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今日から期末テストの生徒たちが、1日目を終え、もうやって来た。 いいね~! 自習室もうすでに埋まりぎみです・・・ じゅくちょう
2011.11.29
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こんにちは、鎌田です今日の朝刊に、「ゲリラメッセージ 第30弾」が折り込まれました。 ・・・??? えと、「ゲリラメッセージ」というのは、まあ、広告っちゃあ広告なんだけど、B4のコピー用紙に、これでもかというくらい、ちっちゃい文字で文章が埋め尽くされている紙です。ハナシは9年ほど前にさかのぼります。当時の愛夢舎は、今の校舎ではなく、「一軒家」だった旧校舎。場所も駅から遠く、しかも駐車場の奥にあって、フツーに道路を走っていても、存在すら気づかない。そんな場所で愛夢舎を開いたものの、通ってくれる生徒さんがなかなか集まらず、佐々木塾長が、それでも地域の方に、愛夢舎の存在を知ってほしいと始めたのが、ゲリラメッセージです。かけるお金がないから、コピー用紙に印刷して、自分たちで住宅のポストに投函させていただいた。だから「ゲリラ」ていうか、僕は第1弾の頃、まだ愛夢舎にはいなかったんですけど・・・それ以来、いろいろ広告も作りましたが、この、ただひたすら文字で埋め尽くされた、決して美しいわけではないメッセージから佐々木本人の「言霊」を感じ取っていただける方も多いようで、未だに全シリーズを取っておいている、というような「ファン」の方もいらっしゃるみたい。本当にありがたいことですそして、その頃のことも忘れてはならぬと、未だにこうして、たまにゲリラメッセージをお配りしています。今回配布しました「第30弾」、文章を以下に掲載いたしますので、もしよろしければ読んでみてください♪(紙に文字ビッシリでないから、インパクトはないかもしれないけど…) あ、それと、当時の愛夢舎、愛夢舎の歴史にご興味のある方は、「愛夢舎ヒストリー」をぜひご覧になってくださいませ。【愛夢舎ヒストリー 序章『夜逃げ』へジャンプ】…ていうか、このブログ、本来は「愛夢舎ヒストリー」を紹介するのが目的だった… kama ~~~~~~~~~~~~~~~~【ゲリラメッセージ第30弾】 初心を忘れず、なおかつ成長する校舎を上藤沢から下藤沢に移転し、3年半が経ちました。我が塾も、開校12年目ということになります。経営の何たるかも分からず他塾から独立したあの頃を思い出します。毎日、毎晩、毎夜、生徒たちのことで頭がいっぱいで(寝ている間、夢にまで出てくる~笑)、「どうしたら生徒たちに喜んでもらえるのか?」「どうしたら保護者の方々に信頼してもらえるのか?」ということしか考えていませんでした。自分の家族や、ついてきてくれた社員のメンバーには、私のワガママで、かなり迷惑をかけました。でも、「そのワガママ」で現在のような評価をいただける塾になったのですから、みんな私を許してくださいね(笑)。私は、9年前、愛夢舎の知名度があまりにも上がらなく、リーダーとしての自分の不甲斐なさに苦悩していました。「どうしてこんなにいいことをやっているのに地域の方々は認めてくれないんだろう・・・」って、今思えば、自分たちの能力を棚に上げて、悲劇のヒーロー気分に浸っていたんですね。そんなときに、自棄(ヤケ)で書いてみたのがこの「ゲリラメッセージ第1弾」でした。「マニアな塾」とか「無名の塾」とか、そんな風に思われているなら怖いものなんてないじゃないか(笑)、と思い、批判を恐れず自分の思いを徒然なるままに書かせていただき、不躾にも、その私の長々した文章を700部ほど印刷し、近所を歩き回って勝手にご家庭のポストに入れさせていただいたのです。ゲリラメッセージ第1弾には「生徒募集」とか「愛夢舎に来てください」などといった営業的文句は一切書きませんでした。しかし、不思議なことに、何件も入会のお問い合わせをいただいたのです。「ゲリラメッセージを読ませていただきました。先生に賛同します」とか「こういう塾があるなんて思いませんでした。気に入りました」とか・・・涙が出るほど嬉しくなる言葉を頂いたのです(っていうか実際泣きました~笑)。その後はご紹介の数も劇的に増え、愛夢舎はまともな塾(?笑)になったのです。そして驚くことに、最近入会いただいた保護者の方々の中にもこの「ゲリラメッセージ」のことをほめてくださる人が多くいたのです。「先生、あれ、なんでしたっけ『ゲリラ』だかなんだか、あれおもしろいですよね。あれを毎回読んでいて、子供を塾に入れるなら愛夢舎にしよう、とずっと思ってたんですよ。最近ポストに入ってないですよね・・・」とか「あれのファンです。毎回楽しみに読んでました。最近書いてます?」なんて言葉を頂き、私自身「うわっ、こんなに読んでくださってる方が多かったの!?ファンまでいらっしゃったの!?」ってな感じ(笑)。前置きが長くなってしまったのですが、そんなこんなで今また「ゲリラメッセージ」を書いています。「ゲリラメッセージ」の評判がキッカケで「生徒に対する大切な気持ち」も再度呼び起こされました。評判が上がっても開校当初の「生徒に対する熱い気持ち」を忘れてはいけないな、と。生徒数が増えたからって、生徒の面倒見は絶対におろそかになってはいけない(当たり前)、と。あの震災から半年以上が経過し、色々な価値観や常識が変わったかもしれません。しかし、我々愛夢舎は11年たった今でも創立以来ずっと変わらぬ理念(子供に愛と夢を与える)の下、子供たちとかかわっていくつもりです。「うっとおしい」とか「大きなお世話」と言われようと、必ず子供の心に伝わる、そんな「言葉」を常に発していきたいと思っています。P.S.「愛夢舎のおかげで今の俺があります。当時は先生たちウザかったけどね(笑)」なんて卒業生に言われ我々もモチベーション上がってます!多くの方に「お褒めのお言葉」「お叱りのお言葉」「期待のお言葉」を頂けること、心から感謝しております。これからも愛夢舎は子供たちに「愛と夢」を与え続けられるよう、全力を尽くしていきます。そして、もっともっといい塾になるよう努力していきたいと思います。まだまだ未熟な塾ですが、地域のみなさん、これからも愛夢舎を応援してください。 ↓ オマケ。 ネタばれ禁止!この「東大」の問題が解けたら入会金を免除します!次の英文には、文法上取り除かなければならない語が一語ある。該当する語を記せIn one of the earliest attempts at solar heating, energyfrom the sun was absorbed by and large metal sheets covered by double plates of glass.
