2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1
今年最後の生協商品が届けられた。「雨の後、大丈夫だったかい?」昨日は、心配したほど夜半冷え込まなかったが、道路はシャーベット状態だった。路面にくっついた雪が融けて、凍ってしまい、どうぞ滑ってくださいと言わんばかり。「僕は大丈夫だったんですけど、音更町に行った者はスリップして横転したそうで。 幸い怪我無し。帯広市内を配達してたのが、車から降りて、荷物を運ぼうとして滑って、 タイヤのホイールのボルトに頭をぶつけて、救急車で運ばれました。少し縫ったみたい」「怖いネエ。今時雨が降るなんて変だね。いっそ雪だったらよかったのに」大雨がウソみたいに昨日は快晴。ぐんぐん温度が上がった。市内へ買い物に出かける。メイン道路は全く雪が無い。雨で融けた雪が、昨日の太陽のお陰で、蒸発してしまったようだ。市内に近づくにつれて、畑の土が顔を出し、小麦が緑色の絨毯をのぞかせている。こんな風景、3月の景色だぞ。「ナンだか気味が悪いなあ。」あんまり大きな声で言うと、天に聞こえて大雪になると困るから、小さくぼやいてみた。
2006/12/29
やれやれ快晴が続いて、雪が融けるぞと喜んでいたら、夜中に雷。昨夜からずーと雨が降り続けている。どうやら日本中が雨模様だから、こちらも雨でもおかしくないが、雪国の雨は悲惨だ。朝、ゴミ出しに車を出した。歩くと20分以上かかるから、ゴミのために車を使うことになる。ここ何回か、降っては融け、降っては融けで道路に数センチへばり付いていた雪が、この雨でグサグサになって固まり始めた。以前の車の跡もグチャグチャ。少しでも横にそれると、たちまちハンドルを取られる。四輪駆動のブレーキがゴゴッ、ギギッと嫌な音をたてる。帰り道はいつも除雪して比較的きれいな道を選んで、遠回りとなった。やだねえ。まだ雪の方がましだよ。ブツブツ文句を言いながら、我が家の一本道にさしかかったら、お隣の車が近づいてきた。いつもは元気のいい走りっぷりが、幼稚園の子のように、ヨチヨチと走って来る。お互い、挨拶もそこそこに真剣な顔で、すれ違った。どうやら一日止みそうもない。雨脚がだんだん激しくなってきた。地面が凍っているから、融けた水は行き場が無い。夜、零下になったら、確実に凍る。その上を走ったら、確実にスリップする。ウーン、やっぱり今日図書館に返却に行こうかなぁ。
2006/12/27

21日に、南国の島“沖縄”からようやく戻ってきました。18日から20日まで。2泊3日。11時那覇空港着。おーあったかい。12月とは思えない。17度だって。さてさて、忙しい3日間でした。まずは熱帯植物園へ行って、昼食の順番が来るまで園内の散策。観光バス4台。総勢160名ほどが多少の時間ずらしはあるものの、一斉に行動を開始するのです。「時間に遅れないようにお願いしまーす」「集合時間は?」ガイドさんが言います。「1時20分!」皆が声に出して答えて下車。一日中、降りては見学、乗り込んで移動の繰り返し。「昼食はオプションですが、他に食べるところがありません」「周辺には食事できるところがありません。オプションですがホテルでヴァイキングの申し込みができます」こんな調子で、3日間の入園料、食事申し込み用紙と集金袋が配られました。お馴染の琉球村をざっと駆け足で覗き、ヘゴの原生林をくぐり抜け、蝶々園で蝶に囲まれ、美ら海水族館の大水槽にびっくり。タイミング良く、甚平さめの餌やりを見てきました。水槽の上で係りの人がヒシャクで水面を叩きます。すると、ゆったりと泳いでいた甚平さめが、水面近くに上がってきます。落とされた小さく切ったえびなどを、巨体を垂直にして、大口を開けて、海水と一緒に吸い込むのです。ものすごい勢い。小魚なんか吸い込まれそう。魚に合わせた餌が投げ込まれ、それぞれが口にします。どうやら小魚を中魚が食べ、中魚を大魚が食べるという弱肉強食ではなく、ちゃんと繁殖しているそうで、巨大水槽の中で共存しているようです。この水族館はお勧めです。面白かったのは、パイナップル園でみた赤瓦と漆喰のシーサーです。至る所に飾ってあり、時には愛嬌もたっぷり。このシーサーは園内デザイン部の中国人の職人さんの作品と言うことでした。20年ほど前に、戦史めぐりで訪れたときには陶磁器のような焼物シーサーが多かったように思いますが、今回は今までに無いデザインと材料のシーサーを多く目にしました。本来、シーサーは瓦職人が屋根を仕上げた後、余った赤瓦と漆喰でシーサーを作り、施主へのお祝いと感謝を込めて、屋根と家人を守ってくれるようにと取り付けたとか。だからいろんな獅子がいてもおかしくないわけです。