少年」にちばてつやさん、永井豪さんら危機感 - ITmedia Newshttp://blog.livedoor.jp/nob_kodera/archives/2487793.htmlコデラノブログ4 : 非実在青少年規制反対集会速報http://www.menscyzo.com/2010/03/post_1017.html「非実在青少年問題」イベントレポート! 規制が孕む問題とは? - メンズサイゾー-------------------------- 以下、僕のメモから箇条書きにします。遅きに失した感がありますし、漏れも多いんですが、まあ僕のメモとして書きます。 ●里中満智子氏(漫画家・文化庁文化審議会委員)・漫画は叩かれやすい。・このような条例改正では表現が萎縮する。・子供のため、健全のため。そう思うことを否定するものではないが、誰かが思う「これが正義だ」というものが世に広まることはいかがなものか。・自由とは覚悟である。・決してお行儀の良くない小説『太陽の季節』が当時の若者にどれだけの刺激を与え、どれだけの意欲を与えたか。●竹宮惠子氏(漫画家・京都精華大マンガ学部長)・この件はファンからのメールで8日に知った。・規制したい気持ちはわかる。●さそうあきら氏(漫画家・京都精華大マンガ学部)・子供に見せたくないものはある。・たとえばテレビで毎日のように繰り返される政治家の言い争いなどは18禁にして欲しい。●おがわさとし氏(漫画家・京都精華大マンガ学部)・青少年は妄想するもの。・私も英語文法の教科書のベンとルーシーで妄想したものだ。●山口弁護士 http://yama-ben.cocolog-nifty.com/・「ハレンチ学園は大丈夫ですよ」と読売記者に言われた。つまり、この条例がいかに恣意的なものかが証明されている。不健全かそうでないかは、規制する側の「誰か」の気持ちで決まるということだから。【参照】http://news.livedoor.com/article/detail/4660859/都・マンガ規制の問題点を読売新聞が身を呈して実証 - livedoor ニュース●永井豪氏(漫画家)・『ハレンチ学園』の騒動を思い出す。●呉智英氏(評論家)・子供は嫌いでロリコンの気持ちもわからない。・しかし法律論と文化文明論から、この規制には反対する。・行政はマンガを推奨・推薦すればいい。・禁止するのはダメ。・文化文明論的には、人間活動にはネガティブな面もある。だからエロい表現からの影響はあるが、拙速な規制はいけない。・規制したい人たちは、まるで「良貨が悪貨を駆逐する」と思っているみたいだ。●森川嘉一郎氏(明治大学国際日本学部准教授)・規制への期待の根っこにはオタクへの無理解がある。・これは、世間に対するオタクからの説明の怠りがあった。反省点である。・「一般の人」は、「いい漫画家がいい漫画を描き、悪い漫画家が悪い漫画を蔓延させている」と思っている。・マンガ文化はピラミッド構造である。底辺が広いほど頂上は高くなる。・コミケ参加者の七割が女性だというと驚かれる。・文化庁メディア芸術祭で、エロパロ作家が大賞を取っている事実がある。・エヴァのエロパロ漫画を描いてた作家は、文化庁メディア芸術祭で大賞を取り、さらにまたエヴァのフィギュアを自主制作もしてて、それにガイナックスが版権をおろしてガイナックスが販売している。・エヴァのエロパロは、ちょっと言い逃れできない「非実在青少年の性表現」。・そういう漫画家が、文化庁に表彰されている。「いい漫画家と悪い漫画家がいる」という認識がいかに事実から乖離しているか。・著作権という観点からも、「いい/悪い」の単純な線引きはできない。・プロとアマチュアの共生関係で成り立っている世界なのである。・わざわざ行政から「著作権違反だから取り締まってやる」と言われることはない。・才能に「有害」とレッテルを張っては、スポンサー離れもありうる。・岡崎京子もエロ本デビュー(おおらかな時代の真性ロリコン雑誌)。・過激な性描写がある『ヘルタースケルター』は手塚文化賞受賞。・吾妻ひでおも伝説のロリエロ誌『シベール』で描いてるし、しかし文化庁からも表彰もされている。・このような混沌とした土壌が日本のマンガ文化の源である。●藤本由香里氏(評論家・明治大学准教授)・さすがに「ネタだろ?」という条例で、通るはずがないと思っていた。・この改正案が知らないうちにすばやく通されようとしていた。・規制の目安を問い合わせた人がいて、都の職員に「細かい具体例は条例ができたら考える」と言われた。・30歳と16歳の真摯な恋愛を描く場合を問い合わせたら「条例ができてから考える」と言われた。・なんでも取り締まることができる条例だ。・この条例は、道徳を取り締まりたいのだ。・表現や嗜好を否定され続けたら、人は犯罪者になるしかない。●山口弁護士・たとえば「消費税を上げましょう」という案であれば、ダメだったら直せばいい。・しかし「表現の自由」規制は不可逆だから、取り返しがつかない。・漫画や映画が、本やフィルムが無くなってしまう。・取り返しのつかないことは、もっとしっかり納得が行くまで考えてやらないといけない。・この条例の運用面は、2~3年で異動する担当者の「気分」にかかっている。 問題だらけの条例改正なんですね。継続審議になりましたが、これはまだ終わったわけではないんです。廃案にしても、またいつか出てくるものです。そして、一度通したらおしまいです。我々に「勝ち」は無いのです。都議に紳士的に陳情。国会議員に陳情。「お前の党の都議がこんなバカな条例改正に賛成してやがる。次の選挙で泣きたくなかったらわかってんだろうな」という意味の丁寧な言葉でな。継続審議や廃案になったらお礼状を忘れるな。 なお、ほうぼうで言われております「竹宮惠子先生の『惠子』は石原慎太郎の作品から取られた名前説」というのは勘違いからの間違いであると、竹宮先生が訂正。年代が合わないというオチ。「年齢詐称、すみませんでした」と笑いを誘っておりました。-------------------------------★図書館からも反対意見http://www.jla.or.jp/kenkai/20100317.html「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」について 社団法人日本図書館協会理事長 塩 見 昇★すごい勢いのまとめサイトhttp://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100319_hijituzai_seisyounen「非実在青少年」問題とは何なのか、そしてどこがどのように問題なのか?まとめ - GIGAZINE★この問題から発見した、重たい事実性被害と性意識。(ちょっとヘビーなハナシ) - phoque's voicehttp://d.hatena.ne.jp/quix_que/20100318/1268918358憎むべきは性犯罪。性に対する抑圧によって苦しめられたケース。過剰な抑圧は有害。たとえば「純潔教育」は、恐ろしい結果を生むでしょうね。 --------------------------------この青少年健全育成条例改正、いわゆる「非実在青少年規制条例」は「治安」主導で進められています。マンガやアニメが「治安」で規制だぞ。道徳を取り締まる条例が「治安」目的なんだぞ。すごい事だよ。「現代の治安維持法」と言われるわけだよ。まともな神経でこれはできない。改正案をつくった協議会も、賛成している議員も、あたまヤバいって。
2010.02.06
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非実在青少年規制条例をめぐって、都のPTA団体の代表と条例を提案した人物が同じであることが指定されています。 また、都小Pがこの条例を支持しているという声明が出されましたが、それは保護者の総意ではありません。 詳しくは川端裕人さんのブログに書かれていますので、ぜひとも読んでご理解していただきたいと思います。 もし親御さんの中で本条例に反対されている方がいるとしても、「条例に賛同する」という意見が代表から勝手に出されてしまった形になっています。 構造としては、知らないうちに署名に名前を使われた格好です。 ご注意ください。リヴァイアさん、日々のわざ: 都小Pが、東京都の保護者の声を代表していない理由(非実在青年の条例改正をめぐって)http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2010/03/post_86fe.html この事実は、都議会に理解してもらわないとものすごくマズいです。 ありったけのでっかい声で言いふらしてください。
2010.02.05
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転載します--------------------------------------[mixi] 山本弘さん | 目に見える形で反論を提示するhttp://mixi.jp/view_diary.pl?id=1439171794&owner_id=365376 しつこくこの関連の話題を書かせてもらう。 推進派の意見を見ていて思ったのは、彼らは「表現の自由なんて踏みにじってかまわない」と思っているらしいことだ。 だって「自由」は目に見えないから。 「自由」は空気みたいなものだ。そこらじゅうに存在しているのに、漠然としていて、目に見えない。人はそれに支えられて生きているにもかかわらず、普段、そんなものの存在を意識していない。だから「ちょっとぐらい減っても生きていけるでしょ?」と勘違いする人間もいる。 空気と同じく、「自由」も欠乏したら窒息するということが、彼らには理解できていない。 だから「表現の自由」を錦の御旗として振りかざしても、その大切さが分からない人には、アピールしないんじゃないかと思うのである。 彼らにはもっと目に見えるものを突きつけなくちゃだめだ。 そこで、こんなアピールの方法を考えた。(一部、前に書いたことの繰り返しになるけど、ご了承いただきたい) 日本の少年マンガの中で、性的描写や暴力描写が頻出するようになったのは、1960年代末からである。その牽引役が永井豪氏であることは言うまでもない。もちろん他にも多くのマンガ家がいたのだが、最も有名で、当時の子供たちに最も影響力があったのは、この人だと思って間違いなかろう。 主要作品 連載期間 『ハレンチ学園』1968~72 『あばしり一家』1969~73 『デビルマン』1972~73 『マジンガーZ』1972~74 『キューティーハニー』1973~74 『バイオレンスジャック』(週刊少年マガジン版)1973~74 『イヤハヤ南友』1974~76 『けっこう仮面』1974~78 『へんちんポコイダー』1976~77 永井氏の人気の絶頂期が60年代末から70年代後半であったことが分かる。 その作品のどれも、未成年の全裸、セクハラ、下品なギャグ、暴力描写、残酷描写などがてんこ盛りである。正直、今の少年マンガのエロ(『To LOVEる』とか)なんて、永井豪作品に比べれば生ぬるいぐらいだ。もちろん当時、PTAなどに「有害だ」とさんざん叩かれた。 規制推進派によれば、こうした作品は「青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」ということになろう。つまり永井豪のようなマンガが増えることによって、青少年の性犯罪、自殺、殺人などが増加していたはずである。 実際はどうだったか。青少年によるレ.イプ、自殺、殺人の推移を見てみよう。 強.姦被害者数 http://kangaeru.s59.xrea.com/G-youjyoRape.htm#G-youjyoR1-2 60年代後半から急降下している。 各年齢層10万人当たりの若者自殺率 http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Jisatu.htm 1965年からほぼ横ばい。 未成年の殺人犯検挙人数 http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm 60年代後半から、すごい勢いで急降下! 無論、大勢のレ.イプ犯の中には、永井豪作品に刺激されて犯行に走った者が何人かいた可能性は否定できない。