2011.11.22
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こんばんは、鎌田です先に断っておきますが、いつもいつも、くだらないことばっかり書いてる僕ですが、今回は、特に、くだらないです別に面白くもなんともないので、あんまり本気で読まず、そして、筆者をイジメないでくださいね。 「小麦粉チャンピオン」は誰かというハナシです。小麦粉の生産者で誰がすごいかっていうハナシではないです。小麦粉を使った料理でベストはどれだ?っていうハナシです。そしてこれまた、世の中にある全ての小麦粉料理のハナシではなくて、中華料理限定。 っていうか、ギョーザとシューマイとショウロンポウ、どれが一番「優れている」か、というハナシです。ほーら、もうくだらないでしょう?でも、考えてしまったんだからしょうがない、点心というか、お惣菜というか、おかずというか、中華の中でも比較的よく食べられるこの3品だけど、いずれも、「小麦粉の皮で何かを包んでいる」という点では変わらない。サイズだって、そんなに極端に違わない。この3品が、世間でどのような評価を受けているか、そのあたりを検証してみたい。くれぐれも、僕の好みの問題ではない、僕はどれも好きだけど、そういうことではなく、あくまでも「世間の評価」である。その「世間の評価」が、僕の判断であることはおいといて。また、「どれがおいしいか」でもない。「おいしい」とか「まずい」とかじゃなく、あくまでも「どれが『すぐれているか』」です。そして、この場で「ベスト・オブ・小麦粉 in China」を選出したいと思う。餃子、焼売、小龍包、誰が小麦粉チャンピオンか?! 銅賞:焼売(シューマイ)シューマイは、大差のビリですなんというか、心根がいけない。シューマイを、家で作ったこと、あります?僕はないです。せいぜいね、冷凍品とか買ってきて、蒸し器でむしあげるだけですね。食卓に並びにくい理由として、この「蒸す」という作業の面倒くささがあるでしょうね。あの造形も、なんかエラそうですね。シューマイと言ったらあの形と決まっていて、その形の作りづらさ、それも手作りしにくい理由でしょう。そう、作るまでに面倒くさい。手間がかかる。その上で、いざシューマイが食卓に並ぶとするじゃないですか。大皿にシューマイいっぱい・・・。これ、うれしいですか?うれしくないでしょう?シューマイの食べ放題というのがなかなかないのがその証拠だ。一般の意識でいえば、シューマイを50個でゴハンとか、そういうのは迷惑なハナシなのである。つまり、本人の実力は、大したことないそこが、心根のダメなところだ。シューマイは、自らをやたらと飾って、たとえば、あの造形とか、調理法とかめんどくさくして、「ワタクシ、ひとかどの方でないと、 とてもじゃないけど、扱いきれませんよ~?」なんて言う、プライドの高いヤツ。それでいて、それじゃあ、高給払って採用したから、どれどれ、実力をみてみよう、さぞかし期待ができるんだろう、って思ってみたら、まるで仕事ができなかったというダメ社員の典型である言うことだけは一人前だけど、実力まるで、なし。シューマイ定食、魅力なし。シューマイのてっぺんには、グリーンピースが乗っていることが多いが、あれだって、本人の勘違いだ。「これはカッコいいだろう」と思ってつけてるアクセサリがどうにもこうにもウザくてしょうがないことに、本人だけが気がついていない。ある意味、かわいそうでもあるけど、そこに気がつけないところが彼の欠点でもある。たまーに気づいて、グリーンピースのかわりにエビなんかを乗っけてる子もいるけど、それはさらに、彼の実力のなさを助長するだけである。しょせん中身は肉しかない。というわけで、シューマイがさらなる評価を望むのであれば、彼に必要なのは、ただひとる。「謙虚さ」である。 銀賞:小龍包(ショーロンポウ)彼は惜しくも2位となった。小龍包さんは、完璧な実力者だシューマイとはワケがちがう。作り方は、大変めんどくさい。市販の皮では、不完全なものにしかならない。だから、家で作るには、皮から作る必要がある。これはめんどくさい。さらに、中身にもこだわる。あんを混ぜるだけではなく、箸で割ったときにあふれでるスープ、それを実現するためには、スープのゼリーから作らねばならない。そして、蒸す。これはめんどくさい。だが、めんどくさいだけの品位を彼は持っている。箸で割る、あるいは、一口に彼を放り込んで口の中で割ったときにあふれ出るスープと肉汁。肉だけなら、シューマイだってできる。だけど、肉汁とスープのコラボレーションは小龍包さんだけができる、高度なワザである。これはすごい。「あん」だって、ただの肉だけではなく、竹の子が入ってみたり、小技にも欠かさない。完全に、チャンピオン候補、そうだな、例えていうなら、家庭が大富豪で、本人は東大大学院卒のスーパーエリートだでも、実社会では、そんな彼は惜しくもトップにならない。なぜなら、給料が尋常じゃなく、高いからだ彼は思うだろう。どうしてこれだけの素養と実力をそなえてなおかつ2位なのか。そこに気づけないところが、彼が銀賞にとどまる理由である。なにせ、生まれも育ちも超一流だから、もし彼が、並の給料しか要求しないのならばひくてあまたの大人気であったかもしれない。でも、家で小龍包、作ったことありますか?僕は、今現在、作ろうとすら思えない。僕の手で、東大大学院卒は作れない。だから、料理屋で彼を食べようと思う。すると、一般の人が給料20万円を要求するところ・・・・・・ギョーザやシューマイが10個500円とかで食べられるのに小龍包は、80万円の給料を要求する。・・・小龍包は、2個で1000円とかする。ここが惜しいところであった。実力は申し分ないのに、世間とのずれで、2位に甘んじた。しかし、彼にはまだブルジョワ社会の中で、高給をいただいて生きる道がある。その点、シューマイとは大きく異なるし、庶民である僕には疎遠であるかもしれないけれど、高給取りの間でがんばってほしい。 金賞:餃子(ギョーザ)ということで、文句なしのチャンピオンは餃子さんである。彼は、家でもよくこしらえられる。これは大きなポイントだ。つまり、手軽に「作ろう」という意欲を起こさせる。形は、たとえば僕なんかが作ると、お店で出てくるようにキレイなお尻がなく、どっちもヒダヒダになってしまうけど、そういうことも餃子は頓着しない。いーんですよ、食べやすければなんでも♪非常に寛容な態度が高感度を増す。また、調理法にも寛容である。焼いてもよし、茹でて水餃子でもよし。あるいは、油をくぐって揚げ餃子という手もある。この順応度の高さは、特記に値する。そんな彼だから八方美人の低所得層かと思いきや、なんと彼は、家によってすべて別の表情をみせる。あまりに一般的な餃子であっても、2つとして同じ餃子は存在しない。白菜の量とか、ニラを入れるとか入れないとか。さらには、大きさにすら、順応性の高さをみせる。みよ、大食いの店における「全部食べたらタダ」の餃子の巨大さ。そうしたもろもろを考慮しても、国民に最も愛されている、すなわち、「最も『使える』社員」であるのは餃子であると判明した。小龍包さんは、確かに「出」は良い。だから、給料もよいであろう。一方、餃子は臨機応変な対応で人気はあるけど、しょせん、おとぼけキャラの庶民派だ、給料だって少ない。そのあたりがまた、日本人の好感を生む。すなわち、スーパーエリートではなく、少し抜けたところのある、しかし身近な存在、しかも庶民的な金額で動いてくれる、そのあたりが、なおさら日本人に人気のあるゆえんである。・・・さて、くだらないハナシはここまでにして、僕もごはん、食べよう♪kama
