2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
全4件 (4件中 1-4件目)
1
社中の初稽古を終えた翌日、弟から電話がありました。 『お父さんが、右腕に力が入らないって、Y病院に行ったら、 そのまま入院してる。軽い脳梗塞だって・・・。』朝夕のラジオ体操、逆立ちして、散歩大好きの元気なお父さん。どうしたのでしょう。次の日、まずは、一人で暮らしている母の様子を見に実家へ。一緒に父を見舞いに行くかと聞いたところ、 『見舞ったあと、別れて一人で家に帰ってくるのが 寂しくていやだから・・・行かない。』父は点滴を左手首に入れていて、所在無げにベッドに腰掛けていました。 『手が不自由って、ほんとに大変だな。情けないよ。お母さんが 左半身しびれてるって言うけど、こんな感じなんだな。』・・・やっと母の不自由さがわかったようで、お父さん、ひとつ勉強しましたね。入院中の父は、リハビリもあるので、ひとまず病院にお任せするとして、気になるのは、突然一人暮らしになった母のこと。母は、補聴器を使っていますが、それでも会話が不自由なことがあり、左半身のしびれに加えて、右足が痛み、杖を使い始めています。すっかり父を頼りにしていて、出かけるときは通院も買物も、父がいつも一緒でした。父が退院するまでは、とりあえず私と弟の方で、外出時の付き添いをしなければなりません。12月から同居している夫の母。月一回の通院のほかに、風邪など、何かと通院回数が増えていますので、さあ、これは大変、すっかり介護の時期となってしまいました。これが今から2週間前のこと、これから2月初旬まで父の入院は続きます。
2007年01月26日
コメント(9)
新年最初の教室は、いつも使う八畳で、大日本茶道学会のグループの初釜があったので、少し離れた長四畳の小間で、向切(むこうぎり)の稽古をしました。向切の点前は、炭手前で逆勝手の要素が入り、『それは左から右に持ち替えて』とか、『左手で斜めに』など、いつもの本勝手より説明が多くなりました。濃茶が始まり、道具の位置が定まると、松風の音に導かれた清寂のときが訪れます。亭主は、茶杓を取り、濃茶入れに手を伸ばしました。長四畳の部屋でしたが、亭主と客は半畳空けて三畳間のように座っています。これであと半畳進めば、妙喜庵の待庵と同じです。今でさえ、亭主の息遣いが伝わってくる近さなのに、二畳の茶室で、相対する利休と秀吉、息詰まる時間だったことは想像に難くありません。利休の庭の朝顔が見事に咲いていると聞いた秀吉が、朝駆けで利休の屋敷を訪れてみると、朝顔は花ひとつ残さず刈り取られている。驚いた秀吉は露地を駆け抜け、にじり口から茶室をのぞくと・・・、右手、黒く塗りこめられた室床(むろどこ)の真ん中に、ほの明るく朝顔が一輪。秀吉は驚き、怒り、憤り、そして哀しみ、手は震え、顔には脂汗が・・・。利休は、涼やかな顔で静かに濃茶を練る・・・。 『おのれ、利休、この秀吉を超ゆる気か・・・』そのとき、すっと影が動いて、あっ、あぶない、と思ったら。亭主が濃茶を練った茶わんを出し、正客がにじって取りに出たところでした。その後、後炭、薄茶と稽古し、小間のよさを存分に味わいました。炉縁が、床の框(かまち)とおそろいの、めずらしい椿でした。
2007年01月15日
コメント(9)
すでに年が改まったのに、昨秋の、口切の茶事の話で恐縮ですが・・・。11月初旬、C先生の口切の茶事に伺いました。そこで拝見したのは丹波の茶壷。茶壷自体は普通なのですが、驚いたのは、茶壷と蓋の合わせ目あたりが、まるで土星の輪のように、まっすぐ横に広がっています。先生はなんと言うことなく、小刀で、すいすいくるりと封印紙を切ると・・・、この円盤が茶壷とふたに二枚に分かれてくっついたまま・・・。お話を伺うと、こういうことでした。茶壷と蓋を封印する美濃紙は、毎年口切をした回数だけ重なっていきます。普通はこれをきれいにはがしてから、空の茶壷をお茶屋さんに渡し、新茶を詰めてもらいます。あるとき、はがすのを忘れて、封印紙のついたままもっていったところ、お茶屋さんは、お茶を詰めた後、その上に紙を重ねて封印し、届けていらしたそうです。そしてまた次の年、そのまま渡したところ、さらにその上が封印されて・・・。先生は、一年に何回も口切の茶事をなさいますから、封印の美濃紙が重なった輪は、三センチ近い厚さになっていました。『茶壷の年輪』とも呼べる景色です。封印紙の合わせ目に押される印は、お茶屋さんは黒、亭主は朱を押しますから、そんな変遷も内に秘めているはず。口覆(くちおおい)の裂地(きれじ)がなんとかかぶさって、口紐(くちひも)も結べていましたが、さすがに先生も『そろそろ(限界)ですかね』、とおっしゃっていました。この茶壷の『入日記(いりにっき)』は、十枚以上重なっていましたから、十年分のときを経た年輪です。茶壷を他に二つも持っていらっしゃる先生、いったい何回の口切の茶事をなさってきたのでしょう。
2007年01月08日
コメント(8)
年が明けての初稽古は、5日、今年もW先生の初炭手前から。朝の準備で、炉灰を少な目にして四方をかき上げ、たっぷりと湿し灰をまいて、敷香しました。茶室に入られるなり、先生の一言、「うーむ、いいかおりだ」新年の挨拶が終わると、さっそくお一人で水屋に入り、私たちの準備した炭台、灰器を運び出して、初炭手前です。足の運び、体の動き、道具を持つ手に無駄がなく、ピタリピタリと決まる形は、清々しくさえあります。縁高の花びら餅をいただき終わったところに、すっと茶道口が開いて、嶋台で濃茶点前の始まりです。一年前の今日、始めていただいた先生の甘くとろりとした濃茶。今年は嶋台でたっぷりいただきました。その後は、茶カブキ之式を用意していたのですが、先生が「私が亭主、しましょか?」とおっしゃってくださり、亭主の予定だった方が詰めに入りました。私は光栄にも正客です。試み茶二つをいただき終わり、名乗り紙を取り回し、いよいよ本茶です。本茶の一つ目、なんとさっきのと同じ味。迷わず『上林』を選びました。本茶の二つ目、なんか渋めのお茶でした。これは試み茶と違うなと思い、『客』を入れました。このあと本茶の三つ目をいただいて、『竹田』を確認してもよかったのですが、嶋台の濃茶から数えれば5つの濃茶が続いたわけで、さすがにお湯を所望しました。『竹田』は甘いお茶だったので、も一度いただけばよかったかなあ。結果は『全』。次客が『叶』。記録の奉書は、めでたく上客である私がいただきました。幸先のよい年明け、どうかいい年になりますように。結び帛紗花月での薄茶のあと、庵主手作りの寿ぎのお膳で、ゆっくりとお昼をいただきました。次回二月は大炉の予定。一年が動き始めました。下の写真は、住んでいるマンションのロビーに飾られている豪華な迎春花。金色を施した竹花入れの窓に、松、梅、千両、胡蝶蘭などを入れ、金銀の水引を飾っています。
2007年01月06日
コメント(6)
全4件 (4件中 1-4件目)
1
![]()