だが、それは実証できない。 たとえ何人かそういう奴がいたとしても、この時代の急激な犯罪率低下の波に飲みこまれ、データからは見えなくなっている。 さらに、規制推進派の主張からすると、青少年向けマンガの表現規制が日本よりはるかにきびしいアメリカや韓国に比べ、日本の犯罪率は高いはずである。 現実はこうだ。 人口1000人当たりのレ.イプの件数 http://www.nationmaster.com/graph/cri_rap_percap-crime-rapes-per-capita 日本は65ヶ国中54位。アメリカ9位、韓国16位。 人口1000人当たりの殺人 http://www.nationmaster.com/graph/cri_mur_percap-crime-murders-per-capita 日本は62ヶ国中60位。アメリカ24位、韓国38位。 人口1000人当たりの若者による殺人 http://www.nationmaster.com/graph/cri_mur_com_by_you_per_cap-murders-committed-youths-per-capita 日本は57ヵ国中57位! アメリカ14位、韓国39位。 少ねー! 日本の犯罪、少ねー! これは世界に誇るべきだ。日本はこれだけエ.ロマンガやエロゲーが氾濫しているにもかかわらず、世界の中でも、とてつもなく犯罪の少ない国なんである。 さらにアメリカのデータを見てみよう。 アメコミ・ファンならご存知だろうが、アメリカでは1949年ごろから反コミックス運動が高まった。当時のコミックスには、残酷なシーンやセクシャルなシーン(斧で切断された首、目をナイフでえぐられようとしている女性、ムチで打たれている女性、きわどい衣裳で踊る女性、下着姿で縛られた女性などなど)が多く、それが青少年に悪影響を与えると騒がれたのである。出版社やニューススタンドには「俗悪なコミックスを売るな」という抗議が殺到。一部の地方では、大量のコミックスが学校の校庭などに集められて燃やされた。 1954年、合衆国議会の少年非行対策小委員会は「コミックブックと非行」と題するレポートを発表、青少年に悪影響を与える可能性のある表現を規制するよう、コミックス出版界に勧告した。 これを受け、全米コミック雑誌協会は「あらゆるコミュニケーション・メディアの中でもっとも堅苦しい」と彼ら自身によって評されたコミックス・コードを制定した。1954年8月26日のことである。 暴力表現や性的な表現にきびしい規制が設けられた結果、コミックス界全体から活力が失われた。そのため、読者の多くがコミックスを買わなくなった。コミックス・コード制定前、コミックス誌は650タイトルもあり、毎月1億5000万部も発行されていたのだが、ほんの数年で半減してしまった。多くの出版社がコミックスから撤退した。フィクション・ハウス社やベター社など、倒産した出版社もいくつもある。 その結果が上のグラフである。アメリカの指標犯罪(凶悪犯罪や窃盗犯)の件数をグラフにしたものだ。 (せんだって日記注:グラフは元ページを参照) まさに一目瞭然! コミックス・コードが施行された54年以降、アメリカの犯罪は減るどころか、急カーブを描いて上昇しており、1980年には3倍にもなっている! ちなみにこのグラフは、前田雅英『少年犯罪』(東京大学出版会)という本から引用したものである。 そしてこの前田雅英氏こそ、今回の「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正案を出した東京都青少年問題協議会の専門部会長なのである。 どうなってるんだろうか。前田氏は自分の書いた本に載せたグラフの意味を理解していないのか。 つまり、マンガの表現と青少年の犯罪の間には、規制推進派が主張するような正の相関関係ではなく、負の相関関係(表現が過激になれば犯罪が減る)があるのだ。 無論、相関関係があるからといって因果関係があるとは断言できない。相関関係はあっても因果関係のない事例はいくらでもある。 だが、少なくとも、相関関係が存在しないところに因果関係を求めるのは無茶だということは、子供でも分かるだろう。 それに、もしかしたら本当に因果関係があるのかもしれない。海外では「ポ.ルノが性犯罪を抑制している」という研究があることもつけ加えておく。 P o r n: Good for us? http://www.the-scientist.com/article/display/57169/ 規制推進派の人たちはこうしたことを知らないのだろうか? そんなことはない。彼らは知っている。第28期東京都青少年問題協議会議事録(第10回専門部会)には、こんなくだりがある。 http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/09_28ki_menu.html >○吉川委員 (中略)特に、答申案の46ページに、そうした図書が自由に流通していることによって、子どもたちがこのような性交をしても構わないという認識を青少年が持って、健全な性的判断能力が大きくゆがめられることになると言い切っていますが、ここについて、その根拠はどこかと言われたら、それあくまで我々としては、たぶんそうだろうという認識であるとしか言えなくて、私自身、別に過激な漫画、子どもポルノについて容認する立場では全くないのですが、こうした指摘に対しての見解案としては、少しピントがずれていると言われても仕方がないのかなと危惧しております。 「たぶんそうだろう」というのが根拠なのだそうだ。 >○吉川委員 私としては、性犯罪の減少も目的の一つであると言ってしまって、ただ、そうした創作物が性犯罪の発生と密接な因果関係があるかどうかを、必ずしも統計を示してまで立証する必要はなくて、逆に、関係がないという根拠もないわけなので、だから、統計的なデータがないから犯罪との因果関係がないとは別に言い切れないと突っぱねたらいいと思います。 立証する必要はないし、データがなくても「突っぱねたらいい」のだそうだ。 ふざけるな。 お分かりだろう。彼らは自分たちの主張を支持する根拠がないことを知っている。にもかかわらず、規制を主張するのだ。これはもう、「データなんかどうでもいい。俺たちは規制したいからするんだ」と自白しているようなものである。 まとめよう。 規制によるメリット ・表現を規制すれば青少年への悪影響が少なくなって犯罪が減る。 (ただし証明されていない。データは正反対の相関を示している) 規制によるデメリット ・表現を規制すれば逆に犯罪が増える可能性がある。 (因果関係は証明されていないが、相関関係はある) ・出版業界、アニメ業界、ゲーム業界が打撃を受け、多大な経済的損失が生じる可能性が高い。 ・冤罪事件や言論弾圧に悪用される危険がある。 グラフを提示するとともに、「このメリットとデメリットを比較してください。あなたなら規制に賛成しますか?」と問いかけてみるというのはどうだろうか。 「表現の自由」という抽象的な概念に頼らなくても、これぐらい目に見える形で提示すれば、理解してくれる人は増えると思うのだが。 【この日記は全体に公開します。転載は自由です】ぼくのまとめ。★規制を推進する人たちは、規制することで子供の危険が増えるかもしれないことを知っててやっていること。★憲法を踏みにじるつもりで規制を進めている人たちに、「表現の自由」という方向からの反対運動は蛙の面に小便かもしれないこと。★継続審議ではまだ危険。廃案まで持っていって、やっと青少年の安全が守られる。ホントは、このような条例や法が二度と提案されないまでにゲインすることが望ましい。★規制化は、青少年にとってむしろ危険の方が多い。
2010.02.04
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さようなら『太陽の季節』、さようなら谷崎潤一郎、さようなら川端康成、さようならヱヴァンゲリヲン、さようならボーイズラブ全般。 いま都議会で改正されようとしている「東京都青少年健全育成条例」が通れば、『太陽の季節』もBLもおしまい。そんな、ちょっとオカシイことが起こっている。 詳しくはここで ↓ 。http://mitb.bufsiz.jp/東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト 東京都青少年健全育成条例とは、まあ不健全図書の規制なんかをする条例。あの「有害図書」ね。 今回の改正では、規制をするために「非実在青少年」という言葉が作られた。 非実在青少年とは「表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの」だそうだ。 この「非実在青少年」の下着、裸体、性描写が含まれるものは「不健全図書」として規制対象になる。 『太陽の季節』のような小説や、漫画やアニメ、ゲームに登場する少年少女のキャラクターの性描写が(パン.チラやファーストキスなど)青少年にとって有害だから規制しないといけないと、都議会でまじめに議論されるわけだ。 大丈夫なのか。 電波じゃないのか。 なんかの宗教ですか。 この案を練ったのが、東京都の諮問機関「東京都青少年問題協議会」。 この協議会では「彼らを障害者と規定できないか」という論旨の発言があった。障害者ならば規制できるそうだ。 障害者は規制しろ、だと。 もう狂ってんじゃないかっていうヤバい連中がつくった改正案なんだよね。 それを都議会が通すってのね。 もうやだー。 明らかに憲法違反の条例なのに、都議会はそれを通そうとしている。本当にひどい。 ひどい。 表現規制による児童の安全確保はいろんな先進国で失敗している事実がある。 規制するメリットがないことは、とっくの昔に実証されているのね。 この『太陽の季節』が児童ポルノになるくらいにエキセントリックな条例の改正は、3月18日に審議開始。 なんとかするなら今週末がリミットと言われている。 このままでは決まってしまう勢いだってんだから、本当にマズい。 アニメは海外で人気だとか萌え産業だとかじゃなく、いつもの表現の自由ラインでもなく、別方面の抗議をしないといけない気がする。 相手は憲法違反をものともせずに、児童の安全も簡単に捨て去る連中である。障害者は規制しろって連中だということを忘れてはいけない。 それに、こういった条例に賛成する人たちに「産業だ、表現の自由だ」と言ったって聞いてもらえない。 この条例では児童はますます危険である、と訴えたい。 まず、都議が全員バカに見える。大人を尊敬しなくなるどころか、明らかな悪法による圧政は遵法精神を損ねる。マジで。 バカバカしいから法を守らないっていうクセがつくのね。 あと、「非実在青少年」が禁制品となると値が上がり、相対的に「実在青少年」の値が暴落する恐れがある。 杞憂だろうか。 じゃあやってみるか? なあ、やってみるっていうのか? ヤクザが「裏マンガ」を売って荒稼ぎ、実在青少年同士は娯楽がないのでカラオケボックスあたりでチョメチョメ、プチエンジェル事件の全国的な多発もあるかもね。だって法に従っても意味がないって教えられてんだもの。 そういうの、イヤでしょう。 今回の改正はボーイズラブや同人誌がターゲットらしいって噂もあるぞ。BLが狙われてんの。 僕は、いま作られているはずの『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を観たいんだ。 だからこの条例改正をなんとかしたいし、できたらこんな憲法を無視した野蛮な改正案が出てくる根本を断ちたい。エクパットとかな。 抵抗の方法はこちらから ↓ 。http://mitb.bufsiz.jp/東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト とりあえず落ち着いていこう。この改正案はまともな感覚で考えられたものじゃない。信じられないほど奇妙なものだから。
2010.02.03