2011.11.18
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先日の数検結果がネット上で発表されました。 受検した内部生は全員合格!!!(準2級受検の外部生1名が惜しくも1次合格のみ、となりました・・・) 昨日の中3北辰テストの結果に続き、数学の実力が目に見える形となってきました。 英語担当の私もがんばらないと。 中3で英検準2級2次試験の結果待ちの生徒がいます。受かってて欲しいな。 ジュクチョウ
2011.11.17
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中3の北辰返って来ました。 副塾長担当の数学スパークです!選抜クラスのみならず一般クラスでも偏差値70超が!!! 私の担当の英語は・・・すんまへん(苦笑)、12月でリベンジです! 5科の偏差値は塾平均大幅にアップです!!! 3三者面談も終了し、中3生は本当に佳境に入ってきた感じです。(若干名まだ気合入ってないメンバーがいるぞ!今今今だぞ!!!) 高3生も中3に負けてちゃいかんぞ!!!今週末は「センタープレ」!!!「素晴らしい数字」見たいです!!! センターまで60日を切りました・・・ ジュクチョウ
2011.11.16
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こんにちは、鎌田です ・・・たった今、「どーして最近更新しないの?」って、生徒にツッコマレテシマツタ…ゴメンナサイ><中学生の2学期期末テストが近づいております。毎日のように、自習室は満席になり、全教室を開放しても、座りきれるかどうかの状態。もちろん、3年生が中心なんだけど、2年生たちも、少しずつテストへの意識が上がってきておりよい傾向である。先日の日曜日も、昼から自習室はやはり満席。みんながカリカリ勉強しているなか、どこからか、太鼓の音が響いてくる。どーん、どーん・・・。なんだろう、と思って、表に出てみた。愛夢舎のすぐ近く、なんなら、はす向かいって言っていいくらいのところに熊野神社がある。太鼓は神社から響いてきていた。写真だと、少し見づらいけど、入り口のところに、のぼりも立っている。「七五三」。そっか、七五三のお参りでしたか僕、あんまり意識してなかったけど、七五三のお参りって、11月なんですね。僕にも、七五三の思い出はある。僕と姉の名前をつけてもらった大國魂神社に着物で出かけ、写真をとってもらったその頃、口の中の壁をもぐもぐ噛むのがマイブームで、写真の準備をしている間にもそれをしてたら、「はい、ボク~ 口のもぐもぐ、やめてね~」ってカメラマンの方に注意された^^;懐かしいなぁ。あれは、何歳のころのことだっけ? 「七五三」と言ったら、「千歳飴」。あの長ーい袋を持って歩くのが楽しみだった。当時の僕にとっては、信じられないくらい長い飴、その「異常性」にひかれるあたり、今も変わってないその後、金太郎飴の存在を知った。「異常なほど長い」だけでなく、「どこを切っても同じ顔」という、さらなる異常性に、わくわくしたもんだ。いつか必ず手に入れたい、そして、あっちこっちを切ってみたい。なんなら、作り方まで研究した。いざ手に入れた金太郎飴は、すでに小さく切り分けられたもので、それは非常にがっかりした。 まあ、小さい頃の思い出であるが、「七五三」ひとつで、いろいろなことを思い出す、やはり幼い子にとっては、とても印象的な出来事なんだろうと思う。「なんで男の子は1回だけなのに、お姉ちゃんは2回もあるの?」って、ふてくされたような記憶もある。「七五三」に限らず、年齢のお祝いというのは、数多い。そして、年齢のお祝いは、これはもう、無条件に、めでたい。自分がこの世に生を受けたことが、まず、この上なくめでたい上に、何年という期間を、幸せに生きてこれた、これまた、おめでたい。なにが「めでたい」かって、達成した時間の長さではなくて、その期間、人に囲まれ、人に愛されてきたことが、めでたい。だから、何歳になっても、おめでたい。むろん、誕生日のお祝いというのはそういうことであるわけだけど、日本人はやっぱりお祝い好き、節目ふしめにデカイお祝いをしますね。子どもに向けたデカイ節目が「七五三」だとすれば、オトナにとっては「還暦」ということになるのかな。もう結構前のことになるけど、僕ら姉弟も、両親の還暦のときには、それまでしたことのないくらいのお祝いをさせてもらった。っていっても、2人でお金を出して旅行に連れて行っただけで、むしろ、そういうときにしかしない僕らは大変な親不孝であるわけだがそれでも母親なんかは、泣いて喜んでくれた。そろそろ古稀のお祝いなんかも考えなきゃ。 そそ、還暦を皮切りに、どんどん、お祝いごとが増えていくんですねー。少しご紹介してみましょう。なにせ、細かなものまで出すと、ものすごい数になるから。 【還暦】 60歳。60年で十干十二支、ひとまわり。【古稀】 70歳。杜甫の詩、「人生七十年古来稀なり」から。【喜寿】 77歳。「喜」の字の草書体が、七十七っぽくみえる。【傘寿】 80歳。「傘」の略字が八十っぽくみえる。【半寿】 81歳。「半」の字を分解すると「八十一」になる。【米寿】 88歳。「米」の字を分解すると「八十八」になる。【卒寿】 90歳。「卒」の異体字が「九十」と読める。【白寿】 99歳。「百」から「一」をひくと「白」。【紀寿】 100歳。一世紀生きました。【茶寿】 108歳。「茶」の字の「くさかんむり」が十十で20。 下の「米」が88。合計108歳。【皇寿】 111歳。「皇」の字を分解して、足したりどうこうしたりすると111。【大還暦】 120歳。十干十二支、2周目達成! 【特大還暦】 180歳。3周目達成! 【超特大スターマイン還暦】 600歳。10周目達成! 【寿寿】 7歳。「寿」の字が七画。もしくは、明日がくるなら。 【松本寿】 16歳。伊代はまだ、16だから。 【中村寿】 18歳。エンジェルがはじめてため息を覚えた。 【悪魔寿】 100049歳。閣下の年齢に並びました。 …だから、ですって。何回ツッコミ入れました?僕は、7回、ボケたつもりです^^Kama