国際通りの店で、きっとこれから伸びると思われる女性の新作を購入しました。風雪にさらされて味わいが出そうですが、残念ながら温度が低いと割れてしまうそうなので、室内で私たちを守ってもらいましょう。首里城は広大で美しく、異国情緒たっぷり、“琉球王国”のお城ですね。沖縄戦がなかったら、もっと琉球らしい風情が街中にも残ったように思います。 “国際通り”とその先にある“窯元”は、アメリカ軍は攻撃しなかったそうです。窯元のご主人は、戦後茶碗など生活品を作るために残したのだと言いますが。那覇の町は焼け野原、いくつかの米軍基地を残して、ようやく土地解放。比較的新しい鉄筋コンクリートの建物の隙間に、平屋の赤瓦がちらほら。当然のことながら沖縄は様変わりしていました。延々と続く網のフェンス。米軍嘉手納基地。赤信号で停まったバスの横に、米軍のピックアップ。運転席には女性の米兵。くちゃくちゃガムを噛み、ぷーと膨らませて。そういえば、熱帯植物園を散策していたら、轟音とともに2機の戦闘機が上空を飛び去りました。観光の島 沖縄。米軍の島 沖縄。米軍が当面使用しない狭い土地を借りて、サトウキビを育てる島人。やっぱりどこかおかしい。沖縄人ガイドさんの解説にもどこか悲しみと怒りが。枕が替わったからか、久しぶりの二人部屋のせいか、ともかく寝不足状態の3日間。しかし、行き先を思案することも無し、何の手続きもいらず、道に迷うことなく、次々と漏れなく観光地に連れてってくれるツアーは、よく出来てますねえ。実に便利。そうそう、国内唯一、那覇市内にあるDFS(免税店)にも連れて行かれましたよ。空港外に作るなんて、誰が考えたんでしょうね。おみやげを最小限にとどめ、我が帯広空港に着いたときには、財布の中身は3千円。一人9万円余の旅行でした。 (高いのか安いのか。)
2006/12/23
11月中旬、封筒が届いた。『しんきんカード会員の皆様に素敵な旅をお届けします』なになに、と広げてみる。 “びっくり沖縄 3日間” 何と3万円から・・・チラシ一面の観光名所がオイデオイデしている。一度パックツアーなるものにも参加してみたいネエといっていた矢先、美ら海水族館に行ってみたい、という一声で、深く考えず申し込んだ。出発5日ほど前に、旅のしおりが届いた。あれまあ、やっぱり羽田空港は朝の8時出発だ。帯広~羽田空港の往復便、前泊、後泊(ムムツ、3万円ですまんなあ)。慌てて、航空便をネットで申し込む。幸いにもマイルが溜まっていたので、一人は無料。企画交通社が紹介してくれたホテルも確保。早朝出発、夜中の到着ゆえ、空港までの送迎バス付きはありがたい。旅のしおりの行程表には入園料各自負担。ホテルは朝食のみ。なるほど、温泉旅館と違うわなぁ。3日間の入園料を計算し、昼食・夕食を概算する。まともにありつけることを願って・・・。だいたい沖縄は何度だ?こちらは最高3度。当然防寒コート、毛糸の帽子にブーツスタイル。荷物は少ない方が楽だと、入れては出し、出しては入れで結局リュックスタイルとなった。(キャリー付き旅行かばんほしいなぁ)今回は、添乗員付きということで、全く下調べ無し。南の風景を楽しんでこよう。
2006/12/11
早いものですねえ。毎日ほどに仕事に出かけ、風を引いて体調を崩し、やれやれ疲れたと思った頃に、長かったセンキュウの仕事が終わりました。そして、気が付いてみると、早12月。 今年は5センチ程度の積雪がまだ2回降っただけで、助かっています。やり残していた薪の積み上げも、無事完了し、何とか落ち着きました。まだ、除雪機の試運転をしていないのが、少々心配ではありますが。 だんな様が一向に、除雪機の試運転に踏み切りません。私に任せたのでしょうか、それともまだまだ大丈夫と思っているのでしょうか。何しろ、ここ1ヶ月ほど、我が家から会話がなくなってしまい、聞くに聞けない状態。(どうやら原因を作ったのは私のようですが・・・)時間を惜しんで、自室で新規作業に取り組んでいる様子。 二人きりの家で、笑顔も無く無駄口も無く毎日を過ごすのは、お互い、なかなか忍耐が要ります。外での作業が全く無くなってしまい、この先春まで、一体どうやって過ごそうか、毎度のことながら、ちょっとばかり深刻な悩みです。卓球の仲間内でも、「冬の間何してるの?」と聞きあう始末。「特に何にも」返ってくる返事もまた同じ。僻地に住むと、出かけるのもおっくうで、誰しも同じように時間をもてあましているのでしょうかねぇ。 あれまあ、えらい愚痴っぽいことで。外は、無風の十勝晴れ。気分一新して、凍えて縮んでいるパンジーを屋内に移動してやろうかな。
2006/12/02
全5件 (5件中 1-5件目)
1