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今朝の『とくダネ』に、トリノ&バンクーバーオリンピックスノーボードハーフパイプ金メダリストのショーン・ホワイトが生出演してたけど、観た? アメリカの田舎青年、という感じで非常にかわいらしい天才だ。 ガンプラをプレゼントされて、すっげーはしゃいでた。ガンプラを手に持って「ぷしゅー」と遊ぶメダリスト。 彼はスノボが楽しくてしょうがないガキ、スノボオタクであった。 ショーン・ホワイトは、彼自身をモデルにビデオゲームが作られたり、テレビで放映される大会で賞金をバリバリ稼いだり、そんなこんなで年間八億円くらい稼いでいる。そして自分のチームを維持している。 Xgameの文化って基本的にはワルガキのもので、アメリカでは八億のスターを生み出すような文化的背景があるわけだけど。 いまスノーボードのトップにいるのはガンダム好きのボードオタク。国母のようなワナビーギャングスタがその後塵を拝している。かっこいいつもりのワルが、ナードの真似をして一生懸命追いかけているという状況なのが面白い。 ひとりでプレイしてトリックの出来を競う系のXsportsはオタクの気質にフィットするものではあるんだけど、派手でゴツくて挑戦的で挑発的で反体制でスカッとするので、ワルやボンクラにも好まれる。ギャングスタ方面あるいはブラックカルチャーとの親和性は知らないけどね。白人の遊びだもんね。 国母の服装にクレーム入れた暇人は頭悪すぎとは思うけれども、反対に起こった国母擁護論もなんか馴染めない。 田舎アメリカ白人みたいでスノボオタクで努力する天才なショーン・ホワイトを見たら、ますます国母は恥ずかしい子だと思ったわけです。格好つける場所を間違える男は、なあ、イタいだろ。 でもこういうイタい男がいま「カッコいい」のですか? マジですか? 服ばかり気にして、言い訳が多くて、仕事ができない男がカッコいいわけですか。おいおい勘弁してくれよ。 と、国母をかばうギャルに説教して、泣いたところを抱きしめる。そんな口説き術。
2010.02.02
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このケンカは負けた。いま思えば、数年前から完敗に向かってたのだった。くやしいなあ!●勝つために、練習するのではなくルールを変える。それがウインタースポーツというゲームのもうひとつの「ルール」だ。●キム・ヨナみたいな金メダリストだったら「生産」することができる。●キム・ヨナはホントに、かわいそう。最高にかわいそうな金メダリストだ。●華奢な肩とか幸薄そうな顔とかかなり好みなんだけど。スケート後進国だった韓国でたったひとりであそこまで成長したってのもリスペクトなんですけど。スケートも上手ですけど。でも。●僕は夢想していた。 表彰台のてっぺんで、キム・ヨナが大ブーイングに晒されている光景を。●なんでかって、フィギュアスケート業界が食いつぶしている天才・浅田真央が勝つには、報われるには、もうそれしかなかったからだ。●浅田真央が勝つには、まずキム・ヨナを超える印象を観客に与えなければいけなかった。絶対にミスできない。このプレッシャーは尋常じゃない。真央は悪くない。橋本聖子団長以下のスタッフが阿呆なんだ。フィギュアスケート協会とかJOCとかが最悪なんだ。しかし、そこまで追い込まれていたわけだ。追い込んだのだ。●キム・ヨナのメンタルタフネスも尋常じゃない。絶対にミスできない状況でリンクに出る気分はいかがなものか。ミスしたら、あの国の人からの全力バッシングもありうる。知らないオッサンが家の前にきて泣きながらカッターで腹を切ったりするのだろう。19歳のお嬢さんに負わせていいプレッシャーなのか。それがオリンピックなのか。それだけでキム・ヨナはすごいと思う。●結果、ヨナは完璧にノルマをこなし、真央はチャレンジしてしくじった。くやしいなあ!●真央が悔しさを隠さずに泣いたことが、すごくよかった。 NHKのアナウンサーも、彼女が素直な悔しさを表明したことに感動したのか「自分を出せたんで悔いはない」的なことを言って逃げ道をこしらえる選手、つまり国母みたいな負け犬を遠まわしにdisてたのが痛快だった。ホントに強いアスリートはしっかり悔しがるものだ。●それにしても、弥勒菩薩のような浅田真央にあんな表情をさせる演技は「芸術的」なんだろうか。表情の演技は見るからに苦手ではないか。必要条件を満たせていないじゃないか。タラソワ、いかがなものか。●あの真央の選曲は、勝つための戦術だったんだろうか。陰気極まるラフマニノフとか。タラソワ、いかがなものか。●自然に手拍子が始まるような選曲の選手は非常に有利なメンタルで演技できてたよな。●選曲って重要なんだよね。ビートがあると観客を巻き込むのが容易なのだ。本当に簡単なんだけどな。タラソワ、勝つ気があったのかな。●いずれ、上位の選手の女子フリーの演技は全部退屈だったよなあ。●ああいうのが芸術的で高得点を出すのがフィギュアだっていうんだったら、なんか相当つまんねえ競技なんだな。 そういうことしてっと金にならねえぞ。●長洲未来のスター性というかコケティッシュな魅力は発見で。とりあえずディズニーアイスショー『ムーラン』の主役で将来は安泰だね。 彼女は、現状のルールのままならば、きっといつかキム・ヨナを脅かしてくれるだろう。でもまあその時はまたルールが変わるのだろうけれども。あるいは、ヨナは早々にプロ転向するだろうか。●あと、ロシェットはあいかわらずトロカデロにいそうな人だなあ、と思いました。●いまハイライトでプルシェンコのフリーを再び見たけど、あの軸のぶれたジャンプで転ばないのが、もうオカシイ。さっぱり分からない。集中力なのかプライドなのか人並み外れた身体能力なのか、まあぜんぶなんだろうけど、あの男はホントにすげえな。 重力をキャンセルしたとしか思えない挙動。でも、トップレベルになると何人か、できるヤツがいるんだよね。●浅田真央とプルシェンコはよく戦った。 僕らは覚えている。 彼女らが、何とどのように戦ったのかを知っている。その勇気を知っている。彼女たちの才能がいかに高みにあるのかを知っている。誰よりも魅力的で圧倒的な滑りをしたのかを知っている。 金メダリストよりも素晴らしい滑りをして、なんでか負けた選手がいることを、世界中の観客は知っている。認めない人たちもいるだろうがな。
2010.02.01
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以下はtumblerの画像だよ。http://nwashy.tumblr.com/post/404846872/ranpie-applemecanique-photo-gallery-yahoo 国母クンの腰パンサングラスドレッドを「許せない、日本の恥だ」という人は、このアイスダンスの日本代表をどう思うのだろう。 帰化したアメリカ人ハーフの姉弟。 まるでアメリカ人が想像しているスシ・ゲイシャ・テンプラな「ジャパン」をダンスで表現してくれて、本人たちは最高に満足しているのだが。 僕はこっちのほうがちょっとマズいと思うけれど。
2010.01.31
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「わかったよ。腰パン程度のことで、五輪選手にふさわしくないだとか、そういう七面倒くさいことを言われるんだったらオレはオリさせて貰うよ。だって、オレは五輪代表である前に、何よりもまずオレ自身なわけだからさ」 ニヒルなことで有名なコラムニストの小田嶋隆さんが書いた「『裾出し腰パン』を『皿仕上げ』でおいしくいただきましょう」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100212/212742/)にある、国母選手の想定セリフだ。 笑った笑った。> 逆に言えば、謝罪会見を蹴飛ばす覚悟が無いのなら、最初から腰パンで歩くみたいなおイタはすべきじゃなかった。 や、ホントそうだと思う。 国母選手は(反骨的なXsportsプレイヤーとして相応しい態度で)席を立たなかったから、国民はますます怒ったのだ。不良ならハンパしたらいかんよ。 それはそれとして、服装のことでクレームを入れた善良なる匿名の庶民も怖い。メンタリティとしては、ユダヤ人の家をSSにチクった第三帝国市民と同じだよな。 国母選手の服装はダサいとはいえ、非国民扱いするのも怖い話です。ダサいことを咎めるならまだしも、取るに足らない子供じみた「反抗」を国辱まで言ってはいけない。(指を差して)笑えばいいと思うよ。 しかし会見の態度と試合は国辱だ、というか僕がいたたまれないだけか。 自分だけでなく、チームの集中力も削いじゃうでしょ。ツッパったあとで仲間に甘えてたら、日本チームが弱いってバレるでしょ。そんなこともわからないようなメンタルだから勝てないんだ。 「いま痛快なだけ」というツッパリな選択を重ねていれば、いつかダブルマックツイストを決められるようになるの? そんなヌルいスポーツなの? 試合に集中できる環境を自分で壊してどうするの? 橋本聖子と話しあうとかフツーに面倒くさいでしょうが。18歳過ぎてそういうことも考えられないスポーツ選手がトップレベル? はぁ? 国母選手の態度を見て「反抗」というものの実態がわかった。 挑発的な服装、不貞腐れた記者会見などのあの手の「反抗」というのは、こうだ。「オレはおまえらに面倒を見てもらうけれど、おまえらの言う事は聞きたくないんだぜ。服装は自由がいいと思いまーす」 つまりこういう考え方、それが国母の示す「反抗」だ。 カッコいい! 同じ技を二度続けてしくじった国母選手はこう言った。「自分の思いを貫けたので悔いはない」 本番で、同じ失敗を繰り返す程度の強さの、自分の思いなんだって。 それじゃダメだろ。ダメなんだよ。 Xsportsってそういうもんじゃないでしょ。派手なトリックをガッツリ決めて「ざまあみろ!」ってのがXsportsなんじゃねぇの? 練習ってのはね、150%の精度でできるまでやるもんでしょ。そこまでやって、やっと緊張とプレッシャーに晒される本番で使える技になるんでしょ。 バクチで勝てりゃ世話ないって。 そんなヌルいものなのかよ。運で勝てるんだったら誰だっていいじゃん。じゃあ代表は星占いで決めようや。 世界中の観客を魅了し、金メダルを決めたあとで、ショーン・ホワイトはこう言った。「世界に僕の力を見せつけたかった」 これがエクストリームスポーツをする者のメンタリティなんじゃないのかな。 僕は今回でホントにショーンを尊敬したよ。 観客のために、やる必要の無いダブルマックツイストにチャレンジして、体勢を崩しながらも脅威の集中力で転倒をこらえたでしょ。 あの強引な着地に、アスリートとしての身体能力と集中力と練習量が見えて、プロライダーとしてのショーマンシップつまり負けん気の強さが輝いてたでしょ。 プライドで、着地を決めたんだよ。 ショーンの滑りはただでさえ普通にすげえんだけど、同じ失敗を繰り返した国母にはさ、アスリートとしての極限での身体能力も集中力も練習量も感じないし、プロライダーとしての資質も伺えない。 国母の滑りには「悦び」が無い。 あいつ、ダメなんだって。 で。 国母擁護論に「失敗したけど大技に挑戦したのがカッコいい、立派だ」ってのがありますね。 それはね、練習のときにしか通用しない言葉だ。 本番で失敗したらダメだよ。練習が足りなかっただけだってバレてるよ。着地ギリでコケるなんて、集中力が無かった証拠なんだよ。 まして、二度続けて同じ失敗をしたら、それは本当にダメなんだよ。できもしない技にバクチを打つなんて、負け犬のあがきなんだもの。スポーツ経験ある人ならよくわかるよね。 あれはヤケクソなんだよ、ヤケクソ。アレをカッコいいと思う精神が神風特攻を生んだんだぜ。せっかくだから反省しようぜ。 ショーン・ホワイトみたいなリアルライダーがいる世界で、パチンコや馬券買いみたいなことされても恥ずかしいよ。そういうのは田舎の合宿所でやってくれよ。 オリンピックのハーフパイプには毎度「なさけなう!」と思わされる。チームが弱いのが外部から丸見え。 今回もさ、アメリカチームが星条旗カラーのタータンチェックでユニフォームを揃えて、保守層に媚を売ってたわけじゃん。正統派じゃないXsportsの地位向上を図ってたわけじゃん。 エクストリームなトリックエアでスノボ小僧を魅了して、同時にIOC貴族にも擦り寄る。 しっかりしたチームじゃないか。 オリンピックは、スノボが世界で生中継されるリアルに貴重な機会だもんね。 そんなことより、アルペンスキーのダウンヒルの放映が扱い悪いとか、不満ですよ。不満の金メダルですよ。冬季でいちばん面白い競技なのにさ!