2011.11.15
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うれしいことに10月下旬から毎日のように入会、体験授業のお問い合わせを頂いております。 中1・2や高2のお問い合わせが多いです。 この時期はどうしても入試直前で中3・高3に目が行きがちですが、非受験学年も盛り上げていかなければいけないですね。期末テストも近いですしね。 とにかく、三者面談や入塾面談で忙しくさせて頂いていること地域の皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。 ありがとうございます! ジュクチョウ
2011.11.12
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こんばんは、鎌田ですいよいよ、今年もシーズンになりました YMさん 女子栄養大学(栄養学部 保健栄養学科)大学受験合格第一号です。おめでとう!! 推薦入試を利用しての合格です。彼女の大学受験はこれで幕を閉じますが、なんとそれでも、塾通いは続けるとのこと学校の授業をマジメに受け、テストにも真剣に取り組み続けるという姿勢の表れ。そういう日頃の彼女の真摯な姿勢が勝ち取った合格です。本当におめでとう。 というわけで、今年も合格ラッシュがきっと生まれますシーズン本格化を前に、今から楽しみでもあるけど、これからの毎日毎分毎秒を一生懸命生きて、精いっぱいの力で受験を乗り切った後のうれしさ、楽しさ、それをすべての受験生に味わってほしい、そのためには、毎秒を一生懸命過ごしてほしい。それができた者への「ごほうび」だからねーkama
2011.11.11
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こんにちは、鎌田です少し早いのですが、12月末からスタートする今年の「冬期講習会」について、だいぶ募集要項が固まってまいりましたのでおしらせいたします今年は、中学校の年間予定が昨年までと大きく変更となり、冬休みの始まりが例年より遅くなっています。その関係で、今年の愛夢舎の冬期講習は12月28日からのスタートとなります。 【冬期講習日程】 1期 : 12月28日~29日 2期 : 1月 4日~ 7日 全6日間毎回の講習会同様、最終日は「確認テスト」を実施し、その前日は、講習会で学んだことをやり直してみる「復習日」になります。ただし、中学3年生と高校3年生は上記日程に1月2日・3日の「正月特訓」が加わります。また、長期休暇の予定に変動のない高校生対象には「センター試験直前特訓」として12月26日・27日の両日も特別授業があります。 …ということで、学年によって日数が異なり大変わかりづらいのですが、限られた日数の中、最大限の効果を望んだ結果でございます。 なお、誠に勝手ながら、今期の中学3年生・高校3年生の募集は終了とさせていただきました。あわせてご容赦くださいませ。くわしくは、ぜひ直接お問い合わせください。 kama
2011.11.10
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こんにちは、鎌田です中学校では中間テストがおわり、早くも、2学期期末テストに向けて準備始動。3年生にとっては、実質的に「中学校生活最後のテスト」で、この結果によって、高校受験の結果を大きく左右する「調査書」の数値が決まるわけですから、我々のテスト対策にも力が入ります。そのさなか、中学3年生を対象に三者面談も行っています。「受験校を決める時期」です。もちろん、実際に受験する学校というのは入試直前まで変わりうるものですし、県立高校に至っては、出願後に変更するかもしれない。だから、現時点で決めるのは、あくまでも今の時点での「計画」です。しかし、予定どおり進めばその「計画」どおりの受験をすることになりますし、ということは、文字通り、彼らの進学先を選ぶということである。これは、保護者にとって、重大であるのはもちろんのことですが、生徒たち本人、15歳の彼らにとっては、今までに経験したことのない、大変な決断です 昨日、ある生徒が難しい顔をして、相談してきた。彼は、県立高校を第一志望にしているが、そのことを学校の先生に話したところ、こんな「投げかけ」をされたという。「なんで県立高校に行きたいの? 私立の方が、 勉強を一生懸命やるんじゃない?」それで彼は、私立と県立、どちらがいいのだろうか、と悩み始めた。まず、学校の先生がおっしゃったことは、ごく細かなことをのぞき、一般論でいえば「真」であると僕も思います。ていうか、そんなことは彼もさんざん塾で聞いてきたはずで、「えっ、なにを今さら…」と、正直思ったんだけど、まあそれはいいやでも、県立と私立、どちらが絶対的に良いということはない。どちらにもメリットとデメリットがあって、たとえば県立高校に進学するメリットはなんといってもやはり、学費の無償であろう。しかし、最上位校をのぞけば、大学進学へのこだわりと生徒たちへの指導はやはり私立を上回るものでなく、ほぼ何もしてもらえないという学校もある。第一、多くの私立が週6日制をとっているなか、絶対的な授業時間数で県立高校は及ばない。一方、私立高校は「出口」へのこだわり、生徒たちの卒業後の進路が「生命線」であるから、たとえば大学進学ひとつとっても、フォロー体制が比ではない。デメリットとしては、むろん、公立と比較したときの学費のかかり方であろう。で、結局どちらがいいか、というのは本人とご家庭で考えていただくことである。個々によって正解は異なる。 で、本題ですが、彼は結局、県立志望なんだけど、併願校とする私立高校を今さがしている。すでにいくつか目星をつけていて、それらの学校へは、仮に第一志望合格が叶わなかったとしても、納得して進学できそうだ。ちなみに、愛夢舎では「全員が第一志望に合格する」ということはあまり起こらないかもしれない。むろん、全員第一志望合格を目指してはいるが、「行きたい学校」が必ずしも「受かる学校」とは限らず、非常に厳しい状況、カンタンにいえば、ほぼ受からないであろうというような状況であったとしても、そしてそれを説明した上で、それでも挑戦してみたい、とご家庭一丸となって挑んでいく場合が必ずある。つまり、ウチでは「受かる学校を第一志望にさせる」という指導はしていないそれで彼は、また悩む。「あとどのくらい私立をみたほうがいいのか。 まだ行っていない高校に、 もっといいところがあるんじゃないか」 前置きが長くなりましたが、この部分について、僕の考え方を少し書いてみようと思います。彼にも、同じように話しました。 まず、思考を転換させてみても良いのではないか、ということ。たとえば、今ある高校が気になっている。ここだったら、楽しくがんばれそうだし、「好きな学校」と言える。でも、もっと探せば、もっと好きになれる学校があるかもしれない。これは、真実かもしれない。でも、だからといって、では日本全国の条件的に通える高校をすべてみるまで、納得がいかないということでは困る。たとえば、大学3~4年生が卒業後に身をおく企業を探す、いわゆる就職活動においては、1人あたり100近くの会社を検討するのが最近の流れである。で、結果的に100分の1の企業に勤めることになるわけだけど、「自分にはもっとふさわしい会社があるかもしれない」と思えば、さらに数千、数万の会社を訪れてみなければならない。容易にわかるとおり、これは「無限」ということと等しくなる。これがダメな思考ということではないです。あきらめず、じっくり真剣に考えるという意味において、必要な考え方です。これは「選ぶ」思考ですね。でも、「よりよいもの」を選ぶためには「すべて」を見た方がよく、少なくとも半分以上の可能性を残して選ぶのはやはり、やり残し感があるだろう。 そこで、僕は「出会う」思考でありたいと思う。1分の1でよい。 …まあ実際には、100分の1であったり、10分の1なんだろうけど、自分が「これだ!」と思ったら、それが自分にとってのベストである。ほかに出会っていない可能性はごまんとあるけど、それは、自分にとってはベストではない。だって、出会っていないのだから。つまり、高校受験においては、まだ自分がしらない高校は多いけど、それは自分にとっての志望校ではない、出会っていないのだから。就職活動において、内定をとった学生は、しばらくは他の企業を探すけど、やがて落ち着き、結局はじめの会社に行くことが多い、それは、内定をとったということは、ベストに出会ったということだから。ということは、高校受験において、県立と私立の2つを受験した、自分としては県立を志望していて、でも不合格となり、私立に進学することになった、このケースにおいても、同じことがいえて、その子は初めから、私立に進学するのがベストであった、と考える。これはイイワケでもないし、残念な結果に対する「傷の癒し方」でもない、そもそも、「残念な結果」ではない。ベストに出会ったのであるから。そうですね、「運命」と言ってもいいのかな。 ありきたりの考え方であるようで、でも実は、思考パターンということでいえば真逆をむいており、思考そのものがそうである人が多いか少ないかは分かりません。「選ぶ」ではなく「出会う」の方が、間違いなく、幸せですよねだって、「選ぶ」のままだと、先々、後ろを振り返る、みていない可能性をずっと気にかける生き方になりえるけど、「出会う」の場合、現状に幸せを感じるのみでしょう?実は、ほぼすべての人がどこかのタイミングで「出会う」に思考転換しているのです。就職活動に終止符を打つ学生だってそうでしょう。だから、僕が彼に話したのはそういう考え方もあるから、そう思ってみてはいかが?ということでした。 文章だと、うまいこと表現できてない気がする… そですねー、たとえば、彼がオトナになって、お嫁さんを迎えるとしますよね、そのとき、ひとりの女性を愛することになったとして、「でも、まだ出会っていない人のなかに、 もっと自分にふさわしい、 もっと自分が幸せになれる人が いるかもしれないから」という思考では、やはりこれは、幸せではないと思う。あと6000万人会ってから決めるって・・・ねぇ。こういう「たとえ」だとどうでしょう? …って僕は思うので、まだそういう人に出会ってないけど、悲しくないのです・・・・・・とほほkama
2011.11.08
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こんにちは、鎌田です先日11月3日(文化の日)に、毎年恒例の行事である愛夢舎スポーツ大会として、「逃亡中」を行いました。ブログ記事はこちら 大会の最中、VTRも録画しておりまして、そのときの様子を編集しyoutubeにアップしましたのでお知らせいたします。2011年スポーツ大会「逃亡中at彩の森公園」の動画は、こちらからyoutubeも進化していて15分超の動画もアップできるようになりましたのでウチも15分超の長さにしてみました。退屈かもしれませんが、よろしければご覧になってくださいませ。kama
2011.11.07
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こんにちは、鎌田ですかるーく自慢報告小学6年生のMさんが英語検定4級に 一発合格しましたしかも、合格点の2倍近くの得点での余裕合格です。おめでとう!! かつては、僕なんかが受検をすすめても、「うーん・・・」って言って、乗り気ではなかった。たぶん、慎重な子であるから「不合格」がイヤだったんだと思う。当たり前のことですが。それが5年生の秋、まず5級に挑戦。あっさり合格し、この分なら4級も・・・と思ったんだけど、そこはやっぱり慎重なので、立て続けの受検にはならなかった。6年生になって、なぜか春の受検も見送り、この秋に、ようやく初めて4級受検。「そりゃあ、合格するでしょう!」っていうくらい、本人と僕にとっては、当たり前すぎる余裕の合格でした これで、彼女も中学生に・・・ ・・・って思ったんだけど、どうやら「火」がついたようです。1月試験において3級に挑戦するって♪これはちょっと大変ですさすがに小学生にとっての英検3級はあまりに知らないことが多すぎる。面接の心配はしていません。なぜなら、現時点で彼女は3級のリスニング問題もほぼカンペキに聞き取れるから(全部じゃないけど…)あ、帰国子女とか、そういう反則ワザではないですよ。フツーに日本家庭の子です。なにせ、さんざん、原書講読を積み重ねてリスニング力をパワーアップしてありますからにしても、3級では単語力・文法力も高度なものが要求されますからうーん、これはなかなか大変な戦いだなぁ。と思って、2人でがんばってやってます。受かるといいなーkama
2011.11.06
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こんにちは、鎌田です気がついたら11月。もう秋も深まる頃ですね。ブログのデザインがずっと運動会だったので、もみじに変更してみました。ウチの子たちは、「『もみじ』は植物名ではない」ということが、僕のリクツっぽさの影響から、大分わかるようになってきましたそれもどーなんだ?読書の秋食欲の秋スポーツの秋 いろいろあるんでしょうけど、やっぱりウチは「勉強の秋」ですな。期末テストが迫ってまいります。kama