2010.01.30
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せんだって、泣きながら「ぶぎゃああああああああああああ」ってなった。はてな匿名ダイアリーhttp://anond.hatelabo.jp/20100212061531今の非モテは、フィクションを盛り上げる「告白至上主義」が生んだ被害者>いいことを教えてあげようか。>告白したからダメなんだよ。>いい雰囲気になる前に告白なんかしたら、友達以上恋人未満っていう、女の子が大好きな、恋愛で一番楽しい期間を全部ぶっ壊しちゃうじゃん。 ああ! 楽しい期間!>例えば、お前が告白するとき、絶対にOKしてもらえるはず! って思ってたか?ダメもとで告ってみて、断られたらすっぱり諦めよう! なんて思って無かったか?それ、完全に負けるパターンだろ。 うわあああ! ダメもとで! すっぱり!>特別に仲良くもない、異性として意識したこともない相手から突然「好きです。付き合って下さい」なんて言われたら、重いよ! ていうか、キモイよ! があああ! 突然重いものを!>だって、相手の気持ちを少しも考えてない行為じゃん。そういう思いやりがなく、空気も読めない奴だっていう何よりの証明じゃん。矢文で突然飛んでくる、果たし状みたいなもんだよ。一方的すぎてコミュニケーションが成立してないよ。ディスコミュニケーションだよ! ぶぎゃあああああ! あああああああ!>そりゃフィクションだから、断られるかわからない、ドキドキするような告白シーンを入れるよ。その方が、ストーリー演出上盛り上がるもの。 そうだったあああああああ! この話は、>27歳童貞。>彼女ができないって悩んでいた。恋をして告白して振られを繰り返す。>やっと諦めがついた。俺は容姿や性格という点で根本的にダメなんだと。誰からも受け入れられないんだと。 告白して玉砕を繰り返した27歳男性が「自分の顔や性格がダメなんだ」という結論を持ってしまったことに対するカウンターだ。 テレビや漫画で描かれる、ドラマチックで単純に演出された恋愛に影響されてるぞと。 ホントは告白なんかしないほうが恋愛は楽しいんだぞと。つか正しいんだぞと。 ばかみたいな漫画にばかみたいに影響されてばかみたいな突進を繰り返してばかだから失敗して、それで自分がダメなんだというばかみたいな劣等感を焼き付けるなんてばかだ。 きみが振られるのは、容姿がダメなのでも、性格が変なのでもない。 戦術を誤っているだけのことだ。 間違った戦術で当たっては、負けるに決まってるじゃないか。 いやあ、盲点ってあるんだなあ。 盲点を突かれるってのは、凄いものだなあ。 数十年来の憑き物が落ちた気分だ。 若い男は、とくにオタクはこれを読んで欲しい。 女の子も読んで、男のアホさってものをいちおう知っておいて欲しい。 そして、相手に火をつけておいて、勝手に煮えくり返るまで放っておくのがモテる人なんだってことも知っておこう。
2010.01.29
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せんだって亀田次男が判定で勝ってまた歌いましたが、グローブがおかしかったとかいう話もありますね。 http://alfalfalfa.com/archives/383516.htmlこれがコラじゃないとするならば、こいつはとんでもない逸材だ:アルファルファモザイク 亀田三男、こええ! 話が通じないタイプと見た。
2010.01.28
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せんだって日記です。ウインタースポーツを温かい部屋で寝転んで観るのが好きです。国母の乱れた服装で苦情殺到 JOCに電話やメール (共同通信) | エキサイトニュースhttp://www.excite.co.jp/News/sports/20100212/Kyodo_SP_CO2010021201000859.html>「スポーツマンらしくしてほしい」「国民の代表としてあり得ない」などお利口さんな世論はいつも通りこう言いますが、国母ファッションはスノボ「定番」 JOC目くじら立てすぎの声も (1/2) : J-CASTニュースhttp://www.j-cast.com/2010/02/12060071.html>神奈川県でスノーボードショップを経営するスノーボード競技の専門家によれば、国母選手の今回の服装は約20年前に日本でスノボが初めて流行したときに誰もがやっていたファッションだという。 20年前の流行らしいですよ。さすが国母さん、シビぃっス! ナウ過ぎるっス! あえてのオールドスクールっすね! 辞めないで! 妻に聞いたら今朝の『とくダネ!』で小倉さんが「スノボやる人ってああいうのばっかりじゃないの?」なんて憎まれ口をきいてたらしく、うまいこと言うわと思いました。 どうせスノボなんかやってる人はああいう20年前の人たちばかりだと思われてますよ。どうしますか。 スノボといえば、成田童夢・今井メロの奇行が有名ですな。 ヨーロッパの貴族階級が支配しているウインタースポーツの世界でああいう不品行な振る舞いを見せると、チーム全体が不利益を被るんだよね。日本が勝てないルールを作られたりする。管理の問題。教育の問題。選手の自覚の問題。 国母選手はオリンピックに興味がないとか言って、ショーン・ホワイトに絶対勝てない実力不足の予防線を張って負け犬根性を晒しているけど、スノボチームで考えたら不貞腐れた態度を示しちゃマズイよね。勝ちにくくなっちゃう。 弱いチームってのがよくわかる会見で、こりゃちょっとすげえなと思ったんです。 国母選手がふんぞり返って「反省してまーす」と言ったあの会見なんだけど。監督は心労かさむなと思ったんですけど。 ナウいファッションでキメた国母選手がなにか言うたびに周りの仲間をチラチラ見てたでしょ。 言ってやったぜオレ、ニヤニヤ。 そんな感じだったでしょ。「負け犬の集まり」ってああなるんですよ。集団じゃないとツッパれないの。 仲間に確認とりながらじゃないと、仲間の顔色を伺いながらじゃないと、ツッパることさえできないんですよ、国母選手。もう渋すぎ! かわいい! ショーン・ホワイトに負けても辞めないで! 中田英寿は、なんだかんだでひとりでツッパってたでしょ。あいつサッカーうまいもん。ハート強いもん。 順調に競技人口が減り続けている冬スポの世界であんなレベルの連中が代表になれるわけですから、というかもうあんな連中しかいなかったわけですから、これは将来暗いわ。堤先生助けてって感じ。 あんな連中というのは、不品行というのではなく、負け犬根性が染み付いたヤケクソな奴らという意味です。勝てないからって言い訳を用意して、試合を台無しにして鬱憤を晴らそうとしてる奴らのことです。 いやね、経歴を見たらいわゆる「天才子役」みたいな人生でね。あんな感じになるだろうなという同情もあるんです。 オリンピックは金にならないからモチベーションが下がるのも理解しましょう。 でもさ、金メダル取ってからふんぞり返れば渋いのにさ。ばかだなあ。ほんとうにかわいいなあ。 滑りが渋いと思ってもらえたら満足らしいけど、予選で落ちたら観れないって。 負けても辞めないで! 童夢みたいにコースで地団駄踏んだりしないで! 勝って、そしてメロみたいに歌って!