2011.11.05
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こんばんは、鎌田です本日11月3日は毎年恒例、「愛夢舎スポーツ大会」の日。残念ながら、快晴の中とはいきませんでしたが、受験勉強の息抜きに多くの中学3年生も参加してくれました。種目は、昨年度同様「逃亡中」。 ・・・深くは説明いたしません本家と、少しルールも違うので「逃走中」ではなく、「逃亡中」です。 「逃亡者」は、生存者の証であるおそろいのキャップをかぶってる。「ハンター」は、射程距離内にキャップをかぶった者をとらえると一目散においかける。ハンターに触られたら「確保」。キャップを奪われ、資格を失うが、「チェアマン」のもとで行われる「復活ゲーム」に勝利すれば1度に1人、ゲームに復活することができる。ゲーム時間は90分間。最後まで生き残った者が勝利者となる。 ・・・賞金は、1秒100円 ・・・・なんていうお金はないし、主旨ともちがうので、賞金はない もちろん、ハンターにつかまれば、賞金は、ゼ~ロ~ ・・・もともと、ゼ~ロ~ んでもね、勝利者には「ごほうび」をちゃんと用意してあります。 会場となるのは彩の森入間公園。 ・・・11月3日の入間市、彩の森公園といえば隣接している自衛隊入間基地の航空祭ブルーインパルスの曲芸飛行が一番の目玉なのかな、まさに、その曲芸飛行と時を同じくしてゲームは開催される。各地からの数多くの観光客が上空を見つめるなか、公園内に、逃亡者とハンターが疾走する。 今年の参加者は、30名弱。ハンターは、全部で6体。 午後1時30分、ゲームスタート。 スタートと同時に1体目のハンターが放出される。今年の1体目はハンターYKだ。10分後、さらに2体のハンターが放出。ゲーム開始20分後には3体のハンターが放出され、6体のハンターが逃亡者を追いかける。 もうね、秋晴れの中、観光のみなさんがのどかにピクニックしてるなか、黒スーツにサングラスで、無表情のハンターが闊歩するのはこれ以上ないほど異様な光景であると思うのだが、いかがか。 ハンターMKは、後にこう語った。 「・・・いやぁ、ぶっちゃけ、 去年は生存者1人ってことで、やりすぎたかな・・・と。 それもあったので、今年は多少手加減しようと タカをくくってたわけですよ。 ええ、ワタシは2番手に放出となったんですが、 あっという間に4~5人はつかまえるつもりでした。 園内の捜索をはじめてまもなく、 緑のキャップの集団が目に入ってね。 ええ、そうなんです。 去年の子たちと違って、はっきりととらえられるわけですよ。 ああ、去年の子たちはね、 多くが茂みの中に身を潜めたり、 なんとか気配を消そうとしたり、 つまり、「隠れる」というのが多くの子の戦略だったわけですね。 ところが、今年は、隠れていない。 これはねぇ、 ははあ、なめてるな・・・と思いましたよ、はい。 そんなねぇ、はっきり見えるとこにいちゃあねえ、 あっという間に全滅だろうなって思いました。 だから、いよいよ手加減しなきゃと思って追跡してみたんですが、 ところがこれが大きな計算ちがいで・・・。 うん、逆に、作戦負けだった気がします。 隠れてるとね、自分はなかなか見つからないかもしれないけど、 逆に、ハンターの姿も、相当近くにこないとわからないわけですよ。 で、いざ逃げようとすると、 体勢を整えるのにてまどって、簡単につかまっちゃう。 ところがね、今年みたいに隠れもせず、 数十メートル先から観察されてるとね、 こっちはメチャメチャ目立つから、向こうから簡単に発見されてしまう、 で、一定距離を保つように逃げれば、 そう簡単にはつかまらない。 ワタシははじめのひとりで、それを痛感しました。 直線方向に追いかけるとね、 なんとかギリギリ手が触れるとこまでは近づくし、 それで捕まえられることもあるけど、 逆に逃げ切られてしまうこともある。 それに、その間に、ほかの逃亡者は野放しだから。 これはまずいと思いましたね。 そこで、こっちも作戦を整え、 追いかける場合には、 ほかのハンターがいるところにむかって追い込む感じで。 で、そうすると、6人いるとは言っても、 なかなか数は減っていかないわけですよ。 これ、ヤバイって思いました・・・。」 そして、終了30分前、去年の「生き残り1人」の結果から追加された新ルールが発動。 「リセットマン、確保!」 場内のどこかにいる「リセットマン」がかぶるキャップ。逃亡者のひとりが、リセットマンをとらえ、そのキャップをチェアマンに届ければその時点で確保されている参加者が全員復活となる・・・。終了30分前、各ハンターに携帯メールが届いた。「全員復活です!」 「・・・いや、リセットマンによる復活はね、 今年のカギとなるルールでしたけど、 あのリセットのせいで、すべてが終わりました。 リセットマンを追いかける 逃亡者Hの姿をとらえたので、 ワタシはHを追いかけて、リセット阻止にむかったわけです。 結果、Hはリセットマンを捕まえることができず、 逆に自分自身が確保されてしまいました。 ところが、Hのすぐ後ろから 別の逃亡者Oがリセットマンにせまっていたんです。 Oは、リセットマンを確保し、キャップを奪うと チェアマンに向かって一目散。 これはまずいとばかりに ワタシは、ハンターNNとOを追い詰めました。 チェアマンの場所とは、川をはさんだ場所です。 もうまさに、あと1~2メートルでOを確保できるはずでした。 ところが、Oは、 川を飛び越えたんですね・・・ これですべてが終わりましたよ、ええ。 全員復活です」(ハンターMK氏)【ハンターをふりきってリセットを敢行した逃亡者O】 結果・・・。 生存者は15名。 これは、ハンターの惨敗です 今年、初参加となったハンターKJは「自分は10人もつかまえたのに、 ほかのハンターはポンコツじゃねぇか!!」と、いきり立つ 勝者たちにはごほうびとしてドーナツが振舞われました。 こうして、今年のスポーツ大会は終了。・・・来年度はハンターの増強とともに、「リセットマン」ルールについても検討・・・。 ・・・負けました~~~ MK 追記: 今年も、ハンターやってる間に、 多くのちびっこに声をかけられ、追っかけられました。 中には 「・・・ハンターさん、 あのぅ、今から入れてもらえないですか?」 って、おそるおそる尋ねてきた、ちびっこもいました。 それに、自転車でおっかけてきて、 「ハンター!あっちに逃走者いるよ~!!」 って教えてくれたちびっこも。 ごめんね~、ハンターだから、 あんまりベラベラしゃべっちゃいけなかったの~~。 もしかしたら、来年もやるから、 もしよかったら、来年、愛夢舎に問い合わせてみてね~~
2011.11.03
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こんばんは、鎌田です今、愛夢舎におけるひとつの時代が終わろうとしています。愛夢舎は、今年で設立12年目を迎えておりますが、その歴史の中で、その存在を忘れることのできない「大ベテラン」が、今、引退のときを迎えようとしています愛夢舎歴でいえば、僕よりも先輩。これまで、数百人の生徒たちを玄関先で出迎え、また送り出してきた「彼」。そんな「彼」が勤めを果たし、長き歴史に幕を下ろそうとしております。 ↓ 大ベテランです。 タイムレコーダー個人名・・・もとい、機種名「タイムボーイ3」くん。 ん?「彼」でしょう、ボーイだから 愛夢舎は、設立まもなく、生徒たちの勉強時間管理を目的とし、タイムカード打刻システムを導入しました。いまさらですが、愛夢舎は、授業以外にどんどん塾にやってきて先生に質問しながら自習することを強くおすすめする塾です。受験生になると、授業は週に1~2回だとしても文字通り、毎日塾にやってくる子も少なくない。生徒たちは、塾にやってくると「出勤」よろしく、タイムカードを打刻し、帰宅するときにも打刻する。旧校舎のころは、それぞれの生徒が、毎月どのくらい塾を利用したか、タイムカードの記録をランキング方式で集計・発表し、生徒たちの勉強への「やる気」の源にもなったもんでした。結果、中学3年生の平均勉強時間は「100時間/月」を超え、中には、ひと月で180時間も塾と塾の先生を利用するような受験生もいた。タイムカードの打刻にもうまい・ヘタがある。本来記録されるはずの枠からずれてしまって、何日分かの記録が重なっちゃう子も少なくない。反対に、キレイに月間の登塾記録が並ぶ子もいる。一度休憩に出るときには先生が手書きで休憩時間を記録していたんだけど、カードの余白が、手書きの時間でいっぱいになって、「・・・お前、どんだけ休憩に出るんだ・・・」って、先生にあきれられる子もいた。カードがすーかすーかで、それを見せられて、先生に説教されるような子もいる。 毎年毎年、涙あり、笑いありの歴史が繰り広げられました。緊張とともに新しく入ってくる生徒を出迎え、やる気に満ちた彼らを出迎え、失望と不安に駆られた彼らを出迎え、卒業していく彼らを送り出し・・・。いったい、何十万回、何百万回、タイムボーイくんは生徒ひとりひとりの歴史を刻んできただろう。彼らの小・中・高校時代の一日一日の歴史、彼らの成長の日々、それに同席していたのは、僕ら講師陣だけではなく、タイムボーイくんも共にあった。 先週金曜日、そんな彼に異変が起こった。 ・・・ぶっこわれた ・・・まあ、それだけなんだけどね でも、実際、久々に塾にやってきてタイムカードと、タイムボーイくんを見て昔を懐かしむ卒業生が多いのもまた事実。タイムカードを思い出すというのは自らのがんばった日々を思い出すことであり、自分自身は成長し、周囲も大きく変化し、それでも、いつまでたっても変わらないものもある、愛夢舎は、校舎はかわっても、やっぱり昔のままの愛夢舎である、そんな風に感じてくれるような人もいたのかな。その象徴であるかもしれません、彼は。 でも、10年働いてきて、いよいよ限界のようです。写真では上部のフタがはずされていますが、これでもかというくらい、もうね、やり残しゼロになるまで、真っ白な灰になるまで、彼を働かせようとした、僕ら講師陣の「はからい」です。(フタをとって、「手動」で動かせば 数日前まではなんとか打刻できた。でも、それももう・・・) 今年の中学3年生、高校3年生も、いよいよ燃え上がっています。生徒たちのタイムカードは、これまた文字通り、一日も欠くことのない打刻記録がことごとく並んでいます。これが会社のタイムカードなら労基法完全違反の、31日間、まるまる完全出勤でございますそんな、燃え上がる彼らの記録をタイムボーイくんは最期のときまでがっちゃんこ、がっちゃんこって、打ち続けました。もうね、限界のようです。ホントにお疲れ様でした。 でも、旧校舎の下駄箱の上にあったころから、新校舎のカウンター上でキレイに鎮座している今のいままで、タイムボーイくんは、生徒たちの勉強をサポートしてきてくれました。今年の受験生が卒業するまでがっちゃんこ、がっちゃんこを続けることはできなかったけど、ね。ゆっくりお休みくださいませ・・・。 ・・・って、要するに、タイムレコーダーが壊れちゃったっていう記事ですがね・・・ どこまで本気で、どこまで冗談か、その割合を判断するのは、あなた次第です♪kama
2011.11.02
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こんばんは、鎌田です。先日、中間テストの結果の一部をご紹介いたしました。実際、がんばった生徒が多かった。もっとも、満足いく結果が残せず、次回、期末テストに向けて奮起している生徒も多い。11月の半ばからは、期末テスト対策が始まります。 ところで、この中間テストにおいて僕としては「前代未聞」の「事件」が起こった。今回は、そのことを広く知っていただきたく、記事を書いております。 簡単に言うと、 「同じ問題なのに、 去年、正解だった回答をすると 今年は不正解であった。」 学校の定期テストというのは、独自性の強いものです。先の中間テストの結果をごらんになってお気づきの方もいるかもしれませんが、今回は総じて、社会科の結果がすばらしかった。これはもちろん、生徒たちのがんばりによるところが大きいわけですが、それに加えて、手前味噌になりますが、ウチの教務のカシラ、田中先生の作戦が神がかり的だった。これを書くと田中先生は怒るかもしんないけど、軽くタネ明かしをすると、田中先生は出題を完全的中させた。これは、神業です。ただ、ここで「なぜそのようなことが可能なのか」をご説明する必要がある。愛夢舎では、定期テストの2週間ほど前から学校別の「定期テスト対策講座」を設けている。愛夢舎も、おかげさまでこの武蔵藤沢地区に居をかまえて10年以上、各中学校の様子、先生方のご指導の方針などある程度はわかってきたつもりである。簡単にいえば、担当の先生がどなたであるかによってどのあたりを重視してご指導なさるか、どのような問題を出題されるか、どういう勉強をすれば、先生のご期待にそえるか、ある程度はわかっている。だから、生徒たちにはそれを指導する。田中先生の社会の対策は究極であった。その先生が、たとえば歴史においてどの出来事を大事と考え、どの程度までの知識を要求されるかを過去の出題や授業の様子を徹底分析し、把握した。で、それを生徒に指導する。だから、生徒としてみれば、「田中先生が言った問題を覚えれば 学校のテストでも高得点がとれる」という感覚であったと思う。ここで、ある種の議論がおこる。「問題を当てに行って、 その正解を覚えて答えることに意味があるのか?」言うまでもなく、意味は絶大である。