2010.01.27
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せんだってtumblrで拾った豆知識を教えちゃうよ!本当はドXXだった恵方巻きの由来http://www.asanuma.org/cgi/pplog2/index.php?logid=749 関西の海苔屋の組合が作った「恵方巻き」の風習だけど、由来はもっと奥深かったってことなんだネ。ちなみに舞妓は基本的にティーンエイジ。 スケベ心と金目当てをカモフラージュするのに「恵方」なんてデマの作り方はうまいですね。うまいわー。あっという間に日本中に広まったものね。開運というデマゴーグ。いろんな女の子がぱっくりもぐもぐですものね。 ていうか、リンク先。変態なんて言い草はないだろうと思う。旦那衆の芸妓遊びでしょ。それは変態ではないです。変態ってのはもっと、こう、手に負えないものだ。 で、僕は来年以降も純情可憐なお嬢さんが恵方巻きを頬張る様子を見たいので、このことは他言無用。余計なことを言うヤツの口には海苔巻きを突っ込んでやる!
2010.01.26
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せんだって、お気に入りのジャージのファスナーが壊れた。 引き手が破断したのです。洗濯の時にどっかに引っかかって力がかかったのであろうか。 ファスナーって意外に壊れやすく、噛み合わなくなったり外れてしまったり、微妙にズレたりスムーズに動かなくなったりしますよね。ね? で、個人では直しようもないので、泣く泣く諦めてきた人も多いと思います。お気に入りのジャージやライダースジャケット、あるいは元カレに買ってもらったエナメル製のボンデージスーツなど、わりかし高価なアイテムでもファスナーが壊れては着ることができない、名残惜しいけど捨てちゃおう、そんな感じではないでしょうか。 あー、MOTTAINAI! ファスナーがYKK製である限り、それが直せる故障である限り、無償で修理してもらえます。https://www.ykkfastening.com/japan/products/index001.html 送料のみ負担なので、あるていど数を揃えて送るとお得かもしれない。知り合いと共同で、とか。 だいたい一週間くらいで直って帰ってきた。 佐川で、送料は千円。 YKKとしても、データが取れるだろうから修理には対応したいのだろうと思われる。 オススメします。
2010.01.25
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せんだって、小説家の深町秋生さんのブログを読んで感銘を受けた。深町さんの小説は面白いだけではないぞ。近作『東京デッドクルージング』で描かれた「衰退する日本」の先見性には驚くべきものがある。結局、国が滅びる時はバカで滅びるんだなあ、と思ったね。深町さんは未来人かもしれない。ケン・ソゴルかもしれない。 で、深町さんは、暴力的すぎるとの理由で神奈川県知事が叩いたゲーム『GTA』シリーズの暴力表現について書いているわけです。http://d.hatena.ne.jp/FUKAMACHI/20100108深町秋生のベテラン日記2010-01-08GTA4は道徳的 読みましたか? どうですか、暴力的なゲームは? ゲーム脳になりますか? ゲーム感覚で人を殺しちゃうような人間になる、気持ち悪いモノですか? リアルに血が出る表現だから伝えられる、暴力のイヤーンな感じってあるんだよね。>これからもGTAシリーズは暴力ゲームのチャンピオンとして良識きどりの親や大人からボロカスに叩かれることだろう。難しいのは映画「バトロワ」のように自称良識人たちを招待して作品を見せることができないところだろう。GTAをクリアするにはかなりの時間がかかるし、終盤あたりに来ないと本当のメッセージが伝わらないからだ。自称良識人という人種はちゃんとやらないくせに声だけでかいのが特徴である。だからこそせめて暴力ゲームをたしなむものとしては、そのゲームのなかにつまった暴力を考え、きっちりその意味を世間に説明をする必要があるのではないかと思った。それが歴史的傑作を作ってくれたメーカーに対する仁義ではないかなと思い、今回は記した。 そうなのだ。ちゃんとプレイすればゲームの中の暴力表現を消化できる。 ちゃんとプレイすれば。 『GTA3』を有害図書に指定した連中は、プレイしていない。なんかもうそれだけで聞くに値しない意見って感じなんだけどなあ。 『GTA4』で味わう処刑の苦みって、生きていくのに必要な「一般教養」でしょ。 これを実際に味わうのと、ゲームの中で薄めて摂るのでは、どっちが無害かって。ゲームで済むならそれに越したことないじゃないか。 俺も『GTA3』でチャイニーズマフィアたちを火炎放射器で消し炭にしちまったあと、中華街を通るたびに追われるわ撃たれるわで、「ああ、喧嘩はよくねえな」と思ったものだ。 うーん。『GTA4』やるとするか。 ところで聞いた話だけど、昔、社会党の代議士・浅沼稲次郎を右翼少年・山口二矢が刺した事件がありましたが。 この事件をきっかけに子供からナイフを取り上げようという機運が高まったそうです。で、数年後、ナイフがなくなったことでエンピツ削り器が流行。ウチは電動なんだぜ、なんてな自慢もありました。 そしたら今度は「今の子供は鉛筆をナイフで削ることもできない不器用さん」と大問題になり、善良な大人は子供にナイフを与えてエンピツを削らせたり竹とんぼを作らせたりさせるのに躍起になったそうです。 なにやってんだか、って思うでしょう。 同じ過ちを繰り返して、この国はバカで衰退していくのでしょうか。 そんなのおれはいやだ。
2010.01.24
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せんだって日記です。 朝青龍と高砂親方の関係を見ていると、『柔道部物語』(小林まこと)の西野と監督みたいだなあと思っていました。それだけ小林まことのキャラクター造形が巧みということです。 引退ということですが、いろいろ損得勘定した結果、引退した方が面倒も少なく損害も最小限だったのだろうかと思います。 朝青龍はホントに頭がいいな、と思いました。引退会見でマスメディアに嫌味や当てこすりをしてたでしょう。母国語じゃない言葉で嫌味を言えるなんて、相当な地頭の良さですよ。おれ、英語で嫌味言えないよ。 頭がよくて、腕力がある。イヤな野郎ですよ。インテリヤクザみたいなものだもの。 国技だ文化だ品格だ、と申しますが、外国から来る力士は格闘技として相撲を取りに来るわけで。朝青龍のように、勝つヤツがえらいのだ、というボス猿マインドになるのは否めないわけで。そういうトラブルを避けるのであれば、もうルール化するしかなくね? 横綱は品格も問われる存在であるから、下品な行動、紳士的ではない振る舞いをしたら解雇。そういうルールのスポーツである、と。 格闘技だと思ってたら、勝って雄叫びあげたら怒られるとか、ガイジンにはわかりにくいでしょう。 モンゴルの族長としては、あれが正しい振る舞いなわけでさ。 朝青龍ほど賢い人間でも、文化のギャップは越えられなかったんだもの。ガイジン力士にはスポーツのルール、という文法で教えないとわからないんだよ、きっと。 品格まで含めて「ルール」、というふうに決めとかないと、不良ガイジンは従うまい。だいたいよぉ、アイツらは神道で育ったワケじゃないんだから、難しいよ。 ガイジンは伝統文化としての相撲に馴染むべき、郷に入りては郷に従え、なんつっても、神道まで含めたら、改宗を迫るってことでしょ。 それはさ、難しいよ。つまりうまくいかない方法だよ。 ガイジンを相撲に入れるなら、ガイジンがそう思っているように、スポーツとして教える。相撲自体は変わらなくていいのね。ガイジンに対して相撲がどういう顔をするかって話。 そうじゃないとまた朝青龍みたいなやたら強いのが出てきて、その振る舞いを追いかけなくてもいいのに追いかけ、そんで一部のスポーツ業界のネタで重要なニュースが何日も飛ばされるなんてことが今後も続いてしまうだろうと思うのです。それはいくない。 だってさ、横綱の引退なんてそもそもニュースバリューがそんな高いわけじゃないんだから。 むしろ、朝青龍に殴られたって言っている人の詳細とか、無かったことになった事件をなぜか「示談」したとか、そっちを突っ込んで欲しいよ。 真っ黒な穴が開いてるじゃないか。
2010.01.23
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せんだって観に行った前衛的な演劇の客席、開演前。 草食系男子同士が大きな声で聞えよがしに「ミヤダイ、アズマ、云々」と会話。 静かな劇場であんだけ大きな声で「ミヤダイ」と発話する人間を初めて見た。 恥ずかしくて困った。ムズムズした。 メガネ黒髪やせっぽち、細身の服着てトガリ靴。 「ミヤダイ」とか言っている自分は普通の学生とは違うんだぜ、学が豊富でなおかつ変わり者なんだぜ。ゼロアカ、最高にアツいよね。 そんな感じ。 若い頃のオレ様にも覚えがある自意識の発露なので、本当に恥ずかしかった。逃げ出したかった。盗んだバイクで走りだしたかった。 アレが恥ずかしくないんだから、若いって恐ろしい。 いや、でもまあ。 お年頃だし仕方がない。 きっと彼らは、「前衛的な演劇を観に来た自分」にテンションが上がってしまったのだろう。 きっと彼らは、文化系トークラジオとか聴いて身も世もなく興奮している前途有望な若者なのだろう。 ゼロアカ周辺やはてな論壇にはああいうイタい草食系男子が大勢いるのだろう。 ゼロアカ周辺やはてな村に象徴されるような、あの薄らアカデミックでシニカルで、内向きな背比べを外に向かって誇る、つまり恥ずかしい感じは「終わらない〈大学の〉日常」感覚であるな。 「終わらない日常」。こういうワードはカギカッコに入れとけばいいのだ。 なるほどね、終わらない大学のラウンジね、そりゃ居心地いいわ! ゼロアカでは自己客観性は磨かれないということなのだろうか。黒ぶちメガネや細身なシルエットの服装のことじゃないぜ。振る舞いのことだ。ビヘイビアね。 間の悪いことに、観た演劇が発話と身体性の話だったので、なおさら恥ずかしい感じになってしまった。俺も彼らも羞恥体験だ。 あと、昔の宮台が際立っていたのは、フィールドワークや研究や理論もあるけど、〈外部〉とのケンカがとにかく上手だったのだ。彼は外向きだったし自分がどう見えるか知ってて、演出して振る舞ってたし、それはイタくなかった。 妻は「彼らは草食系とは違うのでは?」と言うが、草食や肉食なんてもはや記号になってしまった。それが記号である限り、僕は消費してみることにする。
2010.01.22