そもそも、義務教育下の教育というのは「研究」ではない。自らの探究心を満たすために行うものではなく、「研究」の準備とすべく、最低限の知識と論理的思考を養うものであると僕は解している。つまり、「この科目・分野においては、ここが重要である」ということを知り、必要な知識を覚え、考える。それが大切だと思っている。だから、たとえば社会において必要な知識というのは年によってかわるものでないし、ということは、毎年同じテストであっても何の問題もない、だって、必要なことは変わらないのだから。その変わらないテストに対して、「これを知ることが必要だから覚えよう」ということで知識を蓄えていく、その結果、満点を取れる、何の問題もなかろうし、生徒たちの勉学への「やる気」にもつながる。だから、過去の出題と同じ問題を出題し、同じようにマルをつけた先生に僕は共感し、敬意を表する。 ところがその一方で、事件は起きた。(事件と思っているのは僕だけかもしれないけど) 近くのF中学校3年生の国語のテストにおいて。 その教諭は昨年と同じ問題を出題した。僕ら講師陣は、その先生がどういう点を重視されるかを研究し、生徒たちに指導していた。ところが、驚くべきことに去年、正解であった回答で答えたら、今年は不正解となった。これはどのように理解すべきか?国語というのは、もっとも客観性に乏しい教科であろう。まして、今回の試験範囲は小説。中国の小説家・思想家、魯迅の作品であった。僕は、持論として、辛亥革命・清王朝滅亡のち中華民国建国直後に書かれたこの作品における民衆へのメッセージ、社会主義の意義、そういったものも含めて、授業で生徒に指導し、しかして、テスト対策としては学校でのご指導にそろえて、「この部分については、こう考えるべき」と教えた。テストで高得点を取る力をつけることもわれら「塾屋」の仕事であるから。指導者によって、多少の解釈の違いの生まれる小説文であるから必然として、僕らは「その先生」の理解・指導の内容を補足する。 けどね・・・ いくらなんでも、去年は正解だったのが今年は不正解になるってのは、いかがかと・・。僕ら、去年の正解についてだって場合によっては持論を無視し、「この先生は、このようにとらえるべきと考えていらっしゃるから・・・」って指導してるのに。では、なにか?この1年であらためて同じ文章を熟読した結果去年と解釈が変わったとでもいうのか?ならば、昨年の生徒たちへはどう説明する?あるいは、事前研究の不足、無計画な指導とでもいうのか? いや、そうではない。現に、同教諭は長年武蔵藤沢で教員をされているベテランであり、この作品についても教科書改訂以来、ずーっとご指導なさっている。 去年の正解が今年はバツである理由。それは、先生が明言されている。 「塾で教わった答えだからバツ。」 ・・・ホントです、これ。 なんかね、鬼の首をとったかのように言い放ったようですよ、「あなたたち、塾の対策だかなんだかで教わったようだけど、 そういうのではマルはつけません」的なことを。 一部の学校の先生がわれら「塾」に大変な敵対心をお持ちなのは理解します。公教育に携わる方としてわれらのような「すきま産業」は「おいしいとこ」をもってくうざったい存在であるかもしれません、気分的に。でも、少なくとも僕個人は学校の先生は「同志」であると思っていてだってそれは、公か民かというちがいこそあれ、子どもたちの成長を願い、指導する立場は一緒だから。そして、僕は学校教育現場にもかかわっていた時期あるから学校の先生方の大変なお忙しさは理解しているつもりだ。はっきりいって、まともにお仕事をなされれば僕ら「塾屋」よりはるかにお忙しく、またはるかに運営が難しい。だから僕なんかはそういう先生方の応援として、教科指導のお手伝いをしているつもりなのだが、まあ、しかしそれでも敵愾心をもたれてしまうことはしかたないと思っている。 でもさ・・・ そういうのを抜きにしてね・・ 「塾」が「しゃくにさわる」からって教科指導において正解・不正解の基準が変わってしまう っていうのは教科指導、知育の観点からしてあるまじきことであると思うんだけど、いかがだろうか? 簡単にいえば、「塾で教わったことは、私が教えたことではないからバツ。 あくまで、塾と関係ないことを答えなければ許さない」ってことでしょう?塾だろうが、学校だろうが、教科教育においての正解は、ぶれるはずがないでしょう?もうね、こういう視点での指導は生徒たちを自分に隷属させるためのそだな、「踏み絵」みたいな感じに思えます。教科指導についてのプライドもポリシーも感じない。だって、去年自分が作った正解を「塾に負けたくないから」っていうばかばかしい理由で不正解にしたんでしょう?つまりは、生徒たちに「不正解」を「正解」と教えたんでしょう? 同教諭は次回の期末テストについて、「50%は教科書からの出題だけれど、 50%は、それとは関係ない応用問題、 塾の先生には絶対に予想できない問題を出す」と明言されたそうです。 犠牲者は、言うまでもなく生徒たちです。高校入試にむけてなによりも大切な2学期の通知表、それを決定づける、2回のテスト。せめて、努力がむくわれるテストであってほしいのに、もう現時点で「いくら努力してもムダ」といわれたようなもんです。 これを指導者を呼べるでしょうか?もはや、国語教諭としてのプライドもなんもなく、いや、大人としての思いやり、やさしさすらなく、ただ単に、意地悪をして生徒たちを奴隷のように従わせたい、そういう非常に幼稚な欲求による言動に思えます。 ・・・ええ、僕、怒ってますよ、相当。 だから、ホントは中学校に手紙を送って、当の先生と直接お話ししたいと思ってる。どういうおつもりか、と。(もう、4~5年来の悩みのタネですし) ところがね・・・ 授業中に言うらしいんですよ。 「あなた、愛夢舎に通ってるんですって?」 あたかも、あなたが何かしたら、愛夢舎の生徒はみーんな成績を落としますからね、的に。 実際、なにかにつけて「内申を下げる」ということをオドシに使われる先生なので、僕なんかが出て行ったら、それこそ。。。ね 繰り返しますが、僕は、学校の先生方を「同志」であると思っています。「同志」として考えてください、と。ご家庭の保護者、地域の大人、みんな「同志」として、ともに未来明るい少年を育てたい、そう思ってます、本心で。 だから、すべての学校の先生に敬意を払いたいのですが、どう考えても、今回のケースはあるまじきことだと思ったので、こうしてご紹介しました。事態の改善を心から望みます。 kama 追記:さらに詳細に加えますと、 今年の生徒たちの回答は 昨年、先生ご自身が 模範解答として提示なさった回答でした。
2011.11.01
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