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せんだって、「もみじ市」というイベントに行った時のことだ。 「もみじ市」というのは、スローフードの屋台が出てたりクラフト系の即売をやってたり、高野寛のアコースティックライブをやったりという、まあ、ロハスでスローな森ガールのイベントだ。近所の河原でやってたのでチャリンコで行った。 以前行ったときはとてもよかったのだ。だからまた行こうと思ったのだ。だがしかし。 会場では、思い思いの服装でキメた森ガールたちが、揃いのマルシェかごを手に手に会場いっぱいに溢れかえり、スローフードの屋台に殺伐とした大行列を展開していた。まったりほっこりするためではなくて、ものを買うために。まさにそれは、配給を待つソヴィエトの人々のようであった。あるいは野原のコミケ。 バッタが集まりすぎると、色が黒くなる、羽が長くなるなどの個体変化を起こし、あらゆるものを食い尽くして移動する大群となる「飛蝗」と呼ばれる現象を起こす。生物が高密度で集まると、個体が凶悪なディテールをもって変異する。相変異という現象だ。 森ガールも相変異する。 森ガールの大群が飛び去ったあとにはなにも残ってなかった。金で買い尽くされていたのだ。 ネットイナゴをバカにできまい。 まったり好きな森ガールズが集まるスローなイベントのはずなのに、メディアに流行(英語でfashion)だと煽られると、ぜんぜんスローでもまったりでも無くなってしまう。集まった人間に対して食い物が足りないのだから、会場が山の中だったりした場合はトラブルや暴動の危険を孕むことにもなる。だいたい便所の用意さえ不十分だったのだ。 主催者もジレンマだ。 お客さんは呼びたいが、あまりに人が増えてしまって、「野原でやる、出会いを大切にした手作り市」がイライラ殺伐とした雰囲気になるなんてナンセンスじゃろうて。 スローでまったりでロハスなはずの案件に人が殺到(英語でRush)することで、趣旨や理念とは正反対のイライラしたイベントになる。 これを「もみじ市現象」と名づける。 有吉の名言で「ブレイクするというのは、バカに見つかるということなんです」というのがあるが、まさにその通りだろう。もみじ市に来る客は、手作り品を金で買いに来るのであって、作って売る側ではないのだ。 なぜ今にいたって「もみじ市現象」という言葉が必要になったのかといいますと。 ハンモックカフェに行こうと思ったのですよ。ある街のトルコ風呂のすじ向かいにあるんだけど。 そしたら、店の前には森ガールの大行列で、おいおいいったい何時間待ちなんだよという有様。まさに「もみじ市現象」が起こっていたわけで。 この寒空に、並ぶのか、と。また店も店で、並ばせるのか、と。 好意的に解釈すれば。 きっとあの森ガールたちは、遠くからハンモックのためだけに来たのであろう。たとえ何時間並んだとしても、ハンモックカフェでお茶せずには家に帰れないのだろう。 あったかい店の中ではオシャレなお客たちが外で並んでいる人たちを一顧だにせず、オーガニックな食事をゆったりと楽しみ、ハンモックに揺られながら長い時間談笑していた。マッチ売りの少女を思い出すこともなく。 ハンモックカフェはベトナムの田舎の街道沿いにいっぱいあったよ。風が抜ける日陰で、気持ちよさそうだった。 東南アジア式ハンモックカフェを東京でやったら儲かりそうということですね。あの店の隣でハンモックカフェを始めたら、けっこうな客入りが望まれるだろう。※ ここで書かれている「森ガール」は、「スイーツ(笑)」と同様に、単なる記号です。
2010.01.21
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せんだってどっかで知ったんだけど。ああ、岡田斗司夫のtwitterだわ。 僕が一番泣いたSF『トップをねらえ!』が、ネットでタダで観られるらしい。http://okaerinasai.jp/contents/gorannasite.html パチンコは大嫌いだが期間限定無料配信はありがたい。まだ観てない人の目に触れる機会が増えるなら。パチンコマネーを吸い上げて、劇場版エヴァみたいなものをこさえる原資になればいいや。 そうそう。主題歌はのりピーだよ。 まあ、テレビ画面で観た方がぜったいにイイので、こん小さい画面ではもったいないと思う。 DVDレンタルでもいいから大きめの画面で、大きめの音で楽しむと、すごいと思います。20年以上も前の作品だけど、これを超えるSFベタは未だ観たことがない。 これを超える「遠く離れた人を想うお話」を知らない。トップをねらえ! Vol.1(DVD) ◆20%OFF!
2010.01.20
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せんだって気がついたんだけど、楳図かずおハウスって奇妙な造りですよね。 人が住まう家として、奇妙。 これって住居というより「記念館」の造りじゃないかしら。 そう思ってみれば、エアコン付の屋根裏部屋や入りにくい展望台など、家としては使用目的がわからない場所が多すぎる。 奇抜な外装、アトラクティブな玄関、広めのエントランスホール、回廊構造、書庫なんてのはテレビ番組でよく見たものですが、記念館として考えたら府に落ちる。 玄関が楽しげで、回廊構造で、書庫と展示室と広いラウンジがあるわけだよ。 立地がマンガの街・吉祥寺であることも含めて、これは氏が「記念館」を自分でこさえたのではないかしら。 来るべき将来に備えて、諸々を自分で用意する、立つ鳥後を濁さず的な、楳図かずおの優しい人柄が偲ばれる感じだ。 なんてことを思った。 そう思ったら、この可憐なまでの楳図かずおの想いがこもった「まことハウス」が、オカシなおばちゃんに訴えられてしまったことが悲しくてならん。 なんというか、おつかいしている子供が街のならず者の車に轢かれたような感じ。理不尽な暴力を目の当たりにした、苦ーい感じ。 氏の気持ちを思うと胸が詰まる。 自己中心的で想像力の無いおばちゃんは、ここまで人を残念な気持ちにさせることができる。 可憐な善意を平気で踏みにじることができる。 楳図かずおのホントの気持ちは推しはかるしかないけれど、あのハウスはとても立派な作品だと思うのだ。
2010.01.19
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マイミクの日記から知りました。以下転載。------------------apj先生のツイッターから転載です。 血液サラサラの流行(マイナスイオングッズ販売時など)の時に、医療機関以外の業者によって血液写真を撮影された人は、医師の診断を受けて下さい。採血器具の使い回しをしていた業者が混じっていた模様。C型肝炎に感染させられている可能性があります。家族友人知人にも注意喚起してください。
2010.01.18
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せんだって見つけた動画だが。 幼稚園でDJしてるんだが。 だめだ、何度観ても泣いちゃう。http://www.youtube.com/watch?v=w5pKqtbHjwc 園児たちがどんどん踊りだす。 四つ打ちで跳ねてブレイクでおとなしくなって。 おうおう、なんて動物的な反応だ。 さすが子供はピュアだ。 教えられたわけでもないのにまるでクラブだ。 人間、音楽があれば踊りだすのだ。 いつのまにか女の子たちが手をつないでぴょんぴょん。 三人だったその輪が、気がつけばすごく大きくなっている。 保母さんを引っ張ってって手つなぎの輪に入れようとしている子がいる。 音楽ってすばらしい。 ダンスって最高。 どうですか、お子さんのいるパパママ。 DJ呼んだらどうですか。 動画見たらわかるけど、DJの彼は幼稚園でプレイするってことをよーく考えてあるでしょう。 始めて三分でフロア爆発ですよ。 ドンスカドンスカぐ~っと抑えてドッドドンスカなんですよ。ロボットボイスの使い方なんか、園児の心理を分かってるじゃないですか。 DJ呼んだらどうですか。 こんなん、クラブカルチャー以前の問題で、子供はもう踊りだしてるじゃないか。 DJ呼んだらどうですか。 以下のブログでも、活動を続けたいと言っておるようです。http://abokazuhiro.seesaa.net/article/133038275.htmlSUGAR-COATED SOUNDS2009年11月16日:意外な反響 お子様にとってもすばらしい経験になると思いますし、なにより楽しいじゃろ。 動画見たでしょ。泣いちゃうでしょ。
2010.01.17
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せんだって、ずいぶんせんだってのことだけど、NHKを観てたらロンブーの淳がインタビュー番組に出てて、日本刀趣味の話をしてた。 斬るでも振るでもなく、鞘から出して手入れをし、刃を矯めつ眇めつするのだそうだ。すると、精神統一になるとか。 時代劇出演の件でのインタビューだったからかもしれないが、あからさまなお利口さんアピールの態度とその内容の薄さの差に、オレ様ドン引き。ボクって趣味いいでしょ、というデカイ態度でダサい趣味の開陳だ。あまりの恥ずかしさに逃げ出したくなった。 するってぇとなんだって。なんでも政治家になりたいとか言っているらしいな。まあ、なるんだろうな。当選すると思うし、出世するだろうとも思う。ここはそういう国だ。 でも、もう彼はピークを過ぎている。 深夜、『ガサ入れ』をしてたときは、素人イジリの間合いとか心理操作の巧みさなどに水際だったものがあり、一目置いていたのだが、正直、政治家向きだとさえ感じていたのだが、最近は何を勘違いしたのか、マジで立候補を考えていたり、自分の番組で小さい紳助になって喜んでいたり、一時の才能のきらめきも頭の良さも対人間合いの巧みさも無くなっているじゃないか。 モテメール企画でスザンヌを褒める時のムリヤリっぷりなど、スリリングでさえある。(番組のリーダーの淳が屁理屈で肯定したものにゲストの後輩たちは乗らざるをえない。ごく普通のメールを「すばらしいもの」にでっち上げる空気いじりの基礎テクニック) 世渡りうまいのは認めるが、ダサい。非常にダサくなった。 昔ほどの期待を持てなくなったのだ。イタイから。 そんなイタイ淳さんが安室奈美恵をコマしたとか。「運命の......」を連発するだけ!? ロンブー田村淳の口説き術を元交際女性が大暴露!:日刊サイゾーhttp://www.cyzo.com/2010/01/post_3646.html わっはっは。イタいイタい、助けてくれ(笑)。>あるとき『君と会った日付が車のナンバーと一緒だ』とか>『君の電話番号の下3ケタが、君から来たメールの文字数と>同じ』とか、数字の一致をいくつか並べて『これは運命か>もね』って言うの。 くはぁ、たまんねー! 運命かもね、だって! 知ってる、これ。『パタリロ』でバンコランがやってたヤツだ! 淳さいこう。さいこうにイタいぜ! いや、これは実際モテますよ。処女とか頭の悪い女子にすごくモテます。猛烈にモテるんです。女の子の背中を一押しするには、こういう理屈じゃないトコが要るんです。 逆に、モテない男ってこういうイタいことができないからモテないんです。知ってます。 イタさを屁とも思ってない淳のような利己的でなりふり構わない人間がモテたり出世したりするのもわかります。芸人としてはかなりイタいんだけど彼はいま芸人ではなく司会者だからな。 でもよう。 女の子的には、カレシがイタいってどうなの? それでいいの? 妻に聞いたら、言葉を濁されたんだけど。
2010.01.16
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せんだってから小沢一郎界隈が騒がしくなってまいりました。 で、これ。森ゆうこ「これは検察をトップとする官僚機構と、国民の代表民主党政権との全面戦争だ」:アルファルファモザイクhttp://alfalfalfa.com/archives/382257.html 森ゆうこはかなりヤバい言動で知られるトンデモない議員さんですが、こんどはテレビカメラに向かって「全面戦争」とのことです。 国家権力と国家権力の間での全面戦争だそうです。 ということなので、いま我が国は内戦状態です。 戒厳令こそ出ちゃいませんが、内戦状態です。 思い出すなあ、2・26。雪でも降ってくれりゃ風情もあろうよ。 さて、この混乱に乗じて周辺各国が軍事的冒険心をムラっとさせたり、自国民救援として軍隊を送ってくるかもしれません。人民軍による「人道的」な出動もあるやもしれません。 ねえよ。 でも内戦はやめろ。平和憲法の国ですよ。
2010.01.15
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せんだって、いい記事を読んだのを思い出した。〈都市部でも農村部でも、教養のない無防備な女性たちが白い肌に憧れ、美白のためにステロイドクリームの「ベトネベート」を買い求めるようになっている。このクリームは、もともと特定の発疹や皮膚炎用に作られたものであり、肌が白くなるのは“副次的な効果”にすぎない。そうした事実も、この処方薬が美白用化粧品として広く売られることに歯止めをかけるものではない。このクリームを繰り返し使っていると、肌が次第に薄くなって弾力性がなくなったり、細菌感染の危険性が高まったりするなど、さまざまな弊害が出てくる〉 こりゃ日本の話じゃない。 『クーリエジャポン』2009.10月号で読んだインドの『アウトルック』6月29日号の記事だ、ってわかりにくいな。インドの記事の和訳です。 以前、オーストラリアでインド人がバッシングを受けたことを受けての、インドでの“黒人”差別を書いた記事。 我がインドだって肌の色での差別はあるでしょ、というインド内部の冷水かけですね。 現代インド社会にも黒人への差別意識があるらしく、それははるか東インド会社から続く流れなんだそうな。肌は白いほどいい。イギリス人に近い方が「いい」わけね。 僕がひっかかったのはこの部分。“都市部でも農村部でも、教養のない無防備な女性たちが白い肌に憧れ” 教養がなくて無防備な女性ほど、白い肌が幸福につながると思い込み、危険な薬品を使ってまで、実は幸福と関係が薄い過度の美容に金をつぎ込み、健康リスクを冒している。そしてそれは情報流通に関係なく、個人の教養と自衛意識に由来する。 記事内の短い文章は、こんな世界共通の症状をしっかりと示しているのですね。素晴らしい文章。非常に含蓄がある。 いや。オーケー。わかってる。 僕だって、ひとは美しくあって欲しいし、その方向の幸福を追求して欲しいと強く思う。 だけど、知的に無防備では肌さえも健康でいられないし、なにより教養がないと人生に飽きやすいだろう。 それは不幸なことじゃないかと思うのだが。 だってよう。 肌が白くても、皮膚がかすかすのボロボロでは魅力など感じられないじゃないか。 美肌でも無教養だと話にならないじゃないか。 教養があっても他人を喜ばせられないとつまらないじゃないか。
2010.01.14
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せんだってからテレビで見かけるBOSSレインボーという缶コーヒーのCMに感心している。 マンモス狩り、ピラミッド建築、万里の長城、東京都内と、人類の歴史を辿る形で進むショートストーリー仕立てなんだけど、劇中でトミー・リー・ジョーンズがやっている仕事がぜんぶドカタなのだ。ドカタ礼賛なのだ。 宇宙一アレな缶コーヒー(だったらガソリン買った方がマシ)の○ョー○アのCMでもそうだ。小出恵介が出演してるアレだが、設定がドカタと水着の美女なんだよね。 缶コーヒー飲んでるドカタが水着の美女に理由なくモテる設定なんて、さぞかし効果あるんだろうなあ。 聞くところによると、缶コーヒーのマーケットはドカタがほとんどなんだそうだ。 僕も缶コーヒーが大好きだ。糖分とカフェインを同時に取れるスペシャルドリンクだ。 近所のコンビニでクソ不味いジョー○○が棚を占めているのも、購入メイン層がドカタだからなんだろうか。もっとマシなコーヒーあるだろ、POSなめんな。 つかまあ、ここまでターゲットを露骨に絞った広告が出まわるようになったわけで、テレビを誰が観るのか、どんな人が金を使うのか、などなど。なんとも示唆に富んだ日記であることだなあ。
2010.01.13
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せんだって逮捕されたお笑い芸人メッセンジャーの黒田有さんが釈放されましたな。 みんな大好き田宮榮一(元警視庁捜査一課)は、芸能人は酒場で気をつけなければいけませんね的な無内容の発言をしてお茶の間の失笑を買っていたが、元警察の看板で商売しているくせにぼったくりバーの存在を許すのだろうか。ぼったくりは取り締まり対象ではないのだろうか。いやまあそれならそれでいかにも警察らしい話ではあるが。 ニュースを見回しても、なぜかこう、ぼったくりバーに対して言及しているところが見当たらず、泥酔した芸能人がチンピラを殴ったっつー面白オカシイ部分だけを強調しているように感じます。 若い女の子を雇ってぼったくりの片棒を担がせるのは、それはそれで叩かなきゃいけない組織犯罪の尻尾でしょう。 黒田の暴行はそれはそれとして、ぼったくりバーにゃ営業停止とか、ガサ入れとか逮捕とか、無いの? あれは刑法的にまっとうな商売なの? それともなんかデリケートな事情があんの? マジ怖いんだけど。
2010.01.12
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あ、あ、あ。これはいけません。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100111-00000019-san-polインド洋補給、15日で海自撤収 中国、引き継ぎ検討 政府内に広がる警戒感1月11日7時56分配信 産経新聞15日で海上自衛隊がインド洋での補給活動から撤収することを受け、中国海軍が代わりに補給活動を引き継ぐことを検討していることが10日、複数の政府関係筋の話で分かった。原油の9割を中東に依存する日本にとって、そのシーレーン(海上交通路)でプレゼンス(存在)を失うだけでなく、中国にエネルギー政策の根幹を左右されることになりかねず、政府内に警戒感が広がっている。(以下略) 民主党はこういうのがすごく心配。 本当に、ぜんぜん分かってない感じがする。 わかってやられんのもかなわんがな。
2010.01.11
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せんだって、映画『アバター』を観てまいりました。 3D版、吹替版です。 『アバター』が、なんでかいろんなところで評判で、噂を総合すると「3Dがすごい」、「立体映像がすごいのでむしろ字幕を追うのが大変」ということでしたので、吹替版で3Dを堪能しようという寸法です。●いやー、大味だった。●たしかに3D映像はすげえ、パねえ!●きっと、大人が初めて触れた本格的3D映画が『アバター』だったから、話題として広がったのだろう。●ピクサー映画なんかではすでに何本も3Dしてたわけで、立体映画は珍しいこっちゃないもの。●映画としても大味だし。●もののけ姫テイストの深いジャングルや高低差のある空中戦、画面の手前と奥を意識したカメラなど、3D映えする画つくりもあるけど、そればかりでは映画として退屈になるということをよくわかっている感じ。●『This is it』でマイケル・ジャクソンが三次元映像を監督しているときに、こっちにモノを投げろ、手をカメラに伸ばせ、と指示していたのが思い出される。ホントにあの人はピュアで単純で少年のような人だったのだろう。●いずれ『アバター』の3Dはマジやべえ。●以前、予告編を観た妻が、足萎え男がアバター(仮の身体)を得たことで歩けるようになるという設定にえらく関心を示していたのだけれど、そこはけっこうあっさり流され、またそのあっさり加減に「ほほう」と思ったりもしたが、世界でウケる映画としてはもっと「わかりやすい」もの、つまり大味にしないといけないので、プロデューサーがしっかり仕事をしたのだろうと思った。●内容というか。ナウシカでもののけ姫でインデアン映画でダンスウィズウルブズでポカホンタスでベトナム映画で。●画も。ナウシカでもののけでベトナム映画で。ヘリでの爆撃なんかまんま地獄の黙示録。●そういう、映画のジャンルをひっくるめて「ハリウッドはこれから3Dで行くぜ」の起爆剤的な娯楽大作たろうとする意志が見えました。●プロットは「インデアンの部族に騎兵隊のひとりが迷い込んで仲間として認められる」という、ラストサムライまで続く、アメリカ人のトラウマほじくりインデアン映画のそれなんだけど。●面白かったのは、「もしも海兵隊員がインデアン映画に出たら」という構成が、なんでもありSFという足場を得たことで可能になったこと。●インデアン部族の仲間になるのに大事なのは、勇気とか度胸とか戦闘能力とかの、「戦士」としての才能じゃないですか。●そこに、海兵隊員。●そりゃあね、インデアンにリスペクトされやすいですよ。●現代人の中で最もインデアンに近い海兵隊員をインデアン映画の中に落としこむことができた。●本作をもって、インデアン映画はひと回りしちゃったな、という感慨がある。●繰り返すが3D映像、マジパねエ。●3Dメガネは重いが。●メガネonメガネでも平気だったよ。●映画館に人を呼ぶための3Dなんでしょうな。●ご家庭でこの映像の説得力はムリだもの。
2010.01.10
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せんだって、女友達のH山さんと食事をしました。 翌日、彼女の忘れたマフラーを塾に届けました。 H山さんは女子高生で受験生なので塾通いをしているのですが、授業を選択して渡り歩いているんですね。せんだってまではウチの近所のとこにいたんです。 せっかくだからメシでも食わせようと。 で、その時にちょうどいいので激励でもしようと。 まあそういう流れなんですね。 聞けば偏差値高めの理系を狙っているということで、オイオイ大丈夫かと気が気でないわけです。 もう居ても立ってもいられないので湯島天神に行ってまいりました。 学問のゴッド・菅原道真を祀った神社っすね。太宰府や京都でも有名です。 学問の神社ということで、受験生がいっぱいいました。絵馬も「合格祈願」ばかりなんですね。 バイトの巫女さんからお守りを買うぜと裏手に回れば、受験生向けのセット(シャープペンや鉛筆が御札についている)まで売っているという商魂。 ちなみに、僕の実家の近くの菅原神社では、初詣時期にゃそこらへんの中学生が巫女をやります。 で、僕は湯島天神の護符のおかげで大学に入学できたという経験がありまして。 勉強がぜんぜん足りてなかったのに、試験の手応えもどうかと思っていたのに、合格できたのです。 まあ、内申点ですげえゲタを履いてたみたいで、オレ様に言わせれば受験で大事なのは普段の人当たりとか根回しとか、まあ政治ですね。 それはともかく、湯島天神の護符をH山さんにさしあげて、僕はこれで合格したぜ、って話をすれば気休めになるかという判断ですね。あと、湯島天神に行ってみたかったという。 そんな気分でお守りを渡しました。 H山さんは「ありがとう」を言うのが上手な素直クールです。 センター試験まであと一週間。 受験生のみなさん、がんばってください。僕みたいな大人にならないでください。
2010.01.09
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せんだってやっと読み終わった『クーリエ・ジャポン』の1月号。http://courrier.jp/contents/courrier063.html で、『強引なまでの“仕分け作業”でハンガリーを立ち直らせた男』って記事が面白かった。 仕分けでハンガリー経済を立て直したのは、2009年4月からハンガリー首相を務めているバイナイ・ゴルドン(41)。 本文を引けば> ワーカホリックで完璧主義者のバ>イナイは、国民に献身と引き締めを>約束した。手始めに自分も含め、政>府内の友人たちの賞与を下げ、各種>手当、優遇措置を廃止した。ってな具合だ。 記事の内容をかいつまんで箇条書きにすると以下の通り。【やったこと】・消費税上げ・所得税下げ・年金、社会保障、家族手当のカット・公共交通機関への支援をカット【成果(見込み含む)】・失業率が下がる見通し・外国人投資家の呼び込み・3%以上の経済成長見込み・支持率は8%から45%に上昇 たいしたものだよね。貧乏かつ政情不安で有名な東欧で、この世界不況の下で、“仕分け”してこの成果。 「所得税を下げて消費税を上げる」とか「年金、家族手当のカット」とかも見事だけど、その前に政府の人間の賞与や優遇措置を軒並みカットしたところが、あとの行動の説得力を産んだのだろう。支持率の上げ幅がすげえ。 ここが肝なんだけど、ゴルドン首相は今年の選挙後に政権を引退する見込みなんだそうだ。 彼はこう言っている。「私は不況脱出のスペシャリストに過ぎず、それ以上の政治的野心はまったくない」。 役割を終えたら辞めます宣言をしてるから、労組や官僚や政府内の友人の猛烈な反対の中で“仕分け”できたわけですよ。 こういう人じゃないと、効果のある政治改革(笑)はできないんだよね、きっと。 前の与党の渡辺Jr.が失敗したのも、民主党の事業仕分けが効果薄のプロパガンダだったのも、つまりそういうことなんだろうと思うけども。 で、ゴルドンさんの場合は、首相を引退してもスペシャリストとして民間企業から引く手あまただろうから、失職する心配も無いだろうしさ。その場合は、能力のある人が民間で腕をふるう、正しい天下りだよね。
2010.01.08
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せんだっての正月に田舎に帰省した時のことじゃった。 田舎といえば思い出すのはヤンキーだよね。 語源的に考えて。昔の日本人にはアメリカ人へのコンプレックスがあって、頭の悪い層が「アメリカ人像」の解釈を激しく間違い、単にガイジンになりたかっただけの素朴な感情をああいう痛々しい形で結晶させた、畑に根ざした百姓根性の文化ですわな。 金髪になれないので脱色した黄色い髪とか、(ブルックスブラザーズのシャツではなく)パチモンのスカジャンとか、頭も懐も貧しいゆえのニセモノでも気合で我慢しちまう感じがヤンキーのド根性だよね。 地方の人たちにヤンキーの血が流れてるのは否めないです。 地方というのはつまり日本全国のことです。都会とか田舎とか関係ない。 日本人である限り、ヤンキーゲノムがあるはずです。 そうそう。 田舎に帰ったときのこと。 国道沿いのパチンコ屋に、巨大な看板があったのね。 地面から屋上までの壁面全部に「ヤンキー女」の写真。 でもこれ、「ガイジン」としてそこにある広告なのです。 つまり。 白人女性のモノマネをしている日本人ヤンキー女の写真が、巨大なサイズでどかぁーんと掲示されて、パチンコ屋の店を飾っていたわけです。 白人女性じゃないです。 パツキンの美女の役をヤンキー女で代替しているわけです。 彼女はガイジンのコスプレをして、ガイジンとしてそこに居るわけ。ガイジンのコスプレってのは、ヤンキー化なんですね。これは発見です。 ふつうは恥ずかしいよね。広告として。でもパチンコ屋とその客は、これでイイわけ。 「ここのパチンコ屋は外国みたいにイケてます。景気いいです。強いです。高級です。だってアタイ、ガイジンだもん」 そういうメッセージを発するために、外人のコスプレをしたことで貧乏くささが増している、首と脚の短い、傷んだ髪の黄色いケバいだけの年増のスケを起用して、自慢げにそれを店の看板に据える。 気合入ってる。 ビッとしてる。 パチンコしてる。 偽物なのに喜んで、気合で乗り切るその感じ。まさにヤンキー。夢にときめけ明日にきらめけ。 つかパチンコ屋ってホントにアレな。醜悪な。 で、あまりのいたたまれなさに僕は走って逃げ出した。
2010.01.07
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せんだってtumblrで拾った名言で「森にいそうなのが森ガールなら、俺たちゃ家ボーイだ」てのがあった。 ところでオレが黙ってた間に森ガールが一人歩きしてるらしいな。 ウチの妻はmixi「森ガールコミュ」ができたあたりから入ってる筋金入りの森ガールで、当然、元・オリーブ少女だ。今日もモリゾーみたいな格好で編み物をしている。 森ガールとは、なんか「ハチクロのはぐみ」みたいなのだ。はぐちゃんから才能を抜いたものが森ガールだ。 元は「森にいそうな女の子」が定義。 メディアで言われているような定義は、アレ、うそだ。流行をつくると儲かる人たちがいるからな。 そういった代理店発想で、テレビでも「流行の森ガール」が出たらしいが、テレビに出ちゃったらムーブメントとして終わりでしょう。 とくに日経トレンディの記事は酷かった。http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20090520/1026380/ メイクも服装も「森ガール像」からは大ハズレで、あれでは単なる郊外のメンヘル女。樹海ガールだ。びっくりしたー! すっごくダサくて気持ち悪かった。ぜんぜんトレンディじゃないよ! 森にいそうな子はメイクもナチュラルだろ普通。 森ガールってファッショントライブは要するにフォークなガーリーでしょ。 ケルト・ゲルマン様式というか、北側のヨーロッパ趣味でしょ。ドルイド僧やムーミン谷住民のイメージでしょ。森ガールはターシャ・テューダーみたいに老いたいわけだよ。 もともとは雑誌『オリーブ』に内包されていたような、定番のファッショントライブだよね(ふわふわしたワンピースなど)。そう考えると『オリーブ』が束ねていた女の子の趣味のカバー領域のすごさに舌を巻くのだが。 『オリーブ』が滅びて散逸したコミュニティがmixiに再集結した。『Spoon.』が加速して乗っかった感もあるね。 喩えるなら、ソビエト連邦が崩壊してあちこちで国がこう…、トルクメニスタンみたいなのができたり、スロバキアとチェコみたいに別れたり、そんな風な民族のバラケ方に似てる。 ロハスでナチュラルで北欧東欧系のユルい装いなんて、ゼロ年代(笑)初頭の「まったりほっこりカフェブーム」のころから顕在化してたじゃないか。 もともと存在するファッション傾向に名前がついただけで、新しく出てきて流行したわけじゃないよね。 もともと、というか普遍的にある少女趣味のファッション傾向なので、マーケットも見えてるし商品化しやすい(=流行している、と代理店が煽りやすい)だけでさ。 メディアで「流行してる」とされた瞬間に、流行ってるからという動機で森ガールふうの格好をして、アタシったら流行に乗ってイケてると勘違いしてるイナカモノがカモにされるといういつもの構造ですね。 で、宇野常寛(「宮台先生、かしこいボクを見て!」と泣きながらブーメランを投げ続けるイタい芸風で有名な評論家)は、メディアの情報に踊らされて流行していると勘違いした挙句に『サイゾー2009.11』において森ガールを語っている。 なんとグローバライゼーションや高度消費社会などの言葉を持ち出し、「自意識(!)」や「システム(!)」なんつう評論ブーメランを投げている。 本当は流行っていない、サブカル界隈の都内ローカル現象に対して大げさな批評。さすが論壇の新星だ。 はてな界隈なんかも滑稽な議論で渦巻いたりしとるな。 いつの時代でも、洋の東西を問わず。 ムーミンの人型女性キャラにはファンはいるし、ハチクロのはぐみはガーリーな女の子の典型だし、蒼井優はかわいいし、ターシャ・テューダーはわかりやすいロールモデルだ。 タカラトミーの「こえだちゃんと木のおうち」は、森ガーリーだろ? 単なる普遍的なガーリー趣味を流行させたり批評したり自意識を探ったり、そういう不毛な行為は趣味が悪いし頭も悪いと思う。 森ガールを語るな、恥を知れ。 このエントリは、せんだって「もみじ市」に行ったときに、森ガールが殺到してて、とくに食い物系の屋台がソヴィエトみたいに難民行列してたことに怒ったものです。
2009.12.16
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せんだって、生まれて初めてマイタンブラーをもってスターバックスに行ったのである。 しかも吉祥寺である。 オシャレにもほどがあるじゃないか。ちびる。 スタバで原価がいちばん高いのはカップと言うから、お店は喜んで値引きしてくれる。 キャラメルマキアートショート、いかにオシャレとはいえ、コーヒーだけの値段で3ドル半ってのは釈然としない。腑に落ちない味がするぜ。 いやうまいんだけど。 ドル建てで考えると面白いよ。
2009.12.13
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